pixivは2022年7月28日付けでプライバシーポリシーを改定しました詳しいお知らせを見る

choco
choco

死の秘宝 〜9〜

死の秘宝 〜9〜 - chocoの小説 - pixiv
死の秘宝 〜9〜 - chocoの小説 - pixiv
68,850文字
転生3度目の魔法界で生き抜く
死の秘宝 〜9〜
ついに決戦がはじまる

瞼の奥に、頭の中にチラつく景色…

全てはスリザリンの寮から始まった…
そして、スリザリンはひとりの寮生の想いによって動きはじめる…
続きを読む
3662695953
2022年1月11日 13:29

※捏造過多


——————————



薄明かりの部屋に立っていた
目の前に、死喰い人と魔法使い達が半円状に並んでいる

「俺様になんと言った?」

甲高い冷たい声が言った
頭の中は怒りと恐れで燃え上がっていた
このことだけを恐れていたーーーしかし、まさかそんなことが……

「もう一度言え!」

ヴォルデモートが呟くように言った

「もう一度言ってみろ!」

「わーーわが君」

死喰い人の一人が恐怖で目を見開き、つかえながら言った

「わーーわが君……我々は、どーー努力いたしました。あーーーあいつらを、追ってーーー…で、ですがーーや…やつらはあ、あろうことか…国外にっ…ま、まさかーーオーストリアまで行くとはっ…ーーーわっ我々は追えませんでしたっ」

「今、どこに行くと言った?」

「わーーわが君…オ…オーストリアで…ございますっ…」

怒りの叫び、否定の叫びが、ヴォルデモートの口から他人の声のように漏れた
ヴォルデモートは逆上し、荒れ狂った

そんなはずはない

不可能だ

知る者は誰もいなかった

どうしてあの小僧が、俺様の秘密を知ることができたのだ?

ダンブルドアのものだった杖が空を切り、緑の閃光が部屋中に走った

言い訳をしていた死喰い人のひとりが、転がって絶命した
周りで見ていた魔法使いたちは、怯えきって飛び退き、ゴイル・シニアや、ゴイルの母親や死喰い人達は、他の者を押し退けて、真っ先に扉へ走った

ヴォルデモートの杖が何度も何度も振り下ろされ、逃げ遅れた者は、一人残らず殺された 

こんな報せを俺様に齎し、小僧がオーストリアなどに行ったことを聞いてしまったからにはーー

屍の間を、ヴォルデモートは荒々しく往ったり来たりした
次々浮かんでくるイメージ

自分の宝、自分の守り、不死の掟ーーー


‘’もしも’’あの小僧が、あの秘密を知っているとしたら?

知っているだろうか?

まさかーー他の物も探し出したのか?

ダンブルドアがやつの影にいるのか?

俺様をずっと疑っていたダンブルドア、俺様の命令で、ナギニに実行させ、死んだダンブルドア

今やその杖は俺様のものとなったというのに、ダンブルドアは恥ずべき死の向こうから手を伸ばし、あの小僧を通して、あの小僧めーー

しかし、あの小僧が分霊箱のどれかを破壊してしまったのなら、間違いなく、このヴォルデモート卿にはわかったはずだ
感じたはずではないか?
最も偉大なる魔法使いの俺様が、最も強大な俺様が、長年の悲願であるーー俺様のーー’’俺たち’’を裂いた邪魔者ーーダンブルドアを亡き者にし、他の名もない虫けらどもを数えきれないほど始末してくれたこの俺様がーーそのヴォルデモート卿が、ナギニの存在の次に重要で、大切で、尊い俺様自身の’’保険’’が襲われ、傷つけられるのに、気づかぬはずがないではないか?

ナギニが生まれ変わり、俺様の換魂の片割れが再び現れたことにより、あの魔法は真に成功したのだと証明された


それが失敗した時の保険が分霊箱だ

間違いないーー


他の物は安全だ……分霊箱は手つかずだ


それにーー絶対に知られないーー知られるわけがない秘密がーー宝があるのだー

小僧が俺様の宝を殺すことなどできん
誰も’’罪もない善人’’を手にかけることはできないはずだ

それに、彼女を何度殺そうと、その度に生まれ変わる
俺様がそうしたーー


他ならぬ偉大なる魔法使いである俺様自身がーー


屍の間を歩き、この世で最も尊い己の半身に近づき見下ろす

恐怖と悲しみで俺様の目を見上げる姿の、なんと愛おしいことか

小さな唇を、あの時のように震わせ…眉を下げ黒曜の目で一身に俺様を見つめる目を…

俺様は知っているーー

お前を身も心も手に入れたあの時、お前は俺様の手で翻弄され、縋った




ーーートムっ……トム……ーーー





「ぁ……ど…して……なんてことをっ…」

俺様から目を逸らすな
そんな虫けらなど放っておけ
すでに恥ずべき死に屈した者共だ

「俺様から目を逸らすな」

「ッ……る…ルベルっ……」

お前が存在している限り、俺様の壁になるものはないーー

しかしーーしかしながら…

知っておかねばならぬ、確かめねば…

ヴォルデモートは目の前で怯えながらも、心配そうに自分を見上げる己の半身の頬に手を滑らせて撫ぜながら、煮えくり返った頭に、ぼんやりとしたイメージが燃え上がった

洞窟の地底湖、地下墓地、そしてホグワーツ…

揺れる彼女の目を見れば、いつもーーいつも、穏やかで、冷静でいられた
その冷静さが、今、ヴォルデモートの怒りを鎮めていた

あの小僧が、地底湖の存在を知るはずがあろうか?あのサークレットの存在を知る者は誰もいない


それに、あの守りを破ることなどできはすまい?
俺様か、ナギニの血が必要となる
サークレットが盗まれると考えるのはーー愚の骨頂だ


「ナギニ」

ヴォルデモートは、思考しながら彼女の、下ろされて服を握り込んでいる手を持ち上げて思考する



学校はどうだ?
分霊箱をホグワーツのどこに隠したかを知る者は、俺様ただ一人だ
自分だけがあの場所の、最も深い秘密を見抜いたのだから…

それに、仮にーーもし仮にーあり得ないが、まだ『イリアス』がいる
これからは、身近に置かねばなるまい
もう、俺様の命令を実行させるのをやめーー俺様の庇護の下にーーそう、そうだーー

‘’子’’は’’母の元’’に置いておく方がよかろう

幸いにも、’’臆病’’で’’善人のまま’’なナギニは、自分の子と同じ名前のものに、愛着を向けている
忌々しいことだが、今はそれが吉と出た

しかしーー確認のために、万全を期すために、それぞれの隠し場所に戻らねばならぬ
分霊箱の守りをさらに強化せねばなるまい…
ニワトコの杖を求めた時と同様、この仕事は俺様一人で…いいや、守りのためやらばならぬーー


その前に…


「ナギニ」

「…ルベル…?」

「’’『イリアス』’’」


ーーー「はいーーご主人様」ーーー


「’’ナギニから離れるな’’」


ヴォルデモートが蛇語でそう命じると、『イリアス』は血だらけの床を這い、屍の間を擦り抜けて彼女の足元にとぐろを巻きながら、脚に絡みついた

彼女は直立不動のまま、脚に絡みつく『イリアス』に怯えた

「そう怯えた顔をするなーー『イリアス』はお前を気に入っている」

ヴォルデモートが、彼女の顎を掬い縦に瞳孔が裂けた赤い眼を向けた

「わ…私…」

震える唇で、何かを言おうとする彼女に、ヴォルデモートは彼女の耳元に口を寄せて囁いた

「しぃーーーー……もう喋るな」


ヴォルデモートは、黙らせた彼女に背を向けて、考えた

どこを最初に訪ねるべきか?
最も危険なのはどれだ?
昔の不安感が脳裏を掠めた
ダンブルドアはナギニの出生など知るわけがないーー
仮に調べていたとしても、ナギニの両親を知る由がない
その可能性は、己が突き止めた時にも既に途絶えていたのだ
とーー考えるならば地底湖はあり得ない

地底湖は絶対に不可能だ

だがーーしかしーー

もっともダンブルドアが、孤児院を通じて自分の過去の悪戯をいくつか知った可能性は、わずかにはあるが

それに、ホグワーツ…
しかし、あそこの分霊箱は安全だと分かりきっている
ポッターが網にかからずしてホグズミードに入ることは不可能だし、ましてや学校は尚更だ
万が一のために、スネイプに、小僧が城に潜入するやもしれぬと警告しておくのが賢明かもしれぬ……
小僧が戻ってくる理由をスネイプに話すのは、むろん愚かしいことだ
ゴイルやゴイルの母親を信用したのは、重大な過ちだった
あいつらのバカさ加減と軽率さを見ればわかる
そもそも信用するなぞということ自体、いかに愚かしいことかを証明しているのではないか?

だが、ナギニはどうだ?
あやつがポッターを守ろうとしたのは、あやつの意気地のない、冷酷になりきれぬ優しさ故だーー

俺様に反抗したのは、杖を向けたのはただ一度だけ
あやつはそれ以外で、一度も俺様に杖を向けたことなどなかった
俺様が杖を渡せといえば、ナギニはあの’’好ましい目’’で俺様を見上げ、従順に従った

魔法使いにとって、命よりも大事とも言える杖を易々と俺様に渡したのだ



ひとまずーー念のため、まずは有り得ないと思うが、あの地下墓地を訪ねるのだ
ナギニは置いていく

ナギニは怖がりだ
それに、己の亡骸を見れば、『イリアス』の正体に気づくだろう
察しがいいやつだからな…
頭が回らぬわけではないし、俺様が関わらなければあやつは冷静に物事を俯瞰できる

俺様に縋り、助けを求める様子を見るのも良いが、それはまた別の機会でよい

今は確認することが急務だ

最も穢されてはならぬ
お前の肉体が……俺様の魂がーー



そして、ヴォルデモートは荒々しく部屋を出…ようとした


だが、己のローブが後ろで引かれたように突っ張り、ヴォルデモートは後ろを向かずに静かに言った

「ナギニ、今はお前に構っている暇はない。俺様は忙しい。わかるな?あの時の従順さはどこへいった?お前は、あの時のように、ただ俺様の帰りを待っているだけでいい」

いやに優しげにそう言うと、ローブの突っ張りが消え、歩みを進めた

ローブを揺らすヴォルデモートの後ろから

「……ぃ…な…ぃで…」

と、消え入りそうな声が聞こえたが、ヴォルデモートは、妊娠していた彼女を置いていった、あの時と同じように無視して部屋を出た

玄関ホールを通り抜け、噴水が水音を立てて落ちる暗い庭に出た…














ハリーは、自分を現実に引き戻し、ぱっと目を開けた
見れば、陽が沈みかけ、ハリーは泉のほとりに横たわっていた
ロンとハーマイオニーが、ハリーを見下ろしている
ハリーはそこまで認識して、今、自分がオーストリアから出て、なんとかイギリスに戻ってきたことを思い出した

あの、思い出したくもないーー

不思議な体験をしてから、三人は大聖堂のマグルの警備員の足音がするまでその場に縫い付けられたように動けなかった

なんとか、正気に戻り、頭の中が常に真っ白のまま、ここまで戻ってきた
どうやってここまで戻ってきたのかも、ハリーはよく憶えていなかった
ただ、意識が落ちる前、テントの前で見張りをしていたことだけは憶えていた



二人の心配そうな表情や傷痕がズキズキ痛み続けていることから考えると、突然ヴォルデモートの心の中に旅をしていたことが、二人に気づかれてしまったらしい

深い青色の湖は、沈む太陽の金色に彩られていた

「『あの人』は知ってる」

ヴォルデモートの甲高い叫びの後では、自分の声の低さが不思議だった

「あいつは知っているんだ。そして、あそこもーー他の分霊箱確かめにいく。それで、最後の一個は」

ハリーはもう立ち上がっていた

「ホグワーツにある。そうだと思っていた。そうだと思っていたんだ」

「えっ?」

ロンがポカンとしてハリーを見つめ、ハーマイオニーは膝立ちで心配そうな顔をしていた

「何を見たの?なぜ、それがわかったの?」

「あいつが、僕たちがオーストリアに向かったことを聞かされる様子を見た。僕はーー僕はあいつの頭の中にいて、あいつはーー」

ハリーは殺戮の場面を思い出した

「あいつは本気で怒っていた。それに恐れていた。どうして僕たちが知ったのかをーーあいつはアルウェンに話してない。分霊箱の存在を隠してるんだ。言っていない。彼女がいるかぎり、たとえ分霊箱を破壊されても死ぬことはないから、たかを括ってるんだ。ダンブルドアが言った通り、あいつは、あれが成功しなかった時の保険のために分霊箱を作った。ーー分霊箱はあと二つだ。これから僕たちが壊した分霊箱が安全かどうか、調べに行くんだ。最初は遺体の方。あいつはホグワーツにある品がいちばん安全だと思っている。スネイプがあそこにいるし、見つからずに入り込むことがとても難しいだろうから。あいつはその分霊箱を最後に調べると思う。それでも、数時間のうちにはそこに行くだろうーー」

「ホグワーツのどこにあるか、見たのか?」

ロンが今や急いで立ち上がりながら聞いた

「いや、スネイプに警告するほうに意識を集中していて、正確にどこにあるかは思い浮かべていなかったーー」

「待って、待ってよ!」

手際よくロンがハリーの持っていた剣を取り上げ、ハリーがまた「透明マント」を引っ張り出すと、ハーマイオニーが叫んだ

「ただ行くだけじゃだめよ。何の計画もないじゃないの。私たちに必要なのはーー」

「ハーマイオニー、僕たちに必要なのは進むことだ」

ハリーがきっぱりと言った

ハリーの頭の中で、彼女の泣き叫ぶ声が響く




ーーー「助けてっ…いやぁぁー!ここから出して!トムっ!トムっ!お願いよ!」ーーー




ハリーは声を振り払った
脳裏にこびりついた悲鳴が、悲しい声が…
自死したあの瞬間が…

ずっと頭の中で再生される…



「サークレットと遺体がなくなっていることに気づいたら、あいつが何をするか想像できるか?ホグワーツの分霊箱がもう安全ではないと考えて、どこかに移してしまったらどうなる?」

「だけど、どうやって入り込むつもり?」

「ホグズミードに行こう」

ハリーが言った

「そして、学校の周囲の防衛がどんなものか見てから、何とか策を考える。ハーマイオニー、『透明マント』に入って。今度はみんな一緒に行きたいんだ」

「でも、入りきらないしーー」

「暗くなるよ。誰も足なんかに気付きやしない」

三人は急いで支度した
それから、ハーマイオニーが進み出て、二人の真ん中に入った
ハリーはできるかぎりマントを下まで引っ張り、それから三人一緒にその場で回転して、押し潰されるような暗闇へと入っていった
















ハリーの足が道路に触れた
胸が痛くなるほど懐かしいホグズミードの大通りが目に入った
暗い店先、村の向こうには山々の黒い稜線、道の先に見えるホグワーツへの曲がり角、「三本の箒」の窓から漏れる明かり
ハリーは心が揺さぶられた

しかしその時、ロンとハーマイオニーの腕を掴んでいた手を緩めた、まさにその時に事は起こった
ギャーーっという叫び声が空気を切り裂いた
自分達がオーストリアに行ったと知った時の、ヴォルデモートの叫びのような声だった

ハリーは、神経という神経を逆撫でされるように感じた
三人が現れたことが引き金になったのだと、ハリーにはすぐにわかった
マントに隠れたほかの二人を振り返る間に「三本の箒」の入口が勢いよく開き、フードを被ったマント姿の死喰い人が数十人、杖を構えて道路に躍り出た

杖を上げるロンの手首をハリーが押さえた
失神させるには相手が多すぎる
呪文を発するだけで、敵に居場所を教えてしまうだろう

死喰い人の一人が杖を振ると、叫び声はやんだが、まだ遠くの山々にこだまし続けていた

アクシオ!(透明マントよ、来い)

死喰い人が大声で唱えた
ハリーはマントの
(ひだ)しっかり掴んだが、マントは動く気配さえない
「呼び寄せ呪文」は「透明マント」には効かなかった

「被りものはなしということか、え、ポッター?」

呪文をかけた死喰い人が叫んだ
それから仲間に指令を出した

「散れ、やつはここにいる」

死喰い人が六人、ハリー達に向かって走ってきた
ハリー、ロン、ハーマイオニーは急いで後退りし、近くの脇道に入ったが、死喰い人達はそこから数十センチというところを通り過ぎていった
三人が暗闇に身を潜めてじっとしていると、死喰い人の走り回る足音が聞こえ、捜索の杖灯りが通りを飛び交うのが見えた

「このまま逃げましょう!」

ハーマイオニーが囁いた

「すぐに『姿くらまし』しましょう!」

「そうしよう!」

ロンが言った

しかし、ハリーが答える前に、一人の死喰い人が叫んだ

「ここにいるのはわかっているぞ、ポッター。逃げる事はできない。お前を見つけ出してやる!」

「待ち伏せされていた」

ハリーが囁いた

「僕たちが来ればわかるように、あの呪文が仕掛けてあったんだ。僕たちを足止めするためにも、何か手が打ってあると思う。袋のねずみにーーー」

「『吸魂鬼』はどうだ?」

別の死喰い人が叫んだ

「やつらの好きにさせろ。やつらなら、ポッターをたちまち見つける!」

「闇の帝王は、他の誰でもなく、ご自身の手でポッターを始末なさりたいのだーー」

「ーー吸魂鬼はやつを殺しはしない!闇の帝王がお望みなのはポッターの命だ。魂ではない。まず吸魂鬼にキスさせておけば、ますます殺しやすいだろう!」

口々に賛成する声が聞こえた
ハリーは恐怖に駆られた
吸魂鬼を追い払うためには守護霊を創り出さなければならず、そうすればたちまち三人の居場所がわかってしまう

「とにかく「姿くらまし」してみましょう、ハリー!」 

ハーマイオニーが囁いた

その言葉終わらないうちに、ハリーは不自然な冷気が通りに忍び込むのを感じた

周りの明かりは吸い取られ、星までもが消えた
真っ暗闇の中で、ハーマイオニーが自分の手を取るのを感じた
三人はその場で回転した
通り抜けるべき空間の空気が固まってしまったかのようだった

「姿くらまし」はできなかった

死喰い人のかけた呪文は、見事に効いていた
冷たさがハリーの肉に、次第に深く食い込んできた
ハリー達三人は、手探りで壁を伝いながら、音を立てないように脇道を奥へ奥へと入り込んだ
すると脇道の入口から、音もなく滑りながらやってくる吸魂鬼が見えた
十体…いやもっとたくさんいる

周りの暗闇よりもさらに濃い黒でそれとわかる吸魂鬼は、黒いマントを被り、瘡蓋(かさぶた)に覆われた腐った手を見せていた
周辺に恐怖感があると、それを感じ取るのだろうか?ハリーはきっとそうだと思った
さっにより速度を上げて近づいてくるようだ
ハリーの大嫌いなあのガラガラという息を長々と吸い込み、あたりを覆う絶望感を味わいながら吸魂鬼が迫ってくるーー

ハリーは杖を上げた
あとはどうなろうとも、吸魂鬼のキスだけは受けられない、受けるものか
ハリーが小声で呪文を唱えた時に思い浮かべていたのは、ロンとハーマイオニーのことだった

「『エクスペクト パトローナム!(守護霊よ、来たれ!)』」

銀色の牡鹿が、ハリーの杖から飛び出して突撃した
吸魂鬼は蹴散らされたが、どこか見えないところから勝ち誇った叫び声が聞こえてきた

「やつだ。あそこだ、あそこだ。あいつの守護霊を見たぞ。牡鹿だ!」

吸魂鬼は後退し、星が再び瞬きはじめた
死喰い人たちの足音がだんだん大きくなってきた
恐怖と衝撃でハリーがどうすべきか決めかねていると、近くで
(かんぬき)を外す音がして狭い脇道の左手の扉が開き、ガサガサした声が聞こえた

「ポッター、こっちへ、早く!」

ハリーは迷わず従った
三人は開いた扉から中に飛び込んだ

「二階に行け。『マント』は被ったまま。静かにしていろ!」

背の高い誰かが、そうつぶやきながら三人の脇を通り抜けて外に出ていき、背後で扉をパタンと閉めた
ハリーにはどこなのかまったくわからなかったが、明滅する一本の蝋燭の明かりで改めて見ると、そこは、おが屑が撒き散らされた汚らしい「ホッグズ・ヘッド」のバーだった
三人はカウンターの後ろに駆け込み、もう一つ別の扉を通って、ぐらぐらした木の階段を急いで駆け上がった
階段の先は擦り切れたカーペットの敷かれた居間で、小さな暖炉があり、その上にブロンドの少女の大きな油絵が一枚掛かっていた
少女はどこか虚ろな優しい表情で、部屋を見つめている
下の通りでわめく声が聞こえてきた
「透明マント」を被ったまま、三人は埃でべっとり汚れた窓に忍び寄り、下を見た
救い主はーーーハリーにはもう「ホッグズ・ヘッド」のバーテンだとわかっていたがーーただ一人だけフードを被っていない

「それがどうした?」

バーテンはフード姿の一人に向かって大声を上げていた

「それがどうしたって言うんだ?お前たちが俺の店の通りに吸魂鬼を送り込んだから、俺は守護霊をけしかけたんだ!あいつらにこの周りをうろつかれるのはごめんだ、そう言ったはずだぞ。あいつらはお断りだ!」

「あれは貴様の守護霊じゃなかった!」

死喰い人の一人が言った

「牡鹿だった。あれはポッターのだ!」

「牡鹿!」

バーテンは怒鳴り返して杖を取り出した

「牡鹿!このバカーーーー『エクスペクト パトローナム!(守護霊よ、来たれ)』」

杖から何か大きくて角のあるものが飛び出し、頭を低くしてハイストリート大通りに突っ込んで、姿が見えなくなった

「俺が見たのはあれじゃないーーー」

そう言いながらも、死喰い人は少し自信を無くした口調だった

「夜間外出禁止令が破られた。あの音を聞いたろう」

仲間の死喰い人がバーテンに言った

「誰かが規則を破って通りに出たんだーー」

「猫を外に出したい時には、俺は出す。外出禁止なんてクソ食らえだ!」

「『夜鳴き呪文』を鳴らしたのは貴様か?」

「鳴らしたがどうした?無理矢理アズカバンに引っ張っていくか?自分の店の前に顔を突き出した咎で、俺を殺すのか?やりたきゃやれ!だがな、お前たちのために言うが、けちな闇の印を押して『あの人』を呼んだりしてないだろうな。呼ばれて来てみれば、俺と年寄り猫一匹じゃ、お気に召さんだろうよ。さあ、どうだ?」

「余計なお世話だ」

死喰い人の一人が言った

「貴様自身のことを心配しろ。夜間外出禁止令を破りやがって!」

「それじゃぁ、俺のパブが閉鎖になりゃ、お前たちの薬や毒薬の取引はどこでする気だ?お前たちの小遣い稼ぎはどうなるかねぇ?」

「脅す気かーー?」

「俺は口が固い。だから、お前たちはここに来るんだろうが?」

「俺は間違いなく牡鹿の守護霊を見た!」

最初の死喰い人が叫んだ

「牡鹿だと?」

バーテンが吠え返した

山羊(やぎ)だ、バカめ!」

「まあ、いいだろう。俺たちの間違いだ」

二人目の死喰い人が言った

「今度外出禁止令を破ってみろ、この次はそう甘くないぞ!」

死喰い人達は鼻息も荒く、大通りへ戻って行った
ハーマイオニーはほっとして呻き声を上げ、ふらふらと「マント」から出て、脚のがたついた椅子にドサリと腰掛けた
ハリーはカーテンをきっちり閉めてから、ロンとは二人で被っていた「マント」を脱いだ

階下でバーテンが入口の(かんぬき)を閉め直し、階段を上がってくる音が聞こえた
ハリーは、マントルピースの上にある何かに気を取られた
少女の絵の真下に、小さな長方形の鏡が立てかけてある
バーテンが部屋に入ってきた

「とんでもないバカ者どもだ」

三人は交互に見ながら、バーテンがぶっきらぼうに言った

「のこのこやって来るとは、どういう了見だ?」

「ありがとうございました」

ハリーが言った

「お礼の申し上げようもありません。命を助けて下さって」

バーテンはフンと鼻を鳴らした

ハリーはバーテンに近づき、針金色のパサついた長髪とひげに隠れた顔を見分けるように、じっと覗き込んだ
バーテンはメガネを掛けていた
汚れたレンズの奥に、人を見透かすような明るいブルーの目があった

「僕が今まで鏡の中に見ていたのは、あなたの目だった」

部屋がしんとなった
ハリーとバーテンは見つめ合った

「あなたがドビーを遣わしてくれたんだ」

バーテンは眉を顰めた
そして、養成を探すようにあたりを見た

「てっきり、あいつのことだから一緒だろうと思ったんだが、どこに置いてきた?」

「わかりません。ドビーは僕たちを助けた後、いなくなっていました」

「そうか、マルフォイの元に戻ったか。あの妖精を気に入っていたのに…仕方ない」

バーテンは、呆れたように呟いた
そして、三人に背を向け、誰の顔も見ずに、杖で小突いてランプに灯を点した




「あなたは、アバーフォースですね」



ハリーがその背中に向かって言った
バーテンは肯定も否定もせずに、屈んで暖炉に火を点けた

「これを、どうやって手に入れたんですか?」

ハリーはシリウスの「両面鏡」に近づきながら聞いた
ハリーが持っている鏡と対をなす鏡だった

「ある者から’’押し付けられた’’。一年半ほど前だ」

アバーフォースが言った

「そして、それを見つけたアルバスから、一年前にこれがどういうものかを聞いていたんだ。時々君の様子を見るようにしてきた」

ロンが息を呑んだ

「光の球!」

ロンが興奮して叫んだ

「あれもあなただったのですか?」

「いったい何のことだ?」

アバーフォースが言った

「誰かが、光の球を出して僕たちに送ってくれた!」

ハリーは剣を手に入れた時に、誘導してきたあの光の球が、誰かが遣わしてくれたとのだと思っていた

「それだけの脳みそがあれば、フン、死喰い人になれるかもしれんな。俺はそんな意味のわからんものを出しとらん」

「あっ」

ロンが言った

「そうか……あのさ、僕、腹ペコだ!」

ロンは、胃袋がグーーッと大きな音を立てたのを弁解するように、付け加えた
そういえば、ウィーンでヴィエナ・シュニッツェルを食べてから、自分達は何も食べていなかった

「食い物はある」

アバーフォースがすっと部屋を抜け出し、ほどなく大きなパンの塊とチーズ、蜂蜜酒の入った錫製の水差しを手に戻ってきて、暖炉前の小さなテーブルに食べ物を置いた

三人は貪るように飲み、かつ食べた

しばらくは、暖炉の火が爆ぜる音とごブレッドの触れ合う音や物を噛む音以外は、何の音もしなかった

「さて、それじゃぁーー」

三人がたらふく食い、ハリーとロンが眠たそうに椅子に座り込むと、アバーフォースが言った

「君たちをここから出す手立てを考えないといかんな。夜はダメだ。暗くなってから外に出たらどうなるか、聞いていただろう。『夜鳴き呪文』が発動して、連中はドクシーの卵に飛びかかるボウトラックルのように襲ってくるだろう。牡鹿を山羊と言いくるめるのも、二度目はうまくいくとは思えん。明け方まで待て。夜間外出禁止令が解けるから、その時にまた『マント』を被って、歩いて出発しろ。まっすぐホグズミードを出て、山にいけ。そこからなら『姿くらまし』できるだろう。ハグリッドに会うかもしれん。あいつらに捕まりそうになって以来、グロウプと一緒にあそこの洞穴に隠れている」

「僕たちは逃げません」

ハリーが言った

「ホグワーツに行かなければならないんです」

「ばかを言うんじゃない」

アバーフォースが言った

「そうしなければならないんです」

「君がしなければならんのは」

アバーフォースは身を乗り出して言った

「ここから、できるだけ遠ざかることだ」

「あなたにはわからないことです。あまり時間がない。僕たちは、城に入らないといけないんだ。ダンブルドアがーーーあの、あなたのお兄さんがーー僕たちにそうしてほしいとーー」

暖炉の火がアバーフォースのメガネの汚れたレンズを一瞬曇らせ、明るい白一色にした
ハリーは、巨大蜘蛛のアラゴグの盲いた目を思い出した

「兄のアルバスは、いろいろなことを望んだ」

アバーフォースが言った

「そして、兄が偉大な計画を実行しているときには、決まってほかの人間が傷ついたものだ。ポッター、学校から離れるんだ。できれば国外に行け。俺の兄の、賢い計画なんぞ忘れっちまえ。君は兄に対して何の借りもない」

「あなたには、わからないことです」

ハリーはもう一度言った

「わからない?」

アバーフォースは静かに言った

「俺が、自分の兄のことを理解していないと思うのかね?俺よりも君の方が、アルバスのことをよく知っているとでも?」

「そういう意味ではありません」

ハリーが言った
疲労と食べ過ぎと飲み過ぎで、頭が働かなくなっていた

「つまり……ダンブルドアは僕に仕事を遺しました」

「へえ、そうかね?」

アバーフォースが言った

「いい仕事だといいが?楽しい仕事か?簡単か?半人前の魔法使いの小僧が、あまり無理せずにできるような仕事だろうな?」

ロンはかなり不愉快そうに笑い、ハーマイオニーは緊張した面持ちだった

「僕はーーいいえ、簡単な仕事ではありません」

ハリーが言った

「でも、僕にはそれを仕上げる義務がーー」

「『義務』?どうして『義務』なんだ?兄は死んでいる。そうだろうが?」

アバーフォースが荒々しく言った

「忘れるんだ。いいか、兄と同じところに行っちまう前に!自分を救うんだ!」

「できません」

「なぜだ?」

「僕ーー」

ハリーは胸が一杯になった
説明できない
代わりにハリーは反撃した

「でも、あなたも戦っている。あなたも『騎士団』のメンバーだーー」

「’’だった’’」

アバーフォースが言った

「『不死鳥の騎士団』はもうお終いだ。『例のあの人』の勝ちだ。もう終わった。そうじゃないと吐かす奴は、自分を騙してる。ポッター、ここは君にとって決して安全ではない。『あの人』は執拗に君を求めている。国外に逃げろ。隠れろ。自分を大切にするんだ。この二人も一緒に連れて行く方がいい」

アバーフォースは親指をぐいと突き出して、ロンとハーマイオニーを指した

「この二人が君と一緒に行動していることは、もう誰もが知っている。だから、生きている限り二人とも危険だ」

「僕は行けない」

ハリーが言った

「僕には仕事があるーー」

「誰か他の人間に任せろ!」

「できません。僕でなければならない。ダンブルドアがすべて説明してくれたーー」

「ほう、そうかね?それで、何もかも話してくれたかね?君に対して正直だったかね?」

ハリーは心底「そうだ」と言いたかった
しかし、なぜその簡単な言葉が口を突いて出てこなかった
アバーフォースは、ハリーが何を考えているのかを知っているようだった

「ポッター、俺は兄を知っている。秘密主義を母親の膝で覚えたのだ。秘密と嘘をな。俺たちはそうやって育った。そしてアルバスには……天性のものがあった」

老人の視線がマントルピースの上に掛かっている少女の絵に移った
ハリーが改めてよく見回してみると、部屋にはその絵と小さな写真立てがあった
今より少し若いアバーフォースと、子どもが写っていた
そのほかには、アルバス・ダンブルドアの写真も何もなかった
ハリーはそれを近くで見ようとした

その時

「ダンブルドアさん?」

ハーマイオニーが遠慮がちに聞いた
ハリーの視線がそっちにいった

「あれは妹さんですか?アリアナ?」

「そうだ」
 
アバーフォースは素っ気なく答えた

「娘さん、リータ・スキーターを読んでるのか?」

暖炉のバラ色の明かりの中でもはっきり見分けられるほど、ハーマイオニーは真っ赤になった

「エルファイアス・ドージが、妹さんのことを話してくれました」

ハリーはハーマイオニーに助け舟を出した

「あのしょうもないバカが……」

アバーフォースはぶつぶつ言いながら、蜂蜜酒をまたぐいとあおった

「俺の兄の、毛穴という毛穴から太陽が輝くと思っていたやつだ。まったく、まあ、そう思っていた連中はたくさんいる。どうやら、君たちもその類のようだが」

ハリーは黙っていた
ここ何ヶ月もの間、自分を迷わせてきたダンブルドアに対する疑いや確信のなさを、口にしたくはなかった
だが、彼女の遺体を破壊し、あの記憶を見た時、ハリーは今度こそ、選び取ったのだ
アルバス・ダンブルドアがハリーに示した曲がりくねった危険な道をたどり続けると決心し、自分の知りたかったことのすべてを話してもらってはいないということも受け入れ、ただひたすら信じることに決めたのだ

再び疑いたくはなかった
目的から自分を逸らそうとするものには、いっさい耳を傾けたくなかった
 
ハリーは、アバーフォースの目を見つめ返した
驚くほどその兄の眼差しに似ていた
明るいブルーの目は、やはり、相手をX線で透視しているような印象を与えた
ハリーは、アバーフォースが自分の考えを見透し、そういう考え方をするハリーを軽蔑していると思った

「ダンブルドア先生は、ハリーのことをとても気にかけていました」

ハーマイオニーがそっと言った

「へえ、そうかね?」

アバーフォースが言った

「おかしなことに、兄がとても気にかけた相手の多くは、結局、むしろ放っておかれたほうがよかったと思われる状態になった……チビ助もそうだった…」

最後だけぼそりと言ったアバーフォース

「どういうことでしょう?」

ハーマイオニーが小さな声で聞いた

「気にするな」

アバーフォースが言った

「でも、今おっしゃったことは、とても深刻なことだわ!」

ハーマイオニーが言った

「それーーそれは、妹さんのことですか?」

アバーフォースはハーマイオニーを睨みつけた
出かかった言葉を噛み殺しているかのように唇が動いた
そして、堰を切ったように話し出した

「妹は六つの時に、三人のマグルの男の子に襲われ、乱暴された。妹が魔法を使っているところを、やつらは裏庭の垣根からこっそり覗いていたんだ。妹はまだ子どもで、魔法力を制御できなかった。その歳では、どんな魔法使いだってできはせん。たぶん、見ていた連中は怖くなったのだろう。植え込みを押し分けて入ってきた。もう一度やれと言われても、妹は魔法を見せることができなかった。それで、やつらは、風変わりなチビに変なまねをやめさせようと図に乗った」

暖炉の明かりの中で、ハーマイオニーの目は大きく見開かれていた
ロンは少し気分が悪そうな顔だった
彼女の記憶を見た時と同じような…

アバーフォースが立ち上がった
兄のアルバス同様背の高いアバーフォースは、怒りと激しい心の痛みで、突然、恐ろしい形相になった

「妹はめちゃめちゃになった。やつらのせいで。二度と元には戻らなかった。魔法と使おうとはしなかったが、魔法力を消し去ることはできなかった。魔法力が内にこもり、妹を狂わせた。自分で抑えられなくなると、その力が内側から爆発した。妹はときどきおかしくなり、危険になった。しかし、いつもは優しく、怯えていて、誰にも危害を加えることはなかった」


「そして父はそんなことをしたろくでなしを追いーー」

アバーフォースが話を続けた

「そいつらを攻撃した。父はそのためにアズカバンに閉じ込められてしまった。攻撃した理由を、父は決して口にしなかった。魔法省がアリアナの状態を知ったら、妹は聖マンゴに一生閉じ込められることになっただろう。アリアナのように精神不安定で、抑えきれなくなるたびに魔法を爆発させるような状態は、魔法省から『国際機密保持法』を著しく脅かす存在とみなされるだろう」

「家族は妹をそっと安全に守ってやらねばならなかった。俺たちは引っ越し、アリアナは病気だと言いふらした。母は妹の面倒を見て、安静に幸せに過ごさせようとした」

「妹のお気に入りは’’俺’’だった」

そう言った時、アバーフォースのもつれたひげに隠れた皺だらけの顔から、泥んこの悪童が顔を覗かせた

「アルバスじゃない。あいつは家に帰ると自分の部屋にこもりきりで、本を読んだりもりった賞を数えたり、『当世で最も著名な魔法使いたち』と手紙のやりとりをするばかりだった」

アバーフォースはせせら笑った

「あいつは、妹のことなんか関わり合いになりたくなかったんだ。妹は俺のことがいちばん好きだった。母が食べさせようとしても嫌がる妹に、俺なら食べさせることができた。アリアナが発作を起こして激怒している時に、俺なら宥めることができた。状態が落ち着いているときは、俺が山羊に餌をやるのを手伝ってくれた」

「妹が十四歳のとき……いや、俺はその場にいなかった」

アバーフォースが言った

「俺がいたならば、宥めることができたのに。妹がいつもの怒りの発作を起こしたが、母はもう昔のように若くはなかった。それで……事故だったんだ。アリアナには抑えることができなかった。そして、母は死んだ」

ハリーは憐れみと嫌悪感の入り交じった、やりきれない気持ちになった
それ以上聞きたくなかった

しかしアバーフォースは話を続けた
アバーフォースが最後のこの話をしたのはいつのことだろう、いや、一度でも話したことがあるのだろうか、とハリーは訝った

「そこで、アルバスの、あのドジなドージとの世界一周旅行は消えになった。母の葬儀のために、二人は家のやっと来た。そのあとドージだけが出発し、アルバスは家長として落ち着いたってわけだ。フン!」

アバーフォースは暖炉の火に唾を吐いた

「俺なら、妹の面倒を見てやれたんだ。俺は、あいつにそう言った。学校なんてどうでもいい。家にいて、面倒を見るってな。兄は俺が最後まで教育を受けるべきだ。’’自分が’’母親から引き継ぐ、とのたもうた。『秀才殿』も落ちぶれたものよ。心を病んだ妹面倒を見たところで、一日おきに妹が家を吹っ飛ばすのを阻止したところで、何の賞ももらえるものか。しかし兄は、数週間は何とかかんとかやっていた……やつが来るまでは」

アバーフォースの顔に、今度こそ間違いなく危険な表情が浮かんだ

「グリンデルバルドだ。そして兄はやっと、自分と’’同等な’’話し相手に出会った。’’自分同様’’優秀で、才能豊かな相手だ。すると、アリアナの面倒を見ることなんぞ二の次になった。二人は新しい魔法界の秩序の計画を練ったり、『秘宝』を探したり、ほかにも興味の趣くままのことをした。すべての魔法族の利益のための壮大な計画だ。一人の少女が蔑ろにされようが、アルバスが『より大きな善のため』に働いているなら、何の問題があろう?」

「しかし、それが数週間続いた時、俺はもうたくさんだと思った。ああ、そうだとも。俺のホグワーツに戻る日が間近に迫っていた。だから、俺は二人に言った。二人に面と向かって言ってやった。ちょうど今俺が君に話しているように」

そしてアバーフォースはハリーを見下ろした
兄と対決する屈強な怒れる十代のアバーフォースを、容易に想像できる姿だった

「俺は兄に言った。すぐにやめろ。妹を動かすことはできない。動かせる状態じゃない。どこに行こうと計画しているのかは知らないが、お前に従う仲間を集めるための小賢しい演説に、妹を連れて行くことはできないと、そう言ってやった。兄は気を悪くした」

メガネがまた暖炉の火を反射して白く光り、アバーフォースの目が一瞬遮られた

「グリンデルバルドは、気を悪くするどころではなかった。やつは怒った。ばかな小童だ。自分と優秀な兄との行く手を邪魔しようとしている。やつは言った……自分達が世界を変えてしまえば、そして隠れている魔法使いを表舞台に出し、マグルに身の程を知らせてやれば、俺の哀れな妹を隠しておく’’必要’’もなくなる。’’それがわからないのか’’とそう言った」

「口論になった……そして俺は杖を抜き、奴も抜いた。兄の親友ともあろう者が、俺に『磔の呪文』をかけたのだーーアルバスはあいつを止めようとした。それからは三つ巴の争いになり、閃光が飛び、バンバン音がして、妹は発作を起こした。アリアナには耐えられなかったのだーー」

アバーフォースの顔から、まるで瀕死の重傷を負ったように血の気が失せていった

「ーーだから、アリアナは助けようとしたのだと思う。しかし自分が何をしているのか、アリアナにはよくわかっていなかったのだ。そして、誰がやったのかはわからないがーー三人ともその可能性はあったーーー妹は死んだ」

最後の言葉は泣き声になり、アバーフォースは傍らの椅子にがっくりと座り込んだ
ハーマイオニーの顔はあの時と同じように涙に濡れ、ロンはアバーフォースと同じくらい真っ青になっていた
ハリーは激しい嫌悪感以外、何も感じられなかった
聞かなければよかったと思った
聞いたことを綺麗さっぱり洗い流してしまいたいと思った

「本当に……本当にお気の毒…」

ハーマイオニーが囁いた

「逝ってしまった」

アバーフォースが掠れ声で言った

「永久に、逝ってしまった」

アバーフォースは袖口で(はな)を拭い、咳払いした

「もちろん、グリンデルバルドのやつは、急いでずらかった。自国で前科のあるやつだから、アリアナのことまで自分の咎にされたくなかったんだ。そして、アルバスは自由になった。そうだろうが?妹という重荷から解放され、自由に、最も偉大な魔法使いになる道をーーー」

アバーフォースが吐き捨てるように語る中、ハリーは聴きたくないとばかりに、顔を背けた先にさっきの小さな写真立てにいられた写真に目を留めた

ハリーは思わず勢いよく立ち上がり、暖炉の上の写真立てを手に取り、食い入るように写真を見つめ、目を見開きながら、恐る恐るアバーフォースに聞いた

「アバーフォースさんーーこれはーーこの写真の子どもを、知っているんですか?この子どもは誰です?」

ハリーはアバーフォースに信じられない気持ちで聞いた

「知っているか、だと?ああ、知っているも何も、そいつはーーチビ助は50年以上前に俺のパブで働いていたやつだ。『アルウェン』だ」

三人は、ひゅっと息を呑み、途端に顔を見合わせた

ハリーは焦りを抑えるように聞いた

「働いていた?それはーーどういうことですか?こんな子どもが?どうして?」

ハリーはどう質問していいかわからなかった
写真立てに入っていた写真は、前髪に目元が隠れている顔ではなく、前髪を上で留めており、長い髪を肩から一本おさげにした、恐らく二、三年生くらいの、紛れもない彼女だったからだ
身長が低いので、具体的な年齢はわからないが…
彼女だ

ぶすくれたようにカウンターに座ってビールジョッキを持つ、今より少し若いガタイのいいアバーフォースの膝にちょこんと座り、写真を撮ったであろう相手に、ぎこちない…幸せそうな笑顔を向けている

アバーフォースの表情は横向きで見えにくいが、小さな頭に大きな皺だらけの手を置いている


「何故チビ助のことを知っている?兄から聞いたのか?ーへえ、そりゃいいねーーーそいつは、そのチビ助は兄が俺のところで働かせてやってくれと頼んできた。よく働いた」

アバーフォースは、皮肉げに言った
そして、ハリーから写真立てを取り上げて、じっと見た

「頼まれた?どうしてですか?」

「子どもがハブで働いても…「もちろんアウトだ。だから雑用をさせた。兄の言うことだ。どこまでが事実かは知らないし、知りたくもないがーーー…チビ助は孤児だったそうだ。兄の勧誘を受けて幼馴染とホグワーツに来たそうだ。施設からくる奴なんざ、別にその時代珍しくも何ともない。そのせいで貧乏で学費すら払えん学生など、それこそ、そこらじゅうにいた。だが成績さえよければなんとかなった」

ハーマイオニーが言いかけたところで、アバーフォースが言った

「あの、それで、お金のためにここで働いていたんですか?」

ハリーが信じられない様子で聞いた

「ああ。といっても、週に一、二度、学校が終わった後だけだ」

「でも、珍しくないならどうしてわざわざ先生がーー」

「ああ、そうだな。敢えて言ってやるなら、チビ助がどうしようもない出来損ないだったからだろうよ」

アバーフォースは、嫌味げに言った

「は?」

ハリーは一瞬何の話をしているのか忘れて間抜けな声を出した

「チビ助は、通常の魔法使いではあり得ないくらい魔力が弱かった。魔力がほとんどなく、魔女というには名ばかりだ。あいつの場合、いっそスクイブだった方がまだマシだったと言えるかもしれんなーーーセンスも魔力もない、おまけに家族もいない。しかも当時では珍しい東洋人とのハーフときた。簡単な呪文すら失敗するかできないかのどちらかだったからな。学校ではさぞいい笑い者だったろうよ。その上、スリザリンの生徒とくればなーーそんな成績の悪い出来損ないは、奨学金なんぞ付与されん」

三人は息を呑んだ

「知識はあった。だが実技はからっきしでな。チビ助は熱心に座学は勉強してたが、俺から言わせれば、魔法は座学でものをいうわけじゃない。杖を使って、呪文を使いこなさなければ魔法使いとは認められん。同じ施設育ちの幼馴染にいつも迷惑をかけていると漏らしていたもんだ。昔は今のような無条件の奨学金制度があるわけでもなかったからな。余計に必死だったろうよ」

ハリーは絶句した
ロンもハーマイオニーも同じような顔をした

「ある時、アリアナが死んでから、音沙汰すらなかった兄が突然俺に、奨学金が降りない生徒がいるから、週に一度でもいいから俺のパブで働かせてやってほしい、学費稼ぎの足しにさせてやってほしいと、図々しくも頼んできた。無論、俺は断った」

アバーフォースは、思い出すように語った

「だが兄は、俺が断っても懲りずに何度も頼んできた。『頼む。あの子を働かせてやってほしい』となーーーまるでその子が己の家族かのような入れ込みようだったさ」

ハリーは目を見開いた
ロンもハーマイオニーもだった

「俺は仕方なく、了承した。ーーーだがその子どもは、まあーー気味の悪いガキだった。泣きもしない、笑いもしない。俺が指示したことを淡々とこなすだけで、意見も、願いもない。そのくせ、俺がそのことに怒れば『ごめんなさい』しか言わんときた。見ていてそりゃあイライラしたもんだ」

ハリーは、それは仕方がないと言おうとした

「だが、仕事の手際だけは良くてな。辞めさせる理由もなかった。だから俺は働かせてやることにしたってぇことさ」




「チビ助が働きはじめて半年経った時だ。俺は気づいた。兄が何故この子どもを俺のところで働かせるように言ってきたのかをなーーーそうーーそうだ。’’お偉い’’、’’深い考えとやら’’をもった兄は、何のつもりか知らないがーーあの子どもが男…ーーとりわけ歳のいった成人男性に恐怖症があったことに気付いた。何故そうなったかなど、聞かなくてもわかる。吐き気がする」

アバーフォースの言葉に、三人は目を見合わせた
あれだ…とすぐに原因に思い至った

「チビ助の仕事は簡単だった。皿洗いに床拭き、山羊の餌やり、猫の世話とか、まあ色々雑用をさせてた。魔法は使えんが、手際はよかったーーだが、ある時酔っ払った客に絡まれててな。その時チビ助は助けも何も呼ばずに、ただ怯えて泣いてた。俺は一目でこの子どもがアリアナと同じような目に遭ったんだと見抜いた。それを確信した時、俺は兄を心底軽蔑した。当たり前だ」

アバーフォースは淡々と言った

「俺は無愛想で、偏屈だってこたぁ自分でも理解してる。大方、兄は、アリアナの世話をしていた俺ならと、慣れさせるにはちょうどいいと思ったんだろうよ」

反吐が出るとばかりに、吐き捨てるように言った

「それからだ。俺がその男を殴りつけて出禁にしてやれば、それまで言われたことだけやっていたチビ助が、俺の様子を伺うように近づいてきた。そのくせ俺が何か用かと聞けば、首を振って仕事に戻る。雑用を指示しても、どういうわけか楽しそうにこなした。何度か、何か俺に言いたいことがあるのかと思って聞いてみりゃ、なんにも言わない」


「俺は気が長いほうじゃない。だから、痺れを切らして、一度チビ助に言ってやった。言いたいことがあるなら言え。ちょこちょこするんじゃねえってな。気が散って仕方ねぇ」

愚痴るように言ったアバーフォースは、文句を言っているのに不思議と眉間の皺は緩んでいた

「そしたらチビ助のやつ、俺に何て言ったと思う?え?『助けてくれて、ありがとうございます。助けてもらえるとは、思ってなかった』だとよ。フン!人を何だと思ってやがる!そんなことを言うために、恩返しのつもりか、頼んでもない仕事をせこせこやるなんざ、なんて物好きなガキだと思ったもんだよ」

アバーフォースは、鼻を鳴らしながら言った
だが、その威勢のいいような表情はすぐに消え失せ、力無く、肩を落として言った

「あいつはーーチビ助は、兄の犠牲者のひとりだ……兄のせいでーー兄が気にかけたせいでーーーそうだ」

アバーフォースは肯定したように言った

「兄は、チビ助を妹の代わりにした。妹を失った己の無力さと罪の意識、喪失感を…チビ助で埋めようとしていた」


ハリーは言葉がなかった
聞きたくなかった


「チビ助は、アリアナとは似ても似つかん。チビ助は無口で、無表情、俺と同じで愛想がない、出来損ないで、いつも卑屈になったーーー」

アバーフォースは、そんなところも愛おしかったかのように語った

「…不器用で優しいやつだった……人の気持ちにはよく気づくくせに、自分の気持ちには鈍感なやつだ。ーー俺は、ここで働く様子を見る内に、チビ助の一見わかりにくい性格がよくわかっていった。チビ助は魔法を使うことを怖がっていた。皿洗いひとつとっても、わざわざ冬の冷たい水に手を突っ込んで、自分で洗おうとした。ツリーの飾りも、杖を使わずカウンターの椅子を持ってきて自分の手で飾り付けた。花瓶の花も『保存魔法』を使わずに、まめに水を替えてた。マグルみたいだ。吐き気がしたよーーーだが、チビ助は、マグルとも、アリアナともちがう。ーー違うんだ」

アバーフォース、まるで誰かに訴えるように言った


「チビ助は、ちぃとずつ俺に話しかけるようになった」

アバーフォースは言った

「気づけば、チビ助は、俺の前ではあの鬱陶しい前髪を上げて、’’俺だけ’’にはよく笑うようになった。年相応の顔を取り戻していった………親父みたいに慕ってくれてたんだろうよ。’’この俺を’’だ。’’アルバスじゃない’’」

アバーフォースは、また悪童のような顔を覗かせた

「友達も、頼れるやつもいねぇチビ助に、俺はーーバカだよなぁ。簡単な呪文くらいできるようにしてやろうと、手が空けば教えてやった。だが案の定、てんでだめだった。あいつは落ち込んだ。自分の力の無さに落ち込んだんじゃない。俺に迷惑をかけていると思い込んで落ち込んだ。バカなやつだ。俺はあいつがそうやって卑屈になるたびに教えてやった。注意した」


「だが、結局仕事の時間が終われば、決まって鬱陶しい前髪を下ろして、肩を落として学校に帰っていった…不思議だった」



「だが、その疑問はすぐ解けたさ。ああ、そうとも。ずいぶん後で知ったことだ。チビ助の’’幼馴染’’とかいうやつのせいだった。俺がいくら謝るなと言ってもあいつは謝る。俺がいくら泣くのを我慢するなと言ってもあいつは絶対に泣かなかった。チビ助が兄からマフラーをもらって、失くした話も聞いた時もそうだ。決まって、兄がチビ助を気にかけるたび、チビ助は俺のところにきたばかりの頃の態度に戻っていた。俺は兄に警告した。『いち生徒に肩入れするな』『あんな出来損ないなら、いっそマグルの世界に返せ』とな。だが兄は、聞き入れなかった」


「今度こそ守れると思ったんだろうよ。証明したかったんだろう。妹の代わりに…だから兄の、’’ご立派’’で’’優秀’’な頭は、チビ助の’’力’’とやらに目をつけて、学校に残るように勧めた。教える立場が相応しい、とな。チビ助のためにも。愚か者が!」

アバーフォースは、吐き捨てるように言った

「チビ助は、ここを去る時、ご丁寧に俺に『お世話になった。どうか、お元気で過ごしてください』と言った。まるで二度と会わないように……そして、兄に勧誘され、断っていたことはひと言も言わずに去った」


「それ以降音沙汰はなかった。何の連絡もなしだ。不幸もんが…」

アバーフォースは、憤りながらも、悲しそうに言った
そして突然、怒りの形相に変わった

「だがーーーどうだ?数年後、兄からチビ助が死んだと聞かされた。その時、兄は’’俺に’’言った。自分のせいだと。自分が引き留めたりしなければこうはならなかった、とな」

アバーフォースは、静かに怒りながら言った

「俺は兄に、今度こそ失望した。『お前は最低だ』と言ってやった。『アリアナの代わりにもならん子どもの人生を狂わせて、満足か』とな。兄は、チビ助をアリアナの罪滅ぼしの代わりにしようとした。そんなことをしてもアリアナは戻ってこない」




アバーフォースが、写真の中の膝に乗る女の子を、苦しそうな、寂しそうな表情で見つめた



「チビ助は……アルウェンはーー歌が上手かったーー。ある時、山羊の餌やりをしながら、一人で歌っていた。聞いたことのない歌だった……思わずその場で聴き入ったもんだ。この写真は、ふざけた客の一人が撮ったもんだ。俺の娘だと吹聴して回りやがったバカだ」

ぽつりぽつりつぶやくアバーフォース
まるで、自分の子どものように可愛がっていたのだろうと、ハリーには分かった

そんな写真を今でも大事に持って、実の兄の写真すら置いていないのに、妹の絵と共に飾っているのは、アバーフォースが、文句を言いながらも、彼女を本当に大事に想っていたからだろう、と


「上手かったから、パブで時々歌わせた。酔っ払い達はみーんな寝ちまったさ。魔力でもあるのかと思ったくれぇだ。それくらい、あいつの歌を聴くと、不思議な心地になった」


ハリーは、胸が痛いほど締め付けられた


「だが、結局あいつも死んだーーー俺に何も言わずに、逝ってしまった……俺に懐いたやつはーー」

続きの言葉はなかった
アバーフォースの涙が写真に落ちた
ハーマイオニーは、唇を震わせて無言で泣いていた

ハリーは、黙っていられなかった
アバーフォースがどこまで知っているのかはわからない
だが、これだけは言いたかった


「彼女はお兄さんのせいで死んだわけじゃない。お兄さんは彼女を守ろうとした」


「何だって?」

アバーフォースが言った

「決して」

ハリーが言った

「お兄さんは危険から遠ざけるために。残るように言ったんです」

ハリーは、詳細を言わなかった
あいつの歪な執着が、彼女を死に追いやったのだ
ロンとハーマイオニーは、驚いた顔だが、否定はしない気まずそうな顔をハリーを見た
アバーフォースは、なぜそんなことがわかる?と言いたげにハリーを睨め付けた

「お兄さんは、言っていた。決して『わしは許されない罪を犯したかもしれない』と。お兄さんはずっと後悔していたんです」

アバーフォースは、節くれだって血管が浮き出た両手を見つめ、想いに耽っているようだった
しばらくして、アバーフォースが言った

「ポッター、確信があるのか?俺の兄が、君自身のことより、より大きな善のほうに関心があったと思わんか?俺の小さな妹やチビ助と同じように、君が使い捨てにされているとは思わんのか?」

冷たい氷が、ハリーの心臓を貫いたような気がした

「そんなこと信じらないわ。ダンブルドアはハリーを愛していたわ」

涙を拭ったハーマイオニーが言った

「それならどうして身を隠せと言わんのだ?」

アバーフォースが切り返した

「ポッターに、自分を大事にしろ、こうすれば生き残れると、なぜ言わんのだ?チビ助は兄が気にかけたせいで、肝心なことを警告しなかったせいで死んだのに」

「なぜならっ」

ハーマイオニーが涙をのんで言おうとした
だが、ハーマイオニーより先に、ハリーが答えていた

「ときには、自分自身の安全よりも、それ以上のことを考える必要がある!時には、より大きな善のことを考えなければ’’ならない’’!これは戦いなんだ!」

「君はまだ十七歳なんだぞ!」

「僕は成人だ。あなたが諦めたって、僕は戦い続ける!」

「誰が諦めたと言った?」

「『不死鳥の騎士団はもうおしまいだ』」

ハリーが繰り返した

「『例のあの人の勝ちだ。もう終わった。そうじゃないと言うやつは、自分を騙してる』」

「それでいいと言ったわけじゃない。しかし、それが本当のことだ!」

「違う」

ハリーが言った

「あなたのお兄さんは、どうすれば『例のあの人』の息の根を止められるかを知っていた。そして、その知識を僕に引き渡してくれた。僕は続ける。やり遂げるまでーーーでなければ、僕が倒れるまでだ。どんな結末になるかを、僕が知らないなんて思わないでください。僕にはもう、何年も前からわかっていたことなんです」

ハリーはアバーフォースが嘲るか、それとも反論するだろうと待ち構えたが、どちらでもなかった
アバーフォースはただ、顔を顰めただけだった

「僕たちはホグワーツに入らなければならないんです」

ハリーがまた言った

「もし、あなたに助けていただけないのなら、僕たちは夜明けまで待って、あなたにはご迷惑をかけずに自分達で方法を見つけます。もし’’助けていただける’’ならーーそうですね、今すぐそう言っていただけるといいのですが」

アバーフォースは椅子に座ったまま動かず、驚くほど兄と瓜二つの目で、ハリーをじっと見つめていた

やがて、咳払いをして、アバーフォースはついと立ち上がり、小さなテーブルを離れてアリアナの肖像画のほうに歩いていった

「おまえは、どうすればよいかわかっているね」

アバーフォースが言った

アリアナは微笑んで、後ろを向いて歩きはじめた
肖像画に描かれた人たちが普通するように額縁から出ていくのではなく、背後に描かれた長いトンネルに入っていくような感じだった
か細い姿がだんだん遠くなりついに暗闇に飲み込まれてしまうまで、ハリー達はアリアナを見つめていた

「あのうーーこれはーー?」

ロンが何か言いかけた

「入口は今や唯一つ」

アバーフォースが言った

「やつらは昔からの秘密の通路を全部押さえていて、その両端を塞いだ。学校と外とを仕切る壁の周りは吸魂鬼が取り巻き、俺の情報網によれば、校内は定期的に見張りが巡回している。あの学校が、これほど厳重に警備されたことは、いまだかつてない。中に入れたとしても、スネイプが指揮を執り、がロー兄妹が副指揮官だ。そんなところで、君たちに何ができるのやら……まあ、それはそっちが心配することだな?君は死ぬ覚悟があると言った」

「でも、どういうこと……?」

アリアナの絵を見て顔を顰めながら、ハーマイオニーが言った
絵がかかれたトンネルの向こう側に、再び白い点が現れ、アリアナが今度はこちらに向かって歩いてきた
近づくにつれて、だんだん姿が大きくなってくる
さっきと違って、アリアナよりも背の高い誰かが一緒だ
足を引き摺りながら、興奮した足取りでやってくる
その男の髪はハリーの記憶よりもずっと長く伸び、顔には数箇所切り傷が見える
服は引き裂かれて破れていた
二人の姿はだんだん大きくなり、ついに顔と肩で画面が埋まるほどになった
そして、画面全体が壁の小さな扉のようにパッと開き、本物のトンネルの入口が現れた
その中から、伸び放題の髪に傷を負った顔、引き裂かれた服の、本物のネビル・ロングボトムが這い出してきた
ネビルは大きな歓声をあげながら、マントルピースから飛び降りて叫んだ





「君が来ると信じていた!僕は信じていた!ハリー!」














 












「チビ助、それ終わったらテーブルを拭いていけ」

「はい、マスター」

ホグワーツの制服ではなく、ブラウスにダボっとしたズボンを着て、長い黒髪を軽く団子に纏めてはグラスを拭く、店の奥のカウンターから頭すら出ない低い身長で、このパブの主である雇い主に返事をした

耳にうるさくなく、穏やかで、柔らかな、幼い子どもから少女に変わる高い声が響いた

少女はグラスを拭いていた布巾を置いて、音を鳴らさないように丁寧にグラスを置いた

少女はカウンター越しのテーブルまで向かい、隅から拭いていった
身長が足りず、カウンターチェアに膝をついて熱心に拭く様子を、アバーフォースはフンと鼻を鳴らしてチラ見して、すぐ目を逸らした


口数は少ない、感情が読み取りにくい、いやに聞き分けのいい、大人し過ぎる、気味の悪い子ども……だが、よく働くチビ助だった


会話なんてない

俺が仕事を命じて、あいつが俺の指示通り仕事をこなす
それだけだった
だが、いつからか…俺は、チビ助の世話を焼くようになった
まったく、この俺がだ

男を怖がる奴が、パブなんかで働けるわけがないと思っていたが、チビ助は怖がりながらも金のために頑張っていた
必要以上に近付かなければ、あいつはいつも通りでいる
アリアナのような発作はないが、ある意味チビ助のほうが
(たち)が悪かった

チビ助は助けを呼ばない
失敗したとしても、魔法を使おうとしない
誰かが助けに来てくれるとでも思っているのか、いつも受動的だった
見ていてイライラする奴だったが、だからと言って、別に腹の立つやつではなかった

怯えた顔か、無表情しかないあいつが、俺に向かって初めて笑った時は驚いた

チビ助は兄のことを、『踏み込むのが上手な人』と言った珍しいやつだった
『秀才』だ何だと言われて、多くの奴が、兄のことを崇拝する言葉を散々聞いてきた俺は、チビ助がそう言った瞬間、こいつは、難儀なもんをもってるやつだとぴんときた
兄が気にかけるわけだ

パブに来る客で、チビ助を気に入っている客は何人かいた
どいつもこいつも碌なやつじゃなかった
面倒だったが、俺はチビ助を注意して見ざるを得なかった

チビ助がクソ野郎の酔っ払いに襲われかけた時、そいつを怒鳴りつけ、殴る俺の影に、チビ助はずっと隠れてた
はじめてチビ助から俺に近づいてきた瞬間だった
チビ助は、騒ぎが治るまで、ずっと離れようとしなかった
俺のローブを必死に握って、震えてるっていうのに、襲われかけた時から涙を拭いて泣こうとすらしない
「怖ければ泣くのを我慢するな。ガキはガキらしく泣いてろ」と言えば、頭を懸命に振って、「弱みを見せるなって…言われてる…泣いた顔を見せるなって…」と言いやがった

俺はチビ助を叱りつけた

孤児院で育ったから、こんな風になったのは想像つくが、ここにいる限り、俺の前で我慢することはやめろ、意味がない。イライラすると言ってやった

するとチビ助は、俺をじっと見上げて、堪えきれなかったように、堰を切って泣きはじめた
俺のローブの裾を強く握って、突っ立ったまま俯いて声も出さずに泣いていた

俺は、その泣き方に酷くイラついた
誰がこんな子どもにこんな泣き方を教えた?
大人に甘えることすら知らない
大人に都合のいい子どもとして、顔色を伺って生きてきた子どもだ
夢も希望もないような死んだ目で、俺を見る

兄に頼まれて仕方なく引き受けた仕事だったが、気がつけば俺はチビ助の世話を焼いていた
こいつに人間らしい感性と心を取り戻させることにした

少しずつ、チビ助は笑顔を見せるようになった
俺がチビ助が気付かずに我慢しているところを見つけては、その度に叱りつけて注意してやった
チビ助はその度に謝った
俺はそれも叱りつけた

チビ助は自分の話はあまりしなかったが、その内、ぽつりぽつりと話すようになった

躊躇いがちだが、俺の膝に乗ってくるくらいには俺たちは信頼関係を築いていた
元々俺が何も言わなくても、表情を読み取って態度を変えていたやつだ
俺が何も言わなくても、あいつは察していた…




ーーー「アルウェンが、亡くなった」ーーー




チビ助が死んだと、兄に知らされた




ーーー「わしのせいじゃ…アバーフォース……わしがあの子を引き止めたりしなければ……わしのーー…守れなかった…」ーーー




俺は兄に失望した
己の罪悪感を取り去るために、アリアナの代わりとして都合のいいように気にかけるだけ気にかけて、結局はこのあり様だ




そうして、後で知った
それからまた数十年前、兄から知らされた

チビ助の話によく出てきた幼馴染が、『例のあの人』だったと
すべて辻褄が合った

兄は、アリアナの代わりのためだけにチビ助を気にかけたわけではなく、当時の『例のあの人』を監視するために、チビ助を利用した

俺は、それ以上聞くつもりもなく、アルウェンの墓はどこかと聞いた
だが兄は、ない、と答えた
遺体もない
おまけに、チビ助は、『例のあの人』が唯一愛した存在だとのたまった

俺は兄の話をそれ以上聞かなかった
聞く価値もない

チビ助はチビ助だ

『例のあの人』のものでも、兄のものでも、アリアナでもない

アルウェンという、気弱で、自分の感情すら表現することを忘れた、可哀想な子どもだ
俺が育てた
俺がこの手であいつを育てた
感情を表現することを教えた
我慢しないことを教えた
笑うことをっ教えた!

それをっ!どいつもこいつも!なぜ放っておいてやらない?
なぜ巻き込む?
チビ助は平穏を望んでいた!それだけだ!
毎日暖かく寝る布団があり、食事があり、話し相手がある、家族を望んでいた
それだけだった


それだけだった…


ーーー「アバーフォースさん」ーーー


ーーー「その呼び方をやめろ。肩苦しいったらありゃしない」ーーー


ーーー「…アブさん」ーーー


ーーー「アブでいい」ーーー


ーーー「アブ。いつもありがとうございます」ーーー


ーーー「唐突に何だ。俺は仕事してるだけだ。お前の面倒なぞ、暇潰しだ」ーーー


ーーー「それでも、いい…」ーーー


ーーー「…チビ助。前にも言ったはすだ。俺の前で我慢するな。見ててイライラするってな」ーーー


ーーー「………」ーーー


ーーー「俺が信用できないか?え?」ーーー


ーーー「そんなことないっ…です」ーーー


ーーー「ならなんでも言え。今更お前が何を言おうと、驚きなんざしない」ーーー








ーーー「…アブっ……ぅっ…さびしいっ…私っ…もう生きていたくないっ…なんでここにいるのっ…どうしてこんな世界にいるのっ…いやだっ……っもういやだよっ!」ーーー








…あいつの心からの叫びだった…




…そうさ……誰も…チビ助を見てなかった…



…あいつの周りにいたやつは…あいつ本人を見ていなかった…兄も…





…こんな小さい子どもの叫びに、誰ひとり耳を貸そうとも、気づいてやろうともしてなかった…






……逝ってしまった…





………なあ、チビ助……




…お前は寂しい想いをして逝ったのか?苦しかったのか?孤独に逝ったのか?誰も……お前の側にはいなかったのか?………お前があれだけ望んだ家族は、いなかったのか?…























ネビルは、ひどい姿だった
片方の目は腫れ上がり、黄色や紫の痣になっているし、顔には深く抉られたような痕がある
全体にボロボロで、長い間、厳しい生活をしていた様子が如実に分かる様子だった

ハリー達は、アバーフォースに深く感謝し、礼を言った
アバーフォースは皮肉げに、ぶっきらぼうに返した

三人は、ネビルが出てきた暗いトンネルに入った

「この通路、どれくらい前からあるんだ?」

歩き出すとすぐに、ロンが聞いた

「『忍びの地図』にはないぞ。な、ハリー、そうだろ?学校に出入りする通路は、七本しかないはずだよな?」

「あいつら今学期の最初に、その通路を全部封鎖したよ」

ネビルが言った

「もう、どの道も絶対通れない。入口には呪いがかけられて、出口には死喰い人と吸魂鬼が待ち伏せしてるもの」

ネビルはにこにこ顔で後ろ向きに歩きながら、三人の姿をじっくり見ようとしていた

「そんなことどうでもいいよ…ね、ほんと?魔法省の決して入れない保管庫に潜入したって?知れ渡ってるよ。みんな、その話で持ちきりだよ。テリー・ブートなんか夕食の時に大広間でそのことを大声で言ったもんだから、カローにぶちのめされた!」

「うん、ほんとだよ!」

ハリーが言った
ネビルは大喜びで笑った

「でも、これまで何していたの?みんなは、君が逃げ回ってるって言ったけど、ハリー、僕はそう思わない。何か目的があってのことだと思う」

「その通りだよ」

ハリーが言った

「だけど、ホグワーツのことを話してくれよ。ネビル、僕たち何も聞いてないんだ」

「学校は……そうだな、もう以前のホグワーツじゃない」

ネビルが言った

話しながら笑顔が消えていった

「カロー兄妹のことは知ってる?」

「ここで教えてる、死喰い人の兄妹のこと?」

「教えるだけじゃない」

ネビルが言った

「規律係なんだ。体罰が好きなんだよ。あのカロー兄妹は」

「アンブリッジみたいに?」

「ううん、二人にかかっちゃ、アンブリッジなんて可愛いもんさ。ほかの先生も、生徒が何か悪さをすると、全部カロー兄妹に引き渡すことになってるんだ。だけど、渡さない。できるだけ避けようとしてるんだよ。先生たちも僕らと同じくらい、カロー兄妹を嫌ってるのがわかるよ。だけどレギュラス先生がいるからなんとかなってる。知ってた?レギュラス先生ってブラック家の当主だから、純血至上主義のあいつらはあんまり血を持ち出されるとなめた態度ができないんだ。いやあ、びっくりしたよ。体罰を止めるレギュラス先生、すごくカッコイイ。あれで女子のファンがさらに増えたと思うよ」

「うっそだろ…」

ロンが呟きた
ネビルは少し興奮したように「ほんとさ」と続け、言った

「アミカス、あの男、かつての『闇の魔術に対する防衛術』を教えてるんだけど、いまじゃ『闇の魔術』そのものだよ。僕たち、罰則を食らった生徒たちに『磔の呪文』をかけて練習することになってる」

「えーっ?」

ハリー、ロン、ハーマイオニーの声が一緒になって、トンネルの端から端まで響いた

「うん」

ネビルが言った

「それで、僕はこうなったのさ」

ネビルは、頬の特に深い切り傷を指差した

「僕がそんなことはやらないって言ったから、でも、はまってやるやつもいる。クラッブとゴイルもその中の二人だ。たぶん、あいつが一番になったのは、これが初めてじゃないかな。あー、あと今学期からマルフォイとノットが来ていてさ、驚いたよ。あいつら拒否したんだ。カロー兄妹はマルフォイとノットに対しては特にやらせようとした。だけど、あの二人やろうとしなかった。スリザリンなのに。驚きだろ?もうびっくりどころじゃないよ。何が変ってさ、クラッブとゴイルがマルフォイに下手に出てないのが、もう驚きだね」

「え?マルフォイ達が学校にいるの?」

ハリーは思わず聞き返した

「うそだろ?あいつが拒否したのか?」

ロンが信じられないと半ば馬鹿にしたように言った

「ああ、ほんと。みんな驚いてた。脅してもマルフォイは、特にノットは拒否してた。体罰を受けてもね。僕ほんとに驚いたよ」

三人は、あの二人に何があったんだ…と思った
ネビルが教えたことは、それほどに衝撃的なことだった

「でもある意味、ここにいてよかったかもしれない。あいつらの父親は死喰い人だったけど、学校は、まだ安全な方だ。死喰い人はいるけど、外にいるより殺される確率は低くなる。それに、マルフォイ達は一応純血一族だから、殺されるようなことはないからね。あいつらは純血一族の血をあんまり流したくないないから、口が過ぎればちょっと痛い目を見させられるけど、僕たちを殺しはしない」

ネビルの話してる内容の酷さと、それがごく当たり前だというネビルの話の調子と、どちらがより嘆かわしいのかハリーにはわからなかった

「…だから、本当に危ないのは、学校の外で友達とか家族が問題を起こしている生徒たちなんだ。そういう子たちは、人質に取られている。あのゼノ・ラブグッドは『ザ ・クィブラー』でちょっとずばずば言いすぎたから、クリスマス休暇で帰る途中の汽車で、ルーナが引っ張っていかれた」

「ネビル、ルーナは大丈夫だ。僕たちルーナに会ったーー」

「うん。知ってる。ルーナがうまくメッセージを送ってくれたから」

ネビルはポケットから金貨を取り出した
ハリーは、それがダンブルドア軍団の連絡に使った偽のガリオン金貨だと、すぐわかった

「これ、すごかったよ」

ネビルはハーマイオニーに、にっこり笑顔を向けた

「カロー兄妹は、僕たちがどうやって連絡し合うのか全然見破れなくて、頭に来てたよ。僕たち、夜にこっそり抜け出して、『ダンブルドア軍団 まだ募集中』とか、いろいろ壁に落書きしていたんだ。スネイプは、それが気に入らなくてさ」

「して’’いた’’?」

ハリーは、過去形なのに気づいた

「うーん、だんだん難しくなってきてね」

ネビルが言った

「クリスマスにはルーナがいなくなったし、ジニーは、イースターのあと、戻ってこなかった。僕たち三人は、リーダーみたいなものだったんだ。カロー兄妹は、事件の陰に僕がいるって知ってたみたいで、だから僕を厳しく抑えにかかった。それから、マイケル・コーナーが、やつらに鎖で繋がれた一年生を一人解き放してやってるところを捕まって、ずいぶんひどく痛めつけられた。それで、みんな震え上がったんだ」

「マジかよ」

上り坂になってきたトンネルを歩きながら、ロンが呟いた

「ああ、でもね、みんなマイケルみたいな目に遭ってくれ、なんて頼めないから、そういう目立つことはやめた。でも、僕たち戦い続けてんだ。地下運動に変えて、二週間前まではね。ところが、あいつらとうとう、僕にやめさせる道は一つしかないと思ったんだろうな。それで、ばあちゃんを捕まえようとした」

「何だって?」

ハリー、ロン、ハーマイオニーが同時に声を上げた

「うん」

坂が急勾配になって少し息を切らしながら、ネビルが言った

「まあね、やつらの考え方はわかるよ。親たちを大人しくさせるために子どもを誘拐するっていうのは、うまくいった。それなら、その逆を始めるのは時間の問題だったと思うよ。ところがーー」

ネビルが三人を振り返った
その顔がにやっと笑っているのを見て、ハリーは驚いた

「あいつら、ばあちゃんを侮った。独り暮らしの老魔女だ。とくに強力なのを送り込む必要はないって、たぶんそう思ってんだろう。とにかくーー」

ネビルは声を上げて笑った

「ドーリッシュはまだ聖マンゴに入院中で、ばあちゃんは逃亡中だ。ばあちゃんから手紙が来たよ」

ネビルはローブの胸ポケットをポンと叩いた

「僕のことを誇りに思うって。それでこそ親に恥じない息子だ、がんばれって」

「かっこいい」

ロンが言った

「うん」

ネビルがうれしそうに言った

「ただね、僕を抑える手段がないと気づいた後は、あいつら、ホグワーツには結局、僕なんか要らないと決めたみたいだ。僕を殺そうとしているのかアズカバン送りにするつもりなのかは知らないけど、どっちにしろ、僕は姿を消すときが来たって気づいたんだ」

「だけどーーー」

ロンがさっぱりわからないという顔で言った

「僕たちーー僕たち、まっすぐホグワーツに向かっているんじゃないのか?」

「もちろんさ」

ネビルが言った

「すぐわかるよ。ほら着いた」

角を曲がると、トンネルはそのすぐ向こうで終わっていた
短い階段があって、その先に、アリアナの肖像画の背後に隠されていたと同じような扉があった
ネビルは扉を押し開けてよじ登り、くぐり抜けた
ハリーもあとに続いた
ネビルが見えない人々に向かって呼びかける声が聞こえた

「この人だーれだ!僕の言ったとおりだろ?」

ハリーが通路の向こう側の部屋に姿を現すと、数人が悲鳴や歓声を上げた

「ハリー!!」

「ポッターだ。ポッターだよ!」

「ロン!」

「ハーマイオニー!」

色鮮やかな壁飾りやランプや大勢の顔が見え、ハリーは頭が混乱した
次の瞬間、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、二十人以上の仲間に取り囲まれ、抱きしめられて背中を叩かれ、髪の毛をくしゃくしゃにされ、握手攻めにあった。たったいま、クィディッチの決勝戦で優勝したかのようだった

「オッケー、オッケー、落ち着いてくれ!」

ネビルが呼びかけ、みんなが一歩退いたので、ハリーはようやく周りの様子を眺めることができた

まったく見覚えのない部屋だった
飛びきり贅沢な樹上の家の中か、巨大な船室のような感じの大きな部屋だった
色とりどりのハンモックが、天井から、そして窓のない黒っぽい板壁に沿って張り出したバルコニーからぶら下がっている
板壁は、鮮やかなタペストリーの掛け物で覆われていた
タペストリーは、深紅の地にグリフィンドールの金色のライオンの縫い取り、黄色地にハッフルパフの黒い穴熊、そして青地にレイブンクローのブロンズ色の鷲だ
銀の蛇が描かれた緑地のスリザリンのものもある

ハリーは少し驚いた

本で膨れあがった本棚、壁に立てかけた箒が数本、そして隅には大きな木のケースに入ったラジオがある

「ここはどこ?」

「『必要の部屋』に決まってるよ!」

ネビルが言った

「今までで最高だろう?カロー兄妹が僕を追いかけていた。それで、隠れ場所はここしかないと思ったんだ。何とか入り込んだら、中はこんなになってたんだ!最初に僕が入った時は、全然こんなんじゃなくて、ずっと小さかった。ハンモックが一つとグリフィンドールのタペストリーだけだったんだ。でも、D A(ダンブルドア軍団)のメンバーがどんどん増えるに連れて、部屋が広がったんだよ」

「それで、カロー兄妹は入れないのか?」

ハリーは扉を探して、ぐるりと見回しながら聞いた

「ああ」

シェーマス・フィネガンが答えた
ハリーはその声を聞くまでシェーマスだと分からなかった
それほど傷だらけで、腫れ上がった顔だった

「ここはきちんとした隠れ家だ。僕たちの誰かが中にいる限り、やつらは手を出せない。扉が開かないんだ。全部ネビルのおかげさ。ネビルは本当にこの部屋を’’理解してる’’。この部屋に、必要なことを正確に頼まないといけないんだーーーたとえば『カローの味方は、誰もここに入れないようにしたい』ーーそしたら、この部屋はそのようにしてくれる!ただ、抜け穴を必ず閉めておけばいいのさ!ネビルはすごいやつだ!」

「大したことじゃないんだ。ほんと」

ネビルは謙遜した

「ここに一日半ぐらい隠れていたら、すごくお腹が空いて、それで、何か食べるものがほしいと願った。ホッグズ・ヘッドへの通路が開いたのは、そのときだよ。そのトンネルを通っていったら、アバーフォースに会った。アバーフォースが僕たちに、食料を提供してくれているんだ。なぜかこの『必要の部屋』は、それだけはしてくれない」

「うん、まあ、食料は『ガンプの元素変容の法則』の五つの例外の一つだからな」

ロンの言葉に、みんな呆気に取られた

「それで、僕たち、もう二週間近く、ここに隠れていたんだ」

シェーマスが言った

「ハンモックが必要になるたびに、この部屋は追加してくれるし、女子が入ってくるようになったら、急にとてもいい風呂場がーー」

「ーー私たちがちゃんと体を洗いたいと思ったら、現れたの。ええ、そうよ」

ラベンダー・ブラウンが説明を加えた
ハリーはその時まで、ラベンダーがいることに気づかなかった
あらためてきちんと部屋を見回すと、ハリーの見知った顔がたくさんいるのに気づいた
双子のパチル姉妹もいるし、そのほかにも、テリー・ブート、アーニー・マクミラン、アンソニー・ゴールドスタイン、マイケル・コーナー

「ところで君たちが何をしていたのか、教えてくれよ」

アーニーが言った

「噂があんまり多すぎてね、僕たち、『ポッターウォッチ』で、何とか君の動きに追いつくようにしてきたんだ」

アーニーは、ラジオを指差した

「君たちまさか、魔法省の保管庫に侵入なんかして、していないだろう?」

「したよ!」

ネビルが言った
バラバラと拍手が起こり、何人かが「ウワッ!」と声を上げた
ロンは舞台俳優のようにお辞儀した

「何が目的だったの?」

シェーマスが熱くなって聞いた

三人は自分達から質問することで、みんなの質問をかわそうとした
しかしその前に、稲妻形の傷痕に焼けるような激痛が走った
ハリーは、嬉々とした顔で知りたがっているみんなに急いで背を向けた

「必要の部屋」は消え去り、ハリーはあの地下墓地に立っていた
足元に散らばったカタコンベの遺骨の数々…
そして、剥き出しになった石棺とずらされた石蓋…
中には人の形に盛り上がった灰…

ヴォルデモートの、今まででいちばんの、聞いたこともないほど怒りの叫びが、ハリーの中でガンガン響いた
傷痕は尋常じゃないほど痛んだ
ヴォルデモートの怒りが、そのまま反映されているかのような

ハリーは、できるだけ聞こえないように痛みによる喘ぎ声を抑えながら、全力を振り絞ってヴォルデモートの心から抜け出し、ふらふらしながら自分のいる「必要の部屋」に戻ってきた
顔からは脂汗がどっと噴き出し、ロンに支えられて立っていた

「ハリー、大丈夫?」

ネビルが声をかけていた

「腰掛けたら?たぶん疲れてるせいじゃーー?」

「違うんだ」

ハリーは焦った
ヴォルデモートは尋常ではないほど怒っている
自分達が、己の大切な魂を入れた、最も大切な女性の遺体を破壊したと知った
ハリーは、ロンとハーマイオニーを見て、ヴォルデモートが分霊箱のひとつがなくなっているのに気づいたと、無言で伝えようとした
時間がどんどん無くなっていく
ヴォルデモートが次にホグワーツという選択をしたなら、三人は機会を失ってしまう

「僕たちは、先に進まなくちゃならない」

ハリーが言った
二人の表情から、ハリーは理解してくれたと思った

「それじゃ、ハリー、僕たちは何をすればいい?」

シェーマスが聞いた

「計画は?」

「計画?」

ハリーが繰り返した

ヴォルデモートの激しい怒りに再び引っ張られないように、傷痕の痛みに耐えながら、ハリーはありったけの意思の力を使っていた

「そうだな、僕たちはーーロンとハーマイオニーと僕だけどーーやらなくちゃいけないことがあるんだ。そのあとは、ここから出て行く」

今度は、笑う者も「ウワッ」と言うものもいなかった
ネビルが困惑した顔で言った

「どいうこと?『ここから出て行く』って?」

「ここに留まるために戻ってきたわけじゃない」

ハリーは痛みを和らげようと傷痕をこすりながら言った

「僕たちは大切なことをやらなければならないんだーー」

「何なの?」

「僕ーー僕、話せない」

ブツブツという呟きがさざなみのように広がった
ネビルは眉根を寄せた

「どうして僕たちに話せないの?『例のあの人』との戦いに関係したことだろう?」

「それは、うんーー」

「なら、僕たちが手伝う」

ダンブルドア軍団のほかのメンバーも、ある者は熱心に、ある者は厳粛に頷いた
中の二人が椅子から立ち上がり、すぐにでも行動する意思を示した

「君たちにはわからないことだ」

ハリーは、ここ数時間の間に、この言葉を何度も言ったような気がした

「僕たちーー君たちには話せない。どうしても、やらなければならないんだーー僕たちだけで」

「どうして?」

ネビルが尋ねた

「どうしてって…」

最後の分霊箱を探さなければと焦り、少なくともどこから探し始めたらいいかを、ロンとハーマイオニーの二人だけと話したいと焦るあまり、ハリーはなかなか考えがまとまらなかった
額の傷痕は、まだ燃えるような熱を持って痛んでいた

「ダンブルドアは、僕たち三人に仕事を遺した」

ハリーは慎重に答えた

「そして、そのことを話すわけにはーーつまり、ダンブルドアは、僕たちに、三人だけにその仕事をしてほしいと考えていたんだ」

「僕たちはその軍団だ」

ネビルが言った

「ダンブルドア軍団なんだ。僕たちはそこで全員結ばれている。君たちが三人だけで行動していた間、僕たちは軍団の活動を続けてきたーー」

「おい、僕たちはピクニックに行ってたわけじゃないぜ」

ロンが言った

「そんなこと、一度も言ってないよ。でも、どうして僕たちを信用できないのか、わからない。この『部屋』にいる全員が戦ってきた。だからカロー兄妹に狩り立てられて、ここに追い込まれてきたんだ。ここにいる全員!ダンブルドアに忠実なことを証明してきたーー君に忠実なことを」

「聞いてくれーー」

ハリーは、そのあと何を言うのか考えていなかったが、言う必要もなくなった
ちょうどその時、背後のトンネルの扉が開いたからだ

「伝言を受け取ったわ、ネビル!こんばんは。あたし、三人ともきっとここにいるも思ったもン!」

ルーナとディーンだった
シェーマスは吠えるように歓声を上げてディーンに駆け寄り、無二の親友を抱きしめた

「みんな、こんばんは!」

ルーナが嬉しそうに言った

「ああ、戻ってこれてよかった!」

「ルーナ」

ハリーは気を逸らされてしまった

「君、どうしたの?どうしてここにーー?」

「僕が呼んだんだ」

ネビルが、偽ガリオン金貨を見せながら言った

「僕、ルーナとジニーに、君が現れたら知らせるって、約束してんだ。君が戻ってきたら、その時は革命だって、僕たち全員そう思ってた。スネイプとカロー兄妹を打倒するんだって」

「もちろん、そういうことだもン」

ルーナが明るく言った

「そうでしょ、ハリー?戦ってあいつらをホグワーツから追い出すのよね?」

「待ってくれ」

ハリーは切羽詰まって、焦りを募らせた

「すまない、みんな。でも、僕たちは、そのために戻ってきたんじゃないんだ。しなければならないことがある。そのあとはーー」

「僕たちをこんな酷い状態のまま残していくのか?」

マイケル・コーナーが詰め寄った

「違う!」

ロンが言った

「僕たちがやろうとしていることは、結局はみんなのためになるんだ。すべては『例のあの人』をやっつけるためなんだーー」

「それなら手伝わせてくれ!」

ネビルが怒ったように言った

「僕たちも、それに加わりたいんだ!」

またしても背後で物音がして、ハリーは振り返った
途端に心臓が止まったような気がした
壁の穴をよじ登ってきたのはジニーだった
すぐ後ろにフレッド、ジョージ、リー・ジョーダンが続いていた
ジニーは、ハリーに輝くような笑顔を向けた

ハリーは、ジニーがこんなに美しいことを忘れていた
いや、これまで十分に気がついていなかった
しかし、ジニーを見て、これほど嬉しくなったこともない

「アバーフォースのやつ、ちょっといらついてたな」

フレッドは何人かの歓迎の声に応えるように手を挙げながら言った

「ひと眠りしたいのに、あの酒場が駅になっちまってさ」

ハリーはあんぐり口を開けた
リー・ジョーダンの後ろからハリーの昔のガールフレンドのチョウ・チャンが現れ、ハリーに微笑みかけた

「伝言を受け取ったわ」

チョウは偽ガリオン金貨を持った手を挙げ、マイケル・コーナーのほうに歩いていって、横に座った

「さあ、どういう計画だ、ハリー?」

ジョージが言った

「そんなものはない」

ハリーは急にこれだけの人間が現れたことに戸惑い、しかも傷痕の激しい痛みのせいで、状況が十分に消化しきれていなかった

「実行しながら、計画をでっち上げるわけだな?俺の好みだ」

フレッドが言った

「こんなこと、やめてくれ!」

ハリーがネビルに言った

「何のために、みんなを呼び戻したんだ?正気の沙汰じゃないーー」

「僕たち、戦うんだろう?」

ディーンが自分の偽ガリオン金貨を取り出しながら言った

「伝言は、こうだ。ハリーが戻った。僕たちは戦う!だけど、僕は杖が要るなーー」

「持ってないのか、杖をーー?」

シェーマスが何か言いかけた
ロンが突然、ハリーに向かって言った

「みんなに手伝ってもらったら?」

「えっ?」

「手伝ってもらえるよ」

ロンは、ハリーとロンの間に立っているハーマイオニーにしか聞こえないように、声を落として言った

「あれがどこにあるのか、僕たちには分かってない。早いとこ見つけないとだろ。みんなにはそれが分霊箱だなんて言う必要はないからさ」

ハリーはロンとハーマイオニーを交互に見た
ハーマイオニーがヒソヒソ声で言った

「ロンの言う通りだわ。私たち、何を探すのかさえ、わからないのよ。みんなの助けが要るわ」

ハリーがまだ納得しない顔がいると、ハーマイオニーがもうひと押しした

「ハリー、何もかも一人でやる必要はないわ」

傷痕が疼き続け、また頭が割れてしまいそうな予感の中で、ハリーは急いで考えを巡らした
ダンブルドアは、分霊箱のことはロンとハーマイオニー以外の誰にも言うなと警告した

ーーー‘’秘密と嘘をな。俺たちをそうやって育った。そしてアルバスには……天性のものがあった……ーーー

ハリーは、ダンブルドアになろうとしてしているのだろうか
秘密を胸に抱え、信用することを恐れているのか?
しかしダンブルドアは彼女とスネイプを信じた
その結果どうなった?

彼女は裏切り者ではないだろう
ずっと、ずっと苦しく、辛い人生を送ってきたのも間違いない
可哀想だと思った
あんな奴に出会ってしまったために、彼女の人生は狂わされた
だが、彼女は今でもあいつを愛している

だが、それとダンブルドアを殺したことは別だった

「わかった」

ハリーは二人に向かって小声で言った

その時、ハリーの傷痕がパックリ割れるように痛み、燃えるような熱さを持った

見えたのは、エメラルドグリーン地に銀の蛇がモチーフの寮章…
血みどろ男爵…
そして、アルウェンがこそこそとするように後ろを振り返り…何かを持っている…

ハリーは目を見開いて咄嗟にハリーとハーマイオニーを見た

二人は何かに気づいたのか、というように「ハリー、何を見たの?」とハーマイオニーが聞いた

「血みどろ男爵」

ハリーは口から出ていた

「え?」

「スリザリンの談話室に行かないといけない」

ハリーははっきりとした口調で言った
ロンとハーマイオニーは、その場でハリーを見たまま目をひん剥いた

その時

「ハリー、スリザリンの談話室に用があるの?」

ディーンが聞いた

ハリーは「あ、ああ」と歯切れ悪く答えた

「誰か!スリザリンの談話室に入る方法知ってる人いる?」

ハリーが止める前に、ディーンが「必要の部屋」の全体に呼びかけた

話し声が止み、近くにいる仲間に冗談を飛ばしていたフレッドとジョージもぴたりと静かになり、全体がざわざわとし、緊張し、興奮しているような顔で、黙った

「スリザリン?ハリー、スリザリンに用があるの?」

「どうしてだい?」

口々に疑問が飛び交う中、ハリーはもう半ば開き直って大きめの声で言った

「僕たちはある物を探してる。それはーー『例のあの人』を打倒する助けになるものだ。そして、その鍵がスリザリンの談話室にあるんだ」

「スリザリンの談話室に入れる方法を知ってるやついない?」

ハリーの言葉を引き継ぐようにロンが聞いた

沈黙が流れて、全員がお互いに顔を見合わせて気まずい顔をした
誰もが反対のような顔をしていた

スリザリンの生徒はここにはいない
協力を仰ごうにも、あのスリザリンだ

そんな中、鈴のような軽やかな声が響いた

「直接行けばいいんだよ。私なら入れるよ」

ルーナの声だった

はんとも微妙で重い空気が流れ、全員が、きっと、またラブグッドの変な発言が始まったと思った

だがその時、ハリーは傷痕が焼けるように痛んだ

一瞬、「必要の部屋」がぐらついてぼやけ、暗い大地がぐんぐん下に下がり、ヴォルデモートの怒りに燃え滾る激情を感じた

また飛び立ったのだ

地底湖か、ホグワーツ城へか…
ハリーにはわからなかった
どちらにしても、もう残された時間はほとんどない

「あいつが動き出した」

ハリーはロンとハーマイオニーにこっそり言った
ハリーはルーナを見て言った

「行こう」

ネビルとルーナが動き出した時、ハリーはロンとハーマイオニーにこっそり言った

「二人はここで待っていてくれ」


「こっちからだよ」

ネビルがハリーを呼んだ
ハリーが振り返って向かったその時、ハーマイオニーの引き止める声が聞こえた気がしたが、ハリーはそのままネビルの元に行った

ハリーは部屋の隅にきた
ネビルがそこにある小さな戸棚を開くと、急な階段に続いていた

「行き先が毎日変わるんだ。だからあいつらは、絶対に見つけられない」

ネビルが、ルーナとハリーが入る直前、言った

「ただ問題は、出ていくのはいいんだけど、行く先がどこになるのか、はっきりわからないことだ。ハリー、気をつけて。あいつら、夜は必ず廊下を見回っているから」

「大丈夫」

ハリーが答えた

「すぐ戻るよ」

ハリーとルーナは階段を急いだ

















2階に出たハリーとルーナ
ハリーはすぐさまルーナと自分に「透明マント」かぶせ、忍びの地図を取り出し、自分達の現在地を見て、スリザリンの寮がある地下に急いだ

ハリーは一度行ったことがあったので、道は迷わなかった
だが、ハリーが一番警戒したのはポルターガイストのピーブズだった
近づいてくる時のそれとわかる最初の物音を聞き逃すまいと、ひと足ごとに耳を澄ませた

地下牢の奥、湿った剥き出しの石が並ぶ壁に入口があった

ハリーは今更ながらに焦った
合言葉の存在をすっぽり忘れていた

だが、ルーナが横で、石の壁に向かって呟いた

すると、石の扉がするすると開き、談話室への道が開けた
ハリーは呆気に取られてルーナを見た

ルーナはふふんと自慢げな顔をしながら「前にね、あのお間抜けさんクラッブが洩らしてたんだ。偶然聞いちゃった」

ハリーは、今ほどクラッブの馬鹿さに感謝した時は化けた時以来だろうと思った


スリザリンの談話室には、人気がなく、細長い天井の低い地下室があった
壁と天井は荒削りの石造りで、丸い緑がかったランプが天井から吊るしてあった
談話室の窓は、ホグワーツの湖の水中に面し、窓からは巨大なイカが見えた
暖炉にも、椅子にも壮大な彫刻が施してある
暗い部屋だった

ハリーは「透明マント」から出て、談話室にある、蛇が絡みつくサラザール・スリザリンの石像の足元に刻まれているのを見た

「『偉大なる者の種よ、育まれん』」

「つまり、お前は愚か者だ。能無しめ」

ケタケタと甲高い魔女の声がした
ハリーは素早く振り向き、台座から滑り降りて床に立った

目の前に猫背のアレクト・カローの姿があった
ハリーが杖を上げる間もなく、アレクトがずんぐりした人差し指を、前腕の髑髏と蛇の焼印に押し付けた








指が闇の印に触れた途端、ハリーの額の傷痕が堪えようもなく痛んだ
星を散りばめた部屋が視界から消え、ハリーはどこまでも広がる不気味な湿地帯に立っていた
濃い霧が消え、心は勝利に躍ったーーー
小僧を捕らえた









バーン!という大きな音で、ハリーは我に返った
一瞬、自分がどこにいるのかもわからずハリーは杖を上げたが、目の前の魔女はすでに前のめりに倒れていた
倒れた衝撃の大きさに、ガラスの机ランプがチリチリと音を立てた

「あたし、DAの練習以外で誰かを『失神』させたの、はじめてだもン」

ルーナはちょっとおもしろそうに言った

「思っていたより、やかましかったかな」

確かにそうだった
地下室の奥でガタガタと言い出した
寝室に続く石壁の向こうから、慌ててかけてくる足音が、だんだん大きく響いてきた
ルーナの呪文が、上で寝ていたレイブンクロー生を起こしてしまったのだ

「ルーナ、どこだ?僕、『マント』に隠れないと!」

ルーナの両足がふっと現れた
ハリーが急いで側に寄り、ルーナが二人に「マント」を掛け直した時、石壁の向こうから寝巻き姿のスリザリンの生徒がどっと談話室に溢れ出た
アレクトが気を失って倒れているのを見て、生徒達は息を呑んだり、驚いたり、叫んだりしている
そろそろと寮生がアレクトを取り囲みながら近づいた
野蛮な獣は、スリザリンの生徒には寛容だったろうが、今にも目醒めて寮生を襲うかもしれない
その時、取り囲む生徒の中から、頭ひとつ身長の高い生徒二人が奥から「そこを退け」と言い、進み出てきた

ハリーはその凍てついたまでの声色で、誰かかわかった
だが、顔を見た途端、一瞬誰かはわからなかった
少し色素の薄いさらさらとした、耳にかかるほどの金髪が顔の半分を覆い、額や腕には包帯を巻いており、頬にはガーゼが貼ってある

セオドール・ノットだった
その隣には、同じく怪我で酷い有様のドラコ・マルフォイがいる
ネビルとどっこいどっこいの怪我だった

「セオドール」

ドラコが、隣にいるノットを肘で小突いた
ノットは、垂れ目がちな目を細めてアレクトを冷たく見下ろした

「いい気味だ。スリザリンの寮への侵入者だ」

セオドールが冷たく言った
他のスリザリンの生徒は同意しているのか、何も話さなかった
まるで、統制がとれているかのような静けさで、スリザリンの生徒達は、上級生のノットの言葉に意見しなかった

「下級生は寝室に戻れ。この分だとアミカスも来る」

ドラコが下級生達にそう言い、身長の低い下級生達はぞろぞろと黙って寝室に戻って行った
談話室には上級生達だけが残った
まるで、凍りついたような空気のスリザリンの寮生達の様子に、ルーナが囁いた

「スリザリンって、なぜか今学期に入ってから統制とれてるんだよ」

「うん……そう…みたいだね」

ハリーは目を閉じた
傷痕が疼く
ハリーはヴォルデモートの心の中に沈んでいくことにした…

トンネルを通り、最初の地底湖に着いた
こっちに来る前にサークレットの安否を確かめることにしたのだ…
しかし…それほど長くはかからないだろう……




談話室の石の扉の向こうから叫び声が聞こえた

「アレクト?アレクト?そこにいるのか?あいつを捕まえたのか?くそッ!なんで合言葉が変わってやがんだ!扉を開けろ!」

アレクトの兄、アミカスのものだとすぐわかる、下品な唸り声だった

「やはり来たか」

「セオドール、今あいつって言わなかったか?まさかーー」

「そんなこと、どうでもいいよ。スリザリンの談話室にあんな下劣な輩が足を踏み入れることがなければ、これがどうなろうが知ったことじゃない」

入口に向けて、冷ややかな目を向けながら、セオドールのドラコは言った
ハリーは、セオドールが別人かと思った
スリザリンの生徒達は、その場に佇み、囁き合ってセオドールを見た

セオドールは、上級生達の視線を受けて、死んだような目で言った

「知らないふりをしろ。自己保身だけを考えろ。『機知に富む才知』こそ、スリザリンが寮生に求める資質だ。これと同じレベルまで落ちるな。これは、スリザリンの恥晒しだ」

これといって足元に転がるアレクトを見下ろしながら言った
スリザリンの上級生達は、無言で力強く頷いた

ハリーは息を呑んだ
これが、自分の知っているあのセオドール・ノットか?と…

その場をまとめるセオドールの姿は、もはや統率者以外何者にも見えなかった

すると、何の前触れもなしに、石の扉に向けて銃を発射したような大きな音が立て続けに聞こえてきた

「アレクト!あの方が到着して、もし俺たちがポッターを捕まえていなかったら。ーーーゴイル一家の二の舞になりてぇのか?返事をしろ!」

アミカスは大声で喚いた
しかし、扉は現れないし、開かない
スリザリンの生徒達は、一歩後退った
いっそ扉を開けて、アミカスがこれ以上騒がないように「失神」させるべきではないかとハリーが迷っていると、扉の向こうでよく聞き慣れた別の声がした

「カロー先生、こんな夜更けに、何をなさっておいでですか?」

「このーークソッたれのーー扉からーー入ろうとしているんだ!合言葉が変わりやがった!」

アミカスが叫んだ
ハリーはセオドールが嘲笑うように口角を上げたのを見た

「ブラックを呼べ!あいつに開けさせろ!今すぐだ!」

「しかし、妹さんが中にいるのではありませんか?」

マクゴナガル教授が聞いた

「ブラック先生が、宵の口に、あなたの緊急な要請で妹さんをこの中に入れたのではなかったのですか?たぶん、妹さんが開けてくれるのでは?それなら城の大半の者を起こす必要はないでしょう」

「妹が答えねぇんだよ、この婆ぁ!てめぇが開けやがれ!さあ開けろ!今すぐ開けやがれ!」

「承知いたしました。ですが、もし本当に合言葉が変わっているのならば、開かないでしょう」

マクゴナガル教授が恐ろしく冷たい口調で言った
そして、合言葉の唱えた

案の定、開かなかった
向こうでアミカスが口汚い言葉でマクゴナガル教授を怒鳴りつける声が聞こえる

ブラックを呼んでこい、ブラックを呼んでこい!と叫んでいる

マクゴナガル教授が冷たい口調で、レギュラス呼びに行った

呼びにいく間も、アミカスは苛々して、少し恐怖して焦るようにもぶつぶつ扉に向かってアレクトを呼んで叫んでいる

そして、数十分か経った後、マクゴナガル教授がレギュラスを連れて戻ってきた声が聞こえてきた

「ブラック!早くここを開けろ!アレクトが中にいるのに答えがねぇんだ!てめぇ合言葉を変えやがったな!さっさっと開けろ!」

「こんな夜分に、随分な頼み方をされたものですね」

「貴様っブラック!調子に乗りやがって!いいからさっさっと開けろ!」

どうやら、アミカスは純血のレギュラスに、そこまで大きくでられないのは本当だったようだった

「いいでしょう」

レギュラスの声が響き、石の扉が現れゆっくり開いた
開いた途端、アミカスが杖を振り回して扉から飛び込んでくると、妹と同じように猫背のアミカスは、その青ぶくれの顔についている小さな目で床に大の字に倒れて動かないアレクトを見つけた
アミカスは怒りと恐れの入り混じった叫び声を上げた

「ガキども、何しやがった?」

アミカスが叫んだ

「誰がやったか白状するまで、全員『磔の呪文』にかけてやるーーそれよりも、闇の帝王が何とおっしゃるか?」

妹の上に立ちはだかって、自分の額を拳でバシッと叩きながら、アミカスが甲高い声で叫んだ

「やつを捕まえていねえ。その上ガキどもが妹を殺しやがった!」

「『失神』させられているだけですよ」

屈んでアレクトを調べていたマクゴナガル教授が、いらだちを抑えながら言った

その時、横でレギュラスがノットにちらっと視線を向け、ノットも目を合わせたのをハリーは見た

「妹さんは全く何ともありません」

「何ともねえもクソもあるか!」

アミカスが大声を上げた

「妹が闇の帝王に捕まったら、とんでもねえことにならぁ!こいつはあの方を呼びやがった!あの方のお気に入りのあいつとはわけがちげぇ!クソッたれ!俺の闇の印が焼けるのを感じた!あの方は、俺たちがポッターを捕まえたとお考えにならぁ!」

「ポッター?」

「ポッターを捕まえた?」

レギュラスとマクゴナガル教授の声が鋭くなった

「どういうことですか?『ポッターを捕まえた』とは?」

「あの方が、ポッターはスリザリンの寮に来るかもしれねぇって、そんでもって、捕まえたらあの方を呼ぶようにって、俺たちにそうおっしゃったのよ」

「ほぉう。ポッターがスリザリンの寮に?ポッターはグリフィンドールの所属だ。なぜ犬猿の間柄の寮に、わざわざ危険を冒してまで侵入するのかな?」

レギュラスが鋭く質問した

「ブラック先生の言う通りです。ハリー・ポッターが、なぜスリザリンの談話室に入ろうとするのです?ポッターは(わたくし)の寮生です!」

まさか、という驚きと怒りの声の中に、微かに誇りが流れているのを聞き取り、ハリーは胸の奥に、ミネルバ・マクゴナガルへの愛情がどっと湧いてくるのを感じた

「知るか!俺たちはポッターがここにくるかもしれねえ、と言われただけだ!」

カローが言った

「なんでもへったくれも、ねえ!」

すると、マクゴナガル教授は立ち上がり、キラキラした目で部屋を眺めて回した
ハリーとルーナの立っている、まさにその場所を、その目が二度行き過ぎた

「ガキどもになすりつけてやる」

アミカスの豚のような顔が、突然、狡賢くなった

「そうだとも、そうすりゃいい。こう言うんだ。アレクトは’’裏切り者の息子達’’に待ち伏せされた」

アミカスの目が、途端に、格好の獲物を見つけた下品な獣の目になった
目をつけられたセオドールの眉根には恐怖が広がり、皺が寄った
マルフォイは怯えと恐怖の滲んだ顔になった
アミカスは喉を鳴らすように嗤った

「そいでもって、こう言う。ガキどもが無理矢理妹に闇の印を押させた。だから、あの方は間違いの報せを受け取った……あの方はガキどもを罰する。なぁに、あの方の忌々しいお気に入りは邪魔しねぇだろ。ガキが二、三人減ろうが減るまいが、大した違いじゃねえ」

「真実と嘘との違い、勇気と臆病との違いにすぎません。それに子どもに罪はありません」

マクゴナガル教授の顔からすっと血の気が引いた

「我が寮の生徒に’’簡単に’’にやられるほど、君の妹は弱かった。と証明することになるな。闇の帝王はさぞ満足だろうね。無能な部下を持って」

レギュラスの刺々しい発言に、アミカスが目をひん剥いて勢いよく振り向いた

「なんだとブラック?今、妹を愚弄したのか?」

「我が寮の生徒に手出しさせると思うかな?スリザリンは誇りある寮だ。その狡猾さと機知に富む才知は、君にはないと断言しよう」

「言わせておけば貴様ぁ!!」

アミカスが背の高いレギュラスの胸ぐらを勢いよく掴んで背を向けた瞬間だった

「『クルーシオ(苦しめ)』」

ハリーの知る酷く冷たい声が聞こえた
アミカスの背中に閃光が当たり、死喰い人が浮き上がった
溺れるように空中でもがき、痛みに叫びながらジタバタした
それから、岩壁の正面に激突して、額から切り傷程度の血を流して、気を失ったアミカス

「少しは胸が晴れた」

セオドールが吐き捨てるように言った

「よくやったよ。目的のためなら手段を選ばない。それでこそ我が寮の生徒だ。Mrノット」

レギュラスは襟を正して、呪文を当てた本人に向き直った
マクゴナガル教授は信じられない顔で、レギュラスとノットを交互に見た

「いいえ、先生のおかげです。タイミングを作ってくださり助かりました」

「ブラック先生…今のは…今ーー…Mrノットーーも」

マクゴナガル教授が驚いたようにレギュラスに聞いた
レギュラスは答えようとした

その時、ハリーは今だと思い「透明マント」を脱いだ

「マクゴナガル先生」

その時、談話室の空気がざわめいた

「ポッター…」

その顔を見た途端、レギュラスが呟いた

「ポッター!なんでここにいる!?」

マルフォイが、幽霊でも見たかのように、指差して叫んだ
ノットは、忌々しいとばかり「ポッター…」と呟いた
スリザリンの生徒達は、ざわついている

「ポッター!」

マクゴナガル教授が、胸元を抑えながら小声で言った

「ポッター、ーーーあなたがここに!いったいーー?どうやってーー?」

マクゴナガル教授は落ち着こうと必死だった
だが、先に、レギュラスがマクゴナガル教授の肩に手をついて、ハリーの前に進み出て見下ろした

「君が来たということは、機は熟したんだね?あの子の言った、「信じて待て」とはこういうことだったのか?」

ハリーは、答えなければならない気がした

「はい。その通りです。先生。マクゴナガル先生、ブラック先生」

ハリーはもう一度名前を呼んだ
二人はハリーを信じられない気持ちで見た

「ヴォルデモートがやって来ます」

「あら、もうその名前を言ってもいいの?」

ルーナが「透明マント」を脱ぎ捨てて、面白そうに聞いた
二人目の反逆者の出現に圧倒され、マクゴナガル教授はよろよろと後退りしそうになった
それを、レギュラスの手が丁寧に支えた

「ありがとうございます…ブラック先生」

「あいつを何と呼ぼうが、同じことだ」

ハリーがルーナに言った

「あいつはもう、僕がどこにいるのかを知っている」

ハリーの頭のどこか遠いところでーー焼けるように激しく痛む傷痕に繋がっているその部分で、ハリーはガラス製のような透明な小舟に乗ってどこまで透けた美しい、死体が敷き詰められている地底湖を急ぐヴォルデモートの姿を見ていた…

あの石の水盆が置いてある小島に、間もなく到着する…

「逃げないといけません」

マクゴナガル教授が囁くように言った
だが、ハリーが否定するより早くレギュラスがハリーに目を鋭くさせて質問した

「ポッター、あの子はどこだ」

「あいつと共にいます」

「!」

ハリーが、レギュラスの目を見て強く言った
睨み合うような二人の間に、マクゴナガル教授が入ってきた

「レギュラス先生、今はポッターを逃さなくては!さあ、ポッター!できるだけ急いで!」

「それはできません」

ハリーが言った

「僕にはやらなければならないことがあります。先生、血みどろ男爵が、どこいるかご存知ですか?」

ハリーは部屋の全員を見回すように聞いた

「血みどろ男爵だと?」

レギュラスが聞いた

「血みどろ男爵は、基本的にスリザリンの寮付きゴーストです。現れるでしょう。それよりも、ポッター、この城に入るなど、狂気の沙汰です。まったく狂気としかーー」

「そうしなければならなかったんです」

ハリーが言った

「先生、この城に隠されている何かを、僕は探さないといけないんです。それは髪飾りかもしれないーーレギュラス先生、早く血みどろ男爵をーー」

何かが動く物音
アミカスが息を吹き返したのだ

レギュラスやハリー、ルーナが行動するより早く、マクゴナガル先生が立ち上がって、ふらふらしている死喰い人に杖を向けて唱えた

「『インペリオ!(服従せよ)』」

アミカスは立ち上がって妹のところへ歩き、杖を拾って、ぎこちない足取りで従順にマクゴナガル教授に近づくや、妹の杖と一緒に自分の杖も差し出した
それが終わると、アレクトの隣に横たわった

マクゴナガル教授が再び杖を振ると、銀色のロープがどこからともなく光ながら現れ、カロー兄妹にくねくねと巻きついて二人一緒にきつく縛り上げた

「ポッター」

マクゴナガル教授は、囚われの身になったカロー兄妹のことなど、物の見事に無視して、再びハリーの方を向いた

「もしも『名前を言ってはいけないあの人』が、あなたがここにいると知っているならーー」

その言葉終わらないうちに、痛みにも似た激しい怒りがハリーの体を貫き、傷痕を燃え上がらせた
その瞬間、ハリーは石の水盆を覗き込んでいた
薬が透明になり、その底に安全に置かれているはずの彼女を飾り立てるサークレットがーーー



ない




「ポッター、大丈夫ですか?」

その声でハリーは我に返った
ハリーはルーナの肩に捕まって体を支えていた

「時間がありません。ヴォルデモートがどんどん近づいています。先生、僕がダンブルドアの命令で行動しています。ダンブルドアが僕に見つけてほしかったものを、探し出さなければなりません!でも、僕がこの城の中を探してる間に、生徒達を逃がさないといけませんーーヴォルデモートの狙いは僕ですが、行きがけの駄賃にあと何人殺すことになっても、あいつは気にも止めないでしょう。今となってはーー」


「僕が分霊箱を攻撃していると知った今となっては」とハリーは心の中で文章を完結させた

「あなたはダンブルドアの命令で行動していると?」

マクゴナガル教授は、はっとしたような表情で繰り返し、すっと背筋を伸ばした

「『名前を言ってはいけないあの人』から、この学校を守りましょう。あなたが、そのーーその何かを探している間は」

「できるのですか?」

「そう思います」

マクゴナガル教授は、あっさり言ってのけた

「先生方は知っての通り、かなり魔法に長けています。全員が最高の力を出せば、しばらくの間は『あの人』を防ぐことはできるに違いありません。もちろん、スネイプ教授については、何とかしなければならないでしょうがーー」

「それは、僕がーー」

「ーーそして、闇の帝王が校門の前に現れ、ホグワーツがまもなく包囲されるという事態になるのであれば、無関係の人間をできるだけ多く逃すのが、賢明というものでしょう。しかし、煙突飛行ネットワークは監視され、学校の構内では『姿現わし』も不可能となればーー」

「手段はあります」

ハリーが、この場にクラッブとゴイルがいないことをマルフォイ達に急いで聞いて確認し、ホッグズ・ヘッドに続く通路のことを説明した

「ポッター、何百人という数の生徒の話ですよーー」

「わかっています、先生。でも、もしヴォルデモートと死喰い人が、学校の境界周辺に注意を集中していれば、ホッグズ・ヘッドから誰が『姿くらまし』しようが、関心を払わないと思います」

「たしかに一理あります」

マクゴナガル教授が同意した
横にはレギュラスによって空中に吊り上げれた醜い深海生物のようなカロー兄妹がいた

レギュラスは何やらノットとマルフォイと話している

「さあ、ほかの寮監に警告を出さねばなりません。あなたたちは、また『マント』を被った方がよいでしょう。レギュラス先生、スリザリンの生徒達をお願いできますか?」

マクゴナガル教授がレギュラスに向かって言った

「ええ、お任せください。少なくともここにいる彼らは、数年前と違い、確かに正しい知識と良識を培った子達です。『あの人』に組みするようなことはしないでしょう。彼らは誇り高いスリザリンの精神を間違えてはいない」

レギュラスは、スリザリンの生徒達を見回して誇らしげに言った
生徒達の目つきはいっそ傲慢ともいえるだろうが、そのどれもが信じてみてもよいと思えるものだった

「ポッター」

ハリーが行こうとした時、ノットが声をかけてハリーを引き留めて、進み出た

「なんだ、ノット?マルフォイ?」

「聞きたいことがある。『アルウェン』という名前に心当たりは?」

ハリーは動揺しまいとしていたが、思わず目を見開いた
ノットから聞くはずもない名前が出てきたからだ

「僕たちも暇を持て余して逃げていたわけじゃない。ここに戻ってくる前、ユラに会った」

ノットはハリーにだけ聞こえるように、小声で淡々と続けた

「『名前を言ってはいけないあの人』は、ユラを『アルウェン』と呼んだ」

「ポッター、お前は知ってても何も話すつもりはないんだな?」

唐突にマルフォイがハリーに聞いた
その表情は、苦渋に満ちていた

「ない」

ハリーは即答した

「なら、お前にこれを渡しておく。きっと、これ以上、僕が持っていても意味のないものだ。何を探してるから知らないし、知りたくもないが、それがユラを取り戻すために必要なことなんだろう?」

ハリーは断言できなかった
だが、ノットはそれを肯定と受け取ったようで、ハリーに古びた封筒を差し出した

「これは?」

「寮のユラの部屋で見つけた。差出人は『アルウェン』宛名は『ルベル』。どちらも苗字はない」

ノットが簡潔に言った
ハリーは急いで手紙を開いて目を通した
読んでいくうちに、目を見開いた

「何年も前に書かれたものだ。経緯は省くが、『例のあの人』は、なぜかユラのことをそこにある名前で呼んでいたのを聞いた」

「ポッター、お前、最近彼女に会ったか?」

マルフォイの質問にハリーは「会ったけど、どうして?」と聞いた

「それなら、僕たちがユラに会ったのはその後だ。なあ、ポッター。僕たちは、お前にユラのことを理解してほしいなんて思ってないし思いたくもない。だが、これだけは知っておけ。ユラは、ホグワーツが始まった時から、お前の肩を持っていた。お前が疑われた時、いつだってーー」

マルフォイが言った
そして、その言葉を引き継ぐやつにノットが口を開いた

「いつだって、ユラは冷静に俯瞰して物事を見ていた。だから、その度に、お前への批判が寮で出るたび、お前に非がないことを僕たちに説明した。ーーここいる奴らは、大なり小なり、ユラに良識と知識を教えられたやつらだ。お前がユラを恨むのは勝手だがな、僕たちの前で二度と彼女を侮辱するようなことを言うなっ。肝に銘じておけ」

ノットが苦虫を噛むような、絞り出した声で言った
談話室にいたスリザリンの生徒達を、ハリーはもう一度見回した
一人一人に、苦く、重い何かを抱える顔つきがあった
ハリーは、よく見ればここにいる上級生達のほとんどが、彼女が学校にいた頃、マルフォイやノット達の近くにいて、時々話していた生徒達だと思い出した

「ユラは僕たちが助ける。お前はお前のやるべきことをやりに行け。『選ばれし者』なんだろ。ここにいる奴らの中には、両親が死喰い人のやつもいる。’’それぞれに事情がある’’。お前達の英雄ごっこに付き合う義理はない。だけど邪魔するつもりもない。期待はするな。僕たちは最後まで自己保身を優先する」

マルフォイがそう言い、ノットがハリーの胸ぐらを掴んで苦しそうな顔で言った

ハリーは…ノットに攻撃の意思が見受けられなかったので、抵抗しなかった
ノットのさらさらとした色素の薄い金髪がハリーの眼鏡かかる
痛々しい怪我が、紫色に変色しているのが見える

「お前のように、皆が皆な、親に恵まれているわけじゃないっ。どんなクソ野郎でも、親は親だっ。決別しなければならないことがどれだけの覚悟がいることか、お前にはわからないだろうっ。だから邪魔をするなっ。僕たちと、あいつらを責めるなっ」

ハリーは、ノットの絞り出したような、聞いたこともないほど意志の篭った力強い言葉に、目を見開いて強い目で見返した

「行けっ」

ノットは胸ぐらを掴んでいた手を、軽く突き飛ばすように放し、背を向けた

ハリーは「ありがとう」と、

それだけノットの背中に向かって言って、待っているマクゴナガルの元に走った










ハリー、ルーナは「透明マント」に隠れて、廊下を歩くマクゴナガル教授の後を追った
三人は二階に降りた時、もうひとつのひっそりした足音を聞きつけた
「忍びの地図」を出そうと首から下げた巾着に触れたが、その前に、マクゴナガル教授も誰かがいることに気づいたようだった
立ち止まって杖を上げ、決闘の体勢を取りながら、マクゴナガル教授が言った

「そこにいるのは誰です?」

「我輩だ」

低い声が答えた
甲冑の陰から、セブルス・スネイプが歩み出た
その姿を見た途端、ハリーの心に憎しみが煮えたぎった
スネイプの犯した罪の大きさにばかり気を取られていたハリーは、スネイプの姿を見るまで、その外見と特緒を思い出しもしなかった
ねっとりした黒い髪が、細長い顔の周りにすだれのように下がっているこも、暗い目が、死人のように冷たいことも忘れていた
スネイプは寝巻き姿ではなく、いつもの黒いマントを着て、やはり杖を構え、決闘の体勢を取っていた

「カロー兄妹はどこだ?」

スネイプが静かに聞いた

「あなたが指示した場所だと思いますね、セブルス」

マクゴナガル教授が答えた
スネイプはさらに近づき、その視線はマクゴナガル教授を通り越して、素早く周りの空間に走っていた
まるでハリーがそこにいることを知っているかのようだ
ハリーも杖を構え、いつでも攻撃できるようにした

「我輩の印象では」

スネイプが言った

「アレクトが侵入者を捕らえたようだったが」

「そうですか?」

マクゴナガル教授が言った

「それで、なぜそのような印象を?」

スネイプは左腕を軽く曲げた
その腕に、闇の印が刻印されているはずだ

「ああ、当然そうでしたね」

マクゴナガル教授が言った

「あなた方死喰い人が、仲間内の伝達手段をお持ちだということを、忘れていました」

スネイプは聞こえないふりをした
その目はまだマクゴナガル教授の周りを隈無く探り、まるで無意識のように振る舞いながら、次第に近づいてきた

「今夜廊下を見回るのが、あなたの番だったと知りませんでしたな、ミネルバ」

「異議がおありですか?」

「こんな遅い時間に起き出して、ここに来られたのは何故(なにゆえ)ですかな?」

「何か、騒がしい物音が聞こえたように思いましたのでね」

マクゴナガル教授が言った

「はて?平穏そのもののようだが」

スネイプはマクゴナガル教授の目をじっと見た

「ハリー・ポッターを見たのですかな、ミネルバ?何とならば、もしそうなら、我輩はどうあってもーー」

マクゴナガル教授は、ハリーが信じられないほど素早く動いた
その杖が
(くう)を切り、ハリーは一瞬、スネイプが気絶してその場に崩れ落ちたに違いないと思った
しかし、スネイプのあまりにも敏速な盾の呪文に、マクゴナガルは体勢を崩していた
マクゴナガルが壁の松明に向けて杖を振った
松明が腕木から吹き飛び、まさにスネイプに呪いをかけようとしていたハリーは、落下してくる炎からルーナを庇って引き寄せなければならなかった
松明は火の輪になって廊下一杯に広がり、投げ縄のようにスネイプ目掛けて飛んだーー

次の瞬間、火はもはや火ではなく、巨大な黒い蛇となった
その蛇をマクゴナガルが吹き飛ばし、煙に変えた
煙は形を変えて固まり、あっという間に手裏剣の雨となってスネイプを襲った
スネイプは甲冑を自分の前に押し出して、辛うじてそれを避けた
手裏剣はガンガンと音を響かせ、次々と甲冑の胸に刺さったーー

「ミネルバ!」

キーキー声がした
飛び交う呪文からルーナを庇いながらハリーが振り返ると、寝巻き姿のフリットウィック先生とスプラウト先生が、こちらに向かって廊下を疾走してくるところだった
その後ろから、スラグホーン先生が巨体を揺すり、あえぎながら迫ってきた
ハリーは、最後に観たスラグホーンにあまりにも良い印象がなかったため、思わず顔を歪めた

「やめろ!」

フリットウィックが、杖を上げながらキーキー声で叫んだ

「これ以上、ホグワーツで人を殺めるな!」

フリットウィックの呪文が、スネイプの隠れている甲冑に当たった
すると甲冑がガチャガチャ動き出し、両腕でスネイプをガッチリ締め上げた
それを振り解いたスネイプが、逆に攻撃者達に目掛けて甲冑を飛ばせた
ハリーとルーナが、横っ跳びに飛んで伏せた途端、甲冑は壁に当たって大破した
ハリーが再び目を上げた時には、スネイプは一目散に逃げ出し、マクゴナガル、フリットウィック、スプラウトが凄まじい勢いで追跡していくところだった

スネイプは教室のドアから素早く中に飛び込み、その直後に、ハリーはマクゴナガルの叫ぶ声を聞いた

「臆病者!」




「どうなったの?どうなったの?」

ルーナが聞いた
ハリーはルーナを引きずるようにして立たせ、二人で「透明マント」を靡かせながら廊下を走って、教室に駆け込んだ
だらんとした教室の中で、マクゴナガル、フリットウィック、スプラウトの三人の先生が、割れた窓のそばに立っていた

ハリーはスネイプが飛んでいったのだとわかった

急に現れたハリーを見て、フリットウィックとスプラウトが、驚きの叫びを上げるのも聞き流して、ハリーは窓際に駆け寄った

「スネイプは逃げたんですか?」

「ええ、ご主人様のもとに向かったんでしょう」

学校の境界を仕切る塀に向かって闇を飛んでいく、巨大な蝙蝠のような姿が遠くに見て、ハリーは背筋が寒くなった
背後で重い足音がした
スラグホーンが、ハァハァと息を弾ませて現れたところだった

「ハリー!」

エメラルド色の絹のパジャマの上から、巨大な胸を摩り、スラグホーンがあえぎあえぎ言った

「なんとまぁ、ハリー……これは驚いた………ミネルバ、説明してくれんかね……セブルスは………いったいこれは……?」

ハリーは今はスラグホーンを視界に入れたくなかった
彼女の記憶による影響だとわかっていたが、勢いでスラグホーンを責めるようなことを言いたくなかったのだ

それくらい、ハリーは彼女が受けてきた不当な、不幸な運命の怒りをどこにぶつければいいかわからなかったからだ
どこにもぶつけようのない怒りだった


「校長はしばらくお休みです」 

窓のあいたスネイプの形をした穴を指しながら、マクゴナガル教授が言った

「先生!」

ハリーは額に両手を当てて叫んだ
亡者のうようよしている湖が足元を滑っていくのが見え、透明なガラス製の小舟が美しい地底湖の岸辺にぶつかるのを感じた
とんでもない殺意に満ちて、ヴォルデモートが舟から飛び降りたーー

「先生、学校にバリケードを張らなければなりません。あいつが、もうすぐやって来ます!」

「わかりました。『名前を言ってはいけないあの人』がやって来ます」

マクゴナガル教授が他の先生方に言った
スプラウトとフリットウィックは息を呑み、スラグホーンは低くうめいた

「ポッターはダンブルドアの命令で、この城でやるべきことがあります。ポッターが必要なことをしている間、私たちは能力の及ぶかぎりのあらゆる防御を、この城に施す必要があります」

「もちろんおわかりだろうが、我々が何をしようと『例のあの人』をいつまでも食い止めておくことはできないのだが?」

フリットウィックが、キーキー声で言った

「それでも、しばらくは止めておくことはできるわ」

スプラウト先生が言った

「ありがとう、ポモーナ」

マクゴナガル教授が言った
そして二人の魔女は、真剣な覚悟の眼差しを交わし合った

「まず、我々がこの城に、基本的な防御を施すことにしましょう。それから生徒達を大広間に集めます。大多数の生徒は、避難しなければなりません。もし、成人に達した生徒が残って戦いたいと言うなら、チャンスを与えられるべきだと思います」

「賛成」

スプラウト先生は、もうドアの方に急いでいた

「二十分後に大広間で、私の寮の生徒と一緒にお会いしましょう」

スプラウト先生は小走りでドアの外に姿を消したが、ブツブツ呟く声が聞こえた

「『食中蔓』『悪魔の罠』それにスナーガラフの種……そう、死喰い人が、こういうものと戦うところを拝見したいものだわ」

「私はここから術をかけられる」

フリットウィックが言った
窓まで背が届かず、ほとんど外が見えない状態で、フリットウィックは壊れた窓越しに狙いを定め、極めて複雑な呪文を唱え始めた
ハリーはザワザワという不思議な音を聞いた
それはまるで、フリットウィックが風の力を校庭に解き放ったかのようだった

「フィリウス、レイブンクロー生と一緒に、大広間でお会いしましょう。その前にレギュラス先生に伝言を送らねばなりませんね」

マクゴナガル教授はそう言うと、守護霊を出しながら伝言のために放ち、ハリーとルーナに従いてくるようにと手招きした

三人がドアのところまで来た時、スラグホーンがゆっくりと喋り出した

「何たることだ…」

スラグホーンは、汗だらけの青い顔にセイウチのような髭を震わせて、あえぎながら言った

「何たる騒ぎだ!果たしてこれが賢明なことかどうか、ミネルバ、私には確信が持てない。いいかね、『あの人』は、結局は進入する道を見つける。そうなれば、『あの人』を阻もうとした者は皆、由々しき危険に晒されるーー」

「あなたもスリザリン生も、二十分後に大広間に来ることを期待します」

マクゴナガル教授が言った

「ここを去ると言うのなら、止めはしません。しかし、もし、スリザリン生の誰かが、抵抗運動を妨害したり、この城の中で武器を取って我々に歯向かおうとするなら、ホラス、その時は、我々は死を賭して戦います」

「ミネルバ!」

スラグホーンは肝を潰した

「少なくとも、レギュラス先生以下、スリザリン寮の生徒の一部は、旗幟を鮮明にしました。スリザリン寮の掲げる精神の真の意味を証明しようとしています」

マクゴナガル教授が、何か言おうとするスラグホーンを遮って言った

そして、ハリーも一言だけ、スラグホーンの背中を押すつもりで言った
じっと見て言った

「スラグホーン先生、『ナギニ』は、あいつを止めようと、自ら死を選んだ」

その瞬間、スラグホーンは弾かれたように、大きな目を限界まで開き、酷いショックを受けたような愕然とした顔をした
肩を落として、大きな巨体を震わせた

この話は、ハリーとスラグホーンにしかわからない

ハリーは、耳を、目を塞ぎたくなる…彼女の最後の瞬間が、脳裏にちらついた


ーーー「あなたに会いたかった………抱きしめたかった…」ーーー


ハリーは目頭が熱くなった
必死に堪えた

彼女はお腹の子どもを、確かに愛していた
抱きしめたいと願っていた…
大切に、幸せにしたいと…


ーーーー「ごめんなさいっ……」ーーーーー


守れない弱い自分を許してくれと…
殺人を犯し…許されないことをしてきた自分を罰してくれと…


無念というにはあまりに弱々しく

真実というにはあまりに残酷で

もしーーもし、スラグホーンが彼女にも目をかけていれば…すこしでも気にかけていれば…
何か変わったかもしれない…

ハリーはその思考をすぐに追い払った
スラグホーンに罪はない
責める権利もないのだ





ハリーは、まだぶつぶつ言っているスラグホーンを無視して、その場を去り、ルーナと二人でマクゴナガル教授のあとを走った
教授は廊下の真ん中で体勢を整え、杖を構えた

「ピエルトータムーーーああ、何たること!フィルチ、こんな時にーー」

年老いた管理人が、わめきながらひょこひょこ現れたところだった

「生徒がベッドを抜け出している!生徒が廊下にいる!」

「今はそうすべき時なのです、この救いようのないバカ!」

マクゴナガルが叫んだ

「さあ、何か建設的なことをなさい!ピーブズを見つけてきなさい!」

「ピーピーブズ?」

フィルチは、そんな名前は初めて聞くというように言い淀んだ

「そうです。ピーブズです、このバカ者が!この四半世紀というもの、ピーブズのことで文句を言い続けてきたのではありませんか?さあ、捕まえにいくのです。すぐに!」

フィルチは明らかにマクゴナガル教授が分別を失ったと思ったらしかったが、低い声でブツブツ言いながら、背中を丸めてひょこひょこ去っていった



「では、いざーーー『ピエルトータム ロコモーター!(すべての石よ、動け)』」



マクゴナガル教授が厳かな声で叫んだ
すると、廊下中の像と甲冑が台座から飛び降りた
上下階から響いてくる衝撃音で、ハリーは、城中の仲間が同じことをしたのだとわかった

「ホグワーツは脅かされています!盾となり守りなさい!学校への務めを果たすのです!」

マクゴナガル教授の声は、若干震えていたが、堂々としていた













騒々しい音を立て、叫び声を上げながら、動く像達は雪崩を打ってハリーの前を通り過ぎた
小さい像も、実物より大きい像もあった
動物もいる
甲冑は、鎧をガチャガチャ言わせながら、剣なら棘のついた鎖玉やらを振り回していた

「さて、ポッター」

マクゴナガルが言った

「あなたとMsラブグットは、友達のところに戻り、大広間に連れてくるのですーー私はほかのグリフィンドール生を起こします」

次の階段の一番上でマクゴナガル教授と別れ、ハリーとルーナは「必要の部屋」に隠された入口に向かって走り出した
途中で、生徒達の群れに出会った
大多数がパジャマの上に旅行用のマントを着て、先生や監督生達に導かれながら大広間に向かっていた

「あれはポッターだ!」

「ハリー・ポッター!」

「彼だよ、間違いない、僕、いまポッターを見たよ!」

しかしハリーは振り向かなかった
そしてやっと「必要の部屋」の入口に辿り着き、魔法のかかった壁に寄り掛かると、壁が開いて二人を中に入れた
ハリーとルーナは、急な階段を駆け下りた

「うわーー?」

部屋が見えた途端、ハリーは驚いて階段を二、三階踏み外した
満員だ
部屋を出た時より、さらに混み合っている
キングスリー、マッドアイ、ルーピンが、そしてハリーがずっと会いたかった家族、シリウスかハリーを見上げていた
後ろを見れば、オリバー・ウッド、ケイティ・ベル、アンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、ビルとフラー、それにウィーズリー夫妻も見上げている

そして、穏やかな垂れ目が特徴的な彼ーールーディン・ポンティもフレッドとジョージと分け合いあいと話していたのが、ハリーを見上げていた

「シリウス!」

「ハリー!」

ハリーは、にべもなくシリウスに抱きついた
シリウスはハリーをしっかりと抱きしめた

「ハリーっ!無事でよかった!本当に!」

シリウスの少し掠れた声が耳元で聞こえた
ハリーは胸がじんわりと温かくなった

「ハリー、何が起きてるんだ?」

寄ってきたルーピンが聞いた

「ヴォルデモートがこっちに向かっているんだ。先生方が学校にバリケードを築いているーーースネイプは逃げたーー」

「スニベルス!あの臆病者の卑怯者が!」

シリウスが憤った
ハリーはそれを無視して聞いた

「みんな、なんでここに?どうして分かったの?」

「俺たちがダンブルドア軍団のほかのメンバー全員に、伝言を送ったのさ」

フレッドが説明した

「こんなおもしろいことを、見逃すやつはいないぜ、ハリー。それで、DAが不死鳥の騎士団に知らせて、雪だるま式に増えたってわけだ。ルーディンさんも来てくれたぜ」

フレッドが説明して、なぜか馴れ馴れしく肩を組んでいたルーディンを紹介した
後ろでアーサーが「こら、フレッド。失礼だろう」と注意していた

「やあ、Mrポッター、あの時は取り乱してすまないね。君は私を助けようとしてくれたのに、お礼も言っていなかった」

ルーディンは、どう見ても前より隈が濃かったが、前より正気(せいき)があった
ハリーは、ルーディンに「そんな、お礼なんて言われる資格はありません。僕のせいでっ」と、あの時の血を流した彼女の姿を思い出して、ハリーは途端に真っ青になった

そんなハリーに、ルーディンは優しい声をかけた

「君は私を助けてくれた。それが事実だ。お願いだから、それで納得していてくれ」

これ以上。この問答をしたくないというルーディンの懇願のように思えたハリーは、従うことにした

「で、何から始める、ハリー?」

ジョージが声をかけた

「何が起こっているんだ?」

「小さい子達を避難させている。全員が大広間に集まって準備している」

ハリーが言った

「僕たちは戦うんだ」

ウォーッと声が上がり、みんなが階段下に押し寄せた
全員が次々とハリーの前を走り過ぎ、ハリーは壁に押し付けられた
不死鳥の騎士団、ダンブルドア軍団、ハリーの昔のクィディッチ・チームの仲間、みんなが交じり合い、杖を抜き、城の中へと向かっていた

一気に人が出ていき、「必要の部屋」にはひと握りの人間だけが残った
ハリーもその中に加わった

その中に、キングスリーと話していた目を移して、ハリーの前に進み出た人物がいた
見たことのある寝癖のように少し跳ねた明るい茶髪をもった、ココナッツブラウン色のローブを着た男…


バーント・アンバーソンだった

魔法省に忍び込むときに手を貸してくれた

「君がハリー・ポッターだな」

「あ、はい。あの…あの時はーー「はて、私は君とは初対面だが?」

ハリーは「ありがとうございます」と言おうとした
だが、アンバーソンは口元をニヤリとさせて溌剌とした目を細めてハリーを見た

「ルーディンが世話になったようだから、礼を言おうと思っただけだ。ここに来たのもルーディンが来ると聞かなかったからだ」

簡潔に説明したアンバーソンに、ハリーは彼の意図を読んだ
双子に絡まれるルーディンを引っ張り肩を組んで、侮れない笑顔で言ったアンバーソンに、ハリーは正直この人は苦手だ…と思った

「おい、バーント。言い方を考えろ。お前はいつもそうだ」

ルーディンがアンバーソンを軽く小突いた
アンバーソンは、ハリーに向けた笑顔とは違う、子どものような悪戯っぽい笑顔を向けて「すまない、すまない。外交官としての態度が板についてしまっているんだ。ま、兎に角、ハリー・ポッター。礼を言うぞ。俺の親友を助けてくれてありがとう」

バーントは、ハリーに手を差し出した
ハリーは手を出して、二人はひとつ握手して
二人は行った

ハリーは、なんとなく変な二人だと思わずにいられなかった
特に、アンバーソンが
ルーディンの前では、アンバーソンはまるで大きな子どものようだった

そんな中、ハリーがキングスリーと話しているマッドアイに話しかけようとした時

「あなたは、まだ未成年よ!」

ウィーズリーおばさんの悲鳴じみた声が響いた
声をした方を見ると、ウィーズリーおばさんとジニーが言い争っていた
その周りに、ルーピン、シリウス、フレッド、ジョージ、ビル、フラーがいる

「落ち着けモリー。ジニーにもジニーの覚悟が…」

シリウスがモリーを宥めようと声をかけたが…

「あなたは黙っていなさい!うちの娘とあなたを一緒にしないでください!」

怒れるウィーズリー夫人に、ぴしゃりと跳ね除けられ、シリウスは降参とばかりに直ぐに両手を挙げて、瞬く間に押し黙った
ハリーは少し面白かった
それを見て、ルーピンもシリウスの肩に手をおいて、言わんこちゃないと言わんばかりに慰めていた

ハリーが近づいた時、ウィーズリーおばさんが娘に向かって怒鳴っていた

「私が許しません!息子たちは、いいわ。でもあなたは、あなたは家に帰りなさい!」

「いやよ!」

ジニーは髪を大きく揺らして、母親にがっしり握られた腕を引き抜いた

「私はダンブルドア軍団のメンバーだわーー」

「ーー未成年のお遊びです!」

「その未成年のお遊びが、『あの人』に立ち向かおうとしてるんだ。ほかの誰もやろうとしないことだぜ!」

フレッドが言った

「この子は十六歳です!」

ウィーズリーおばさんが叫んだ

「まだ年端も行かないのに!あなた達二人は一体何を考えているのやら、この子を連れてくるなんてーー」

フレッドとジョージは少し恥じ入った顔をした

「ダンブルドアがあの子を入れたから勘違いしたのねーー」

ウィーズリーおばさんがぼそぼそと言った

「ママが正しいよ、ジニー」

ビルが優しく言った

「お前には、こんなことをさせられない。未成年の子は全員去るべきだ。それが正しい」

「私、家になんか帰れないわ!」

目に怒りの涙を光らせて、ジニーが叫んだ

「家族みんながここにいるのに、様子もわからないまま家で一人で待っているなんて、耐えられない!それにーー」

ジニーの目が、初めてハリーの目と合った
ジニーは縋るようにハリーを見たが、ハリーは首を横に振った
それを見ていたシリウスは、眉を下げて仕方がなさそうな顔をした
ジニーは悔しそうに顔を背けた

「いいわ」

ホッグズ・ヘッドに戻るトンネルの入口を見つめながら、ジニーが言った

「それじゃ、もう、さよならを言うわ、そしてーー」

慌てて走ってくる気配、ドシンという大きな音がした
トンネルによじ登って出てきた誰かが、勢い余って倒れていた
いちばん手近の椅子に縋って立ち上がり、その人物は、ずれた
角縁(つのぶち)メガネを通して周りを見回した

「遅すぎたかな?もう始まったのか?たった今知ったばかりで、それで僕ーー僕ーー」

パーシーは口籠って黙り込んだ
家族のほとんどがいるところに飛び込むとは、予想もしてなかったらしい
驚きのあまり長い沈黙が続き、やがてフラーがルーピンに話しかけた
緊張を和らげようとする、突拍子もない見え透いた一言だった

「それでーーちーさなテディはお元気でーすか?」

ルーピンは不意を突かれて目をぱちくりさせた
ウィーズリー一家に流れる沈黙は、氷のように固まっていくようだった

「私はーーああ、うん、あの子は元気だ!」

ルーピンは大きな声で言った

「ハリー。少し話があるんだが、いいか?」

今度はシリウスが、ハリーに向かって顎を少ししゃくって頭を部屋の隅の方に傾けて誘導した
気まずそうな顔をしている

ハリーはとりあえずシリウスの指示に従った

そして、ウィーズリー一家から離れて部屋の隅にきたところで、シリウスは小声で「妹はヴォルデモートの元にいるんだな?」と聞いた

ハリーは無言で頷いた
シリウスは難しい顔をした

「ハリー、妹は、君の言う通りダンブルドアを殺した。君にとって本当にショックだったろうと思う…だが、それでもーー」

ハリーはシリウスが言う前に言った

「それでも、シリウスの妹だ。それに、味方だ。きっと」

キッパリと言ったハリーに、シリウスは大きく目を見開いて、次には目尻の皺を和らげた
ハリーの言葉に、もう何も聞くことはないようだった

その時、パーシーの吠えるような声が響いた

「僕はバカだった!」

シリウスとハリーは、驚いてパーシーの方を振り向いた

「僕は愚か者だった、気取った間抜けだった。僕は、あのーーあのーー」

「魔法省好きの、家族を棄てた、権力欲の強い、大バカヤロウ」

フレッドが言った

パーシーはゴクリと唾を飲んだ

「そう、そうだった!」

「まあな、それ以上に正当な言い方はできないだろう」

フレッドがパーシーに手を差し出した
ウィーズリーおばさんはワッと泣き出してパーシーに駆け寄り、フレッドを押し退けて、パーシーを絞め殺さんばかりに抱きしめた

パーシーは母親の背中をポンポン叩きながら、父親を見た

「父さん、ごめんなさい」

パーシーが言った
ウィーズリーおじさんはしきりに目を瞬かせてから、急いで駆け寄って息子を抱いた

「いったいどうやって正気に戻った、パース?」

ジョージが聞いた

「しばらく前から、少しずつ気づいていたんだ」

旅行マントの端で、メガネの下の目を拭いながら、パーシーが言った

「だけど、抜け出す方法がなかなか見つけられなかった。魔法省ではそう簡単にできることじゃない。裏切り者は次々投獄されているんだ。僕、アバーフォースと何とか連絡が取れて、つい十分前に彼がホグワーツが一戦交えるところだと密かに知らせてくれた。それで駆けつけたんだ」

「さあ、こんな場合には、監督生達が指揮を執ることを期待するね」

ジョージが、パーシーの勿体ぶった態度を見事に真似しながら言った

「さあ、諸君、上に行って戦おうじゃないか。さもないと大物の死喰い人は全部、誰かに取られてしまうぞ」

「じゃあ、君は、僕の義姉(ねえ)さんになったんだね?」

ビル、フレッド、ジョージと一緒に階段に急ぎながら、パーシーはフラーと握手した

「ジニー!」

ウィーズリーおばさんが大声を上げた

ジニーは仲直りのどさくさに紛れに、こっそり上に上がろうとしていた

「モリー、こうしたらどうだろう?」

ルーピンが言った

「ジニーはこの部屋に残る「嫌までルーピン、ジニーは」シリウスは黙っているんだ。そこでお座りだ」

便乗してる口を挟もうとしていたシリウスにルーピンがピシャリと言い、シリウスはムッとした顔をしたが、モリーに片眉を上げて睨みつけられたので黙った

ハリーやジニー、フレッドとジョージはクスリと笑った

「モリー。ジニーはこの部屋に残る。そうすれば現場にいることになるし、何が起こっているかもわかる。しかし、戦いのただ中には入らない」

「私はーー」

「それはいい考えだ」

ウィーズリーおじさんがキッパリと言った

「ジニー、お前はこの『部屋』にいなさい。わかったね?」

ジニーは、あまりいい考えだとは思えないらしかったが、父親のいつになく厳しい目に出会って、頷いた
ウィーズリー夫妻、ルーピン、シリウスも階段に向かった

「ロンはどこ?ハーマイオニーは?」

ハリーが聞いた

「もう、大広間に行ったに違いない」

ウィーズリーおじさんが振り向きながら、ハリーに答えた

「来る途中で二人に出会わなかったけど」

ハリーが言った

「二人はトイレがどうのって言ってたわ」

ジニーが言った

「あなたが出て行ってからしばらくしてからよ」

ハリーは「必要の部屋」から外に向かって開いてるドアまで急いで歩き、トイレの中を確かめた
空っぽだった

「ほんとにそう言ってた?トイーー?」

その時、傷痕が焼けるように痛み、「必要の部屋」が消え去って、ハリーは高い鍛鉄の門から中を見ていた

両側の門柱には羽の生えたイノシシが立っている
暗い校庭を通して城を見ると、煌々と灯りが点いていた
『イリアス』が両肩にゆったりと巻き付いている
そして、目の前に立たせている華奢な黒髪の女性
胸の位置にある頭を撫ぜて、指で弄んでいた
アルウェンは震えていた

彼は殺人の前に感じる、あの冷たく残忍な目的意識に取り憑かれていた
そして、煮えたぎるような怒りと、彼女への燃えるほどの暗い感情…


「さあ、お前の最後の希望とやらを、跡形もなく潰してやる時間だ」


見下ろした先の項に手を伸ばし、指で触れると、黒い刺青が肌の上で動いた
ハリーはゾッとして鳥肌が立った

彼女も肩を震わせて何かを必死に堪えたように、体に力を入れていた

そして、耳元に口を寄せて、甲高い声で囁いた

「ナギニ」















魔法のかかった大広間の天井は暗く、星が瞬いていた
その下の四つの寮のテーブルには、髪も服もくしゃくしゃな寮生達が、あるいは旅行マントを着て、あるいは部屋着のままで座っていた
ホグワーツのゴーストたちが、あちこちで白い真珠のように光っている
死んでいる目も生きた目も、全てマクゴナガル教授を見つめていた
教授は大広間奥の一番高い壇上で話し、その背後にはパロミノのケンタウルス、フィレンツェを含む学校に踏み止まった教師達と、戦いに馳せ参じた不死鳥の騎士団のメンバーが立っていた
メンバーではないが、ルーディンやバーントもいた
アーサーやキングスリー達と一緒にいた
魔法省のメンバーだろう

スリザリンの寮のちかくにはレギュラスとドラコ・マルフォイ、セオドール・ノット
そして、神秘部以来見ていなかった顔…ルシウス・マルフォイとノット・シニアの顔があった
息子達に何かを話している


壮観だった
ハリーはこんなに恐怖感があるのに、不思議と胸が躍る心地がした

みんないるんだ

「……避難を監督するのはフィルチさんとマダム・ポンフリーです。監督生は、私が合図したら、それぞれの寮をまとめて指揮を執り、秩序を保って避難地点まで移動してください」

生徒の多くは、恐怖ですくんでいたが、ハリーが壁伝いに移動しながらロンとハーマイオニーを探してグリフィンドールのテーブルを見回しているとき、ハッフルパフのテーブルからアーニー・マクミランが立ち上がって叫んだ

「でも、残って戦いたい者はどうしますか?」

バラバラと拍手が湧いた

「成人に達した者は、残ってもかまいません」

マクゴナガル教授が言った

「持ち物はどうなるの?」

レイブンクローのテーブルから女子が声を張り上げた

「トランクやふくろうは?」

「持ち物をまとめている時間はありません」

マクゴナガル教授が言った

「大切なのは、皆さんをここから無事避難させることです」

「スネイプ先生はどこですか?」

スリザリンのテーブルから女子が叫んだ

「スネイプ先生は、俗な言葉で言いますと、ずらかりました」

マクゴナガル教授の答えに、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローの寮生達から大歓声が上がった

ハリーは、ロンとハーマイオニーを探しながらグリフィンドールのテーブルに沿って奥に進んだ
ハリーが通り過ぎると寮生が振り向き、通り過ぎた後はいっせいに囁き声が湧き怒った

「城の周りには、すでに防御が施されています」

マクゴナガル教授の最後の言葉は、大広間中に響き渡る別の声にかき消されてしまった


甲高い、冷たい、はっきりした声だった


どこから聞こえてくるのかはわからない


周囲の壁そのものから出てくるように思えた


声の主が何世紀にもわたってそこに眠っているかのようだった


『お前達が、戦う準備をしているのはわかっている』


生徒の中から悲鳴が上がり、何人かは互いに縋りつきながら、声の出所はどこかと怯えて周りを見回していた


『何をしようが無駄なことだ。俺様には敵わぬ。お前達を殺したくはない。ホグワーツの教師に、俺様は多大な尊敬を払っているのだ。魔法族の血を流したくない』

大広間が静まり返った
鼓膜を押しつける静けさ、四方の壁を中に封じ込めるには大きすぎる静けさだ


『ハリー・ポッターを差し出せ』


再びヴォルデモートの声が言った


『そうすれば、誰も傷つけはせぬ。ハリー・ポッターを、俺様に差し出せ。そうすれば、学校には手を出さぬ。ハリー・ポッターを差し出せ。そうすれば、お前達は報われる』




『真夜中、午前0時まで待ってやる』




またしても沈黙が全員を飲み込んだ
その場の顔という顔が振り向き、目という目がハリーに注がれた
ギラギラした何千本もの見えない閃光が、ハリーをその場に釘づけにしているようだった
やがて、スリザリンのテーブルから誰かが立ち上がり、震える腕を上げて叫んだ

「あそこにいる!ポッターはあそこだ!誰かポッターを捕まえて!」

見たこともないスリザリンの生徒だった

ハリーが口を開くより早く、周囲がどっと動いた
ハリーの前のグリフィンドール生が全員、ハリーに向かってでてはなく、スリザリン生に向かって立ちはだかった
次にハッフルパフ生が立ち、ほとんど同時にレイブンクロー生が立ち上がった

全員がハリーに背を向け、叫んだスリザリン生に対峙して、あちらでもこちらでもマントや袖の下から杖を抜いていた

ハリーは感激し、厳粛な思いに打たれた
同時に、スリザリンのテーブルの方にいたレギュラス、マルフォイやノットの方に視線を向けた

レギュラスがノットに何か指示していた


すると、ノットがスリザリンの同級生に手を挙げて目配せすると、目配せされた同級生は立ち上がって叫んだスリザリン生をノットとレギュラスの前に連れてきた

驚いているのはノット・シニアとルシウス・マルフォイだった

ノットは、その…下級生であろうスリザリン生を見下ろして言った

「君は、スリザリンの高潔な精神は知っているのかい?」

「は…?」

「機知に富む才知、断固たる決意。ーー適切な状況判断と決断力こそ、スリザリン生に求められる資質なんだよ。君は、相応しくないね。そんなにポッターを引き渡したいのなら、’’君が’’、’’自分で’’ポッターを力ずくで『例のあの人』のところまで連れて行けばいい。発言したからにはそれをするのが適切だと判断したからなんだろう?ポッターを引き渡すことが君の決断なんだろう?だったら一人でやればいい。ほら、やってこい」

ノットは、まるで何かが乗り移ったかのような冷酷な様子で、顔が真っ青になっているその下級生に言った

レギュラスは止めずに様子を見ている

「い、いや…俺はそういうつもりじゃ…「じゃあ、どういうつもりなんだ?この場にいるスリザリン生、もちろん僕たち上級生は、君の意見に誰も同意したりしないぞ?それが適切な判断だからと知っているからだよ」

大広間にいる全員がノットの言葉に聞き入った

「損をしないように考えたつもりだろうけど、君、『例のあの人』がそんな甘いと思うか?引き渡しても、抵抗しても殺されるんだよ。言われたことをそのまま信じるバカはこの寮にはいらないんだよ」

辛辣な言葉が叫んだスリザリンの生徒に浴びせかけられた

「セ…セオドール…?」

見たことのない息子の姿に、ノット・シニアは恐る恐る声をかけた
だが、セオドールは無視した

レギュラスが、セオドールの肩にポンと手を置いて、「まあ、そこまでにしておこう。君、レオドナ・ワレースだったね。このまま避難するか、地下牢で戦いが終わるまで待っているか、どちらか選びたまえ。今この場に、輪を乱す人間は必要ないんだ」

レギュラスが笑顔で冷たく言い放ち、生徒は今度こそ顔色がなくなり、ふるふると首を横に振り、「ひっ避難する!」と叫んだ

「では、グリフィンドールの生徒達から避難していきましょうか。スリザリンは最後で結構。マクゴナガル先生、指揮をお願いします」

レギュラスが打って変わったように、マクゴナガル教授に向かって言い、少し気遅れしたマクゴナガルがハッとしたように大広間から生徒を出す指示し始めた

ハリーは驚いたなんてものではなかった
他の寮の生徒も驚いている
まさか、スリザリンの生徒がハリーの味方をするとは思わなかったのだ

本人達は、そのつもりはなく、スリザリンの寮生としての誇りを貫いているのだろうが、これはホグワーツ史上始まって以来の伝説になるのではないかと思うほどだった

ホグワーツの全寮が、今、敵に立ち向かわんとひとつになっている


そして、ノットに何があったのか、ハリーは不思議でならなかった
吹っ切れているようにも見えるが、少し違う
レギュラスとやたら懇意にしている様子で、父親を徹底的に無視している
一方、マルフォイは父親と頻繁に目を合わせている
ルシウスは息子が心配なのか、肩に手を置いてドラコから離れようとしない


そうしている内に、四つのテーブルから次第に生徒がいなくなった
スリザリンのテーブルには、ノット達と同級の上級生数人以外、誰もいなくなっていた
レイブンクローは、高学年の生徒の何人かが残ったし、ハッフルパフのテーブルにはさらに多くの生徒が残った
その中には、セドリック・ディゴリーもいた
グリフィンドール生は大半が席に残り、マクゴナガル教授が壇から降りて、未成年のグリフィンドール生を追い立てなければならなかった

「絶対にいけません、クリービー、行きなさい!ピークス、あなたもです!」

ハリーはグリフィンドールのテーブルにまとまっているウィーズリー一家のところに急いだ

「ロンとハーマイオニーは?」

「見つからなかったのかーー?」

ウィーズリーおじさんが心配そうな顔をした
しかし、おじさんの言葉はそこで途切れた
マッドアイが壇に進み出て、残った生徒達に説明をはじめたのだ


「午前0時まであと三十分しかない!素早く行動せねばならん!ホグワーツ教師陣と不死鳥の騎士団との間で戦略の合意ができている。異議は一切なしだ!」

マッドアイが魔法の目を見回して、ルシウス・マルフォイ達に向かって言った

「フリットウィック、スプラウト、レギュラス先生方とマクゴナガル先生は、戦う者達のグループをもっとも高い三つの塔に連れていくーーレイブンクローの塔、天文台、そしてグリフィンドールの塔だーー見通しがよく、呪文をかけるには最高の場所だ。一方、シリウスとーー」

マッドアイはシリウスを指した

「ルシウス、Jr.じゃない方のノットーー」

今度はその次にルシウス・マルフォイとノット・シニアを指して言った

「貴様らはわしとシリウスとで、校庭に出る。さらに、外への抜け道だが、学校側の入口の防衛を組織する人間が必要だーー」

「ーーどうやら俺たちの出番だぜ。ポンちゃんからの土産ちゃんと持ったか?ジョージ」

フレッドが自分とジョージを指しながら言って、小声でジョージに言った

「当たり前だろ」

ジョージが小声で答えた
そして、先程のフレッドの言葉にキングスリーが頷いて同意した

「よし、リーダー達はここに集まってくれ。軍隊を分ける!」

「ポッター」

生徒達が指示を受けようと壇上に殺到して、押し合いへし合いをしている中を、マクゴナガル教授が急ぎ足でハリーに近づいてきた




「何か探し物をするはずではないのですか?」





「えっ?あっーーー」

ハリーが声を上げた

「あっ、そうです!」

ハリーは分霊箱のことをすっかり忘れていた
この戦闘が、ハリーがそれを探すために組織されているということを、忘れるところだった
ロンとハーマイオニーの謎の不在が、他のことを一時的に頭から追い出してしまっていた

「さあ、行くのです。ポッター、行きなさい!」

「はいーーーええーー」















目という目が自分を追っているのを感じながら、ハリーは大広間から走り出し、避難中の生徒たちで依然ごった返している玄関ホールを出た
生徒達の群れに流されるままに、ハリーは大理石の階段を降り、降りきったところからは、人気のない地下の廊下に沿って急いだ
緊迫した恐怖感で、ハリーの思考は鈍っていた
ハリーは気を落ち着けて、分霊箱を見つけることに集中しようとした
しかし頭の中は、ガラス容器に囚われたスズメバチのように虚しくブンブンうなるばかりで、助けてくれるロンやハーマイオニーがいないと、どうも考えがまとまらなかった


ハリーは目を閉じ、集中しようとした…


ヴォルデモートは、僕がスリザリン寮に行くだろうと考えた
そうだ
確固たる事実

ヴォルデモートはアレクト・カローをスリザリンの談話室に配備した
そのわけは一つだ

ヴォルデモートは、分霊箱がその寮に関係していると、もしくは彼女に関係していると、すでにハリーが知っていることを恐れたのだ

だが、ハリーには、その理由が既に後者だとわかっていた

なぜならば、ダンブルドアが予想した通り、今まで破壊した分霊箱は、全て彼女に所縁のある品ばかり

血みどろ男爵が、何か鍵を握っている気がしてならない
いや、絶対そうだ
自分が一瞬でも見たものはーー傷痕の痛みと共に見たものは、啓示なのだ


自分が見たあれは、確実に分霊箱に辿り着くための在処を指し示している
…血みどろ男爵…

…彼女…

冷静に考えろ
ヴォルデモートは当時から彼女を監視していた
彼女は友人がいなかった
記憶で見た彼女は、ゴーストや魔法生物や動物ばかりといたのを自分は記憶の中で見た

ハリーはその時思いついた

血みどろ男爵はスリザリンの寮付きゴースト
彼女のことを覚えているかもしれない
そして、彼女は、血みどろ男爵に何か重要なことを話していたかもしれない


ハリーは、すぐに血みどろ男爵の名前を呼びながら、スリザリンの寮の廊下をうろうろとした

必死に声を張って、誰もいない石の壁に呼びかけた

何度も呼びかけ、諦めて別の場所に移ろうとした時…

ハリーの目の端で、エメラルドの蝋燭が灯る冷たい石の廊下の壁から、銀色の血のりに塗れ、手に鎖を嵌めた、恐ろしい雰囲気を纏う血みどろ男爵が現れた

ハリーの姿を見ると、恐ろしい雰囲気を更に増し、眉を顰めて背を向けてしまった

ハリーは呼び止めた

「おーい!待って!戻ってくれ!男爵!あなたに、どうしても聞きたいことがあるんです!」

「グリフィンドールの生徒なぞに、話すことなどない」

「昔、この学校にいたスリザリンの女子生徒の話なんです!名前はアルウェン・メメント!前髪で目元を隠した生徒です!覚えがありませんか!?」

ハリーはここぞとばかりに、今にも石床きら数十センチのところに浮かんだまま、廊下の奥の石壁に引っ込もうとする血みどろ男爵が消えてしまわないように、引き止めようと必死に叫んだ

すると、血みどろ男爵は一旦止まってくれた

「アルウェンと言ったか?」

ハリーの言葉に、血みどろ男爵は、恐ろしげな風貌をゆっくり振り向いて見せ
虚ろな目に、げっそりと痩せた青白い顔を、ハリーに向けた
鎧を着た男爵は、その場に浮きながら、ハリーを睨みつけた

「はい。アルウェン・メメントです。ご存知ですか?」

ハリーは、きちんと見たことはなかったが、その恐ろしげな厳つい風貌に、恐々としながら、慎重に聞いた

「……………私はその女子生徒を知っている」

重々しい声が渋るように答えた

「失礼ーーー教えてほしいんです。その女子生徒は、男爵、あなたに何か話しませんでしたか?」

「話?話だと?ああ、あの子には、私しか話し相手がいなかった」

恐ろしげな風貌をさらに怒りに染まったかのように歪めた男爵に、ハリーは思わずびくりとした

「違うんですーー男爵、その、僕が言いたいのは、その女子生徒はーーアルウェンは、何かあなたに打ち明けたことはありませんでしたか?何かを持っているとか、隠したとか」

その時、ハリーの傷痕が痛んだ
スローモーションのように瞼の裏に映る彼女と血みどろ男爵の姿
彼女は何かを手に持って話しかけている

そう…手に乗るほどの…なにか

もう少しのところで見える…

…何か白い…
…いや…銀だ…



「アルウェンはいつも嘲笑されていた…いつも紅い目の男がそばにいた」


「知っています。彼女は怯えていたんですね」

「怯えていた?いいや、違う……彼女は苦しんでいたんだ。男を喜ばせようとしていた。…アルウェンは変わった魔法を使った」

血みどろ男爵は、青白い厳つい顔をますます凶悪に歪めた

「男爵、それじゃないんです。教えてください。アルウェンは、何か白いものを持っていませんでした?銀色っぽいものです」

「知らん」

「お願いです!必要なんです!」

「アルウェンの大事なものだ。私は決して教えぬと…約束した」

「男爵、どうかーーどうかお願いです!僕はそれを奪おうとしているわけじゃない!」

「今のお前が手に入れたところで、お前を英雄にしてくれるわけでも、偉大にしてくれるわけでもない。関係のないものだ」

「僕はそんなことのために求めている訳じゃない!」

血みどろ男爵は黙ったまま
ハリーは哀願するように叫んだ

「お願いです。僕を助けて!僕にはそれが必要なんです!説明している時間はないーーでも、あなたが、あなたがもし、本当にアルウェンと親しかったというなら、もし、ヴォルデモートが滅ぼされることを願っているなら、彼女があなたに教えた白い物を、なんでもいいから教えてください」

血みどろ男爵は、ハリーをじっと見下ろした

「お願いです。アルウェンもきっとそう望んでいる。見つけて欲しいと」

ハリーは、一縷の望みをかけて付け加えた
だが、もし血みどろ男爵が何か知っていたなら、ダンブルドアに話していたかもしれない

ハリーと同じ質問をしたに違いない
ダンブルドア相手なら血みどろ男爵は話したに違いない…

ハリーはそんな考えが頭をよぎり、やはり無理なのか…終わるのか…と思い踵を返しかけた

その時、後ろから重い声が聞こえた

「……アルウェンは…あの時…成功したとのだと、嬉しそうに私に見せてきた…とてもよくできた美しいガラスのブローチ」

「どんなブローチ?」 

「銀の蛇…見事なものだった。出来損ないのあの子が作ったとは思えんほどの」

ハリーは、急かしたかったがじっと堪えて聞いた

「だが、あの子はそれを男に渡さないと言った。私は反対した。渡すべきだと言った。だが、あの子は贈らないと頑なに言い張った。そして、私はそれを男には言わないと約束した」

ハリーは、焦る気持ちを抑えながら、今や心臓の音が煩くなるのも気にせず男爵の言葉に耳を澄ました

「ある時、男が私に、あの子を大事に想っていると、隠し事をされたくないと言った。私はあの子の片想いではなかったのだと、歓迎した…私は気づかなかったーー男はまるですべてを理解したように……」

ハリーは、リドルがなろうと思えば魅力的になれたのを思い出した
眉目秀麗で、優秀な男…

リドルはきっと、アルウェンが隠し事をしていることに気付き、それを血みどろ男爵に話していたと予想をつけてんだ

彼女に近づく人間の友人は牽制できても、ゴーストには死んでるから、何もできなかったんだ

「私は、男に持ち上げられた。私は、’’私のような’’想いをする前に、想い合う男女を結んでやりたいと思った。だがーー」

「リドルは嘘をついた」

「そうだーー私は言葉巧みなやつの口車にまんまと乗せられたのだ!あの子を大事に想っていると言っておきながら!やつはあの子の想いを踏み躙った!蹂躙した!」

「いつも嘘ばかりなんです」

「ああ知っているとも!あの者の本性に気づいていたあの子はそれでもあの者に戻ってきて欲しいと願っていたのだろうことも!だから贈らないと言ったのだ!」

「あなたは悪くない」

「だからなんだと言うのだ。やつはあれに闇の魔法をかけ、穢した」

「男爵、教えてください。やつはそれをどこに隠したのか。’’どうぞ’’」

ハリーは唐突に思い出した、役に立つ言葉を使っていた
あの頑固で皮肉屋なフィニアス・ナイジェラスに効いたのだ
見たところ、フィニアスに負けず劣らずの皮肉屋の男爵にも通じると考えた

男爵は石床に浮いた体で、厳つい顔のまま…ハリーをじっと見下ろした

「ポッター、お前は、私の二度目の過ちを、救うというのか?」

「約束します」

ハリーは男爵を見上げ、力強く言った

「ーーーここにある。このホグワーツでは、求める者の前に現れる。求めぬ者は無知なまま……あの子は知っていたーーだが決して求めなかった」

そう言って、男爵は恐ろしげな厳つい顔を、辛そうに歪めて石の壁に消えた

「ありがとうっ」

ハリーは、口早く消えゆく男爵にお礼を言い、来た道を走った





ハリーにはもう、進むべき道は見えていた



——————————-


ついに、決戦のはじまり


























































死の秘宝 〜9〜
ついに決戦がはじまる

瞼の奥に、頭の中にチラつく景色…

全てはスリザリンの寮から始まった…
そして、スリザリンはひとりの寮生の想いによって動きはじめる…
続きを読む
3662695953
2022年1月11日 13:29
choco

choco

コメント
作者に感想を伝えてみよう

関連作品


ディスカバリー

好きな小説と出会える小説総合サイト

pixivノベルの注目小説

みんなの作品

関連百科事典記事