pixivは2022年7月28日付けでプライバシーポリシーを改定しました詳しいお知らせを見る
※捏造過多
今回めっちゃ長くなった
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年月を感じさせる色褪せたボルドー色の薄く大きい木箱
セオドールが持ってきた箱を見たドラコは当然「何をやっているんだ?何だそれは?」という疑問の顔になった
そして、その箱が現れた経緯を説明したセオドールに、すぐに「戻してこい!」とドラコは言った
だがセオドールは拒否した
あまりにも頑固なその姿勢に、ドラコは渋々…というより恐々とした様子で箱を開けることに同意した
だが、万が一のことも考えて、まず闇の呪文がかけられていないかの確認のために「呪い解除」の呪文をかけ、何も呪いがかけられていないことを確認してから、向かい合ってから頷き合い、セオドールは杖を向けた
「『システム・アペーリオ(箱よ、開け)』」
十分に距離をとった状態で、テーブルに置いた箱に向けて言ったセオドール
杖から出た薄い光が吸い込まられるように
ひとりでに蓋が開いた
浮遊するように横に鎮座した蓋を確認して、二人は箱の中身を恐る恐る覗き込んだ
「服?」
「いや、これって……ローブ?じゃないか?」
「なんでローブをこんな箱に…意味が分からないぞ」
「(隠すほどの何かがこのローブにあるのか?…だとしてもあんな高度な魔法をかける価値があるものなのか?)」
セオドールが考え込んでいる間、ドラコはローブを手に取っていた
「これ、紳士用だぞ。多分。絶対ユラのじゃない」
「は?ちょっ何勝手に触って…危ないだろうっ?」
「別に魔法はかかっていなかったぞ。ーーーこのサイズだったら結構背が高いやつだろうな。ユラの周りにそんな背の高い男はいなかったと思うが……父親へのプレゼントにしてもおかしいしな…」
「(これは絶対父親への贈り物なんかじゃないだろう……なぜか、彼女にとって意味のある品のような気がする…わざわざこんな封印紛いの魔法をかけてまで隠すなんてよっぽど自分以外に見つけられたくなかったとしか思えない)」
「おい見ろよセオドール。これ相当手がこんでるぞ。父上のローブとそれなりに良い品だったが、これ多分オーダーメイドだぞ」
「?(…手触りは絹に似てるな…重厚感のあるデザインだ…しかもこの刺繍…)保護魔力が込められているな…といっても祈り程度だけど…」
「え?これにか?ローブにそこまでするって……」
「ああ、誰か知らないが大切な人への贈り物なのは間違いないだろうな(ブラック、緑、そして白銀…どれも単一でいてシンプルな色を使っているけど、堂々かつ厳かなデザイン……これを見ればどんな人物が身に纏うのかある程度想像できる…ユラの想い人は僕とは正反対なんだろうな…)」
少し力なく言ったセオドール
背中の裏側に堂々と刺繍された白銀の蛇が緩やかな菱形に象られたアイビーに巻きついている
まるで家紋のようにも見えなくもない
「…こんな家紋は見たことがないが…お前はあるか?」
「いや、こんな家紋は僕が知る限りは存在しないよ」
「お前でも知らないか…じゃあ単なるデザインか?」
「多分……(他にも魔法がかけられているわけではないから取り敢えずは安全か…)」
「やっぱ、ユラに会わないことには何も解決しないよな…」
「!」
唐突にドラコが呟いた言葉にセオドールは一瞬目を見開いた
「このローブもそうだし、あの謎の手紙も…正直さ、ユラが何を隠してたにせよ、僕はグレンジャーの口から聞きたくない。父上も何も話してくださらないし…」
ぽつりぽつりと呟かれるドラコの独白に、セオドールは黙って耳を傾けた
「そりゃ最初はムカついたし、ユラに怒った。だけどさ何か隠してたとしても事情があったんだよ。ユラがよく言ってただろ…「人間、人に言えないことのひとつやふたつはある」ってさ」
「ああ…(ひとつやふたつどころで済めばいいけどね…)」
「だからそれで納得するのがいいと思ってな。でもグレンジャーから聞くのは許せない。なあセオドール、ユラを探そう。父上は教えてくれなかったけどーー実は前から考えてたんだけどさ、思い付いたことがある」
「思いついたこと?」
「ああ。これなら僕たちはそこまで危険じゃないし、父上にも勘づかれない」
「勘づかれないって、お前まさか秘密にするってことか?僕たちだけで?止められただろ。子どもに何ができるっていうんだよっ…」
「……いつまで意地張っているつもりだ」
「別に意地を張ってるわけじゃない」
「張ってるだろ」
「じゃあ聞くが、君はユラが『名前を言ってはいけないあの人』に拐われていたとしても、助けに行くと言えるのか?」
「は……?」
「気づいていなかったのか…ーー以前の父の様子や君の父上の言い方からしても一番妥当な線だよ」
「それだけじゃない。『死喰い人』のリーダーでもあった君の父上を寝返らせるだけ確固たる何かをユラは持っていた。それに父達のユラへの態度を見る限り、友情だけではない畏敬の念があった。多分それって友人だっただけっていう理由じゃない気がする」
立ち続けに冷静に捲し立てるように言ってくるセオドールに、ドラコは瞬きもできなかった
セオドールは続けた
「学校が始まる前に一度父上に問い詰めた。ユラは何者なんだってね。その時『後輩であり友人だった』とだけ言ったんだ。だけどその前に言葉に詰まっていた。(あの表情は絶対にただの友人や後輩に向けるものじゃない。よく知っている。何か知られてはいけないことを必死に隠している人間の目だ)」
「だとしたら答えはひとつだろう?ユラは『名前を言ってはいけないあの人』と何か因縁がある。じゃないと父上達を助けたりしないし、やたらとポッターを気にかけたりしないはずだ。だからユラがブラックだった時のことを調べてみた(僕だってずっと腐っていたわけじゃない……不本意だけどポッターの言葉で目を覚まされたからな)」
「何か、わかったのか?」
ドラコがごくりと息を呑んで聞いた
「ユラがやたらとポッターに気を遣っていた理由は、リリー・エバンズにあったんだ」
「リリー・エバンズって……「ポッターの母親だよ」ああ…」
「(この話を聞けたのは奇跡だった。ユラのことを知りたくて当時の兄にあたるレギュラス先生に取り入った甲斐がある。ユラの正体に気づいていたのは目に見えて明らかだったからね…)」
「それで、なんでポッターの母親が出てくるんだ?」
「……これは聞いた話だけど…ーーひとつ違いのポッターの母親は、ホグワーツにいた頃、彼女ととても仲が良かったそうだよ。でも、それはどちらかというとポッターの母親が彼女を特別気にかけていたという意味で、彼女の方から積極的に仲良くしていたわけじゃない」
「それって仲良いっていうのか?」
「言わないと思う」
その場に妙な沈黙が支配した
「えっと、それが何の関係があるんだ?」
「妙だと言っていたんだ」
「妙?」
「ああ。それがーーー」
ーーーー「何故そんなことを知りたがるのか知らないが………はぁ…君はあの子と違うからね。常々あの子が素晴らしい子だということを誰かに知っていて欲しかったんだ」ーーー
ーーーー「Msエバンズは当時’’少し妙’’なくらいオフィーに関心を持っていた。二人の出会いがいつなのかは知らないが、私が気づいた時には、Msエバンズはオフィーを見かけると必ず声をかけてきていた」ーーーー
ーーーー「必ずって…違う寮ですよね?しかも学年も違います。なのに何故突然…」ーーーー
ーーー「さぁ、そこまでは私も知らない。先輩が後輩を可愛がっていたといえば聞こえはいいが、少なくとも私にはそうは見えなかったけれどね」ーーー
ーーー「それは、Msエバンズがただ仲良くしようとしたわけではないという意味でしょうか?」ーーー
ーーー「私にはそうは思えた。ーーブラック家に感心があったのか、それとも兄狙いだったのか……まぁどちらにせよ今では確認しようもない。結果的にMsエバンズは殺されたからね」ーーー
ーーー「……Msエバンズに対して、彼女はどんな感じだったのですか?」ーーー
ーーー「………特に感心はなかったよ。むしろ困っていたように見えた」ーーー
ーーー「それは、世間体のようなものでしょうか?(ユラはそんなものは気にしないはずだったけど…)」ーーー
ーーー「それもあるだろうね。昔は今より血に関する差別は強かった。ーーだが私が思う一番大きな理由は、おそらく、あの子がMsエバンズのような人柄の人間を苦手としていたからだろうね。私もあの手の女性は得意としていなかった。仄暗いものを持っている人間は積極的に関わりたくはないタイプだろうね」ーーー
わかる気がする
ポッターの母親を直接見たことはないけど、どんな性格をしていたのかはなんとなく想像はできる…
ーーー「今でこそ、古く長い純血の家柄は昔ほど重視られたりはしなくかったが、依然として我が国の魔法界では血統を見られるのには変わりない。就職にしても、人脈にしても……特に魔法省などはまだまだ根強い。古い考え方だと言われていてもブラック家に生まれた者はそれなりの優秀さを求められる。君の家系なら、その辺りはよく分かっているんじゃないかな」ーーー
何の感情もないように言った先生の言葉には、微かに嫌悪のようなものが感じられた
かく言う僕の家も、聖28一族の純血の家系…
しかも、その選定を行ったのが父上の先祖、カンタンケラス・ノットだと聞いている
幼い頃から父親らしいことをされた覚えなんてない
毎日礼儀作法の授業や純血一族として恥にならないよな教養や行動を心掛けるように教えられてきた…
だがそんなノット家でも、純血一族の中では小規模な方だった
最も古く大きい家柄であるブラック家で求められるものはその比ではないことなど想像に容易かった
しかも本家となれば尚更
ーーー「当時のスリザリンの生徒達は、特にその気質が強かった。自分の家に誇りを持ち、今よりも純血以外の魔女や魔法使いには厳しい目を向けてきた。そんな中、Msエバンズに積極的に話しかけられるオフィーがどんなに居心地が悪かったか……わかるだろう?」ーーー
あの言葉の裏にある意味は、ポッターの母親がグリフィンドールによくいる正義感の強い人間なのだということだろうな
いかにもポッターにそっくりだ…
年上の父上やルシウス様と懇意にしていた彼女なら尚更、マグル生まれのポッターの母親が話しかけてくることほど迷惑なことはないだろうな…
例え心では純血主義を嫌悪していても、一生を共にするわけでもない一時的な友情のために家格と体面を崩すことはできない…
この時、僕はやっと彼女の言葉で自分がどうして変われたのか自覚したんだ…
彼女は厳しい茨の道を歩んできた…
純血主義の家に生まれなければその苦労は誰にもわからない
わかっていたんだ…
隙を見せることも、甘えることも、一般的な親の愛を求めることもできない
家を途絶えさせることなく存続させ、伝統と規律、血統を重んじる
歴史と先祖に恥を残さないようにふさわしい言動を求められる
酷く孤独だったはずだ…
ーーー「人にはね、其々事情があるものよ。それを他人が土足で踏み入ることも、判断することもできないのよ。失礼にあたるし相手も不快になるでしょ……誰も、自分以外のことはわからないのよ」ーー
彼女が言っていた言葉は、印象に残ることが多かった
その中でもあの言葉には、どうしてか酷くホッとした記憶があった
彼女は純血一族ではないのに、どうしてあんなに僕の気持ちが分かるのか不思議だったが…
そういうことか…
ーーー「もともと感情表情が苦手な子だったけれど……あそこまでじゃなかった。まだほんの少しでも笑顔があった……だけど、五歳を過ぎてからくらいかな…全く笑顔を見せてくれなくなった。心を閉ざして、私にも一線を引いて接するようになった」ーーー
ーーーー「五歳って…まだほんの…」ーーーー
ーーー「そう。まだほんの子どもだ。本来なら親の愛情をたくさん受けて、甘えていい年頃だ。だが、私の家は…というより、両親は少々どころじゃないほど過激な純血至上主義者だった。我が家では愛情はすなわち教育だ。男の私や兄は妻を貰って家を継ぐ立場だったからまだマシだったけれど、女のオフィーは違う。まぁまさか、最終的にはオフィーが当主になるなんて想像すらしていなかっただろうけれどね」ーーー
嘲笑うように静かに吐き捨てた先生の様子に、僕は聞いている内容より彼女は厳しい環境で育ってきたのだろうと思った
知り合いの純血の家系の女なんてパンジーくらいしか知らないが、あれは例外だとわかる
父親が娘を溺愛しているから少々甘やかされて育っている
まぁそれでも、あの歳になっても素直に真っ直ぐ育ったパンジーはまだマシなほうだろうとは思うけど…
口は悪過ぎるが…
一般的な家庭出身なのに、彼女の所作や礼儀作法が完璧だったのは当たり前か…
むしろ見惚れるほど優雅だった…
一度パーティにいた時も、挨拶も対応も完璧だった
知識や学は言わずもがな既に身についている…いや、むしろ並の大人達よりよっぽど深く広い知識がある
ーーー「あの子こそ、よっぽど家を出たかったろうに。家長が勝手なことをしなければ……古い慣習に従うわけではないが、それでも兄の勝手な行動のおかげでしなくてもいい苦労をしたのは事実だ。今更何が正しくて何が悪かったなど言うつもりはないけれどね…………幻滅したかいMrノット?ブラック家がこんな有様で」ーーー
ーーー「いえ、純血の家に生まれればどこも同じようなものかと……私は父とは違います。あんなやつ、死ねば良かったとさえ思っています。ユラが助ける価値もなかったというのにっ」ーーー
ーーー「…滅多なことを言うものではないよ。良識を疑われるような発言は慎みなさい。……だがまぁ、君の気持ちはわからなくもない。ただひとつ勘違いしない方がいいのは、あの子はそこまで優しい人間ではないよ。ーーおそらく、君がいなければ手を差し伸べはしなかっただろう」ーーー
ーーー「ぇ…それって…」ーーー
ーーー「そのままの意味だよ。忘れてはいけないのは、あの子は混乱の時に純血派の一族の当主でもあった。優しさや綺麗事だけで座れる席じゃない。おまけに兄達の醜聞付きときている」ーーー
優しさや綺麗事か……確かに誰にでも優しくする必要はないと僕も思う
そんなものただのありがた迷惑だ…
彼女が綺麗事は好きではないというのは見ていればわかった…
だけど身内や友人には違った…
ーーー「殺したいほど憎んでいる者は、ごまんといただろうね」ーーー
先生のそのひと言で、僕は自分の考えが浅はかだったことに気づいた
ーーー「今、飛び交っている噂だがーー君も耳にしているだろう。かなりの確率で事実だ」ーー
まるで鈍器で殴られたような衝撃を受けた
噂なら僕も耳にした…
生徒が校長を殺したという噂…
なぜそんな噂が出回ったのかはわからないが、あの日、闇の印が学校の上空に出た時から何かが大きく変わったことだけはなんとなく予想がついた
ーーー「人を殺すことは確かに赦されてはいけないことだ。だが、…そうせざるを得ない状況というのはある……」ーーー
ーーー「もし………いやーー兎に角、君がそんな道を歩まないことを願っているよ。……無駄にしてはいけないよ」ーーー
何を、なんて言われずともわかった
父を恨んでいるはずなのに、話をしてくれた先生には意図があった
僕が父のことを死ねば良かったと思っているのは本当だ
きっと先生だってそう思っていたはず
なのに、僕には「滅多なことを言うな」と言った
それは彼女のためだろう
目の前にいる先生は、くだらない慣習や選民思想、家門…全てを憎んでいるようにしか見えないのに、何か強い衝動を必死に抑えていた
彼女の存在と…恐らくは教師だという理性だけで
これほど人を見て危うい恐ろしさを感じたのは初めてだった…
その時、ドラコに言われたことを唐突に思い出したんだ
ーーー「今のお前は僕の知ってるセオドールじゃないぞ」ーーー
もしかしたら、ドラコには今の先生と同じように僕が見えていたのかもしれない…
そのことを自覚した時から、靄が晴れたように目が醒めた
唐突に自分が今までどれだけ時間を無駄にしていたかわかった
先生から聞いたことを、ある程度掻い摘んでドラコに話した
「先生によると、卒業後ポッターの母親と彼女の間で事件が起きたそうだ。ただそれについては詳しいことは知らないらしい。先生はその時家にいなかったらしく、先生が屋敷しもべに聞いた話では彼女がポッターの母親に危害を加えたそうだよ」
「は?」
「まあ、そうなるよね…正直僕もその話を聞いた時はあまりにも非現実的で驚いたよ。(先生の様子からして何か隠している風でもなかった…誰かを庇っているような様子でも…)」
「いくら先生の言うことでも信じがたいな。ユラの性格上苦手な奴が相手でも相当なことがないとそんな態度取ったりはしないだろ?」
「もしくは相当なことがあったのかもね。ユラも腹が立つこともあるんじゃないかな」
「でもな…」
「(確かに、そう言ったものの僕もユラが理由もなしにそんなことをするとは思えない。百歩譲ってそれが全部演技だと言われる方がまだ納得できる……はぁ…埒があかないな…)」
「それより、君の方は父上から何か言われなかったかい?」
「ああ、言われたよ。魔法省が乗っ取られるのは時間の問題だから、必要最低限は出歩かないようにしろだってさ。もし出かけるなら屋敷しもべを連れて行けと仰っていた」
「魔法省が乗っ取られるだって?」
「うん。父上曰く、その…『例のあの人』はもう半分以上魔法省を乗っ取っている。だから近々穢れた…じゃなかった。マグル出身の魔女や魔法使いの取り締まりが始まるってさ」
「…(魔法省がもうすでに落ちているなんてな…『例のあの人』が力を取り戻したとはいえこの短期間で?…校長が死んだことが一番大きいのだろうけど……待て、ドラコはさっき屋敷しもべって…)」
「純血家系や聖28一族である僕達はそこまで警戒しなくていいが、父上達は裏切り者として追われてるからできる限り出歩かないでくれと言っていた。そこでさっきの話だ。僕たちだけでユラを探そう。屋敷しもべを使えばいいんだ。っておい!聞いてるのかセオドール!」
「え…あ、ああ。なんの話だった?」
「はあ…だから屋敷しもべを使ってユラを探そうって言ったんだ」
「は?」
「屋敷しもべなら絶対に裏切らないし、隠密の任務を任せるのに最適だ。それに僕が父上に言うなと言えば絶対言わない。おまけにうちの屋敷しもべはユラの顔を知っているし、ユラが滞在していた間も仲良さそうにしていたからな」
「…(確かにいい考えだ。あまりにも身近過ぎて見落としていた。それならうちの屋敷しもべも使え…いや、うちのはユラを知らない…)」
「さっきの話もユラに真相を確かめればいい話だ」
「そうだね。うちの屋敷しもべも使いたいところだけど、君のところのようにユラのことを知らないんだ…」
「探すだけなら特徴を教えればいいだろう?」
「まあ、そうだけど…」
「お前って賢いのにたまにそういうところあるよな。そうとなればさっそく始めるか…その前にこれ、どうする?」
「…(忘れていた。しまったな…元に戻すことは恐らく不可能だし仕方ない。これに関してもユラに聞けばいい。怒られたりはしないだろう)…僕が持っておく。誰のものであれユラが隠したのには間違いないから彼女に聞くしかない」
「そうだな。それよりパンジーから連絡あったか?」
「パンジー?いや、なかったと思うけど…」
「そうか…あいつ何してんだよ。休みになればうざいくらい手紙が来てたのに…ドビーにも僕宛に来た手紙は持ってくるように言ってるのにな…」
「手紙………?…ーーああそういえば、一通だけきていたね」
「はぁ!?」
「(なんでそんな驚くんだ?)といってもほとんど恨言みたいな内容だったけど…(あいつが文句言うとしたらユラのことしかないからなぁ…)」
「なんでお前には来て僕にはないんだ」
「(なんでショックを受けたような顔をしてるんだ…そんなに手紙が欲しかったのか?普段口論しかしてないのに…もしかして、手紙でもそんなことを?)」
「くそ、パンジーのくせにっ」
「(…仲がいいんだか悪いんだからよく分からないな)」
『隠れ穴』では、ハリーは気分が落ち込んでいた
ロンとハーマイオニーに話すと約束したはいいが、話そうとするとウィーズリー夫人が家事を頼んだり、隣の部屋に誰かがいたりと中々タイミングが合わなかった
そしてもうひとつの理由
あの日からシリウスが来なかった
別に来る必要があるかと聞かれればないのだが、日々『隠れ穴』にニュースを伝えるために出入りする騎士団のメンバーに混じってシリウスが現れるのではと思った
けれど、数日経ってもシリウスは来なかった
焦りともやもやとした気分を変えるには行動しかないことは分かっていた
リュックに詰めて出していない忌まわしい分霊箱…
ハリーは確信していた
これをここに置いておくわけにはいかないし、分霊箱はそこにあるだけで有害で危険なものだと
できるだけ早く出発しなければならないし、何よりこれ以上皆んなを危険な目に遭わせたくなかった
だが、見つけても破壊する術が全く思い当たらない
ハリーはここ数日ずっと破壊する方法を考えていた
だが答えは出ず、どんなに思い出してみてもダンブルドアが破壊する方法を教えてもらった記憶がなかった
できることなら今手持ちの分霊箱をすぐにでも破壊したい
「でも十七歳になるまでは君は何もできないじゃないか。その『◯◯◯』のこと」
部屋で横にいたロンがハリーが考え込んで焦る様子を見て言った
分霊箱とは声に出さず、口の形で言った
「なにしろ、まだ『臭い』がついているんだから。それにここだって計画は立てられるだろ?それともーー」
ロンは声を落として囁いた
「『例のあの物』がどこにあるのか、もうわかってるのか?」
「いいや。だけど場所はまだわからないけどひとつは知ってる。彼女の最初の遺体だ」
「うえ…まじかよ。遺体…遺体ね…墓地とかじゃ…流石にないか」
「いかにもな所にあいつが隠すとは思えないよ」
「それもそうか…あ、それに関係するかはわかんないけどさ、そういや、ハーマイオニーがずっと何か調べていたと思うよ」
思い出したようにロンが言った
「君がここに来るまでは黙ってるって、ハーマイオニーがそう言ってた」
ハリーとロンは朝食のテーブルで話していた
ウィーズリーおじさんとビルが今しがた仕事に出かけ、おばさんはハーマイオニーとジニーを起こしに上の階に行き、フラーが湯船に浸かるために、ゆったりと出て行った後のことだ
「臭いは三十一日に消える。ということは僕がここにいなければならないのは、四日だ。そのあとは僕ーーー「五日だよ」」
ロンがハッキリ訂正した
「僕たち、結婚式に残らないとあの人たちに殺されるぜ」
ハリーは「あの人たち」というのが、フラーとウィーズリーおばさんのことだと理解した
「たった一日増えるだけさ」
抗議したそうなハリーの顔を見てロンが言った
「『あの人たち』には、事の重要さがーー」
「もちろん、わかってないさ」
ロンは言った
「あの人たちはこれっぽっちも知らない。そう言えば、話が出たついでに君に言っておきたいことがあるんだ」
ロンは玄関ホールへのドアをちらりと見て、母親がまだ戻ってこないことを確かめてから、ハリーの方に顔を近づけて言った
「ママは僕やハーマイオニーから聞き出そうと躍起になってるんだ。僕たちが何をするつもりなのかって。次は君の番だから、覚悟しとけよ。パパにルーピンにも聞かれたけど、ハリーはダンブルドアから僕たち二人以外には話さないように言われてるって説明したら、もう聞かなくなった。でもママは諦めない」
ロンの予想は、それから数時間も経たないうちに的中した
昼食の少し前、ウィーズリーおばさんはハリーに頼み事があると言って皆と引き離した
ハリーのリュックサックから出てきたと思われる片方だけの男物の靴下が、ハリーのものかどうかを確かめて欲しいというわけだ
台所の隣にある小さな洗い場にハリーを追い詰めるや否や、おばさんの’’それ’’が始まった
「ロンとハーマイオニーは、どうやらあなたたち三人とも、ホグワーツ校を退学すると考えているらしいのよ」
おばさんは、何気ない軽い調子で始めた
「あー」
ハリーが言った
「あの、ええ、そうです」
隅の方で洗濯物しぼり機がひとりでに回り、ウィーズリーお昼じさんの下着のようなものを一枚しぼり出した
「ねえ、どうして勉強をやめてしまうのかしら?」
おばさんが言った
「あの、ダンブルドアが僕に……やるべきことを残して」
ハリーは口籠った
「ロンとハーマイオニーはそのことを知っています。それで二人とも一緒に来たいって」
「『やるべきこと』ってどんなことなの?」
「ごめんなさい。僕、言えないーー」
「あのね、率直に言って、アーサーと私は知る権利があると思うの。それに、グレンジャーご夫妻もそうおっしゃるはずよ!」
ウィーズリーおばさんが言った
「子を心配さる親心」の攻撃作戦を、ハリーは前から恐れていた
ハリーは気合を入れておばさんを真っ直ぐに見た
おばさんの褐色の目が、ジニーの目とまったく同じ色合いであることに気づいてしまった
これには弱かった…
「おばさん、他の誰にも知られないようにというのが、ダンブルドアの願いでした。すみません。ロンもハーマイオニーも、一緒にくる必要はないんです。二人が選ぶことですーーー」
「あなただって行く必要はないわ!」
今や遠回しをかなぐり捨てたおばさんが、ピシャリと言った
「あなた達、ようやく成人に達したばかりなのよ!まったくナンセンスだわ!ダンブルドアが何か仕事をさせる必要があったのなら、騎士団全員が指揮下にいたじゃありませんか!あの子のこともそうですっ…まだ年端もいかない子どもを危険な目にっ…」
最後だけ耐えがたい感情に耐えるよう言ったウィーズリーおばさんの様子に、ハリーはすぐに彼女のことだとわかった
この様子からするに、彼女の正体については知らないようだった
おじさんが知っているどうかはわからないが、仮に知っていたとしてもそのことに関してはウィーズリーおばさんには言っていないだろうと思ったハリー
この前のシリウスとルーピンの口論の内容も、おばさんには意味がわからなかったはずだ
「ハリー、あなた、誤解したに違いないわ。ダンブルドアはたぶん誰かにやり遂げて欲しいことがあると言っただけなのに、あなたは自分が言われたと考えてーー」
「誤解なんかしていません」
ハリーはきっぱりと言った
「僕でなければならないことなんです」
ハリーは自分のものかどうか見分けるはずの靴下の片方を、おばさんに返した
金色のパピルスの模様がついている
「それに、これは僕のじゃないです。僕、パドルミア・ユナイテッドサポーターじゃありません」
「あら、そうだったわね」
ウィーズリーおばさんは急に何気ない口調に戻ったが、かなり気になる戻り方だった
「私が気づくべきだったのにね。じゃあ、ハリー、あなたがまだここにいる間に、ビルとフラーの結婚式の準備を手伝ってもらってもかまわないかしら?まだまだやることがたくさん残っているの」
「いえーーあのーーもちろん構いません」
急に話題が変わったことに、かなり引っ掛かりを感じながら、ハリーが答えた
「助かるわ」
おばさんはそう言い、洗い場から出ていきながら微笑んだ
その時を境に、ウィーズリーおばさんは、ハリーとロン、ハーマイオニーを、結婚式の準備で大わらわにしてくれた
忙しくて何も考える時間がないほどだった
おばさんの行動を善意に解釈すれば、三人とも移動の時の恐怖やこれからの不安を忘れていられれるように、と配慮してのことなのだろう
しかし、二日間休む間もなくナイフやスプーン磨き、パーティ用の小物やリボンや花などの色合わせ、庭小人駆除、大量のカナッペを作るおばさんの手伝い等々を続けた後、ハリーはおばさんには別の意図があるのではないかと疑い始めた
おばさんが言いつける仕事の全てが、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人を別々に引き離しておくためのものに思えた
最初の晩から、誰もいないところで二人と話す機会は全くなかった
約束した通り、彼女のことを話さなければなかったが、やはり躊躇ったり、誤魔化そうかとも思っていた
だから、おばさんに何かと用事を任せられてから助かったと思ってしまった
だけど、あまりにも二人と話す機会が全くなくなってしまったため
頭が痛い…割れるみたいにガンガンする…
この前の水風呂で長く浸かりすぎたのが原因かな…
不味くてもいいからセブルスの薬が欲しい…
ーーー「ちゃんとそばにいる」ーーー
不覚だった…
あの時は本当にどうかしてた…取り乱して彼に抱きしめてもらうなんて…
でも…
ーーー「馬鹿なやつだな」ーーー
温度なんてないはずなのに…温かった…
それにホッとした…
ぐちゃぐちゃに絡まった頭の中の糸が全て解けていったような…
胸に迫り上げてきていた寂しさが…
両親に会いたい…会いたくて会いたくて仕方なかったのに…
今までで一番温かい…私の家族…
とっくに諦めていた家族の愛…やっと手にしたのに…
なんでいっつもこんな選択しかできないんだろう
今はそんなこと考えてる場合じゃないというのはわかってるけど…
いつ何時状況が変わるかわからないし、魔法省は乗っ取らるのも時間の問題
その前にスクリムジョールが暗殺される
後任は言わずもがなシックネスだろう
次官にアンブリッジが就いたら厄介この上ない…
私は顔が割れてるし、アンブリッジには会うようなことにはならないといいけど
「私はホグワーツに行かなくていいの?」
セブルスが校長になって、カロー兄妹が行くことは分かっていたけど、私がどうなるのか気になった
目の前に座っている蛇のような蒼白な顔が私の質問にあからさまに不機嫌に歪んだ
「何を企んでいる?」
「私が何か企んだとして、あなたが目の前にいるんだからうまくいくとは思えないわ…」
「はっ」
…もしかして、何か勘づかれた?
「俺様を欺こうとするとはーー」
!!
「今更あのような場所に戻ったところでお前に居場所があると思うか?俺様を欺き、両親を隠すだけでは飽き足らず手出しできないように他国へ追いやるとはな」
…嘘でしょ…
どうしてそれを
なんで気づかれてっ
「卑怯な奴め」
一段と低くなった声に背中を伝う冷や汗が凍りつきそうだった
母さん…父さん…うそでしょ
無事よね…
何か言わなきゃ…何か…
落ち着いて…まだ何かしたとは言っていないっ
彼の紅い目から目が逸らせないっ
俯いてしまいそうになる
だめだっ…
「っ…」
「来い」
かけていたカウチから立ち上がり肘掛け椅子に座る彼の前に足を進める
全身長い黒のローブの裾に赤黒い染みが見える…
漆黒の服を着ていてもよく見ると分かる…血だ…
前まで来て膝をつくと、嘲笑したような声が僅かに聞こえた
「お前が死んだ時、俺様の気が済むまで痛ぶってから生まれ変わらせてやろうと思った」
………ぇ…
ちょっと待って…今、生まれ変わらせるって…
「なぜまんまと殺された?」
…まんまと?
ふざけるな
殺されたくて死んだわけじゃない
ただ死の呪文が迫まり、目の前に緑の光が映り込んだ途端「もういいや」と思ってしまった…
私が知っている彼にはもう会えない…二度と…
それならもう会いたくなかった
心から思ったことだった
自分なりにそれなりに苦しい決断だった…なのに結局こうなった…
「死にたくなかったわよ…っ…」
「そのような戯言で俺様が納得すると思っているのか?」
「納得しようがしまいが、私はあの時あなたと会うべきではないと思っていた。会う資格はないと……」
「言い訳にもならんな。力を与えられておきながらそれを使い熟すのにこれほどまでに時間がかかるとは」
…何だろうこの違和感…
いつもと様子が…
「あなたに戻すことはできないの?」
あなたと同じこの力が嬉しくなかったわけじゃない…
目に見える強い繋がりに安堵を覚えたのも事実
私を忘れたわけじゃないんだと…
ずっと心の中にいるんだと感じられた…
だけど…それ以上にその力を自覚した時、過ぎた重荷でしかなかった
力を手にしたからこそわかる孤独と不安…力だけでは埋められないどうしようもない部分
「力を手にしておいてそのようなことを言うのはお前くらいのものだ。ーー不満か?それとも’’また’’逃げるつもりか?」
こんな想いをするなら…こんな知りたくもなかった自分の中の醜い感情を知ることになるなら魔女になんてなりたくなかった
こんな力っ
いらないっ
あなたの側にいたくなかった
ぎゅっと握り込んだ服に皺が寄る
俯いたまま見上げることもできずに自分の中にある得体の知れない力が精神まで汚染するかのような感覚に陥る
「いつも…いつだってあなたがわからなかった。何を考えているのかも…私には何もできなかったし、しなかった。力を与えられても満足に使えるわけでもないし、使おうとも思わない。分かっていたのにどうしてっ…」
吐き捨てるように出た言葉は諦めに満ちたものだった
杖も取り上げられて逃げることなんてできないし、軟禁しておきながら、ここに来る理由をずっと考えていた…
ぱっと見ただけでも館の周りにかけられている目眩しの魔法に防御…内側からは出られない…
部屋から出られなかった前と比べて館の中は歩き回れる…
だけどこの部屋と隣のバスルーム以外は廃れて、とてもじゃないけど住めるような有様じゃない…
例外はこの前の会議の時だけか…
次の命令があるまでは動くなということなのだろうけど…
「お前は己の出自を一度も知ろうとはしなかったな」
は…?出自?
そういえば、ホグワーツにいた頃彼は何度か同じようなことを聞いてきた気が…
何故今そんなことを…
「それは必要がなかったからよ……(興味がなかったわけじゃないけど、捨てられたんだから知っても碌なことがないとわかってたし…)」
「弱い奴め」
何が悪いのよ…
生後間もない子どもを捨てる親なんて、碌でもないだろうことは予想がつく
私は…そんな親の子どもだと知りたくなかった
ただそれだけじゃない…
弱いなら強い者に守ってもらうのが生き残る術だ…誰だってそうする…
くだらない意地を張って死ぬなんてまっぴらごめんだ
あなたに依存していたのだってっ
あんな立場になれば誰だってそうするはず
話せて理解できても、言葉も文化も何かも自分が知っている世界と違うし、何より混乱以外の何ものでもない世界で生きていくことがどんなに不安だったかっ
あんたになんか理解できるはずがない
何不自由なく生きてきて、親の愛を受けた記憶はなかったけど、教育もあって、経済的な苦労もなく普通に仕事をして生きていた私が…
死んだと思えばいきなり孤児に生まれ変わっていた
ふざけるなと言ってやりたかった
依存して何が悪い
将来、とんでもない怪物になる人物が相手でもそれ以外縋るものがなかったんだから仕方ないじゃない
使えるものは使ってやるっ
あなたに対して打算や嘘がなかったわけじゃない、むしろ私はどうにか死にたくなくて嘘だらけだった
大人として接することを心がけることはつまり、必要な嘘を平気でつけることだった
生き残るためなんだから選択肢なんて最初からあるわけないでしょう
媚を売るわけじゃないけど、逆らわないようにしていた
できるだけ彼の琴線に触れないように、怒らせないように…目に留まらないように…
幼い頃の記憶なんて、ある程度成長して世間を知るようになればすぐ忘れる
例え共に育って、その時お互いが必要だったとしても、ひとたび外に出て視野が広がればそんなことさして重要でもなくなる
どんなにお互いに執着して、孤児という特殊な環境で育ったとしても関係ない
人は変わる…
実際彼は、良くも悪くもホグワーツに入ってから変わった
その変化は少しだとしても、彼にとっては大きいものだっただろう
特別だと思っていた自分が、本当に特別な才能を有した魔法使いで、たまたま同じ孤児だった魔女が、自分が思っていたより遙かに凡庸で平凡…
それも、恥もいいところの才能のない人間…
彼に出会う前の私なら、勝手に期待されて失望されてもどうでもいいと思っていた
だけど、私は確かに落ち込んだ…
別に特別な何かが欲しかったわけじゃない…ただ落胆させるくらいなら一緒にいたくはなかった
いつも優秀だと言われる彼の側に居させられた私の気持ちなんてっ
それを見て嘲笑っていたあなたにわかるわけない!
ホグワーツなんて行きたくなかった!
だから、将来当然私をいなかったものとして扱うと思っていた
消し去りたい過去として…
だけど…結果は私が考えていたものとは違った…
「お前の狙いはわかっている。見捨ててやることこそ望みを叶えてやることになる。殺して欲しいのだろう」
だからなによ
「叶える気はないと?」
「不毛なことを聞くな」
不毛…不毛ね
自嘲してしまう
「だがお前が力を物にするまで時間がかかったことで思わぬ誤算もあった。魔法省の一件ではお前は非常に使える」
ブラック家当主になった時のことを言ってるのね…
人脈なんて、そんなもの死んだ今、役になんて立たないでしょうに…
「人脈なんて、無きに等しいわよ」
大理石の床に膝をついたまま答えると、彼は手を軽く動かして私を立たせた
まるで上から吊り下げられたように引っ張られる感覚の中、立たされた
「俺様が要求するのは別のものだ」
…別のもの?
「……仮に私がその別のものを駆使したとして、あなたが魔法省を掌握できたとしても’’表向きの顔’’を保つ必要はある。敢えて’’抜け道’’は用意しておくべきよ……わかりきったことを何故わざわざ聞くの?」
彼がこんな答え合わせような質問をするときは何か私にさせる時しかない
「確かめようと思ってな。まぁよいーー次期大臣にはパイアスが就く」
「パイアス・シックネス?」
服従の呪文で操られている彼なんてただの人形じゃない…
「実に政治家らしい奴だ。可もなく不可もない。ーー状況に則し己の利益を優先する使いやすい男だ」
ゆっくりと間をおいた話し方に居心地の悪さを覚える
「そう…」
「お前には存分に働いてもらわねばならん」
「素性の知れない者がいては不信感や反発が生まれるだけよ。前回の周りの反応を見ればわかるでしょう?わざわざあんな演出をしなくても…」
パーセルマウスで会話したことで私に対する憶測は、恐らく彼の血縁者と囁かれているだろう
どんな関係にせよ訝しみと妬み、嫉み、嫉妬…憎しみが向けられたことなんて容易に想像がつく
「俺様のやることに異議を唱えるやつがいると思うか」
昔はここまで傲慢じゃなかったのに
太腿に置いた手の裏返して手のひらを見つめる
一度だけ、彼が四年生の頃に見せてくれた綺麗な魔法があった
杖を使わずに手のひらで、宝石みたいな雪の結晶を創って見せてくれた…
ーーーー「綺麗……杖も使わずに凄い…」ーーーー
大きくなった彼の白い手の上でゆっくり回転するキラキラする結晶に、目を奪われた…
ランプの灯だけがついた暗い部屋の中で蒼白く光る結晶は温かい気分になった
光に照らされて灯される紅い目が一番綺麗だと思った時だった
なんで突然あんなものを見せてくれたのかわからない
多分気分だったんだろうと思う…
ーーー「ありがとうトム…」ーーーー
お礼を言ったけど、座ったまま何言わないトムの表情が、ひどく寂しそうに見えた…
唐突に彼に呼ばれて来た部屋で、何も言わずに黙り込んでいるトムに何でもいいから何か言いたくなった
ーーー「トム…私、そばにいるよ」ーーー
励ましたかったわけでも、嘘を言うつもりもなかった
ただ口から勝手に出ていた
いつもは自信満々で、悠然とした態度でいる彼が、孤児院にいた頃の寂しがり屋な男の子に重なって見えた
ぴくりとだけ動いた彼に私は続けた
ーーー「どんなトムでもいい」ーーー
これから起こるであろう出来事が現実のものとなったとしても…
ーーー「私…きっと…どんなトムでも受け入れてしまうから…………」ーー
寂しかった
前世でも親の愛も、家族の愛もなんなのかよくわからなかった
人並みに恵まれて育ったはずなのに…よく、わからなかった
私にとっても、どんなに恐ろしくても、怖くても、初めて身近に離れずにずっといた存在がトムしかいなかった…
どんな性格でも、酷いことをしていても…
周りを見回した時、ふと、私がこの世界で頼れる人はトム以外誰もいないことに気づいた…
私の世界は彼だけで回っていた…
どうしてこんなことになったのか、なぜそう思ったのかは分からなかった
でも、頭に思い浮かべたのはトムだった…
私だって寂しかったのかもしれない…
ひとりで眠る孤児院の冷たいベットで、前の世界を思い出して、現実と比べて、何度夢であって欲しいと思ったのか分からない…
一緒に育ってきたことはある意味の弊害があったのも確かだと思う
でも、私の中でそれは良くも悪くもないことで、気づけばどんな彼でも彼しか信用できないと思うほどにはなっていた
物語を変えてはいけない
未来を変えてはいけないと思いつつ、トムを人殺しにしたくない想いとせめぎ合っていた
だからできるだけ無干渉を貫いた
でも、いつまでも現実を見ていなかったのは私の方だった
彼を前にすると流されてしまって、心に嘘がつけないときはあった…
ーーー「…だから…独りにしないで……私、あんたしか頼れる人がいない…死にたくない…」ーーー
徐々に窄んで小さくなる主張に、自分で泣きそうになった
望んではいけない
私はこの先彼に深く関わってはいけないと分かっていても、側にいて欲しかった…
自分勝手なやつだけど、私にとってはどうしようもなく心強かったから
返事はないだろうと思った
だけど、ずっと黙ったままだったトムが言った
ーーー「……そうか。死にたくないのか…」ーーー
まさか反応してくれるとは思わず、咄嗟に「うん」と答えた
ーーー「じゃあ、好きにすればいい」ーーー
ぶっきらぼうに言ったトムの言葉に、私は気づけば彼に泣きついていた
止まってくれない涙がトムの上着に染み込むのもどうでもよくて、背中を摩ってくれる大きな手が安心感をもたらした
嗚咽のような声をあげて泣きじゃくる私に、トムはただ受け入れてくれた
抱きしめてくれた…
上着に皺が寄るのも気にせず、握りしめた服から感じる手が回らないほど大きな背中は頼もしかった…
ーーーー「お前だけは…きっと殺せないよ…」ーーーー
泣きすぎて頭痛がする中、遠くに聞こえたあの言葉…
あの言葉だけは真実だった…
どんなに残酷なことをしても、痛めつけてきても、トムが自らの手で私を殺すことは決してなかった…
簡単に認めることができたらどんなにか楽だったか…
トムに捨てられたくなかった…
見放されたくなかった…
ずっと守ってほしかった…
痛めつけられてもいい…と思っていた
ホグワーツでの教職を受けたのは、説得されたのもあったけど…
このままトムの側に居続けて、戻らなくなるところまでいくのが怖かったのもある
永遠に彼から離れることができなくなってしまいそうで…
自分への戒めと、これから起こることが…未来が変えられないようにするためでもあった…
だけど…
「愚問だったわ……ねえ……私が今更ーー」
あなたの側にいたかった…って言っても
もう遅いよね…
「今更っ…あなたから、は…離れたくなかったって言ったらーー」
声が震える…
恐ろしい様相になってしまった彼の顔はかつての姿と似ても似つかない…
なのに、私の目にはトムはずっとトムのままに見える…
「戯言を言うな。お前の言葉に中身はない。すべてその場限りのものだった」
っ
わかっていてもっ…わかっていたとしてもっ
自分のせいだってわかっていてもこんな痛み知りたくなかったっ
トムに拒絶されることがこんなにも苦しいなんてっ…
もう一度あの頃に戻りたいと思ってしまうっ
過去の綺麗な思い出に縋りたい気持ちになるっ
もう時は戻せないのにっ
あなたを裏切ってしまった以前に戻りたいと思ってしまうっ
トムっ
もう枯れて出てこないと思った涙が…
泣く資格なんてないと思っていた涙が…止まらないよっ
トムっ…トムっ…
私が悪かったからっ…あなたの計画をぶち壊しにして…こんな私を受け入れてくれたあなたに私はっ…
「命令を待て」
なんの声もかけずに、黒い煙と共に消えてしまった
それがわかった瞬間、私は今度こそ声をあげて泣いた
啜り泣いても、どんなに目を腫らしても…いて欲しいと思った時に限って彼はいない…
いたとしても、もう声すらかけてくれない…
もう諦めよう…
届かない想いだけがシーツに吸い込まれていった…
「Msポンティ様を、でしょうか?坊っちゃま」
「ああ。顔は覚えているだろ?あいつを探せ。ただし誰にも知られるな。父上と母上にもだ」
「ご主人様と奥様にまでご内密にされてよろしいのでしょうか?」
「ああ。何度も言わせるな」
「かしこまりました。見つけるだけでよろしいのでしょうか?」
「あ、ああ、まずは見つけろ。それから、もし居たら連れてきて…「いや、それはやめておいた方がいい」?なんでだ?」
「ユラが今どんな状況にあるのか把握するのが先だ。下手に接触して危険に晒される可能性もあるし、ましてや監禁されているかもしれないのに突然居なくなればまずいだろう」
「言われてみればそうだな。おいドビー、聞いていたな?接触するなよ」
「か、かしこまりました坊っちゃま。ドビーはMsポンティ様をすぐ見つけて参ります」
「ああ、頼んだぞ」
ドラコが何気なく声を掛けた
表情が変わっていないところから見れば、ほとんど流れで口から突いて出た無意識によるものだったのだろう
「!(坊っちゃんが初めて私めにお礼をっ!)はい!」
ドビーはホグワーツに入って、友を得てから少しでも変わった子息に喜びと感激を常々感じていた
最初こそハリー・ポッターに心酔していたが、今ではもう少しこの家に仕えていたいと思う気持ちがあった
そこで今回の仕事だった
ドラコが友を心配してドビーに捜索を命令した
お願いではないが、それでもいつもの傲慢な命令ではなく「頼む」と言ったのだ
ドビーが進んで動く理由は、それだけで十分だった
「(ドビーめは誤解していたのかもしれないのです…坊っちゃんはかけがえのないご学友を得られてから変わられた。ならばドビーめも変わらなければなりません!)」
純真な屋敷しもべは主をよく見ている
だからこそどんな主だとしても逃げることはしない
主が変化を望むなら変化を、主が不要と言うなら不要
ドビーは確かに屋敷しもべ妖精だった
「ウール…孤児…院?こんな不気味なところにあるの?」
場所はロンドンにある、廃れて寂れた街頭の廃屋の前で呟いた女
パンジー・パーキンソンは、横にいる思念体の男、ルベルに聞いた
さらさらとした黒髪から見える紅い目はひと筋にその廃屋に注がれている
「…ああ……求める者の前に現れる……」
独り言のように呟かれた言葉は酷く静かで、いつもの傲慢さはなかった
パンジーは「こいつに関係のあるところなのね…」と分かった
そして「何があったの?」と聞こうとした
だが
「行くぞ」
切り替えたように言われた言葉に、パンジーは聞くのをやめた
昔は子供達で溢れていたであろう孤児院の中は、今では駆け回っていたであろう子ども達の足音も聞こえてこない…代わりに響くのはギィギィと踏み締めるたびに軋み音をあげる木の音だけ
いつ崩壊してもおかしくないほどの廃屋の螺旋階段を上がりながら、天井の隅にある蜘蛛の巣やカビ臭い匂いに「うっ」顔を歪ませる
破れたカーテンや割れた汚れまみれの窓は孤児院の不気味な雰囲気を一層際立たせている
廃屋内に入ってから迷うことなく進むルベルの後を黙ってついて行ったパンジー
いつもならビビるパンジーを揶揄ってくるルベルに軽口を叩くのだが、今日は様子が違っていた
すらりとした長身の男が前を進むたび、響くはずのない足音が、妙に気がかりになるパンジーだった
いつもなら気にもならない
だが、今だけはふと気になった
思念体の背中を見ながら階段を上りきると、まるで監房のような小部屋が両側に連なる階の廊下に出た
「なんか…刑務所みたいね…」
その冷たい造りに思わず呟いたパンジーにルベルはまたしても迷いのない様子で歩を進め廊下の奥を進みながら答えた
「実際…刑務所とそう変わらない場所だ…」
「ぇ…」
まるで知っているかのような口ぶりにパンジーは固まった
「(…もしかしてこいつ…)」
「ここだ。何を阿呆面で突っ立てるんだ?早く来い。それとも怖いのか?」
一番奥の部屋の前で止まったルベルが振り向いて突っ立っているパンジーに言った
「💢阿呆面じゃないわよッ!」
さっきまでのしんみりした様子は演技か!言いたくなるのを堪えてパンジーはぷりぷり怒りながら半ばヤケになり部屋の中に勢いよく入った
案の定、ドアノブがゴトッと音を立てて壊れて落ちたが
パンジーは一瞬息を呑んだ
中に入ると本当に刑務所の独房のような造りだったからだ
狭い部屋に、パイプペット、洋箪笥、机、椅子
それらが全て廃れてボロボロになっていた
パンジーは仮にもお嬢様なので、こんな狭い部屋など写真でしか見たことがない
「せっまッ!本当に独房じゃない…」
「そういえばお前はお嬢様だったな。全く見えないが」
「余計な一言が多いのよ!あんたは!」
「ここにあるはずだが……あぁあれだな…おい。そこの椅子を退けろ」
「いい加減名前で呼んでくれないかしらぁ💢」
文句を言いながらも指示通り脚が腐った木の椅子を退けたパンジー
「…はっ。これで魔法がかけられていないとは……矢張り古き種族の力は完璧に別種の類のものだな……おい、これだ」
ぶつぶつ文句を言っていたパンジーに声を掛けて、ルベルは机の下を覗き込んで見ていたところを指した
「あ?何?その下にあるの?げっ、これ屈まないと取れないじゃない。最悪…膝が汚れるじゃない」
文句を言いながらも、覗き込んで腕を伸ばしてそれを取ったパンジー
立ち上がって膝についた汚れを払いながら、それを見た
「これは…玩具の木の鍵?汚っ」
「玩具としては使われていただろうな。だが、ずっと価値があるものだ。よかったな。今回は買わなくてよくて」
「ほんとムカつくことしか言えないのねあんたって💢」
「事実だろう」
「何回も言うけどねぇ?あんたには気遣うって気持ちが一ミリでも…って!聞きなさいよ!無視してんじゃないわよ!」
普通にスルーして部屋から出たルベルに、パンジーは後ろから追いかけてギャーギャー文句を言う
だが、ふと、ルベルがある部屋の前で止まった
横を向いてその部屋を見るルベルに何かあるのかとパンジーも覗き込んだが、先程の部屋と同じのただのボロボロの廃れた部屋だった
「………」
「?どうしたの?」
「…いや、何でもない。少し気になっただけだ」
パンジーは心の中で絶対違うでしょと思ったが、口には出さなかった
あまりにも…
あまりにもルベルが……哀しみの滲んだ眼差しで見ていたものだから
「(ユラが言ってたわね。人には言えないことの一つや二つあるって。あらゆる出来事の裏には必ず理由があるって…案外こいつにも聞かれたくない繊細なとこがあるのかもしれないわね)」
時折、脳裏に思い出される親友の言葉
パンジーはルベルと旅に行くようになってから、親友の言葉を思い出すことが増えた
それは離れ離れでいるから余計に思い出すのかもしれないが、理由はそれだけではないと薄々勘づいていた
ユラの幼馴染だったというルベル
おそらくユラがああいったことを考えたり、性格になった理由はこの男にあったのだろうとパンジーは思っていた
ユラにとって大事な幼馴染だったのだろう
何があったのかは知らないが、ユラはルベルを失い、無意識に命を削り縛り付けるほどに想っていたのだけは分かる
ユラは…
「(ユラはこいつを愛して…いたのね………こんな性悪の傲慢な奴が…一丁前にユラの心を独り占めするなんて…ムカつく)」
前を歩く無駄に高い背中を睨め付けながらパンジーはむくれた
一方、ルベルは違うことを考えていた
足を止めたあの部屋は、かつての彼女部屋だった
ーーー「トム。また仕返ししたでしょ。別に悪いとは言わないけど、やり過ぎだよ……」
ーーー
自分にちょっかいをかけたり、不愉快にさせたりした子どもに罰を与えていたことに口出しすることはなかったが、明らかにいき過ぎた時はひと言ふた言注意されたことがあった
ただ…偽善者のように言った
された以上のことをしない方がいい…と
だかもし、本当に偽善者だったならば、あんなことは口にしない
それでも自分にとっては頭の隅には残っていた程度の言葉だったが…
いつからか…彼女のことが頭から離れなくなった
執着するように…
そうだあれは…偽善者だと思っていた彼女が、自分を不愉快にさせた奴に冷ややかな目で手を出していたのを見た時だったろうか…
ーーー「…妬むのも仕方ないと思うけど、煩わせないでくれる?…彼は…私達は静かに生活したいだけなの…放っておいて」ーーー
自分の前ではいつも下手に出ている彼女が、見たこともないほど
冷たい目で
声で
言ったあの姿が
脳裏に焼き付いた瞬間だった
「(アルウェン…今ならわかる……僕はあの時、弱いだけだと思っていた君に僕に似た冷酷さや薄情さがあったから恋に落ちたんだ……あの日から、多少強引にでも側に置くことをやめなかった…だって、君は心から嫌がっていなかった。僕に支配されることが心地いいと思っていたんだろう?怯える眼の奥は僕への愛おしさで満ちていた)」
ーーー「…もうやめてっ…いるっ側にいるからっ…こんなことしたくないっ」ーーー
彼が君に殺人を犯させた時、どれだけ満たされた気分だったんだろうな
彼と僕は違う
だが、同じでもある
僕は君から愛を教えられた
真綿のように優しく包み込み、君を守ることを
だが彼は道連れにすることで満足していた
支配することこそ君を繋ぎ止められると
僕は違う…
柔らかい真綿で君の首を締め付けて緩やかに愛してやりたい
今よりもっと…もっと依存させて…僕に向けるその目を…
あの…
あの愛おしさに満ちた目で見てほしい…
ーーー「トム。あなたのこと…嫌いじゃないよ…」ーーー
僕達はお互い、あまりにも気付くのが遅すぎたな
そうして、パンジーとルベルは二つの『生命の木』を手に入れ、家へと戻った
孤児院から出た途端、ルベルは珍しくパンジーの歩幅に合わせて帰路についた
ただパンジーはこれに「何こいつ?いきなり気持ち悪っ」としか思わなかった…
ハリーは隠れ穴で燻っていた
何故ならここ最近ずっとロンとハーマイオニーと三人きりになる機会がないからだ
それもこれもウィズリーおばさんが三人だけで集まる隙を作らない
運良く三人が集まれても誰が聞いているかもわからないここで不用意に話せない
内容が内容なだけに慎重を期さなければならない
ロンとは男同士なので同室ということもあり、言葉を伏せてのコソコソ話ならできたが、肝心のハーマイオニーがいなければ進展はない
これはどちらも分かっていた
知識ではハーマイオニーがいなければ自分達は前に進むどころか、現状維持のままだと
そんな進展のない日々だけが進んでいき、とうとうビルとフラーの結婚式が明後日に近づいていた
17歳の前夜、ハリーはハーマイオニーに忠告されてリュックからあまり出さなかった分霊箱…サークレットを取り出してベットの上で眺めていた
横ではロンが分霊箱を眺めるハリーを見て言った
「なんかさ」
「?なに?」
「それを作った時あいつってどんな気分だったんだろうな」
ロンはベットに仰向けに寝転びながら天井を見つめながらポツリと言った
ハリーは言われてサークレットを見つめた
エメラルドの粒が散りばめられた、紅い石が鈍く輝く美しい宝飾品…
そう
普通に見ればただの宝飾品…
「さぁね………少なくともあげた本人はこんなものに使われるとは思ってもいなかっただろうね」
半ば投げやりに言ったハリー
その言葉は、本心では言葉通りであってほしいという願いなのかもしれない
彼女をまだ信じていたいと思いたい気持ちの表れかもしれない
「そうだよな………でもほんと…まじで運が悪いやつだよな…」
しみじみ思うと言った様子で呟かれたロンの言葉が部屋に吸い込まれて掻き消える
「ああ……そう…だね…出会わなければ…きっと…」
ハリーは続きを言いかけてはっとした
生前、ダンブルドアは言っていた
ーーーー「どれだけ後悔しようとも辛くとも、過去は変えられぬ。我々にできることは、今何をすべきかを考えることじゃ。未来に向かって生きることだけが、死んでいった者達のためにできることじゃよ」ーーーー
目頭が熱くなるのを感じたハリー
今でも、ダンブルドアが自分に教えてくれたことが鮮明な情景と共に思い出される
「…(先生…先生がもし…もし殺されることを知っていても…同じことを言ったんでしょうか…)」
そんなことを思いながら、ハリーはサークレットをリュックに仕舞い、枕に顔を埋めて寝入る体勢に入った
デラクール夫妻は、翌日の朝十一時に到着した
ハリー、ロン、ハーマイオニー、それにジニーは、それまでに十分、フラー一家に対する怨みつらみを募らせていた
ロンは左右揃った靴下に履き替えるのに、足を踏み鳴らして上階に戻ったし、ハリーも髪を撫でつけようとはしたが、二人とも仏頂面だった
全員がきちんとした身じまいだと認められてから、ぞろぞろと陽の降り注ぐ裏庭に出て、客を待った
ハリーは、こんなにきちんとした庭を見るのは初めてだった
いつもなら勝手口の階段のそばに散らばっている錆びた大鍋や古いゴムと消え、大きな鉢に植えられた真新しい「ブルブル震える木」が一対、裏口の両側に立っている
風もないのにゆっくりと葉が震えて、気持ちの良いさざ波のような効果をあげていた
鶏は鶏小屋に閉じ込められ、裏庭は掃き清められている
庭木は剪定され雑草も抜かれ全体にキリッとしていた
しかし、伸び放題の庭が好きだったハリーは、いつものようにふざけ回る庭小人の群れもいない庭が、何だか侘しげに見えた
騎士団と魔法省が「隠れ穴」に安全対策の呪文を幾重にも施していた
あまりにも多くて、ハリーは憶えてきれなくなっていたが、もはや魔法でここに直接入り込むことはできないということだけはわかっていた
そのためウィーズリーおじさんが、移動キーで到着するはずのデラクール夫妻を、近くの丘まで迎えに出ていた
客が着いたことは、まず異常に甲高い笑い声でわかった
その直後に門の外に現れた笑い声の主は、なんとウィーズリーおじさんだった
荷物をたくさん抱えたおじさんは、美しいブロンドの女性を案内していた
若葉色の裾長のドレスを着た婦人は、フラーの母親に違いない
「ママン!」
フラーが叫び声を上げて駆け寄り、母親を抱きしめた
「パパ!」
ムッシュー・デラクールは、魅力的な妻にはとても及ばない容姿だ
妻より頭1つ背が低く、相当豊かな体型で、先端がピンと尖った黒く短い顎髭を生やしている
しかし好人物らしい
ムッシュー・デラクールはかかとの高いブーツで弾むようにウィズリーおばさんに近づき、その両頬に交互に二回ずつキスしておばさんを慌てさせた
「たーいへんなご苦労かけまーして」
深みのある声でムッシューが言った
「フラーが、あなたはとても
「いいえ、何でもありませんよのよ、何でも!」
ウィズリーおばさんが、声を上擦らせてコロコロ答えた
「ちっとも苦労なんかじゃありませんわ!」
ロンは、真新しい鉢植えの陰から顔を覗かせた庭小人に蹴りを入れて鬱憤を晴らした
ハリーも、心の中で苦労したのは自分達の方だと言った
「奥さん!」
ムッシュー・デラクールは丸々とした両手でウィーズリーおばさんの手を挟んだまま、にっこり笑いかけた
「私たち、両家が結ばれる日が近づーいて、とても光栄でーすね。妻を紹介させてください。アポリーヌです」
マダム・デラクールがすいーっと進み出て身を屈め、またウィーズリーおばさんの頬をキスした
「
マダムが挨拶した
「あなたのアズバンドが、とてもおもしろーい
ウィーズリーおじさんが普通とは思えない笑い声を上げたが、おばさんのひと睨みがそちらに飛んだ途端、おじさんは静かになり、病気の枕許を見舞うに相応しい表情に変わった
「それと、もちろんお会いになったことがありまーすね。私のおちーびちゃんのガブリエール!」
ムッシューが紹介した
ガブリエールはフラーのミニチュア版だった
腰まで伸びた混じり気のないプラチナ・ブロンドの十一歳はウィーズリーおばさんに輝くような笑顔を見せて抱きつき、ハリーには睫毛をパチパチさせて燃えるような眼差しを送った
ジニーが大きな咳払いをした
「さぁ、どうぞ、お入りください!」
ウィーズリーおばさんは朗らかにデラクール夫妻を一家に招き入れた
デラクール一家はとても気持ちの良い、協力的な客だということがまもなくわかった
何でも喜んでくれたし、結婚式の準備を手伝いたがった
だが残念なことに「隠れ穴」がこれほど大所帯用には作られていなかったところだ
ウィーズリー夫妻は抗議するデラクール夫妻を寄り切り、自分達の寝室を提供して居間で寝ることになった
ガブリエールはパーシーが使っていた部屋でフラーと一緒に、ビルは、花婿の付き添い人のチャーリーがルーマニアから到着すれば、同じ部屋になる予定だった
三人で集合するチャンスはまたもやなくなった
やりきれない思いから、ハリー、ロン、ハーマイオニーは、混雑した家から逃れるだけのためにでも、鶏に餌をやる仕事を買って出た
「どっこい、ママったら、まだ僕達のことほっとかないつもりだぜ!」
ロンが歯噛みした
三人が庭で話し合おうとしたのはこれで二度目だったが、両腕に大きな洗濯物の籠を抱えたおばさんの登場で、またしても挫折してしまった
暗くエメラルドの光が不気味に灯る暗い場所
どこかの部屋…
それもとても広い
視界に映るのは場面が切り替わるように見えた壁
そして次の瞬間には’’自分の’’脚元に跪いた見覚えのある女の口許から下の姿
見切れたような女の頬には涙が伝っている
‘’自分の’’足元に罰を受けるように座る姿に、自分のことでないのに怒りにも似た激情を感じ胸を締め付けられる。感情が流れ込んでくる
そしてその女を前に’’自分は’’裾を翻して女に背を向けた
背中に聞こえてくる声
ーーー「……捨て……ぃで………トム…」ーーー
とか細く…響いてくる…
「おい、起きろ」
ハリーは目を開けた
相変わらずむさくるしいロンの屋根裏部屋のキャンプベットに横たわっていた
太陽が昇る前で、部屋はまだ薄暗かった
ピッグウィジョンが小さな翼に頭を埋めて眠っている
ハリーは額の傷痕がチクチク傷んだ
そして次の瞬間、口が無意識に動いて呟いていた
「ユラを見つけた…」
「え?」
口許から下しか見えなかったが、あれはユラだ
確信していた
そしてきっと見下ろしていたのはあいつ…またヴォルデモートの心と繋がってしまった
ハリーは寒くもないのに鳥肌と悪寒のような気持ち悪い感覚がした
噴き出るような脂汗の感触がしたのは、ヴォルデモートのあの激情が流れ込んできた時だった
「……あいつ…怒ってた…傷ついたような…危険だ」
「またあいつの心を覗いたっていうのか?」
ロンは心配そうな口調で言った
「ハーマイオニーには言うなよ」
ハリーは額の傷を擦り、噴き出た脂汗を拭うように胸のあたりを摩った
「もっとも、ハーマイオニーに夢で何か見るなって言って言われても、できない相談だけど…」
「…で、どんな夢だったんだ?」
ロンは気軽に聞いた
「え?」
「いや、だって見つけたんだろ?出てきたんだろ?」
ハーマイオニーと違い、ハリーの見る夢に対してどれほどの危険性があるのかいまいちわからないロンは、手掛かりになるかもしれないと思い、聞いた
それに、ハリーの夢で一度自分の父親の命を助けられているのもある
だからこそ、ロンはハリーの見る夢を信じている
「…ぁあ…ユラは間違いなくアイツと一緒にいる…いや、多分あれはどこかに閉じ込められてる…」
「マジかよ…」
「一瞬あいつの感情が流れ込んできたんだっ…ッ…あいつは憎んでるッ…恐ろしいくらいユラのことを憎んでいるっ…想像もできないくらいだ…」
「憎んでるのか?さっき怒ってるって言ってただろ?」
「どっちもなんだ。怒ってるし憎んでいる…同時に傷ついている感じだった…上手く言えないけど今まで感じたことのない黒くて…どろどろした…なんていうか真っ黒だった….ユラは僕の…いや、あいつの足元に跪いていた……それで…言ったんだ…」
途切れ途切れで、震えを抑えるように慎重に言葉にするハリーに、ロンは黙って聞いた
「何て言ったんだ?」
「…『捨てないで…』…って……それで…あいつの…名前を呼んでた……捨てた名前を…」
ハリーの言葉に、ロンはゆっくり息を吐いて「嘘だろ…」と呟いた
ロンの顔色は茫然としている
「…泣いてた…ユラ…」
ハリーは呟いた
脳裏に、瞼の裏に焼きついた止めどなく涙を流す姿
思い返せば、夢で見る彼女は泣いてばかりだった
現実で知っている彼女の姿とは似ても似つかない
現実での彼女はどちらかというと聡明だが冷酷だ
笑わないし、感情の機微がまるでない
お前は本当に人間なのか?と問いたくなるほど、表情が変わることがない
ダンブルドアを目の前で殺した彼女のことなんか考えたくもないのに、そんなことをつらつら思い浮かべてしまうことに、ハリーが苛立っていると…
「……なぁハリー」
ロンが茫然とした顔から少し顔色を戻して話しかけた
「なに?」
「ハーマイオニーは彼女のことを信じたいって言ってたけどさ……今の聞く限りじゃ無理じゃないか?未練っていうのか?君が言った通りまだあいつのこと想ってるってことだよな?」
まるで自分でも今の段階で状況を把握するのが精一杯と言わんばかりの、複雑な顔をして言ったロンに、ハリーは「そうだ」とも「違う」とも言えなかった
もし、夢を見る前の自分ならそうだと断言していただろう
だが…
最悪なことに、ヴォルデモートの激情が流れてきた後の今は断言できなかった
激しく憎み、怒り、哀しんでいるのに…あいつの心の中には彼女を殺してやるという感情はなかったような気がするからだ
むしろ、何としてでも生かして苦しめるという感じがした
生前、ダンブルドアはあいつは彼女を「憎んでいる」と言っていた
あの時は、まるで理解できなかったし、したくもなかった
ダンブルドアは「愛と憎しみは表裏一体」だと言った
ハリーには、ずっと答えの出ない疑問がいくつもある
その中のひとつはあの二人の間に果たして自分の知っている愛があったのか、である
ダンブルドアはハリーと違い、断言していた
あいつは彼女を深く愛し、憎んでいる
裏切られたと想うのは、それほど心を傾けていたから
償わせたいと想うのは、今でも彼女をそばに置きたいから
彼女もあいつを深く愛し、……あろうことか今でも求めている
反吐が出そうなほど、理解したくもない歪な関係だった
確かに、境遇故に同情したことはあった
だが、全てを境遇のせいにするのは違う、とハリーは思っていた
そんなことを言うならば、自分だって恵まれていたわけじゃない
むしろ酷かった
恨んでいるのに…
憎んでいるのに…
…彼女に名前を呼ばれたときのあいつは…ほんの僅かに震えていた
それはきっと、ヴォルデモートではなく、あいつが自分で捨てたはずのトム・リドルの機微だったのかもしれない
もしこれを意図的にヴォルデモートが見せているなら、自分はまんまと罠にハマっているのだろう
だが、今回に限ってはそうはではない気がしてならないハリーだった
「ま、とにかく、誕生日おめでとう」
声色を変えて静かに明るく言ったロンに、ハリーは思考を止めてバッ!と顔を上げた
口角が自然と上がり、頬が緩む
ハリーは実感した
そうだ…こういう小さな幸せが…自分にはある
友人がいる…と
漠然とそう思った
「うわぁーーそうだ。忘れてた!僕、十七歳だ!」
ハリーはキャンプベットの脇に置いてあった杖を掴み、散らかった机に向けた
そこにメガネが置いてある
「アクシオ!メガネよ、来い!」
たった三十センチしか離れていなかったが、メガネがブーンと飛んでくるのを見ると、何だかとても満足だった
もっとも、メガネを突きそうになるまでの束の間の満足だったが
「お見事」
ロンが鼻先で笑った
「臭い」が消えたことで有頂天になって、ハリーはロンの持ち物を部屋中に飛び回らせた
その後、スニーカーの靴紐も魔法で結んでみたり、ポスターの色を変えたりした
そして、ハリーは最初にロンから誕生日プレゼントを貰った
「こいつはお宝もんだぜ。『確実に魔女を惹きつける十二の法則』。女の子について知るべきことが、すべて説明してある。去年これを持ってたらラベンダーをやり方がバッチリ分かったのになぁ。それにどうやったらうまく………まぁ、いい。フレッドとジョージに一冊も貰ったんだ。随分色々学んだぜ。君も目から鱗だと思うけど、何も杖先の枝だけってわけじゃないんだよ」
台所に行くと、ウィーズリー夫妻からは金時計だった
ウィーズリーおじさんから手渡しできないので、おばさんから渡された
「魔法使いが成人すると、時計を贈るのが昔からの習わしなの」と言われて渡された腕時計は新品ではなく、弟のフェービアンのものだったという中古品だったが、ハリーは勢いでおばさんを抱きしめるほど喜んだ
ハーマイオニーの贈り物は、新しい「かくれん防止器」だった
ビルとフラーからは魔法の髭剃り
デラクール一家からはチョコレート
フレッドとジョージからの巨大な箱には、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店の新商品が入っていた
デラクール夫妻やガブリエールが入ってきて台所が狭苦しくなったので、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人はその場を離れた
「全部荷造りしてあげる」
階段を上りながらハーマイオニーがハリーの抱えているプレゼントを引き取って、明るく言った
「もうほとんど終わっているの。あとは、ロン、洗濯に出ているあなたのパンツが戻ってくるのを待つだけーー」
ロンは途端に咳き込んだ
誕生日の日の夜は、ウィーズリーおばさんがビーチボールほどの巨大なスニッチのバースデーケーキを作ってくれた
ハリーはとても嬉しくなり、おばさんに喜びを露わに感謝した
七時には招待客1人を除いて全員が到着し、外の小道の突き当たりに立って出迎えていたフレッドとジョージの案内で家の境界線に入ってきた
ウィーズリーおばさんは、マッドアイは手が離せないことがあるらしく来られないので「成人おめでとう。もうバカをやらかしても尻拭いはしてやれんぞ」と伝えてくれと言っていたと教えてくれた
ハリーはあははと笑うしかなかったが、嬉しかった
ハグリッドはこの日のために正装し、一張羅のむさくるしい毛むくじゃらの茶色のスーツを着込んでいた
ルーピンはハリーと握手しながら微笑んだが、何だか浮かぬ顔だった
横で晴れ晴れと嬉しそうにしているトンクスとは奇妙な組み合わせだった
そして、少し遅れてハリーの唯一の家族のシリウスが到着した
ハリーはシリウスの姿を見た途端抱きついた
しっかり受け止めて「ははっおめでとう。ハリー」と言ってくれたシリウスは、正装とまではいかないが小綺麗な格好だった
垂れ目がちな優しげな灰色の目は、ハリーを慈愛の籠もった目で見ていた
白髪まじりの髪も綺麗に梳かれており素の整った顔が際立っている
だが、ハリーの見間違いでなければ少し隈ができており、疲れた表情をしていた
「どこに行ってたの?」「どうして昨日来てくれなかったの?」
たくさん聞きたいことがあったが、今は聞くべきでないことはわかっていた
ハリーは聞きたい気持ちをぐっと呑み込んでただ「ありがとう」と言った
「ジェームズとリリーも君が立派に成人になった姿を見たかっただろう。二人の代わりに祝わせてくれ」
と感慨深く言ったシリウスに、ハリーは幾久しく感じていなかった胸の辺りが温かくなる気持ちになった
気付けば、笑顔で「うん!」と大きめの声で返事をしていた
そしてそこに、トンクスが「お誕生日おめでとう、ハリー!」と言いながらハリーを抱きしめた
この前口論していたルーピンとシリウスは、今日はお祝いのためか、普通の会話に留めている
微妙な空気だが、今のハリーはただ二人が争っていないことに安堵を覚えた
本当はシリウスと話したかったが、ルーピンと何やら話しているので遠慮したハリー
「十七歳か、えぇ!」
ハグリッドかれバケツ大のグラスに入ったワインを受け取りながら言った
「俺たちが出会った日から六年だ、ハリー、覚えちょるか?」
「ぼんやりとね」
ハリーはにやっと笑った
「入口のドアをぶち破って、ダドリーに豚の尻尾を生やして、僕が魔法使いだって言わなかった?」
「細けぇことは忘れたな」
ハグリッドが嬉しそうに言った
「ロン、ハーマイオニー、元気か?」
「私たちは元気よ」
ハーマイオニーが答えた
「ハグリッドは?」
「ああ、まあまあだ。忙しくしとった。
ハリーはロンとハーマイオニーの視線を避けた
ハグリッドはポケットの中をガサゴソ探りはじめて「あったぞ、ハリー。ーーお前さんに何をやったらええか思いつかんかったが、これを思い出してな」
ハグリッドはちょっと毛の生えた巾着袋を取り出した
長い紐がついていて、どうやら首から掛けるもののようだった
「モークトカゲの革だ。中に何か隠すとええ。持ち主以外は取り出せねぇからな。こいつぁ珍しいもんだぞ」
「ハグリッド、ありがとう!」
「なんでもねぇ」
ハグリッドは、ゴミバケツの蓋ほどもある手を振った
それからハグリッドはチャーリーを見かけ、以前卵から孵したドラゴン・ノーバートの話を聞いて盛り上がった
チャーリーはウィーズリーおばさんがしょっちゅう門を気にしてチラチラ見ているのを見て、「アーサーを待たずに始めた方がいいでしょう」と呼びかけ「あの人はきっと何か手が離せないことがーーーあっ!」
言いかけたウィーズリーおばさんに、みんな同時にその方向を見た
庭を横切って一条の光が走り、テーブルの上で輝く銀色のイタチになった
イタチは後脚で立ち上がり、ウィーズリーおじさんの声で話した
「魔法大臣が一緒に行く」
「私たちはここにいられない」
間髪を入れず、ルーピンが言った
「ハリー…すまない。別の機会に説明するよ」
ルーピンはトンクスの手首を握って引っ張り、垣根まで歩いてそこを乗り越え、姿を消した
ウィーズリーおばさんは当惑した顔だった
ハリーはもしやシリウスも!と思いシリウスを見た
だがシリウスは安心させるように微笑むと、「私は問題ない」と言った
ハリーは自然と表情が緩んだ
「大臣ーーでもなぜ?ーーわからないわ…ーー」
ウィーズリーおばさんがぶつぶつという間に、門のところにウィーズリーおじさんが忽然と現れ、隣には、白髪交じりの立髪のような髪で、すぐにそれとわかるルーファス・スクリムジョールが同行している
突然現れた二人は裏庭を堂々と横切って、提灯に照らされたテーブルにやって来た
テーブルには夜の会食者が、二人の近づくのをじっと見つめながら黙って座っていた
スクリムジョールが提灯の光の中に入った時、ハリーは、その姿が前回会った時よりずっと老けて見えるのに気づいた
頬は痩け、厳しい表情をしている
スクリムジョールは、テーブルの横で、壁に寄りかかって腕を組みじっと大臣の一挙一動を見ているシリウスの方を一瞬チラッと見て、厳しい表情をさらに深めて眉を顰めてたのをハリーは見た
ハリーは、気分が悪かった
「お邪魔してすまん」
足を引きずりながらテーブルの前まで来て、スクリムジョールが言った
「その上、どうやら宴席に招かれざる客になったようだ」
大臣の目が一瞬、巨大なスニッチケーキに注がれた
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
ハリーが言った
「君と二人だけで話したい」
スクリムジョールが言葉を続けた
「さらに、ロナルド・ウィーズリー君、それとハーマイオニー・グレンジャーさんとも。個別に」
「僕たち?」
ロンが驚いて聞き返した
「どうして僕たちが?」
「どこか、もっと個別に話せる場所に行ってから、説明する」
スクリムジョールが言った
「そういう場所があるかな?」
大臣がウィーズリー氏に尋ねた
「はい、もちろんです」
ウィーズリーおじさんは落ち着かない様子だ
「あー、居間です。そこを使ってはいかがですか?」
「案内してくれたまえ」
スクリムジョールがロンに向かって言った
「アーサー、君が一緒に来る必要はない。それと、成人済みの者に立ち会いは必要ない。ブラック」
「ならば本人の許可があればいいだろう。ハリー」
「許可します。同席を許してくださらないなら僕は聞きません。この二人も一緒です」
ハリーはスクリムジョールを真っ直ぐ見て言い切った
スクリムジョールは咎めるような冷たく探る目でハリーを見た後、シリウスを見て溜息をついた
ハリーは、何故スクリムジョールがここまでシリウスを警戒するのかわからなかった
元犯罪者だったというなら、すでに冤罪が証明されている
魔法省にとって単独で闇払いのような行動を取るシリウスが目の上のたんこぶなのか?とも思ったが、埒があかないので考えないことにした
「いいだろう。だがそれ以上の人間の同席は認めない」
「ありがとうございます」
ハリーは一応感謝を述べた
四人は立ち上がり、散らかった台所を通り、「隠れ穴」の居間に入るまで、スクリムジョールは始終無言だった
庭には夕暮れの柔らかな金色の光が満ちていたが、居間はもう暗かった
部屋に入りながら、ハリーは石油ランプに向けて杖を振った
ランプの明かりが、質素ながらも居心地の良い空間をもたらし、スクリムジョールはいつもウィーズリーおじさんが座っているクッションの凹んだ肘掛け椅子に腰を落とし、ハリー、ロン、ハーマイオニーはソファに並んで窮屈に座るしかなかった
シリウスはソファの後ろに立ち、壁にもたれた
全員が腰掛けるのを待って、スクリムジョールが口を開いた
「三人にいくつか質問があるが、それぞれ個別に聞くのが一番良いと思う。君と君、あとブラックは」
スクリムジョールはハリーとハーマイオニーを指さした
シリウスに関しては許可したのはポッターにだけの同席らしい
「上の階で待っていてくれ。ロナルドから始める」
「僕たち、どこにも行きません」
ハリーが口を開いた
ハーマイオニーもしっかり頷いた
「四人一緒に話すのでなければ、何も話さないでください」
二度目のスクリムジョールの探るような目に、ハリーを初手から対立する価値があるかどうか、判断に迷っている、という印象を受けた
「いいだろう。では、一緒に」
大臣は肩を竦め、それから咳払いして話し始めた
「私がここに来たのは君たちも知っているとおり、アルバス・ダンブルドアの遺言のためだ」
ハリー、ロン、ハーマイオニーは顔を見合わせた
シリウスは珍しく黙っている
「どうやら寝耳に水らしい!それではダンブルドアが君たちに遺した物があると知らなかったのか?」
「ぼーーー僕たち全員に?」
ロンが言った
「僕とハーマイオニーにも?」
「そうだ、君たち全ーー」
ハリーがその言葉を遮った
「ダンブルドアが亡くなったのは一ヶ月以上も前だ。僕たちへの遺品を渡すのに、どうしてこんなに長くかかったのですか?」
「見え透いたことだわ」
スクリムジョールが答えるより早く、ハーマイオニーが言った
「私たちに遺してくれたものが何であれ、この人達は調べたったのよ。あなたにそんな権利はなかったのに!」
ハーマイオニーの声は僅かに震えていた
「落ち着けハーマイオニー。スクリムジョール。今になってダンブルドアの遺品を渡しに来たのは自分達で調べても何の成果もなかったからだろう?」
黙ってたシリウスが、後ろからスクリムジョールに言い、スクリムジョールはあからさまに眉を顰めた
「君の同席を許可したが、発言を許した覚えはない」
その言葉にハリーを始める二人は反論しようとしたが、「いいんだ」とシリウスが止めた
それを確認すると、スクリムジョールは続けた
「私にはきちんとした権利がある」
スクリムジョールは素っ気なく言った
「『正当な押収に関する省令』により、魔法省には遺言書に記された物を押収する権利がある」
「それは、闇の物品が相続されるのを阻止するために作られた法律だわ」
ハーマイオニーが言った
「差し押さえる前に、魔法省は、死者の持ち物が違法であるという確かな証拠を持っていなければならないはずです!ダンブルドアが、呪いのかかった物を私たちに遺そうとしたとでもおっしゃりたいんですか?」
「魔法法関係の職に就こうと計画しているのかね?Msグレンジャー?」
スクリムジョールが聞いた
「いいえ、違います。私は、世の中のために何かよいことをしたいと願っています!」
「ハーマイオニー…」
感心したようにシリウスは後ろで呟き、ロンは笑った
スクリムジョールの目がさっとロンに飛んだが、ハリーが口を開いたので、また視線を戻した
「それじゃ、なぜ、今になって僕たちに渡そうと決めたんですか?保管しておく口実を考えつかないからですか?」
「違うわ。三十一日の期限が切れたからよ」
ハーマイオニーが即座に言った
シリウスは内心ハーマイオニーの知識に舌を巻いていた
「危険だと証明できなければ、それ以上物件を保持できないの。そうですね?」
「ロナルド、君はダンブルドアと親しかったと言えるかね?」
スクリムジョールはハーマイオニーを無視して質問した
ロンはビックリしたような顔をした
「(ハーマイオニーを無視したのは、彼女が丸め込めるタイプではないと察したからか…)」
シリウスは頭の中で考えながら、やはり二人にはハーマイオニーがいなければならないと改めて思った
「僕?ーーいや、そんなには……それを言うなら、ハリーがいつでも…」
ロンはハリーとハーマイオニーの顔を見た
するとハーマイオニーが「今すぐ黙れ!」という目つきでロンを見ていた
しかし、遅かった
「(正直過ぎるぞロンっ…)」
シリウスは心の中で言った
スクリムジョールは、思うつぼの答えを得たという顔をしていた
そして、獲物を狙う猛禽類のように、ロンの答えに襲い掛かった
「君がダンブルドアとそこまで親しくなかったのなら、遺言で君に遺品を残したという事実をどう説明するかね?個人的な遺贈品は非常に少なく、例外的だった。ほとんどの持ち物はーー個人の蔵書、魔法の計器類、そのほかの私物などだがーーホグワーツ校に残された。なぜ君が選ばれたと思うかね?」
「僕……わからない」
ロンが言った
「僕……そんなに親しくなかったと僕が言ったのは…つまり、ダンブルドアは僕のことを好きだったと思う……」
「ロン、奥ゆかしいのね」
ハーマイオニーが言った
「ダンブルドアはあなたのことを、とてもかわいがっていたわ」
これは真実と言えるギリギリの線だった
ハリーの知る限り、ロンとダンブルドアは一度も二人きりになったことはないし、直接の接触もなきに等しかった
しかし、スクリムジョールは聞かなかったかのように振る舞った
マントの内側に手を入れ、ハリーがハグリッドからもらったものよりずっと大きい巾着袋を取り出した
その中から羊皮紙の巻物を取り出し、大臣は広げて読み上げた
「『アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアの遺言書』…そう、ここだ……『ロナルド・ビリウス・ウィーズリーに’’灯消しライター’’を遺贈する。使うたびにわしを想い出してほしい』」
スクリムジョールは巾着からハリーに見覚えのある物を取り出した
銀のライターのようにも見えるが、カチッと押すたびに、周囲の灯りを全部吸い取り、また元に戻す力を持っている
スクリムジョールは前屈みになって「灯消しライター」をロンに渡した
受け取ったロンは唖然とした顔で、それを手の中でひっくり返した
「それは価値のある品だ」
スクリムジョールがロンをじっと見ながら言った
「たった一つしかない物かもしれない。間違いなくダンブルドア自身が設計したものだ。それほど珍しい物を、なぜ彼は君に遺したのかな?」
ロンは困惑したように頭を振った
「ダンブルドアは何千人という生徒を教えてはずだ」
スクリムジョールは尚も食い下がった
「にも関わらず、遺言書で遺贈されたのは、君たち三人だけだ。何故だ?Mrウィーズリー、ダンブルドアは、この『灯消しライター』を君がどのように使用すると考えたのかね?」
「灯を消すため、だと思うけど?」
ロンが至極当たり前と言った様子で呟いた
「他に何に使えるっていうわけ?」
スクリムジョールは当然、何も意見はないようだった
しばらくの間、探るような目でロンを見ていたが、やがてまたダンブルドアの遺言書に視線を戻した
「『Ms・ハーマイオニー・ジーン・グレンジャーに、わしの蔵書から’’吟遊詩人ビードルの物語’’を遺贈する。読んでおもしろく、役に立つ物であることを望む』」
スクリムジョールは巾着から小さな本を取り出した
かなり古い本のように見えた
表紙は汚れ、あちこち革が捲れている
ハーマイオニーは黙って本を受け取り、膝に乗せてじっと見つめた
ハリーは本の題名がルーン文字で書かれているのを見た
ハリーが勉強したことのない記号文字だ
ハリーが見つめていると、表紙に型押しされた記号に、涙が一粒落ちるのが見えた
「Msグレンジャー、ダンブルドアは、なぜこの本を遺したと思うかね?」
「せ……先生は、私が本好きなことをご存知でした」
ハーマイオニーは袖で目を拭いながら、声を詰まらせた
「しかし、何故この本を?」
「わかりません。私が読んで楽しいだろうと思われたのでしょう」
「ダンブルドアと、暗号について、または秘密の伝言を渡す方法について、話し合ったことがあるかね?」
「ありません」
ハーマイオニーは袖で涙を拭い続けていた
「それに、魔法省が三十一日かけても、この本に隠された暗号が解けなかったのなら、私に解けるとは思いません」
ハーマイオニーは啜り泣きを押し殺した
身動きできないほどぎゅうぎゅう詰めで座っていたので、ロンは、片腕を抜き出してハーマイオニーの両肩に腕を回すのに苦労した
スクリムジョールは、また遺言書に目を落とした
「『ハリー・ジェームズ・ポッターに』」
スクリムジョールが読み上げると、ハリーは急に興奮を感じ、
「『スニッチを遺贈する。ホグワーツでの最初のクィディッチ試合で、本人が捕まえたものである。忍耐と技は報いられるものである。そのことを思い出すためのよすがとして、これを贈る』」
スクリムジョールは胡桃大の小さな金色のボールを取り出した
銀の羽がかなり弱々しく羽ばたいている
高揚していた気持ちががっくり落ち込むのをどうしようもなかった
「ダンブルドアは、なぜ君にスニッチを遺したのかな?」
「さっぱりわかりません」
ハリーが言った
「今あなたが読み上げた通りの理由だと思います……僕に思い出させるために……忍耐と何かが報いられることを」
ハリーはうんざりした気分だった
さっきから鼻につくスクリムジョールの態度が原因だった
「それでは、単に象徴的な記念品だと思うのかね?」
「そうだと思います」
ハリーが答えた
「他に何かありますか?」
「質問しているのは、私だ」
スクリムジョールは肘掛椅子を少しソファの方に引きながら言った
外は本格的に暗くなってきた
窓から見えるハグリッドのテントが、垣根の上でゴーストのような白さでそびえ立っている
「君のバースデーケーキも、スニッチの形だった」
スクリムジョールがハリーに向かって言った
「なぜかね?」
ハーマイオニーが嘲るような笑い方をした
「あら、ハリーが偉大なシーカーだからというのでは、あまりにも当たり前過ぎますから、そんなはずはないですね」
ハーマイオニーが言った
「ケーキの砂糖衣に、ダンブルドアからの秘密の伝言が隠されているに違いない!とか」
「そこに、何かが隠されているとは考えていない」
スクリムジョールは不機嫌そうに続けた
「しかしスニッチは、小さなものを隠すには格好の場所だ。君は、もちろんそのわけを知っているだろうね?」
ハリーは肩を竦めたが、ハーマイオニーが答えた
身に染み付いた習慣で、ハーマイオニーは質問に正しく答えるという衝動を抑えることができないのだろう、とハリーは思った
「スニッチは肉の記憶を持っているからです」
ハーマイオニーが言った
「えっ?」
ハリーとロンが同時に声を上げた
二人とも、クィディッチに関するハーマイオニーの知識は、なきに等しいと思っていたのだ
「正解だ」
スクリムジョールが言った
「スニッチというものは、空に放たれるまで素手で触れられることがない。作り手でさえも手袋をはめている。最初に触れる者が誰か、を認識できるように呪文がかけられている。判定争いになったときのためだ。このスニッチはーーー」
スクリムジョールは、小さな金色のボールを掲げた
「君の感触を記憶している。ポッター、ダンブルドアはいろいろ欠陥があったにせよ、並外れた魔法力を持っている。そこで思いついたのだが、ダンブルドアはこのスニッチに魔法をかけ、君だけのために開くようにしたのではないかな」
ハリーの心臓が激しく打ちはじめた
スクリムジョールの言うとおりだ思ったハリー
大臣の前でどうやったら素手でスニッチに触れずに受け取れるだろう?
「何も言わんようだな。ーーー多分、もう、スニッチの中身を知っているのではないかな?」
「いいえ」
ハリーは、スニッチに触れずに触れようとしたように見せるには、どうしたらいいかを考え続けた
「閉心術」ができたらーー本当にできたら、そしてハーマイオニーの考えが読めたらいいのに
隣で、ハーマイオニーの脳が激しくうなりを上げているのが聞こえるようだった
「受け取れ」
スクリムジョールが低い声で言った
ハリーは大臣の黄色い目を見た
そして、従うしかないと思った
ハリーは手を出し、スクリムジョールは再び前屈みになって、ゆっくりと慎重に、スニッチをハリーの手のひらに載せた
何事も起こらなかった
ハリーは指を折り曲げてスニッチを握ったが、スニッチは疲れた羽をひらひらさせてじっとしていた
スクリムジョールも、ロンもハーマイオニーも、スニッチが何からの方法で変身することをまだ期待しているのか、半分手に隠れてしまった球を食い入るように見つめ続けていた
「劇的瞬間だった」
ハリーが冷静に言った
ロンとハーマイオニー、後ろでシリウスが笑った
ハリーは少し楽しかった
「これでおしまいですね?」
ハーマイオニーがソファのぎゅうぎゅう詰めから抜け出そうとしながら聞いた
「いや、まだだ」
スクリムジョールはまたもや内側のポケットにてを入れて、今度は薄い白い封筒を取り出した
「Msグレンジャー。ダンブルドアは君に手紙を遺した」
手紙を持ったまま言ったスクリムジョールの言葉に、シリウス、ロン、ハリー三人は心底驚いた
ハリーならまだわかる
何故ハーマイオニーなのか?
ハリーは胸の奥が少しもやっとするのを感じた
ハーマイオニーもまさかまだ自分に何か遺されていたとは思わず瞠目している
「え…?私…ですか?」
「いかにも。妙な言いがかりをされては困るので先に言っておくが、内容はこちらで改めてさせてもらった。勿論手は加えていない」
手紙をハーマイオニーに渡しながら言ったスクリムジョールに、ハーマイオニーはじっと手紙を見て大臣を見た後、嘘ではなさそうだと判断した
ハリーとロン、シリウスもじっとハーマイオニーが手紙を開くのを見る
蝋封された手紙を慎重に開けながら、ハーマイオニーは独特の文字で羅列された言葉を目で追った
それはルーン文字でもなんでもない
「『Msグレンジャー。わしは長くホグワーツで数えきれぬほどの生徒を教えてきたが、君ほどの読書家で、努力家は数えるほどしか出会ったことがない。元来、わしも読書は好きじゃったがどちらかといえば外に出る方が好ましくてのう』」
ここまで読んで、ハーマイオニーは少し頬が緩むのを感じた
銀色のローブを着たダンブルドアが手を後ろに組みながら散歩する姿を想像したからだ
とても似合っていた
再び、手紙に目を落とし続けた
「『ーーさて、わしは直接教えるという役職を退いてからというもの、矢張り少々物寂しくてのう…真に残念なことに、校長という役職で授業などはできぬからのう。直接教えることはできぬが、優秀な生徒には貪欲に知識を得ることを心掛けてほしいといつでも思っておる。昔、わしが読んだ御伽噺の中には、数多くの教訓話もあった。マグルの寓話も実に愉快で興味深いものであったが、君には類を問わず多くの書物を手に取って読んでみて欲しい。きっと君の目に適うものがあるじゃろうて。これは余談じゃが、御伽噺や伝説などの話は、空想の話だとわかっておっても胸が躍り今後の展開が気になるのはいくつになっても変わらんのう。Msグレンジャーの健やかなる成長を願って……アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアより』」
読み終える頃にはハーマイオニーはぽたぽたと雫のような涙を手紙に落としていた
ハリーは訳が分からなかった
何かハーマイオニーが気付くようなことが隠されていると思った
だが、本当にただの手紙だった
将来有望な優秀な生徒に宛てた、ひたすらに個人的な助言
ハーマイオニーが読書好きであることを知って、自分の培ってきた知識から助言をしただけの内容
「先生……私のこと認めて…くださってっ…」
ハーマイオニーが嗚咽を抑えながら口を覆い、震えるのをロンは無言で背中を摩った
「これを前にして、もう一度質問するが、Msグレンジャー、君はダンブルドアと、暗号について、または秘密の伝言を渡す方法について…「いい加減にしてください!」」
スクリムジョールが言い終わる前に、いきなり、ハーマイオニーは勢いよく立ち上がり、叫んだ
ぎゅうぎゅう詰めで座っていたため、隣にいたロンは「うぉっ⁈」と体勢を崩して体が揺れた
釣られてハリーも少し横に揺れた
バランスを取ってハーマイオニーを見上げると、手紙を握りしめて、涙を流しながらスクリムジョールを見下ろすハーマイオニーがいた
普段のハーマイオニーからは考えられない突飛な行動で、ハリー、ロンそしてシリウスも若干気圧された
「先程から何が言いたいんですかっ?あなた方にはそうやって死者を疑って、遺したものの粗探しをしてっ!あまつさえ冒涜するようなことしかできないんですか!?…私はっ…私は勉強が好きでしたっ…読書が好きだったんですっ!でも周りには理解されなかったっ…そんな中っ…先生は…っ…先生だけは知っていてくれていたっ…それを遺言で知れただけでっ…っ…私にとってはかけがえのない価値のあるものなんですっ!……あなた方が調べるのが仕事だということは理解しています。だけどっ…だけどこれ以上先生の想いまで穢さないでくださいっ!」
我慢の限界だったのはハーマイオニーだったようで、今まで見たこともないほどの動揺さでスクリムジョールに言い放った
これにはロン、ハリー、シリウスも唖然とする
いつも冷静沈着なハーマイオニーらしからぬ声の荒げ方
先程までスクリムジョールの追及やら、遺言の内容にもやっとしていたハリーですらそれを全部忘れるほどの迫力があった
「アルバス・ダンブルドアは、素晴らしい、心から尊敬すべき先生でした。これ以上の事実がありますか?」
まるでもう「これ以上の問答は必要ない。帰れ」と言わんばかりの言い方をしたハーマイオニーに、スクリムジョールは顔を顰めて苦い顔になった
沈黙が支配する中、ハーマイオニーが涙を拭い鼻を啜る音が僅かに響く
そして…
「用が済んだならお引き取りください。大臣」
命令通り黙っていたシリウスが静かに言った
「我々の協力を得たいのなら、これ以上不審を買うのは得策ではないでしょう」
シリウスの言葉に、泣き濡れるハーマイオニーの肩を抱いていたロンも責めるようにスクリムジョールを見て、ハリーも同じように視線を投げた
数秒後、スクリムジョールは立ち上がり四人を見回した
「用は済んだ。ーーブラック、魔法省や闇払い局に属さない者の勝手な行動の数々は、その名を冠してあるから赦されていることを忘れるな。
そう言って、スクリムジョールはつま先を入り口に向けて言った
この発言から、魔法省が現在、相当混乱した状況にあることがわかったハーマイオニー
でなければ、今に始まったことではないシリウスの行動にいちいち嫌味を言ったりはしない
「私は……君の…君たちの態度を残念に思う。どうやら君達は、魔法省の望むところが、君とは…ーーーダンブルドアとはーー違うと思っているらしい。我々は、共に事に当たるべきなのだ」
そう言って今度こそ、降りて行ったスクリムジョール
どうしても言わずにはいられなかったのだろう
スクリムジョールが行った後、ハーマイオニーは涙を拭ってケロッとしていた
「え?」
驚きを通り越してポカンとするロンが間抜けな声を出した
「なに?」
何か問題でもあるか、と言わんばかりの顔をしたハーマイオニー
「なにって…君さっきまで……もしかして全部演技?」
ロンが目が落ちそうな様子で、ハーマイオニーを見ながら幽霊でも見たように聞いた
「全部ってわけじゃないわ。少なくとも煮え切らない
手紙の皺を丁寧に伸ばしながらハーマイオニーが答えた
その時、ロンとハリーは心の中で同じことを思ったに違いない
シリウスは感心したように「まぁ、女性はこうでなくてはな」と呟いた
伊達に女性にモテただけの男だったわけではないようだ
ハーマイオニーのあれが演技だと途中から気づいたらしく、ロンとハリーが「どうして気づいたのか」と聞けば、「なんとくさ。女性っていうのはいざとなれば男よりよっぽど頼りになる。ジェームズもリリーには敵わなかったからな」と感慨深く言ったシリウスに、ロンとハリーは少し身震いした
ハリーはこっそり、ロンはハーマイオニーには一生勝てない未来しか見えないな、と思ったのだった
その夜、三人は集まった
階段に向けてハーマイオニーが「マフリアート!(耳塞ぎ!)」と、唱えた
ロンが「君はその呪文を許してないと思ったけど?」と言った
それに対してハーマイオニーは「時代が変わったの」と答え、ロンに「さあ、『灯消しライター』を使ってみせて」と言った
ロンはすぐに要求を聞き入れライターを高く掲げてカチッと鳴らした
一つしかないランプの灯がすぐに消えた
「要するに」
暗闇でハーマイオニーが囁いた
「同じことが『ペルー産インスタント煙幕』でも、できただろうってことね」
カチッと小さな音がして、ランプの光の球が飛んで天井へと戻り、再び三人を照らした
「それでも、こいつはかっこいい」
ロンは弁解がましく言った
「それに、さっきの話じゃ、ダンブルドア自身が発明した物だぜ!」
「わかってるわよ!でも、ダンブルドアが遺言であなたを選んだのは、単に灯りを消すのを手伝うためじゃないわ!」
「魔法省が遺言書を押収して、僕たちへの遺品を調べるだろうって、ダンブルドアは知っていたんだろうか?」
ハリーが聞いた
「間違いないわ」
ハーマイオニーが言った
「遺言書では、私たちにこういうものを遺す理由を教えることができなかったのよ。でも、説明がつかないのは…」
「……生きている内に、何故ヒントを教えてくれなかったのかだな?」
ロンが聞いた
「ええ、その通り」
ハーマイオニーはそう答えながらも、ダンブルドアが生きている内にヒントを教えなかった理由について心当たりがあった
だが、それを、今言ってしまうと、ハリーを混乱させてしまうので、黙っていることにした
「吟遊詩人ビードルの物語」をパラパラ捲りながら、ハーマイオニーが言った
「魔法省の目が光っている、その鼻先で渡されることを想定した上で、私たちに遺言を遺したとしか思えないわ」
「それって意味あるのか?調べられるって分かってたなら普通先に渡すだろ?」
「分からないわ…でも、もしかしたら、ダンブルドアが亡くなった後に渡すことで意味のある物だったら、どうかしら?それなら納得できるけど…」
「おいおい、それが本当だとしたら、僕たちなんかにどうこうできる物なのか?」
「少なくとも、どうこうするっていう物じゃないのかも…」
ハーマイオニーは、思案しながら言った
それに対して、ロンが言った
「ダンブルドアはどこかずれてるって、僕がいっつも言ってたじゃないか。ものすごく秀才だけど、ちょっとおかしいんだ。ハリーに古いスニッチを遺すなんてーーいったいどういうつもりだ?」
「はぁ…分からないわ…」
ハーマイオニーが言った
「スクリムジョールがあなたにそれを渡した時、ハリー、私、てっきり何かが起きると思ったわ!」
「うん、まあね」
半ば上の空でぼんやりと二人の会話を聞いていたハリーが言った
だが、ふっと覚醒したようにスニッチを握って差し上げながら、ハリーは鼓動が早くなったのを感じた
「スクリムジョールの前じゃ、僕、あんまり真剣に試すつもりがなかったんだ。わかる?」
「どういうこと?」
ハーマイオニーが聞いた
「生まれて初めてのクィディッチの試合で、僕が捕まえたスニッチとは?」
ハリーが言った
「覚えてないか?」
ハーマイオニーは全く困惑した様子だったが、ロンはハッと息を呑み、声も出ないほど興奮してハリーとスニッチを交互に指差してしばらく声も出なかった
「それ、君が危うく飲み込みかけたやつだ!」
「正解」
心臓をドキドキさせながら、ハリーはスニッチを口に押し込んだ
開かない
焦燥感と苦い失望感が込み上げてきた
ハリーは金色の球を取り出した
しかし、そのときハーマイオニーが叫んだ
「文字よ!何か書いてある。早く、見て!」
ハリーは驚きと興奮でスニッチを落とすところだった
ハーマイオニーの言うとおりだった
滑らかな金色の球面の、さっきまでは何もなかったところに、短い言葉が刻まれている
ハリーにはそれとわかる、ダンブルドアの細い斜めの字だ
私は 終わる とき に 開く
ハリーが読むか読まないうちに、文字は再び消えてなくなった
「『私は終わるときに開く』……どういう意味だ?」
ハーマイオニーもロンも、ぽかんと頭を振った
「私は終わるときに開く……終わるときに……私は終わるときに開く…」
三人で何度その言葉を繰り返しても、どんなにいろいろ抑揚をつけてみても、その言葉から何の意味もひねり出すことはできなかった
そんなこんなで、無駄と言えるかもしれない時間を言葉の真意を探るために費やしていると、階段から駆け上がる音が聞こえて、ロンは咄嗟に火消しライターで灯りを消し、三人揃って寝たふりをした
案の定、寝たフリがばれて、ウィーズリー夫人に怒られることになる三人だった
ロンドン地下にある魔法省本庁舎、その建物の国際魔法協力部、地下5階で、176程の背丈のフェザーグレイのフード付きのローブを着た男が、国際魔法外交部門次官であるバーント・アンバーソンを訪ねていた
「ああ、ルーディン!良く来てくれた!」
執務机から顔を上げて、まるで助かったと言わんばかりの朗らかな表情を浮かべた
いつもは溌剌とした表情に、ここ数年の魔法省での不祥事や情勢不安による影響で疲労が滲んでいるのか、影がある
ルーディンはここに来るまでの魔法省の変化を観察しながら口を開いた
「お久しぶりです。バーント」
人好きしそうな穏やかなアルト声に、バーントは眉を下げた
「そんな堅苦しくしないでくれ。私達の仲じゃあないか……少しやつれたか?」
ホグワーツでの学生時代から知っている旧友の滅多に見たことのない、憔悴したような姿にバーントは声をかけた
「……色々あってね。それで、こんな情勢時に僕を呼ぶということは、外交対応が追いついていないといったところか?」
「まさにその通りなんだ…はぁ…ダンブルドアが亡くなってからというもの、魔法省はグダグダだ…法執行部ほどの混乱はないだろうが、こちらも……その…今の国内の魔法界の不安要素のせいで他国にまで不信を疑われている…このままでは我が国の魔法界の信用は地に落ちる…」
文字通り頭を抱えて、机に頭をぶつける勢いで苦悩している旧友に、ルーディンは苦い辛さが広がる
「僕も今の魔法界が置かれている状況は承知している。言わせてもらうなら、魔法省はあまりにも手をこまねき過ぎた」
手を握りしめながら言ったルーディンの様子は、頭を抱えるバーントには見えない
「痛いところをつくな…
「変わっていたとしてもどの道、例のあの人が相手では対応はできなかっただろう…」
「……またあの時代が訪れるのか…明るい話題に変えよう!奥さんは息災か?娘はどうしてる?たしかホグワーツの生徒だったな!」
顔を上げて、明るい話題に変えようとしたバーントだったが、途端に歪んだルーディンの顔に訝しげな顔になった
そして…
「まさか…嘘だろう」
「妻は…日本にいる…だが娘はっ…メルリィが行方不明なんだっ…」
俯いて言ったルーディンの拳を見れば、血が出てしまうんじゃないかと思うほど、白く強く握られていた
「!!」
「今日本当ならここに来るつもりはなかった。メルリィが手元にいれば妻と日本に行くつもりだった。だが、メルリィはいない。妻を日本に置いて、私だけ戻ってきた。娘を何としてでも探すために。魔法省にある行方不明者のリストで私の娘の名前はないか?」
バーントは言葉がなかった
まさか、旧友のたった一人の愛娘が行方不明だったなんて…
国際魔法協力部は国内の事情を取り扱わない
だが、魔法省では誰が行方不明かは噂される
自分が聞いた中では、ポンティという名前はいなかった
だが、親友のためだ
バーントは表情を引き締めて、先程とは違う次官の顔付きで答えた
「分かった。調べよう。ただ
「ああ。頼む…ありがとうバーント」
「構わない。お前の大事な一人娘のためだ」
バーントは、ルーディンやサユリが一人娘をそれはそれは大事に思っていることを知っていた
それは普通の夫婦よりも数倍
何故なら、ルーディンとサユリはあれほど仲の良いおしどり夫婦でありながら、子どもには恵まれなかった
二人の苦悩や努力の末、やっとの想いで産まれたのがメルリィだった
メルリィが産まれた時、二人は大層喜んだ
もちろん、友人として呼ばれたバーントもまだ目も開かない可愛い一人娘の誕生を喜んだ
はじめて見たメルリィを思い出しながら、バーントは庁内で送る確認の手紙を綴りながら、ルーディンに聞いた
「行方不明になったのはいつなんだ?」
「それが正確な日にちが分からないんだ。去年なのは間違いない。去年、ホグワーツが始まった頃から月に一度は来ていたメルリィから手紙が来なくなった。不信に思ったが、メルリィは主席だったし忙しいのだと思って気にしなかったんだが……」
「去年……」
唸るようにバーントは顎に手を当てて考える
「それと……学校が終わりかけの時期に、教員から娘が帰ってきていないか確認の連絡があった」
「なんだと?終わりかけというと…ダンブルドアが死んだ頃か?」
「ああ」
思うところはあったが、バーントはその考えを振り払い、取り敢えず書き終わった手紙に向かって杖を一振りした
「分かった。取り敢えず、まずは話ができるか問い合わせてみよう」
その後、闇払い局だけ許可の返事が来て、歩き出したバーントに従ってルーディンもそれに従った
格子型のエレベーターに乗り、二人は闇払い局の皆に向かった
階の廊下を歩き、闇祓い局というプレートとついた扉を開いた直前、杖をついた異様な様相の男と鉢合わせした
魔法の眼玉をつけ、義足で杖をつく男
元闇払い、魔法省の反逆児、マッドアイ・ムーディーだった
「っ!!マッドアイ!?」
「なんだ貴様は?」
「あ、いや、すまない。国際魔法協力部外交官部門次官のバーント・アンバーソンだ」
「国際協力部が何の用だ?」
「あ、いや、少し調べものをするために来たんだよ。あ、そうだ。君は前にホグワーツで闇の魔術の防衛術の教師として教えていたんだろう?ポンティという名に心当たりはあるか?」
「おい、バーント…」
「あ、いや、すまない。マッドアイはイカれてるって噂だが闇祓いにおいては信頼はできる。大丈夫だルーディン」
堂々と本人を前にイカれていると言うバーントには悪意はないことは目に見えてわかるので、マッドアイは言い返さなかった
外交部門のバーントという男は実直な男だが、外交においては優秀過ぎる打ちどころのない外交官という噂で、難点を挙げるならば、’’こういう性格’’であることだけで魔法省ではわりと有名ではあった
尚、本人はルーディンがいなければやる気が起こらないので、常に部下にしっかりしてくださいと言われている
だからこそ、外交部門ではルーディンに魔法省で働いて…というか、次官の近くで働いていて欲しいと勧誘していた
一方、マッド・アイはポンティという言葉を聞いて、頭の中を切り替えた
そして、バーントの後ろにいる男をじっと見た
「ポンティとは、黒髪の女子生徒か?」
マッドアイは慎重に考えて、聞いた
「!娘を知っているんですか!?」
弾かれたように顔を上げたルーディンに、マッドアイは慎重に確認した
「わしの知っておるポンティとお前の娘が同一人物かはわからん。だが、ユラ・メルリィ・ポンティという名前の女子生徒はダンブルドア殺害の容疑で現在闇祓いが捜索しておる」
その瞬間、空気が凍った
「…は?…ちょっちょっと待ってくれマッドアイ。殺害容疑?どういう意味だ?ダンブルドアは
「そうだ。ダンブルドア殺害を見ていた生徒の証言によると、殺害したのはその女子生徒で、
マッドアイは至っていつも通りに淡々と言った
「……目撃者は生徒だろう?未成年だ。その証言を信用したのか?」
バーントは震える声を抑えながら聞いた
「確かに不確定要素は多い。だが、まずは確認のためにも我々は女子生徒を捕まえねばならん。事情聴取が必要だ」
「普通に考えて、だだの子どもがあれほどの魔法使いを殺害できるわけがないだろ?それに事情聴取などしてみろ。闇祓い局の者がすればしていなくてもすると自白するに決まってるだろ?」
噂で聞く、闇祓い局の苛烈を極める事情聴取
子どもも…それもだだの女子生徒に耐えられるわけがない
バーントは焦ったのように、背中を伝う冷や汗を感じながら聞いた
バーントの言葉を聞いて、後ろで震えたルーディン
「それもこれもまずは捕まえんことには明らかにならん。おいそこのお前、お前の娘か?」
マッドアイは後ろで目を見開いてショックを受けているルーディンに聞いた
「……ああ…」
やっとのことで、喉を伝い、口から出た言葉は肯定だけだった
「なら、お前も今日から闇祓い局の監視下になる。共犯の証拠はないから連行はせんが、妙な行動はせんことだな。娘から接触があればすぐ様闇祓い局に連絡しろ」
たった今、容疑者のひとりとして要監視になったルーディンは、もう倒れそうだった
頭の中で、信じられない…信じたくない言葉だけが響いて回る
「………」
俯いたまま世界が崩れ去るかのように立ち尽くすルーディンに、バーントも声をかけられなかった
「…ルーディン…」
今にも倒れそうな様子の友に、バーントは肩に手を置いて支えた
「…嘘だ……信じない…っ…メルリィはっ…人を傷つけるような子じゃないっ…っ!」
うわ言のように呟き、動転するルーディンに、バーントはただ「落ち着け。まだ決まったわけじゃない。証拠も証言も不十分だ。それに並の魔法使いでもあれほどの魔法使いを殺すなんて不可能だ。だろ?」
落ち着かせようと言葉を紡ぐバーントに、ルーディンは肩に乗る手に手を重ねて強く言った
「娘をっ…娘を助けてくれっ…私の…大事な娘なんだっ…愛するただ一人の子なんだっ…妻には言えないっ…こんなことっ」
悲しみや苦しみ、辛さでいっぱいになるルーディンの表情に、バーントは息を呑んだ
ルーディンと仕事で会うたびに、娘の自慢話を聞かされた
やれ、娘は天才だ。とても賢い。手料理を作ってくれた。今日お父さんって呼んでくれたんだ!とか割とどうでもいい話ばかり
会うたびに聞かされる惚気話やら自慢話に、もう何百回も聞いたと返し続けたバーント
その話を聞いてきたからこそ、バーントもメルリィが人を傷つけるなんて思えなかった
「……わかった。私でできることならする。私は君の娘を信じる」
「っ…すまないっ…バーント」
「謝るな。お前のためだ」
そう言って打ちひしがれるルーディンの肩を強く引き寄せたバーントだった
その後日、魔法省大臣は殺害された
「そんな所にいては風邪をひくぞ」
「…わかってる…」
オフューカス・ブラックが知り得ていた魔法省のこの先邪魔になりそうな人物等の情報を教えた彼女は茫然自失になったように、リドルの館にある、廊下のベンチに腰掛けていた
露出のあった黒いドレスではなく、ヴォルデモート卿のきているような、全身黒のウエストだけが女性用になった服と黒のローブを着ている
いつもいる部屋に訪れようとしたが、廊下に行くと、廊下の奥の壊れたベンチに座っている彼女の前まで裸足の足を晒しながら近づいてきた
「全員、死んだの?」
「知りたいか?」
「……やっぱり、いい」
「何を悲しむ必要がある?なぁナギニ。俺様に言ってみろ。お前が胸を痛める必要がどこにある?」
壊れた窓から入っている冷たい夜風が、ヴォルデモートの袖を揺らしながら、隣に腰掛けて聞いた
「……」
黙っている彼女の太腿に投げ出された痩せた白い手を己の爪の伸びた骨のような白い手で取った
ゆっくりと蛇のような蒼白な顔に振り向いた彼女
長い黒髪は下ろされ、前髪が目に少しかかり、隠れている
「ナギニ」
名を呼び、毒々しい長い指で前髪を払い耳にかけるヴォルデモートに、彼女は眉を下げた
「…そんな顔をするな。俺様の側にいることがお前の望みだったはずだ」
「……人を殺した後は…気分が良くないの…苦しいの…寂しくて…辛くて…」
「ふむ。そうか。弱く、卑怯なお前らしい、感受性だな」
彼は気分がいいのか、珍しく彼女に優しく言葉を返す
だが、内容は相容れないものだった
「……殺してきた人達の上にあるあなたとの未来は……どんなものかな…」
「不安になることはないナギニ。お前や俺様に逆らう者など必要ない。お前を不安にするものは全て取り除いてやろう」
そんなこと望んでない、あなたは間違っていると言いたい彼女の口からは
「私はあなた以外何も望まない……だから……’’最期’’まで私を離さないで…」
肩を抱き寄せなられながら呟いた言葉に返事はなく、彼の黒い服に吸い込まれて消えた
肩を抱き寄せる男が、どれほど残虐で恐ろしいかを理解はしていても、その胸に抱き寄せられてしまえば体を預けずにはいられない彼女
そんな彼女の本質をどこまで知っているのか、彼はその後、突然気を失った彼女を抱き上げて部屋に戻した
青い顔を眠る彼女の頬に手を滑らせ、蛇のような様相の男は呟いた
「…矢張り…お前だけは殺せぬだろう……ナギニよ…」
あの日、死にたくないと、独りぼっちになりたくないと泣きついた彼女
彼が彼自身と交わした呪いのような約束は、彼の意思を持ってしてこれからも破られることない…
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お待たせして大変申し訳ありません
死の秘宝長くなるけど、書いてるうちに複雑になりすぎて頭がこんがらがりそうあります
最後までお付き合いいただけると嬉しいです
未来は既に彼女の予想とは大きく違う方向へ動き、手探りで進んでゆくことしかできない
彼女の想いと心はいったいどこにあるのか…?