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死の秘宝 〜5〜

死の秘宝 〜5〜 - chocoの小説 - pixiv
死の秘宝 〜5〜 - chocoの小説 - pixiv
50,940文字
転生3度目の魔法界で生き抜く
死の秘宝 〜5〜
ついに魔法省に潜入する決意をしたハリー達…
だが、それには協力が必要で…

自分達が思いもしない人達の助けを借りながら、見えていなかった現実に直面していく…
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2021年12月13日 22:18

※捏造過多

————————

グリモールド・プレイス十二番地
ブラック家に代々受け継がれる先祖の館
騎士団の元本部

結婚式の襲撃でそこに逃げてきたハリー、ロン、ハーマイオニー

ここに来てから三日経っていた

二日目は、ハリーが夢に見たアルウェンの遺体がある場所を、ハーマイオニーが特定した

そして、その夜、ハーマイオニーは、彼女がクリーチャーを介して贈った本を内容を全て頭に叩き込み、暗記するように読み耽った
クリーチャーの言った通り、最後の白紙のページには、『ニックス』と唱えても、もう何も反応しない
ハーマイオニーは、掛けられていたその魔法が、複雑な理論を何重にも掛けた、仕掛けまたは封印の類の魔法だとすぐ解った

そして、ハーマイオニーはクリーチャーに頼んで、オフューカスの部屋を入る許可を貰った
断られるかと思ったが、心底渋々、といった様子で許可してくれたのだ
ハーマイオニーは、決して雑に扱わないと約束して、グレー基調の部屋に足を踏み入れた
そして、生前の彼女のことが知れる物を探した



ハーマイオニーはクリーチャーにも聞いてみた

「クリーチャー、あの、良ければ教えてもらえる?…オフューカスさんが亡くなった後、彼女はブラック家のお墓に埋葬されたの?」

オフューカスの部屋で、本を膝に置いて、お茶を持ってきてくれたクリーチャーに、ハーマイオニーは丁寧に、おずおずと尋ねた

クリーチャーは、ハーマイオニーの質問に、動きが止まり、口をきゅと引き結んだ
もごもごと口を開かず、どう答えていいのか分からないのか、それとも言いたくないのか…悩んでいる様子だった

ハーマイオニーは、何も口出しせず、根気強くクリーチャーの言葉を持った
焦らず、じっと見つめていると…


「お嬢様は…」


クリーチャーは、ぼろぼろの布切れのような服をキュッとガリガリの手で掴みながら、重い口を開いた


「クリーチャーはお嬢様の妖精……お嬢様は仰った…クリーチャーの心で決めれば良いと…」


ぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟くクリーチャーに、ハーマイオニーは少し眉を下げた
大好きな主の言葉が、死後もクリーチャーの原動力となっていることに、僅かながらも感動したのだ

遺した言葉は、屋敷しもべを本当の意味で自由にするために、活きている

今のクリーチャーの様子は、そのことを実感せずにはいられないものだった


そして、数十分待った後…

クリーチャーはついにハーマイオニーを見上げて言った


「お嬢様は…生前、ご自分が亡くなった際は、遺体は燃やすように強く…ご命じになりました…」


クリーチャーは、主を亡くした時のことを思い出したのか、涙をポロポロ流して言った
ハーマイオニーは、一瞬息が詰まった
信じられない思いと、疑問が渦巻いた

その理由は、いくら本人の望みとはいえ、このイギリスで遺体を燃やすなどということは慣習にないからだ
ましてや、彼女は由緒ある家系の当主だった女性
盛大に葬儀を行い、きちんとした手順で埋葬されるのが本来の慣しである
これだけ主を尊敬して、敬愛していたクリーチャーならば、あのレギュラス先生ならば、そうしているに’’違いない’’と思い込んでいたのだ


だが、違った

ハーマイオニーは焦る気持ちを抑えて、慎重に聞いた

「…じゃあ…オフューカスさんの遺体は…遺骨だけ…?」

ハーマイオニーの言葉に、クリーチャーは苦い表情になり、折角止まっていた涙がまたポロポロ流れ出した

ハーマイオニーは、「まさか…」と思むった

「お……お嬢様は…生前、骨まで遺してはならないと…全て…何も残らないように燃やし尽くせと……ご命令になりました。ーークリーチャーはその通りにしました……クリーチャーはご命令をきちんと遂行しました。…ブラック家のお嬢様のお墓には…遺灰のみで…墓石に刻まれた名前のみなのです…」

ハーマイオニーは、言葉も出なかった
疑問だけが浮かんだ
なぜ、そこまで徹底して遺体を残すことを許さなかったのか…
何も残らず悲しむであろうクリーチャーのことを考えなかったのか?
いや、例え悲しんでも、そうせざるを得ない理由があったのだ

ハーマイオニーは確信した


ハーマイオニーは、泣きじゃくるクリーチャーに優しく聞いた


「あの、クリーチャー。オフューカスさんがそう言った理由に心当たりはある?そうね、その、例えば、亡くなる前、何か、いつもと様子が違ったとか…何か言っていたりしなかった?…」

できるだけ、クリーチャーが話してくれるように言葉を選んで聞いた

すると、クリーチャーはボロ切れのような服で涙を拭いながら、思い出すしたに答えた

「お嬢様は時折、……そう…何かを恐れているようなご様子がありました。クリーチャーは気づいておりました。お嬢様は隠しておいででした…ご遺体を燃やすように指示された時も…」

途中から、ハーマイオニーは、その理由が何となくだが予想がついていた

きっと、彼女が恐れていたのは

「……あの暗黒時代……お嬢様はらしくなく、ひどく動揺しておられましたので、クリーチャーはよく覚えております」


間違いない
ハーマイオニーは確信した

彼女はヴォルデモートを恐れていたのだ
正確に言うなら、ヴォルデモートに見つかることを恐れていたのだ


「…ありがとう。クリーチャー。話してくれて。辛いことを思い出させてごめんなさいね」

ハーマイオニーがお礼を言うと、クリーチャーは黙って部屋から出て行った
 















ハーマイオニーが調べものやらで忙しくしている中、既にグリモールド・プレイスに避難してきて6日が経とうとしていた
ハリーは、暇さえあければ分霊箱を眺めている
その様子は、まるで美しい宝石に見入れているかのようだった
ハーマイオニーはそのことに良い顔をしなかった
ロンは『灯消しライター』を付けたり消したりして、それがもう癖になってしまい、ハーマイオニーの読書の邪魔になっていた


そして、その日の夜、三人は今後どうするかを話し合った

「ハリー、アルウェンの遺体を探しに行く前に、分霊箱を破壊できるものを手に入れるべきよ」

ハーマイオニーは分霊箱を手で触りながら、ハッとしたような顔をするハリーに苛々した

「色んな呪文を試したけど、破壊できなかったんだよ?今更そこらへんの魔法道具とかで壊せると思う?」

「私もそう思って調べたの。言ったでしょう?」

「あー…ほら、ハリー。前に僕が言ってたやつだよ。ハーマイオニーが何か調べものしてるってやつ。「隠れ穴」じゃ言う暇無かっただろ?」

ロンが「前に話しただろ?」と言う
ハーマイオニーは、ロンをじっと見た後、ハリーに向き直った
膝元にある本をチラッと見てから、まるで死骸か何かを持つように、片手でそれを持ち上げてハリーにそれを見せた

「「『深い…闇の秘術?』」」

「実は…ダンブルドアの葬儀が終わってから…私、…私たちが学校を辞めて分霊箱を探しに行くって決めたすぐ後、荷造りをしに女子寮に上がった時に、ふと思いついたの。分霊箱の事をできるだけ知っておいた方がいいんじゃないかって……それで…その、周りに誰もいなかったから…」

「ちょっと待ってハーマイオニー、どういうこと?話が見えないんだけど?ダンブルドアの葬儀の後に、それは、その本は何?」

「ダンブルドアは怒らなかったと思うの。私たちは分霊箱を作るために情報を使おうとしているわけじゃないから…だから、私、」

ハーマイオニーは、呼吸を整えるようにひと息吸って、吐いて、言った

「ダンブルドアの書斎からこの本を『呼び寄せ呪文』で借りたの」

やっと言った、とはがりにハーマイオニーは言った
ハリーとロンは顔を見合わせて、で?と言いたげにハーマイオニーを見た

ハーマイオニーは拍子抜けした

「その、私、勝手に…」

「ダンブルドアは怒らないよ。理由は君がさっきも言ったじゃないか」

ハリーはハーマイオニーに至極当然とばかりに言った
なのに、ハリーは少し苛々している
ハーマイオニーは、ハリーの手元にある鈍く輝くサークレットをちらっと見た
ずっと…ずっと嫌な感じがするのだ

「そうだぜ。もしかしたらダンブルドアのことだから君が取りに来るって分かってたのかも」

ロンが「気にする事ないぜ。それより中身には何て書いてあったんだ?」と聞いた
ハーマイオニーは、ロンの言葉に促されて、気になることはあれど、ゆっくり、それはもう口にするのも嫌と言うような様子で重い口を開いた


「この本に、分霊箱の作り方が具体的に書いてあるわ。『深い闇の秘術』ーー恐ろしい本よ。本当にゾッとするわ。邪悪な魔法ばかり。ーーダンブルドアはいつ図書館から取り除いたのかしら……学校の図書館にはなかったから、もし校長になってからだとすれば、ヴォルデモートは、必要な事を全て、この本から学び取ったに違いないわ」

「でもさ、もう読んでいたんなら、どうしてスラグホーンなんかに、分霊箱の作り方を聞く必要があったんだ?」

ロンが聞いた
その答えを、ハリーは知っていた
あいつは、生きているものを分霊箱にしたがっていた
いや、正確には不死になろうとした
同時に彼女を永遠に自分に縛り付けようとも

ハリーは無意識に唇を引き結び、奥歯を噛み締めた
緑の閃光を受けて、ダンブルドアが天文台の塔から落ちる映像がずっと頭の中で流れ続ける
スローモーションのように…ずっと…


スラグホーンの記憶の中の会話が頭の中でこだま木霊する



ーーー「でも、どうやって一体とするのですか?失礼ですがーー魂を一体とするなどーーそう…」ーーー



ーーー「自分自身だけでなく、魂の対となる相手にもそれ相応の代償を払わせることになる…途轍もない代償だ……」ーー




「ーーそれに、分霊箱を読めば読むほど」

ハーマイオニーの恐々とした声が響いた

「ますます恐ろしいものに思えるし、『あの人』が本当にいくつも…作ったとは信じられなくなってくるの。この本は、魂を裂くことで残った魂がどんなに不安定になるかを警告しているわ。しかも、たったひとつの分霊箱を作った場合のことなのよ!」

ハーマイオニーも思わず、と言った様子でハリーの手に持っていた分霊箱を見た
その表情には、言い表せたない嫌悪が浮かんでいる

会話が木霊していたハリーは、ハーマイオニーの言葉に引っ掛かりを覚えた

「…(不安定?…そうだ。それだ。そもそも、あいつはどうやって『トリニータス』を成功させたんだ?)」

思考の外に追いやっていた疑問が浮かぶ中、同時に、ダンブルドアの言葉を思い出した

ヴォルデモートは「通常の悪」を超えた領域にまで踏み出した、と言っていた

「また元通りに戻す方法はないのか?」

ロンが尋ねた

「あるわよ」

ハーマイオニーが虚に微笑みながら答えた

「でも地獄の苦しみでしょうね」

「なぜ?どうやって戻すの?」

ハリーは思わず尋ねた

「良心の呵責」

ハーマイオニーがぽつりと言った

「自分のした事を心から悔い改めないといけないの。注釈があるわ。あまりの痛みに、自らを滅ぼすことになるかもしれないって。ヴォルデモートがそんな事をするなんて、私には想像できないわ。できる?」

「できない」

ハリーが答えるより先にロンが即答した

「それで、その本には分霊箱をどうやって破壊するか、書いてあるのか?」

「あるわ」

ハーマイオニーは、今度は腐った内臓を調べるような手つきで、脆くなったページを捲り…

かけた

ハーマイオニーは、捲る前に唐突にハリーの方をじっと見た

「ハリー。前に約束したわね。必ず話してくれるって。前にあなたが話してくれた彼女が分霊箱だってこと。もうそうじゃないことは解ってるわ」

ハリーの恐れていた瞬間が来た

「分かってる。ーーだけど、知ってどうするの?僕が言うことに、君が少しでも同情したとして、彼女があいつを選んだことには変わりない。僕達を助ける振りをしていたのも、わざとあいつの弱点を教えたのも、自分がそんなことじゃ死なないって分かってたからだ。そのはずなんだ。彼女はあいつを愛してる。だから、邪魔をするダンブルドアが憎かったんだ」

サークレットを握りしめて、まるで何かが乗り移ったようにぶつぶつと言うハリーに、二人は信じられない驚愕の顔になった

「…ハリー、あなた、今自分が何を言ってるかわかっているの?」  

「おいおい、正気か?」

ロンが何かの聞き間違いだと思い、ハリーに目をひん剥く勢いで言った

「正気さ。僕は今までのことを客観的に見て言ってるだけだ。君達は記憶を見てないから知らないだろうけど、彼女はあいつに一度も逆らわなかった。ただの、一度もだ。僕の両親が死ぬことも分かっていたのに、何もしなかった。卑怯者だ」

「ハリー。それをここに入れて」

ハーマイオニーが厳しい表情で、有無を言わさない口調でハリー言った

「は?」

「あなたの手に持っているそれを!今すぐ離して!」

ハーマイオニーは半ば強引にハリーからサークレットを奪い取り、自分のバックの中に仕舞い込んだ
ハリーは取られた瞬間、「何するんだハーマイオニー!」も睨め付けたが、手から離れた途端、スッと表情が抜け落ちたように困惑していた

ハーマイオニーはバックを握ったまま、ハリーをジト目で見た
ロンは唖然としている

「落ち着いた?」

「…とても…僕、僕…今のは違うんだ…君達にあんなこと言うつもりは…」

「分かってる…分霊箱のせいよ」

簡潔に言ったハーマイオニーに、ロンは口をへの字に曲げた

「それで……ハーマイオニー。その本にはどうやって破壊するって?」

口論していた時の分霊箱の禍々しい魔力を感じて、ハリーを責めることもできず、ロンがハーマイオニーに聞いた

「この本には、この術を使う魔法使いが、分霊箱に対していかに強大な呪文を施さなければならないかを、警告している箇所があるの。私の読んだことから考えると、分霊箱を確実に破壊する方法は少ないけど、同じくらい強い魔力を持っているもので、分霊箱が、ひとりで回復できないほど破壊力を持ったものであればいいの。ーーそうね、例えば、伝説級に稀少な生き物の一部とか、それが使われている物とか…」

「あいつらしい。簡単に破壊できる物が存在しないから選んだんだ。ーー破壊できるかもしれない物は既に壊されているかもしれない」

ハリーが忌々しい様子で拳を握って言った

「だよな。あいつがそんなヘマするわけないよな」

ロンが同感したように言った

「いえ、それがひとつ……ないわけではないのよ」

ハーマイオニーが難しい顔をしてぎこちなく言った

「え、あるの?どんなもの?」

ハリーは、ばっ!と顔を上げて、身を乗り出す勢いで聞いた

「エンヴァブラック・リヴィヴァロッドの短剣」

「「なんて?」」

長すぎる名称に、二人揃って頭を傾けて尋ねた
ハーマイオニーは、似たような反応にひとつため息をついてクスリと笑った

「エンヴァアブラック・リヴィヴァロッド。実在したと云われているドラゴンよ」

「だから?」と言いたげな二人の顔に、ハーマイオニーは、またもやため息をついた

「貴方達、本を読まないの?」

バツの悪い顔をする二人に、ハーマイオニーは呆れたような様子で説明した


「エンヴァブラック・リヴィヴァロッドは、ホグワーツができるよりも昔、大昔に実在したドラゴンよ。その骨と血で作られた短剣があるの。ゴブリンが作ったその短剣には、あらゆる闇の魔法を打ち消す効果がある謂われているわ」

「つまり?」

「つまり、合致するのよ。これは分霊箱を破壊できる魔力を持っているのよ。ドラゴンは元々強い魔力を持っている。その中でもエンヴァブラック・リヴィヴァロッドは桁違いのものよ。魔力を残したまま加工できるのはゴブリンだけ」

「その短剣が今もあるのか?」

ロンが聞いた

「ええ。重要な歴史財産として魔法省の地下11階の歴史財産管理部に保管されているわ」

ハーマイオニーはそう言って、かなり古い図鑑のような分厚い本をドン!と前に出してページを開いてみせた

二人共、いつの間にこんなものまでバックに…と思ったが、ハーマイオニーの趣味は読書なので口出しはしなかった


開かれたページには、その短剣の写真と、紹介書がある


「『エンヴァブラック・リヴィヴァロッドの短剣は、ゴブリンにより錬成された。そのドラゴンの骨と血のみで鍛え上げられた短剣は、あらゆる闇の魔法を相殺し、打ち消す』……本当だ…」

読み上げたハリーは、静か驚いたように呟いた
  
「でも見ろよ。保管場所、魔法省だぜ?それってさ……つまり…」

「魔法省に潜入しないといけない」

ロンの言葉に続けるように言ったハリーひと言に、途轍もなく空気が重くなった



















その日から、三人はどうやって魔法省に潜入するか何度も話し合った
ブラック家に来て二週間が経とうとしていた

レギュラスはたまに家を空けて何処かへ行っており、三人はその間、情報収集と話し合うくらいしかできなかった

その日も、レギュラスは外出していた
どこに行っているのか、聞かなかったが、学校が始まるまでの間にすることが多いのだろう
ハリーは、シリウスが家に来るかもしれないと思ったが、全く来る気配がなかった
ハリーは、言いようのない気持ちになった
会いたい…皆が無事か確かめたい…
そんな気持ちばかり焦り、ハリーは気落ちしていた

今も、ハーマイオニーは「吟遊詩人ビードルの物語」を調べていた
灯りが着いたり消えたりした

「やめてちょうだい!」

またしても客間の明かりが吸い取られてしまった時に、ハーマイオニーが叫んだ

「ごめん、ごめん!」

ロンは「灯消しライター」をカチッといわせて灯りを戻した

「自分でも知らないうちにやっちゃうんだ!」

「ねえ、何か役に立つことをして過ごせないの?」

「どんなことさ。お伽噺を読んだりすることか?それとも、透明マントでも被って魔法省の厳重なセキュリティの中潜入することとか?」

「考えられる方法はもう考え尽くしたわよ。それに、ダンブルドアが私にこの本を遺したのよ!ロンーー」

「ーーそして僕には『灯消しライター』を遺した。たぶん、僕は使うべきなんだ!」

口喧嘩に耐えられず、ハリーは二人に気づかれないようにそっと部屋を出て、厨房に向かった
しかし、玄関ホールまで下りたところで、玄関のドアをそっと叩く音が聞こえ、かちかちという金属音やガラガラという鎖の音がした

神経の一本一本がぴんと張り詰めた
レギュラスかもしれないが、ハリーは一応杖を取り出し、しもべ妖精の首が並んでいる階段脇の暗がりに移動して、じっと待った

ドアが開き、隙間から街灯に照らされた小さな広場がちらりと見えた
マントを着た人形が、わずかに開いたドアから半身になって玄関ホールに入り、ドアを閉めた
侵入者が一歩進むと、マッドアイの声がした

「セブルス・スネイプか?」

するとホールの奥で埃が立ち上がり、だらりとした死人の手を上げて、するすると向かっていった

「アルバス、あなたを殺したのは私ではない」

静かな声だった

呪いは破れ、埃の姿はまてしても爆発した
その後に残った、もうもうたる灰色の埃を通して、侵入者を見分けるのは不可能だった
レギュラス先生ではないことはハリーには分かった
正式な家主には呪いは反応しないようになっている

ハリーはその埃の真ん中に杖を向けて叫んだ

「動くな!」

その瞬間、ロンとハーマイオニーが、ハリーと同じように正体不明の男に杖を向けて、背後の階段をバタバタと駆け降りてきた
男は今や両手を挙げて、下の玄関ホールに立っていた

「撃つな、私だ。リーマスだ!」

「ああ、よかった」

ハーマイオニーは弱々しくそう言うなり、杖を下ろした
ロンも杖を下ろしたが、ハリーは下さなかった

「姿を見せろ!」

ハリーは大声で言い返した

ルーピンが降伏の証に両手を高く挙げたまま、明るみに出た

「私はリーマス・ジョン・ルーピン、狼人間で、時にはムーニーと呼ばれる。『忍びの地図』を制作した四人の一人だ。通常トンクスと呼ばれる、ニンファドーラと結婚した。君に『守護霊』の術を教えたが、ハリー、それは牡鹿の形をとる」

「ああ、それでいいです」

ハリーが杖を下ろしながら言った

「でも、確かめるべきだったでしょう?」

「『闇の魔術に対する防衛術』の元教師としては、確かめるべきだという君の意見に賛成だ。ロン、ハーマイオニー、君たちは、あんなに早く警戒心を解いてはいけないよ」

三人は階段を駆け降りた
厚い黒の旅行用マントを着たルーピンは、疲れた様子だったが、三人を見て嬉しそうな顔をした

「それじゃ、セブルスと彼女が来る気配はないのかい?」

ルーピンが聞いた

「ないです」

ハリーが答えた

「どうなっているの?皆大丈夫なの?ここに着いた時、レギュラス先生が私たちが来るから、匿ってほしいって。シリウスから連絡があったみたいなの。皆無事ですよね?」

「ああ、それは事実だ。大丈夫。シリウスは確かにレギュラスに連絡した。私も見ていた」

ルーピンは、息を整えながら緊張気味に続けた

「しかし、我々は見張られている。外の広場に、死喰い人が二人いるしーー」

「ーーー知ってますーー」

「ーーレギュラスが保護呪文と呪詛を強化したんだろう。念の為、私は連中に見られないように、玄関の外階段のいちばん上に正確に『姿現わし』しなければならなかった。連中は、君たちがここにいるとは気づいていない。知っていたら、外にもっと人を置くはずだ。ハリー、やつらは、君と関係のあったところは全て見張っている。さあ、下に行こう。君たちに話したいことがたくさんあるし、それに君たちが『隠れ穴』からいなくなった後で何があったのかを知りたい」

四人は厨房に下り、ハーマイオニーが杖を火格子に向けた
たちまち燃え上がった火が、素っ気ない石の壁をいかにも心地よさそうに見せ、木製の長いテーブルを輝かせた
ルーピンが旅行用マントからバタービールを取り出し、みんなでテーブルを囲んだ

「ここには三日前に来られるはずだったのだが、死喰い人の追跡を振り切らなければならなくてね」

ルーピンが言った

「それで、君達は結婚式の後、まっすぐここに来たのかね?」

「いいえ」

ハリーが言った

「トテナム・コート通りのカフェで、二人の死喰い人と出会して、その後です」

「何だって?」

ルーピンは、バタービールを殆ど溢してしまった
三人から事の次第を聞き終えたルーピンは、一大事だという顔をした

「しかし、どうやってそんなに早く見つけたのだろう?姿を消す瞬間に捕まえていなければ、『姿くらまし』した者を追跡するのは不可能だ!」

「それに、その時二人が偶然トテナム・コート通りを散策していたなんて、あり得ないでしょう?」

ハリーが言った

「私達、疑ったの」

ハーマイオニーが遠慮がちに言った

「ハリーがまだ『臭い』をつけているんじゃないかって」

「それはないな」

ルーピンが言った

「他のことはさておき、もしハリーにまだ『臭い』がついているなら、あいつらはここにハリーがいることを必ず嗅ぎつけるはずだろう?しかし、どうやってトテナム・コート通りまで追ってこられたのかが、私には分からない。気がかりだ。実に気になる。彼女が洩らしていたなら話は簡単だったんだが…」

ルーピンは動揺していた
ロンとハーマイオニーは、ルーピンの最後の言葉に反応したのか、微妙な顔をしている
特にハーマイオニーに関しては顔を顰めている

しかし、ハリーにとってはその問題は後回しでよかった

「僕達がいなくなった後、どうなったか話して。レギュラス先生が皆は無事だって教えてくれたけど、その後、何も聞いてないんだ」

「そう、キングスリーのおかげで助かった」

ルーピンが言った

「あの警告のおかげで、殆どの客は、あいつらが来る前に『姿くらまし』できた」

「死喰い人だったの?それとも魔法省の人達?」

ハーマイオニーが、殆ど確信しているとばかりに口を挟んだ

「両方だ。というより、今や実質的に両者に殆ど違いがないと言える」

ルーピンは続けた

「十二人程いたが、ハリー、連中は君があそこにいたことを知らなかった。アーサーが聞いた噂では、あいつらは君の居場所を聞き出そうとして、スクリムジョールを拷問した上殺したらしい。もしそれが本当なら、あの男は君を売らなかったわけだ」

ハリーは、ロンとハーマイオニーを見た
ハーマイオニーもまた、二人を見た
二人共、ハリーと同じく、驚きと感謝が入り交じった顔をしていた
ハリーも、ハーマイオニーも、スクリムジョールがあまり好きではなかったが、ルーピンの言うことが事実なら、スクリムジョールは最後にハリーを守ろうとしたのだ

「死喰い人達は『隠れ穴』を上から下まで探した」

ルーピンが話を続けた

「屋根裏お化けを発見したが、あまり側までは近づきたがらなかったーーーそして、残っていた者達を、何時間もかけて尋問した。君に関する情報を得ようとしたんだよ。ハリー。しかし、もちろん騎士団の者以外は知っていた」

「結婚式をめちゃくちゃにすると同時に、他の死喰い人達は、国中の騎士団に関係する家全てに侵入した。そう、ここ以外はね。いや、なに、誰も死んでいないよ。騎士団以外の者がもう口を割ってしまいそうになった時、尋問の途中、思わぬ救援が来たんだ」

ルーピンは質問される前に素早く言った

「ルシウス・マルフォイとノットが援護に来たんだ。実に、悔しいが、彼らのお陰で騎士団以外の者は隙をついて『姿くらまし』で逃げれ、騎士団の者も助かった」

三人は驚きを通り越して、困惑した顔をして目を大きく見開いた

「え?マルフォイが?」

「そうだ。奴らは『隠れ穴』の場所を知っていた上に、我々を助けに来た。その後すぐ追跡を逃れるために別れたから、二人がどうなったかは知らないが、我々を助けたのは事実だ」

「でも、その、あいつらって彼女に…「そう、そこなんだ。ロン。私も混乱しているんだ。奴らは寝返った時、ダンブルドアの前ではっきりと『自分達が忠誠を尽くすのは彼女だ』と言ったんだ。なのに、だ。彼女が二重スパイだったにも関わらず、私達の秘密を敵に洩らしていないどころか、助けた」

ルーピンは、何故か、ハッとしたような顔になり、頭を振る動作をした
まるで、思考を振り払うように

「いや、すまない。その後どうなったかだったね。続けよう。連中は手荒な真似をした。ディーダラス・ディグルの家を焼き払った。だが、知っての通り、本人は家にいなかったからね。トンクスの家族は『磔の呪文』をかけられた。そこでもまた、君があそこに着いたあと、どこに行ったかを聞き出そうとしたわけだ。二人共無事だーーーもちろん、ショックは受けているが、それ以外は大丈夫だ」

「死喰い人は、保護呪文を全部突破したの?」

ハリーが聞いた

「ハリー、今では魔法省の全ての権力が、死喰い人の側にあると認識すべきだね」

ルーピンは、深刻な顔で続けた

「あの連中は、どんな残酷な呪文を行使しても、身元を問われたり逮捕されたりする恐れがない。そういう力を持ったのだ。我々がかけたあらゆる死喰い人避けの呪文を、連中は破り去った。そして、いったんその内側に入ると、連中は侵入の目的を剥き出しにしたんだ」

「拷問してまでハリーの居場所を聞き出そうとするのに、理由をこじつけようとしなかったわけ?」

ハーマイオニーは痛烈な言い方をした

「それが」

ルーピンは、ちょっと躊躇してから、折りたたんだ「日刊預言者新聞」を取り出した
ハーマイオニーは、何となく先が予想できて眉を顰めた

「ほら」

テーブルの向かい側から、ハリーにそれを押しやった

「いずれ分かることだ。君を追う口実は、それだよ」

ハリーは新聞を広げた
自分の顔の写真が、大きく一面を占めている
ハリーは大見出しを読んだ




【アルバス・ダンブルドアの死にまつわる疑惑ーー尋問のため指名手配中ーー】






ロンとハーマイオニーが唸り声を上げて怒った

「何だこれ!ダンブルドアを殺したのはあいつだ!どうしてハリーが!」

ロンが勢いよく言ったことで、ハーマイオニーは、少し冷静になった顔になった
ハリーは少し読みたくもなかった

わかっている。自分だってわかっているんだ
読まなくともわかる
ダンブルドアが死んだ時に塔の屋上にいた者以外は誰が本当にダンブルドアを殺したか知らない 

そして、リータ・スキーターが既に魔法界に語ったように、ダンブルドアが墜落した直後に、ハリーはそこから走り去るのを目撃されている
彼女は確かに死喰い人達といたが、目立たない
それと違ってハリーは少し出歩いただけで知らない者はいないくらいだ
その他大勢の生徒の一人と、ハリー・ポッター

ハリーが何を言っても、自分が殺したのではないも信じてもらえるわけがなかった

「ハリー、同情する」

ルーピンが言った

「それじゃ、死喰い人は『日刊預言者』も乗っ取ったの?」

レギュラスに聞かされていたことからも頭ではわかってはいたが、それでもハーマイオニーはカンカンになった

ルーピンが頷いた

「だけど、何事が起こっているか、みんなには分からないはずはないわよね?」

「クーデターは円滑で、事実上沈黙のうちに行われた」

ルーピンが言った

「スクリムジョールの殺害は、公式には辞任とされている。後任はパイアス・シックネスで、『服従の呪文』にかけられている」

「ヴォルデモートはどうして、自分が魔法大臣だと宣言しなかったの?」

ロンが聞いた
ハーマイオニーが答えようとしたが、先にルーピンが虚に笑って答えた

「ロン、宣言する必要はない。’’事実上’’やつが大臣なんだ。しかし、何も魔法省で執務する必要はないだろう?傀儡のシックネスが日常の仕事をこなしていれば、ヴォルデモートは身軽に、魔法省を超えたところで勢力拡大できる」

「もちろん、多くの者が、何が起きたのかを推測した。ここ数日の間に、魔法省の政策が百八十度転換したのだから、ヴォルデモートが裏で糸を引いているに違いないと囁く者は多い。しかし、囁いている、というところが肝心なのだ。誰を信じて良いかわからないのに、互いに本心を語り合う勇気はない。もし自分の疑念が当たっていたら、自分の家族が狙われるかもしれないと恐れて、大っぴらには発言しない。そうなんだ。ヴォルデモートは非常にうまい手を使っている。大臣宣言をすれば、あからさまな反乱を誘発していたかもしれない。黒幕にとどまることで、混乱や不安や恐れを引き起こしたのだ」

「それで、魔法省の政策の大転換というのは」

ハリーが口を挟んだ

「魔法界に対して、ヴォルデモートではなく、僕を警戒するようにということなんですか?」

「もちろん、それもある」

ルーピンが言った

「それに、それが政策の見事なところだ。ダンブルドアが死んだ今、君がーー生き残った男の子がーーヴォルデモートへの抵抗勢力の象徴的存在となり、扇動の中心になることは間違いない。しかし、君が昔の英雄の死に関わったと示唆することで、君の首に懸賞金をかけたばかりでなく、君を擁護する可能性のあったたくさんの魔法使いの間に、疑いと恐れの種を撒いたことになる」

「一方、魔法省は、反マグル生まれの動きをはじめた。これについては、ハーマイオニー。君は酷くショックを受けるだろうが…「知っています。ここに来てから、レギュラス先生が教えてくれました」…レギュラスが?」

ルーピンの言葉を遮るように新聞を淡々と見下ろしながら即答したハーマイオニーに、ルーピンが驚きの声を洩らした

「ここに来た日から毎日『日刊預言者新聞』を見せてくれますし、今、魔法省で何が起こってるのか情報を教えてくれています。でも、魔法省が出す公式的な詳細を見るのは初めてです」

ルーピンは心底意外だという顔をした
朝方など、早起きしてくるハーマイオニーは、よくレギュラスと鉢合わせした
その時に、レギュラスから世間の近況と魔法省の様子を少し聞くのだ
もちろん、レギュラスは魔法省に人脈があるとはいえ、勤めている人間ではないので少ししかわからないが、それでも十分過ぎる情報提供だった
ハーマイオニーは、ここ数日でレギュラスとコミュニケーションが取れていると自負していた
自分達は、追われている身で、しかも危険を承知で匿ってもらっているのだから、せめて失礼のないようにしようというハーマイオニーの気遣いもあったからこそ、レギュラスはハーマイオニーには、積極的に情報提供したのだろう

ハーマイオニーは、そっと新聞に視線を下ろして読み上げた

「『マグル生まれ登録』。魔法省はいわゆる『マグル生まれ』の調査を始めた。彼らはなぜ魔法の秘術を所有するようになったのかの理解を深めるためだ。神秘部による最近の調査によれば、魔法は、魔法使いの子孫が生まれることによってのみ、人から人へと受け継がれる。それゆえ、魔法使いの祖先を持つことが証明されない場合、いわゆるマグル生まれの者が魔法力を持つ場合は、窃盗または暴力によって得た可能性がある。魔法省は、かかる魔法力の不当な強奪者を根絶やしにすることを決意し、その目的のために、すべてのいわゆるマグル生まれの者に対して、新設の『マグル生まれ登録委員会』による面接に出頭するよう招請した…」


「こじつけもいいところだわ!」

ハーマイオニーが信じられないとばかりに叫んだ

「そんなこと、みんなが許すもんか」

ロンが言った

「ロン、もう始まっているんだ」

ルーピンが言った

「こうしている間にもマグル生まれ狩りが進んでいる」

「だけど、どうやって魔法を『盗んだ』って言うんだ?」

ロンが言った

「まともじゃないよ。魔法が盗めるならスクイブはいなくなるはずだろ?」

「そのとおりだ」

ルーピンが言った

「にも関わらず、親近者に少なくとも一人魔法使いがいることを証明できなければ、不法に魔法力を所得したとみなされ、罰を受けなければならない」

ロンはハーマイオニーをちらりと見て言った

「純血や半純血の誰かがマグル生まれの者を、家族の一員だと宣言したらどうかな?僕、ハーマイオニーがいとこだって、みんなに言うよーー」 

ハーマイオニーは、ロンの手に自分の手を重ねて、ぎゅっと握った

「ロン、ありがとう。でも、あなたにそんなことはさせられないわーー」

「君には選択の余地がないんだ」

ロンがハーマイオニーの手を握り返して、強い口調で言った

「僕の家系図を教えるよ。君が質問に答えられるように」

ハーマイオニーは弱々しく笑った

「ロン、私達は最重要指名手配中のハリー・ポッターと一緒に逃亡しているのよ。だから、そんなことは問題にならないわ。私が学校に戻るなら、事情は違うでしょうけど。ヴォルデモートは、ホグワーツにどんな計画を持っているの?」

ハーマイオニーがルーピンに聞いた

「学童児童は、魔女も魔法使いも学校に行かなければならなくなった」

ルーピンが答えた

「告知されたのは昨日だ。これまで義務はなかったから、これは一つの変化だ。もちろん、イギリスの魔女、魔法使いのほとんどホグワーツで教育を受けているが、両親が望めば、家庭で教育をすることも外国に留学させることもできる権利があった。入学の義務化で、ヴォルデモートは、この国の魔法界の全人口を学齢時から監視下に置くことになる。またそれが、マグル生まれを取り除く一つの方法にもなる。何故なら、入学を許可されるには、『血統書』ーーーつまり、魔法省から、自分が魔法使いの子孫であることを証明するという証、をもらわなければならないからだ」

ハリーは怒りで吐き気を催した
今、この時にも、十一歳の子どもたちが胸を躍らせて、新しく買った何冊もの呪文集に見入っているだろう
ホグワーツを見ずじまいになることも、おそらく家族にも二度と会えなくなるだろうことも知らずに

「それは……それって……」

ハリーは言葉に詰まった
頭に浮かんだ恐ろしい考えを、十分に言い表す言葉を探してもがいた
しかし、ルーピンが静かに言った

「わかっているよ」

それからルーピンは躊躇しながら言った

「ハリー、これから言うことを、君にそうぁと認められなくとも構わない。が、騎士団は、ダンブルドアが君に、ある使命を遺したのではないかと考えている」

「そうです」

ハリーが答えた

「それに、ロンとハーマイオニーも同じ使命を帯びて、僕と一緒に行きます」

「それがどういう使命か、私に打ち明けてはくれないか?」

ハリーは、ルーピンの顔をじっと見た
豊かな髪は白髪が増え、歳より老けてしわの多い顔を縁取っている
ハリーは、別な答えができたらよかったのにと思った

「リーマス、ごめんなさい。僕にはできない。ダンブルドアがあなたに話していないのなら、僕からは話せないと思う」

「そう言うと思った」

ルーピンは失望したようだった

「しかし、それでも私は君の役に立つかもしれない。私が何者で、何ができるか、知っているね。君に同行して、守ってあげられるかもしれない。君が何をしようとしているのかを、はっきり話してくれる必要はない」

ハリーは、最後の言葉に引っ掛かりを覚えた
「はっきり話す必要はない」
普通ならあり得ない
自分の命が掛かっているかもわからない使命に同行したいと言っているのに、何を目的にしているのかも知らされなくともいいなんて

ハリーは迷った
確かに、受け入れたくなる申し出だった
ルーピンは騎士団として戦闘経験が豊富だ
だが、共に行動する中で、三人の任務を秘密にしておける術も、保証も考えが浮かばなかった

ハリーが、どう答えればルーピンのプライドを傷つけずに断れるか考えていると、ハーマイオニーは怪訝そうな顔をして言った

「でも、トンクスはどうなるの?」

「トンクスがどうなるって?」

ルーピンが聞き返した

「だって」

ハーマイオニーは顔を顰めた

「貴方達は結婚しているわ!あなたが私達と一緒に行ってしまうことを、トンクスはどう思うかしら?」

「トンクスは完全に安全だ」

ルーピンが言った
ハリーは、自然と眉が寄った

すぐさま、頭の中に「完全に安全」なんて、あり得るわけがない、という考えが浮かんだ

「実家に帰ることになるだろう」

ルーピンの言い方に、ハリーは今度こそ先ほどの引っ掛かりが確かだと自覚した

ほとんど冷たい言い方と言ってもよかった

トンクスが両親の家に隠れて過ごすという考えも、何か変だった
トンクスは、何と言っても騎士団のメンバーだし、ハリーが知る限り、戦いの最中にいたがる性分だ

「リーマス」

ハーマイオニーが遠慮がちに聞いた

「うまくいっているのかしら……あの……あなたとーー」

「すべてうまくいっている。どうも」

ルーピンは余計な心配だと言わんばかりだった

ハーマイオニーは赤くなった
しばらくの間が空いた
気詰まりでばつの悪い沈黙だったが、やがてルーピンが、意を決して不快なことを認めるという雰囲気で口を開いた

「トンクスは妊娠している」

「まあ、素敵!」

ハーマイオニーが、満面の笑みで歓声を上げた

「いいぞ!」

ロンが心から言った

「おめでとう」

ハリーが言った
ルーピンは作り笑いをしたが、むしろ顰めっ面に見えた

「それで……私の申し出を受けてくれるのか?三人が四人になるか?ダンブルドアが承知しないとは考えられない。何と言っても、あの人が私を闇の魔術に対する防衛術の教師に任命したんだからね。それに、言っておくが、我々は、ほとんど誰も会ったことがなく、想像したこともないような魔法と対決することになるに違いない」

ロンとハーマイオニーが同時にはハリーを見た

「ちょっとーーちょっと確かめたいんだけど」

ハリーが待ったをかけるように言った

「トンクスを実家に置いて、僕達と一緒に来たいんですか?」

「あそこにいれば、トンクスは完璧に安全だ。両親が面倒を見てくれるだろう」

ルーピンが言った
ルーピンの言い方は、ほとんど冷淡と言って良いほどきっぱりとしていた

「ハリー、ジェームズなら間違いなく、私に君と一緒にいてほしいと思ったに違いない」

「さあ」

その言葉を聞いた時、ハリーは今まであまり考えないようにしていた考えがふと頭をよぎった
シリウスにしても、ルーピンにしても…父の友人だった彼らは、事あるごとに父のことを持ち出して較べるような発言が多かった

ハリーはそれを考えかけた時、あまりよくないと思い、思考を振り払い、考えながらゆっくり言った

「僕はそうは思わない。はっきり言って、僕の父はきっと、あなたがなぜ自分自身の子どもと一緒に行かないのかと、わけを知りたがっただろうと思う」

ルーピンの顔から血の気が失せた
厨房の温度が十度も下がってしまったかのようだった
ロンは、まるで厨房を記憶せよと命令されたかのようにじっと見回したし、ハーマイオニーの目は、ハリーとルーピンの間を目まぐるしく往ったり来たりした

「君にはわかっていない」

しばらくして、やっとルーピンが口を開いた

「それじゃ、わからせてください」

ハリーが言った

ルーピンはごくりと生唾を呑んだ

「私はーー私はトンクスと結婚するという、重大な過ちを犯した。自分の良識に逆らう結婚だった。それ以来、ずっと後悔してきた」

「そうですか」

ハリーが言った

「それじゃ、トンクスも子どもも棄てて、僕達と一緒に逃亡するというわけですね」

ハリーは一瞬、頭の中に、身籠っていたのに死を選んだ彼女の姿が過ぎった
その時の姿を見たわけではない
だが、想像はできる

ハリーだってわかっている
分霊箱の影響で思考が悪い方にばかりいっていた時と違い、頭の中では彼女が本当は裏切ってはいないかもしれない、ということくらい

そんなことを考えたハリーの向かい側で、ルーピンはぱっと立ち上がり、椅子が後ろにひっくり返った

ハリーを睨み付ける目のあまりの激しさに、ハリーはルーピンの顔に初めて狼の影を見た

「わからないのか!妻にも、まだ生まれていない子どもにも、私が何をしてしまったか!トンクスと結婚すべきではなかった。私はあれを、世間の除け者にしてしまった!」

ルーピンは倒した椅子を蹴り付けた

「君は、私が騎士団の中にいるか、ホグワーツでダンブルドアの庇護下にあった姿しか見てはいない!魔法界の大多数の者が、私のような生き物をどんな目で見るか、君は知らないんだ!私が背負っている病がわかると、連中はほとんど口もきいてくれない!私が何をしてしまったのか、わからないのか?トンクスの家族でさえ、私達の結婚には嫌悪感を持ったんだ!一人娘を狼人間に嫁がせたい親がどこにいる?それに子どもはーー子どもはーー」

ルーピンは自分の髪を両手で鷲掴みにし、発狂せんばかりだった

「私の仲間は、普通は子どもを作らない!私と同じになる!そうに違いないーーそれを知りながら、罪もない子どもにこんな私の状態を受け継がせるん危険を冒した自分が許せない!もしも奇跡が起こって、子どもが私のようにならないとしたら、その子には父親がいない方がいい。自分が恥に思うような父親は、いないほうが百倍もいい!」

「リーマス!」

ハーマイオニーが目に涙を浮かべて、小声で言った

「そんなことを言わないでーーあなたのことを恥に思う子どもなんて、いるはずがないでしょう?」

「へえ、ハーマイオニー、そうかな」

ハリーが言った

「僕ならとても恥ずかしいと思うだろうな」

ハリーは、自分の怒りがどこから来ているものか分からなかったが、その怒りがハリーを立ち上がらせた
ルーピンは、ハリーに殴られたような顔になった

「新しい体制が、マグル生まれを悪だと考えるなら」

ハリーの口は止まらなかった

「あの連中は、騎士団員の父親を持つ半狼人間をどうするでしょう?僕の父は母と僕を守ろうとして死んだ…(彼女だって…)…それなのに、その父があなたに、子どもを棄てて僕達と一緒に冒険に出かけろと、そう言うとでも思うんですか?」

「よくもそんなことがーーーそんなことが言えるな」

ルーピンが言い返した

「何かを望んでのことじゃないーー冒険とか個人的な栄光とかーーどこを突いたらそんなものが出てーー」

「あなたは、少し向こう見ずな気持ちになっている」

ハリーは、自分でも驚くほどの引き締めた顔で、ルーピンの顔を真っ直ぐ見据えて言った

「ハリー、やめて!」

ハーマイオニーが縋るように言ったが、ハリーは、だんだん腹が立ってきて、青筋を立てたルーピンの顔を睨みつけたままだった

「僕には信じられない」

ハリーが言葉を続けた

「僕に吸魂鬼との戦い方を教えた人がーー腰抜けだったなんて」

ルーピンは杖を抜いた
あまりの速さに、ハリーは自分の杖に触れる間もなかった
バーンと大きな音と共に、ハリーは殴り倒されたように仰向けに吹っ飛ぶのを感じた
厨房の壁にぶつかり、ズルズルと床に滑り落ちた時、ハリーは、ルーピンのマントの端がドアの向こうに消えるのをちらりと目にした

「リーマス、リーマス、戻ってきて!」

ハーマイオニーが叫んだが、ルーピンは応えなかった
間もなく、玄関の扉がバタンと閉まる音が聞こえた

「ハリー!」

ハーマイオニーは泣き声だった

「あんまりだわ!」

「いくらでも言ってやる」

そう言うと、ハリーは服の埃を払いながら立ち上がった
壁にぶつかった後頭部に瘤がふくれ上がるのを感じた
無性に説明のつかない怒りが収まらず、ハリーはまだ体を震わせていた

「そんな目で僕を見るな!」

ハリーはハーマイオニーに噛み付いた

「ハーマイオニーに八つ当たりするな!」

ロンが唸るように言った

「だめーーだめよーー喧嘩しちゃダメ!」

ハーマイオニーが二人の間に割って入った

「あんなこと、ルーピンに言うべきじゃなかったぜ」

ロンがハリーに言った

「身から出た錆だ」

ハリーは厨房の冷たい石床見つめた
心には、バラバラなイメージが目まぐるしく出入りしていた

宙に浮くダンブルドアの折れ曲がった体、それを冷たく見下して、涙を流す月明かりに照らされた彼女の横顔、そして、緑の閃光と母親の叫び声、哀れみを請う声……

「親は……」

ハリーは言った

「子どもから離れるべきじゃない。でもーーでも、どうしてもというときだけは……」

「ハリー…」

ハーマイオニーが慰めるように手を伸ばした
しかし、ハリーはその手を振り払って、ハーマイオニーの作り出した火を見つめながら、暖炉のほうに歩いた

一度この暖炉の中からルーピンと話をしたことがある
父親のことで確信が持てなくなった時だ
ルーピンはハリーを慰めてくれた
今は、ルーピンが苦しんでいる
蒼白な顔が、ハリーの目の前をぐるぐると回っているような気がした

ハリーはふと、自分の父親のことで彼女が言っていたことを思い出した

あれは…シリウスの無実を証明した時だった
シリウスが何故、冷たく突き放すのか聞いた

その時、彼女は言った




ーーー「嫌いではありませんよ。私は元来ポッターや貴方の様な幼稚なことをする人が苦手なんです」ーーー






ーーー「人の話を聞かず、自分がすることが正しいと思って、いつも人を巻き込む人が。皆が皆、貴方達のような人ばかりじゃないの。シリウス兄様。自分の正義感や価値観を押し付けないで」ーーー




もう分かっている
自分の父親は、スネイプを虐めていた
シリウスは妹に手を挙げていた
ハリーを守り、当たり前だが、決して闇の魔術に染まらなかった強い人だ
だが、立派な人ではなかった

自分が、スネイプの閉心術の授業で言い返したことは、間違いだった




ーー「父さんは立派な人だった!」ーー






ーー「お前の父親は卑劣だった!」ーー




父親は、シリウスが妹に手を挙げるのを見て、止めも注意もせずに、’’笑っていた’’のだ
若いルーピンは、良くないことだと理解している顔をしていたが、何も言わなかった

若気の至りだったと、シリウスは言った

スリザリンで、闇の魔術に深い関心を示して、スネイプと仲良くする妹に、心配する気持ちはあったのだとわかっている

わかっているが…

ジェームズは、シリウスの歯痒い気持ちのそれとは違う…




これは、これだけは…どれだけ心で否定したくとも、拒絶したくとも変えようのない、変わらない事実だ
 


ハリーは、吐き気と嫌悪に包まれ、気分が悪くなった
小さな発言の積み重ねだった

自分が信じていたものが崩れ去ったあの時…

一秒毎にも積み重なる、後悔は確かに心に重くのしかかって…都合の良いようには消えてくれない

ロンもハーマイオニーも黙っている
しかし、二人が背後で見つめ合い、無言の話し合いをしえいるに違いないと感じた

振り向くと、二人は慌てて顔を背けた


「わかってるよ。ルーピンを腰抜け呼ばわりすべきじゃなかった」

「ああ、そうだとも」

ロンが即座に言った

「だけどルーピンは、そういう行動を取った」

「それでもよ…」

ハーマイオニーが言った

「わかってる」

ハリーが言った

「でも、それでルーピンがトンクスのところに戻るなら、言ったかいがあった。そうだろう?」

ハリーの声には、そうであってほしいという切実さが滲んでいた
この、自分が責められ、胸が締め付けられているいるような感覚は、ハリーの心に鈍く残った

ハーマイオニーはわかってくれたようだったが、ロンは曖昧な表情だった





静かな厨房の扉に、近づく足音が響いた
三人は反射的に杖を構えた

だが、現れたのは家主であるレギュラスだった


「仰々しいね。ついさっき、そこでルーピンと会ったよ」

薄緑のローブを脱ぎながら、厨房に入ってきて蹴られて倒れた椅子に向けて、手を翳して元に戻しながら、他の椅子に座ったレギュラス
その動作は、驚くほど普通だ

「レギュラス先生…その…ごめんなさい…」

ハーマイオニーが誤った
それは、家主に杖を向けたことになのか、人の家で騒ぎ立てたことなのか…
どちらかはわからない

だが、ハーマイオニーの謝罪に、レギュラスは緩く首を横に振った

「構わないよ。今は、皆ピリピリしているからね」

溜息を吐くように言ったレギュラスに、三人とも何も口を聞けなかった

レギュラスは、ルーピンが持ってきた、テーブルに広げられたままの『日刊預言者新聞』にちらりと目を遣り、ハリーを見た

「君達はこれからどうする気かな?」

唐突なレギュラスの質問に、三人に緊張感が走った

「先生…あの…」


数秒経った後…

何か言おうと、ハーマイオニーがぎこちなく口を開いた

「君達が、何か、しなければならないことがあるのは予想がついている」

レギュラスの言葉に、三人は驚いた顔をして顔を見合わせた

「私は、それに口出しするつもりはない。学校も、君達は来ない方がいいだろう。実際、来る気はないんだろう?」

「それは…」

ハーマイオニーは言い淀んだ
だが、ハリーは言った

「はい。僕達、学校にはいきません」

先程の動揺した様子ではなく、レギュラスの質問にしっかりと答えるように

「分かった。ハリー、しかし、ここに居ても兄さんには会えないよ。いや、来れない、という方が近いかな。兄さんが君の正式な後見人とということは割と知られている。死喰い人達がそれを知らないわけがない。だから、兄さんは他の騎士団よりも、君の居場所を知っているんじゃないかと思われて、狙われている」

ハリーは、思わず拳を強く握った
自分のせいで、シリウスが危険になっている

「ここが厳重に隠されている隠れ家だと言っても、近くに寄ることすら危険なんだ。だから、君がいくらここで待っても兄さんには会えないだろう。私は学校が始まれば戻らなければならない。ダンブルドアとの約束だからね」

「先生と…?」

「ダンブルドアは、どうやらこうなることを予想していたようだね。私には、何があってもホグワーツにいるように頼んできたよ」

レギュラスの言葉に、三人とも驚きに目を見合わせた

「さて、本題に入るが、ここに居る間に、私に何かできることはあるかな?」

真面目に問いかけたレギュラスに、ハリー、ロン、ハーマイオニーは息を呑んで、顔を見合わせた

沈黙が支配した

ハリーは、迷っていた
正直言って、今、手詰まりなのだ
魔法省に潜入しなければならないのだが、良い方法が浮かばない

三人は、確かに助けは必要だった

ハーマイオニーは、ハリーを見て、ロンもハリーを見た
ハーマイオニーも視線は、何が言いたげだった

「あの、先生。少し時間をくれますか?」

ハリーは、ルーピンの時のように最初から断ることはせずに、そう言った

それに対し、レギュラスはハリーの目をじっと見た
そして、ハリーが目を逸らさないのを確認して

「わかった。私は書斎にいる」

そう言って、レギュラスの方から立ち上がって厨房から出て行って上に上がっていった
ハリーはそれを、しっかり見届けて、念の為厨房に防音呪文をかけて、二人に向き直った

「どうするんだ?」

「ハリー、まさか、言うつもりなの?」

「いや、違う。そうじゃない」

「じゃあどうすんだ?時間をくれなんて言って…」

「レギュラス先生は、魔法省の内情に詳しい」

ハリーが意を決したように二人に言った
ハーマイオニーは、何かに気づいたようにハッとした
ロンは、いまいち理解できない様子だった

「レギュラス先生を利用するの?」

ハーマイオニーが言った
ハリーは無言で頷い

「先生は、納得してくれる。ハーマイオニー、ここ数日ずっと考えてたけど、僕達だけじゃどう頑張っても魔法省に潜入なんかできない」

「私、考えてたんだけど、いえ、今朝唐突に思いついたんだけれどーー魔法省の人間を捕まえてポリジュース薬で変身して潜入する方法があるわ」

「でも、誰に変身するにしても、その人がどの部門に勤めている、どんな人間かはわからない。疑われたら一発で終わりだ」

「確かに……運良く僕達だけで魔法省に入れたとしても、出れるとは限らないよな…」

ロンが納得したように言った

「じゃあ、レギュラス先生にはどうやって言って協力してもらうの?まさか、魔法省に潜入したいから、変身できそうな適当な人を教えてほしい、とでも言うつもり?」

「ああ」

肯定したハリーに、ハーマイオニーはあんぐり口を開けた

「どうやって納得してもらうつもり?まさか、何も説明せずに協力してもらえると思っているの?レギュラス先生の性格は知っているでしょう?」

「ああ」

ハリーは迷いなく肯定した

「ああ、よく知ってる。レギュラス先生は、僕がダンブルドアが殺された時、彼女が犯人だと言った時も、信じなかった。誰よりも妹を優先して考える人だ」

「だったらーー「ーーダンブルドアが前に言ってたんだ。『レギュラス先生は、信じることの大切さを誰よりも理解している』って。あの人の信じる人は確かに彼女だ。だけど、彼女はレギュラス先生に最後まで、僕とダンブルドアを信じるように言っていたんだ。それは、僕が本人から聞いた。矛盾してるって分かってる。でも、ここに来てからのレギュラス先生の様子を見て、信じてもいいんじゃないかと思ってる。もちろん、任務のことは話せない。だけど、こと今回の潜入に関しては、何故かレギュラス先生の力がないとやりきれないって感じるんだ。自分でもめちゃくちゃなことを言ってるのは分かってるけど……けど…」

「分かったわ。ハリー」

だんだん尻すぼみになるハリーに、ハーマイオニーが静かに、そして渋々納得したように言った

「レギュラス先生の力を借りましょう」

「まじで?でも、どうやって言うんだ?魔法省に潜入したいって言っても、絶対何のためにって聞かれるぞ?」
 
ハーマイオニーまで乗ったことで、ロンが言った

「私達が何をしに魔法省に潜入するのかは言わなくてもいいわ。ただ、どこに潜入するのか、その方法を聞けばいいの。潜入するまでの助言を請えばいいのよ」

「そんなので納得するか?」

ロンが、至極疑問とばかりに首を傾げて言った

「してもらうしかない。きっと、先生も分かってくれる」

ハリーは、静かに淡々とした、それでいて強い口調で言い切った




それから三人は、打ち合わせをしてレギュラスの書斎に向かった
部屋の前で、意を決して扉を叩いた

「入っておいで」と、許可が出たので、蛇の頭の取手を回し、先頭のハリーに続いてロンとハーマイオニーも入った

椅子に座り、書斎の机で、何やら手紙らしきものを置いたレギュラスは、眼鏡を取って置いた
話を聞く体勢に入った

三人並んで、真ん中の、レギュラスの目の前に立ったハリーが、拳を軽く握り、意を決して言った


「魔法省に潜入したいんです。先生。先生の力を貸してください」



レギュラスは、案の定、驚いた顔をした
いや、驚きを通り越して、ハリーを見る目が「正気か?」というような視線になっていた


「魔法省に?それは、また、なぜ?」

予想通りきた質問に、ハリーは答えた

「それは言えません。ただ必要なことなんです。僕達は魔法省11階に保管されている物に用があるんです」

ハリーの言葉に、レギュラスは眉を寄せて「11階といえば…歴史財産を保管してある場所だが…」と呟くように言った

「ええ、そうです。そこにどうしても潜入しないといけないんです」

ハリーは、レギュラスの困惑を断ち切らせるように言った

「……理由は言う気はないんだね?」

レギュラスの言葉に、ハリーは「すみません。言えません」と言った
その言葉に、ため息が部屋に響いた後、レギュラスはゆっくり口を開いた

「分かった。今はそれで納得しよう。魔法省の本庁舎にある11階は、重要な歴史財産を管理する保管庫がある」

切り替えたように話し始めたレギュラスに、三人とも、ひとつも聞き漏らすまいと聞く体勢になった

「はい。知っています」

「なら、その保管庫が、各部門の次官以上の役職のある者しか立ち入りを許可されないのは知っているかな?」

「「「!!」」」

三人は揃って目を見開いた

「これは魔法省の、まぁいわば暗黙の了解と言ったところだが、保管庫にはそれこそ、多くの物が保管されている。中には忌むべき恐ろしい物もだ。腕の立つ魔法使いが何重にも保護魔法と侵入者の為の呪詛を張っている。盗まれては一大事だからね。もっと言うなら、替えのきく大臣よりも厳重なセキュリティだ。保管されている物に替えはない。中には偽物を造ることもすら、できない物もあるからね」

三人は絶望した顔になった

「だが、ひとつ方法がなくはない。君達は、実に、驚異的に運がいいのかも知らないね」

「先生、その方法って…「今しがた、私の知り合いの魔法省に勤める男から、友人が招請された。と連絡があってね」

ハリーはいまいちわからなかった
それとこれが何の関係があるんだ?と思った
ロンを見ると、同じ反応で、訳がわからない様子だった

だが、ハーマイオニーは何かに気づいたような顔をしていた

「先生、もしかしてその男って…」

「察しがいいね、Msグレンジャー。そう、その男の役職は国際魔法協力部外交部門主席外交’’次官’’だ」

ハリーとロンは、そこまで言われてすぐにぴんと来た

レギュラスは続けた

「もし、その男の友人を助けられれば、次官に融通をきいてもらえるかもしれない、というわけだ」

「それじゃあ!」

「だが、容易ではない。男の友人は「マグル生まれ登録委員会」に招請され、早速だが明日、法廷で審問会が開かれる。男も友人がマグル生まれではなく、歴とした半純血の魔法使いだ。だが、いかんせん、それを証明する家系図は、暗黒時代に家ごと燃やされた時に消滅したらしい。だから証明する物がない。しかし、そこに私が証言をすれば話は変わってくる」

「!では、先生が…」

ハリーはひと筋の希望を見出したように言いかけた
それに、レギュラスが続けるように言った

「元々、証人となるつもりではあった。疑心暗鬼が広がる今の魔法省の中でも、その次官はあまり差別意識を持たないまともな男だからね。騎士団のメンバーではないが」

三人は目を見張った
そんな人間が魔法省にいたのか?と
てっきり、魔法省の人間は全員、抑圧され、傀儡のような状態なのかと思っていたからだ

「聞かせてほしいんだが、当初、私に協力を頼む前に君達に考えがなかったわけではないんだろう?聞かせてくれないか?」

「え、あー…はい。ポリジュース薬を使って魔法省に勤める人間に化て潜入しようかと…」

ハリーは答えた
レギュラスはそれに、指でとんとんと机を叩いて考える仕草をした

「成る程ーーいい手段ではある。だが、化ける人間を誤れば、下手をすれば逮捕される」

その言葉に、三人は軽く戦慄した
その可能性はすっぽり頭から抜けていた

「いくつか、思いつく手はあるが……そうだな。化ける人間はこちらで指定するからポリジュース薬を使う方向でいこう。その代わり、私が教えるその人間の特徴を覚えるんだ。明日、会う次官は鋭い男だ。観察眼があるから少しでも普段と違うことや発言をしてしまえばバレると思いなさい」

気を引き締めるように、少し厳しい顔つきで真面目に言ったレギュラスに、三人は僅かに肩を震わせて緊張した




そして、明日になるまで、三人は化ける人間のプロフィールと、経歴、普段の話し方を全て頭に叩きこまそれた
ハーマイオニーはすぐ覚えたが、ロンとハリーは今ひとつだった

教えるレギュラスの様子は、いつかホグワーツの授業で課題を課す時にみた、穏やかな鬼そのものだった
正直、とても頼もしかったが、ロンとハリーは少し後悔した

翌朝、出勤する三人が化ける魔法省の人間を拉致して、髪の毛を一本頂戴した

ハリーが化けたのは、魔法法執行部のアルバート・ランコーン
痛い変身が終わると、ハリーは一メートル八十センチ以上の背丈になっていた
筋骨隆々の両腕を持った、強そうな体つきである
さらにひげ面


ハーマイオニーは、魔法法執行部、魔法不適正取締局、局次長マファルダ・ホップカール
ふわふわとした白髪の魔女で、髪は夜会風にしっかり纏めてある


ロンは、魔法法執行部課長ネストール・パイプ
頭頂部が薄くなった明るい茶髪の、細くもないが、肥ってもいない眉毛が特徴的な男である


レギュラスから教えられたもので、魔法省に入るために必要な『M.O.M』と刻印された金色のコインを、三人はしっかりと持った

この人選は、レギュラスのおかけで、できるだけ一緒に行動しても不自然でなく、明日、法廷に降りる予定の人間を厳選したとのことだった

拉致した本物達は、拘束して倉庫に放置した
出発する前に、レギュラスは言った

「いいかい、君達は自分達が最重要指名手配されている人間だと忘れてはいけない。どれだけ許せないと思うことを、見ても、聞いても、素知らぬフリをしなさい。話を合わせなさなさい。わかったね?」

三人とも、特にハリーはグッと奥歯を噛み締めて頷いた
わかっている
もし、バレるようなことがあれば、協力してくれたレギュラスを巻き込むことになる

三人がしっかり頷いたのを確認して、四人は路地に出た
混み合った歩道を五十メートルほど歩くと、先端が矢尻の形をした杭の立ち並ぶ、黒い手すりのついた階段が二つ並んでいて、片方の階段には男、もう片方には女と表示してあった

「それじゃ、またあとで」

ハーマイオニーがピリピリしながらそう言うと、よぼよぼと「女」のほうの階段を下りて行った

ハリーとロンは、自分達と同じく変な服装の男達に混じって階段を降りた
下は薄汚れた白黒タイルの、ごく一般的な公衆トイレのようだった

レギュラスとは魔法省本庁舎8階のエントランスホールで落ち合うと約束しているので、三人は別々で行く

「やあ、ネストール!」

やはり濃紺のローブを来た魔法使いが呼びかけた
トイレのドアのスロットに、金色のコインを差し込んで入ろうとしている

「まったく、付き合いきれないね、え?仕事に行くのにこんな方法を強制されるなんて!お偉い連中は、いったい誰が現れるのを待ってるんだ?ハリー・ポッターか?」

魔法使いは、自分のジョークで大笑いした
ロンは、レギュラスに叩き込まれた通りのネストール・パイプの喋り方や性格を思い出して答えた

「ああ。全くこんな方法、魔法使いにとっての侮辱とも言えるさ」

ロンは、言いたくもないことをグッと堪えて顔には出さずに、付き合い笑いをした

「ああ、そうだ!そうだとも!君もそう言うと思った!ったく、けしからん!」

魔法使いは、賛同を得て満足だとばかりに揚々と小部屋に入って行った

それから、ロンとハリーは、隣り合わせの小部屋に入った
屈んで下の隙間から右隣の小部屋を見ると、ちょうどブーツを履いた両足が、トイレの便器に入り込むところだった
左を覗くと、ロンの目がこっちを見てパチクリしていた

「流して入るんだ」

ハリーは、便器を見た

「う゛ぇ゛ぇ〜って感じだけど…」

囁くようにそう言うと、ロンの頭は消えた
ハリーは、ひどく滑稽に感じながら便器の中に入った

それが正しいやり方だと、すぐにわかった
一見水の中に立っているようだが、靴も足もローブも、全く濡れていない
ハリーは手を伸ばして、上から下がっているチェーンをぐいっと引いた

次の瞬間、ハリーは短いトンネルを滑り下りて、魔法省の暖炉の中に出た
ハリーはもたもたと立ち上がった

扱い慣れた自分の体よりも、ずっと(かさ)が大きいせいだ
広大なアトリウムは、ハリーの記憶にあるものより暗かった
以前は、ホールの中央を占める金色の噴水が、磨き上げられ木の床や壁にチラチラ光を投げかけていたが、今は、黒い石造りの巨大な像がその場を圧している
かなり威嚇的だ
見事な装飾を施して玉座に、魔法使いと魔女の像が座り、足元の暖炉に転がり出ている職員達を見下ろしている
像の台座には、高さ三十センチほどの文字がいくつか刻み込まれていた






【魔法は力なり】





ハリーは、両足に後ろから強烈な一撃を食らった
次の魔法使いが暖炉から飛び出してきてぶつかったのだ

「どけよ、ぐずぐずーーあ、すまん、ランコーン!」

禿げた魔法使いは、明らかに恐れを成した様子であたふたと行ってしまった
ハリーは、自分が成りすましているアルバート・ランコーンについてのレギュラスに教えられたことを思い出した

「シーーッ!」

声のする方を振り向くと、か細い魔女と魔法執行部の頭頂部が薄くなった明るい茶髪の中年の魔法使いが、像の横に立って合図しているのが見えた
ロンは緊張しているのか、少し挙動不審だが、ハーマイオニーは強張った顔をしているが、背筋を伸ばして、見る限り違和感なく立っている
ハリーは急いで二人のそばに行った

「うまくいったのね?」

ハーマイオニーが、小声でハリーに話しかけた

「いーや、ハ…ランコーンはまだ雪隠詰め(せっちんづ)だ」

ロンが危うくハリーと言い掛けたのを、できるだけ自然に言い直した

「冗談言ってる場合じゃないわ……これ、酷いと思わない?」

ハーマイオニーが、像を睨んでいるハリーに言った

「何に腰掛けているか、見た?」

よくよく見ると、装飾的な彫刻を施した玉座と見えたのは、折り重なった人間の姿だった
何百何千という裸の男女や子どもが、どれもこれもかなり間の抜けた醜い顔で、捻じ曲げられ、押しつぶされながら、見事なローブを着た魔法使いと魔女の重みを支えていた

「マグル達よ」

ハーマイオニーが囁いた

「これが…相応しい場所というわけね…」

ハーマイオニーの声色には隠しこれない嫌悪と恐怖があったのを、ハリーは感じた
この後は、計画通り、三人は、ホールの奥にある黄金の門に向かう魔法使いたちの流れに加わり、三人は門を潜り、少し小さめのホールに出た
そこは、二十基のエレベーターが並び、それぞれの金の格子の前に行列ができていた
一番近い列に並び、三人がエレベーターに乗った途端、鉄格子が閉まりかける時に、それを抑えて三人に近づいてきた男がいた

「パイプ!」

ハリーの胃袋がひっくり返った
死喰い人の一人が目の前まできていた

脇にいた魔法省の職員達は、みな目を伏せて黙り込んだ
恐怖が波のように伝わるのを、ハリーは感じた
(けだもの)がかった険悪な顔は、豪華な金糸の縫い取りのある、流れるようなローブといかにも不釣り合いだった
エレベーターの前にいた誰かが、「おはよう、ヤックスリー!」とへつらうように挨拶をしたが、ヤックスリーは無視した

「魔法法執行部に、早急に’’リスト’’を送れといったが、まだ凍結されたままだぞ」

ロンは緊張でどうにかなりそうだった
頭が真っ白になり、レギュラスから事前に教えられていたパイプのことがすっかり頭から抜けた

「か…解凍したらどうかな?」

やっとのことで口から絞り出た言葉に、ロンは自分で終わった、と思った

だが、ヤックスリーは目を剥いた
そして、永遠にも感じられる数秒後…
ヤックスリーは愉快げに口の端を上げて言った

「’’解凍’’か。ーーいいだろう。あと一日だ。それ以上は待たん。行け」

そう言って、ヤックスリーは奥にいたランコーンに、にやりと笑いを見せて、鉄格子に掛けていた手を離して踵を返して行った

三人は、緊張で溜めていた唾を飲んで見送った
同時に、格子がガチャンと締まり、エレベーターが後ろに勢いよく動き、三人は吊り革を持ちながら、揺られた

「の、乗り切ったんだよね?」

ロンが恐々と言った

「ああ、ぎりぎり…」

ハリーが息を詰まらせるように言った
その後、上下前後に動くエレベーターが止まったのは、地下四階、魔法生物規制管理部、地下二階、魔法法執行部であった

そして、三人は法廷に降りるために乗り続けた
その時、エレベーターは一階で止まった


「一階でございます。魔法大臣ならびに次官室がございます」

無機質な声だけの案内嬢の音が響き、鉄格子が開いた途端、三人は息を呑んだ
格子の向こうに、立っている四人の姿があった

そのうち二人は、何やら話し込んでいる
一人は黒と金色の豪華なローブを着た髪の長い魔法使い、もう一人は、クリップボードを胸元にしっかり抱え、短い髪にビロードのリボンを着けた、ガマガエルのような顔のずんぐりした魔女だった

「ああ、マファルダ!」

ハーマイオニーに気づいたアンブリッジが、まるで女の子ような耳障りな高い声で言った

「トラバースに呼ばれたの?そ。行きましょう」

と、答えてもいないのに一人で納得したアンブリッジに、ハーマイオニーは固まった
すると、アンブリッジは、黒と金色のローブの魔法使いに話しかけた

「大臣、これであの問題は解決ですわ。マファルダに記録係をやってもらえるなら、すぐにでも始められますわよ」

アンブリッジはクリップボード目を通した

「今日は十人ですわ。その中に魔法省には正式に属しておりませんが、外交能力の高さからずっと勧誘している者がおりますの。全く、能力を国のためではなく他国の為に使うなど、我が国の魔法使いとしてのプライドがないのでしょうか。おまけにその男の妻は東洋人だというではありませんか、情けないことですわ」

アンブリッジはエレベーターに乗り込み、ハーマイオニーの隣に立ちながら魔法大臣に言った

「能力のある人材が他国に流れるなど嘆かわしい。それに、我が国の魔法使いの血が東洋人に流れるなど、尚悪いことだ」

魔法大臣がそう言いながら、アンブリッジが「仰る通りですわ。あの男には我が国の魔法使いとしてのプライドがないようです。一人娘は非常に従順だったというのに」と、きんきんする声で言った

ハリーもロンも、無意識な怒りで拳を握った
ビルとフラーは国際結婚だ
そんなこと、よくあることだ

誰と恋に落ち、誰と結ばれようが、そんなことにまで口を出す権利はないというのに…

二人は、いや、ハーマイオニーも、そんな理由でこれから裁かれる男への同情を募らせた


そして、エレベーターは地下9階、神秘部で止まり、魔法大臣がふかふかの絨毯を敷いた廊下に出て、堂々と歩き去った


「そういえば、今日の審問会にはアルバートも呼ばれていたのね。ネストールもかしら?」

エレベーターが下に降りる高い声でロンに尋ねた

「ーーはい」

ロンが握った拳を隠しながら、低く答えた

「そう」

納得したように小鳥の囀りのこどく軽やかに答えたアンブリッジ























レギュラスは地下十階、ヴィゼンガモット法廷の前で、ココナッツブラウン色のローブを着た若干寝癖のある髪を持つレギュラスと同じほどの背の男と向かい合って話していた

「すまない。魔法省の人間でもない君に頼むべきではなかったんだがーー」

国際魔法協力部外交部門主席外交次官であるバーント・アンバーソンは、いつもの朗らかな明るい溌剌とした笑顔が消え失せ、明らかに気落ちしていた

「気にしないでくれ。君の友人の娘は私の生徒でもあった。とても優秀な子で、将来有望だったから良く覚えているよ。大切な一人娘が行方不明という時に、こんなことになるとは……」

「ルーディンは打ちのめされている…こんな時にっ…何故何の罪もないルーディンがこんな目にっ……今までルーディンのおかげでどれほど我が国が恩恵をっ…」

「バーント」

レギュラスは、怒れるバーントの肩に手を置いて慰めた

「君の権威を借りるのは気が引けていたんだが、ーー私は親友のためには出し惜しみはしない(たち)なんだ」

「私とて、利用されてあげる人間は選ぶ方でね」

「恩にきる」

しっかりとした、強い眼差しで言ったバーント・アンバーソンに、レギュラスは軽く頷いた

そして二人は、法廷に連行された男の元へ、身元保証の証人として出廷した
















「ルーディン・ジョセフ・ポンティ。住所はノーウォークのセリー・ミル2の7の1番地ね」

「はい」

「メルリィの父親で、東洋人サユリの夫ね」

「はい」


地下10階の法廷で降りたハリー達と、アンブリッジは、そのまま扉のない法廷に入り、中央にある被告人の席を取り囲むようにある其々の席に座った
座る際、どこに座ればいいかわからなったが、すでに着席していた他の者がネストールやアルバートを軽く呼んだので、迷わなかった

マファルダは記録係なので、裁判長であるアンブリッジのすぐ隣下である


そして、魔法省の警官によって連れてこられた男は、ダークブラウンのふわふわとした髪を流れるように軽く七三分けにした髪型が特徴の、目尻に若干の皺がある穏やかそうな男を連れてきて被告人席に座らせた

男はイギリス人らしい青い目で、優しげな目元にはうっすら隈が浮かんでいた
ハリーは、なんとなく、その隈はいつもあるものではないだろうと思った

そうして始まった尋問に、ハリー、ロン、ハーマイオニーは目をひん剥く勢いで驚くどころではなかった
一瞬呼吸が止まったような心地さえした


「あなたが魔法省に着いた際、杖を取り上げました。これが、その杖ね?」

「はい。私の杖です」

アンブリッジを見上げて、耳に心地よい渋いテノールの声で淡々と答えるポンティと呼ばれた男に、ハリーは落ち着かない気持ちになった
ロンと顔を見合わせたが、分からないとばかりに首を振られる

「この杖を、どの魔女、または魔法使いから奪ったんですか?」

「私は奪ってなどいません。それは私が十一歳の時、オリバンダーの店で両親に買っていただいたものです。私の杖です」

「嘘おっしゃい。杖は魔女や魔法使いしか選びません。あなたは魔法使いではないわ」

「私は魔法使いです。両親も魔法使いでした」

「ですが、あなたには血統を証明するための家系図がありません。それは、どう説明するの?」

「我がポンティ家の家系図は、先の暗黒時代に巻き込まれ、家が全焼した際に消滅したのです。これは先に魔法法執行部に何度も説明しました」

「嘘を言っても誤魔化されませんわ。あなたの家系は、元はマグル。そしてその事実を隠し、魔法省からの追求を逃れようと東洋人の魔女と結婚したのではなくて?その証拠に、この国におけるあなたの婚姻届はつい昨年提出されたばかりです」

「この国で婚姻届を昨年提出したのは、妻が子どもに国籍を選ばせる選択肢を与えたいと言ったからですっ。それに、私は妻とそんな理由で結婚したわけではないっ」

声を詰まらせたように言うポンティに、アンブリッジは鼻で笑った

「後になってからはどうとでも言えますわ。ルーディン・ジョセフ・ポンティ。ここに、魔法省が調査したあなたの家の家系図があります。あなたの父親はマグルの女から生まれた、その妻はマグルであるという証拠があります」

その瞬間、法廷の空気が一気に凍った

「なっ…私の両親はイングランド生まれの魔法使いだっ。何をもってそんな捏造した証拠をっ…魔法省がこんなことをして許されるのか?」

「お黙りなさい!」

ヒステリックな声でアンブリッジが、声を上げるルーディンに言った

だが、そこに溌剌とした声が響いた

「失礼ながら裁判長、あなたに彼を尋問する権限はありません」

法廷にいた全員が振り向くと、そこには寝癖で少し跳ねた明るい茶髪を持った、ココナッツブラウン色のローブを着た男が、被告人席に座っているルーディンの肩に手を置き、寄り添うように立っていた

「国際魔法協力部の主席外交次官が何の用かしら?ここはあなたの管轄外ですわよ。いくら特権を持っていても、越権行為は許されませんわよ?(わたくし)が寛大なうちに出て行ったほうがいいわ」

「それはできませんね。何しろ今あなたが嫌疑をかけておられる彼は、’’日本魔法省が特権を許している重要人物’’でもあるのですから」

「!」

アンブリッジが怒りで真っ赤に染まったような顔になった
だが、反論する隙を作らせずその男は言った

「私達、外交部門は、日本政府に説明義務があるのですよ。いかなる理由、状況であっても彼を我が国の魔法省が身柄の拘束、または尋問、査問’’等’’をする際は、まず’’(主席外交次官)’’と’’私達(外交部門)を通して、日本魔法省に連絡し、許可を取る必要がある。と」

勝ち誇った表情で、強調と抑揚をつけながら言った男に、アンブリッジは今すぐにでもヒステリックに叫び出しそうな真っ赤な顔で卓の上で拳を握りしめた

「次官の組織する委員会に口出しは致しません。ですが、我が外交部門は国内での取り締まりをする次官とは、背負っているものが違います。国同士の外交に関わる問題に、次官が責任を取ることができますでしょうか?」

「っ!」

アンブリッジは何も言い返せないようだった
ハリーは、場違いながらもいきなり現れた男が、アンブリッジに反論の隙さえ与えず論破していることに賞賛を送った

「国同士の条約または取り決めは、国内の政令、または政策その他全てに関わる取り決めに優先されます。これは国際魔法協力推進法に明確に明記されています。よって、あなたに彼を取り調べる権利はない」

「それなら(わたくし)も存じ上げておりますわ。ですが、それは例外的な場合は適用されませんわ。いくら国際魔法法等があったとしても、国内における魔法犯罪の取り締まりを妨害する権利はありません。聞いていらっしゃらなかったようですので、教えて差し上げます。その者の両親はマグル。つまり、我々から魔法力を盗んだ’’盗人’’です。つまり、その場合、いくら他国の魔法省が擁護下にある者であっても、それが魔法界全体に害を及ぼすことが明白な場合、かかる脅威を退けるため、必要となる越権に関しては許される。と国際魔法犯罪取締法に明記されておりますわ」

「その法律なら私も存じ上げております。ですが次官、それは少なくとも二国以上の国に’’現状、実害が及んでいる場合にのみ’’適用されるものです。つまり、今回のケースには適用されません。『マグル生まれ登録委員会』の政策の本質は、魔法界への実害を未然に防ぐ、という方針でしたね」

アンブリッジはぐうの音も出ないような様子だった
ハリーは、自分のことではないのに、まるでクィディッチの試合を観ているような興奮を覚えた
ロンも緊張を忘れて、驚きと意気揚々とした目をしている
あのハーマイオニーでも驚いているような様子だった
きっと、外交に関してはハーマイオニーでも知らないことだったのだろう

「ーーっですが、アンバーソン。この者は紛れもなくイギリス国籍を有します。つまり、いくら他国籍を有していようと、我が国に在住している限り、あらゆる権利と義務の対象となります。それに、その者が『血統書』を発行されていないのは事実ですわ。それを止める権利は、いくら特権を有している者であっても、止める権利はないですわ」

アンブリッジが、なおも食い下がり、これでは反論できないというように、男、アンバーソンをふんすと鼻の穴を広げて見下ろした

流石のアンバーソンも、それに関しては口出しできないのか、アンブリッジを睨んだまま黙った

ハリーも、先程の興奮が急速に冷えていき、もうだめか…と思われたその時…
聞き覚えのある声が響いた

「それに関しては、私が保証致しましょう。次官」

再び、法廷の狭い入り口通路から現れたのは、上等な薄緑のローブを着た、ハリー達の見慣れた顔…

その人物を視認した途端、法廷内に「…ブラックだ…」「なぜブラック家の…」「当主が何の用だ…」というひそひそとした声が響いた

ハリーはその言葉に「当主?」と疑問が浮かんだ
自分が知っている限り、当主はシリウスだ
だが、ひそひそと話す声からは、確かにレギュラスが当主だと言っている

「あら、ブラック家の者が何の用かしら?」

アンブリッジが苛立たしげに言った

「なに、そこにいる男、ルーディン・ジョセフ・ポンティの証人として来ただけだ」

「証人ですって?ははっ。そんなもの許可した覚えも、聞いた覚えもございませんわ」

「まさか、’’誇り高きブラック家’’に、それも、’’当主’’であるこの私に、許可を求めるのですか?ここにいる者に聞いてみよう。私が証人として出廷することに異議のある者は?」

いつもより数段低く、冷え冷えとしたレギュラスの鋭い声に、法廷にいたアンブリッジ以外の魔女、魔法使いが顔を見合わせて、ばつが悪そうに押し黙った

「ないようだ。では、次官。始めましょう」




「詰まるところ、ポンティ家は、家系図がないため、証明できないため『血統書』を発行されない。そのため、マグル生まれかどうか判断できない、という訳ですか?」

「その判断でしたら既に終わりました。Mrブラック。この者がマグル生まれであることは、既に証明されています」

アンブリッジはそう言って、捏造した家系図を被告人の前に立っているレギュラスに向かって見せた

「失礼。拝見しても?」

そう言って、レギュラスはアンブリッジから渡されたその家系図を見た
そして、数秒、確認するように隅から隅まで目を通した

そして、顔を上げて羊皮紙を持った腕を下ろし、アンブリッジを見上げて言った

「おかしいですね。ここに記載されている祖父母含め以前の名前の殆どが、我がブラック一族と交流のあった純血一族の家系の名簿の記録と同姓同名の人物なのですが?」

その言葉で、法廷が騒ついた
アンブリッジは、余裕だった表情が崩れ、目を見開いた

「ここには、サンダース・ジョセフ・ポンティ。ルーディン・ジョセフ・ポンティの祖父にあたるこの男性はマグルで、その妻、つまり祖母、メリアッドット・ユスリーヌ・レユニオンもマグル生まれであり、その二人の間に生まれたその息子、ティグリス・ジョセフ・ポンティは、同じくマグルの女性、リコリス・ヘレン・ウィルゲンと結婚し、彼を生んだと」

「ええ。そうです。何か間違いがありまして?魔法省の調査を疑うのですか?」

アンブリッジは、平静を装ってレギュラスを睨みながら聞いた
ハリーは、アンブリッジの声が震えているのがわかった

「疑うわけではありません次官。ですが、我が一族は知って通り、断固とした純血至上主義の家系でしてね。昔より我が一族と付き合いのある家系の名簿及び、家系図は純血の証明として我が家の記録に残す慣習がありましてね。ここに、我が家に残る、付き合いのあった純血一族の中のひとつの家の家系図がございます。ここには、先程次官から見せていただいた者達の祖父母含め以前の者の同姓同名の名前があります。いずれも、聖28一族に名のある一族ではありませんが、由緒ある純血一族です」

レギュラスが懐に手を入れ、そっと出した羊皮紙を、近くに座っている査問委員に渡した

恐る恐る、震える手でそれを受け取った老いた魔法使いは、古びた羊皮紙に目を通すと目玉をひん剥かんばかりなった
真っ白な表情は、今にも後ろに倒れそうな様子だ

「じっ、次官」

老人は慌てて、アンブリッジにその羊皮紙を渡し、それを乱暴に受け取ったアンブリッジは目を通して手をわなわな震わせて、怒りに噴火しそうなほど顔を真っ赤にした

羊皮紙を卓に置いて、レギュラスを睨みつけた

「次官。私は事を荒立てるつもりも、責めるつもりはありませんよ。魔法省の調査の’’失態’’に目を瞑る代わりに、ここはお互い穏便に収めましょう。起動し始めたばかりの委員会に’’このような’’不祥事があったのでは、次官が押し進める政策もスムーズ、というわけにもいかないでしょうし、お互い、今回の件では妥当なところで手を引きましょう」

アンブリッジは今にも発狂して叫び出しそうな顔だった
ルーディンは、終始、困惑した顔をしている
アンバーソンとレギュラスはアンブリッジを見上げ、実質決まったような処分に、決断を迫るように視線で迫った
法廷にいる者達も、アンブリッジに対してここは手をひきましょう、と視線で訴えかけている
あまりにも分が悪すぎる

「〜〜っ…いいでしょうっ…ルーディン・ジョセフ・ポンティ。あなたがマグル生まれでないことをここに認め、後程、魔法省から『血統書』を発行致しますっ」

怒りを抑えるように、震える声で言ったアンブリッジに、ルーディンは驚いた表情をした

ハリー、ロン、ハーマイオニーは柄にもなくほっとした 
法廷での様子を最初から最後まで見ていたヤックスリーは、アンバーソンと杖を返されたポンティが法廷から出る直前、一緒に出ようとしたレギュラスに話しかけた

「どういう風の吹き回しだ?レギュラス」

「純血一族の血が淘汰されるのは、惜しい。それでは納得できませんか?」

「はっ。俺の記憶が正しければ、お前は両親ほど純血至上主義でなかったと思うが?」

「言葉に慎め。我がブラック家と君の家では、家格も、歴史も’’血の濃さ’’も違う」

感情すらない怜悧な表情と声色でそう断じた
穏やかで知られるレギュラスの一面に、ヤックスリーは不覚にも冷や汗を流した

そして、忌々しげに言った

「ッ…覚えておけよ。いつまでもブラック家が王族だと思っているならば大間違いだ。ふんっ」

先程のまでの冷や汗が僅かに滲んだ様子とは違い、最後に鼻で笑うように得意げな顔になったヤックスリーに、レギュラスは眉を寄せてその背中を見た


ハリーは一部聞いていたその会話に、ゾッとした
レギュラスに、必要なこととはいえ、あんな一面があるとは知りたくなかったかも知らないと

必要ならば、どんなに心に思っていなくても言葉にできる
それがレギュラスの強さでもあるのかもしれない


法廷から出て、レギュラスの目配せで、周りに誰もいないのを確認して、ハリー達は休憩室のようなこじんまりした部屋にそっと入った
ハリー達は、まず、中に入ってソファに腰掛けて項垂れる男に目がいった

「バーント…ありがとう、本当にありがとう…何とお礼を言えばいいか…」

「気にするなルーディン」

「ああ、レギュラス殿っ…この度は何とお礼を言ったらよいか…」

男がレギュラスに涙を滲ませて感謝していた

「どうか顔を上げてください。ルーディン殿」

レギュラスは労るようにルーディンに言った
顔を上げたルーディンは、情けないほど眉を下げて、涙を堪えていた
ハリーは、胸の奥がちくりと痛んだ

「ルーディン。レギュラス殿は私が助力を頼んだんだ。君が知り合いだったのは驚いたがーーメルリィか?」

「ああ。メルリィは親の贔屓目に見ても、とても優秀だった。ホグワーツではレギュラス殿には何かと目をかけてもらっていたんだ」

「そうだったのか。これで君が引き受けてくれた理由がわかった」

「彼の娘は以前に、ブラック家に滞在して私が集中講義をしたからね。とても将来有望な優秀な子だ」

「驚きだな…そこまで懇意にしていたのか…ん?待てよ。一介の教師の君が生徒を贔屓にしていいのか?」

「そこは黙認してくれると助かるよ。バーント」

「はっはっ。わかったわかった。今回はそれで助けられたからな。ーーにしても、なぜ突然ルーディンがあの女に目をつけられた?」

「理由はある。まだ公表はされていないが『マグル生まれ登録委員会』は、国外に魔法使いの血が流れる事、または流すような行為をしたような者も、秘密裏に取り締まる動きが始まった。そこでまず、白羽の矢が立ったのが、ルーディン殿だった」

レギュラスが言った

「なんてことだ……」

それを聞いてルーディンが信じられないようなため息を吐きながら答えた

「恐らく、君を先陣として摘発するつもりだったが、今回うまくいかなったから腹いせに今後は益々力を入れるだろう。ルーディン殿を助けられたのは外交特権が個人付与されていたお陰だな」

「私個人というより、妻の実家のおかげだ…妻は日本でいうレギュラス殿家のようなところでね」

「これは驚いた。純血なのかな?」

レギュラスが聞いた

「まあ、日本での呼称は少し違ったが、そういう類の血筋なのは間違いないですね。妻自身は実家を毛嫌いしているから私の姓を名乗り、こちらに移住してきたが……それが裏目に出てしまった…ーー私への逆恨みで、妻に白羽の矢が立だたりすることがないと思いたい…」

「いや、それは無用な心配だな」

バーントが確信したように言った

「なぜだ?」

レギュラスが聞いた

「ルーディンの妻のサユリの実家の存在だ。サユリはポンティに嫁いだが、実質日本では婿扱いのルーディンは、サユリの家の姓を名乗る事を許されている。その家がまあ、複雑なんだが、簡単に言えば、ルーディンに日本魔法省が庇護する特権を与えた大元なんだ。下手にそこの娘をこちらが連行して罪にでも問えば外交問題どころじゃ済まなくなる」

「それは…また凄いね…」

「それに、妻は日本に置いてきたんだ…絶対に娘を連れて帰ると…っ…約束して置いてきたっ」


部屋の隅にいたハリー、ロン、ハーマイオニー複雑な顔になった
彼女はもう……

間違っても目の前の父親には言えなかった


「ああ。わかってるルーディン。大丈夫だ。君の娘はきっと生きているさ」

バーントがルーディンの肩に手を置いて軽く揺すり慰めた

「私は、ホグワーツが始まれば戻らなければならない。そうなれば今回のようなことが起こってもすぐ駆けつけられない。Msポンティのことも、ホグワーツに来ていれば君にすぐ連絡しよう。だから、君はあまり出歩かないようにするんだ。私が釘を刺したからないと思うが、もし今後、魔法省から呼び出しがあっても、まずはバーントに確認するんだ。ただ通常の連絡手段は控えた方がいい。監視されている可能性もあるからね」

「何から何までありがとうレギュラス殿。本当に感謝する」

ルーディンが涙ながらにレギュラスに向かって頭を下げて礼を言った
慣れない感謝のされ方に、レギュラスは少し困惑したようだった

「おいおいルーディン、レギュラスが驚いている。すまないな。こいつは日本のしきたりを好んでいてな」

「いや、悪い気はしない。いいしきたりだと思う。ーーでは、ルーディン、君はもう帰りなさい」

「ああ、そうさせてもらう。この恩は必ず返させてください。レギュラス殿。そしてバーント。私はいい友人を持った」

「本当に気にするな。お返しはこれが終わったらちゃんと頂くさ」

溌剌とした気持ちのいい笑顔で明るく言ったバーントに、バーントと似たようなココア色のローブを翻して、痛々しい微笑みを向けたルーディン

彼は、隅にいたハリー達のことなど目にも入らなかった様子で部屋を出て行った


そして、ルーディンが出た部屋で、バーントの笑みは消えて、ハリー達に注がれた

「何か、私に頼みがあるんだな?レギュラス」

切り替えたように、見たこともないほど真面目な、射抜くような目つきに戻ったバーントに、レギュラスはハリー達を指で手招きした

「理由は君のために言えない。単刀直入に言うが、彼らが地下11階に入れるようにしてほしい」

バーントは軽く目を見開いてハリー達に注がれていた視線をレギュラスに向けた

「正気か?」

そう言ったバーントに対して、ハリーが思わず口を開こうとした
だが、それをレギュラスが手で制した

「ああ。ーー君は何も知らない。魔法大臣付次官の覚えもいい彼らに、上の命令だと頼まれて仕方なく案内した。それが事実だ」

もう彼らが偽物だと気づいているだろうバーントに、レギュラスはそれを前提で言った

「念の為聞くが、君は自分が何をしているのかわかっているのか?」

「ああ、少なくとも、今の状態が異常だということは理解しているつもりだよ」

「君は官僚ではない」

バーントが鋭い目線で言った

「ああ」

レギュラスは真剣に頷いた

「私は官僚だ。保管庫を開けた者の名前は記録が残る」

表情を変えずにバーントは続けた

「ああ」

「いくら特権を許された外交部門であっても、無事では済まない。今まで守り抜いてきた権限を剥奪される可能性すらある。そうなれば、今現在取引している世界中の国の魔法省からの信用を地に落とすこともあり得る」

「重々承知している」

レギュラスが重く答えた

「君は、内容も、理由も明かせないことのために、魔法省の、ひいては我が国の信用を地に落とすことの手引きをしろと言っているのがわかっているのか?そして、それが他国に在籍している多くのイギリス人魔法使いの命に関わるかもしれない危険があると分かっていて?」

バーントが厳しい目つきでそう言った途端、ハリー達は自分達のしていることの重大さをやっと理解した

少しばかり軽く考えていた
敵はヴォルデモートだと、ずっと頭の焦点が絞られたように思い込みに囚われていた
なぜ、皆、友人や家族が連行されるのに黙認しているのか…

だが、魔法省に潜入して、今ここで理解した三人
ひとりひとりには、守るべきものがある
守るべき人がいる
それを理解していなかったのだ
この主席外交次官バーントという男は、国外にいるイギリス人魔法使い、引いては魔女を守るべき義務があり、またその視野は常に国内ではなく、他国も含めた自国が基準となっている

そんな男に、国内が乱れる中、必死に守り抜いているものを犠牲にさせるかもしれないのだ

ハリー、ロン、ハーマイオニーはあまりの事の規模と重大さに息を呑んだ
今のハーマイオニーにとっては、どちらも選べない正義だった

上を目指すものなら誰だってその問題に直面する


ーー最大多数の最大幸福ーー


少数を犠牲にしても、守らなければならないものが時にはある
その判断をしなければならない時が必要になる
自分達は今、その決断を彼に迫っているのだと
直接関わったわけでもない罪の意識が全身にひどく重くのしかかり、床に足が沈み込みそうな感覚に陥る三人

そんな時…

「それでもだ」

レギュラスの強い口調が響いた


バーントの眉間に深い皺が刻まれて、沈黙が降りた

数秒…数分待つ

バーントは口を開かない

ハリーはもう、言わずにはいられなかった


「あのっ!」

「なんだ」

バーントは冷え冷えとした声で返した

「お願いしますっ。アンバーソンさんっ。あなたは先程、友人を助けるためにご自分の職さえ賭けようとされたっ。そんな人がっ…今の魔法省の状態に何も思っているとは思えませんっ…僕達を案内してくださいっ…お願いです」

ハリーは、勢いよく頭を下げた
なぜそうしたのかはわからない
だが、なぜかそうすべきだと思ったのだ

釣られてロンとハーマイオニーも、頭を下げ出した

「お願いしますっ」

「アンバーソンさんっ、お願いします」

ロンとハーマイオニーが続いて言った

「君達…」

レギュラスが呆れたように呟いた

バーントは黙ったまま…

「………頭は、そう簡単に下げるものではない。君達にプライドはないのか」

「プライドよりも大事なものがあるんですっ…」

ハリーは切羽詰まったように言った

「大事な人の命が掛かっているんですっ…助けるためならプライドなんていりませんっ」

今度はロンが言った

「お願いですっ…アンバーソンさん。私達はもう何も失いたくないんですっ」

ハーマイオニーが涙声で言った
何かを思い出しているんだろう

「すまないね。バーント…」

「いや…いい。ーーーー私は’’何も聞いていないし、見ていない’’。あのランコーンと、執行部課長、しかも取締局次局長が、他人に頭を下げる、なんて鳥肌が立ちそうな姿など」

吐き捨てるように言ったその言葉に、ハリー達はばっと顔を上げて、お互い顔を見合わせた

「私がするのは案内だけだ。その後は自力でどうにかしろ」

そう言ったバーントに、三人は深刻に頷いた
そして、三人はひと言も喋らずバーントの跡について行った
レギュラスは、用事が終わったので、後は任せて先に魔法省から出た

そして、無機質な案内嬢のアナウンスが「地下十一階。歴史財産保管庫です」と声が響き、鉄格子が開き、バーントに続いて降りると、長い廊下の奥にアーチ状に建っている透明な格子が二重にあった
不思議な柵のよつだった
中身が透けて見える
アーチの真ん中には人が手を置けるほどの台がある

バーントがそれに手を置くと、「っ」と痛みをあげる声が響いて、手を退けた

三人は声を上げそうになった
だが、黙った

すると、バーントの血を吸収したのか、透明な格子は薄い赤に染まり、全体に行き渡り、扉が開いた

そして、ひとつめの扉をくぐると、二つ目の格子に向けて、バーントが杖を向けて振った

すると、格子の鍵がガチャリと解錠する音が響いた
バーントは三人に入るように促した

ハリーは恐る恐る足を踏み出し、二人もそれに続いた
バーントが跡に続いて入ってきて、取手のない扉が開き、異次元のように、先の見えない真っ白な空間が広がる保管庫と呼ばれるそこがその姿を表した

三人がが左右上下を見回しながら、なんだここ?本当に保管庫か?嘘をつかれたのか?と思ってしまった

すると、アンバーソンは口を開いた

「’’この保管庫は’’あらゆる捜索類の呪文が効かない。万が一のため、侵入者を迷わせるために実際の規模よりも複雑に映るようにしている’’私はもし君たちが捕まっても擁護はできない。解錠時間は五分だ。劣化で済ませておくにはそれが限界だ」

「あ、ありがとうございますっ…アンバーソンさん」

背中を向けて出て行くアンバーソンに、ハリーが言った
アンバーソンは止まらなかった

ハリー達は早速探そうと考えた
ハーマイオニーはアンバーソンに言われたことを、繰り返し考えた

「…実際の規模より…見せる…大きく…次元を変える…いえ、視覚効果のはず…」

ぶつぶつと呟き、最適解を導き出そうとしている
ハリーは焦った
リミットは僅か五分

「ハーマイオニー、何か方法はないっ?」

ハリーは、どこまでも続く異次元の空間に向かって「フィニート・インカンターテム!(呪文よ、終われ)」と唱えるが、当然ながら何の反応もない

「何かヒントくらいくれてもよかったのにさ。どうするんだ?」

ロンが唸るように恨み言を言った
ハリーは、先の見えない向こうと、ハーマイオニーをちらちら見て焦っている

「…あらゆる呪文が通じない…通じない…でもなぜ私たちは……あ」

「ハーマイオニー!」

ハリーが思わず急かすように叫んだ

「何かいいこと思いついたっ?」

ロンが切羽詰まって聞いた
その時、ハーマイオニーがハリーに向かって杖を向けて叫んだ

サルビオ・ヘクシア!(呪いを避けよ)

途端にハリーは後ろに倒れた

「ハーマイオニー!?」

ロンは思わず叫んだ
ハリーに寄って起き上がらせた

「何やってるんだハーマイオニー!?ハリーを攻撃してどうするんだ!?」

「攻撃したわけじゃないわ!ちゃんと確信があったの!ハリー、どう?何か見えない?さっきと違うことはない?」

ロンに起き上がらせてもらったハリーに、ハーマイオニーはハリーの前にしゃがみ込んで聞いた

「えっと…何だこれ…」

ハリーが壁もない向こう側を見て驚いている

「ハリー、君、変身が解けてる!」

ロンが叫んだ
だが、ハーマイオニーはハリーに答えさせるより先に叫んだ

「説明は後よ!ハリー!早く短剣を見つけきて!行って!」

ハリーは勢いよく立ち上がり、先の見えない向こうに向かって走り出した
見えないところにハリーが消えて、ロンは「ハリー!」と叫び、ハーマイオニーに向き直り、どういうことが聞いた

「呪文が効かないのは’’この保管庫’’なのよ。つまり、私達自身には呪文は効く。今、私たちの目に映るのはただの壁も何も見えない真っ白な部屋に見えるでしょう?それは、私達がこの部屋に足を踏み入れた時点で、’’この部屋から私達に’’向けて呪文がかけられたからなのよ。どんなのかは知らないわ。でも、アンバーソンは私達自身に呪文を効かないとは言わなかった。その証拠に、この部屋に入った時点で私達の変身は解けてないでしょう?つまり、そういうことよ!ハリーにかけた呪い解く、ではなく避ける呪文は、一時的に’’この部屋からハリーへ’’の呪文を解くことができる。そう言う意味でのリミットだったのよ!」

息継ぎもせずに、難解な問題が解けた時のような興奮で言い切ったハーマイオニーに、ロンは頭がこんがらがりそうだった
そんなの、絶対ハーマイオニーがいなかったら解りっこなかったことだ


物音もしない空間で、数分か、それくらい待つと、ハリーが遠くから現れた

「「ハリー!」」

汗をかきながら、ぶかぶかで合わない服を振り乱しながら必死に走ってくるハリーは二人に向けて叫んだ

「早く扉に!」

その言葉に、二人が来た扉を振り向いた
すると、扉の周りがどんどん白く染まってきている

急いで扉を押して出たロンと、ハーマイオニー、最後のロンが扉を押さえてハリーを「早く!ハリー!もっと早く!」と必死に叫んだ

白い短剣のような形の何かを持って、ハリーは必死に走った
扉に向かって

そして、もう扉が外側からも白く染まる直前、ハリーが滑り込んできて外に出られた
瞬時に見えていた後ろの扉が消えた

ロンとハリーは急いで走り、リミットで閉まってしまう鉄のゲートを潜った
最後尾を走るハリーが最後のゲートを潜った途端、格子はガチャンと音を立てて施錠され、二人はハーマイオニーが待つエレベーターに飛び乗った

エレベーター内の床の上を滑るように勢いよく入り、バランスを崩したハリーとロンはお互いの肩を持って支え、動き出したエレベーターの中で大きな息を吐いた

「ハリー、変身が解けているわ。早く透明マントを被って、暖炉から『姿くらまし』するわ。二人も私の手を離さないでね。絶対に」

ハーマイオニーが、ビーズのバックから透明マントを出してハリーにかぶせながら、地下8階のエントランスホールに着くまでに、二人に早口で言った

ハリーは自分の手にある、骨で作られた滑らかな感触の短剣…ーーエンヴァブラック・リヴィヴァロッドの短剣をしっかりと握りしめた

そして、上下左右に動いたエレベーターは止まり、無機質な案内嬢の声が響いた

「8階、アトリウムでございます」

開いた鉄格子に、ロンとハーマイオニーは僅かに俯きながら暖炉に向かって歩いた
ハリーは透明マントを被りながら二人の後について行った

早足で進み、来た時に見た【魔法は力なり】と記載された台座が見えた

だが、その時

後ろから朝にも聞いた声が響き、朝と同じ名前を呼んだ

「パイプ!」

ヤックスリーだ
不自然にならないように振り向こうとしたロンに、ハーマイオニーが待ったをかけたような顔をした

ロンもハーマイオニーの顔を見た途端、目を見開いた

変身が解けてきている

顔の表面の皮膚がぼこぼこと凹凸に動き、ハーマイオニーの綺麗な鼻のラインを顕にしていった
ロンは茶髪が赤毛へと変化していって、二人はそれを認識した瞬間、ぐん!っと何者かに強く手を引かれた

ヤックスリーかと思ったが、前を見ると透明マントを取ったハリーが二人の手を引い暖炉に向かって一直線で走っていた




ぶかぶかの服を振り乱しながら、振り向いたハリーは、すぐ後ろを追ってくるヤックスリーと目があった
ヤックスリーは、その野蛮な顔に、獲物を狙う歪な光がギラギラと光った

ハリーは、その顔を見た途端、全身に這うような嫌悪感が走った
そして、両手に握るロンとハーマイオニーの手を握りしめて、ヤックスリーの杖から飛んでくる呪いを必死に避けた

ハリーは一瞬振り向いて、机に積んである自分の顔が一面にあるお尋ね者のポスターに向かって呪文を飛ばし、散らばした

辺り中にポスターが舞う
ヤックスリーにポスターが付き纏った

逃げ惑う周りからは「ハリー・ポッターだ!」「どうしてここに!」「侵入者だ!」という声が口々聞こえ、警備員も駆けつけてきた

ハリーは、最後の一歩を大きく踏み込み、ロンとハーマイオニーの手を離さないように強く握り暖炉に飛び込んだ

ヤックスリーの呪いが、その時ハリーの頭上を掠めて飛んだ
暗闇が三人を飲み込み、ハリーはゴムバンドで締め付けられるような感覚を覚えた
しかし、何かがおかしい……握っているハーマイオニーの手が徐々に離れていく…


ハリーは窒息するのではないかと思った
息をすることもできず、何も見えない
ただロンの腕とハーマイオニーの指だけが実態のあるものだった
しかも、その指がゆっくりと離れていく……

その時、ハリーの目にグリモールド・プレイス十二番地の前にある広場が見えた
悲鳴が聞こえ、紫の閃光が走った
ハーマイオニーの手が、突然万力で締めるようにハリーの手を握り、すべてがまた暗闇に戻った
















目を開けると金色と緑が目に眩しかった
ハリーは何が起こったのかさっぱりわからず、ただ、木の葉や小枝らしきものの上に横たわっていることだけがわかった
ぺしゃんこに潰れてしまった感じのする肺に、息を吸い込もうともがきながら、ハリーは目を瞬いた
すると、眩しい輝きは、ずっと高いところにある木の葉の天蓋から射し込む光だと気づいた
何やら、顔の近くでピクピク動いているものがある
小さいながらも獰猛な生き物と顔を合わせることを覚悟しながら、ハリーは両手両膝で身を起こした
しかし、それはロンの片足だった
見回すと、ロンもハーマイオニーも森の中に横たわっている
どうやら、他の誰もいないようだ

ハリーは最初に「禁じられた森」を思い浮かべた
そして、ホグワーツの構内に三人が姿を現すのは愚かで危険だとわかってはいても、森をこっそり抜けて、ハグリッドの小屋に行くことを考えると、ほんの一瞬心が躍った
しこしその直後、低いうめき声を上げたロンの方に這っていく間に、ハリーはそこが「禁じられた森」ではないことがわかった

樹木はずっと若く、木の間隔も広がっていて地面の下草が少なかった
ロンの頭のところで、やはり這ってきたハーマイオニーと顔を合わせた
ロンを見た途端、ハリーの頭から、他のいっさいの心配事が吹き飛んでしまった
ロンの左半身は血塗れで、その顔は、落ち葉の散り敷かれた地面の上で際立って白く見えた
血の気が失せていく顔とは反対に、髪は赤い

「どうしたんだろう?」

「『ばらけ』たんだわ」

ハーマイオニーの指は、すでに血の色がいちばん濃く、いちばん濡れている袖のところを、テキパキと探っていた
ハーマイオニーがロンのシャツを破るのを、ハリーは恐ろしい思いで見つめた
「ばらけ」を何か滑稽なものだとずっとそう思っていたが、しかしこれは……

ハーマイオニーがむき出しにしたロンの二の腕を見て、ハリーは腸がザワッとした
肉がごっそり削がれている
ナイフで抉ったように
太い骨が見え隠れしている

「ハリー、急いで。私のバック。『ハナハッカのエキス』っていうラベルの小瓶っ」

「バックーーわかったー」

ハリーは急いでハーマイオニーが着地したところに行き、小さなビーズバッグをつかんで手を突っ込んだ

たちまち次々と色々な物が手に触れた
革製本の背表紙
毛糸のセーターの袖
靴のかかとーーそして、ひやりとしたひどく冷たい分霊箱の石の部分…

「早く!」

悲痛なハーマイオニーの声に、ハリーは地面に落ちていた自分の杖をつかんで、杖先の魔法のバッグに入れ、深い奥底を狙った

アクシオ!(ハナハッカよ、来い!)

小さい茶色の瓶が、バッグから飛び出してきた
ハリーはそれを捕まえて、ハーマイオニーとロンのところに急いで戻った
ロンの目は、もはやほとんど閉じられ、白目の一部が細く見えるだけだった

「気絶してるわ」

震える声で言うハーマイオニーも青ざめていた

「ハリー、栓を開けて。私、手が震えて」

ハリーは小さな瓶の栓をひねり、ハーマイオニーがそれを受け取って血の出ている傷口に三滴垂らした
緑がかった煙が上がり、それが消えた時には、ハリーの目に血が止まっているのが見えた
傷口は数日前の傷のようになり、肉が剥き出しになっていた部分に新しい皮が張っている

「わあ」

ハリーは感心した

「安全なやり方は、これだけなの……っ…本当はっ…治癒の呪文があるんだけど…今の私の状態じゃっ……も、もし失敗してロンがもっと酷い状態になってしまうのが怖くてっ…うぅ…っ…試す勇気がなかった……こんな時のためにっ…彼女は教えてくれたのにっ…私はなんて役立たずなのっ…」

ハーマイオニーは泣きながら、しゃくり上げてエキスを垂らしながら言った

「そんなっ、ーーそんなことない。ハーマイオニーほど助けになる人はいないよ…ハーマイオニーがいなかったら、僕達、きっと今頃、ここにいないよ」

ハリーは、何とからしくなく弱気になり、混乱しているハーマイオニーを慰めようとした

「…ありがとう…ハリー。ごめんなさい、取り乱して」

ハーマイオニーは、思考を振り払うようにかぶりを振った

「ロンはどうして怪我をしたんだろう?」

意識的に頭をスッキリさせ、たった今起こったことに道筋をつけようと、ハリーは頭を振った

「僕達、どうしてここにいるんだろう?グリモールド・プレイスに戻るところだと思ったのに?」

ハーマイオニーは、自分を落ち着かせるように深く息を吸った
陰りのある、泣き出しそうな顔だった

「ハリー、私達、もうあそこへは戻れないと思うわ」

「どうしてそんなーー?」

「『姿くらまし』した時、ヤックスリーが私を掴んだの。あんまり強いものだから、私、振りきれなくて、グリモールド・プレイスに着いた時、あの人はまだ強くくっ付いていた。だけどその時ーーーそうね、ヤックスリーはあのアパートを見たに違いないわ。それで、私たちがそこで停止停止すると思って、手を緩めたのよ。だからやっと振り切って、それで、私が貴方達をここに連れてきたの!」

「だけど、そしたら、あいつはどこに?待てよ……まさか、グリモールド・プレイスにいるんじゃないだろうな?あそこには、入れないだろう?」

ハーマイオニーは涙がこぼれそうな目で頷いた

「ハリー、入れると思うわ。私ーー私は『引き離しの呪い』でヤックスリーを降り離したの。でもその時にはすでに、私があの人を『忠誠の術』の保護圏内に入れてしまっていたのよ。ダンブルドアが亡くなってから、私達も『秘密の守人』だったわ。だから私が、その秘密をヤックスリーに渡してしまったことになるでしょう?」

ハリーは、ハーマイオニーの言う通りだと思った
事実を欺いても仕方がない
大きな痛手だった
ヤックスリーがあの屋敷に入れるなら、三人はもう戻ることはできない
そして、もう一つ心配事が大きく膨れ上がった

あそこには、レギュラスとクリーチャーが今も住んでいる

今の今でさえ、ヤックスリーは他の死喰い人達を「姿現し」させて、あそこに連れてきているかもしれない
あの屋敷は、確かに暗くて圧迫感はあったが、三人にとっては唯一の安全な避難場所になっていた
それに、レギュラスは先に魔法省から去った
なら、もしかしたらーーもしかしたら、今あの屋敷で、死喰い人に…

ハリーはそこまで考えて全身から血の気が引いていくのを感じた

「先生はーー先生はきっと無事だよね?…」

「分からないわ…私ーー私も最初にあそこを思い浮かべるべきじゃなかったっーーあんなにっ、あんなに良くしてくれたのに、私はなんてことをっ…」
 
ハリーは、先程からハーマイオニーが動揺しているのはそれが理由だと分かった

「ハリー、ごめんなさい。本当にごめんなさい!」

「バカ言うなよ。君のせいじゃない!誰かのせいだとしたら、僕のせいだ……」

ハリーはポケットに手を入れて、『透明マント』を取るまで握りしめていた手に入れた短剣の感触を確かめる
確かにあった

ハリーはホッとした


「ここはどこ?」

「クィディッチ・ワールドカップがあった森よ」

ハーマイオニーが言った

「どこか囲まれたところで、保護されているところが欲しかったの。それでここがーー」

「ーー最初に思いついたところだった」

ハリーが、辺りを見回しながら言葉を引き取った
林の中の空き地には、見たところ人の気配はない
しかしハリーは、ハーマイオニーが最初に思いついた場所に「姿現わし」した前回の出来事を、思い出さずにはいられなかった
あの時、死喰い人は、たった数分で三人を見つけた
あれは「開心術」だったのだろうか?
ヴォルデモートの腹心の部下が、今この瞬間にも、ハーマイオニーが二人を連れてきたこの場所を読み取っているだろうか?  

ハリーが数思考に耽っていると、「うっ…」と、消え入りそうな唸り声が聞こえた

ロンがうめいて目を開けた
顔色はまだ青く、顔は脂汗で光っていた

「気分はどう?」

ハーマイオニーが囁いた

「めちゃ悪」

ロンがかすれ声で答え、怪我をした腕の痛みで顔を顰めた

「移動したほうがいいのか?」

先程の会話が聞こえていたのか、ロンがハリーに聞いた
ロンの表情は青いながらも、ハリーと同じことを考えている様子だった

「分からないけどーー」

ロンはまだ青ざめて、じっとり汗ばんでいた
上半身を起こそうともせず、それだけよ力がないように見えた
ロンを動かすとなると、相当厄介だ

「しばらくここにいよう」

ハリーが言った

ハーマイオニーはほっとしたような顔で、すぐに立ち上がった

「どこに行くの?」

ロンが聞いた

「ここに居るなら、周りに保護呪文をかけないといけないわ」

ハーマイオニーは杖を上げて、ぶつぶつ呪文を唱えながら、ハリーとロンの周りに大きく円を描くように歩き始めた
ハリーの目には、周囲の空気に小さな乱れが生じたように見えた
ハーマイオニーが、この空き地を陽炎で覆ったような感じだった

サルビオ(呪いを)ヘクシア(避けよ)プロテゴ(万全の)……トタラム(守り)レペロ(マグルを)マグルタム(退けよ)……マフリアート(みみふさぎ)……ハリー、テントを出して頂戴…」

「テントって?」

「バッグの中よ!」

ハーマイオニーは少し苛立たし気に強く言った

「バッ……あ、そうか」

ハリーは今度は、わざわざ中を手探りせずに、最初から「呼び寄せ呪文」を使った
テント布や張り綱、ポールなどが一包みとなった大きな塊が出てきた


それから、ハーマイオニーが呪文で手早くテントを建てて、取り敢えずは、三人は中に入って暖を取るのだった…
 





















「ユ…い、いや、ナギニ殿」

長い腕と、短く刈り込んだ髪を持つ、歳のわりにがっちりとした体型が特徴的な男 
この家の子息、グリゴリー・ゴイルが、自分の屋敷のバルコニーで月明かりを見上げている、かつての同級生に話しかけた

「どうしたの」

彼女には彼に恨みはなく、ヴォルデモートのそばにいるようになってから、唯一のこちら側にいる元同級生に’’ついに’’話しかけられた
反応する様子には、ワームテール相手ほどの冷たさはなかった

長い黒髪が夜風に当てられた僅かに揺れ、憂げに軽く伏せられた睫毛に縁取られた目からは今にも涙が流れそうだった

その哀愁が漂う、だが背筋を伸ばした凛とした横姿に恐怖やら、得体の知れない動揺に支配されながら、グレゴリー・ゴイルは、彼女から一歩下がったまま口を開いた

「…学校に…行かないのか?…いや、ですか?」

何を聞かれるかと思えば、そんなことか、と思わず心が軽くなった彼女
聞きたいことが多くあるはずだろうに、ゴイルの頭の中は簡潔だった

「彼がいない時は、普通に話して構わないわ……そうね。行っても、私に居場所はもうないでしょう…ふふ」

自嘲的な虚な笑いに、ゴイルは返す言葉が頭に浮かんでこなかった

今も、あの『闇の帝王』を、気軽な知り合いか友人のような気安さで呼んだのだ

ゴイルは、彼女がこちら側だと知った時、多少なりとも困惑した

記憶にはある
優秀で、とても頭が良い、虚弱な優等生…
だから、年少の頃、ホグワーツではよく世話になった

だが、ゴイルの知る彼女のイメージと、こちら側に来て会った彼女はまるで別人だった

そして、何より恐ろしかったのが『闇の帝王』の側近くに一番いる人物で、唯一あのお方を『彼』と呼ぶことを許されている人物だということだ

死喰い人の間では、彼女について実に多くの噂が囁かれている

ゴイルは驚愕どころではなかった
恐れをなした

「聞きたいことはそれだけ?」

ゴイルが何も話さないので、彼女は軽く振り向いてゴイルに聞いた
垂れ目がちな黒いまつ毛に縁取られた目が細められている
それは、何故か哀れみに満ちていた

そう、彼女がゴイルを見る目だけは、なぜか他の死喰い人達とは違い、いつも哀れみに満ちたものだった
目が合うことは少ないが、彼女がここに、ごく稀に来るようになってから分かったことだった

「…あ…ああ、いや、はい」

言い直したゴイルに、彼女は残念そうに眉を下げた

「……結局…………か…」

ぼやくように呟かれた言葉は、夜風がさらい消えた

彼女はゆっくりゴイルの方に向いた
そして、今度は彼女が話しかけた

「ねえ、ゴイル」

「?は、はい」

彼女から話しかけたことで、ゴイルは驚いたが、失礼のないように応えた

「一度でも、殺人を犯してしまったら、その後の人生は悲惨なものよ………」

そう言った彼女の目には哀れみの滲んだものではなく、酷い吐き気を催しているような表情だった
ゴイルは、まだ「死の呪文」を使ったことはない
使おうとしたことはある
だが、まだだ

何を目的に、望んで彼女がそう言ったのか、ゴイルにはさっぱりわからなかった

ゴイルは沈黙した

「よく、覚えておきなさい」

静かな口調でそう言った彼女は、バルコニーから中に入って行った

その背中をじっと見送っていると、ゴイルは体が強張った




「’’良い子で待っていたようだな。何か変わったことはなかっただろうな?’’」



ヴォルデモート卿が、現れた
蛇のような蒼白な様相が彼女を見下ろしている

会話はしゅーしゅーとした蛇の音にしか聞こえない


「’’ないわ。この部屋は落ち着かない……早く行きましょう’’」

蛇のような彼女の声が響き、畏れ多くもヴォルデモート卿を見上げて、真っ直ぐ目を合わせている

遠くで見ているゴイルは息の仕方を忘れそうだった


すると、彼女の視線を受けてしばらく…



「’’我儘な奴だ’’」



何かを言って、彼女がヴォルデモート卿が差し出した白い手に、細く白い手を重ねた途端…

渦巻くように黒い煙となって消えた……





















「レギュラス様、あの館を……お嬢様が過ごされた…あの館を、本当に手放してよろしかったのですか?」

「……ああ……ーーすまないクリーチャー。君にとっては、オフィーとの宝物がたくさんある場所だったろうに…」

「クリーチャーめは大丈夫なのです。クリーチャーめの宝物は、お嬢様より下賜されたクリーチャーめの家に大切に保管してあるのです」

クリーチャーは、レギュラスにお茶を出しながら、胸を抑えて幸せそうに言った

レギュラスはその’’自由な’’しもべ妖精の姿を見て、力無く微笑んだ


「…そうか…(ハリー・ポッター。ーー私は君の行く末に興味はない。あの二人によく似た君を見ていると、実に腹立たしいよ……私も最近気付いたんだ…ーー私は、あの二人が大嫌いだった……その息子である君に手を貸したのは、君の’’勇敢’’な行動のせいで、どれだけの人間が巻き込まれるのか、忘れさせないためだよ)」

柔らかく微笑み、細めた目の奥で、レギュラスは凍つくような思考を静かに仕舞い込んだ…







—————————

次回、遺体への旅…



死の秘宝 〜5〜
ついに魔法省に潜入する決意をしたハリー達…
だが、それには協力が必要で…

自分達が思いもしない人達の助けを借りながら、見えていなかった現実に直面していく…
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2021年12月13日 22:18
choco

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