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死の秘宝 〜1〜

死の秘宝 〜1〜 - chocoの小説 - pixiv
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44,634文字
転生3度目の魔法界で生き抜く
死の秘宝 〜1〜
手に入れたひとつの分霊箱を破壊する手立ては見つからず…
仲間内では疑心暗鬼が広がっていく…

罪悪感の中で揺れる彼女は、ヴォルデモート卿に手を伸ばしはじめる…
揺れる心はどちらかを決めることはできず…

友人達には猜疑心と焦燥感が募る…
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2021年8月22日 22:48

※捏造過多



———————————




あなたとの約束は…果たしたわ…

そう遠くないうちに、後を追う…

「先に戻れ」

「ええ…」

アミカスが火を放ち、燃え上がるハグリッドの小屋が目に映る…
轟々と燃える赤い炎の熱がベール越しの顔にも伝わってくる…

最後の最後で、頷いてくれたあなたは…どんな気持ちだったの…
私が提案したことなんて、どうでもよかったんじゃないの…

「セブルス」

ハリーを護りたいだろうに、私の側にいようとしてくれる

私は死ぬというのに…
ねぇセブルス、あなたが気づいていないわけではないでしょう…
なのにそんなことを言うの…ほんと…昔から優しい

「ユラーー!!!」

オレンジ色の炎が燃え盛るハグリッドの小屋を見ていると、城の方から来たハリーの叫び声が聞こえた

ハリー…
その恨みがあれば…

今はそれでいい…
ハリー、あなたはきっと私を殺してくれる…
躊躇いを持つ必要なんかない

「行くんだ」

そんな苦しそうな声で言わないでセブルス

「ありがとう、セブルス」

彼の元へ戻らなければ…
行きたくない…
どうか…彼に気づかれませんように…

ニワトコの杖をローブにしまい、私は背を向けた


























オフューカス…

ーー「久しいわねセブルス……」ーーー

久方ぶりに再会した友は、感情が死んだように…冷たい目をしていた…
我輩は…リリーを喪い…初めて、オフューカス、君が死んだことを知ったのだ…



魂を同じくして生まれ変わる魔法など、ひとつしかない…
校長は我輩には教えなかったが、そんな馬鹿げた話、忌まわしき神話しかない

結局は死ぬ運命にあるなどっ…


「ユラ!!!逃げるな!!この裏切り者!!!」











「クルーシーー」

踊る炎に照らされた、スネイプの隣にいるベールを被った姿に向かって、ハリーは叫んだ
しかし、スネイプが呪文を阻止した
薄ら笑いを浮かべているのが見えた

その時、彼女は「姿くらまし」で消えた

「待て!卑怯者!!」

ハリーは咄嗟に叫んだ

「黙れポッター、おまえに『許されざる呪文』はできん!」

炎が燃え上がる小屋を背後に、スネイプは叫んだ

「お前にそんな度胸はない!覚悟もない!というより能力がーー」

「『インカーセーー』」

ハリーは、スネイプへの怒りが爆発し、吠えるように唱えた
しかし、スネイプは煩わしげにわずかに腕を動かしただけで、呪文を軽くいなした

「戦えスネイプ!戦え!この臆病者!!」

ハリーは喉が裂けるのでないかと思うほど叫んだ

「臆病者?ポッター、我輩をそう呼んだか?」

スネイプが叫んだ

「お前の父親は、四対一でなければ、決して我輩を攻撃しなかったものだ。そういう父親を、いったいどう呼ぶのかね?」

「『ステューピーー』」

ハリーは言葉も聞かず無我夢中で呪文を叫んだ
だが…

「また防がれたな。ポッター、お前が口を閉じ、心を閉じることを学ばぬうちは、何度やっても同じだ。ふんっ、レギュラスごときの授業で、本当に習得したと思って思ったのかね?」

跳ね返った呪文で倒れたハリーを遠くで見ながら、スネイプは冷笑した

「何とも、お粗末なことだ。父親と同じ傲慢なっ」

父親のことを言われ、ハリーは体を起こし憎しみに満ちた目で杖を向けた

「『セクタムセンプラ!』」

閃光が駆けたが、スネイプの前で防がれる
そして、スネイプが杖を一振りしてハリーは吹っ飛んだ

ハリーは、自分の杖に飛びついたが、スネイプの発した呪いで、杖は数メートル吹っ飛んで、暗闇の中に見えなくなった

近づいてきたスネイプの顔を、今度こそハッキリ見たハリー
赤々と燃え盛る炎が照らしだしたその顔には、もはや冷笑も嘲笑もなく、怒りだけが見えた

「我輩の呪文を本人に向かってかけるとは、ポッター。どういう神経だ?そういう呪文の数々を考え出したのは、この我輩だーーそう。我輩こそ、『半純血のプリンス』だ。我輩が発明したものを、汚らわしいお前の父親と同じに、この我輩に向けようというのか?」

ハリーは地面に横たわり動けないながら、スネイプを憎しみの籠もった目で精一杯睨んだ
歯を食いしばり、荒い息を吐いた

スネイプはそれを見下ろして、ハリーよりも強く、強く憎悪の篭った目で冷ややかに見下ろした

「教えてやろうポッター、お前の父親も、名付け親も、傲慢にも人を支配することに愉悦を感じておった最低の、人間だ!ーーオフューカスは決して言わぬだろう。ーーお前の母親の感心を得られない理由は彼女にあると、愚かにも八つ当たりをしたお前の父親、兄であるということをかさに、従わない妹に暴力を振るう口ばかりの兄も!お前は知らぬだろう。我輩の友が…お前の父親にどれほどの苦渋をなめさせられたかっ。その彼女に向かって杖を向けるとは。嘆かわしいっ」

ハリーは反論したかった
胸の奥で、処理しきれない感情が湧き上がってくる

「お前に、彼女を責める権利も、資格などもない。自分一人では何もできぬ何もかも未熟な子どもが。己を過信する傲慢さだけは父親にそっくりだ」

ハリーは動けない体で、地面の草と土を握りしめた
悔しかった
何も言えない…
否定したかった

だが、否定しようと叫びたい言葉は、喉につっかえて出てこなかった

「ポッター、お前には、我輩を臆病者と、彼女を卑怯者と呼ぶ資格などない!」

そう忌々しく吐き捨て、スネイプは背を向けて行った

ハリーは、ローブが目の前で翻されて去っていく姿を見ているしかできなかった…


レンズに映るのは…轟々と燃え上がるオレンジ色の炎…
思い出すのは…銀色のローブを揺らめかせた、あの気高い姿と青々とした炎…
自分を守ってくれた…ずっと護ってくれた偉大な魔法使い…

まるで自分の心を顕すように燃え上がる火の手に、それだけでは足りない哀しみと、どうしようもない憎しみが体中を侵蝕していった…





   














校長室は変わってはいなかった
ハリーとダンブルドアが出発したときと殆ど変わっていないように見えた
銀の小道具類は、華奢な脚のテーブルの上でくるくる回り、ポッポっと煙を上げていたし、以前に教えてもらったグリフィンドールの剣はガラスのケースの中で月光を受けて輝き、組分け帽子は机の後ろの棚に載っていた
しかし、フォークスの止まり木は空っぽだった
不死鳥は校庭に向かって嘆きの唄を歌い続けていた


そして、ホグワーツ歴代校長の肖像画に、新しい一枚が加わっていた
ダンブルドアが机を見下ろす額縁の中で微睡んでいる
半月眼鏡を曲がった鼻に載せ、穏やかで和やかな表情だ

その肖像画を一瞥した後、マクゴナガル先生は自分に活を入れるかのような、見慣れない動作をした
それから机の向こうの側に移動し、ハリーと向き合った

くっきりと皺が刻まれた、張り詰めた顔だった

「ハリー」

先生が口を開いた

「ダンブルドア先生と一緒に学校を離れて、今夜何をしていたのか知りたいものです」

「お話しできません、先生」

ハリーが言った
聞かれることを予想し、最初から答えを準備していた
ここで、この部屋で、ダンブルドアは、ロンとハーマイオニー以外には、授業の内容を打ち明けるなとハリーに言ったのだ

「ハリー、重要なことかもしれませんよ」

マクゴナガル先生が言った

「そうです」

ハリーが言った

「とても重要です。でも、ダンブルドア先生は誰にも話すなとおっしゃいました」

マクゴナガル先生は、ハリーを睨みつけた

「ポッター」

呼び方が変わったことにハリーは気がついた

「ダンブルドア校長がお亡くなりになったことで、事情が少し変わったことはわかるはずだと思いますがーー」

「そうは思いません」

ハリーは肩を竦めた

「ダンブルドア先生は、自分が死んだら命令に従うのをやめろとはおっしゃいませんでした」

「しかしーー」

「でも、魔法省が到着する前に、一つだけお知らせしておいたほうが良いと思います。マダム・ロスメルタが『服従の呪文』をかけられています。グレゴリー・ゴイルや『死喰い人』の手助けをしていました。だからネックレスや蜂蜜酒がーー」

「ロスメルタ?」

マクゴナガルは信じられないという顔だった
しかし、それ以上は何も言わないうちに扉をノックする音がして、スプラウト、フリットウィック、スラグホーン先生、レギュラス先生が、ぞろぞろ入ってきた
その後から、ハグリッドが巨体を悲しみに震わせ、涙をボロボロ流しながら入ってきた

「スネイプ!」

一番ショックを受けた様子のスラグホーンが、青い顔に汗を滲ませ、吐き捨てるように言った

「スネイプ!私の教え子だ!あいつのことは知っているつもりだった!」

その言葉に、ハリーは訂正する気にもならなかった
スネイプは逃亡幇助をしただけで、殺したのはユラだと…
そもそも、スラグホーンは今学年からホグワーツに来た
ユラの存在は当然知らない
彼女が今生きているのも、スラグホーンがヴォルデモートに与えた情報のせいでもある…

スラグホーンには罪はない…ことはないが、責めることはできない
ダンブルドアも言っていたように、スラグホーンは十分悔いているし、恥じている

そして、誰もそれに反応しないうちに、壁の高いところから、鋭い声がした
短い黒い前髪を垂らした土気色の顔の魔法使いが、空の額縁に戻ってきたところだった

「ミネルバ、魔法大臣は間もなく到着するだろう。大臣は魔法省から、今しがた「姿くらまし」した」

「ありがとう、エバラード」

マクゴナガル先生は礼を述べ、急いで寮監の先生方の方を向いた

「大臣が来る前に、ホグワーツがどうなるかをお話ししておきたいのです」

マクゴナガル先生が早口に言った

「わたくし個人としては、来年度も学校を続けるべきかどうか、確信がありません。ひとりの生徒の手にかかって校長が亡くなったのは、ホグワーツの歴史にとって、とんでもない汚点です。恐ろしいことです」

マクゴナガル先生は、レギュラス先生の方を見れずに言った
レギュラス先生は、まるで心臓が凍っているかのような、そんな何の感情もない表情だった
ハリーは恐ろしささえ感じた

いつも優しげに和らげられていた灰色の垂れ目な目は、暗い影が差している
いつかの日、彼女に向けていた幸せと優しさに満ちた表情が嘘のように…今は無だった

「ダンブルドアは間違いなく、学校の存続をお望みだったろうと思います」

スプラウト先生が言った

「たった一人でも学びたい生徒がいれば、学校はその生徒のために存続すべきでしょう」

「しかし、こういうことの後で、一人でも生徒が来るだろうか?」

スラグホーンが、シルクのハンカチを額の汗に押し当てながら言った

そして、スラグホーンが続けようとした時、レギュラスが軽く手を挙げて言った

「その前に、決めるべきことがあるでしょう。校長は本当に生徒によって殺されたのかどうかです」

レギュラスの唐突な発言に、ハリーは一瞬叫びそうになった

「仮に、本当に生徒が校長の殺害に関与しているのならば、それは無闇に公表しない方が良いでしょう。その生徒の家族のこともありますし、何より、魔法省の人間が納得するとは思えません。自他ともに認める偉大な魔法使いが、生徒に殺されたなどと。教師が手にかけたと聞いた方がまだ納得できる。ポッターの話によれば、その教師は幇助したそうじゃないですか。本当は、殺したのはその教師ではないでしょうか?」

驚くほど淡々と、冷たい声で言い放ったレギュラスの言葉に、ハリーは信じられない、というような目を向けた
反論する叫びすら出てこないくらいショックだった

だが、マクゴナガル先生や、フリットウィック先生、スプラウト先生、スラグホーン先生が全員、頭の痛そうな、微妙な表情をした

誰一人として反論しなかったのだ
まるで、このまま殺人者を公表せずに、スネイプにしようという空気すら感じた

「そんな…僕は確かに見ました。殺したのはユ「生徒が校長を殺せるわけがない」」

ハリーは、レギュラスの前だから我慢していた名前を言おうとした
だが、それ以上言わせないようにレギュラスが被せて言った

「私の言ったことが聞こえなかったようだねポッター。仮に、本当に、生徒が殺害に関与していたとしても、不用意に公表できない。未成年は法律によって守られている。未成年ひとりの証言だけを元に名前を公表して指名手配にするなどできないんだよ。するとしても、いくつもの審議にかけられなければならない。それが所定の手続きというものだ。法によって決まっている。亡くなった人間がどれほど偉大な魔法使いだろうとそれは変わらない」

冷たい灰色の目を向けて言ったレギュラス先生に、ハリーは目を見開き、思わずポケットにあるサークレットを握った
何ひとつ反論できない

「それに、その生徒のご両親に、「お宅のご息女は殺人犯です」などと言えるのかな?目撃者は君しかいないんだ」

悔しいが、何も言えなかった
ハリーが見てきた彼女は、アルウェンの面が強かった
だが、彼女はアルウェンであると同時に、ユラ・メルリィ・ポンティという生徒でもある
家族もいる
ダンブルドアは、彼女の両親は何も知らない、と言っていた
そんな両親に、突然、校長を殺したのはあなたの娘です。闇の帝王の手下です。などと言って信じてもらえるわけがない

彼女の正体を知っているハリーなら別だが、知らないものから見れば、なぜ闇の帝王がいち生徒などを…と思う

「レギュラス先生」

まるで湧き上がる怒りを抑圧して冷静を装いながら言うレギュラスに、マクゴナガル先生は、落ち着くようにただ名前を呼び、ひと息ついて言った

「確かに、レギュラス先生の仰ることも一理あります。犯人が誰であれ、もしそれが生徒ならば…未成年ですから、事の真相が明確になるまで、不用意に名前を公表するわけにはいきません。まずはご両親に連絡を取らなくては…もしかしたら、家に逃げた可能性もあります」

「違う。それは違う。マクゴナガル先生、信じてください。ダンブルドア先生はユラに殺された。そしてユラはあいつの、ヴォルデモートのところに行った!」

「それは断言できない。憶測でものを言わないようにポッター。ーーマクゴナガル先生、まずはその生徒のご両親に連絡を取り、帰ってきていないかどうか確認しましょう」

ハリーに注意して、マクゴナガル先生にら向き直り、事態を収める方が先だと話を続けたレギュラス
ハリーは、腹立ちを抑えて唇を引き結んだ

「え、ええ。そうですね。まずはご家族に連絡を…」

「その、生徒というのはどこの寮の子だ?」

スラグホーンが冷や冷やした様子で聞いた

「スリザリンですスラグホーン先生。その生徒の名前はユラ・メルリィ・ポンティ」

「なんとっ!スリザリンの!だ、だが、私はその生徒を知らない」

「それもそのはずです。その生徒は去年から行方不明になっていました」

「なっていた?そ、それでは実際は違うのか?」

「ええ、生徒を怯えさせないように、校長は伏せていらっしゃいましたが、その生徒は『例のあの人』に連れ去られていたのです」

「なんとっ!そんな、そんな恐ろしいことが!だが、なぜ生徒が誘拐される?」

「理由はわかりません。ですが、理由がなくとも、ダンブルドアの庇護下の下で、ホグワーツの生徒が誘拐されたとなれば、それだけで恐怖は十分に与えられます」

「…そ、そうか…そうでしたな…と、ともあれ、こうなった以上、親は子供を家に置いておきたいと望むだろうし、そうなれば、そういう親を責めることはできない。個人的には、ホグワーツがほかと比べてより危険だとは思わんが、母親たちもそのように考えるとは期待できないでしょう。家族を側に置きたいと願うでしょうな。自然な事だ」

「私も同感です」

マクゴナガルが言った

「それに、いずれにしても、ダンブルドアがホグワーツ閉校という状況を一度も考えたことがないというのは、正しくありません。『秘密の部屋』が再び開かれた時、ダンブルドアは学校閉鎖を考えられましたーーそれに、私にとっては、ダンブルドアが殺されたことのほうが、スリザリンの怪物が城の内奥に隠れ棲んでいることよりも、穏やかならざることだと考えます……」

「理事達と相談しなくてはなりませんな」

フリットウィック先生が、小さなキーキー声で言った

「定められた手続きに従わねばなりません。拙速に決定すべきことではありません」

「ハグリッド、何も言わないですね」

マクゴナガル先生が言った

「あなたはどう思いますか。ホグワーツは存続すべきですか?」

先生のやり取りを、大きな水玉模様のハンカチを押し当てて泣きながら、黙って聞いていたハグリッドが、真っ赤に泣き腫らした目を上げて、嗄れ声で言った

「俺にはわかんねえです、先生……寮監と校長が決めるこってす………」

「ダンブルドア校長は、いつもあなたの意見を尊重しました」

マクゴナガル先生が優しく言った

「わたくしもそうです」

「そりゃ、俺はとどまります」

ハグリッドが言った
大粒の涙が目の端からぼろぼろ溢れ続け、モジャモジャ髭に滴り落ちていた

「俺の家です。十三歳のときから俺の家だったんです。俺に教えて欲しいっちゅう子供がいれば、俺は教える。だけんど……俺にはわかんねえです………ダンブルドアのいねえホグワーツなんて……」

ハグリッドはゴクリと唾を飲み、またハンカチで顔を隠した
みんなが黙り込んだ

「わかりました」

マクゴナガル先生は窓から校庭をちらりと眺め、大臣がもうやってくるかどうかを確かめた

「では、わたくしはフィリウスと同意見です。理事会にかけるのが正当であり、また、校長殺害に関しては、レギュラス先生の仰る通り、現段階では、魔法省には、生徒が殺害に関与したことのみを伝えることに留めておきましょう。そこで最終的な結論が出るでしょう。それと、その生徒の両親にはわたくしの方から連絡を入れておきます」

ハリーは大いに反論したかった
だが、レギュラスから、無言の凄まじい圧を感じ、押し黙った
ここから先の処理に関しては、ハリーに決定権はないし、関与できる管轄のことではないのは確かだからだ

「マクゴナガル先生、その生徒の両親には私から連絡しておきましょう。以前より交流があります。それにもし帰国していなければその両親は国外にいますから」

「そうですか、では頼みますレギュラス先生。さて、生徒を家に帰す件ですが……一刻も早いほうがよいという意見があります。必要とあらば、明日にもホグワーツ特急を手配できますーー」

「ダンブルドアの葬儀はどうするんですか?」

ハリーはついに口を出した

「そうですね……」

マクゴナガル先生の声が震え、きびきびした調子が少し翳った

「私ーーわたくしは、ダンブルドアが、このホグワーツに眠ることを望んでおられたのを知っていますーー」

「それなら、そうなりますね?」

ハリーが激しく言った

「魔法省がそれを適切だと考えるならです」

マクゴナガル先生が言った

「これまで、他のどの校長もそのようにはーー」

「ダンブルドアほどこの学校にお尽くしになった校長は、他に誰もいねえ」

ハグリッドが呻くように言った

「ホグワーツこそ、ダンブルドアの最後の安息の地になるべきです」

フリットウィック先生が言った

「その通り」

スプラウト先生が言った

「それなら」

ハリーが言った

「葬儀が終わるまでは、生徒を家に帰すべきではありません。みんなもきっとーー」

最後の言葉が喉に引っかかったように出なくなったハリー
しかし、それはスプラウト先生が優しい言葉で引き取って続けた

「お別れを言いたいでしょう」

「よくぞ言った」

フリットウィック先生がキーキー言った

「よくぞ言ってくれた!生徒達は敬意を表すべきだ。それが相応しい。家に帰す列車は、そのあとで手配できる」

「賛成」

スプラウト先生が大声で言った

「私も……まあ、そうですな……」

スラグホーンがかなり動揺した声で言った
ハグリッドは、押し殺したすすり泣きのような声で賛成した

「大臣が来ます」

校庭を見つめながら、突然マクゴナガル先生が言った

「大臣は……どうやら代表団を引き連れています……」

「先生、もう行ってもいいですか?」

ハリーがすぐさま聞いた
今夜はルーファス・スクリムジョールに会いたくもないし、質問されるのも嫌だった

「よろしい」

マクゴナガル先生が言った

「お急ぎなさい」

マクゴナガル先生はかつかつと扉まで歩いていって、ハリーのために扉を開けた

ハリーは急いで螺旋階段を下り、人気のない廊下に出た
天文台の塔の上に、『透明マント』を置きっぱなしにしていたが、何の問題もなかった
ハリーが通り過ぎるのを見ている人は、誰もいない

フィルチも、ミセス・ノリスもピーブズさえもいなかった
グリフィンドールの談話室に向かう通路に出るまで、ハリーは誰にも出会わなかった…



















ユラ……

「会えただろう?一目」

不遜で高い艶やかな声が、揶揄うように響く
それに対し、もう我慢ならないと叫んだパンジー

「!!あんたっ!最初からわかってたの!?ユラが!ユラがあんなことになってるって!」

「声が大きい。そして五月蠅い」

蝿でも払うかのように言った男
ゴーストみたいな意味のわからない思念体だというルベルに、パンジーは今すぐ物を投げつけてやりたかった

「っ!!あんたっ…何が目的なわけっ?何を企んでいるのっ」

できるだけ声を抑える、努力をしながら睨み殺さんばかりに聞いたパンジー

「最初に言ったはずだ。彼女を生かしたい。僕は’’戻るべきところへと戻らなければならない’’と」

何度言えばいいんだ、とばかりに呆れたように答えるルベル

「意味がわかんないのよ!どうすればいいって言うの!?噂でユラがなんて言われてるか知ってる!?死喰い人だってっ…〜っ例のあの人の手下だって言われてるのよっ」

どうしようもない怒りで顔を真っ赤にして喚くパンジー

「だからどうした?仮にそうだとしても、君は彼女に償わせたいんじゃなかったのか?あれは口先だけなのか?何ともお粗末な決意だな」

艶やかに響く冷静なら声が、パンジーを馬鹿にするように紡がれた

「っ〜〜っ…」

「君ができないのならば仕方がない。僕は思念体として彼女の命を蝕み続け、いずれ死ぬ。前にも言ってやったように、これは僕の意思ではない。彼女に関して、どんな噂があったとしても、遅かれ早かれ、彼女は死ぬ。無論、お前がそれでいいと言うならば…「いいわけないでしょっ!」」

畳みかけるように、残念がってなんてないくせに、態とらしく肩を竦めて呆れたように言うルベルに、反射的に否定の言葉が出たパンジー

「なら、やるのか?」

高い声がワントーン低く響き、聞いた

「っ……」

肯定の言葉を口にしようとしたが、出てこなかった

「中途半端な決意では、彼女を生かすことはできない。いいか、僕の指示した物をすべて集めるんだ」

前にも言われたことを、再度言い含めるように言われ、パンジーは途端に弱気になる

「……っでもっ…そんなどこにあるかわからないものをっ…どれだけの時間がかかるかもっ…」

「時間なら短縮できる。その為に僕がいる。一年だ。一年以内に全て見つける」

まるで確定とばかりさらっと言うルベルに、パンジーは目を剥いた
それは初耳だった

「は?ちょっ…待ちなさいよ。そんなどこにあるかもわからないし、どんなものかもわからない物を一年以内に見つけるって?あんた頭おかしいんじゃない!?」

心から頭がおかしいと思ったパンジー
だが…

「どんなものかは僕が知っている。それに、どこにあるかについてはいくつか心当たりがある。問題があるとすればお前だ。女」

意に返さない様子で返したルベル
挙句に、問題があるなら自分だと言う
これにはカチンときたパンジー

「パンジーよ!ほんっと!失礼な男ね!ていうか!問題があるってどういうことよ!!そもそもあんたが取りに行けばいいでしょうが!?」

「お前は馬鹿なのか?僕はこの世にあるものに触れることはできない。それと、僕は彼女以外はどうでもいい」

付け加えるように言ったルベルに、口元がヒクヒクと苛立ちに上がるのを感じたパンジー

「💢💢あんたのその本性を知ればユラだって絶対好きになってなかったでしょうね!!」

「好き…好きね…はっ。それは有り得ないとだけ言っておく。ーーロンドンに行け」

呟くように…愉快そうに口角を上げ、言い切ったルベル

「何でそこまで言い切れ…は?」

一瞬何を言われたかわからなかったパンジーは、間抜けな声を出した

「お前は来年、ホグワーツに来る必要はない。ロンドンに行け。その時、どこに行けばいいか教える。来年は旅に出る」

どんどん話を進めいくルベルに、手をあげて制止をかけるように反論する

「はぁ!?何勝手なこと言ってんのよ!私には家があるのよ!家族もいるの!」

「校長が死に、情勢も不安な今、大半の親はホグワーツに来ることを許すとは思えない」

「なっ…」

自分よりも余程現状を分析している内容にぐうの音も出なかった

「まともな親ならば、子どもを危険な目に遭わせるような場所へわざわざ送ったりしないだろう。家に居させた方がまだマシだ。それに、旅と言っても、長期間家から離れるわけではない。出かける程度のものだ。まあ、それが長引くかどうかは、お前の力量次第だがな」

試すように言うルベルに、こいつは自分が途方もないことを言っている自覚はあるのか?と疑問すら浮かんだパンジー
そして、ひとつ気が付いた…

「あんたっ…まさかそのために「姿現し」の試験をっ」

なかなかコツが掴めず、もう合格できないだろうと思っていた「姿現し」の試験に、妙にこいつが積極的に指導してきたのはこれが理由だったのか、とやっと繋がったパンジー

そして、二度とこいつには指導されたくないと思ってもいた
理由は言わずともハッキリしている

「そうだ。何のために覚えの悪い馬鹿に教えてやったと思っている?幸い、お前はもう17だ。魔法省に気づかれることなく使える。ああ、ひとつ教えてやると、お前ひとりなら絶対に合格していなかっただろう」

ハッキリと断言した言葉に反論できないだけに余計に腹が立ったパンジー

「💢💢こんっの!クソ野郎!」

口から汚い言葉が出てるのは仕方がない

「仮にも女なら品のない言葉を使うな。それに、教えてやった相手には感謝すべきじゃないか?」

鼻で笑うように宣った嫌味で傲慢な男にパンジーはブチっときた

「誰が感謝するかクソ!誰も教えろなんて言ってないっつーの!」

そう吐き捨てたパンジーに、彼は先ほどまでの揶揄うような雰囲気を捨て、紅い目を細め、鋭く射抜くように言った

「集めなければ、彼女を助けることはできない。わかるな?」

いきなり雰囲気を変えて、真面目に言われたことで、パンジーは怖気付いた

「っ〜〜〜っ!わかってるわよ!何度も聞いたし!」

なけなしに口から出た言葉でなんとか返事をしたパンジー
あの時現れてから、不意に現れるこの男の、こういうところが苦手であった
まるで別人のように雰囲気が変わり、圧倒的な力で抑圧されているような、逆らえなくなるオーラを持っている
まるで、命令されるのが、従うのが当たり前であるかのように…

「ならいい。それだけは頭に入れておけ。僕の言うことを聞かず、お前が途中で放り出せば、二度と彼女に会うことは叶わない」

当たり前のように脅す言葉を淡々と言ったルベルに、パンジーは奥歯をギリギリと噛み締め、言い返したいのを必死に堪えた

それからルベルが消えた後、パンジーは、拳を握り机に腕を叩きつけた

「っ!くそっ!」

































「それで?」

部屋に戻ってきたハリーに、ロンはまるで、家具が聞き耳を立てているとでも思ったのか、ロンが声を潜めて聞いた

「見つけたのか?手に入れたのか?あれをーーー分霊箱を?」

ハリーは、周りを見て、誰もいないことを確認すると、ポケットに入れたままだった、禍々しく美しいサークレットをベットの上に置いた

「これなのか?」

「ああ」

広大な湿地を越え、石碑の下から洞窟に入り、死者で溢れかえった地底湖で起こった全てのことが、今では昔の悪夢のように思われた

「これが…うわあ……うわあー…」

小さなエメラルドらしき宝石が散りばめられ、トップとサイドに菱形にカットされたあの紅い石が嵌め込まれている
その石に絡みつくように、繊細な金細工が蔓のように絡み合っている

「これ……アクセサリー、だよな?ネックレス?」

「サークレットだよ」

「これさ、もしかしてーー」
    
「ああ、多分、あの石だよ」
 
「…なんか……なんとも言えないよな……」

「……」

嫌な沈黙が支配した

「で、どうやって破壊するんだ?」

ロンの質問に、ハリーはハッとした
そういえば、ダンブルドアから全て探し出し破壊し、ひとつの剣を刺せばいい、ということだけは聞いたが、どうやって破壊するかは聞いた覚えがなかった

「ダンブルドアは何も言わなかったのか?」

そんなことはない、と言いたかった
だが、どんなに思い返してみても、破壊する方法は言っていなかった

ハリーは異様にむしゃくしゃした
でも、何故か先程の胸にずしりと重くのしかかる暗い気分や、悲観的な考えは出てこなかった

全身にまとわりつくかのような気分の悪い感じもなかった…
先程までは怒りと哀しみ、憎しみでどうにかなりそうだったのに…

ハリーは、ふと視界に入った紅い石を見た

ヴォルデモートの眼のような…禍々しい紅…
だが、彼女の目にはそうは映らなかった…
何故か…ダンブルドアを殺した憎いはずの彼女が…先程までは、ヴォルデモートと同じくらい殺してやりたいと思ったはずの彼女が、悲しみにくれて…ひとり涙を流しているあの夢の姿が頭に思い浮かんだハリー

彼女はこの石を贈った時、こんなものに使われるなんて、思ってもみなかったのだろう…

彼女は今までも本当に人を殺してきたのだろうか…
服従の呪文で逆らえずに殺したのか…それとも…自分の意思で…

「ハリー?」

「ぇ?ごめん、なんか言った?」

ロンが自分を呼ぶ声にハッとして、吸い込まれるような紅い石がまるで監視するように主張するサークレットから目を離し、ロンを見たハリー

「なあハリー、君のせいじゃない」

「……いや、僕のせいだ…彼女がまだあいつを想っていたことに、もっと早く気づいていれば…」

「そんなことわかるもんか、君よりずっと知ってるダンブルドアでさえわからなかったんだぞ?」

「ああ…そうだ。ダンブルドアは最後まで彼女を信じてた。そのせいでっ」

「……兎に角さ、ハーマイオニーに一回話さないと。こんな状況だし」

ハリーは少しムッとした
自分が一番知っているのに、ハーマイオニーに聞けばどうにかなるとは思えない
でも、確かにハーマイオニーは賢いし、自分の知らないことに気づくかもしれない
だが、それが分かっていても、今はもう何も聞く気になれないし、何に対しても興味など感じることはないかもしれない…と思ったハリー

「そうだね…」

口ではそう言い、ハリーはベットに横たわった
シーツの上で、忌まわしい邪悪な存在感を放つサークレットだけがランプに反射して鈍く光った

このサークレットは、ただひとりの女性を飾るためだけに作られたものだ
それほど、これを着けている女性の姿が彼女以外に想像できなかった…

この忌まわしい物のお陰で、ヴォルデモートは今も生きながらえているというのに、こんな見事なものを自分と殆ど変わらない年齢で作ったことに、ハリーは複雑な心境さえあった

ダンブルドアが天才だと認めたのは、決して過大評価ではない

分霊箱はあといくつあるのかもわからない
ひとつはこれ、もうひとつはおそらくアルウェンの遺体…
それ以外はまるで検討がつかない…
だがもういい…どうでもいい…


苛立ちと虚無感すら感じる中、ハリーは胸の中にドス黒い感情が湧くのを感じた




彼女さえいなければ…



こんなことにはならなかった…




そんな時、突然、校庭が静かなのに気がついた
フォークスが歌うのをやめていた
なぜ、そう思ったのかはわからなかったが、ハリーは不死鳥が去ってしまったことを悟った
永久にホグワーツから去ってしまったのだ

ダンブルドアが学校を去り、この世を去ったと同じように……

ハリーから去ってしまったと同じように……












































月明かりに照らされた狭い道から、どこからともなく二人の男の姿が同時に現れた
二人の間はほんの数歩…
瞬間、互いの胸元に杖を向けたまま身動ぎもしなかったが、やがて相手がわかると、二人とも杖をマントにしまい、早足に同じ方向に歩き出した

「情報は?」

背の高い男が聞いた

「上々だ」

セブルス・スネイプが答えた

小道の左側には茨の灌木がぼうぼうと伸び、右側にはきっちり刈りそろえられた高い生垣が続いている
長いマントをくるぶしのあたりではためかせながら、男達は先を急いだ

「遅れてしまったかもしれん」

ヤックスリーが言った
覆い被さる木々の枝が月明かりを遮り、その隙間からヤックスリーの厳つい顔が見え隠れしていた

「思っていたより少々面倒だった。しかし、これであの方もお喜びになることだろう。君の方は、受け入れていただけるという確信がありそうだが?(あの方が引き入れた女も現れるのか気になるしな)」

スネイプは頷いただけで何も言わなかった
右に曲がると、小道は広い場車道に変わった
行く手には壮大な鍛鉄の門が立ち塞がっている

高い生垣も同じく右に折れ、道に沿って門の奥まで続いている
二人とも足を止めず、無言のまま左腕を伸ばして敬礼の姿勢を取り、黒い鉄が煙であるかのように、そのまま門を通り抜けた

イチイの生垣が、足音を吸い込んだ
右の方でザワザワという音がした


真っ直ぐに伸び馬車道の奥の暗闇に、瀟洒な館が姿を表した
一階の菱形の窓に明かりがきらめいている
生垣の裏の暗い庭のどこかで噴水が水音を響かせている
玄関へと足を進めたスネイプとヤックスリーの足下で、砂利が軋んだ
二人が近づくと、人影もないのに玄関のドアが突然内側に開いた
明かりをしぼった広い玄関ホールは贅沢に飾り立てられ、豪華なカーペットが石の床をほぼ全面にわたって覆っている

壁にかかる青白い顔の肖像画たちが、大股に通り過ぎる男たちを目で追った
ホールに続く部屋の、がっしりとした木の扉の前で二人とも立ち止まり、一瞬のためらいの後、スネイプがすぐにブロンズの取っ手を回した

客間の装飾を凝らした長テーブルは、黙りこくった人々で埋まっていた
客間に日常置かれている家具は、無造作に壁際に押しやられている
見事な大理石のマントピースの上には、金箔押しの鏡が掛けられており、その下で燃え盛る暖炉の火だけが部屋を照らしている

スネイプとヤックスリーは、しばらく部屋の入口に佇んでいた

薄暗さに目の慣れた二人は、その場の異様な光景に引きつけられ、視線を上に向けた
テーブルの上で逆さになって浮かんでいる人間がいる
どうやら気を失っているらしい

見えないロープで吊り下げられているかのように、ゆっくりと回転する姿が、暖炉上の鏡とクロス掛かっていない磨かれたテーブルとに映っている

テーブルの周りでは、誰一人としてこの異様な光景を見てはいない
ただ、真下に座っている青白く’’なった’’顔の青年だけは、ほとんど1分おきに、ちらちらと上を見ずにはいられない様子だった

「ヤックスリー、スネイプ」

テーブルの一番奥から、甲高い、はっきりした声が言った

「遅い、遅刻すれすれだ」

声の主は暖炉を背にして座っていた
そのため、いま到着したばかりの二人には、はじめその黒い輪郭しか見えなかった
しかし、影に近づくにつれて、薄明かりの中に、その顔が浮かび上がってきた
髪はなく、蛇のような顔に鼻孔が切り込まれ、紅い両眼の瞳は、細い縦線のようだ
蝋のような顔は、青白い光を発しているように見える

スネイプは一瞬、知った顔を探した
だが、この場にはいないようだった

「セブルス、ここへ」

ヴォルデモートが自分の右手の席を示した
左席は空席だった
誰も座っていないところを見ると、この席に座る人物はまだ来る予定ではないらしい
幸い、既に死んでいる、という説は除外できた
なぜなら、わざわざ死ぬような人間のために、ヴォルデモートは己の左側の席をわざわざ空けたりしない

そして、スネイプはその席が誰のために空けてあるのかが予測できた
他の者達は、一体誰が座る席なのか、気になっている様子だ

「ヤックスリー、ドロホフの隣へ」

二人は示された席についた
ほとんどの目がスネイプを追い、ヴォルデモートが最初に声をかけたのもスネイプだった

「それで?」

「我が君、不死鳥の騎士団は、ハリー・ポッターを現在の安全な居所から、来る土曜日の日暮れに移動させるつもりです」

テーブルの周辺がにわかに色めき立った
緊張する者、そわそわする者、全員がスネイプとヴォルデモートを見つめていた

「土曜日…日暮れ…」

ヴォルデモートが繰り返した
紅い眼がスネイプの暗い目を見据えた
その視線のあまりの烈しさに、傍で見ていた何人かが目を背けた
凶暴な視線が、自分の目を焼き尽くすのを恐れているかのようだった
しかし、スネイプは、静かにヴォルデモートの顔を見つめ返した
ややあって、ヴォルデモートの唇のない口が動き、笑うような形になった

「そうか。よかろう。情報源はーー」

「打ち合わせどおりの出所から」

スネイプが答えた

「我が君」

ヤックスリーが長いテーブルの向こうから身を乗り出して、ヴォルデモートとスネイプを見た
全員の顔がヤックスリーに向いた

「わが君、私の得た情報は違っております」

ヤックスリーは反応を待ったが、ヴォルデモートが黙ったままなので、言葉を続けた

「闇祓いドーリッシュが漏らしたところでは、ポッターは十七歳になる前の晩、すなわち三十日の夜中までは動かないとのことです」

スネイプがにやりと笑った

「我輩の情報源によれば、偽の手掛かりを残す計画があるとのことだ。きっとそれだろう。ドーリッシュは『錯乱の呪文』をかけられたに違いない。これが初めてのことではない。あやつは、かかりやすいことがわかっている」

「畏れながら、わが君、私が請け合います。ドーリッシュは確信があるようでした」

ヤックスリーが言った

「『錯乱の呪文』にかかっていれば、確信があるのは当然だ」

スネイプが言った

「ヤックスリー、我輩が’’君に’’請け合おう。闇祓い局は、もはやハリー・ポッターの保護には何の役割も果たしておらん。騎士団は、我々が魔法省に潜入していると考えている」

「騎士団も、一つぐらいは当たっているじゃないか、え?」

ヤックスリーの近くに座っているずんぐりした男が、せせら笑った
引き攣ったようなその笑いを受けて、テーブルのあちこちに笑いが起こった

ヴォルデモートは笑わなかった
上でゆっくりと回転している宙吊りの姿に視線を漂わせたまま、考え込んでいるようだった

「わが君」

ヤックスリーがさらに続けた

「ドーリッシュは、例の小僧の移動に、闇祓い局から相当な人数が差し向けられるだろうと考えておりますしーー」

ヴォルデモートは、指の長い蝋のような手を挙げて制した
ヤックスリーはたちまち口をつぐみ、ヴォルデモートが再びスネイプに向き直るのを恨めしげに見た

「あの小僧を、今度はどこに隠すのだ?」

「騎士団の誰かの家です」

スネイプが答えた

「情報によれば、その家には、騎士団と魔法省の両方が、できうる限りの防衛策を施したとのこと。いったんそこに入れば、もはやポッターを奪う可能性はまずないと思われます。もちろん、わが君、魔法省が土曜日までに陥落すれば話は別です。さもすれば我々は、施された魔法のかなりの部分を見つけ出して破り、残りの防衛戦を突破する機会も十分にあるでしょう」

「さて、ヤックスリー?」

ヴォルデモートがテーブルの奥から声をかけた
紅い眼に暖炉の灯りが不気味に反射している

「果たして、魔法省は土曜日を待たずして陥落しているか?」

再び全員の目がヤックスリーに注がれた
ヤックスリーは肩をそびやかした

「わが君、そのことですが、よい報せがあります。私はーーだいぶ苦労しましたし、並大抵の努力ではなかったと思いますがーーパイアス・シックネスに『服従の呪文』をかけることに成功しました」

ヤックスリーの周りでは、これには感心したような顔をする者が多かった
隣に座っていた、長いひん曲がった顔のドロホフが、ヤックスリーの背中をパンと叩いた

「手緩い」

ヴォルデモートが言った

「シックネスは一人に過ぎぬ。俺様が行動に移る前に、我が手勢でスクリムジョールを包囲するのだ。大臣の暗殺に一度失敗すれば、俺様は大幅な後退を余儀なくされよう」

「御意ーーわが君、仰せのとおりですーーしかし、わが君、魔法法執行部の部長として、シックネスは魔法大臣ばかりでなく、他の部長とも定期的に接触しています。このような政府高官を我らが支配の下に置いたからには、他の者達を服従せしめるのは容易いことだと思われます。そうなれば、連中が束になってスクリムジョールを引き倒すでしょう」

「我らが友シックネスが、他の奴らを屈服させる前に見破られてしまわなければ、だがなーー」

ヴォルデモートが言った

「いずれにせよ、土曜日までに魔法省が我が手に落ちるとは考えにくい。小僧が目的地に着いてからでは手出しできないとなれば、移動中に始末せねばなるまい」

「わが君、その点につきましては我々が有利です」

ヤックスリーは少しでも認めてもらおうと躍起になっていた

「魔法運輸部に何人か手勢を送り込んでおります。ポッターが『姿現し』したり、『煙突ネットワーク』を使ったりすれば、すぐさまわかりましょう」

「ポッターはそのどちらも使いませんな」

スネイプが言った

「騎士団は、魔法省の管理、規制下にある輸送手段を全て避けています。魔法省がらみのものは、いっさい信用しておりません」

「かえって好都合だ」

ヴォルデモートが言った

「やつは大っぴらに移動せねばならん。ずっと容易いわ」

ヴォルデモートは再びゆっくり回転する姿を見上げながら、言葉を続けた

「あの小僧は俺様が直々に始末する。ハリー・ポッターに関しては、これまであまりにも失態が多かった。俺様自身の手抜かりもある。それに、少々不愉快なこともあったゆえな」

最後のセリフだけ、ヴォルデモートはふん、と鼻で笑うように愉快な様子で言った
不愉快と言いながらも、蛇のような表情はいっそ愉快とでも言いたげな様子だ

全員が驚き、好奇心が刺激された
だが、誰も口を開かない

「ポッターが生きているのは、あやつの勝利というより俺様の思わぬ誤算によるものだ」

テーブルを囲む全員が、先ほどまでの好奇心が消え失せ、不安な表情でヴォルデモートを見つめた
どの顔も、自分がハリー・ポッター生存の責めを負わされるのではないかと恐れていた
しかし、ヴォルデモートは誰に向かって話しているわけでもなかった
頭上に浮かぶ意識のない姿に眼を向けたまま、むしろ自分自身に話していた

「俺様は侮っていた。その結果、綿密な計画には起こりえぬことだが、幸運と偶然というつまらぬやつに阻まれてしまったのだ。しかし、今は違う。以前には理解していなかったが、今はわかる。ポッターの息の根を止めるのは、俺様でなければならぬ。そうしてやる」

その時、この場にはふさわしくない、柔らかくも冷たい声が響いた

「ポッターが今でも生存しているのは、決して幸運と偶然だけではないでしょう」

全員が心臓を掴まれたかのように冷や汗を流した
ヴォルデモートの言葉に畏れ多くも付け足すなど、正気の沙汰ではない

ヴォルデモートは、声がした方を見ずに、あろうことか、口角をあげた
その声の主は、肩ほどまでの薄い黒のベールを付け顔を覆い、露出のない漆黒のドレスを着て、肩からローブを羽織っている百六十五程の女性だった
その女性は部屋の入口に立っていた

淡々とした落ち着き払った声には、若い魔女とは思えないほどの冷静さが滲んでいる

全員が、すらりと伸びた背筋で佇む彼女を見て息を呑んだ
見惚れているのではない
無礼を働いた女が殺され、とばっちりを食うことに冷や冷やしていた

「ほう、来い」

ヴォルデモートはただひと言呟いた
今度こそ終わりだと、全員が思った

裾の衣擦れの音だけがいやに響き、女は長いテーブルの横をゆっくり歩き、奥まで向かう
座っていた面々が、女が通り過ぎるたびに視線を向ける

女を知らない者も、知っている僅かな者も、怯えたその顔を見てやろうと思う者も、全員が通り過ぎる女を見た

頭から被る薄いベールがひらひら揺らめく
女の視線がヴォルデモートに真っ直ぐ注がれている

スネイプの横を通り、ヴォルデモートのすぐ横まできた女
ヴォルデモートは、少し体を横に向け、座ったまま女と向かい合った
女がヴォルデモートを見下ろす形になった

すると、最初に口を開いたのはヴォルデモートだった

「’’遅かったな。何をしていた?’’」

全員がざわめいた
蛇語で女に何事かを言ったからだ
何を言っているのかは誰もわからない

ただ蛇のようなシューシューとした音しか聞こえない
すると、次の瞬間、全員が驚くどころではなかった

「’’疲れていたのよ………わかるでしょう…’’」

女も蛇語で返した

全員が騒ついた

二人の間で視線が絡み合い、ヴォルデモートは先程スネイプに向けたような烈しい視線を向けている
女は、ベール越しに真っ直ぐ見返して、眉を下げた
だが、そんな僅かな表情の機微は、すぐ横にいるスネイプにしか見えなかった

永遠とも感じられる緊張した空気が漂う中、数秒経った後…


「いいだろう。座れ」


ヴォルデモートが許可を出した
全員がざわついた

女がゆっくりとヴォルデモートの腰掛けている席の後ろから周り、空席の左側に座った

「さて、ナギニ。俺様に言いたいことがあるようだな?」

試すように聞いたヴォルデモートに、数秒後、女は口を開いた

「……ポッターは、良く言って勇敢…ーー逆を言えば傲慢です。自分を『選ばれし者』だと信じて疑っていない。…あなたを退けられたことを、周りが過大に評価し、囃し立てているおかげで、それを’’偶然ではない’’と思っている…」

その発言に、同様と騒めきが包んだ
「無礼な」「弁えろ」などの声が響き、彼女は全くそのことを気にもせずに背筋を正し、視線を前に向けたまま、静かになるのを待った

ヴォルデモート卿を「あなた」などと軽率に呼び、あまつさえ「退けた」などということを平然と言ったのだ
無事で済むはずがない

ヴォルデモート、騒ぎ立てる面々に特に何も言わず、言った

「続けろ」

その言葉で、騒つき、彼女に対する非難の言葉がピタリと止み、不躾な視線を向けていた目も逸らされた
 
彼女は、ゆっくり顔を横に向け、ヴォルデモートと目を合わせて続けた

「己にはーーあなたに勝る力があると。ポッターはあなたの力を理解していない。いかなる時も騎士団に護られていました。’’籠の中から見る景色と、外に出て見える景色は違います’’…幸いなことに、ポッターはそのことを理解していない」

全員がベールを被った彼女に注目した
ヴォルデモートは、興味深げに紅い眼を鋭く彼女に向けている

「興味深い意見だ。では’’籠の外に誘き出せば’’良いと?…お前はそう考えるのか?」

彼女の意見かどうかを確かめるように聞いたヴォルデモート
それに対し、あろうことか、彼女は断言しなかった

「ポッターを護ってきたダンブルドアは、もう死んだ。未熟な精神は直情的な感情に振り回されやすいものです。……不要な、くだらない感情に」

最後の言葉だけ、酷く冷たい声色で、ベール越しで、ヴォルデモートを睨んでいるかのようにも見える様子で言った彼女に、全員が息を潜めた
物音ひとつ立てまいと、背中に流れる冷たい汗と肌を刺す緊張感に耐えて、ヴォルデモートの言葉を待った

「はっ。お前の口からそのような言葉を聞こうとはな。ーー’’ようやく俺様からは逃れられぬと自覚したか?’’」

愉快そうに言う裏で、声色を変え、忌々しい憎しみを湛えて言ったヴォルデモートに、彼女は静かに瞼を閉じ、溢れそうになる涙を堪えて言った

「’’私は…私のすべては、あの時からあなたの『物』…逃げるなんて……愚かだった…’’」

思い出すようにぽつりぽつりと、蛇語で呟いた言葉は、本当に彼に向かって言っているのか……
懺悔するように言った

ヴォルデモートは、無表情に紅い眼で見据えた
まるで、吟味するように


そして、彼女は続けた




「…’’ルベル…あなたの言う通り……私は、もうあなた無しでは生きていけない…’’」




酷く切ない…乞うような言葉…
ヴォルデモート以外には、ただの蛇の鳴き声にしか聞こえない

二人だけの空間で交わされる言葉に、多くの憶測が飛び交う
彼女の蛇語を最後に、ヴォルデモートは何も答えなかった

全員が身震いして、動きもせずにじっと待った



「’’愛しいナギニ。お前が今のまま、高尚な心掛けで俺様に尽くせば、あの日の約束は果たされよう。そうとも…’’」


ヴォルデモートの言葉を聞いた彼女は、突然太腿にずしりと感じる、ねっとりと這う鱗の感触を感じた
硬直して、なんとか震えを堪え、1ミリも動かないまま、ヴォルデモートを不安な目で見つめた彼女

シューシューと、彼女の下腹部から背中に周りこみ、吸い込まれるように体に密着して後ろの肩から頭を出した大蛇
大の男の太腿ほどはありそうな鎌首をもたげ、瞬きもしない両眼…
縦に切れた瞳孔は彼女の横顔をじっと見ている

彼女は恐怖でどうにかなりそうだった…
だが、今はそんなことより彼が蛇を分霊箱にしているかどうかのことで頭がいっぱいだった

全員が、ひと言も発せず、彼女に絡みつく大蛇を恐怖の眼差しで見つめた
蛇に食われる、誰もがそう思った


だが

大蛇はしゅるしゅると舌を出し、彼女の首筋に鎌首を擦り寄せた


「お前が気に入ったようだ。…さてと……’’籠の外’’に引き摺り出す必要がある、だったな」


しゅるしゅると密着し、擦り寄ってくる大蛇に固まる彼女に優しく言い、話を進めたヴォルデモートに全員が困惑した

ヴォルデモートは彼女を紹介しなかった
それは、誰も口出しすることも、詮索することも許さないということだ
あれほどの無礼な発言をしておきながら、許される人物
そして、蛇語使い

誰もが、彼女がヴォルデモートの血縁者だと勘繰った
スネイプ以外は


そして、肩に感じる凄まじい重みに耐えながら、決して顔には出さないように、彼女は口を開いた
下手なことを言えば、いつこの蛇に喉を噛みつかれるか、わからない

「セブルスが言ったように、闇祓いに最早利用価値はありません。騎士団の人間は、魔法省が陥落するのも時間の問題だと予想できているはずです」

「潜入しているだけではないと連中は気づくものかな?」

ムッとしたようにヤックスリーが僅かに身を乗りだして彼女に言った

「ダンブルドアについていた者が全員、現在、ポッターの味方というわけではありません。少なくとも、秘密主義なダンブルドアに対して、良く思わない反乱分子は一定数いたはずです。まともな者ならば、双方の力の差は歴然だと判断できるでしょう。恐怖に支配されていれば尚更。ですが、だからといって、その者達を使うのは得策とは言えません。こういった場合、知のない者の方が、こちらの思い通りに動いてくれ、尚且つ切り捨てやすい」

「では、ナギニ殿、あなたは下賤な者なども使え、とでも仰るのですかな?」

暗い眼のそのままに、微動だにせずに淡々と聞いたスネイプに、彼女も淡々と答えた

「その通りです、セブルス。人攫いは数が見込めますし、好奇心に駆られた半端者は尚更………重要なのは、ポッター本人には脅威はないということです」

「周りから片付けるべきというわけですかね?」

「ええ。ポッターを手助けしそうな者を探し出すことに力を注ぐのではなく、ポッター自身を精神的に孤立させることに尽力する方が、余程追い込みやすい。そのような者がとる行動というのは限られています」

「そこまで言うからには、あなたには具体的な策があるように見受けられる。そしてそれが、成功する自信があると」

「Mrヤックスリー、どのような策にも完璧というものはありません。ある程度の予測不可能性は視野に入れておくべきです。それでこそより綿密な策となります」

「それはつまり、自信がない。ということですか?」

「いいえ、私にはポッターを殺すことはできません、ですが、孤立させる方法は知っています。もちろん、その手始めとして、魔法省陥落と魔法大臣の殺害は不可欠です」

「先程から聞いていれば、あなたは少々、空想で物を言う傾向があるようだ。勿体ぶらずにここで、その策とやらを披露してはどうかな?」

せせら笑うような様子で、ヴォルデモートに許されただけで、図に乗っている若い彼女に言ったヤックスリー

それに対して、彼女は毅然と答えようとした
だが、それはヴォルデモートによって手で制された

「ヤックスリー」

「!はい、わが君」

「何故、お前が、ナギニに命令する?」

甲高い声が、軽い口調で聞いた
だが、その内容からはまるで冗談など言っている雰囲気はない
むしろ、ひとつでも間違ったことを言えば、たちまち命はないと感じさせる程のものだ

「わが君…決してそのようなつもりでは。私はただ、あそこまで豪語するならば、余程素晴らしい策なのではないかと。ーー是非ナギニ殿の意見を伺いたいと…」

「成る程、意見を交わすことは推奨しよう。ーーだが、お前がナギニに命令するなど…ーー思い上がりも甚だしい」

最後の一言を、無感情に言い放ったヴォルデモートに、ヤックスリーは全身の鳥肌が立った

「っ…出過ぎた真似を致しました」

慌てて頭を下げ、服の下を流れる冷や汗を感じたヤックスリー

「ナギニに命令してよいのは俺様のみだ。二度はない」

冷酷に言い放ったヴォルデモートに、ヤックスリーは心の底からホッとした

「はいっ。感謝いたします」

「ヤックスリー、お前には期待しておる。必ずや魔法省を陥落する手筈を整えるとな」

「わが君のご期待に沿えるよう全身全霊をかけ、尽力いたします」

ヤックスリーが腰を低くそう言うと、ヴォルデモートは思い出したようにゆっくり立ち上がった

そのまま彼女の後ろに回り込み、歩き出した
その際…

蛇に絡まれている彼女に、後ろから軽く手を伸ばし、不気味な蝋のような手が細く白い喉にかかりかかった
そして、指で顎を軽く上げ、言った

「お前の策は後で聞くとしよう、ナギ二」

目線は合わずに、まるで今から後ろから喉を掻き切られるような状況で発せられた言葉は、不気味なほど優しげだった

それに対し、彼女は震えを抑えて淡々と答えた

「…光栄です」

ヴォルデモートには、淡々と答える彼女が震えているのが分かり、僅かに瞳孔をさらに細めた

「ふむ、悪くない……」

ほとんど無意識に、小さく呟いたヴォルデモート
そして…

「さて、セブルス、客人が誰だかわかるか?」

ヴォルデモートは彼女から手を離し、長く、独特な形の杖を、テーブルの上でゆっくり回転する宙吊りの姿をピタリと狙って小さく振りながらスネイプに聞いた

息を吹き返した魔女は呻き声を上げ、見えない束縛から逃れようともがいた

スネイプは上下逆さまになった顔の方に目を上げた
居並ぶ死喰い人も、興味を示す許可が出たかのように囚われ人を見上げた
宙吊りの顔が、暖炉の明かりに向いた時、魔女が怯え切った嗄れ声を上げた

「セブルス!助けて!」

「なるほど」

囚われの魔女の顔が再びゆっくり向こうむきになった時、スネイプが言った

「お前はどうだ?ゴイル」

杖を持っていない方の手で、手元にいる彼女の肩を撫でながら、ヴォルデモートが聞いた
ゴイルは痙攣したように首を振った
魔女が目を覚ましたいまは、ゴイルはもうその姿を見ることさえできないようだった

「いや、お前がこの女の授業を取るはずはなかったな」

ヴォルデモートが言った

「知らぬ者にご紹介申し上げよう。今夜、ここに御出でいただいたのは、最近までホグワーツ魔法魔術学校で教鞭を執られていたチャリティ・バーベッジ先生だ」

周囲からは、合点がいったような声がわずかに上がった

「そうだ……バーベッジ教授は魔法使いの子弟にマグルのことを教えておいでだった……奴らが我々魔法族とそれほど違わないとか…」

死喰い人の一人が唾を吐いた
チャリティ・バーベッジの顔が回転して、またスネイプと向かい合った

「セブルス…お願い…お願い…」

「黙れ」

ヴォルデモートが再び杖を軽く振ると、チャリティは猿轡を噛まされたように静かになった

「魔法族の子弟の精神を汚辱するだけでは飽き足らず、バーベッジ教授は先週、『日刊預言者新聞』に穢れた血を擁護する熱烈な一文をお書きになった。我々の知識や魔法を盗むやつらを受け入れなければならぬ、とのたもうた。純血が徐々に減ってきているのは、バーベッジ教授によれば最も望ましい状況であるとのことだ……我々全員をマグルと交わらせるおつもりよ……もしくは、もちろん、狼人間とだな…」

今度は誰も笑わなかった
肩に手を置かれている彼女は、感情がないかのように、前だけを見据えて、決してバーベッジを見ようとはしなかった

ヴォルデモートの声には、紛れもなく怒りと軽蔑がこもっていた
チャリティ・バーベッジがまた回転し、スネイプと三度目の向かい合いになった

涙が溢れ、髪の毛に滴り落ちている
ゆっくり回りながら離れていくその目を、スネイプは無表情に見つめ返した

「アバダ ケダブラ」

緑色の閃光が、部屋の隅々まで照らし出した
チャリティの体は、真下のテーブルに落下した
ドサっという音が響き渡り、テーブルは揺れ、軋んだ
死喰い人の何人かは椅子ごと飛び退き、ゴイルは椅子から床に転げ落ちた
スネイプとナギニだけは、じっと姿勢を正して椅子に座っている

「イリアス、夕餉だ」

ヴォルデモートがそう言った瞬間、彼女は肩が震え、動揺した
そして、視線だけヴォルデモートを見てしまった

ヴォルデモートはその視線を認めると、紅い眼が心底愉快そうに歪められた

『イリアス』と呼ばれた大蛇は、ゆらりと鎌首をもたげ、絡みついていた彼女の肩からテーブルへと滑り落ちた

彼女は、今度こそ、見開いた目から涙がこぼれ落ち、一筋静かに頬を伝った
震える肩を必死に抑えて、俯きそうになる顔を必死の思いで上げ、前を見据えた

その動揺し、静かに何かを耐える彼女の様子を、スネイプは暗い目で見ていた…

























































ダンブルドアの葬儀も終わり、生徒達を家に帰し、しんと静まり返ったホグワーツ…
廊下にも、教室にも…暗い影が落ちている

それは、いつもの生徒達の帰省とは明らかに違った静けさだった



主の変わった校長室には、杖をついたギョロリと八方に動く魔法の目玉をつけた男が来ていた

軽く挨拶を交わし、新たな校長は本題を切り出した

「マッド・アイ、あなたはダンブルドアに信頼を置かれていました。ハリーの証言では、Msポンティが実行犯だそうで…」

慎重に、動揺を抑えるように聞いたマクゴナガルに、ムーディは奥にあるベンチに腰掛けながら答えた

「ミネルバ、確かにわしは信頼を置かれていたと自負しよう。だが、彼女のことに関してはわしは言及できる立場にない。ダンブルドアが亡くなろうともやることは変わらん。我々のやるべきことはポッターを最後まで守り抜くことだ」

冷たくも、そう言い切ったムーディに、マクゴナガルは軽くショックを受けたような表情になった
だがすぐに、アラスター・ムーディというのは、こういう性質だからダンブルドアに信頼を置かれていたのだ、と思い出し、納得した
だが、それでも言いたいことはある

「では、責めないと?もしーーもし、本当に彼女が操られているのなら、騎士団全員が危険に晒されます。今までとは比べ物になりません」

焦ったように、真っ青な顔で言うマクゴナガルに、マッド・アイは、びっこを引きながら校長室を歩き回り、黙った

そして、悩んだ末といった様子で口を開いた

「彼女はダンブルドアを殺害したのだろうが、裏切ってはいないだろう。それだけの根拠がある」

「何をもってそう言い切れるのですか?校長が彼女に目をかけていたのは知っています。それに、記憶があると言えど、未成年のあの子に任務を課していたのも」

頭の中で、あまり関わりがなかった生徒を思い浮かべ、涙を呑むように言ったマクゴナガル

「はあ…ミネルバ、それは彼女でなければできないからだ。それに、彼女はダンブルドアと魔法誓約を交わしていた。これは、ダンブルドアが死のうとも有効な、強力な誓約だ」

こうなれば、ある程度は言わなければならないだろうと判断し、ムーディは一部を明かした

「子どもを相手にですかっ?校長がそんなことをするとは…」

マクゴナガルは目を見張り、信じられない、とばかりに瞠目した

「持ち掛けたのは彼女だ。聞いたように、彼女は捕まることを予期していた。ならば対策をするのは当然だ。彼女はダンブルドアが認めるほどの熟達した閉心術士だが、万が一ということもある」

唐突に告げられた内容に、マクゴナガルは目を見張った

「校長が認めるほどっ?そんな、まさか…ま、万が一とは何です?」

にわかには信じられない様子で、聞き捨てならない言葉に半信半疑に聞き返したマクゴナガル

「わしの口からは言えん」

ムーディは即答した

「…アラスター」

咎めるように言ったマクゴナガルに、ムーディは尚も頑とした姿勢を貫いた

「言えんものは言えん。校長は’’機を待て’’と仰った。時が来れば全てが明らかにされると。だが、そのためにはポッターを守り抜かねばならん。ポッターがダンブルドアから託されたであろうことを成し遂げるために我々は手を尽くさねばならん」

言い含めるように強く言うムーディに、マクゴナガルは急いで言った

「では、我々も手助けを…「ならん!これはポッターでなければできんことだ。他ならぬ校長がそう仰った」

ムーディはきつく言った

「そんな…どうしてハリーばかりがこんな辛い役目を…」

マクゴナガルは絶句したように、泣き崩れそうな姿で呟いた

「ああ…」

打ちのめされるように、がっくりと椅子に腰を下ろしたマクゴナガルに、ムーディーは口をへの字に曲げて、マクゴナガルをじっと見て、思い出した…



ーーームーディ、彼を油断させるためにはダンブルドアは死なねばならないわ。それはダンブルドアも承知しています。分霊箱は私が彼に贈った物で間違いないでしょう。ですが、その中のどれを彼が選んだのか…正直わかりません。私は彼の思考の傾向を憶測することはできますが、完璧というわけではありません。賭けなんです。そして、おそらく分霊箱は時が来れば、ハリー自身が見つけなければならない。いいえ、ハリーでなければ見つけられないはずです。分霊箱を見つけることはできませんでしたが、あなたのおかげで、手がかりを掴むことはできました。分霊箱はそう多くはないはず………そのうちのひとつはもう確信していますーーー




ーーなに?どこにある?ーーー




ーーー今、あなたの目の前に……私なのです。……アラスター。ハリーは私を殺したいと思うほど憎み、恨まなければなりません。他ならぬハリー自身のために。そしてそれは、最期まで’’そうあらなければならない’’。私が彼に捕まれば、彼は私を苦しめるためにダンブルドアを殺すことを命じるでしょう。事実、私はそうします。そうなれば、ハリーは分霊箱を探しに旅に出る。ですが、ここで騎士団はハリーから離れなければなりません。ハリーを孤立させなければなりません。…彼の魂は、人の心の闇につけいる……ここまで言えば、もう、私の言いたいことがお分かりですね。このことは、セブルスも承知ですーーーー




ーーー私は、彼を生き長らえさせている元凶です……私は本来ならここにはいない。だからどうか、この嘘を、あなたの胸の中に留め、墓場までもっていってほしいのです。…アラスター…ハリーが、ハリーだけが唯一の希望ですーーーー






「(ポンティ、お前さんの覚悟はしっかり受け取った…ダンブルドアのことは残念だが、わしはお前さんを信じよう)」












 










「ん……」

カウチで横になっていた彼女は、浅く深い眠りから目を覚ました

「起きたか。少々休み過ぎではないか?」

彼女の前には、蝋のような蒼白い肌に、切り込みのある鼻がある顔が見下ろしていた
彼女が献上したニワトコの杖を、長い指で撫でながら佇んでいた

「……あなたがいる……」

軽く頭を傾けて、自然と目を細めて言った

「寝ぼけておるのか?……お前の策が成功だと証明されるのはまだ先だ………なあ、ナギニ、あの小僧が気掛かりか?」

まるで嘲笑うように言ったヴォルデモート
だがその様子は苛立ちを隠しきれていない

その言葉に対して、彼女はひと呼吸置いて、言った

「……なぜ私が、ポッターを気にかけるというの?」

何の感情も宿さない、冷たい声が響いた

「惚けるな。お前が俺様を謀ろうとしておるのはわかっている」

「私が、あの時…イリアスを……嘘をついたから、信じられないと言うのね」

「………」

「あなたを受け入れたあの日……幸せだった…例え…その手で多くの人を殺めていたとしても…」

「………お前は裏切った。良くしてやった恩を仇で返したのだ」

「…あなたは最初から息子を望んでいなかったじゃないっ…」 

「ああ、そうだ。俺様とお前との間にはそんなもの必要ない」

「ならどうしてっ…どうして「俺様に必要だったのは肉体だ。お前の腹から産まれた肉体が必要だった」っ…」

「忌々しいっ…もう少しというところで、自死しおったっ!…絶対に許すものかっ……」

甲高い声が荒げられ、怒りを宿していた
だが、それは決して怒りだけではなかった…

「………「お前は、お前だけはっ俺様のものだ」…」

その言葉に、途端に彼女の頭の中に…孤児院で過ごした頃の記憶が駆け巡った…





ーーー「側にいてくれ…ナギニ…お前だけは僕を置いていくな…」ーーー

いつもは自信と傲慢さに満ちた紅くぱっちりした目を揺らし、弱々しささえ感じる声で、離すまいと抱きつき…願うように言ってきた幼い男の子…

ーーー「……うん……大丈夫……置いていったりしないから…トムがいいって言うまで…側にいる…」ーーー












彼女はゆっくり起き上がり、歩を進めた

肘掛けに椅子に腰掛ける後ろ姿が…あの時の姿と重なる…
酷く孤独な…男の子…

彼女は無言で腕を伸ばした
触れる直前、少し躊躇ったが、そのまま蝋のような横顔を通り過ぎて蒼白い首筋に黒い袖が滑り落ちた


「………本当は…離れたくなかった……………」

背後から、髪のない彼の頭をやんわりと包み込むように抱きしめ、目を伏せて悲しげに呟いた彼女

忘れていると思っていた
ただその場凌ぎのためにつぶやいたあの時の言葉を…

だが彼にとってはそうではなかった…

これほどの時が経っても、決して忘れてはいなかった


「はっ…高尚なことだ」


特に振り払うこともせずに、肘掛けに肘をつきながら、自嘲するように鼻で嗤い、呟いた



先に約束を破ったのは…本当はどちらなのか…

今となっては……もう知る由はない……
























    



プリベット通り四番地…

テラスド・ハウスが建て並ぶ家々の、あるひとつの家は家主も誰もいない、もぬけの殻になっていた
明かりがついている二階の部屋を除いて、まるで、急いで夜逃げしたかのような有様だった

ハリーが長年出たくて出たくて仕方がなかった、大嫌いな家には、もう誰もいない…
意地悪で性悪な叔父も叔母も、その間抜けな息子も…
ハリーは、午前中一杯かけて、六年前に荷造りしてから初めて、学校用のトランクを完全に空にするという作業を続けた

これまでは、トランクの上から四分の三ほどを学期が始まる前に入れ替えたりしただけで、底に溜まったガラクタの層には手をつけなかった
古い羽根ペン、干からびたコガネムシの目玉、片方しかない小さくなったソックスなどが押し込まれていた
ほんの数分前、その万年床に右手を突っ込み、薬指に鋭い痛みを感じて引っ込めると、ひどく出血していたのだ

ハリーは、今度はもっと慎重に取り組もうと、もう一度トランクの脇に膝をついて、底の方に探りを入れた

割れてボロボロになった「かくれん防止器」、そして、サークレット……
ハリーは、今はそれを見たくなかった
これを見ると、どうしてもダンブルドアのことを思い出す
投げつけて壊してやりたい衝動に駆られるのだ…

だが、自然と手が伸びて、ハリーはサークレットを麻布で軽く包み、それをリュックに仕舞い、まるで視界に入れたくもないとばかりにベットに放り投げた

それからやっと、切り傷の犯人である刃物が見つかった
シリウスから貰った魔法の鏡の、長さ六センチほどのかけらだった
ハリーは当初、何故かけらなのかと思った
だが、シリウスはこれは、これでいいのだと言っていた

ハリーは座り直し、指を切ったギザギザのかけらをよく調べたが、自分の明るい緑の目が見つめ返すばかりだった

ハリーは読まずに、ベットの上に置いてあるその日の「日刊預言者新聞」にそのかけらを置いた
無駄な物を捨て、残りを今後必要なものと不要なものとに分けて積み上げ、トランクを完全に空にするのにまた一時間かかった

学校の制服、クィディッチのユニホーム、大鍋、羊皮紙、羽根ペン、それに教科書の大部分は置いていくことにして、部屋の隅に積み上げた

厳選した結果、マグルの洋服、透明マント、魔法薬調合キット、本を数冊、それにハグリッドに昔貰ったアルバムや手紙の束と杖は、先程放り投げた古いリュックサックに詰めた

残るは新聞の山の整理だ
ベットの白梟、ヘドウィグの脇の机に積み上げられている
プリベット通りで過ごしたこの夏休みの日数分だけある

ハリーは床から立ち上がり、伸びをして机に向かった
ヘドウィグは、ハリーが新聞をパラパラ捲っては、1日分ずつゴミの山に放り投げる間、ぴくりとも動かなかった
眠っているのか眠ったふりをしているのか、最近は滅多に鳥籠から出してもらえないので、ハリーに腹を立てている

新聞の山が残り少なくなると、ハリーはめくる速度を落とした
探している記事は、たしか夏休みになって、プリベット通りでに戻って間もなくの日付の新聞に載っていたはずだ

一面に、ホグワーツ校のマグル学教授であるチャリティ・バーベッチが辞職したという記事が小さく載っていた記憶がある
やっとその新聞が見つかった
ハリーは十面を捲りながら椅子に腰を落ち着かせて、探していた記事をもう一度読み直した



【アルバス・ダンブルドアを悼む エイファイアス・ドージ】





そこに書かれていたのは、ドージがダンブルドアに出会った頃の話と、ダンブルドア一家のこと、ダンブルドアの父親が起こしたマグル殺害の事件、ダンブルドアの子どもの頃やホグワーツで過ごした青年時代のこと、業績だった…

ハリーは今の悲しみに加え、恥じ入る気持ちが混じっていた

新聞に載っているダンブルドアの写真の、半月型メガネの上から覗いているその目は、まるで、ハリーの気持ちをレントゲンのように透視しているようだった

ハリーはダンブルドアをよく知ってるつもりだった
しかし、この追悼文を最初に読んだ時から、実はほとんど何も知らなかったことに気付かされた
ダンブルドアの子どもの頃や青年時代など、ハリーは一度も想像したことがなかった
最初からハリーの知ってる姿で出現した人のような気がしていた

人格者で、銀色の髪をした高齢のダンブルドアだ
十代のダンブルドアなんてチグハグだ
愚かなハーマイオニーとか、人懐っこい「尻尾爆発スクリュート」を想像するのと同じくらいおかしい

ハリーはダンブルドアの過去を聞こうとしたことさえなかった
聞くのは何だかおかしいし、むしろ無遠慮だと思ったのだ
 
しかし、ダンブルドアが臨んだグリンデルバルドとのあの伝説の決闘なら、誰でも知っていることだった
それなのに、ハリーは、決闘の様子をダンブルドアに聞こうともしなかったし、そのほかの有名な功績についても、いっさい聞こうとも思わなかった


そうなのだ
二人はいつもハリーのことを話したのだ
ハリーの過去、ハリーの未来、ハリーの計画……自分の未来がどんなに危険極まりなく不確実なものであったにせよ、今にしても思えば、ダンブルドアについてもっといろいろ聞いておかなかったのは、取り返しのつかない機会を逃したことになる

もっとも、ハリーは、たった一度だけダンブルドア校長に個人的な質問をしたことがあったが、その時だけは、ダンブルドアは正直に答えなかったのではないかと、ハリーは疑っていた




ーーー「先生なら、この鏡で何が見えるんですか」ーーー


ーーー「わしかね?厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える」ーーー





その時、ハリーの頭の中にふいにダンブルドアが自分の名前を呼ぶ姿が思い出された
そして、それに重なるように、決してハリーが見たことがない様子で彼女の名前を呼ぶ姿もよぎった


ーーー「アルウェン………」ーーーー



自分の名前を呼ぶ様子とは違った

言葉で表現しようと思っても、当てはまる言葉が見つからない
強いて言うなら、まるで悔いるような…
あのダンブルドアが、心底後悔しているような……懺悔するような声だった
彼女に懺悔するような…

ハリーはなぜか悔しかった
いつも彼女だった…

彼女はダンブルドアと特別な関係ではなかっただろうが、ヴォルデモートに関してだけは、何かしらの関係はあったはずだ

逆に言えば、トム・リドルの側にいなければ、彼女なんか目にも留まらなかったのではないか、と思った
実際そうだと、断言できる自信はなんとなくあった
何故なら、ダンブルドアが目を見張る才能があったのはトム・リドルだったからだ

彼女はトム・リドルが唯一執着した子だから、ダンブルドアは彼女を引き込もうとした

ダンブルドアは素晴らしい、偉大な魔法使いであり平等な人格者だ
彼女のことはちゃんと生徒の一人として大事にしていただろう
だが、気にかけるほどか、と言われればそうではないはずだ


ハリーは一度、彼女が裏切り者だとダンブルドアに訴えたことがあった

だが、その時ダンブルドアは、ハリーに対しては珍しく、全く取り合わなかった
ハリーは心のどこかで、自分の言葉なら聞き届けて届くだろうと思っていた
だが、その時はそうではなかった


ーーーー「わしはのう、アルウェンを何よりも信頼しておる。あの子ほど、裏切りに臆病な子はおらぬ……今も昔も、大切に想っておる生徒のひとりじゃ」ーーーー



はっきり言って、今になってみれば、これに関してはダンブルドアは間違っていたと言わざるを得なかった

穏やかに微笑み、少し寂しそうに言ったダンブルドアは、自分が何よりも信頼していた生徒に裏切られるとは思ってもいなかっただろう

その時のショックはどれ程のものだっただろう
想像もつかない





しばらく考えに耽った後、ハリーは「日刊預言者新聞」の追悼文を破り取り、きちんとたたんで「実践的防衛術と闇の魔術に対する使用法」第一巻の中に挟み込んだ

それから、破った残りの新聞をゴミの山に放り投げ、部屋を眺めた
随分スッキリした
まだ片付いていないのは、ベットに置いたままにしてある今朝の「日刊預言者新聞」と、その上に載せた鏡のかけらだ
ハリーはベットまで歩いて、鏡のかけらを新聞からそっと滑らせて脇に落とし、紙面を広げた

ハリーはヘドウィグの鳥籠を開け、放った
そして、ファイヤボルトとリュックサックを持って、不自然なほどすっきり片付いた部屋をもう一度ぐるりと見回した


そうして部屋を後にし、玄関ホールに立った
窓から裏庭を眺め、覗き込んだ
暗がりが波立ち、空気そのものが震えているようだった
そして一人、また一人と「目くらまし術」を解いた人影が現れた
その場を圧する姿のハグリッドは、ヘルメットにゴーグルを着け、黒いサイドカーつきの巨大なオートバイに跨っている
その周囲に出現した人たちは次々に箒から下り、二頭の羽根の生えた骸骨のような黒い馬から降りる人影も見えた

ハリーはキッチンの裏戸を開けるのももどかしく、その輪に飛び込んでいった
ワッと一斉に声が上がり、ハーマイオニーがハリーに抱きついた
ロンはハリーの背をパンと叩き、ハグリッドは「大丈夫か、ハリー?準備はええか?」と声をかけた

「バッチリだ」

ハリーは全員ににっこり笑いかけた

「でも、こんなにたくさん来るなんて思わなかった!」
 
「作戦変更だ。お前に説明する前に、安全な場所に入ろう」

マッドアイは膨れ上がった大きな袋を二つ持ち、魔法の目玉を、暮れゆく空から家へ庭へと目まぐるしく回転させていた

ハリーは皆んなをキッチンに案内した
賑やかに笑ったり話したりしながら、椅子に座ったり、ペチュニアおばさんが磨き上げた調理台に腰掛けたり、シミ一つない電気製品などに寄りかかったりして、全員がどこかに収まった

ロンはひょろりとした長身
ハーマイオニーは豊かな髪を後ろで束ね、長い三つ編みにしている
フレッドとジョージは瓜二つのにやにや笑いを浮かべ、ビルは頬に三筋傷痕の残る顔に長髪だ
頭の禿げ上がった親切そうな顔のウィーズリーおじさんは、メガネが少しずれている
歴戦のマッドアイは片足が義足で、明るいブルーの魔法の目玉がぐるぐる回っている
トンクスの短い髪はお気に入りのショッキングピンクだが、ルーピンは白髪も皺も増えていた
フラーは銀色の髪を垂らし、ほっそりして美しい
黒人のキングスリーは禿げていて、肩幅ががっちりしている
髪も髭もぼうぼうのハグリッドは、天井に頭をぶつけないように背中を丸めて立っていた
マンダンガス・フレッチャーは、バセットハウンド犬のように垂れ下がった目ともつれた髪の、おどおどした汚らしい小男だ

みんなを見ていると、ハリーは心が広々として光で満たされるような気がした

「キングスリー、マグルの首相の警護をしてるんじゃなかったの?」

ハリーは部屋の向こうに呼びかけた

「一晩くらい私がいなくとも、あっちは差し支えない。それに、君の方が大切だ」

キングスリーが言った

「ハリー、これな〜んだ?」

洗濯機に腰掛けたトンクスが、ハリーに向かって左手を振って見せた
指輪が光っている

「結婚したの?」

ハリーは思わず叫んで、トンクスからルーピンに視線を移した

「来てもらえなくて残念だったが、ハリー、ひっそりした式だったのでね」

「よかったね。おめでーー「さあ、さあ、積もる話は後にするのだ!」」

ガヤガヤを遮るようにムーディが大声を出すと、キッチンが静かになった
ムーディは袋を足下に下ろし、ハリーを見た

「計画Aは中止する。パイアス・シックネスが寝返った。シックネスはこの家を『煙突飛行ネットワーク』と結ぶことも、『移動キー』を使うことも、『姿現わし』で出入りすることも禁じ、違反すれば監獄行きとなるようにしてくれおった。お前を保護し、『例のあの人』がお前に手出しできんようにするためだという口実だが、まったく意味をなさん。お前の母親の呪文がとっくに保護してくれておるのだからな。あいつの本当の狙いは、お前を無事には出さんようにすることだ。二つ目の問題だが、お前は未成年だ。つまりまだ『臭い』をつけておる」

「僕、そんなものーー」

「『臭い』だ!『臭い』!」

マッドアイがたたみかけた

「『十七歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』、魔法省が未成年の魔法を発見する方法のことだ!お前ないしお前の周辺の者がこれからお前を連れ出す呪文をかけると、シックネスにそれが伝わり、死喰い人にも嗅ぎつけられるだろう。我々はお前の『臭い』が消えるまで待つわけにはいかん。十七歳になった途端、お前の母親が与えた守りはすべて失われる。要するに、パイアス・シックネスはお前をきっちり追い詰めたと思っておる」

面識のないシックネスだったが、ハリーもシックネスの考え通りだと思った

「それで、どうするつもりですか?」

「残された数少ない輸送手段を使う。『臭い』が嗅ぎ付けられない方法だ。何しろこれなら呪文をかける必要がないからな。箒、セストラル、それとハグリッドのオートバイだ」

ハリーには、この計画の欠陥が見えた
しかし、マッドアイがその点に触れるまで黙っていることにした

「さて、お前の母親の呪文は、二つの条件のどちらかが満たされた時にのみ破れる。お前が成人に達した時、またはーー」

ムーディは塵ひとつないキッチンをぐるりと指した

「ーーこの場所を、もはやお前の家と呼べなくなった時だ。お前は今夜、おじおばとは別の道に向かう。もはや二度と一緒に住むことはないとの了解の上だ。そうだな?」

ハリーは頷いた

「さすれば、今回この家を去れば、お前はもはや戻ることはない。お前がこの家の領域から外に出た途端、呪文は破れる。我々は早めに呪文を破る方を選択した。なんとなれば、もう一つの方法では、お前が十七歳になったとたん、『例のあの人』がお前を捕まえにくる。それを待つだけのことになるからだ」

ムーディはひとつ溜息をついて続けた

「我々にとってひとつ有利なのは、今夜の移動を『例のあの人』が知らぬことだ。魔法省にガセネタを流しておいた。連中はお前が十三日の夜中までは発たぬと思っておる。「でもマッドアイ」ああ、煩いニンファドーラ」

ムーディが説明している途中で、何故か不服そうにトンクスが声を上げた
だが、ムーディはそれを煩わしそうに手でしっしっと追払い、続けた
ハリーは、トンクスが何故不服そうなのか理由は分からなかった
だが、この計画の欠陥について言おうとしたのでは、と思った

「しかし、相手は『例のあの人』だ。やつが日程を間違えることだけを当てにするわけにはいかぬ。万が一のために、この辺りの空全体を、二人の死喰い人にパトロールさせているに違いない。そこで我々は十二軒の家に、できうる限りの保護呪文をかけた。わしらがお前を隠しそうな家だ。騎士団と何らかの関係がある場所ばかりだからな。わしの家、キングスリーの家、モリーの叔母御のミュリエルの家ーーーわかるな」

「ええ」

とは言ってみたが、必ずしも正直な答えではなかった
ハリーにはまだ、この計画の大きな落とし穴が見えていた

「お前はトンクスの両親の家に向かう。いったん我々がそこにかけておいた保護呪文の境界内に入ってしまえば、隠れ穴に向かう移動キーが使える。質問は?」

「あーはい」

ハリーが言った

「最初のうちは、十二軒のどれに僕が向かうのか、あいつらにはわかんないかもしれませんが、でも、もしーー」

ハリーはさっと頭数を数えた

「十四人もトンクスのご両親の家に向かって飛んだら、ちょっと目立ちませんか?」

「ああ、肝心なことを忘れておった。十四人のトンクスの実家に向かうのではない。今夜は七人のハリー・ポッターが空を移動する。それぞれに随行がつく。それぞれの組が、別の安全な家に向かう」

ムーディはそこで、マントの中から、泥のようなものが入ったフラスコを取り出した
それ以上の説明は不要だった
ハリーは計画の全貌をすぐさま理解した

「ダメだ!」

ハリーの大声がキッチン中に響き渡った

「絶対ダメだ!」

「きっとそう来るだろうって、私、みんなに言ったのよ」

ハーマイオニーが自慢げに言った

「僕のために六人もの命を危険に晒すなんて、僕が許すとでもーー!」

「ーーなにしろ、そんなこと僕らにとっては初めてだから、とか言っちゃって」

ロンが言った

「こんどはわけが違う。僕に変身するなんてーー」

「そりゃハリー、好きこのんでそうするわけじゃないぜ」

フレッドが大真面目に言った

「考えてもみろよ。失敗すりゃ俺達永久にメガネをかけた痩せっぽちの、冴えない男のままだぜ」

ジョージは笑いながら言った
だが、ハリーは笑うどころではなかった

「僕が協力しなかったらできないぞ。僕の髪の毛が必要なはずだ」

「ああ、それがこの計画の弱みだぜ」

ジョージが言った

「君が協力しなけりゃ、俺達、君の髪の毛をちょっぴり頂戴するチャンスは明らかにゼロだからな」

「まったくだ。我ら十三人に対するは、魔法の使えないやつ一人だ。俺たちのチャンスはゼロだな」

フレッドが言った

「おかしいよ」

ハリーが言った

「まったく笑っちゃうよ」

「力尽くでもということになれば、そうするぞ」

ムーディが唸った
魔法の目玉がハリーを睨みつけて、今やわなわなと震えていた

「ここにいる全員が成人に達した魔法使いだぞ、ポッター。しかも全員が危険を覚悟しておる」

マンダンガスが肩を竦めて顰めっ面をした
ムーディの魔法の目玉がぐるりと横に回転し、頭の横からマンダンガスを睨みつけた

「議論はもうやめだ。刻々と時間が経っていく。さあ、いい子だ、髪の毛を少しくれ」

「でも、とんでもないよ。そんな必要はないとーー」

「必要ないだと!」

ムーディが歯を剥き出した

「『例のあの人』が待ち受けておるし、魔法省の半分が敵に回っておってもか?ポッター、お前の母親の呪文が効いているうちは、お前にもこの家にも手出しができんかもしれんが、まもなく呪文は破れる。それに奴らはこの家の位置のだいたいの見当をつけている。囮を使うのが我らに残された唯一の道だ。そういうことだポッター、早く髪の毛を寄越せ」

ハリーは、何が、そいうことだ、と思った
だが、これ以上は駄々になるし、何よりムーディが本当に力尽くで抜いてきそうなので、大人しく一本抜いて、差し出された泥状の液体が入ったフラスコに髪の毛を落とし入れた

液体は髪の毛がその表面に触れるや否や、泡立ち、煙をあげ、それから一気に明るい金色の透明な液体に変化した

「よし、では偽のポッターたち、ここに並んでくれ」

ムーディが言った

ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、そしてフラーが、ペチュニア叔母さんのピカピカの流し台の前に並んだ

その時、ハーマイオニーがこそっとハリーに耳打ちした

「ハリー、『隠れ穴』ではシリウスが待っているわ」

「!」

ハリーは胸が躍った
だが、すぐに戸惑った
どんな顔をして会えばいいのだろう、と
そして同時に、なんで来てくれなかったんだろう、とも思った
会いたくて仕方がなかった唯一の家族なのに、全然音沙汰がなかった

「一人足りないな」

ルーピンが言った

「ほらよ」

ハグリッドがどら声とともにマンダンガスの襟首を掴んで持ち上げ、フラーの傍らに落とした

フラーはあからさまに鼻に皺を寄せ、フレッドとジョージの間に移動した

「言っただろうが、俺は護衛役の方がいいって」

マンダンガスが言った

「黙れ。お前に言って聞かせたはずだ。この意気地なしめが。死喰い人に出くわしても、ポッターを捕まえようとはするが殺しはせん。ダンブルドアがいつも言っておった。『例のあの人』は自分の手でポッターを始末したいのだとな。護衛の方こそ、むしろ心配すべきなのだ。死喰い人は護衛を殺そうとするぞ」

マンダンガスは格別に納得したようには見えなかった
一方、ムーディは思い出していた

彼女がヴォルデモートの手に落ちる前…
分霊箱を探し求めて隠密に頻繁にやりとりしていた時…

ーーー「彼はハリーを自らの手で殺そうとします。それは間違いありません。死喰い人がハリーを殺したいと願い出ても絶対に許しません」ーーー


ーーー「ならあの計画を続行するのには無理があるだろう」ーー

ーーー「いいえ、敢えてその通りにした方がいいでしょう。下手に計画を変えてしまうと対処しにくくなります。それなら予め襲ってくることがわかっている方がいい。…マンダンガス・フレッチャーをどう使うかはあなたにお任せします。仮に、彼に寝返ったとしても居場所などありません」ーーー

ーーー「マンダンガスめっ…矢張り信用できんか!」ーーー

ーーー「騎士団に入ることも、もともと乗り気ではなかったのでしょう」ーーー

ーーー「何か策があるのか」ーーー


ーーー「ええ、逆に利用すればいい。思い通りにさせてやればいいのです。まずーーー」ーーー




ムーディは、穏やかな彼女が見せる冷酷な一面を思い出し、心の中で祈った

「(ここまではお前が言った通りに事が動いておる。こいつはゴキブリのようにしぶとく生き伸びるだろう。切り捨てても問題ない)」

ムーディは、マントからゆで卵ほどの大きさのグラスを六個取り出し、それぞれに渡してポリジュース薬を少しずつ注ぎながら、心の中でごちた


「それでは、一緒に…」


ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、フラーそしてマンダンガスが飲んだ
薬が喉を通る時、全員が顔を顰めてゼイゼイ言った
たちまち六人の顔が熱い蝋のように泡立ち、形が変わった
ハーマイオニーとマンダンガスが縦に伸び出す一方で、ロン、フレッド、ジョージの方は縮んでいった
全員の髪の毛が黒くなり、ハーマイオニーとフラーの髪は頭の中に吸い込まれていくようだった

ムーディはいっさい無関心に、今度は持ってきた二つ目の袋の口を開けていた
ムーディが再び立ち上がった時には、その前に、ゼイゼイ息を切らした六人のハリー・ポッターが現れていた

フレッドとジョージがお互いに顔を見合わせ、同時に叫んだ

「わおっーー俺達そっくりだぜ!」

「しかしどうかな、やっぱり俺の方がいい男だぜ」

ヤカンに映った姿を眺めながら、フレッドが言った

「アララ」

フラーは電子レンジの前で自分の姿を確かめながら言った

「ビル、見ないでちょうだいーーわたし、いどいわ」

「着ているものが多少ぶかぶかな場合、ここに小さいのを用意してある」

ムーディが最初の袋を指さした

「逆の場合も同様だ。メガネを忘れるな。横のポケットに六個入っている。着替えたら、もう一つの袋の方に荷物が入っておる」


本物のハリーは、これまで異常なものを沢山見てきたにも関わらず、今目にしているものほど不気味なものを見たことがないと思った
六人の生き霊が袋に手を突っ込み、洋服を引っ張り出してメガネを掛け、自分の洋服を片付けている

全員が公衆の面前で臆面もなく裸になりはじめたのを見て、ハリーは、もう少し自分のプライバシーを尊重してくれ、と言いたくなった
みんな、自分の体ならこうはいかないだらうが、ヒトの体なので気楽なのに違いない

「ジニーのやつ、刺青のこと、やっぱり嘘ついてたぜ」

ロンが裸の胸を見ながら言った

「ハリー、あなたの視力って、ほんとに悪いのね」

ハーマイオニーがメガネを掛けながら言った

洋服を着替え終わると、偽ハリー達は、二つ目の袋からリュックサックを取り出した
服を着てメガネを掛けた七人のハリーが、荷物を持ってついにムーディの目の前に勢揃いした

「よし、次の者同士が組む。マンダンガスとわしは単独だ」

「そうこなくちゃなぁ」

出口の一番近くにいるハリーが満足気に言った

「アーサーはフレッドとーー」

「俺はジョージだぜ」

ムーディに指差された双子が言った

「ハリーの姿になっても見分けはつかないのかい?」

「すまん、ジョージ」

「ちょっと揚げ杖を取っただけさ。俺、ほんとはフレッドーー「こんな時に冗談はよさんか!」」

ムーディは歯噛みしながら言った

「もう一人の双子ーーージョージだろうがフレッドだろうが、どっちでもかまわん!リーマスと一緒だ。Msデラクールーー「僕がフラーをセストラルで連れて行く」」

ムーディの言葉に続けるように、ビルが言った

「フラーは箒が好きじゃないからね」

フラーはビルのところに歩いて行き、メロメロに甘えた顔をした
ハリーは、自分の顔に二度とあんな表情が浮かびませんように、と心から願った

「Msグレンジャー、キングスリーと。これもセストラルーー」

ハーマイオニーはキングスリーの微笑みに応えながら、安心したように見えた
ハーマイオニーも箒には自信がないことを、ハリーは知っていた

「残ったのはあなたと私ね、ロン!」

トンクスが明るく言いながら、ロンに手を振った途端、マグカップスタンドを引っ掛けて倒してしまった
ロンはハーマイオニーほど嬉しそうな顔をしなかった

「そんでもって、ハリー、お前さんは俺と一緒だ。ええか?」

ハグリッドはちょっと心配そうに言った

「俺たちはバイクで行く。箒やセストラルじゃ、俺の体重を支えきれんからな。だけんどバイクの座席の方も、俺が乗るとあんまり所がねぇんで、お前さんはサイドカーだ」

「すごいや」

心底そう思ったわけではなかったが、ハリーはそう言った
それに、ハリーは、早く「隠れ穴」に行きたくて仕方なかった
シリウスに会える
それがどうしようもなく嬉しかった
そして…もうひとつ、ハリーには今、不服なことがあった

「死喰い人の奴らはお前が箒に乗ることを予想するだろう」

ムーディが気持ちを見透かしたように言った

「お前の言った裏切り者は、お前に関して、以前には話したことがないような事柄まで詳しく連中に伝える時間があったはずだ。さすれば、死喰い人に遭遇した場合、やつらは箒に慣れた様子のポッターを狙うだろうと、我々はそう読んでおる。それでは、いいな」

ハリーの心の中で、ムーディの言った裏切り者が彼女だとわかった
彼女ほど恐ろしい裏切り者はいない…
ハリーはまたダンブルドアが彼女に殺された時のことを思い出した
怒りでどうにかなりそうだ
無意識に拳を強く握り込むほど、ハリーは彼女への憎しみを抑え込むことができなかった

ムーディは、ハリーのその様子に見向きもせず、先頭に立って裏口に向かった
ロンやハーマイオニーは、ハリーが何を考えたのかわかったようで、チラッと気遣わし気に何か言おうとしたが、何も言わなかった

「出発すべき時間まで三分と見た。鍵など掛ける必要はない」

ハリーは急いでリュックを背負い、暗い裏庭に出た
箒が乗り手の手に向かって飛び上がっていた
ハーマイオニーはキングスリーに助けられて、すでに大きな黒いセストラルの背に跨っていたし、フラーもビルも助けられてもう一頭の背に乗っていた
ハグリッドはゴーグルを着け、バイクの脇に立って待っていた

「これなの?これがシリウスのバイクなの?」

「まさにそれよ」

ハグリッドは、ハリーを見下ろしたにっこりした

「そんで、お前さんがこの前これに乗ったときにゃあ、ハリーよ。俺の片手に乗っかるほどだったぞ」

サイドカーに乗り込んだハリーは、何だか屈辱的な気持になった
みんなより体ひとつ低い位置に座っていた
ロンは遊園地の電気の自動車に乗った子供のようなハリーを見て、にやっと笑った
ハリーはリュックを足元に置いた
とても居心地が悪かった

「アーサーがちょいといじくった」

ハグリッドはハリーの窮屈さなど、まるで気づいていないようだった
ハグリッドが跨って腰を落ち着けると、バイクが少し軋んで地面に数センチめり込んだ

「ハンドルにちぃとばかり種も仕掛けてある。俺のアイデアだ」

ハグリッドは太い指で、スピードメーターの横にある紫のボタンを押した

「ハグリッド、用心しておくれ」

すぐ横に箒を持って立っていたウィーズリーおじさんが言った

「よかったのかどうか、私にはまだ自信がないんだよ。兎に角、緊急の時以外は使わないように」

「ではいいな、全員、位置につけ。一斉に飛び立ち大きく旋回しろ」

全員が箒に跨った

「全員無事でな。約一時間後に、みんな『隠れ穴』で会おう。三つ数えたらだ。いち…に…さん」

ムーディの合図を皮切りに、爆音と、風を切る音が響き、全員が一斉に飛び立った





























イギリス郊外にある広大な草原
湖の側のすぐ上にある和洋の平家

あらゆる保護呪文が施されたその家には、本来住んでいた家の者はおらず、客人が二人いた
衝撃的な事件と共に、六年生のホグワーツが終わり、帰る家もなく、消えた友人の家に居候している二人は見るまでもなく殺伐としていた

学期の終わり頃、グリフィンドールのマグル生まれの秀才、ハーマイオニー・グレンジャーの勢いに乗せられ、手に入れた手がかりらしきものについて、薄い金髪の儚気な容貌の青年、セオドール・ノットは考えていた

グレンジャーから連絡や接触があると当てにしているわけではないが、この家に戻ってきてから、思うところがあり、ドラコ共に、若干の躊躇いはあったが、あの異国の花『桜』があるところをの周辺を物色した
何を探しているのかもわからない、何か出てくることを期待してあるのか、または出てきて欲しくないと思っているのか…

以前案内された家の中にある、『掛け軸』と呼ばれる絵画
その裏や下、絵画そのもの

花瓶に生けられている生花
その瓶の中…花そのもの…

もちろん、思いつく限りのあらゆる魔法を使って何か仕掛けられていないか探してみた
だが、自分たちが検知できる範囲では、魔法が使われた形跡はなかった
単に魔力が足りないのか、実力がないからなのか…ある条件付けでもされているのか…
そう考えると、更にやるせない思いが増した

そして、半ば不貞腐れ気味になったドラコを置いて、その日の夕方、セオドールは異国情緒漂う厳かな庭に向かった
平家の一角にひっそりと佇む、静かな庭

そこには、それは立派な木があった
今は夏だからか、青葉が生い茂りさわさわと優しい風が葉を撫でる音が響く…

一面が見える廊下に腰掛け、セオドールは眉を寄せて木を見ながら、瞼の裏に浮かぶ、ここで過ごした日々を思い出した







ユラは、あまり魔法を使っていなかった
初めて彼女の家での習慣を見た時は、魔女にあるまじき習慣だと思った
セオドールは偏った選民思想には疑問はあったが、自分が魔法使いの家系であるということには誇りを持っていた

だからこそ、まるでマグルのように自らの手で何かしようとするユラの習慣が最初理解できなかった

自分のように、両親とも魔女であり魔法使いで、産まれた時から魔法が当たり前で育ってきたはずなのに、彼女は変だった

当然、当初はドラコも信じられないとばかりに批判していたが、何も言わないユラの日々の姿を見て、その内文句や批判はしなくなっていた

平凡なのに、少し変わっている…

ある時、一度ユラに質問したことがあった…





ーーー「ユラ」ーーー




今日のような夕日が落ちる時間帯だった…




ーーー「ユラは、どんな人がタイプなんだい?」ーー


ーーー「セオがそんな質問するなんて珍しいね。…まあ、たまにはいいかもね。……タイプか…うーん…きっと自分では思ってもみない人かも…」ーーー

自嘲するみたいに言った君の表情は…哀しそうだった
そして、明らかに誰かを頭に思い浮かべて口にしたことは、僕にはすぐ分かった
 

ーーー「そっか…」ーーー



ずっと前から、ユラは誰かを意識しているような…そんな印象があった…
僕には彼女の機微を全部読み取ることはできなかった…
でも、何故か…漠然とした印象で、彼女の心の機微を全て読み取ることができる人物がいるのではないか…と思ってしまった…


納得のいく答えなんて期待していなかったが、その時のユラは、様子が違った

そして僕は意を決してユラに聞いたんだ…



ーーー「ユラ…君はいつも、一体誰をみてるんだい?」ーーー 



沈黙が永遠のように感じられる中…ユラは…肩を震わせた後、涙を流して、見られまいと拭っていた
初めて見た姿だった…


ーーー「……………ごめんね…」ーーー


僕はその時、彼女は絶対に僕を友人以上としては見ることはないのだと悟った…
悔しかった
そして同時に、どうしようもな羞恥が全身を支配した
このままの関係が進んで、気も、趣味も、嗜好も合う僕たちは一緒になるのかな…って漠然と信じて疑わなかった

でも、彼女のひと言で、それは絶対にあり得ないのだと…


君にそんな顔をさせる相手に…僕が敵うわけがないことは、すぐにわかった…


そうだよ…
僕は君と一番親しい友人でいたかった…
君に一番近いのは僕だと思っていた…
今の関係が心地良かった…

だけど、違ったんだ
僕は踏み出さなかった

君の心には既に僕じゃない人間がいた…
それもきっと…ずっと前から…

誰だかわからないが、心底憎らしかった
君がそこまで心を傾ける相手がいることが、これだけ想われているその人間が

父上と友人だったということを聞いた時は、ここまでの気持ちにはならなかったのに…

僕の中で君は、優秀で、聡明で、優しい女の子であり親友だった
でも、君が想っている人間から見た君は、きっと違うんだろう…それくらい、相手が男なら容易に想像がついた

僕は、君の見たい部分しか見ていなかった
深く知ろうともしなかった
自分は踏み込まれたくなくて、踏み込むことをしなかった…
自業自得だ…

一線を引いていたのは僕の方もだったんだ…
なのに、君を理解したつもりで、君の一番は僕だと…そう信じて疑わなかった…




ふと、目の前にある立派な木に視界にしっかりと映った
考えることもなく、近寄り見上げる
彼女がいなくなってから、預けられたペットの蛇のセンリは、この家に戻ってきてから姿を見ていない
元から主以外に忠義ではないらしい…

そんな自嘲めいたことを考えていると、ふと、手を置いていた木の幹に、妙な掘り込みがあることに気づいたセオドール

一関節分ほどの小さな掘り込み
だが、よく見ればただの切り込みだった

しかしセオドールは、それが魔法の痕跡のある切り込みに見えて仕方がなかった
疑り深くなったわけではないし、元から慎重な性格ではあるが今は、そんなことを考える余裕はなかった
軽く自棄になっている状態に近かった

思考は至って冷静だ…だが手が勝手に動く
縦に切れた彫り込みは、意図的に切り込みを入れたのだとよく見ればわかる
ただ小さすぎて目につかないだけで…

そして、ダメもとで呟いてみた

「…『エバネスコ(消えよ)』」

解除の呪文や、本当の姿を現ささせる呪文はあったが、なぜか、咄嗟に頭に思い浮かんで紡いだのはこの呪文だった

だが、数秒待っても、何も起こらなかった
セオドールは馬鹿らしくなり、踵を返して家に戻ろうとした

だが、ミシミシと木が軋む音が響き、不気味な心地で後ろを振り返った
振り返った時目にしたのは、先程触れていた切り込みが白く光り、そこを中心にして樹形図のようにヒビが入り、幹の中央に空気を入れ込んだ風船のように膨らんだ

冷や汗を流しながら、セオドールはこんなものを彼女は作っていたのか?と目を見張りそうになった

そこから立ったまま動けず、ただ唖然と見るしかできなかった
風船のように膨らんだ木の幹の隙間から、水のようなものが溢れ出してた
それは飛び出るわけではなく、ゆっくり幹を伝い、木の根に吸収されていった
その水のようなものが抜けた後、膨らんでいた幹の中央に、まるで手を入れろとばかりにぱっくり割れた 

そこからは、数分待ってもなにも起こらなかった
冷や汗を袖で軽く拭い、近づいたセオドール

目がおかしいか、幻覚でなければ、パックリ割れた幹の中には、正方形の薄く大きめの木箱が浮いていた
浮遊の呪文が施されているわけでもないのに、どういう原理で浮いているのか少し気になった

見たところ、呪文による条件付けの姿現しのような感じに見えたが、かなり複雑な隠匿魔法の類には間違いなかった
それに、さっき呟いた呪文から考えても、そもそも見つけられることを前提にしていない


恐る恐る、警戒して手が吸い込まれたり、千切れることがないことを確認してから、セオドールは薄い木箱に手を伸ばした

そして、木箱に触れると、途端に重力を失ったようにずしりと重みが腕にかかり、反射的に速い動作で幹から取り出した

取り出されると、ぱっくり割れた木の幹はミシミシと音を立てて元に戻り、膨らみもなくなり、先ほどまで見ていた木の姿に戻っていた
だが、切り込みはもう消えていた


装飾も何も施されていない、ひどく色褪せたボルドー色の木箱…

ここに何が入っているのか…
そもそも、こんなものを何故隠すようにあんな場所に…

先程までの憂鬱な気分が失せて、今は、手に持っているこの不気味な木箱で頭がいっぱいになったセオドール

中には何が入っているのか…
あんな複雑な保護のような、隠匿の魔法をかけてまで見られたくないものがこの中にあるのか…
少し胸が踊るような疑問がつきなかった…

だが、まだこれを隠したのが彼女だと決まったわけではない
もしかしたら、彼女の両親かもしれない
どれほどのレベルの魔女か魔法使いなのかは、セオドールは知らなかったが、彼女ほどではないと確信はあった

そして、あんな魔法を施すことができるのは彼女しかいないと何となく確信していた


ずしりと重みを感じる木箱…
何か、物が入っているのは確かだ

開ける気ではいた
だが、果たして一人で開けてもいいものか…
ここで開けてもいいのか…

セオドールは迷った

その時、唐突に思い出されたのはMsグレンジャーが言っていた、手掛かりのこと、謎の手紙のこと…
もしかしたらこれは…それなのかもしれない

そんな考えが浮かんだ途端、心が気分が良くなったセオドール
そして、突然これはドラコと二人で開封した方がいい、と思えたのだ


そうと決まれば、木箱を持つ手に力が入った気がした

彼女がいなくなってから久しく感じることのなかった不思議な高揚感と共に、セオドールは足取り軽く家の中に戻ったのだった…



「ドラコー…少しいいかい?実はーーーー」






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『死の秘宝』、お察しの通り多分長くなります!











死の秘宝 〜1〜
手に入れたひとつの分霊箱を破壊する手立ては見つからず…
仲間内では疑心暗鬼が広がっていく…

罪悪感の中で揺れる彼女は、ヴォルデモート卿に手を伸ばしはじめる…
揺れる心はどちらかを決めることはできず…

友人達には猜疑心と焦燥感が募る…
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5894559116
2021年8月22日 22:48
choco

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