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死の秘宝 〜7〜

死の秘宝 〜7〜 - chocoの小説 - pixiv
死の秘宝 〜7〜 - chocoの小説 - pixiv
61,229文字
転生3度目の魔法界で生き抜く
死の秘宝 〜7〜
旅を続けていくうちに見えてくる人の本質…

大切な仲間が去って初めて気づくこと…

ハリーは故郷に帰る

だがそれ罠で、打ちのめされて打ちのめされてもう限界になってきた時…

ひと筋の光が差した

友が戻り、友の助けで『秘宝』の存在を知るハリー

そして、知識を求めてラブグッドの元へ…

しかし、それも罠で、ハリー達は「人さらい」に…
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2022年1月2日 08:51

※捏造過多

明けましておめでとうございます
結末まであと少しですが、一気にいきたいと思いますので、暇潰しにでも、引き続きお楽しみいただけたらと思います!

今回めっちゃ長いです!

—————————


どこまで続きそう広い湿地帯にぽつんと立つ、暖かい石造りの平家の家
そばかす顔の男二人は、オレンジ色の灯りが漏れる変わった形の窓から中の様子を覗いた

中は、二人が見たこともない変わった内装の居間が広がっていた
暖炉にテーブル、それに石段の上に淡い緑色の絨毯のような場所が広がり、奥にキッチンらしき縦長のカウンターがある

石造りの暖炉に灯る火は、魔法で燃えており、ここが魔法使いの家だということがすぐわかる

燃える焚き火は、ゆっくり球体のように回りながら、パチパチと焚き火の弾ける音が、響いているようだった

居間には誰もいないようだった

「誰もいないな。どうする?フレッド?」

「出掛けてるって感じでもなさそうだな。仕方ない。窓からーーおい、ジョージ、人が来たぞ」

フレッドが窓から侵入するか、と言おうとした時、居間の奥の垂れた布のカーテンのようなものを潜って、男が現れた

緩いニットセーターを着た男が、どう見ても憔悴したような様子で、淡い緑の絨毯の上に腰掛けた

眉間の皺を伸ばすように指で揉んで、手を膝についている

二人は、無言で顔を見合わせ頷き合った

玄関らしきところに移動して、ドアノブではなく、インターホンのボタンを押した
短く、鈴のような音が響いた

二人は少し緊張した様子で、家主が出てくるのを待った

「誰だ」

ドアは開かず、ドア越しから耳に心地よい穏やかなテノールの声が聞こえてきた

「夜分遅くすみません。俺たち、ホグワーツでのMsポンティの先輩です」

ジョージが丁寧に声を掛けると、ドアの鍵が開く音がして、キィと音を立てて開いた

出てきたのは、やはり、窓から見えた通り、濃い隈を作った、酷く憔悴した様子の優しそうな中年男だった

太ってもおらず、痩せてもいない、スリムな男だった
イギリス人らしい青い目に、優しげな目元が赤かった

「メルリィの…先輩?」

男は、警戒したように半身だけドアから出して聞いた

「「はい」」

二人は、しっかりと頷いた

数秒してから、男はドアを開いて二人を中へ引き入れた

「入るといい」

温かい室内に迎え入れられた二人は、少し警戒しながらも、足を踏み入れた
ドアが閉まり、夜の暗闇からオレンジ色の灯りに包まれた

危険な逃亡生活では、久しく感じていなかったまるで実家のような温かみだった
ウィーズリー家の実家より几帳面に、程よく片付いており、僅かに爽やかな甘い香りがする
部屋に置いてあるドライハーブだとわかったジョージ

住んでいる人間の性質が現れているのか、穏やかで時間の流れが遅く感じる心地よい家だった

暖炉の前の、ソファに腰掛けるように勧められた二人は座った

ソファの前には、ゆらゆらと燃ゆる暖炉があり、つい、炎に目が奪われた二人

「お茶でいいかな?」

「あ、おかまいなく!ポンティさん!」

「俺たち、あまり長居はできませんから…あの、ポンちゃ…じゃなかった。Msポンティのお父様、ですよね?ポンティさん」

「ルーディン・ポンティだ。メルリィの父親だよ。君たちは…」

キッチンでお茶を淹れていたルーディンが変わった茶器を乗せたお盆を持って戻ってきて、横からテーブルに置いて、二人の前に並べた

「あ、すみません。ありがとうございます。俺はフレッド・ウィーズリーです。こっちは双子のジョージ」

「ジョージ・ウィーズリーです。俺達はもう卒業してるんですけど、ホグワーツにいた頃は娘さんにはよくお世話になりました。ありがとうございます」

二人とも礼儀正しくお礼を言い、湯気を立てる茶器から香ってくる変わった香りに興味津々だった

「緑茶だよ。外は寒かったろう。砂糖を少し淹れた。口に合うならいいんだけれど。少し熱いから気をつけて、どうぞ」

穏やかに微笑みながら、垂れ目がちなブルーの目を細めて言ったルーディンに、二人は「りょくちゃ…」と呟きながら、茶器を手に取った

不思議な顔を嗅いでから、二人は恐る恐る薄緑の液体に口をつけた

ひと口を含んで、二人は肩の力が抜けた
好ましいほどの味ではないが、不思議な苦味のある味に、砂糖の優しい甘さが絶妙に合っていて、まあ美味しい、とは思えた二人
嫌な苦さではなかった

「すまないね、紅茶のほうがよかったかもしれない。うちは日本のものが多くてね」

「いいえ、俺達こういう珍しいの好きですから、な、ジョージ?」

「ああ、俺達店出してるんで、商品研究の参考になりますよ」

少し眉を下げて、申し訳なさそうに言うルーディンに、二人は気を遣って言った
珍しいものに興味はあるので、あながち本心ではある

「そうか。その年で店を出しているとは、立派だね」

感心するようにそう言ったルーディンに、二人はますます肩の力が抜けた
二人は、こういう雰囲気の人に、出会ったことがなかった

「それで、フレッドくん、ジョージくん。二人はメルリィの先輩だったそうだけれど、どうしてここに?メルリィが教えたのかい?」

責めるわけでもなく、穏やかに聞いてきたルーディンに、二人はこの人は善人だ、とすぐわかった
いや、もう、ここに来た時からなんとなくそんな感じはしていた

フレッドとジョージは、ソファの上で、顔見合わせ一人掛けの椅子に腰掛けている、ルーディンの方を見た

「はい。俺達、実は娘さんに助言をもらってここに来たんです」

「娘に会ったのかいっ?」

フレッドの言葉に、ルーディンは肘掛け椅子から立ち上がる勢いで二人に聞いた

「いえ、違うんです。俺達会ったわけじゃないんですポンティさん」

「会っていない?なら、どうして…」

「あの、ポンティさんは、何か娘さんから聞いていませんか?例えば、伝言を頼まれた、とか」

ジョージが、彼女が両親に話しているとは思ってはないが、何かしら頼み事か伝言をされているのでは、と聞いてみた

すると、ジョージの言葉に顔を悲痛に歪めて力無く、背もたれに背を預けたルーディン
顔を片手で覆って今にも泣きそうだった

「情けない姿を見せてすまない……君たちは、その、信用できる…かい?」

二人は、顔を見合わせた

そして、重く頷いた

「ポンティさん。俺達はポンちゃ…娘さんの友達です」

「そうか……今はもう、誰を信用していいか、わからなくなってきていてね……普段の感覚を鈍らせているんだ。ーーあの時代の悪夢が、また訪れた」

暗黒時代を経験した年代でもあるルーディンは、本当に悪夢を見ているかのような青い様相で言った

「こんなところまで来てもらって、本当に残念なことだが、娘から伝言や頼み事は何も聞いていない。そもそも、娘はあまり学校でのことを話さなかったからね。君たちのような友達がいたことも初めて知ったんだ……父親失格だ」

二人は落胆した
だが、それ以上に本当に辛そうな表情のルーディンに同情した

なんとか元気になる言葉をかけてやりたかった
本当のことを教えてやりたかった
だが、彼女が教えなかったのは、巻き込みたくないから
家族を危険な目に遭わせたくなかったからだろうと、二人は察していた

「そうですか。あの、もし、よければ娘さんの部屋を見せてもらっても?」

フレッドが慎重に聞いた

「漁ったりは絶対にしません。ただ、娘さんは俺たちにここに来るように導いたんです。きっと意味があるはずです」

フレッドの言葉に、ジョージが付け足して丁寧に頼んだ

「娘の部屋を?…それはいいが…導いたとはどういうことだい?」

普段のルーディンなら、嫁入り前の娘の部屋など絶対に案内しないが、今、ルーディンは冷静な判断ができる、とは言い難かった

二人はしばし黙った
そして、フレッドは膝の上で拳を握って、決意したように顔を上げてポケットからゴソゴソと白い包みの大きめのキャンディーを出した

「…フレッド、いいのか?」

「ジョージ、俺はこれくらい、ポンちゃんは予想してたと思うぜ」

「…ああ、そうだな。あのポンちゃんだもな。お前のしたいようにすればいい。俺はついていくからな」

ジョージはそう言い、フレッドはルーディンに向き直って、キャンディーを渡した

「これは…?キャンディーかい?」

「ただのキャンディーじゃないんです。俺達とポンちゃん…じゃなかった。娘さんとの共同開発の商品なんです」

フレッドが言った

「俺達はそれを『もっくん煙玉』って名前をつけて呼んでるんでけど、敵の追跡を巻くのに優れた魔法商品なんです。あまりにも効果が高すぎて非売品にしてるんですけど」

ジョージが言った

「実は、それを作る材料とレシピを考案したのが娘さんなんですよ」

フレッドが、嬉しそうな顔で言った
ルーディンは驚いたような表情になった
青い顔色から、少し色が戻った

「娘が?」

「はい。娘さんは、魔法薬学の教師に気に入られてたのもあって、材料をーー、まあ、兎に角、普通にすげぇ優秀だったんですけど、ーーそれは置いておいてそれ以上にこの『もっくん煙玉』は凄いんです。これを敵に向けて投げるだけで、敵の五感を一時的に奪うことができるんです。効果は5分ほど。どんな魔法使いが相手でも効く商品です。俺達、これで何度も命拾いしたんです」

「死喰い人を巻くのには、呪文より断然役に立ったよな」

ジョージの説明に、信憑性を持たせるようにフレッドが笑いながら言った

「『死喰い人』をだって?」

「はい。で、続きなんですけど、そのキャンディーってそれだけが効果じゃなかったんです。多分、ポンティさんなら、娘さんの’’制限範囲内’’なんで、大丈夫だと思うんで、それ、口に入れて舐めてみてください」

「なめ?舐めるだって?これを?」

「はい。そっちの方が説明するより早いです」

ジョージが言った

ルーディンは手にある白い包みを、恐る恐る開けた
そして、出てきたのは、まさしくキャンディーの見た目の、黄色の丸い飴玉

ルーディンは、双子を見た
二人は大きく頷いた

ルーディンは、恐る恐る指先でそれを摘んで口にいれた

その途端、飴玉は口の中で煙のように消えて、頭の中に映像の切り替わりのような自分の家と、家の周りにある湿地や湖の背景が現れた

ルーディンはハッとして二人を見た

「これ…は…術師による『制限範囲内』の魔法の一種か?高度な仕掛け、いや、封印の類の魔法のはずだ」

「それを、娘さんがかけたんです」

「!!」

ルーディンは目を見開かんばかりに驚いた

「まっ、待ってくれ。メルリィがいくら優秀でも、まだホグワーツも卒業していない学生だ。こんな高度な魔法は…相当の…」

「はい。娘さんは多分、理由があって才能を隠していたんです。そして、多分俺達の予想が間違っていなければ、仕掛けや封印の類の魔法に並外れたセンスがあった」
 
「才能…メルリィの才能…」

「凄いですよ。改良を加えた俺達すら気づきませんでした」

フレッドが心底感心したように、少し興奮気味の感動した様子で言った

「だから、俺らはこう考えたんです。俺達をこの場所に導いたのは、何か見つけて欲しいものがあるからじゃないかって」

ジョージが真剣な様子で言った

ルーディンは信じられないような顔で唖然とした

「娘は、今、行方不明なんだ……」

ルーディンは、俯いて重くつぶやいた

「はい」

フレッドが言った

「ポンティさん…」

ジョージは、気持ちを察するように声をかけた

「…娘は、生きているのか…?それすらも、わからないんだ…せめて、せめて安否が知りたい……君達は本当に、娘と会ってはいないのかい?」

ルーディンの、乞うような表情に、二人は気まずい顔になった

「……まさか…」

ルーディンは、二人の気まずい顔に勘違いした

「ポンティさん、俺達が娘さんがあなたに何も言わなかったなら、それが答えだと思います。でも、俺はあなたに伝えるべきだと思いました」

「何をだい?娘が何か言っていたのか?」

「フレッド」

「止めるなジョージ。俺はポンちゃんを信じるぜ。ーーーポンティさん、あなたの娘さんは、生きています」

「フレ…「それは本当か!?」」

ジョージが、焦ったようにフレッドに声を掛けようとしたが、遮るようにルーディンが立ち上がってフレッドに大きな声で聞いた

「はい」

フレッドが、ルーディンの目を見てそう言うと、ルーディンは途端に目から涙を溢れさせた
足が震えているのか、後ろに倒れるように椅子に座り、今度は顔を両手で覆って「よかったっ…メルリィ…ああ…っメルリィ…よかった…」と呟いている

「詳しいことは言えませんけど、娘さんは生きています」

「いいんだっ…いいんだ…それが分かっただけでもっ……娘が生きていたっ…それが知れただけでどれだけ救いになったかっ…ありがとうっ…本当にありがとうっ」

涙を抑えきれずに言ったルーディンに、フレッドは言ってよかった、と思った
ジョージも、少しどうかと思っていたが、ルーディンのあからさまに安心した様子を見て、これでよかったのかもしれない、と思ったら

フレッドは、別になんの根拠もなしに言っているわけではなかった
クリーチャーから伝言を受け取った時点で、彼女が生きていることは確信していたし、何より、彼女が拐われた時から、自分達は父親や騎士団から、というより、マッドアイとシリウスの会話を盗み聞きして聞いたのだ

『闇の帝王』は彼女を生け捕りにしておかなければならない理由がある、と

殺せない理由がある、と

これは大きな衝撃と同時に、聞いた時点で、相当な危険を伴う内容でもあった
そして、それをルーディンに教えることは、危険な賭けでもあった
死んだ方がマシな目に遭わせるのが『例のあの人』のやり方だ
誰もがその拷問に恐怖し、畏怖している
もちろん、今、彼の娘がそんな目に遭っているかもしれない、なんて言えるはずもない
もしかしたら、廃人になって帰ってくるかもしれない、そうなるかもしれない可能性だってゼロではないのだ

だから、ジョージは下手な希望は持たせないように何も言わなかった
だが、フレッドは耐えられなかったのだろう
ルーディンは、誰がどう見ても良い人だ
自分達を警戒心もなく家に入れて、お茶を出してくれた
優しく、穏やかな、ただの家族を想う良い父親だ

フレッドは、ただ娘の安否を知りたがる父親に、少しでも安心して欲しかった
見ていられなかったのだ
もしかしたら、それが彼女の望むことでなくとも、フレッドの良心がそれを話さないことを望まなかった
ジョージは、そこまで気づいて、フレッドの優しさに何も言わないことにした

それから、少し安心した様子のルーディンは、フレッドとジョージに「お腹は空いていないか?」と聞いて、簡単な軽食を用意すると言った

用意している間に、二人はお願いして、彼女の部屋に案内してもらった

彼女の部屋は、「のれん」というものが掛かっている廊下への入り口から、奥に進んだ突き当たりにあった
和洋が混じった落ち着きのある部屋だった
もっと几帳面に整頓されていると想像していた二人だが、本や魔法薬の調合品が多く、整理はされているが、研究者の部屋というような感じだった

「なんか、すっげぇポンちゃんらしいな」

「同じこと思ったよ。フレッド」

「メルリィは、運動が嫌いでね。家に篭って本ばかり読んでいたよ。ふふ…小さい頃から、外の遊びに誘っても嫌そうな顔をされたよ…懐かしい…」

部屋に案内したルーディンが、双子の後ろから愛おしげに言いながら、思い出すよう笑った

「さっすが貧血ポンちゃん」

「究極のインドア魔女だな」

「貧血?面白いあだ名で呼ばれていたんだね」

「そりゃあもう。ポンちゃんはしょっちゅう貧血で倒れて医務室のお世話になってたもんですよ」

「おい、フレッド」

「あ」

「メルリィはそんなに倒れていたのかい?」

「あーー。まあ、運動嫌いが幸いしたのかもしれませんね。多分。箒とか苦手っぽかったので」
 
「成る程。そうか、運動嫌いが祟ったんだね。もう少しさせるべきだったかもしれない…………メルリィはひとりで…」

暗い顔になったルーディンは、ハッとしたように背を向けて「じゃあ、私は準備をしてくるね。一応言っておくが、衣装箪笥は開けてはいけないよ」と、言って今に戻って行った

二人は、「もちろん、俺達紳士っすから!」と元気よく返事をした


ルーディンが行ったのを確認して、二人は顔を見合わせた頷いた
部屋を見回して、本棚から始めることにした

「にしても、ポンちゃんの部屋本多過ぎだろ。しかも、難しいやつばっか。異国の本も混じってるな」

ジョージが、部屋の隅々の壁に直接作られた本棚の本に手を伸ばながら言う
ペラペラと何か挟まれていないかを確認するジョージ

「伊達に人生二回も生きてないな。知識量が半端じゃない。こりゃハーマイオニーが敵わないわけだぜ」

フレッドがヒュ〜っと、感心したように口笛を吹きながら、ベッドの側の机を探りながら言う

「それらしいものはーーー見当たらないな…ポンちゃんは俺らに何を伝えたかったんだ?」

「さあ、さっぱり検討がつかないな。でも、ポンちゃんがわざわざこの家に来るように仕向けたってことは、何か渡すものがあったとしか思えないな。ーー隠す…なんて、単純過ぎるよな。ここにあいつらが来る可能性だったあるしな」

ジョージが、本棚から目を移し部屋を見回しながら言った

「まー、ポンちゃんなら、そんな見つけられる可能性が高いことはしないだろうぜ」

フレッドも、机の引き出しを戻して部屋を見回しながら言った

「じゃあ、残る可能性は、この部屋か、家のどこかに仕掛けか、封印の魔法がかけられたものがあるのかもしれないってとこだな」

「探知魔法かけてみるか?」

「そうだな」

ジョージの提案に、フレッドが杖を出して『魔法探知』の呪文を唱えた

すると、数秒してから部屋の棚から一冊の本が出てきて、ぺらぺらページがひとりでに捲られていき、ある時点でページが開いた

そこには…

「なになに…『マグル界において、食べ物を温める時に使用される四角い物は何か?』って、これ、答えをここに書き込めってことか?」

机にあった羽根ペンが浮き上がり、ふよふよ浮く本と共に、フレッドの目の前でまできて、触ると浮遊の魔法が解けて、ずしりと手に重みを感じたフレッド

「地味にすげぇ仕掛けだな。ジョージ、これってなぞなぞだと思うか?」

フレッドが横にいるジョージに聞いた

「いや、普通にクイズだな。にしても、どんな魔法を重ねてかければ、こんな仕掛けつくれのかが気になるな」

関心するように言ったジョージは、もう一度、本に表れた質問のを考えた

「『マグルの世界』でだろ?俺達なら『保温魔法』で杖ひとふりだけど…なんだっけな〜ずーーっと昔に親父が言ってたよな」

「食い物あっためる物………物………四角い物…」

「マグルって魔法の代わりに科学なんだよな?」

「確かな。えーーあーー覚えてんのに思い出せないねぇ〜」

「四角いやつ…四角いやつ…ずーーっと前に忍び込んだマグルの家の住人が言ってた気がするんだよな」

「シルエットは出てるのに、名前が出てこないな」

うんうんと頭を捻りながら唸る二人は、必死に思い出す
どこかで聞いた、たしかに聞いた
見たこともある
だが、肝心な名称が思い出せない

「確か、『で』で始まる物だったような…」

「最後は何だっけか、『ンジ』だった気が…」

二人は考える

そりゃあもう、古い記憶を呼び覚まして考える




そうして、部屋の中で突っ立って、たっぷり数分経ったかもしれない時

何やら居間から美味しそうな香りが鼻腔を掠めた時、その肉の焼ける匂いで二人は覚醒したように顔を付き合わせて言った

「ジョージ!」
 
「ああ、フレッド!」



「「『電子レンジ』だ!」」



二人は息ぴったりに答えを叫んだ


そして、フレッドは手に持った本の質問ページの下記に、答えを書いた


ーーーMicrowave ovenーーーー


二人は、今度は何が見れるんだろうと、期待した

すると、書いた文字を紙が吸収するようにインクの黒が消えて、ある文字が浮かび上がってきた




ーーー『頭の上の灯りに向かって、『
リビアルユア・シークレット(汝の秘密を現せ)』と唱えよーーー




ジョージがそれを音読して、頭上の灯り越しの天井に向かって杖を向けて唱えた


「『
リビアルユア・シークレット(汝の秘密を現せ)』」
 

すると、天井に付いていたランプの留め金がキィキィと小さい金属音を立てて緩む音がして、二人は慌てて落ちてくるんじゃないかと数歩後退った

だが、三つ並んだランプは落ちてこず、金属音は止み、今度は下を向いて照らしていたランプの円球が一斉にゆっくり上を向いてカチッとした音がすると、そのまま天井から離れて下に、天井に繋がれた鎖と共に降りてきた

二人は唖然としながらそれを見た


そして、地面に静かにコトンとランプが着くと、二人は一歩前に出てランプを覗き込んだ

そこには、鎖が伸びて天井に隠れていた部分の円錐の周りに、簡易的にロープで括り付けられた巾着があった

何か物が入っている

フレッドとジョージは頷き合って、思い切ってロープを解き、それを取った

巾着が外れ、二人が離れるとランプは先ほどのリプレイのようにまた元の姿に戻って天井につけられた

二人は言葉には出せなかったが、とても興奮した


「「すっげぇ」」

唖然と元通りに戻った天井を見て、二人は間抜けに口を開いたまま呟いた


「なあ、ジョージ。俺さ、これがぜーんぶ終わったら、俺ポンちゃんと商品作りしたいぜ」
 
「奇遇だなフレッド。俺も同じこと考えてた」

「ポンちゃん」

「ポンちゃんは」

二人は続け様に顔を見合わせて、言った


「「最っ高にイカしてるぜ」」










巾着の中身は、双子が作った『もっくん煙玉』のような、防衛魔法具だらけだった
どれも一回のみの使い捨てだが、一時的に身を隠すもの、敵を撹乱する激臭弾、などなどが詰められていた


どれも、彼女自ら作製したものだった
メッセージなどはなく、説明のメモだけ


二人はそれをしっかり手に持って、受け取った
同時に二人の中で、確信が広がった



ーーー彼女は、今でも仲間だとーーーー







その後、二人はルーディンの用意してくれたポテトサラダなるものが入った初めて食べるサンドイッチに舌鼓を打ち、肉汁の滴るキチンを頬張り、温かいトマトスープに体を温めた

母親が作ってくれる料理がいちばんには変わりないが、久しぶりのまともな食事に二人は本当に感謝した

だからこそ、二人は、娘が生きていると聞いて、少し元気を取り戻したとは言え、矢張り心配で堪らず、二人に気遣いをさせまいと取り繕って微笑んでくれるルーディンに、ホグワーツで彼女に絡んでいた時の話をして聞かせた

ルーディンは、他人から初めて聞く娘の学校での様子に、とても嬉しそうにした
同時に、心苦しそうでもあった

二人は、協力してアンブリッジにひと泡吹かせてやったことや、意外と肝が据わっているところがあったりしていたことを、面白おかしく、楽しそうに話して聞かせた


ルーディンのやつれた顔に、数ヶ月ぶりに笑顔が戻った


そうしてその日は、ルーディンの好意に甘えて、二人はポンティ家に泊まった
万全の守りが施されているとはいえ、死喰い人がいつ嗅ぎつけるかわからない
用心はしながらも、その日はロンドンで寝泊まりしていた時より安心して暖かい布団で眠れた二人だった

ポンティ家の性質なのか、ルーディンはとても気遣ってくれて、二人に親身になってくれた
二人はこの恩を一生忘れない、と心に決めた















ロンが行った次の朝、目が覚めたハリーは、何が起きたのか一瞬思い出せなかった
その後で、子どもじみた考えではあったが、すべてが夢ならいいのにと願った

だが現実は非情だった

二段ベットの下は空で、ハリーはロンのベッドを見ないようにした
ハーマイオニーは台所で忙しく働いていたが、「おはよう」の挨拶もなく、ハリーが側を通ると急いで顔を背けた




ーーロンは行ってしまったーー



ハリーは自分に言い聞かせた


ーー行ってしまったんだーー


顔を洗い、服を着る間も、反芻すればショックが和らぐかのように、ハリーはそのことばかり考えていた


ーーロンは行ってしまった。もう戻ってはこないーー


保護呪文がかかっているということは、この場所をいったん引き払ってしまえば、ロンは二度と二人を見つけることはできないということだ
その単純な事実を、ハリーは知っていた

ハリーとハーマイオニーは、黙って朝食を取った
ハーマイオニーは泣き腫らした赤い目をしていた
眠れなかったようだった
二人は次の場所に行くために荷造りをしたが、ハーマイオニーは手が進まないようだった
ハーマイオニーがこの川岸にいる時間を引き伸ばしたい理由は、ハリーにも分かっていた
何度目かの期待を込めて顔を上げるハーマイオニーを見て、ハリーは、この激しい雨の中でロンの足音を聞いたような気がしたのだろうと思った
しかし、木立の間から赤毛の姿が現れる様子はなかった
ハリーもハーマイオニーに釣られてあたりを見回したがーー

ハリー自身も、微かな希望を捨てられなかった

雨に濡れそぼつ木立以外には何も見えなかった
そしてそのたびに、ハリーの胸の中で、小さな怒りの塊が爆発するのだった

ーー「君が、何もかも納得ずくで事に当たっていると思ってた!」ーー

そう言うロンの声が聞こえた
鳩尾が絞られるような思いで、ハリーは荷造りを始めた

側を流れる濁った川は急速に水嵩を増し、今にも川岸にあふれ出しそうだった
二人は、いつもなら野宿を引き払っていただろう時間より、優に一時間馬ぐずぐずしていた
ビーズバッグを三度も完全に詰め直した後で、ハーマイオニーはとうとうそれ以上長居する理由が見つからなくなったようだ
二人はしっかり手を握り合って「姿くらまし」し、ヒースの茂る荒涼とした丘の斜面に表れた
到着するなり、ハーマイオニーは手を解いてハリーから離れ、大きな岩に腰を下ろしてしまった
膝に顔を埋めて身を震わせているハーマイオニーを見れば、泣いているのがわかる
そばに行って慰めるべきだとは思いながらも、何かがハリーをその場に釘付けにしていた
体の中の何もかもが、冷たく張り詰めていた
ロンの軽蔑したような表情が、またしてもハリーの脳裏を浮かんだ
ハリーはヒースの中を大股で歩きながら、打ちひしがれているハーマイオニーを中心に大きな円を描き、いつもハーマイオニーが安全のためにかけている保護呪文を施した

それから数日の間、二人はロンのことをまったく話題にしなかった
ハリーは、ロンの名前を二度と出すまいと心に誓っていたし、ハーマイオニーは、この問題を追求しても無駄だとわかっているようだった
しかし、夜のなると、ときどきハリーが寝ている時間を見計らったように、ハーマイオニーの啜り泣く声が聞こえた
一方、ハリーは「忍びの地図」を取り出して杖灯りで調べるようになった
ロンの名前が記された点が、ホグワーツの廊下に戻る瞬間を待っていたのだ
現れれば、純血という身分に守られて、ぬくぬくとした城に戻った証拠となる
しかし、ロンは地図に現れなかった
しばらくするとハリーは、女子寮のジニーの
名前を見つめるためだけに、地図を取り出している自分に気がついた
これだけ強烈に見つめれば、もしかしたらジニーの夢に入り込むことができるのではないか、自分がジニーのことを想い無事を祈っていることが、なんとかジニーに通じるのではないだろうか、と思った

昼の間は、エンヴァブラック・リヴィヴァロッドの剣の話をした
ハーマイオニーは、
小鬼(ゴブリン)達の話していたことを信じていた
ハリーも、ハーマイオニーとは違った理由で信じていた

ハーマイオニーは、ハリーに説明している最中、終始ヴォルデモートがゴブリン語を理解していることに戦々恐々としていた
ハーマイオニーが、ゴブリン語を知っていることがどれほど大変なことか、ハリーに話して聞かせた
あまりにも難しい話に、ハリーはついていけなかった
というより、
その手(歴史や俗信)の話には、ハリーにはまるで興味がなかった

ハーマイオニーは、ハリーを気遣って口にこそ出さなかったが、ヴォルデモートに対してますます恐怖と畏怖を覚えた様子だった

小鬼(ゴブリン)達が実在すると言い、ヴォルデモートはそれを壊すために在り方を求めている剣
そして、その、あるかどうかも分からない剣を自分達は今追っている
ハリーは、現状把握はもう嫌と言うほどできた

ハーマイオニーでさえ、その剣のことは聞いたこともない、と言った

「ハリー、ヴォルデモートの知識を侮るべきじゃないわ」

ハリーは、ハーマイオニーにそれを言われた時、どうしようもない腹立ちが腹の底から湧いてきた
そんなこと言われなくてもわかっている
自分は記憶を見てきたのだから
たくさん言い返したいことはあったが、ハリーはこれではロンが去った時と同じで、何の意味もないと気付き、ぐっと堪えた

どうやったら剣をヴォルデモートより先に見つけることができるのか、どこにあるのか…
その『古の種族』とは何なのか…

疑問ばかりか浮上してきて、自分達の知らないことのいかに多いことか、またもや痛感することになった

話し合えば話し合うほど、二人の推理は絶望的になり、気づけば、本来の主旨から外れ、ありそうもない方向に流れた

ハリーが、どんなに脳みそをしぼっても、ダンブルドアが破壊の仕方や、分霊箱の見つけ方を口にしたという記憶が見当たらなかった

その内、時々ハリーは、ダンブルドアとロンのどちらに、より腹を立てているのか分からなくなる時があった



ーー「僕たちは、君が何もかも納得ずくで事に当たっていると思ってた!……僕たちは、ダンブルドアが君のやるべきことを教えていると思っていた!……君にはちゃんとした計画があると思ったよ!」ーー



ロンの言ったことは正しい
ハリーは、その事実から目を背けることができなかった
ダンブルドアは事実上、ハリーに何も遺していかなかった
一緒に、分霊箱をひとつ探し当てて、遺体の在りかは夢で突き止めたが、肝心の破壊する方法がなかった

手元にあるだけの分霊箱と、場所はわかっているのに行っても意味がない、という状況は、実質、はじめからまったく変わっていない

ハリーは絶望に飲み込まれてしまいそうだった



ーー「あの女に騙されてたんだ!ダンブルドアは間違えた!」ーー


ハリーは、分霊箱のことを考えると必ず、ロンの去り際の言葉がずっと頭で反芻していた
ダンブルドアを否定するつもりも、間違っていたとも思えない
だが、彼女に関しては結論がでなかった
出せなかった

現実と夢、記憶、事実、多くの出来事があり、そのせいで背反する感情と事実がハリーを苦しめた



ーー「僕たちが今こんな目に遭ってるのは誰のせいだ?」ーー


今まで、ハリーですら口にしなかったことを、ロンはあの時、勢いと無意識だったのだろうが、言った

そうだ

確かに、確かに、彼女がいなければもっと話は簡単だったんだ
だが、例え、彼女がいなくてもヴォルデモートは、邪悪で滅すべき存在になるのは決まっていたようにも思えた

ヴォルデモートを考える上で、彼女は切っても切り離せない存在だ
しばしば、ヴォルデモートの心に入ってしまうハリーには、特にそれが確信を持って言えた
そこは、現在、確信を持ってダンブルドアが正しかったと言える、唯一の事実だった

ハリーには、ダンブルドアのほどの深い洞察力と観察眼、それに適する語彙を持ち合わせているわけではないので、他に言葉が見つからなかったが、ヴォルデモートは彼女を’’求めている’’のかもしれない…

と、何となく思った

あの激情を考えたくもなかったし、心に入ってしまった時、嫌悪と吐き気すら感じたので、本当に嫌だった

ヴォルデモートは、彼女に関わる物、縁のあるものを分霊箱とした
これは、ハリーもそうだと思った
死してからも、遺体を自らの大事な魂を入れる物とするなんて相当だ
普通に見ても、ハリーから見ても、それは冒涜だが、ヴォルデモートからすればそうでなかった

目に見えるほどの執着を向けている
いや、執着という言葉で済めば、どれほど楽だっただろう、と思えるほど

ハリーは、いつもここまで考えて、同じ結論に行き着き、絶望に飲み込まれてしまいそうになった

こんな当てどない無意味な旅に同行するという友人の申し出を受け入れた自分は、身の程知らずだった
ハリーは、今更ながらに動揺した
自分は何も知らない
何の考えも持っていないのだ

ハーマイオニーもまた、嫌気がさしてハリーから離れると言い出すのではないかと、ハリーはそんな気配を見落とさないよう、いつも痛いほど張り詰めていた
幾晩も、二人はほとんど無言で過ごした

ハーマイオニーは、ロンが去った穴を埋めようとするかのように、フィニアス・ナイジェラスの肖像画を取り出して椅子に立て掛けた
二度と来ないとの宣言にも関わらず、フィニアスはある目的があるかのように、ハリー達の同行を窺い知る機会の誘惑に負け、数日おきに目隠しつきで現れることに同意した
ハリーは、この前はあんなことを言ってしまったが、今はフィニアスでさえ会えて嬉しかった
傲慢で人を嘲るタイプで、あれ以降ハリーに皮肉ばかり言ってきたとしても、話し相手には違いない
ホグワーツで起こっていることなら、どんなニュースでも二人にとっては歓迎だった
もっとも、フィニアス・ナイジェラスは、理想的な情報屋とは言えなかった
フィニアスは、自分が学校を牛耳って以来のスリザリン出身である校長を崇めていたので、スネイプを批判したり、校長に関する生意気な質問をしたりしないように気をつけないと、たちまち肖像画から姿を消してしまうのだった

とはいえ、ある程度の断片的なニュースは漏らしてくれた
スネイプは強硬派の学生による小規模の反乱に、絶えず悩まされているようだった
ジニーはホグズミード行きを禁じられていた
また、スネイプは、アンブリッジ時代の古い教育令である学生集会禁止令を復活させ、三人以上の集会や非公式の生徒の組織を禁じていた
こうしてことから、ハリーは、ジニーが多分、ネビルとルーナと一緒になって、ダンブルドア軍団を継続する努力をしているのだろうと推測した
こんなわずかなニュースでも、ハリーは、胃が痛くなるほどジニーに会いたくてたまらなくなった
しかし、同時にロンやダンブルドアのことも考えてしまったし、ホグワーツそのものを、ガールフレンドだったジニーと同じくらい恋しく思った

フィニアス・ナイジェラスがスネイプによる弾圧の話をした時など、一瞬我を忘れ、学校に戻ってスネイプ体制の揺さぶりの運動に加わろうと、本気でそう思ったほどだった
食べ物や柔らかなベッドがあり、自分以外の誰かが指揮を執っている状況は、この時のハリーにとって、この上なく素晴らしいものに思われた
しかし、自分が「問題分子ナンバーワン」であることや、首に一万ガリオンの懸賞金が懸かっていることを思い出し、ホグワーツに今のこのこ戻るのは、魔法省に乗り込むのと同じくらい危険だと思い直した
実際にフィニアス・ナイジェラスが、何気なくハリーとハーマイオニーの居場所に関する誘導尋問を会話に挟むことで、計らずもその危険性を浮き彫りにしてくれた
そのたびに、ハーマイオニーは肖像画を乱暴にビーズバッグに押し込んだし、フィニアスと言えば、無礼な別れの挨拶への応酬にその後、数日は現れないのが常だった

ある時、ハーマイオニーが今までの中では、まあ、機嫌が良かったフィニアス・ナイジェラスに、質問したことがあった

「あの、ブラック教授。よければ、教えていただけませんか?ブラック教授は、その、オフューカスさんを、どうして『恥晒し』だとお言いになったんですか?」

それは、この旅には関係のない質問だと思うったが、ハーマイオニーは個人的に気になったようだった

「我が玄孫は、分不相応にも、女の分際で、高貴なるブラック家の当主に就いたからだ。双子の兄であるレギュラスがいたにも関わらずだ」

この答えに、ハーマイオニーは奥歯を噛み締めて、拳を握りしめていた
ハリーはハーマイオニーが、フィニアスの言葉のどこに反応したのかは、一目瞭然で、すぐ分かった

「オフューカスはその女狐のような本性を、当主となった途端現しおった。挙句に、こともあろうか仮にも、ブラックの名を持つ家の者が、それも当主が、分家だけでなく、他の純血一族の血を裏切る者を、当主としてすげ替えた」

心底忌々しいとばかりに言ったフィニアスに、ハーマイオニーは少し胸がすいた気分になった様子だった

「決して許されん。我が一族の恥晒しだ。(さか)しい女狐めが。下手に出ておっても、私の目は騙せん」

ハーマイオニーには、フィニアスがここまでオフューカスを扱き下ろす理由が分からなかった

「オフューカスは『恥晒し』ではある。それは疑いようのない事実。だが、あれが我が一族始まって以来の、聡慧な者だと言えるだろう。女にしておくには実に惜しい者だった。あれと『ろくでもない玄孫』が逆であればなあ。心底惜しくてならん」

半ば独り言の愚痴ように、呟かれた言葉に、ハーマイオニーは、自分のことではないのに悔しくてたまらなかった
女だから、女のくせに、女の分際で…

そんな言葉が大嫌いだった

ハーマイオニーも見た、ブラック家の先祖の館に飾られているオフューカス・ブラックの肖像画
動かないただの肖像画
クリーチャーが心の底から尊敬し、仕えた…

いや、死んでも尚、主従契約を解かれても尚、絶対の忠誠を捧げる主

ハーマイオニーには、その姿がどうしようもなく大きな存在に思えていた
ハリーがどう思っているのであれ、彼女の悪口を聞くと、思わず眉を顰めてしまうほど…
それは友としてではなく、同じ女性としての面が強かった


「ああ、だが、ひとつ気に入っておるところがある。オフューカスとの会話は、実に気分良くさせてくれる。そうーー、そうだ。身の程を弁えている上に、常に年上を敬う姿勢が実に気分が良い。私の時間を割くに値する、良い話し相手であった。ふむーー惜しい。実に惜しいーー」


ここにきて、フィニアスがふと思い出したように語った内容に、ハーマイオニーは眉を寄せながらも、驚いた
『恥晒し』と言いながら、あの傲慢なフィニアスがオフューカスを惜しいと言ったからだ

ハーマイオニーは、フィニアスの言う’’惜しい’’が、話し相手がいなくなって’’惜しい’’ということなのだろうと思った

そこで、ハーマイオニーはふと疑問になった

「あの、ブラック教授。オフューカスさんと最後にお話しされたのは、どこなのですか?」

ハーマイオニーは、答えてくれるか分からないが聞いてみた

「何を分かりきったことを。校長室に決まっているだろう。ダンブルドアは事あるごとに玄孫を呼び出しておったからな。まったく、呆れたものだ。あのダンブルドアの数々の奇行に付き合えるとは、我が玄孫ながら物好きめ」

意外にもすんなり答えたフィニアスに、ハーマイオニーは軽く驚き、ハリーは耳を疑った

「おかげで私が話す時間が殆ど無くなってしまったーーダンブルドアめ」

ハーマイオニーは、意味がわからず混乱した
フィニアスの言動では、『恥晒し』だと言っている玄孫の事を、気に入らなかったのか、気に入っていたのか、まるで分からないからだ
これでは、どこまでのことが質問していい範囲なのかどうか、判別がつかないからだ

ハーマイオニーは、そこからいくつかオフューカスについて質問したが、結局、フィニアスはこき下ろしたり、褒めたりと両極端の酷評をするばかりだった
だが、ハーマイオニーはひとつ気づいたことがあった
以前にハリーが怒らせた時もそうだったが、『恥晒し』だなんだと罵る言葉を使うことはあっても、フィニアスは、オフューカスのことを馬鹿にしたり、愚かだと言うようなことは、ただの一度たりともなかった
それは、玄孫に対する情なのか、一族としての誇りなのかは分からないが、ハーマイオニーにはそれが、ある意味、フィニアスの答えなのだろうと思うことにした


季節はだんだん寒さを増してきた
イギリスの南部地方だけにとどまれるなら、せいぜい霜が立つことくらいが悩みの種だったが、一ヶ所に長く滞在することは危険だということであちらこちらをジグザグに渡り歩いたため、二人は大変な目に遭うことになった
ある時は霙が山腹に張ったテントを打ち、ある時は広大な湿原で冷たい水がテントを水浸しにした
また、スコットランドの湖の真ん中にある小島では、一夜にしてテントの半分が雪に埋もれた

数日が数週間に、数週間が数ヶ月に…
今の窓に煌めくクリスマスツリーをちらほら見かけるようになったある晩、ハリーは、いい加減に自分が嫌になってきた
ロンが去った要因のひとつである、あの真実を、ハリーはハーマイオニーに言おうと決意した

「透明マント」に隠れてスーパーに行ったハーマイオニーのおかげでーー出るときに開いていたレジの現金入れに几帳面にお金を置いてきたのだがーーいつになく豊かな食事をしたあとのことだった

スパゲッティミートソースと缶詰の梨で満腹のハーマイオニーは、いつもより話を切り出しやすそうだった

ハリーは、とんでもなく勇気のいる覚悟で、意を決して切り出した

「ハーマイオニー?」

「ん?」

ハーマイオニーは、「吟遊詩人ビードルの物語」を手に、クッションの凹んだ肘掛椅子のひとつに丸くなって座っていた
ハリーは、この本からこれ以上得られるものがあるのかどうかすら疑問だった
もともと大して厚い本ではない
しかし、ハーマイオニーは間違いなく、まだ何かの謎解きをしていた
椅子の肘に、「スペルマンのすっきり音節」が開いて置いてある

ハリーは咳払いした

「ハーマイオニー、僕、ずっと考えてたんだけどーー」

「ハリー、ちょっと手伝ってもらえる?」

どうやらハリーの言ったことを聞いていなかったらしいハーマイオニーが、身を乗り出して「吟遊詩人ビードルの物語」をハリーに差し出した

「この印を見て」

ハーマイオニーは、開いたページのいちばん上を指差して言った
物語の題だと思われる文字の上に(ハリーはルーン文字が読めなかったので、題がどうか自信がなかったが)、三角の目のような絵があった
瞳の真ん中に縦線が入っている

「ハーマイオニー、僕、古代ルーン文字の授業を取ってないよ」

「それはわかってるわ。でも、これ、ルーン文字じゃないし、スペルマンの音節表にも載っていないの。私はずっと、目だと思っていたんだけど、違うみたい!これ、書き加えられているわ。ほら、誰かがそこに描いたのよ。元々の本にはなかったの。よく考えてね。どこかで見たことがない?」

「ううん……ない。あっ、待って」

ハリーが目を近づけた

「ルーナのパパが、首から下げていたのと同じ印じゃないかな?」

「ええ、私もそう思ったの!」

「それじゃ、グリンデルバルドの印だ」

ハーマイオニーは口をあんぐり開けてハリーを見つめた

「何ですって?」

「クラムが教えてくれたんだけど………」

ハリーは、結婚式でビクトール・クラムが物語ったことを話して聞かせた 
ハーマイオニーは目を丸くした

「グリンデルバルドの印ですって?」

ハーマイオニーはハリーから奇妙な印へと目を移し、再びハリーを見た

「グリンデルバルドが印を持っていたなんて、私、初耳だわ。彼に関するものは色々読んだけど、どこにもそんなことは書いてなかった」

「でも、今も言ったけど、あの印はダームストラングの壁に刻まれているもので、グリンデルバルドが刻んだって、クラムが言ったんだ」

ハーマイオニーは眉根に皺を寄せて、また古い肘掛椅子に身を沈めた

「変だわ。この印が闇の魔術のものなら、子どもの本とどういう関係があるの?」

「うん。変だな」

ハリーが言った

「それに、闇の印なら、スクリムジョールがそうと気づいたはずだ。大臣だったんだから、闇のことなんかに詳しい筈だもの」

「そうね……私と同じに、これが目だと思ったのかもしれないわ。ほかの物語にも全部、題の上に小さな絵が描いてあるの」

ハーマイオニーは、黙って不思議な印をじっと眺め続けていた
ハリーは、つい話につられて忘れていたことを思い出して、今度こそ、と、意を決して声をかけた

「ハーマイオニー?」

「ん?」

「僕、あのーーはぁ〜ふぅ〜…」

ハリーは、妙に緊張して、自分を落ち着かせるように、手汗を軽く拭きながら、深く深呼吸した

「どうしたの、ハリー?」

「話したいんだ」

「何を?」

ハーマイオニーは、首を傾げて不思議そうな顔をした

「君に、言ってないことがあるんだーー」








それからハリーは、スラグホーンの記憶で見たことを、今度こそ全てハーマイオニーに打ち明けた…
ダンブルドアが、ヴォルデモートが
それ(トリニータス)を成功させてしまったことを…

ダンブルドアは、彼女が自らヴォルデモートと終わる事を望んでいると言ったと…
そして、それは必要なことであり、今の自分達にとって唯一の希望だと言ったことも…


ハーマイオニーは、終始、言葉もない様子だった
言葉どころか、人形のように微動だにせず、目を見開いて静かに聞いていた


震える声を、途轍もない衝動と激情を抑えながら、必死に話したハリーは、話している最中、自分で言いながら気づいた

自分は、ヴォルデモートを殺すことが、彼女を殺すことになるという現実を見たくなかったのだと自覚した

ヴォルデモートは悪だ
完全なる邪悪な悪…

なら、彼女は?


悪だ、とは、どうしても言い切れなかった
ハリーは視界を…心を覆っていた靄が胡散した気分だった

自分は恐れていたのだ

これを話すことで、ハーマイオニーに、ロンにーー

人殺しだと思われるのがーー

そして、二人を人殺しにしたくなかったんだーー



ハリーは、ハーマイオニーを見た


ハーマイオニーは、感情が抜け落ちたように涙を流していた

「ハーマイオニー…?」

「……なさ…ぃ」

ハーマイオニーは、蚊の鳴くような声で何か言った

「なんて?」

ハリーは聞き返した

すると、ハーマイオニーがいきなりハリーを抱きしめた
ハリーは驚いたが、受け止めた

ハーマイオニーが静かに泣いている声が、鼻を啜る音が聞こえた

「私っ…私っ…ハリーっ、ごめんなさいっ……何も知らなくてっ…あなたを責めることをっ………あなたは優しんだって、知っていたつもりなのにっ」

ハーマイオニーは、酷く後悔していた
ハリーは、もう何日も冷えていた心が温かくなる感じがした


ハリーは思った


なんだ…

簡単なことだったじゃないか…



ハリーは、ここ数日…いや、旅が始まった時からの多くの苦労や辛さが、全て吹き飛んだかのような心地だった




それから、えぐえぐ泣いて謝るハーマイオニーの背中を摩って慰めたハリー

数十分か…それくらい経った後、ようやっと落ち着いて離れたハーマイオニーは、泣きすぎて腫らした目を軽く摩って、ハリーを見た

「ハリー、あなた一人に重荷を背負われたりしないわ。一緒よ。それと……本当にごめんなさい。私、何も知らなくて…」

「いいんだ。いいんだハーマイオニー。隠していたことには変わりないし、それに、今はもういいんだ」

ハリーは、妙にスッキリした表情でハーマイオニーに言った
ハーマイオニーは、「本当に?怒ってない?」というような表情で、ハリーを覗き込んだ

ハリーは、なんだかそれが無性に嬉しかった


気を取り直した二人は、話し合った


「ハリー、今の話で、私気づいたことがあるわ」

「え、それはなに?」

「ダンブルドアが私に手紙を遺したでしょう?覚えている?」

「うん。覚えてるよ」

「ダンブルドアは、このことを示唆していたのよ」

ハリーはすぐに答えられなかった
いまいち意味がわからなかったからだ

「わからないハリー?手紙の内容よ。手紙には、私にしきりに本を読むように勧めていたわ」

ハリーは、それを聞いてもいまいちわからなかった

「ほら、ハリー。わからない?手紙にも書いてあった御伽噺や伝説よ!」

ハーマイオニーが、少し興奮気味にハリーに言った

すると、ハリーは『御伽噺や伝説』という言葉にピンときた

「!ハーマイオニー!」

「そうよ!ダンブルドアは、私に『トリニータス』について調べるように勧めていたのよ。ただ、これはハリーがさっきも言ったように、魔法界では悪影響を及ぼすものとして教育的配慮がなされている類のものよ。だからそれに関する書籍も無いに等しいでしょうね」

「それじゃあ…」

「でもハリー、忘れてない?私がダンブルドアが亡くなった夜、校長室に忍び込んだことを」

「!」

ハリーはハーマイオニーを、これでもかというほど期待をこもった眼差しで見つめた

「ええ、『深い闇の秘術』の本に、紹介文くらいでハリーが今話したことについて載ってあったわ。きっと、ヴォルデモートは、ここから辿って、詳細を知ってーーっ…実行したのよ」

「きっと、あいつはスラグホーンから聞くまでは、ホークラックスに気を取られて、『トリニータス』には、気にも留めなかったはずだ」

「ええ。だけど、スラグホーンは本に載っていなかった詳細をヴォルデモートに話してしまったのよ」

「それであいつは興味を持った。でも、『トリニータス』の方は成功するかわからなかったから、先に分霊箱を作ったんだ」

「そうよ。ええ、そうに違いないわ。でもひとつ付け加えるなら、ヴォルデモートが『トリニータス』を成功させたのなら、かなりの時間をかけたはずよ。分霊箱をいくつも作りながら同時並行なんて、いくらヴォルデモートでも、とてもじゃないけどできないはずよ」

「そうか、そうだ。だからダンブルドアは分霊箱は多くはないって言っていたんだ」

「ハリー、もう一度思い出してみて。ダンブルドアは他に何か言っていなかった?何でもいいの」

「他にはもうないよ…」

ハリーはもう一度思い出してみた
記憶を見た後、校長室で、ダンブルドアが言った事を一言一句、思い出せる限りで思い出そうとした


脳内にあの時のダンブルドアの声が響いた




ーーーあれを成功させたとなれば…我々に打てる手は’’なかった’’ところじゃーーー





ーーーこれは神話ではない。現実なのじゃーーー





ーーーあの子は死なねばならぬーーー




ーーー解放してやるのじゃーーー







ーーー分霊箱は…彼女の分霊箱かも…ーーー







ーーーど、どんな形でもありえるのですか?古い缶詰とか、えーと…空の薬瓶とか…ーー






ーーーあやつが、自分の大切な魂を護るのに、ブリキ缶や古い薬瓶を使うと思うかね?ーーー





ーーヴォルデモートは分霊箱を、何よりも信用を置くアルウェンに縁のあるものとした可能性が高いーー





ーーーアルウェンの贈り物じゃーーー




ーーーあやつは贈られたものに、自分の大切な魂を入れるようなことはせぬだろうと高を括っておった。あまりにも想像に容易いからのうーー




ーーーあの子と、自分とを結びつける縁の深い物に特に拘ったーーー




あの時の会話を思い出そうとしても、ダンブルドアがそれらしきことを言った場面がなかった
ハーマイオニーには、すでに分霊箱は、彼女と縁の深い品だと教えた
だが、どうやらハーマイオニーが求めているのはそれではないようだった

ハリーはもう一度、頭を捻って考えた

だが…


「だめだ…思い付かないよ。ダンブルドアが話した事は全部話した。だけど、ダンブルドアは分霊箱がいくつあるか検討はついている、とは言っていた」

「検討がついているって言ったの?なら、どうしてそれをハリーに教えなかったのかしら…」

「僕もそう思うよ。…断定できることじゃなかったからかな?」

「そんな簡単な理由じゃないはずよ。だって、ダンブルドアだもの」

「あー、うん…そうだった」


結局、ハーマイオニーに言われて何度も思い出そうとしても、あの時ダンブルドアが言っていた事で、打ち明けた事以上に重要な事はなさそうだった

そして、ハリーはもうひとつハーマイオニーにずっと考えていた提案を切り出してみた

ゴドリックの谷に行くことだった

これには、ハーマイオニーも賛成したが、同時に危険も警鐘した
だが、ハリーにとって、ゴドリック村への誘いは、両親の墓であり、自分が
(から)くも死を免れた家がある、ということだった
そして、ゴドリックの谷はヴォルデモートにも縁の深い場所
何かあるかもしれない、と淡い期待と予感がしていた

ゴドリックの谷に行くことが決まった時、ハーマイオニーは、今や背筋を正していた
再び計画的に行動できる見通しがついたことにより、ハーマイオニーの気持ちがハリーと同じくらい奮い立ったことが、ハリーには、はっきり分かった

ハーマイオニーが念入りに準備をして、用心深く行こうと決めてから、ハリーは浮足だった
まもなく故郷に帰るのだ
かつて家族がいた場所に戻るのだ
ヴォルデモートさえいなければ、ゴドリックの谷こそ、ハリーが育ち、学校の休暇を過ごす場所になるはずだった
友達を家に招いたかもしれない……弟や妹もいたかもしれない……十七歳の誕生日に、ケーキを作ってくれたのは母親だったかもしれない
そういう人生が奪われてしまった場所を訪れようとしているこの時ほど、失われてしまった人生が真に迫って感じられたことはなかった
その夜、ハーマイオニーがベッドに入ってしまった後で、ハリーはビーズバッグからそっと自分のリュックサックを引っ張り出し、ずいぶん前にハグリッドからもらったアルバムを取り出した
その数ヶ月で初めて、ハリーは両親の古い写真をじっくり眺めた
ハリーには、もうこれしか遺されていない両親の姿が、写真の中からハリーに笑いかけ、手を振っていた


ハリーは翌日にもゴドリックの谷に出発したいくらいだったが、ハーマイオニーの考えは違っていた
両親の死んだ場所にハリーが戻ることを、ヴォルデモートが予想しているに違いないと確信していたハーマイオニーは、二人とも最高の変装ができたという自信が持てるまでは出発しないと、固く心に決めていた

そんなわけで、一週間経ってからーークリスマスの買い物をしていた何も知らないマグルの髪の毛をこっそりいただき、「透明マント」を被ったまま一緒に「姿現わし」と「姿くらまし」が完璧にできるように練習してからーーハーマイオニーはやっと旅に出ることを承知した









だが、ゴドリックの谷でハリーたちを待ち受けていたのは、決して思い通りにはいかない出来事だったーーー













雪が深々とふる夜の闇に紛れてゴドリックの谷に「姿現わし」した二人は、廃墟になったポッター邸を見つけ、しばらく唖然と眺めた後、ハリーは、墓地の両親の墓石の前に行った
しばらくそうしていた後、二、三メートル先からハリー達を見ていたバチルダ・バグショットと邂逅した

だが、これこそが罠だった

ダンブルドアと親しかったバチルダが、ダンブルドアが何か秘密を打ち明けたかもしれないと踏んだハリーは、バチルダの家について行った

そこで、ハリーは突然大蛇に変じたバチルダ、いや、大蛇がバチルダに化けていた

その大蛇に襲われ、大蛇がヴォルデモートに連絡をとったところで、ハリーたちは間一髪でヴォルデモートが来る前に逃げおおせた




逃げる直前、ハリーの傷痕がざっくり開いた
強烈な眩暈と形容できない痛みが走った






その時、ハリーはヴォルデモートだった





目の前に映った光景は、母親が息子(自分)を後ろのベビーベッドに置き、両手を広げて立ち塞がった
それが助けになるとでもいうように、赤ん坊を見えないように守れば、代わりに自分が選ばれるとでもいうように……

「ハリーだけは、ハリーだけは、どうぞハリーだけは!」

「どけ、バカな女め…さあ…どくんだ……」

「ハリーだけは、どうかお願い。わたしを、わたしを代わりに殺してーー」



その時、自分の視界に自分のものではない姿が脳裏に視えた

ある女性の姿が、母親の姿と重なって映った



長い柔らかそうな黒髪を肩から横に流していて…
大人しそうな平坦な黒曜の目を和らげて、弱々しく…
それでいて、確かな光を宿して心を照らすランプの灯りのように、’’自分’’に向かって微笑んだ……


神聖ささえ感じる優しい微笑みで…
‘’好ましい’’柔らかな声で言ったのだ…





ーーーーーーートム…この子の名前は、『イリアス』よ…ーーーー





愛おしげに、優しい眼差しで腹を撫でる女性に、’’自分’’は、心が酷く冷めていた
なのに、焼き尽くさんばかりの怒りや哀しみの激情が体を、精神を支配した



ーーーー私…この子のこと、大事に育てたい……ーーー






「これが最後の忠告だぞーー」




気づけば冷たい声で言っていた





「ハリーだけは!お願い……助けて……許して……ハリーだけは!ハリーだけは!お願いーーーわたしはどうなってもかまわないわーー」






ーーー……トム………トム………トム……ーーー


哀願するような、胸が締め付けられる声が頭の中に響く
細い指が‘’自分’’の頬に触れる温度が…生々しく感じられる…






ーーー…トム…この子には、『イリアス』には…幸せになってほしいの……ありがとう…この子を授けてくれて…ーーー





胸が張り裂けるような痛みを感じ、同時に、心が氷水で凍った




「どけーー女、どくんだ」




部屋に緑の閃光が走り、母親は倒れた


そうして、
息子(自分)に杖を向けた

息子(自分)は、相手が父親でないことがわかったのか、泣き出した

泣くのはまっぴらだ
孤児院で小さい奴らがピーピー泣くと、いつも腹が立った


ーーー…………どうしてこんな目に…なんで……………ーーー


黒髪の女の子が膝を抱えてほろほろと涙を流して、隠れて泣いている


ああ、あれは好ましかった
…美しかった…ずっと見ていたい…
もっと見せろ…
お前が涙を見せるのは俺様にだけだ…


「アバダ ケダブラ!」


そして、壊れた
無になった

痛みと恐怖だけしかない無だった

しかも、身を隠さなければならない
取り残された赤子が泣き喚いている
この破壊された家の瓦礫の中ではなく、どこか遠くに……ずっと遠くに……


…ああ…ナギニ…




ーーー…トム……ここにいるから…ーーー




声を求めている…
あの好ましい声を…
ずっと側で聴き続けてきたあの声を…




ナギニ……なぜ俺様にこんな仕打ちをする…

…なぜ裏切った…

…そうだ……全ては…

全てはお前が裏切った時から……

…お前は…俺様ではなく…

ああ……忌々しい…

…俺様の血を分けたに過ぎぬモノなどに、お前が心を傾けたときからだ……

…必ず後悔させてやる…


…待っていろ…


ナギニ










「だめだ…」

「ハリー、大丈夫よ、あなたは無事なのよ!」

「だめだ…だめだ……逃げて…逃げて……」

「ハリー、大丈夫だから。目を覚まして、目を開けて!」

ハリーは我に返った……

自分は、ハリーだった…

ヴォルデモートではなく……

ハリーは目を開けた

「ハリー」

ハーマイオニーが囁きかけた

「気分は、だーー大丈夫?」

「うん」

ハリーは嘘をついた
ハリーはテントの中の、二段ベッドの下段に、何枚も毛布をかけられて横たわっていた
静けさと、テントの天井を通して見える寒々とした薄明かりからして、夜明けが近いらしい
ハリーは汗びっしょりだった
シーツや毛布にそれを感じた

「僕たち、逃げおおせたんだ」

「そうよ」

ハーマイオニーが言った

「あなたをベッドに寝かせるのに『浮遊術』を使わないといけなかったわ。あなたを持ち上げられなかったから……あなたは、ずっと……あの、あんまり具合が……」

ハーマイオニーの鳶色の目の下には隈ができていて、手には小さなスポンジを持っているのが見えた
それでハリーの顔を拭っていたのだ

「具合が悪かったの」

ハーマイオニーが言い終えた

「とっても悪かったわ」

「逃げたのは、どのくらい前?」

「何時間も前よ。今はもう夜明けだわ」

「それで、僕は……どうだったの?意識不明?」

「というわけでもないの」

ハーマイオニーは言いにくそうだった

「叫んだり……うめいたり……いろいろ」

ハーマイオニーの言い方は、ハリーを不安にさせた
いったい自分は何をしたんだ?
ヴォルデモートのように呪いを叫んだのか、ベビーベッドの赤ん坊のように泣き喚いたのか?

「蛇があなたを噛んだけど、傷を綺麗にしてハナハッカを塗っておいたかわ……治癒の呪文もしておいたから大丈夫よ」

ハリーは着ていた汗まみれのティーシャツを引っ張って、中を覗いてみた
胸に半分治りかけの噛み跡が見えた

「分霊箱は無事?」

「大丈夫、最近はずっとバッグの中に入れているから」

ハリーは枕に頭を押しつけ、ハーマイオニーのやつれた土気色の顔を見た

「ゴドリックの谷に行くべきじゃなかった。僕が悪かった。みんな僕のせいだ。ごめんね、ハーマイオニー」

「あなたのせいじゃないわ、私も行くべきだと言ったんですもの。ダンブルドアがあなたに何か手掛かりを残すならあそこしか有り得ないと思ったの…」

「うん、まあね……二人とも間違っていた。そういうことだろ?」

「ハリー、何があったの?バチルダがあなたを二階に連れて行ったあと、何があったの?蛇がどこかに隠れていたの?急に現れてバチルダを殺して、あなたを襲ったの?」

「違う」

ハリーが言った

「バチルダが蛇だった……というか、蛇がバチルダだった……はじめからずっと」

「なーー何ですって?」

ハリーは目を瞑った
バチルダの家の悪臭がまだ体に染み付いているようで、何もかもが生々しく感じられた

「バチルダは、だいぶ前に死んだに違いない。蛇は……蛇はバチルダの体の中にいた。『例のあの人』が、蛇をゴドリックの谷に置いて待ち伏せさせてたんだ。君が正しかったよ。あいつは、僕が戻ると読んでいたんだ」

「蛇がバチルダの’’中に’’いたですって?」

ハリーは目を開けた
ハーマイオニーは、今にも吐きそうな顔をしていた

「僕たちの予想もつかない魔法に出会うだろうって、ルーピンが言ったね」

ハリーが言った

「あいつは、君の前では話をしたくなかったんだ。蛇語だったから、全部蛇語だった。僕は気づかなかった。でも、僕にはあいつの言うことがわかったんだ。僕たちが二階の部屋に入った時、あいつは『例のあの人』と交信した。僕は、頭の中でそれがわかったんだ。『あの人』が興奮して、僕を捕まえておけって言ったのを感じたんだ……それから……」

ハリーは、バチルダの首から大蛇が現れる様子を思い出した
ハーマイオニーに、すべてを詳しく話す必要はない

「……それからバチルダの姿が変わって、蛇になって襲ってきた」

ハリーは噛み傷を見た

「あいつは僕を殺す予定ではなかった。『例のあの人』が来るまで、僕をあそこに足止めする役割だった」

あの大蛇を仕留めていたなら
それなら、あれほどの犠牲を払って行ったかいがあったのに…

自分が嫌になり、ハリーはベッドに起き上がって毛布を跳ね退けた

「ハリー、だめよ。寝てなくちゃだめ!」

「君こそ眠る必要があるよ。気を悪くしないでほしいけど、ひどい顔だ。僕は大丈夫。しばらく見張りをするよ。僕の杖は?」

ハーマイオニーは答えず、ただハリーの顔を見た

「ハーマイオニー、僕の杖はどこなの?」

ハーマイオニーは唇を噛んで、目に涙を浮かべた

「ハリー……」

「’’僕の杖は、どこなんだ?’’」

ハーマイオニーはベッドの脇に手を伸ばして、杖を取り出して見せた

「ごめんなさい…ハリー。逃げる時、私の呪文が杖に跳ね返って……っ直そうとしたけど、杖は無理な「仕方がない」…」

ハーマイオニーの謝罪を遮って、ハリーは自分でも少し驚くほど、静かに冷ややかに言った

「君のを貸して。見張りをする間」

涙で顔を光らせ、ハーマイオニーは自分の杖を渡した
ハリーはベッド脇に座っているハーマイオニーをそのままにして、そこから離れた
とにかく、今はハーマイオニーから離れたかった

























「’’またも’’、小僧が逃げおおせた!」

蛇のような蒼白な顔を忿懣で満たし、彼が『イリアス』を連れて、私を軟禁しているリドルの館に現れた

長い漆黒のローブを揺らして、苛々している様子を隠そうともしない
ニワトコの杖を手に入れてからというもの、彼の残忍性に拍車がかかった…
私には、止められない…

もう最近では、怒らせないように気をつけて、考えてから発言していたのも、しなくなった…

疲れた…

気がつけば、口から勝手に出ている…

「……ゴドリックの谷に現れただけでも収穫ではないの?…ポッターの浅慮さが露呈したことには変わりないわ」

ハリーがゴドリックの谷に…
もうそんな時期…
クリスマス…か…

クリスマスって……なんだったけ…

「浅慮?浅慮な奴がこの俺様の手から何度も逃げおおせるのか?ーー答えろ!」

「っトム…落ち着いてっ…」

「その名で呼ぶなと、何度言わせればわかる!」

「う゛ぁ゛っ」

失敗した…
最近、彼はいつになく苛立っている
打たれて倒れた私の腰元に大蛇が…イリアスがとぐろを巻いて這い寄ってくる…

「……ル……ルベル……お願いだから…話を…聞いて…お願い…っ…」

痛い…

頬が…じんじんする…

痛い…痛いって…

あれ…なんだったかな…

「っ聞かせてみろ」

頭上から降ってくる不機嫌な甲高い声に、小さく空気を吸い込む

「……前に…前に私はポッターを…「その名をお前が呼ぶな。不愉快だ」っ…か…彼が…精神が未熟ゆえに直情的な感情に振り回される……ポッターは今、精神的に孤立しかけている……」

「続けろ」

「あ…あなたが言う通り、彼は’’弱い’’人間よ……だから、自分のせいで周りが巻き込まれるのが許せない…」

「たしかに、あの小僧は弱い、愚かな子どもだ。だが、俺様はこうも言った。’’綿密な計画では起こり得ぬことが、幸運と偶然というつまらぬやつに阻まれている’’、とな」

「…ルベル……あなたは否定するでしょうけど……彼は…彼は…」

決して幸運と偶然だけではない…
あなたが予言を阻もうとしたことで、それを現実のものにしてしまった…
 
あなた自身が、破滅の道を作ってしまった…

あなたがハリー・ポッターという強敵を作ってしまったのよ…

どうしてそれに気づかないの…

教えたい…

教えてはだめ…

気づいてほしい…

だめ…気づかれてはいけない…

彼を終わらせないと…

死なせたくないっ…



「俺様を不愉快にさせることを言うつもりならば、ーーナギニ。やめておけ」


どうしてっ…どうしてなのっ…


「………ご…ごめんなさい……イ…イリアスと……す…少し…少しだけでいいからっ…いさせてほしい…」


腰元に擦り寄って、大きな鎌首を太腿に乗せてくるイリアスの重みに、自然と手が伸びる…

彼は「好きにしろっ」とだけ、忌々しいという様子で吐き捨てて行った…

今日は…まだマシかもしれない…

いつも、私がイリアスといようとすると、不機嫌になって怒ってしまう…
打たれないだけマシかもしれない…


「ごめんね……彼を止められない私を許して……イリアス…」


蛇は……彼がイリアスの名付けた蛇は、私の言葉に応えるようにずしりと思い体をお腹に巻き付けてきた…

…不思議…

この子は…この蛇はイリアスではないというのに…

…イリアスは死んだ……


……私が…殺した……



















真夜中にハーマイオニーと見張りを交代したときには、もう雪が降り出していた
ハリーは、心が掻き乱される、混乱した夢を見た
『イリアス』が、気持ちの悪い血溜まりのようなところからぬるりと現れるところ…

遠くで誰かがハリーを呼んだような気がしたり、あるいはテントをはためかせる風を足音か人声と勘違いして、ハリーはその度にドキッとして目を覚ました

ゴドリックの谷から逃げる際に見たあの光景…
ハリーが、ヴォルデモートだった時に見たもの…

自分を守る母親の姿と…黒髪の女性…
ハリーは、目が覚めてからすぐ、あれはアルウェンだったとわかった
ヴォルデモートは、自分を守ろうとする母親の姿と、彼女の姿が重なって見えていたのだ

見えていたのに、ヴォルデモートは、母親を何の躊躇いもなく殺した

ヴォルデモートであった自分が感じたのは、彼女…アルウェンに対する煮えたぎるような怒りと焦燥感だった

自分を見逃してくれと必死に懇願する母の声と重なって、アルウェンの声が思い出される

ハリーは、『イリアス』と呼ばれるものか、人か、何かが何かの鍵に違いないと思っていた
だが、違った

ハリーは、あれを見て確信した
『イリアス』は、彼女のお腹の中にいた、あいつの子どもの名前だと…

何の罪もない…

生まれるはずだった命…


ハリーは、悔しくて堪らなかった
何に対して悔しいと思っているのかは、はっきりとはわからない
だけど、ただ悔しかった

あいつは、自分の子どもを彼女に身籠らせたくせに、死に追いやった
自分の子を、子とも思わなかった


ハリーは、自分の母と彼女を較べた
今までも、何度もそうしてきた

母は、ハリーを守るために死んだ
彼女は、あれだけお腹が膨らんでいたのに、産むことなく死んだ…

何を思ったんだろう
何があったのか
なぜ産まなかったのか
なぜ、何の罪もない子どもを…自分のお腹に宿っている命を…






…殺せたのか…









その疑問が浮かんだ時、ハリーはいつもハッとした
目が覚めると、周りは暗かった
今いるディーンの森は、ハーマイオニーが昔、両親ときたところだと言っていた
とても静かで、静寂としていて…良いところだと思った
一面に雪が降り積り、刺すような寒さが身を貫くが、豊かに高々と伸びる大木のおかげで風からは守られていた
今は深い夜の帳に覆われている

ハリーは、テントに凭れ、唐突に妙な心地になった
まるで、自分には何の任務もなく、重荷もなく…
ただこの森で余生を過ごしているような気になった
不思議だった
先程まで頭の中は思考で埋め尽くされ、いっぱいいっぱいだったというのに…

自分が指名手配されていることも、見つかれば殺さられことも…

心配事が何もかもないような気分だった

目の前に手をかざしてじっと、見てみた…






ちょうどその時だった







目の前に明るい銀色の光が現れ…木立の間を動いた
寒いような…温かみのあるような……不思議な色の光の球だった…
ハリーはすぐに立って杖を構えたが、攻撃する気など、さらさら起こらなかった

どうしても…何故か…この光が神聖なものに見えて仕方なかった

美しくて…神秘的で…
そして、ずっと前から知っていたようで…はじめて知ったような…

温かい…光…

眩いばかりの光の球は、まるでハリーを誘うようにゆらゆら揺れている
音もなく…
その周りの生き物も…木々さえも…まるで音を潜めるように…静寂だった…

ハリーは呆然として光の球を見つめた
まるで、暖炉の炎のようにずっと見ていたいと思う心地よさのある光だった

いつも働く圧倒的な直感は、これは闇の魔術ではないと断言したように、ハリーに教えていた


ハリーは、気づけばその光の球に釣られて、ふらふらとついて行っていた


静かな……生きているわけでもないのに、木さえも眠っているのではないかと思うほどの静けさの中、風に靡く葉の音すら耳に入ってこないハリーは、光の球を追いかけ続けた

決して早くはない

そして、遅くもない…

足音を立てずにすたすたと森の中を、奥に奥に進むように、光の球は進んだ

ハリーも追った


随分と時間が経ったように感じた…


すると…光の球は速度を落とすかのように止まった
光の球の下には暗い池がある

光の球は暗い池の方に降りて行き…
そして中に消えた

ハリーは訳もわからず、ただ光が消えたことに慌てた

ほとんど、何も考えずに走り出し、光が消えていった氷の張った暗い池の上に膝をついていた

ルーモス(光よ)

自分でも驚くほど、まるで眠る森を起こさないかのような小声で唱えた

杖先に灯りが点った

ハリーは、軽く雪の積もった暗い池を覆う、表面の分厚い氷の上を手で擦った
ハリーの思った通り、分厚い氷の下で、先ほどの光のようなぼんやりとした灯りが奥底で光っていた


ハリーは、なんの根拠もなく、ただ直感した



‘’この光に触れなければ’’




まるで、体が何かに操られたかのように、次の行動は早かった
上着を脱ぎ、ズボンも脱いで、下着だけになったハリーは、「
ディフィンド(裂けよ)と、唱え、人一人が通れるほどの穴を作り、分厚い氷が割れ、池の面に揺れ、いくつかの黒っぽい氷の塊は沈み、氷水が溢れ出した
足元に溢れた氷水は、凍りそうなほどの冷たさで、いっそ痛みを感じるほどだった
ハリーは身震いした
だが、寒さで鳥肌が立っても、今はそんなことは気にもならなかった

あれを…

あれに触れなければ…

あれを取らなければ…

あれが必要だ……


ただ漠然と、強い思い込みの直感だけが脳を、体を支配した

ハリーは、池の縁に進み出て、ハーマイオニーの杖を、杖灯りを点けたままそこに置いた
あの光を取らなければ、と直感は働いても、頭では冷静だった

これ以上どこまで凍えるのだろう
どこまで激しく震えることになるのだろう
そんなことは想像しないようにはしながら、ハリーは飛び込んだ


体中の毛穴という毛穴が、抗議の叫びを上げた
氷のような水に肩まで浸かると、肺の中の空気が凍りついて固まるような気がした
ほとんど息ができない
激しい震えで波立った水が、池の縁を洗った

かじかんできた両足に感じながら、ハリーは勇気が出ずに、潜るのを先延ばしにしていた

あえぎ、震えながら、ハリーは潜る瞬間を伸ばし、ついにやるしかないと自分に言い聞かせ、ハリーはあらんかぎりの勇気を振り絞って潜った
冷たさがハリーを苛み、火のようにハリーを襲った
暗い水を押し分けて、ただひと筋見える光に手を伸ばした

ハリーは手に確かに、固い何かを掴んだ感触を感じた
そして、それを離すまいとあらんかぎりの力で握りしめて凍える水の中を、感覚がなくなってきた手を水掻きして、浮上しようとした


だが



なかった



ついさっき、自分が通ってきた穴が

分厚い氷だけが目の前にあり、どこにも穴は空いていない
ハリーは息も忘れて「死んでしまう…」と思った

死を直感した


杖は潜る時には服と一緒に置いてきた
つまり、今の自分には何もない
手に掴んでいるものが何かははっきりわからないが、それを自分と地上とを阻む分厚い氷に思い切り突き立てても、割れない

がむしゃらに水を蹴り、手の感覚が無いことをいいことに、指が骨折するのではないかと思うくらいの力で分厚い氷を叩いた

ひたすら叩いた

もがき、苦しみ、酸素の回らない脳で、息を詰まらせながら、死の影がちらついた
ヴォルデモートと対面したときのようなものでもなく、クィディッチで死にかけた時のものでもなく…

ただ自然にあるもので…

自分は死を迎えようとしている


ハリーは必死で抗った
頭の中にパチパチと小さな光が弾けはじめた


溺れるんだ…

もう残されて手段はない…

何もできない…



ぐしょ濡れで咳き込み、視界が白み、意識が遠のいてきた…
その時、自分の体が何かに強く引っ張られ、こんなに冷えたのは生まれて初めてだというほど凍え、一気に鼻と口から空気が入り、脳に酸素が巡った
どこかで、もう一人の誰かが喘ぎ、咳き込みながらよろめいている

ハーマイオニーがまた来てくれたんだ
蛇に襲われたときに来てくれように…
でもこの音はハーマイオニーのようではない…
低い咳、足音の重さからしても、違う…

ハリーには、助けてくれたのが誰かを見るために、頭を持ち上げる力さえなかった
震える手を動かそうとすると、自分が手に握った物があるのに気づいた

その時、ハリーの頭上で、あえぎながら話す声がした

「気は確かか?」

その声を聞いたショックがなかったら、ハリーは起き上がる力が出なかっただろう
歯の根も合わないほど震えながら、ハリーはよ、よろと立ち上がった
目の前にロンが立っていた
服を着たままだが、びしょ濡れで、髪が顔に張り付いている

「君だったの?」

歯をガチガチ言わせながら、ハリーはやっと口を開いた
寒さに震えながら、ハリーは池の縁に重ねて置いてあった服を掴んで、着はじめた
一枚、また一枚と、セーターを頭から被るたびにロンの姿が見えなくなり、そのたびにロンが消えてしまうのではないかと半信半疑で、ハリーはロンを見つめながら

「まあね…見ればわかるだろ」

ロンは苦笑いしながら言った

「あの光を出したのも君?」

「いや、君じゃないの?」

「僕じゃない…」

「そっか…」






ロンは帰ってきた


ハリーの中で、温かいものが広がった
手に握りしめていた物はその温度を奪うどころか、ハリーに温もりを与えるように白く輝いていた











「さあロン、やるんだ」

ハリーは、いつの間にかズボンのポケットに突っ込んでいたサークレットを、雪を払い除けた適当な岩の上に置いて、ロンに言った

ハリーには確信があった
これはロンが破壊しなければならない、と
ロンが戻ってきて、自分の命を助けてくれたことに対しての親切心や気前のよさからそう言ったわけではなかった

先程、なんの迷いもなく光を追いかけていった時のような確信に近い直感があった
そして、ダンブルドアが言っていたある種の魔法のことも理由のひとつだった

ある種の行為が持つ、計り知れない力という魔法だ


「それは、これを破壊できる」


ハリーは、眼鏡をかけて手に握った剣を見た瞬間、息を呑んだ
これほどに美しい剣を、ハリーは見たことがなかった
校長室に飾られていたグリフィンドールの剣という物よりも、ずっと…

ずっと神秘的な剣だった

長くもなく、短くもない…
丁度良い長さの剣…

銀の刀身は、どうすればこれほどの輝きを得られるのかと思うほどの白銀に眩い光を放っていた
この暗闇の中でも、その存在だけで希望の光を散りばめているかのような…
宝石がついているわけでもない
装飾をされているわけでもない…

蔓のような蔓葉の模様が刀身の切っ先に向けて彫られ、宝飾品のような美しさを放っている
とてもではないが、何かを切るために造られたものとは思えなかった

ハリーは、’’ほとんど’’それが、’’当たり前であるかのように’’、瞬間的に理解した


これが、分霊箱を破壊できる剣だと

探し求めていた剣だと


「僕には手に負えない。君たちよりそれに影響を受けやすいんだ」

「だからこそ」

「無理だ…できない…」

「だったらなぜ来た?戻ってきたんだろう?」

ハリーは、まだ冷える体の震えを抑えながら、黙るロンから目を逸らさずに言った

「躊躇わず刺せ。何が起きても、何が聞こえても。君がやるのに意味があるんだ。ーー僕にはわかる」

ハリーは、今ほど漠然とした直感が強く精神を動かして、原動力となっている時はなかった

ロンは、何度か瞬きした後、目を逸らさないハリーの真剣な目に負けて、わかりやすく息を呑んだ
ロンは、恐怖と緊張で怯えている
だが、それ以上に、ロンからはもう逃げたくないという雰囲気があった

まるで岩を飾り付けるように置かれたサークレット
トップの菱形の紅い石が、ロンを闇に誘うように鈍く黒く…光り輝いている
だが、ハリーはもう惑わされなかった

ロンが持つ剣の輝きの前では、その鈍い輝きが、酷く毒々しい、嫌悪を催すものだと、’’はっきり’’とわかるからだ

ハリーは、きっとロンもそう思っているだろうと考えた
ロンは震える手を抑えながら剣を持っていた

ロンは、自分の持っている剣を見た

ロンは魅了されているかのような様子だった
吸い込まれていくような眩い輝きが、全ての闇を否定し、足元に忍び寄った悪と闇が逃げていく

ロンは、それに触発され、当てられたように、剣をぎゅっと握り込み、ハリーをまっすぐ見て、決意に燃えた顔つきで、静かに頷いた

ハリーも頷いた


そして、ロンは剣を振り上げた
途端に、サークレットが岩の接触部から、ガチャガチャと金属音を鳴らして、まるで逃げるかように動き出した
ロンは驚きで、一瞬躊躇った

だが、構わず、大声を上げて思い切り振り上げた


サークレットのトップに刺さった剣の白銀が煌めいた

だが、その瞬間、亀裂の入ったそこから黒い煙が高く舞い上がり、ロンとハリーは軽く一、二メートル後ろに吹き飛ばされた







ーーー「お前の心を見たぞ。俺様のものだ」ーー






ーーー「お前の夢を見たぞ、ロナルド・ウィーズリー」ーーー







ーーー「お前の恐れも見た」ーーー








ーーー「母親は、お前よりも娘が欲しかった。あの娘も、お前よりもお前の友を選んだ」ーーー





「ロン!破壊しろ!」

ハリーは叫んだ

すると、紅い石のヒビの入った部分から、グロテスクな泡のように、ハリーとハーマイオニーの奇妙に歪んだ顔が噴き出した
驚いたロンは、ギャッと叫んで後退りした
みるみるうちに、菱形の紅い石から二つの姿が現れた
最初は胸が、そして腰が、両足が、最後にはハリーとハーマイオニーの姿が、一つの根から生える二本の木のように並んで、サークレットから立ち上がり、ロンと本物のハリーの上でゆらゆら揺れた


「ロン!」

ハリーは大声で呼びかけたが、今やリドル-ハリーがヴォルデモートの声で話し始め、ロンは催眠術にかかったようにその顔をじっと見つめていた






ーーー「君なんか居ない方がいい。その方が、良かったのに」ーーー








ーーー「ハリー・ポッターと並んだら、一体誰が、あなたを気にかける?『選ばれし者』に比べたら…」





リドル-ハーマイオニーの声が響いた
本物のハーマイオニーよりもっと美しく、しかももっと凄みがあった
ロンの目の前で、そのハーマイオニーはゆらゆら揺れながら高笑いをした
ロンは、剣をだらんと脇にぶら提げ、怯えた顔で、しかも目が離せずに金縛りになって立ちすくんでいた




「ロン!全部嘘だ!」

ハリーは口をついて叫んだ







ーーー「君のママは僕を息子にしたかった」ーーー


リドル-ハリーの声が、響いた







ーーー「あなたなんか選ぶ女がいる?あなたなんかカスよ」ーーー


   






ーーー「カスよ…」ーーー










ーーー「カスよ…」ーーー









ーーー「カスよ…」ーーー





リドル-ハーマイオニーは口ずさむようにそう言うと、蛇のように体を伸ばして、リドル-ハリーに巻きつけ、強く抱きしめた
二人の唇が重なった
冷たく、熱く絡み合うように情熱的な口づけを交わす二人が宙に揺れるのを見せられ、地上のロンの顔は苦悶に歪んでいた


震える両腕で、ロンは剣を高く振り翳していた


ハリーは、その一瞬、剣の一層眩い輝きを見た


ロンが剣を、絡み合う二人を裂くように振り翳し、サークレットの紅い石に当たった瞬間

目を閉じてしまうほどの眩い光が剣から辺りを包み込んだ

ハリーは、ほんの一瞬、冷えた体が真から変わるような、温かさを感じた
きっとロンそうだろうと思った

ゆっくり目を開けると、静寂な夜の闇が支配する森だった
ロンを見ると、涙に濡れていた

ハリーは見なかったふりをして屈み込み、岩の上にある、破壊されたサークレットを拾い上げた

トップの紅い石は真っ二つに割れている
分霊箱の中に息づいていたものは、最後にロンを責め苛んで、消え去った

ロンの落とした剣が、ガチャンと音を立てた
ロンががっくりと膝を折り、両腕で頭を抱えた
震えていたが、寒さのせいではないことが、ハリーにはわかった
ハリーは壊れたロケットをポケットに押し込み、ロンの脇に膝をついて、片手をそっとロンの肩に置いた

ロンがその手を振り払わなかったのは、よい(しるし)だと思った

「君がいなくなってからーー」

ハリーは、ロンの顔が隠れているのをありがたく思いながら、そっと話しかけた

「ハーマイオニーは一週間泣いていた。僕に見られないようにしていただけで、もっと長かったかもしれない。互いに口もきかない夜がずいぶんあった。君が、いなくなってしまったら……」

ロンは答えなかったが、ハリーから顔を背け、大きな音を立てて袖で(はな)をかんだ
ハリーはまた立ち上がり、数メートル先に置かれていたロンのリュックサックまで歩いて行った
溺れるハリーを救おうと、ロンが走りながら放り投げたのだろう
ハリーはそれを背負い、ロンの側に戻った
ロンはよろめきながら立ち上がって、ハリーが近づくのを待っていた
泣いた目は真っ赤だったが、落ち着いていた

「すまなかった」

ロンは声を詰まらせて言った

「いなくなって、すまなかった。ほんとに僕は、僕はーーんーー」

ロンは暗闇を見回した
どこかから自分を罵倒する言葉が襲ってくれないのか、その言葉が自分の口をを突いて出てきてくれないか、と願っているようだった

「君は今晩、その埋め合わせをしたよ」

ハリーが言った

「剣を手に入れて。分霊箱をやっつけて。僕の命を救って」

「実際の僕よりも、ずっとかっこよく聞こえるな」

ロンが口籠った

「こういうことって、実際よりもかっこよく聞こえるものさ」

ハリーが言った

「そういうものなんだって、もう何年も前から君に教えようとしてんだけどな」

二人は同時に歩み寄って抱き合った
ハリーは、まだぐしょぐしょのロンの上着の背をしっかりと抱きしめた

「さあ、それじゃーー」

互いに相手を離しながら、ハリーが言った

「あとはテントを再発見するだけだな」

難しいことではなかった
光の球と暗い森を歩いたときは、時間の感覚などなく、遠いようにも、近いようにも感じる不思議な感じだったが…
ロンが側にいると、帰り道は驚くほど近く感じられた
ハリーはハーマイオニーを起こすのが待ちきれない思いだった
興奮で小躍りしながら、ハリーはテントの前までロンと談笑しながら戻った

「ハーマイオニー」

ハリーは、テントの中にいるであろうハーマイオニーに声をかけた

すると、ハーマイオニーは数秒とたたずにテントから出てきて、軽い斜面の上にいるハリーの、びしょ濡れの髪を見驚きながら、心配そうな顔で聞いた

「大丈夫なの?」

ハーマイオニーの質問に、ハリーは自然とあがる口角を抑えきれなかった

「大丈夫。ううん、大丈夫以上だよ。ほら!」

少しずれて、ハリーのシルエットに隠れて見えなかった、少し後ろにいるロンを示したハリー

「やあ」

ロンは、遠慮がちに…だが、とても嬉しさと喜びを滲ませた様子で、震えるようにハーマイオニーに笑顔で話しかけた

ハーマイオニーは、その姿を見た途端、丸根を寄せて、厳しい表情になった

そして、大股でロンに近寄って行って言った

「このっ底抜けの!大バカの!ウィーズリー!」

落ち葉と雪を手で握りしめてロンにぶつけながら、打った
切羽詰まったような、怒った声で叫んだ

「何週間もいなくなったくせに!何が「やあ」よ!」

怒り心頭といった様子で叫ぶハーマイオニー

「私の杖はハリー?杖はどこ?」

ハーマイオニーは、般若のような顔つきで、ハリーに振り向いて詰め寄った

「知らない」

ハリーはその迫力に咄嗟に後退りして口が答えた

「ハリー、私の杖を返しなさい!」

ハーマイオニーは、当然それが嘘だとわかったので、早足距離を詰めて怒鳴った

「持ってない」
 
木の幹を背に感じながら、また違った意味の恐怖を感じて、ハリーは答えた

そこに、ロンが間抜けにも質問した

「なんでハリーが持ってんの?」

「訳なんかどうでもいいの!」

ハーマイオニーは、即座に叫んだ
だが、ロンの手にある見覚えのあるものを見て、首を傾げながら聞いた

「それは?」

あの、邪悪な魔力を放っていた忌むべき物ーー分霊箱であるサークレットのトップの菱形の紅い石が真っ二つに割れているのをまじまじと見たハーマイオニー

「破壊したのね」

ハーマイオニーは、肩から力を抜くように言った

だが

「で、どうしてあなたが剣を持ってるわけ?」

それとこれとは別だと言わんばかりに、鋭く烈しい視線を投げかけて、ロンに詰問した

「話せば長いんだ」

ハリーが、なんとかハーマイオニーを落ち着かせようと、庇うように言った
本心でもあったが

「だからって許すと思わないで」

ハーマイオニーは、豊かな髪を翻して、ロンに冷たく言った

「ああ、思わないよ。たかだか分霊箱ひとつ破壊したぐらいじゃね!」

ロンは、背を向けるハーマイオニーに向かって言った
手に持ったサークレットをこれみよがしに「こんな物」と言った様子で掲げて見せた

そして、声を落ち着けて、ハーマイオニーに縋るように言った

「ねえ、ほんとはすぐ戻ろうとしたんだ。でも見つからなくて」

「どうやって僕たちを見つけた?」

ハリーが聞いた

「これで」

ロンは、ポケットから『灯消しライター』を取り出して見せた

「これは、灯りを点けたり消したりするだけの物じゃない。クリスマスの朝、人攫いの目を逃れて、小さなパブで寝てたら、…聞こえたんだ…」

「何が?」

ハリーが聞いた

「声だよ……ハーマイオニーの声…ここから聞こえた」

ロンは夢見心地のよな目で、ハーマイオニーを真っ直ぐに見つめて、囁くように言った

「それで、なんて言ってたの?私は?」

聞き返したハーマイオニーの言葉には棘があった

「僕の名前…ーー僕の名を、囁いた」

ロンはハーマイオニーから目を逸らさずに、優しい声で囁いた

「で、ライターを…点けてみたら…小さな丸い光が、現れた。その光の玉は、ふわふわ僕の方にやってきて、真っ直ぐ胸に、入ってきたんだ。ここに」

ロンは、ハーマイオニーから目を逸らさずに続けた

「僕はその光に導かれて、「姿くらまし」して、この森に出た。暗くて、どこかも分からなくて、君たちがいないかなって探したら、いたんだ」

ロンは、怒っていても、ハーマイオニーに会えた喜びでいっぱいだった











「ハーマイオニーがつくる炎、好きなんだ」

テントの中で、ハリーとロンは隣り合って二段ベットの下段に座りながら、ローテーブルの上で灯るランプの灯りを見なながら、幸せそうに呟いた

「いつまで怒ってるつもりかな?」

ロンが誰ともなく聞いた

「んーー光が胸に入ってきた話を繰り返してれば、許すんじゃない?」

ハリーは、なんとなく答えた
実はさっきの迫力がまだ少し頭にちらついていた
普通に、違う意味での怖さがあった

「あれほんとだよ。全部」

ロンが少し笑いながら言った

「きっとダンブルドアはーー全部わかってて僕に火消しライターを遺したんだ。僕が迷った時、ハーマイオニーが導くって、知ってたんだよ」

ロンが心底納得したように言った
そして、ハッと思い出したように言った

「そうだ。忘れてた!君杖がないんだろ?」

「ああ」

ハリーはすぐ答えた
その途端、ロンは足元にあるリュックに手を突っ込み、ごそごそと漁って、ひとつの杖を出した

「あげるよ。リンボクの杖。二十五センチ。どうってことない杖だけど、使えるだろ?人攫いのをいただいたんだ。ハーマイオニーには内緒だけど、トロい連中でさ。トロールの親戚なんじゃないの?」

おかしそうに笑って、軽く言ったロン
ハリーは軽いことじゃないと思いながらも、杖が嬉しかったので、軽く目の前のランプに向かって振ってみた

エンゴージオ(肥大せよ)

途端にランプの炎がぼーー!と音を立てて、激しく燃え上がった

レデュシオ!(縮め!)

ハリーは急いで唱えた

「何をやってるの?」

テントの中でうるさく話す様子にハーマイオニーのまだ怒ってるような、訝しんだ声が届いた

「「何も!」」

二人は焦り気味に、咄嗟に答えた 
そして、数秒後にハーマイオニーがテントに入ってきた

「話があるの」

神妙な面持ちで、二人の前に立ち、ハーマイオニーが言った

「な、何?」

ロンが緊張した様子で聞いた
ハーマイオニーは、ロンをチラッとみてから、ハリーに向き、本を片手に持ちながら言った

「ゼノフィリウス・ラブグッドに会いたいの」

ハリーとロンは一瞬、ハーマイオニーが何を言ったのか、意味がわからなかった

「これ見て。ダンブルドアからグリンデルバルドへの手紙。署名を見て。またあの印よ。あちこちに出てくる」

手に持っていた本のページを開き、ハーマイオニーはハリーに見せた
その本は、「アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘」と題されたリータの本だった
ハリーが見せられたそこには、ダンブルドアがグリンデルバルドに宛てた手紙の写真が載っていた
あの見慣れた細長い斜めの文字だった
間違いなくダンブルドアが書いたものであり、リータのでっち上げではないという証拠を見せつけられるのは嫌だった

「ビードルの本にも。ゴドリックの谷の墓石にも」

確かに
よく見ると、ダンブルドアはアルバスの頭文字の「A」の代わりに、「吟遊詩人ビードルの物語」に描かれているのと同じ三角印のミニチュア版を書いていた

「思い出した……他にも見た」

ハリーは唐突に、思い出した

「どこで?」

「前に…ずっと前にある…夢の中で…多分どこかの店の前で…」

ハリーが見る夢は、ヴォルデモートと彼女に関する夢ばかりで、他のことに関しては具体的には覚えてなかったが、確かに、よくよく見てみれば、この印だけはなんとなく覚えがあった
残像のように残る夢の中での記憶が教えていた

「どういうこと?」

ハーマイオニーが自問自答するように言った
そして、ひと息おいて、提案した

「ねえ、残りの分霊箱の在りかはわからないけど、この印には、何か意味がある。間違いないわ」

ハリーは、やる気十分な、決然としたハーマイオニーの顔を見つめて、考えた

だがその時、ロンが急に口を挟んだ

「ああ、その通りだ。ラブグッドに会おう。多数決だ。賛成の人」

微妙な沈黙が流れた
















結果、ロンの言う通り、流される形で多数決が採用されて、三人は翌朝、風の強い丘陵地に「姿現わし」した
オッタリー・セント・キャッチポール村が一望できる場所にいた
見晴らしの良い地点から眺めると、雲間から地上に斜めにかかった大きな光の架け橋の下で、村はおもちゃの家が集まっているように見えた


丘の頂上を越える道を、三人は二、三時間歩いた
その時、ハリーはひっそりハーマイオニーに話しかけた

「まだロンのこと怒ってるの?」

一夜にしてハーマイオニーの怒りが収まるとは到底思わなかったが、もうずっと反省した様子で、生真面目な態度を取るロンにまだ冷たいハーマイオニーに、ハリーは少し不憫になった

だが、ハーマイオニーは呆れたように言った

「いつだって怒ってるわ」

ハリーは、とりあえずこれ以上首を突っ込まないことに決めた









しばらく歩くと、三人の前に世にも不思議な縦に長い家が、くっきりと空にそびえていた
巨大な黒い塔のような家の背後には、午後の薄明かりの空に、ぼんやりとした幽霊のようか月がかかっていた

「ズバリ、あいつらの家だ」

ロンが言った

「見てみろよ」

手書きの看板が三枚、壊れた門に止めつけてあった
最初の一枚は「ザ・クィブラー編集長 X・ラブグッド」
二枚目は「ヤドリギは勝手に積んでください」
三枚目は「スモモ飛行船に近寄らないでください」と書いてある

「ルーナらしいや」

ロンが呟いた

「「ほんと…」」

ハリーとハーマイオニーは、心底そう思ったように呟いた




















門は、開けるとキーキー軋んだ
玄関までのジグザグ道には、さまざまな変わった植物が伸び放題だ
ルーナがときどきイヤリングにしていた、オレンジ色の蕪のような実がたわわに実る
灌木(かんぼく)もあった
ハリーはスナーガラフらしきものを見つけ、その萎びた切り株から十分に距離を取った
玄関の両脇に見張りに立つのは、風に吹きさらされて傾いた豆リンゴの古木が二本、葉は全部落ちているが、小さな赤い実がびっしりと実り、白いビーズ玉をつけたもじゃもじゃのヤドリギをいくつも冠のように戴いて重そうだ
鷹のように頭のてっぺんが少しひしゃげた小さなふくろうが一羽、枝に止まって三人をじっと見下ろしていた

ハーマイオニーは黒い扉を三度ノックした
扉には鉄釘が打ち付けてあり、ドアノッカーは鷲の形をしている

ものの十秒も経たないうちに、扉がパッと開き、そこにゼノフィリウス・ラブグッドが立っていた
裸足で、汚れたシャツ型の寝巻きのようなものを着ている
綿菓子のような長くて白い髪は、汚れてくしゃくしゃだ
ビルとフラーの結婚式のゼノフィリウスは、これに比べれば確実にめかし込んでいた

「なんだ。誰だね?」

ゼノフィリウスは甲高い苛立った声で叫び、最初にハーマイオニーを、次にロンを見て、最後にハリーを見た
途端に口がパックリと開き、完璧で滑稽な「O」の形になった

ハリーはおずおずと進み出た

「こんにちは。ラブグッドさん。ハリー・ポッターです。前にお会いしました。いいですかーー?」

そうして、ゼノフィリウスは、ハリー達を家に入れた



















「ナギニ殿…どちらへ」

男はごまをするような恐々とした仕草で、様子を伺うように目の前の、恐ろしいほど冷たい目をした、何の感情も見えない女性に聞いた

「Mrゴイル。地下牢へ案内しなさい」

丁寧な口調には、冷たさも、怒りも、何の感情もなく、ただ命令した
厳つい顔で、強欲そうないやらしい顔つきの壮年の男、ゴイルは息を呑んだ

じっと自分を見据える『あの方』のお気に入り
何故か突然現れた、数々の無礼を許されている若い魔女
どう見ても自分の息子と同じ歳の頃くらいに見えるのに、その顔つき、仕草、纏う雰囲気からは、自分のよりも遥かに年上の決して侮れない隙のなさがある

『あの方』が唯一側に置き、またそれを許している女のため、腰が低くなるが…
それを抜きにしても、この目の前の女からは、機嫌を損ねないように、言われた分だけの、丁寧な言葉で返さなければならないという圧がある

じっと見据えてく黒曜の瞳に、ゴイルは喉を伝う汗を感じた
妙な緊張感が漂う

「こちらへ」

ゴイルは、『あの方』の側近くにいるこの女に、逆らわないことを選んだ

静かについてくる女に、ゴイルは、自分の屋敷にある暗いじめじめした地下牢に案内した

今、地下牢には『あの方』に楯突いた愚かな男の娘を人質として入れている
そして、杖作りの老人も

鉄柵の前で突っ立ったゴイル・シニアに、女は「開けなさい。少しそこの子どもに用があるから、あなたは外しなさい」後ろから刺すような不気味な視線を受けながら言われたゴイルは、疑問には思ったが、逆らわずに杖で鍵を開けて、腰を低くして元来た道を戻った





ゴイル・シニアが行ったのを確認して、女…彼女は肩の力を抜いて、地下牢に不思議そうに彼女を見ていた色素の薄い金髪の女…
ルーナ・ラブグッドは、暴行を受けて切れて血の滲む唇を閉じたまま、目の前まできた彼女を見上げた

「あんた…」

ルーナは、呟いた
ルーナの耳についた蕪のイヤリングが揺れた

彼女は、不思議そうなルーナの視線を受けて、そっと口元に指を持っていって立てた

しっ、と黙っているように

彼女はルーナの前にしゃがみ、静かに言った

「痛かったでしょう」

ルーナの切れた唇と打たれたであろう目元の青あざを見て、眉を下げて言った

「うん。だけど、これくらい平気だよ」

ルーナは鈴のなるような声で、いつもよりもっと静かな声で言った

「ここから出られる機会は近いうち作るわ。治してあげたいけれど、私はできない、ごめんね。ルーナ……でも、あなたを大事に思うお父様からあなたを奪わないわ。これだけは約束する」

黒曜の目を伏せて、哀しげに重く言った彼女に、ルーナはじっと見た

そして言った

「信じてあげるよ」

僅かな変化だが、彼女は少し驚いた顔をした

「だって、あんたは褒めてくれたから。あれは、嘘ついてる目じゃなかったもン」

ルーナの目は純粋だった
聞きたいことや疑問が沢山あるはずなのに、ルーナは聞かない

彼女は、痛そうな顔をした
怪我をしているルーナよりずっと…
彼女の不健康なほど白い頬は、少し腫れていた

ルーナはそれに手を伸ばして触れた

彼女は少し驚いたが、手は振り払わなかった

「あんたも怪我してる」

ルーナは言った
だが、彼女はルーナの小さな手から優しく手をかぶせて、そっと離した

そして、自嘲気味に言った

「心配してくれてありがとう。でも心配いらないわ。あなたは、お父様とあなたの命のことだけを考えて」

彼女は、気遣ってくれたルーナの手をルーナ自身の膝の上に置いて、離れて立ち上がった
そして、漆黒の服を着た上からでもわかるほど痩せた、華奢な背中を向けて、立ち止まることなく地下牢から出ていった


ルーナはその背中が見えなくなるまで、じっと見つめていた
















ゼノフィリウスの家は、ハリーがこれまでに見たことのないものだった
ヘンテコはキッチンに、完全な円形の部屋で、まるで巨大な胡椒入れの中にいるような気がした
何もかもが壁にぴったりはまるような曲線になっているような気がする
ガスレンジも流し台も、食器棚も全部がだ
それに、すべてに鮮やかな原色で花や虫や鳥の絵が描いてある
ハリーはルーナ好みだと思ったが、こういう狭い空間では、やや極端すぎる効果が出ていた
床の真ん中から上階に向かって、鍛鉄の螺旋階段が伸びている
ゼノフィリウスは下の階にお茶を淹れに消えた

窓から目を移していたハリーの目に、奇妙なものが飛び込んできた
壁に沿って曲線を描く、ごたごたした戸棚の上に置かれている石像だ
美しいが厳めしい顔つきの魔女の像が、世にも不思議な髪飾りをつけている
髪飾りの両脇から、金のラッパ型補聴器のようなものが飛び出ている
小さなきらきら光る青い翼が一対、頭のてっぺんを通る革紐に差し込まれ、オレンジ色の蕪が一つ、額に巻かれたもう一本の紐に差し込まれた

「これを見てよ」

ハリーが言った

「ぐっと来るぜ」

ロンが言った

「結婚式になんでこれを着けてこなかったのか、謎だ」

足音がして、間もなくゼノフィリウスが、螺旋階段を上って部屋に戻ってきた
細い両足をゴム長に包み、バラバラなティーカップをいくつかと、湯気を立てたティーポットの載った盆を持っている

「ああ、私のお気に入りの発明を見つけたようだね」

盆をハーマイオニーの腕に押し付けたゼノフィリウスは、石像の側に立っているハリーのところに行った

「まさに打ってつけの、麗しのロウェナ・レイブンクローの頭をモデルに制作した。計り知れぬ英知こそ、われわが最大の宝なり!」

ゼノフィリウスは、ラッパ型補聴器のようなものを指差した

「これはラックスパートを吸い上げた管だーー思考する者の身近にあるすべての雑念の源を取り除く。これは」

今度は小さな翼を指差した

「ビリーウィグのプロペラで、考え方や気分を高揚させる。極めつきは」

オレンジの蕪を指していた

「スモモ飛行船だ。異常なことを受け入れる能力を高めてくれる」

ゼノフィリウスは大股で盆の方に戻った
ハーマイオニーは、盆をごちゃごちゃしたサイドテーブルの一つに載せて何とかバランスを保っていた

「ガーディルートのハーブティーはいかがかな?」

ゼノフィリウスが勧めた

「自家製でね」

赤蕪のような赤紫色の飲み物を注ぎながら、ゼノフィリウスが言葉を続けた

「ルーナは『端の橋』の向こうにいる。君たちがいると聞いて興奮しているよ。おっつけ来るだろう。我々全員のスープを作るぐらいのプリンピーを釣っていたからね。さあ、掛けて。砂糖は自分で入れてくれ」

「さてとーー」

ゼノフィリウスは肘掛椅子の上でぐらぐらしていた書類の山を降ろして腰掛け、ゴム長履きの足を組んだ

「で、どういう用件で来られたのかな?」

「あ、実はーー結婚式で、首から下げてらした…印のことで」

「これのことか?」

ゼノフィリウスは両方の眉を吊り上げて、首から下げている、あの印の飾りを掲げた

「そうーーまさにこれですーーこれはーー一体、何の印です?」

ハリーは手を伸ばして、それに触れながら、肯定した

「何の?…な、何って、『死の秘宝』だとも」

「何です?」
 
ハリーは聞き直した

「『死の秘宝』だよ。三人兄弟の物語は知ってるだろうね?」

ゼノフィリウスの質問に、ロンとハーマイオニーは同時に答えた

「「はい」」

だが、ハリーはわからなかった

「…いいえ…」

「さてさて、Mrポッター、すべては『三人兄弟の物語』から始まる……どこかにその本があるはずだが…」

ゼノフィリウスは漠然と部屋を見回し、羊皮紙や本の山に目をやったが、ハーマイオニーが「ラブグッドさん、私がここに持っています」と言った

そして、ハーマイオニーは小さなビーズバッグから「吟遊詩人ビードルの物語」を引っ張り出した

「原書かね?」

ゼノフィリウスが鋭く聞いた
ハーマイオニーが頷くと、「さあ、それじゃ、声に出して呼んでみてくれないか?みんなが理解するためにはそれがいちばんよい」とゼノフィリウスが言った

「あっ、わかりました」

ハーマイオニーは緊張したように答えて本を開いた
ハーマイオニーが小さく咳払いして読みはじめた時、ハリーはそのページの一番上に、自分達が調べている印がついてるのに気づいた

「昔々、三人の兄弟が曲がりくねった道を、夕暮れ時に旅していましたーー」

「真夜中だよ。ママが僕達に話して聞かせる時は、いつもそうだった」

両腕を頭の後ろに回し、体を伸ばして聞いていたロンが言った
ハーマイオニーは、邪魔しないで、という目つきでちらりとロンを見た

「ごめん、真夜中のほうがもうちょっと不気味だろうと思っただけさ!」

「あなたが読む?」

ハーマイオニーが嫌味っぽくロンに言った
ロンは慌てて訂正して、ハーマイオニーに続けさせた



そうして始まった『三人兄弟の物語』








全て読み終わった後、ハーマイオニーは本を閉じた
ゼノフィリウスはハーマイオニーが読み終えたことにはすぐには気づかず、一瞬、間を置いてから、窓を見つめていた視線をはずして言った

「まあ、そういうことだ」

「え?」

ハーマイオニーは混乱したような声を出した

「それらが『死の秘宝』だよ」

ゼノフィリウスが言った

ゼノフィリウスは、肘のところにある散らかったテーブルから羽根ペンを取り、積み重ねられた本の山の中から破れた羊皮紙を引っ張り出した

「ニワトコの杖」

ゼノフィリウスは羊皮紙に縦線を真っ直ぐ一本引いた

「蘇りの石」

と言いながら、縦線の上に円を描き足し

「透明マント」

と言いながら、縦線と円とを三角で囲んで、ハーマイオニーの関心を引いたシンボルを描き終えた

「三つを一緒にして」

ゼノフィリウスが言った

「『死の秘宝』」

「でも、『死の秘宝』という言葉は、物語のどこにも出てきません」

ハーマイオニーが言った

「それは、もちろんそうだ」

ゼノフィリウスは腹立たしいほど取り澄ました顔だった

「それは子どもの御伽噺だから、知識を与えるというより楽ませるように語られている。しかし、こういうことを理解している我々の仲間には、この昔話が、三つの品、つまり、『秘宝』に言及していることがわかるのだ。もし三つを集められれば、持ち主は死を制する者となるだろう」

一瞬の沈黙が訪れ、その間にゼノフィリウスは窓の外をちらりと見た
太陽はもう西に傾いていた

「ルーナはまもなく、十分な数のプリンピーを捕まえるはずだ」

ゼノフィリウスが低い声で言った

「『死を制する者』っていうのはーー」

ロンが口を開いた

「制する者」

ゼノフィリウスはどうでもよいという風に手を振った

「征服者。勝者。言葉は何でもよい」

「でも、それじゃ……つまり……」

ハーマイオニーがゆっくりと言った
ハリーには、疑っていることが少しでも声に表れないように努力しているのだとわかった

「あなたは、それらの品ーー『秘宝』ーーが実在すると信じているのですか?」

ゼノフィリウスは、また眉を吊り上げた

「そりゃあ、もちろんだ」

「でも、ラブグッドさん、’’どうして’’信じられるのかしらーー?」

その声で、ハリーは、ハーマイオニーの抑制が効かなくなりはじめているのを感じた

「お嬢さん、ルーナが君のことをいろいろ話してくれたよ」

ゼノフィリウスが言った

「君は知性がないわけではないとお見受けするが、気の毒なほどに想像力が限られている。偏狭で頑迷だ」

「ハーマイオニー、あの帽子を試してみるべきじゃないかな」

ロンが馬鹿馬鹿しい髪飾りを顎でしゃくった
笑い出さないように堪える辛さで、声が震えていた

「ラブグッドさん」

ハーマイオニーがもう一度聞いた

「『透明マント』の類が存在することは、私たち三人とも知っています。珍しい品ですが、存在します。でもーー」

「ああ、しかし、Msグレンジャー、三番目の秘宝は本物の『透明マント』なのだ!つまり、旅行用のマントに『目くらまし術』をしっかり染み込ませたり、『眩惑の呪い』をかけたりした品じゃないし、葉隠れ獣(デミガイズ)の毛で織ったものでもない。この織物は、はじめのうちこそ隠してくれるが、何年か経つと色褪せて半透明になってしまう。本物のマントは、着ると間違いなく完全に透明にしてくれるし、永久に長持ちする。どんな呪文をかけても見通せないし、いつも間違いなく隠してくれる。Msグレンジャー、’’そういう’’マントをこれまで何枚見たかね?」

ハーマイオニーは答えようとして口を開いたが、ますます混乱したような顔でそのまま閉じた
ハリー達三人は顔を見合わせた
ハリーは、みなが同じことを考えていると思った
この瞬間、ゼノフィリウスがたった今説明してくれたマントと寸分違わぬ品が、この部屋に、しかも自分達の手にある

「そのとおり」

ゼノフィリウスの声は、論理的に三人を言い負かしたというような調子だった

「君たちはそんなものを見たことがない。持ち主はそれだけで、計り知れないほどの富を持つと言えるだろう。違うかね?」

ゼノフィリウスは、また窓の外をちらりと見た
空はうっすらとピンクに色づいていた

「それじゃ」

ハーマイオニーは落ち着きを失っていた

「その『マント』は実在するとしましょう……ラブグッドさん、石のことはどうなるのですか?あなたが『蘇りの石』と呼ばれた、その石は?」

「どうなるとは、どういうことかね?」

「あの、どうしてそれが現実のものと言えますか?」

「そうじゃないと証明してごらん」

ゼノフィリウスが言った
ハーマイオニーは憤慨した顔をした

「そんなーー失礼ですが、そんなこと愚の骨頂だわ!実在しないことを’’いったいどうやって’’証明できるんですか?たとえば、私が石をーー世界中の石を集めてテストすればちいとでも?つまり、実在を信ずる唯一の根拠が、その実在を否定できないということなら、’’何だって’’実在すると言えるじゃないですか!」

「そう言えるだろうね」

ゼノフィリウスが言った

「君の心が少し開いてきたようで、喜ばしい」

「それじゃ、『ニワトコの杖』は」

ハーマイオニーが反論する前に、ハリーが急いで聞いた

「それも実在すると思われますか?」

「ああ、まあ、この場合は、数えきれないほどの証拠がある」

ゼノフィリウスが言った

「秘宝の中でも『ニワトコの杖』はもっとも容易に跡を追える。杖が手から手へと渡る方法のせいだがね」

「その方法って?」

ハリーが聞いた

「その方法とは、真に杖の所持者となるためには、その前の持ち主から杖を奪わなければならないということだ。『極悪人エグバード』が『悪人エメリック』を虐殺して杖を手に入れた話は、もちろん聞いたことがあるだろうね?ゴデロットが、息子ヘレワードに杖を奪われて、自宅の地下室で死んだ話も?あの恐ろしいロクシアスが、バーナバス・デベリルを殺して、杖を手に入れたことも?『ニワトコの杖』の血の軌跡は、魔法史のページにも点々と残っている」

ハリーはハーマイオニーをチラリと見た
顔を顰めてゼノフィリウスを見てはいたが、ハーマイオニーは反対を唱えなかった

だが、その時、ハーマイオニーが一瞬だが、ハットしたような顔をした

そして、先ほどとは違う慎重な様子でゼノフィリウスに聞いた

「あなたは、大量虐殺が正当化された神話や、例えば、そうーー御伽噺などを知っていますか?」

「何だって?」

ゼノフィリウスは、本当に聴こえていなかったかのように聞き返した

「いえ、知らないのならいいんですーー「大量虐殺が出てくる話は聞いたことはないが、小鬼(ゴブリン)族の所持する史実に、そういった伝承がある、というのは聞いたことがあるがね」

ハーマイオニーの言い方に腹を立てたのか、ゼノフィリウスは即座に言い返すように話した
ハーマイオニーは、それを逃さないように聞いた

小鬼(ゴブリン)の史実?」

「そうだとも。これもほとんど知られていない。嘆かわしいことに、信じるものは全くと言っていいほどいない。もっとも、長年研究してきた私に言わせれば他種族の歴史こそ、魔法族の遺した歴史より遥かに奥深く古い。そして神秘的だ!この世には、まだまだ’’魔法族が知るべきでない’’事実が多くあるのだ。しかも!彼らは多種族とは共存しない!自然から生まれ、自然に還る!魔法界とは全く異なる次元の住人なのだ!そんな素晴らしい種族がどこにいるのか!本当に実在したのか!いや!実在したんだ!私はーーそれこそーーこれこそに最大の敬意を示したい。これを聞けたのは本当に大いなる幸運だったーー小鬼(ゴブリン)の研究者は、彼らが淘汰されていなければ、魔法族はこれほどまでに驕り高ぶり、魔法を持たない種族を、傲慢にも見下げることはなかっただろう。ということを!」


ゼノフィリウスは興奮した面持ちで、肘掛椅子から立ち上がり、両腕を天井に広げ掲げて宣言するように言った

ロンはボソリと「完全にイッてる」とつぶやき、流石のハリーも同感せざるを得なかった
ハーマイオニーも、これにはガッカリといった様子で、論理的根拠も、証拠もない意味不明なことを羅列して、そんな幻のような種族が存在したということを信じているゼノフィリウスに、哀れを見る目を向けた

目を見開いて、忙しなく目玉を揺らしながら、興奮冷めやらぬといった様子で語るゼノフィリウスに、しばらくの右から左に聞き流した三人 
特に、ロンとハリーには心底どうでもいい話だった
今この自分達の貴重な時間を割くに値する話とは到底思わなかった

語りが終わった後、ハーマイオニーが切り口上に質問した

「話を戻しますけど、ーーラブグッドさん。ペベレル家と『死の秘宝』は、何か関係がありますか?」

その途端、ゼノフィリウスは度肝を抜かれた顔をし、ハリーの記憶の片隅が揺さぶられた
しかし、ハリーにはそれが何なのか、はっきりとは思い出せなかった

ペベレル……どこかで聞いた名前だ……

「なんと、お嬢さん、私は今まで勘違いをしていたようだ!」

ゼノフィリウスは椅子にしゃんと座り直し、驚いたように目玉をぎょろぎょろさせてハーマイオニーを見ていた

「君を『秘宝の探求』の初心者とばかり思っていた!探求者達の多くは、ペベレルこそ『秘宝』のすべてをーーすべてを!ーー握っていると考えている!」

「ペベレルって誰?」

ロンが聞いた

「ゴドリックの谷に、その印がついた墓石があったの。その墓の名前よ」

ゼノフィリウスをじっと見たまま、ハーマイオニーが答えた

「イグノタス・ペベレル」

「いかにも!その通り!」

ゼノフィリウスは、先程と同じように興奮した様子で、ひとくさり論じたそうに人差し指を立てた

「イグノタスの墓の『死の秘宝』の印こそ、決定的な証拠だ!」

「何の?」

ロンが聞いた

「これはしたり!物語の三兄弟とは実在するペベレル家の兄弟、アンチオク、カドマス、イグノタスであるという証拠だ!三人が秘宝の最初の持ち主だという証拠なのだ!」

またしても窓の外に目を走らせると、ゼノフィリウスは立ち上がって盆を取り上げ、螺旋階段に向かった

「夕食は食べていってくれれるだろうね?」

再び階下に姿を現したゼノフィリウスの声が聞こえた

「誰でも必ず、川プリンピースープのレシピを聞くんだよ」

「たぶん、聖マンゴの中毒治療科に見せるつもりだぜ」

ロンがこっそり言った

ハリーは、下のキッチンでゼノフィリウスが動き回る音が聞こえてくるのを待って、口を開いた

「どう思う?」

ハリーがハーマイオニーに聞いた
ハリーは当初、ハーマイオニーがなぜあんな虐殺の質問をしたのか、その理由を聞きたかったが、それより今は『秘宝』のことが数倍気になった

「ああ、ハリー」

ハーマイオニーはうんざりしたように言った

「ばかばかしいの一言よ。あの印の本当と意味が、こんな話のはずはないわ。ラブグッド独特のへんてこな解釈に過ぎないのよ。時間の無駄だだったわ」

「『しわしわ角のスノーカック』を世に出したやつの、’’いかにも’’言いそうなことだぜ」

ロンが言った

「君も信用していないんだね?」

ハリーが聞いた

「ああ、あれは、子どもたちの教訓になるような御伽噺の一つだろ?『君子危うきに近寄らず、喧嘩はするな、寝た子を起こすな!目立つな、余計なお節介を焼くな、それで万事オッケー』。そういえばーー」

ロンが言葉を続けた

「ニワトコの杖が不幸を招くって、あの話から来てるのかもな」

「何の話?」

「迷信の一つだよ。『真夏生まれの魔女は、マグルと結婚する』『(あした)に呪えば、夕べには解ける』『ニワトコの杖、永久(とこしえ)に不幸』。聞いたことがあるはずだ。僕のママなんか、迷信どっさりさ」

「ハリーも私も、マグルに育てられたのよ」

ハーマイオニーがロンの勘違い正した

「私たちの教えられた迷信は違うわ」

その時、キッチンからかなりの刺激臭が漂ってきて、ハーマイオニーは深い溜息をついた
ゼノフィリウスに苛々させられたおかげで、ハーマイオニーがロンへの苛立ちを忘れてしまったのは、幸いだった

「あなたの言う通りだと思うわ」

ハーマイオニーがロンに話しかけた

「単なる道徳話なのよ。どの贈り物がいちばんよいかは明白だわ。どれを選ぶべきかと言えばーー」

三人が同時に声を出した

ハーマイオニーは「マント」
ロンは「杖」
ハリーは「石」

三人は驚きとおかしさ半々で顔を見合わせた

「『マント』と答えるのが’’正解だろう’’とは思うけど」

ロンがハーマイオニーに言った

「でも、杖があれば、透明になる必要はないんだ。『無敵の杖』だよ、ハーマイオニー、しっかりしろ!」

「僕たちにはもう、『透明マント』があるんだ」

ハリーが言った

「それに私たち、それに随分助けられたわ。お忘れじゃないでしょうね!」

ハーマイオニーが言った

「ところが杖は、間違いなく問題を引き起こす運命ーー」

「ーー大声で宣言すれば、だよ」

ロンが反論した

「間抜けならってことさ。杖を高々と掲げて振り回しながら踊り回って、歌うんだ。『無敵の杖を持ってるぞ、勝てると思うならかかってこい』なんてさ。口にチャックしておけばーー」

「ええ、でも口にチャックしておくなんて、できるかしら?」 

ハーマイオニーは疑わしげに言った

「あのね、ゼノフィリウスの話の中で、真実はたった一つ。何百年にもわたって、強力な杖に関するいろいろな話があったということよ」

「あったの?」

ハリーが聞いた
ハーマイオニーは酷く苛立った顔をした

「『死の杖』、『宿命の杖』、そういう風に名前の違う杖が、何世紀にも渡って時々現れるわ。たいがい闇の魔法使いの持つ杖で、持ち主が杖の自慢を話しているの。ビンズ先生が何度かお話しされたわーーでもーーええ、すべてナンセンス。’’杖の力は、それを使う魔法使いの力次第’’ですもの。魔法使いの中には、自分の杖が他よりも大きくて強いなんて、自慢したがる人がいるというだけよ」

ハリーは、ハーマイオニーの発言に少し引っ掛かりを覚えた

前に、ダンブルドアが杖の話をしたことがあった 
といっても、それは彼女が持っている杖が持ち主が必ず若くして死ぬという『死の杖』のことだった
ハリーはそこで、とんでもない事実に気がついたような気がした
それと同時に、唐突に思い出したことがあった
多分、ヴォルデモートはダンブルドアの杖を持っていた
あの独特な形の杖を、ハリーは見間違うわけがなかった
前学期からずっと見てきた
ダンブルドアの杖

それを、どうしてヴォルデモートが持っていたのか
ハリーは思い出されたこの二つの疑問が、今自分達が話している『秘宝』に関係することに思えてならなかった
だが、それを、今ここで二人に言うのは何か違う気がしたし、何よりこんなに苛々しているハーマイオニーに言うなが憚られた

ロンと苛々したハーマイオニーが小声で議論する中、ハリーはそれを聞くともなく聴きながら、部屋を歩き回っていた
螺旋階段に近づき、何気なく上を見た途端、ハリーはどきりとした
自分の顔が上の部屋の天井から見下ろしている
一瞬狼狽えたが、ハリーはそれが鏡でなく、絵であることに気づいた
好奇心に駆られて、ハリーは階段を登り始めた
後ろから「ハリー何してるの?ラブグッドさんがいないのに、勝手にあちこち見ちゃいけないと思うわ!」という声が聞こえた気がしたが、ハリーはすでに上の階にいた

ルーナは部屋の天井を、素晴らしい絵で飾っていた
ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニー、ネビルの五人の顔の絵だ
ホグワーツの絵のように動いたりはしなかったが、それにもかかわらず、絵には魔法のような魅力があった
ハリーには、五人が息をしているように思えた
絵の周りに細かい金の鎖が織り込んであり、五人を繋いでいる
しばらく絵を眺めていたハリーは、その鎖が実は、金色のインクで同じ言葉を何度も何度も繰り返して描いたものだと気づいた

ともだち………ともだち………ともだち……


ハリーはルーナに対して、熱いものが一気に溢れ出すのを感じた
そんな時、ハリーの目にふと気になるものが映った
部屋の机の脚のサイドに、剥き出しの白のキャンバスが立てて置いてあった
正確には、脚に傾けて立てて置いてある白い抜き出しのキャンバスの端が見えた
布が被せてあり、どうやら描きかけの絵なのかもしれないと思った
ハリーは好奇心に負けて、今度はどんなに胸を熱くしてくる絵があるんだろうと思い、その埃の被った布をゆっくり取り払い、キャンバスを持ち上げて見た

ハリーは息を呑んだ


なんだこれは…

と呟いたはずなのに、口から出てきたのは感嘆のため息だけだった


そこには、柔らかそうな、繊細な艶のある長い黒髪をもった、知性で溢れた深緑のような、深い海の色のような……
はっきりとこんな色だと言い表せないような目の色を持った、息を呑むほど美しい女性の横顔の絵があった

ハリーは一瞬、ルーナの母親かと思った
だがすぐに違うとわかった

その女性は、絵の中で、白銀色の手首まである長いドレスを着て、優雅に椅子に腰掛けて佇んでいる

手はどこかに光をつかむように伸ばされており、その姿からは、絵の中なのに、決して手を触れてはいけない、そんな神聖さが溢れんばかりに出ている

これが一体何なのか、誰なのか、もしかしたら御伽噺に出てくるような人物なのかもしれない
ルーナのことだから空想の絵なのかもしれないし、ゼノフィリウスから聞かされているおかしな話に出てくる登場人物なのかもしれない
何にせよ、人間には見えなかった
ハリーにはまるでわからなかったが、この絵は脳裏に、瞼の裏に印象を残した

もう少し見ていたかったが、ハリーは、不思議と後ろ髪引かれる想いで、そっとキャンバスを元の位置に戻して、布を被せた

ハリーはもう一度、部屋の中を見回した
そして、周りをよく見た

今更ながらに、何かがおかしいことに気づいた
机の上の母親との写真は埃を被っているし、さっきのキャンバスだってそうだ
淡い水色の絨毯には埃が厚く積もっている
洋服箪笥には一着も服がないし、ドアが半開きのままだ
ベッドは冷えてよそよそしく、何週間も人の寝た気配がない
いちばん手近の窓には、真っ赤に染まった空を背景に、クモの巣がひとつ張っている

「どうかしたの?」

ハリーが下りていくと、ハーマイオニーが聞いた
しかし、ハリーが答える前に、ゼノフィリウスがキッチンから上がってきた
今度はスープ皿を載せた盆を運んできた

「ラブグッドさん。ルーナはどこですか?」

ハリーが聞いた

「何かね?」

「ルーナはどこですか?」

ゼノフィリウスは、階段の一番上で、はたと止まった

「さーーーさっきから言ってる通りだ。『端の橋』でプリンピー釣りをしている」

「それじゃ、なぜお盆に四人分しかないんですか?」

ゼノフィリウスは口を開いたが、声が出てこなかった
手の震えでカタカタ鳴る盆の音だけが聞こえた

「ルーナは何週間もここにはいない」

ハリーは続けた

「洋服はないし、ベッドには寝た跡がない。ルーナはどこですか?それに、どうしてしょっちゅう窓の外を見るんですか?」

その瞬間、ゼノフィリウスは盆を取り落とし、スープ皿が跳ねて砕けた

「……わたしの…私のルーナが連れ去られた…」

ゼノフィリウスは、可哀想なくらい顔を真っ青にして、体を、声を震わせながら言った

「連中は私の書いた記事に腹を立て…ルーナを拐った…私のルーナをっ」

泣きそうな声で、胸に手を当てて言ったゼノフィリウス
その様子は、死人のように青ざめ、老けて百歳にも見えた
唇も引き攣り、凄まじい形相を浮かべている

ハリーは、ゼノフィリウスに近づき、顔を見て、真剣な表情で聞いた



「誰にです?」




ゼノフィリウスは、前髪が覆っているハリーの傷痕に手を滑られせて、この世の終わりのような表情で言った









「ヴォルデモート」






その瞬間、ハーマイオニーが「ハリー!」と悲鳴を上げた
同時に、家の周りの窓という窓が割れる音が響き、黒い煙が煙突のような家の周りを移動した
『死喰い人』だ
皿が割れる男、家の壁が砕ける音、「ハリー・ポッターを捕まえた!」と叫ぶゼノフィリウスの声を耳にしながら、ハリーは自分の名前を叫ぶハーマイオニーとロンと床を這いながらなんとか合流し、「姿くらまし」した










だが、「姿くらまし」した先の森で、ハリー達は運悪く、「人さらい」に出会した
三人は、急いで森の奥に向かって走った
だが、飛んでくる呪文を避けたり、応戦したりするうちに、とうとう逃げきれないと悟ったのか、ハーマイオニーが、いきなり振り向いてハリーに向かって杖を向けた
その途端、バーン!という音ともに白い光が炸裂した
衝撃で、後ろに倒れたハリー
激痛に襲われたハリーは、顔を手で覆おうとすると、あっという間に膨れ上がっていった
同時に、重い足音がハリーを取り囲んでいた

誰のものともわからない手がハリーを荒々しく引っ張り上げた
抵抗する間も無く、誰かがハリーの手から杖を取り上げた
ハリーはあまりの痛さに顔を強く抑えていたが、その指の下の顔は目鼻も見分けがつかないほどふくれ上がり、ひどいアレルギーでも起こしたようにパンパンに腫れている
目は押しつぶされて細い筋のようになり、ほとんど見えない
メガネを落としてしまい、四、五人のぼやけた姿がロンとハーマイオニーを無理矢理外に連れ出すのが、やっと見えただけだった

「放せーーーその(ひと)をーー放せ!」

ロンが叫んだ
紛れもなく握り拳で殴りつける音が聞こえ、ロンは痛みにうめき、ハーマイオニーが悲鳴を上げた

「やめて!その人を放して、放して!」

「お前のボーイフレンドが俺のリストに載っていたら、もっと酷い目に遭うぞ」

聞き覚えのある、身の毛のよだつしゃがれた声だ

「うまそうな女だ……何というご馳走様だ……俺は柔らかい肌が楽しみでね…’’あの方’’には劣るが、この女もまたいい」

声の主が誰だか分かり、ハリーは胃袋が宙返った

フェンリール・グレイバック

残忍さを買われて、死喰い人のローブを着ることを許された狼人間だ

ハリーは放り投げられ、地べたにうつ伏せに倒れた
ドスンと音がして、ロンが自分の横に投げ出されたことがわかった

「さて、獲物を見ようか」

頭上でグレイバックの満足げな声がしたかと思うと、ハリーは仰向けに転がされた
杖灯りがハリーの顔を照らし、グレイバックが笑った

「こいつを飲み込むにはバター・ビールが必要だな。どうしたんだ、醜男?」

ハリーはすぐには答えなかった

「聞いてるのか!」

ハリーは鳩尾を殴られ、痛さに体をくの字に曲げた

「どうしたんだ?」

グレイバックが繰り返した

「刺された」

ハリーが呟いた

「刺されたんだ」 

「ああ、そう見えらなぁな」

二番目の声が言った

「名前は?」

グレイバックが唸るように言った

「ダドリー」

ハリーが言った

「苗字じゃなくて名前は?」

「僕ーーバーノン。バーノン・ダドリー」

「リストをチェックしろ、スカビオール」

グレイバックが言った
そのあと、グレイバックが横に移動して、今度はロンを見下ろす気配がした

「赤毛、お前はどうだ?」

「スタン・シャンパイク」

ロンが言った

「でまかせ言いやがって」

スカビオールと呼ばれた男が言った

「スタン・シャンパイクならよぅ、俺たち、知ってるんだぜ。こっちの仕事を、ちぃとばっかしやらせてんだ」

またドスっという音がした

「ブ、バーネーだ」

ロンが言った
口の中が血だらけなのがハリーにはわかった

「バーネー・ウィードリー」

「ウィーズリー一族か」

グレイバックがザラザラした声で言った

「それなら、『穢れた血』でなくとも、お前は『血を裏切る者』の親戚だ。さーて、最後は、お前のかわいいお友達……」

舌舐めずりするような声に、ハリーは鳥肌が立った

()くなよ、グレイバック」

周りの嘲り笑いを縫って、スカビオールの声がした

「ああ、まだいただきはしない。バーニーより少し早く名前を思い出すかどうか、聞いてみるか。お嬢さん、お名前は?」

「ペネロピ・クリアウォーター」

ハーマイオニーは怯えていたが、説得力のある声で答えた

「お前の血統は?」

「半純血」

ハーマイオニーが答えた

「チェックするのは簡単だ」

スカビオールが言った

「だが、こいつらみんな、()グワーツ年齢みてえに見えらぁーー」

「やべたんだ」

ロンが言った

「赤毛、やめたってぇのか?」

スカビオールが言った

「そいで、キャンプでもしてみようって決めたのか?そいで、おもしれぇから、闇の帝王の名でも呼んでみようと思ったてぇのか?」

「おぼしろいからじゃのい」

ロンが言った

「じご」

「事故?」

嘲り笑いの声がいっそう大きくなった

「ウィーズリー、闇の帝王を名前で呼ぶのが好きだったやつらを知っているか?」

グレイバックが唸った

「不死鳥の騎士団だ。何か思い当たるか?」

「べづに」

「いいか、やつらは闇の帝王に敬意を払わない。そこで名前を『禁句』にしたんだ。騎士団の何人かは、そうやって追跡した。まあ、いい。さっきの二人の捕虜と一緒に縛り上げろ」

誰かがハリーの髪の毛をぐいと掴んで立たせ、すぐ近くまで歩かせて地べたに座らせ、他の囚われ人と背中合わせに縛り始めた

ハリーは眼鏡もない上に、腫れ上がった瞼の隙間からほとんど何も見えなかった
縛り上げた男が行ってしまってから、ハリーは他の捕虜に小声で話しかけた

「誰かまだ杖を持っている?」

「ううん」

ロンとハーマイオニーがハリーの両脇で答えた

「僕のせいだーー僕…「ハリー、落ち着いて聞いて。他の囚われてる人のひとりにユラのお父様がいるわ」!!」

できるだけ声を抑えていったハーマイオニーの言葉に、ハリーは一瞬息を忘れた

ハリーは、どうせ見えないのだが、そちらの方を見ようとしたその時、真後ろの、ハーマイオニーの左側に縛られている誰かから聞き覚えのある声を拾った

「ハリーか?」

「ディーン?」

「やっぱり君か!君を捕らえたことにあいつらが気づいたらーーー!連中は『人さらい』なんだ。賞金稼ぎに、学校に登校していない学生を探しているだけのやつらなんだーー僕も実は偶然匿ってもらってたところをーー「一晩にしては悪くない上がりだ」

ディーンが、極めて小声で説明していた時にグレイバックの声が響いた
そして、グレイバックは一、二歩歩き、ハリーの前に屈み込んで、膨れ上がったハリーの顔をじっと見つめた

「なあ、額にあるこれは何だ?’’バーノン’’」

汚らしい指を引き伸ばされた傷痕に押し付け、グレイバックが低い声で聞いた
腐臭のする息がハリーの鼻を突いた

「触るな!」

ハリーは我慢できずに思わず叫んだ

「ポッター、メガネをかけていたはずだが?」

グレイバックが囁くように言った

「メガネがあったぞ!」

周りをこそこそ歩き回っていた、一味の一人が言った

「ちょいとそこ行ったとこにメガネがあった。ちょっと待ってくれーー」

数秒後、ハリーの顔にメガネが押し付けられた
「人さらい」の一味は、今やハリーを取り囲み、覗き込んでいた

「間違いない!」

グレイバックがしゃがれた声で言った






「俺たちはポッターを捕まえたぞ!」



































捕虜達は、「人さらい」に連れられて、「姿あらわし」し、どこか郊外の小道に着地し、よろめいてぶつかり合った
ハリーの両目はまだ腫れていて、周囲に目が慣れるまで少し時間がかかったが、やがて長い馬車道のような道と、その入口に両開きの門が見えた
ハリーは少しホッとした
まだ最悪の事態は怒っていない
ヴォルデモートは、ここにはいない

「人さらい」の一人が、大股で門に近づき、揺さぶった

「どうやって入るんだ?鍵がかかってる。グレイバック、俺は入れーーうぉっと!」

その男は仰天してパッと手を引っ込めた
鉄が歪んで抽象的な曲線や渦模様が恐ろしい顔に変わり、ガンガン響く声で喋り出した

「目的を述べよ!」

「俺達はポッターを連れてきた!」

グレイバックが勝ち誇ったように吠えた

「ハリー・ポッターを捕まえた!」

門がパッと開いた

「来い!」
 
グレイバックが一味に言った
捕虜達は門から中へ、そして馬車道へと歩かされ、ハリー達は頑丈で黒い玄関の前に来ていた
明かりがこぼれ、捕虜全員を照らし出した

「何事だ?」

ひどく耳障りな、低く冷たい女の声だった
中年くらいで、いつもこの顔なんじゃないかと思うほどに、性格の偏屈さが顔に出ている
 
「我々は『名前を言ってはいけないあの人』にお目にかかりに参りました」

グレイバックのしゃがれた声が言った

「先だって無礼を働いた者を我が屋敷に入れて、怒りを買うようなことになればーー今度こそどうなるか」
  
ひどく不愉快そうな、歪んでいるが、恐怖と動揺を抑えた焦ったような声で、女がグレイバックにひっそりと教えるように言った

だが、グレイバックはその嫌味すら聞こえていない様子で言った

「それはそうですがね、マダム。ところがどっこい、ハリー・ポッターを連れてきたとなれば、話は違ってきます。そうではないですかな?マダム」

一瞬、獰猛な獣のような目をギラリとさせてから言った
グレイバックが、興奮するそばで、他の「人さらい」は、女の言う’’あの方’’というのが、いったい誰なのかわからない様子だった

「我々はハリー・ポッターを連れてきた!」

グレイバックはハリーをぐいっと掴んで半回りさせ、正面の明かりに顔を向けさせた
他の捕虜も一緒にズルズルと半回りさせられる羽目になった

「この顔が浮腫んでいるのわかっていやすがね、マダム、しかし、こいつは()リーだ!」

スカビオールが口を挟んだ

「ちょいとよく見てくださりゃあ、こいつの傷痕が見えまさぁ。それに、ほれ、娘っこが見えますかい?『穢れた血』で()リーと一緒に旅しているやつでさぁ、マダム。こいつが()リーなのはまちげえねえ。それに、こいつの杖も取り上げたんで。ほれ、マダム」

中年の偏屈そうな不機嫌な顔の女は、ハリーの顔を確かめるように眺めた
スカビオールが、リンボクの杖を女に押し付け、女は眉を吊り上げた

女は一瞬眉根を寄せて、迷うように視線を彷徨わせたから、「その者達を中に入れなさい」と言い、ハリーたちは広い石の階段に追い立てられ、蹴り上げられながら、肖像画の並ぶ玄関ホールに入った
その屋敷の内装は濃い紫と黒で統一されており、ぼやけた視界で見るハリーにとっても、毒々しく、酷く趣味の悪いものだった

ゴテゴテした金の額縁に縁取られた肖像画の並ぶ玄関ホールに入った

「従いてきなさい」

中年の女は、先に立ってホールを横切った

「息子が、イースターの休暇で家にいます。これがハリー・ポッターなら、息子にはわかるわ」

外の暗闇の後では、客間の明かりが眩しかった
ほとんど目の開いていないハリーでさえ、その部屋の広さが理解できた
クリスタルのシャンデリアが一基天井から下がり、この部屋にも、悪趣味な紫色の壁に何枚もの肖像画が掛かっていた

「人さらい」たちが捕虜を部屋に押し込むと、ゴテゴテした装飾の大理石の暖炉の前に置かれた椅子が置かれていた

「息子を呼んできます。待っていなさい」

女が「人さらい」に言い、広間から出ていった
腫れた目から見える視界に、広間の端に、バルコニーに繋がる扉が映った
ハリーは、バルコニーを使って逃げ出す方法を考えてみた

考えている間に、ハリーの見たことのある顔の男が中年の女に連れられて広間に入ってきた

まるでゴリラのような長い腕と、短く刈り込んだ髪型が特徴的な、がっちりとした体格の同級生

かつてマルフォイの取り巻きとして、クラッブと一緒にいたグレゴリー・ゴイルだった
ハリーは、それでここがゴイルの家だと分かった

ゴイルは、体格こそハリーよりも遥かにがっちりした巨大になっていた

ゴイルは、母親の後をついて広間にいる「人さらい」に目を向けて、グレイバックを見た途端、一瞬吐き気そうなような顔をした
そして、グレイバックに掴まれている腫れ上がった顔のハリーを見て、あからさまに気持ち悪いものを見たような顔をした
だが、ロンやハーマイオニーに目を移した途端、動揺を露わにした
そして、ゴイルは母親の後ろでロンとハーマイオニー、そしてハリーを二度見した

「さあ、グレゴリー、こちらにいらっしゃいな」

母親が、軽く腕を広げて息子を前に出して、グレイバックが突き出した、乱暴に髪を掴まれたハリーを目に写した

「さあ、坊ちゃん?」

狼人間がかすれ声で言った
ハリーは、暖炉の上にある、金の細工の施されている丸い形の黒の縁取りがある鏡に顔を向けていた
細い線のような目で、ハリーは、グリモールド・プレイスを離れて以来、初めて鏡に映る自分の姿を見た

ハーマイオニーの呪いで、顔はふくれ上がり、ピンク色にテカテカ光って、顔の特徴が全て歪められてた
黒い髪は肩まで伸び、顎の周りにはうっすらと髭が生えている
そこに立っているのが自分だと知らなければ、自分のメガネを掛けているのは誰かと訝ったことだろう

ハリーは絶対にしゃべるまいと決心した
声を出せば、きっと正体がバレてしまう
正直、あのゴイル相手には声だけで正体がバレるとは思えなかったが、それでもハリーは、嫌そうな顔で近づいて来るゴイルと目を合わせるのを避けた

「さあ、グレゴリー?」

中年の女、ゴイルの母親が聞いた
その声には期待と恐れがあった

「お前、ハリー・ポッターか?」

ゴイルは信じられない、と言いたげに間抜けに聞いた
ハリーは好都合だと思った

父親が死喰い人と言っても、ゴイルはゴイルだった
相変わらず、頭が足りていない
ハリーはこのまま沈黙を貫くことにした

ゴイルは、ハリーの今の顔を、一秒も見たくないという様子で吐きそうに顔を歪めた

「グレゴリー、この醜男はハリー・ポッターなのか?そうなのか?」

横にいた母親が、ゴイルの肩に置いた手を握り込むように、急かすように、歯噛みしながら聞いた

ゴイルは、母親のそれに促進されてもう一度、ハリーをよく見た

「グレゴリー!どうなの?もしーーもし、本物のハリー・ポッターならっ!我らの地位は確固たるものになるのよ」

母親が横から血走った目で、囁くように言った
ハリーは、その時、細い目でゴイルの口元がへの字に歪んだのを見た
ほんの一瞬だった

そして、ゴイルがまじまじとハリーを見た




長い沈黙の後…




「……分からない…俺は…俺は、あの目立ちたがりの顔をよく覚えてない」




と言った


その途端、母親はヒステリック気味に叫んだ


「しかし、よく見なさい!グレゴリー!見るのよ!グレゴリー、ーーああ、グレゴリーお聞き!もし、我々が闇の帝王にポッターを差し出したとなればーーー「っじゃっじゃあ、そ、そうだ!’’あの方’’ならわかる!これがあの目立ちたがりかどうか!」…」

母親の言葉を慌てて遮るように、ゴイルが、思わず、といった様子で口走って叫んだ

それは、母親の言うことに逆いたくもないし、自分が間違えるのも嫌で、もし、間違えてーーー
要は自分が判断したくないからだろうというゴイルの本音が、目の前のハリーには見え見えだった

だが、ハリーには先ほどから言う’’あの方’’が誰なのか、まったく心当たりもなく、分からなかった
別で呼んでいるので、ヴォルデモートでないことだけはわかるが、死喰い人で、そんな奴がいたか?と、思いつく人物もいなかった

その時、突然グレイバックが反応した

「そりゃあいい。坊ちゃん。良いことを提案した。闇の帝王をお呼びする前に’’あの方’’に真偽を確かめて貰えばいい」

ハリーの髪を掴んだのをそのままに、軽く顎をしゃくって、舌舐めずりするように言った
ハリーは吐き気がしそうだった

「だがしかしーー’’あの方’’をお呼びするなどーーーもし、もし’’あの方’’が、軽んじられているとでも思われたならーー我々はーー」

母親は怯えからなのか、迷っている様子だった
だが、それを後押したのは意外な人物だった

「は、母上、’’あの方’’ならきっと、そうです。お、っ分かりになります。そうすれば、そうすれば確実にーー」

ゴイルは言葉がわからず狼狽している様子だった
まるで藁にも縋る思いのようで、’’あの方’’とやらに責任を押し付けたいようだった
母親も揺らいでいるようだった
慣れない敬語を使う様子に、ハリーはこんな場面でなければ笑っていたかもしれないと思ってしまった
それほどに、ゴイルの様子はハリーから見たら間抜けだった



そして、数秒経った後…



「’’あの方’’を、お呼びする」


母親が苦々しい顔で、苦渋の決断をしたとばかりに言った


そうして、数分待ったあとに、ゴイルの母親を連れて、広間に入ってきた人物にハリー、ハーマイオニー、ロン、そしてディーンは目を見張った

そして、一緒に連れてこられていた男ー…ルーディンは驚愕どころではなかった


漆黒の服に身を包み、長い黒のローブを着た感情のない表情に、冷水を浴びせたような冷たい目をした痩せこけた女性に、グレイバックが声をかけた
なぜか、口の端が少し切れている

「これはこれは’’ナギニ殿’’、再びお目にかかれて光栄でございます」


慇懃無礼な口調で、わざとらしく、恭しい態度で言った
舌舐めずりこそしなかったが、興奮を隠しきれない様子で、彼女の切れた口の端をほんの僅かに凝視し、軽く頭を下げて言ったグレイバック

それを、視線だけで彼女は一瞥し…

グレイバックが掴んでいるハリーを少し離れたところから、視線だけで見下ろした
そして、その視線は、ハリーの後ろで拘束されている、ロン、ハーマイオニー、父親だろう人物にも向けられたーー

ハリーはぼんやりとした視界でよく見えなかったが、彼女は…



動揺’’していなかった’’





そうして、一瞬の沈黙の中…






「…メルリィ…?」






柔らかい穏やかな男の声が、小さく響いた…






——————————
全然年内に収まらなかった
不甲斐ない…くっ


































死の秘宝 〜7〜
旅を続けていくうちに見えてくる人の本質…

大切な仲間が去って初めて気づくこと…

ハリーは故郷に帰る

だがそれ罠で、打ちのめされて打ちのめされてもう限界になってきた時…

ひと筋の光が差した

友が戻り、友の助けで『秘宝』の存在を知るハリー

そして、知識を求めてラブグッドの元へ…

しかし、それも罠で、ハリー達は「人さらい」に…
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2022年1月2日 08:51
choco

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