pixivは2022年7月28日付けでプライバシーポリシーを改定しました詳しいお知らせを見る

choco
choco

死の秘宝 〜11〜

死の秘宝 〜11〜 - chocoの小説 - pixiv
死の秘宝 〜11〜 - chocoの小説 - pixiv
53,613文字
転生3度目の魔法界で生き抜く
死の秘宝 〜11〜
暴かれた秘密と嘘にハリーは立ち尽くす…

偉大な魔法使いがそうなるまでに隠された、本当の姿…

栄光…虚栄…悲劇…虚言…後悔……

どこに愛があるのか、何が愛なのか…

人の想いの、なんと見えにくく複雑で単純なことか
続きを読む
3672786194
2022年1月16日 08:34

※捏造過多


—————————

頭から先に陽の光を浴び、ハリーの両足は温かな大地を踏んだ
立ち上がると、ほとんど誰もいない遊び場にいた
遠くに見える街の家並の上に、巨大な煙突が一本そそり立っている
女の子が二人、それぞれブランコに乗って前後に揺れている
痩せた男の子が、その背後の
灌木(かんぼく)の茂みからじっと二人を見ていた
男の子の黒い髪は伸び放題で、服装はわざとそうしたかと思えるほど、ひどくちぐはぐだった
短すぎるジーンズに大人の男物らしいだぶたぶでみすぼらしい上着、おかしなスモックのようなシャツを着ている

ハリーは男の子に近づいた

せいぜい九歳か十歳のスネイプだ
顔色が悪く、小さく筋張っている
ブランコをどんどん高く漕いでいるほうの少女を見つめるスネイプの細長い顔に、憧れがむき出しになっていた

「リリー、そんなことしちゃダメ!」

もう一人の少女が、金切り声を上げた

しかしリリーは、ブランコが弧を描いた一番高いところで手を離して飛び出し、大きな笑い声を上げながら、上空に向かって文字通り空を飛んだ
そして、遊び場のアスファルトに墜落してくしゃくしゃになるどころか、空中ブランコ乗りのように舞い上がって異常に長い間空中にとどまり、不自然なほど軽々と着地した

「ママが、そんなことしちゃいけないって言ったわ!」

ペチュニアは、ズルズル音を立てて、サンダルの踵でブランコにブレーキをかけ、ぴょんと立ち上がって腰に両手を当てた

「リリー、あなたがそんなことするのは許さないって、ママが言ってたわ!」

「だって、わたしは大丈夫よ」

リリーは、まだクスクス笑っていた

「チュニー、これ見て。わたし、こんなことができるのよ」

ペチュニアはちらりと周りを見た
遊び場には二人の他に誰もいない
二人に隠れて、スネイプがいるだけだった

リリーは、スネイプが潜む茂みの前に落ちている花を拾い上げた
ペチュニアは見たくない気持ちと許したくない気持の間で明らかに揺れ動きながらも、リリーに近づいた
リリーは、ペチュニアがよく見えるように近くに来るまで待ってから、手を突き出した
花は、その手の平の中で、襞の多い奇妙な牡蠣のように、花びらを開いたり閉じたりしていた

「やめて!」

ペチュニアが金切り声を上げた

「何も悪さはしてないわ」

そうは言ったが、リリーは手を閉じて、花を放り投げた

「いいことじゃないわ」

ペチュニアはそう言いながらも、目は飛んでいく花を追い、地面に落ちた花をしばらく見ていた

「どうやってやるの?」

ペチュニアの声には、はっきりと羨ましさが滲んでいた

「わかりきったことじゃないか?」

スネイプはもう我慢できないとばかりに、茂みの陰から飛び出した

ペチュニアは悲鳴を上げてブランコの方に駆け戻った
しかし、リリーは明らかに驚いてはいたがその場から動かなかった

スネイプは姿を現したことを後悔している様子だった
リリーを見るスネイプの土気色の頬に、鈍い赤みが注した

「わかりきったことって?」

リリーが聞いた

スネイプは興奮し、落ち着きを失っているように見えた
離れたところで、ブランコの脇をうろうろしているペチュニアにちらりと目をやりながら、スネイプは声を落として言った

「僕は君がなんだか知っている」

「どういうこと?」

「きみは……きみは魔女だ」

スネイプが囁いた

リリーは侮辱されたような顔をした

「’’そんなこと’’、他人(ひと)に言うのは失礼よ!」

リリーはスネイプに背を向け、つんと上を向いて鼻息も荒くペチュニアの方に歩いて行った

「違うんだ!」

スネイプは、今や真っ赤な顔をしていた
ハリーは、スネイプがどうして馬鹿馬鹿しいほどたぶたぶの上着を脱がないのだろうかと訝った
その下に着ているスモックを見られたくないのだろうか?
スネイプは二人の少女を追いかけた
大人のスネイプと同じように、まるで滑稽なコウモリのような姿だった
二人の姉妹は反感という気持で団結し、ブランコの支柱が鬼ごっこの「安全地帯」の場所でもあるかのように捕まって、スネイプを観察していた

「きみは’’ほんとに’’、そうなんだ」

スネイプがリリーに言った

「きみは’’魔女’’なんだ。僕はしばらくきみのことを見ていた。でも、何も悪いことじゃない。僕のママも魔女で、僕は魔法使いだ」

ペチュニアは冷水のような笑いを浴びせた

「魔法使い!」

突然現れた男の子に驚きはしたが、もうそのショックから回復して負けん気が戻ったペチュニアが叫んだ

「私は、あなたが誰だか知ってるわ。スネイプって子でしょう!この人たち、川の近くでスピナーズ・エンドに住んでるのよ」

ペチュニアがリリーに言った
ペチュニアの口調から、その住所が芳しくない場所だと考えられていることは明らかだった

「どうして、私たちのことをスパイしていたの?」

「スパイなんかしてない」

明るい太陽の下で、スネイプは暑苦しく不快で、髪の汚れが目立った

「どっちにしろ、’’おまえなんか’’スパイしていない」

スネイプは意地悪く付け加えた

「’’おまえは’’マグルだ」

ペチュニアにはその言葉の意味がわかっていないようだったが、スネイプの声の調子は間違えようもなかった

「リリー、行きましょう。帰るのよ!」

ペチュニアが甲高い声で言った
リリーはすぐに従い、去り際にスネイプを睨みつけた
遊び場の門をさっさっと出て行く姉妹を、スネイプはじっと見ていた
ただ一人、その場に残って観察していたハリーには、スネイプが苦い失望を噛みしめているのがわかった
そして、スネイプが、この時のためにしばらく前から準備していたことを理解した
それなのに、うまくいかなかったのだ…

場面が消え、いつの間にかハリーの周囲が形を変えていった
今度は低木の小さな茂みの中にいた

木の幹を通して、太陽に輝く川が見えた
木々の影が、涼しい緑の木陰を作っている
子どもが二人、足を組み、向かい合って地面に座っている
スネイプは、今回は上着を脱いでいた
おかしなスモックは、木陰の薄明かりではそれほど変に見えなかった

「………それで、魔法省は、誰かが学校の外で魔法を使うと罰することができるんだ。手紙が来る」

「でもわたし、もう学校の外で魔法を使ったわ!」

「僕たちは大丈夫だ。まだ杖を持っていない。まだ子どもだし、自分ではどうにもできないから、許してくれるんだ。でも十一歳になったらーー」

スネイプは重々しく頷いた

「そして訓練を受け始めたら、その時は注意しなければいけない」

二人ともしばらく沈黙した
リリーは小枝を拾って、空中にくるくると円を描いた
小枝から火花が散るところを想像しているのが、ハリーには分かった
それからリリーは小枝を捨てて、男の子に顔を近づけ、こう言った

「’’ほんと’’なのね?冗談じゃないのね?ペチュニアはあなたが私に嘘をついているんだって言うの。でも、’’ほんと’’なのね?」

「僕たちにとっては、本当だ」

スネイプが言った

「でもペチュニアにとってじゃない。僕たちには手紙が来る。きみと僕に」

「そうなの?」

リリーが小声で言った

「絶対だ」

スネイプが言った

髪は不揃いに切られ、服装もおかしかったが、自分の運命に対して確信に満ちあふれたスネイプが、手足を伸ばしてリリーの前に座っているさまは、奇妙に印象的だった

「それで、本当にふくろうが運んでくるの?」

リリーが囁くように聞いた

「普通はね」

スネイプが言った

「でも、きみはマグル生まれだから、学校から誰かが来て、君のご両親に説明しないといけないんだ」

「何か違うの?マグル生まれって」

スネイプは躊躇した
黒い目が緑の木陰で熱を帯び、色白の顔と深い色の赤い髪を眺めた

「いいや」

スネイプが言った

「何も違わない」

「よかった」

リリーは緊張が解けたように言った
ずっと心配していたのは明らかだった

「君は魔法の力をたくさん持っている」

スネイプが言った

「僕にはそれがわかったんだ。ずっと君を見て……いたから…」

スネイプの声は先細りになった
リリーは聞いてなかった
緑豊かな地面に寝転んで体を伸ばし、頭上の林冠を見上げていた
スネイプは、遊び場で見ていた時と同じように、熱っぽい目で、リリーを見つめた

「お家の様子はどうなの?」

リリーが聞いた

スネイプの眉間に、小さな皺が現れた

「大丈夫だ」

スネイプが答えた

「ご両親は、もうけんかしてないの?」

「そりゃ、してるさ。あの二人はけんかばかりしてるよ」

スネイプは木の葉を片手に掴み、取ってちぎりはじめたが、自分では何をしているのか気づいていないらしかった

「だけど、もう長くはない。僕はいなくなる」

「あなたのパパは、魔法が好きじゃないの?」 

「あの人は何にも好きじゃない。あんまり」

スネイプが言った

「セブルス?」

リリーに名前を呼ばれた時、スネイプの唇が微かな笑いで歪んだ

「何?」

「吸魂鬼のこと、また話して」

「何のために、あいつらのことなんか知りたいんだ?」

「もしわたしが、学校の外で魔法を使ったらーー」

「そんなことで、誰も君を吸魂鬼に引き渡したりはしないさ!吸魂鬼というのは、本当に悪いことをした人のためにいるんだから。魔法使いの監獄、アズカバンの看守をしている。君がアズカバンなんかに行くものか。君みたいにーーー」

スネイプはまた赤くなって、もっと葉をむしった
すると後ろでカサカサと小さな音がしたので、ハリーは振り向いた
木の陰に隠れていたペチュニアが、足場を踏み外したところだった

「チュニー!」

リリーの声は、驚きながらも嬉しそうだった
しかし、スネイプは弾かれたように立ち上がった

「こんどは、どっちがスパイだ?」

スネイプが叫んだ

「何の用だ?」

ペチュニアは見つかったことに愕然として、息もつけない様子だった
ハリーには、ペチュニアがスネイプを傷つける言葉を探しているのがわかった

「あなたの着ている物は、いったい何?」

ペチュニアはスネイプの胸を指差して言った

「ママのブラウス?」

ポキッと音がして、ペチュニアに頭上の枝が落ちてきた
リリーが悲鳴を上げた
枝はペチュニアの肩に当たり、ペチュニアは後ろによろけてワッと泣き出した

「チュニー!」

しかし、ペチュニアはもう走り出していた
リリーはスネイプに食ってかかった

「あなたのしたことね?」

「違う」 

スネイプは挑戦的になり、同時に恐れているようだった

「あなたがしたのよ!」

リリーはスネイプの方を向いたまま、後退りし始めた

「そうよ!ペチュニアを痛い目に遭わせたのよ!」

「違うーー僕はやっていない!」

しかし、リリーはスネイプの嘘に納得しなかった
激しい目つきで睨みつけ、リリーは小さな茂みから駆け出して、ペチュニアを追った
スネイプは、惨めな混乱した顔で見送っていた…








そして場面が変わった

ハリーが見回すと、そこは九と四分の三番線で、ハリーの横にやや猫背のスネイプが立ち、その隣にスネイプとそっくりな、痩せて土気色の顔をした気難しそうな女性が立っていた
スネイプは、少し離れたところにいる四人家族をじっと見ていた

二人の女の子が、両親から少し離れて立っている
リリーが何かを訴えているようだった
ハリーは少し近づいて聞き耳を立てた

「………ごめんなさい、チュニー、ごめんなさい!ねぇーー」

リリーはペチュニアの手を取って、引っ込めようとする手をしっかり握った

「たぶん、わたしがそこに行ったらーーねぇ、聞いてよ、チュニー!たぶん、わたしがそこに行けば、ダンブルドア教授のところに行って、気持ちが変わるように説得できると思うわ!」

「私ーーー行きたくーーーなんかーーない!」

ペチュニアは握られている手を振り解こうと、引いた

「私がそんな、ばかばかしい城なんかに行きたいわけないでしょ。何のために勉強して、わざわざそんなーーそんなーー」

ペチュニアの色の薄い目が、プラットフォームをぐるりと見回した
飼い主の腕の中でニャーニャー鳴いてる猫や、籠の中で羽ばたきながらホーホー鳴き交わしているふくろう、そして生徒たち
中には、もう裾長に黒いローブに着替えている生徒もいて、
(くれない)の汽車にトランクを積み込んだり、夏休み後の再会を喜んで歓声を上げ、挨拶を交わしたりしている

「ーー私が、なんでそんなーーそんな生まれそこないになりたいってわけ?」

ペチュニアはとうとう手を振り解き、リリーは目に涙を溜めていた

「わたしはうまれそこないじゃないわ」

リリーが言った

「そんな、ひどいことを言うなんて」

「あなたは、そういうことを行くのよ」

ペチュニアは、リリーの反応をさも楽しむかのように言った

「生まれそこないのための特殊な学校。あなたも、あのスネイプって子も……変な者同士。二人ともそうなのよ。あなた達が、まともな人達から隔離されるのはいいことよ。私たちの安全のためだわ」

リリーは、両親をちらりと見た
二人ともその場を満喫して、心から楽しんでいるような顔でプラットフォームを見回していた
リリーはペチュニアを振り返り、低い、険しい口調で言った

「あなたは、変人の学校だなんて思っていないはずよ。校長先生に手紙を書いて、自分を入学させてくれって頼み込んだもの」

ペチュニアは真っ赤になった

「頼み込む?そんなことしてないわ!」

「わたし、校長先生のお返事を見たの。親切なお手紙だったわ」

「読んじゃいけなかったのにーー」

ペチュニアが小声で言った

「私のプライバシーよーーどうしてそんなーー?」

リリーは、近くに立っているスネイプにちらりと目をやることで、白状したも同然だった

ペチュニアが息を呑んだ

「あの子が見つけたのね!あなたとあの男の子が、私の部屋にこそこそ入って!」

「違うわーーこそこそ入ってなんかないーー」

今度はリリーがムキになった

「セブルスが封筒を見たの。それで、マグルがホグワーツと接触できるなんて信じられなかったの。それだけよ!セブルスは、郵便局に、変装した魔法使いが働いてるに違いないって言うの。それで、その人たちがきっとーー」

「魔法使いって、どこにでも首を突っ込むみたいね!」

ペチュニアは赤くなったと同じくらい青くなっていた

「生まれそこない!」

ペチュニアはリリーに向かって吐き捨てるように言い、これ見よがしに両親のいるところへ戻って行った……







場面がまた消えた

ホグワーツ特急はガタゴトと田園を走っている
スネイプが列車の通路を急ぎ足で歩いていた
すでに学校のローブに着替えている
たぶん、あの不恰好なマグルの服をいち早く脱ぎたかったのだろう
やがてスネイプは、あるコンパートメントの前で立ち止まった
中では騒々しい男の子がたちが話している
窓際の隅の席に体を丸めてリリーが座った
顔を窓ガラスに押しつけている

スネイプはコンパートメントの扉を開け、リリーの前の席に腰掛けた
リリーはチラリとスネイプを見たが、また窓に視線を戻した
泣いていたのだ

「あなたとは、話したくないわ」

リリーが声を詰まらせて言った

「どうして?」

「チュニーがわたしを、にーー憎んでいるの。ダンブルドアからの手紙を、わたしたちが見たから」

「それが、どうしたって言うんだ」

リリーは、スネイプなんて大嫌いだという目で言った

「だってわたしたち、姉妹なのよ!」

「あいつはただのーー」

スネイプは素早く自分を抑えた
気づかれないように涙を拭うのに気を取られていたリリーは、スネイプの言葉を聞いていなかった

「だけど、僕たちは行くんだ!」

リリーは目を拭いながら頷き、思わず半分微笑んだ

「君は、スリザリンに入った方がいい」

リリーは少し明るくなったのに勇気づけられて、スネイプが言った

「スリザリン?」

同じコンパートメントの男の子の一人が、その時まではリリーにもスネイプにもまったく関心を示していなかったのに、その言葉で振り返った

それまで窓際の二人にだけ注意を集中させていたハリーは、初めて自分の父親に気づいた
細身でスネイプと同じ黒い髪だったが、どことなく可愛がられ、むしろ、ちやほやされてきたという雰囲気を漂わせていた
スネイプには、明らかに欠けている雰囲気だった

「スリザリンになんか誰が入るか!むしろ退学するよ、そうだろう?」

ジェームズは向かい側の席にゆっくりもたれ掛かっている男子に問いかけた
それがシリウスだと気づいて、ハリーはどきっとした
シリウスはにこりともしなかった

「僕の家族は、全員スリザリンだった」

シリウスが言った

「驚いたなあ」

ジェームズが言った

「だって、きみはまともに見えると思ってたのに!」

シリウスがにやっと笑った

「たぶん、僕が伝統を破るだろう。きみは、選べるとしたらどこに行く?」

ジェームズは、見えない剣を捧げ持つ格好をした

「『グリフィンドール、勇気がある者が住う寮!』僕の父さんのように!」

スネイプは小さくフンと言った
ジェームズはスネイプに向き直った

「文句があるのか?」

「いや」

言葉とは裏腹に、スネイプは微かに嘲笑っていた

「君が、頭脳派より肉体派がいいならねーー」

「君はどこに行きたいんだ?どっちでもないようだけど」

シリウスが口を挟んだ
ジェームズが爆笑した
リリーはかなり赤くなって座り直し、大嫌いという顔でジェームズとシリウスを交互に見た

「セブルス、行きましょう。別なコンパートメントに」

「オォォォォォォ……」

ジェームズとシリウスが、リリーのつんとした声をまねた
ジェームズは、スネイプが通るときに足を引っ掛けようとした

「まーたな、スニベルス!」

中から声が呼びかけ、コンパートメントの扉がバタンと閉まった…



そしてまた場面が消えた……




















「ユラ」



「セオ」



大広間の中で、向かい合った男女は、少し離れて距離からただ見つめ合っていた


そして、彼女は眉を下げて、親友を困ったように見つめながら、足音もないかのように歩き始めて、横を通り過ぎようとした

だが、セオドールは通り過ぎようとした彼女の二の腕を掴み、引っ張って、途端に肩を掴んで向かい合わせにさせた

「ふざけるなっ…」

「セオ…」

「僕はっ…僕はっ」

「セオ…」

「君は誰なんだ?僕はずっと、ずっと君に言われたことを守ってきた」

「セオ、私は何もあなたに強制していないわ。セオはセオの意志で考えて、悩んで、選び取ったのよ」

「違う!僕は君に導かれたっ」

「セオ、聞いて。私はあなたに何も導いていない。あなたが自ら選んで、進んだのよ。知識をつけ、知ろうとした」

「君がいなかったら僕は道を踏み外していた!」

「セオドール。それは違う」

「違わない!なにひとつ違わない!ドラコだってそうだ!どうしてなんだよ…どうして君は……わからないんだっ」

セオドールは彼女の肩を掴んで、項垂れるように俯き、顔を隠していた

「セオ」

彼女は、静かに優しく名を呼んだ

「セオドール」

もう一度呼んだ

すると、セオドールは金髪の前髪に隠れた顔の半分を露わにして、暗い目に、会いたくてたまらなかった(ひと)の顔を映した

垂れ目がちな長い睫毛に縁取られる、黒曜石のような冷たい目が、自分だけを映していた

「いい、セオドール。その昔、私は、大切な人が…闇に堕ちる姿を見てきた………」

「っ…ユラ?」

「何人も…何十人も…いいえ、数えきれない人の命を奪う彼を…私は止められなかった」

「……」

「私のたった一人の人だったの。だから私は、彼を止めなかった。……でも、私は、同じ過ちを繰り返したくなかった。あなたには未来がある。セオドール。いい?」

彼女は肩を掴む腕に手を添えて、訴えた

「あなたにはあなたの人生がある。まだ罪を犯していない。取り返しがつく。確かな未来があるの」

「それは君もだ。君も僕と同じだ!」

「いいえ、違うの。私はもう、取り返しのつかないほどに闇に染まっている」

「違う!君はあんな邪悪な連中とは違うじゃないか。君は人を傷つけたりーー」

「私は人を殺した」

強く否定しようとしたセオドールに、彼女は静かに、小さく言った
セオドールは目を見開いた

「数えきれないほど」

続けて言った彼女に、セオドールは、掴んでいた手を離して一歩後退った

彼女もするりと手を下ろした

「私は、もう後戻りできない。側にいたい人がいるのーー孤独な…残酷で…不器用な人……」

「’’自分では思ってもいない人’’ってーー」

セオドールは、目を瞬かせて、ふらついたようにまた一歩後退り、ほぼ確信したように聞こうとしたがーー

彼女の表情は、もう答えを言っていた

彼女は、セオドールの頬に手を優しく触れるかのように添え、言った


「セオ、私、あなたと、ドラコ…そしてパンジー。みんなのおかげで、人生で一番楽しい日々を送れたの……とても…とても楽しかった…親友がいて…嬉しかったの。ずっと…ずっとこんな日々が続けばいいと思っていた。私と、パンジーと、セオと、ドラコと三人でーーー私の大切な一番の親友達…」



漆黒のローブを翻して、視線が飛び交う中を進み、大広間の出入口に向かった

















ハリーはスネイプのすぐ後ろで、蝋燭に照らされた寮のテーブルに向かって立っていた
テーブルには、夢中で見つめる顔がずらりと並んでいる 
その時、マクゴナガル教授が呼んだ

「エバンズ、リリー!」

ハリーは、自分の母親が震える足で進み出て、ぐらぐらした丸椅子に腰掛けるのを見守った
マクゴナガル教授が組分け帽子をリリーの頭に被せた

すると、深みのある赤い髪に触れた瞬間、一秒とかからずに「帽子」が叫んだ

「グリフィンドール!」

ハリーはスネイプが小さく呻き声を漏らすのを聞いた
リリーは「帽子」を脱ぎ、マクゴナガル教授に返して、歓迎に沸くグリフィンドール生の席に急いだ
しかしその途中でスネイプをにらりと振り返ったリリーの顔には、悲しげな微笑が浮かんでいた
ハリーは、ベンチに腰掛けていたシリウスが横に詰めて、リリーに席を空けるのを見た
リリーは、一目で列車で会った男子だとわかったらしく、腕組みをしてあからさまにそっぽを向いた

点呼が続いた

ハリーは、ルーピン、ペティグリュー、そして父親が、リリーとシリウスのいるグリフィンドールのテーブルに加わるのを見た

そして、あと十数人の組分けを残すだけになり、マクゴナガル教授がスネイプの名前を呼んだ

ハリーは一緒に丸椅子まで歩き、スネイプが帽子を頭に載せるのを見た

「スリザリン!」

組分け帽子が叫んだ

そしてセブルス・スネイプは、リリーから遠ざかるように、大広間の反対側に移動し、スリザリン生の歓迎に迎えられた
監督生バッジを胸に光らせたルシウス・マルフォイが、隣に座ったスネイプの背中を軽く叩いた…



そして場面が変わった


さっきと同じ組分けの儀式だった
だが、ハリーの見知った人はいない

マクゴナガル教授が壇の上、巻物を手にしながら叫んだ

「ブラック、アークタルス、レギュラス!」

ハリーはどきりとして、壇上に近寄って見た

そこには、シリウスとはあまり似てない、さらさらした黒髪に、どことなくアンニュイな雰囲気を持った、灰色の目を持った子どもの頃のレギュラスの姿があった

レギュラスは、どこか期待した様子で丸椅子に座った
組分け帽子は、レギュラスの黒髪に触れると「スリザリン!」と叫んだ

レギュラスは、スリザリン生の座るテーブルに向う前に、壇の下にいる残った生徒の一人に目を向けて、心から期待するように微笑んだ

ハリーが目を向けるより先に、マクゴナガル教授の声が響いた

「ブラック、オフューカス!」

彼女だ
静かな足音で、一人の少女が無表情で壇上に上がってきた
その時、ハリーはグリフィンドールの席で、父親達の声が聞こえた
よく聞こえなかったので、ハリーは父親やシリウス達に寄っていった


「……は、俺の妹だ。あいつはきっとグリフィンドールかレイブンクローだ」

「ふぅ〜ん、まあ美人な子だな」

父親が、壇上に優雅に上がるオフューカスの様子を肘をついて見ながら、興味がなさそうに言った

「……本当にシリウスの妹さんなの?」

リリーが、彼女にじっと視線を向けながら聞いた

「ああ」

シリウスが、自慢げに答えた

ハリーが壇上に目を向けると、彼女はローブを丁寧に抑え、丸椅子に腰掛けていた
その仕草は、流れるようで、とても上品さがでていた


だが、組分け帽子が彼女の黒髪に触れた途端、「スリザリン!」と叫んだ


その時、ガタッ!と音を立てて、シリウスが目を見開いて立ち上がった
その音は、壇上を降りてスリザリンのテーブルに向かう彼女を迎える拍手でかき消された

「嘘だろっ…」

「おいおいシリウス、どうしたんだよ。落ち着けよ。お前の家は全員スリザリンなんだろ?なら珍しくもないだろ」

「そんなはずない。オフューはスリザリンなんかに入るような奴じゃない!」

シリウスは、酷く裏切られたような顔をしていた


彼女は、わざわざ立ち上がって迎えたレギュラスに手を引かれて隣に座らされていた

レギュラスはうっとりしたような表情で、嬉しそうに彼女に話しかけている
他のスリザリン生や、監督生のルシウス・マルフォイと握手していた

シリウスは、テーブルの上で拳を強く握りしめてスリザリンのテーブルの方を睨んでいた












また場面が変わった

リリーとスネイプが、城の中庭を歩いていた
明らかに議論している様子だ
ハリーは急いで追いかけ、聞こうとした
追いついてみると、二人がどんなに背が伸びているかに気づいた
組分けから数年経っているらしい

「……僕たちは友達じゃなかったのか?」

スネイプが言っていた

「親友だろう?」

「そうよ、セブ。でもあなたが付き合っている人たちの、何人かが大嫌いなの!悪いけど、エイブリーとかマルシベール。マルシベール!セブ、あの人のどこがいいの?あの人、ゾッとするわ!この間、あの人がメリー・マクドナルドに何をしようとしたか、あなた知ってる?」

リリーは柱に近づいて寄り掛かり、細長い土気色の顔を覗き込んだ

「あんなこと、何でもない」

スネイプが言った

「冗談だよ。それだけだーー」

「あれは『闇の魔術』よ。あなたが、あれがただの冗談だなんて思うのならーーー」

「ポッターと仲間がやっていることは、どうなんだ?」

スネイプが切り返した
憤りを抑えられないらしく、言葉を吐くと同時にスネイプの顔に血が上った

「ポッターと、何の関係があるの?」

リリーが冷たく聞いた
 
その時、柔らかく、氷のような声が響いた

「セブルス?」

リリーとスネイプは、声を方を見た
そこには、成長して更に美しくなったオフューカスが本を胸に抱えて立っていた
波打つ黒髪を綺麗にまとめて、流麗な眉毛に、感情の読み取りにくいシリウスと同じ灰色の目、薄めの唇…

「オフューカス!」

リリーが弾かれたように嬉しそうな顔で、彼女に駆け寄った

「Msエバンズ。今日もお元気そうですね」

明らかな作り笑顔で微笑んだ彼女

「オフューカスこそ。どうしてここに?セブを迎えに?」

「ええ。魔法薬学はセブルスはとても優秀ですから。手伝ってもらおうと思ったのですがーー間が悪かったようですね」

スネイプをチラッと見ながら言った彼女は、踵を返して去ろうとした

だが、リリーがそれを留めて「オフューカス、ねえ、ちょうど良かったわ。聞きたかったの。あなたは『闇の魔術』を使うことをどう思う?いけないことよね?」と聞いた

彼女は、固まった顔をした
ハリーには理由がわかっていた

彼女は、リリーに表情を悟られないように慎重に口を開いた

「それを使う人次第ではないかと思います。Msエバンズ」

リリーは、信じられないと言いたげに目を見開いた

「『闇の魔術』は確かに恐ろしく忌避されるべきものなのでしょう。ですが、呪いなど使わずに人を追い詰める人の行動も、同じくらい恐ろしいものではないかと、思いますけどね」

彼女の発言に、リリーは居心地の悪そうな顔をした
彼女の発言は曖昧で濁されている

だが、リリーには言いたいことは伝わったようだった


「オフューカス、それはーー「スリザリンの奴が、うちの寮生に何の用だ?こんなところで何してる?」

リリーが、釈明するようにオフューカスに話しかけようとした時、また間からシリウスの声が響いた

「おっ、泣き虫スニベルスとシリウスの妹じゃん!」

父親が茶々を入れるように、馬鹿にしたように言った

「では、Msエバンズ。失礼しますね。セブルス、行きましょう」

オフューカスは、その声をものの見事に無視して、スネイプを優しく見て、促した
スネイプは、まだリリーと話していたかったのか、残念そうな顔でついて行こうとした


だが、シリウスが歩み出て彼女の腕を掴んだ


「何か用ですか?」

「どうしてそんな他人行儀なんだ」
 
「礼節です。あなたもお母様から言われたでしょう」

「’’あなた’’だと?名前も呼べないのか?俺は兄だぞ」
 
「私は、礼節を示してくれる方には礼節で返します。あなたは、どうやら人の名前をきちんと呼べないようですから、名前で呼ぶ必要はないと判断したんです」

「なんだと?オフューカス、お前は妹だ。少しは兄に敬意を払え」

「払って欲しいのならば、それなりの言動をすることです」

淡々と言った彼女に、シリウスはわなわな震えて憤怒を必死で抑えたように、彼女の胸ぐらを掴んだ

ネクタイと襟が引っ張られ、彼女が小さくうめいた

「何してるんだ、オフューカスを離せ!」

スネイプが叫んだ

「シリウス、離してあげて!あなたの妹でしょう!」 

リリーも怒ったように叫んだ

シリウスはそれらの声を無視して、彼女を睨みながら見下ろしている

「何をしているんだい。兄さん」

甘い穏やかな声が聞こえた
すると、シリウスと彼女の間に割って入ってきた黒髪の男がいた

レギュラスだ

レギュラスは、シリウスの腕を掴んで強引に引き離すと、彼女を軽く庇うように抱きしめて、兄を睨んだ

「言ったはずだよ。オフィーに手をあげるなって。いつまで引きずっているんだい」

「レギュラス」

「オフィー、スネイプ、行こう」

レギュラスは、睨むシリウスを無視して手を引き行ってしまった

父親が「ほんっと、気にくわねぇやつら。特にオフューカスだよ。ちょっと優秀だからってさ、生意気だよな、な、シリウス?」と言い、レギュラス達が行った後を苦い顔で睨んでいたシリウスは、「そうだな。妹が兄に逆うなんて、許されるもんか」と呟いた

ハリーは、苦い気持ちになった
なぜ、シリウスはそこまでして彼女に辛く当たったのか
スリザリンになったことがそれほどショックだったのか…

なぜ、あんな苦しそうな、憎しみの目を向けるのか…
















また場面が変わった

スリザリンの談話室だった
スネイプは、陰気な顔をして膝を抱えてソファーに座っていた
向かい側に彼女がいた

何か話している

ハリーはよく聞こえないので近づいた

「………あいつらの方がよっぽど傲慢で嫌な奴だ。最低なのに、どうしてリリーはわからないんだ」

憤った声だった

「ええ、彼らがしていることは低レベルで取るに足らないことよ。セブルス、あなたがいちいち相手にする必要はないのよ」

彼女は静かに、淡々と答えた

「オフューカス、君は家でもあいつにあんなことされていたのか?」

スネイプは、暗い目を細めて聞いた

「いいえ。決してーーー兄は……ただ反抗期なだけよ。家の環境が兄を余計に意固地にさせているだけ」

「どうして君はいつもそんな風に済ませられるんだ?この前だって、髪を掴まれていたじゃないか、ルシウスが怒っていた」

「セブルス、怒るのって疲れるのよ。とてもね。私はそんなくだらないことに気を取られたくない」

何でもないことのように、諦めた口調で言った彼女に、スネイプは顔を歪めた
美しい彼女の灰色の目は、スネイプを通して、何か別のものを見ているようだった

「君は、おかしいよ。怒るべきだ。仕返しするべきなんだ」

スネイプが言った

「おかしくていいのよ。人を傷つければ、いつか、その代償は自分に返ってくる。これは不思議な世の常よ。ポッターや兄は、自分達がしていることを必ず後悔する日が来る。セブルス、私は我慢するべきとは言わないわ」

「そんな、当てにもならない話、聞きたくない。君にはわからない」

「あなたもその代償を背負う覚悟があるなら、私は止めない。それであなたが心底後悔することになっても、私は慰めないわ」

彼女が冷たい声で、はっきりと言った

「………」

スネイプは無言で立ち上がり、行ってしまった











 





また場面が変わった




ハリーは以前に見たことのある光景を見ていた
OWL(ふくろう)試験の「闇の魔術に対する防衛術」を終えたスネイプが、大広間を出て、どういう当てもない様子で城から離れて歩いていた
たまたまスネイプが向かった先は、ジェームズ、シリウス、ルーピン、そしてペティグリューが一緒に座っているブナの木の下のすぐそばだった
ハリーは、今回は距離を置いて見ていた
ジェームズがセブルスを侮辱して宙吊りにしようとした時、彼女が現れて、シリウスに打たれるのを知っているからだ
何が行われ、何が言われたか知っていたし、それを繰り返して聞きたくなかった

だが、ハリーの知らない展開になって、聞こえてきた会話に唖然とした

リリーがその集団に割り込み、彼女と一緒にスネイプを擁護し始めるのを見た

屈辱感と怒りで、スネイプがリリーに向かって許し難い言葉を吐いた

「穢れた血」

沈黙が降りたが、リリーは、ショックを受け、泣きそうな顔で傷ついた顔をした

だが、リリーは側にいた頬が赤くなったオフューカスに目をやった
そして、スネイプに言われたことを無視して、彼女を打ったシリウスに怒った

途端に、先程のまでの沈黙がかき消された

だが、シリウスは「兄妹の問題だ。口を挟むな」と吐き捨て、リリーの言葉など聞く気はないように、彼女に詰め寄って、食ってかかった

「…何度でも言いましょう。あなたは意固地になっているだけです。家に反抗するだけが、あなたの望みを叶える手段ではないはず。なぜわからないんですか」

オフューカスがシリウスに打たれた頬を抑えもせず、泣きもしない冷たい目を向けていった

ジェームズは兄妹の喧嘩に、興味津々な様子でにやにやしており、ルーピンは気まずそうな顔だった
ペティグリューは、なぜか、オフューカスをじっと食い入るように見つめていた

「ではお前はあんなろくでもない家が正しいというのか?父と母はイカれている。純血だから何だというんだ?」

「すべてのことには、そうなった意味と歴史があるんです。あなたはそれを知らずして断言している。学んでください。否定するならばその後好きなだけすればいい。あなたが今こうして学校に通えているのは、何不自由なく生きてこられたのは、その家のおかげだということも理解してください。あなたはそれを忘れている」

彼女の言葉の意味が、伝えたいことが、ハリーにはわかった
彼女は、孤児院で、孤独に、劣悪な環境で育った
毎日食べるものも十分とは言えず、遊ぶ物も、服も、温かい毛布すらなく、学校に入学しても、苦学の中、奨学金すら降りずに合間に働いていた

ハリーは、身につまされた
そして、彼女の想いが少しはわかっていた
彼女に比べれば、ダーズリーの家で育った自分は、まだマシだと言える

「お前の言っていることは、意味がわからない。いつもだ!いつもいつも、取り澄ました顔をして、両親には逆らわずにいる。お前も間違っていると思っているんだろう?そうだろう?なのに、なぜ、反抗しない?挙句にスニベルスやルシウスと仲良くして、お前も、邪悪な『死喰い人』とやらの一味になりたいんじゃないのか?」

シリウスが彼女を見下ろしながら、嘲笑うようにそう言うと、彼女は怒るでもなく、悲しげに眉を下げた

「兄様…本当にそう思っているならーー「思っている。お前は闇の魔術を使うあいつらに嫌悪すら示さない。止めようとすらしない。俺はお前に期待していたんだ。なのに、これだ。お前は俺を裏切った。お前だけは違うと思っていたのに、酷い裏切りだ」……そうですか」

シリウスの言葉に、彼女は肩を落として、何か、言葉にできない想いを呑み込むように、目を伏せた

「なら、もう話すことはありません」

そう言って、背を向けた彼女

だが、シリウスにはそれが、もう今生の別れように見えたのかもしれない
「待て、オフューカス。話はまだ終わってない!」と苦いものを飲むような声で叫び…


事故だった


シリウスが手を伸ばそうと彼女の肩を掴んだ時、華奢な彼女は思ったよりも強い力で引っ張られたため、バランスを崩してシリウスと一緒に倒れた
リリーもスネイプも叫んだが、シリウスに押し潰されて倒れた彼女…

その倒れたところが悪かった
運悪く石があり、彼女の頭に当たってしまったのだ

リリーが口元に手を当てて、叫んだ
スネイプは声も出せずにいる

シリウスが体を上げると、その下には、意識朦朧としている妹がいた

「オフューカス?」

「…に…さ…」

意識があった彼女が、灰色の目を閉じたり開けたりさせながら、意識を失った
元々頑丈な方ではないのだろう
石は大きくはなかったが、当たりどころが悪かった

「オフューカス!」

シリウスが一瞬事態を理解できないかのような顔で唖然とした後、石についた血を見て、取り乱したように叫んだ

「オフューカス!オフューカス!しっかりしろ!」

シリウスは下にいる彼女を抱き寄せて声をかけた
血の気がどんどん引いていき真っ青になる顔を見て、シリウスは焦っていた

そこに、スネイプとリリーが動き出したようで

「退け!」

「早くマダム・ポンフリーに診せないと!シリウス!退いて!」

スネイプが弾かれたように立ち上がり、シリウスを押し退け彼女を背負った
リリーはそれに従いついていき、急いで城の中に入って行った


シリウスは、茫然自失かのようにその場に突っ立っていた
ジェームズも流石ににやけた顔を引っ込めて、「シリウス…事故だ」と呟き、シリウスの肩に手を置き、ルーピンは今見たものは幻かというような顔をした
ペティグリューは真っ青になって、走って行った方を見つめていた















場面が変わった

医務室だった
先程の続きなのだとハリーには分かった
頭に包帯を巻いて、蒼白い顔でベッドで眠る彼女の側に手を握って目覚めるのを待つレギュラスの姿があった

そこにはリリーもいた
スネイプと距離をとって、レギュラスの近くで心配そうに見ていた

スネイプは、しきりにリリーを見つめて、目が合うたびに、リリーは大嫌いだ、二度と話したくないと言わんばかりの顔で逸らした
スネイプは、苦い顔だった


そこに、シリウスが入ってきた
レギュラスがピクリと動き、「オフューカスは…」と聞こうとするシリウスに冷ややかに言った

「満足か?」

「レギュラス」

「この恥晒しの碌でなしが」

辛辣な言葉を浴びせかけ、レギュラスは妹の手を握りながら、シリウスの方を振り向かずに言った

「そんな言い方っ」

リリーが口を挟もうとしたが、レギュラスは言った

「お前如きが口を挟むな。この偽善者」

レギュラスは、あろうことかリリーに向かっても意に返さない様子で辛辣な言葉を吐いた

リリーは傷ついた顔をした
スネイプは、レギュラスを睨んだが、レギュラスは気にもとめなかった

「オフィーを殺しかけたんだぞ。お前が」

レギュラスの口調は依然として落ち着いていた
だが、その裏にとてつもない怒りと憎しみが込められているのが、ハリーには分かった

「し、シリウスはそんなつもりじゃなかったわ!事故よ!」

リリーが叫んだ

その言葉に、レギュラスはゆっくり振り向き、リリーを睨みつけて言った

「事故?」

「ええ、事故だったの。シリウスは傷つけるつもりなんて…「普段から手を上げていたのに?」

被せたように言ったレギュラスの言葉に、リリーは怯えた

「それは…シリウスもわかって欲しくて……」

「エバンズ。お前はよくオフィーに付き纏っていたな。あのろくでもなしとの間を取り保とうとしたのか?お前如きが?」

「レギュラス、リリーにそんな言い方を…」

スネイプが止めようとした
だが、レギュラスはスネイプを睨んだ
スネイプは押し黙った

「何も知らない奴が、マグル生まれが、本気で仲良くなれると思ったのか?お優しい偽善もここまでくると、(たち)が悪いな」

ハリーは、怒りでわなわな震えた
あのレギュラスがリリーにこんな侮辱的な発言をしていたなんて…
リリーは、緑色の目に涙を溜めていた

「出て行け。お前たち全員。そしてシリウス。エバンズ、お前達は二度とオフィーに近づくな。傲慢な偽善者共の押し付けは、もう、たくさんだっ」

レギュラスは吐き捨てた
だが、シリウスも黙っておらず、「元はと言えば、お前がオフューカスを闇の魔術に引き込もうとしたせいだぞ!オフューカスはまともだった!俺と同じだ!なのにお前が!」と言い始めて、そこからは雪崩れ込むような口論が始まり、リリーは泣きながら「やめて!」と叫んだ。
だが、しまいには、レギュラスがシリウスを殴りつけた

そして、「金輪際、お前なんか兄とも、弟とも思わない!このブラック家の恥晒しが!どこへなりともいけばいい!くだらない友人達と騎士ごっこでもなんでもしておけ!お前の主張はただの傲慢な我儘だ!顔も見たくない!そして、どこかで野垂れ死ねばいい!」

これ以上にないほどの侮辱と罵倒だった
レギュラスが本当にこんなことを言ったのか、とハリーは信じられなかった
だが、以前にレギュラスがシリウスを殴りつけるところを、ハリーは目撃していた

シリウスは悔しそうな顔をして、レギュラスを殴り返し、同じほどの言葉を吐いて出て行った
リリーは、迷いながら、二人を交互に見て、シリウスを追いかけた



ハリーには、これが、これこそが二人が決定的に決別した事件だったのだと分かった














場面が変わった…



「許してくれ」

「聞きたくないわ」

「許してくれ!」

「言うだけむだよ」

夜だった
リリーは部屋着を着て、グリフィンドールの塔の入口の「太った
婦人(レディ)」の肖像画の前で、腕組みをして立っていた

「メリーが、あなたがここで夜明かしすると脅しているって言うから、来ただけよ」

「そのとおりだ。そうしたかもしれない。決してきみを『穢れた血』と呼ぶつもりはなかった。ただーー」

「口が滑ったって?」

リリーの声には哀れみなどなかった

「もう遅いわ。私は何年も、あなたのことを庇ってきた。わたしがあなたと口をきくことさえ、どうしてなのか、わたしの友達は誰も理解できないのよ。あなたの側に、オフューカスがいたから、わたしはまだあなたと口をきいたわ。オフューカスは、闇の魔術を使わないもの。彼女は、あなたの、そしてわたしの’’理解者’’でもあったもの。だから私はあなたがまともになると、目が覚めると思って諦めなかった!だけど、あなたの大切な『死喰い人』のお友達のことーーほら、あなたは否定もしない!あなた達全員がそれになろうとしている!否定もしない!オフューカスだけよ!オフューカスだけは’’違う’’のに、シリウスはわかっていない。だから私はあなたも違うと思ったのにーーあなた達は『例のあの人』の一味になるのが待ち遠しいでしょうね?」

スネイプは口を開きかけだが、何も言わずに閉じた

「わたしにはもう、自分に嘘はつけないわ。あなたはあなたの道を選んだし、わたしはわたしの道を選んだのよ」

「お願いだーー聞いてくれ。僕は決してーー」

「ーーわたしを『穢れた血』と呼ぶつもりはなかった?でもセブルス、あなたはわたしと同じ生まれの人全部を『穢れた血』と呼んでいるわ。どうして、わたしだけが違うと言えるの?」

セブルスは何か言おうともがいていた
リリーは、軽蔑した顔でスネイプに背を向け、肖像画の穴を登って戻って行った








場面が変わった…



「オフューカス、オフューカス…僕は…僕はーー」

「言ったでしょう。セブルス。後悔する日が必ず来ると。わたしはあなたのために忠告したわ。リリーを想うあなたの気持ちには気づいていたもの」

「あんな風に呼ぶつもりはなかった!ただっ…ただっ。なぜわからないんだ!」

「セブルス」

「リリーを傷付けるつもりはーー」

「セブルス、リリーが何に怒っているのか、あなたには分かっているでしょう。あなたがその考えを改めない限り、リリーは許してくれないでしょう。でも、リリーは優しい人よ。だから、あなたが悔い改めた時、ちゃんと、また友人として迎えてくれるはずよ」

「そんなことっ…あるわけないっ!」

スネイプは、拳を握りしめながら、いっそ怒りすら篭った様子で言った

彼女は、それを悲しげな目で見ていた












場面が変わるまでに、今までより長い時間がかかった
ハリーは、形や色が置き換わる中を飛んでいた
やがて周囲が再びはっきりし、ハリーは闇の中で、侘しく冷たい丘に立っていた
木の葉の落ちた数本の木の枝を、風がヒューヒュー吹き鳴らしていた
大人になったスネイプが、息を切らしながら杖をしっかり握りしめて、何かを、いや誰かを待ってその場でぐるぐる回っていた…
自分には危害が及ばないと知ってはいても、スネイプの恐怖がハリーに乗り移り、ハリーはスネイプが何を待っているのかと訝りながら、後ろを振り返ったーーー

すると、目も眩むような白い光線が闇を(つんざ)いてジグザグに走った
ハリーは稲妻だと思った
ところがスネイプの手から杖が吹き飛ばされ、スネイプががっくり膝をついた


「殺さないでくれ!」

「わしには、そんなつもりはない」

ダンブルドアが「姿現わし」した音は、枝を鳴らす風の音に飲み込まれていた
スネイプの前に立ったダンブルドアは、ローブを体の周りにはためかせ、その顔は下からの杖灯りに照らされていた

「さて、セブルス?ヴォルデモート卿が、わしに何の伝言かな?」

「違うーー伝言ではないーー私は自分のことでここに来た!」

スネイプは両手を揉みしだいていた
黒い髪が顔の周りにバラバラにほつれて飛び、狂乱した様子に見えた

「私はーー警告にきたーーいや、お願いーーどうかーー」

「死喰い人が、わしに何の頼みがあると言うのじゃ?」

「あのーーあの予言は……あの予測は……トレローニーの……」

「おう、そうじゃ」

ダンブルドアが言った

「ヴォルデモート卿に、どれだけ伝えたのかな?」

「すべてをーー聞いたことのすべてを!」

スネイプが言った

「それがためにーーそれが理由でーー『あの方』は、それがリリー・エバンズだとお考えだ!」

「予言は、女性には触れておらぬ」

ダンブルドアが言った

「七月の末に生まれる男の子の話じゃ」

「あなたは、私の言うことがおわかりになっている!『あの方』は、それがリリーの息子のことだとお考えだ。『あの方』はリリーを追い詰めーー全員を殺すおつもりだー!」

「あの(ひと)がお前にとってそれほど大切ならーー」

ダンブルドアが言った

「ヴォルデモート卿はリリーを見逃してくれるに違いなかろう?息子と引き換えに、母親への慈悲を願うことはできぬのか?」

「そうしましたーーー私はお願いしました」

「見下げ果てたやつじゃ」

ダンブルドアが言った

ハリーは、これほど侮蔑のこもったダンブルドアの声を、聞いたことがなかった
スネイプはわずかに身を縮めたような見えた

「それでは、リリーの夫や子どもが死んでも気にせぬのか?自分の願いさえ叶えば、あとの二人は死んでもいいと言うのか?」

スネイプは何も言わず、ただ黙ってダンブルドアを見上げた

「それでは、全員を隠してください」

スネイプはかすれ声で言った

「あの(ひと)をーーー全員をーーー安全に。お願いです」

「その代わりに、わしには何をくれるのじゃ、セブルス?」

「かーー代わりに?」

スネイプはぽかんと口を開けて、ダンブルドアを見た
ハリーはスネイプが抗議するだろうと予想したが、しばらく黙ったあとに、スネイプが言った






「何なりと」















丘の上の光景が消え、ハリーはダンブルドアの校長室に立っていた
そして何かが、傷ついた獣のよくな恐ろしい呻き声を上げていた
スネイプが、ぐったりと前屈みになって椅子に掛け、ダンブルドアが立ったまま暗い顔でその姿を見下ろしていた
やがてスネイプが顔を上げた
荒涼としたあの丘の上の光景以来、スネイプは百年もの間、悲惨に生きてきたような顔だった

「あなたなら………きっと………あの(ひと)を……守ると思った……」

「リリーもジェームズも、間違った人間を信用したのじゃ」

ダンブルドアが言った

「お前も同じじゃな、セブルス。ヴォルデモート卿が、リリーを見逃すと期待しておったのではないかな?」

スネイプは、ハァハァと苦しそうな息遣いだった

「リリーの子は生き残っておる」

ダンブルドアが言った
スネイプはギクっと小さく頭をひと振りした
うるさい蝿を追うような
仕種(しぐさ)だった

「リリーの息子は生きておる。その男の子は、彼女の目を持っている。そっくりの同じ目だ。リリー・エバンズの目の形も色も、お前は覚えておるじゃろうな?」

「やめてくれ!」

スネイプが大声を上げた

「もういない………死んでしまった……オフューカスも……ずっと…ずっと警告されていたのにっ……聞かなかったっ…」

「ああ、そうじゃろうな」

ダンブルドアが、どうしてか眉を顰めて言った
そして、ダンブルドアは皺のある手を胸元に光る剣のような形の小さなシンプルな首飾りを取り出して、悲しげな目で見つめ、手の中で撫でるような仕草をした

ハリーは、なんとなくそれが気になった

だが、ダンブルドアはひとしきり触ると、すぐにそれを胸に隠した

「今更、後悔か、セブルス?」

「私も………私も死にたい……」

「しかし、お前の死が誰の役に立つというのじゃ?」 

ダンブルドアは冷たく言った

「リリー・エバンズを愛していたなら、本当に愛していたなら、これからお前の道は、はっきりしておる」

スネイプは苦痛の靄の中を、じっと見透かしているように見えた

ダンブルドアの言葉がスネイプに届くまで、長い時間が必要であるかのようだった

「どうーーどういうことですか?」

「リリーがどのようにして、なぜ死んだかわかっておるじゃろう。その死を無駄にせぬことじゃ。リリーの息子を、わしが守るのを手伝うのじゃ」

「守る必要などありません。闇の帝王はいなくなってーーー」

「ーーー闇の帝王は戻ってくる。そしてそのとき、ハリー・ポッターは非常に危険に陥る」

長い沈黙が続いた後、スネイプは次第に自分を取り戻し、呼吸も整ってきた
ようやくスネイプが口を開いた

「なるほど。わかりました。しかしダンブルドア、決してーー決して明かさぬとーー明かさないでください!このことは、私たち二人の間だけに留めてください!誓ってそうしてください!私には耐えられないっ………とくにポッターの息子などに………約束してください!」

「約束しよう、セブルス。きみの最も良いところを、決して明かさぬということじゃな?」

ダンブルドアは、スネイプの残忍な、しかし苦悶に満ちた顔を見下ろしながら、ため息をついた

「君の、たっての望みとあらば……」














校長室が消えたが、すぐ元の形になった

スネイプがダンブルドアの前を往ったり来たりしていた

「ーーー凡庸、父親と同じ傲慢、規則破りの常習犯、有名であることを鼻にかけ、目立ちたがり屋で生意気でーー」

「セブルス、そう思って見るから、そう見えるのじゃよ」

ダンブルドアは「変身現代」から目も上げずに言った

「他の先生方の報告ではーーあの子は控えめで人に好かれるし、ある程度の能力もある。わし個人としては、なかなか人を惹きつける子じゃと思うがのう。レギュラス先生も、そこは正しく認めておった」

ダンブルドアはページをめくり、やっと本から目を上げた

「そういえば、君の寮に、もうひとり、懐かしい面影を持つ生徒がおるのう?」

スネイプは、思考がどこかへいっていたのか、ポカンとしたようにダンブルドアを見上げ、やっと思い至ったように言った

「別人だ」

「ああ、そうじゃのう。だが、レギュラス先生はそうは思っておらんようじゃ」

ダンブルドアは、まるで一人で納得するように言い、再び本に目を落とした

「クィレルから目を離すでないぞ、よいな?」

色が渦巻き、今度はすべてが暗くなった
スネイプとダンブルドアは、玄関ホールで少し離れて立っていた
クリスタル・ダンスパーティの最後の門破りたちが、二人の前を通り過ぎて寮に戻って行った

「どうじゃな?」

ダンブルドアがつぶやくように言った

「カルカロフの腕の刻印も濃くなってきました。あいつは慌てふためいています。制裁を遅れています。闇の帝王が凋落したあと、あいつがどれほど魔法省の役に立ったか、ご存知でしょう」

スネイプは横を向いて、鼻の折れ曲がったダンブルドアの横顔を見た

「カルカロフは、もし刻印が熱くなったら、逃亡するつもりです」

「そうかの?」

ダンブルドアは静かに言った

「レギュラス先生は、そうではないようじゃ。君も、随分顔色が良くなった。レギュラス先生同様、この頃あの子に甘えておるようじゃのう?」

ダンブルドアの口調は、まるで咎めるようなものだった

「……あの男ほどではありません。…校長は、彼女を危険に晒している」

「あの子が望んだことじゃ。そして、あの子以上にハリーを守ることはできる者はおらぬ。わしも、君もじゃ。わしらには限界がある。じゃが、あの子にはない」

ダンブルドアの口調は、確信めいていた
スネイプは、苦悶と怒りで顔を歪めた

「彼女を使い潰すおつもりですか?すでに彼女は体を壊している。薬でなんとか保っているのですぞ?彼女は関係ないのです。巻き込む必要もーー二度とーー」

スネイプが悲痛な顔で言おうとした時、ダンブルドアが強く言った

「あの子が望むと望まざるとに関わらず、あの子は巻き込まれる。これは決まっていることじゃ」

「なぜーーー」

「それは言えぬ。今はのーーのう、セブルス、わしはときどき、『組分け』が性急すぎるのではないかと思うことがある……」

ダンブルドアは、薄いブルーの目を細めながら、また手であの首飾りを触っていた
ハリーには、その続きに続けようとした言葉があったように思えた

だが、ダンブルドアは何も言わなかった

ダンブルドアは、雷に撃たれたようなスネイプを後に残して立ち去った…











そして次は、校長室だった
この光景は、ハリーも見たことがあった

ヴォルデモートが復活した後、ボロボロになった彼女が校長室にやってきて、ダンブルドアとスネイプ、ムーディーを残すように行った時だった

早送りのような会話が聞こえた


「私は、クラウチJrが、墓場へと誘導するとーーートーナメントは中止されません。だから、墓場で待っていました。セドリック・ディゴリーは、勇敢な男の子です。彼に歯向かうことはわかっていました。わたしは、Mrディゴリーに毒を盛りました正確に、時間と分量を測り、マグルの毒を。墓場に着いた時に効くようにーー既に死んだように見せかければ、彼は気にも留めません。彼の本命はハリーですから」


ハリーは、説明する彼女の言葉に、雷に撃たれたような衝撃を受けた

彼女が、トレローニーのような、予知夢を見ていた
そのおかげで、ハリーは何度も命を救われた
にわかには信じがたい話だったが、だが、もう起こってしまった今なら、信じざるをえなかった

そしてなにより、分霊箱の事を、彼女がダンブルドアとスネイプ、ムーディーに話していた事が

ダンブルドアは、ムーディーは、知っていたのに、どうしてハリーに何も言ってくれなかったのか…


「彼を滅ぼすためには、復活は避けられません。たとえっ…多くの人の命をっ…ーーー奪ってしまったとしてもっ……どうしてもっ、ハリーを優先しなければならなかったのです…」


ハリーは、ショックを受けたように校長室に立ち尽くした


話が終わった後だろうか…


彼女は、ダンブルドアの足元で、ぼろぼろのローブを掴んで、まるで罰を与えられるのを待つかのように、跪いて泣いていた



「私は、彼を止めなければならなかった…ダンブルドア先生…あなたに言うべきでした…」



彼女は、「いかようにでも罰してくれ」というかのように、俯いていた


すると、後ろ手を組んでいたダンブルドアが彼女を立たせて、強く抱きしめた

「もうよい…もうっ…よいのじゃ…」

薄いブルーの目をきつく瞑り、彼女の頭をぽんぽんと叩きながら、ダンブルドアは絞り出すように慰めていた


「お前さんは十分よくやってくれた…奪われかけた命を救ったのじゃ…確かに未来を変えたのじゃ」

「…っ…いいえっ…いいえっ…私は…彼に逆らえなかったっ…自分可愛さに…彼の言うように卑怯で…最低の人間なのです…」


ハリーは、どうしてもそう思えなかった
たしかに、彼女は自分を守ろうと必死だったのだろう
だが、それだけが理由じゃない


「そんなことはない……ハリーを守ったのじゃ。ヴォルデモートに立ち向かうなどそうそうできることではない…お前さんは特にじゃ」

ダンブルドアが悲しみの溢れたような声で、優しく彼女に声をかけ、肩を強く抱いていた


しばらくすると、二人は離れ、彼女は涙を拭って、ダンブルドアを見つめて言った

「…ダンブルドア先生、未来は既に変わりました…でも油断はできません。ハリーはあなたを信頼しています。どうか、突き放さないでください」

懇願するような彼女の言葉には、はっきりとハリーへの情があった


彼女は、スネイプの方を見た


「ごめんなさい…セブルスっ…リリーが死んだのは…私のせいなの…本当なら…あなたに謝る資格なんてっ…ないけれど…」


震える口調で、スネイプに謝罪した

スネイプは、よろめき、動揺し、ただただ衝撃を受けていた

すると、今度はムーディーが、口を開いた

「Msポンティとやら、ヴォルデモートの分霊箱に心当たりはあるのか?」

彼女は、苦い表情で緩く首を振った

「彼の学用品だったものをいくつか確認しましたが、闇の魔法はかけられていませんでした。あと…心当たりがあるとすれば…」

彼女はそれに続く言葉を、一度呑んだように見えた
そして、続けた

「いくつか残っています…ただそれがどこに隠されているのか…時間が必要です」

深刻な表情で言った

「お前さんは、わしに『姿現し』の許可を求めた時から探しに行っておったのか?」

ハリーは、これにも衝撃を受けた
ダンブルドアは、以前に、あらゆる権限を彼女に与えた、と言っていた
この時からだったのか、とハリーは後悔と悔しさが溢れた

「はい…時間を見つけて…慎重に探しに行っていました。ですが…これからはそれが難しくなります」

「成る程のぉ。アラスターの力を借りたいというわけか」

「はい、ダンブルドア先生、私を休学にするのはまずい…ですよね」

「それは…そうじゃの…わしとしてはお前さんにはハリーの側にいてやって欲しいのじゃが…」

「それはやめておいた方がいいだろうダンブルドア。ポッターにはシリウスがついておいた方がいい」

「じゃがのアラスター…」

「私も同じ意見です。ハリーにはシリウスとあなたがついていた方がいい」

「本気なんじゃな?シリウスに本当のことを告げるつもりはないのじゃな?」

「ありません」

「…そうか…」

ダンブルドアは、残念そうに眉を下げ、彼女を見つめた















次の場面も、ハリーは校長室に立っていた
スネイプが、先程校長室に入ってきたばかりだったのか、なぜか固まって動けずに校長室の椅子に座るダンブルドアに目を向けている

ハリーも目を向けた

すると、そこにはダンブルドアの膝に頭を乗せて、死んだように眠る彼女がいた
痩せて、濃い隈がくっきり目元にある

ダンブルドアはスネイプに目を向けず、彼女の頭を皺だらけの手で撫でながら、痛ましいものを見る目を向けている


「校長ーー?」


「シィーーー…起こすでないぞ」

ダンブルドアは、顔を上げてスネイプに目を向けた、口に人差し指に立てながら小さな声で注意した

「なぜ、彼女がここに?」

スネイプが信じられないものを見たように聞いた

「どうやら、ヴォルデモート卿が復活してからというもの、この子はまともに眠れぬようじゃ……安心できぬのじゃろう。こうしてわしの膝元で眠ることでしか、己が脅かされぬと確信できぬようじゃ」

ダンブルドアは、彼女の頭を撫でながら続けた

「この子とアラスターの報告では、あれは未だ見つかっておらぬ。おそらくーーわしとこの子が予想しているようにーー間違いなくじゃーーーほとんどの確率で、あれはハリーにしか見つけられぬ。これ以上続けても無駄だとわかっておろうに、この子は、ハリーの負担を減らそうとしておるのじゃろう……」

「今すぐ、彼女にやめるようにお命じください。あなたならできるはずですーーーもう保ちません。今でさえ動けているのが奇跡のような状態です。私の薬がなければーー「それは、無理な相談じゃ。セブルス」」

「っ」

「ヴォルデモート卿は、この子を探しておる。己の半身を求めるがごとく、血眼になり探しておるのだ」

「別人だ!死んだ人間は生き返らないし、生まれ変わらないのです!私でも聞いたことはない。それを知らぬあなたではないでしょう」

スネイプは叫んだ

「おう。じゃが、それはこの子には’’当てはまらぬ’’。わしらが分霊箱のことを知らなかったように、ヴォルデモート卿にしか知り得ぬ秘密が、この子の中に隠されておるのじゃ」

「なにが隠されているのですか」

「わからぬ。じゃが、その糸口はこの子が生まれ変わっておることに繋がっておるはずじゃ、よいか、セブルス」

ダンブルドアが、再び、その聡明な目を細め、スネイプを見据えて言った

「ヴォルデモート卿の唯一の弱味が、今、わしらの手の内にあることを、決して気取られてはなぬ」

「『あの方』に弱味?そんなものーーない。リリーは、殺された。死ぬ必要がなかったのにです。温情も、何もないのですぞ!」

「この子以外には、じゃ。セブルス、この子は一度亡くなった。だがーーーわしが予想するに、いいや、確実にじゃ。ヴォルデモートは自らの手でこの子を手にかけてはおらぬ。どうしても、できぬのじゃ」

「まさかーーまさか誠に、『あの方』がーー?」

「おう」

「ふん、あり得ない。信じませぬぞ」

スネイプは鼻を鳴らして言った
彼女は、深く眠っているようで、これほど論議が交わされているのに、起きない

「信じようと信じまいと、君は近いうち、それを目撃する時が来よう。ーーこの子は、いずれヴォルデモートの手に戻る時が来る」

「殺されてしまう。やめてくれ。彼女には家族がいる。『あの方』に一度歯向かっているのです」

「もう遅い。ヴォルデモートは、あの邂逅により、さらに確信を増しておる。ルシウスからの報告では、すでに死喰い人達に彼女を探らせておる」

「っ!」

「止めはせぬ。もうすべては動き出したのじゃ。わしにも、君にも止められぬーー今はただ、この子に一時(いっとき)の安らぎを与えることしかできぬのじゃ…」

ダンブルドアは、片手で彼女を撫でる手を止めずに、また、あの首飾りに触れていた


 











また校長室だった
だが、今度は彼女はおらず、ダンブルドアは校長室のステンドグラスの窓際に立ちながら、後ろ手で手を組んで佇んでいた

「………いや、まことに、これで事はずっと単純明快になる。すべては、あの子が予想しておった通りじゃ」

スネイプは完全に当惑した顔をした
ダンブルドアは、振り向いて銀のローブを引き摺り、上段の校長椅子に手をついた

「わしが言っておるのは、ヴォルデモート卿がわしの周りに巡らしておる計画のことじゃ。あの子は、今起こる、そしてこれから起こること、まさにすべてを、そうだと、予想しておったのだ」

ダンブルドアの少し早口な、確信した口調に、スネイプは眉根を寄せた

「だが、ひとつーーあの子は例外的に選び取った。あの子は、ルシウス・マルフォイとノットにヴォルデモートを裏切らせた。それはドラコ・マルフォイとセオドール・ノットを守るためじゃ。あの子は、己の友人を守ることを選んだ。利用されることが目に見えておるからじゃ。そしてあの子の思惑は、わしが、いいや、誰も予想しておらなんだ以上のものへと変貌を遂げた」

スネイプは、まだ当惑した顔だった

「わからぬか、セブルス、あの子は、あの二人の息子の考え方を根本から変えたのじゃ。長い時間をかけて、洗脳に近い形でのう。セブルスや、君は、今や、スリザリンの生徒達の何人かは以前と雰囲気が違うことに気づいておるのではないかな?去年からその兆しは見えていたであろう?」

ダンブルドアは強く論じるように、スネイプに言った

スネイプは、思い当たることがあったように暗い黒い目を見開いた

「彼女が’’そう’’させたと、おっしゃりたいのですか?」

「わしはそう思っておる。セオドール・ノットは、己の父親を軽蔑し、憎んでおる。じゃが、それらの負の感情を持ちながらも、自棄に行動に移しておるわけではない。それは何故か?あの子の教育があったからじゃーーードラコ・マルフォイは、ルシウスとは全く違う。あの気弱で臆病な少年を、あの子は殊更気にかけた。優しい子なのだと。本当は虫一匹すら殺せぬほど優しく子なのだと。ちょっとしたことで、押し潰されてしまうほどに繊細な子なのだと。だが、どうじゃな?今や、ドラコはあの子を強く想う友人の怒りを鎮める役割になっておる。臆病だからこそ、友人が下手な行動にでないように、いつも側にいる」

ダンブルドアは、驚くように、称賛するように言った
スネイプは、苦い表情だった

「君の世代の時とは決定的に違う。ホグワーツ史上において、おおよそ、はじめて、スリザリンの生徒達の理念に、思想に変化が起きておるーーーいかにも、それは着々と進んでおったのじゃ。本人の預かり知らぬところで、大きな湖の中を泳ぐだけの魚にすぎんかった者の、懸命な泳ぎで、小さな振動がやがて大きな波紋となって湖全体に影響を及ぼすのと同じようにじゃ」

「あくまでも、ノットとマルフォイは、父親達とは違うと、おっしゃるのですか」

「おう。あの子はーーーきっと、嬉しかったのじゃろう。かつてのことを思えば、おおよそ、きっと、あの子にとって心から楽しめた学生生活だったのじゃ。だからこそ友人を守りたいと願った。かつてのあの子は、笑顔が全くと言っていいほどなかったーー」

ダンブルドアは、少し寂しそうに、微笑ましいとばかりといった表情で、静かに言った
スネイプは無言だった

「だが、そこから外れた者も当然おる。その中のひとりーーー哀れなゴイル少年に、ヴォルデモート卿はわしを殺すための計画の手引きをするよう命じた」

スネイプは、ダンブルドアの机の前に腰掛けた
ハリーが何度も腰掛けた椅子だった

スネイプは顔を顰めながら言った

「闇の帝王は、ゴイルが成功するとは期待していません。これは、ゴイルへの試しにすぎないのです。闇の帝王は、別の誰かに同じ命令をしている」

「それは、あの子じゃ」

「なんとーー?彼女はあの時から一度として姿を見ていないのですぞ?きっと、もうっーー」

スネイプの顔を悲痛に歪んだ

「いいや、ヴォルデモート卿はあの子を殺しはせぬ。前に言ったであろう。殺せぬのじゃ。どこかに監禁し、罰を与えておるのじゃーーーじゃが、今はその議論は無用じゃ」

ダンブルドアは、ひと呼吸おいて続けた

「ヴォルデモート卿は、あの子にわしを殺すよう命じた。しかしーーそれについては予想できておったことじゃ。のう、問題は、君がそれに協力することじゃ。あの子の’’邪魔をせず’’に、ヴォルデモート卿の命令を遂行させねばならぬ」

「それで、あなたはそうなさるのですか?それをーーそれを、現実のものにすると?」

「ああ。’’そうあらねばならぬ’’のじゃ。ヴォルデモート卿は、一番の障壁をわしじゃと信じて疑っておらぬ。だからこそ、わしはヴォルデモート卿の計画通りに’’せねばならぬ’’。それが、肝心なのじゃ」

「せねばならない?」

「ヴォルデモート卿は近い将来、ホグワーツにスパイを必要としなくなるときが来ると、そう予測しておるかね?」

「あの方は、まもなく学校を掌握できると信じています。おっしゃる通りです」

「よろしい。そして、あの者の手に落ちた時ーー」

ダンブルドアは確信しているような言い方で、余談だがという口調で言った

「きみは、あの子のことは’’気にせず’’、全力でホグワーツの生徒達’’だけ’’を守ると、約束してくれるじゃろうな?」

引っ掛かる言い方をするダンブルドアの言葉に、スネイプは疑問が残る様子で、短く頷いた

「よろしい。さてと、’’あの子’’ができるすべての’’こと’’は整った。あとはほんの少し、わしとって、必要な問題を解消することだけじゃ。そして、全てがうまくいくかは、セブルス、君にかかっておる。理解しておるな?」

スネイプは小さく、重く頷いた

「よろしい。決してーー決してあの子の邪魔を、するでないぞ」

再度、強く言い聞かせるような言葉に、スネイプは苦悶に表情を歪ませて頷いた








校長室が消え、スネイプとダンブルドアが、今度は夕暮れの、誰もいない校庭を並んでぞろぞろ歩いていた

「ポッターと、幾晩も密かに閉じこもって、何をなさっているのですか?」

スネイプが唐突に聞いた
ダンブルドアは、疲れた様子だった

「なぜ聞くのかね?セブルス、ハリーに、また罰則を与えるつもりではなかろうな?そのうち、あの子は、罰則で過ごす時間のほうが長くなることじゃろう」

「あいつは父親の再来だーー」

「外見はそうかもしれぬ。しかし深いところで、あの子の性格は母親の方に似ておる。わしがハリーと共に時間を過ごすのは、話し合わねばならぬことがあるからじゃ。手遅れになぬうちに。あの子に伝えねばならぬ情報をな」

「それは、あのことですか?」

「それに関わろうことじゃ」

「あなたはあの子を信用している……私を信用なさらない……そして、彼女はとくに、別格のものとしてしている」

「これは信用の問題ではない。君も知っての通り、わしには時間がない。ハリーが為すべきことを為すために、十分な情報を与えることがきわめて重要なのじゃ」

ダンブルドアは、スネイプの最後の言葉には触れなかった

「ではなぜ、私には、同じ情報をいただけないのですか?すでにあの方の秘密はマッドアイ同様、共有されている。そのために必要なことも、私は知っている」

「左様。じゃが、全ての秘密を打ち明けるには、まだ時が早すぎようというもの。そして、その秘密を一つの籠に入れておきとうない。その籠が、長時間ヴォルデモート卿の腕にぶら下がっているとなれば、なおさらじゃこれはーーこれだけは、ハリーが、今、知るべきことなのじゃ」

「あなたの命令でやっていることです!」

「しかもきみは、非常によくやってくれておる。セブルス、君がどんなに危険な状態に身を置いておるかを、わしは過小評価しているわけではない。ヴォルデモートに価値あると見えるものを伝え、しかも肝心なことは隠しておくという芸当は、君以外の誰にも託せぬ仕事じゃ」

「彼女とてそうです。彼女こそもっと多くの秘密の抱え、あの方のそばにいるというのに、私などより……」

「その比較は歓迎されるべきものじゃ。セブルス」

「それなのに、あなたは『閉心術』もできず、魔法も凡庸で、闇の帝王の心と直接結びついている子どもに、より多くのことを打ち明けている。お忘れではないでしょう。彼女が(まこと)に何者なのか私に教えて下さるとーー」

「それについてはセブルス、問題ないと言えよう。ヴォルデモートはその結びつきを恐れておる」

ダンブルドアはまたもや、スネイプの質問には触れずに無視した

「それほど昔のことではないが、ヴォルデモートは一度だけ、ハリーの心と真に結びつくという経験がどんなものかをわずかに味わったことがある。それは、ヴォルデモートがかつて経験したことのない苦痛じゃった。もはや再び、ハリーに取り憑こうとはせぬだろう。わしには確信がある。同じやり方ではやらぬ」

「どうもわかりませぬな」

「ヴォルデモート卿の魂は、損傷されているが故に、ハリーのような魂と緊密に接触することに耐えられんのじゃ。凍りついた鋼に舌を当てるような、炎に肉を焼かれるようなーーーヴォルデモート卿を受け入れることができるのはあの子のみ。その昔、そうであったようにーー」

「ならば彼女が乗っ取られるのでは?」

「それはあり得ぬ。ヴォルデモートは、あの子があの子であることに意味を見出しておるのじゃ。’’そうでならなければならぬ’’と知っている。ヴォルデモート卿は、あの子がいくら己に歯向かおうと、許す。これは必ずじゃ。これこそが我々にとって重要な助けとなる。ヴォルデモート卿はあの子を’’損なう’’ようなことはせぬ」

「なぜ、そこまで強固に言い切れるのです?あの方に歯向かって、生きていたものなどーー」

「彼女は、ヴォルデモートの’’心臓そのもの’’なのじゃ。それは、精神的にもその他多くでもーーー」

「そのもの?」

「左様。この場合、ヴォルデモート卿の冷静な思考を乱せる唯一の相手、とでも言えばよいかのう」

「それではまるでーーー」

「言葉などないのじゃ。あの子とヴォルデモート卿との関係に、言葉など当てはまらぬ。ただそれが、’’あるべき事実として在り’’、かつそれが、’’そうあらねばならない’’、というだけなのじゃ」

訝しげな顔をするスネイプを無視し、ダンブルドアはあたりを見回して、二人以外誰もいないことを確かめた

「禁じられた森」の近くに来ていたが、あたりには人の気配はない


「わしが死んだ後に、セブルスーー」

「あなたは、私に何もかも話すことを拒んでおきながら、そこまでのちょっとした奉仕を期待する!」

スネイプが唸るように言った
その細長い顔に、心からの怒りが燃え上がった

「ダンブルドア、あなたは何もかも当然のように考えておいでだ!私だって気が変わったかもしれないのに!」

「セブルス、君は誓ってくれた。ところで、君のするべき奉仕について話が出たついでじゃが、例の若いスリザリン生から目を離さないと承知してくれたはずじゃが?上手く事が運んでいるとはいえ、油断は禁物じゃ。すでにスリザリンの生徒達という例外が出来上がっておる」

スネイプは、そんなことはどうでもいいとばかりに憤慨し、反抗的な表情だった
ダンブルドアはため息をついた

「今夜、わしの部屋に来るがよい、セブルス、十一時に。そうすれば、わしが君を信用していないなどと、文句は言えなくなるじゃろう……」














そして場面は、ダンブルドアの校長室になり、窓の外は暗く、フォークスは止まり木に静かに止まっていた

身動きもせずに座っているスネイプの周りを歩きながらダンブルドアが話していた
その片手では、また、あの首飾りに触れている

「ハリーは知ってはならんのじゃ。最後の最後まで。必要になる時まで。さもなければ、為さねばならぬことをやり遂げる力が、出てくるはずがあろうか?」

「しかし、何を為さねばならないのです?」

「それは、ハリーとわしの二人だけの話じゃ。さて、セブルス、よく聴くのじゃ。その時は来るーーわしの死後にーー反論するでない。口を挟むでない!ヴォルデモート卿が、あの蛇の命を心配しているような気配を見せる時が来るじゃろう」

「イリアスの?まさかーーですが、彼女はあれは分霊箱とはーー」

「いいや。分霊箱じゃ。あれは、おそらくあの子が死んだ後に作られたものじゃ。よいか、ヴォルデモート卿が、あの蛇を使って自分の命令を実行させることをやめ、魔法の保護の下に完全に身近に置いておく時が来る。その時は、多分、ハリーに話しても大丈夫じゃろう。ハリーならばきっと、全ての分霊箱を見つけ出し、使命を果たしておるからのう」

「何を話すと?」

ダンブルドアは深く息を吸い、目を閉じた

「こう話すのじゃ。ヴォルデモート卿があの子を殺そうとした夜、リリーが自ら盾となって自らの命をヴォルデモートの前に投げ出した時、『死の呪い』はヴォルデモートに撥ね返り、破壊されたヴォルデモートの魂の一部が、崩れ落ちる建物の中に唯一残されていた生きた魂に引っかかったのじゃ。側にいた、唯一の生きた魂。ハリー自身じゃよ。だからハリーは蛇語を話せ、ヴォルデモート卿と心が通じておる。ハリーの中で、ヴォルデモートの魂が生きて、いるからなのじゃ。そして、ヴォルデモートの気づかなかったその魂のかけらが、ハリーに付着してハリーに守られている限り、ヴォルデモートは死ぬことができぬ」






ハリーは長いトンネルの向こうに、二人を見ている気がした
二人の姿ははるかに遠く、二人の声はハリーの耳の中で奇妙に反響していた



「するとあの子は………あの子は死なねばならぬと?」


スネイプは落ち着き払って聞いた



「しかも、セブルス、ヴォルデモート自身がそれをせねばならぬ。そこが肝心なのじゃ」



再び長い沈黙が流れた



そして、スネイプがやっとのことで口を開いた



「私は……………この長い年月……我々が彼女のために、あの子を守っていると思っていた。リリーのために」



「わしらがあの子を守ってきたのは、あの子に教え、育み、自分の力を試させることが大切だったからじゃ」


断固たる事実のように、ダンブルドアが言った


「その間、あの二人の結びつきは、ますます強くなっていった。寄生体の成長じゃ。わしは時々、ハリー自身がそれに薄々気づいているのではないかと思うた。わしの見込み通りのハリーなら、いよいよ自分の死に向かって歩み出すその時には、それがまさにヴォルデモートの最期となるように、取り計らっているはずじゃ」


スネイプは、ひどく衝撃を受けた顔だった



「あなたは、死ぬべき時に死ぬことができるようにと、今まで彼を生かしてきたのですか?」


「そう驚くでない、セブルス。今まで、それこそ何人の男や女が死ぬのを見てきたのじゃ?」


「最近は、私が救えなかった者だけです」

スネイプが言った、そして立ち上がった

「あなたは、私を利用した」


「はて?」


「あなたのために、私は密偵になり、嘘をつき、あなたのために、死ぬほど危険な立場に身を置いた。すべてが、リリー・ポッターの息子を安全に守るためのはずだった。今あなたは、その息子を、屠殺されるべき豚のように育ててきたのだと言うーーー」

「なんと、セブルス、感動的なことを」

ダンブルドアは真顔で言った

「結局、あの子に情が移ったと言うのか?」

「’’彼’’に?」

スネイプが叫んだ

「『エクスペクト パトローナム!(守護霊よ、来たれ!)』」

スネイプの杖先から、銀色の牝鹿が飛び出した
牝鹿は校長室の床に降り立って、一跳びで部屋を横切り、窓から姿を消した
ダンブルドアは牝鹿が飛び去るのを見つめていた

「これほどの年月が、経ってもか?」





そして、スネイプは言った








 

永遠(とわ)に」













そして、場面は変わった
今度は、スネイプはどこかの古い小屋で、マッドアイと向かい合って立っていた

「いいか、スネイプ。お前はポッターがおじおばの家を離れる正確な日付を、『例のあの人』に伝えろ。彼女の指示だ。見張っていたマンダンガスは、お前は術にまんまとかかって、囮作戦を提案してきた。大丈夫だ。お前のことなどきっぱり忘れておる。お前は最後まで『例のあの人』の腹心でなければならん。ポッターが旅をするだろう間に、ホグワーツの生徒達を守るためにもな」

マッドアイが、苦い顔をするスネイプに忠告するように指示した

スネイプは頷いた

「彼女とお前が『例のあの人』の側にいるのが、我々の救いだ」

「油断は禁物だ。彼女の心を覗かれてしまえばーー「それについては心配はいらん。彼女はその深い秘密を守るため、ダンブルドアと魔法誓約を交わしている」

「『破れぬ誓い』を立てたと?」

「知らん。だがそれに属する類のものだろう」

「っ」

スネイプの表情が苦悶に満ちた

「彼女の邪魔をするな。これだけが真実を知る我々に課せられた使命だ。理解しろ」

マッドアイの強い口調に、スネイプは苦々しく頷いた









そして次は、スネイプがシリウスの昔の寝室で跪いていた
リリーの古い手紙を読むスネイプの曲がった鼻の先から、涙が滴り落ちていた

二ページ目には、ほんの短い文章しか書かれていなかった




ーーーー【ゲラート・グリンデルバルドの友達だったことがあるなんて。たぶんバチルダはちょっとおかしくなっているのだと思うわ。    

愛を込めて  リリー】ーーーー



スネイプはリリーの署名と「愛を込めて」と書いてあるページを、ローブの奥にしまい込んだ
それから、一緒に手に持っていた写真を破り、リリーが笑っている方の切れ端をしまい、ジェームズとハリーの写っているほうの切れ端は、整理箪笥の下に捨てた……





そして次は、スネイプが再び校長室に立っているところへ、フィニアス・ナイジェラスが急いで自分の肖像画に戻ってきた

ダンブルドアの肖像画の額縁の中は、空だった


「校長!連中はディーンの森で野宿しています!あの『穢れた血』がーー」

「その言葉は、使うな!」

「ーーあのグレンジャーとかいう女の子が、 バッグを開く時に場所の名前を言うのを、聞きました!」

「わかった」

スネイプは素っ気なく言って、立ち上がると、ダンブルドアの空の肖像画に近づき、額の横を引っ張ると、肖像画がパッと前に開き、背後の隠れた空洞が現れた

その中から、スネイプは、ハリーが見覚えのありすぎる白銀の剣を取り出した

「おお、なんと美しい剣……たとえゴブリンでもこのような芸術性の高い逸品は創れぬことよ」

フィニアス・ナイジェラスがうっとりするように剣をもっと近くで見ようと、額縁から出てきそうな勢いで乗り出して、賞賛した

「この剣をポッターに与える事で何になると言うのかーー」

スネイプはぼそりと呟きながら、それを握りしめてローブの上に旅行用のマントをさっさっと羽織りながら、スネイプが言った


そうしてスネイプは校長室を出て行った



























はじめてじゃった…

いつものように、何度もしてきたように、ホグワーツに迎えるべき素質のある魔法使い、魔女を迎えに行った

そこで出会った子が、わしの運命を変えることになろうとは…

思いもせなんだ…





あの子がホグワーツに入りたてくらいのころじゃ…
わしは、アバーフォースから聞くあの子の働きぶりへのご褒美として、提案した


「欲しいもの…ですか?」

「アバーフォースからよく働いていると聞いてのう。貰った給金を使っていないようじゃが、どうしておるのかね?」

この子が、トムと、学費のためにお金を貯めておるのは知っていた
アバーフォースに働かせてやってほしいと頼んだのは、わしの個人的な事情じゃ
奨学金は降りなかったのは事実じゃった、じゃが、それはわし自身で容易く解決した
アバーフォースのところで働かせたのは、この子の自立した気持ちを尊重し、トムから少しずつ引き離すためでもあった
もちろん、給金の二割を学費として納めて、わしがそれを受け取り、手続きをした

じゃが、わしは、この子に、せめて年相応に、自分の欲しいものを願い、求めてほしいと、人に甘えることを覚えてほしいという願いが、この子の姿を見るたびに込み上げた

アバーフォースのもとへ行かせたのもうひとつの理由は、この子の、おそらくはトラウマだろうことに対して、慣れさせ、解決するには打ってつけの相手じゃった

「……使って…います…」

わしの膝ほどの、同年代の生徒達より小柄な女の子は、前髪で隠して、静かに、そして小さく答えた

「たとえば、何かね?」

「…そ…イ…インク…とか…」

変なところで、嘘をつくのが下手な子じゃった

「ほっほっ。アルウェン。それは必要なものじゃよ。わしが聞いておるのは、アルウェン自身が欲しいものを、ちゃんと買っておるかということじゃ。どうかね?」

わしが屈んで聞いてみると、アルウェンはゆっくり口を開いた

「……使う意味を…感じなくて」

わしは、気づけば口から提案しておった

「では、次の休日に、わしに少し付き合うてくれぬかの?実は、買い揃えるものがあってのう」

「…ぇ…でも、先生の買い物なら、私がいては、お邪魔になるかと…」

聡い子じゃ
普通の生徒ならば、わしに付き合うてくれと頼まれれば、にべのもなく飛びつくというのに、実に思慮深い

「いやはや、邪魔になどならぬよ。実はのう、その買い物をする場所というのが、アルウェンにしか頼めぬことなのじゃよ。理由を知りたくはないかね?」

顎の髭を撫でながら、ダンブルドアが悪戯っぽい顔で提案するように聞けば、彼女は前髪で隠れた目の奥で、迷っていた

そして、たっぷり十秒ほど経った後、頷いた

「実はのう。わしの買い物というのはマグルの世界でなのじゃ。侮辱と取らんでほしいのじゃがーーアルウェンは、わしよりも詳しかろ?」

ダンブルドアは、半月型のメガネの奥から、薄いブルーの目をじっと前髪の奥に隠れた目を向け、返事を気長に持った

すると、潤いのない、かさつき、少し切れている小さな唇が呟いた

「侮辱だなんて、あり得ません……先生よりも詳しいとは思えないけど……私、トムに許可をとらないといけなくて」

女の子特有の幼い声は、子どもの声だというのに、穏やかで、柔らかい
そして、返された言葉はひどく哀しくなるものだった

「ふむ、トムならば、OWL(ふくろう)試験の実技試験を申し込んでおったから、その日は手が空かぬのではないかな?アルウェン、君は、行きたいかね?外に出たくはないかね?」

ダンブルドアは、嘘はつかなかったが、意地の悪い聞き方をした

「……でも……トムが…」

「ならばこうしよう。トムへのお土産も一緒に見よう。どうかね?」

ダンブルドアがそう提案すれば、彼女は迷っていた様子から、少し揺らいだような顔になった

ダンブルドアはじっと待った

すると、彼女はこくりと頷いて「お願いします」と軽く頭を下げ、呟いた

ダンブルドアは、満足そうに微笑み、小さな黒い頭をぽんぽんと撫でた












 


ロンドン、ビックベンの近くに来たダンブルドアは、孤児院に迎えに行った時の背広ではなく、マグルの世界の常識をよく知っていた小さな女の子にアドバイスされて、カジュアルなスーツ姿だった
少し変身し、白髪の髭も短くなり、首にはスカーフを掛け、皺だらけの手に側には、同じくマグルの恰好をした小さな黒髪の女の子と手を繋いでいた

二人の姿は、どこからどう見ても買い物にきた良いところの家の祖父と孫のようだ

「さてアルウェン、わしは見事にマグルに変装したわけじゃが、違和感はあるかの?」

アルウェンは、背の高いダンブルドアを見上げて、じっと見ると、首を軽く横に振った

「よろしい。さて、買い物じゃがーーわしはのう、一度このロンドンの街をゆっくり歩いてみたかったのじゃ。マグルの生活を、こうして歩いて見てみたかった。じゃが、残念なことに、こういったことを頼める者は、魔法界にはあまりおらんでな」

「……魔法界には、たしかに、色んな人が、いますから……先生は、そういうところも含めて、ご友人がたくさんいると思っていました」

「興味深い考察じゃ。いかにも、わしには確かに多くの友人と呼べる者がおるじゃろうがーーーそれが、わしの力や知識に惹かれて得られたものであると…否定はするまい」

「…先生には…心を許せる人が…いましたか?」

「興味深い質問じゃ。いる、ではなく、いたか……気になるかの?」

「…いえ…気になるというより、ただ先生が……時々……’’そうでない’’ように見えて…」

手を繋ぎながら、小さい歩幅で、ダンブルドアに合わせようと歩く彼女は、相変わらず前髪で隠れた目で、ぼんやりと前を見ていた

ダンブルドアは、その言葉に一瞬でも立ち止まりそうになった


ダンブルドアは、小さな彼女を連れて、ロンドンの本屋や雑貨店を回った
アルウェンは、ダンブルドアに連れられて歩いている時、どこに行きたいとも、何が欲しいとも言わず、ただただ会話をし、空腹でお腹を鳴らしても何も言わなかった
孤児院で、そう教育されてきたし、当たり前だったからだ

ダンブルドアは、アバーフォースから聞いていた報告は、彼の前限定でなのか、と気づいた
それでも、ちゃんと話するようになったのだから、少し変わったのだろうが、それはアバーフォース相手にだけだったようだった
 
彼女は、昼食をご馳走したダンブルドアに、感謝してお礼を言った
だが、注文する前に、彼女は事前に「そんなに食べられないです」と申告した
ダンブルドアは、その言葉に微笑んで「好きなものを頼みなさい」と言った
それに対し彼女は、「何を注文していいか、わかりません」と言い、ダンブルドアに決めて欲しいと頼んだ

ダンブルドアは微笑んで、選んであげた

運ばれてきたのは、アールグレイ茶に、アフタヌーンティーセットだった
ダンブルドアは好みそうなものばかりだった

ダンブルドアは、隠れている前髪の奥でも、そわそわして、手を膝の上に置いてスイーツやサンドウィッチを見つめているアルウェンに「好きなだけ食べるとよいのじゃよ」と言った

彼女は、孤児院で育ったにもかかわらず、丁寧な仕草で白い小さな手をトングに伸ばし、片手で掴めなかったため、苦戦していた

ダンブルドアが手を貸そうとしたが、アルウェンは、両手で持ちはじめ、頑張って開いて、マカロンをひとつ取って、自分の皿に置いた
そして、ダンブルドアにトングの持ち手を向けて渡した

ダンブルドアは、ある意味、年相応ではないその一連の動作を観察するようにじっと見つめていた

こぼさないように手でお皿を作るように顎の下に添えて、パクリとマカロンを食べたアルウェンの口元は、確かに幸せそうに上がっていた

その時、アルウェンは急に横を向いて、少しサイズの大きい、古着のようなグレーのブラウスの袖で、鼻をひとつ啜ってゴシゴシ目を擦っていた

「アルウェン。我慢せずともよいのじゃよ」

「…ご、ごめんなさい…先生…あ、あまりにもお…美味しくて…つい…」

その後、トムにも食べさせてあげたいと言ったアルウェンは、マカロンをナプキンに包んで持って帰ってもよいかと聞き、ダンブルドアが渋々許可して、彼女はナプキンに丁寧に包んでポケットに入れた

ダンブルドアは、アルウェンに色々な質問をした

ダンブルドアにしては珍しかった

質問されることはあっても、偉大な魔法使いであるダンブルドア自身が質問するなど、ほとんどと言ってよいほどないからだ

それほど、ダンブルドアにとって、この小さな女の子には、強く引き付けられる、そうーーー何かがあった



そして、二人は、中古品を扱う古びた雑貨屋に入った
ダンブルドアはそこに用事があるようで、マグルの店主と何やら話していた
アルウェンは、勝手に一人で察して、店内をうろうろと歩き回った

ダンブルドアは、今日はじめて自分の意思で行動したアルウェンに気づいた
そして、店内をゆっくり見回しながら歩き回るアルウェンを、「お孫さんですか?」と話しかける店主に「おう…」と返しながら、目で追い見守った

まるで、ひとつひとつの動作を興味深く観察し、なぜそんな行動をとっているのか、知りたがる研究者のように

すると、小さなアルウェンは、低い位置に置かれたある物をじっと見つめていた

そして、しばらく立ち尽くすと、ポケットからゴソゴソとボロ布を繋ぎ合わせた財布を取り出して、それを持って戻ってきた

「何か、欲しいものは見つかったのかね?」

アルウェンは無言で頷き、「これ、買いたいです」と高い位置にいる店主に渡そうとつま先立ちしながら渡そうとした

店主はその様子を微笑ましそうに見ながら、「ほい、まいどあり」と言い、会計を済ませた

ダンブルドアは、欲しいものが買えたアルウェンが、それ手にしっかり持つ様子を見て、顎を摩った

何の変哲もない、安物そうな十字の細いチェーンのネックレス
アルウェンが着けるには長いし、大人用だ
ところどころ汚れて、錆のような変色もあった
なぜ、多くの雑貨がある中で、アルウェンがそれを選んだのか、ダンブルドアにはわからなかった
じっと見ても、魔法の類はかかっていない
そもそもマグルの世界にあるものは、取り締まりがされているので、魔法道具やそれに関わる品は出回らないようにされている


だがなぜか、満足そうなアルウェンを見て、ダンブルドアは疑問に思いながらも、その店を後にした






そして、あれから数年後、アルウェンは教員の勧誘を断り、学校を去る時、ダンブルドアに挨拶に来た

その時、アルウェンは自分の首から懐かしい物を外した
そして、それを手の平に乗せ、悲しそうな顔でダンブルドアに差し出した

ダンブルドアは思わず目を見張った
そこにあったのは、買った時にはない異様な輝きがあったからだ

ただの錆びた十字のネックレスだと思っていたそれは、美しい流線を描く剣のような形で、その色は錆びてなどおらず、白銀色に輝き、ランプの光で照らされていた

ダンブルドアは、その輝きに、いたくそそられた
それはもう、今すぐ調べたいという欲望を、むき出しにするかのような様子で、薄いブルーの目を爛々と、夢見る子どものように輝かせながら…


アルウェンは、静かに、穏やかに言った


「これ、先生に…いつの間にか、こうなっていたんですが……私は、先生に持っていてほしい」


成長したアルウェンは、相変わらず前髪で目元を隠していたが、ダンブルドアの手の平に、それを滑り落として渡した

ダンブルドアは、珍しく言葉もなく、ただ一心に、その輝き以外は視界に映らないかのように見つめ、手のひらに乗ったネックレスのトップを、恐る恐る指先で触れた

そして、ダンブルドアは聞いた

「アルウェン…これは、いつかお主が買ったものかね?」

「はい」

アルウェンは、柔らかく答えた

「差し支えなければ、これは、いつからこのように?」

「わからないんです。ずっと付けてて、気づいたら………あの時、私、きっと御守りみたいなのが、欲しかったんです。安物だけど、ずっと大切に持っていれば、それらしくなるかなって…」

アルウェンは、静かに語った

「ふむ…」

ダンブルドアは、食い入るように見つめていたその輝きから、思いついたように、少し目を離し、細いチェーンを持ち、アルウェンにもう一度差し出した
アルウェンは…受け取ってもらえなかったのか、と落胆した様子だった

だが、ダンブルドアは、淀みなく、アルウェンに言った

「折角じゃから、お主が着けてくれぬかの?わしはこれを、いたく気に入ったのじゃ」

「ぇ…」

アルウェンは驚いた様子だった
そして、数秒してから、頷き、ダンブルドアの手からチェーンを持ち、ネックレスを広げて、屈むダンブルドアの首にゆっくりとかけた

その時、ダンブルドアは一瞬、見てしまった

いつも前髪で見えない目が、黒曜石の色のはずだった目が…

ほんの一瞬、まるで緑と海の青を溶かし込んだ色に変化し、優しげに細められていたのを…

目を瞬かせてもう一度見たら、黒曜の目があった…

ダンブルドアは一瞬、白昼夢のような、見間違いかと思ったが、その優秀な頭脳は、すぐにそうではないと気づいた

そして、ローブの胸元に、じんわりとした温かさが広がった
金属のはずなのに、着けているだけで、すべての災いと悲しみを包み込むような温かさがある
長い人生の旅路の果てに、疲れ果てた先で、聖母に抱き込まれているような…
ダンブルドアは、好奇心の赴くまま、首にかかった首飾りをじっと見た後、アルウェンに向き直り、言った


「お別れの前に、生徒の成長した顔を見ておきたい」



アルウェンは、迷ったように当たりを軽く見回すと、ダンブルドアに向き直り、小さく頷いた

アルウェンは、前髪をかき分け、ゆっくりその顔をちゃんと現した

ダンブルドアは息を忘れたように魅入った

…あの目が…

あった


「ダンブルドア先生」


彼女は、無意識だろうか、海と緑を溶かし込んだ眼を細め、微笑んでいた
ダンブルドアの薄いブルーの眼から、ひと筋の涙が伝った


「今まで、本当にありがとうございます」



そう言った彼女は、ただダンブルドアの薄いブルーの眼を逸らさずに見つめ…



「先生の心と人生に、安らぎがあらんことを」



そう言った
その時、アルウェンの眼ははじめて会った時にも見た、黒曜に戻った


そして、アルウェンは背中を向けて行った…


ダンブルドアは、その華奢な背中を見送りながら、指先で、貰った首飾りのトップを撫でた

「アルウェン…」

呟かれた言葉は続かず、ダンブルドアは、なぜアルウェンが前髪で目元を隠し続けていたのか、それが誰の差し金によるものなのか、全て、限りなく憶測に近い、根拠の薄いもので薄らと繋がった







わしは、アルウェンが去る前より数年も前、ある時、静かな問答の中で、わしは、気づけば……極めて驚くべきことに…

このわしが、今のような人間になった過去を自らの口で語っていた

そんなことを口走っていようとは……

アルウェンが最初で最後じゃった

まるで、神の前で跪き『告解』をするように…
ただただ、耳を傾けてくれる小さな少女に、己の犯してきた罪と後悔をつらつらと告げていた

わしが欲していたのは、慰めの言葉でもなく、同調でもなく、同情でもない…
そして、責められた方が楽だと思えど、どこか責められたくないと思うてしまったのじゃ…

アルウェンは、このわしでさえ、思いのまま’’扱い’’きれぬのだと悟った
いいや、’’扱う’’など、なんと傲慢で愚かしい考えじゃろう…


トムが、アルウェンに向ける異常な執着、独占欲、徹底的な管理と庇護は、見方を変えれば、アルウェンを守るつもりのためのもので、間違いなく相違なかったろう

わしが、当初、アルウェンを取り込もうと、異常な興味を示していることも、トムは敏感に察知しておった
それはもう、本能的なまでの鋭敏さで

わし自身、認めていた

だが、アルウェンを知ってゆく内、わしは、あの子が決して、利用されてはいけない類の力を持った、真の神秘を秘めた子だと悟った
その時にはもう、あの子を取り込もうなどと思う考えは、微塵もなかった

並々ならぬ稀代の才を持つトム・リドルが、唯一そばを離さぬ幼馴染
わしはトムを、その明確な本性により、危険になり得る者として監視する側らで、あの子に魅入られずにはいられなかった



その感覚は。まるで『秘宝』に強く惹かれた、あの時と似たような感覚で…

だが、決してそれには手を伸ばしてはならぬと、その力は手に入らぬと、知ることはできぬと、いつも、頭の遠くの方で理解しながら、本人を前にすると、殊更実感しておった

わしは、あの子が口を開くたびに、トムの名を口にして、トムを気にかけ、何を考えるよりも真っ先にトムのことを思い浮かべている様子に…


深い絆があるあの二人が……



いいや、トムが……


そう、かつて……形が違えば、なれたかもしれぬ親友との関係を重ねた


あの子はトムを見ていた

…真に…

そして、わしと違い、トムは、あの子自身を見ておったのじゃ…

あの者が、あの子の力に気づいていながら、決して手を出さずに、指を咥えて見ていただけだという事実を、わしは認めとうなかった

力を求めるあの者が…

魔法史の一角に名を残し、邪悪な者になりたがっていたあの者が…


そばにいた唯一の無垢なる女の子の隠された神秘には、辿り着けど、手を伸ばすことはなかった


心と体を手に入れるだけにとどめ、されど、あの者は満足しなかった

求めても求めても満たされぬ想いを、あの者はまるで酷い飢餓に苦しめられたかのように感じ、あの子を必死で己の元に繋ぎ止めようと、あらゆる手を尽くした




わしは、またしても己を恥じた




アルウェンが去って……わしの元から去って……この世を去って…



後から知った…見た…



アバーフォースの家に、決して上げなかった前髪を上げて、心から幸せそうに微笑むあの子と、ぶっきらぼうに眉間に皺を寄せ、あの子を膝に乗せるわしの弟の写真を……

あの子は、なぜかアバーフォースを慕った


トム・リドルは、あの子の多くの感情を引き出した


アバーフォースは、あの子の心の壁を壊した


トム・リドルは、あの子の心に己を刻むことに成功した



アバーフォースは、あの子に普通の子どもとしての幸せを与えようとした





しかし、あの子は、トム・リドルを愛した…



放っておけなかった…






ーーー「トム…これ…」ーーー


ーーー「なんだそれは。毒々しい色だな」ーーー


ーーー「マカロンっていうお菓子。甘くて、美味しかったから…トムにも」ーーー


ーーー「どこで食べたんだ?どこで手に入れた?」ーーー


ーーー「えっと…この前、ダンブルドア先生のお買い物について行って…」ーーー


ーーー「なんだと?」ーーー


ーーー「ご…ごめんなさい…だ、だけどこれ……本当に美味しいから…ひと口だけでも…お願い」ーーー


ーーー「ハァ……仕方ないから食べてやる。不味かったら説教を増やすからな」ーーー


ーーー「…ぅ…ごめんなさい…」ーーー








持ち帰ったマカロンを、トムに渡したあの子は、あの時、確かに幸せだったのだろうと…


今ならば…今ならば、そうわかる…




わしを真の意味で救ってくれた……そんなかけがえのない子が選んだのは……





…後にも先にも、トム、ただ一人だけじゃった…































ハリーの体が上昇し、『憂いの篩』から抜け出していた
そしてその直後、ハリーは全く同じ部屋の、絨毯の上に横たわっていた
まるでスネイプが、たった今この部屋の扉を閉めて、出て行ったばかりかのように




ーーーとうとう真実がーーー




校長室の埃っぽい絨毯にうつ伏せに顔を押し付けて、勝利のための秘密を学んでいると思い込んでいたその場所で、ハリーはついに、自分が生き残るはずではなかったことを悟った
ハリーの使命は、両手を広げて迎える「死」に向かって静かに歩いていくことだった
その途上で、ヴォルデモートの生への最後の絆を断ち切る役割だったのだ

ハリーは杖を上げて身を守ることもせず、観念してヴォルデモートの行く手に、自らを投げ出しさえすれば、綺麗に終わりが来る

ゴドリックの谷で成し遂げられるはずだった仕事は、そのときに成就するのだ

どちらも生きられない
どとらも生き残れない

ハリーが思い浮かべたのはアルウェンだった
ヴォルデモートと運命を共にし、魂を一体とさせられた彼女は、望んでヴォルデモートと終わろうとしている

彼女は、心を病んでいる

そう思っていた
思いたかった

だが、自分が死の前に立たされた今となっては、彼女が、’’ただ’’…

‘’ただ’’これ以上生きることも望まず、死を歓迎しているのだとわかった

三人兄弟の物語の末の弟のように…
彼女は喜んで『死』を迎え入れようとしている


死ぬのは苦しいことなのだろうか?
何度も死ぬような目に遭い、その度に逃れてきたが、ハリーは『死』そのものについて、真正面から考えたことはなかった

どんな時でも、『死』への恐れより、生きる意志の方がずっと強かった

なら彼女は?
彼女は、『死』を望む意志の方が強かったとでもいうのだろうか?


しかし、今はもう、逃げようとは思わなかった
ヴォルデモートから逃げようとは思わなかった
全てが終わった

ハリーにはそれがわかっていた
残された道はただ一つ

死ぬことだけ


ハリーは、今、どうしようもなく彼女に…アルウェンに…オフューカスに…ユラに会いたくて会いたくてたまらなかった

彼女は知っていたのだろうか?

自分が死ぬことを…

自分と同じで、そして違う運命を共にする(ひと)は、迫り来る『死』というものを……どう…




プリベッド通り四番地を最後に出発したあの夏の夜に、高貴な不死鳥の尾羽根の杖がハリーを救ったあの夜に、死んでしまえばよかった!
ヘドウィグのように、死んだこともわからずに一気に死ねたら!
それとも、愛する誰かを救うために杖の前に身を投げ出すことができるなら……

今は両親の死に方さえ羨ましかった
自らの破滅に向かって冷静に歩いていくには、別の種類の勇気がいるだろう
ハリーは、指が微かに震えているのを感じて、抑えようとした
壁の肖像画は全て留守で、誰も見てはいなかったにも関わらず……

ゆっくりと、本当にゆっくりと体を起こしたハリー
自分の生身の体が、自分が生きていることが、どれほど強く感ぜられることだろう
どれほど奇跡的な存在であるか、これまでどうして一度も考えたことがなかったのだろう?というほど…

頭脳、神経、そして脈打つ心臓…

それらが全て消えるのだ

ダンブルドアの裏切りなど、ほとんど取るに足らないことだった
なにしろ、より大きな計画が存在したのだから…
愚かにもハリーには、それが見えなかっただけのことなのだ
ハリーは今、それを悟った

ハリーに生きていてほしいというのがダンブルドアの願いだと勝手に思い込んで、一度でもそれを疑ったことはなかった
しかし自分の命の長さは、はじめから分霊箱を取り除くのにかかる時間と決められていたのだ
ハリーは、今になってそれがわかった
ダンブルドアは、分霊箱を破壊する仕事を、ハリーに引き継いだ
そして、ハリーは従順にも、ヴォルデモートの生命の絆を断ち切ってきた
しかしそれは、自分の生命の絆をも断ち切り続けることだった!
何というスッキリした、何という優雅なやり方だろう

何人の命を無駄にすることなく、すでに死ぬべき者として印された少年に、危険な任務を与えるとは…

その少年の死自体が、惨事ではなくヴォルデモートに対して、新たな痛手を与えるものとなるのだ
しかもダンブルドアは、ハリーが回避はないことを知っていた
それが’’ハリー自身’’の最期であっても、最後まで突き進むであろうことを知っていた

なにしろ、ダンブルドアは手間ひまをかけて、それだけハリーを理解してきたのだから
事を終結させる力がハリーにあると知ってしまった以上、ハリーは、自分のために他の人を死なせたりはしない
ダンブルドアもヴォルデモート同様、そういうハリーを知っていた

大広間で見た死んでいった人の亡骸が、否応なしに脳裏に蘇った

死は時を待たない


しかし、ダンブルドアはハリーを買いかぶっていた
ハリーは失敗したのだ
蛇は…イリアスはまだ生きている
ヴォルデモートを地上に結びつけている分霊箱のひとつ…
そして、彼女…
何かが、誰かが彼女を殺さなければならない
ハリーが殺された後も、その役目を負う者が残るのだ

他の誰がやるにせよ、ハリーは…彼女がどのように死ぬのか、または殺されるのか、考えたくなかった
あんな死を迎えた…彼女が…
二度も死を迎えた彼女が…

イリアスを殺すのが誰にせよ、より簡単な仕事になるだろう
誰が成し遂げるのだろう、とハリーを考えた

ロンとハーマイオニーなら、もちろん何をすべきかを分かっているだろう……
あの二人に打ち明ける事を、ダンブルドアがハリーに望んだのは、そういう理由だったのかも知れない……

雨が冷たい窓を打つように、さまざまな思いが、真実という妥協を許さない硬い表面に打ちつけた

嘘と真実

ハリーは死ななければならない、という真実

アルウェンは死ななければならない、という真実

僕は、死ななければならない

終わりが来なければならない

ロンもハーマイオニーもどこか遠くに離れ、遠方の国にでもいるような気がした
ずいぶん前に、二人と別れたような気がした
別れの挨拶もするまいと、ハリーは心に決めた
この旅は、連れ立ってはいけない

二人はハリーを止めようとする

だが…彼女は…

彼女は、自分の運命を理解した上で、ヴォルデモートの元に戻ろうとしている
たぶん、それが正しいと知っているから…


十七歳の誕生日に贈られたくびれた金時計がヴォルデモートが降伏のために与えた時間の半分の、約半分が過ぎていた


ハリーは立ち上がった

校長室の扉を閉め、ハリーはもう振り返らなかった



城は空っぽだった
たった一人で、一歩一歩を踏み締めながら歩いていると、自分がもう死んでゴーストになって歩いているような気がした
肖像画の主達は、まだ額に戻ってはいない
城全体が不気味な静けさに包まれ、残っている温かい血は、死者や哀悼者で一杯の大広間に集中しているかのようだった



ハリーは「透明マント」を被って順々に下の階に下り、最後に大理石の階段を下りて玄関ホールに向かった
もしかしたらどこか心の片隅で、誰かがハリーを感じ取りハリーを見て、引き止めてくれることを望んでいたのかもしれない
しかし「マント」はいつものように、誰にも見通せず、完璧で、ハリーは簡単に玄関扉に辿り着いていた

ハリーは意味もなく彼女の姿を探した

大広間で手当を受けていたはずだ…

彼女は目が覚めたら戻ろうとするだろうから…




ハリーは、玄関扉でネビルと危うくぶつかりそうになった
誰かと二人で組んで、校庭から遺体を一つ運び入れるところだった
遺体を見下ろしたハリーは、またしても胃袋に鈍い一撃を食らったような痛みを感じた
コリン・クリービーだ
未成年なのに、こっそり城に戻ってきたに違いない

遺体のコリンは、とても小さかった

「考えてみりゃ、おい、ネビル、俺一人で大丈夫だよ」

オリバー・ウッドはそう言うなり、コリンの両腕と両腿を握って肩に担ぎ上げ、大広間に向かった

ハリーは、最後にもう一度だけ、大広間をちらと振り返ろうとした
だが、ハリーは、必死に、涙を呑み冷静に努めようと、自制した
最後にみんなの顔を見たかった
だが、見てしまったら…引き止めてほしい…

こんなことはおかしい……と、言って、自分を抱きしめて、そして止めてほしい…と、期待してしまう…



ハリーは、燃えるような火を飲み込む決断がごとく、大広間から眼を逸らし、きつく瞑り、「透明マント」の中で背を向けた 




そうして、石段を下り、暗闇に足を踏み出した
朝の四時近くだった
校庭は死んだように静まり返り、ハリーがなすべきことを成し遂げられるのかどうか、息を潜めて見守っているようだった。

ハリーは別の遺体を覗き込んでいるネビルに近づいた

「ネビル」

「うわっ、ハリー、心臓麻痺を起こすところだった!」

ハリーは「マント」を脱いでいた
念には念を入れたいという願いから、突然、ふっと思いついたことがあったのだ

「一人で、どこに行くんだい?」

ネビルが疑わし気に聞いた

「予定通りの行動だよ」

ハリーが言った

「やらなければならないことがあるんだ。ネビルーーちょっと聞いてくれ」

「ハリー!」

ネビルは急に怯えた顔をした

「ハリー、まさか、捕まりにいくんじゃないだろうな?」

「違うよ」

ハリーはすらすらと嘘をついた

「もちろんそうじゃない……別のことだ。でも、しばらく姿を消すかもしれない。ネビル、ヴォルデモートの蛇を知っているか?あいつは巨大な蛇を側に侍らせて……イリアスって呼んでる……」

「聞いたことあるよ、うん……それがどうした?」

「そいつを殺さないといけない。ロンとハーマイオニーは知っていることだけど、でも、もしかして二人がーーー」

その可能性を考えるだけでもハリーは恐ろしさに息が詰まり、話し続けていられなくなったが、気を取り直した
これは肝心なことだ

ダンブルドアのように冷静になり、万全を期して予備の人間を用意し、誰かが遂行するようにしなければならない
ダンブルドアは、自分の他に分霊箱を知っている人間が、三人以上いることを知った上で、死んでいった
マッドアイはハリーが死ななければならないことはしらないだろう

そして、今度はネビルがハリーの代わりになるのだ
秘密を知る者は、まだ三人いる

「もしかして二人がーー忙しかったらーーそして君にそういう機会があったらーー」

「蛇を殺すの?」

「蛇を殺してくれ」

ハリーが繰り返した

「わかったよ、ハリー、君、大丈夫なの?」

「大丈夫さ、ありがとう、ネビル」

ハリーが去りかけると、ネビルはその手首を掴んだ

「僕たち全員、戦い続けるよ、ハリー、わかってるね?」

「ああ、僕はーー」

胸が詰まり、言葉が切れた
ハリーには、その先が言えなかった
ネビルは、それが変だとは思わなかったらしい
ハリーの肩を軽く叩いてそばを離れ、また遺体を探しに去って行った

ハリーは「透明マント」を被り直し、歩き始めた

そこからあまり遠くないところで、誰かが動いているのが見えた
地面に突っ伏す影のそばに屈み込んだ

すぐ側まで近づいて初めて、ハリーはそれがジニーだと気づいた
ハリーは足を止めた

ジニーは、弱々しく母親を呼んでいる女の子の側に屈んでいた

「大丈夫よ」

ジニーはそう言っていた

「大丈夫だから。あなたをお城の中に運ぶわ」

「でも、わたし、お家に帰りたい」

女の子が囁いた

「もう戦うのはいや!」

「分かっているわ」

ジニーの声がかすれた

「きっと大丈夫だからね」

ハリーの肌を、ざわざわと冷たい震えが走った
闇に向かって大声で叫びたかった
ここにいることをジニーに知ってほしかった

これからどこに行こうとしているのかを、ジニーに知ってほしかった
引き止めてほしい、無理矢理連れ戻してほしい、家に送り出してほしい

しかし、ハリーはもう家に戻っている
ホグワーツは、ハリーにとってはじめての、最高に素晴らしい家庭だった

ハリー、アルウェン、ヴォルデモートそしてスネイプと、身寄りのない少年たちにとっては、ここが家だった

ジニーは今、傷ついた少女の傍らに膝を突き、その片手を握っていた
ハリーは力を振りしぼって歩き始めた
側を通り過ぎるとき、ジニーが振り返るのを見たような気がした
通り過ぎる人の気配を、ジニーが感じ取ったのだろうか
しかし、ハリーは声をかけず、振り返りもしなかった

ハリー「禁じられた森」に向かって歩き続けた

木々の間を、吸魂鬼の群れがスルスル飛び回っている
その凍るような冷たさを感じ、無事に通り抜けられるかどうか、ハリーには自信がなかった
守護霊を出す力は残っていない
もはや、体の震えを止めることさえできなくなっていた
死ぬことは、やはり、そう簡単ではなかった
息をしている瞬間が、草の匂いが、そして顔に感じるひんやりとした空気が、とても貴重に思えた
大抵の人には何年ものあり余る時間があり、それをただ浪費しているというのに、自分は一分一秒にしがみついている

ハリーはそこまで考えたところでふと思った
彼女は、いつから自分が死ぬ事を知っていたのだろう
いつから、終わりに向かって時間を過ごしていたのか…
彼女にとって、今世、生まれてから過ごした時間はどれほど短い幸せだったのか…
もしーーもし、最初から全てを知っていたのなら、忘れてしまった方が幸せだっただろう
知らないままでいたほうが…

ハリーは胸が絞られるように締め付けられた

どれほどの苦しみと辛さ、痛み、悲しみに耐えて生きてきたのだろう
自分がのほほんと学生生活を送っていた間、彼女は苦しんでいた

ダンブルドアの膝元でしか、安心して眠りにつけないほどに弱りきり、それでもかつての幼馴染に立ち向かおうと、少しずつ、途方もない時間をかけて全てを進めていた


これ以上、進むことはできないと思うと同時に、進まなければならないこともわかっていた
そして、死に向かう足を動かす原動力は、彼女でもあった

長いゲームが終わり、スニッチは捕まり、空を去るかと時が来たのだ……

スニッチ

感覚のない指で、ハリーは首から掛けた巾着をぎこちなく手探りし、スニッチを引っ張り出した


【私は終わる時に開く】



ハリーは息を荒くしながら、スニッチをじっと見つめた
時間ができるだけゆっくり過ぎてほしいこの時に、まるで、急に時計が早回りしたかのようだった
理解するのが早すぎて、考える過程を追い越してしまったかのようだった
これが「終わる時」なのだ

今こそ、その時なのだ

ハリーは、金色の金属を唇に押し当てて囁いた

「僕は、まもなく死ぬ」

金属の殻がぱっくり割れた
震える手を下ろし、ハリーはマントの下でゴイルの杖を下ろして、呟くように唱えた

「『ルーモス(光よ)』」

二つに割れたスニッチの中央に、黒い石があった
ハリーは、それを見て、唐突に記憶がすっきり整理されたように、すぐに理解した

『蘇りの石』だ

これは、あの指輪についていた石だ

マールヴォロ・ゴーントが持っていた指輪であり、そして、どういうわけか、彼女の手に渡ったもの…

ハリーはそこまでわかり、すんなりと理解した

彼女は、指輪をダンブルドアに渡したんだ


そしてハリーは再び、考えるまでもなく理解した
呼び戻すかどうかはどうでもいいことだ
間もなく自分もその仲間になるのだから
あの人達を呼ぶのではなく、あの人達が自分を呼ぶのだ
ハリーは目を瞑って、手の中で石を三度転がした


事は起こった


周囲の微かな気配で、ハリーにはそうとわかった
儚い姿が、森の端を示す
小枝の散らばった土臭い地面に足をつけて、動いている音が聞こえた
ハリーは、目を開けて周りを見回した


ゴーストとも違う
かといって本当の肉体を持ってもいない、と
生身の体ほどではないが、しかしゴーストよりずっとしっかりした姿が、顔に愛のこもった微笑を浮かべて、ハリーに近づいてきた

ジェームズは、ハリーとまったく同じ背丈だった
リリーはこの世でいちばん幸せそうに、嬉しそうに微笑んだ
肩にかかる長い髪を背中に流してハリーには近づきながら、ハリーそっくりの緑の目で、いくら見ても飽きることがないというように、ハリーの顔を貪るように眺めた

「あなたはとても勇敢だったわ」

ハリーは、声が出なかった
リリーの顔を見ているだけで幸せだった
その場にただずんで、いつまでもその顔を見ていたかった
それだけで満足だと思った

「お前はもうほとんどやり遂げた」

ジェームズが言った

「もうすぐだ……あとは彼女に任せればいい。父さん達は鼻が高いよ」

「苦しいの?」

子どもっぽい質問が思わず口を衝いて出たいた

「いいや、眠るみたいなものだ」

ジェームズが答えた

「ハリー、あなたは十分よくやったわ」

リリーが言った

「ハリー、お前は私たち二人の誇りであり、自慢の息子だ」

ジェームズが言った


森の中心から吹いてくると思われる風が、ハリーの額にかかる髪をかき揚げた
二人の方から、ハリーに行けとは言わないことを、ハリーは知っていた

決めるのは、ハリーでなければならないのだ

「一緒にいてくれる?」

「最後の最後まで」

ジェームズが言った

「あの連中には、二人の姿は見えないの?」

ハリーが聞いた

「ああ。見えない」

ジェームズが答えた

ハリーは母親を見た

「そばにいて」

ハリーは静かに言った







そしてハリーは歩き出した


吸魂鬼の冷たさも、ハリーを挫きはしなかった
その中を、ハリーは二人を連れて通り過ぎた
二人が、ハリーの守護霊の役目を果たし、一緒に古木の間を行進した
木々はますます密生して、枝と枝が絡みつき、足元の木の根は節くれだって曲がりくねっていた
暗闇の中で、ハリーは「透明マント」をしっかり巻き付け、次第に森の奥深くへと入り込んでいった

ヴォルデモートがどこにいるのか、全く見当がつかなかったが、必ず見つけられると確信していた

ハリーの横に、ほとんど立てずにジェームズ、リリーがそばにいた
そばにいてくれるだけでハリーは勇気づけられ、一歩、また一歩と進むことができた

ドスンという音と囁き声
何か他の生き物が、近くで動いていた
ハリーはマントを被ったまま立ち上がり、あたりを透かし見ながら耳を澄ませた
母親も父親も立ち止まった

「あそこに、誰かいる」

近くで荒々しい声が囁いた

「あいつは『透明マント』を持っている。もしかしたらーー?」

近くの木の影から、杖灯りを揺らめかせて二つの影が現れた
ヤックスリーとドロホフだった
暗闇に目を凝らして、ハリーや両親が立っている場所をまっすぐ見ていた
どうやら二人には何も見えていないらしい

「絶対に、何か聞こえた」

ヤックスリーが言った

「獣、だと思うか?」

「あのいかれたハグリッドの奴め、ここに、しこたま色んなものを飼っているからな」

ドロホフがチラリと後ろを振り返りながら言った
ヤックスリーは腕時計を見た

「もうほとんど時間切れだ。ポッターは一時間を使い切った。来ないな」

「しかしあの方は、奴が来ると確信なさった!ご機嫌麗しくないだろうな」

「戻った方がいい」

ヤックスリーが言った

「これからの計画を聞くのだ」

ヤックスリーとドロホフは、踵を返して森の奥深くへと歩いていった
ハリーはあとを追けた

二人に従いていけば、ハリーの望む場所に連れて行ってくれるはずだ
ふと横を見ると、母親が微笑みかけ、父親が励ますように頷いた

数分も歩かないうちに、行く手に明かりが見えた
ヤックスリーとドロホフは空き地に足を踏み入れた
そこは、ハリーも知っている、怪物蜘蛛アラゴグのかつての棲処だった
巨大蜘蛛の巣の名残がまだあったが、アラゴグの儲けた子孫の蜘蛛達は、死喰い人に追い立てられ、手先として戦わされていた

空き地の中央に焚き火が燃え、チラチラと揺らめく炎の明かりが、黙りこくってあたりを警戒している死喰い人の群れを照らしていた
まだ仮面とフードをつけたままの死喰い人もいれば、顔を晒している者もいる
残忍で岩のように荒削りな顔の巨人が二人、群れの外側に座ってその場に巨大な影を落としていた

ブロンドの男ロウルが出血した唇を拭っている姿や、ゴイル・シニアが、厳つい顔を恐怖と心配でたまらない様子をし、ゴイルの母親は喧しいそうな顔を歪めて真顔でいる

すべての目が、ヴォルデモートを見つめていた
その場に頭を垂れて立っているヴォルデモートは、ニワトコの杖を持った蝋のような両手を胸の前で組んでいる
祈っているようでもあり、頭の中で時間を数えているようでもあった
空き地の端に佇みながら、ハリーは場違いな光景を思い浮かべた
かくれんぼの鬼になった子どもが、十数えている姿だ
ヴォルデモートの頭の後ろには、怪奇な後光のように光る檻が浮かび、彼女の大切な、産まれれはずだった子どもを使って創られた大蛇のイリアスが、その中でくねくねととぐろを巻いたり解いたりしていた

ドロホフとヤックスリーが仲間の輪に戻ると、ヴォルデモートが顔を上げた

「わが君、あいつの気配はありません」

ドロホフが言った

ヴォルデモートは表情を変えなかった

焚き火の灯りを映した眼が、赤く燃えるように見えた
ゆっくりと、ヴォルデモートはニワトコの杖を長い指でしごいた

「あいつはやって来るだろうと思った」

踊る焚き火に眼を向け、ヴォルデモートが甲高いはっきりした声で言った

「あいつが来ることを期待した」

誰もが無言だった
誰もが、ハリーと同じくらい恐怖に駆られているようだった
ハリーの心臓は、いまや肋骨に体当たりし、ハリーが間もなく捨て去ろうとしている肉体から逃げ出そうと必死になっているかのようだった

「透明マント」を脱ぐ両手は、じっとりと汗ばんでいた
ハリーは、マントと杖を一緒にローブの下に収めた
戦おうという気持ちが起きないようにしたかった

「どうやら俺様は……間違っていたようだ」

ヴォルデモートが言った








「間違っていないぞ」






ハリーはありったけの力を振り絞り、声を張り上げた
怖気付いていると思われたくなかった
「蘇りの石」が、感覚のない手から滑り落ちた
焚き火の灯りの中に進み出ながら、ハリーは、両親が消えるのを、目の端でとらえた
その瞬間、ハリーはヴォルデモートしか念頭になった
ヴォルデモートと、たった二人きりだ

しかし、その感覚はたちまち消えた
巨人が吠え、死喰い人達がいっせいに立ち上がったからだ
叫び声、息を呑む音、そして笑い声まで湧き起こった

ヴォルデモートは凍りついたようにその場に立っていたが、その紅い眼はハリーを捕らえ、ハリーが近づくのを見つめていた
二人の間には焚き火があるだけだった
その時、わめき声がした

「ハリー!やめろ!」

ハリーは声の方を見た
ハグリッドが、ギリギリと
(いまし)めを受け、近くの木に縛り付けられていた
必死でもがくハグリッドの巨体が、頭上の大枝を揺らした

「やめろ!ダメだ!ハリー、何する気だーー?」

「黙れ!」

ロウルが叫び、杖の一振りでハグリッドを黙らせた
ゴイルの母親は弾けるように立ち上がり、激しい息遣いで、ヴォルデモートとハリーを食い入るように見つめた
動くものと言えば、焚き火の炎と、ヴォルデモートの背後に光る檻で、とぐろを巻いたり解いたりする蛇だけだった

ハリーは胸に当たるものを感じたが、抜こうとはしなかった
蛇の護りはあまりに堅く、何とかイリアスに杖を向けることができたとしても、それより前に五十人もの呪いがハリーを撃つだろう
ヴォルデモートとハリーは、なおも見つめ合ったままだった

ヴォルデモートは、小首を傾げ、目の前に立つ男の子を品定めしながら、唇のない口を捲り上げて、極めつきの冷酷な笑みを浮かべた




「ハリー・ポッター」




囁くような言い方だった




「生き残った男の子」




ヴォルデモートは杖を上げた

このままやってしまえば何が起こるのかと、知りたくてたまらない子どものように、小首を傾げたままだ

ハリーは紅い眼を見つめ返し、早く、いますぐにと願った

まだ立っていられるうちに

自分を抑制することができなくなる前に、恐怖を見抜かれてしまう前にーー


ハリーはヴォルデモートの口が動くのを見た


緑の閃光が走った




そして




すべてが消えた






—————————————


嘘と真実が暴かれたが、果たしてそれだけが真実なのか?

ハリーは思わぬ者から解を得ることになる…



































死の秘宝 〜11〜
暴かれた秘密と嘘にハリーは立ち尽くす…

偉大な魔法使いがそうなるまでに隠された、本当の姿…

栄光…虚栄…悲劇…虚言…後悔……

どこに愛があるのか、何が愛なのか…

人の想いの、なんと見えにくく複雑で単純なことか
続きを読む
3672786194
2022年1月16日 08:34
choco

choco

コメント
作者に感想を伝えてみよう

関連作品


ディスカバリー

好きな小説と出会える小説総合サイト

pixivノベルの注目小説

関連百科事典記事