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死の秘宝 〜10〜

死の秘宝 〜10〜 - chocoの小説 - pixiv
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43,737文字
転生3度目の魔法界で生き抜く
死の秘宝 〜10〜
夥しい秘密と嘘が明らかになってゆく

誰がための秘密、誰がための嘘…

それは、本人達にしか知る由はない…
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2022年1月14日 09:53

※捏造過多


———————————

ハリーは必死に走った
「求める者前に現れる」
そんなとこは、ハリーの知る限り、ひとつしかない
…このホグワーツの秘密のひとつ…

血みどろ男爵からまんまとブローチの在処を聞き出したトム・リドルは、誰も信用せずに一人で事を運んだ
傲慢にも、自分だけがホグワーツ城の奥深い神秘に入り込むことができると思ったのだろう
もちろん、ダンブルドアやフリットウィックのような模範生は、あのような場所に足を踏み入れることはなかった
そして、血みどろ男爵の言っていた


ーー「あの子は知っていたーーだが決して求めなかった」ーーー



彼女もそうだ
彼女はおそらく求めていたのだろう
そして、現れた
だが、彼女は求めていたのに、決して求めなかった

血みどろ男爵が言ったのはそういう意味だ
リドルとは違う

そして、自分とも違う

自分は、学校の誰もが通る道から外れたところを彷徨った
ここに、ハリーとヴォルデモートだけが知る秘密があった
ダンブルドアが見つけることのなかった秘密を、とうとうハリーは見つけたのだ




ハリーは地下から駆け上がり、角を曲がったが、その廊下を二、三歩も歩かない内に、左側の窓が大音響とともに割れて開いた

ハリーが飛び退くと同時に、窓から巨大な体飛び込んできて反対側の壁にぶつかった
何だか大きくて毛深いものが、キュンキュン鳴きながら到着したばかりの巨体から離れて、ハリーに飛びついた

「ハグリッド!」

ひげもじゃの巨大が立ち上がったのを見て、ハリーは、じゃれつくボアハウンド犬のファングを引き離そうと苦戦しながら、大声で呼びかけた

「いったいーー?」

「ハリー、ここにいたか!無事だったんか!」

ハグリッドは身を屈めて、肋骨が折れそうな力で、ちょっとだけハリーを抱きしめ、それから大破した窓辺に戻った

「グロウピー、いい子だ!」

ハグリッドは窓のない穴から大声で言った

「すぐ行くからな、いい子にしてるんだぞ!」

ハグリッドの向こうの闇の夜に、炸裂する遠い光が見え、不気味な、泣き叫ぶような声が聞こえた
時計を見ると、午前0時を指していた
戦いが始まっていた

「おーっ、ハリー」

ハグリッドがあえぎながら言った

「ついに来たな、え?戦う時だな?」

「ハグリッド、どこから来たの?」

「洞穴で、『例のあの人』の声を聞いてな」

ハグリッドが深刻な声で言った

洞穴(ほらあな)で、『例のあの人』の声を聞いてな」

ハグリッドが深刻な声で言った

「遠くまで響く声だったろうが?『ポッター
俺様に差し出すのを、真夜中まで待ってやる』そんで、お前さんがここにいるに違えねぇってわかった。何がおっぱじまっているのかがわかったのよ。ファング、こら、離れろっちゅうに。そんで、加わろうと思ってやってきた。俺とグロウピーとファングとでな。森を通って境界を突破したっちゅうわけよ。グロウピーが俺とファングを運んでな。あいつに城で降ろしてくれっちゅうたら、窓からを俺を突っ込んだ。まったく、そういう意味じゃぁなかったんだが。ところでーーロンとハーマイオニーはどこだ?」

「それはーーいい質問だ。行こう」

二人は廊下を急いだ
ファングはその傍らを飛び跳ねながら従いてきた
廊下という廊下から、人の動き回る音が聞こえてきた
走り回る足音、叫ぶ声
窓からは、暗い校庭にまた何本もの閃光が走るのが見えた

「どこに行くつもりだ?」

ハリーのすぐ後ろからドシンドシンと床板を震わせて急ぎながら、ハグリッドが息を切らして聞いた

「はっきりわからないんだ」

ハリーは行き当たりばったりに廊下を曲がりながら、言った

「でも、ロンとハーマイオニーは、どこか、このあたりにいるはずだ」

戦いの最初の犠牲者が、すでに行く手の通路に散らばっていた
いつも職員室の入口を護衛していた一対のガーゴイル像が、どこか壊れた窓から流れてきた呪いに破壊され、残骸が床でピクピクと力なく動いていたのだ
ハリーが胴体から離れた首の一つを飛び越えた時、首が弱々しくうめいた

「ああ、俺に構わずに……ここでバラバラのまま横になっているから……」

その醜い顔が、突然、ゼノフィリウスの家で見たロウェナ・レイブンクローの大理石の胸像を思い出させた


そして、廊下の端まで来た時、ネビルと、他に六人ほどの生徒を連れて嵐のように走り去るスプラウト先生に追い越され、ハリーは我に返った
全員が耳当てをつけ、大きな鉢植え植物のような物を抱えている

「マンドレイクだ!」

走りながら振り返ったネビルが、大声で言った

「こいつを城壁越しにあいつらにお見舞いしてやるーーきっと嫌がるぞ!」

ハリーは、途端に分霊箱のことを思い出して、全力で走った
その後ろを、ハグリッドとファングが早駆けで従いてきた

次々と肖像画の前を通り過ぎたが、絵の主たちもハリー達と一緒に走っていた
肖像画の魔法使いや魔女たちが、襞襟や中世の半ズボン姿で、あるいは鎧やマント姿で、互いのキャンバスになだれ込んでぎゅう詰めになり、城のあちこちで何が起きているかを大声で知らせ合っていた
その廊下を端まで来た時、城全体が揺れた
大きな花瓶が、爆弾の炸裂するような力で台座から吹き飛ばされたのを見て、ハリーは先生たちや騎士団のメンバーがかけた呪文より破壊的で不吉な呪いが、城をとらえたことを悟った

「大丈夫だ、ファングーーー大丈夫だっちゅうに!」

ハグリッドが叫んだが、図体ばかりでかいボアハウンド犬は、花瓶の破片が榴散弾のように降ってくる中を、一目散に逃げ出した
ハグリッドは怖気付いた犬を追って、ハリーを一人残し、ドタドタと走り去った

ハリーは杖を構え、揺れる通路を押し進んだ
その廊下の端から端まで、小柄な騎士の絵のガドガン卿が鎧をガチャつかせ、ハリーへの激励の言葉を吐きながら絵から絵へと走り込んで従いてきた
太った小さなポニーがトコトコ駆けてきた

「ほら吹きにゴロツキめ、犬に悪党め、追い出せ、ハリー・ポッター、追い払え!」

廊下の角を素早く曲がったところで、フレッドとリー・ジョーダン、ハンナ・アボットらの少数の生徒達が、城に続く秘密の抜け穴を隠している像の、主のいない台座のそばに立っているのを見つけた
全員が杖を抜き、隠された穴の物音に耳を澄ましている

「打ってつけの夜だぜ!」

城がまた揺れた時、フレッドが叫んだ
ハリーは高揚感と恐怖が交じり合った気持で、その傍らを駆け抜けた
次の廊下を全力疾走している時に、あたりがふくろうだらけになった

ミセス・ノリスが威嚇的な鳴き声を上げながら、前脚で叩き落とそうとしていた
ふくろうを収まるべき場所に戻そうとしていたに違いない

「ポッター!」

アバーフォース・ダンブルドアが、杖を構えて、行く手に立ち塞がっていた

「俺のパブを、何百人という生徒が雪崩を打って通り過ぎていったぞ、ポッター!」

「知っています。避難したんです」

ハリーが言った

「ヴォルデモートがーー」

「ーー襲撃してくる。お前を差し出さなかったから。うん」

アバーフォースが言った

「耳が聞こえないわけじゃないからな。ホグズミード中があいつの声を聞いた。しかし、スリザリンの生徒を二、三人人質に取ろうとは、誰も考えなかったのか?無事に逃した子の中には、死喰い人の子どもたちもいる。何人か、ここに残しておくほうが利口だったのじゃないか?」

「そんなことで、ヴォルデモートを止められはしない。それに、スリザリンの生徒達は今その死喰い人の子どもが指揮っている。戦うことを選んだんです」

ハリーは、ノットを思い出しながら言った

「それに、あなたのお兄さんなら、そんなことは決してしなかったでしょう」

アバーフォースはフンと唸って、急いでハリーと反対方向に去っていった


ーーあなたのお兄さんなら、そんなことは決してしなかったーー

そう、それは本当のことだ
ハリーは再び走り出しながら、そう思った
長年、スネイプを擁護してきたダンブルドアだ
生徒を人質に取ることなど、決してしなかっただろう…

最後の曲がり角を横滑りしながら曲がった途端、ロンとハーマイオニーが目に入った
安心感と怒りで、ハリーは叫び声を上げたかった

「いったい、どこに消えていたんだ?」

ハリーが怒鳴った

「『秘密の部屋』」

ロンが答えた

「秘密のーーえっ?」

二人の前でよろけながら急停止して、ハリーが聞き返した

「ハリー、私たちはあなたが行った後に『秘密の部屋』について考えたの。あそこはスリザリンの継承者が開くことができる場所よ。つまり、ヴォルデモートがあれを隠すならあり得ると思ったの。だから私たち、確かめに行ったの」

ハリーはハーマイオニーの早口な説明に筋は通っているとは思った
だが、外れだ

「だけど、何もなかった。だが妙だったんだ」

「妙?」

「ああ、君はあそこにバジリスクの死骸があるって言ってただろう?だけどーー何もなかったんだ。死骸も何も。骨もだ」

ロンが恐々とした様子で言った
ハリーは、ダンブルドが片づけたんだろうと思った
そう言っていたからだ
ハーマイオニーも同じ事を思ったようで、ロンを見つめていた

「だから僕ーー「それより!ハリー、何があったの?」

ロンの言葉を遮るように、今はそんな事を話してる暇はないとばかりにハーマイオニーがハリーに聞いた

ハリーは我に返ったようにハーマイオニーに視線を移して話そうとした

だが、次の瞬間、上の方から爆発音がした
三人が一斉に見上げると、天井から埃が落ちてくると同時に、遠くから悲鳴が聞こえた

「分霊箱がどこにあるか、どんな物なのかわかった。銀の蛇のブローチだ。やっぱり彼女が’’贈ろう’’とした物だった。だが贈らなかった。だけど彼女は唯一の話し相手だった血みどろ男爵にそれを言っていたんだ。それをあいつがまんまと聞き出した」

ハリーは早口で話した
ロンとハーマイオニーは、嫌悪を全面に出したような顔をして顔を見合わせた

「あいつは僕が古い魔法薬の教科書を隠した場所とおんなじところに隠したんだ。何世紀にも渡ってみんなが隠し場所にしてきたところだ。あいつは自分しかその場所を見つけられないと思ったんだ。行こう」

壁がまた揺れた
ハリーは二人に先立って、隠れた入口から階段を下り、「必要の部屋」に戻った

三人の女性以外は誰もいない
ジニー、トンクス、それに虫食いだらけの帽子を被った老魔女だ

「ああ、ポッター」

老魔女は、ハリーを待っていたかのように、てきぱきと呼びかけた

「何が起こっているか、教えておくれ」

「みんなは無事なの?」

ジニーとトンクスが同時に聞いた

「僕たちの知っているかぎりではね」

ハリーが答えた

「『ホッグズ・ヘッド』への通路にはまだ誰かいるの?」

ハリーは、誰かがこの部屋にいる限り「必要の部屋」が様変わりすることができないことを知っていた

「わたくしが最後です」

ミセス・ロングボトムが言った

「通路はわたくしが封鎖しました。アバーフォースがパブを去った後に、通路を開けたままにしておくのは賢明ではないと思いましたからね。わたくしの孫を見かけましたか?」

「戦っています」

ハリーが言った

「そうでしょうとも」

老婦人は誇らしげに言った

「失礼しますよ。孫の助太刀に行かねばなりません」

ミセス・ロングボトムは驚くべき速さで石の階段に向かって走り去った
ハリーはトンクスを見た

「トンクス、お母さんのところでテディと一緒のはずじゃなかったの?」

「あの人の様子がわからないのに、耐えられなくてーー」

トンクスは苦渋を滲ませながら言った

「テディは、母が面倒を見てくれるわーーリーマスを見かけた?」

「天文台で働くグループにいる手のはずだったけどーー」

トンクスはそれ以上何も言わずに走り去った

「ジニー」

ハリーが言った

「すまないけど、外に出ていてほしいんだ。ほんの少しの間だ。そのあとでまた戻ってきていいよ」

ジニーは、保護された場所から出られることが、嬉しくて仕方がない様子だった

「あとでまた戻ってきていいんだからね!」

トンクスを追って駆け上がっていくジニーの後ろ姿に向かって、ハリーが叫んだ

「戻ってこないといけないよ!」

「ちょっと待った!」

ロンが鋭い声を上げた

「僕たち、誰かのことを忘れてる!」

「誰?」

ハーマイオニーが聞いた

「屋敷しもべ妖精達。全員下の厨房にいるんだろう?」

「しもべ妖精達も、戦わせるべきだっていうことか?」

ハリーが聞いた

「違う」 
 
ロンが真面目に言った

「脱出するようにる言わないといけないよ。僕たちのために死んでくれなんて、命令できないよーー」

その時、ハーマイオニーがロンに駆け寄り、その両腕をロンの首に巻き付けて、ハーマイオニーはロンの唇に熱烈にキスをした
ロンもハーマイオニーの体を床から持ち上げてしまうほど夢中になって、キスに応えた

「そんなことをしてる場合か?」

ハリーが肩を落として、力無く問いかけた

しかし、ハリーの言葉に応えることもなく、ロンとハーマイオニーはますます固く抱き合ったままその場で体を揺らしていたので、ハリーは声を荒げた

「おい!戦いの真っ最中だぞ!」

ロンとハーマイオニーは離れたが、両腕を互いに回し合ったままだった

「わかってるさ」

ロンはブラッジャーで後頭部をぶん殴られたばかりのような顔で言った

「だからもう、今っきりしかないかもしれない。だろ?」

「そんなことより、分霊箱はどうなる?」

ハリーが叫んだ

「悪いけど、君たちーーブローチを手に入れるまで、そういうのは我慢してくれないか?」

「うんーーーそうだーーごめん」

ロンが言った
ロンとハーマイオニーは、二人とも顔を赤らめた




三人が階段を上って再び上の階に出てみると、「必要の部屋」にいた数分の間に城の中の状況がかなり悪化したことが明らかだった
壁や天井は前より酷く振動し、あたり一面埃だらけで、いちばん近い窓からはハリーが外を見ると、緑と赤の閃光が城の建物のすぐ下で炸裂するのが見え、死喰い人達が今にも城に入るところまで近づいていることがわかった
見下ろすと巨人のグロウプが、屋根からもぎ取ったらしい石のガーゴイルのようなものを振り回して、不機嫌に吠えながらうろうろ歩いていくのが見えた

「グロウプが何人か踏んづけるように願おうぜ!」

近くからまた何度か響いてきた悲鳴を聞きながら、ロンが言った

「味方じゃなければね!」

誰かが言った
ハリーが振り向くと、ジニーとトンクスが二人とも杖を抜き、隣の窓のところで構えていた
窓ガラスが数枚無くなっている
ハリーが見ている間に、ジニーの呪いが、下の敵軍に正確に狙い定めて飛んでいった

「娘さん、よくやった!」

埃の中からこちらに向かって走ってきた誰かが吠えた
少人数の生徒を率いて、白髪を振り乱して走り抜けていくアバーフォースの姿を、ハリーは再び目にした

「どうやら敵は北の城壁を突破しようとしている。敵側の巨人を引き連れているぞ!」

「リーマスを見かけた?」

トンクスがアバーフォースの背に向かって叫んだ

「マルフォイとドロホフの相手をしていた!」

アバーフォースが叫び返した

「その後は見ていない!」

「トンクス」

ジニーが声をかけた

「トンクス、ルーピンはきっと大丈夫ーー」

しかしトンクスはもう、アバーフォースを追って埃の中に駆け込んでいた
ジニーは途方に暮れたようにハリー、ロン、ハーマイオニーを振り返った

「二人とも大丈夫だよ」

虚しい言葉だと知りながら、ハリーが慰めた

「ジニー、僕たちはすぐ戻るから、危ない場所から離れて安全にしていてくれーーさあ、行こう!」

ハリーは、ロンとハーマイオニーに呼びかけ、三人は「必要の部屋」の前の壁まで駆け戻った
壁の向こう側で、「部屋」が次の入室者の願いを待っている



ーーー僕は、全ての物が隠されている場所が必要だーーー



ハリーは頭の中で部屋に頼み込んだ
三人が壁の前を三度通り過ぎた時、扉が現れた
三人が中に入って扉を閉めた途端、戦いの騒ぎは消えた
あたりは静まり返っていた
三人は、都市のような外観の大聖堂にも似た広大な場所に立っていた
大昔からの、何千人という生徒達が隠した品物が積み重なって、見上げるような壁になっている

「それじゃ、あいつは、’’誰でも’’ここに入れるとは考えなかったわけか?」

ロンの声が静寂の中で響いた

「あいつは自分一人だけと思ったんだ」

ハリーが言った

「僕の人生で、隠しものをしなきゃならないならないときがあったというのが、あいつの不運さ……こっちだ」

ハリーは二人を促した

「こっちの並びだと思う……」

ハリーはトロールの剥製を通り過ぎ、それから先は、ガラクタの間の通路を端から端まで見ながら迷った
次はどう行くのかが思い出せなかった……

「『アクシオ!(ブローチよ、来い)』」

必死のあまり、ハーマイオニーが大声で唱えたが、三人に向かって飛んでくるものはなかった

「手分けして探そう」

ハリーが二人に言った

「ガラスみたいな銀のブローチだ。手に乗るサイズだ」

三人はそれぞれ隣り合わせの通路へ急いだ
そびえるガラクタの山の間に二人の足音が響くのが、ハリーの耳に入ってきた
瓶や帽子、木箱、椅子、本、武器、箒にバッド……

「どこかこの近くだ…」

ハリーは、一人でブツブツ言った

「この辺だ…この辺…」

以前に一度入った時に、この部屋で見た覚えのある品物を探して、ハリーはだんだん迷路の奥深くに進んでいった
自分の呼吸がはっきり聞こえた

そしてーー魂そのものが震えるような気がしたーー

見つけた

すぐそこに、ハリーが古い魔法薬の教科書を隠した、表面がボコボコになった戸棚が見え、その上の隅に置かれたきらりと光るガラスのような片鱗

まだ三メートルほど先だったが、ハリーはもう手を伸ばしていた
その時、背後で声がした

「止まれ、ポッター」

ハリーは聞き覚えのある声に、どきりとして振り向いた
クラッブとゴイルが杖をハリーに向け、肩を並べて立っていた
にやにやと笑うクラッブに、ゴイルは強張ったような顔だった

「お前、それは俺の杖だ。返せ」

「今は違う」

ハリーはゴイルの館で奪った杖をぎゅっと握り、毅然と言った

「勝者が杖を持つんだ。ゴイル、お前は誰から借りた?」

「叔母上だ」

ゴイルが答えた

別におかしい状況ではないのに、ハリーは笑った
ロンの足音も、ハーマイオニーのも、聞こえなくなっていた
ブローチを探して、二人ともハリーの耳には届かない距離まで走っていってしまったらしい

「それで、二人ともヴォルデモートと一緒じゃないのは、どういうわけだ?」

ハリーが問いかけた

「俺たちはご褒美をもらうんだ」

クラッブの声は図体のわりに驚くほど小さかった
ハリーはこれまでクラッブが話すのをほとんど聞いたことがなかった
クラッブは大きなお菓子袋をやると約束された幼い子どものような笑いを浮かべていた

「ポッター、俺たちは残ったんだ。出ていかないことにした。お前を『あの人』のところに連れて行くことに決めた」

「いい計画だ」

ハリーは誉める真似をして、からかった
ゴイルの表情はまだ強張っていた
まさか、クラッブとゴイルなんかに挫かれようとは…
ハリーはじりじりと後退りして、戸棚の上にある分霊箱に近づいた
戦いが始まる前に、それを手に入れることさえできれば…

「ところで、ゴイル。なぜ僕だと言わなかった?」

三人の気を逸らそうとしてハリーが聞いた
さっきから、ゴイルが大人しいのも、引っかかっていた

「なんだと?」

ゴイルは強張っていた顔を歪めて眉根を顰めた

「惚けるな。気づいていただろう。僕が本物だと」

「………」

ハリーの鋭い言葉に、ゴイルは言い返そうとしたが、反論する言葉がでなかったようだった

ゴイルの頭の中には、ずっと、呪いのようにある言葉がこびりついて離れなかったのだ



ーーー…一度でも、殺人を犯してしまったら、その後の人生は悲惨なものよ…ーーー



クラッブと違い、ゴイルは『闇の帝王』を目の前で見る機会が多かった
そして、『闇の帝王』を怒らせた後、死喰い人達が罰せられるところも…

最初は誇らしかったゴイル
偉大な者の一員として、名を挙げ、今まで馬鹿にしてきた連中や気に食わないやつらを見返せると思っていた
最初は良かった、実に気分がよかった
自分を恐れ、闇の一因だと、印を見せて怯える相手の顔を見て、なんでも言うことを聞く

そんな優越感に浸っていた…

だが…

それが甘かったのだと、知るのはそう遅くなかった
圧倒的な魔力と邪悪で偉大な魔法使い

あの殺戮の現場を見て……見てしまって…己の家の広間に、夥しい屍と血が流れ…
立っていたのは、闇の帝王と同級生だった彼女だけ…

血に塗れた手で、怯える彼女に闇の帝王は、優しく触れていた



ーーー「そう怯えるな。ナギニ……俺様の役に立たぬ虫ケラなど、必要ないのだ。お前が心を痛める必要など、なかろう」ーーー



その瞬間、ゴイルの中で、見て見ぬ振りをしていた疑問が頭をもたげた…


だが、一度知ってしまった敬われ、恐れられる快感を、捨てることはできなかった
己より格上な、想像もできないような圧倒的な存在が主として上にいることにも、ある意味の優越感があるのもそうだった

ゴイルは、彼女の呪いのような言葉の警告と、己の優越感と快感との間で迷っていた
そうして、迷い、迷い…ここまできてしまった
だが、ゴイルは、幸運というべきか、幸いというべきか…

まだ人殺しはしていなかった…















「なのに言わなかった」

ハリーは、ゴイルが一瞬、顔を強張らせて動揺したのを見逃さなかった
ゴイルは思考から引き戻された

ハリーは再び口を開こうとした
その時…

「ハリー?」

突然ロンの声が、ハリーの右側の壁の向こうから響いてきた

「誰かと話してるのか?」


鞭を振るような動きで、クラッブは十五.六メートルもある壁に杖を向けた
古い家具や壊れたトランク、古本やローブ、そのほか何だかわからないガラクタが山のように積み上げられた壁だ
そして叫んだ

「『ディセンド!(落ちろ)』」

壁がぐらぐら揺れ出して、ロンのいる隣の通路に崩れ落ちかかった

「ロン!」

ハリーが大声で呼ぶと、どこか見えないところからハーマイオニーの悲鳴が上がり、不安定になった山から壁の向こう側に大量に落下したガラクタが、床に衝突する音が聞こえた
ハリーは杖は壁に向けて、叫んだ

「『フィニート!(終われ!)』」

すると壁は安定した

「やめろ!」

呪文を繰り返そうとするクラッブの腕を押さえて、ゴイルが叫んだ

「部屋を壊す気か!自滅するぞ!」

ゴイルの怯えたような表情に、クラッブが言い返す前に、ロンがガラクタの向こうから再び再び叫んだ

「どうなってるんだ?」

「ハリー?」

クラッブが口真似した

「どうなってるんだーー?」

「ハリー?」

クラッブが口真似した

「どうなってるんだ?ーー動くな、ポッター!『クルーシオ!(苦しめ)』」

ハリーは、ブローチに飛びついていた
クラッブの呪いはハリーを逸れたが、戸棚に当たり、戸棚が飛んだ

きらきら反射して光るブローチが高く舞い上がり、ブローチが載っていた戸棚とガラクタの山の中に落ちて見えなくなった

「やめろ!」

ゴイルがクラッブを怒鳴りつけた
その声が、巨大な部屋に響き渡った

「闇の帝王は、生きたままのポッターを望みなのを忘れたか!」

「それがどうした?いまの呪文は殺そうとしていないだろう?」

クラッブは自分を抑えつけているゴイルのゴツゴツした手を、力強く鬱陶しそうに払い退けながら叫んだ

「生憎、俺は、やられたら殺ってやる。闇の帝王はどっちみち、やつを殺りたいんだ。どこが違うって言ーー?」

真っ赤な閃光がハリーを掠めて飛び去った
ハーマイオニーがハリーの背後から、角を回って走り寄り、クラッブの頭目がけて「失神の呪文」を放ったのだ

ゴイルがクラッブを引いて避けたために、わずかのところで呪文は的を外れた

「あの『穢れた血』だ!アバダ ケダブラ!」

ハリーはハーマイオニーが横っ飛びにかわすのを見た
クラッブは殺すつもりで狙いをつけていた
ハリーの怒りが爆発した
他の一切が頭から吹き飛んでしまった

ハリーはクラッブ目がけて「失神の呪文」を撃ったが、クラッブは呪文を避けるのにグラッとよろけた

「クラッブ!奴を殺すな!」

ゴイルが、すぐに立ち上がりハリーに狙いをつけているクラッブに向かって叫んだ
そして、二人が一瞬躊躇した隙を、ハリーは逃さなかった

「『エクスペリアームス!(武器よ、去れ)』」

ゴイルの杖が手から離れて飛び、脇のガラクタの防壁の中に消えた
ゴイルは取り戻そうとして、その場で虚しく飛び上がった
ハーマイオニーが第二弾の「失神の呪文」を放った
すると、ロンが突然通路の脇に現れ、クラッブがけて「全身金縛り術」を発射したが、惜しくも逸れた

クラッブはくるりと向きを変え、またしても「アバダ ケダブラ!」と叫んだ
ロンは緑の閃光を避けて飛び退き、姿を隠した

杖を失ったゴイルは、飛び交う攻撃を避けて三本脚の洋服箪笥の陰に縮こまった

「どこか、このへんだ!」

ハリーは、白銀に輝くブローチが落ちたあたりのガラクタの山を指しながら、ハーマイオニーに向かって叫んだ

「探してくれ。僕はロンを助けにーー」

「ハリー!」

ハーマイオニーが悲鳴を上げた

背後から押し寄せる轟轟といううなりで、ハリーはただならぬ危険を感じた
振り返ると、ロンをクラッブがこちらに向かって全速力で走ってくるのが見えた

「ゴミどもめ、熱いのが好きか?」 

クラッブが走りながら吠えた
しかし、クラッブ自身が、自分のかけた術を制御できないようだった
異常な大きさの炎が、両側のガラクタの防壁をなめ尽くしながら、二人を追っていた

炎が触れたガラクタは、煤になって崩れ落ちていた

「『アグアメンティ!(水よ)』」

ハリーが声を張り上げたが、杖先から噴出した水は、空中で蒸発した





「逃げろ!」







クラッブは今や怯えた顔で、全員を追い越して逃げ去った
その後を追って飛ぶように走るハリー、ロン、ハーマイオニーのすぐ後ろから、炎が追いかけてきた
尋常な火ではない
クラッブは、ハリーの全く知らない呪いを使ったのだ
全員が角を曲がると、炎が、まるで知覚を持った生き物が全員を殺そうとして襲ってくるかのように追ってきた
しかも、炎はいまや突然姿を変え、巨大な炎の怪獣の群れになっていた
大蛇、キメラ、ドラゴンが、めらめらと立ち上がり、伏せ、また立ち上がった

何世紀にもわたって堆積してきた瓦礫の山は、怪獣の餌食になり、宙に放り投げられ、牙を剥いた怪獣の口に投げ込まれたり、足の鉤爪に蹴り上げられて、最後には地獄の炎に焼き尽くされた

ゴイル、クラッブの姿が見えなくなった
ハリー、ロン、ハーマイオニーは追い詰められ、炎に取り囲まれた
炎の怪獣は爪を立て角を振り、尻尾を打ち鳴らして徐々に囲みを狭め、炎の熱が強固な壁のように三人を包んだ

「どうしましょう?」

ハーマイオニーが、耳を(ろう)する轟音の中で叫んだ

「どうしたらいいの?」

「これだ!」

ハリーは一番手近なガラクタの山から、かっしりした感じの箒を二本をつかんで、一本をロンに放った
ロンはハーマイオニーを引き寄せて後ろに乗せ、ハリーは二本目の箒にぱっと跨った
三人は強く床を蹴り、宙に舞い上がった
噛みつこうとする炎の猛禽のとげどけした嘴は、ほんの二、三十センチのところで獲物を逃した
煙と熱は耐え難い激しさだ
眼下では呪いの炎が、お尋ね者の生徒達が何世代にも渡って持ち込んだ禁制を、何千という禁じられた実験の罪深い結果を、そしてこの部屋に避難した数えきれない人々の秘密を焼き尽くしていた
ゴイルとクラッブは影も形も見えない
ハリーは二人を探して、略奪の怪獣のすれすれまで舞い降りたが、見えるのは炎ばかりだった

なんて(むご)い死に方だ…

ハリーはこんな結果を望んでいなかった…

「ハリー、脱出だ!脱出するんだ!」

ロンが叫んだが、黒煙の立ち込める中で、扉がどこにあるのか見えなかった
そのとき、ハリーは大混乱のただ中に、燃え盛る轟々たる音の中に、弱々しく哀れな叫び声を聞きつけた

「だれかーー助けてっーーけてーー!」

ロンの叫びを背後に聞きながら、ハリーは空中旋回していた
メガネのおかげで煙から多少は護られ、ハリーは眼下の火の海を
(くま)なく見回した
誰かが生きている
(しるし)はないか、手足でも顔でもいい、まだ炭になっていないものはないか……






見えた
ゴイルが、焦げた机の積み重なった、今にも崩れそうな塔の上に乗っていた
ハリーは突っ込んだ
ゴイルはハリーがやって来るのを見て、片腕を上げた
ハリーはその腕を掴んだが、これでは駄目だとすぐわかった
ゴイルが重すぎる
そして、汗まみれのゴイルの手が、ハリーの手から滑り落ちたーー


「そいつらのために僕たちが死ぬことになったら、君を殺すぞ、ハリー!」

ロンが吠えた

巨大なキメラがロン達に襲いかかった瞬間、ロンとハーマイオニーが、ハリーがゴイルに手を伸ばしたのを援助するように箒に引っ張り上げさせて、縦に横にと揺れながら、再び上昇した
ゴイルは、藁にもすがるようにハリーの箒の後ろに這い上がった

「扉だ!扉に行け!扉だ!」

ゴイルが、ハリーの耳に叫んだ
逆巻く黒煙で息もつけず、ハリーはスピードを上げてロン、ハーマイオニーの後に続いた

周囲には貪欲な炎を免れた最後の品々が、巻き上げられて飛んでいた
呪いの炎の怪獣達は、勝利の祝いに、残った品々を高々と放り上げていた
優勝カップや盾、ネックレス…カット面が炎に照らされ輝く白銀のブローチ…

「何してる!何してんだ!扉はあっちだろ!」

ゴイルが叫んだが、ハリーはヘアピンカーブを切って飛び込んだ
ブローチは、スローモーションで落ちていくかのように見えた

大きく口を開けた大蛇の胃袋に向かって、回りながら、きらきら反射して輝きながら落ちていく…

その瞬間、ハリーはブローチを捕らえた
手のひらにしっかりと、そのひんやりとした感触の重みを捕らえたーー


大蛇がハリーに向かって鋭く襲いかかったが、ハリーは再び旋回していた
そして高々と舞い上がり、扉があると思われるあたりを目指し、そこに扉が開いていることを祈りながら、一直線に飛んだ
ロン、ハーマイオニーの姿はもうなかった
ゴイルは低い悲鳴を上げて、でかい体を丸めて、痛いほど強くハリーにしがみついていた


その時、煙を通して、ハリーは壁に長方形の切れ目があるのを見つけ、箒を向けた
次の瞬間、清浄な空気がハリーの肺を満たし、二人は廊下の反対側の壁に衝突した

ゴイルは箒から落下し、息も絶え絶えに咳き込み、ゲーゲー言いながら、うつ伏せになって横たわった
ハリーは転がって、上半身を起こした
「必要の部屋」の扉はすでに消え、ロンとハーマイオニーが、床に座り込んであえいでいた

「クーークラッブ」

ゴイルが、口がきけるようになるとすぐ、喉を詰まらせながら言った

「クーークラッブ」

「あいつは死んだ」

ロンが厳しい口調で言った

しばらくの間、喘いだり咳き込んだりする音以外は何も聞こえなかった
やがて、バーンという大きな音が何度も白を揺るがし、透明な騎馬隊の大軍が疾駆していった
「首無し
狩人(かりうど)」の一行が通り過ぎた後、ハリーはよろよりと立ち上がり、あたりを見回した
どこもかしこも戦いの最中だった
退却するゴーストの群れの叫びよりも、もっと多くの悲鳴が聞こえてきた
ハリーは突然戦慄を覚えた

「ジニーはどこだ?」

ハリーが鋭い声を上げた

「ここにいたのに。『必要の部屋』に戻ることになっているのに」

「冗談じゃない、あんな大火事のあとで、この部屋がまだ機能すると思うか?」

そう言いながらロンも立ち上がって、胸をさすりながら左右を見回した

「手分けして探すか?」

「ダメよ」

立ち上がったハーマイオニーが言った
ゴイルは力無く床に伸びたままだった
クラッブが死んだことがショックだったのか、動揺して放心している
杖はない

「離れずにいましょう。さあ、行きましょうかーーハリー、手に持っている物、何?」

「えっ?ああ、そうだーー」

ハリーは握りしめていた手を開き、目の前に掲げた
逃げるのに必死で気づかなかったが、あの炎の中にあったのに、不思議と熱を持たずひんやりとしたガラスの温度が上昇した体の熱を冷ましているかのように掌で輝いていた

蛇が頭を掲げて、軽く下を剥き、まるで絵画に描かれるかのようなポーズを取った煤に塗れた白銀のブローチ

これを本当に彼女が作っていたのか……
あいつに戻ってきてほしくて、贈ろうとした……

ハリーはしんみりと思った

だがその時、黒くねっとりしたものがブローチから流れ出ているかのように、瞬く間にドス黒く染まり…
突然、ブローチが激しく震え、ハリーの手の上で粉々に砕けた
美しかっただろう造形の面影も残さず…

その途端、ハリーは遠くから微かな苦痛の叫びを聞いたように思った
校庭からでも城からでもなく、たった今ハリーの手の中でバラバラになった物から響いてくる悲鳴だった


「あれは『悪霊の火』だったに違いないわ!」


砕けた破片に目をやりながら、ハーマイオニーが啜り泣くような声で言った


「えっ?」

「『悪霊の火』ーー呪われた火よーー分霊箱を破壊する物質の一つなの。でも私なら絶対にそれを使わなかったわ。危険すぎるもの。クラッブは、いったいどうやってそんな術をーー?」

「カロー兄妹から習ったに違いない」

ハリーが暗い声で言った

「やつらが止め方を教えた時に、クラッブがよく聞いていなかったのは残念だぜ。まったく」

ロンが言った
ロンの髪は、ハーマイオニーの髪と同じく焦げて、顔は煤けていた

「クラッブのやつが僕たちを皆殺しにしようとしなけりゃ、死んじゃったのは可哀想だけどさ」

「でも、気がついているかしら?」

ハーマイオニーが囁くように言った

「つまり、あとはあの大蛇を片付ければーー」

しかし、ハーマイオニーは言葉を切った
叫び声や悲鳴が聞こえ、紛れもない戦いの物音が廊下一杯に聞こえ始めたからだ

周りを見回して、ハリーはどきりとした

死喰い人がホグワーツに侵入していた
仮面とフードを被った男達と、それぞれ一騎討ちしているフレッドとパーシーの後ろ姿が見えた

ハリーもロンもハーマイオニーも、加勢に走った
閃光があらゆる方向に飛び交い、パーシーの一騎打ちの相手が急いで飛び退いた
途端にフードが滑り落ちて、飛び出した額とすだれ状の髪が見えたーー

「やあ、大臣!」

パーシーがまっすぐシックネスに向けて、見事な呪いの呪文を放った
シックネスは杖を取り落とし、ひどく気持が悪そうにローブの前を掻きむしった

「辞職すると申し上げましたかね?」

「パース、ご冗談を!」

自分の一騎討ちの相手が、三方向からの「失神の呪文」を受けて倒れたところで、フレッドが叫んだ

シックネスは体中から小さな棘を生やして床に倒れた
どうやらウニのようなものに変身していく様子だった
フレッドはパーシーを見て、嬉しそうににやっと笑った

「パース、マジで冗談言ってくれるじゃないか……お前の冗談なんか、今までで一度だってーー」

その瞬間だった
空気が爆発するような音のない振動がした瞬間、ウニになったシックネスとパーシー、フレッドの間に割り入るように柔らかく眩い青白い光を放ち、青白い大きな鳥が突っ切って現れ、ウニのシックネスに向けて優雅で大きな翼を広げた


ハリーはその’’大きな鳥’’を視界いっぱいに写しながら、空中に放り出されるのを感じた

唯一の武器である細い一本の棒をしっかり握り、両腕で頭を庇うことしかできなかった
一瞬の静寂が辺りを包み、次の瞬間、仲間の悲鳴や叫び声が聞こえた


眩い光はやがて収まり、薄暗い、痛みに満ちた世界に変わった
ハリーの体は、猛攻撃を受けた廊下の残骸に半分埋まっていた
冷たい空気で、白の城壁が吹き飛ばされたことがわかり、頬に感じる生暖かいねっとりしたもので、ハリーは自分が出血していることを知った
その時、ハリーは内臓を締め付けられるような悲しい叫びを聞いた
炎の呪いも、こんな悲鳴を引き出すことはできない

ハリーはふらふら立ち上がった
その日一日で、こんなに怯えたことはない
多分、今までの人生で、こんなに怖かったことはない…

ハーマイオニーが、瓦礫の中からもがきながら立ち上がった
彼が吹き飛ばされた場所の床に三人の赤毛の男が肩を寄せ合っていた
ハリーは、ハーマイオニーの手を取って、二人で石や板の上をよろめき、躓きながら近づいた

「そんなーーそんなーーそんな!」

誰かが叫んでいた

「ダメだ!フレッド!ダメだ!」

パーシーが弟を揺すぶり、その二人の脇にロンがひざまずいていた
フレッドは目を閉じて笑っていた









世界の終わりが来た
それなのになぜ戦いをやめないのか?
なぜ城が恐怖で静かにならず、戦う者全員が武器を捨てないのか?
ハリーは、ありえない現実が飲み込めず、心は奈落へと落ちていった
フレッド・ウィーズリーが死ぬはずがない
自分の感覚のすべてが嘘をついているのだーー

そのとき、爆破で側壁にあいた穴から、誰かが上から落下していくのが見えた
暗闇から呪いが飛び込んできて、みんなの頭の後ろの壁に当たった

「伏せろ!」

ハリーが叫んだ
呪いが闇の中から次々と飛び込んできた
ハリーとロンが同時にハーマイオニーを引っ張って、床に伏せさせた
パーシーはフレッドの死体の上に覆いかぶさり、これ以上弟を傷つけさせまいとしていた

「パーシー、さあ行こう。移動しないと」

ハリーが叫んだ
パーシーは首を振った

「パーシー!」

ロンが兄の両肩を掴んで引っ張ろうとした
煤と埃で覆われたロンの顔に、幾筋もの涙の跡がついているのをハリーは見た
しかし、パーシーは動かなかった

「パーシー、フレッドはもうどうにもできない!僕たちはーー」

ハーマイオニーが悲鳴を上げた
振り返ったハリーは、理由を聞く必要がなくなった
小型自動車ほどの巨大な蜘蛛が、側壁の大きな穴から這い入ろうとしていた
アラゴグの子孫の一匹が、戦いに加わったのだ
ロンとハリーが、同時に呪文を叫んだ
呪文が命中し、怪物蜘蛛は仰向けに吹っ飛んで、
(あし)を気味悪くピクピク痙攣させながら、闇に消えた

「仲間を引き連れてきているぞ!」

呪いで吹っ飛ばされた穴から、城の端をチラリと見たハリーが、みんなに向かって叫んだ

「禁じられた森」から解放された巨大蜘蛛が、次々と城壁を這い登ってくる
死喰い人たちは、「禁じられた森」に侵入してに違いない
ハリーは大蜘蛛に向けて「失神の呪文」を発射し、先頭の怪物を、這い上ってくる仲間の上に転落させた
大蜘蛛は全ての壁から転げ落ち、姿が見えなくなった
そのときハリーの頭上を、いくつもの呪いが飛び越していった
すれすれに飛んでいった呪文の力で、髪が巻き上げられるのを感じた

「移動だ。行くぞ!」

ハーマイオニーを押してロンと一緒に先に行かせ、ハリーは屈んでフレッドの(わき)の下を抱え込んだ
ハリーが何をしようとしているのかに気づいたパーシーは、フレッドにしがみつくのをやめて手伝った
身を低くし、校庭から飛んでくる呪いを感じながら、二人は力を合わせてフレッドの遺体をその場から移動させた

「ここに」

ハリーが言った

二人は甲冑が吹き飛ばされたあとの壁の窪みにフレッドの遺体を置いた
ハリーは、それ以上フレッドを見ていることに耐えられず、遺体がしっかり隠されていることを確かめた

廊下はもうもうと埃が立ち込め、石が崩れ落ち、窓ガラスがとっくになくなっていた
その時…埃が立ち込めて見えない廊下の奥から巨大蜘蛛の群れが蠢いて向かってきた

だが…

一瞬の内だった

廊下の奥の方から、一瞬、何か太くて緑色のテカテカした生き物の尾のようなものが伸びてきて、巨大蜘蛛が気色の悪い鳴き声をあげて吸い込まれていった

一瞬だった

巨大蜘蛛の大軍がまるで大混乱したかのように、窓から逃げ始めた
だが次々とその、多分とても大きな生き物に巻き付けられ廊下の奥に引き込まれていった

埃がまった見えない廊下の奥から何かをバリバリと咀嚼する音と、蜘蛛の断末魔のようの鳴き声が聞こえる

ハリーは、なぜ蜘蛛が逃げていくのか、廊下の奥に何があるのか、疑問はあったが、本能的に行ってはいけないと警戒音が鳴っていたため、それに従いロンとハーマイオニーを追うことにした

ハリーは、廊下の端で敵とも味方とも見分けのつかない大勢の人間が走り回っているのを目にした

「ルックウッド!」

角を曲がったところで、パーシーが牡牛のような唸り声を上げ、生徒二人を追いかけている背の高い男に向かって突進した

「ハリー!こっちよ!」

ハーマイオニーが叫んだ

ハーマイオニーは、ロンをタペストリーの裏側に引っ張り込んでいた
二人が揉み合っているようにも見えたので、ハリーは一瞬変に勘ぐって、二人がまた抱き合っていたのではないかと思った
しかし、ハーマイオニーは、パーシーを追って駆け出そうとするロンを抑えようとしていたのだった

「言うことを聞いてーーロン、聞いてよ!」

「加勢するんだーー死喰い人を殺してやりたい!」

埃と煤で汚れたロンの顔はくしゃくしゃに歪み、体は怒りと悲しみでわなわな震えていた

「ロン、これを終わらせることができるのは、私たちの他にいないのよ!お願いーーロンーーあの大蛇が必要なの。大蛇を殺さないといけないの!」

ハーマイオニーが言った

しかしハリーには、ロンの気持ちがわかった
もう一つの分霊箱を探すことでは、仕返ししたい気持ちを満たすことはできない
ハリーも戦いたかった
フレッドを殺した奴らを懲らしめてやりたかった
それに、ウィーズリー一家の他の人達の無事を、シリウスの無事も確かめたかった
とりわけ、間違いなくジニーがまだーーハリーはその後の言葉を考えることさえ、耐えられなかったーー

「私たちだって戦うのよ、絶対に!」

ハーマイオニーが言った

「戦わなければならないの。あの蛇に近づくために!でも、今私たちが何をすべきか、みーー見失わないで!全てを終わらせることができるのは、私たちしかいないのよ!」

ハーマイオニーも泣いていた
説得しながら、焼け焦げて破れた袖で、ハーマイオニーは顔を拭った
そして、ロンをしっかり掴んだまま、ハーマイオニーはフーッと深呼吸して自分を落ち着かせ、ハリーを見た

「あなたは、ヴォルデモートの居場所を見つけないといけないわ。だって、大蛇はあの人が連れてるんですもの。そうでしょう?あの人の側には彼女もいるはず。大蛇と同じで絶対にそばを離さないわ。さあ、やるのよ、ハリー…ーーーあの人の頭の中を見るのよ!」







どうしてそう簡単にそれができたのだろう?
傷痕が何時間も前から焼けるように痛み、ヴォルデモートの想念を見せたくて仕方がなかったからだろうか?
ハーマイオニーに言われるままハリーが目を閉じると、叫びや爆発音や、全ての耳障りな戦いの音は次第に消えていき、ついには遠くに聞こえる音になった
まるでみんなから遠くに離れたところにら立っているかのようだった……












彼は陰気な、しかし奇妙に見覚えのある部屋の真ん中に立っていた
壁紙は剥がれ、一箇所を除いて窓という窓には板が打ち付けてある
城を襲撃する音はくぐもって、遠くに聞こえた
板のないただ一つの窓から、城の立つ場所に遠い閃光が見えてはいたが、部屋の中は石油ランプ一つしかなく暗かった

指で杖を回しながら、頭の中は、城のあの「部屋」のことを、考えていた
彼だけが見つめることのできた、秘められた「部屋」

あの「部屋」には、賢く、狡猾で、好奇心が強くなければならぬ…
あの小僧にはブローチは見つけられぬ、と彼には自信があった
ナギニが俺様のために自らの手で作り上げ、あろうことか隠そうとした贈り物……

しかし、ダンブルドアの操り人形めは、予想もしなかったほど深く進んできた…
あまりに深く…

ナギニが入れ知恵したとは思えぬ…
ナギニには俺様の秘密は明かしていない
ナギニは賢く、聡いが、知り得ぬことを知るという力は持たぬのだ……こやつには、狡猾さがない

ヴォルデモートは視線を向けた

部屋の隅で胸に震える手を置いてヴォルデモートの視線を避けるように黒の睫毛に縁取られた黒曜の目を伏せる彼女がいた
青白い細い手首には、関節が浮き出ている 

「わが君」

取り縋るような、しわがれた声に呼ばれて、彼は振り向いた
いちばん暗い片隅に、ゴリラのようなガタイのいい体格をもつ、厳つい顔を哀れなほどに真っ青にして、ボロボロになって座っていた

例の男の子の最後の逃亡のあとに、愚かな妻と子どもの責任を取って受けた懲罰の痕がまだ残っている
片方の目が腫れあがって、閉じられたまただった

「わが君………どうか……私の息子は」

「お前の息子が死んだとしても、ゴイル、俺様のせいではない。スリザリンの他の生徒のように、俺様の許に戻っては来なかった。おそらく、ハリー・ポッターと仲良くすることに決めたのではないか?」

「いいえーー決して」

ゴイルは囁くような声で言った

「そうではないように望むことだな」

「わが君ーーわが君は、ご心配ではありませんか?ポッターが、わが君以外の者の手にかかって死ぬことを」

ゴイルがガサガサした低い声を震わせて聞いた

「差し出がましく……お許しください……戦いを中止なさり、城に入られて、わがーーわが君ご自身がお探しになるほうがーーも、もしくは腹心であられるナギニ殿がーー賢明だと(おぼ)し召されませんか?」

「偽っても無駄だ、ゴイル、お前が停戦を望むのは、息子の安否を確かめたいからだろう。俺様にはポッターを探す必要はない。夜が開ける前に、ポッターのほうで俺様を探し出すだろう」

ヴォルデモートは再び指に挟んだ杖に目を落とした

気に入らぬ……

ヴォルデモート卿を煩わすものは、何とかせねばならぬ……

「スネイプを連れて来い」

「スネイプ?わーーわが君」

「スネイプだ。すぐに。あの者が必要だ。一つーー務めをーー果たしてもらわねばならぬ。行け」

怯え、暗がりで躓きながら、ルシウスは部屋を出ていった
ヴォルデモートは杖を指で回し、じっと見つめながら、その場に立ったままだった

「さて」

ヴォルデモートは呟きながら、辺りを見回した
巨大な太い蛇が、宙に浮く球の中で優雅に身をくねらせていた
ヴォルデモートがイリアスのために魔法で保護した空間は、星を散りばめたように煌めく透明な球体で、光る檻と水槽が一緒になったようなものだった

そして、ヴォルデモートはゆっくりと部屋の隅を振り返った

彼女が、ヴォルデモートの鋭い視線を受けて肩を震わせた

「お前には詳しく聞きたいことがある。答えによってはーーまことに心苦しいが、罰せねばなるまい?」

彼女の目の前まで来て見下ろした先に、彼女が目を大きく見開いて涙を溜めて、何か言おうと唇をわなわな震わせていた


ハリーは息を呑み、意識を引き戻して目を開けた
同時に、甲高い叫び声や喚き声、打ち合いぶつかり合う戦いの喧騒が、ワッと耳を襲った

「あいつは『叫びの屋敷』にいる。蛇も一緒で、周囲を何かの魔法で守られている…彼女も一緒だった。あいつは、何か聞き出して罰を与えようとしてるっ……あいつはたった今、ゴイルの父親にスネイプを迎えに行かせた」

「ヴォルデモートは『叫びの屋敷』でじっとしているの?彼女に罰を?」

ハーマイオニーはひどく怒った顔をした

「自分はーー自分は’’戦いもせずに’’?」

「あいつは戦う必要はないと考えている」

ハリーが言った

「僕があいつのところに行くと考えているんだ」

「でも、どうして?」

「僕が分霊箱を追っていることを知っているーーイリアスをすぐそばに置いてるんだーー蛇に近づくためには、僕があいつのところに行かなきゃならないのは、はっきりしているーー」

「よし」

ロンが肩を怒らせて言った

「それなら君は行っちゃだめだ。行ったらあいつの思うつほだ。あいつはそれを期待してる。君はここにいて、ハーマイオニーを守ってくれ。僕が行って、捕まえてーー」

ハリーはロンを遮った

「君たちはここにいてくれ、僕が『マント』に隠れて行く。終わったらすぐに戻ってーー」

「だめ」

ハーマイオニーが言った

「私が『マント』を着て行くほうが、ずっと合理的でーー」

「問題外だ」

ロンがハーマイオニーを睨みつけた

ハーマイオニーが反論しかけた

「ロン、私だってあなたと同じくらい力がーー」

その時、階段の一番上の、三人がいる場所を覆うタペストリーが破られた

「ポッター!」

仮面をつけた死喰い人が二人、そこに立っていた
その二人が杖を上げきらないうちに、ハーマイオニーが叫んだ

「『グリセオ!(滑れ!)』」

三人の足下の階段が平らな滑り台になった
ハーマイオニーもハリーもロンも、速度を抑えることができずに、矢のように滑り降りた

あまりの速さに、死喰い人の放った「失神の呪文」は三人のはるか頭上を飛んでいき、階段下を覆い隠しているタペストリーを射抜いて床で跳ね返り、反対側の壁に当たった

「『デュー「『フィネストラ!(砕けよ)』」

ハーマイオニーが放とうとした呪文に被せるように涼やかな叫び声が聞こえた

タペストリーの裏側でぐちゃバキッと砕ける音が響いた
誰がやったかはわからないが、三人を追ってきた死喰い人たちは、タペストリーの裏側でくしゃくしゃになったらしい
だが、ハリーには、叫んだ声に聞き覚えがあった

「避けろ!」

ロンの叫びで、ハリーもハーマイオニーも、ロンと一緒に扉にくっついた
その脇を、マクゴナガル教授に率いられた机の群れが、全力疾走で怒涛のごとく駆け抜けていった
マクゴナガルは、三人に気づかない様子だった
髪は解け、片頬には深手を負っている
角を曲がりながらマクゴナガルの叫ぶ声が聞こえた

「突撃っ!」

「ハリー、『マント』を着て」

ハーマイオニーが言った

「私たちのことは気にせずにーー」

しかし、ハリーは、透明マントを三人に着せかけた
三人一緒では大きすぎて覆いきれなかったが、あたりは埃だらけだし、石が崩れ落ちて呪文の揺らめき光る中では、胴体のない足だけを見る者は誰もいないだろう、とハリーは思った

三人が次の階段を駆け下りると、下の廊下は右も左も戦いの真っ最中だった
生徒も先生も、仮面を着けたままの、あるいは外れてしまった死喰い人を相手に戦っていた
両脇の肖像画には絵の主たちがぎっしり詰まって、大声で助言したり応援したりしていて
ディーンはどこからか奪った杖でドロホフと一騎で立ち向かい、パーバティはトラバースと戦っていた
ハリー、ロン、ハーマイオニーはすぐに杖を構えて攻撃しようとしたが、戦っている者同士がジグザグと目にも止まらなぬ速さで動き回っていて、呪文をかければ味方を傷つけてしまう恐れが大きかった
緊張して杖を構えたまま好機を待っていると、「ウィィィィィィィィィィィ!」と大きな音がした
ハリーが見上げると、ピーブズがブンブン飛び回り、スナーガラフの種を死喰い人の頭上に落としているのが見えた

種が割れ、太ったイモムシのような緑色の塊茎が、ごにょごにょと死喰い人の顔を覆った

「ウアッ!」

一掴みほどの塊茎が、ロンの顔の上の「マント」に落ち、ロンが振り落とそうとしている間は、ヌルヌルした緑色の塊茎が宙を漂うという、あり得ない状態になった

「誰かそこに姿を隠しているぞ!」

仮面の死喰い人が一人、指差して叫んだ

ディーンがその隙を衝いて、一瞬気を逸らした死喰い人を「失神の呪文」で倒した
仕返ししようとしたドロホフを、パーバティが「全身金縛り術」で倒した

「行こう!」

ハリーが叫んだ
三人は「マント」をしっかり巻き付けて頭を低くし、戦う人々の間をスナーガラフの樹液溜まりで足を滑らせながら、大理石の階段をの上へ、そして玄関ホールへと飛ぶように走った


「おい!俺はゴイル!グレゴリー・ゴイルだ、味方だ!」

ゴイルが上の踊り場で、仮面の死喰い人に向かって訴えていた
ハリーは通りがかりにその死喰い人を「失神」させた
ゴイルは救い主に向かって動揺しながらも、嬉々とした顔をして辺りを見回したが、ロンが「マント」の下から全力でパンチを食らわした
ガタイのいいゴイルは死喰い人の上に仰向けに倒れ、唇から血を流して、さっぱり訳がわからないという顔をしていた

「命を助けてやったのは、今晩これで二回目だぞ、この悪党!」

ロンが叫んだ





階段も玄関ホールも戦闘中の敵味方で溢れていた
どこを見ても、死喰い人が見えた
ヤックスリーは玄関の扉近くでフリットウィックと戦い、そのすぐ脇では、仮面の死喰い人がキングスリーと一騎討ちしていた
生徒達は四方八方に走り回り、傷ついた友達を抱えたり、引きずったりしている生徒もいた
ハリーは仮面の死喰い人に「失神の呪文」を発射したが、逸れて危うくネビルに当たるところだった
ネビルは両手一杯の『有毒食虫蔓』を振り回して、どこからともなく現れていた
蔓は嬉々としていちばん近くの死喰い人を、手繰り寄せはじめた

ハリー、ロン、ハーマイオニーは、大理石の階段を駆け下りた
左側の砂時計が大破し、スリザリン寮の獲得した点を示すエメラルドがそこら中に転がり、走り回る敵も味方も滑ったり躓いたりしていた
三人が玄関ホールに下りた時、階段上のバルコニーから人が落ちてきた
そして灰色の影がーーーハリーは何かの動物だと思ったがーーー玄関ホールの奥からまさに獣のように走ってきて、落ちてきた一人に牙を立てようとしていた

「やめてぇぇ!!」

叫び声を上げたハーマイオニーの杖から、大音響とともに呪文が飛んだ
弱々しく動いているラベンダー・ブラウンの体からのけぞって吹き飛ばされたのは、フェンリール・グレイバックだった
グレイバックは大理石の階段の手すりにぶつけり、立ち上がろうともがいた

その時、ハリーの目にさっき廊下の奥で見たものの片鱗が映った
ものすごい勢いのてかてかとした緑色の生き物が横からグレイバックを飲み込み、一瞬の内にハリーたちの視界からどこかへと消えた

三人は息を詰まらせて、呑んだ
今のは幻覚か?なんだ?というように顔を合わせた

緑色の形すら分からなかった生き物が行った先からグレイバックの恐ろしいほどの咆哮の悲鳴が木霊した

「ど、どうやって外に出る?」

ロンは今のを見なかったことにして、聞いた

ハリーとハーマイオニーが返事をするより前に、暗闇の中からドシンと踏み下ろされた足を見た
立っている地面を震わせた

見上げると、六メートル豊かの巨人が立っていた
頭部は暗くて見えず、大木のような毛脛だけが、白の扉の明かりで照らし出されている
巨大な拳が滑らかに動き、強烈なひと殴りで上階の窓を打ち壊した

雨のように振りかかるガラスを避けて、ハリーは玄関ホールの入口に退却せざるを得なかった

「ああ、なんてことをーーー!」

ハーマイオニーが、巨人を見上げて悲鳴を上げた
今度は巨人が、上の階の窓から中の人間を捕まえようとしていた

「やめろ!」

杖を上げたハーマイオニーの手を押さえて、ロンが叫んだ

「『失神』なんかさせたら、こいつは城の半分をつぶしちまうーー」

「ハガー?」

城の角の向こうから、グロウプがうろうろとやって来た
今になってようやく、ハリーは、グロウプが、たしかに小柄な巨人なのだと納得した
上階の人間どもを押しつぶそうとしていた、とてつもなく大きな巨人が、あたりを見回して一声吠えた
小型巨人に向かって行く大型巨人の足音は、ドスンドスンと石の階段を震わせた
グロウプはひん曲がった口をぽかんと開け、レンガの半分ほどもある黄色い歯を見せていた
そして二人の巨人は、双方から獅子のように獰猛に飛びかかった

「逃げろ!」

ハリーが叫んだ

巨人達の取っ組み合う恐ろしい声と殴り合いの音が、夜の闇に響き渡った
ハリーはハーマイオニーの手を取り、石段を駆け下りて校庭に出た
ロンがしんがりを務めた
全速力で走り続け、たちまち禁じられた森までの半分の距離を駆け抜けだが、そこでまた行く手を阻まれた

周りの空気が凍った

ハリーの息は詰まり、胸の中で固まった
暗闇から現れた姿は闇よりもいっそう黒く渦巻き、城に向かって巨大な波のように蠢いて移動していた
顔はフードで覆われ、ガラガラと断末魔の息を響かせ…

百体を超える吸霊鬼が、こちらに向かってスルスルと進んできた

ロンとハーマイオニーが両脇に寄り添った

その時、ハリーたちの背後から、巨大な光が波紋のように広がり、振り向くとアバーフォース・ダンブルドアが杖を向けて、立っていた
ハリーはその姿にダンブルドアの面影を感じながら、心の中で感謝して走り出した

「暴れ柳だ」

ハリーが言った

「行くぞ!」

ハリーは、すべての想いを心の片隅に押し込めた
狭い心の中の空間に、全てを封じ込めて、今は見ることができないようにした
フレッドや、シリウス、命懸けで戦っているみんなへと想い
愛するすべての人々の安否に対する恐怖
すべてを今は封印しなければならない
三人は走らなければならないのだから

蛇とヴォルデモートのいるところまで行かなければならないのだから

そして、ハーマイオニーが言ったように、そのほかの事を終わらせる道はないのだからーー

ハリーは全速力で走った
死をさえ追い越すことができるのではないかと、半ばそんな気持ちになりながら、周りの闇に飛び交う閃光を無視して走った
海の波のように岸を洗う湖面の音も、風もない夜なのに軋む「禁じられた森」の音も無視して走った
地面さえも反乱に立ち上がったような校庭を、これまでにこんなに速く走ったことはないと思えるほど速く走った

そして、ハリーが真っ先にあの大木を目にした
根本の秘密を守って、鞭のように枝を振り回す「暴れ柳」を
ハリーはあえぎながら走る速度を緩め、暴れる柳の枝を避けながら、前にシリウスに教えてもらった古木を麻痺させるたった一箇所の樹皮の瘤を見つけようと、闇を透かしてその太い幹を見た
ロンとハーマイオニーが追いついてきたが、ハーマイオニーは息が上がって、話すこともできないほどだった

「どうーーどうやって入るつもりだ?」

ロンが息を切らしながら言った

「その場所はーー見えるけどーークルックシャンクスさえーーいてくれればー」

「クルックシャンクス?」

ハーマイオニーが体をくの字に曲げ、胸を押さえてヒーヒー声で言った

「あなたは、それでも魔法使いなの!」

「あーーそうかーーうんーー」

ロンは周りを見回し、下に落ちている小枝に杖を向けて唱えた


「『
ウィンガーディアム レビオーサ!(浮遊せよ)』」


小枝は地面から飛び上がり、風に巻かれたようにくるくる回ったかと思うと、暴れ柳の不気味に揺れる枝の間を掻い潜って、まっすぐに幹に向かって飛んだ
小枝が根本近くの一ヶ所を突くと、身悶えしていた樹はすぐに静かになった

「完璧よ!」

ハーマイオニーが息を切らしながら言った

「待ってくれ」

ほんの一瞬迷いがあった
戦いの衝撃音や炸裂音が鳴り響いているその一瞬、ハリーはためらった
ヴォルデモートの思惑は、ハリーがこうすることであり、ハリーがやって来ることだった

…自分は、ロンとハーマイオニーを罠に引き込もうとしているのではないだろうか?

しかし、その一方、残酷で明白な現実が迫っていた
前進する唯一の道は、大蛇を殺すことであり、その蛇はヴォルデモートと共にある
たとえそれが、元は彼女の愛した子どもであっても、殺す必要があるんだ
蛇の心はもう殺したくないと悲鳴をあげている
もう食べたくないと、人を傷つけたくないと訴え、母の元へ帰りたがっている

ハリーは、これほどの命の冒涜と蹂躙があるのか、と思わずにはいられない

そしてヴォルデモートは、このトンネルの向こう側にいる…

「ハリー、僕たちも行く。とにかく入れ!」

ロンがハリーを押した



ハリーは、樹の根本に隠された土のトンネルに体を押し込んだ
穴はきつく、トンネルの天井は低く、ハリー達は這って進むしかなかった
杖灯りを点け、ハリーが先頭を進んだ
いつ何どき、行手を阻むものに出会うかもしれないと覚悟していたが、何も出てこなかった
三人は黙々と移動した
ハリーは握った杖の先に揺れる一筋の灯りだけを見つめて進んだ
トンネルが上り坂になり、ハリーは行く手細い明かりを見た
ハーマイオニーがハリーの踵を引っ張った

「『マント』よ!」

ハーマイオニーが囁いた

「この『マント』を着て!」

ハリーは後ろを手探りした
ハーマイオニーは、杖を持っていない方のハリーの手にサラサラと滑る布を丸めて押し付けた
ハリーは動きにくい姿勢のまま、何とかそれを被り、「『
ノックス(闇よ)』」と唱えて杖灯りを消した
そして、這ったまま、できるだけ静かに前進した
今にも見つかりはしないか、冷たく通る声が聞こえはしないか
ハリーは全神経を張りつめていた

するとその時、前方の部屋から話し声が聞こえてきた
トンネルの出口が梱包用の古い木箱のようなもので塞がれているので、少しくぐもった声だった
息をすることも我慢しながら、ハリーは出口の穴ぎりぎりのところまでにじり寄り、木枠と壁の間に残された僅かな隙間から覗き見た

前方の部屋はぼんやりとした灯りに照らされ、海蛇のようにとぐろを巻いてゆっくり回っているイリアスの姿が見えた
星を散りばめたような魔法の球体の中で、安全にぽっかりと浮いている
テーブルの端と、杖を弄んでいる長く蒼白い指が見えた
その時、スネイプの声がして、ハリーは心臓がぐらりと揺れた
スネイプは、ハリーが屈んで隠れているところから、ほんの数センチ先にいた
だが、彼女の姿が見えなかった
ハリーは理由もなく焦った




「……わが君、抵抗勢力は崩れつつあります」

「ーーーしかも、お前の助けなしでもそうなっている」

ヴォルデモートが甲高いハッキリした声で言った

「熟達の魔法使いではあるが、セブルス、今となってはお前の存在も、たいした意味がない。我々はもう間もなくやり遂げる……間もなくだ」

「小僧を探すようお命じください。私めがポッターを連れて参りましょう。わが君、私ならあいつを見つけられます。どうか」

スネイプが大股で、覗き穴の前を通り過ぎた
ハリーはイリアスに目を向けたまま、少し身を引いた
イリアスを囲んでいる守りを貫く呪文は、あるのだろうか?
しかし、何も思いつかなかった
一度失敗すれば、自分の居場所を知られてしまう……

ヴォルデモートが立ち上がった
ハリーは、今、その姿を見ることができた
紅い眼、平たい蛇のような顔
薄暗がりの中で、蒼白な顔がぼんやり光っている

そして、スネイプが僅かにまた一歩ずれた

次の瞬間、ハリーは怒りとどうしようもない言い表せない悔しさで、思わず目の前の扉を壊して突入したくなる光景だった


立ち上がったヴォルデモートとスネイプの間…


彼女が横たわっていた


ただ横たわっていただけではなかった


大きな闇の印が肌を抉られるように刻印された、血を流した背中を扉の方に向けて、倒れていた

背中だけ脱がされたのか、骨が浮き出そうな華奢な肩と素肌を晒していた

罰せられたんだ

ハリーはすぐにわかった
なぜ罰せられたのかはわからない
だけど、何度も見た
何度も…何度も…

(むご)く、恐ろしい苦痛を伴う罰を与えられたのだ

そんな彼女が目の前にいるのに、すぐ足元に転がっているのに、スネイプは平然としている

自分も、何もできずにいる

ハリーはこれ程、我慢することが大変だと思ったのは、久しぶりだった

ハリーは、分かってはいたが、あまりの仕打ちに、覗き穴から真っ白になるまで拳を力いっぱい握りしめた
鼻息が荒くなりそうになるのを、ハリーの異変に気づいたハーマイオニーが素早く注意して、ハリーは怒りになんとか蓋をして、その場は会話を聞くことに集中した

「問題があるのだ、セブルス」

ヴォルデモートが静かに言った

「わが君?」


スネイプが問い返した
ヴォルデモートは、指揮者がタクトを上げる繊細さ、正確さで、ダンブルドアの杖を上げた
ハリーは胸が怒りで熱くなった
あれはダンブルドアのだ
やはり、やはりダンブルドアの杖だ
自分が見間違えるわけがない
夢でも確信していた



「セブルス、この杖はなぜ、俺様の思い通りにならぬのだ?」


沈黙の中で、ハリーの頭の中は疑問でいっぱいだった
ヴォルデモートはなぜ杖のことを気にしているのか?
ハリーは、大蛇がとぐろを巻いたり解いたりしながら、シューシューと音を出すのを聞いたような気がした
それとも、ヴォルデモートの歯の間から漏れる息が、空中に漂っているのだろうか?


「わーーわが君?」


スネイプが感情のない声で言った


「私めには理解しかねます。わが君はーーその杖で極めて優れた魔法を行っておいでです」

「違う」

ヴォルデモートが言った

「俺様が成しているのは普通の魔法だ。たしかに俺様は極めて優れているのだが、この杖は………違う。約束された威力を発揮しておらぬ。この杖も、昔オリバンダーから手に入れた杖も、何ら違いを感じない」

ヴォルデモートの口調は、瞑想しているかのように静かだったが、ハリーの傷痕はズキズキと疼き始めていた
つのる額の痛みで、ハリーは、ヴォルデモートの抑制された怒りが徐々に高まってきているのを感じ取った

「何も違わぬ」

ヴォルデモートが繰り返した


スネイプは無言だった
ハリーにはその顔が見えなかったが、危険を感じたスネイプが、ご主人様を安心させるために適切な言葉を探しているのではないかという気がした

ヴォルデモートは部屋の中を歩き始めた
動いたので、その姿がハリーから一瞬見えなくなった
相変わらず落ち着いた声で話してはいたが、ハリーの痛みと怒りは次第に高まっていった

「俺様は時間をかけてよく考えたのだ、セブルス………俺様が、なぜお前を戦いから呼び戻したかわかるか?」

その時、一瞬、ハリーはスネイプの横顔を見た
その目は、椅子の前に転がっていた彼女を見つめていた

「いいえ、わが君。しかし、戦いの場に戻ることをお許しいただきたく存じます。どこかポッターめを探すお許しを」

「お前もゴイルも同じことを言う。二人とも、俺様ほどあやつを理解しておらぬ。ポッターを探す必要などない。彼奴(あやつ)の方から俺様のところに来るだろう。彼奴(あやつ)の弱点を俺様は知っている。一つの大きな欠陥だ。周りで他の奴らがやられるのを、見てはおれぬやつなのだ……自分のせいでそうなっていることを知りながら、見てはおれぬのだ。どんな代償を払ってでも止めようとするだろう。彼奴(あやつ)は来る。ナギニ同様ーー甘いことよ」

ハリーは、立ち上がったヴォルデモートのローブで見えなくなった彼女の投げ出された手だけに視線を注いだ
ぴくりとも動かない

「しかし、わが君、貴方様以外の者に誤って殺されてしまうかもしれずーー」

「死喰い人たちには、明確な指示を与えておる。ポッターを捕らえよ。奴の友人は殺せーー多く殺せば殺すほどよいーーしかし、彼奴(あやつ)は殺すな、とな」

ヴォルデモートは、スネイプの周りを回るように歩いた

「しかし、俺様が話したいのは、セブルス、お前のことだ。ハリー・ポッターのことでさない。お前は、俺様にとって非常に貴重だった。非常にな」

「私めが、貴方様にお仕えすることのみを願っていると、わが君にはおわかりです。しかしーーわが君、この場を下がり、ポッターを探すことをお許しをくださいますよう。貴方様の許に連れて参ります。私にはそれができるとーー」

「言ったはずだ。許さぬ!」

ヴォルデモートが言った
ハリーは、再びスネイプの前まで来て振り向いたヴォルデモートの眼が、一瞬ギラリと赤く光るのを見た
そして、マントを翻す音は、蛇の這う音のようだった
ハリーは、額の焼けるような痛みで、ヴォルデモートの苛立ちを感じた
その痛みは、まるでゴドリックの谷を去る時に感じた……ヴォルデモートが妊娠して微笑みかけた彼女に対して、込み上げて感じたものとよく似ていた

「俺様が目下気掛かりなのは、セブルス、あの小僧とついに顔を合わせた時に何が起こるかということだ!」

「わが君、疑問の余地はありません。必ずやーー」

「ーーーいや、あるのだ。セブルス。疑問が」

ゆっくり這うように歩いていたヴォルデモートが立ち止まった
ハリーは再び、その姿をはっきり見た
蒼白い指に杖を滑らせながら、スネイプを見据えている

「俺様の使った杖が二本とも、ハリー・ポッターを仕損じたのはなぜだ?」

「わーー私めには、わかりません、わが君」

「わからぬと?」

怒りが杭を打ち込むようにハリーの頭を刺した
ハリーは痛みのあまり、叫び声を上げそうになり、拳を口に押し込んだ
ハリーは目を瞑った
すると突然ハリーはヴォルデモートになり、スネイプの蒼白な顔を見下ろしていた


「今、俺様の持つこのニワトコの杖、宿命の杖、死の杖は、俺様がナギニに命じて、アルバス・ダンブルドアから奪わせた」


ハリーは、自分がヴォルデモートになりながら、心臓がドクンと大きく鳴った

今、ヴォルデモートは何と言った?

ニワトコの杖?

ダンブルドアが?

ダンブルドアの杖が?

ニワトコの杖?

ハリーは頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた


再びヴォルデモートを見たスネイプの顔は、デスマスクのようだった
大理石のように白く、全く動かなかった
その顔が喋ったとき、虚ろな両目の裏に生きた人間がいることが衝撃的だった

そしてその目は、僅かにヴォルデモートの足元に移った

ハリーは、突っ込んだ口の中で、思い切り拳を噛んで痛みに耐えた

ヴォルデモートは何かを確信したような様子だった

「わが君ーー小僧を探しに行かせてくださいーー」

「この長い夜、俺様が間もなく勝利しようという今夜、俺様はここに座りーー」

ヴォルデモートの声はほとんど囁き声だった

「考えに考え抜いた。なぜこのニワトコの杖は、あるべき本来の杖になることを拒むのか、なぜ伝説通りに、正当な所有者に対して行うべき技を行わないのか………そして俺様はどうやら答えを得た」

スネイプは無言だった

「おそらくお前は、すでに答えを知っておろう。何しろセブルス、お前は賢い男だ。ーーーこの部屋に来て、ナギニが罰せられた理由に心当たりがあろう?ナギニは愚かしいことに、優しいやつだ。己のせいで誰かがーーー殊更知った者が傷つくくらいならば、己が代わりになろうとする」

スネイプの黒い目が足元の彼女へチラリと向けられた

「お前は、忠実なよき下僕(しもべ)であった。これからせねばならぬことを、残念に思う」

「わが君ーー」

「ニワトコの杖が、俺様にまともに仕えることができぬのは、セブルス、俺様がその真の持ち主ではないからだ。ニワトコの杖は’’最後の持ち主を殺した魔法使いに所属する’’」

ハリーはその場で目を見開いて
全神経を集中させて会話に耳を澄ませた
今、とても重要な、信じられない話を聞いている

「俺様はナギニにダンブルドアを殺すよう命じた。それが、ナギニへの罰であり、ダンブルドアへの罰だからだ。だがーー俺様は忘れていた。ナギニは一度ダンブルドアの手を取った」

ハリーは傷痕が煮えたぎるように痛んだ
ヴォルデモートの怒りが頂点に達しているかのような痛みだった
ハリーは気を失いそうになる痛みに必死に耐えて、会話に集中した

「そこでーーーつい先ほど、ナギニを問い詰めた。だがーー最後まで己がダンブルドアを殺した、と、頑として宣った」

ヴォルデモートが転がる彼女の体を足で軽く押し、仰向けにした
気を失っていて、黒髪がばらばらに顔にかかり、いく筋もの涙の跡があった
肌蹴た胸元から、浮き出た鎖骨と首の周りに巻きつくような蛇の刺青が、まるでネックレスのように絡まり、肌の上で’’蠢いている’’



「ナギニは誰かを庇っておる。そしてーーその者は此奴(こやつ)にとって近しい者だ。ナギニは、滅多に心を許さん。俺様以外に真に心を許しておる相手などおらぬ。そう思っていたーーーだが」

「わが君っ」

「お前は此奴(こやつ)の’’先生’’であったそうだなーーセブルス?」

ヴォルデモートはいよいよ確信めいた様子で、スネイプを睨め付けた
『先生』という言葉に、どれほどの怨念と憎しみが込められているのか、今やハリーはその身で実感していた

ダンブルドアと同じだと思っている

此奴(こやつ)は昔から、力を持つ者に目をつけられるーーーーお前もその一人だったというわけだ。セブルス。俺様は今、確信した」

「わが君!」

スネイプは焦るように叫んだ

「ダンブルドアを殺したのはお前だ。お前達は’’通じ合った’’。俺様に嘘をついた」

「わが君!」

スネイプは抗議し、杖を上げた

「これ以外に道はない。セブルス、俺様はこの杖の主人(あるじ)にならねばならぬ。杖を制するのだ。さすれば、ついにポッターを制する。そして、ナギニは安心して俺様に尽すことができる」


ヴォルデモートは、ニワトコの杖で空を切った
その瞬間、スネイプは己の首を押さえた
押さえたところから、血が溢れた
そして、そのまま後ろの壁紙に音を立ててぶつかり、倒れた

「残念なことよ」

ヴォルデモートが冷たく言った
悲しみもなく、後悔もない
怒りだけが渦巻いていた

そして、ヴォルデモートは足元に仰向けに転がる彼女の側に屈み込み、顔にばらばらとかかる髪を指先で払った

「お前があの男を殺したのだ。目覚めた時、その目で見て、己が罪を実感すればよい」

その時、彼女の唇が僅かに動いた

音にはならず、ただ…うわ言のように…呟いた



…かつての、ヴォルデモートの名を…





ヴォルデモートは軽く目を見張り、愉快げに歪に口角を上げた


ヴォルデモートは立ち上がった

屋敷を出て指揮を取るべき時が来た
今こそ自分の命のままに動くはずの杖を持って…
ナギニには反省の時間が必要だ
目覚めた時、己の罪の意識で押し潰されるであろう…
誰もナギニは殺せぬ
俺様の不死の掟……究極の不死の魔法の体現なのだ…

ヴォルデモートは蛇を入れた星を散りばめたような檻に杖を向けた
ヴォルデモートは振り返りもせず、さっと部屋から出て行った
大蛇は巨大な球体に守られて、そのあとからふわふわと従いていった








トンネルの中では、我に返ったハリーが目を開けた
叫ぶまいと強く噛んだ拳からどくどくと血が流れ出ていた
木箱と壁の小さな隙間から、今やハリーが見ているのは、床で痙攣している黒いローブの片足だった

すると、意志を失って倒れ伏していた彼女の手がぴくりと動いた

数秒後…彼女は背中を庇ってゆっくり起き上がった
そして服を正すこともせず、虚な目で部屋を見回した
その瞬間、彼女は動かない体で立ち上がろうと、よろめき躓いて膝をつき、そのまま必死に這うように壁に項垂れるように血を流して倒れるスネイプの元に行った


「セブルスっ」


彼女が枯れたか細い悲鳴をあげた
這いながら近づいた彼女が杖を取り出して、震える手を抑えながら、押さえている手を退けさせて、自分を落ち着けるように深呼吸して、首に杖を向けて唱えた

「『ヴァルネラ サネントゥールっ(傷よ、癒えよ)』」

ハリーは気付けば、「透明マント」を脱ぎ、部屋の中に入っていた
後ろからロンとハーマイオニーもついて入ってきた

スネイプの傷を必死で治す彼女を、三人は見下ろすように唖然と見ていた
彼女の痛々しい背中がまざまざと見える

彼女が涙しながら必死に唱える中、溢れていた血がスネイプの首元から体へ戻っていく
傷痕が塞がれていく…


ハリーは奇跡を見ているようだった


だが、スネイプの意識は朦朧としたままだった
きっと、一気に血を失ったからだ…

「セブルスっ」


彼女が呼びかけた

すると…

「……ぁ…ポッ…タ…」

意識朦朧としているスネイプが目に写したのは、彼女の背中越しに立っているハリーだった

彼女は振り向いた

「ハリーっ!」

「ポッ…ター…」

スネイプはハリーを呼んだ
ハリーは、自分がどういう気持ちなのかわからなかった
どうしたいのかも

ただ呼ばれるがまま、スネイプの前に屈むと、スネイプはハリーのローブの胸元を掴んで引き寄せた

死にかけのような、息苦しいゼイゼイという音が、スネイプの喉から漏れた


「これを…………取れ…………これを……取れ」



血以外の何かが、スネイプの体から、漏れ出ていた
青みがかった銀色の、気体でも液体でもないものが、スネイプの口から、両耳と両目から溢れ出ていた
ハリーはそれが何だか知っていた
しかし、どうしていいのかわからなかったーー

彼女は、困惑した表情でスネイプとハリーを見ている
彼女の手はスネイプの血で濡れていた

ハーマイオニーがどこからともなくフラスコを取り出し、ハリーの震える手に押し付けて、彼女に駆け寄って、半ば放心している彼女の肌蹴た服を着せた

ハリーは杖で、その銀色の物質をフラスコに汲み上げた
フラスコの口元まで一杯になった時、スネイプはもはや一滴の血も残ってないかのように見えた
ハリーのローブを掴んでいたスネイプの手が緩んだ

「僕を…………見て………くれ……」

スネイプが囁いた
緑の目が黒い目を捉えた

「リリーと…同じ目を……してる……」

泣きそうな声でスネイプが漏らした
ハリーはスネイプの黒い目から、目を離せなかった

そして、ハリーを掴んでいた手がドサリと床に落ち、スネイプはそれきり動かなくなった

すると横から、放心していた彼女が動き出し、スネイプの首元に指を添えて脈を見た


すると、途端に安心したように力を抜き、よろめいた
ハーマイオニーが後ろから咄嗟に支えた

彼女は涙をほろほろ流して「よかった……セブルス……よかった……」と繰り返した

スネイプは血を失いすぎて気を失ったのだろう
だが、1秒でも遅ければ…彼女が咄嗟に傷痕を塞いでいなければ…

きっと…


ハリーは、側らにいる彼女をあらためて見た
痩せ細り、蒼白い顔に疲労を滲ませ、今にも死んでいってしまいそうな姿だった
少し当たっただけで、そこからばらばらと崩れ落ちてしまいそうな…


「…ユラ」

何を話しかければいいのか、わからなかった
だが、気づいた時には、ハリーは彼女に声をかけていた

その時だった


出し抜けにすぐ側で甲高い冷たい声がした
あまりに近かったので、ヴォルデモートがまた部屋に戻って来たのかとハリーは、フラスコをしっかり握ったまま、弾かれたように立ち上がった

ヴォルデモートの声は、壁から、そして床から響いてきた
ホグワーツと周囲一帯の地域に向かって話していることが、ハリーにはわかった
ホグズミードの住人やまだ城で戦っている全員が、ヴォルデモートの息を首筋に感じ、死の一撃を受けそうなほど近くに「あの人」が立っているかのように、はっきりとその声を聞いているのだ




『お前達は戦った』




甲高い声が冷たい声が言った





『勇敢に。ヴォルデモート卿は勇敢さを讃えることを知っている』





『しかし、お前達は数多くの死傷者を出した。俺様にはまだ抵抗を続けるなら、一人また一人と、全員が死ぬことになる。そのようなことは望まぬ。魔法族の血が一滴でも流されるのは、損失であり浪費だ』





『ヴォルデモート卿は慈悲深い。俺様は、我が勢力を即時撤退するように命ずる』





『一時間やろう。死者を尊厳を以って弔え。傷ついた者の手当てをするのだ』





『さて、ハリー・ポッター、俺様は今、直接お前に話す。お前は俺様に立ち向かうどころか、友人たちがお前のために死ぬことを許した。俺様はこれから一時間『禁じられた森』で待つ。もし、一時間の後にお前が俺様の許に来なかったならば、降参して出てこなかったならば、戦いを再開する。その時は、俺様自身が戦闘に加わるぞ、ハリー・ポッター。そしてお前を見つけ出し、お前を俺様から隠そうとしたやつらは、男も女も子どもも、最後の一人まで罰してくれようーーー…一時間だ』


ロンもハーマイオニーも、ハリーを見て強く首を振った

「耳を貸すな」

「大丈夫よ」

ハーマイオニーが激しい口調で言った

だが、その時、真っ青な顔をしたユラが部屋から出て行こうとしていた
ハリーは咄嗟にその腕を掴んだ

「どこに行くんだ」

彼女は立ち止まり、ヴォルデモートと同じような漆黒のローブの背中だけ向けて黙った

「みんな心配してる」

彼女は答えない

「君の父親が来てるんだよ」

彼女は、あからさまに肩を震わせた
だが、依然として振り向かない

ロンとハーマイオニーは苦い顔をして黙ったまま、彼女を見ている

「ユラ、ノットやマルフォイ達は戦っているんだ。君があいつらをそうした」

ハリーが言った
すると、彼女が喉を詰まらせたような嗚咽を小さく鳴らした

「君は、僕たちをずっと助けてくれていた。トーナメントの時も、神秘部の時も、全部…全部…拷問されそうだったハーマイオニーも助けて、僕を逃すことを許した。あの時は…その、ごめん……僕、何も考えられなくて、あの呪文があんな意味だったなんて知らなかったんだ…」

ハリーは急にあの時のことを思い出して、彼女に謝った
酷いことをしてしまった

すると、彼女は弱々しい声で背中を向けたまま言った…

「いいのよ……どうせ…私は死なせてもらえないのだもの」

「っ君を知ってる…見たんだ…全部…」

「何を見たというの」

「君があいつを……君はーーー君は…」

「ハリー。私はあなたに恨まれたかった。彼と同じくらいに。あなたは恨むべきなの。あなたのご両親を…リリーを殺したのも同然なんだから。ご両親を殺した男と情を交わした私を、あなたは恨むべきなの」

彼女は、ゆっくり振り向いて、はじめてその黒曜の目にハリーをしっかりと写した
ハリーには、彼女がわざとハリーの憎しみに火をつけそうな言葉を選んで、冷たく言っているように思えてならなかった

彼女の黒曜石のような目に、ハリーは自分の姿を見た

「君は悪くない」

「やめて」

「やめない。君は悪くない」

「私が何人の人を殺してきたと思っているの?あなたが何を見たのかは知らないけれど、彼と同じくらいの人の命を奪ったのっ……彼はーーー確かに、滅びるべきよ。でもーーでもそうなれば私も例外じゃないの。ハリー、私はあなたを止めない。止めないから、この手を離して、行かせて。私は、彼の側にいないといけないの」

声が震えていた
小さな心の叫びのようだった
ハリーには、それがまるで、必死に自分に言い聞かせているように聞こえた

彼女は腕を引っ張って歩きだした
彼女は、ハリーの掴む手から逃れようとした
だが、ハリーは、それが正しいことなのだと、目を瞑らなければならないことなのだとしても、離すことはできなかった

どれだけの人が、彼女を心配しているか、想っているのか
彼女にはまるでそれがわかっていない

ハリーはそう思った

アバーフォースが言っていた
彼女は人の気持ちにはとても鋭い
だけど、自分の幸せや、苦しみや悲しみには見て見ぬふりをする
気づかない
自分がどれだけメチャクチャなことを言っているのか…
どれだけおかしくなっているのか、気づいていない

ハリーは、それを実感した時、自然と握る手に力がこもった

「っ」

「行かせない。君は、君を想う人たちに説明する必要がある。君をずっと、ずっと心配して追って来たルーディンさんに会わずに行かせるなんて、させない」

ハリーは、今や怒りにも似た使命のような感情が渦巻き、ハーマイオニーが「ハリー」と呼びかける声を無視して、彼女を引っ張って部屋から出ようとした

だが、その時、後ろから何かの衝撃音が響いて、急に彼女がハリーの方に倒れてきた

ハリーは訳がわからずに彼女を受け止めた
その重みのなさに衝撃を受けたが、今はそれより、後ろで杖を向けて下ろしたハーマイオニーに驚いていた

「何してるのハーマイオニー?」

ハリーは小さく叫んだ

「ごめんなさいーーでも、でも彼女が変な動きをしたようとしたから…きっと逃げようとしたの。「姿くらまし」を……だから私、咄嗟にーー」

「大丈夫、失神させただけよ」と続けるハーマイオニーに、ハリーは唖然とした

「城に戻ろう。どっちにしろユラはあいつの元には戻しちゃいけない。それに、ほらーー手当もしないとだし」

呆気に取られるハリーに、ロンが苦しげな表情で、さっきの罰を与えられた痕を思い出したのか、仕切るように言った

城への帰り道、誰ひとり話さなかった

















城は異常に静かだった
今は閃光も見えず、衝撃音も、悲鳴も叫び声も聞こえない
誰もいない玄関ホールの敷石は血に染まっている
大理石のかけらや裂けた木片に混じって、エメラルドが床一面に散らばったままだ
階段の手すりの一部が吹き飛ばされていた

まだ息のあるスネイプを置いておくわけにもいかず、なんとかロンとハリーとで運び、彼女はハーマイオニーが背負って戻ってきた
ハーマイオニーは彼女を背負った時、驚いた顔をして悲痛に顔を歪めていた
軽すぎるからだろう
ハーマイオニーは怒っていた


「みんなはどこかしら?」


ハーマイオニーが小声で言った

体格のいいロンが、スネイプを背負いながら先立って大広間に入った
ハリーは入口で足がすくんだ
各寮のテーブルはなくなり、大広間は人で一杯だった
生き残った者は、互いに肩に腕を回し、何人かずつ集まって立っていた
一段高い壇の上で、マダム・ポンフリーが何人かに手伝わせて、負傷者の手当てをしていた
不死鳥の騎士団のメンバーもいるが、ハリーが見る限り、大小怪我を負っているが、無事だった
脚をやられたマッドアイも、額を切ったキングスリーもいた

フィレンツェも傷つき、脇腹からドクドクと血を流し、立つこともできずに体を震わせて横たわっていた

死者は大広間の真ん中に横えられていた


そんな中に、ボロボロのノットの肩に同じく戦いでボロボロになったドラコ・マルフォイが肩に手を置いて、立っていた

ハリーは覗き込んで見た

ノットの父親が横たえられていた
不思議と安らかな顔だ

ぼそぼそとしたノットを慰めるマルフォイの声で、ノット・シニアが息子を庇って死んだのだと理解した
元死喰い人で、多くの人を傷つけてきた人間が、最後に立ち向かい息子を守って死んだ
その横には、戦いが始まった時、立ち上がったスリザリンの何人かの生徒の遺体があった

ハリーは、胸に込み上げてくるものがあったが、複雑な気持ちだった
スリザリンの生徒が団結し、立ち上がって命を落とした
これは、ホグワーツ史上、そしてヴォルデモートが考えもしなかった事実だ
ハリーを守るためにではなかっただろうが、戦ったのだ
自分達の誇りや、死喰い人を両親に持つ子供たちが、自分の意志を持って

ボロボロで酷い怪我を負ったスリザリンの生徒たちが、友人の死を悲しみ、肩を寄せ合っている



そして、フレッドの遺体を探そうとしたハリー

フレッドはーーー




「まったく、死んだと勘違いしてあんなところに放置していくなんて酷い兄貴を持ったもんだぜ」




ーー生きていたーー


ハリーはすぐさま悲しみが一気に吹き飛んだ気持ちでその場に立ち尽くした
ロンは弾かれたように、背負っていたスネイプをその辺に置いて、駆け寄っていった
ロンは文句も言わずフレッドに強く抱きつき、無事を確かめあって、泣いていた

ハリーも泣きそうになった

その時、後ろから声が聞こえた


「……お、お嬢さん…それは…その背に背負っているのは…」


震えたルーディンの声が聞こえてきた
ハリーとハーマイオニーは振り返り、後ろを見ると、柔らかい茶髪を振り乱し、所々埃だらけなった顔で、垂れ目から今にも眼を落としてしまいそうなほど目を見開き、横に同じくボロボロのアンバーソンを連れて、震えながら腕を伸ばした

「ユラです。ルーディンさん。大丈夫ーー生きていまーー」

ハーマイオニーが言う前に、ルーディンはハーマイオニーの背から彼女を受け取り、力一杯腕に仕舞い込んで抱きしめた

「メルリィっ!メルリィっ……ああっ……よかったっ…よかったっ…何があったんだっ、どうしてこんなっ…こんなに痩せてっ…」

ルーディンは愛する娘に頬擦りしながら、涙を流して、痩せてしまって以前の元気な様子など見る影のない姿に、ひたすら名前を呼んだ
そんなルーディンの肩に手を置いて、アンバーソンは「よかったな。ルーディン」と呟いた

「ルーディンさん、本当にごめんなさい、先にユラの手当てをしないと……酷い怪我なんです」

ハーマイオニーが、もう娘を離さないとばかりに抱きしめるルーディンに、遠慮がちに言った

「怪我?怪我をしているのかい?」

ルーディンが目を見開いてハーマイオニーに聞いた
ハーマイオニーは物凄く言いづらそうな表情で、「あの、怪我しているところがーーその…兎に角、マダム・ポンフリーに早く診せたほうがよくて…」と、いい淀んだ

ハーマイオニーが言い終わるや否や、ルーディンは彼女を抱えてハーマイオニーを引き連れ、治療にあたっているマダム・ポンフリーのところに連れていった


ハリーは、あとはハーマイオニーが付いていればいいだろうと判断して、任せてシリウスを探した

シリウスは深手を追ったようだったが、横に座り込んでいたルーピンと治療する人に注意されていた
そして、シリウスの隣に横たわっているルシウス・マルフォイは、中でもひどい深傷を負ったようで、仰向けで血がでる腹を教えてあえいでいた
それをシリウスが、「自業自得だ。この陰湿野郎め」とつぶやき、ルシウスが言い返そうとしたようだったが、痛みでうめき、嫌そうな顔で睨みつけていた

そんなやりとりでも、ハリーはほっとした
そして、みんなのところに行きたい気持ちを抑えて、大広間に背を向け、大理石の階段を駆け上がった


(はらわた)も何もかも、体の中で悲鳴を上げているすべてのものを、引き抜いてしまうことができればいいのに…

彼女は悪くない

悪くないんだーーわかってるーー

大勢の仲間が、友人が死んだ

ハリーは彼女にそう言ったものの、やりきれない想いが、複雑で、はっきりさせることができない想いで溢れていた

ヴォルデモートがダンブルドアを殺したのも、執拗に恨んで、恐れ、憎んでいるのも…

ダンブルドアがニワトコの杖を持っていたことも…

それをヴォルデモートが求めていたことも…


自分は、本当に、何一つ知らなかったし、知らされることもなかったし、考えすらしなかった

ハリーは怒りと恥、悲しみがないまぜになって、自分の臓器という臓器を派手に掻き回されたような気分になった


駆け上がる城の中は、完全に空っぽだった
ゴーストまでもが、大広間の追悼に加わっているようだった
ハリーは、スネイプの想いが入ったクリスタルのフラスコを握りしめて、走り続けた



ーーーー「リリーと…同じ目を……してる……」ーーーー



スネイプは確かに、母の名前を呼んだ
自分を通して、母を見ていた
母の譲りのこの緑の目を…

見つめて言った


校長室を護衛している石のガーゴイル像の前に着くまで、ハリーは速度を緩めなかった


「合言葉は?」

「ダンブルドア!」

ハリーは反射的に叫んだ
ハリーが、今、どうしても会いたかったのがダンブルドアだったからだ


驚いたことに、ガーゴイルは横に滑り、背後の螺旋階段が現れた


円形の校長室に飛び込んだハリーは、ある変化が起こっているのに、気づいた
周囲の壁に掛かっている肖像画は、すべて空だった

歴代校長は誰一人として、ハリーを待ち受けてはいなかった
どうやら全員が状況をよく見ようと、城に掛けられている絵画の中を駆け抜けていったらしい

ハリーはがっかりして、校長室の椅子の真後ろに掛かっているダンブルドアのいない額をちらりと見上げ、すぐに背を向けた
石の『憂いの篩』が、いつもの戸棚に置かれていた
ハリーは、それを持ち上げた机の上に置き、ルーン文字を縁に刻んだ大きな水盆に、スネイプの記憶を注ぎ込んだ

誰か他の人間の頭の中に逃げ込めば、どんなに気が休まることか……
例え、あのスネイプがハリーに見るように頼んだものであれ、ハリー自身の想いよりも悪いはずがない

記憶は銀白色の不思議な渦を巻いた

どうにでもなれと自暴自棄な気持で、自分を責め苛む悲しみをこの記憶が和らげてくれるとでも言うように、ハリーは迷わず渦に飛び込んだ




















大広間の片隅では、マダム・ポンフリー、ハーマイオニー、ジニー、ウィーズリー夫人、トンクス以下、女性陣は口を覆ったり、目を背けたりして絶句していた

治療するために肌を見せることになるので、ハーマイオニーがルーディンになんとか引いてもらい、大広間の隅の方で、女性だけの壁を作って治療をはじめようとした

ハーマイオニーの「失神の呪文」で気を失っている彼女を、ルーディンのローブを敷いた石床に丁寧にうつ伏せにさせて、マダム・ポンフリーが服の合わせから手を入れてゆっくりローブをずらして脱がせた

その場の全員が息を詰まらせて、軽い悲鳴を上げた

蒼白いその背中の隅から隅まであるように大きく刻まれた髑髏の口から蛇が出た闇の印…

死喰い人たちがもつ闇の印とは違う

まるで、ナイフで直接皮膚を抉るように刻まれた跡
傷痕は赤々と血を流し、滲みマダム・ポンフリーが止血しようとガーゼをそっと押し当てても、血は滲んだまま

そしてもう一つ

「これは…一体なんですか」

マダム・ポンフリーが、肌の上で蠢くものを見て、吐き気がしそうな様子で震える声で言った

刺青のような黒い蛇が、首の周りに巻き付いていたのが、蠢き、彼女の肩や背中を肌を這うようにねっとり、ゆっくりと移動していた

「せめて、傷痕を、どうにかできますか?マダム・ポンフリー?」

ハーマイオニーがおすおずと、うつ伏せになる彼女の白く細い手を握りながら言った

マダム・ポンフリーは一瞬、放心していた
そして、数秒後、ハーマイオニーの言葉を繰り返すように呟き、「や…やれるだけのことはやってみましょう…ですがーーこれは…」

マダム・ポンフリーはぶつぶつ言いながら、傷痕に癒しの呪文をかけようとした

だがその時、何かに弾かれたようなバチ!と言う音が響き、マダム・ポンフリーは咄嗟に腕を前に出して顔を覆った
ハーマイオニーも「マダム・ポンフリー!」と叫んだ

弾かれた音と同時に、「い゛っぁぁぁ!」という言葉にならない苦痛の悲鳴にが小さく響き、彼女が起きたのだと分かったハーマイオニー

そして、「メルリィ!メルリィ!」と叫ぶルーディンをウィーズリーおばさんとジニーがなんとか押しとどめた

ハーマイオニーは、マダム・ポンフリーの頬に薄らひと筋の擦り傷ができているのを目にして、彼女を見ると

苦痛に耐えようとしているのか、背を丸めて蹲って自分を抱きしめて、悲鳴を抑えて、あえぎながら震えている

「ん゛ん゛っう゛っぅぅ…んぐっ…!…」

「ユラっ、ユラ!しっかりして。そんなっ…そんなっどうしてっ…」

ハーマイオニーが泣きそうな声になりながら、涙を堪えて震えてうずくまり、痛みに耐えるしかできない彼女に寄り添い、必死に声をかけた

どうしたらいいのか、何が起こっているのか

ハーマイオニーは必死に考えた
マダム・ポンフリーは、呪文を使って傷を治そうとした
ハーマイオニーはハッとして彼女の首と背中を見た

「!」

ハーマイオニーは、背中の闇の印から拭き取ったはずの血が流れているのを見た

冷や汗をぽたぽたと落としながら、彼女が鎖骨と首を往き来する黒い蛇に握っていた手を開いて、指先で触れた

「っ…ぁ゛ぁ…だい…じょ…ぶ…ここにいるっ…いるからっ…にげ………る…つもりは……なぃ…わ……」

蛇を通してヴォルデモートに語りかけるように、呟く彼女の顔色は真っ青で息を荒げて、息を吸い込もうとしていた

ハーマイオニーは、ヴォルデモートへの怒りでどうにかなりそうだった

数秒か、数分経ったところで、やっと血が止まり、彼女は力無く再びうつ伏せになって息をついた

「…ハ…マ……オニー…」

彼女がそばで手を握っていたハーマイオニーに話しかけた

「ユラ…」

顔だけ横に向けて、汗の滲んだ前髪を貼り付けた額をハーマイオニーがそっと横によけた

彼女はほっとした顔をして、頬の傷を気にせず、彼女を泣きそうな様子で見守るマダム・ポンフリーとハーマイオニーに向かって、口を開いた

「もう、いいの」

彼女が言った
ハーマイオニーは、安らかすぎるその表情に、一瞬息を忘れた
後ろで「お願いだ、娘のそばにいさせてくれ」と頼み込むルーディンの声が聞こえる

見ていられなかったのか、トンクスもそれに加わり「あなたは見てはいけない、お願いだから待っていてください」とお願いした

三人が彼女を隠すように立って引き止める中


彼女は思い口を開いた

「もう…いいの…これは治らない。たぶん、彼にしか解けないから……マダム・ポンフリー、すみません……これは治せないんです…血を拭き取るくらいしかできない……ずっとこのままでしたから…」

二人は絶句した

そして、久しぶりに聞いた彼女の柔らかい、静かな声だった

「ユラ、嘘よね…嘘だと言って…まさか、あなたずっと…そんなーーずっとー」

ハーマイオニーは言葉が見つからなかった

「ハーマイオニー、言ったでしょう。これは私のしてきたこと……報いよ……」

「そんなのーーそんなの、許せないっ…こんなっこんなのって…ないわっ…あなたはっ…あなたは何も悪くないわっ…」

ハーマイオニーは、勢いに任せて口走るように言った

「ハーマイオニー……分かって。私には、彼だけを一概に責めることはできない…私が彼を一人にした……彼の手を離した……離してはいけないとわかっていたのに……そうした」

至極静かに話す彼女に、ハーマイオニーの涙腺は、今度こそ決壊した
ぶわっと溢れ出す涙に、頭の中に流れるのは、彼女の悲しい記憶…


悲しい過去…


「泣かないでハーマイオニー………賢いあなたのことだから、もう気づいているはず。手当てをしても、意味がないことに」

力無く言った彼女は、起きあがろうとして腕をついた
ハーマイオニーはそれを支えて、無言でえぐえぐと泣いた

彼女は、弱々しい手つきで、肩から滑り落ちたローブを正し、血がついたままの背中の印を漆黒の服で覆い隠した

そして、ハーマイオニーの両頬に手を添えて見つめた

「ハーマイオニー、私があなたに託した本を、読み解いたのね?」

ハーマイオニーは、唇をハの字に歪ませ、震えながら頷いた

「ハーマイオニー……あなたは心を痛めて泣いてくれるけれど、私の人生は決して悲しいことばかりじゃなかった。少なくとも、こうして、最後に、私のために泣いてくれる人がいる」

諭すような、柔らかな声が、ハーマイオニーの首を意味もなく横に振らせた

「友人よっ…あなたは友人よっ」

「ありがとう。ハーマイオニー」

彼女は黒曜の目を柔らかく細めて、優しく言った

「ハリーは必ず、やり遂げる。ハーマイオニー、どうか、どうかーー最後まで信じて、と。’’すべては’’あなた達の味方よ」

彼女が、強く、静かに、確信めいた口調で言った
まるで、それが決まっているかのように

「でもっ…でもっ…こんなのおかしいっ…」

ハーマイオニーは、泣きながら言った

「ええ、そうね……こんなことばかりーーー私が、当時、あなたほど賢かったなら、ハリーのように勇気があったなら、ロンのように度胸があったならーーー何度も…何度、後悔したかしれないわ………だけど、どれだけ後悔しても、願っても、時間は決して戻ってはくれなかった………これは、私の独り言と思って、聞いてほしい…」

ハーマイオニーは鼻を啜り、「なに?」と聞いた

「小さな男の子がいた。私の隣で並べられて、一緒に育った。はじめて、名前を呼ばれた。舌足らずに、呼んでくれたの」

ハーマイオニーは涙も止まり、彼女の独白に耳を貸した

「でも私は、あそこでの生活に…孤独に耐えられなくなっていった…生きる意味も、食べることも、寝ることも……全てが無意味に思えた」

彼女は続けた

「そんな生活に、色をつけてくれたのが彼だった………彼はーー変わってしまった……気づくのが、遅すぎた…いいえ、気づいていたのに、見て見ぬ振りをしたの」

「…ユラ…」

「私は…そして彼も、私たちはお互い、一言も愛を囁いたことはなかった。『愛している』という言葉さえもなくーー…ひと言も…なかった…私が気づいていたならっ………私が自分の想いに正直なっていれば………でもそれももう全ては過去のこと」

「でもあなたは愛したわ!イリアスをっ…あなたの子をっ…愛していたわ」

ハーマイオニーは咄嗟の強く、そして弱々しく叫んだ
彼女は、驚いた顔をした
何故イリアスのことを知っているのか

だが、彼女はそれを、もう聞く気はなかった

「ええ…’’愛そうと’’した」

「ユラっ」

「でも、殺したの。この手で」

ハーマイオニーは息を忘れた
彼女の表情が、ゾッとするほど虚な微笑みになったからだ

「………あの子はね…私が手にかける直前…お腹を蹴ったの……死にたくない…やめてって…訴えてるようだった…私は、それを無視した」

「……………」

「私は、あの子を殺した。愛してあげられるはずだった……守ってあげられるはずだった………だけどっ……」

彼女の言葉は続かなかった

「行かないといけないの」

彼女が、はっきりとした口調で唐突にそう言い、ハーマイオニーの頬から手を離した
その温度が消え、自分のそばを通り過ぎた、漆黒のローブを見た


ハーマイオニーは止めようと勢いよく振り返った

だが、彼女の行手を阻む者がいた





「ユラ」



色素の薄い金髪を少し乱し、前髪で顔の半分ほどが隠された細身でミステリアスな雰囲気を持つ、怪我をした目の上に血を滲ませ、所々破れた制服で、腕をまくり、包帯を巻いた腕を晒している

少年がそのまま成長したような青年

涼やかな声が、暗く…ひどく暗く呟いた



「セオ」



二人は向かい合っていた

ルーディンは、何かを察したらしい深刻な顔のアンバーソンに引き留められて、様子のおかしい娘の側に行けなかった

大広間の、殆どの人の視線が、彼女に注がれていた

ルーディン、ハーマイオニー、ジニー、ウィーズリー一家、ルーナ、アンバーソン、不死鳥の騎士団の者達、スリザリンの生徒、グリフィンドールの生徒、生き残った者達の全員…

シリウスは、動けない腹で、なんとか上半身だけ起き上がりながら、彼女の名前を呼ぶに呼べず、レギュラスも静寂とした空気の中、声をかけられなかった

アバーフォースは、壇上から、眉間に皺を寄せて、どこか既視感のある雰囲気の彼女をじっと見ていた


漆黒のローブに、漆黒の服を纏う彼女の姿は、セオドールが最後に見た怯えた弱々しい姿ではなく、静かな、それでいて強い意志を秘めたものだった







—————————

それぞれの持つ秘密と嘘が、明らかにされてゆく


次回、プリンスの物語

















































死の秘宝 〜10〜
夥しい秘密と嘘が明らかになってゆく

誰がための秘密、誰がための嘘…

それは、本人達にしか知る由はない…
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3272695367
2022年1月14日 09:53
choco

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