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※捏造過多
基本的に既存の設定で付け加えたい部分は、好きに付け加えているので悪しからず
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オートバイの爆音、箒が風を切る音、セストラルが羽をばたつかせる音が耳を掠め、陣形を組んでいたメンバーが一気に上昇し、大きく旋回して散らばった
ハリーの髪が押し流されてはためき、目が少し潤んだ
サイドカーに押し込まれた脚は、リュックを挟んでおり痛みを通り越して少し痺れかけてきていた
あまりの乗り心地の悪さに、危うく最後に一目、プリベット通り四番地を見るのを忘れるところだった
気がついてサイドカーの縁越しに覗いた時には、どの家が我が家だったのか、もはや見分けがつかなくなっていた
高く、さらに高く、縁を描くように旋回していた一向も空へと上っていく
ある程度上昇した後、陣形はロンドンの街上空を直進していった
だがその時、どこからともなく黒い煙の影が次々と現れ、一行を包囲した
その途端、騎士団のメンバーは散り散りになり、瞬きする間もなくそこかしこから叫び声が上がり、緑色の閃光と赤い閃光が飛び交った
辺り一面に緑の閃光がきらめき、運転していたハグリッドがウオッと叫び、途端にバイクを加速させた
仲間達が応戦している中で、ハリーは自分のことで精一杯だった
次々に後ろや横から放たれる死の呪文
ふと、目の前からヘドウィグが飛んできていた
ピィーと甲高い鳴声でヘドウィグは、ハリーの斜め後ろから迫っていた死喰い人に鉤爪で攻撃した
死喰い人はよろめき、気を取られてが立て直してさらに攻撃しようと旋回して迫ってきていたヘドウィグに死の呪文を放った
緑の閃光は一面にフラッシュの光のように煌めき、ハリーの目の前でヘドウィグに直撃した
「そんな!ーーうそだ!!ヘドウィグ!!」
痛ましい鳴声を最後に、人形のように動かなくなったヘドウィグはそのまま落下した
ハリーは何が起こったのか理解できなかった
だが、悲しむ間もなくハグリッドがバイクを急速に降下させて、死喰い人の包囲を突き破った
顔に当たる風と耳に届いてくる、仲間達の叫び声…
花火のようにぶつかり合う赤と緑の閃光
今さっき、ヘドウィグを喪ったハリーは、途端に他の組の安否が心配になり、恐ろしくなった
降下したバイクは、もはや仲間たちからは遠く離れ、ロンドンの街の道路を、マグルの車などを避けて走り抜けるのはハリー達だけだった
だが、死喰い人はしつこく迫ってくる
運転で応戦できないハグリッドに代わり、ハリーは追ってくる死喰い人に、麻痺の呪文や失神の呪文を連続で放ち応酬した
高速道路を走り、トンネルに入った
死喰い人がハグリッドの広い背中目掛けて死の呪文を放とうとするのを、ハリーは狭いサイドカーで身を捩りながら失神の呪文を放って気絶させた
そして、トンネルを抜けるとバイクは、ドラゴンの咆哮のような音を立てて炎を出し、一気に上空まで急上昇した
トンネルを抜けてからも、追っての放つ呪いが再びオートバイ目掛けて矢のように飛んで来たが、ハグリッドはジグザグ運転で躱した
ハリーが不安定な座り方をしている状態では、ハグリッドはドラゴン噴射ボタンを使う気にはならないだろうと思った
実際、ハリーも追っ手に向かって、次から次へと「失神呪文」を放つのが精一杯で、辛うじて死喰い人との距離を保てただけだった
この時、ハリーはふと思い出してしまったのは、神秘部の「死者の間」で、死喰い人と互角かそれ以上の実力で戦っていた彼女だった
無意識に杖を握る手に力が篭り、胸の奥底からぐつぐつとした怒りが湧いてきたハリー
感情のままに「失神呪文」と「妨害呪文」を死喰い人に放った
その一つが命中し、死喰い人が一人落下した
その死喰い人を救出するようにさらに斜め後ろから黒い煙が下降していった
ふと下を見ると草やため池が広がる一帯だった
ハリーは下をちらっと見た後、追ってくる死喰い人に失神連発した
一番近くまで追ってきていた死喰い人がそれを避けようとした拍子に、頭からフードが滑り落ちた
ハリーが続けて放った「失神呪文」の赤い光が照らし出した顔は、奇妙に無表情なスタンリー・シャンパイクーーースタンだったーー
「『エクスペリアームス!(武器よ、去れ!)』」
ハリーが叫んだ
「あれだ。あいつがそうだ。あれが本物だ!」
もう一人の、まだフードを被ったままの死喰い人の叫び声は、エンジンの轟音をも越えてハリーに届いた
次の瞬間、追っ手は二人とも退却し、視界から消えた
「ハリー、何が起こった?」
ハグリッドの大声が響いた
「連中はどこに消えた?」
「わからないよ!」
ハリーは不安だった
フード姿の死喰い人が「あれが本物だ」と叫んだ
どうしてわかったのだろう?
一見何もない暗闇をじっと見つめながら、ハリーは迫り来る脅威を感じた
やつらはどこへ?
ハリーは何とか半回転して前向きに座り直し、ハグリッドの上着の背中につかまった
「ハグリッド、ドラゴン噴射をもう一度やって。早くここから離れよう!」
「そんじゃ、しっかり掴まれ、ハリー!」
またしても耳を劈くギャーっという咆哮と共に、灼熱の青白い炎が排気筒から噴き出した
ハリーはもともと僅かしかない座席からさらにずり落ちるのを感じた
ハグリッドはハリーの上に仰向けにひっくり返ったが、まだ辛うじてバンドルを握っていた
「ハリー、やつらを撒いたと思うぞ。うまくやったぞ!」
ハグリッドが大声を上げた
しかし、ハリーにはそう思えなかった
間違いなく追っ手が来るはずだと左右を見回しながら、ハリーは恐怖がひたひたと押し寄せるのを感じていた…
連中はなぜ退却したのだろう?
一人はまだ杖を持っていたのに…
「あいつがそうだ。あれが本物だ!」
スタンに武装解除呪文をかけた直後に、死喰い人は言い当てた
「もうすぐ着くぞ、ハリー。もうちっとで終わるぞ!」
ハグリッドが叫んだ
ハリーはバイクが少し降下するのを感じた
しかし、地上の明かりは、まだ星星のように遠くに見えた
その時、額の傷痕が焼けるように痛んだ
死喰い人がバイクの両側に一人ずつ現れ、同時に背後から放たれ二本の「死の呪い」は、ハリーをすれすれに掠めた
そして次の瞬間、ハリーは見た
ヴォルデモートが風に乗った黒い煙と共に追ってきているのを…
蛇のような顔が真っ暗な中で微光を発し、白い指が杖を上げた…
そして、ハリーは一瞬目がおかしくなったのかと思った
遠目にも見えた特徴的なその杖を…
ハリーが何度も見たことがある杖…
ダンブルドアの杖だ…
そうわかった途端、ハリーの中で憎しみが音を立てて燃え上がった
そして、ヴォルデモートの叫び声が聞こえた
「俺様のものだ!」
もうおしまいだ
ヴォルデモートがどこにいるのかも、姿も見えず、声も聞こえなくなった
ヴォルデモートが「死の呪文」をハリーに向けて唱えようとした
「『アバダーー』」
傷痕の激痛で、ハリーは固く目を閉じた
だが、先程見たダンブルドアの杖を思い出し、ハリーは勝手に腕が動いた
まるで巨大な磁石のように、杖がハリーの手を引っ張っていくのを感じた
閉じた瞼の間から、ハリーは金色の炎が杖から噴き出すのを見た
緑の閃光と金色の炎がぶつかり合い、火花を散らす
その時、急に風の圧を感じたハリー
二人を結んでいた光の糸は切れた
まるで、誰かが意図的に切ったかのように、ぶつかり合っていた緑と金色の閃光の間で火花が散り、煙となったのだ
ハリーの方からは、ヴォルデモートの姿が見えなくなり、急発進した影響で、ぶつかり合っていた繋がりも切れたのだ
まるで、時間稼ぎをしろとばかりに途端に現れた靄のような煙に、ハリーは頭が追いつかなかった
だが、なんとなく、死んだ父と母だと思った…
ハグリッドがドラゴン噴射のボタンを押して一気に前進したおかげで、バイクは死喰い人とヴォルデモートを一気に引き離し、見えない壁の中に入った
その途端、ヴォルデモートの姿は消え、バイトはガス欠のような耳を劈く音と車体が揺れる衝突音共に、池の泥水に突っ込み、盛大に泥水を浴びた…
「ハリー?あなたが本物のハリー?何があったの?他のみんなは?」
隠れ穴に着くと、ウィーズリーおばさんが真っ青な顔で駆け出てきて叫んだ
「どうしたの?他には誰も戻ってないの?」
ハリーは喘ぎながら聞いた
ウィーズリーおばさんの青い顔に、答えがはっきり刻まれていた
「死喰い人たちが待ち伏せしていたんだ」
ハリーはおばさんに話した
「飛び出して、ロンドンの上空に来た途端すぐに囲まれたーーーやつらは今夜だってことを知っていたんだーー他のみんながどうなったか、僕にはわからない。僕らは四人に追跡されて、逃げるので精一杯だった。それからヴォルデモートが僕たちに追いついて…」
ハリーは自分の言い方が弁解がましいのに、気づいていた
それは、おばさんの息子たちがどうなったのか、自分が知らないわけを理解して欲しいという、切実な気持ちだった。しかしーー
「兎に角、ああ、あなたが無事で本当によかった」
おばさんはハリーを抱きしめた
ハリーには、自分がそうしてもらう価値はないと感じた
「ロンたちが遅れてるの…パパとフレッドもよ」
ジニーがそう言った途端、暗闇の中に、青い光と共にルーピンとジョージが現れた
「ここだ!」
ルーピンは少しフラつき気味になるジョージに肩を貸して歩いてきた
「フレッドは?」
「まだよ」
少し息を荒げながらも聞いたジョージに、ジニーは不安げに答えた
そして、次に現れたのはアーサーとフレッドだった
「フレッド」
ジョージはフレッドを見るとすぐに近づいて肩を組んだ
お互い無事を確かめて、フレッドは言った
一方、アーサーはモリーと抱き合い、無事を確かめ合っていた
「間一髪、耳が千切られそうになった所で『もっくん煙玉』が役に立ったぜ」
耳に薄ら傷を負い血を流しながらも、わりと軽症で済んでいた
ウインクしながら言ったフレッドに、ジョージは軽く笑って、少し苦い顔をした
「こりゃこれから使い所絞らないとな。あと二個しか残ってない」
残念そうにジョージは言った
二人の様子にはいつもの冗談めかしな様子が窺えて、ハリーは少し胸を撫で下ろした
そして、暗闇の中にもう一つ青い光が現れた
セストラルに乗ったキングスリーとハーマイオニーだった
そして続けてもう二組、同じくセストラルに乗ったビルとフラー、トンクスとロンがほぼ同時に着いた
ロンがセストラルから降りると、ハーマイオニーはいち早く抱きついた
だが、キングスリーが降りた途端、ルーピンとキングスリーが杖を突きつけあった
「アルバス・ダンブルドアが、我ら二人に残した最後の言葉は?」
「『ハリーこそ我々の最大の希望だ。彼を信じよ』」
「なぜ本物とバレた?」
「僕…僕、スタン・シャンパイクを見たんだ……ほら、夜の騎士バスの車掌を知ってるでしょう?それで、『武装解除』しようとしたんだ。本当なら別のーーだけど、スタンは自分で何をしているのかわかってない。そうでしょう?『服従の呪文』にかかっているに違いないんだ!」
ルーピンは呆気に取られたような顔をした
「ハリー、『武装解除』の段階はもう過ぎた!あいつらが君を捕らえて殺そうとしているというのに!殺すつもりがないなら、少なくとも『失神』させるべきだった!」
「何百メートルも上空だよ!スタンは正気を失ってるし、もし僕があいつを『失神』させたら、『アバダ ケダブラ』を使ったのも同じことになっていた。スタンはきっと落ちて死んでいた!」
今のルーピンは、ダンブルドア軍団に「武装解除」のかけ方を教えようとするハリーを嘲笑った
ハッフルパフ寮のザカリアス・スミスを思い出させた
「ハリー、君はーー」
ルーピンは必死に自制した様子で口を開きかけた時、青い光が現れて杖をつき、魔法の目を回したムーディが現れた
「全員いるな?」
ムーディは確かめるように辺りを見回し、全員いることを確認した
「…マンダンガスがまだなの…」
案の定、ジニーは一人足りないことを暗い顔で言った
だが、それに対してムーディとルーピン、キングスリーだけははっきりと嫌悪が現れる表情になった
「あいつは放っておけ。『例のあの人』の顔を見た途端逃げおったからな」
吐き捨てるようにムーディが言った途端、驚愕した顔で全員が叫んだ
だが、それに反応している時間もないので、ムーディは適当にあしらい促した
「まずは中に入ろう。話はそれからだ」
ムーディは煩わしそう言うと、押し退けて『隠れ穴』の家に入って行った
それに続いて、続々とマンダンガスを抜いた出発した時のメンバーも入った
「ハリー」
「シリウス!」
隠れ穴に入ると、ハリーが会いたくて仕方がない唯一の家族がいた
少しやつれた顔に、グレー混じり黒髪、少し皺の寄った歳を感じさせる灰色の優しげな目
腕を広げて迎えてくれたシリウスに、ハリーは思わず抱きついた
軽く抱擁を交わして、「よかった。無事でよかったハリー。本当に…」と呟くシリウスに、ハリーはらしくなく泣きそうになった
その様子をほっとした顔で見守るハーマイオニーとロン、ウィーズリー双子、ビル、アーサーだった
だが、ムーディとキングスリーは時間がないとばかりに早速立ったまま話を始めていた
「マンダンガスは矢張り行方をくらましたのか?」
キングスリーがムーディに聞いた
ハリーは、まったく動揺していないキングスリーや、トンクス、ルーピンの様子を訝しんだ
なぜ、さも知っていたかのように話すのか…
「ああ。だが放っておけばいい。どちらにしろあいつに『例のあの人』に組みするだけの度胸はない。どこかで野垂れ死ぬだろう」
キングスリーの言葉に、吐き捨てるように言ったムーディ
「救いようがない男だ」
呆れたようにキングスリーが言った
少し怒っている
「全くだ。だが、全員無事に生き延びれた。今はそれだけで十分だ」
ルーピンが疲れたように柱に凭れて言った
光の下にきて見て、初めて見えた
ルーピンの額に薄っすら傷痕ができていた
よく見ると、ムーディも杖腕に切り傷ができていた
みんな何かしら怪我をしていた…
「あの…マンダンガスが逃げたってどういうことなの?」
ハリーは騎士団の人間がそんなことしない…と信じられない思いで聞いた
すると、溜息を吐いて言った
ハグリットは先程からぶつぶつと言っている
「あの男は今夜君を移動させることを敵に洩らしていたんだ」
ルーピンがゆっくり口を開いて言った
ハリーは頭が真っ白になった
「なんじゃと!?」
ハグリットが吠えた
「そのことをいち早く掴んだわしらは、敢えてマンダンガスを放置した。あいつはもう計画を知っていた。やつらが襲ってくるのは目に見えておったからな」
「は?…どうして襲ってくることが分かっていたのに計画を変えなかったの!?そしたらみんな怪我することもっ、危険な目に遭わずに済んだのに」
ハリーは半ば震えながら叫んだ
「計画に変更を加えなかったのは下手に変更すれば逆に対処しにくい。これは我々で判断したことだ」
ルーピンが言った
「そんな!一歩間違えたら皆死ぬとこだったんだよ!」
怒鳴り散らすように叫んだハリー
「ハリー」
その肩に手を置いて名前を呼んだシリウス
「ハリー、まずはマッドアイの説明を聞こう」
落ち着かせるように静かな声で言ったシリウスに、ハリーは思わず押し黙った
だが、拳は強く握られたままだった
「なぜあの男が情報を洩らしていることがわかった?ハリーが今夜移されることは計画に携わった騎士団のメンバーしか知らないはずだろ」
ひと呼吸置いて、シリウスが冷静に聞いた
「わしはー…以前からあのコソ泥は信用しておらんかった。確かにあいつはその界隈では顔が広いし使える奴だったが、今回はそれが裏目に出ると踏んでいた」
ムーディのその言い方に、ハリーは疑問を持った
最初に言おうとした言葉に、誰かと比較しているようなことを言おうとした気がしてならなかったからだ
だが、それを呑み込んで言わなかった
「マッドアイの予想したことは正しかった。実際やつらは襲ってきた。だが、七人のハリーの作戦に関しては連中は知らなかったようだから、あの男も恐怖ゆえで全て洩らす度胸はなかったのだろう。その点ではマンダンガスは完全に裏切ったわけではない」
付け加えるようにキングスリーが言った
シリウスは疑わしい目つきでマッドアイをじっと見た
緊迫した空気が包む中、キングスリーが立ち上がった
「さて、私はダウニング街の首相官邸に戻らなければならない。動きがあればまた報告する。では」
そう言って、キングスリーは出口付近で「姿くらまし」をして消えた
「マッドアイ、妹はいたか?」
随分と言いづらそうな、溜めたようなシリウスの言葉に全員が息を呑んで、思わずハリーのシリウスを交互に見た
ハリーの目の前で、いや、騎士団のメンバーの前で、ダンブルドアを殺した人間の話をするなんて…
「わしは見ていない」
即答したムーディに、シリウスは「そうか…」とだけ言い、気落ちしていた
だが同時に、少しホッとしているようにも見えたハリー
だからハリーはまず言おうと思った
仲間から聞いた口伝えや噂ではなく、自分の口で、ちゃんと見たことを言うことに決めた
「シリウス…僕…僕、その…「いいんだハリー。気を遣わないでくれ。君の証言を疑っているわけじゃない」…」
ハリーは思わず押し黙った
言いたいことを先に言われて、暗にそれ以上言うことを封じられてしまったからだ
何か反論したかったわけじゃないが、ちゃんと聞いて欲しかった…という気持ちがあったハリーは胸が少し痛かった
「レギュラスはどこにいる?」
口を開かなかったリーマスが、シリウスに尋ねた
「家だ。昨日訪ねたが…「矢張り協力的ではなかったか」」
ムーディが即座に言った
「…弟には時間が必要だーーだが、これだけは保証できる。あいつは絶対に二度と道を踏み外したりはしない」
シリウスは顔を歪めて拳を握り締めて強く静かに言った
だが…
「彼女と違ってか?」
リーマスが静かに嫌味っぽくシリウスに言い、二人は睨み合った
ハリーはここにいたくなかった…
同時に、ルーピンがそんな挑発する嫌味を言うなんて…という驚きが勝った
「やめんか二人とも。そんなことをしている場合か」
二人の剣呑な雰囲気に、ムーディが軽く諌めるように言った
だが、二人は無視して続けた
「何が言いたいんだリーマス」
掠れた声で、睨みつけて聞いたシリウス
「シリウス」
ムーディが静かに怒鳴った
だが、二人は向かい合って睨み合ったまま止まらなかった
「では言わせてもらうが、君が妹だと思っていた人間は’’ダンブルドアを殺した’’んだ。ハリーが嘘をつくとは思えない。君は兎も角、弟のレギュラス殿は昔から妹を大切に’’し過ぎていた’’!それに、彼は一度道を踏み外したんだぞ?なのに保証する?どこからそんな自信がでてくる?君もあれほど憎んでいたじゃないか?」
「やめて、リーマス」
いつになく感情的なリーマスの様子に、トンクスがリーマスの腕に触れて止めようとする
だが、リーマスはその手を制した
そして、シリウスはとうとう言い返した
「ああ、お前の言う通りだ。私もハリーが嘘をついているとは思わないさ。だが、お前に妹の何が分かる!弟の何が分かるんだ!一度は道を踏み外したが戻ってきた!私の家族だ!家族を侮辱することは許さん!」
「二人ともやめて!」
トンクスが叫んだ
「少なくとも君よりはかはわかるね!あの二人は信用できない!始めから信用すべきじゃなかったんだ!ダンブルドアが彼女を信頼できると言って連れてきた時から、おかしかった!我々は反対した!君もその一人だろう!いいやーー当初は君が一番信用できないと反対したはずだ!忘れたとは言わせないぞ?」
「ああそうだ!その時はそう思っていた!」
「なら今更変わったとでも言うのか?記憶があり、妹だと偽る者が殺人者でもか?」
嘲笑うようにルーピンが断定するかのごとく聞いた
それに対して怒りなのか、後悔なのか……
打ち震える体を抑えるように一度俯いたシリウスは、顔は再び上げて平静を装い言った
「逆に聞くが、殺人犯ならーーーならなぜ我々はまだこうして生きている!?本当に寝返ったのなら、最初から手下だったのなら騎士団の情報もメンバーも全て知られているはずだろう!だが実際どうだ!?無事だ!これはどう説明する!?本部の場所も、この場所も!マンダンガスが洩らした情報以外何ひとつ敵に知られていない!違うか!リーマス!」
「それは二重スパイとしてお互いに信用させるために芝居をしていただけだと気づかないのか?昔から彼女は君よりよっぽど冷静で賢かった!我々を出し抜くことなど訳ないだろう!実際君の無実を証明し、まんまと我々を信用させたのもそうだ!はじめからおかしいと思ったんだ!全てがうまくいきすぎていた!彼女はヴォルデモートが唯一恐れているダンブルドアを葬る機会をずっと伺っていた!君の妹は死んだ!!死んだ者は蘇ったりしない!!!あれは君の妹の皮を被った別人だ!いい加減気づけ!!」
言い切ったように、吐き捨てたリーマス
「〜〜〜っ!!お前に何が分かる!私の妹の!オフューカスの!!何も知らないくせにふざけたことをいうのも大概にしろ!!あれはオフューカスだ!!紛れもない私のオフューカスだ!!」
唾を飛ばす勢いで、悔し気な…怒りに震える泣きそうな顔で悲痛に叫んだシリウス…
ハリーは後退りしそうになった
ロンとハーマイオニーは止めようにも止めれない表情で動揺し、困惑している
トンクスはリーマスを哀しそうな目で見ている
ハリーは嫌な予感がした
だがその時、シリウスとリーマスの頭上からどこからともなくバケツ一杯ほどの水が浴びせられた
見ると、マッドアイが二人に向けて、いつもよりおっかない顔で杖を向けていた
「頭が冷えたか馬鹿者共が」
ポタポタと滴り落ちる水滴と、マッドアイを睨むシリウスに、ルーピン
「子どもは上の部屋に行け。こいつらには少しお灸を据えてやらんといかん」
妙に冷静な、低い声でマッドアイが言い、ハリー、ロン、ハーマイオニーはゴクリと息を呑んで、言いたいことはあったが、言える空気でもないので大人しく指示に従った
「シリウス、リーマス、仲間割れをしてどうする。それこそ『例のあの人』の狙いだとわからんか!!この愚か者共め!」
一言静かに言った後、魔法の目玉をギョロリと動かし、おっかない顔で怒鳴ったムーディに、二人は不服げに俯いて、そっぽを向いた
「まだやるか!」
「…だがマッドアイ「黙れ!それ以上余計な口を叩くなら今すぐ口を縫いつけるぞ!」……」
「シリウス、念の為だ。レギュラスには用心しておけ。それと、今後は勝手な行動はするな。「マッドアイ!」異論は認めん!いいな!わかったな!くだらない言い合いをするくらいなら金輪際二度とその話はするな!!」
今度こそ立ち上がって怒鳴ったマッドアイに、二人とも返事はせずに押し黙った
その夜、ハリー、ロン、ハーマイオニーが上の部屋に移動させられた後、マッドアイにきつくお灸を据えられたリーマスとシリウスは、会議中、目も合わせず、お互い顔も合わせようとしなかった
リーマスはトンクスとウィーズリー夫妻に挨拶をして先にお暇した
続いて、マッドアイ、ハグリッドも帰った
双子にはそうそうに部屋に戻り、アーサーはビルとフラーと話している
そして、シリウスは、ハリー達のいる部屋に向かおうと階段を上がろうとした
だがその時、皿洗いをしていていたウィーズリー夫人が声をかけた
「シリウス」
「なんだ?」
「お願いですから、ハリーを不安にするようなことは言わないであげてくださいね。あの子達にも」
「モリー、勿論君の息子には配慮する。だがハリーに関しては違う。もう子どもじゃないし、既に人より多くのことを経験している。本人が望むなら私はそれを拒否することはできない(ダンブルドアは最後まで私には何も言わなかった。レギュラスの様子からしても何か知っていたとは思えない…)」
「そういうことではありませんシリウス。シリウス!」
モリーが止めようとするのも無視して、シリウスは階段を上っていった
シリウスは、ハリーを移動させる計画の一日前、グリモールド・プレイス十二番地にあるブラック家に行った
当然、レギュラスはいた
ダンブルドアが亡くなった訃報と、騎士団の者からその実行犯とスネイプのことも聞いた
嘘だと思いたい強い気持ちと共に、酷い胸の痛みを感じたシリウス
妹を取り返しのつかないほど傷つけた深い罪悪の後悔の海から、いきなり打ち上げられた心地になったシリウスは、頭で考えるよりも早く、足が動き、実家に向かっていた
それまで続けていた捜索を苦渋の思いで止め、戻ったのだ
だが、表に出るほど感情的にはならなかった
深い罪悪の中で過ごした捜索の日々で、シリウスは多少なりとも変わっていた
まずは、状況と真実を確認しなけれならない…と思うほどには…
そして、一度実家に戻った時に見た弟の姿に、シリウスはゾッとした
シリウスの姿を認めた途端、感情のない冷たい灰色の目でチラッと視界に入れると、まるで見なかったことにするかのように顔を逸らした
まるで、オフューカスを失ったあの時のように…
己の過ちで失った深い後悔の色が滲むあの時と違い、今回は憎悪が煮詰まったような目をしていた
シリウスは目を見張った
これは、自分の知っている弟の姿か…と
ーーー「レギュラス、あの噂は本当なのか?」ーーー
まともな答えを得るどころか、答えてすらもらえないだろうと思いながらも、口が質問を紡いでいたシリウス
それに対し、数秒沈黙が流れた
ーーー「レギュラス、なんとか言ってくれ。私は信じられないんだ」ーーーー
乞うような掠れた声で聞くシリウスに、緊張した空気が広がる
シリウスにしては根気強く待つこと数分後、レギュラスは顔も向けずに答えた
ーーー「兄さんが親代わりを務める生徒の証言によると、聞いたとおりだよ」ーーー
一時は「閉心術」の指導さえしたハリーのことを、最早名前でさえ呼ばず、嫌味を込めて’’兄が親代わりを務める生徒’’と言ったレギュラスに、シリウスは足元から何かが崩れていく感覚がした
前にも味わった感覚だった
そうーーこの兄妹に亀裂が入ったのは今に始まった事ではない…
ホグワーツ在学中も、妹が死んだ時も…
全てがいつも手遅れで…
すれ違っていた…
ーーー「兄さんは、どうせ『選ばれし者』の味方だろう。オフィーに何度も助けられておきながら、’’一度だって信じることもできなかった’’臆病者だもんね」ーーー
冷ややかに放たれた言葉に、シリウスは拳を握りしめた
強調された言葉に嘘はなく、紛れもなく事実だった
レギュラスは哀しそうに、苦しげに呟いた
ーーーー「誰もあの子の味方だったことはない……いつだってそうだった…」ーーーー
吹っ切れたように、妙に冷静に言い始めたレギュラス
ーーー「レギュラス。ハリーの『閉心術』の授業をしていたらしいな。何があったんだ?」ーーー
慎重に、心配するよくに聞いたシリウスは自然と眉間に皺が寄った
レギュラスが今、平静ではないことは見ればわかったからだ
これは、皮肉にもシリウスでなければわからない変化だった
ーー「『何があった?』……白々しいっ」ーーー
顔を向けず、レギュラスは肩を震わせた
そして、次の瞬間机にヒビが入るのではないかというほどの音が鳴った
レギュラスが座っていた椅子が後ろに倒れる音が響いた
唇を引き結んでゆっくりと口を開いたレギュラス
シリウスの背中に一筋冷や汗が流れた
ーーー「ああ、そういえば、兄さんもあの場にいたんだったね…そうか…………オフィーが僕に何も相談しなかったのはそういうことか…」ーーー
俯き、ぶつぶつとくり言のように呟く弟の姿に、シリウスは得体の知れない危機感を感じた
だが、何故か既視感のある感覚だった…
ーーー「レギュラスっ…お前本当にどうっ…したんだ?」ーーー
なんとか言葉を紡いで、問うと
レギュラスは突然ゆるりと顔を上げて、スッと無表情になった
そして、つぶやいた
ーーー「……オフィー………どうしていつも僕を遠ざけるんだ……」ーーー
まるで涙を流すかのように天を見上げて悲壮な声で言う弟に、シリウスは衝撃を受けた
レギュラス…お前は勘違いをしている
私は確かに妹に手を上げたこともある…
だが、それはお前に気づいてもらたかったのもあるんだ…
妹はお前が思うほど純粋ではない…
今のお前は過去の過ちから、負い目を感じているだけだ…
愛情と言えば聞こえはいいが、お前のそれは愛情じゃない
お前は罪悪感から逃げているだけだ
いい加減気付いてくれ
確かにあの子は妹だ
間違いない
だが、お前は求めるものを間違っているっ…
あの子はもう私たちの妹ではないんだっ
私だって妹が可愛かった…大事に想っていたんだ
だからこそ闇の道に染まってしまうんじゃないかと…唆されてしまうんじゃないかと思って早まった行動もとった
若かった私は、言葉で説明しようとすら考えなかった
誤解させたのはわかる
ハリーの証言と死喰い人の間で広まっている噂から考えれば、実行犯は確かに妹で間違いないだろう
だがそれ以上におかしい
今日見たマッドアイの様子からしても、あのマッドアイが裏切り者に対して毒を吐かないなど…
何か知っている
あの時…トーナメントでハリーが帰ってきた後、現れた彼女がダンブルドアに残すように頼んだのはスネイプとマッドアイのみ…
普通に考えれば、寝返ったと考えるが…
何故かそれは大きな間違いな気がしてならない
決めるにはまだ証拠が足りない上に、何か見落としている気がしてならない
こういう勘はいつも当たる
私の知る彼女の本質が変わっていなければ……
何かダンブルドアの死の裏で、何か動いている気がする……
昨日の正気とは思えない弟の様子を思い出しながら、シリウスはハリー達の部屋の前につき、ドアノブを回して入った
「シリウス…?」
いきなり扉が開き、入ってきた家族に、ハリーは驚いたが、嬉しそうな表情になった
「ハリー。話があるんだ」
ぎごちなさそうに言ったシリウスに、ロンとハーマイオニーは顔を見合わせた
そして、ハーマイオニーは立ち上がりながら言った
「じゃあハリー、私達は下に行ってるわね」
気を利かせて出て行こうとしたハーマイオニー達に、シリウスは手で制した
「いや、君たちも残ってくれていい。関係する話だ」
真面目な様子で言ったシリウスに、ハリーは少し困惑した表情になり、ロンとハーマイオニーはもう一度顔を見合わせて「本当にいいの?」とでもいうようにシリウスを見た
そして、シリウスの目が本気だということに気づき、また腰を下ろした
狭いベットに横並びに座る三人に向かい合うように、シリウスはローテーブル腰掛けた
行儀が悪いし、テーブルが若干軋んでいるが、シリウスは気にしない様子で口を開いた
「さっきはすまない」
「そんなーーシリウスは悪くない」
つい勢いで、ハリーは否定した
「なあ、ハリー。あの日、何があったか教えてくれないか?……もし、辛いなら…」
手を組んで、シリウスが神妙な面持ちで聞いたが、一瞬ハリーの表情が悲痛に歪んだので、訂正しようとしたシリウス
だが…
「ううん。大丈夫。話すよ。あの夜ーーー」
重い口を開いたハリーは、あの夜、ダンブルドアと分霊箱を探して出掛けたことは伏せて、ダンブルドアが殺される瞬間、その後のことを話した…
ハリーはシリウスに全て打ち明けられない後ろめたさ、罪悪感が渦巻いた
それに、ハリーにとってはこの上なく言いづらいことだった
よりによって、犯人はシリウスの妹だ
それに、ハリーが知る限りダンブルドアは生前、シリウスには何も話していなかった
そして、ハリーもまた、自分がダンブルドアと見てきた彼女に関する真実や記憶の数々を教えるべきではないと思った
あれは、言葉で説明できるものではないし、下手に教えても余計に混乱させるだけだった
あの夜あったことを全てを話し終えた後…
シリウスは黙り込んだ
だがそれは、失望や後悔、哀しみや怒りでもなく…
何か引っ掛かり覚えているような難しい表情だった
ハリーは鼓動が速くなった
まさかーー何か勘付かれたのではないか…
だが、ハリーの心配に反して、シリウスが考えていたことは違った
ダンブルドアが死んだ時にいたのは、オフューカスに、グレイバック、スネイプ、ハリーの野蛮な男とずんぐり女は、恐らくカロー兄妹だろう…
そして、手引きをしたグレゴリーの息子…
話からするに、あいつらはオフューカスに逆らわなかった
そればかりか、あのグレイバックに命令した?
どういうことだ…
ヴォルデモートはオフューカスを拷問していたはずだ
言うなれば人質でもある…
それを態々駒として使い、死喰い人をまとめさせただと?
だが、いくらヴォルデモートの命令でもそう簡単に死喰い人がオフューカスの命令に従うわけがない
「ねえハリー、やっぱり彼女なの?話を聞いてる限りじゃ……その…あの…」
今まで黙っていたハーマイオニーに顎に手を当てて考え込むように言いにくそうにハリーに聞いた
ハリーは眉を寄せた
「僕が嘘ついてるって言うのかい?確かに僕たちの知ってる彼女っぽくない言動だったけど、あれは間違いないよ」
シリウスがいるのも忘れてハリーは怒ったようにハーマイオニーに強めに言った
「…んー…」
「…ロン?」
ギスギスした空気の中、ロンが突然悩むように唸ったので、ハーマイオニーが柔らかい声で声をかけた
「あの…さ…その…」
「気にしなくていいロン。正直に言ってくれ」
シリウスが気を利かせたように、ロンに促した
おそらく、自分の前では言いにくいだろう内容だ
「じゃ、じゃあ言うけどさ…なんか変だなって…」
「「は?」」
ロンの言葉に、ハリーとハーマイオニーから思わず間の抜けた声が出た
「いや、そうじゃなくて、そのーー…なんていうか、うまく言えないんだけど、なんっか変な違和感があるんだよな…勿論、ダンブルドアが死んだのは許せないし悲しいことなんだけどさ……」
付け足すように、慌てたトーンでロンが言うが、ハリーの顔はどんどん不機嫌になっていった
逆に、ハーマイオニーはもう一度ハリーから聞いたことを思い返し始めた
「ロン、それはどういった違和感だ?」
食いつき気味にシリウスが聞いた
「あー…えっと…ーーそうだな。単純な疑問なんだけどさ。やり取り聞く限り…なんか死にそうになってる時の会話に思えないなって…」
「は?」
ポリポリと頰をかきながら言ったロンの言葉に、またもやハリーはポカンとした
だが、ハーマイオニーは眉を寄せて何か考えていた
シリウスは、ハリーが話したことを思い出すように顎に手を当てて考え出した
「確かに…ダンブルドアが懇願するようなことを言うなんて…」
ハーマイオニーが呟いた
「うん…それもそうなんだけどさ。気になったのは『もう裏切ることはできない』ってとこなんだよな。普通に考えて『例のあの人』が一度裏切ったやつのこと許すってあるのか?」
素朴な疑問とばかりにロンが呟いた
沈黙が流れた
「…ダンブルドアは『例のあの人』が唯一恐れた人……そう…そうよね。普通に考えればそんな任務、自分以外にさせるなんてしないはずよね……ねえ、シリウス。もしかして、誰かが人質に取られていたってことはないかしら?」
「ハーマイオニーっ?何を言いだすんだ?」
ハリーは慌てた
「ハリー、あなたの見たことは疑ってないわ。でも考えてみて?『服従の呪文』にもかかっていない状態で、彼女が進んで人を殺すと思う?」
「…それはっ…」
ハリーは大声で反論したかった
ハーマイオニー達には、『トリニータス』のことは言っていなかったからだ
ヴォルデモートと魂を同じくする彼女は自分が助かることを選んだのだと
彼女はダンブルドアを殺した
理由はそれで十分じゃないか、何故ロンやハーマイオニーはダンブルドアが殺されたって言うのに、彼女をまだ信じたいと思わせるようなことを言うのかハリーには理解できなかったし、裏切りにも思えた
シリウスはハリーをチラッと視線を向けた後、慎重に言った
「行方不明になっている者は多い。だが、その殆どが数日、もしくは一週間の間に死体になって見つかっている。君たちが会ったこともある騎士団の者での行方不明者は今のところいない。だが、仮に人質を取って脅されていたとしても意味がないだろうな……」
あえて理由を言わなかったシリウスに、三人とも検討がついた
ーー応じたとしても、結局殺されるーー
「オフューカスはーー…」
沈黙の中、シリウスは決めたように話し出した
「私の知っている限りオフューカス・ブラックという人間は、いつも取り澄ました表情で、干渉を嫌った。笑顔も滅多になく、貼り付けたような作り笑いばかりだった……」
唐突に話し出したシリウスに、三人とも口を挟まなかった
「私の家は知っての通りイギリス魔法界でも最上位に位置していた純血至上主義の家系だ。その家系は最も大きく、古い。親族婚が多かったせいか、傲慢でイカれた者が多かったのも事実だ。中でも私の両親は狂信的な純血主義者でね。ブラック家が事実上王族だと信じていた。ハーマイオニー、君のことだから私の家の家訓は知っているだろ?」
シリウスは他意や嫌味もなく、知識が広いハーマイオニーに聞いた
「…『Tojuours Pur』…『純血よ永遠なれ』」
ハーマイオニーが辛そうに言った
「そうだ。その家訓のせいもあってか、第一次魔法戦争で、私の一族は私以外の多くの者がヴォルデモートを支援した」
「っ」
ハリーは感情を抑えるようにきつく拳を握った
「殺伐としていた。幼い頃から両親や親戚がそういった選民的思想丸出しなことを言うのを横で聞いていて、子どもながらに、私はそれは間違いだと思っていた。ホグワーツに入ってから私はさらにその考えが強くなり、嫌悪すら覚えた。だが、レギュラスとオフューカスは正直、昔から、何を考えているかわからなくてな。私と違って家の伝統に反することなくスリザリンに組み分けされたのも相まり、私は裏切られた気持ちになったよ。ーーレギュラスは兎も角、特にオフューカスはね。妹はクリーチャーを尊重していた。小さなことの積み重ねさ。私は真っ向から反発していたが、妹は実に上手くてね。両親や親族の前では反純血主義だと疑われないような態度でいた。君たちは知らないだろうが、クリーチャーも昔はあそこまで柔軟ではなかった。妹がクリーチャーを変えた」
「変えた?」
「今のあれよりやばかったの?うわぁ」
ロンが反吐がしそうな反応をして言った
「ちょっとロンっ」
ハーマイオニーは屋敷妖精に対して想いが強いため、ロンの反応に複雑な表情で注意した
「いいんだ。ロンの言う通りだ。いつからか、クリーチャーは変わり家というより妹に忠誠を尽くすようになった。弟のことは尊敬しているだろうが、妹には敵わないだろう。私などブラック家の者とすら見られていない。屋敷しもべが主人を選り好みするのは許されない。まぁそれも、ろくでもない両親が生きていた頃よりはマシだがな。私もクリーチャーはどうでもいい。クリーチャーは例え妹が本当に裏切っていたとしても、決して主人を裏切ることはないだろう。人を殺せと言われれば、何の躊躇いもなく従うほどにな」
クリーチャーに対して何とも思っていないような…むしろ嫌っているようなシリウスの言動に、ハーマイオニーは苛立ちを抑えるのを必死だった
ブラック家の出来事を全て知っているわけではないが、シリウスがクリーチャーに対しての接し方をもう少し努力すべきだというのはわかっていた
少なくとも、以前ブラック家の騎士団の家で見かけた彼女のクリーチャーへの態度は気品があり、主人としての威厳に優しさがあった
ハーマイオニーは自業自得だ、と少し思ってしまった
一方ハリーは、シリウスからあまりそういうことは聞きたくなかった
自分にとってシリウスは名付け親で頼もしく勇敢で賢い
そのイメージが会うたびに、正確には当時のブラック家のこと、兄妹のことを深く知っていくたびに失望にも似た気持ちにさせられるからだ
沈黙が支配する中、シリウスは長いため息を吐いて天井を見上げて続けた
「正直分からない。妹が何を考えていたのか、今でも何を考えているのか…レギュラスの言う通りのまま受け取ればーー両親は死んでから、当主として収まった妹は相当苦労したそうだがな」
「ブラック家史上初の女当主…」
ハーマイオニーが呟いた
「ああ。基本女に家は継がせない。だが、どうやったのか、跡継ぎがいなかったとはいえ、分家や親戚達を味方につけて当主の座に収まった。噂によると、分家のひとつだったマルフォイ家の当時の当主、アブラクサス・マルフォイの存在があったんじゃないかと言われている」
「アブラクサス?誰それ?」
「ドラコのお祖父様よ」
「まじかよ…じゃあ彼女がマルフォイ一家を助けようとしたのって、その祖父と親しかったから?いや、借りでもあったからか?」
「それはわからん。だが今にして思えば、私は何一つ妹のことを知らなかった。何も知ろうともしなかった。ーーハリー」
ハリーはびくりとした
なんとなく、ここからが本題ではないだろうか、と予想がついた
「ハリー、君と私が神秘部で見聞きしたこと。あれについてダンブルドアは何か言っていたんじゃないか?ヴォルデモートは妹のことを『ナギニ』と読んでいた。それは誰だ?」
ハリーは心臓を鷲掴まれ、全身から冷や汗が流れるような心地になった
変な寒気がした
ロンとハーマイオニーは自分の動揺に気づかれないようにするので精一杯だった
「…言えない」
ハリーはやっとの思い呟いた
「ハリー」
懇願するようにシリウスは言った
「ごめん。言えないんだ。ダンブルドアとの約束だから」
ハリーは手が真っ白になる程拳を握りしめて、苦渋の思いで拒否した
「じゃあ聞き方を変える。これは私の予想だがーーー記憶を持ち生まれ変わったのは、ヴォルデモートに何か関わりがあることじゃないのか?」
「!」
これには三人共動揺した
だが、ハリーはもっと動揺していた
どうすればいいか、どう話を逸らせばいいか、必死だった
彼女の生まれ変わりについて話すことは、ヴォルデモートの最大の弱点『トリニータス』について明かすことになる
そうなれば、自分はシリウスの妹を殺そうとしていることを知られることになる
ハリーは嫌だった
シリウスに嫌われるかもしれない
いや、それだけじゃない
今まで受けてきた誹謗中傷など目にならないほどの感情を、よりによって唯一の家族に向けられることになるかもしれない
ハリーはどうしようもなく怖かった
俯いて黙り込むハリーに、シリウスはひとつ息を吐いた
ハリーは大袈裟に反応した
シリウスのひとつひとつの動作にどうしようもなく恐怖を感じた
それは、見捨てられるんじゃないか
自分は家族じゃないと言われるんじゃないか…と
だが、シリウスは不安そうなハリーを落ち着かせるように言った
「言えないならいい。それだけの理由があるんだろう?」
ハリーは無言で頷いた
「ならそれで納得しよう。さて、私はもう行くよ。あまり長居するとモリーにどやされるからな」
そうひと言言い、立ち上がろうとしたシリウス
その時…
「あの…シリウス」
ハーマイオニーがぎこちなく声をかけた
「なんだ?」
「こんなこと聞くのは失礼なんだけど、オフューカスさんは本当に亡くなった…んですよね?」
「ああ。’’らしいな’’」
「…ぇ…’’らしい’’って…」
「実は私が妹の遺体を見ていない。葬式には行けなかった。妹が死んだ時、私はアズカバンに居たし、葬儀をしたのはレギュラスとクリーチャーだけだ。そして、埋葬された場所はあの二人しか知らない。ああ、スネイプもだったな。…ーーレギュラスにどんなに言っても教えてはくれなかった。私には権利はないそうだ……クリーチャーに命令しても決して口を割らなかった。だがまぁ、死んだのは間違いないだろう」
背中を向けながらそう言ったシリウスに、ハーマイオニーは悪い気になった
「その…ごめんなさいシリウス…」
「気にしなくていい。当然と言えば当然だからな…ああ、忘れるところだった。ハリー」
「なに?」
シリウスは扉に顔だけ出して言い忘れたようにハリーを見て言った
「もし、弟に会う時は気を付けろ」
「え…?」
「弟は’’どんな時でも’’妹を優先してきた」
「……うん」
冗談などない真剣な表情で言ったシリウスに、ハリーは深刻に頷いた
「あ、シリウス!あの手紙のことっ」
ハリーはハッとして思い出したように最後に声をかけた
すると、シリウスは立ち止まって顔を出して笑った
「手紙の事は忘れてくれていい。あれは君に会えなかった時のためのものだ。今はこうして会えた。では私はもう行くよ」
軽くウインクしてハリーだけを見て言ったシリウスに、ハリーは嬉しくなったと同時に少し寂しくなったのだった
ハリー達の部屋を出た後、シリウスはある確信を得て『隠れ穴』を後にした
その表情は、ハリー達に見せた表情ではない
ダンブルドア
あなたがハリーに何を託したのかは知りもしないが、オフューカスが生まれ変わったことがヴォルデモートに何かしら関係があることは確信できた
あなたはヴォルデモートを葬るために何かを犠牲にすることをよしとした
ーーー「貴様は己の妹であった女のことを何ひとつ知らん」ーーー
ーーー「この俺様を拒絶した結果がこれだ。お前にはお似合いだ。なぁ’’ナギニ’’」ーーー
恐らくあの言葉は嘘でないだろう
あの口ぶりでは、ヴォルデモートはオフューカスのことを知っていた
そして、察するにオフューカスを殺したベラトリックスを殺したのは偶然ではない
ーーー「お前は俺様を、三度も、拒絶した。ナギニ。忘れたとは言わせん。一度は俺様の子を胎に宿らせる栄誉を与えてやったにも関わらず、お前は、胎に宿した子諸共’’自死’’しおった」ーーー
あの言葉から考えられる可能性はひとつだけだ
妹は『ナギニ』と呼ばれる人間の記憶を持っていた
そして、ダンブルドアのあの時の言葉…
ーーーー「彼女は罪を認め、お前と対峙する道を選んだ。他の選択肢も選ぼうと思えばあったはずじゃ。だが、そうせんかった。どれだけ孤独でも、お前の犯した、決して赦されぬ罪の責任を取ろうとしておる。並大抵の覚悟でできることではない。体と精神を壊すほど己を責め、お前の罪によって死んでいった者達の子孫を救おうと足掻いた」ーーー
決定的だ
妹だと思っていた彼女は、かつて『ナギニ』と呼ばれた女性で、ヴォルデモートが唯一求めた人間…
そして、恐らく、唯一殺すことができない存在…
あの話が本当ならば、妹は『ナギニ』であった頃、ヴォルデモートの子どもを身篭り、子ども諸共自死した
ヴォルデモートの唯一の弱点…
少なくともダンブルドアはそう考えたはずだ
そして、それを利用することを妹は了承していたっ
何が隠されているっ
何を隠している!
いくらヴォルデモートが強大な魔法使いでも、人を何度も生まれ変わらせるような魔法などかけれるわけがないはずだっ
仮にあったとしても人智を超えた領域だ!
闇も闇、闇より罪深いっ
そんなものがまともな魔法であるはずがない!
オフューカスっ
お前はずっとわかっていたのか?
最初から私を…私たちを欺いていたのか?
お前とヴォルデモートは一体どんな関係だったんだっ!
心の内に、燃え上がるように芽生えた確信と疑念はシリウスの足を速くした
「で?」
「なんだ?」
「💢なんだ?じゃないのよ!!ロンドンに行けって言ったのはどこの無茶振り野郎よ!!」
「ああ、そういえばそうだったな。なんだ、ここまでくれば分かると思ったがーーわからないのか?」
「💢💢死ね!」
パンジー・パーキンソンは、いっそ腸煮えぎる気持ちだった
ラフな装いで、不穏な夏のロンドンの街・ウェストミンスター橋の端で人を待っているかのように立っていた
服装だけはマグルの中にいても違和感がない
人通りがあるにもかかわらず、パンジー以外見えない傲慢な自称思念体の男に叫んでいることを除けば
周りからは白い目で見られていることも目に入らないくらい腹を立てていた
ひそひそと言ってくるマグルに対して睨みつけたパンジー
「さて、ここら一帯の骨董屋をすべて回れ。マグルの、だ」
いかにも霊体ような透けている体で、腕を組んで悠然と言ったルベル
「は?」
思わず間の抜けた声が出たパンジー
「聞こえなかったか?ロンドンの骨董屋を全て回れと言ったんだ。マグルのな」
改めて、懇切丁寧に言い直したルベル
その言葉に次の瞬間、パンジーは辺りに構わず叫んだ
「はぁぁぁーーーーーー!?」
「煩い。さっさっと行くぞ」
「💢💢こんっのっド鬼畜野郎っ!!せめて何を探すかくらい教えなさいよ!」
「見つけたら教えてやる。それに十中八九探し物は加工されているから仮にお前に教えても見つけられないだろう」
「そんなのやってみなきゃわかんないでしょうが!いいから教えなさいよ!あんたが知らないものに加工されてるかもしれないでしょ!」
「は?僕が気づかないことにお前如きが気づくとでも?」
「当たり前でしょう」
腰に手を当てて、正気?とでも言うように即答したパンジーに、ルベルは鼻で嗤って無視した
「💢(ユラ、あんたの幼馴染は最っっっ低の奴ね。次会った時にこいつの本性全部暴露してやるわっ。こういうやつは絶対に好きな相手には猫被りしてるからね。今に見てなさいよっ。)」
ゆらゆら揺れている思念体の男を睨みつけながら、バンジーはズカズカ歩を進めた
あった…
二十三軒目でやっとか…
古き種族の『生命の木』のひとつ…
こんなものがマグル界に落とされているとは数奇なものだな…
最初こそ俄かには信じられなかったが…
だが、僕にはこれが必要だ
「おい」
この女は胆力がある
救いようがないほど阿呆で馬鹿で単純だが、勢いと盲目的な信念は実に有用だ
「あのねぇっ💢、私は犬じゃないのよっ」
もう日も暮れそうになっているその日、ロンドンの街を時計回りで渦巻きのように周り続け、見かけた骨董屋を訪れていったパンジーは、時に不気味で、時に詐欺師がいそうな雰囲気、時にぼったくりの店主がいる店ーー何とも治安の悪い骨董屋ばかりで嫌気がさしていた
挙句にこんな若い女性では入店もしにくい
そんな中、何とか根気強く骨董屋を巡り、店内ではルベルが商品を見てゆき、「ここにはない。次」「次だ」「ない」と言い続けること、二十四軒目…
透けている思念体が店内を歩いているのも慣れてきた頃、ルベルは階段棚に雑に並べられて、形ばかりの値札が貼っている錆びたオルゴール箱を指差してパンジーに言った
「これだ」
「うそ!本当にあったの!?」
もう絶対嘘だろうと思い込んでいたパンジーはまさかの言葉にあからさまに嬉々として寄ってきた
「え?ただのオルゴールなんだけど?探してたのってオルゴールなの?」
「ただのオルゴールじゃない。これに使われている一部に用がある」
「一部?なに?魔法とかがかかってるの?」
「魔法とは少し違う。だからといって闇の魔法でもない。心配しなくとも害を及ぼすような代物ではない(魔法省からしても、ある意味盲点といったところだろうな。通常、価値のあるものは厳重に保管されて然るべきだ…だが、思わぬところに置いておく方が時に安全な場合もある。いや、この場合置いておく、というより求める者の前に現れるべくして流れついた…というべきか。そのおかげでアルウェンを救えるわけだが……今やその存在を’’信じる’’者はいない)」
「あのさ、本当にこれなわけ?」
パンジーが半信半疑…というか若干「うわぁ」と言った様子で雑に置かれている値札の貼られたオルゴールを手に取って聞いた
勿論、変な人と思われないように小声で
「ああ。間違いない」
「……(こんな安もんのボロいオルゴールが?まじで?なにか嵌め込まれてるように見えないし。魔法がかかってるようにも見えないわ。しかも3ユーロって……は?許せない。プライドが許せないわ。私は人生でこんな安物は買ったことなんてない。ましてや使ったこともないわ)」
パンジーは自分の中のプライドとせめぎ合っていた
「日も暮れてきた。早く買ってさっさっと戻るぞ。魔法界ほどではないが、マグルの世界も今は物騒だ」
窓から外をチラッと確認したルベルは、パンジーの葛藤など知らずに催促した
「あんたが心配してくれるとか気持ち悪い」
寒気がするとばかりに腕をさすったパンジーに、ルベルは目を細めてしれっと言い放った
「勘違いするな。’’お前の’’心配はしていない。お前に万が一があれば彼女が救えなくなる。それだけだ」
「💢💢(ほんっとにこいつっ💢こんなののどこがいいわけ!?顔だけじゃない!最早顔で中身がカバーされるレベルじゃないわ)」
どこまでも不遜な男にもう何百回目の悪態を心の中で吐いて、値札が雑に貼られたオルゴールを持ってパンジーはレジに向かった
シリウスが行った後、ハリー、ロン、ハーマイオニーはやっと息がつけるとばかりに、お互いに顔を見合わせた
そして、ハーマイオニーは言った
「あれは完全にシリウスに確信させてしまったわね」
「「え?」」
2人揃ってハーマイオニーの言葉に意味不明とばかりに間抜けな声を上げた
「まさか気づいてなかったの?」
「「何が?」」
「はあ…呆れた。ーーシリウスがあんなにあっさり引き下がるなんておかしいでしょ?それにあの顔見て分からなかったの?ハリーの答えにほぼ確信したような様子だったわ。シリウスはあの場にいたんでしょ?全部見聞きしたも同然なのに、馬鹿じゃないんだから分からないなんてあり得ないわよ。ある程度予想はついてるはずよ。ハリー、もしかしたら真実を知るのはあなただけとは限らないかもしれないわ」
「でもさ、流石に『◯◯◯』…のことは知らないだろ?」
ロンが小声で息を潜めるように口パクで『分霊箱』と言った
「ええ、それは知らないと思う。でも彼女がかつて『例のあの人』と深い関係にあったと知るのは時間の問題かもしれないわ」
「………」
「ハリー。気持ちはわかるけど彼女を知ることは必要なことだと思うの」
「は?」
「ダンブルドアは言っていたんでしょ?『例のあの人』は彼女に縁のある品を『◯◯◯』にしている可能性が高いって…」
「…そうだけど…」
「ねぇハリー、あなた一人じゃ無理よ」
ハーマイオニーがまるでハリーの考えを見透かしたようにきっぱり言った
「なんだって?」
「あなた一人で残りを探すのは無理だって言ったの。あなたは今、彼女のことを考えるのを避けている」
「っ!」
「ダンブルドアはあなたにはっきり言ったんでしょう?『例のあの人』を葬るためには彼女が重要だって」
「……彼女はダンブルドアを殺したんだ。君たちは知らないからそんなことが言えるんだ。見ていないからっ…記憶の彼女は…君たちが思っている以上にあいつをっ…」
「ハリー。実は私、調べたの。でも、どの本を読んで調べてみても、人が肉体を変えて記憶と魂だけを同じくして生まれ変わる魔法なんて載っていなかったわ。それに、『◯◯◯』についてもそれらしきことは載っていなかった。ーーハリー…言いたくないことがあるのかもしれないけど…でも、私たちはあなたの味方よ。仲間なの。全部話して欲しい。あなたがそこまで彼女を敵だって確信している理由が何かほかにある気がしてならないの。ーー彼女は確かに許されないことをしたけど、でもね、シリウスがルーピン先生に言っていたことも間違ってはいないと思うの」
諭すようなハーマイオニーの言葉に、ロンもそこは同意見なのか、ハリーをじっと見た
ハリーは思った
きっと二人は、自分にこれを言う前に相談し合ったのだと
そして今、答えを待っている
ここで拒絶すれば、今の関係が崩れてしまうように思えた
そして、この旅はひとりでやり遂げなければならない、でも…
自分一人で何ができる?
ハリーは、唐突に、自分がダンブルドアについて何も知らなかったことを思い出した
何も知ろうともしなかった…
その結果、自分はあんなにも後悔したし、今もそうだ
「…………僕はダンブルドアと約束したんだ……」
ダンブルドアは言った
ロンやハーマイオニーに関しては、言ってもいいと
これから必ず必要になると言った
巻き込みたくない…
どれだけの危険なのか…
「ハリー」
「君の覚悟ってその程度だったのかよ。僕はてっきり初めから三人でやるつもりで君が打ち明けたんだと思ってた。冷静に考えてもみろよ。どう考えても君一人でできることじゃない。まだわからないのか?」
ロンが呆れも含んだ怒ったような様子でハリーから目を逸らさずに言った
ハリーは目を見開いた
「ロンの言う通りよ。それにねハリー……あなたがどう思っているのかはわからないけど…ーーー女性はね、相当な覚悟でもない限り、罪もない自分の子ども…ましてや自分のお腹にいる子どもと一緒に自殺するようなことはしないわっ。私はあなたがどう思おうと、彼女は裏切ってはいないと’’信じたい’’」
不覚にも、ハーマイオニーの言葉には重みがあった
これにはロンも何も言えず、唖然として
ハリーはイラついて言い返そうと思っていた言葉さえ忘れた
それほどに重すぎる言葉だった
男には分からない…
ましてやまだ十七歳の子どもで、結婚もしていない未熟な自分達には…
同じ女性のハーマイオニーには、あの話を聞いた時から何かしら思うところがあったのだろう
「ハリー、誰に聞いても同じ答え返ってくると思うわ。きっと…あなたを守って亡くなった母親と同じようにーーきっと彼女は自殺することでしか守れなかったんだと思うわ…私……だって…こんなこと言いたくないけど…きっと彼女があのまま子どもを産んでいたら……っ…そこまでして死のうとした彼女が今更裏切るなんて…信じられないっ」
重い沈黙が流れた
ハリーは自分が浅はかで、視野が狭かったことに気づいた
男だから、女のことはわからないし、正直意味がわからない…
だが、ハーマイオニーが必要だということは嫌でもわかった
そして、今まで考えもしなかったこと…もし彼女があのままあいつの子どもを産んでいたら……
きっももっと恐ろしいことになっていた…
「教えてハリー」
決意と覚悟を宿した強い眼差しでハリーを見たハーマイオニー
ハリーは頭が焼き切れるほど悩んだ
いや、実際ここ数日ずっと悩んできた
この二人には真実を言うべきか否か…
ハリーはロンとハーマイオニーの目を見た
じっと…
そして、気がつけば口が勝手に言ってた
「分かった……だけど、ここじゃとても人が多すぎるから言えない。もし聞かれでもしたら大変だ。ーー必ず話すって約束するから、もう少し待っててくれるかい?」
胸の中では熱いくらいの多くの感情が渦巻いているのに、口から出たのは落ち着いたものだった
そんな矛盾を感じながらも、ハリーは誠実に言った
二人もハリーの様子に納得したのか、一つ頷いて「約束ね」「わかった」と返事をした
それから三人は、ウィーズリー夫人に部屋を片付ける手伝いをさせられ、その晩は何か話す気力もなく眠ってしまったのだった
「なあ、ジョージ」
「なんだフレッド?」
特徴的な赤毛にそばかすのある顔を向けて、フレッドは手に持ったキャンディーのように白い包みで包装されたものを見ながら双子の片割れ、ジョージに話しかけた
「あと二つだけになっちまったな。ーーあいつ、分かってて俺らに教えたよな」
ジョージはフレッドが手に持っている「もっくん煙玉」を見た
「どっちでもいいじゃないか。役に立ったんだしさ」
「ジョージさ、ポンちゃんのことどう思う?」
「俺は商品を信じるね」
即答したジョージに、フレッドは笑った
そして二人とも同タイミングで顔を上げて思い出した
まだ、彼女がホグワーツにいた頃、いつものように廊下で見かけてちょっかいをかけに行っていた
それは、彼女が騎士団のメンバーだと分かった後のこと…
ーーー「お、貧血ポンちゃんじゃん〜」ーーー
変わらぬ態度でフレッドが話しかけたことで、彼女は驚いたような表情をしてあからさまに安心したような顔をした
ーーー「元気ですね先輩方。何か用ですか?」ーーー
ーーー「そうそう、それ思ったんだけどさ。もうバレたんだから俺らのこと先輩方って呼ぶのやめにしねぇか?実質俺らのほうが年下じゃん?」ーーー
彼女の両隣に座り、楽しそう提案するフレッド
ーーー「そうですね。ーーーでも遠慮しておきます」ーーー
ーーー「なんで!?」ーーー
ーーー「今更言いにくいとか?」ーーー
ジョージが聞くと、彼女は穏やかに言った
ーーー「いいえ、そういうわけじゃないですよ。先輩方は先輩方でいいんです。きっとその方がいいですから」ーーー
ーーー「ああ、それと忘れるところでした。これなんですが、私の手には余るので使ってください。きっと良い商品ができますよ。売れるかどうかはわかりませんけど…レシピと一緒に渡しておきます」ーーー
そう言って彼女から手渡されたのは小さいメモと麻布の包みに入った乾燥させた水魔の鱗だった
フレッドとジョージはそれを見た途端ニヤッとした
ーーー「ポンちゃんこれスネイプのところからくすねたのか?あのポンちゃんが?」ーーー
フレッドが聞くと
ーーー「とんでもない。れっきとした報酬ですよ。セブルスはああ見えて友人には優しいんですよ。ただ、私が持っていても使い道がないからあげるんです」ーーー
ーーー「優しい…ねぇ…(絶対嘘だな)」ーーー
ーーー「(あれが優しいとか言えるならトロールは聖母だろうな。ん?このレシピ…)」ーーーー
ジョージは内心で否定しながら、渡された他に材料が記されたレシピメモを見た
よくよく見ると、見たこともないレシピだった
ーーー「ポ…ポンちゃんこれっ…さ。ポンちゃんが考えたのか?」ーーー
見たこともない天才的ともいえる調合法に口角がぎこちなく上がるジョージは聞いた
ーーー「正確言えば私じゃないよ。ーー昔、教えてもらったの」ーーー
感慨深そうに、いっそ哀しそうに言った彼女の横顔を見ながら、双子は顔を見合わせた
ーーー「へぇ〜超優等生のポンちゃんにも想い人がいたんだなぁ〜でもさ、ジョージ?オフューカス…さんって!結婚してなかったよな?」ーーー
ーーー「おいおいフレッド。いくらなんでもそれは失礼だろ?で、恋人とかいたのかい?」ーーー
ーーー「失礼とか言いながら聞いてますけど…はあ…いないわ。結婚もしていない。そんな暇がなかったからね(結婚させられるとしたら親戚しかいなかったし、そんなの絶対嫌)」ーーー
ーーー「なあなあ、当時ってどんな感じだったんだ?あ、レギュラス先生とかさ!なんかマル秘エピソードとかないの?」ーーー
フレッドがここぞとばかりに楽しそうに聞くと、彼女は微笑んだ
ーーー「言っておきますけど、私から聞いたネタを元にレギュラス兄さまに融通効かせてもらうのは無理だと思いますよ」ーーー
ーーー「えーーなんでだよ?」ーーー
ーーー「確かにレギュラス先生は女子受けの爽やか笑顔で容赦なく課題出してくる鬼畜だけど、浮いた話の一つくらいあるだろ〜?」ーーー
ーーー「ジョージの言う通りだぜ。いくらなんでもあの歳まで…恋のひとつもしてないっておかしくね?あ、スネイプのでもいいぜ!」
ーーー「セブルスの話なんてした日には先輩方は今度こそ可哀想なことになるでしょうね…」ーーー
彼女がそう言うと、二人とも顔を見合わせサァーーっと血の気が引いた
そして「やっぱレギュラス先生で!」と二人揃って言った
ーーー「まあ、でも…本当にレギュラス兄さまの浮いた話は聞かなかったですよ。女性の扱いはとても上手だったけど。当時から紳士的で物腰が柔らかかったから」ーーー
ーーー「ん〜そういうんじゃないんだよなぁ〜もっとこう!ないのっ?」ーーー
ーーー「強いて言うなら…うーん。兄さまは年上のお姉様方にすごく人気があったわね。シリウス兄さまはどちらかというと、同年代や年下の女性に人気だったわ。其々ファンクラブっていうのもあったらしいし。毎年バレンタインは大変だったそうよ(シリウスは楽しんでたみたいけど、レギュラスはずっと困ってたし、あの時の疲れた顔は忘れられないだろうな…どんまいレギュラス)」ーーー
ーーー「ひゅ〜〜〜当時からモッテモッテかぁ〜ムカつくなぁ〜」ーーー
ーーー「まあ確かにブラック家って整ったやつ多いもんな。ポンちゃんはそういうのなかったのか?なんか前に耳に挟んだのではマルフォイの父親と縁談とかあったんだって?」ーーー
ーーー「(デリカシーっていう言葉はこの双子にはないんだろうなぁ…というか、それってどう考えても耳に挟む内容じゃないよね?)縁談は確かに上がったけど、お互い先輩後輩で、友人の枠を出なかったから何もないよ(それにあれはアブラクサスがレギュラスを当主に後援する代わりに提示された条件だったし。もちろんお互い気持ちはなかった。断る手はあったけど、その後すぐアブラクサスが龍痘で亡くなったから破談になった。にしてもアブラクサスはどうして私をルシウスの妻にしようとしたんだろう…今でも少し分からない。多分、当主になる予定だったシリウスが認められなかったのもあるんだろうな。伝統に従えば家長が当主になるんだけど…シリウスは当時から親戚の間であまりいい噂はなかったからレギュラスを当主の席につかせようとしたんだろうな。まぁでも、仮にレギュラスが当主になっていたとしても、シリウスよりレギュラスの方が扱いにくかったろうね…正直私もレギュラスが何を考えているのかわからないし……)」ーーー
ーーー「えぇ〜な〜んだつまんねーの。あ、でもさ、さっき言ってた教えてもらったやつって男だろ?」ーーー
ーーー「…はい……」ーーー
ーーー「ふぅ〜ん〜。ポンちゃんさ。そいつのこと好きなんじゃねぇか?なんか目があぁ〜ん〜恋しいっ!って感じだったぞ!」ーー
ーーー「……それは…ぁり…ぇ…ないかな…(ほんと…吐き気がする)」ーーー
同じことを思い出していたフレッドは手の中でくるくると回るキャンディー型の爆発物ーーあの時のレシピに基づき、安全に改良を加えたのが「もっくん煙玉(非売品)」であるーーを握りしめた
一方ジョージは、あの時の彼女の様子が、今ある現実と乖離していることに、解消できない疑問を感じていた
ポタリ…ポタリと水滴が大理石の床に落ちる音は酷く冷たく、言いようのない不気味さを漂わせる
趣味の悪い黒と白の大理石で造られた広い浴室のバスタブで、若干骨が向いている背中を向けて、己の浮き出た骨の腕を見上げる女
腕を伝い、冷たい水が浴槽の中に吸い込まれてゆく
彼はどこなの……
………もう自分が誰なのかも分からなくなってきてしまった…
私はもともとこうじゃなかったはず…
日本で生きた頃の記憶はもはや夢じゃないかと思うほどに薄れて…あれは幻覚だったのではないかと…
味を覚える舌の感覚も…動く手も…全てが遅く生々しく映る…
イリアスっ……なぜその名前をわざわざっ…
どこまでっ…
あの時、やっぱり私は…彼を受け入れるべきじゃなかった
あの日…なし崩しに…彼に寄りすがった…
秘密の部屋を開けた時から、彼は変わった
夢に出てくる彼は…私のよく知っていた彼…
毎年孤児院に帰るたびに…ひとりで出かけて行って…帰ってきた時の様子は…
ーーー「母は僕ではなく、男を選んだんだ」ーーーー
結局…私も息子の命より…彼を選んだ…
どうしてこんなことになったの…
彼は幼馴染で…共に育ってきただけだったのに…
どう見ても彼が私を愛していた素振りなんてなかったはず…
あったとしても、ただ井の中の蛙だっただけ…
それなのに…
ーーー「そばにいてくれ…ナギニ…お前だけは僕を置いていくな」ーーー
絆された……
頑なに線を引いていたはずなのに…幼いあの背中が…
ひどく孤独に見えて…ある程度は仕方ないとしても…関わらないと決めていたはずなのに…
ーーー「なあ、ナギニ。母親とは本来’’崇高’’なものだ。偉大な魔法使いを産み出すことができる。それに足る器も」ーーー
気づくべきだった
あの時の彼はもう私の知っている彼じゃなかった
でも、あの時の少し前、彼は確かに自分の親のことを「どうでもいい」って言っていた…
まるで別人だと思うことが何度もあった…
あなたがわからない…
ダンブルドアに渡した記憶は’’彼’’に指示されて渡したもの…
なぜよりによってあれらを渡すように言ったのかまったくわからない…
私は人を殺した…
一人だけじゃない…何人も…
もう終わりたい……死にたくないと思ってここまできたのに…結局、こうなった
全てを思い出した途端生きていたくなかった…
人の目に晒されるのも…非難の目を向けられるのも…もう嫌…うんざりっ…
裏切り者だと思われて、恨まれて…憎まれて…
こんな人生嫌だった…
心底くだらないっ
こんなに冷たい水に浸かっているのに、冷たさを感じない…
水面に映る自分の顔が…醜い
私はこんなにも人でなしだったろうか…
もっと優しい人間だったはず…
日本で暮らしていた頃…ユラとして過ごしていた時…
友人に囲まれて、穏やかに過ごせて…脅されることもなく…痛いことをされるわけでもない…
順風満帆だった…
なのに……
なのになんなのこの気分は…
気分が悪い
会いたい…
あなたにどうしようもなく会いたいっ…
あんなに怖かった紅が……
あんたのせいよっ…変なことを言うからっ
今更優しくなんてするからっ
大人として接しようと…一線を引いてあなたに接してきた…
でも、結局は無理だった
私は子どもで、あなたもまた子どもだった
幼いあなたの相手をするうちに、自分でも楽しんでいることに気づいた
らしくなく振り回されて、騙されて、揶揄われて…
正直、幼い頃の彼の悪趣味さは横で見ていていっそ爽快ですらあった
仄暗い人間の暗部や優越感を刺激してくれる…
実際、トムや私が不気味だという理由で悪戯してくる子ども達にも問題はなかったわけじゃない…よくあることだ…
決してトムが正しいとは思わなかったけど、だからって孤児達の味方になろうとも思わなかった
トムは…私自身の本性に、恐怖と興奮を気づかせた
トムが何故ダンブルドアを毛嫌いするのか…なんとなくわかる気がする
きっとあの二人は、一生相入れることはない
ダンブルドアは嫌いではないし、寧ろ模範的で人格的な人だ…
でも…私は生来…人格的な人が苦手だ
それは少なからずトムの影響もあるかもしれない…
良くも悪くも彼は昔から好き嫌いがはっきりしていた
そして、だいたい私が嫌いだと思うものはトムも嫌いだった…
ただ、ダンブルドアに関してはその限りではなかったけど…少し違う
あの記憶と神秘部での出来事で、きっとみんな大きな勘違いをしている
彼は嘘を言った…いや…もしかしたら彼にしたらそう写ったのかもしれない…
‘’彼’’ によって意図して封じられた記憶を全て思い出した時、私は彼の元に戻ってきて少しばかり安心した
拷問はもちろん嫌だ…死にたくても…どんなに懇願しても殺してくれない…
そんな苦しみ…もう二度と味わいたくない…
だけど、それも全て自業自得…
私は自分の意思で彼を受け入れて、そして裏切った
ダンブルドアがホグワーツでの教職を私に勧めたのは、私をトムから引き離す意図もあったのはわかっていた…
でも、ダンブルドアが何を考えて私を教職に誘ったのかは今もってわからない…
卒業してから、一度だけ…トムを問い詰めたことがあった
今思い出しても…自分があんな取り乱すなんて信じられなかったけど…自殺行為もいいところだ
でもそれ以上に…トムが怒らなかったのが不気味だった…
ーーー「答えてトム。私は、どうすればいいの」ーーー
卒業してからしばらく、各地各国を転々として過ごしていた
その間…人だって殺した
魂を引き裂くことで彼の容姿は変わっていった
でも、そんなこと別にどうでもよかった
寝ていた私に近づいてきて、「起きろ」と不遜に声を掛けてきたトムにどうしようもなく憤りを覚えていた
何であんなにむしゃくしゃしたのか、今でもよくわからない…
ただ、どこにいるのか、何をするかもわからない…トム以外とはほとんど誰にも会えない息苦しい生活に嫌気がさしていたのかもしれない…
気づけば突き飛ばして押し倒し、彼の首に手を添えていた
私が首を絞めようとしているっていうのに、いつもなら簡単に抑えられるはずなのに、彼は愉快そうに口角をあげて見つめてくるだけで何も抵抗しなかった…
ーーーー「なんで……なんで私はあんたを嫌いになれないの………もういっそ…消えてっ…消えてよっ」ーーーー
彼の白い首を絞める手が震えていた…
ーーーー「思ってもいないことを言うな。お前に俺は殺せない」ーーー
見透かしたように不遜に言い放つ彼に私は苛立ってさらに手に力を込めた
ーーーー「精神が不安定になっているな。ナギニ、もしかしてお前、妊娠したのか?」ーーーー
彼の言葉に、私は動揺したなんてものじゃなかった…
リスクは確かにあった
絞める手が思わず緩んでしまった
ーーー「っ!!そんなわけないっ!!違う!だってっ」ーーー
慌てて思い出そうとしても、蘇ってきたのは安易に考えて見て見ぬ振りをしていたあの日した時の記憶…
…彼は避妊も何もしなかった
でも一度だけだし、危険日でもなかったはず…
思い出した途端、脂汗のような冷や汗がぶわっと出てきた
ーーー「ああ、あの時の一度だけだな。そういえば、この頃食欲もなかったな。血の匂いに異常に反応するようにもなったし日増しに苛々している。挙句に俺が帰っても碌に返事もしないし顔も合わせようとしない。かと思えば気まぐれに俺のそばに寄ってくる」ーーー
妙に饒舌に指摘された内容に、何も言い返せなかった
ーーー「ナギニ。お前はこれで『母親』だ」ーーー
その瞬間、目の前が真っ暗になった
ーーー「……ゃ………ょ……」ーーー
俯いて腕がだらんと項垂れた私は、何が何だかわからなくなっていた
ボソボソと口から出た言葉は受け入れられない現実だった
身体だけは女として機能しているのに…心だけは追いつかなかった
ーーー「念のため確認した方がいいだろう。医者に診せよう」ーーー
ーーー「……いや……だめ…産めない…」ーーー
追いつかない心でそれだけは強く認識していた
私はこの世界で子どもなんて産んではいけない
流される形で彼としたのも過ちだった
それよりなにより、私がこの世界で子どもなんて産めるわけがない
どこかで高を括っていたんだ
一回で妊娠するわけがないと、ちゃんと周期は把握していたし、危険日でもなかったから
ーーー「なんだと?」ーーー
咎めるような高いような低い声が響いた
ーーー「…こんなっ…こんなつもりじゃなかったっ…どうしてっ…どうして妊娠なんかっ…だめっ…だめなのっ産めない!!産んではいけないの!」ーーー
あの時の自分が正気だとは思わない…
髪を振り乱して自分の体を抱きしめて、跨っていた彼から飛び降りで部屋から出ようとした…
裸足なのも気にせず、いつもは何とも思っていなかった鍵がかけれた扉が自分を閉じ込める檻に思えて仕方なかった
ーーー「どうして!!開いて!開いてよ!!はやくっ…早くしないと手遅れにっ」ーーーー
ガチャガチャとドアノブを回す手を後ろから取り上げられて、扉に体ごと叩きつけられた
ーーー「精神が不安定だな。だがなナギニ、どんな状態であろうと関係ない。俺を否定することは許さない。絶対にだ」ーーー
ーーー「っ!!そんな…そんな…どうしてこうなったの…いや…いやよ…いやだ……危険日じゃなかったのにっ…どうしてっ…」ーーー
抑えられる手で必死にトムの胸を叩いて訴えた
でも、彼は一瞬嘲笑うような顔をした
だけどすぐに色のない表情に戻った
今思えば、あれは何か企みがあった上で私がああなることを分かっていたような顔だった
ーーー「…興奮するな、身体に障るだろう。大人しく寝ていろ」ーーー
腕を引っ張って肩に担ぎ上げてくる彼に、意味がないとはわかりつつも手足を振って落ちようとした
なんでもいい、なんでもいいからここに居たくなかった
今は現実を受け入れられない
ーーー「いやっ戻らないっ!離してっ…お願いよトムっ…私は産めないのよっ…お願いっ」ーーー
首や背中、腹に足や手があたってるのに何も気にせずにベットまで戻された
ーーー「手間を取らせるな。お前は健康体だ。産めないはずはないだろう?今は動揺してそう思い込んでいるだけだ。その内慣れる。それに俺の子だぞ?願ってもない栄誉のはずだ」ーーー
傲慢にも言い聞かせるように言ってくる彼に私は、もう耐えられなくてとうとう口にしてしまった
何で口にしたのかわからない…
絶対に言うまいと、これだけは言わないと気をつけていたのに…
ーーー「…っ…ぃ…ぃよ…トムなんて嫌いっ!もう一緒にいれない!」ーーーー
ぽたぽたと意味もなく溢れてくる涙がシーツに染みを作っていった
沈黙だけが流れた…
この後のことを考える余裕もなく、その時はただ言うだけで満足していた
何故かわからないけど必死だった
長い沈黙の後…
ーーー「いくら妊娠しているとはいえ…ーーナギニ、図に乗りすぎたな。寛大に済ませてやっているうちに言うことを聞いておけばよかったものを」ーーーー
いやに低い、落ち着き払った声が響いて私は、自分がようやくとんでもないことを口にしてしまったことを自覚した
慌てて口を抑えるがもう遅かった…
見下ろしてくる彼の顔を見てしまった瞬間、涙さえ出てこず震えが最高潮に達した…
人を殺す時とよりももっと恐ろしい…
怒りすらない感情の抜け落ちた冷酷な紅が私を見下ろしていた…
その日から、自殺するあの時まで…
二度と日の光を見ることはできなかった…
監禁されて…窓も閉め切られて…
部屋の中だけで過ごした…
各地を転々とする彼に連れられる時は、すべて意識がない時…
目が覚めたら新しい場所…
妊娠による動揺が落ち着いても説得しても、話すら聞いてもらえなくて…決して部屋から出してはくれなかった…
一歩も…
後から謝っても…当然許してはもらえなかった…
取り乱していたとはいえ、あれは私の本心だろうと言われれば、何も返せなかった
気が狂いそうだった…
長い間彼と一緒にいたけど、彼の引き連れる『死喰い人』に一度も会ったことはなかったし、恐らく、彼は私を隔離していた…
毎日…日付もわからない感覚の中で、彼の帰りだけを待っているのは酷く惨めで、無様だった
時間だけが過ぎていき、お腹はもう誰がどう見ても妊婦だとわかるほどになった時だった…
私にとって好機が訪れた…
彼が留守の時、私は彼が乱雑に机に置いていった封筒とペーパーナイフが目に入った
おそらく、手紙の内容に気を取られて私の目につかないようにしていた凶器を直すを忘れたのだろうと分かった
私にはそれが、ひと筋の光のように見えてしまった…
気づけば、まるで操られたように吸い寄せられて…それを手に取っていた…
お腹が痛かった
蹴られたのだとわかった
まるで私がこれからしようとしていることを止めるように…
一時期、諦めて産むしかないと考えていた
子どもに罪はない……
わかってはいても、お腹の子が将来彼のようになることが怖くて仕方がなかった
多くの命を奪ってしまう怪物になってしまうのではないかと…
そんなこと…
それに私とこの子は本当なら存在してはいけない…そんなことだめだ
『イリアス』
無意識に膨らんだお腹を撫でる
その手にボタボタと温かい涙が落ちた
膝から崩れ落ちそうになって、視界が霞み肩にひどい重みを感じた
鈍く光るペーパーナイフを握り締めた…
……………そうして自分の子を手にかけた……
そろそろ上がらないと…
やっぱり身体は冷えるか…
水を使ってたらそりゃあそうか…
余計なことを思い出してしまった…
はっきりしないのが、何故彼はあの時「服従の呪文」で孕ませたなんて言ったのか…
私は脅されていたけど、私の意思であなたのそばにいた.…
まさか本当に「服従の呪文」にかかっていた?…
私が気づかなかっただけ?
ハリーは分霊箱を見つけるはず…
もうここは、私の知っている世界じゃない…
これからどうなるのかも、予想がつかないし、そもそも分霊箱は一体いくつあるの?
そう多くはないはず…少なくとも7つはない
だからといって二つは彼の性格からしてもありえない…
‘’彼’’に聞きたいけど、最近現れない…
ーーー「ホークラックスよりも強く、強力な繋がりを得られる魔法だ。そして、それは同時に、’’諸刃の剣’’でもある」ーーーー
ホークラックスよりも強い闇の魔法…
この場合諸刃の剣っていうのは比喩よね…
かけた術者にはその分メリットもあるけど、代償……
それもとてつも無い、があるはず…
待って…
なぜ私は夢に過ぎない’’彼’’の言葉にこれほど振り回されてるの…
何の疑いもせずに、受け入れていた…
マッドアイに託した情報はあくまで私の予想…
私が分霊箱でなかったとしても、死ぬことには変わりない
それに、なんとなく彼が死ねば私も死ぬことになる気がする…
単なる勘だけど…
もうどうでもいい…疲れた…
バスタブから上がってバスタオルを巻きつけて髪の水滴を拭き取る
裸足でペタぺタと踏み締める大理石が暖かく感じる…
ずっと冷水に浸かってたからか…
この前の集会の場所はマルフォイ邸だったけれど、私が過ごしているここはリドルの館だ
外から見ればただの廃墟だけど、この部屋とバスルームだけ綺麗だ
杖はダンブルドアを殺すときだけ渡されて、返されていない…
自由に過ごせるようにはなったけど…この屋敷から勝手に出れないように魔法がかけられている…
外部からの侵入も内部から出ることも叶わない
命令した時以外動くな、という意味か、また飼い殺しにされるのか…どちらか…
服は杖を返された時、ボロボロになった着ていた服を直した
両親に会いたい…
ーーー「愛してるわユラ」ーーー
ーーー「可愛いメルリィ。愛しているよ」ーーーー
……
ダメだ…思い出しちゃいけない…
揺らいでしまう…
ガシャンッ!!
肘が当たった…
もう嫌っ…
会いたいっ…会いたいよっ…
どうすればよかったのっ
「アルウェン」
っ!!
なんで……最近ずっと現れなかったのに…
幻覚…夢…なの…?
夢でも良い…
今は夢でも良いっ
落ちて割れたランプを踏んだことなんて気にせず裸足のまま彼に腕を伸ばした
エメラルド色のネクタイに、黒いローブ、憐憫のような視線を向ける彼の紅い目…
さらさらの黒髪から覗く憂いげな表情…
「トムっ……ぅ゛ぅ…もう嫌っ…会いたいっ…もう嫌なのっ」
口走った言葉に意味はなく、心からの痛みだった…
掴み上げる勢いで彼の胸元を握りしめて俯く
「……アルウェン、僕が少し居なかっただけでここまで不安定になるのか?」
…そうよ…そうだよ…
全然少しじゃないっ
何ヶ月も現れなかったじゃないっ
「…ふっう゛っ……死にたいっ…生きたいっ…生きたいのに死にたいよっ…もういいっ…もう全部全部っ…」
涙が止まらないっ…目が痛いくらい熱いっ
今すぐ膝から落ちて心臓が止まってしまえばいいのに…
「’’アルウェン’’、僕がお前をここまで追い詰めた…でも後悔はないんだ…赦してくれ…」
胸を掴む手を取って紅い眼を揺らして言ってくる彼に、心がバラバラに崩れ落ちていく感覚だ
「っっ………もう限界っ……私は誰なのっ?ねえ教えてよっ…もうわからないっ…」
この世界に存在してないはずなのに、私はいる
生き続けている…
まるで何か罰でも与えられているかのような気分
私が何をしたの?そもそもこんな世界に生まれ変わらなければ人なんて殺さなかったっ
平穏に…良い人のままでいれたのにっ
「アルウェン」
…アルウェン……名前なんて…もうあってないようなものじゃん…
「よく聞け。お前は紛れもないアルウェン・メメントというこの世界の人間だ。……お前が心を病んで狂っていても、自分がわからなくてもいい。僕のそばにいればいい」
勝手なことばっかりっ…
私は…私は正気だよ…まともなのっ
必死で普通にあろうとしてきたっ
なのにっ!
「違うっ!違う!私は心を病んでなんてっ!狂ってなんてないっ……違うのよ……本当に…私は正気ょ……」
口から出てくる言葉の何で説得力がないこと…
いつからこんなになったの…いつからこんな弱くなったの…
はは…そっか…
元から…強くなんてなかった…
流されるままに…してきたんだ………それでいいって
「アル…(お前が正気だったなら、僕は記憶を封じたりはしなかった。本当ならもっと早くに全ては終わり、悲劇は防げていた。だがその前にお前が壊れてしまいそうだった……まだだ。まだ間に合う。お前は弱い。でも耐えてくれ)」
「トムっ…トムっ…助けてっ……真っ暗なの…もうわからないのっ…これでいいって決めたはずなのに…不安で仕方ないっ…今すぐにでもっ」
みっともない…惨めだと分かっていても目の前の幻に縋ることしかできない自分に吐き気がする
何も言わない彼は取り乱す私の頬に手を当てて見つめてきた
まるで叶わない赦しを乞うようなその視線に、何も言えなくなった
どうしてあんたがそんな顔するのよっ
「(いつからか、お前は僕に笑いかけなくなった。自分のせいだと分かっている……彼に振り回されるお前を見るのはもううんざりだ。早く…早くお前と終わりたいのは僕も同じだ。だからーー)アル、壊れてくれ。(…他ならぬ)僕だけのために」
「…ぇ…………「本気だ」!」
「(条件は揃った。あとは『生命の木』を回収させ、分霊箱を全て破壊すれば終わる。今度こそお前と…)アル。僕のアル。呼んでくれ…僕だけを呼ぶんだ」
「…ぁ……わた…し…」
「苦痛はすべて終わりにしよう。耐え抜けば解放される」
「…っ………今度こそ…嘘つかない…?嘘じゃない…よね…信じてもいいの…?……ちゃんと終われるの?」
お前の不安そうな目が好ましかった
その目を見るだけで僕の中にある欲は多少なりとも満たされた
「(彼がなぜお前を最も忌み嫌っているリドルの館に監禁しているのか分かったよ………お前には涙がよく似合うアルウェン。不安と苦痛に嘆き、縋り付かれることを望んだのだろうが……くっくっ…愉快だ。僕自身でもある彼はもはやアルウェンの眼中にすらなく、泣いて縋り付くのは僕のみ。だから僕は’’いつも通り’’)…ああ、約束するよ。今度こそ’’お前の切望を叶える’’」
細くなり、栄養も行き届いていないこの骨のような指も、かさついた白い皮膚も、爪も…
全てが愛おしい…
信用できないとわかっていながら、僕を信用してしまうその単純さも…
不安に見上げてくるその眼…ずっと見ていてくれ…
僕だけを目に映して…
波打つ髪を指先で感じて梳いて、僕がこの手で結い上げ、美しく飾りたい
今度は、お前に贈るはずだったサークレットよりもずっと美しいものを……
どんなことでもしよう、何を犠牲にしても…
「……っ……(あんたの『約束する』はいつだって嘘だった…いつだって自分本位……でも…もうそれでもいい……今から解放されるならなんでも……)そう……期待しないでいる…」
「まったく、頑固なところは直らないか」
全て諦めたような顔をしていてもわかる
お前はいつだって僕に期待せずにはいられない
痩せすぎて抱き心地が悪いが、僕はお前がいるだけでそれでいい…
前よりはマシだ
にしても、どうにもあの男が余計なことをしないかが気になる
アルウェンの説得に応じるのはわかっていたが、まさか気づいているのか…
いや、そんなはずはない、彼女にはまったく気づかれる特質はなかったはずだ
だとすれば勘か?
ちっ…それ以上必要ないというのにっ
「トム……もう少しこうしてて…お願い…」
………………………
そういえば昔、僕が寝ている時に何度か頭を撫でていたな
気づかないとでも思ったのか、馬鹿なやつだ
だが…悪くなかったよ…
ずっとあの時間が続けばいいと思うほどにはな…
ダンブルドア…
お前が人格者の皮を被り籠絡してきた人やものは、必ずしも最後までそうとは限らない
その裏にある打算に気づいた僕を警戒していたのはお前の方だ
最初から駒だったのはお前の方だ
お前こそ僕の駒として使われただけだということを最後には思い知るだろうな
————————————
次回、分霊箱破壊の旅へ…
※例に漏れず、死の秘宝長くなります(・∀・)
長い時間で落ち着いたシリウスは実家に戻るが…
ハリーは託された任務と感情とかせめぎ合い、苦悩する
思い知らされる自分の無知…
それでも挫けずにひとつの目的に向かう