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死の秘宝 〜4〜

死の秘宝 〜4〜 - chocoの小説 - pixiv
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46,179文字
転生3度目の魔法界で生き抜く
死の秘宝 〜4〜
同じ彼でも、違う彼
同じ時を過ごし、言葉を交わしてきたのに、重なり合うことがない

ハリーは、無くしたものを埋めようと心で感じるものに見て見ぬふりをし続ける

分霊箱は、そこにいる者の心を蝕み続ける

破壊の方法が見つからないなか、彼女の遺体は…
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2021年12月8日 11:59

※捏造過多

—————————


ハリーの誕生日パーティーが行われた翌日、「隠れ穴」では、フラーとビルの結婚式が執り行われた
隠れ穴の側に、巨大な白いテントが建てられている
テント中は、金色の華奢な椅子が何列も並び、テントの支柱には金色の花が巻き付けられている
入口からは外に向かってバージンロードのような紫の絨毯が伸びている

夫婦の誓いをする場所の真上には、フレッドとジョージが括り付けた金色の風船の巨大な束が浮かび、テントの外の草むらや生垣の上を、蝶や蜂がのんびり飛び回っている
ハリーはパリッとした黒のスーツを少し窮屈に感じながらも、少し晴れやかな気分でテント内の会場を見回した

シリウスはアーサーと楽しそうに笑い合いながら話している
ハリーは邪魔するのもダメだと思い、シリウスに話しかけるのは遠慮した

白のテーブルクロスがかけられたテーブルに並べられたグラスは呪文で中身が注ぎ足されていく

世間では暗いことばかり起こっていて、自分も焦りでどうにかなりそうになっていたが、いざ結婚式が始まると、不思議なもので、皆が笑い合い、幸せに胸躍らせているのを見ていると、自分まで暗いことが心の底に仕舞われて、晴れやかな気分になる

そんな心地を感じていると、ハリーの後ろから「よっ」と、聞き覚えのある声がした
そこには、トンクスとルーピンがいた

トンクスの髪は、この日のためにブロンドになっていた

「昨夜はごめん」

立ったままグラスを持ち、トンクスの申し訳なさそうな顔を見たハリーは、誕生日に突然帰ったことを言っているのだと分かった

「魔法省は今、相当反人狼的になっているから、私たちがいると君のためによくない、と思ったの」

「気にしないで、わかってるから」

ハリーはトンクスよりも、むしろルーピンに対して話しかけた
ルーピンはハリーにさっと笑顔を見せたが、互いに視線を外したときにルーピンの顔がまた翳り、顔の皺に惨めさが刻まれるのに、ハリーは気づいた
ハリーにはそれが理解できなかったが、しかし、そのことを考えている暇はなかった
ハグリッドがちょっとした騒ぎを引き起こしていたからだ
フレッドの案内を誤解したハグリッドは、後方に魔法で用意されていた特別の強化拡大椅子に座らずに、普通の椅子を五席まとめて腰掛けたため、今やその辺りは金色のマッチ棒が積み重なったような有様になっていた

ウィーズリーおじさんが被害を修復し、ハグリッドが誰かれなく片っ端から謝っている間、ハリーは急いで入り口に戻った
そこにはロンがいた

しばらく、そこで二人してぼーっとしていると、ハリーの前に、飛び切り珍妙な姿の魔法使いが現れた
片目がやや斜視で、綿菓子のような白髪を肩まで伸ばし、帽子の房を鼻の前に垂れ下がらせている
着ているローブは、卵の黄身のような目がチカチカする黄色だ
首にかけた金鎖のペンダントには、三角の目玉のような奇妙な印が光っている

「ゼノフィリウス・ラブグッドです」

男はハリーに手を差し出した

「娘と二人であの丘の向こうに住んでいます。ウィーズリーご夫妻が、ご親切にも私たちを招いてくださいました。君は娘のルーナを知っていますね?」

ゼノフィリウスがロンに聞いた

「ええ」

ロンが答えた

「ご一緒じゃないんですか?」

あの子は暫く、お宅のチャーミングな庭で遊んでいますよ。庭小人に挨拶をしてましてね。素晴らしい蔓延ぶりです!あの賢い庭小人たちからどんなにいろいろ学べるかを、認識している魔法使いがいかに少ないことか!ーー学名で呼ぶならゲルヌンブリ・ガーデンシですがね!」

(うち)の庭小人は、たしかに素晴らしい悪態のつき方をたくさん知ってます」
ロンが言った

「だけど、フレッドとジョージがあいつらに教えたんだと思うけど」

ロンは、魔法戦士の一団を案内して再びテント入った
そこへルーナが走ってきた

「こんにちは、ハリー。考え事の邪魔しちゃった?瞳の中で考えが萎んでるもん」

「そんなことない。元気?ルーナ」

いつもの不思議ちゃんの発言はスルーして、朗らかに返事を返しながら、ハリーはルーナを見た
ルーナは父親と同じ、真っ黄色のローブドレスを着ていた
髪には大きなひまわりをつけて、アクセサリーにしている

「元気だよ。ついさっき庭小人に噛まれちゃった」

指を挙げて見せるルーナに、父親が反応してルーナの手を握って、指をまじまじと見た

「ああ、庭小人の唾液は役に立つ!ルーナや、もし今日突然新しい才能が芽生えるのを感じたらーーたとえば急にオペラを歌いたくなったり、マーミッシュ語で大演説したくなったらーー抑えつけるじゃないよ!ゲルヌンブリの才能を授かったかもしれない!」

ちょうどすれ違ったロンがプーッと吹き出した

「ロンは笑ってるけど、でもパパは、ゲルヌンブリの魔法について、たくさん研究したんだもン」

「そう?」

ハリーは、もうとっくに、ルーナやその父親の独特な見方には逆らうまいと決めていた
それが賢い選択だと、ものすごく自分でも理解していた

「でもその傷、ほんとに何かつけなくてもいいの?」

「あら、大丈夫だもン」

ルーナは夢見るように指を舐めながら、ハリーの上から下まで眺めて言った

「あんた素敵だよ。あたし、パパに、たいていの人はドレスローブとか着て来るだろうって言ったんだ。だけどパパは、結婚式には太陽の色を着るべきだって信じてるの。ほら、縁起がいいン。縁起って言えばね、前に赤蕪(あかかぶ)のピアスを褒められたんだ。その子の国ではね、赤蕪はね、外は赤で中は白なんだけど、赤っていうのは厄除けとかおめでたい色だから素敵だねって。それにアドバイスもくれたんだ。もう少し小さい方が耳に負担がなくていいよって。優しいよね。私、あの子好き。話が合うんだ」

ルーナが今まで見た中で一番、幸せそうなことを思い出すように頬を染めてゆらゆら体を左右を揺れながら言うので、ハリーは「そんな物好きがいたんだ」とか思ってしまった

「でも、次いつ会えるかわからないの。会いたいナ」

「大丈夫さルーナ。ルーナの赤蕪を褒めてくれた子なんだ。きっと会えるよ」

ルーナの肩に手を置いて、ゼノフィリウスが励ますように柔らかい声で言うと、ルーナも「そうだね!」とルーナが満面の笑みで返事をした

どういう理屈なのか理解できなかったハリー
微妙な顔になりながら、きっと自分は、この先も、この親子の会話の半分以上も理解できないだろうことはなんとなく分かったのだった

「そっか。君がその友達に会えるように祈ってるよ」

当たり障りのない返事をして終わりにしようと思ったハリー

だが、ルーナはパァ!と嬉しそうな顔をした
なんとなく「しまった」と思ったハリー

「そっか。あたしとあの子は友達だったんだ。そう言ってくれて嬉しい、ハリー。じゃあね。行こっかパパ?ハリーは疲れてるから、これ以上話したくない気分なんだよ。優しいから言わないけど」

朗らかに微笑んで、ハリーにまだ話したいことがあるような様子だった父親の腕を引きながら行ったルーナに、ハリーは非常に複雑な心境になった
怒るに怒れない相手とは、悪意がないだけにキツイな…と


二人が行った後、年老いた魔女に腕をがっしり掴まれたロンが再び現れた
鼻は嘴の形で、目の周りが赤く、羽根のついたピンクの帽子を被った魔女の姿は、機嫌の悪いフラミンゴのようだ

「……それにお前の髪は長すぎるぇ、ロナルド。わたしゃ、一瞬でお前の妹のジネブラと見間違えたぇ?なんとまぁ、ゼノフィリウス・ラブグッドの着ているものは何だぇ?まるでオムレツみたいじゃないか。お前さん、まさかハリー・ポッターかぇ?こりゃあ運がええ!ハリー・ポッターだぇ!」

ハリーを目に入れた途端、ミュリエルおばさんは大仰に手をあげて感動した

ハリーの手をとって握手をして「ど、どうも」と言うハリーに「こりゃあ、新聞の写真を見るほど愚かしい子でもなさそうだぇ」と、ハリーを上から下までじっとり見ながら言った

それからミュリエルおばさんは、花嫁に最高のティアラの被り方を教えてきた、やハリーのこれまでの新聞に載せられていたハリーの話などの、あまり聞きたくない話を聞いて、やっと座ってもらい離れたハリーとロン

その際、ロンは額の汗を袖で拭いながら呟くように言った

「悪夢だぜ、ミュリェルはーー以前は毎年クリスマスに来てたんだけど、ありがたいことに、フレッドとジョージが祝宴のときに、おばさんの椅子の下でクソ爆弾を破裂させたのに腹を立ててさ。親父はおばさんの遺言書から二人の名前が消されてしまうだろうって言ってるけどーーあいつら気にするもんか。最後はあの二人が、親戚の誰よりも金持ちになるぜ。そうなると思う…」

ハリーはそれを聞いて、あの双子がおばさんの椅子の下でクソ爆弾を破裂させる時の様子を思い浮かべて、少し愉快な気分になった




程なくして、ライラック色のふわっとした薄布のドレスを着たハーマイオニーが現れて、ロンが「すっごくきれいだ!」と目をパチパチさせて言い、ハーマイオニーは「意外で悪かったわね」と言いながらも、嬉しそうに頬を桃色に染めていたのをハリーは見た

その後、話の流れでミュリエルおばさんの話になり…

「あなたのミュリエルおばさんは、さっきのはそう思っていらっしゃらないみたいよ。ついさっき二階で、フラーにティアラを渡していらっしゃるところをお目にかかったわ。そしたら、『おや、まあ、これがマグル生まれの子かぇ?』ですって。それからね、『姿勢が悪い。足首がガリガリだぞぇ』」

いかにも芝居がかった様子でハーマイオニーが言った

「君への個人攻撃だと思うなよ。おばさんは誰にでも、無礼なんだから」

ロンが言った

「ミュリエルのことか?」

フレッドと一緒にテントから現れたジョージが聞いた

「まったくだ。あの老ぼれコウモリめ。はぁ〜あ、ビリウスおじさんがまだ生きてたらよかったのになぁ。結婚式には打って付けの面白い人だったのに」

「その人、死神犬のグリムを見て、二十四時間後に死んだ人じゃなかった?」

ハーマイオニーが聞いた

「ああ、うん、最後はおかしくなってたな」

ジョージが認めた

「だけど、いかれっちまう前は、パーティを盛り上げる花形だった」

フレッドが言った

「ファイア・ウイスキーを一本まるまる飲んで、それからダンスフロアに駆け上がり、ローブを捲り上げて花束をいくつも取り出すんだ。どっからって、ほらーー」

「ええ、ええ、さぞかしパーティの花だったんでしょうよ」

ハリーとロンは大笑いして、ハーマイオニーはつんと言い放った

「一度も結婚しなかったな。何故だか」

ロンが言った

「それは不思議ね」

ハーマイオニーが言った

あまりに笑いすぎて、遅れて到着した客がロンに招待状を差し出すまで、誰も気が付かなかった
黒い髪に大きな曲がった鼻、眉の濃い青年だ
青年はハーマイオニーを見ながら言った

「君はすヴァらしい」

「ビクトール!」

ハーマイオニーが金切り声を上げて、小さなビーズのバッグを落とした
バッグは、小さいくせに不釣り合いに大きな音を立てた

ハーマイオニーは頬を染め、慌ててバッグを拾いながら言った

「私、知らなかったわ。あなたがーーまあーーまたお会いできてーーお元気?」

ロンの耳が、また真っ赤になった
招待状の中身など信じるものかと言わんばかりに、ロンはクラムの招待状を一目見るなり、不必要に大きな声で聞いた

「どうしてここに来たんだい?」

「フラーに招待された」

クラムは眉を吊り上げた

クラムに何の恨みもないハリーは、握手した後、同じトーナメントの選手だったこともあり、軽く挨拶を交わした
ハリーはロンの側から引き離す方が賢明だと感じて、クラムを席に案内した

「君の友達は、ヴぉくに会って嬉しくない」

今や満員のテントに入りながら、クラムが言った
ハリーは返事に困った

「そんなことないよ」

とだけ、言った
そんなことはあるが、ここはそう言っておいた方が得策だと思ったハリー

クラムが現れたことで、客がざわめいた
特にヴィーラのいとこたちがそうだった
なにしろ、有名なクィディッチの選手が来たのだ
姿をよく見ようとみんなが首を伸ばしていた








その後、テント内ではバンド演奏が流れ初めて、招待客達は思い思いに踊り出した

その中でも、一際目立つのは、ワルツのような調べに合わせて、目を瞑って父親とくるくる回って回転するラブグッド親子である
ロンはそれを見て、「あいつら、すごいぜ。いつでも稀少価値だ」と言った

その後、ロンはハーマイオニーを誘った
ハーマイオニーは驚いた顔をしたが、嬉しそうに立ち上がってロンの手を取った
二人は、だんだん混み合ってきた会場の渦の中に消えた

ハリーがその様子を見ていると「ああ、あの二人は、今は付き合っているのか?」と、クラムが近づいてきて、一瞬気が散ったようにハリーに聞いた

「んーーそんなような…」

ハリーが言った

「ハリー、君は、あのラブグッドって男を、よく知っているのか?」

「いや、今日会ったばかり。何故?」

クラムは、会場でルーナと踊っているゼノフィリウスを見て、飲み物のグラスの上から恐い顔で睨みつけた

「なぜならヴぁ」

クラムが言った

「あいつがフラーの客でなかったら、ヴぉくはたった今ここで、あいつに決闘を申し込む。胸にあの汚らわしい印をヴら下げているからだ」

「印?」

ハリーもゼノフィリウスの方を見た
不思議な三角の目玉が、胸で光っている

「なぜ?あれがどうかしたの?」

「グリンデルヴァルド。あれはグリンデルヴァルドの印だ」

「グリンデルバルド……ダンブルドアが打ち負かした、闇の魔法使い」

「そうだ」

顎の筋肉を、何か噛んでいるように動かした後、クラムはこう言った

「グリンデルヴァルドはたくさんの人を殺した。ヴぉくの祖父もだ。もちろん、あいつはこの国では一度も力を振るわなかった。ダンブルドアを恐れているからだと言われていたーーそのとおりだ。あいつがどんな風に滅びたかを見れヴぁわかる。しかし、あれはーー」

クラムはゼノフィリウスを指差した

「あれは、グリンデルヴァルドの印だ。ヴぉくはすぐわかった。グリンデルヴァルドは、生徒だった時にダームストラング校のかヴぇにあの印を彫った。ヴぁかなやつらが、驚かすためとか、自分を偉く見せたくて、本や服にあの印をコピーした。ヴぉくらのように、グリンデルヴァルドのせいで家族を失った者達が、そういう連中を懲らしめるまでは、それが続いた」

クラムは拳の関節を脅すようにポキポキ鳴らし、ゼノフィリウスを睨みつけた

ハリーはこんがらがった気持ちになった
ルーナの父親が闇の魔術の支持者など、どう考えてもあり得ないことのように思えた
その上、テント会場にいる他の誰も、ルーン文字のような三角形を見咎めているようには見えない

「君はーーえっとーー絶対にグリンデルヴァルドの印だと思うのか?」

「間違いない」

クラムは冷たく言った

「ヴぉくは、何年もあの印のそヴぁを通り過ぎてきたんだ。ヴぉくにはわかる」

「でも、もしかしたら」

ハリーは少し詰まりながら続けた

「ゼノフィリウスは、印の意味を実は知らないのかもしれない。ラブグッド家の人はかなり……変わってるし。十分ありうることだと思うけど、どこかでたまたまあれを見つけて、しわしわ角のスノーカックの頭の断面図か何かだと思ったのかもしれない」

「何の断面図だって?」

「いや、僕もそれがどういうものか知らないけど、どうやらあの父娘(おやこ)は休暇中にそれを探しにいくらしい…」

ハリーは、ルーナとその父親のことを、どうもうまく説明できていないような気がした

「あれが娘だよ」と指差しながら、ハリーは自分でも、もやもやしたものを感じながら、クラムの言葉にも上の空で答えた
その内、クラムが離れていったのにも気づかなかった







それから宴はますます盛り上がり、歯止めが利かなくなっていた
フレッドとジョージは、フラーのいとこ二人と、とっくに闇の中に消えていたし、チャーリーとハグリッドは、紫の丸い中折れ帽を被ったずんぐりした魔法使いと、隅の方で「英雄オド」の歌を歌っていた
自分のことを息子だと勘違いするほど、酔っ払ったロンの親戚の一人から逃げようと、混雑の中をあちこち動き回っていたハリーは、ひとりポツンと座っている老魔法使いに目を止めた
ふわふわと顔を縁取る白髪のせいで、年老いたタンポポの綿毛のような顔に見えた
その上に虫の食ったトルコ帽が載っている
何だか見たことのある顔だ
さんざん頭を絞った挙句、ハリーは突然思い出した
エルファイアス・ドージという騎士団のメンバーで、ダンブルドアの追悼文を書いた魔法使いだ

ハリーはドージに近づいた

「あの…失礼、座ってもいいですか?」

「ポッターさん!どうぞ、どうぞ」

ハリーだと分かった途端、ドージは喜びに胸を躍らせ、そわそわしながら、ドージはハリーにシャンパンを注いだ

「あの…新聞に載ってた、あなたの追悼文、感動しました。…ダンブルドアをよく、ご存知だったのですね」

「誰よりもよく知っておった」

ドージはナプキンで目を拭いながら言った

「もちろん、誰よりも長い付き合いじゃった。弟のアバーフォースを除けばじゃがなーー彼はいつも、勘定から外される」

「弟さんがいらしたとは…」

「ああ、そうだな。ダンブルドアは昔から秘密主義じゃった」

ドージの言葉に、ハリーは心から納得できた
ダンブルドアが死んでから、ふと思うことが多かった
ダンブルドアが秘密主義とまでは言えないだろうが、自分に隠していることがあったということが
ハリーはその想いを飲み込んで、話を切り替えるようにドージに聞いた

「あの…日刊預言者新聞で……ドージさん、あなたもしやーー」

「ああ、どうかエルファイアスと呼んでおくれ」

「エルファイアス、あなたはもしや、ダンブルドアに関するリータ・スキーターのインタビュー記事をお読みになりましたか?」

それ聞いた途端、ドージの顔に怒りで血が上った

「ああ、読んだとも。ハリー、あの女は、あのハゲタカと呼ぶほうが正確かもしれんが、わしから話を聞き出そうと、それはもうしつこく付き纏いおった。わしは…恥ずかしいことに、かなり無作法になってしまってな、あの女を出しゃばり(ばば)ぁ呼ばわりした。…『(ます)ババア』とな。その結果は、君も読んだ通りで、わしが正気でないと中傷しおった」

「ええ、そのインタビューでーー」

ハリーは一瞬、この言葉を口から出すことに躊躇いを感じたが、ぎゅっと膝の上で拳を握り、続けた

「リータ・スキーターは、ダンブルドア校長が若い時、闇の魔術かかわったと仄かしました」

「一言も信じるでない!」

ドージが即座に言った
辛そうな表情で、皺だらけの弛んだ顔を歪めて、言った
ドージは続けた

「ハリー、一言もじゃ!君のアルバス・ダンブルドアの想い出を、何物にも汚させるでないぞ!」

ドージの、真剣で苦痛に満ちた表情を見て、ハリーは確信が持てないばかりか、かえってやりきれない気持ちになった
ドージの表情が如実に語っていた
単にリータを信じないという選択だけで済むほど、簡単なことだと、ドージは本気で思っているのだろうか?
確信を持ちたい、’’今は何もかも’’知りたいという、自分の気持ちがドージにはわからないのだろうか?

ドージはハリーの気持ちを察したのかも知れない
心配そうな顔で、急いで言葉を紡いだ

「ハリー、リータ・スキーターは何とも恐ろしいーー」

ところがそこで、甲高い笑い声が割り込んだ

「リータ・スキーター?ああ、わたしゃ好きだぇ?いつも記事を読んどるぇ!」

ハリーとドージが見上げると、シャンパンを手に、帽子の羽根飾りをゆらゆらさせて、ミュリエルおばさんが立っていた

「それ、ダンブルドアに関する本を書いたんだぞぇ!」

「こんばんは、ミュリエル」

ドージが挨拶した

「そう、その話をしていたところじゃーー」

「そこのお前!椅子をよこさんかぇ。わたしゃ、百七歳だぞぇ!」

別の赤毛のウィーズリーのいとこが、ぎくりとして椅子から飛び上がった
ミュリエルおばさんは驚くほどの力でくるりと椅子の向きを変え、ドージとハリーの間にストンと座った

「さーて、エルファイアス。リータ・スキーターについて何を言ったのかぇ?リータはダンブルドアの伝記を書いたぞぇ?わたしゃ早く読みたいね。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店に注文せにゃ!」

ドージは硬い厳しい表情をしたが、ミュリエルおばさんはゴブレットをぐいっと飲み干し、通りかかったウェイターを骨張った指を鳴らして呼び止めてお代わりを要求した

ハリーは、何というか、この歳で豪胆な魔女だと思ってしまった

シャンパンをもう一杯がぶりと飲み、ゲップをしてから、ミュリエルが話した

「二人ともなんだぇ、ぬいぐるみのカエルみたいな顔をして!あんなに尊敬され、ご立派とか言われるようになったアルバスに関するどーんとおもしろい噂が色々あったんだぞぇ!」

「間違った情報に基づく中傷じゃ」

ドージは、またしても赤蕪のような色になった

「エルファイアス、あんたならそう言うだろうよ」

ミュリエルおばさんは高笑いした

「あんたがあの追悼文で、都合の悪いところをすっ飛ばしてるのに、わたしゃ気づいたぇ!」

「あなたがそんな風に思うのは残念じゃ」

ドージはめげずに、ますます冷たく言った

「わしは、心からあの一文を書いたのじゃ」

「ああ、あんたがダンブルドアを崇拝しとったのは、周知のことだぇ。アルバスがスクイブの妹を始末したのかもしれないとわかっても、きっとあんたはまだ、あの人が聖人君子だと考えることだろうぇ?」

「ミュリエル!」

冷えたシャンパンとは無関係の冷たいものが、ハリーの胸に忍び込んだ

「どういう意味ですか?」

ハリーは、震えそうになる声を抑えて、ミュリエルに聞いた

「妹がスクイブだなんて、誰が言ったんです?病気だったと思ったけど?」

「それなら見当違いだぞぇ、バリー!」

ミュリエルおばさんは、自分の言葉の反響に大喜びの様子だった

「いずれにせよ、それについちゃ、お前が知るわけはなかろう?お前が生まれることさえ誰も考えていなかった大昔に起きたことだぇ。その時に生まれておったわたしらにしても、実は何が起こったのか、知らんかったというのが本当のところだぇ。だからわたしゃスキーターの掘り出しもんを早く読んでみたいというわけだぞぇ!ダンブルドアはあの妹のことについちゃ、長く沈黙してきたのだぇ!」

「虚偽じゃ!全くの虚偽じゃ!」

ドージがぜいぜいと声を上げた

「先生は妹がスクイブだなんて、一度も僕に言わなかった」

ハリーは胸に冷たいものを抱えたまま、無意識に口が開いて言っていた
同時に頭の中に浮かんだのは、おそらく、自分の知らないことを知っており、ダンブルドアよりも多く、二人で過ごして話した時間があったであろう、彼女のことだった

彼女は知っていたのか?

そんな嫉妬にも似た不愉快な気分が渦巻いた

「そりゃまた、なんでお前なんぞに言う必要があるのかぇ?」

ミュリエルが甲高い声を上げ、ハリーに目の焦点を合わせようとして、椅子に座ったまま体を少し揺らした

「アルバスが決してアリアナのことを語らなかった理由はーー」

エルファイアスは感情が昂って声を強張らせた

「わしの考えでは、極めて明白じゃ。妹の死でアルバスはあまりにも打ちのめされたからじゃ」

「誰も妹を見たことがないというのは、エルファイアス、なぜかぇ?」

ミュリエルが甲高く喚き立てた

(ひつぎ)が家から運び出されて葬式が行われるまで、わたしらの半数近くが、妹の存在さえ知らなかったというのは、なぜかぇ?アリアナが地下室に閉じ込められていた間、気高いアルバスはどこへ行ったのかぇ?ホグワーツの秀才殿だぇ?自分の家で何が起こっていようと、どうでもよかったのよ!」

「どういう意味?『地下室に閉じ込める』っえ?」

何となく、他人事とは思えない言葉に、ハリーが聞いた

「どいうこと?」

ドージは惨めな表情だった
ミュリエルおばさんがまた高笑いして、ハリーに答えた

「ダンブルドアの母親は怖い女だった。全くもって恐ろしい。マグル生まれだぇ。もっとも、そうではないふりをしておったと聞いたがぇーー」

「そんなふりは、一度もしておらん!ケンドラはきちんとした女性じゃった!」

ドージが悲しそうに小声で叫んだ
しかし、ミュリエルおばさんは無視した

「ーー気位が高くて傲慢で、スクイブを生んだことを屈辱に感じておったろうと思われるような魔女だぇーー」

「アリアナはスクイブではなかった!」

ドージが、もう息切れしそうな様子で言った

「あんたはそう言いなさるが、エルファイアス、そらなら説明してくれるかぇ。どうして一度もホグワーツに入学しなかったのかぇ?」

ミュリエルおばさんがハリーの方を見て、話に戻った 

「わたしらの時代には、スクイブはよく隠されていたものぇ?もっとも、小さな女の子を実際に家の中に軟禁して、存在しなかったように装うのは極端だがぇーー」

「はっきり言うが、そんなことは起こってはおらん!」

ドージが再び言ったが、ミュリエルおばさんは、がむしゃらに押し切り、相変わらずハリーに向かって捲し立てた

「スクイブは通常マグルの学校に送られて、マグルの社会に溶け込むように勧められたものだぇ……魔法界になんとかして場所を見つけてやるよりは、その方が親切というものだぇ。魔法界では常に二流市民じゃからぇ。しかし、ケンドラ・ダンブルドアは娘をマグルの学校にやるなど、当然、夢にも考えもせなんだのぇーー」

「アリアナは繊細じゃったのじゃ!」

ドージは必死に言った

「あの子の健康状態では、どうしたってーー「家を離れることすらできんほどかぇ?」

すぼむドージの言葉を遮るように、ミュリエルおばさんは甲高い声で続けた

「それなのに、一度も聖マンゴには連れていかれなんだぇ。癒者(いしゃ)が往診に呼ばれたこともなかったぞぇ!」

「まったく、ミュリエル…そんなことはわかるはずもないのにーー」

「知らぬなら教えて進ぜようかぇ。エルファイアス、わたしのいとこのランスロットは、あの当時、聖マンゴの癒者だったのぇ。そのランスロットが、うちの家族にだけ極秘で話したがぇ。アリアナは一度も病院で診てもらっておらん。ランスロットはどうも怪しいとにらんでおったぇ!」

ドージは今にも泣き出しそうな顔だった

ミュリエルおばさんは大いに楽しんでいる様子で、指を鳴らしてまたシャンパンを要求した
ぼーっとした頭で、ハリーはダーズリー一家のハリーに対する仕打ちを思った
かつてのダーズリーは、魔法使いであるという罪でハリーを閉じ込め、鍵を掛け、人目に触れないようにした
ダンブルドアの妹は、その逆の理由で、ハリーと同じ運命に苦しんだのだろうか?
魔法が使えないために閉じ込められたのか?そして、ダンブルドアは本当にそんな妹を見殺しにして、自分の才能と優秀さを証明するためにホグワーツに行ったのだろうか?

ハリーは頭の中は、疑念、疑惑、疑問が渦巻き、まるで裏切られたようなショックが心を覆った

そんな時…


「ミュリエル、またくだらない噂話か?」

ハリーの大好きな家族の声が響いた
顔を上げると、そこには灰色の優しい目を持ったシリウスが、ミュリエルを厳しい目つきで見ていた

ミュリエルはそれに反応して、ドージも共に見上げた

「そう、そう!くだらないといえば、お前さんのところの兄妹の諍いのそれのほうが、くだらないぞぇ!」

ミュリエルの言葉に、シリウスは「私の兄妹にくだらないことなどない」と眉を寄せた

「それはどうだかぇシリウスや?魔法界の王族とまで謳っておったところ(ブラック家)から家長であるお前さんが家出して、ほっぱらかしにしておった弟と妹がどうなったか、お前さんも知ってるものだぞぇ?アリアナとそう変わらんぇ?」

「妹が死んだことと、私が家を出たことは関係ない」

シリウスの苦虫を潰したような言葉に、ミュリエルは高笑いした

「それりゃあ、そうだろうぇ!お前さんと違ってオフューカスは、それはよぉできた子じゃったぇ?そりゃあ、もう、わたしゃ見抜いておったぇ?オフューカスは相応しい子だろぉて!エルファイアスも知っておっただろうぇ?どんな相手でも敬意を払って接しておったぇ?鼻にかける傲慢さなんか持ち合わせすらせんかったぇ。ーーあの家の人間にしてはそりゃあ、もう、珍しい毛色の子だったぇ。ーーそう、そう。それに、年上には常に一歩下がった、あの年代では珍しい弁えた子じゃったぇ!」

シャンパンのせいもあるのか、先程よりも意気揚々と甲高い声で話すミュリエルに、ハリーはドキリとしながらも、興味が駆り立てられた
ちらっとシリウスを見ると、拳を握って何かに耐えている

「ああ、わしも何度かオフューカスに会ったことがあるが、それはもう綺麗な女性だった………あんな時に当主になって、苦労が多かっただろう。ーー結局、結婚せずに死んでしまったがな。残念だ…」

「あの女狐はただ美しいだけじゃなかったぇ?何しろ人を見る目にかけてはピカイチだったぇ?当主に就いた途端、厄介な分家を見事に統率した上、今の魔法省におる重役は殆どがオフューカスのお陰で今のポストに就いた者達だぇ?やれ、新聞に功績やらを騒ぎ立てられたのはぜーんぶオフューカスがお膳立てしたっていう噂だったぞぇ?役に立たん男よりよっぽど肝の座った女だぇ!」

ミュリエルおばさんは、アルコールで紅潮した顔で高らかに自慢するように言った

ハリーはドクンと心臓が鳴る音を感じた

「ああ、それはもう’’平淡な女狐’’のような女性だった。…だがオフューカスには黒い噂もあったぞ」

ドージが少し乗り気なりながら、ミュリエルに言った

「それならわたしも知っとるぞぇ!なんでも、当主になった時、分家の頭をすげ替えるために、それこそ、そりゃあ法に触れない範囲内で手を汚したって噂だぇ!だからわたしゃこう考えたぇ?ーーオフューカスはもとから当主の座を狙っとったが諦めきれんかったから、レギュラスを押しのけて、’’あの’’アブラクサスの後押しを得て当主の座に収まったぇ?だから、わたしらの間じゃ、アブラクサスとオフューカスは実は親密な仲じゃなかったかと囁かれておったぇ!」

ヒソヒソ話をするように興奮した様子で話すミュリエル
だが、アルコールの興奮で声を抑えることができないのか、普通に聞こえる大声だった
ハリーは、もう言葉も出ないほどの驚きと、新たな疑念の連続だった
ミュリエルの言ったことが頭の中で反芻していた

「私の家族を、事実かどうかも分からない噂でそれ以上語るな!」

「もちろん、そんなつもりはないぇシリウスや?なあ、よう知っておるぇ?お前さんが妹に’’嫉妬’’して歯噛みしとったのは’’わたしらの間’’ではよぉー知られた話だったぇ?それに、あの子はもう死んだぇ?なぁに、死人は何を言っても怒ったりはせんぇ」

「だからといって死者を侮辱して良いわけじゃない!」

「ほっほっほっ!オフューカスはそんなことで怒ったりせんぇ。なあ、シリウスや、お前さんは兄の癖になーんにもわかっておらんかったようぇ?こりゃあ驚きだぇ!エルファイアス!」

ミュリエルが嘲笑うように立ち尽くすシリウスに言った
ミュリエル本人に悪意はないのか、ハリーから見れば、親切に教えてやっているような様子でさえあった

「オフューカスは、いつも’’仮面’’を被っていた」

ハリーはドクンと鼓動が鳴った
おそらく、シリウスもそうだったのだろう
目を見開いて、唖然としていた

「わたしゃ本人の口から聞いたぇ!「私には、一族の恥晒しの兄などはおりません」って言っておったぇ!」

まるで自慢するように言ったミュリエルに、シリウスは衝撃を受けたように、灰色の目を見開いた

「!!」

シリウスは、あからさまに動揺して、グラスを割らんばかりに握りしめていた
グラスにヒビが入ったのを見てしまったハリーは落ち着かない焦った気分になった


「いやはや、まさしく、ブラック家の人間だった。…まぁオフューカスはその中でも、マシな方だったと思うがね」

ふんふんと自分で納得するように呟いたドージ

「そりゃあそうだぞぇ。最後には殺されてしもうたが、わたしゃ生きていて欲しかったぇ?あの子がもう少し生きておれば、伝統だ何だと煩い家共は大人しくしておったままだっからだぞぇーー」

「まぁ確かに、わしも、彼女には生きていて欲しいとは思っていた……惜しい女性を亡くした」

ハリーは、ドージのいう「惜しい人」とは、自分達にとって、都合の良い人という意味に聞こえてならなかった

「オフューカスが死んだことで、折角纏っておった純血派の家長達がこれ幸いとばかりに散らばったからだぇ。なぁ?お前さんに代わりが務まると思っておったのかぇ?そりゃあお前さん、無理な話だぞぇ!」

ハリーは心の中で叫んでいた
「もうやめてくれ」と、もうこれ以上聞きたくない
シリウスの辛そうな顔を見たくない
だが、心の底では、もっと自分の知らない、隠されていたことを聞きたい、という欲求が確かにあった
そのせいで、口がうまく動いてくれず、止めさせる言葉が出なかった

シリウスの拳はもう真っ白になる程、強く握り込まれている
ヒビの入ったグラスは、既に手にはなく、通りかかったウェイターに渡したのだとわかった

「わしら年長者から見れば、オフューカスは華やかな同世代の者達と比べて、地味で目立たなかったろうが、処世術は人並み以上に長けていたな。まさか当主となってあそこまで化けるとは思わなかったがね」

「あの時はわたしもびっくりしたもんだぇ!正直あんな地味で、これと言った’’見た限り’’才能のない子に務まるのかと心配だったぇ!ところがどっこい!人間やればできもんるもんだね?じぃ〜っと息を潜めておったんだぇ。ほんに隠すのが上手い子だぇ」

ミュリエルが心底感心したように、まるで秘密の企てを話す様子で目をギラギラと光らせて囁くように言った 

まるで白熱する議論のように交わされる内容に、ハリーは、これ以上聞きたくなかった
それは、シリウスが苦痛に表情を歪めていたのもあったし、だが、それ以上に自分が知らないことをこれ以上知るのが、少し怖くなったのだ
特に、それが彼女を’’肯定’’するようなことなら尚更

ハリーは、そんな気分を、漠然とした嫌悪感として認識していた
悲痛に歪められたシリウスの表情
心配してハリーが声をかけようとした時だった…

何か大きくて銀色のものが会場の天蓋をすり抜けて落ちてきたのだ

優雅に光りながら、驚いて肩を揺らしたり、震えるダンス客の真ん中に、オオヤマネコがひらりと着地した
何人かが、オオヤマネコに振り向いた
すぐ近くの客はダンスの恰好のまま、滑稽な姿でその場に凍りついた
すると、守護霊の口がくぁっと開き、大きな深い声がゆっくり話し出した

キングスリー・シャックルボルトの声だ








「魔法省は陥落した。スクリムジョール死んだ。連中が、そっちに向かっている」










何もかもがぼやけて、ゆっくり動いているように見えた
ハリーは、先程とは違う警戒した顔つきになったシリウスと顔を見合わせ、ほとんど無意識にさっと立ち上がって杖を抜いた

ほとんどの客は何かの異常が起きたと気づき始めたばかりで、事情を飲み込めないまま銀色のオオヤマネコが消えたあたりに顔を振り向けつつあるところだった
守護霊が着地した場所から周囲へと、沈黙が冷たい波になって広がっていった

やがて、グラスが盛大に破れる音が響いて、次々と天蓋をすり抜けて黒い煙と共に死喰い人(デスイーター)が現れた

シリウスは咄嗟にハリーの肩を掴んで、緊迫した顔で言った

「ハリー、すぐにロンとハーマイオニー達と逃げるんだ!私の家に行け!」

「シリウス!?」

「行くんだ!連中の狙いは君だ!」

慌てふためていて悲鳴と閃光が飛び交う会場で、咄嗟に身をかがめてハリーに言ってきたシリウスに、ハリーはふるふると首を振った

だが、「いやだ!僕も戦う!」と叫んで、返事をもらう前に、客が次々姿見くらましで消えて、蜘蛛の子を散らすように逃げまどった
入り乱れる会場、騎士団が死喰い人の攻撃に応戦する中へシリウスは向かっていき、戦闘になった

大きな声で「行け!」と叫ばれ、ハリーは誰かに腕をしっかり握られ、ハーマイオニーが握ったと分かった
そんな時、頭に出てきたジニー
視線を忙しく回しながら、「ジニー!」と叫んで名前を呼んだが、それより先に「行きなさい!ハリー!」とルーピンの叫び声が聞こえた

途端、その場で視界が回転するのを感じた

周囲に暗闇が迫り、ハリーは何も見えず、何も聞こえなくなった
時間と空間の狭間に押し込まれながら、ハリーはハーマイオニーの手だけを感じていた

「隠れ穴」から離れ、降ってきた「死喰い人」からも、そしてたぶん、ヴォルデモートからも離れ…











「ここはどこだ?」

ロンの声がした

ハリーは目を開けた

一瞬、ハリーは、結局、まだ結婚式から離れていないのではないかと思った
依然として、大勢の人に周りを囲まれているようだった

「トテナム・コート通りよ」

ハーマイオニーが息を切らせながら言った

「歩いて、とにかく歩いて。どこか着替える場所を探さなくちゃ」

ハリーは言われた通りにした
そして歩き出した時、突然、分霊箱のことを思い出した
あのサークレット
リュックの中に入れたままだった

さーーーっと顔から血の気が引くのがわかった

「今すぐ戻らなきゃ。ハーマイオニー、僕、あれが…リュックにっ隠れ穴に置いてきたままなんだっ」

焦るように止まり言ったハリーに、ハーマイオニーは行きを切らせたまま、「落ち着いて、落ち着いてハリー、あなたのリュックも全部荷造りは済ませて私が持ってるっ。兎に角早く歩いてっ」

ハリーが「は?」となり、返事をするより先にハーマイオニーに引っ張られて、三人は脇道に入り、そこから人目の少ない薄暗い横丁へ入った

ハーマイオニーはたった一つ手に持った小さなビーズのバックを引っ掻き回して、手を突っ込んでいた

二人は、どう考えてもバックに収まるはずのないハーマイオニーの腕は二の腕までバックに入り込んでいるのを見て、目をギョッとさせた

「ここにあるわ」

すると、ハリーのロンの目の前に、ジーンズ一着と、Tシャツ一枚、栗色のソックス

ハリーは言うより早く、すぐに着替えた

「いったい全体どうやってーー?」

ロンが着替えながらハーマイオニーに聞いた

「『検知不可能拡大呪文』」

「君ってすごい…」

「意外で悪かったわね」

呆気に取られたように感動するロンに、くすりとハーマイオニーが笑って答えた

「いつの間にこんなことをしたの?」

ハリーはハーマイオニーに聞いた

「『隠れ穴』で言ったでしょう?もうずいぶん前から、重要な荷造りを済ませてあるって。急に逃げ出さなきゃいけないときのためにね。ハリー、あなたのリュックサックは今朝、あなたが着替えを済ませた後で荷造りして、あれごとこの中に入れたの……なんだか嫌な予感がして。大丈夫。ちゃんとあれはあるわ」

再度、そわそわしているハリーを安心させるようにハーマイオニーが言った
ハリーは目にするまで安心はできないが、ハーマイオニーの言うことだから、信じることにした

「君ってすごいよ。ほんと」

ロンが、丸めたローブを渡しながら言った

「ありがと」

ハーマイオニーはローブをバッグに押し込みながら、ちょっぴり笑顔になった

三人は脇道に戻り、再び広い通りに出た
道の反対側の歩道を塊になって歌いながら、千鳥足になって歩いている男達がいた

「後学のために聞くけど、どうしてトテナム・コート通りなの?」

ロンがハーマイオニーに聞いた

「わからないわ。ふと思いついただけ。でも、マグルの世界にいたほうが安全だと思うの。死喰い人は、私たちがこんなところにいると思わないでしょうから」

「そうだな」

ロンは辺りを見回しながら言った

「だけど、ちょっとーーー剥き出しすぎないか?」

「他にどこがあるって言うの?漏れ鍋の部屋の予約なんか、とてもできないでしょう?私の家という手もないことはないけど、連中がそこを調べに来る可能性もあると思うわ。ーーー取り敢えず、まずは、どこかに座りましょう」

ハーマイオニーがそう言って、三人は少し歩いたところにあった、小さくみすぼらしい二十四時間営業のカフェに入った

プラスチックのテーブルはどれも、うっすらと油汚れがついていたが、客がいないのが良かった
ボックス席のベンチ席に、ハリーが最初に入り込み、ロンがその隣に座った
向かいの席のハーマイオニーは、入口に背を向けて座るのが気になるらしく、しょっちゅう背後を振り返って、まるで痙攣を起こしているかのようだった
ハリーはじっとしていたくなかった
先程、ハーマイオニーにはいわなかったが、逃げる時にシリウスから言われたこと

シリウスの家、つまりグリモールド・プレイス十二番地にある元騎士団本部であり、レギュラス先生が住んでいるところだ

シリウスが言ったからにはそこに行くべきで、安全だからこそ言っていたのだろうが、ハリーはどうにも行く気が起きなかった
起きなかったというより、正確には、今あそこに行くのは不安しかなかった
シリウスに忠告された、弟に会った時は気をつけろ、ということもあるし、何より、あの場所はもう敵に洩れている可能性が高い
だが、レギュラスが死んだという話は聞かないので、無事なんだろうが…信用できるかという点においては
ハリーには、今、自分達がどこに行けば判断できなかった

「あのさ、ここから『漏れ鍋』まで、そう遠くないぜ。あれはチャリング・クロスにあるからーー」

ハリーが頭を悩ませていると、ロンが言った

「ロン、できないわ」

ハーマイオニーが即座に撥ねつけた

「泊まるんじゃなくて、何が起こってるか知るためだよ!」

「どうなっているかはわかっているわ!ヴォルデモートが魔法省を乗っ取ったのよ!他に何か知る必要があるの?」

「オッケー、オッケー、ちょっとそう思っただけさ!」

三人ともピリピリしながら黙り込んだ
ハリーは、相談として、シリウスに言われたことを切り出すべきか否か迷っていた
自分だけでは判断できないところを、もしかしたらハーマイオニー辺りが解消して、納得できる答えをくれれのではないか、と

そんな三人に、ガムを噛みながらやってきたウェイトレス
ハーマイオニーはカプチーノを三つ頼んだ

そこに、ガッチリした労働者風の男二人、カフェに入ってきて、隣のボックス席に窮屈そうに座った
ハーマイオニーは声を落として囁いた

「どこか静かな場所を見つけて『姿くらまし』しましょう。そして地方に行くの。そこに着いたら、騎士団に伝言を送れるわ」

「じゃ、君、あの喋る守護霊とか、できるの?」

ロンが聞いた

「ずっと練習してきたわ。できると思う」

ハーマイオニーが言った

「まぁね。騎士団のメンバーが困ったことにならないなら、それでいいけど、だけど、もう捕まっちまってるかもな。ウエッ、むかつくぜ」

ロンが呟いた時、二人の労働者の手がテーブルの下に伸びたのを見て、ハリーはほとんど反射的に叫んだ

「ふせろ!」

ハリーの叫びに、ロンとハーマイオニーは勢いよくベンチ椅子に横倒しになった
横倒しになる直前、ロンの頭を掠めて死喰い人の強力な呪文が、背後のタイルの壁を粉々に砕いた

同時に姿を隠したまま、ハリーは叫んだ

ステューピファイ!(麻痺せよ!)

大柄のブロンドの死喰い人は、赤い閃光をまともに顔に受けて気を失いドサリと横向きに倒れた
もう一人の死喰い人が「
エクスパルソ!(爆破!)」と大声で唱え、ハリーの前のテーブルが爆発し、その衝撃ではハリーは壁に打ち付けられた

次に、ハーマイオニーが立ち上がったのが視界に見え「ペトリフィカス トタルス!(石になれ!)と叫んだ

死喰い人は石造のように固まり、割れたカップやコーヒー、テーブルの破片などの上にバリバリと音を立てて、前のめりに倒れた

死喰い人二人を倒せたことで、ゆっくりと立ち上がった三人は、色んなものが割れてぐちゃぐちゃになった店内を見回し、倒れた死喰い人に近寄った

その時、奥からさっきのウェイトレスが出てきて、店の惨状を見て固まった
驚いて声も出ないウェイトレスにハーマイオニーは「行って!早く逃げて!」ときつく叫び、ウェイトレスは慌てて青い顔で逃げた

鍵をかけて明かりを消し、三人は大の字になって倒れている大柄なブロンドの死喰い人に近づいた

「こっちの奴は見破れたはずなのに。ダンブルドアが死んだ夜にいた」

ハリーは床に倒れている色黒の死喰い人を、足でひっくり返した

「こっちはドロホフだ。昔、お尋ね者のポスターにあったのを覚えてる。大きい方は、たしかソーフィン・ロウルだ」

「名前なんかどつでもいいわ!」
 
ハーマイオニーが、ややヒステリー気味に言った

「こいつら、どうする?」

暗がりでロンが囁いた
それから、一段と低い声で言った

「殺すか?こいつら、僕たちを殺すぜ?たった今、殺られるところだったしな」

ハーマイオニーは身震いして一歩下がった

「こいつらの記憶を消すだけでいい。その方がいいんだ。連中は、それで僕達を嗅ぎつけられなくなる。殺したら、僕たちがここにいたことがはっきりしてしまう」

「君がボスだ。従うよ」

ロンは、心からホッとしたように言った

「だけど、僕『忘却呪文』を使ったことがない」

「私もないわ」

ハーマイオニーが言った

「でも、理論は知ってる」

ハーマイオニーは深呼吸して気を落ち着け、杖をドロホフの額に向けて唱えた

オブリビエイト !(忘れよ!)

たちまちドロホフの開いたままだった目がとろんとし、夢を見ているような感じになった

放心状態の死喰い人二人を見下ろしながら、ハーマイオニーは悩むように口を開いた

「だけどこの人たち、どうして私たちを見つけたのかしら?」

ハーマイオニーが、放心状態の死喰い人たちの顔を交互に見ながら疑問を繰り返した

「だけどこの人達、どうして私達の場所がわかったの?」

ハーマイオニーはハリーを見た

「あなたーーーまだ『臭い』をつけたままなんじゃないでしょうね、ハリー?」

「そんなはずないよ」

ハリーが否定する前に、ロンが言った

「『臭い』の呪文は十七歳で破れる。魔法界の法律だ。大人には『臭い』をつけることはできない」

「あなたの知る限りではね」

ハーマイオニーが言った

ハリーはその時、なら何故彼女は未成年にも関わらず、学校の外で魔法を使えていたのか?自分は守護霊の呪文を使っただけで魔法省に筒抜けだったのに、と、今更ながらに、当たり前の疑問が浮かんだ
ダンブルドアが生きていた頃は、ずるいとは思えど、それなりに納得していて、何とも思わなかったはずなのに
頭の隅でそんなことを思いながら、ハリーは言った

「でも、もし死喰い人が、十七歳に『臭い』をつける方法を見つけ出していたら?」

「だけどハリーは、この二十四時間、死喰い人に近寄っちゃいない。誰がハリーに『臭い』をつけ直せたって言うんだ?」

ハーマイオニーは答えなかった
ハリーは自分に汚れの染みがついているような気分になった
本当に死喰い人は、そのせいで自分達を見つけたのだろうか?
同時に、彼女は『臭い』すら感知されなかったのに…思考が掠めた
多分、ダンブルドアが何かしていたに違いないとは頭でわかってはいても、納得するかどうかは別だった
今となっては特に…

「もし、僕に魔法が使えず、君達も僕の近くでは魔法が使えないということなら、使うと僕たちの居場所がばれてしまうのなら……」

ハリーが言いかけた時…

「別れないわ!」

ハーマイオニーがキッパリ言った

「どこか安全な隠れ家が必要だ」

微妙なピリピリした空気の中、ロンが言った

「そうすれば、よく考える時間ができる」

「グリモールド・プレイス」

ハリーは、考えるより先に口走っていた
だが、無意識というわけではなく、先程までは排除していたはずの考えを、まとまった結論として言ったのだ

二人はあんぐり口を開けていた

「ハリー、それは…「逃げる直前、シリウスが言ったんだ。家に行けって」…シリウスが?…それなら…」

ハーマイオニーが言いかけたところで、ハリーが少し冷たく言い切った

「シリウスが言ったなら、ハリーが危険に遭うようなことはないだろ?それに、あそこにはパパが既に、スネイプとあいつ除けの呪詛をかけてあるって言ってた。一時的な避難場所なら安全じゃないか?」

ロンがハリーを援護するように言った
それなら、ハーマイオニーも一理あると思ったようで、唸るくらいで何も反論しなかった





そうして三人は手を繋ぎ、次の瞬間には、その場で回転して再び窮屈な暗闇の中へと姿を消した

数秒後、ハリーの肺は心地よく広がり、目を開けると、三人は見覚えのある小さな寂れた広場の真ん中に立っていた
四方から、老朽化した丈の高い建物がハリー達を見下ろしていた
「秘密の守人」だったダンブルドアから教えられていたので、ハリー、ロン、ハーマイオニーはグリモールド・プレイス十二番地の建物を見ることができた
ハリーがここにきたのは、一時的にレギュラスと住んでいた時と、騎士団のメンバーで集まった時だった

跡を追けられていないか、見張られていないかを数歩ごとに確かめながら、三人は建物に向かった

「レギュラス先生…いるかしら…」

ハーマイオニーがぽつりと言った
誰も答えなかった

入口の石段を大急ぎで駆け上がり、ハーマイオニーが杖で玄関の扉を一回だけ叩いた
カチッカチッと金属音が何度か続き、カチャカチャ言う鎖の音が聞こえて、扉がギーッと開いた
三人は急いで敷居を跨いだ

ハリーが扉を閉めると、旧式のカズランプがポッと灯り、玄関ホール全体にチラチラ明かりを投げかけた
ハリーの記憶にある通りの場所だった

綺麗に整えられた廊下の奥まで続くカーペットに、壁にずらりと並んだしもべ妖精の首が、階段に奇妙な影を落としている
黒く長いカーテンのその裏には、いつもピカピカに磨き上げられたオフューカスの肖像画があるのをハリーは知っている

一応、ここが騎士団の本部だったので勝手に入ったが、家主がいるため、玄関に三人が突っ立って出てくるのを待っていた

しばらくすると、奥の廊下から扉が開く音が響き、三人の見慣れた薄緑のローブを着たレギュラスが現れた

最後に見た時より、やつれたような様子だった
シリウスと同じ灰色の垂れ目の下には、決して薄くはない隈が浮かんでいた 

最初に口を開いたのはハリーだった

「あの…先生…「兄さんから先程連絡が来た。まずは入りなさい」

ハリーの言葉を遮って、レギュラスは背を向けて奥に促した
三人は、シリウスから連絡が来たというその言葉に少し安堵し、奥の居間に向かった

居間に入ると、廊下より暖かい空気で満たされ、ガスランプが灯り、木目の長方形に長いテーブルを照らしている

レギュラスはテーブルの奥にある椅子に向かい、寄ってきたクリーチャーに「三人に温かいお茶を頼むよ」と言いつけた

三人に一先ず座るように促すと、自分も座り、三人ともレギュラスは向かい合った

「あの…レギュラス先生、シリウスから連絡があったんですか?」

ハーマイオニーがおずおずと質問した

「ああ。「君たちが来るかもしれないから頼む」とね。あと、「我々は無事だ。見張られているからそちらからは連絡を取るな」と伝えてくれとも」

騎士団からの伝言に、三人は息を呑んだ

「ここに死喰い人達は入れない。「隠れ穴」ほどではないが、護りは十分施されている」

レギュラスはクリーチャーからカップを受け取り、そわそわして少し警戒している三人を安心させるように言った

「じゃあ、ユラも…「君が心配していることに関しては、無用。とだけ言っておくよ。私は確かに彼女の兄だが、君の安全の方が優先だということはわかっている。それ以上そのことに関して問答する気はないよ」

ハリーが聞こうとしたことを先回りするようにレギュラスが顔を歪めて答えたため、途端に空気が重たくなった

「それを飲んだらクリーチャーが部屋に案内する。君達が何をするにしても、まずは休みなさい。私には場所を提供することしかできないからね」

レギュラスはそう言って、紅茶を飲むと立ち上がって居間を出た
おそらく、書斎に向かったのだろう

三人は顔を見合わせて、湯気の出る紅茶を、手に取り飲んだ

当然だが、何も入っていない
三人は、温かく少し甘い紅茶にホッとひと息吐いた

「ご案内いたします」

クリーチャーが嫌そうな顔で、三人に言い、三人はついて行った
案内された部屋は、ハリー達が以前に泊まった部屋だった
ハーマイオニーは女性なので別の部屋を案内されが、後で行くと言い、一先ず三人きりになった


ハーマイオニーは、しばらくクリーチャーが行った扉を見つめてから、ハリーに向き直った

「ハリー、どうしてレギュラス先生にあんな試すようなことを言ったの?」

「別に、そんなつもりじゃないよ」

ハリーが反論するように言った

「シリウスから連絡が来たんだろ?なら少なくとも裏切ってはいないってことじゃないか?」

ロンが言った

「今はね」

「ハリー、シリウスが気をつけろって言ったのは、あなたがそうやって刺激しないようにって意味よ!きっと!」

「そうかもしれない。でも違うかもしれない。ーー兎に角、こういう状況なんだから用心に越したことはないよ」

ハリーはそう言って、このことに関してもう話したくないというようにハーマイオニーからの視線を逸らした

ハリーは言いたかった
自分があの肖像画の前で見たレギュラスの姿は、幻でも夢でもない
あの時の、レギュラスのあの顔は、妹を想う兄のそれではなかった
後悔、悲しみ、罪悪…入り交ぜになったあの表情は、きっかけさえあれば、何をするかわからない不安定な人間のそれだった

だが、今日見たレギュラスの様子に、ハリーは自分が思っていた認識に、間違っていたのか?と思わずにはいられなかった

要するに、ハリー本人もレギュラスを信じてもいいのかどうかわからず、動揺していたのだ






翌日、ハーマイオニーは先に目が覚めたので、起きて居間に降りた
長テーブルには、既に食事が用意されており、クリーチャーが三人分の茶をテーブルに持ってきていた

ハーマイオニーはクリーチャーに挨拶をしたが、嫌な顔をされて無視された

三人は客人だが、食事が冷めようが、どうでもいいらしい
やはり歓迎されていないとわかったハーマイオニー
だが、嫌な気分にはならなかった
クリーチャーの立場なら当然だと思っていたからだ
陶器のワンプレートに、パンと豆の煮物とソーセージが乗ったものはあまり美味しそうとは思えなかったが、ハーマイオニーは席について、お茶を置いていたクリーチャーに言った

「ありがとう。クリーチャー」

そう言うと、クリーチャーは曲がった背中を向けたまま「クリーチャーはご命令に従ったまでです」とだけ言い、奥に消えた

ハーマイオニーは、痛々しいものを見るように眉を下げた
ハーマイオニーはマグル生まれのため、屋敷しもべの扱いが過酷なものと知った時、ホグワーツで働く屋敷しもべ妖精の解放を求めて『S.P.E.W(屋敷しもべ妖精福祉復興協会)』を立ち上げたことがあった
だが、当のしもべ妖精から猛反発に合い、あえなく断念したが、諦めたわけではなかった

そんな過酷な扱いを受けている典型とも言えるクリーチャーに対して、ハーマイオニーは、どうにかしてやりたいという強い想いはあった


次に来たレギュラスに挨拶をしてから、ハーマイオニーは、クリーチャーがレギュラスに持ってきた新聞を、読み終わった後に見せてもらった

見出しには『魔法大臣就任したパイアス・シックネス!新たな取り組みに乗り出す!』とあった

「シックネスは元魔法法執行部長だ。大臣になったのは当然と言えるね」

紅茶をひと口飲みながら、レギュラスが食い入るように読むハーマイオニーに言った

「先生は、この人を知っているんですか?」

「自分で言うのもなんだが、顔は広い方でね。立場上、魔法省に知り合いは多い」

「どんな人、なんですか?」

「それなりに強い魔法使いだよ。上の役職にのし上る者の特徴だが、気に入られやすい、立ち回りが上手い男だよ。僕が知っている限り、悪い人間ではない」

「そうですか…でも、この記事には…魔法省が新たにマグル生まれの魔法使いの取り締まりをするって…」

「そうだね。ーー『日刊預言者新聞』の書くことだから、あまり信用はできないが、おそらく、それは事実だろう」

「どうしてっ」

「その答えはもうわかっているんだろう?Msグレンジャー」

「ヴォルデモートが、魔法省を乗っ取ったから…」

「そうだ。これから魔法省の動向は’’気にし過ぎず、気にした方がいい’’だろう」

ハーマイオニーは、レギュラスの言葉の意図を正しく理解した
しっかり頷くと、レギュラスは軽く眉を下げて、俯きながらカップをソーサーに置いた

「昨晩、魔法大臣暗殺の裏で、魔法省の要職に就いていた純血主義の中でも、穏健派が数名殺された」

静かに告げられた内容に、ハーマイオニーは目を見開いた

「!」

「事件調査で、磔の呪文で拷問された後、死の呪いで殺されたそうだ。おそらく、闇の陣営につくのを拒否したんだろう」

ハーマイオニーはじっと耳を傾けた

「魔法省の要職に就いていた穏健派の者達の中には、オフィーが当主になったときに魔法省のポストを得た者もいる。魔法省が、今だに、人脈や推薦がものを言う面があるのは、君のよく知っているところだと思う」

レギュラスは顔を伏せながら、淡々と言った
ハーマイオニーは何が言いたいのかすぐにわかった
そして、それをわざわざハーマイオニーに言う意味も

「厳重な警戒がされていたにも関わらず、その者達は自宅で殺されたそうだよ」

ハーマイオニーはますます青くなった
今の話で、誰が殺したのか、明白だった

「近頃、闇の帝王に関する妙な噂が死喰い人の間で流れている」

「それは、どんな噂ですか?」

ハーマイオニーは慎重に聞いた

「『闇の帝王に血縁者がいる』」

ハーマイオニーは息が止まるかのような心地になった
心臓ごと鷲掴まれた感覚になり、頭の中に警戒音が鳴り響いた

「君達が何をしようとしているのかは想像はつくけど、子どもだけで敵う相手ではないことは理解しておきなさい」

レギュラスはそう言うと、立ち上がって居間を出て行った
ハーマイオニーは、疑問が尽きなかった
何故、レギュラスはここまで情報を与えてくれるのか
一瞬、今言ったことが嘘かもしれない、という考えが頭をよぎったが、あり得ないとすぐに振り払った
そんな嘘はすぐにバレるし、わざわざつく必要性もない上に、ついたところでレギュラスにメリットがあるとは思えない

自分達を匿ってくれている









それから、ロンとハリーが降りてきた
用意されていた冷めた朝食を、微妙な顔をしながら、渋々食べていた
ロンに至っては、食べれたものじゃない、と残していた
ハーマイオニーは眉を寄せたが、何も言わなかった
ハーマイオニーは、早めに降りてきたからまだ温かいうちに食べれたが、二人は早めとはいえ起きるのが遅かったので、仕方ない

食事が終わった後、部屋に戻り、ハーマイオニーはハリーに新聞を渡して、今、起こっていることの把握をはじめた
その際、ハーマイオニーは、さっきレギュラスから聞いた新情報を話した

「嘘だろ…じゃあ、もしかして、あいつに情報を洩らしたってことか?」

「それは!…そうなる、わね。でも、きっと無理矢理聞き出されたんだわ。きっとそうよ」

ハーマイオニーが辛そうな顔で言った

「なんであんな奴庇うんだ?人を殺したのは事実だろ?疑いようがない」

ロンが、ベットの端に座りながら、目を覚ませとはがりに言った

「そう。わかってる。でも、「そんなことより、まずは、はやく他の×××を探しに行かないと」

ロンに言おうとしたハーマイオニーの言葉を遮るように、眺めていたサークレットを手に持ち直しながら言ったハリー

「え、ええ…そうね。そうよね。ハリー、もう一度聞くけど、本当に心当たりはないの?」

「ない。前にも話したけど」

「夢でもなにかないのか?それらしいのを見たとか?」

ロンはハリーに聞いた
ハリーは、自分が疑われていると思い、苛々しながら答えた

「わからないんだ。あいつが遺体を見つけられるのを恐れているっていうのしか分からない。遺体…そうだ。遺体だ。ハーマイオニー、オフューカスの遺体は埋葬したところをレギュラス先生とクリーチャーしか見ていない。怪しいと思わないか?」

ハリーが、ハッと思いついたように、前々から違和感があったことを思い出して口に出していた
正直、ダンブルドアに隠し事をされていたことに対して、それを死んでから他人の口から聞いたことに、ハリーは今更ながら怒りにも似た裏切られた気持ちが込み上げてきた



その時、部屋の扉から木の床を踏み締める音が聞こえて、三人は杖を構えて、ハリーが勢いよく扉を開けて、張り付いていたものを引っ張り込んで、床に放り投げた

三人がその姿を見た途端、え?となった


クリーチャーだった
曲がった背をさらに曲げて肩をすくめて、手で自分のガリガリの腕をさすっている


「盗み聞きしていたのか?クリーチャー」

ハリーが、咎めるように冷たく聞く

クリーチャーは何も答えない

「僕達が来た時からずっと会話を聞いていたんだろ!誰に命令された?」

ハリーは、答えないクリーチャーに強く言った

「クリーチャーは答えません。クリーチャーはご主人様を尊敬しております。クリーチャーはご主人様のためなら命すら惜しくありません」

まるで、言い聞かせてるようにぶつぶつ言うクリーチャーに、ハリーはイライラして杖をむけて言え!と言おうとした
だが、ハリーより先にハーマイオニーがクリーチャーに優しく声をかけた

「クリーチャー、ねぇ答えて。どうして私達の話を聞こうとしていたの?レギュラス先生からの命令だったの?」

「そんな奴に優しくする必要ないだろハーマイオニー」

「黙っててロン!ねぇ、クリーチャー」

ハーマイオニーは、きっとクリーチャーの本意でない行動だったのだろうと思い込み、再度聞いた

クリーチャーはたるんだ両目でハーマイオニーを睨んだ
だが、その奥に蔑みの色ではなく、何故か恨んでいるような憎んだ目だった

「クリーチャー、お願い。あなたの本意じゃないんでしょう?」

ハーマイオニーがそう言った途端、クリーチャーは怒りを露わにした
ロンは咄嗟にハーマイオニーを背に庇い、ハリーはクリーチャーに怒鳴った

「答えろ!クリーチャー!」

「クリーチャーは、命令されていません。クリーチャーは許されています。クリーチャーはご主人様に自由にされても、ずっとお嬢様にお仕えするのです」

「なんだって?オフューカスは死んだ。死んだ人間に仕え続けるのか?君はこの家のしもべ妖精だろう」

ハリーは、何かの聞き間違いかと思い聞いた

クリーチャーは骨のようなしわしわの小さな拳を握ってハリーを、まるで両親の仇とばかりに睨んでいる

その時、唐突に後ろから男性のテノールのような柔らかい声が響いた

「クリーチャー。君はもう自由なんだ。話すも話さないも、君が全て決めていいんだよ。オフィーが君にそう願ったんだからね」

三人がバッ!と振り返った
ハリーは咄嗟にサークレットをポケットに突っ込んだ
さっき怒鳴った時、通りすがりのレギュラスに聞かれたのだろう

「自由?先生、クリーチャーは、もう、ブラック家との主従契約を解放されたということですか?」

「クリーチャーに聞くといい。尤も、クリーチャーが話したいと思えば、だけれどね。それと、今度から聞かれたくない話をする時は、空間無音呪文でもかけてきなさい」

そう言って行ってしまった
もう、三人がどんな話をしようが興味がないようだった

レギュラスが行った後、クリーチャーは落ち着きなく顔を上下に動かして、ハーマイオニーを見ていた

「クリーチャー?」

ハーマイオニーは視線を感じて、クリーチャーに優しく問いかけた

数秒した後、クリーチャーは奥歯を噛み締めるような苦い顔をした後、とぼとぼ歩き出した

「そこの魔女だけ、…おいでください。クリーチャーは、お嬢様から渡すように言われたものがあります」

ロンとハリーは、ハーマイオニーを見た
ハーマイオニーは、「大丈夫よ」とだけ言い、部屋から出るクリーチャーについて行った

そして、当然クリーチャーの言葉も気になったので、ハリーとロンは静かに跡をつけた

クリーチャーがハーマイオニーを案内した先は、前にハリーが入ったことのある四階にある、オフューカス・ブラックの部屋だった

扉を閉めると、二人は聞き耳を立てた










部屋に入ったハーマイオニーは、扉にあったプレートからオフューカスの部屋だということがわかった
グレー基調の上品な部屋は、いつ主人が帰ってきてもいいように綺麗に整えられている
埃ひとつない
机には、動く写真がシンプルな写真たてにいれて飾られている
ハーマイオニーがオフューカスが誰なのかすぐわかった
長い癖のある黒髪をゆったりまとめ上げ、ブラック家の者の特徴である灰色の目が穏やかにこちらを見つめている
写真からもわかるほど、聡明で、物静かな雰囲気が出ている
ハーマイオニーは、同じ女性ながら綺麗…と思った
シリウスに似ていたというオフューカスは、双子であるレギュラスとはあまり似ていないが、穏やかそうな雰囲気は似ていた

それにじっと見ていたら、クリーチャーは机の横の木棚から、薄い本を一冊取った

クリーチャーが一番尊敬している主の部屋に連れてくると言うことは、何か大事なことがあるんだろうと思い、気を引き締めたハーマイオニーは、クリーチャーに視線を合わせるように、床に膝をついた

「クリーチャー、オフューカスさんから、私に何を渡すように頼まれたの?」

ハーマイオニーは、きちんと敬意を持ってクリーチャーに聞いた

「クリーチャーは、お嬢様が…去られる前、最後の’’頼み事’’を仰せつかりました。……もし、再びここに来た時、’’あなたにだけ’’にこの本を渡すようにと。お嬢様が自らお書きになったものです」

クリーチャーはとても、とても大切そうにその薄い茶色の本のようなノートを、ハーマイオニーに渡した

ハーマイオニーは、クリーチャーが’’命令’’ではなく、’’頼み事’’と言ったことに、少し引っ掛かりを覚えながらも、丁寧に両手で受け取った

そして、中身を開けてみると、そこにはハーマイオニーが知らない呪文の数々、魔法薬学の調合のコツなど、まさしく彼女が積み上げた『知識』が丁寧な筆記で綴られ、載っていた
いちページ、いちページ、丁寧に捲りながら、ハーマイオニーは鼻の奥がツンとした心地になった

そこに載っていた呪文に関しては、学校や本にすら載っていない複雑な呪文の数々
おそらく、一から作られた呪文だろう
実用的なものから、複雑な治癒の呪文…
どう考えても、これからの試練に役に立ちそうな呪文が殆どだった

そして、最後のページに差し掛かると、そこは白紙だった

ハーマイオニーはもう本を見回して何も仕掛けられていないか見た

「最後のページに杖を向けて、『ニックス』と唱えてください」

クリーチャーが唐突に言った
ハーマイオニーは、言われた通り、杖を最後のページに向けて『ニックス』と唱えた

すると、白紙だった最後のページから、文字が浮かび上がってきた

「その魔法は、一度使えばそれ以降は読むことができません。お嬢様は、あなたなら一度で覚えるだろうと仰っておりました」

クリーチャーが付け加えるように言い、ハーマイオニーは急いで目を走らせた

そこには、以前に忍び込んだ寮の部屋で見た羊皮紙に書いてあった彼女の直筆のメッセージがあった

『Msハーマイオニー・ジーン・グレンジャー。あなたはを見込んで、この本を贈ります。長い、長すぎる人生で培ってきた知識はきっとこれから役に立つことがあるでしょう。今目の前にいるであろうクリーチャーは、自由な妖精です。オフューカスであった時、私はずっとそばに居てくれた友を解放しました。今あなたがこの本を手にしているのは、彼の意志があったからでしょう。Msグレンジャーの進む先に、明るいものでありますように。オフューカス・ブラック』

とあった
ハーマイオニーは、信じられない気持ちで思わず口元を覆った


「クリーチャーっ…私っ…ありがとうっ…本当にっ…ありがとう」

ハーマイオニーはそう言って、クリーチャーを抱きしめた
クリーチャーは嫌がったが、ハーマイオニーは構わず暫く抱きしめた

そして、クリーチャーを離してやったハーマイオニーは、聞いた

「オフューカスさんは、あなたを解放したのに、あなたはどうしてまだこの家にいるの?」

「クリーチャーはレギュラス様が好きです。レギュラス様はとてもお優しいお方です。レギュラス様は、全て知っておられます。お嬢様は…ーーお亡くなりになる前、クリーチャーめに衣服をお与えになりましたっ…そ、そればかりか、遺言でっ…クリーチャーの家までお与えになりましたっ…お嬢様はお、仰ったのですっ…く、クリーチャーは、かけがえのないっ…や、屋敷しもべ妖精であるっ…と…ーーそして、最後のご命令を仰せになりましたっ」

たるんだ両目からぽろぽろと涙を零しながら懸命に言うクリーチャーに、ハーマイオニーは優しくハンカチで拭ってやった

一瞬、ギョッとした様子になったクリーチャーだったが、続けた

「く、クリーチャーはっ…’’約束’’(ご命令)に従ったのでございますっ……」




クリーチャーは思い出していた




多くの噂が飛び交うブラック家の女当主の灰色の平坦な目が、優しくクリーチャーに向けられ、汚れるのも気にせず膝をついた主が、屋敷しもべの手を握り、言った



ーーー「クリーチャー。わたくしと最後の約束をしましょう」ーーー



ーーー「お、お立ちくださいお嬢様っ…屋敷しもべなどに膝をつくなどっ」ーーー



ーーー「聞いて。クリーチャー」ーーー



優しげに細められた目に、クリーチャーは耳を下げて、困ったように目をたるませた



ーーー「あなたは、わたくしのかけがえない屋敷しもべ妖精です。ずっと…ずっとそばにいてくれた…わたくしに仕えてくれた」ーーー



ーーー「当然でございますオフューカスお嬢様。クリーチャーめは、いついかなる時でもお嬢様にお仕えいたします」ーーー



ーーー「ありがとう、クリーチャー。ーーわたくしは、そう長くは生きられないでしょう……そう、感じるのです。だから…」ーーー


ーーー「お嬢様っ!そのような不吉なことをっ」ーーー



ーーー「だから、あなたに、わたくしのマフラーを与えます。クリーチャー」ーー


唐突に言われた言葉に、クリーチャーは目を大きく見開いて、言葉もなかった
屋敷しもべが仕える主から、衣類を下賜されることは、解雇を意味する

今、この場で、クリーチャーのブラック家との主従関係は消えてしまった
屋敷しもべにとって、魔法使いに生涯無償無給で隷従することこそ、名誉とされているのに…

彼女は、ショックを受けるクリーチャーに続けた



ーーー「クリーチャー。ブラック家からあなたを解放します。ですが、私には最期まで仕えてほしい。最期まで…そばにいてくれますか?」ーーー


クリーチャーは勘違いしていた
主は、ブラック家との主従契約を終わらせ、新たにオフューカス・ブラック自身個人と、クリーチャーと契約を結ばせようとしていた

それが分かった途端、クリーチャーの答えは決まっていた

ーーー「もちろんでございますっ!オフューカスお嬢様。このクリーチャーめに、最期までお嬢様にお仕える許可をっ」ーーー



ーーー「ええ。’’私が死ぬ時まで’’、よろしくね。クリーチャー。これは、私が死した後、開けて頂戴。’’約束’’よ」ーーー


主は、上等な紙でできた巻物をクリーチャーに渡し、畳んだグレーのマフラーと一緒に渡した

クリーチャーは大事そうに、震えた手でそれを受け取り、胸に抱き込んで、涙ながらにお礼を言った



ーーー「ねえ、クリーチャー。わたくしと約束して」ーーー



ーーー「クリーチャーは、どんなことでもお約束いたします」ーーー



ーーー「あなたのこの大きな目で、耳で見て、あなたが好きだと思う人をちゃんと選んでほしい。いないのなら、いないで。いるのなら、ずっと側で仕えて。だから、あなたの心で思う人を選んで。ーーわたくしは、クリーチャーだから選んだ。あなただからずっと仕えていてほしいと願ったの……わたくしの想い(命令)を…無駄にしないでほしい」ーーー

冷淡だと噂される主の、心が大きく揺れているとわかる表情に、クリーチャーは目が離せず、握られた手が震えた

そして、こくりと深く頷いた


ーーー「クリーチャーはっ……’’約束’’っ…いたしますっ……お嬢様の
’’想い’’(ご命令)を決して無駄になどっ…いたしませんっ…」ーーー


その返事は、初めてクリーチャーが屋敷しもべ妖精ではなく、ただのクリーチャーとして口にした言葉った

主は’’命令’’を’’約束’’と言い、’’想い’’と言った
それを認めて、己も口にするということは、クリーチャー自身の意思で、本来なら敬うべき主を、同等として受け入れたということになる

今の約束は、屋敷しもべ妖精にとっては、ある意味、何者にも代え難い価値のある約束だった


『屋敷しもべ妖精は、魔法使いに生涯無償無給で隷従することこそ名誉』



クリーチャーの一番尊敬する主は、屋敷しもべ妖精としてのクリーチャーを正しく尊重したのだ

自分個人との契約を死ぬ最期の時までを期限として交わし、死した後は、’’約束’’としてクリーチャーの好きに生きるようにさせた

そんなこと、普通ならば強制することではない

だが、彼女はあえてそれを’’約束’’という形の命令をして強制した
クリーチャーは、自由になったのだ
そして、彼女の死後、クリーチャーは’’自らの心’’で主を選び、仕えた

つまり、クリーチャーは本当に自由にレギュラスに仕えている
命令に強制力はなく、無償無給で、側に居たい人…仕えたい人に仕えて許可をもらい、働いている
そして、レギュラスもそれを受け入れた



それが’’約束’’(最後の命令)だったから…







ハーマイオニーはそれを聞いた時、涙が止まらなかった
自分は、屋敷しもべ妖精を解放しようとばかりして、本質が見えていなかった
屋敷しもべ妖精という種族を理解し、仕えることこそが名誉と考える考え方を尊重した彼女のやり方は、ハーマイオニーが想像もしなかったものだ
過去にハーマイオニーが取ったやり方は、上から目線の同情にも似たものだった
それでは反発が起こるのは必須

ずっと彼女に仕え続けてきたクリーチャーだならこそ、頑固な考え方を溶かすことができたのだろうが…

それでも、それでも普通にできることでない…

そして、クリーチャーがハーマイオニーに本を渡した理由も、ハーマイオニーがクリーチャーを庇い続けて、冷たく対応されても優しく接し続けたからだった

クリーチャーの中で、ハーマイオニーになら、きっと…たった一人の主のだった大事な持ち物を、渡してもいいと思ったのだろう

ハーマイオニーは、心の中で漠然と自分の長年の苦労が報われたような温かい気持ちが広がった
それは、人に認められる嬉しさだった



泣きすぎて腫れてしまった目を、袖で拭きながら、もう一度クリーチャーにお礼を言って立ち上がったハーマイオニーは、彼女が裏切ってなどいないという確信を持った
こんな話を聞けば、決定的だった




そして、オフューカスの部屋を出たハーマイオニーは、泣き腫らした目を洗うため、部屋に戻った





一方、耳を立てていたロンとハリーは、出てくる前に部屋に戻り、会話もなく唖然としていた

「正気じゃない…」

ロンがベットに仰向けになりながら、天井を見上げてぽつりと呟いた

「ハーマイオニーが?それともクリーチャーが?」

「そんなの決まってるだろ……しもべ妖精にあそこまでするなんて……イカれてる」

「ああ……そんなに変なことなの?」

「そりゃあだって。変どころじゃないさ」

まだ信じられない様子で呟くロンに、ハリーは、自分には関係ないので、どうでもいいような気がした

彼女が屋敷しもべに優しくしていたとしても、今の状況が変わるわけでもない

ハリーの心の中は、ずっと曇りだった
ミュリエルおばさんやエイファイアスが言っていたダンブルドアのこと…
自分と似たような境遇だったはずなのに、ダンブルドアがそれをただの一度も、言うことも、言おうともしなかった

それが、今のハリーにとって一番ショックだった


そしてその晩、ハリーは夢を見た


見切れるように、瞼の裏に流れる情景は、どこか見たことのあるどこかの聖堂だった…

暗いモノクロ映像が忙しく変わる情景の中で、次に見えたのは、壁のそこかしこに骸骨が埋まっている、気味の悪すぎる地下墓地のような場所の、暗い螺旋階段を降りるローブを深く被った背の高い男…

顔は見えない…

ただ、その男の腕に布が被せられた人間ほどの大きさの何かがあった
風船のように膨らんだ不自然な盛り上がり……

螺旋階段から次に変わった情景は、地下墓地の奥にある棺だった…

漆黒のローブを着た男が、布を被せた’’それ’’を、石の棺の中にそっと置いた

そして、男が棺の中を覗き込むように前屈みになり、’’それ’’覆っていた布を取った途端何度も見たことのある顔に、ハリーは目を見開いて飛び起きた

「はぁっ…はぁっ…はぁ…」

飛び起きたハリーは、息をひとつ呑む

忙しなく鼓動を打つ心臓の音がうるさかった
ぐっしょりと背中を濡らしている脂汗…
胸焼けのように広がる気持ち悪さと、頭痛
胸の辺りを掴んでさすりながら、目の前にあるシーツを強く握り締めたハリー

額からポタリと落ちる汗に、自分が感じるはずのないヴォルデモートの感情に、吐きそうになった



石の棺に置かれた…




あれは…






アルウェンだった…










ハリーは、結局、飛び起きてから寝ることができなかった
そして、起きてた二人に、夢の話をした
彼女の遺体があるかもしれない場所の説明を、見てわかった限りの特徴で伝えると、ハーマイオニーが心当たりのある場所を口にした


「多分…そこはウィーンにあるシュテファン大聖堂ね。沢山の白骨遺体があったのよね?」

「ああ…壁にも…」

「カタコンベね」

「「カタコンベ?」」

二人揃って意味がわからない顔をして、ハーマイオニーは、溜息をひとつ吐いて説明した

「カタコンベっていうのは、地下墓地のことよ。ハリーが見たそこは、多分、マグルの世界の大聖堂よ。シュテファン大聖堂。そこのカタコンベには、約2000体の遺骨があると言われているわ」

「うげっ。まじ?」

「この遺体は1697年に流行したペストの死者の遺体よ。ヴォルデモートが殺した人間の遺体じゃないはずだわ。でもなぜ、マグルの世界なんかに?」

ハーマイオニーは、信じられないとばかりに自問自答するように言った

「さあ」

ハリーは、まだ若干震えが治らない手の平を見ながら、上の空で答えた

「ハリー、顔色が悪いわ…そんなに酷いものを見たの?」

ハーマイオニーは、話し始めた時からずっと、見たことがないくらい動揺しているハリー
ハーマイオニーは、原因は、見た夢しかないだろうと思った 
話終わっても、ハリーの青い顔がマシにならないので、ハーマイオニーは、心配そうに聞いた

ハリーは、あからさまに動揺したように視線を彷徨わせた
ハーマイオニーに言っていいものか…考えた
考えた結果、ハリーは言うことにした

行けば、どうせ知ることになる…

「……いや…違う…いや、そうじゃないんだ…ただ……その…彼女の遺体……お腹が…その…」

「言わないで!」

ハリーが言おうとしたことが分かったのか、ハーマイオニーは、それ以上は聞きたくないとばかりに咄嗟に叫んだ

嫌な沈黙だけが流れる…

「…ウィーンか。どうやって行く?」

ロンが、気まずい空気を打ち破るように言った



















服従の呪文で傀儡にされたパイアス・シックネスが大臣になり、神秘部のための研究を利用し、魔法省では「マグル生まれが本物の魔法使いから魔法を盗んでいる」として、徹底的なマグル生まれの弾圧の取り組みを始めていた

魔法大臣上級次官の役職に戻り、マグル生まれ登録委員会委員長として、ドローレス・アンブリッジが、マグル生まれの無実の者たちを弾圧し始めていた

そんな中、国際魔法協力部外交部門外交次官バーント・アンバーソンは、一日で劇的に変化した魔法省に、戦慄していた
いや、戦慄していたのはそれだけが理由ではない
魔法省の要人が、大臣暗殺の裏で数名拷問のすえ、殺害されたからだ

わずか一晩で

『名前を言っては行けないあの人』に乗っ取られたことくらい、バーントには分かった

おまけに、新たな政権の政策で『マグル生まれ登録委員会』なるものが発足し、全ての部門で働く者達が、嫌疑をかけられ連れて行かれた
国際魔法協力部外交部門も無事ではなかった
ここは、家柄や魔力もさることながら、なによりも実力が求められる部門だ
だからこそ、魔法省が発足してから長い年月をかけて少しずつ、出身を問わず外交において才能のある者を採用してきた

そうなれば、当然、人員もがっぽり減るわけで…
連れて行かれた者達の中には、バーントが親しくしていたマグル生まれの魔法使いもいた
それなりに交流のあった部下達も連れていかれ、人手不足、今までのように仕事ができない
どの部門も、弾圧により人員の移動が凄まじく激しく、中には優秀な人材もいたので、すんなり埋めることもできず、かと言って、魔法大臣付上級次官に物申す者もいない
目をつけられた後に、でっちあげで弾圧されるのは目に見えているからだ
お役所の職員は、たとえ闇の魔法使いに乗っ取られていると気づいても、言うものはいない
上の方針に従わなければ、今は特に危険だと、聡い者達は理解していた

バーントは、その性格ゆえに出世するような男であった
つまり、上の顔色を窺うのが上手く、それなりに人を視る眼を持っている
魔法法執行元部長のシックネスが大臣になったことに疑問はなかったが、あのような政策を実行し、しかも前科のある女を委員長に据えるほど愚かな男だったか?と疑問に思っていた

外交部門は、国外の魔法省と外交を担当する重要な役職
それなりに長く勤めるそこの次官と、シックネスは歳も近く、魔法省内だけでだが、交流はあった
シックネスがこの頃、大臣になるため、積極的に動いていたことは知っていたが、バーントはどうにも腑に落ちなかった

友人の一人娘が行方不明の件もあり、バーントは多くの可能性を考えた
一番考えられのは、最悪のシナリオ
既に亡くなっている可能性だった
拉致、誘拐、教唆…嫌な可能性ばかりが浮かび、魔法省内の伝手を使って探すのは、なぜか危険がある気がして、その手は使わなかった
まったく進捗のない中、バーントは友人に何と言っていいのか、わからなかった
ルーディンは闇祓い局に要監視扱いとなったため、極力魔法省には来ないように伝えたバーントは一人で情報を集めなければならなかった
職場は、凍りついたような緊張感だけが流れ、まるで魔女狩りのような冷え冷えとした空気が流れていた
落ち着いて仕事など、できるわけがない

気分転換をしようと、バーントは廊下に出た

そこで出会ったのは、黒人で頭がスキンヘッドのエキゾチックな服装をした大柄な男、キングスリー・シャックルボルトだった

「やあ、シャックルボルト!」

バーントは明るく声をかけた

「ん?ああ、アンバーソンか」

振り向いたシャックルボルトに、バーントは、やっと息が吸えるとばかりに少し眉を下げた

「ああ、シャックルボルト。君と話すのは久しぶりな気がする。はあ」

「人の顔を見て溜息とは、君は相変わらずなようだな」

渋いテノールのような、過度な抑揚のない穏やかな声が耳に入り、バーントはルーディンと話している時のように肩の力が少し抜けた

「いや、違う。違うぞ。これは君の顔を見て気が抜けたんだ。良い溜息だ」

「はて、ここは喜ぶべきかな?」

「ああ、外交次官に気が抜けると言わせたんだ。そりゃあもう、誇ってもいいくらいだ」

大仰に言ったバーントに、シャックルボルトは久しく緩んでいなかった口角が緩んだ
この男はこういう男であった
ひらひらしていて掴みどころはないが、人を良い気分にさせ、ペースに乗せるのが上手いところがある
外交官らしい性質である

「それで、私に何か用があったのか?」

シャックルボルトが改めて問うた
すると、バーントはまさしく肩を下げてまたしても溜息を吐いた

「溜息ばかりだな」

「いやまあ、じつ…いや、君に相談してもな…君はいつも忙しいし……」

ぶつぶつと言う、らしくないバーントに、シャックルボルトは顎を摩った
ここ最近の情報と擦り合わせて、バーントがここまで気落ちすることがあったか、と考える
部下がマグル生まれ登録委員会に連れていかれて弾圧されるのは、どの部門でも起こっていることだ
この男が、そこまで頭を痛めるとは思えない
腐っても次官にまで上り詰めた官僚だ

それを踏まえて、シャックルボルトは「何かあったなら言ってみなさい」と言った

すると、言ってしまったが最後、バッ!と顔を上げて期待の篭った目で、バーントはシャックルに詰め寄った

一瞬、「そういえば、こういうやつだった…」と少し後悔して、視線を逸らしたシャックルボルト



そして、姿勢を正して真面目な様子に戻ったバーントに、シャックルボルトは話を聞いた

「実はなあ、私の唯一無二の親友の一人娘が行方不明なんだ」

「行方不明か…今は突然いなくなる者が多いからな…それだけでは何とも言えん。魔法省が公開しているリストに名簿にはなかったか?」

「そう思い問い合わせて調べたんだ。だが、その…」

「まさか、既に…」

「いや、違う。そうじゃないんだ。…君は、その、ダンブルドアと親しかっただろう?彼は生徒に隙をつかれるような魔法使いだったか?」

バーントの発言に、シャックルボルトは警戒を持った
そして、彼が否定してくれと言わんばかりの様子でこちらを見ていることに、彼の親友の娘というのが、誰のことか推測がついた

「まさか、君のその親友の名前は通訳のポンティ殿か?」

魔法省でもよく耳にする通訳の名前の男か、と思い、シャックルボルトは嫌な予感がして聞くと

「知ってるのか!」

当たりだった

シャックルボルトは頭を悩ませた
どう答えたものか…
自分はマッドアイほど知らない
その一人娘が、おそらくはダンブルドアに信頼を置かれていた騎士団のメンバーだった彼女であり、殺害の犯人…と、されている人物

「ポンティ殿のことは知っている。私の知っている女子生徒が、その男の娘かどうかはわからん」

「実はな、ルーディンが来た時に、私もはじめて知ってな。一応リストが出てないか問い合わせをして闇祓い局に確認に向かったんだ。その時…マッドアイに会ってな…」

「闇祓い局に向かったのか?」

「ああ、調べても良いと許可が出たのが闇祓い局だけだったからな。ルーディンと向かった」

シャックルボルトは内心焦った
闇祓い局はもはや機能していないにも等しい
下手をすれば闇の陣営に取り込まれている線が濃厚なのだ

焦りを抑えながら、シャックルボルトはバーントの話を聞いた

「それで、マッドアイは娘を…メルリィを知っていると言っていたんだ。ほら、あいつは以前にホグワーツで教えていただろう?そしたら、メルリィは今、闇祓い局がその…校長殺害の関与の疑いがあるとして、現在追っていると…聞かされてな」

シャックルボルトは、まずいな…と思った
ダンブルドアから、ポンティの両親は国外にいると聞いていたが、まさか戻ってきていたとは
しかもこんな時期に…

よくよく考えれば、彼女の中身がオフューカスであることに目が行きすぎて忘れていた
彼女には家族がいる
心配するのは当然のことだ

だが、今はタイミングが悪過ぎる

同時に、マッドアイが、わざわざそう答えたなら、何か意味があるのだろうと考えた

「それに加えて、父親ならルーディンが要監視になると言われてな。酷くショックを受けていた……手がかりもないし、どうにかしてやりたいんだが、今は魔法省もこんなだし、私も立場上できることには限度がある。多少の越権行為が許されても、程度は知れている。その上、元から国内は管轄外だ」

シャックルボルトは、マッドアイが必要な嘘を吐いたのだとすぐ分かった
確かに、彼女は闇の陣営に寝返ったとして追っている
だが、それは殺害に関与したと’’知っている者だけ’’だ
詰まるところ、ダンブルドアが死んだ時、学校から魔法省に報告されたのは、『学生が手引きをして死喰い人がダンブルドアを殺した』というものだからである

彼女が殺害したところを見たのは、ハリーだけであり、それを知っているのも騎士団のメンバーだけ……のはずだ

なぜ、マッドアイはわざわざ指名手配されていると嘘をついたのか
答えは先程バーントが言った

父親を守るためだろう

マッドアイは、何か確信がある上で彼女の父親を極力関わらせないように遠ざけている

シャックルボルトはそれが分かった途端、目の前の男に言うことは決まった

「娘か…何か情報があれば気に留めておこう。ちなみに名前は?」

不自然にならないようにシャックルボルトは聞いた

「ユラ・メルリィ・ポンティだ。父親はルーディン・ポンティ。ホグワーツの時からの親友でね。いつも娘の自慢話を聞かされた。私もあの子が産まれた時から知っていてね。目鼻立ちはサユリによく似て本当に可愛かった。五歳の時くらいからは会ってないが。ーー話を聞く限り良い子だよ。だからきっと、マッドアイが言ったことも何かの間違いだ」

シャックルボルトは、やりきれない気持ちなった
こんなにも心配している者がいたのに…踏み込まなくてもいい世界に戻ってきた彼女に

シャックルボルトは、実のところ彼女のことは良く知らないが、あらゆる側面から起こったことを考えれば、彼女が完全に寝返ったとは考えてはいなかった
でなければ、裏切り者には容赦しないマッドアイがわざわざ嘘をついて父親を守る理由がない
本当に追っているなら、父親を餌に使って誘き出すくらいはする
ぎりぎり人道に触れないくらいで、手段は選ばない


その後、情報があれば連絡すると言い、バーントと別れたシャックルボルトだった
念の為、父親は目をつけられているなら、あまり行動を起こさないほうがいい、とだけ忠告して













     






また、人を殺した
手についた血が落ちない…

「ナ、ナギニ殿…」

「…なに?」

「ご、ご主人様はいつ頃こちらに……」

「さあ。なぜ私が知っていると思うの…彼には彼の考えがあるんだから、私の知ったことではないわ」

少し警戒を解かれてリドルの館から彼に連れられて外に出るようになって、彼が同行させない時はゴイルの館で、こうして待たされる
杖も返された…
前より全体の流れを把握しやすい
イリアスは基本的に彼についている
多分、あれは分霊箱だ…
間違いない…
‘’彼’’が言っていた予想は…結局外れた…
もう嘘をついたとか、言わなかったとか…


どうでもいい


分霊箱は二つじゃなかった…

私と、蛇と…きっと、’’彼’’が言った石ね…

でもどうして?私の心を軽くするため?それとも、分霊箱になったものが…私が知ると都合の悪い物なの?

ねえ…なぜ…イリアスなんて名前をつけたの…

聞きたい…でもきっと、答えてはくれない…

親しくしていた人の命を奪ってしまった
彼が横で拷問している中、私は見ていただけだった…
いっそ殺してくれと叫んでいた…彼らから目を逸らすことなんて許されず、私の手で、殺させた
もう…もう殺したくない…

チリアンパープルのような色と黒が支配する悪趣味な広間のカウチに掛けながら、何となしに、床のカーペットの柄を見つめてい彼女


そこに…


「旨そうな匂いがすると思えば、お噂のナギニ殿じゃないか」

広間に入ってきたのは、鋭く尖った歯を歪に歪められる口元から覗かせ、灰色の髪と髭が顎まで伝い縺れており、少し離れているだけでも匂ってくる血と汗の混ざったひどい悪臭の男


「近寄らないでもらえるかしら。鼻が曲がりそう」

静かに視線を向けて、言い放った長い黒髪の色白の女
カウチに腰掛けて、主君と似たような漆黒の服を身に纏い、グレイバックに嫌悪の表情を向けた

「お高く止まってるお前が、いつあの方の逆鱗に触れるか見ものだ…ひっひっ。その時は俺に下賜されるように願い出よう」

顎を軽く上げて、舌舐めずりしながら、不協和音のような声で言ったグレイバック

それに対し、彼女は軽く目を伏せて、まるで諦めたように言った

「……そう。上手くいくといいわね…(そう簡単に死ねたらとっくに…)」

「矢張り、良い女だ。活きのイイ女子供もいいが、お前のように澄ました顔をした奴が、死に面した時、どんな無様な顔をするのか興味が湧いてくる」

猛禽類のような目の瞳孔が開き、舌舐めずりをしたグレイバックに、彼女は掛けていたカウチから、冷めた目で睨みつけた

部屋の隅にいるペティグリューは内股でぶるぶる震えながら、吹いて出てくる額の汗を拭いながら、恐々とした目でグレイバックと二人を見ている

「悪趣味な男」

「くっくっくっ。お前は旨そうな女だ」

「ひっ!」

グレイバックが不気味に嗤ったことで、ペティグリューがさらに肩をビクつかせて縮こまる

「用がないなら出て行って」

「用ならあるさ。なあ?お前は何者だ?え?突然現れてあの方の側近くに侍ることを許されている。あの方のなんだ?無礼な振る舞いを許され、あんな嘗めた呼び方すらしている。え?さあ、俺に教えろ」

グレイバックがカウチに腰掛ける彼女に、肩を竦めてにじり寄るように近づき、血と土と泥、汗の匂いが混ざる悪臭をさせて、血に塗れた口をそのままに前屈みになり顔を近づける

その悪臭に眉を顰める彼女は、黙ったまま

「’’ナギニ殿’’とやら。お前を喰えば、今より力を手に入れられそうだ。どう思う?え?」

まるで薬中になった人間の目のような、剥き出しの本能が光る目に横から刺すように見られながら、彼女は、嫌悪感と恐怖に震えそうになる手を抑えながら、前を向いたまま、静かに答えた

「発言には注意しなさい。グレイバック」

グレイバックを見もせずに返した彼女
それに、相手にもされていないと分かったグレイバックは黄色く長い爪を伸ばそうとした

だが…

「随分と偉くなったものだな。フェンリール」

甲高い声が、嫌に静かに響いた
黒い煙と共に、グレイバックの背後に現れた、蛇のような蒼白な顔をもつ長身の男
縦に裂けた紅い眼の鋭い視線が、グレイバックの背中に刺さる

背中に感じる圧倒的な魔力の邪悪さに、らしくなく恐怖を感じるグレイバック
だが、冷や汗が流れるほどで、顔には出さない
足元でシューシューと音を立てて、大蛇が床を這った
グレイバックのすぐ足元を通り過ぎた

「…’’イリアス’’…」

彼女がぽつりと名前を呼ぶと、大蛇は応えるようにシューシューと喉を鳴らし、カウチに滑り上がった

彼女の脇腹から肩に回った大蛇が、フェンリールにゆっくり雁首を向けた

「貴様は、今、ナギニを喰いたい…と言ったか?」

「…女は旨い」

「ふむ。貴様が血に飢えているのはわかる」

「ならば…「だが、ナギニを喰うことは俺様に楯突くことと同じだ。それを、貴様なら当然、分かっていよう」

「!」

「もう一度聞こう。フェンリール。ーーナギニを喰いたいか?」

「…いいや」

「行け」

甲高い声が低く短く吐き捨て、グレイバックは広間から出た
去り際、彼女の横を通る際、軽く視線を向けながらにやりと口角を上げて嗤った

肌をねっとり這うようなその視線に、鳥肌が立った彼女は、自分の腕を軽く摩った

ワームテールは口を開こうとしたが、許しがないので黙っていた

「ナギニ」

咎めるような高い声が響いたが、彼女の伏せられた黒曜の視線は膝下に注がれたまま

「戻して。前の場所に…ここには居たくないわ…外に出られなくてもいいから…」

消え入るように呟いた彼女に、ヴォルデモートは眉のない眉間に皺を寄せた後、すぐに愉快と言いたげな表情になった

「はっ。健気なことを言うようになったな。愉快な」

嘲笑うように吐き捨てた言い方に、彼女は顔のすぐ横にある雁首に指先を近づけた
無意識のような仕草で、白い指が大蛇の口元に近づく
割れた舌をしゅるしゅると出し入れして、大蛇にしては小さく口を開けた
白い指先に緩く噛みつき、彼女は痛みで肩を少し揺らした
噛まれるとは思ってなかったようで、まるで’’イリアス’’が怒っているかのように思えた

指から口を離した大蛇

噛まれた白い指先から、丸く赤い膨らみができて指筋を伝い落ちる

「私はあなたの配下でも、ましてや仲間でもないわ。だだの、あなたの’’記念品’’よ…」

吐き捨てるようにそう言った彼女に、ヴォルデモートは軽く手を上げてワームテールを外に出した

扉の締まる音が、いやに大きく響き渡り彼女は、体が覚えている苦痛を想像してしまい、肩を揺らした

その仕草から、彼女の今の感情が、手に取るように分かるヴォルデモートは、カウチに座る彼女の前に静かに立った
視線を下げていた彼女の視界に、爪の伸びた裸足の白い足が、漆黒のローブの裾から覗くのが見えた

「名は、俺様と共に捨てたはずであろう」

「あなたが言ったのよ…それすらも忘れてしまったの…」

「覚えているとも。ーーああ、お前との過去は忌々しいまでに、鮮明に、今でも俺様の中に存在している」

「ねえ、トム…」

嫌悪し、捨てた名前で呼んだ彼女に、忌々しいと言わんばかりの表情になったヴォルデモート
だが、唐突に彼女は、カウチから立ち上がって漆黒の長い袖に通る細い腕を上げた
その手は、ヴォルデモートの、蛇のような白い顔の頬に伸ばされた

振り払われると思ったが、彼女程度の攻撃など、彼はどうにでもできる

青白い頬に触れた彼女の黒曜の目は、深い悲しみで揺れていた

「ナギニ」

「あなたは…いつから私の手の届かないところに行ってしまったの?いつも見ていたのはあなたの背中だけ……なのに、……あなたは残酷だから…届かないと思わせて、すぐ前まで迎えに来てくれた……嫌い…嫌いょ…トムなんてっ…」

目の前にいるのは、夢でそばに居てくれたトムではないのに、口から出てくる期待すら含んだ恨言のような言葉は止まらず、頬に流れる冷たいものも、頭痛がしそうなほど熱く熱を持った瞼の奥だけは酷く現実的で…

彼女の血の付いた指先は、添えられたヴォルデモートの頬に付着し、白いキャンパスを彩るように不気味に掠めた

「お前は幻を見ていたに過ぎん。…ナギニ、前にも言ったであろう。その言葉を俺様の前で、二度と使うな、とな」

彼女は、頬に手を添えたまま、押し黙った
思い出すのは、一度…ただ一度、彼に向かって「嫌い」「大嫌い」と言った時のこと

その言葉は、確かに二人の間に亀裂を残した

「トッう゛ッ!」

再び名を呼ぼうとした彼女に、言いようのない恐ろしい憎しみの表情を浮かべたヴォルデモートに、彼女は打たれた

衝撃でカウチに倒れ込む彼女を、冷たく見下ろす暗い紅

「…ど…ぅ…して…」

「二度はない。そう言ったはずだ」

「ッ…ごめんッ…なさっ…」

打たれた頬を抑えることもできず、震えて疼くまりながら譫言のように謝罪する彼女の前に屈んだヴォルデモート
漆黒のローブの裾が床につく

「ナギニ」

「ッ…と…るっ…ルベルッ…」

「痛いか?」

「……ぃっ」

口の端が切れて血が滲んでいる彼女の頬に、今度はヴォルデモートが白い手を添えた

肩を震わせる彼女

「おお、可哀想に。ーーなあ、ナギニ。お前に傷をつけるのは本意ではないのだ」

至極優しく話しかけるヴォルデモートに、黒曜の目の端に涙を滲ませながら、目を逸らすこともできずにただ、目の前の邪悪な男を視界いっぱいに写した

白い長い指が、頬から口元に滑り、滲む血を拭った

「俺様が、お前の前で全ての望みを潰してやろう。ハリー・ポッターを殺してやる。目の前でな」

不気味に嗤うヴォルデモートは続けた

「ナギニ。どうして俺様は、お前を殺さないと思う?」

その問いは、まるで自分自身にも問い掛けるような言葉だった

「ぇ……」

質問の意図がわからず…いや、分からないふりをしていたかっただろう彼女は、小さな声が溢れ出た

ヴォルデモートは、彼女の頬を上下に、確かめるように指を滑らせながら続けた

「俺様とお前は、あの頃より、より’’崇高な’’魔法で深く繋がっている。お前が望んだことだ。何が不満だ?」

まるで、彼女がそう言ったかのように宣うヴォルデモートに、彼女は必死に記憶を呼び起こし、困惑した
自分の記憶は、曖昧な繋がりと、確証のないものばかり…
何が起こり、何をしたのか…手を加えられ、自分が自分である自信も、もはや無くなるほどの…

「…なに…を…」

「何をしたのか?」と問い質したいはずなのに、口から出るのは言葉にすらならない単語のみ

そして、「そんなこと…一度だって望んだことはない」と、心の中で強く反論した彼女だったが、彼に腰を引き寄せられ、横に抱き上げられたことで唐突に思考が止まった

「……なっ…」

ローブごと巻き込むように抱えられた膝裏に、背中に感じる腕に…彼女は狼狽した
それは、心躍るものではなく、彼の行動がわからない恐怖と困惑ゆえからだった

「お前は、俺様が成した、この世で最も崇高な魔法の成功を証明する存在だ。ーーわかるか?」

彼女を抱えたまま、緩やかに歩き始めたヴォルデモート
ヴォルデモートの足元にはイリアスが床を這ってついてくる
彼女は、視界の横に映る漆黒のローブを見るようにしながら、呟いた

「……私は…人ではない…の…?」

半ば放心したように、自分自身に聞くように呟いた彼女

「喜ぶべきことだ。俺様とお前は、最早人間などという矮小な存在ではない」

淡々と、ゆっくりと頭の上から響く甲高い声に、彼女は唇が震えた

そして、人間ではないのか、という恐ろしい可能性に、彼女は一層顔を青くした

「私にっ…私に何をしたのっ?力を与えられただけじゃっ…ねえ、ルベ……ル…」

目の前の漆黒の服を弱々しく掴んで問い詰めようとした彼女は翳された手によって強制的に眠りに誘われた

服を掴んでいた手は力無く落ち、頭は胸に傾いた

彼女は、自分が予想していたこと、’’彼’’から知らされていた情報と、差異があることに動揺した

唐突に、自分は何故、この世界で生きているのか
何故、記憶を持って、何度も、何度も生まれ変わっているのか…
時期も、人種も、年齢も何ひとつ統一性がない…
ただ、魔法使いであるということ、彼から離れないということ…それしか思い浮かばなかった

意識を落とした彼女の頬を伝う涙に、ヴォルデモートは遠い、不愉快な憎らしい記憶を思い出した










彼女が身籠って暫くした時…
不安定な精神が、安定したりしなかったしていた中、ある時、一般的な安定期に入った彼女が心の底から微笑みかけた時があった

柔らかく灯るランプの光のような、神聖にさえ思える微笑み…
嫌悪すら覚えるほどの……似つかわしくない…姿…表情で…

言ったのだ




ーーー「トム。この子の名前は、『イリアス』よ……ふふ。男の子でも、女の子でも…とても綺麗な響きの名前よ…………この子には、幸せになって欲しいから……」ーーー


膨らんだ腹を撫でながら言ったナギニ




ーーー「私…この子のこと……大事に育てたい……」ーーー


あの時


あの瞬間


彼女が己を裏切って子を選んだ時から…
既に、結末は決まっていた…






















強力な保護呪文が掛けられたポンティの家に避難、滞在していたドラコ・マルフォイとセオドール・ノットは、魔法省が陥落する前、ルシウスが迎えに来たため、マルフォイ家の、知られていない別邸に移っていた

入れ違いになるように帰国していたルーディンは、当然ながら、もぬけの殻になった家

つい数ヶ月前まで、愛する家族と幸せな日々を送っていた家
ルーディンは帰国する時、妻を日本に残してきた

なぜなら…

『名前を言ってはいけないあの人』の存在があったからだ

かつて、暗黒時代、その数で軍隊ができるほどの多くの魔法使いが殺された
国内にいる魔法使いの、家族、親戚、友人、知り合い…身内や顔見知りに殺されていない者はいないだろうというほどの多くの者が殺された
国内だけでなく、国外にまで恐怖を浸透させた『例のあの人』の存在は、妻である日本人のサユリには、その脅威がどれほどの大事か、どれだけ強大な力を持った闇の魔法使いなのか、いまいちわからないだろうことに気付いていたルーディン

あの時代、ルーディンも、身内や顔見知り、そして友人を殺された
スリザリン出身ではあったルーディンだが、友人はバーントをはじめ、ハッフルパフ出身の者が多く、卒業後は魔法省勤めになる者や、職人になる者、特殊な肩書きを持つ者が多かった
自分もサユリに惚れて日本語を自在に話せるようになったことで、通訳として多くの仕事を請け負い、家族を養い、平和に過ごしていた
通訳の仕事を続けて、気付けば、バーントに頼まれて時折外交で協力するようになっていたから、自ずと魔法省の内情は見聞きするし、世間で噂されていることと、起こっていることに、どの程度の差異があるのかは、長年の経験から察しがつく

今、国内がどれほど混乱に陥っているかは、聞かずともわかっていた
だが、それでもルーディンは危険を承知で魔法省に出向いて、バーントに会いに行った
不安定な情勢により、実は随分前から日本との外交で呼ばれていたのもあったが、バーントの様子次第では、娘のことを調べてもらおうと思っていた


そこで、知らされたことは、ルーディンに深いショックを与えるには十分だった
だが、それでもルーディンはその話を半分以上信じてはいなかった
多少冷めたところはあったが、メルリィは優しい子だった
魔法界には多くの面で差別や偏見が多い
そんな中で、彼女はそれに嫌悪の欠片すら見せなかった
ただ、悲しいことだと、以前に言っていたのを聞いたのだ
賢く、聡い娘を、ルーディンは誇りに思っていた
おまけに、ホグワーツでは連続で主席になるほどの優秀さ
自慢の娘だった

家では、妻から教えられた料理を作ってくれるし、しょっちゅう家の周りの湖に、散歩に出かけるほど自然が好き、ペットの趣味は少し変わっているが、歳の割には落ち着いていて本が好きな普通の子だった

そんな子が、自分の学校の校長を殺して、闇の陣営に?

あり得ない

断言できた

…だが…

…だが…

…もし…


ルーディンは、もしかしたら、考えたくもないが…あるかもしれない可能性にすぐに思考を頭を振り払った

ある程度、才能のある魔法使いなら、一度は闇の魔法に惹かれる
そんなとこは誰もが知っているところだ

娘は才能があった
親の欲目を差し引いても、賢く、聡い娘
少々聞き分けの良すぎる子どもだったが、欲がなかったわけではない

と言っても、妻に「日本食を食べたい」「作ってほしい」と言う程度のものだったが…
唯一の短所は、本ばかり読んで引きこもりがちで、外での遊びに全く興味がなかったことくらい
小さい頃、ルーディンが遊びに誘っても嫌そうな顔をして駆け回ったりするのを嫌がったくらい
運動嫌いであった


そんな…そんな朗らかな子が…
自然やちょっとしたことを喜ぶような子が…

あり得ない
優しい子なのだ
頭を撫でられると、幸せそうに頬を緩ませていた

家族を愛し、そして、愛されている娘…

そんな愛情をたくさん受けて育った娘が、闇の道に走り、誰かを傷つけるわけがない

家のテーブルの椅子に項垂れるように腰掛けながら、棚に飾られた写真達

待望の子ども…
自分達夫婦の間には、なかなか子供が出来なかった…
医者には、子どもを作るのはもう絶望的だと言われていた…

そんな時、奇跡的にできたのがメルリィだった

まさしく、奇跡だと思った
メルリィが誕生したあの瞬間
まだ目も開かない、しわしわの赤子だった頃から…大切に、大切に…
目に入れても痛くないほど大事に育ててきた…
自由に、伸び伸び育ってほしいと、させてやれることは望めば何でもさせてあげた
謙虚に育った娘は、我儘など言うことがあまりなかった

だから、そんな娘が、去年、学校が始まる前に日本に長期滞在してくれ、とお願いされた時、思わず頷いてしまった

メルリィは、何かを知っていたのかもしれない…
思春期の子どもだし、親に言えないことなんて沢山ある


いや…

いや……

そんなことはどうでもいい…

今はただ……

「……生きていてくれっ…」

呟いた言葉に返事はなく、居間の暖炉の火の弾ける音に掻き消えるだけだった


娘を見つけるため、まずは情報収集に動こうとしたルーディンの元に、魔法省から、登庁を命ずる召喚状が来た






差出元は『マグル生まれ登録委員会』








—————————

明らかになってゆく分霊箱…


死の秘宝 〜4〜
同じ彼でも、違う彼
同じ時を過ごし、言葉を交わしてきたのに、重なり合うことがない

ハリーは、無くしたものを埋めようと心で感じるものに見て見ぬふりをし続ける

分霊箱は、そこにいる者の心を蝕み続ける

破壊の方法が見つからないなか、彼女の遺体は…
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2021年12月8日 11:59
choco

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