pixivは2022年7月28日付けでプライバシーポリシーを改定しました詳しいお知らせを見る

choco
choco

死の秘宝 〜8〜

死の秘宝 〜8〜 - chocoの小説 - pixiv
死の秘宝 〜8〜 - chocoの小説 - pixiv
57,944文字
転生3度目の魔法界で生き抜く
死の秘宝 〜8〜
彼女の遺体を見つけ、ついに真実を知ったハリー達…

知らないところで、想いは形となり、呪いとなり残った…

思いがけないものが、牙を剥く…
続きを読む
3943286277
2022年1月7日 22:59

※捏造過多


————————-






「…メルリィ…?」








優しげで、穏やかな中年男性の声が広間に小さく響いた

彼女は、見下ろすような冷たい視線のままでぴくりとも動かなかった
斜め後ろからその様子を見ていたゴイルの母親が、何も言わない彼女に、勘違いしたのか

「誰か!その男を黙らせなさいな!」

焦ったようなヒステリックな声で指示した女にルーディンを拘束していた「人さらい」の一味が返事をした

「へ、へえ!」

そして、彼女から目を逸らせないままの
ルーディンの鳩尾を殴った
くぐもった声を上げるルーディンに、ゴイルの母親は言った

「その男を床に這いつくばらせておきなさい。人違いするなどっ!ナギニ殿になんと無礼な!」

背筋を伸ばして冷たく見下ろしながら佇む彼女の後ろで、ゴイルの母親が「人さらい」の一味に命令した

だが、彼女はゆっくりと腕を上げながら、長い袖を揺らして後ろ手で制した

「説明をしなさい。ーーMrグレゴリー。できますね」

ハリーは、夢以外で久しぶりに聞いたその声に、別人のような冷たさを感じた

彼女が静かに言った途端、ゴイルの母親が見るからに脂汗をかいて押し黙り、「人さらい」の一味の動きが止まって沈黙が流れた

静かに、彼女に視線を向けられたグレゴリー・ゴイルは、肩をびくりと震わせた

この広間においてのヒエラルキーが如実に現れていた
今、この空間を支配しているのは彼女だった

「Mrグレゴリー。私を呼んだ理由を、あなたが述べなさい」

「ッ…はいっ。そ、その、こ、こいつがハリー・ポッターかどうかを、な、ナギニ殿に…確かめていただきたいと」

「そうーーーならば、まずはあなたの意見を聞きましょう。どう思いますか?Mrグレゴリー」

「…はい。俺はーー」

「よく、考えてから発言しなさい。彼を呼ぶのは簡単ですが、最近は虫の居所がよくありません」

彼女のその発言に、ゴイルは真っ青になって恐怖した

「お…俺はーー…こいつを…」

全員が固唾を飲んだような空気になった
ゴイルは、グレイバックに掴まれている醜男の顔を見た

そして、彼女を見た

それを二度ほど繰り返し、言った

「こいつをーーこんな顔のやつが、ハリー・ポッターとは…思えない…です」

尻すぼみしながら彼女を直視できずに言ったゴイルに、母親が反応した

「グレゴリーっ?何を言ってるの!?」

「そうですよ、坊ちゃん。こいつはこんな顔をしてるが間違いなくポッターだ」

グレイバックが言った

彼女は、ゆっくり足を動かし、グレイバックが掴んでいるハリーの前まで来た

ハリーのぼやけた視線に彼女が映る
蒼白いほどに白く、触れれば壊れてしまいそうなほど細い姿

「……この顔は…」

ハリーの顔見ながら、彼女が呟いた

「はじめからこうでさぁ」

「人さらい」の一味が言った

彼女はまた黙り、広間に緊張する沈黙が降りる
ハリーをじっと見ていた彼女は、顔を背けて、グレイバックや「人さらい」を見た
拘束されているロンやハーマイオニー、ディーン、床に膝をついている自分の父親には目を向けなかった
ルーディンは目まぐるしい気分で、目の前の状況を飲み込めずにいた
目の前にいるのは、間違いなく自分の探し続けていた娘
愛する娘
声、表情、少し癖のある自分に似た髪質の黒髪、優しげな垂れ目がちな目元…

メルリィだ

メルリィなのに

なぜ、こんなところにいる?

なぜ、敬われている?

なぜ、’’ナギニ殿’’などという名前で呼ばれている?

他人の空似なのか?

ルーディンは目を見開いたままショックで床を見つめていた





「なぜ、この男がハリー・ポッターだと思ったのですか?連れてきたからには、当然根拠があったのですよね?」



聞こえる声は、自分が知っているものよりも酷く冷たく、感情のかけらすら伺えないが、間違いなく愛娘のものだった

根拠もなかった場合はどうなるか分かっているのか、というのを仄めかす言葉に、全員に緊張が走った


返事をしたのはグレイバックだった

「それですがね。こいつのここを見てください。ここに傷痕がある」

グレイバックは、ハリーの髪をいっそう強く引っ掴んで顔を上げさせた

彼女は黙って、引き伸ばされた傷痕に視線を注いだ

そして

「他には?」

冷ややかな声で聞いた

「ここに、こいつの持ってた杖とメガネがあります」

彼女は、「人さらい」からリンボクの杖を受け取り、指を添わせて回しながら検分するように見た

「これはーーー残念ですが、あなた方の予想は外れているようですね。この杖はポッターの杖ではない。オリバンダーの話と違います。ーー彼を呼ぶまでもないことです。ですが、まあ、それでも呼びたいと言うのならばーーー勝手にすればいい」

そう言って、用は済んだとばかりに広間から出ようと背を向けかけた彼女に

「待ってくれ。それじゃ、この『穢れた血
』はどうだ?」

グレイバックが唸るように、少し焦り気味に言った

「人さらい」たちが再び捕虜達をぐいと回し、ハーマイオニーに明かりが当たるようにした
その拍子に、ハリーは足をすくわれて倒れそうになった

その時…

「お待ちなさい」

ゴイルの母親が鋭く言った

「そうーーそうだわ。見覚えがあるわ。ええ、そうよ。この娘はポッターと一緒にマダム・マルキンの店にいたわ!この子の写真を『預言者』で見たわ!ご覧、グレゴリー、この娘なら見たら忘れませんわよね?この娘は『穢れた血』のグレンジャーですわね?」

まるで、そう答えろ!と言わんばかりの切羽詰まったような様子で、歪に口角を上げながら息子に詰め寄ったゴイルの母親

何がなんでも手柄をあげたい、そんな執念すらあった
彼女は佇んだまま、チラリとハリーに視線を向けた
だが、すぐ逸らした

「お…俺…あれはーーあー…そうかもしれない……」

凄い形相の母親に詰め寄られて、ゴイルは若干引き攣りながら答えた

「それなら、このガキは『血を裏切る者』の一族のウィーズリーの息子よ!」

キンキンと頭に響くような声で、興奮したように叫んだゴイルの母親

後ろでは、彼女が不愉快そうに眉根を寄せていた

「そうーーそうよ、こいつらがポッターの仲間たちよ。ーーグレゴリー、’’もう一度’’、’’しっかり’’、’’目を凝らして’’見るのよ。間抜けなアーサー・ウィーズリーの息子で、名前は何だったかしらーー」

脂汗をじっとり滲ませた顔を、息子に近づけて、捕虜たちの前まで誘導しながら、まるで脅すように言った
 
「ああ…」

ゴイルは、助けを求めるように彼女をチラチラ見ながら言った

「そうかも…しれない」

「’’ナギニ殿’’、どうですかな?」

グレイバックが顔色を窺うように聞いた
ゴイルも、ゴイルの母親も固唾を飲んで言葉を待った

そして、彼女は腕を下ろした漆黒の袖から杖を出して捕虜達の前まで歩いてきながら言った

「ポッターは、追われていると知っていながら、わざわざ顔が割れている仲間と行動するような、愚か者だった」

並ばされているロン、ハーマイオニーをゆっくり見回しながら言った

その言葉に、ゴイルの母親とグレイバックの顔に、喜色の色が浮かんだ


そして…


「とは、到底思えませんね」


否定した


「ナギニ殿っ…それはーー」

ゴイルの母親が、先程までのホッとした様子から一転して焦ったように口を開いた…

「ですが、そこの二人は間違いなくポッターの仲間でしょう。使い道がないわけではない。ーーーそれに、私の記憶が正しければ、娘の方は厄介です」

ハーマイオニーの方を見て抑揚のない声で言った彼女に、ロンは叫びそうになった
ハーマイオニーは得体の知れない恐怖と驚きで彼女を凝視した

彼女は続けた

「この娘に聞きたいことがあります。この娘を残して他の捕虜は地下牢にいれなさい」

ロンは、連れていかれる途中で、「やめろ!」「代わりに僕を残せ!僕を!」と叫んだが、彼女はロンをチラリとも見ずに「あなたに聞きたいことはない」言い放ち、「連れて行きなさい」と「人さらい」に命じた

縛り上げられたハーマイオニーと向かい合うように、立つ彼女を横目に、グレイバックは、捕虜達を別のドアまで無理やり歩かせ、暗い通路に押し込んだ

その時

「メルリィ!メルリィ!私だ!」

と、ショックを受けて黙っていたルーディンが他の「人さらい」に乱暴に掴まれながら叫んだ

当然、緊張が走った
ここにいる中でいちばん逆らってはいけないであろう人物に叫んだのだ

すぐさまゴイルの母親が怒鳴った

「貴様!捕虜の分際で何という無礼な!貴様が気安く話しかけていいお方では無い!このっ」

杖を振り上げたゴイルの母親を、制するように彼女が、ルーディンに軽く振り向いて、言った

「やめなさい。ーーはぁ……どうやら、あなたは誰かと間違えているようですね」

「そんなことはない!メルリィ私だ、私だ!なぜこんなところに!どうしてっ」

「黙れ!勘違いも甚だしい!無礼にも程がある!」

顔を殴られる音が痛々しく響いた
ルーディンは、衝撃で膝をついた

「私が、他人の空似で済ませている内に、口を閉じることです。不愉快です」

涙で濡れて、目の前の現実を受け入れられず絶望するルーディンに、冷たい視線を投げかけながら、彼女は言った

「早く連れていきなさい」

見開いた視界に映るのは、無情にも冷たく自分を見下ろす、探し求めてきた紛れもない愛する娘の姿だった
だが、その姿は自分の知る娘ではなかった

切れた口の端に、うっすら赤くなった片頬…
誰かに暴行されたことは見てとれる

見たこともないほど蒼白く痩せて…

変わってしまったのか、何が娘をこうさせたのか…
いや、脅されているのか…

ルーディンは、受け入れたくない事実に、目の前が真っ暗になった
















「ああ、矢張り、いつお目にかかっても良い女だ。ナギニ殿……口の端が切れていたな。きっと『名前を言ってはいけないあの人』のお怒りを買ったのだ。だというのに、未だに生きている」

捕虜に通路を歩かせながら、グレイバックが熱に浮かされたように唄うように言った

「取り澄ました顔の美女だ。どうだ?お前の家族にあの方に似た奴でもいたか?随分と叫んでいたな?似てるのならいいな。見つけた暁には俺が喰ってやろう」

グレイバックの言葉に、話しかけられたルーディンは目を見開いて涙を零さんばかりに俯いた

それを見て、グレイバックは下品に嗤った

「っ!」

ルーディンは、悲痛に顔を歪めた
ハリーとロンは、何が言いたくとも、何も言えなかった
彼女がここにいるなんて、全くの想定外だったからだ
しかも、仮にも自分の父親が目の前にいて、暴行されているのに、無関心、無表情、何の反応もしなかった
一瞬の動揺さえも…

ハリーは憤っていた
どうして自分の父親の前であんな顔ができるのか
あんな…あんな…

悲痛に娘の名を呼ぶ父親を、彼女は冷たく見下ろして、あろうことか他人だと突き放した


捕虜達は、急な階段を無理矢理歩かされ、背中合わせに縛られたままなので、今にも足を踏み外して転落し、首を折ってしまいそうだった
階段下に、頑丈な扉があった
グレイバックは杖で叩いて解錠し、ジメジメした黴臭い部屋に全員を押し込んで、真っ暗闇の中に取り残した
地下牢の扉がバタンと閉まり、その響きがまだ消えないうちに、真上から恐ろしい悲鳴が長々と聞こえてきた

「ハーマイオニー!」

ロンが大声を上げ、縛られているロープを解こうと身悶えはじめた
同じロープに縛られているハリーはよろめいた
ルーディンもつられてよろめいた

「ハーマイオニー!」

ロンの叫びに、ルーディンは顔を真っ青にして、まさか、自分の娘が拷問しているのでは…と頭によぎった

「静かにして!」

ハリーが言った

「ロン、黙って!方法を考えなくてはーー」

「ハーマイオニー!ハーマイオニー!」

「計画が必要なんだ。叫ぶのをやめてくれーーーこのロープを解かなくちゃーー」

「ハリー?」

暗闇から囁く声がした

「ロン?あんたたちなの?」

ロンは叫ぶのをやめた
近くで何かが動く音がして、ハリーは近づいてくる影を見た

「ハリー?ロン?」

「ルーナ?」

「そうよ、あたし!ああ、あんただけは捕まってほしくなかったのに!」

「ルーナ、ロープを解くのを手伝ってくれる?」

ハリーが言った

「あ、うん、できると思う……何か壊す時のために古い釘あるもン……ちょっと待って……」

頭上から、またハーマイオニーの叫び声が聞こえたが、何を言っているのかは聞き取れなかった
ロンがまた叫んだからだ

「ハーマイオニー!ハーマイオニー!」

「オリバンダーさん?」

ハリーはルーナがそう呼ぶ声を聞いた

「オリバンダーさん、釘を持ってる?ちょっと移動してくだされば……たしか水差しの横にあったと……」

ルーナはすぐに戻ってきた

「じっとしてないとだめよ」

ルーナが言った

ハリーは、ルーナが結び目を解こうとして、ロープの頑丈な繊維に穴を穿っているのを感じた
上の階から、彼女の声…ではなく、ゴイルの母親の声が聞こえてきた

「この『穢れた血』め!いい加減に質問に答えなさいな!本物のポッターはどこだ!お前たちと一緒にいたことはわかってるんだよ!」

「知らないわーー知らないーー一緒なんていなかったっーーやめて!」

ハーマイオニーがまた悲鳴を上げた
ハリーは、思わず彼女が拷問しているのではないのか、と疑った
だが、声からしてゴイルの母親かも、とも思った

ロンはますます激しく身を捩り、錆びた釘が滑ってハリーの手首に当たった

「ロン、お願いだからじっとしてて!」

ルーナが小声で言った

「あたし、手元が見えないんだもンーー」

「僕のポケット!」

ロンが言った

「僕のポケットの中。『灯消しライター』がある。灯りがいっぱい詰まってるよ!」

数秒後、カチッと音がして、テントのランプから吸い取った光の玉がいくつも地下牢に飛び出した
もともとの出所に戻ることができない光は、小さな太陽のようにあちこちに浮かび、地下牢に光が溢れた
ハリーはルーナを見た
白い顔に、目ばかりが大きかった
杖作りのオリバンダーが、部屋の隅で身動きもせずに身を丸めているのが見えた
首を回して後ろを見ると、一緒に縛られている仲間が見えた
ディーンとルーディンだった

ハリーはルーディンに声をかけようと思ったが、よくよく考えれば、自分達はルーディンに会ったことがあるが、ルーディンは本当のハリー達の姿を知らない
魔法省で一方的に会っただけだ

「ああ、ずっとよくなったわ。ありがとう、ロン」

ルーナがそう言うと、また縄目を叩き切りにかかった

「あら、こんにちは、ディーン!」

上からはゴイルの母親の声が響いている
またしても恐ろしい叫び声がーーー

「ハーマイオニー!」

「ほーら!」

ハリーはロープが落ちるのを感じて、手首をさすりながら振り向いた
ロンが低い天井を見上げて、撥ね戸はないかと探しながら、地下牢を走り回っているのが目に入った

ディーンは傷を負い、血だらけの顔でルーナに「ありがとう」と言い、震えながらその場に立った

「あら、はじめてみる顔。顔が腫れてる、大丈夫?」

ルーナが、よろけながら立ち上がろうとしたルーディンに手を貸して話しかけた

ルーディンは、ルーナに「すまないお嬢さん…ありがとう」と言った

「あなたも捕まったんですか?」

ルーナがルーディンに聞いた

「ああ…まあ、そんなところだね。…「その人は悪くないんだ。僕を匿っていたから、運悪く僕が「人さらい」に見つかって、一緒に連れてこられただけなんだ。無関係だよ」

手を貸すルーナに、成人男性を支えるのは大変だろうと、ディーンが代わりながら答えた
ディーンの肩に腕を回して支えてもらいながら、ルーディンが殴られて腫れた目元と、切れた口の端を痛々しく歪めて、安心させようとしているのか微笑んだ

「大人がいたのに、子ども一人守ってあげられないなんて、不甲斐ないよ…すまないね、ディーンくん」

「そんなーー僕こそ巻き込んでしまって…本当にすみません。ごめんなさい」

「いいんだ、いいんだよ。子どもは守られなければならない。もう二度とあの時代のような二の舞はごめんだからね…」

立派な人だ
ハリーも、ディーンも、ルーナもそう思っただろう
ハリーには、ルーディンがとてつも無いショックを受けていると分かっている
だけれど、守るべき子どもが、自分たちが子どもだから大人であろうとしてくれている
だが、少なくとも現状把握するだけの余裕はないように見えた
目の前に、ハリーがいても、何も言ってこない
ずっと上の階を気にしているような素振りをする

ロンはというと、今度は杖なしのまま「姿くらまし」しようとしていた

「出ることはできないんだもン、ロン」

ロンの無駄な足掻きを見ていたルーナが言った

「地下牢は完全に逃亡不可能になってるもン。あたしも最初はやってみたし、オリバンダーさんは長くいるから、もう、何もかも試してみたもン。それに、私たちきっと逃げられるよ」

ルーナの言葉に、ハリーは頓着している余裕はなかった
ハリーは首からかけていた巾着をつかんで、中をかき回した
ダンブルドアのスニッチを引っ張り出し、何を期待しているのかもわからずに振ってみたがーー何事も起こらない
二つに折れた不死鳥の尾羽根の杖を振ってみたが、まったく反応がない
無我夢中だったその時、鏡の破片がキラキラと床に落ちた
そして、ハリーは明るいブルーの輝きを見たーー
ダンブルドアの目が、鏡の中からハリーを見つめていた

ハリーは、地下牢の隅で鏡に向かってひとり小さく叫んだ

「助けて!僕達はゴイルの館の地下牢にいます。助けてっ!」

その目は瞬いて消えた



「すまない…お嬢さん……君は、ここに長くいるのかい?」

ルーディンが、痛む体を石柱に預けながら、ルーナに聞いた

「はい。いますよ。オリバンダーさんも」

「ならーーなら…君は黒髪の女性に…わ、私に似た髪質の…黒目の…アジア人っぽい女性会ったことは…」

「ありますよ。あ、あなたってユラのお父さん?よく見れば似てる。お父さん似だったんだね」

「!!…あの子は娘だっ…メルリィっなんだっ」

「あの子がね、私がここに連れてこられてからしばらくしてから来たんだ。私の怪我を心配してくれて、治してあげられないけど、ここから逃げられる機会が来るまで待っててって」

「っ…メルリィっ…なぜっ…なぜメルリィがあんな……別の名で呼ばれてっ…」

「んー、それは分かんない。だけど、ここの人達はみんな、ナギニ殿って呼んでた。なんか、『名前を言ってはいけないあの人』の次くらいには、偉いみたいだったな。でも’’変な感じ’’だったけど」

「何だって?」

ルーディンは目を見開いて、息を忘れたかのように驚愕した

「あの子、『例のあの人』のことを’’彼’’って呼んでた。それなのに、殺されてないから、ここにいる人たちも、あの子に怯えてるんだよ」

「………」

「たまに、上から聞こえてきたんだ。『例のあの人』とあの子の会話が。なんか、すごく親しいって感じ。前から知ってるって感じだった。あたしはあの子の邪魔はしないんだ。あの子はすごいから。『例のあの人』に嘘ついてまで私のこと守ろうとしてくれたもン」

なんでもないことように言った、なぜか余裕そうなルーナの言葉に、その場が凍った
地下牢で逃げ道を探していたハリーと、ロンも動きが止まった

その時、ルーディンが口を開こうとした
だが、それより早くハリーがルーナに詰め寄って焦ったように問い詰めた

「ルーナ、その話は本当?」

「うン。私は嘘つかないもン」

「あいつと…彼女の会話を聞いたの?」

「うン。下まで聞こえてるって多分気づいてなかったんだ」

「何を話してたっ?」

ハリーは切羽詰まってように聞いた

「『例のあの人』は、あんたがなかなか捕まらないことにキレてた。それをあの子が宥めてる声が聞こえてきたよ。機嫌が悪い時は、手上げてたと思う。ほら、あんた達も見なかった?口の端が切れて赤くなってたでしょ?」

全員が絶句した

ハリーは、夢の中で見た彼女が跪き、ヴォルデモートに赦しを乞い、泣きながら縋る情景が頭をよぎった
そして、記憶で見た学生のヴォルデモートが彼女に猫を殺させ、打つ情景も…


「……う…嘘だ…メルリィが…何がどうなっている…?何故私の娘が………嘘だ嘘だ……」


ルーディンはもう、正気ではいられないように、動揺による震えが止まらなくなっていた


「ル、ルーナ…それーーー」

ハリーがルーナに何か聞こうとした時、何かが「姿現わし」した音が地下牢に響いた

そこには、屋敷しもべ妖精のドビーがいた

「ドーーー!」

ハリーはロンの腕を叩いて、ロンの叫びを止めた
ロンは、うっかり叫びそうなったことにぞっとしているようだった
頭上の床を歩く足音がした

ドビーは、テニスボールのような巨大な眼を見開いて、足の先から耳の先まで震えていた

「ハリー・ポッター」

蚊の鳴くようなキーキー声が震えていた

「ドビーはお助けに参りました」

「でもどうやってーー?」

恐ろしい叫び声が、ハリーの言葉をかき消した
ハーマイオニーがまた拷問を受けている
ハリーは大事な話だけに絞ることにした

「君は、この地下牢から『姿くらまし』できるんだね?」

ハリーが聞くと、ドビーは「妖精ですから」と頷いた

「そして、ヒトを一緒に連れて行くこともできるんだね?」

ドビーはまた頷いた

「よーし、ドビー、ルーナとディーンとオリバンダーさん、ルーディンさんを掴んで、それで四人をーー三人をーー」

「ビルとフラーのところへ」

ロンが言った

「ティンワース郊外の『貝殻の家』へ!」

しもべ妖精は三度頷いた

「それから、ここに戻ってきてくれ」

ハリーが言った

「ドビー、できるかい?」

「もちろんです、ハリー・ポッター」

小さな屋敷しもべ妖精は、小声で答えた

ドビーはほとんど意識がないように見えるオリバンダーのところに、急いで近づいた
そして、杖作りの片方の手を握り、もう片方の手をルーナとディーンの方に差し出した

ルーナはその時、「よろしくね、ドビーさん」と言った
ドビーはその言葉に戸惑った様子だったが、嬉しそうに「ドビー、’’さん’’?…ドビーこの人好きです」と言い、手を握った

だが、ディーンが手を差し出したルーディンは、手を取らなかった

「ルーディンさん?」

ディーンが聞いた

「すまない、私は行けない。娘を置いていけないんだ…やっとっ…やっと見つけたんだ…」

「でもっ」

ディーンは、そんなことを言っている場合じゃない、あれを見なかったのか?という意味を込めて反論しようとした

だが、ルーディンは拳を握りしめたまま、まるで苦くて、辛くて仕方ないものを飲み込むような表情で言った

「分かっている。…分かっているよ…言わないでくれ。……娘はあんなことをするような子じゃない。闇に染まるような子じゃないんだーー絶対にっ…きっとーーきっと『服従の呪い』にかけられて…従わされて…メルリィは優しい子なんだ……本当なんだ…」

だんだん尻すぼみになって、弱々しくなる主張に、ディーンは何も言えなかった
ディーンには父親がいない
こんなにも娘を思う父親という姿を、見たことはない
ディーンは少し羨ましかった

「ルーディンさん、でも今はーー「まったく!埒があかないわね!口を割りやしない!」  

「これ以上しても、絶対に話さないでしょう。手っ早く、あの子どもがポッターかどうか確かめた方がいい…」

「ワームテール!地下牢からあの醜男を連れてくるんだよ!」

ディーンが、気持ちはわかるが今は逃げる方が先決だと言おうとした途端、上の階からゴイルの母親のヒステリックな声が響いた

「まずい!ドビー、取り敢えず早く三人を連れて行って!行ってくれ!お願いだ!」

ハリーは小さい声で叫んだ
ドビーは、深く頷いて次の瞬間、「姿くらまし」して、ドビー、ルーナ、オリバンダー、ディーンは消えた

「二人でやつを組み伏せるしかないな」

ハリーがロンに囁いた
他に手はない
誰かがこの部屋に入ってきて、三人の囚人がいないのを見つけたが最後、こっちの負けだ

「明かりをつけたままにしておけ」

ハリーが付け加えた
扉の向こう側で、誰かが降りてくる足音がした
二人は扉の左右の壁に張り付いた
その時、ルーディンも立って柱に身を隠し、ハリーに言った

「君たちの邪魔はしない。私は娘を助ける」

ハリーは、それは無理だと言いたかったが、ただ頷いた

「下がれ」

ワームテールの声がした

「扉から離れろ。いま入っていく」

扉がパッと開いた
ワームテールは、ほんの一瞬、地下牢の中を見つめた
三個のミニ太陽が宙に浮かび、その明かりに照らし出された地下牢は、一見して空っぽだ
だが次の瞬間、ハリーとロンが、ワームテールに飛びかかった
ロンはワームテールの杖腕を押さえて捻り上げ、ハリーはワームテールの口を塞いで、声を封じた
三人は無言で取っ組み合った
ルーディンもワームテールの背中を抑えつけた

その時、ワームテールの杖から火花が飛び、銀の手がハリーの喉を絞めた

「ワームテール、まだなのかい?」

上からゴイルの母親が呼びかけた

「た、ただいま!」

ロンが、ワームテールのゼイゼイした腰の低い声をなんとか真似て答えた

「すぐにお連れいたします!」

ハリーはほとんど息ができなかった

「僕を殺すつもりか?」

ハリーは息を詰まらせながら、金属の指を引き剥がそうとした

「僕はお前の命を救ったのに?ピーター・ペディグリュー、君は僕に借りがある!」

銀の指が緩んだ
予想外だった
ハリーは驚きながら、ワームテールの口を手で塞いだまま、銀の手を喉元から振り解いた
ネズミ顔の、色薄い小さな目が、恐怖と驚きで見開かれていた
わずかに衝動的な憐れみを感じたことを自分の手が告白してしまっていたことに、ワームテールもハリーと同じくらい衝撃を受けていた

ワームテールは弱みを見せた一瞬を埋め合わせるかのように、ますます力を奮って争った

「さあ、それをいただこう」

ロンが小声でそう言いながら、ワームテールの左手から杖を奪った
杖も持たずにたった一人で、ペディグリューの瞳孔は恐怖で広がっていた
ハリーの顔から別なものへと移った

ペディグリューの銀の指が、情け容赦なく持ち主の喉元へ動いていた

「そんなーー」

ハリーは何も考えずに、咄嗟に銀の手を引き戻そうとした

「どうなってるんだーー」

ルーディンも困惑で、ハリーと共に手を引き戻そうとした

しかし、止められない

ヴォルデモートが一番臆病な召使いに与えた銀の道具は、武装解除されて役立たずになった持ち主へと矛先を向けたのだ

ペディグリューは一瞬の躊躇、一瞬の憐憫の報いを受けた

三人の目の前で、ペディグリューは絞め殺されていった

「やめろ!」

ロンもワームテールを放し、ハリーとルーディンの三人で、ワームテールの喉をぐいぐい締め付けている金属の指を引っ張ろうとした

しかし、無駄だった

ペディグリューの顔から血の気が引いていった

「『レラシオ!(放せ!)』」

ロンが銀の手に杖を向けて唱えたが、何事も起こらなかった
ワームテールはがっくりと膝をついた

その直後、ワームテールがハリーに向かって水を掻くように手を伸ばした

「あ゛……たす…け……オ゛…フュ…カ………」

ペディグリューの頭の中で、走馬灯のような記憶が蘇った







ホグワーツにいた頃、シリウスやジェームズの金魚の糞だった目立たない地味な自分

ペディグリューにとって、オフューカス・ブラックに初めて会ったのは、兄であるシリウスの背中越しだった

…美しかった…

…綺麗なウェーブがかった艶やかな黒髪に、優しげな灰色の目…

シリウスと同じ灰色の目なのに、まったく兄妹とは思えない印象で、大人で、整然とした雰囲気を纏う大人しい上品な女性だった

ジェームズが惚れたリリーが太陽だとするならば、彼女は月のような静かな美しさがあった
ただ静かに見守ってくれている…受け入れてくれる…そんな気がする…

ペディグリューは、兄であるシリウスが彼女に手を挙げるのを、本当は見ていられなかった
彼女にそんなことをするなんて、と言って、自分が盾になってやめさせたかった

だが、できなかった
学年も違うのに、寮だけは同じスネイプを庇い、やたら一緒にいるのを…ペディグリューは歯痒い思いで見ていた

ペディグリューは、美しい彼女を、いつも遠くから見ているだけしかできなかった

だが、一度、シリウスに手を挙げられた後に、誰にも見られないように彼女にそっと、緊張しながらハンカチを渡して声を掛けたことがあった

二人きりだった
泣きもせずに、疲れたように頬を押さえて地面に膝をつく彼女に、自分は、持っている中でも、一番綺麗なハンカチを差し出したのだ


「…Mrペディグリュー…」


誰にでも丁寧な言葉遣いで接する、家柄の良さが滲み出る彼女の静かな話し方に、ペディグリューは夢見心地だった

そして彼女は言ってくれたのだ
ハンカチを受け取りながら


「ありがとう」




優しげな微笑みで…

灰色の目が、確かにその時だけは自分を見ていた…

兄であるシリウスにすら見せない、滅多に見ることのできない彼女の微笑み…


彼女は言ったのだ




…そう…



ペディグリューは…



オフューカスに恋をしていた




…叶わないと分かっていても…

…吊り合わないと分かってはいても…

…少しでも認められたくて…

…少しでも自分を見て欲しくて…

…その冷たくも優しい目に……少しでも写れたらそれでよかった……

だから、ペディグリューは力を求めた

影響力を…栄光を…栄誉を…

だが、ペディグリューは選ぶ者を間違えた


ペディグリューは、ネズミとしてホグワーツで捕まえられた時、オフューカスが生まれ変わって現れたのだと、信じて疑わなかった
自分が、あのオフューカスを見間違えるわけがない…
姿形が変わっても…

籠に入れられたネズミ姿の自分の前で、彼女は責めなかった

シリウスとジェームズを裏切り、ジェームズとリリーを殺す手伝いをしてしまった自分に…
死にたくなくて、恐怖に負けた自分に





ーーー「ペディグリュー……あなたの気持ちはわかるわ………彼の前で、逆うなんて…できなかったでしょう…私もそうだった…だから、私は兄様のようにあなたを責めるつもりはないわ…資格もないもの…」ーーー






そう言ったのだ…

この言葉の真意を理解したのは、決して届かない人が、決して敵わない相手のものだと知ってしまった時だった

彼女が殺されたーー死んだと聞いた時…頭が真っ白になった
恋していた人が…
自分にとって、何よりも特別だった人が死んだ…

殺された…


ペディグリューは、友を裏切ったことも含めて、さらに罪の意識に苛まれた


それが、闇の帝王に手を引かれてきた彼女を見た時、目の前が真っ暗になった

闇の帝王相手に、あんな口を叩いた時は彼女が殺される、と焦った


だが、闇の帝王と彼女は…


ペディグリューは、恋した彼女にだけは、こちら側に来てほしくなかった
勝手な願いだが、恋焦がれた女性が苦しむのは見たくなかった


だが…現実は無情だった


この館に、たまにきて見かけた彼女は、ひどく痩せて、頬が少し腫れていたり、口の端に切れた痕があった…

闇の帝王に何をされていたのか…何をされたのか…
ペディグリューにとっては、想像に容易かった

唯一、違うことがあるとすれば…
彼女は闇の帝王にどんな無礼を働いても、殺されはしなかった…
 
なのに、だというのに…彼女はあれだけ辛そうな顔をしていたのに……

…闇の帝王を見つめる彼女の目は…

…彼女を見つめる闇の帝王の目は…


ペディグリューの頭の中に、あの優しい声が響いた…



…一生……




…一度たりとも忘れたことはなかった…
   




ーーー「ありがとう」ーーー




…冷たくも優しい声がずっと……



…ずっと……



…忘れられない…

 

「…ッ…ぉ゛…オフュ…ガ…」

涙を流して、上の階に手を伸ばすペディグリューの姿に、ハリーは続けようとしているだろう名前を呼んでみた

「…オフューカスさん?」

震える声で続けたハリーの言葉に、ワームテールは涙ぐみながら絞められている首を振った
もう、手遅れだと悟ったのか、ペディグリューは必死に何かを紡ごうとしている

「……オ゛…オ゛…ふゅ……か……」

なぜか、彼女のかつての名前を呼ぼうとしたペディグリューは、最後までその名を呼ぶことはできず、顔がドス黒くなり、目がひっくり返って、最後に一度痙攣して、事切れた

ペディグリューは、最後に何を言おうとしたのか
なぜ、彼女のかつての名を呼んだのか…
助けてもらおうとでも思ったのか…

ハリーは分からなかった
だが、ペディグリューが後悔していることだけはわかった










ハリーとロン、そしてルーディンは顔を見合わせた
ルーディンは、辛そうな顔で事切れたペディグリューに向かって、目を伏せて手を合わせていた
数秒合わせた後、三人はワームテールの死体を残して階段を駆け上がり、広間に続く薄暗い通路に戻った
三人は、半開きになっている広間の扉のドアに慎重に忍び寄った

彼女の足元にハーマイオニーが身動きもせずに倒れており、その近くにゴイルの母親、そしてゴイルな離れたところにあるカウチの近くに真っ青になって立っていた


「いやに静かですね。ワームテールも遅い……誰かーー「グレゴリー、様子を見ておいで」

静かに言った彼女の言葉を遮るように、ゴイルの母親がゴイルに命令した
おそらく、ゴイルの母親は、推測って言葉を繋げたつもりなのだろう

母親の指示で、ゴイルが動いた
足音が鳴り、ドアまで向かってきた

ハリーは、ロンと頷き合って合図し、ルーディンも頷いた

ドアが開き、ゴイルが通路に入ってきたと同時に、ハリー達は立ち上がり

「『ステューピファイ!(麻痺せよ!)』」

ゴイルが杖を向けるよりも先に呪文を放ち、ゴイルは呪文が直撃し、あっという間に広間に引き戻されて後ろに倒れた

「グレゴリー!」

ゴイルの母親が驚きの声をあげて杖を出そうとした矢先、ロンがワームテールの杖をゴイルの母親に向かって叫んだ

「『エクスペリアームス!(武器よ去れ!)』」

母親の杖が宙を飛び、ロンに続いて広間に駆け込んだルーディンも、一瞬のうちにロンから杖を受け取り、「人さらい」達に向けて失神の呪文を叫んだ
「人さらい」達は気を失い、床に伏して、動かなくなった
ルーディンは「人さらい」から杖を取り返し、構えた

だが、その時…

「やめろ!さもないとこの娘の命はないぞ!」

ハリーは喘ぎながらソファの端から覗き見た
ゴイルの母親が、ハーマイオニーの喉元に、銀の小刀を突きつけている

「杖を捨て…おや、…ハリー・ポッターじゃないか…やはり、その顔は呪いによるものだったか!ナギニ殿の仰った通りだ!」

呪いが解けたハリーの顔を見て、ゴイルの母親が興奮を露わに叫んだ

彼女はハリーの方を見て言った

「杖を捨てなさい。ポッター。仲間は大事でしょう」

「早く杖を捨てなさいな!」

いやに落ち着いた彼女の言葉に続いてゴイルの母親が言った
三人は固まった
ルーディンは、彼女に声をかける時をうかがっていた

「捨てるんだよ!さもないと、『穢れた血』が、どんなものかを見ることになるよ!」

ロンは、ワームテールの杖を握りしめたまま固まっていた
ハリーは、ゴイルの母親の杖を持ったまま立ち上がった
一瞬、期待を込めて彼女を見ても、何も反応がない

「捨てろと言ったはずよ!」

ゴイルの母親はもはや興奮と苛立ちを抑え切れないように叫び、ハーマイオニーの喉元に小刀を押しつけた
ハリーは、そこに血が滲むのを見た

「わかった!」

ハリーはそう叫んで、ゴイルの母親の杖を足元の床に落とした
ハリーは、何故彼女が先ほどから黙ったままなのか気になった
ロンも同じく、ワームテールの杖を、床に落とした
ルーディンも取り返した杖を床に置いた
三人は両手を肩の高さに挙げた

「良い子だね!」

ゴイルの母親がニヤリと下品に笑い

「グレゴリー!杖を拾うんだ!そして、闇の帝王をお呼びしろ。ハリー・ポッター、お前の死が、すぐ!目の前に迫っているぞ!これで我ら一族もっ!」

指示されたグレゴリーは、杖を拾い、腕を捲り上げて、恐る恐る闇の印に杖を立てた
ハリーには、ヴォルデモートがこちらに向かっているとわかっていた
傷痕が痛みで破裂しそうだった
荒れた海の上を、遠くから飛んでくるのを感じた
まもなく、ここに「姿現わし」できる距離まで近づく
ハリーは逃れる道はないと思った

「さぁて、グレゴリー…この英雄気取りさん達を、我々の手でもう一度縛らないといけないようだ。グレイバックが、ミス『穢れた血』の面倒を見ているうちにね。グレイバックよ、闇の帝王は、今夜のお前の働きに対して、その娘をお与えになるのを渋りはなさらないだろう。そうでございましょう?ナギニ殿?」

「ええ、そうでしょうね」

彼女がどうでも良さそうに答えた時、奇妙なガリガリという音が上から聞こえてきた
全員が見上げると、クリスタルのシャンデリアが小刻みに震えていた
そして、軋む音やチリンチリンという不吉な音と共にシャンデリアが落ち始めた

その真下にいたゴイルの母親は、ハーマイオニーを放り出し、悲鳴をあげて飛び退いた
シャンデリアは床に激突し、大破したクリスタルや鎖が放り出された
それは、ハーマイオニーを受け止めたルーディンの上に降りかかった
ルーディンは咄嗟にハーマイオニーを自分のローブごと覆って庇ったのだ

本当は、シャンデリアのぎりぎり当たるかもしれないところにいた娘の元に駆けつけたかった
だが、それより先にハーマイオニーが逃げてきたので、そちらを優先することになった

キラキラ光るクリスタルのかけらが、辺り一面に飛び散った
グレゴリーは血だらけの顔を両手で覆い、体をくの字に曲げた
ロンはルーディンに庇われているハーマイオニーに駆け寄り、抱きしめた
ハリーは、チャンスを逃さなかった
肘掛椅子を飛び越え、グレゴリーが握っていた三本の杖をもぎ取り、三本ともグレイバックに向けて叫んだ

「『ステューピファイ!(麻痺せよ!)』」

三倍もの呪文を浴びた狼人間は、撥ね飛ばされて天井まで吹っ飛び、床に叩きつけられた

「メルリィ!こっちに来るんだ!」

ルーディンが咄嗟に数十歩先に立っている娘に駆け寄ろうとした

だが、彼女はあろうことか杖を向けた
無詠唱の閃光がルーディンの胸を直撃し、後ろに倒れた

ハリー、ロン、ハーマイオニーは目を疑った
咄嗟に彼女に避難の声を上げようとしたが、それはゴイルの母親のヒステリックな叫び声にかき消された

「なぜしもべ妖精がここにいる!まさかっ、お前の仕業か!?お前が我が家のシャンデリアを落としたのか!魔法使いの家に侵入した挙句っ、物を壊したのか!」

その声のする方を見ると、小さな屋敷しもべ妖精は、小走りで広間に入ってきて「あなたはハリー・ポッターを傷つけてはならない」とキーキー声をあげた

「よくもっよくも!しもべ妖精こどきが魔法使いに楯突いたね!ーー待て、お前は見たことがあるぞーーそうだ、そうよ!お前はマルフォイのところの穢らわしいしもべ妖精じゃないか!何故ここにいる!あの裏切り者の命令か!」

ゴイルの母親が叫んだ

「ドビーはご主人様が誰であれ、ハリー・ポッターをお助けするのです!ドビーは、ハリー・ポッターとその友達を助けにきた!」

ドビーはボロボロの布切れの服で、小さい胸を張って叫んだ
その時、ドビーの大きな目が、一瞬、ほんの一瞬彼女を見て、うるうると今にも涙を溢しそうに歪んだ
彼女は、それに応えるように僅かに口角を緩やかに上げたが、その一瞬のやりとりをそれは誰も見ることはなかった


ハリーは、傷痕の激痛で目が眩みそうだった
その時、麻痺していたルーディンの叫び声が聞こえた

「メルリィ!お願いだ!こっちにきてくれっ…母さんもずっと心配している!私もずっとっ…ずっと探していたんだっ!」

その時、ハリーは痛みで薄れる視界の端に彼女がもう一度、父親に向かって杖を向けるのを見た
ほとんど勝手に、手が動いた
実の父親を、ダンブルドアを殺した時のように殺すのではないか…
ハリーの頭にそんな嫌な予感がよぎった

無意識だった

実の父親に杖を向けて攻撃しようとする彼女に杖を向けて、いつか見たページの敵に使う意味の知らない呪文を唱えていた

あれはスネイプの書いた本だったが、それを仲の良かった彼女に向けるのは、どこか納得できるような気がした

「セクタムセンプラ!」

ハリーの杖から噴射した閃光が彼女の胸を直撃し、くぐもった声をあげて、後ろに倒れた

「メルリィ!!!そんな!」

ルーディンの、今までで一番悲痛に叫んだ声が響いた

ハリーはその時、見てしまった

倒れた彼女の体から夥しい血が流れ出し床に血溜まりを作っていくのを…

ハリーは顔から血の気が引いた
すぐに駆け寄ろうとしたが、その直後、ハリーの視界はその場で回転した

ゴイルの母親が絶句して倒れた彼女を見ているのが、見え…
ロンの赤毛が流れると同時に、倒れた彼女の側に黒い影が現れたのが見えた

ヴォルデモートだ…

それを認識したのを最後に、ハリーは知らないところに「姿くらまし」した











 


固い地面を感じ、潮の香りを感じた
ハリーは、動揺で膝をついた
そして、ほかの誰かが同じように膝をついた音を聞いた

「…あ…そんな……そんな…戻してくれ…私をあそこに戻してくれ!メルリィが!メルリィが血を流してっ…あんなにっ…そんなっ」

動揺を露わに、ガタガタと震えて、そばにいたドビーに真っ青な顔で訴えるルーディンがいた

「死んでしまうっ!あんなに血を流してっ……早く行かないと!」

「あわわ…ドビーはできません…もうあそこへは戻れません…危険なのです」

「お願いだ!私の娘が!あんなに血を流してっ…倒れたんだ!側には『例のあの人』がいた!あれは『例のあの人』だ!…そんなっそんなところにっ…メルリィっ…きっと無事では済まない!ただでさえあんな大怪我をっお願いだっ…お願いしますっ…私を娘の元へ…っ…」

堪え切れなかった涙をぽたぽたと砂浜に落としながら、強く…強く握った拳を砂浜の上で握りしめて蹲ってドビーに必死に哀願するルーディンの姿に、ハーマイオニーも、ロンも何も言えず、ハリーを見る

ハリーも、何も言えない…
ドビーに視線で助けを求められても、ハリーは何も言えなかった

もう、あそこへは戻れない…

それに、呪文を放ったハリーが一番ショックを受けていた
あの呪文が、あんな恐ろしいものだったとは…
思わなかったのだ…

きっと、ハリーが攻撃していていなければ、彼女は自分の父親を殺していたかもしれないし、あの中で一番油断ならない腕のたつのは彼女だった

自分の知らない呪文も、ハーマイオニーですら知らないことも知っている

ハリーは必死で言い訳を探そうとした



「お願い…だ……っ…娘をっ…っ…返してくれっ…」



苦しそうな、限界まで声を詰まらせた、誰に当てたかもわからない悲痛な呟きだけが…潮が引き、波が浜辺に打ち付ける音にかき消された




















 






私…死ぬのかな…
ドビーには酷いお願いをしたかもしれない…
まさか…ドラコ達が…ドビーを使って私を探させてたなんて…

嬉しかった…

でも…私は帰れない…
戻れない…

目が霞む…

そっか…ハリーはあの呪文を…ドラコじゃなくて…セブルスでもなくて…

私に使ったのか…

きっと…呪文の意味は知らないだろう…
あれには、敵に使うとしか書いてないから……

お父さんを殺すかもしれないと思って…止めてくれようとしたのかも…



「ナギニ。言ったはずだぞ。二度と俺様の許しなく、死ぬことは許さんと」



トム…


冷たくなっていっていた手が温度を取り戻していく気がする…

そうか…

彼は私を治している…

胸に彼の…いいえ、先生の杖が這う

全身の血が体に戻っていく…

内から切り裂かれた内臓が…肉と骨が……

「……ぁ…」

抱き上げられた腕の逞しさが膝裏と背中感じる…

「言い訳ならば、後で聞く」

………
返事をすることすらできず、私の意識は彼の胸の中で落ちていった…

きっと…また殺すんでしょう…

























「ルーディンさんはどう?」

ハーマイオニーがルーナに聞いた

「ショックでまだ目が覚めないみたい。怪我はあるけど、体は問題ないよ」

ここに着いた日、あのまま気を失ったルーディンを、ロンとハリーは一緒に運んだ
フラーとビルは驚いていたが、二人はルーディンを快く迎えてくれた
翌日になっても、目を覚まさないルーディンの顔色は悪く、真っ青のままだった
うわ言のように「メルリィ…メルリィ……ためだ…戻ってきて…メルリィ…」と愛しい娘の名前ばかり呟いている

フラーは、泣きそうな表情でルーディンを看病した
娘の名前をしきりに呼ぶルーディンは、とても痛々しかった
たって一日しか経っていないのに、ディーンもこまめにルーディンの様子を見に部屋に行った
ディーンは、僅かな間でも、ルーディンに世話になったため、他人事とは思えなかったようだった

「ルーディンさんってとってもあったかくて、優しい人だよね。あの子とおんなじ」

ルーディンが寝ている部屋の外の階段近くで、様子を見に来たハーマイオニーに言ったルーナ

「え?」

「ハリー達には言ったんだけどね、あの子、私が捕まった時、逃げられる機会を作るから待っててほしいって言ってくれたんだ。信じてって。大好きな私のパパから、私を奪わせたりしないって。嬉しかった。だから私、あそこで耐えれたんだ」

ルーナの言葉に、ハーマイオニーは目を見開いた
だが、同時に納得もした

「あんたは?」

「え?」

突然ルーナにじっと見られて聞かれたハーマイオニーは、狼狽した

「あんた、あんなに悲鳴あげてたのに、怪我が喉の傷しかないから」

冷静に状況を把握していたルーナが、ハーマイオニーを見抜くように言った
ハーマイオニーは、度肝を抜かれたような顔になった

「なんで…分かったの」

ハーマイオニーは、ルーナにはもう知られているとわかり、聞いた

「だって、あんただけ残したってことは、ハリーやロンじゃダメな理由があったとしか思えないもン」

ハーマイオニーは、思わず肩の力を抜いた
ハリーやロンには黙っているが…
いや、主にハリーのために黙っているが、ハーマイオニーは拷問は受けていない

あの時、ハーマイオニーだけを残したのは、彼女が拷問’’されているように見せかける’’には、ハーマイオニーが一番適任だと判断したからだった

彼女は、ハーマイオニーに覆いかぶさり、器用にゴイルの母親と問答しながら、小声で言ったのだ

『今からあなたを拷問する。本気で悲鳴をあげて。でないと本当に拷問されるわ』

ハーマイオニーは何が何だかわからないまま、彼女が杖を向けるのに対して文字通り、ここでできなれば死ぬと思い、’’演技’’した

ハリーを呼ぶ流れになったのも、彼女の時間稼ぎだったのだろうと今だからわかる
地下牢で何が起こるか、彼女には分かっていた
だから、猶予を稼ぐために、意味のない問答をハーマイオニーに聞いて、さも拷問して詰問して吐かせようとしていかのように繰り返した

ハーマイオニーは、ある意味彼女に恐れ慄いた

「きっと、ドビーさんが助けに来るのを知ってたんだよ」

ルーナが何でもないことように言った

「…だとしても…だとしたら、そんな……彼女はどこまで知っていたの?私たちが捕まることすら知っていたというの?」

「そこまでは知らなかったんじゃないかな?知ってたら捕まらないように手を回せるはずだもン。偉いから」

「……彼女、生きてるわよね…」

ハーマイオニーが自分の腕を摩りながら、心配そうに呟いた

すると、ルーナが答えるより早く、居間の入り口から声が響いた

「生きてるよ」

「ハリー…」

「はい、ハリー」

「ルーナ、怪我はもう大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

ルーナの言葉の後、微妙な沈黙がおりた

最初に口を開いたのはハリーだった

「あいつは、彼女を殺さない。絶対に」

言い切ったハリーに、ハーマイオニーは「でもあんなに血が…」と言いかけだが、ハリーが言った

「治してる。見たんだ。あいつはあの館にいたやつらに罰を与えていたけど、その中で彼女は、立っていた。あいつが彼女を治して、罰する様子を見させていたんだ」

ハーマイオニーとルーナは沈黙した
ハリーは、ここに着いてからしばらくしてから見た、光景を拭い切れなかった
あそこにいた「人さらい」は全員、あの広間に倒れ、死んでいた
床に死んだ全員の血の溜まりができるほど残虐な虐殺現場があった
血溜まりを歩くヴォルデモートに、咎めるように見下ろされる彼女の姿を…

横に跪いていたゴイルの母親やゴイルの表情は当分忘れられないだろう

「あいつは、自分の手で彼女を殺すことはできないんだ。彼女だけは、絶対に手にかけれない」

ハリーは、まるで自分に言い聞かせるように言った

「ハリー…」

「ふーん、やっぱり『例のあの人』は彼女のこと好きなんだ」

「え?」

ルーナのおかしな発言に、ハリーは思わず間抜けな声を漏らした

「違う?私にはそう見えた」

「あー、そうだね。それより、ハーマイオニー」

ハリーは、ルーナの奇怪な視点で言うことに、今回ばかりは聞かなかったことにした

「なに?」

「さっきのって、本当?」

「さっきって?」

「君が、拷問されたないとかなんとか。ゴイルの母親にされたたんじゃないの?すごい悲鳴だった…」

ハリーが、遠慮がちに、気になるように聞いた
ハーマイオニーは、ひゅっと喉を鳴らして、どう答えようか悩んだ
ルーナを見ても、聞かれちゃったならいいんじゃない、という様子だった

「ハリー…あなたがあそこで、ルーディンさんを守ろうとしたのは、間違いじゃないわ。私も、ロンもきっとそう思ってる」

「はっきり言ってよ」

ハーマイオニーの庇うような言い方に、ハリーはいらいらした

そして、ハーマイオニーは、渋るように口を開いた

「あなたたちが地下牢に連れて行かれた後、確かに私は拷問を受けそうになったわ。ゴイルの母親にね」

「受けそうに?」

「ええ。だけどその時、彼女が代わったの。自分がやるって」

「彼女が?」

「ええ。私、怖かったわ。だって、彼女動揺ひとつ見せないんですもの。だけど、杞憂だった」

「どういうこと?」

「彼女は、私は、わざと芝居をするように耳打ちしたの。私、必死だった。怪しまれないように拷問されているふりをしながら、彼女は意味もない質問をし続けたの」

「意味のない質問って?」
 
「本物のあなたはどこにいるか、って」

「は?」

「でしょう?彼女はあなたが本物のハリーだってわかっていたはずよ。最初から。なのに、彼女は聞き続けた。私も口を割らない(てい)を装ったから、段々、ゴイルの母親も痺れを切らしていたの。彼女は、途中から拷問をやめて、私の杖の『最後の呪文』を見ると言ったの。私も焦ったわ。そうなれば、私があなたに『蜂刺しの呪い』をかけたって、ばれてしまうもの。どうにか阻止できないかと思ったけど、無理だった。彼女はそれで、杖を調べて、すぐに『蜂刺しの呪い』を使ったと言ったわ…それを聞いたゴイルの母親がワームテールに命じて、あなたを連れてこさせるために下に行ったの。その後は見た通りよ」

ハリーは訳がわからなかった

「どうして?どうして彼女はハーマイオニーを拷問しなかったのに、僕の正体をばらすような事を?」

「こればっかりは、わからないわ……でも、事実はこれよ。彼女は私を拷問しようとしなかった。だから、後から考えてみたの。そしたらーーあの拷問自体が時間稼ぎだったのかもって」

「時間稼ぎ?僕達は一刻も早く脱出しなくちゃいけなかったんだよ?」

「ええ、そうなんだけどーー」

「ハーマイオニーをあそこに残したのは理由があったってことだよ、ハリー」

言い淀んでるハーマイオニーの代わりに、ルーナが答えた

「理由?どんな理由があるっていうんだ?」

「ハリー、私を残したのは…きっと、たぶん、いいえ、確実にーー」

「ハリーとロンじゃ芝居ができないからじゃないかな。だって、あんたは…ロンは特にあの子のこと疑ってる」

ルーナの正直で純粋な言葉に、ハリーは固まった
ハーマイオニーは、言い方はあれだが、否定するつもりはないようだった

「私はあの子信じてるもン。だってね、あの子、自分が怪我しても気にしてなかった。たぶん、壊れてるんじゃないかな」

ルーナは続けた

「麻痺してるんだよ。そういうーー痛いとか、苦しいとか、辛いとか、もうそういうの、わからないって顔してた。私、見たことあるよ。パパの知り合いに、そういう人」

ルーナの言葉に、二人は顔から色が抜け落ちた

「上から聞こえてくる声がね。あの子、暴力を振るわれてるのに『例のあの人』に何も言わなかった。きっと受け入れてたんだ。’’可哀想’’だった」

ハリーは何も言えなかった
というより、ルーナの語りに返す言葉が何なのかすら分からなかった

ルーナの言うことは、的を射ているとは思った

記憶を見てきたハリーからすれば、彼女がヴォルデモートに…トム・リドルに許されないことの数々の仕打ちを受けてのは確かだ
そして、それは今も…

ハーマイオニーは、話でしか聞いたことがないが、想像はできるのだろう
顔が真っ青だった

ハーマイオニーは、思い出していた
自分に覆いかぶさり、拷問のふりをして詰問していた彼女の表情を…

徐々にはっきりと…


あれほど、感情を詰め込んだ哀しそうな目は見たことがない
苦しい、辛い、痛い…悲しい…
そんな想いばかりが、彼女の目の奥に渦巻いていた

ハーマイオニーはそう感じた

感情がなく、一才の起伏がない死んだような目をもつ、無表情の冷徹な女性に見えるが、そうではない


「そういえば、ドビーさんって誰に言われて助けに来てくれてのかな?不思議だね。私、ルーディンさんの様子見てくるね」

ルーナは、思い出してようにそう言い、スキップするように、意識のないルーディンの部屋に向かった

その場に取り残されたハリーとハーマイオニーは、お互いに顔を見合わせた

「ハリー、一度、ダンブルドアのことを別に置いて考えてみない?」

ハーマイオニーが、何が、とは言わずハリーにおずおずと提案した





「私たち、いろいろと整理する必要があるわ」



























ハリーは、ひとまず議論は三人になってからしようということに決めて、ハーマイオニーと居間に降りた
降りると、みんな居間にいた
みんな、話しをしているビルに注目していた
柔らかい色調の居間の暖炉には、流木を薪にした小さな炎が明るく燃えていた
ハリーは、ハーマイオニーと邪魔をしないようにみんなの座っているところまで歩いて行って、後ろから、ビルの話しを聞いた

「……ジニーが休暇中で幸いだった。ホグワーツにいたら、我々が連絡する前にジニーは捕まっていたかもしれない。ジニーも今は安全だ」

ビルは振り返って、ハリーがそこに立っているのに気づいた

「僕は、みんなを、『隠れ穴』から連れ出しているんだ」

ビルが説明した

「ミュリエルのところに移した。死喰い人はもうーーロンが君と一緒だということを知っているから、必ずその家族を狙うーー謝らないでくれよ」

ハリーの表情を読んだビルがひと言付け加えた

「どのみち、時間の問題だったんだ。父さんが、何ヶ月も前からそう言っていた。僕達家族は、最大の『血を裏切る者』なんだから」

「どうやってみんなを守っているの?」

ハリーが聞いた

「『忠誠の呪文』だ。父さんが『秘密の守人』。この家にも同じことをした。僕が『秘密の守人』なんだ。誰も仕事に行くことはできないけれど、いまは、そんなことは枝葉末節だ。オリバンダーとルーディンさんがある程度回復したら、オリバンダーさんはミュリエルのとのろに、ルーディンさんは、家族構成や親戚が全くわからないから、本人に聞こう。ここじゃあんまり場所がないからね」

「ルーディンさんの家族構成ならわかるわ。奥さんと娘がひとりいるわ。奥さんはーー」

ハーマイオニーが言おうとした言葉に、ハリーが引き取って続けた

「国外だ。ずっと国外にいる」

「国外?近いのかい?近いならまずいなーー」

ビルが聞き返した

「日本だ。流石に死喰い人も追ってこれない」

ハリーは言葉に、全員が少し驚いた顔をした
遠い東洋の島国にいるとは、まさか思わなかったようだ

「奥さんは日本人なのよ」

付け加えるようにハーマイオニーが言い、ビルは考えんだ

「なら、なんとか奥さんに連絡を取って、一緒に日本にいたほうが…」

「いや、それはきっと無理だ」

ビルがルーディンのためを思って、親身になって提案したが、ハリーがすげなく否定した

「どうして?」

ビルが言った

ハリーは一瞬、口籠った
だが、意外な人物がハリーの言葉を引き取った

「娘がいるんだよ。こっちに。僕が匿ってもらった時、娘を探しているって言ったんだ」

答えたのは、ディーンだった
ビルはハリーからディーンに視線を移し、「娘?」と聞き返した

「うん。僕達の同級生なんだけど、去年から行方不明になってた子なんだ。ビルも聞いたことない?」
 
「あーーー」

ビルは合点がいったように、反射的に上の階にいるルーディンの部屋を見た

「まさかーー」

ビルは、以前の騎士団の本部に出入りしていた女の子を思い出した
ダンブルドアが自ら紹介した騎士団のメンバーのひとり

「ポンティってあのポンティかい?」

「どのポンティかは知らないけど、ルーディンさんの苗字はポンティだったよ」

ディーンが不思議そうに答えた
ディーンはその時、騎士団ではなかったから知らないのだ

「あー…そうだったね。あの行方不明の女子生徒の話は聞いたよ。スリザリンの生徒だからおかしいとは思ったけど…」

ビルが取り繕うように言った

一瞬の沈黙が降りた

窓から見える外には、水平線が昇りはじめた眩しい太陽の金色に輝く縁が見えた





その日の夜、ハリー、ロン、ハーマイオニーは三人で集まり、『耳塞ぎの呪文』を周囲にかけてから話し合った

まず、ハーマイオニーが拷問されたことに怒って彼女を責める言葉を口にするロンを、ハーマイオニーがハリーに説明したように説明して、落ち着かせた
ロンはなかなか信じなかった
ハーマイオニーが優しいから彼女を庇っていると言って聞かなかった

ハーマイオニーが必死にロンに説明して、やっと、渋々信じたのだった
それだけで、かなり時間がかかった

それなら、やっと本題に入った

「はやいことウィーンに行かないといけない。ハーマイオニー、剣はあるよね?」

ハリーが、起こったことよりも、これからすべきことに目を向けなければいけないと言うように言った

「あるわ。「人さらい」に取られるかもと思ったけど、バッグの奥の方に入れてたから見つけられなかったみたい。よかったわーーそれより、ウィーンってことは、彼女の遺体があるところに?」

「ああ、早いこと行かないと」

「それは賛成だね。グリモールド・プレイスにいた時みたいに、ここにずっといるわけにはいかないからね」

ロンが言った

「そうね。私もそう思うわ。でもハリー、その前にはっきりさせておかなければならないことがーー「ハーマイオニー、今まで彼女に関する議論で、納得できるような答えが出たことがある?話し合っても結局、答えなんかでなくてーー僕達がばらばらになったのも、それが原因だった。違う?」

ハーマイオニーが言おうとしたことを遮るように、ハリーは言った
ハリーの言葉に、ロンも大きく同意している

「彼女のことを話すのはやめよう。僕達は無事にあそこから逃げられた。それが事実なんだ」

「そうだぜ。君が拷問されてないのは信じるけど、僕はあいつが僕達に気づいていたのにハリーの正体をばらそうとしたことに関しては信用してないんだ」

続けてロンが言った

「でも…「ハーマイオニー、今はそのことを話してる場合じゃない。僕達のやるべきことは一つだ。だろう?」

ハーマイオニーは納得できなかった
だが、ここで無理に話を持ち出すことにも、どうかと思うことはあった
ロンも、その話は持ち出すなと言わんばかりの面持ちでハーマイオニーを見た

「わかったわ。ーーウィーンにいく方法だけれど、オーストリアに入るまでは、何回か「姿現わし」しないといけないわ。シュテフォン大聖堂は、ウィーンの市街地の中央にあるの。マグルの観光地になってるからとても人が多いわ。だから、オーストリアまで入ったところで、マグルの交通機関を使って行くしかないわ」

「観光地?」

ハリーが聞き返した

「ええ」

ハーマイオニーは、「知らなかったの?」とばかりに肯定した

「観光地の大聖堂に遺体を勝手に埋葬したのか?」

ロンが信じられないとばかりに聞いた

「そうみたいね」

ハーマイオニーが答えた

「ちょっと待ってよ。マグルのこと目の敵にしてるやつが、なんで、マグルの世界なんかに大事な魂を置くんだ?」

ロンが待ったをかけた

「さあ、彼女に縁のある場所だから、じゃないかな。多分」

ハリーがなんとなく答えた

「うわぁー」

ロンの引いているような感嘆に、ハーマイオニーが眉を吊り上げて反応した

「それって、どういう意味の「うわぁー」なわけ?」

「いや、別に変な意味じゃないよ。ただ、本当にダンブルドアが言った通りだなって。あいつの唯一の例外ってあいつだけだなってさ」

「…僕もそう思うよ」

今度はハリーが同意する番だった

「例外なんかじゃないわ。そんな生優しいものじゃないわよ」

ハーマイオニーが、眉を顰めて言った

「あー、この話は終わりが見えないかも。それより、いつ出発する?早い方がいい」

「ええ、そうね。ウィーンは遠いから…まずはルーディンさんが目が覚めてからーー」

ハーマイオニーが言おうとした
だが

「いや、僕達はルーディンさんに会わない方がいい。待たずに、できるなら明日にでも出発しよう」

「え?」

ハーマイオニーが「正気?」とでもいうように洩らした

「そうだぜ。あいつの父親だぞ?しかも娘のあんな姿見たんだ。正気でいられるもんか」

ロンが囁くように言った

「やめて、ロン。そんな言い方しないで」

ハーマイオニーがロンの言い方に怒ったように言った

「悪い悪い、そんなつもりじゃないんだ。だけどさーーなあ、ハリー。僕の言ってることわかるだろ?」

「まあ。とにかく、ルーディンさんの目が覚める前に経とう。明日だ。明日には経とう。いいね」

ハリーは、この話はもう終わりだとばかりに締めくくって言った
ロンはすんなり納得し、ハーマイオニーは渋胃顔をしたが、返事をした






  












「それで、見つかったのか?」

プラチナブロンドの髪が特徴的な青年、ドラコ・マルフォイは、首を長くしてずっと待っていた結果を持って、帰ってきた屋敷しもべ妖精に、鋭い声で聞いた
苛々していたのは、頼んだ仕事があまりにも遅すぎたためである

父親に連れられて、転々と滞在している所を変える生活の中で、今、ドラコは今滞在している遠縁の親戚の家の部屋で、友人のセオドール・ノットと耳を下げて、怯えてもじもじしているドビーに詰問していた

「早く言え!」

「落ち着けドラコ。その様子だと、お前は見つけたんだな?」

セオドールが、ドビーを見下ろしながら言った

「は、はいでございますっ…ですが…ですがーー」

「さっさっと言え!何を躊躇っているんだ!」

ドラコが痺れを切らしたように、屋敷しもべ妖精を怒鳴りつけた
ドビーは、怯えてすくみあがった

「早く言え。誰かに口止めでもされているのか?お前の主人はドラコだろう」

セオドールが冷たく言った

「それが…その…Msポンティ様は…坊ちゃまがお考えになられた通りでした……監禁されておいでで…」

「それは分かっていたことだ!どこにいるのか知りたいんだ!’’命令だ!’’言え!」

ドラコがいよいよ口籠る屋敷しもべに、’’命令’’した
そうなれば、ドビーはいくら口を閉ざしても言わざるを得なかった
たとえ、監禁されていた本人との約束があっても

「Msポンティ様は、ある廃墟の館に監禁されているのです。ドビーは見ました。その館に…な…『名前を言ってはいけないあの人』が出入りしているのをっ…ドビーは、坊ちゃまの言う通り、様子を見るだけにしようとしました。ですが。見つかったのです。Msポンティ様は、ドビーに言いました。『二度とここにしてはならない』と…うぅ…そして… ーー『坊ちゃま達も、絶対に助けに来てはならない』と伝えるようにとおっしゃいました」

ドビーが大きな目をうるうるとさせて、今にも涙を溢しそうに頭を下げて言った

「何だって?」

セオドールが、嘘だろう…というように、驚愕した

「助けに…来るな?…本当にそう言ったのか?」

ドラコが信じたくないとばかりドビーに聞いた

「はい…」

ドビーは、恐る恐ると言った様子で答えた
ドラコは、足元から崩れ去るような気分だった
不幸なことばかりだった
学校にも行けず、友人にも会えず、こんな逃げ回るような生活…
ろくに外にも出られない
パンジーからの連絡が途絶えて、重篤な感染症に罹ったとも聞いた
それに加えて、最悪の報せ

ドラコのもともと青白い顔がさらに青くなった


どうすればいいのか分からず、命令を待つドビーに、言葉が見つからなかった

その時…



「…ふ…るな…」

「セオドール?」

「ふざけるな」


セオドールが、拳を握りしめてドラコよりも少し明るい金髪からいつもは垂れた目元を怒りのような感情でハッキリと見開いている

ドラコは怖気付いた


「ふざけるな…自分だけ犠牲になればいいって?僕達を遠ざけて、父上を救った気になって?あとは自分のことを忘れて幸せになれ とでも?助けにくるな?二度と来るな?」

ぶつぶつと震える声で言いながら、拳が真っ白になるまで濁り締めたセオドール

その表情は、今まで溜まりに溜まった理不尽な怒りや無力感、哀しみ、苦しみ、後悔がない混ぜになって爆発したものだった

「セオー…「ふざけるな!おい!今すぐ僕をそこへ連れて行け!ユラを連れ戻す!」

ドラコが声をかけようとした途端、セオドールがドビーに向かって叫んだ

「正気かセオドール!?」

ドラコが目をひん剥く勢いで聞いた

「正気だ。おい、早く連れて行け」

セオドールがドビーに命令した

「だめだ!」

ドラコがすかさずセオドールに叫んだ

「早くしろ。しもべ妖精」

ドビーは明らかに困惑した顔で、この場の自分の主人を仰ぎ見た

「…ぼ…坊ちゃん…」

「許さないぞ!セオドール!よく考えろ!『例のあの人』がいるかもしれないんだぞ!?そんなところにお前が言って何ができるんだ?」

「じゃあ、見捨てるのか?何もせずに指を咥えて見てるだけなのか?」

「っそれは…でもユラは来るなって…」

「鵜呑みにするのか?また、「はい、そうですか」って納得するのか?自分には何もできないと最初から決めつけてっ…失うのか?」

「…でも…」

危機迫ったような表情(かお)で言うセオドールに、ドラコは止めようとした声が喉に詰まって出てこなかった

「ドラコはここにいればいい。何と言われようと、僕は行く。おい、しもべ妖精。早く連れて行け」

「…で…ですが…」

「魔法使いの言うことに逆らうのか?」

「めっ滅相もございません!ですが、ドビーはマルフォイ家に仕える妖精なのです…坊ちゃんの許しがなければ…」

ドビーが、ドラコをちらちらと仰ぎ見た

「ドラコ。命令してくれ。君も本当は納得してないんだろう?」

「………」

ドラコは口元をへの字にして、怯えたように顔を歪めた

「……でも…死ぬかも…「そうか、分かった。ならもう言わない」

セオドールは早口にそう言い、ドビーに催促した
そして、ドビーがおどおどとしながら、セオドールとドラコを何度も交互に見て、セオドールに服を掴まれた

「早くしろ」

セオドールがまた、ドビーを急かした
ドビーは「坊ちゃん…」ともう一度、ドラコを見た

すると、ドラコが急にセオドールの胸倉を掴んで、まだ少し震えている口で言った

「勝手に決めるな。僕も行く。納得してるなんて、誰も言ってないからな」

ドラコは、セオドールを睨むように言った
セオドールは、胸倉を掴ませたまま「なら最初からそう言えばいいだろ」とだけ言い、ドラコはドビーに、「連れて行け」と命令した









屋敷しもべ妖精を連れて、「姿現わし」した場所は、廃墟だった
植物の蔓が館の中にまで侵入して、窓がところどころ破損しており、全ての窓に木の板を打ち付けて塞いである

そう

二人は屋敷しもべ妖精の「姿現わし」で、館の中に直接来たのだ

擦り切れて、破れて埃と土だらけのカーペットに足をついた二人は、一瞬言葉がなかった

ドビーは、怯えて辺りを見回しながら、びくびくしていた
「なんだこの汚い館は…」と呟くドラコに、
セオドールは「ユラはどこだ?」とドビーに詰問した
ドビーは、「Msポンティ様は、おそらく。この廊下の一番奥の部屋におられます…」

ドビーは、自分のボロボロの布切れの服の端を握りながらおずおずと答えた

ドビーの言葉に、セオドールは早足に廊下を進んだ
一番奥の部屋…一番奥…そこにユラがいる…
そう期待を込めて…足が動いた
「おっ、おい、置いていくなセオドール」と小声で叫びながら慌ててついてくるドラコをそのままに、セオドールは奥の部屋の扉の前に着いた

念の為、セオドールは杖を構えてドアに耳をつけて、中から声が聞こえないか伺った
すると、ドラコが「おい、ドビー。中にユラがいるか見てこい」と命令した

ドビーは、戸惑いながら命令に従った


そして、数秒してからドビーが再び二人の前に現れて、「お部屋にはMsポンティ様しか居られません…」と報告し、二人は恐る恐るドアを開けた

部屋の中央には、大きなベッドがあり、そこに黒い服を着た人が横たわっていた
小柄で華奢な体のラインからして女性…
長い黒髪をシーツに散りばめている

「…ユラ…?」

セオドールが部屋のドアを後ろ手で閉めながら、恐る恐る声をかけた

「……その声は…セオ?……いいえ…夢ね…セオがここにいるわけがない…」

セオドールの知っている透き通るような大人しい声が響いた
だが、ユラは動かなかった

「夢じゃない」

セオドールは、ベッドまでゆっくり歩いていき、言った

すると、彼女は横たわっていた体を起こしてベッドサイドにいるセオドールとドラコを見上げた

「……う…うそ…」

彼女は、目を見開いて声を漏らした

セオドールはほとんど一年ぶりに見た彼女の姿に眉を顰めた
元々体が強いとはいえず、白すぎるくらい白かった肌は、蒼白く病人のようになり
ちゃんと食べていないことが丸わかりの肉の減った頬
そして、打たれたように少し赤く腫れてる目元と切れた口の端
目の下には隈ができて、涙の跡がある
白を好んで着ていた彼女の服は今や漆黒で、露出のないしっかり胸元が隠されたものだった
だが、服越しでもわかるほど鎖骨が浮き出て、ウエスト部分の太い帯のようなラインからは、かなり痩せていることが見てとれた

「……ゆ…め…なの?」

「夢じゃない。助けに来たんだ」

「ユラ…どうしたんだそれは…何があったんだ?」

セオドールに続いて、友人の姿を上から下まで見たドラコが聞いた

すると、彼女はハッとしたように蒼白い顔をさらに白くした
怯えていた

「だめダメよ。ドビーね。この館には彼が魔法をかけている。屋敷しもべ妖精には反応しなかったのだろうけど、二人共早くここから逃げてっ」

彼女は、自分の腕を掴みながら二人を見上げて言った
セオドールは眉を顰めた

「何言ってるんだ。僕は君を連れ戻しに来たんだ。助けに来たんだっ」

「セオ…ダメなの。今なら間に合うわ。彼が来る前にーー早く…ドビー、ドビー。二人を連れて行ってーー」

ユラが焦りながらベッドから起き上がって、ベッドの近くにいたドビーに駆け寄った

が、ユラの肩をセオドールが掴んで止めた

「ユラ!」

「セオっ」

「逃げよう。今なら逃げられる。僕は君を助けるために来たんだ」

「セオ…セオーー…それは無理なの。私はここから出られない」

ユラはふるふると首を横に振りながら言った

「どうしてっ!『例のあの人』に脅されてるのか?そうなんだろう?そうだとしても今はいない!」

セオドールがついに言った

「セオ…お願い。早く逃げて…私は行けないの。まだこっちにいなければならない…」 

「ダメだ。絶対に連れて帰るっ」

セオドールは、ユラの手を握って何が何でも連れて帰ろうとした

「っ」

その強さに、思わず痛みで声を漏らすユラ

「おい、セオドール…そんなに強く引っ張ったら痛いだろう」

ドラコがビクビクした様子で、まだ辺りを見回しながら注意した

「あ、すまない…」

「いいのよ…でもセオ。私は行けないのーーお願い。このまま二人で戻っ…!」

ユラが自分の手を掴むセオドールに諭すように言おうとした時、ユラの顔が恐怖で歪んだ

「だから、その頼みは聞けな…「しっ!彼が来る。ドビーっ」

セオドールがしつこいとばかりに言おうとした時、彼女は焦ったような顔で黙るように合図した

音すら立ててはならないような緊張した顔で、ユラはドビーを呼んで、急いで二人を部屋の奥のバスルームに押し込んだ

二人は屋敷しもべ妖精と一緒に押し込まれかけて抗議したが、彼女が必死の形相で「彼が来るっ。何を聞いても絶対に出てきてはダメよっ。何もせずに音を立てずにここにいてっ。話は後で聞くから!あなた達は見つかったら殺されてしまう。あなた達の父親は報復のために追われてることを忘れないでっ。絶対に!出てこないで!」と早口に言い、扉を問答無用で閉めて、鍵がかかる音が響いた

ユラが外側から鍵をかけたのだ

セオドールはドアを叩こうとしたが、ドラコが「足音がするっ、セオドール。ダメだ。今は従おう」と小声で言った

セオドールも仕方なくそれに従い、物音を立てずに静かにすることにした

本当に『例のあの人』が来たなら不味いどころじゃない




そして、数分くらい経った後…
「姿現わし」の音が聞こえた


そして…



「何をしていた」


甲高い声が聞こえてきた
二人は肩を震わせて、目を見開き顔を見合わせた

ドア越しからも感じる強大すぎる魔力に、緊張感と冷や汗が止まらない


「こんな何もない部屋で何をすると言うの」


ユラの声が聞こえた
二人は「殺されるっ」と思った
闇の帝王に無礼な口を効く者は、殺されてきた、と父親が話していたからだ

だが


「減らず口を。まあ、よい。体は回復したようだな」

「……また、死なせてくれなかった…」

「その問答は飽いた。さて、ナギニーー次は、お前の仕置きの時間だ」

「!!」

甲高い声で発せられた言葉にセオドールとドラコは焦った

「わ…わたし…」

「聞くところによれば、お前は、『穢れた血』を拷問し、ポッターの居場所を聞こうとしたそうだな?」

「は…はぃ…」

「お前、最初からポッターがあそこにいたことを、知っていたのではないか?」

「そんなっ…違っ…「違わないだろう。何のためにお前に俺様の力を分け与えたと思っている?あのような呪いなど、すぐに解呪することなど容易だったはずだ。だがお前はしなかった」

「…違うっ…違うのっ…本当に分からなかったっ…あそこにポッう゛ぅ゛ぁッ」

バチン!と言う音が響いて、ユラのくぐもった声と共に、床に何か倒れる音が聞こえてきた
今にも飛び出していきそうなセオドールに、ドラコは恐怖で強張った表情で、必至に首を振って肩を掴んで止めた

「お前はいつからそんなに物覚えが悪くなった?その名を、口にするなと何度言えばわかる!」

先程までの落ち着いた口調が、いきなり豹変したように怒鳴った声が響いた
これにはドラコとセオドールも肩を震わせてびくりとし、恐怖した

「っ…ご…ごめんなさっ…ぃ…」

謝罪するユラのか細い声が聞こえてくる

「……だ…だけど本当に…本当にわからなかったっ……か、彼がほ…本物だって……本当よっ…あ…あの娘は二重に魔法をかけてたっ…ま、前に言ったわっ…彼自身に知識はないっ…だけど、知識授ける厄介な者が側いるって……わ…若いけれど相当な知識で…腕の立つ魔女がっ…「’’魔女’’だと?」」

甲高い声がことさら低く響いた

「ぁ…」

「ナギニ。お前は今、『穢れた血』を、’’魔女’’だと言ったか?」

「…ぁ…そー…「どうやら、今日は気が動転しているようだ。それとも、俺様の聞き間違いか?」

脅すような言葉に、彼女の声が聞こえてこなくなった

「答えろ。ナギニ」

「………わ…私が…悪かった…わ…」

「そうだ。そうだろうとも。失言が多いようだな?ナギニ。何か、心配事でもあるのか?ん?」

「……な…「言え」

「…ゆ…夢を…」

「夢?」

「夢を見るの……私………お…女の人が…私の名前を…アルウェンって……呼んで…私…私っ……」

床に手をついて俯きながら震えるように言った彼女に、ヴォルデモートはスッと途端に表情を失くした

「……その…その女の人……あ…あの頃の…私にそっくりで……でも…目だけが…違って…「ただの夢だ」ぇ…」

彼女の言葉を遮るように、ヴォルデモートは冷え冷えとした口調で言った
彼女は、思わず彼を仰ぎ見た
黒曜の目が不安に揺れた

「可哀想に。ナギニ。お前はもう気をおかしくしてしまったのだ。夢と現実の区別がつかぬほど気をやっておるのだ。お前の見たものは、夢だ。そうだな?」

心底労るような風に、ヴォルデモートは先程打った彼女の頬を撫でながら言った

「……わた…あの…ちが…そんな…」

震える唇で、夢じゃない…きっと…何か意味があると否定しようとする彼女

だが

「夢だ」

今度は強い口調で、冷たく言い放った

「……そぅ…だね…」

彼女は、その口調に、これ以上口答えはできないと、諦めたように俯いてつぶやいた
虚な笑いすら洩れてきそうな様子で…

「ナギニ。お前はアルウェンなどという名であったことなどない。ナギニだ。そうだな?」

ヴォルデモートは、優しい口調で言いながら、彼女を立たせて目元にかかった黒髪を指で払った

「……」

苦い顔で、泣きそうに揺れた黒曜の目は、床に向けられながら沈黙を下ろした

「返事はどうした?」

ヴォルデモートが、催促するように言った

「…は…ぃ……」

彼女は、まるで人形のような様子で、虚に答えた

「良い子だ。良い子だナギニ」

大人しく言うことを聞いた彼女を引き寄せて抱擁したヴォルデモートは、胸元に埋まる頭をゆっくり…ゆっくり撫でた

「……(…あれは…きっと…私の母………セオとドラコは…逃げたかしら……もうここにきてはいけない……絶対に……)」

漆黒の胸に抱かれながら、彼女は頭の中で願った

「お前に見せるものがある」

そう言って、ヴォルデモートは抱き寄せた彼女と共に「姿くらまし」した




部屋には今度こそ沈黙が降りた






















「なんだ…今のは…」

セオドールの言葉が、その場に響いた

「……な、なあ…セオドール…あの…’’アルウェン’’って…まさかーー」

ドラコが震える声のまま、恐ろしいことを口にしかけた

セオドールは、困惑と混乱に呑まれていた

そうして、つぶやいた

「…何がどうなっている…」
























翌日、足取り早くウィーンに経ったハリー達は、オーストリアに入ったところだった
何度も「姿現わし」と「姿くらまし」をして、着いたオーストリアのウィーンの市街地は、マグルで溢れていた
流石の死喰い人も、ハリーがイギリスから離れた国外に、しかもマグルの世界の観光地に訪れているなど想像もしないだろう

オーストリアに入ってからは、ずっとマグルの公共交通機関を利用したため、そこまで周囲を警戒する必要もなかった
むしろ、マグルに溶け込むために気を遣うほうが難しかったほどだった

ウィーンのシンボルでもあるシュテファン大聖堂の周りには、マグルの観光客が敷き詰めている
冬の寒い中、雪が僅かに降っているにも関わらず、賑わいを見せる市街地の中心

写真を撮ったりする観光客と、観光客にお土産を売るマグル…

ハリー達は、念の為にイギリスにいたマグルの髪の毛を拝借し、ポリジュース薬で化けていた

「ハーマイオニー、カタコンベに入るのは夜の方がいい」

ハリーが、入館受付の立て札をみなが、つぶやいた
そこには、大聖堂の中の地下にあるカタコンベのツアー時間が書かれていた

「そうね。時間にならないと開かないのはどうにかなるにしても、昼は不味いわ」

ハーマイオニーも同意した

「でもさ、夜潜入するにしても、夜までどうする?」

ロンが言った














雪がしんしんと降る暗い闇の中、三人は大聖堂の中に忍び込んだ
「透明マント」を被り、警備員が巡回をしているところを難なくすり抜け、地下のカタコンベに繋がる地下階段の鍵のかけられた鉄網の解除し、念の為に元に戻し、下に降りていった

「透明マント」を取り去り、ロンの「灯消しライター」の灯りを頼りに、夢で見たのと同じ景色の暗い岩の螺旋階段を降りていった

石壁には骸骨が埋め込まれてある…

ロンは気味が悪そうに「うぇぇ」と呟いた
ハーマイオニーが「ここはペストで亡くなった人の遺骨を保管してあるのよ」と説明した
ロンが「あー、そういえばそうだった」と、前にハーマイオニーが説明していたのを、思いましたように返した

下まで降りて、もう階段がないところで、少し奥行きの広い場所に出た
ハリーの夢で見たのと景色と同じだった

だが…

「石の棺はどこだ…」

ハリーはもう奥のない行き止まりの石壁を触った
夢の中では、ここに石棺があった
そこに、ヴォルデモートは彼女の遺体を埋葬した

「ハリー」

ハーマイオニーが声をかけた
ハリーは耳に入らなかった

無闇鱈に壁を摩り、杖をかざしてみたが何も起きない
何もない

「ハリー、ここじゃないのかも」

ロンが気まずそうに言った
だが、ハリーは諦めなかった
必死に考えた
思い起こした

あいつは確かにここに埋葬した

この地下に入った時、それだけは強く確信していた
夢で見たヴォルデモートの足取りが自分と重なるかのように、降りていったのだ
傷痕はずっと痛んでいた
ハリーは、この痛みが地下に入ってから次第に強くなっていったのを感じていた
間違いなくここにある

「間違いないんだ。ここにあるーーあいつはここにーーーここに、彼女の…アルウェンの遺体を…」

焦るように、まるで言い訳するように言ったハリーは、唐突に思い出した


最初の分霊箱はどうやって手に入れた?



そうだーーー


ハリーは迷わず、ハーマイオニーに言った

「ハーマイオニー、剣を貸して」

「え?」

「早く」

虚をつかれた顔をするハーマイオニーに催促して、勢いに押されてビーズバックから剣を取り出して渡すハーマイオニー

受け取ったハリーは、迷わず、あの時の同じように掌に刃を押し当てて引いた

「ハリー!?」

「何してるんだ!?」

ハーマイオニーとロンが叫んだ

だが、ハリーはその手に溢れた血を迷わず行き止まりの壁のそばの石床に落とした

「見てて」

ハリーは二人と血を落とした床を交互に見ながら言った

二人は床に視線を凝視した

すると、石の床はハリーの落とした血を吸い込んだ
三人は顔を合わせた

すると、ゴゴゴゴォと石が、ダイアゴン横丁に行く時のあの煉瓦の壁のような音を立てて動き出す音が響き、あるはずもない線が現れ、床の石がくり抜かれたように長方形に浮き出した

しばらく石が擦れる音が鳴り響き、一つの棺の大きさの石が現れた

「うわぁ…」

ロンが声を漏らした

「これ…棺?」

ハーマイオニーがハリーに聞いた

「ああ…夢に見たのと同じだ…きっと間違いない…」

ハリーは棺から目を逸らさずにハーマイオニーに答えた

「皆、これを退かすのを手伝って」

ハリーは、棺の蓋に手を置きながら、二人に言った
二人はおずおずと進み出て、棺の蓋に手を置いた
三人で並んで手を当てながら、ハリーが「せーの、で一気に押すよ」と言い、掛け声で一気に力を込めて、重い石の蓋を押した

石の擦れる音が響き、次の瞬間、盛大な音を立てて後ろ側に落ちた
ロンは、中をチラッと見た途端、怯えたように飛び退いた
ハリーも、同じようにするところだった
ハーマイオニーも後退りしている

「なんだ…これ…」

ハリーは、棺の中にいるものを見てつぶやいた

「ハリー……間違い…ないのよね?彼女が…」

ハーマイオニーが恐る恐る聞いた

「ああ……彼女が’’アルウェン’’だ……」

ハリーは続けた











「僕が見た記憶と’’同じ’’だ…」
















棺の中に埋葬されていたのは、ハリーが記憶で見た彼女と違わない、生前の頃と同じ姿…
少し大人びて、ふくよか気がするが、それでも細く、華奢な彼女の眠っているかのような姿だった
前髪で目元が隠れ、鼻から下しか顔が見えない
グレーのワンピースのような少し昔の服を身に纏い、静かに眠っている

ハリーは自然とお腹に視線を移した
夢では、彼女は妊娠していた

ハリーは目を見開いた
恐怖なのか、驚愕なのか、その正体はわからない

だが、膨らんでいるはずのお腹は…


‘’膨らんでいなかった’’


「ハリー、ねえ、彼女って妊娠していたのよね?」

ハーマイオニーが恐々とした様子で聞いた

「してたーーー間違いなく…」

「じゃあなんでーーー」

ハリーの疑問を引き取るように、ロンが言おうとした

だが、その時…

何かが棺の側にいたハリーの手首を掴んだ

「ハリー!!」

「ハリー!それ!」

ハリーは手首を見ると、死んでいるはずの彼女の手が動き、ハリーをがっちり掴んでいた

ハリーはもう心臓が止りそうだった
だが、その次の瞬間、もっと信じられないものが目に飛び込んできた

壁には敷き詰められていた遺骨が動き出したのだ
悲鳴をあげるロンとハーマイオニーに近づく遺骨に、ハリーは最初の分霊箱を見つけた時のことだ
あの時も、亡者が動き出してハリーに襲い掛かった
それと同じことが今、二人に向かって起こっている

「ロン!ハーマイオニー!何でもいいから呪文を片っ端から唱えて!」

「わかったわ!ディフィンド!(裂けよ!)

ハリーの指示を受けながら、ハーマイオニーは迫り来る遺骨に向かって、杖を向けて叫んだ

「スっステューピーファイ!(麻痺せよ!)

ロンも動く遺骨に向かって叫んだ

二人の声を後ろに聞きながら、ハリーは自分を掴む手首を離そうとした
だが、物凄い力で握ってまったく離れない
しかも、動き出した遺骨はハリーの足元にも来た
ハリーは蹴り飛ばそうとした
だが、次から次に湧いてくる

ハリーは、片手に持った剣を刺そうか迷った
今にも取り込もうと、二人の足首を掴んで囲んでいる

「ハリー!」

「ハリー!さすんだ!きっとそれを刺せば止まる!」

ロンとハーマイオニーが、剣を掲げたまま腕を掴まれて杖を落とした二人を見て、いまだに自分を掴んでいる遺体を見た

分霊箱だ

禍々しい魔力をはっきりと感じた
このままここで自分達を殺そうとしている…
侵入者を殺そうと…

あの時のように、青い炎で助けてくれるダンブルドアはもういない

ハリーは歯を食いしばって、咆哮をあげながら白銀に輝く剣を彼女の胸に突き刺した

すると、ロンのものとも、ハーマイオニーのものとも違う、多くの人間の恐ろしい悲鳴が響きわたり、胸に刺った剣から白銀の光が地下室を包むほどに埋め尽くした

ハリーは眩しくて、とても目を開けていられず目を閉じた


数秒後、瞼に感じる光がなくなり、ゆっくりと目を開けた…


ハリーは目を開けた瞬間、目に飛び込んできた情景に、目を見開いた


ーーー「……ぐすっ……もういやだ…こんなとこ…どうして誰も迎えにきてくれないの………うぅ…ぐすっ」ーーー


柔らかい幼い女の子が、無機質なパイプベッドの上で、震えながら膝を抱えて、顔を埋め泣いていた

ハリーはそれが誰だかわかった

幼いアルウェンだ…


切り替わる煙のように目にしている情景が変わる…
黒髪の男の子が現れた


ーーー「めそめそするな。僕達は捨てられたんだ。迎えなんか来ない」ーーー


幼い高い声が、女の子に現実を突きつけるように鬱陶しそうに言った

女の子は黙り込んで静かに泣いた






また景色が変わった






ーーー「なあ、ナギニ…お前も僕の母と同じようにいなくなるのか?」ーーー


ーーー「ぇ……」ーーー


ーーー「死ぬのか?僕を置いていくのか?」ーーー


ーーー「トム…私…私家族がいない…」ーーー


ーーー「だからなんなんだ」ーーー



ーーー「だから…その……トムだけが…」ーーー


ーーー「はっきり言え」ーーー



ーーー「置いていったりしない。だから、だからトムも私を……見捨てないで…捨てないで……私…独りぼっち…はっ…ふっう゛…いやだよっ…」ーーー


ーーー「よく泣くな。お前は。しょうがないやつだ」ーーー


紅い目を和らげた男の子は、女の子の手を握って涙を拭いた

ぼろぼろのつぎはぎの、グレーの服を着た幼い女の子と男の子…
この時の彼女は、まだ前髪で目元を隠していなかった





ハリーは、胸が締め付けられた



次々と変わる、まるで二人の成長期のような情景…
孤児院での酷い環境や、食事、寝床の寒さ…
お風呂だって毎日入れるわけじゃない…

二人は協力し合って生きていた

決して暖かいとは言えない、薄い布団の中で二人は手を握って温め合って眠っていた

幼い彼女は、ミセス・コールに叱りつけられていた

「またトムといたんですか。いけませんよ」「あなたみたいな迎えのこない子どもをここに置いてあげているだけでも感謝しなさい」「拾ってあげたんですから、少しは役に立ちなさい」「トムを見張るのです」

ハリーは、だんだんと感情の機微がなくなり、ただ従順に返事をするだけの幼い女の子に、胸が締め付けられた
そして、それをひっそり見ていた幼いリドルの表情が、怒りと憎しみに燃えているのも…


そして、ミセス・コールは、「不気味な子」「おかしな子ね」と施設の大人と話して、彼女とリドルを医者に診せよう話していた

彼女はやってきた小太りの中年のマグルの精神科医と二人きりになった

リドルと引き離され、別の部屋に連れて行かれていた


彼女は、脈拍を測る医者に怯えた表情で腕を出していた
そして、医者はいかにも尤もそうに聞こえるおかしな理屈を並べ立て、十歳にも満たないだろう幼い彼女に触診するから脱ぐように指示した
彼女は「嫌だ」と言った
すると、医者は、仕方ない子だというように、大きな手で小さな口を塞いで、暴れる彼女を押さえつけて、涙ぐむ様子を興奮した様子で見て、自分のズボンのチャックに手をかけて、あろうことか下半身を露出した

彼女はいよいよ泣き出して、抑えられた口元でくぐもった悲鳴をあげた
ハリーには、必死でリドルを呼んでいるのがわかった

涙がボロボロと流れて、医者がボロボロのワンピースに手をかけた瞬間、窓が大破して、扉が開いた

医者と彼女が扉を見ると、幼いリドルが軽く汗をかいて、怒りの形相で立っていた
医者が呆気にとられて力をゆるめた隙をついて彼女が医者の下から抜け出し、リドルの胸に飛び込んだ


ーーー「トムっ!!」ーーー


ーーー「ナギニ!貴様!!よくもっーー!!」ーーー


リドルの紅い目が怒りに燃え上がり、その時、突然ベッドの下から現れた蛇が男に襲いかかった

彼女は、リドルの背中に庇われながらずっと震えて泣いていた


その後、窓が割れた音と、医者の悲鳴を聞いてか、施設の大人たちが駆けつけて、リドルが幼い彼女を治療だと偽り襲ったことを冷静に説明し、後始末を大人に任せて震える彼女の手をしっかり握って部屋に戻っていった



部屋では、まだ恐怖が拭えていない彼女の震えをとるかのようにリドルは彼女を抱きしめて「お前はもう僕のそばを離れるな」「必ず仕返ししてやる」「大丈夫だ。僕が守ってやる」と繰り返した

彼女は無言でリドルにしがみついて泣き続けた






これは、ハリーが知らない事実だ
そして、きっと、ダンブルドアも知らない
ミセス・コールは黙っていたのだ
孤児院の面子のために…
だから、リドルはダンブルドアが来た時に、あそこまで過剰に反応したのだ
怒り狂い、憎しみを向けるかのように…

ダンブルドアの予想は間違ってはいなかった
リドルは彼女を守ろうとした







また場面は変わり、二人はホグワーツの制服を着ていた

組み分けの儀式だった

アルウェンがスリザリンに決まり、リドルもスリザリンに決まった

リドルは、向かい側には座らず、アルウェンの隣に座った
隣の男子生徒から距離を取ろうとしているアルウェンを落ち着かせるように、テーブルの下で手を繋いで座っていた








また場面が切り替わった



ハリーが懐かしくて仕方なかった顔より、少し若い人の顔が現れた

まだ校長でないダンブルドアだった


ーーー「励んでおるようじゃのう。アルウェン。不便はないかの?」ーーー

授業終わりなのか、教科書を胸に抱えて座ったダンブルドアの前で立っている彼女
二、三年生くらいだろうか…

半月型の眼鏡の奥から青い目を和らげて、微笑みを向けて、身長の低い彼女の小さな頭を撫でるダンブルドア

ーーー「…ぁ…大丈夫…です…教科書も…先生のくれたお金で…」ーーー

ーーー「そうかそうか。ならば良い。じゃが、ホグワーツの冬はよく冷える。寒いじゃろう?何か欲しいものはあるかの?」ーーー

ーーー「…ぃ…いえ…大丈夫です。寒さには慣れてますから…」ーーー

彼女の言葉に、ハリーは孤児院での寒さと較べているのだろうとすぐわかった

ダンブルドアも同じことを思ったのか、眉を下げて悲しそうな様子で、頭を撫でていた手を下ろし、彼女に少し待つように言い、奥の教授室に消えた…

少ししてから戻ってきたダンブルドアの手には、マフラーが握られていた
少し大きいが、あったかそうだった

それを、彼女の首に巻いてやったダンブルドア
膝をつき、戸惑う彼女に視線を合わせてダンブルドアは言った

ーーー「ちと早いが、わしからのクリスマスプレゼントじゃ。アルウェン。君はトムのためにお金を貯めておるのじゃろう?」ーーー

ーーー「…どうしてそれを…」ーーー

ーーー「ほっほっ。わしには何でもわかるのじゃよ。のう?」ーーー

悪戯っぽく言ってウインクしたダンブルドアに、彼女は少し、ほんの少し緊張していた口元から力を抜くように微笑んだ

ーーー「おお、じゃが他の生徒には秘密じゃぞ?わしは公平な教師なのでな?」ーーー

そう言って、人好きする笑顔で髭を撫でながら笑ったダンブルドアに、彼女は今度こそ口角を上げて微笑んだ

ーーー「…ふふ…ありがとうございます…先生…あったかいです…なんだか、ラズベリーみたいな香りがする…」ーーー

ーーー「お、よく気づいたのう。わしの好物なのじゃ」ーーー




ハリーの知らない、ダンブルドアの顔だった
そして、ダンブルドアが彼女の心を開いていたのだとわかる場面でもあった…












ーーー「ナギニ、それはどうした?」ーーー

二、三年生ほどの、少し成長したリドルが彼女に聞いた
見るからにさらさらとした黒髪に、流麗な眉を顰めて、形のいい唇を歪めて、紅い目を細めている
彼女の首元には、先程見たマフラーが巻いてあった
あったかそうにしている


ーーー「こ、これね。クリスマスプレゼント。ふふ。ダンブルドア先生が、秘密だよって…きっと、気を遣ってくれたんだよ。これね、あったかくていいんだよ」ーーー


おそらくは、幸せそうに目を細めて微笑んだであろう彼女に、リドルは、「先生に?」と、高い声を低めて呟くように聞いた

彼女は「うん」と返したが、リドルには聞こえていないようだった


ーーー「そうか。よかったな」ーーー


リドルはそう言った



だが、次の場面で、彼女が酷く落ち込んでいた
首元を寒そうにしていた
彼女の首元にマフラーはなかった
「マフラーを失くしてしまった」と泣いて落ち込む彼女に、リドルは慰めるように声をかけて、頭を撫でて抱きしめながら、言った

ーーー「お前は物をしっかり管理していないからどこかに落としてきたんだろう。お金を貯めたら僕が買ってやるから落ち込むな」ーーー



その次の場面で、スリザリンの暖炉の前で、リドルがある物を手に持って暖炉に放るのを見た


ーーー「お前は僕のものだ。他のやつが与えた物を身につけるなんてっ…許さないっ」ーーー


ぶつぶつとそう呟いていた





ハリーは、リドルがマフラーを処分した張本人だと分かった
彼女は、落ち込んでいた
ダンブルドアに「失くしてしまった」と泣きながら言って謝るのを見た

ダンブルドアは責めなかった
泣いてる彼女の頭を撫でて、温かいココアを渡して慰めた


ハリーは泣きそうな想いだった






それから見た記憶で、リドルがなぜあそこまでダンブルドアを敵視していたのか、それが如実にわかるものだった
ハリーから見れば、一方的な逆恨みだ

だが、リドルは、孤児院育ちゆえ、ダンブルドアに目をかけられていた彼女を監視するように、管理するように見ていた

ダンブルドアが声をかければ、その様子を後ろからじっと見て…
その時は放置しておく
だが、彼女と二人になった途端、徐々に本性を剥き出しにしていった
彼女には友達なんか、本当にいなかった
どうやら、魔女として、本当に出来損ないだった彼女に、親切に声を掛けていた男子生徒も、女子生徒も…

接触して一日経てば、ひと言も彼女に話しかけなくなったし、近寄らなくもなった

ハリーは、意味がないとわかっていてもリドルを殴りつけてやりたい気持ちでいっぱいだった
すべてーーーすべてリドルが裏から手を回していた

彼女の話し相手は、血みどろ男爵やゴーストだけだった
あとは、話しても返事のない魔法生物や動物ばかり…

寂しそうだった…

リドルがそばを離さないせいで、出来損ないだと嘲られ、目劣りする彼女は、陰でいい笑者だったに違いない
スラグホーンなどは、ハリーが予想していた通り、リドルの横にいても彼女をいない者同然に扱った

今のハリーが知るスラグホーンよりも、もっと酷かった
目のつく生徒や一角になりそうな生徒にばかり贔屓する
パーティの共としてリドルのパートナーとして彼女が行っても、挨拶しようとした彼女には目をくれずリドルにばかり話しかける












ーーー「のう、アルウェン」ーーー

もう、七年生くらいだろうか
ダンブルドアが成長して、ガリガリだった孤児院の時とちがい、女性らしく、まだ少し細いが、程よい体型になった彼女に言った

ーーー「君が培ってきたものを、若い子弟たちに教えることに、興味はあるかの?」ーーー

ハリーははっとした
ホグワーツへの教職に、ダンブルドアが誘っていた


ーーー「ぇ…」ーーーー


ーーー「君は、わしが理想とする、聡く、良識をもった魔女じゃ」ーーー


ダンブルドアは、彼女の目を見て、細く華奢な手を握り言った

ーーー「でも……私……出来損ないで…魔力も…」ーーー


ーーー「のう、アルウェン。魔法とは、力ではないのじゃ。魔力の強さや弱さは、魔法使いを判断する外付けされた基準にすぎん。君は、もっと、もっとも大事なことをーー理解している」ーーー




ーーー「…大事なこと…ですか?」ーーー




ーーー「魔法力に溺れぬ強さじゃ」ーーー



ーーー「ぇ…」ーーー




ーーー「多くのーーいいや、ほとんどの魔法使いが、どんな出身や、境遇からであっても、己が魔法使いと知り、魔法力を学べば、
一時(いっとき)であれ、長くとも、もう魔法力なしには、生活することを考えられぬほど、それが’’普通’’になってしまう」ーーー



ーーー「…普通…」ーーーー



ーーー「そうじゃ。じゃが、君は、わしがあの時会った時から、己の中の魔法力を恐れておった」ーーー



ーーー「…それは……でも、私みたいな人なら…」ーーー


ーーー「無論、君のような境遇の子や、マグルの中で育った子の中にも、魔法力を自覚した時、恐れる子はいよう。じゃがーー君は魔法力を使いたくない、と思ってはおらんかの?」ーーー

ダンブルドアがそう言うと、彼女はまるで怯えたように顔を強張らせた

おそらく、それはリドルのせいだろうと思ったハリー

ーーー「君は、花を、植物を、杖で開花させようとはせぬ。自然の流れに、逆らうようなことはせぬ。魔法生物を、友のように扱う。感情があるかのように扱う。それはーー失礼じゃが、魔法族にとっては、信じられぬことじゃ」ーーー

ーーー「ッ…ごめっ…」ーーー

彼女は震えて謝ろうとした
だが、その様子は、リドルに教え込まれた反応のように思えてならなかった

ダンブルドアは怯えて震える彼女に、訂正した

ーーー「責めておるわけではないのじゃよ。わしは、それがどれだけ貴重なことかを、君に知ってほしいのじゃよ。魔法の原点は多くの博学な者達が論じるところじゃ。かくいうわしも、その一人でもある。じゃがーーこの数年、わしは、君を見てこう考えた」ーーー


ーーー「魔法は、自然により与えられた恩恵である、とな。産まれた時から魔法力を持っている。与えられた物ではなく、才能だと豪語する者は、多かろうし、ほとんど、全員がそういった考えを持っておろう。じゃが、我々は魔法力をなくせば、ただの人じゃ。決して、驕っていい力ではないのじゃ」ーーー


ーーー「……せん…せぃ…」ーーー


ーーー「君は自然に、敬意を示す。尊敬を置いておる。君自身にそのつもりがなくとも、気づかなんだかな?君は、魔法力が弱いにも関わらず、君が心を砕いた相手が、君を手助けしようとするのを。魔法植物も、動物もーーーわしの変身術の授業でも、君はーー失礼じゃが、うまくできなかった。じゃが、最後には必ず成功した。あれは、一種の魔法なのじゃ。アルウェン」ーーー


ーーー「…ま…ほう?魔法力とは、違うということですか?」ーーー


ーーー「わしの見解では、そうじゃ。君は、わしらが通常、魔法力と呼ぶ類の魔法とは、別の魔法を持っている。わしはそう思っておるよ。’’想いの力’’とでも言えば、それらしかろ?」ーーー


ーーー「…’’想いの…’’…そう……かもしれません…ね…」ーーー

彼女は、一瞬嬉しそうにした
だがすぐ、力無く微笑んだ
信じているような、いないような…
いいや、信じたいが、今の自分には…というような諦めた様子だった















ーーー「僕を…僕を切り捨てるのかーー?」ーー


あの古屋だった
卒業間近だろう彼女は、長身のすらりとした背中を向けるリドルに向かって話していた


ーーー「トム、違う。そういうわけじゃない。私っ…私、考えたの。ずっとこのままではいられない。トム…聞いて…お願い」ーーー

リドルは何も言わなかった
黙ったままだった

ーーー「…トム。私…私はあなたのそばにいない方がいい……私が側にいては、あなたの足で纏いになることはわかる………私は、あなたと違って魔法力も…ほとんどない……ずっと…ずっとあなたに庇ってもらうのはっ……」ーーー


彼女の声は泣きそうだった


ーーー「もらうのは、なんだ?言ってみろ」ーーー



ーーー「もう…辛いのっ………トムのそばにいるのが…辛いの……トムがわからない……」ーーー



ーーー「…辛いのか」ーーー




ーーー「…ごめんなさい………本当に御免なさい……私、ずっと…ここで生きていく覚悟ができなかった……トムに甘えて…」ーーー


ーーー「僕は、迷惑とは言っていない」ーーー


ーーー「うん。わかってる…わかってるの…でも、私が…私を許せないだけなの………だから…だから」ーーー


ーーー「ダンブルドアの元に行くのか?」ーーー


ーーー「………うん…こ、こんな私でも…教えられることがあるって…居場所があるって……」ーーー


ーーー「と、トムは知らないだろうけど、あの先生はずっと私たちのことを気にかけてくれてた。孤児だからっていうのもあるかもしれないけど…同情でも…親切にしてくれた。親身になってくれた。私、少しでも恩を返したい。ちゃんと先生になって、トムに教えてもらったことを、これから活かしたいの」ーーー


ハリーは、戦々恐々とした
彼女が言葉を紡ぐたびに、リドルの様子がどんどんひどく冷たいものになっていく


そうして、沈黙が降りた


リドルはゆっくりと振り返り、ハンサムな笑顔を全面に出して、微笑んで無言で腕を広げた

ハリーには…それがゾッとする笑顔だった
明らかに何が強い衝動を抑えたような作り笑いだった



ーーー「わかった。お前がそう言うならーー応援する。おいで、ナギニ」ーーー



長い腕を広げて、平均よりも低い小さな彼女を怯えさせないように腕に呼び寄せた


彼女は、一瞬躊躇った様子だったが、大人しくリドルの胸に頭を預けて、腕の中に包まれた


リドルは、彼女の腰に手を回し、頭を撫でながら、作り笑顔が消えた冷たい表情でつぶやいた


ーーー「…もうーーあの頃のお前ではないんだな…」ーーー



ーーー「成長したからね…」ーーー





答えた彼女は、まるで見当違いで、リドルは冷たい表情からさらに無機質な表情になった




ーーー「…ナギニ…僕は、お前が、自ら僕の手から離れることが心底ーー」





リドルはそう言って、頭を撫でていた手の袖から、杖を取り出して彼女に向けた

そして、彼女を片腕で抱きながら、残酷な微笑みで言った





ーーー「’’残念だよ’’」ーーー



リドルはインペリオ(服従せよ)、と、唱えた

彼女は途端に、虚な目になって意識を失った
力の抜けた彼女の体を、軽々と横抱きに抱き抱え、リドルは眠る彼女に視線を向けた





ーーー「裏切り者」ーーーー





眠る彼女の目からは、涙が一筋伝っていた











場面はまた変わり…
どこかの部屋だった…

成長した大人の彼女が、ベッドの上で座っていた


ーーー「………トム…………まだ…帰ってこないのかな………」ーーー


呟いていた…

彼女は立ち上がり、窓を開けようと手をつけようとした

だが、何かに弾かれたように手を退けた

ーーー「ッ………出たい…外に出たいよ……なんでっ…」ーーー

苦しそうに、泣きそうな声で言いながら彼女は、ベッドに戻り、枕を抱きしめて泣いていた




ハリーは絶句した
卒業してから、彼女はリドルによって隔離され、監禁されていた






ーーー「また泣いていたのか?」ーーー

リドルが部屋に入ってきた
ハリーの知らないリドルだった
美しい顔の、眉間から鼻筋にかけて大きな火傷の痕があるが、まだ顔の造形は無傷で、蝋のような顔ではなかった

ベットで膝を抱えて顔を埋める彼女に、近寄り、ベットの脇にため息をついて腰掛けたリドル

ーーー「…トム……ここはどこなの」ーーー


ーーー「どこだろうな。また来週には移動するから覚える必要もない」ーーー


ーーー「じゃあ…今はいつ?」ーーー


ーーー「11月だ。雪が降っているのが見えないか?」ーーー


ーーー「…外に…出たいよ…」ーーー


リドルの眉がピクリと動いた



ーーー「…し、街に行きたいわけじゃないのっ…ただ…外な空気を……その…自然の空気を…吸いたいの……お願い…トムの言うことを聞くから………少しだけでいいから…」ーーー


ーーー「逃げないと、誓うか?」ーーー


ーーー「うん…」ーーー

彼女が頷くと、リドルは杖を出して軽く振った
すると、部屋にある洋箪笥から黒のローブがひとりでに出てきて、ワンピースだけの彼女の肩に掛かった
リドルがローブの前を閉めた
驚く彼女に、大きく、白い手を差し出したリドル

ーーー「外に出たいんだろう?連れて行ってやる」ーーー


彼女は、一瞬戸惑ったような様子だったが、リドルの手を取った















リドルが彼女を連れて行ったのは、雪が降る積もった森だった
静かで暗い森…
遠くまで針葉樹林が広がり、先が見えない
木の間からは、夕焼けが照りつけ雪をきらきらと照らしている

抱き上げられていた彼女は、裸足にも関わらずリドルに降ろしてほしいと訴えた
リドルは叶えた
 

裸足で雪の上に着地すると、彼女は口角を上げて、息を吐いた
白い息が広がり、彼女が肩の力を抜いて嬉しそうにしているのが見てとれた

ーーー「綺麗…」ーーー

ほっと一息ついたように漏らした彼女
雪に残る足跡を、リドルはじっと後ろから見ながら彼女が大木に触れて空気をいっぱいに吸い込んでいる様子を眺めている

二人の間に会話はなかった

ただ、雪を、木を、葉を、自然を見て癒されている彼女を見ていた
じっと…

フードを深く被って、自分を見ているリドルに、彼女は振り返らない


すると、リドルが声をかけた


ーーー「なぜ、あの時ーーお前は’’普通でいい’’と言ったんだ…」ーーー



リドルが、唐突に質問した
それはまるで、理解し難いものを知りたがるような様子だった



ーーー「…普通?…」ーーー





振り向いて彼女が不思議そうに聞いた




「俺たちが、魔法使いだと知った時だ」



リドルが付け足した
すると、彼女は顔が強張った



ーーー「それは……」ーーー




ーーー「お前は、いつもそうだった。自分が魔女であることをーー魔法力を受け入れようとはしなかった……なぜだ?」ーーー




ーーー「………」ーーー

彼女は背中を向けて沈黙した



リドルは、その場から動かずに再度「何故だ」と聞いた
その様子はとても落ち着いていた
穏やかとすらも言える



ーーー「……それは…必要がないと…思ったから…」ーーー




ーーー「必要がない?」ーーー




ーーー「………私は…魔法のない中で育った……私は…怖かった…自分の知らない力が…」ーーー




彼女が独白するように静かに言った
雪のある地面に膝をついている




ーーー「力があることはいいことだろう。何故恐れる必要がある?」ーーー



リドルがさも理解し難いかのように聞いた




ーーー「……あなたはそうかもしれない……でも……私は…’’慣れる’’ことなんてなかった…」ーーー



リドルは沈黙した


 
ーーー「こうして身近にある自然が…花や虫が…自分の考えひとつで歪められてしまうのが…怖かった…人相手なら尚更……それだけ恐ろしい力を持っていていることがーーーなのにーー」ーーー



ーーー「なのに?」ーーー




リドルは気になっている様子だった
それは、スラグホーンからホークラックスのことを聞き出そうとする時のような獣じみた目ではなく、純粋な興味のようだった


 
ーーー「なのにーーー魔法使いはーー周りのみんなはあれほど恐ろしい力を…平然と使っている……普段の生活に組み込まれている……花を咲かせ、水をもたらして………植物は人の手を借りないと咲かないわけじゃない。魔法を使わなくても火を起こすことはできる……食物連鎖の中で、動物は相互の関係を本能的に保っている……魔法生物もそう……何も言わなくても、人間なんかより協調関係を構築してる。海も山もーー生き物を生かして、食べ物をーー住処を………雨は私たちが口に入れるものを育てるために必要不可欠な恵みをもたらしている………自然は…私たちが何もしなくても’’生きているのよ’’………私には、それに手を加えることはいけないことように思えた……罰が下るかもしれない…」ーーー


  
ハリーは、彼女の言葉に聞き入った
リドルもそのようだった

背中を向けてぽつりぽつりと語る彼女に、リドルは歩を進め、ゆっくりと手を伸ばしていた

まるで、眩いものに縋るかのように…


その時…


ーーー「私は、トムを恨んでない……わざわざ服従させてまで連れてきたことを……恨んでなんてない…」ーーー


唐突に言った彼女の言葉に、リドルはもう触れる寸前で、伸ばしていた手を握り込んだ

ーーー「…恨んでない、だと?」ーーー

ーーー「……その気になれば、私に『忘却術』でもなんでも使えたはずでしょ…でも、しなかった…」ーーー

ーーー「それはーー」ーーー

ーーー「トムは何をしてるのか、してきたことも……私は…許されないことよ……でも、それがトムから離れる理由ではなかった…ただ、それだけは知っていてほしい」ーーー

ーーー「…ナギ…二…」ーーー

絞り出したような声を漏らしたリドルが、今度こそ、彼女に触れた

頬に触れて、リドルは彼女の顔を軽く持ち上げた

前髪が滑り落ち、彼女の目元が露わになる
黒曜の平坦な目が、リドルを写して揺れていた

ーーー「教えろ」ーーー

唐突なその言葉に、彼女は困惑したようだった

ーーー「……ト…「俺に、お前の見ている世界を全て教えろ。見せろ。」!」ーーー

鼻が触れ合う距離で、長身のリドルは、彼女の顔を見下ろす形で命令した

紅い目と黒曜の目が交わる…

…なのに…

なのに、まるで懇願するような様子で言った

ーーー「……ト…」ーーー

彼女の言葉は続かなかった

リドルが、彼女の腰を抱き寄せて、白く長い指を頬に滑らせながら、そのまま後頭部に手を回して唇を塞いだからだ

ハリーは驚きと、他人の情事を見てしまった時の気まずさで、目を逸らしたかった

だが、できなかった


リドルは、彼女の腰を抱き寄せたまま、触れるように唇を合わせ続けた




彼女は、リドルを拒否しなかった





景色が変わり、リドルが服をしっかり着て、上だけはシャツを羽織った程度で、ベッドに腰掛けていた
ベッドには、素肌の肩を出して眠る彼女…


言わずとも何をした後なのかは歴然だった


リドルはシャツのボタンをしっかり閉めた後、眠る彼女の額に顔を寄せ、軽く口付けた



ーーー「……ナギニ…」ーーー


まるで、愛おしくてたまらないといった様子だった
なのに、愛してるとは決して言わない














それからは、彼女は相変わらず監禁されていたが、滞在しているだろう部屋で静かに過ごしていた
時々、リドルに連れ出されて、帰ってきた時には明らかに動揺して、ずっと「ごめんなさい、ごめんなさい…許してっ…許さないで…私に罰をっ…」と、泣いていた

ハリーは胸が締め付けられた

そんな日々の中、ある時から彼女は、帰ってくるリドルの顔を見たくないとばかりの態度をやんわりと取ったり、かと思えば、リドルから離れずに擦り寄って行ったり、ちぐはぐな言動をとるようになった

そして、彼女はひとりで過ごすことの方が多い部屋で、ぶつぶつと独り言を漏らすようになって、窓の外を焦がれるように見ては、視線を逸らして枕で泣き濡れたりするようになった


ハリーは、記憶なのに今すぐ助け出してやりたかった



そして、その日…

彼女は、帰ってきて、「起きろ」と言って近づいたリドルの腕を、突然引っ張り、ベッドに押し倒してリドルの体に馬乗りになり、首を絞めるかのように手を添えた

ハリーは驚いた

大人しい彼女が、絶対に逆らわないようにいつも怯えている相手にそんなことをするとは思わず


漆黒の髪が滑り落ちて隠れた顔のまま、彼女は首に添える手を震わせながら言った



ーーー「答えてトム。私は、どうすればいいの」ーーー



リドルは、彼女が首を絞めるかもしれない状況だというのに、まるで愉快とばかりに口角を上げて、彼女を見つめていた

ベットに投げ出している腕は動かしていない


ーーー「なんで……なんで私はあんたを嫌いになれないの………もういっそ…消えてっ…消えてよっ」ーーー




その言葉に、彼女はもう限界だったのだと、ハリーは悟った

すると、リドルは焦りもせずに言い放った


ーーーー「思ってもいないことを言うな。お前に俺は殺せない」ーーー



彼女は、リドルの首に添える手に震えながら力を込めたようだった


その時、リドルが言った


ーーー「精神が不安定になっているな。ナギニ、もしかしてお前、妊娠したのか?」ーーー


彼女の手が緩んだ

ハリーは頭をガツンと殴られたかのように動揺した

彼女は、動揺どころではない様子だった


ーーー「っ!!そんなわけないっ!!違う!だってっ」ーーー


発狂したように叫んだ彼女は、自分の頭を抱えて肩を抱いて「そんな…嘘…あれで…うそよ…」と、ぶつぶつ言っていた
彼女は、何かを思い出しように途端に真っ青になり、額に汗を滲ませていた

そんな彼女の心を見透かしたように、リドルは口を開いた


ーーー「ああ、あの時の一度だけだな。そういえば、この頃食欲もなかったな。血の匂いに異常に反応するようにもなったし日増しに苛々している。挙句に俺が帰っても碌に返事もしないし顔も合わせようとしない。かと思えば気まぐれに俺のそばに寄ってくる」ーーー



ハリーは、リドルの発言に全てが繋がった


そして、リドルはうっとりしたような、歪な顔で言った




ーーー「ナギニ。お前はこれで『母親』だ」ーーー




ハリーは、その時はっきり、リドルの歓喜するような表情を見た




俯いて、腕をだらんとさせて項垂れた彼女



その時…
何か聞こえてきた


ーーー「……ゃ………ょ……」ーーー




ーーー「念のため確認した方がいいだろう。医者に診せよう」ーーー


リドルが彼女の黒髪を指先で弄りながら言った
すると…

ーーー「……いや……だめ…産めない…」ーーー


その途端、リドルの顔から表情が抜け落ちた


ーーー「なんだと?」ーーー

咎めるような、不機嫌な高いような低い声が響いた


ーーー「…こんなっ…こんなつもりじゃなかったっ…どうしてっ…どうして妊娠なんかっ…だめっ…だめなのっ産めない!!産んではいけないの!」ーーー


彼女が焦ったように叫んで、リドルに跨っていたのを飛び降り、部屋の扉に向かって走った


だが…

ーーー「どうして!!開いて!開いてよ!!はやくっ…早くしないと手遅れにっ」ーーーー

ドアノブをガチャガチャと鳴らして回そうとするが、開かない
彼女は杖すらリドルに取り上げられており、何もできない

無我夢中でドアを叩く彼女の後ろから、リドルはその手を取り上げて、上にまとめ上げ、彼女の体をドアに叩きつけた

彼女の華奢な体がドアに押しつぶされた


ーーー「精神が不安定だな。だがなナギニ、どんな状態であろうと関係ない。俺を否定することは許さない。絶対にだ」ーーー



ーーー「っ!!そんな…そんな…どうしてこうなったの…いや…いやよ…いやだ……危険日じゃなかったのにっ…どうしてっ…」ーーー


掴まれた手で、必死にリドルの胸を叩いて訴える彼女
リドルは一瞬、嘲笑うような顔をした
だが、すぐにいつもの好青年のような顔に戻った


ーーー「…興奮するな、身体に障るだろう。大人しく寝ていろ」ーーー



彼女を肩に担いだリドル
彼女は、細い手足をばたつかせて落ちようとした



ーーー「いやっ戻らないっ!離してっ…お願いよトムっ…私は産めないのよっ…お願いっ」ーーー


リドルは無視した
そして、彼女を少し乱暴にベットに下ろした


ーーー「手間を取らせるな。お前は健康体だ。産めないはずはないだろう?今は動揺してそう思い込んでいるだけだ。その内慣れる。それに俺の子だぞ?願ってもない栄誉のはずだ」ーーー



まるで、聞き分けのない子どもに言い聞かせるような言い方に、彼女は絶句したような顔をした


一瞬の沈黙の後…




ーーー「…っ…ぃ…ぃよ…トムなんて嫌いっ!もう一緒にいれない!」ーーーー



彼女がポタポタと涙を流しながら、叫んだ



リドルの顔から一歳の感情と色が消え失せた



長い沈黙が部屋に下りた


そして、リドルがゆっくり口を開いた



ーーー「いくら妊娠しているとはいえ…ーーナギニ、図に乗りすぎたな。寛大に済ませてやっているうちに言うことを聞いておけばよかったものを」ーーーー


いやに低い…落ち着き払った声が響いた

彼女は、目を見開いて自分の口を手で覆っていた

ガタガタと震える彼女が、リドルを見上げた時、彼女は息を忘れたように硬直した

彼女を、冷酷な紅が、見下ろしていた













その日から、彼女の様子は見ていられなかった
目を逸らしたくても逸らせない…
彼女の精神がおかしくなっていく様子を…


前よりも更に頑丈に監禁され、外が見えていた窓も閉め切られ、部屋の中だけで過ごしていた

移動はできていた家の中も、部屋から一歩でも外に出ようとすれば、見えない壁が彼女を阻んだ
彼女は誰もいない透明な壁に向かって泣き叫んで、「いやぁぁー!外に出して!トム!トム!お願いよ!なんでも言うことを聞く!だからっだからっ、お願いだから外に出してぇ!」

ハリーは、拳を強く握り込んでその様子を見た

時折、リドルが部屋を訪れて、彼女が謝罪して、もうしない、動揺していただけだと言っても、リドルは全く取り合わなかった

部屋から一歩も出られない彼女は、段々とおかしくなっていった
妊娠による悪阻で苦しみ、部屋に置いていかれる食事にも手をつけないことは当たり前で、つけても吐き気を催してバスルームに駆け込む
吐いて、苦しんで、泣き、悲しんだ
リドルの名前を繰り返し呼び、「助けて…苦しいの…トム…トム…助けてっ…。どうしてっ…いやっ…ひとりにしないでっ……抱きしめてよっ…寂しいっ…死にたい!もういっそ殺してよぉ!」と不安定になっていった



だが、ある時…
彼女のお腹が目に見えるほど膨らんできた頃…
リドルが部屋を訪れた

すると……今までの不安定さがなりを潜めて、愛おしそうにお腹を撫でていた
ハリーが、ゴドリックの谷から逃げる時に見た景色だった


長い、柔からそうな黒髪を肩から横に流して、大人しそうな黒曜の目を和らげて、妊婦のわりに痩せ気味で、弱々しい体で…

だが、まるでランプの灯りのような生命力溢れる心を照らしてくれるかのような微笑みをリドルに向けて穏やかに言った





ーーー「トム…この子の名前は、『イリアス』よ…」ーーー



ハリーは、立ち尽くしているこの時のリドルの感情を知っていた





ーーーー「私…この子のこと、大事に育てたい……」ーーー






ーーー…この子には、『イリアス』には…幸せになってほしいの……ありがとう…この子を授けてくれて…ーーー 





その時、確かに…


彼女は、眩いばかりに美しかった…



その日から、彼女はリドルをまるで包み込むように接した
部屋に来るリドルの手を引いてベットに腰掛けるように促したり、お腹にいる子どもの話をしたり、食べたいものや飲みたいもの…少し口数が多くなった


ーーー「トム…お願いがあるの」ーーー




ーーー「なんだ」ーーーー




ーーー「その…キッチンには出入りできるようにして欲しいの…」ーーー



ーーー「それは聞けない。食べ物なら足りる量を置いているだろう。お前の食の細さならあれで十分足りるはずだ」ーーー



ーーー「……そっか…わかった…」ーーー




ーーー「それより、もう少し食べろ」ーーー




ーーー「…食べてるよ…」ーーー




ーーー「半分も減っていないのにか?お腹の子のためにも肉をつけろ」ーーー




ーーー「……精一杯食べてる……」ーーー




ーーー「足りないと言っているんだ。ーーナギニ。こっちを向け」ーーー




リドルの命令に、彼女は素直に従った
振り返った彼女の唇にリドルは触れるだけの口付けを落とした

驚いて目を見開く彼女は、リドルをじっと見上げた

紅い目は、彼女の小さな唇に注がれ、彼女が口を開く前に、また、ゆっくりと重なった

深い口付けにより、少し苦しそうな彼女のくぐもった声が響き、リドルは口を離して、潤んだ黒曜、口付けで潤いを持った唇に親指をかけて、リドルは彼女をゆっくり押し倒した


ーーー「トム……わたし…「喋るな」ーーー


彼女が戸惑ったように、やんわりリドルの下からお腹を庇って逃げようとしたが、リドルは手を絡めて、シーツに押し付け、沈んでいった











彼女のお腹はいよいよ大きくなり、もう、いつでも産まれそうなほどになっていた

彼女は相変わらず部屋から一歩も外に出られず、太陽の光すら浴びれないでいた
白かった肌は不健康なほど真っ白で、見るからに肉体は疲弊し、体力もなさそうで、精神は不安定だった

お腹の子供のために必死に生きようと、用意されたご飯を食べて、頻繁にお腹の子どもに話しかけていた



ーーー「イリアス、これはね、葡萄って言うんだよ。イリアスはどんな物が好きになるかな?」ーーー




ーーー「イリアス、イリアス…お母さんはあなたを望んでいるよ。お父さんは………ふっぅ゛…ぅ゛ぐすっ……お、お母さんはゆ、許されないことをしてきたけどっ…けどっ…イリアスに罪はないわ……だから…真っ当に…優しい子に育ってっ…幸せになって…」ーーー




ーーー「イリアス…最近は暖かいから今はきっと…夏かもしれない。夏になったらね、アイスっていうものがあるんだけど、食べたくなるね……お母さんは好きだな…イリアスもきっと好きになるかもね…甘くて、冷たくて…美味しいの」ーーー







ーーー「イリアス」ーーーー







ーーー「イリアス」ーーーー







ーーー「イリアス…私の大切な…大切な子……幸せに…」ーーーー







ーーー「イリアス…幸せになって…」ーーーー





リドルがいない時間、彼女はずっとお腹の子のために生きていた…





だが、それは崩れ去った



彼女はある時、リドルが帰ってきて、珍しく部屋から出て居間で過ごしていた
リドルの心境の変化なのか、居間で彼女を隣に置いて本を読むリドル…

その時、リドルは顔を不機嫌そうに歪めて、「呼び出しがあった。出かける」とだけ言い、彼女が「待って」と手を伸ばしかけ、言い終わらないうちに「姿くらまし」して行ってしまった

この時、リドルは彼女を部屋に戻すのを忘れていた
彼女は他の部屋に出入りできるようになっていた

彼女は、伸ばした手をだらんと下ろして、お腹を撫でながら、俯いた
泣きそうに肩を震わせながらも、「お…お父さんは…忙しいんだって…し…仕方ないね…お母さんと部屋に戻ろっか」とお腹の子に言った

彼女は、大人しく部屋に戻ろうとした
それが染み付いているかのように
当然であるかのように…

だが、戻る途中、リドルの書斎らしき部屋が開いているのに気づき、彼女はふらふらと中に入った
シンプルで、本と資料だらけの部屋だった
その真ん中に、書斎机

彼女は、彼の本棚を見回しながら本の背を指で追いながら、書斎に目を移した

ーーー「整理されてる…トムらしい…」ーーー

呟いた彼女は、机の端に本で隠すように置いてあった資料に目を留めた
資料を丁寧に取り出して、見た瞬間、彼女は目を限界まで見開いた
文字を追う目が早くなり、だんだんと彼女の手が震えた

ハリーは何が書いてあるのか、気になった


ーーー「ぁ…ぁ…そっそんなっ…うそっ…うそよっ…どうしてっ…こっこんなっ…」ーーー

彼女は恐ろしいものを見たかのように、資料を手から滑り落とした
ハリーは少し覗き込んだ

そこには、細長く几帳面そうな、流麗な文字でなにやら胎児と赤児の図が書いてあり、一番上の文字を見ると『魂の入れ替えによる、肉体の再構築』と書かれてあり、その下は、難しすぎてハリーにはわからなかったが、どうやら女性のお腹の中にいる胎児の自我を消し去り、自分の魂を移し替え、肉体を交換するというものだった

ハリーは絶句して、彼女を見た

彼女は、自分を抱きしめて可哀想なくらい狼狽していた

ーー「うそよ…うそっ…そんなっ…だからずっと彼はっ…彼は…私が眠るまで側にっ………そんなっ…っ!まさかっ…いつも飲むように置いて行ったものにっ……イリアスっ…イリアスっ…」ーーー

彼女は自分を抱きしめる手をお腹に移し、守るように抱きしめた

その後、彼女は震える手をなんとか抑えようとしながら、絶望した顔で資料を元通りに戻し、違和感がないようにしてから部屋に戻って行った



それから数日間…彼女はずっとビクビクして、お腹の子に「大丈夫…大丈夫よ…イリアス…おっ…お父さんはまっまさかそんなことをあなたにしたりは…じ、自分の血を分けた子どもだから……イリアス…イリアスっ…お母さんはあなたを望んでるっ…会いたいっ…」


そんなことをぶつぶつと言っていた



だが、その日は違った
リドルが「大人しくしてるんだぞ。ちゃんと食事を摂って寝ていろ。お腹の子のためにもな。それと、必ず水分は飲み干せ」と、言い、出て行った後…

彼女は、ひと筋涙を流して虚な目で、リドルが気づかずに置いて行ってしまった部屋の机にある手紙とペーパーナイフに目を留めた彼女


じっと見ている


ハリーは嫌な予感がした


彼女が大きなお腹を抱えてふらふらと机に向かった


ハリーの頭の中で凄まじい警戒音が鳴った


やめろ

やめるんだ



ーーー「…勘違いじゃ…なかった……」ーーー


彼女は虚に呟いた



ーーー「どうして…どうしてっ…あなたが私に与えた子なのにっ……どうして望んでくれないのっ……」ーーー


ただただ悲しげに涙をしとしとと流しながら、彼女は机の上のペーパーナイフを撫でながら呟いた



ーーー「…トムっ……私っ……イリアスを産みたいっ…私たちの子をっ……優しい子にっ…大事にっ…なのにっ…このままこの子を産んでしまったらーーー」ーーー



彼女はペーパーナイフを手に持った



ーーーー「イリアスっ…私の大事なっ…大切な子っ…私のっ…子っ……トムと共にいるのは……私で十分っ……あなたに会いたかったっ…抱きしめたかったっ……」ーーー



彼女は止まらない涙と、唇を震わせて、ガタガタと恐怖と深い…深い悲しみで震えながら、ナイフを握りしめた
片手では、お腹を優しく撫でている



ハリーは意味のない手を伸ばした




ーーーーー「ごめんなさいっ…」ーーーーー



…そう言い残し…



彼女は、自ら命を絶った…




…生きたいと、脈動するお腹の子と共に…








なぜか、リドルが焦った顔で帰ってきた
「ナギニ」と名を切羽詰まったように呼び、部屋に入った途端、あのリドルが持っていた杖を落とした


絞り出したかのように…「ナ…ギ……ニ…」と呟き…

お腹にナイフを刺して、床に血まみれで倒れる息絶えた彼女の姿を、紅い目を限界まで見開いて凝視していた


リドルはふらふらと覚束ない足取りで、息のない彼女の側まで行き、がくりと膝をついた


ーーー「ナギ…ニ…」ーーー


彼女の肩を抱き寄せ、頬をぺちぺちと叩いた
涙で濡れた頬を


ーーー「目を開けろ」ーーー


もう、届くはずのない、意味のない命令が木霊する


ーーー「僕を見ろ」ーーー


一人称が、「僕」に戻っていた
それほど、リドルが混乱しているとハリーには、分かった


ーーー「目を開けろと言ってるんだ!!」ーーー


リドルは叫んだ
まるで、必死に願う子どものようだった



ーーー「…頼むっ…目を開けろっ。お前は僕のだろう?僕がいいと言うまで側にいると言っていたじゃないかっ。僕から離れないとっ!約束を破るのか!!!」ーーー



息絶えて、目が半開きの彼女の頬を抑えながら、必死の形相で捲し立てて言うリドル

ハリーは目を疑った
リドルの紅い目から、一筋、涙が流れていた

きっと、無自覚だろう…



ーーー「……ナギニ…僕を…置いて逝くのか?お前はひとりぼっちは嫌なんだろう。寂しいんだろう。僕がいないと生きていけない。そうだ。お前はっ、そのはずなんだ」ーーー



リドルは壊れたかのように、「そうだ」「そうだったな」と言い始め、彼女の頬を愛おしげに撫でた
そして、撫でていた手を握り込み、彼女の頭を抱き寄せて、体ごと胸に抱きしめた

もう、リドルの広い背中に回される、温かで優しい手はない



ーーー「許さないっ。許さないぞっ……お前は俺のだ。お前は、これからも俺と共に生き、死ぬことなど’’ない’’」ーーー



悲しみから打って変わって、怒りで燃えたぎるような憎しみを目の奥に宿し、ぎらぎらとさせながら、リドルは彼女を抱きしめ、そっと髪に口づけをした











リドルは彼女を抱き、あの夢に出てきた…
そして、今自分達がいるだろう地下墓地にきていた

彼女の遺体に布をかぶせ、リドルは深くローブを被り、杖を一振りして、ハリーが聞いたこともない呪文を呟き、創られた石の棺にそっと彼女を寝かせた

そして、リドルはあろうことか鋭いナイフを取り出した


ーーー「お前を許しはしない。先に約束を違えたのはお前だ。子どもはもう使い物にならないが、再び再会した時、お前を苦しめるものとなるだろう。己が犯した罪をっ…存分に感じればいいっ」ーーーー



リドルはそう言い、ハリーが「やめろぉぉーーーーーー!!」と叫んだのも虚しく、彼女のお腹にナイフを突き立て、腹にいた胎児を取り出した



そして、血まみれの手で胎児に向かって杖を振り、何か聞いたこともない言語を唱えた

すると、胎児は、ハリーがよく見たことのある、覚えのありすぎる大蛇に変じた


ハリーは絶句した



ーーー「子は、俺様の肉体となることはなかったが、魂となることはできる。なあ『イリアス』?」ーーー



その笑い方は、ハリーがよく知った残忍で残虐な、ヴォルデモート卿の顔だった



その時、ハリーの頭に直接響いてきた



ーーーいやだーーーいやだ!かあさんとはなさないで!かあさんとはなれたくない!いやだぁ!!はなれたくないよ!ーーー



ハリーは耳を疑った


ーーー「さあ、『イリアス』。手始めに始末せねばならん人間がいる」ーーー


ヴォルデモートにはこの叫びが聞こえていない様子だった



ーーー「かしこまりました。ご主人様」ーーー



蛇が答えた

だが



ーーーーいやだいやだいやだいやだ!!かあさんのなかにもどして!はなれたくない!いきたくない!たすけて!たすけてかあさん!つれていかれる!かあさんーー!!ーーーーー




蛇の…いいや、『イリアス』の嘆きだった



お腹にいる時から、懸命に愛情を与えていた彼女の想いが…
ヴォルデモートの魂となった後でも生きていた


それからは、ヴォルデモートの…父親の命令で人を殺し、食べ続ける『イリアス』の嘆きと悲しみと声が絶えず響いた
恐ろしいほどの悲鳴…
ずっと母親を呼ぶ声…


だがそのうち…『イリアス』の声は聞こえなくなっていった…
ヴォルデモートの魂に呑み込まれていっていた


……完全に支配されてしまった…




…耳を塞ぎたくなるほどの『イリアス』の悲鳴を最後に…




ハリーは急に視界が前が真っ暗に染まり、気づけば足に固い石の感触を感じた





ハリーは息の仕方を忘れたように、頬に温かいものが絶え間なく流れていた

手に握った剣からは、あるはずのない温かさが伝わってきた
刺したはずの遺体は、跡形もなく消えていた
いや、正しくは灰になっていた


分霊箱を破壊した…


だが、ハリーは、長い夢を見ていたかのような心地だった
ダンブルドアと『憂いの篩』で記憶を見た時とは違う…

何かの意思が、ハリーに見せていたかのような記憶…

ハリーは確かに過去から現実に戻ってきていた


その時、後ろから嗚咽を耐えきれず、鼻水を啜る音とくぐもった泣き声が聞こえた

ハリーはすぐに、自分が見たものもハーマイオニーも見たのだと悟った


振り返ると、ハリーの目に飛び込んできたのは、ハーマイオニーが見たこともないほど目を真っ赤に腫らして泣き濡れていた

涙を堪えきれず、ロンの胸に頭を預けてしゃくり上げながら泣いている


「…ハー…マイオニー…」

ハリーは震えながら、声をかけた

「ふぅ゛っ……ぐすっ…こんなっ…こんなことって…ないわっ……ひどすぎるわ!!!こんな残酷なことが他にある!?いいえ!ないわ!」

ロンとハリーは何も返せなかった

「彼女は抗ったのよ!!止めようとしたの!!弱くなんてなかったわ!!必死だったの!ただ必死だったのよ!」


悲痛なハーマイオニーの悲鳴のような叫びが、地下墓地に響き渡った


ハリーは、もう彼女が敵だなんて…



‘’思い込む’’ことなどーーーーー








できなかった




 


———————————


いよいよ、クライマックス…

どうぞ、最後までお付き合いください

いつもコメントしてくださるフォロワーさん、ありがとうございます
楽しく読ませていただいたいます(^^)














死の秘宝 〜8〜
彼女の遺体を見つけ、ついに真実を知ったハリー達…

知らないところで、想いは形となり、呪いとなり残った…

思いがけないものが、牙を剥く…
続きを読む
3943286277
2022年1月7日 22:59
choco

choco

コメント
作者に感想を伝えてみよう

関連作品


ディスカバリー

好きな小説と出会える小説総合サイト

pixivノベルの注目小説

みんなの作品

関連百科事典記事