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※捏造わんさか
結局、「謎のプリンス」はまだ続きます
次回こそ、終わる!…と思います
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ユラ
あなたは何を隠してたの?
私、一番の親友だと思ってた
大人になってもずっと親友でいられるって
なのに、5年生になるとあなた、どんどん顔色が悪くなって…痩せてた
骨みたいってからかったよね
普段あんまり食べないあなたにいっぱい食べさせたっけ
つい最近まで…去年まで…普通に楽しく過ごしてたのに…
どうして…
ねえ、どうして何も言ってくれなかったの?
隣のベットがずっと空っぽなの
チェストの上に、羽ペンと書きかけの羊皮紙がそのまま…
制服も…椅子にかけたままのローブも…
その内、なんでもない様子であなたが帰ってくるんじゃないかって…
いつもみたいに、本を読むのに夢中で…なんて言って扉を開けて入ってくるんじゃないかって
私、あなたがいないと友達がいないのよ…
こんな性格だから、ユラ以外友達なんていなかった
たくさん色んなことに気づかせてくれて、私…
私が好きになれた
帰ってきてよっ
戻ってきてよっ
いなくなったなんて嘘だって言ってよっ
会いたいよっ
椅子にかけてあるローブを抱きしめたパンジーはどんなに願っても戻ってこない親友を想った
一年生から、何かと問題のあった性格であるパンジーとユラはずっと一緒にいた
読書が趣味で、運動が苦手なユラと、どちらかといえば身体能力が高く、お調子者で、勉強が苦手なパンジー
正反対な2人で、ユラと趣味が合うのは、どちらかといえばセオドールだった
だが、女同士の一番の親友はパンジーだった
はっきりとものを言うパンジーは、ユラにとって新鮮だったし、辛辣で毒舌だが、毒気がないし悪気もない
ちゃんと友愛がある
根は素直なパンジーは、表に出る傲慢な態度や発言で損をしてるだけで、本当は良い子なのだ
ユラはそれがよくわかっていたのか、パンジーが嫌がったことでも自分の考えは曲げなかったし、わりと流されやすく口数は少ないが、違うと思ったことは、ちゃんと納得できる理由をつけて伝えてきた
パンジーの場合、傲慢さは選民的な思想は、大半が家庭による影響だったので、結果的に、友人を得て、学問と経験で良識を身につけ、世の中を知ったパンジーが考えを改めた
それに、彼女は自分を一番理解してくれている親友だと思っていた
だが…思い返せば、ユラは重要と思われることはなにも相談しなかった
親友をローブを抱きしめながら、歯を食いしばり、唇を歪めて泣きそうになるのを堪える彼女
彼女も馬鹿ではない
新学期が始まってから、校長が言っていた『行方不明の生徒』が、自分の親友だということはすぐにわかった
おまけに、ドラコとセオドールの哀しそうな、剣呑な雰囲気
決定的だった
彼女は彼らに何か知っていないか問い詰めた
だが、2人は結果的に、彼女が納得することは何も答えなかった
ドラコの方は何か言いたげな、悔しそうな表情をしていたが…
セオドールは感情がないかのように、ずっと無表情だった
煮え切らない様子に、当然腹を立てたし、怒った
それからずっとぎくしゃくした状態が続いていた
考えないようにしていたことを、そこまで思い出したところで、彼女はふと目に映ったベットサイド机の引き出しをじっと見た
気づいた時には手が伸びた彼女は、錆びた金属取手をゆっくり引いた
当たり前に、入っているものは羽ペンに羊皮紙、魔法薬学の調合材料とみられる走り書きのメモ
なんとなく、何かを期待した彼女は少し気落ちした
何かメッセージや、手紙を残しているかと思っていたのだ
途端に、また目頭が熱くなり、胸に怒りのようなものが込み上げ
てきた
「なんでよっ!!」
引き出しを勢いよく閉めた
の音が派手に響き、机が揺れた
揺れたと同時に、何か、コン…と小さい物が落ちる音が鳴った
彼女はハッとして、音がしたところにしゃがんで、机の下を見た
「これ…ユラがつけてたネックレス…」
そこにあったのは、鈍く…紅く煌めく小さな石のネックレス
彼女はゆっくり手を伸ばしてチェーンに指をかけて拾った
とても見事で、手の込んだ造りだとわかる複雑にカットされた紅い石に、華奢なチェーンは…
これを着けるだろう相手の魅力を全て理解しているだろうことがよくわかる逸品だった
家柄が良く、良いものを沢山見ているし、持っている彼女でもこれほど目を惹かれるアクセサリーはあまり見たことがなかった
ただひとりの人のためにだけに造られているもの…
そう思わずにはいられない物…
指に絡めたチェーンから下がる紅い石を覗き込むように見ながら、彼女は、ユラがトーナメントの舞踏会で着けていたのを思い出した
普段から着けていた、と言っていた
いつから着けていたのかはわからない
あの時、「綺麗!いい人からの贈り物ね!」と言って決めつけた
実際、そうだと思っていたし、彼女がアクセサリーの類に興味がないのは知っていた
なら、贈り物だと判断するのが妥当だ
見ていると吸い込まれそうな不思議な紅…
伸びた指先が、宙にぶら下がる紅い石に指先で触れた
その瞬間、瞼の奥が歪み、急激な吐き気と気持ち悪さに襲われた
彼女は立っていられず、膝をついて、ネックレスを落とし、頭を押さえた
目をきつく閉じて、「う゛ぅ゛っ〜〜っ!なんなのっ?」と呻き、数分してそれが止んだ時、ゆっくり目を開けると、そこは先程まで立っていた自室だった
だが、何かが違う
いや、それは明らかだ
目の前がモノクロ世界のようなのだ
自分のいた世界ではないような感覚
そして、もう一つの違和感、膝をついて頭を押さえていた横にある、ユラのベッドサイドに脚が見えた
明らかに女性の足ではない
彼女は、思わず飛びあがってベットを見た
すると、そこにいたのは…
「やあ。君は、彼女…ユラの友人だったね」
見たことがないほど、美しい男だった
男にしては少し高い艶やかな、蠱惑的な声
長い脚を組んで、両手を絡めて優雅に腰掛けている姿は、まるでこの部屋の主のようにも見える
「誰なのか」「どうして男子がここにいるのか」思わず、問い詰めそうになったが、そんな疑問よりも今は、驚きと困惑、僅かな恐怖、そして赤くなる自分の頬を感じた彼女
スリザリンの制服を着ている美しい男子生徒は、気軽に挨拶してきた
しかも、自分をユラの友人と言って
「だっ…れよっあなた…」
やっとのことで絞り出した声に、美麗な男子生徒は口角を上げた
その妖艶な表情に、一瞬ドキっとした彼女
彼の一挙手一投足が、いちいち目につく
目を離せないほどに
普段の彼女なら、知らない相手に「あなた」なんて呼び方はしないが、なぜか、この男にそんな言葉遣いはできない気がした
「僕は’’ルベル’’だ。’’彼女’’にはそう呼ばれて’’いた’’」
ゆっくりと口を開いた彼、ルベルが、本当かどうかもわからない己の名を言った
彼女は自然と眉を寄せた
そして、その名を復唱した
「ルベ…ル?…そんな名前の人私の学年にはいない。聞いたことない。それにあなたなら絶対いたらわかるはずだわ。というか彼女って…ユラのこと?あなたは何者なの?なんでここにいるの?」
明らかに偽名だと思ったのか、疑問が尽きない彼女は質問攻めにした
それに対し、彼は呆れたように溜息をひとつ吐いた
あからさまに溜息を吐かれてイラッとする彼女
「僕は思念体。この世に存在はしていない。記憶だよ」
「思念体ぃ?ゴーストみたいなもの?」
聞いたこともない魔法に、訝しげな表情になった彼女
「まあ、例えるならそうだ」
「記憶って、誰のなのよ。この世に未練でもあるわけ?」
思念体はわからないが、ゴーストならば、この世に未練があって存在しているのだろう、と尤もな理論で考え、聞いた
「僕は彼女の記憶だ。付け加えると、この世に未練があるのではなく、君の親友であるユラが’’死んだ僕’’に未練がある。君も、心当たりがあるんじゃないか?彼女が時折、上の空で、居もしない’’何か’’と話していたのを」
まるで全て見透かすような言葉に、彼女は目を見開いて一歩後退った
咄嗟に理解したのは、自分には理解できる範疇のことではないということ
だが、疑問を口にせずにはいられなかった
「は…え…ちょっと待ってっ…未練って…ゴーストならなんで私には見えなかったのっ?」
自分の知るゴーストとは違うことに気づいて疑問を口にする
「正確に言えばゴーストではない。見えなかった理由は’’僕が’’彼女以外に見られることを望まなかったからさ。だが、僕と最も深い縁のあるそのネックレスを彼女が置いていったことで、君がそれを見つけた。そして僕が君の前に現れた」
淡々とした声色で説明してくるルベルに、彼女はある可能性にたどり着いた
そして、さっきまで暗かった表情が途端に明るくなった
「ってことは、ユラは無事なのね!生きてるのよね!?」
希望が見えたとばかりの表情になった彼女に、ルベルはうっすら目を細めて分析した
「(単純だが、存外使えるようだ)ああ」
「どこにいるの!?何があったの!?去年突然いなくなってっ!」
この男は何者なのか、ユラとどんな関係なのかはわからない
だが、何かを知っている…そんな直感があった彼女は勢いよく聞いた
だが、男、ルベルは無情にも、無表情に言った
「それを知ってどうする?」
耳の奥で、酷く遠く聞こえたその言葉に、彼女は喉から出かかった声が枯れて、立ち尽くした
「え…」
ルベルは続けた
「彼女は君に隠し事をしていたんだろう?君に言えないことがあったはずだ。’’親友’’の君に何も告げず、いつも肝心なことは言わず、出し惜しみした」
つらつらと指摘される内容に、彼女は口元が引き攣り、思わず言い返した
「っそれはっ!私を想って!」
「もう二人の友人はどうだ?何か隠していると思わないか?あの三人はずっと一緒にいたはずの君だけには何も話していない。腹が立つだろう」
煽り立てる言葉だとわかっているのに、反論できないし、怒らずにはいられない
「っ!」
ルベルは尚も続けた
「いつだってそうだったはずだ。友人とは名ばかり。君のような人間と本気で仲良くしていると思っていたのか?親友?相談もしない相手を親友とは、よく思えたな。よっぽど切羽詰まっていたかーーそれとも、そう思いたかったのか?」
まるで、可哀想な生き物を嘲笑うかのような、言葉
顔は笑っていないのに、声色は馬鹿にしているのだとわかる
彼女は俯いた
「………」
「相談するのはいつも君だけ。君が話しかけなければ特に会話もない。いつもあの二人とよく居た。君を除け者にして。彼女が君の意見に賛同した時はあったか?手紙もよこさなかったのに?」
「……ぃ」
「さぞ、愉快な気分だったろうな。自分以外の友人もできない君が金魚のフンのようについて回る姿は」
まるで演説するように、優雅に続けるルベルに、彼女は拳を強く握りしめて、叫んだ
「うるさい!!!もうやめて!!」
だが、叫んだことにも動揺せずに、ルベルは続けた
「彼女は君を見下していた」
感情がないかと思うほどの目で、彼女を見下ろしながら言うルベル
「違う!あんたなんかに何がわかるっていうのよ!!」
彼女は怒りと悔しさで満ちた表情で、怒鳴った
「わかるさ。手に取るようにな。いつだって勉強ができるのも彼女、君は優秀でもなんでもない。なのに監督生に選ばれた。周りからはどんな目で見られていた?なぜ主席の彼女ではなく君なのか。そうじゃないか?君は屈辱だった」
まるで怒らせにきているかのような言葉を選び、淡々と告げる
だが、今の彼女には、それを判断する冷静さはなかった
「だからなんなのよ!!私だって努力したわよ!!勉強できることがそんなに偉いわけ!?優秀でないといけないって誰が決めたのよ!所詮あの子には勝てないのよ!いつだってあの子!いつだってユラばっかりがチヤホヤされて!先生にも気に入られて!誰も私なんて見てくれなかった!!」
彼女は続けた
「私の方がずっと家柄も良いのに!どうして!?どうして皆んなあの子ばっかりなの!?あんなに平凡な子がどうして!?」
「なんで皆んな気づかないの!?ちょっと勉強ができるだけじゃない!あんなに凡庸で平凡なのに!確かに綺麗な方だけど!普通じゃない!」
「なのにどうしてっ…どうして勝手にいなくなんのよっ…ひと言だって私を頼ってくれたことなんてなかったっ」
段々と語気が弱くなり、最後にはたった一人の親友に頼られたかったと、哀しみの色さえ見せた
だが、そんな彼女に対してルベルは、同情などせず、変わらぬ様子で言った
「君が役立たずだからさ」
その言葉に、また火がついた彼女は、キッ!と睨んで言った
「そんなこと知ってるわよ!!私はセオドールみたいに冷静なわけでも、ドラコみたいに才能があるわけでもない!!直ぐ感情的になっちゃうし、嫌なことは嫌!隠し事だってされるのは本当は許せない!全部知っていたいのよ!!」
側から聞けば、友人に対する独占欲のようにも聞こえる
そんな逆ギレのような叫びに、ルベルはうっすら口角を上げて、問うた
「彼女のことなら?」
「ユラは私のよ!!私だけの親友なのよ!!他の友達なんて作ることなんてないのにっ!私がいるじゃない!なのにっ!なのになんでいつもみんなに優しくするのよ!特にグリフィンドールよ!昔からポッターを庇うことばっかり!なんでユラが謝んないといけないのよ!」
まるである一点の記憶を思い出すように、怒って言った彼女
「自分以外を気にかけるのが許せないか?」
見透かすように言ったルベル
「ええ。許せないわっ。私が最初に友達になったのにっっ」
先程より静かだが、強い口調で答えた彼女
それに対し、聞いたルベル
「では、君はどうしたい?」
試すような問いに、彼女は眉を寄せて強く言った
まるで、恨みを込めるように
「ユラに文句言ってやりたいっ!私に隠し事なんて許さないわ!」
その答えに、ルベルは口角を軽く上げて、愉快げに呟いた
「傲慢だな」
だが、彼女はその評価を鼻で嗤うように続けた
先程までの様子が嘘のように…
「私は誇りあるスリザリンの生徒よ。一族も代々スリザリンなの。たとえユラであっても、私に何も言わずに勝手にいなくなるなんて許さないわ。絶対に’’償わせて’’やる」
その答えに、再び無表情に戻り、聞いたルベル
「それで?どうするつもりだ?」
「あんたはユラの居場所を知ってんでしょ。そもそもあんたとユラはどんな関係なわけ?未練とか言ってたわよね?ユラが?あんたに?お兄さんとか何か?幼馴染?」
「(成る程…こちらが本性か。つくづく厄介な人間を引き寄せるな…)」
黙り込み、軽く目を瞑り、口元を緩めて微笑んだようにも見えるルベルに、彼女は訝しげに眉を寄せ、イラつき気味に言った
「さっさっと答えなさいよ。まさか恋人だったとかあり得ないこと言わないでしょうね?しかもあんたはなんでゴーストなんかになってたわけ?」
先程とは大違いで、開き直ったのか大仰ないつもの態度と口調で聞く彼女
その質問に、すぐに無表情に戻り訂正したルベル
「ゴーストではなく思念体のようなものだ」
何度言えばいいんだ、とばかりの呆れた様子で訂正したルベル
それに対して、彼女はどうでもいいとばかりに無視して聞いた
「で、どんな関係なのよ」
腰に手を当てて、促してくる彼女
「答える必要はない。それに、探さなくとも近々戻ってくるだろう」
ピシャリと言い放ち、淡々と続けた
あまりにも普通に言うので、彼女の顔はみるみる怒りに染まった
「ふざけんじゃないわよ!あんたなんか知ってんでしょ!?ユラがどこにいるのかをっ。そもそもなんでネックレスに触っただけで現れるわけ?未練があるゴーストならそこから離れられないはずじゃない。あんたはユラの未練だって言ったのに、ユラから離れて自由に動けてるじゃない。城のゴーストとも違う感じがするわ」
知り得る知識で、目の前の男が最初からずっと理解できないことばかりしており、明らかに何かを知っているだろう彼が何かを隠してるのが許せない彼女
「だからゴーストではなく、思念体だと言っているだろう。何度言わせる?君の頭にはおが屑でも詰まっているのか」
何回目だ、とばかりにとうとう馬鹿にした言葉を口にした彼に、彼女は眉がグッと寄り、ひくひくと口元が動いた
「💢あ゛あ゛?なんですって?」
ドラコと喧嘩する時のような、ドスの効いた声で、目の前の顔だけは美麗な男に言った彼女
「僕の話を聞くのか?聞かないのか?」
もう半ば面倒臭そうに言う彼に、拳を握り込みながら答えた彼女
「聞くわよっ💢さっさっと言いなさいよっ」
彼女が溜息をひとつ吐いたところで、彼はゆっくり口を開いて言った
「彼女の命は、もう長くない」
「だから真面目に…は?え?…ちょやめてよっ…そんな冗談っ…笑えない」
一瞬何を言われたかわからず、動揺した彼女は、真面目な表情をしている彼を一度ちゃんと見て、その言葉が冗談ではないことがわかってしまった
だが、口から出るのは、否定を期待する願いだった
それに対して、無情にも彼は言った
「冗談じゃない。彼女はじき’’死ぬ’’」
冷ややかな声で響く言葉に、彼女は目を見開いた
そして、数秒の沈黙が支配し、先程より強く拳を握りしめた彼女は叫んだ
「今さっき戻ってくるって!会えるって言ったじゃない!」
悲痛な声で叫んだ彼女
それを嘲笑うように…揶揄うような彼は言った
「ああ。’’ひと目’’会えるだろうな」
言葉遊びをするような言い方に、顔を歪めた彼女は怒鳴った
「ふざけないで!!」
「ふざけてなどいない。ーー言っただろう。僕は彼女の思念体だ。彼女が’’弱れば’’僕も’’弱る’’」
「なっ…そんなっ…嘘っ嘘よ!」
「そのネックレスが媒介になっている」
「……それが何よ…これがあればユラが助かるとでも言うわけ?まさかそんなことーー」
「僕を通して君に何か伝えたかった、という可能性もあるな」
「伝えてくれるっていうわけ?あんたそんな親切なの?ユラのメッセージ?それとも私からのメッセージを伝えてくれっていうの?はっ」
「それは自分で伝えろ」
「っ!あんたねぇ!!「まあ、方法がないわけではない」…ぇ」
「彼女に’’僕’’を’’戻せば’’いい。思念体である僕を彼女の中に戻せば、彼女は魔力を取り戻す」
「は?それって…どういう…魔力が尽きようとしてるから長くないっていうの?あんたのせいで?」
「端的に言うと、そうだ」
あっさり肯定した彼に、瞬時に叫んだ彼女
「今すぐ出ていきなさいよ!!っ!」
唾を飛ばす勢いで、怒りを露わに叫んだ彼女は、握りしめていたネックレスの存在を思い出してハッとした
ゴクリと息を呑んで、「これを壊せば…もしかしたらこれが原因なんじゃ…」と思い至り、思い切り叩きつけようとした
だが…
「それはやめておけ」
艶やかな声が、軽く注意するように指摘した
「っ!?」
自分のしようとしたことを見透かされて、指摘されたのであからさまにビクッとした
「僕がいるのは、あくまで彼女の願いによるものだ。その’’一部’’であるそれを壊せば、彼女まで’’傷つける’’ことになる」
さも尤もらしい言葉で、信じてしまうような内容を正当性があるように宣う彼に、今の彼女には疑う余地すらなかった
「じゃあどうすればいいのよ!!あんたのせいなんでしょ!?」
この男のせいで…と言わんばかりに睨みつけて地団駄を踏むように言う彼女
「間違ってはいない。だが僕は、所詮未練だ。根本的に解決するためには彼女に僕への未練をなくさせるしかない」
「簡単に言って!そんなことできるわけっ「親友なんだろう?」……」
遮るように、さらりと言ったひと言に、彼女は、思わず目を見開いて固まった
「それとも、君は彼女にとって説得に足りる人間ではないのか?」
追い討ちするように、煽り立てる彼
「っ!」
唇を噛んで俯いた彼女
「大した’’親友’’だ」
最後のトドメとばかりに、鼻で嘲笑うように言った彼に、彼女はとうとう耐えきれなくなり、顔を上げて目の前の不遜な男を指を差した
「っ〜〜っ!!説得できるわよ!あんたとユラがどんな関係なのか知らないし知りたくもないけどっ!あんたみたいな’’いちいち’’ムカつく嫌味ったらしい最低男のことなんか忘れさせてやるわよ!」
「精々励むことだな」
まともに相手すらする価値がないと言いたげに、軽く手を振って面倒臭そうに言った男に、彼女は口元をひくひくさせながら、「こんな不遜な男、今まで会ったことない。なんなら会いたくもなかったし、どんだけ顔が良くても免除されない」と、心の中で思った
「ほんっとムカつく男っ💢!!」
吐き捨てるように言って、彼女はわざと扉を大きな音を立てて閉め、部屋から出て行った
話を聞かないといけないが、今は頭が混乱してる
だが、何よりあの男の顔を1秒も見たくない。と思った心の声には勝てなかった彼女だった
イラついて出て行くその背中を見ながら、実に単純で操りやすい感情的な女だと思い、目を細めてほくそ笑む彼
そして…
「(…少々問題はあるが、あの性格ならもしかすれば…)…もう少しだ、ナギニ…あと少しで…全てが終わる」
らしくなく、少し焦ったように眉を下げて、強い意思で何かを誓うように呟いた彼の言葉は、虚空に消えた
次の日、ハリーはハーマイオニーに、ただし二人別々にダンブルドアの宿題を打ち明けた
ハーマイオニーが相変わらず、軽蔑の眼差しを投げる瞬間以外は、ロンと一緒にいることを拒んでいたからだ
ロンは、ハリーならスラグホーンのことは楽勝だと考えていた
「あいつは君に惚れ込んでる」
朝食の席で、フォークに刺した卵焼きの大きな塊を気楽に振りながら、ロンが言った
「君が頼めばどんなことだって断りゃしないだろ?お気に入りの魔法薬の王子様だもの。今日の午後の授業の後にちょっと残って、聞いてみろよ」
「でもすでに怒らせちゃったんだよ…」
「それさ、スラグホーンは大して気にしちゃいないと思うぜ。だってさ、これ僕の勘だけど、その…例のあの人なら兎も角、彼女のことは眼中にもなかったんじゃないか?」
ヴォルデモートの名前だけ、気まずそうにボソリと呟きヒソヒソするように言ったロンに、ハリーは軽く目を見開いて、苛つきにも似た疑問を投げかけた
「何故だい?」
「なんでって…そりゃあ、あれだろ。…わかるだろ?」
「わからないよ。だって、レギュラス先生もオフューカスのことは聞かない方がいいって言ってたんだよ?それってつまり、過去に何かあったってことだろ?きっとシリウス達兄妹の仲が悪くなったのも、それが原因だろ?違うかい?……君はそう思ってないんだ…」
そうに決まっている、と断定しようとしたハリーは、ロンの微妙な表情を見て、言った
ロンは、自嘲が入ったような、呆れているともとれる表情でボソリと言った
「…驚きだよ。まあ、君が気付かなくても無理ないと思うけどさ…」
まるで、自分自身が傷ついているかとも取れる表情だった
「はっきり言えよ」
イラつきを露わに、ハリーが少し語気を強めて言った
すると、ロンは少し腹が立ったような表情で、溜息をひとつ吐いて、フォークをソーセージに突き刺しながら言った
「……簡単な話だろ。単に’’平凡’’で’’地味’’で’’目立たない’’、特にこれといった才能もない奴が、才能のある奴の近くにいるのがムカついたんだろ」
ロンの言葉に、ハリーは勢いで「何言ってるんだ!?」と言いそうになった
ロンは続けた
「僕は記憶見てないから知らないけどさ…ーー前も今もさ、彼女って聞く限り才能ある奴にしか囲まれてなかったんじゃないか?僕、今ならわかるよ。気持ち。きっついと思うぜ。だってそのうちひとつの人生は身内だろ?僕からすればフレッドやジョージが横で褒められてんのに、いない存在みたいに扱われるようなもんだもんな。ーー別に君のことは親友だと思ってるよ。だって、君は有名だけど、普通だ。…そりゃちょっと変なことあるけどさ。普通じゃん?ただ何も知らない奴らから見ればそういう風に見えるってこと」
ロンの言葉に、ハリーは少し笑ったが、正直開いた口が塞がらなかった
ロンはハリーがいるので、オブラートに包んだ表情で例え話をしたが、実際はそんなものではないだろう…とハリーは薄々気づいていた
いや、気づいていたが見ないフリをしていた
「しんどかったろうな…1回目はヤバい男に、2回目は純血の家系に才能に溢れた兄達…それでやっと普通になったのに、またヤバい男だぞ?…不憫としか言えない。僕なら自殺してるね」
ロンは少し悲しそうな表情で、哀れみながら言った
その目には同情の色があった
言われてみれば、ヴォルデモート同様、彼女も哀れな人なのかもしれない
運、縁、運命だけでは到底説明もできないし、納得もできない目に遭ってきた
おまけに人との巡り合わせは、ハッキリ言って最悪だろう
人の悪口を言わないハリーですらそう思った
「…幸せだったことなんてあるのかな…」
唐突に口から出ていた
そんな疑問に、ロンは意外にも即答した
「さあね、僕には可哀想な奴にしか見えないや」
ロンの言葉に、ハリーはハッとして思い出した
彼女と初めて会った時から、ホグワーツで過ごした日々
怯えて、避けて、嫌悪して、感謝して、罪悪感にまみれで…
それでも彼女はここまで耐え抜いてきた
「……かもしれないね」
ロンの言葉に答えるように呟きながら、ハリーは、答えの出ない疑問に答えを求めるのを、一時的に放棄した
彼女に関しては、悩むだけ苦しいし、辛い
答えなんて出ない
そして、これは勘だが…彼女に関して、全ての答えと真実を知っているのは、おそらくあいつしかいないと思ってもいた
認めたくはないし、できるなら自分の知っているユラを信じたかった
だが、殊ここまできた以上認めざるを得なかった
ハリーの頭の中で、まだハンサムだった頃のトム・リドルが、不敵に笑い、彼女を自分の腕に仕舞い込んでいる姿が浮かんだ
紅く妖しげに光る仄暗い目が、彼女を闇に呑み込むように誘っていた
…どれだけ酷い目に遭っても、あいつから離れようとしなかった…
彼女だけは、どれだけ刻が変わろうとも……恵まれた家族に生まれ変わっても…きっと最初からあいつだけしか目に入っていなかった
今ならわかる
ふと思い出す情景は、二年生の時、ロックハートに居残りさせられた時、大広間に戻る際、彼女の手を掴んだ時に見せた表情と仕草
ーーー「は、離してっ」ーーー
あれは…
まるで、ゾッとしたような表情だった
自分の知らない何かの感触に怯えるような
恐らく、あの手を掴んだのがあいつなら、彼女は振り払わなかったはずだ
ハリーはそう思った
きっと、拒否ではなく…受け入れていた
手を握られるまま、されるがままにさせて、「何かあったの?」と、心配していただろう…
ひとつひとつ、見てきた彼女の記憶を思い出すと、彼女がどれだけあいつを想っていたのか容易にわかってくる
ダンブルドアの言っていたことがわかる
間違いない
きっと…どんな形であれ、彼女はあいつを愛していた
幼馴染として一緒に育ち、見守ってきていた
いつかは変わるだろうと思っていたんだ
だが、彼女の願いは虚しく、自身も結局、利用されるだけ利用されて死んだ
一方、ハーマイオニーの意見は違った
時間を見て、ハリーは宿題を打ち明けると、ハーマイオニーは悲観的な表情で言った
「ダンブルドアが聞き出せなかったのなら、スラグホーンはあくまで真相を隠すつもりはないわ」
休み時間、人気のない雪の中庭での立ち話で、ハーマイオニーが低い声で言った
「ホークラックス……ホークラックス……聞いたこともないわ…」
「君が?」
ハリーは落胆した
ホークラックスがどういう物か、ハーマイオニーなら手がかりを教えてくれるかもしれないと期待していたのだ
「彼女なら知ってるかもしれないわね」
「ぇ?」
「だって、ダンブルドアは言ったんでしょう?’’彼女から打ち明けられたことから続きを予想できてる’’って」
「う、うん」
「じゃあ彼女がダンブルドアに教えた可能性が高いわ。あくまで私の予想だけどね」
「じゃあ何でダンブルドアは断定しなかったんだろ?」
「それは…普通に考えると、十分な証拠がないからじゃないかしら?だって、これまでの話を聞く限り彼女が当時、例のあの人に何か魔法をかけられたことは確かだもの」
「それは僕もそう思う。ダンブルドアもそう言ってた。でもそれは記憶に関してだろう?あいつが彼女に教えたか、したことを知られたくないから記憶に干渉した…」
「そのことだけど。私は違うと思う。きっともっと違う何かよ」
「は?違う?」
「ええ」
「じゃあ君はダンブルドアが間違ってるって?」
「そうは言ってないわ。ーー記憶に関しては同意するけど、もしそれが本当なら、他にも何かしてる可能性が高いって言ってるの。もしかしたら、ダンブルドアはそれを知りたいんじゃないかしら?その答えがスラグホーンの本当の記憶にあるとしたら?」
「……意味がわからない…」
「ハリー、私、ダンブルドアがはじめに言ったことが重要だと思うの。あなたにはその……とても辛いことだと思うし、嫌なことだろうけど…それができるのはきっとあなたしかいないわ。ダンブルドアもそう思って任せたんだと思うわ」
遠慮がちなハーマイオニーの言葉に、ハリーは俯いたまま、軽く目を見開いて、今学期が始まる前や、始まってから、ダンブルドアが何度も言っていたことを思い出した
ーーー「あの子とあやつとの間にあったことを知らねばならぬ」ーーー
ーーー「それには君の協力が不可欠じゃ」ーーー
ーーー「ことあの子に関しては、わしは深入りしすぎた。そこで君なのじゃ」ーーー
ーーー「あの者はわしが長年求める、そして、おそらくは君も求める答えを持っているやもしれん」ーーー
ーーー「もしやすると、あの子が打ち明けてくれた真実以上に、恐ろしいことが隠されているやもしれん。あの子がそれに気づいておるかはわからぬ」ーーー
ーーー「わしが思うヴォルデモートの考察の’’唯一の例外’’はあの子だけじゃ」ーーー
「っ…」
ーーー「君は決して役立たずではない。ハリー、わしは君を信頼しておる。誇りに思っておる。そのことを決して忘れぬように」ーーー
ダンブルドアのその言葉を思い出し、ハリーは目頭がじんわり熱くなり唇を引き結んだ
そうだ…
ダンブルドアは自分を信頼していると、誇りに思っていると言っていた
「ねえ、ハリー」
考え込んでいるハリーに、ハーマイオニーが呼びかけた
「なに?」
咄嗟に返事をしたハリー
ハーマイオニーは、深刻な表情でハリーの目を見て言った
「前に私、彼女のことで下手に動かない方がいいって言ったけど、訂正するわ。あなたも私も、彼女のことで動くべきだと思うの」
顎に手を当てて、何か考えながら言ったハーマイオニーに、ハリーは瞠目して聞いた
「でも、具体的に何をするんだい?僕はユラのことなにも…「それなんだけど…ーーねえハリー、彼女はドラコの父親を味方につけたんでしょう?ならドラコも事情を知ってると思わない?」
「!」
その考えには思い至らなかったと気づいたハリーは軽く目を見開いた
ハリーにとって、マルフォイはできることなら関わりたくない人間であったし、そもそもスリザリンの生徒にあまり良い印象がない
だが、ハーマイオニーの意見はそういう先入観を排除した冷静なものだった
ハーマイオニーは続けた
「彼女のこれまでの行動を考えれば、あり得ない話じゃないわ。だって考えてもみてよ?ダンブルドアにでさえ彼女は全てを語らなかったのよ?そもそも校長が一年もかけて説得しないと明け渡さなかった記憶っていうだけでもおかしな話だと思わない?」
ハリーから教えてもらった個人授業での内容を元に、冷静に分析したハーマイオニーの言葉に、ハリーも思い出すように言った
「でも、ダンブルドアは言ってた。彼女は自分よりもあいつのことを知り尽くしてるって…ぁ…!」
自分で反論しながら、ハリーは矛盾に気づいた
「やっと気づいたようね。はあ…彼女は’’あえて’’ダンブルドアに肝心なことを言わなかったかもしれないわ」
疑心的な言葉だが、ハーマイオニーの言っていることに反論の余地はなかった
少し崇拝的にダンブルドアを見ているハリーにとっては、なぜ彼女がダンブルドアに全てを打ち明けないのか理解できなかった
「どうしてだいっ?一番信用できるし、どうにかしてくれるじゃないか」
心のままの疑問を口にすればハーマイオニーは、少し申し訳なさそうに言った
「あのね、ハリー。確かにダンブルドアは偉大な魔法使いよ。ヴォルデモートが唯一恐れた相手ですもの。でも、恐れたのはヴォルデモートだけじゃないかもしれないわ。きっと彼女もよ」
「え?は?彼女は何も恐れるようなことなんて…」
ハリーは意味がわからなかった
「ハリー、一度染み込んだ…というより、植え付けられた恐怖心はそう簡単には消えないものよ。そうでなければ、彼女は最初の段階でヴォルデモートのことをダンブルドアに言っていたはずだもの」
ハーマイオニーの表情は少し哀しげだった
これにはハリーも少し納得した
虐げられ、許されないことを強要されていた彼女の記憶を直接見た後なら尚更…
以前に言っていた
彼女はリリーのように勇気があるわけではない
どちらかといえば臆病で、怖がり
痛いことも苦しいことも嫌いな筈だ
それは誰だってそうだ
だが、彼女はほぼ洗脳に近い形で追い詰められて、言いなりにさせられていた
そんな彼女の恐怖は拭いきれているか?と聞かれれば答えは否だろう
ハーマイオニーの言うように、逆らえないように植え付けられていた
「…確かに…君の言う通りだ。ーーでも、だからってマルフォイに言うと思ってるのかい?」
ハリーは尤もな疑問を口にした
ハリーから見れば、マルフォイは信用できる人間には見えないし、ダンブルドアにも言えない重要なことを知ってるとは思えないからだ
それに対し、ハーマイオニーは緩く首を振った
「わからないわ。だって、正直言うと彼女、相当慎重で用心深い性格よ。きっとマッド・アイよりも…だって、一度ならず二度までもヴォルデモートを出し抜いたんだもの」
こればかりは全くわからない…想像もつかない…とばかりの様子で言ったハーマイオニー
だが、不思議と反論する気にはならなかった
だからハリーもひとつ考えてみた
「マルフォイか…何か知ってるとは思えないけど…」
「疑問点は早めに解消しておくべきよハリー。嫌だろうけど…」
「別に、今はそんなに嫌じゃないよ。むしろマルフォイでよかったよ。ノットよりマシさ」
ボソリと足元の雪を見ながら、白い息を吐き、呟いたハリーに、ハーマイオニーは眉を下げて見ながら、途端に何かを思い出したように眉を寄せた
頭の中で何かを思い出すように、首を少し傾けて、自分の中の疑問に疑問符をつけるような様子で黙り込んだ
「…(ノット…そういえばこの間ドラコと言い合って…彼女のペットがどうとかって…気のせい…よね。いいえ、この際探っておいた方がいいかもしれないわね…)」
この前、セオドール・ノットとドラコ・マルフォイがスリザリンの談話室前でユラのペットがどうとか、という話を偶然盗み聞いたハーマイオニーは、そのことが妙に頭から離れなかった
一度ハリーの顔を見たハーマイオニーは、今はまだ不確かなことを言わない方がいいだろうと決めた
ハリーにはやるべきことが多くある
今でもいっぱいっぱいのように見えるのだ
余計な心配事や悩み事は増やしたくなかった
それからハーマイオニーは、スラグホーンに聞き出すなら十分慎重に持ちかけ、ちゃんと戦術を練った方がいいことをアドバイスした
それに対してハリーが、ロンは授業の後に残ればいいと言っていたと言うと
「あら、まあ、もし’’ウォンウォン’’がそう考えるんだったら、そうしたほうがいいでしょ」
途端にメラメラ燃え上がった
ハリーはしまった…と思った
「なにしろ?’’ウォンウォン’’の判断は一度だって間違ったことがありませんからね!」
語気を強めに強調して、吐き捨てるように言ったハーマイオニー
ハリーはため息を吐きたくなった
「ハーマイオニー、いい加減にーー「お断りよ!」」
宥めようとしたハリーに、ハーマイオニーはこればかりは譲れないとばかりにいきり立って、ハリーをひとり残し、荒々しく立ち去った
ハリーは、思った
女ってわからない…
と
「ダンブルドアを殺せ」
少し高い声が愉快げに響き、目の前の黒を纏う彼女に命令した
「っ」
悔しげに唇を引き結んで、俯いた彼女は肩を震わせた
「わかるなナギニ?お前への罰は、それを成した時にすべて不問としてやろう」
彼女の側頭部を青白い手でゆっくりと撫でて言う彼
それに震えながら、彼女はゆっくり口を開いた
「どうしてっ…私なのっ…」
嫌だ。やりたくない。こんなことさせないでほしい…と言いたげな乞うような様子で言う彼女に、彼は紅い目を細めて、歪に口角を上げた
「お前は賢い。故にわかる筈だ。俺様が求めるものが何なのか」
見下ろされて、上から降ってくる言葉に、彼女は恐る恐る言った
「死の秘宝…」
「そうだ。ニワトコの杖はダンブルドアが持っている。お前がダンブルドアを殺せば、杖は俺様の物となる」
彼女以外の者が言えば、恐れ多くも、闇の帝王の心を読んだ罪で即刻殺されているだろうが、彼を一番近くで見てきた彼女は、彼自身が望んだ結果、一心同体となり、幼馴染ゆえ、彼の求めるものがどのようなものなのか、ある程度予想はついていた
そして、それを口にすることを許されるのも彼女だけ
そのことに満足いったように、彼は、彼女の求める答えを丁寧に説明してやった
「…私があなた自身だから……」
ぼそりと呟いた答えに、満足気な表情で側頭部から手を下ろし、漆黒の髪を梳き、その指先からハラハラと髪が落ちていった
「その通り。ーー愛しいナギニ。お前は俺様自身だ。従順にしていれば昔のように、脆弱なお前を守ってやろう」
彼の発する’’愛しい’’という言葉が、’’支配’’という意味なのは明白だった
「っ…どうあっても、私を殺してはくれないのね……なんて残酷な人…」
ゆっくりと、泣きそうな顔を上げて、蛇のような蒼白な顔を見上げた彼女は、哀しそうに眉を下げた
そして、目の前の黒いローブをギュッと力なく掴み、崩れ落ちるように項垂れた
それを、特に払うこともせずにじっと見下ろした彼
膝をついて、自分に乞うように、懺悔するようにしなだれかかる彼女の姿は、どうしようもなく哀れに、小さくみえる
「ルベルっ……あなたはっ…あなたは酷い人よっ…」
「懐かしい名で呼ぶものだ。ーーお前の言葉は実に愉快で心地良い」
紅い目で哀れな女を見下ろしながら、彼は言った
彼女は、漆黒のローブを掴む手に僅かに力を込めて涙を堪える目で彼を見上げた
紅い目と黒い目が絡み合う
「…っ…あなたは…何故昔からあの人を’’嫌う’’の?あの人は孤児だった私たちに良くしてくれたし、あなたを信じていたのに…何よりあなたを認めていたはずよ」
わからない、と言いたげに見上げてくる漆黒の目に、蛇のように瞳孔の開いた紅い目が、嫌悪に染まった
眉間に皺を寄せながら忌々し気な様子で彼は言った
「不愉快な。あの老ぼれの話をするな」
吐き捨てるように言った
だが
「ルベルっ…ダンブルドア先生はあなたの才能を認めてっあ゛っぁ」
珍しく尚も言い募る彼女に、怒り、咄嗟に折れそうな細首を掴んだ
蒼白い大きな手でギリギリと締め上げられ、涙をためながらはくはくと酸素を取り込もうと口を開く彼女
「俺様の言うことを聞いていなかったのか?」
不機嫌だとわかるほど低い声が響き、さらに締め上げられる首
「あ゛ぁ…ち……がっ…」
首を絞める手首に両手をかけて、苦悶の表情をする彼女
彼はゆっくり口を開き、怒りや嫌悪に染まった目で言った
「お前は知らぬだろうが、言っておくが、ーー先に俺様のものに手を出したのはあの老ぼれだ。お前は気づいていなかっただろう?それもそのはずだ。あの老ぼれは、いつも俺様からお前を引き離そうとしていた。思い出したくもない。お前があやつの手を一瞬でも取った時、俺様がどんな気分だったと思う?腸が煮え繰り返るっ!この俺様が時間をかけ、躾けて、完成させたお前をっ。忌々しいっ!ーーーーーだが、お前はひとつ賢い選択をした。お前は、助けだけは求めなかった。俺様のことを何ひとつ話さなかったな」
「ゲホッ!ゴホッ!ぅ゛ゲホッ!」
やっと手を離されて、膝をついたまま喉を押さえて咳き込む彼女
そんな彼女を哀れなものを見るるように、嘲笑って言った彼
「俺様を’’愛して’’いたのだろう?」
その一言で、彼女は目をきつく瞑った
そしてゆるゆると首を横に振った
「っ……わからないっ…わからないのよっ…ただあなたが大切だったっ…失いたくなかった…あなたにもわからない……あなたがいなくなったら…私はっ…私はひとりぼっち…」
自分の抱きしめて震えながら言う彼女
「はっ、臆病な奴め」
鼻で嗤い、吐き捨てるように言った
彼女は、ゆっくり目を開けて、落ち着いた様子で言った
「…わかってる…あなたの言うように…私は卑怯で臆病な人間よ。逃げようと思えば…「逃げれたとでも?ーー戯言を言うな。お前は逃げる気などなかった」……」
彼女が何を続けようとしたかはわからない
だが、続けるように言った彼の言葉には、ある種の願望が含まれていたのかもしれない
彼女がその先の言葉を言うのを恐れたのか、聞きたくなかったのか…
そんな彼の恐れに気づいたのか、気づいていないのか…彼女は眉を下げて彼を見上げた
「……ルベル…」
かつて呼び合った二人だけの名前…
駆け巡る記憶の彼はもうおらず、目の前には残酷で残虐、邪悪な魂だけが残った…
それに深い悲しみを感じられずにはいられない彼女…
「ナギニ。ダンブルドアを殺せ。お前自身の手で殺すのだ」
再度言い含めるように命令した彼に、彼女はとうとう諦めた
だが、なけなしの抵抗とばかりに、冷静に言った
「っ…ホグワーツは、そう簡単に侵入できないわ」
見え透いた抵抗を、彼は一蹴した
「…あなたなら兎も角、私にはあの人の目を掻い潜るだけの力はないわ…」
その発言に、彼は僅かに苛立ちを含んだ、厳かな様子で言った
「いつまでも逃げ続けるな。俺様の命令に従え。特別に扱ってやっていることに少しは報いてみろ」
「………誰が…くるの」
彼女はとうとう諦めた
その様子を承諾ととった彼は、続けた
「余計な事は考えるな。お前は俺様の命令にだけに応えればよい。わかったな?」
「…わかったわ………………少しひとりにしてっ…」
脚元に膝をついて顔を覆い、逸らして言った彼女に、彼は長いローブを翻して去った
「お前の主人は酷い…人の気も知らないで…勝手だ」
誰ともなく呟かれた声に応える者はおらず、ただ手に乗っている勝手な親友のペットだけが聞いている
歪んだ表情で、ペット…センリの主人に怒りをぶつける主人の友人
「お前はついて行かなくてよかったのか?」
センリに話しかける彼に答える声はない
「はっ、話せるわけでもないのに何やってんだ僕は…」
シュルシュルと、とぐろを巻きながら、じっとセオドールを見るセンリ
「(主よ……主はもう少し友人に想われていることを分かった方がいい。あのような男に拘る必要はないというのに…)」
呆れでも、腹立たしさでもなく、ただ心配するかのように心の中で呟いたセンリは正しくあの二人の呪いのような異常な関係を理解していた
あの二人は、互いが互いに呪いをかけた
恐らくは無意識に、本人達にもわからない呪いを
表と裏、陰と陽、太陽と月、天と地…光と闇…
どちらか一方が欠けてはならず、また、どちらか一方でも欠ければ自然の理は成り立たない
例えるなら、そんな関係だ
孤高の光り輝く地位にいるのが彼だとすれば、地に堕ち、光すら当たらず、影の中、暗闇の中にいるのが彼女
そんな主の本質は、仕えるに値する主だったのかといえばそうではないのかもしれない
だが、’’ユラ・メルリィ’’という小さな赤ん坊が、この世に生を受け、小さな体で庭を駆け回っていた時から見てきた可愛い存在でもある
私は所詮蛇だ
だが、幼い頃から草葉の陰から見てきたその子どもには情が湧いた
自ら仕えさせてほしいと願うほど
堂々とした主ではないし、胸を張れることをしているわけでもない
母君に似て美しいが、地味で平凡で目立たない
だが、私の目から見れば、月の光のような輝かしさがあった
私は、あの湖の近くにいた蛇の仲間の間では変わり蛇だった
人間の子どもなんかの様子をずっと見て、コソコソと付いて回るすきもの……種族の恥知らず、などと呼ばれていた…
だが、やめられなかった
幼い主は、父君や母君の前では決して見せない様子で、湖の側に来て、憂鬱な顔で水面を覗いていた
幼い小さな背中に抱えきれないものを背負っている…というより、罰されるのを待っている罪人のような後ろ姿のように見えた
私は、魔法使いにはペットを持つ者が多いというのを聞いた
彼女が蛇語を理解できるのは、知っていた
幼い頃、蛇達の会話に僅かにも反応した仕草があった
主は隠しているつもりだったが…
ーーー「’’千李’’…っていう名前はどうかな?…命が幾千にも及ぶほど、長く続きますように。長生きできますように。ーーそして、春になると白い花を咲かせるすももの花のように。あなたの白い鱗みたいな…そんな綺麗な色。幾千にもある白い鱗が重なる綺麗で、賢い’’センリ’’……」ーーー
ペットを願い出た私に、名前が必要だと言い、人間のような大層な名前を名づけ、好んで呼んだ
時には、頭を下げて擦り付けたりなど、主にあるまじき意味のわからない行動もしていたが…
大事な、守るべき主であることには変わりなかった
だからこそ、あの男が現れた時に、主の様子が変化したことに驚いた
あのままあの男に出会わなければ、主は平和に心穏やかに過ごせていただろうに
だが、主は逃げなかった…
主を愛している父君と母君に罪悪感を感じながら、あの男を選んだ
主…
主…私を遠ざけてまで、あの男に命を捧げようとしているのか?
共に終わると誓った私を遠ざけて…
あの男は、主に何か重要なことを隠している
主はそれに気づいているだろうが、軽いことではない気がする
我が種族の血に従えば、私はあの男に仕え、逆らえないのだろうが…私の主は主だけだ…
私はセンリ…
主が名付けてくれた時から、私の命は主に捧げるためにある
あの男と共に終わろうとも、私は主から離れはしない
「ねえ、少し話がしたいんだけど、時間いいかしら?」
女性特有の高めのはっきりした口調で、話しかけたのはハーマイオニー・グレンジャー
この二人が授業に出ていない時間を狙って、あることを聞き出すために話しかけたハーマイオニー
セオドール・ノットは話しかけられた途端、歪んだ表情になった
振り向かずに苛立たし気に拳を握った
一方、ドラコ・マルフォイは眉を下げて、気まづそうな表情で控えめに振り向いた
「別に僕達には話すことはない」
何か言いたげにしている様子なのに、マルフォイは拒否の言葉を吐いた
「気安く話しかけるな」
荒んでいるのか、棘のある言い方で拒否したノットに、ハーマイオニーは言い返したいぐっと気持ちを抑えて、冷静に言った
「悲観しても、ユラは戻ってこないわよ」
「「!!」」
「ユラが貴方達のこんな姿を望んでいると思ってるの?」
「お前に何がわかるんだ!!」
「………」
「わかるわけないわ。いつまでも子どもみたいに拗ねてる貴方達のことなんて。私はユラを助けたい。そのためにはユラが貴方達に何か手がかりになることを残してないから調べる必要があるの。あの子、ペットを飼っていたのよね?」
「…そんなこと知るわけっ「待てセオドール」」
ノットが怒りのあまり拒否の言葉を吐こうとすれば、意外にもマルフォイが止めた
マルフォイは悲壮な表情でハーマイオニーに振り返り、じっと見て聞いた
「確かにユラはペットを飼ってた。でも、なんの関係もないだろ?それにお前たちは僕達のことを目の敵にしてただろ?何ができるんだ?」
「何も。今は何ができるのかはわからないわ」
「なら…「でも、情報を集めることはできるわ。もしかしたらそれが、彼女を助ける解決の糸口になるかもしれない」……」
ハーマイオニーがマルフォイをまっすぐ見据えて、ハッキリした口調で言った
マルフォイは、眉を寄せて、拳を握った
その様子を横で見ていたノットは、嘘だろ…と言うような様子で、慌てた
「おい…ドラコ…信じるのか?ユラを犠牲にさせてのうのうとしてるこいつらをっ」
「もうやめようセオドール。怒っても何にもならない……」
「!!ドラコ!」
「セオドール!!このまま何もせずに親友を失っていいのか!?僕は嫌だ!父上に信じろって頼まれたんだ!お前の気持ちはわかるさ!でもユラはお前の父上とも友人だったんだ!そうだろ!?」
「っ!だけどっ!」
「もうやめよう。セオドール。ユラはお前を一番気にかけてただろ。一番一緒にいたお前ならわかるだろ。お前がユラの立場なら同じことをしてただろ?な?」
「………」
ドラコの言葉に、恥を覚えたのか、セオドールは反論せずに黙り込み、顔を背けた
それを、取り敢えず了承してくれたと受け取ったドラコは、ひとつ溜息を吐いて、ハーマイオニーに向き直り聞いた
「何が知りたいんだ?言っておくが、ユラは僕達にさえ肝心なことは何も言わなかった。お前たちの方が知っているんじゃないか?」
少し嫌味口調で吐き捨てるように言ったマルフォイに、ハーマイオニーはローブを翻して言った
「その前に場所を変えましょう。誰かに聞かれると大変よ」
そして、三人は場所を変えた
「まず最初に聞くわね。ユラはペットを飼ってたのよね?そのペットってどこにいるかわかる?」
「ペット?…あ、ああ、飼っていた。センリっていう名前を付けていた。ユラはセンリをセオドールに預けたんだ。な?セオドール」
「……ユラのペットが何の関係があるんだ」
「わからないわ。彼女が何か手がかりを残してるかもしれないとしか…」
「ならそんなものない。あったら手紙で僕に何か言ってるはずだ。それにこいつはユラ以外懐かない。預けられたから仕方なく僕といるだけだし、攻撃してこない。それに、センリはお前たちの嫌いなスリザリンの象徴だ」
「残念だがグレンジャー。セオドールの言う通りだ。ユラは手がかりなんてセンリに何も残していない」
「スリザリンの象徴ですって?まさか…ユラのペットって…」
「「蛇さ・だ」」
ハーマイオニーがいよいよ目を見開いた
それは、彼女のペットが蛇だということを驚いたこともあったが…
一番戦慄したのはそれではない
もしかしたら、彼女はヴォルデモートと同じ、パーセルマウスなのかもしれない…という可能性
だが、その可能性は説明するには無理があった
彼女の両親は普通の魔女と魔法使いだからだ
第一、彼女が蛇と会話できていたという証拠はない
「あの、ユラがそのペットと話をしてたりしたことってある?」
ハーマイオニーは質問する声が慎重になるのが自分でもわかった
「は?あるわけないだろ。そんなことあるとすれば偉大な創始者の末裔だ」
セオドールは苛立たし気に否定した
「ユラは幼い頃から一緒にいたからペットにしたって言ってたんだ。別に喋れたりはしないって言ってた」
マルフォイは、以前に聞いたことをそのまま教えた
それを聞いて、ハーマイオニーは考え込んだ
「あの、嫌じゃなければ教えて欲しいの。ユラが行方不明になった後のこと。その様子だと、貴方達も知ってるんでしょう?彼女がオフューカスさんだったってこと…」
ハーマイオニーは思い切って切り出した
以前に、ハリーから聞いた口論の話で、マルフォイ達がオフューカス・ブラックが彼女だということは知っていると確信したからだ
ハーマイオニーの質問に、二人は苦々しい表情になって顔を逸らした
「お願い。私も彼女を助けたいの。何か手がかりを残すとしたら、一番の友人だった貴方達に預ける可能性が高いの」
切実な様子で言うハーマイオニーの言葉に、二人は無言で立ち上がり、ハーマイオニーの声を無視して、速足に去って行った
ハーマイオニーはもどかしい気持ちになりながらも、そう簡単にいくわけはないか…とも思ったし、焦る気持ちもあった
そして、それで諦めるハーマイオニーでない
誰よりも知識を好むハーマイオニーは、目の前に何か知っていると確信できる者がいれば、聞き出すまで決して諦めはしない
それから毎日、ハーマイオニーは時間を見てマルフォイとノットに話しかけて、半ばストーカーのように説得し続けた
ハリーとロンから見れば、意味不明だったし、勉強のし過ぎで頭がおかしくなったのかと思ったほどだった
そうして、ハーマイオニーの強烈な’’説得’’にとうとう負けて、二人は話した
誰もいないことを確認し、ゆっくりと重い口を開いたマルフォイ
途中から、セオドールも説明するマルフォイに付け加えて、話した
彼女が連れ去られた学年が始まる前に、父親に事情を説明され、彼女の家に避難し、共に暮らしていたこと
滞在中は、防衛呪文や、いざというときのために、多くの闇の魔術に対する防衛術を教えてもらったこと
その時の彼女の様子は、自分たちが知っているユラとは違っていたこと
何に怯えているのか、危機感を持っているのか、二人には、彼女が言わずともわかっていた
口酸っぱくして言われていた
友の側を離れてはならない
最後まで家族と自分を信じて欲しい…と
そして、彼女は…アンブリッジが学校を乗っ取った後、騒ぎがあった日の夜から帰ってこなかった
その後、学校が終わって父親達から、ユラは例のあの人に狙われていたこと、決して探してはいけないこと
そして、聞かされた中で一番疑問だったのが、例のあの人にとって彼女は殺せない何かがあるのだということ
「お前が言ってる手がかりだが、思い当たるとすればユラが手紙の中で言ってたやつだろう」
マルフォイが言い、ハーマイオニーの表情が輝いた
「何か書いてあったのね!」
食い気味のハーマイオニーに、マルフォイが引き気味になりながら少し距離をとって答えた
「あ…ああ…書いてたけど…だが手紙には’’両親から贈ってもらったローブが部屋に置いたままだ’’としか書いてなかった。一度見たことがあるが、内側に異国の花…多分日本の花だった。ーーの柄が散りばめられてる良い品だ」
思い出すように答えたマルフォイに、次はセオドールが無表情で続けた
「ローブは寮のユラの部屋にある」
「ならそれを…「ただ、パンジーが大事に保管してる。前に見せてくれないかと言ったら渋られた。考えたことは一緒だ。僕もローブに何かあると思った。だが、一度見せてもらった時には内ポケットがあったり、魔法が施されていた形跡はなかった。勿論刺繍もな」」
ハーマイオニーは、それを取りに行こうと言おうとしたがノットの答えは落胆するものだった
だが、ハーマイオニーは引っかかった
手掛かりを残すにしても、あれほど慎重で用心深い彼女が、どんな小さなことでも手掛かりを残すにしては、あまりに直接的なやり方ではないか?…と
ローブ…
魔法がかけられた形跡もない…
ノットは優秀な生徒だ
そこはまあ、信用してもいいだろう
刺繍…
「ねえ、その刺繍されてる日本の花って何かわかる?」
ハーマイオニーは刺繍に目をつけた
そして、二人に聞いた
「…なんだった?」
マルフォイがセオドールの方が詳しいだろう、と聞くと、セオドールもひとつ目を瞑って、思い出すように若干眉間に皺を寄せた
「確か……さく……さくら…だった気が…」
「さくら…さくら…聞いたことがあるわ。日本の伝統花よね。ホグワーツでさくらの花を見かけたことはない?もしくは彼女の家とか、寮の部屋とか?」
「寮の女子部屋は知らない。でもユラの家にはあったと思う。たしか、似たような花が掛け軸っていう絵画にも描かれていたし、庭にも咲いてた」
「彼女の部屋とかは…「調べると思うか?」…ごめんなさい。流石に入るわけないわよね」」
流石に親友といえど、人の家の部屋と女子寮の部屋を探していたらそれはそれで問題なので、ハーマイオニーは質問が悪かったとばかりに素直に謝罪した
「なんとか探す方法はないかしら…彼女の家は’’今は’’無理としても…」
「(こいつ、家まで押しかけるつもりか…)」
「(今はって言ったか?今はって?)」
しれっと、友人でもない人の家に不法侵入する気満々のハーマイオニーの発言に、二人は内心ドン引いた
この二人、ある意味の貴族教育を受けているので、少し信じられない
「寮の方はどうにからならないかしら?できれば私が探したいんだけれど…」
ハーマイオニーの提案に、マルフォイが答えた
「それは流石に無理だ。他寮の生徒はスリザリンの寮に入れない。グリフィンドールは特にな」
「パンジーにお願いしてもいいけど、あいつは事情を知らないからな…」
ノットもお手上げだ、とばかりに言うので、ハーマイオニーは内心、緊急事態なのに男子だ女子だ、など気にすることか?と思った
いつも、どこであろうが忍び込む二人と行動してきたために感覚がおかしくなっている優等生ハーマイオニーである
「仕方ないわ。私達で調べましょう」
「「は?」」
「だから、私達で調べるしかないって言っているの。さくらがどんな花なのか見たことあるのは貴方達しかいないんだし」
「いや、待て。女子寮だぞ?誰か来たら大変なことに「やるしかないでしょう。大丈夫、方法はあるわ。早い方がいいし、いつならいける?」…」
マルフォイの制止に被せるようにハーマイオニーが反論した
それにはノットも流石に突っ込まずにはいられず…
「ちょっと待て、なぜ当然のように僕達がお前に協力する流れになってるんだ?誰もそこまでするとは言ってないぞ」
「そ、そうだ。だいたい、いくら手掛かりを探すためとはいえ女性の部屋を漁り回るなんて、非常識だぞっ」
便乗するように、少し顔を赤らめたマルフォイが紳士的な発言をした
だが…
「大丈夫。彼女は気にしないわ。だって手掛かりかもしれない内容を手紙に残すんだからきっと調べて欲しいってことよ」
全く問題ないとばかりに曲解したハーマイオニーの発言に…
「そういうの曲解って言うんだぞ」
マルフォイが冷めた目を送った
「何を根拠にそこまで自信満々に言い切れるんだ。ユラは基本プライベートを探られるのが好きじゃない」
ノットは未だ乗り気ではないので彼女の性格を少し捻じ曲げて否定した
心の中では、彼女がそれくらいでは怒らないことはわかっているが
「いいから黙って協力しなさい。彼女を助けるためには必要なことなのよ。できなきゃわざわざ関係のないことを手紙に書くわけないでしょう?え?そうでしょう?」
あまりにも思い切りのない情けない男二人の様子に、痺れを切らしたハーマイオニーが少しイラッとした強い口調で言った
「「…………」」
彼女を助けたいのは事実なので、黙り込む二人
「スリザリンの生徒が部屋を開ける日はあるの?相部屋は誰なの?」
「……基本的にホグズミードに行く曜日は人は少ない。だけど人が少ないだけでいないわけじゃない。女子寮の人手までは知らないしな」
だが矢張り、まだ良心が責めるので乗り気ではないぎこちない様子で答えたマルフォイ
「相部屋はパンジーだ。パンジーは監督生だから部屋を空ける事の方が多い。忍び込むとしたら夜の見回りの時間だ」
ノットは’’多少’’吹っ切れたのか、若干呆れ気味に冷静を装うように答えた
「じゃあ、今晩にしましょう。早い方がいいわ。21時にスリザリン寮に行くから入れて頂戴」
善は急げとばかりに決めたハーマイオニーに二人は「はぁ!?」というように目を見開いた
「……今晩!?本当に忍び込むのか?」
マルフォイが言った
「ええ。なにか問題があるの?」
しれっと言うハーマイオニー
「…(むしろ問題しかないぞ…問題児寮に常識はないのか…)」
マルフォイは心の中で突っ込んだ
「…(友人とはいえ女性の私物を漁るなんて…非常識だ…紳士のすることじゃない…)」
ノットもこころのなかでつっこんだ
「とにかく、今晩21時に決行よ。いいわね!」
「「………」」
立ち上がってやる気満々に宣言したハーマイオニーに、二人とも、心底遠慮したい…という目をして、渋々頷いた
同時に、今まで周りにいた女子の中でとても大人しく、割となんでも許してくれた常識あるユラが、どれだけ有難い存在だったのか、身に染みて感じたのだった
〜21時:スリザリンの談話室〜
その日の晩、ハーマイオニーはハリーから『透明マント』を借りて、スリザリンの寮まで来た
『透明マント』を借りる際、ハリーには「少し彼女のことで調べたいことがあるの。女しか入れないところだから男はだめなのよ」と言外に男が入ったら不味いところだと言い、上手い具合に勘違いしたハリーは、気まずそうに「わ、わかった。すまないけど頼むよ」と言い、ハーマイオニーは見事に『透明マント』を借りれたのだ
そして、今、ハーマイオニーは、渋々やってきたマルフォイとノットと合流し、『透明マント』を被り、地下階段をさらに降りて、スリザリンにある女子寮の彼女の部屋まで来た
部屋からはパンジーらしき声が聞こえてきた
「ああもう見回りの時間ねーーーめんどくさっ」
気持ちはわかるが監督生にあるまじき発言である
「ーーーからーーー……い……ち……つ……と……ね!」
何やら怒っているような、途切れ途切れの声が聞こえて妙だと思ったが、あのパンジーなのできっと一人で愚痴っているのだろう…と三人は思った
そして、部屋の扉が開いてパンジーが怒ったような様子で出てきた
苛立っていると言うか、腹立たしげな様子だった
三人は意味がわからないと思いながら、パンジーが行ったのを確認して、部屋に入った
『透明マント』を脱ぎ、部屋を見渡す
グリフィンドールの女子寮の部屋とほとんど一緒だったが、冷たい壁の蛇の彫刻や、エメラルド色のランプ、高級そうなベットカバーに、家具などの調度品はすこし古臭いが良い品だった
代々お金持ち…というか昔ながらの貴族の生徒が多いスリザリンでは、寮に至るまで細部にお金がかかっている
ほとんどは、創始者であるサラザール・スリザリンの品位や選民的な思想が反映され、造られたものである
そんな緊張と、陰鬱とした気分になりそうな部屋の中で、ハーマイオニーは落ち着くことはできなかったが、時間はないので、まずは洋箪笥に目をつけた
「お、おいっ、流石に勝手に箪笥を漁るのは「何言ってるの?可能性のありそうな場所は全部探すのよ。貴方達も手伝って。見たことあるのは貴方達しかいないんだから」…くそっ」
制止をかけるノットの声に、ハーマイオニーは振り向いてピシャリと跳ね除けて言った
返事も待たずに視線を戻し、洋箪笥に収められた服達を見ていった
私服のクリーム色や白のセーターやカーディガン、スカート、ワンピース、そして東洋の魔女らしい民族衣装のような服、制服の予備、全てが丁寧に畳まれ収められていた
彼女の趣味が良いことが伺える服ばかりで、一瞬ハーマイオニーも綺麗…と思った服が多かった
だが、今はそんなことを考えている暇はなく、手を動かして漁り続けた
マルフォイはベットの裏やら枕の下やらを探して、ノットは机周りやランプの周り、中などを探している
三人とも、呪文を使い、ローブを探してみたが何も現れなかった
あるのは、スリザリンのローブだけ
「グレンジャー、ここにはない」
マルフォイが言った
「きっと家の方だ」
続けてノットが言った
ハーマイオニーは悔しかった
何か見つかると思ったら
だが、驚くほど何もない
机には書きかけの羊皮紙と羽ペン
一応羊皮紙に何か書いてないか確認したが、魔法薬学の複雑な調合についてのレポートだった
普通に興味深いし、分かりやすいから読んでいたかったが、探し物はそれではないのだ
「グレンジャー、パンジーがもうすぐ戻ってくる」
マルフォイが少し焦ったように言った
ハーマイオニーは何かないか、何かっ…と、もう一度部屋の隅々まで見回した
もう無理か…と思いかけたその時、天幕付きベットの骨組みのマットレスの隙間に目がいった
「おい」
いい加減にしろ、と声をかけたノット
だが、ハーマイオニーは急いで膝をついて隙間を見た
「ちょっと待ってっ…ここ…」
ハーマイオニーの行動に、二人は呆れたように近づいてきた
じっとベットの骨組み見ているハーマイオニーは、当然手を滑らせてネットフレームの下側を触り出した
「おい、何してるんだ?そんなところ、何も隠せないぞ」
苛立ってきたようにノットが止めようとすると、忙しなく骨組みの下で手を動かしていたハーマイオニーが、何か不自然な線の感触に気づいた
「…いえ、なぜか気になって…あ、これって…もしかして」
その瞬間、カチッという、木の枠か何かが外れる音が響き、少し浮いたレバーのような物が下から出てきた
「何かあるわっ!」
思わず声を上げたハーマイオニーは、下が見えないながらも、そのレバーらしきものを引っ張った
すると、パサっと下に何か紙らしきものが落ちた音が響いた
三人とも、体が動いてベットの下を覗き込んだ
埃だらけのベットの下には、手紙の封筒あった
魔法がかけられているのでは…と、少し躊躇ったが、ここまできたんだ…と決めて、手を伸ばしてそれを取ったハーマイオニー
三人はベットの下から顔を上げて、立ち上がり、それを覗き込んだ
「手紙?」
「なんでベットの下にこんな仕掛け…」
「彼女が隠したのかしら…?」
白い封筒を裏返しても何も書いていない
三人は緊張感に包まれ、ごくりと息を呑んだ
そして、ハーマイオニーが封筒を開けようとした
だが、部屋の外から足音が聞こえた
「まずいっ。帰ってきたっ」
マルフォイが焦ってあわあわした
「二人とも早くここにっ」
咄嗟に足で蹴ってレバーを元に戻し、ハーマイオニーは『透明マント』を被せて、三人揃って消えた
その1秒後、扉が開いて部屋にパンジーが入ってきた
その隙を狙って扉が閉められる前に出て行った三人は、速足で寮から出て誰もいない場所まで来たところで、念入りに周りを確認し『透明マント』を脱いだ
それから慌てるように、封筒を開けたハーマイオニー
そして、中から出てきたのは、日焼けした、くたびれた手紙だった
随分と…かなり前のものだとわかるもの
これは、彼女とは関係のないものかもしれない…とハーマイオニーは落胆した
だが、ノットが筆記体で書かれたその文字の最初を声に出した
「『Ruber……ルベル…だな…ルベル・リドルへ』?誰だ?聞いたこともない名前だな…」
その瞬間、ハーマイオニーは恐怖が走った
ルベルという名以外、ハーマイオニーが以前にハリーから聞いたヴォルデモートの名前だったからだ
本名はトム・マールヴォロ・リドル
だが、名の方だ
違う
『ルベル』
彼女は一瞬、彼女の子どもの名前かと思ったが、時期的にあり得ない
それに、彼女は妊娠中に自死した
子どもは産まれていないはず
おまけに、ホグワーツにある時点で、彼女が学生の頃に書いたものだ
ハーマイオニーは手紙を持つ手震えた
訝しんだノットが、手紙を取り上げて動揺して困惑した様子のハーマイオニーの代わりに読み上げた
「『ルベルへ。卒業おめでとう。私からの最後の贈り物を贈るわ』」
「贈り物?」
「『卒業したら、お互い違う人生を歩むだろうけど、きっと、貴方が偉大な魔法使いになっているかもしれないことを遠くから見ているわ』」
ハーマイオニーは、軽く戦慄した
偉大な魔法使いではない
魔法界始まって以来の史上最悪の闇の魔法使いとなったのだ
そして同時に、この手紙がナギニ・メメントが書いたものだとわかったハーマイオニー
ノットは続けた
「『今まで側に居てくれてありがとう。出来損ないで、足を引っ張ってばかりだった私を見捨てずにいてくれて、本当に感謝しているわ。だけど、ここからは貴方の人生を生きてほしい。私を守ってくれていた貴方の背中はとても頼もしかった。私は貴方に教えられたことを生かしてここで教える立場になる。稀代の天才から教えられたもの。貴方の顔に泥を塗るようなことをしないように頑張っていくわ』」
「は?これってユラが書いたものじゃないのか?教える立場?もしかしてここの教師が学生だった頃に書いたものなのか?」
意味がわからない、とばかりにマルフォイが疑問を口にする
ハーマイオニーは、どんどん顔に皺が寄っていく
読み上げていたノットは、思うところはあれど、眉を寄せて続けた
「『ルベル、もう、私を守ってくれなくても大丈夫。これから貴方にはきっと良い出会いがあるはず。だからどうか、貴方の人生が光り輝くものでありますように。もう名前を捨てて生きましょうトム。あの時の約束は果たされたわ。卒業おめでとう。贈り物はあの場所にあるわ。貴方から見れば大したものじゃないけど、受け取ってくれると嬉しい。今までありがとう…ーーArwenーーアルウェンより…』」
読み終えたノットは、眉を寄せた
一方、ハーマイオニーは最後の『トム』という名前と、『アルウェン』という名前に確信した
この手紙は、彼女がホグワーツ在学中にトム・リドルに宛てて書いた手紙だ
冷や汗が流れたハーマイオニー
頭の中に疑問が溢れ出る
何故50年以上も前の手紙があの部屋にあったのか、しかも手付かずのままで
あんなわかりにくい仕掛けのところに
女子寮の部屋に男子は入れない
仮にこの手紙をトム・リドルが見つけていたら、わざわざ置いたままにしないだろう
ハーマイオニーの知る限り、ヴォルデモートは、自分の痕跡を残すようなヘマはしないはずだ
それに、ハリーから聞いた話ではヴォルデモートは平凡なトム・リドルという名を嫌悪していた
なら尚更、それが載った手紙など捨てるはず…
消し去りたい過去なのだ
だが手紙は残ったままだった
見つけたが、意図して置いたままだったのか…
ならもう一つの可能性…彼女がこの手紙を渡さなかったということ
では何故渡さなかったのか?
ハーマイオニーは頭が沸騰しそうだった
危険だし、これほど難しい問題もない
一歩間違えれば、闇の魔術の餌食となり、命を落とす
何が命取りになるかがわからない
ここにきて初めて、ハーマイオニーはハリーが…いや、自分たちが、どんなに危険な人物と対峙しているのかが身を持って実感した
ヴォルデモートは、ダンブルドアが天才だと認めるほどの人物だった
魔力、知識、全ておいて非の打ち所がない
そんな時…
「『アルウェン』って誰なんだ?ーーもしかして、昔あの部屋を使ってた生徒…なのか?」
そもそも、トム・リドルとアルウェンの存在を知るはずもないマルフォイが、尤もな疑問を口にした
「………」
ハーマイオニーは下手に何も言えず、手紙をじっと見て黙ってしまった
その様子に気付いたノットは、訝しげに眉を顰め、目を細めてハーマイオニーを睨んだ
ノットは先程から…正確には手紙を読み上げた時からハーマイオニーの様子が気もそぞろなのに気付いていた
何かを隠しているか、手紙に関わる何らかのことを知っていることはバレバレだった
動揺を隠し切れていないハーマイオニーに、冷静さを取り戻していたノットが気付かないはずなかった
「Msグレンジャー。何か隠してるだろう?この手紙を書いた人間を知っているな?若しくは聞いたことがあるんだろう?」
ノットの言葉に、ハーマイオニーはあからさまにビクッと肩を震わせた
だが、ハーマイオニーは頭が焼き切れるくらい悩んでいた
そもそも、ヴォルデモートの学生の頃の名前と、彼女の名前、その他全てに関わることは、ハリーを通してダンブルドアに固く口止めされていたからだ
ヴォルデモート卿のことを、こちらがどれだけ知っているか、それはごく限れた人間にしか知られてはいけない
訝しげな目で見てくる二人、特にノットは吐くまで逃げられると思うな、というように睨んでくる
彼女の一番の親友だった彼の意思は強いのは、目を見ればわかる
だが、ダンブルドアはロンやハーマイオニーを信頼して、ハリーを通してヴォルデモートの卿の重大な秘密である過去を話すことを許したが…
この二人に関しては父親達を通して彼女がオフューカス・ブラックであることしか知らない
おまけに、最近まで死喰い人だった父親持ちだ
近すぎる
もし…もしこのことを知られたら…
考えられる最悪の可能性に、ハーマイオニーは全身から血の気が失せたように真っ青を通り越して真っ白になり、倒れそうになった
そんな時…
「おい、グレンジャー。何か知ってるんだろ。お前がユラを助けれるかもしれないって言ったんじゃないか。何か知ってるなら言うんだ」
マルフォイが不安と困惑、少しの苛立ちを含ませた様子でハーマイオニーに言った
ハッとしたハーマイオニーは、再び血が巡ったように顔を上げた
心臓が早く鼓動を打ち、視界をクリアにしていった
「おい、ここまで協力させておいて今更何も言えませんなんか通用すると思うなよ。お前から言い出したことだ。責任は取ってもらうぞ」
ノットは、わざとらしく手紙を見せて、ハーマイオニーに見えるように内ポケットに仕舞った
「あ」
思わず手を伸ばしたハーマイオニーは、グッと手を引っ込めて握りしめた
ノットはひとつ溜息を吐いて、平時の穏やかな様子とは別人のように鋭い眼差しをハーマイオニーに向けて言った
「今日は帰れ。この手紙は僕が持っておく。お前が知ってること全て言うなら渡してやる。僕達だって馬鹿じゃない。ーーー…それと、僕をろくでなし父親と一緒にするな。ユラの友人はお前じゃない。僕達だ。行こうドラコ」
踵を返して、戸惑うマルフォイを促して談話室に戻っていったノット
それに続いて、一度振り返り…だが何も言わずに行ったマルフォイ
ハーマイオニーは足が地面に縫い付けられたように動かなかった
罪悪感や後悔が湧き上がってきた
もしかしたら、自分はとんでもないことをしてしまったのではないかと…
彼らを巻き込んだ上に、ダンブルドアの信頼を損なうようなことをしてしまったのではないか…と
それをしっかり認識した途端、ハーマイオニーは震え上がった
途端に周りの冷たい石壁が恐ろしいもののように見えて、走ってグリフィンドールの寮まで戻った
その晩から数日後、ロンが毒を盛られた
すれ違って顔を会わせることはあるが、不毛な時間だけが過ぎていた時、突然起こったことだった
聞けば、ロミルダ・ベインから、ハリー宛に送りつけられていた惚れ薬入りのチョコを、ロンが気付かず勝手に食べて、困ったハリーは、解毒剤を作れる魔法薬学のスラグホーン先生のところにロンを連れていった
そこで無事、解毒剤を飲んだロンだったが、気つけにと開けたオーク樽熟成の蜂蜜酒に毒が盛られていた
咄嗟にベゾアール石を思い出したハリーの処置によって、一命を取り留めた
おまけに、この蜂蜜酒はスラグホーンがダンブルドアに贈ろうと知人から貰ったものだった
その時、ハリーとハーマイオニーは全く知らなかった事件のことを、もうひとつ聞いた
けっかけはロンのお見舞いにきたハグリッドが勢い余って口を滑らせたからだが…
実は、ハリーがクィディッチの選抜を行っていた日に、ハッフルパフの生徒が、ネックレスをダンブルドアに届けようとして、偶然会ったマクゴナガル先生に見つかり、回収されたのだ
その生徒が無事だったため、大事にはならなかったが、そのネックレスには、非常に強い闇の魔法の呪いがかけられており、もし、手に触れでもしていたら即死だったと検分したスネイプが言ったそうだ
ただ妙なのが、ネックレスを届けようとしたハッフルパフの生徒は、ダンブルドアに届けてほしいと言われただけで、誰に頼まれたのかも、何も覚えていなかったのだ
ただ、届けてほしいと言われただけで
そんな、あやふやな証言を信じるのは難しいが、真相を確かめようにも、生徒に対して教師が『開心術』を使うわけにもいかず、首謀者がわからないまま事件は終わった
ダンブルドアも、これ以上深掘りする必要はないと判断したからか、他の先生方も、生徒を不安がらせないためにも騒ぎ立てたりしなかった
そこまで聞いて、ハリーとハーマイオニーは確信した
ダンブルドアはきっと犯人の心当たりがついている、と
また、ハーマイオニーはこうも考えた
犯人はきっとこの学校の関係者…つまりは生徒か教師の誰かだと
そして、恐らく首謀者は、殺す予定の人物に辿り着くまでに、誰が死のうが一切気にしていないことも
校長室での話を終え、医務室にウィーズリー夫妻がお見舞いに来た
ウィーズリー夫妻と話してるハリーから少し離れたところで、それを見ていたハーマイオニーにダンブルドアが声をかけた
「Msグレンジャー、何やら悩んでおるようじゃが…ーーわしに何か、言いたいことはあるかの?授業が難しいかの?」
ハーマイオニーは一瞬ぎくりとした
何も悪いことしていないし、誓って裏切ったりはしていないのに、罪悪感と焦りが支配した
そして、矢張りダンブルドアに隠し事はできないと悟ったハーマイオニー
だが、相談すべきかどうかは別だ
あれからハーマイオニーは、冷静に考えた
あの手紙は、そもそも彼女がマルフォイ達に宛てた手紙がなければ辿り着けなかったものだ
それに、あれは偶然見つかったような気がしてならなかった
きっと、彼女が見つけて欲しかったものではない気がする
恐らく手がかりは別にある
意を決して、ハーマイオニーはダンブルドアに聞いてみた
「校長先生」
薄いブルーの目が、半月型の眼鏡から覗き込むようにハーマイオニーを写し、顎を軽く引き、少し前屈みに返事をした
「どうしたのかね?」
穏やかな表情と、柔らかい声色で聞いてくるダンブルドアに、ハーマイオニーは、少し震えながら慎重に口を開いた
「先生は、彼女を…その…’’信用’’していらっしゃいますか?」
ハーマイオニーは、わざわざ手がかりとなるよつな手紙をマルフォイやノットに渡すということは、彼女は彼らを巻き込む意図があったと思ったのだ
だが、あまりにも危険過ぎる
友人想いな彼女が、命を落とすかもしれない危険なことに、折角遠ざけた彼らを…と
だが、あり得ない話ではない
正直なところ、彼女がどこまでダンブルドアに話し、ダンブルドアがどこまで彼女のことを信用しているのか、ハーマイオニーにはわからなかった
ハリーから聞く限り、彼女が動き始めた時から、ダンブルドアは彼女にあらゆる権限を与えていたようだが…
もし、ダンブルドアが彼女を信じるのなら…
ヴォルデモートに関して、自分よりも知り尽くしていると断言し、二度も出し抜いた彼女を信じているとダンブルドアが断言するのなら、ハーマイオニーはマルフォイ達を巻き込んでもいいと思っていた
その答えを聞くべく、ハーマイオニーは少し俯いていた顔を上げてダンブルドアを窺い見た
ダンブルドアはハーマイオニーをじっと見据えて、静かに目を閉じて、ゆっくり開いた
そして、ハーマイオニーを穏やかに見据えて言った
「ああ。わしは、あの子を’’信頼’’しておるよ」
ハーマイオニーは軽く目を見開いた
あえて、『信用』という言葉を使ったハーマイオニーは、てっきりダンブルドアが『信じている』とだけ言うと思っていた
だが、違った
『信頼』していると言った
それが意味するところは、ダンブルドアが彼女を信じて’’頼りにしている’’または、’’頼りになると信じている’’ということだ
これで、偉大な魔法使いであるダンブルドアほどの人物が信頼を置く彼女という肩書きができる
とてつも無く重い言葉だ
そう簡単に使わない
ハーマイオニーは、それだけで答えは出たと思った
ダンブルドアは、きっと多くのことを見通している
その上で、『信頼している』と言ったのだ
ならば、それを信じる以外に今できることはない
「そうですか。ありがとうございます」
ゆっくり自分の胸の中で納得させるように、ひとつ頷いて返事をしたハーマイオニー
その様子を見て、ダンブルドアは穏やかに微笑み、聞いた
「他に、聞いておきたいことはあるかの?」
「いいえ。ありません」
ふるふると首を横に振り、憂いが晴れたような表情になったハーマイオニー
ハーマイオニーの心は決まった
それに、根拠はないが勘が告げていた
マルフォイ達はこの先、きっと何かの役に立つ…と
ハーマイオニーが決意を固めた一方、ハリーは不機嫌だった
やることは山積みな上、焦りだけが勝っていく
ロンは無事回復して、あの鬱陶しいラベンダー・ブラウンと別れた
別れた経緯は、処置が終わった後、まだ意識が混濁ままの時、駆けつけたラベンダー・ブラウンがいる前で、ハーマイオニーの名前をしきりに呼んでいたのが理由だ
そして、ロンはその時のことを覚えていない
ハーマイオニーの複雑な心境は言わずとも察しがつく
微妙な空気だが、形だけはまた、もとの三人に戻ったのだ
ハリーはそれで満足することにした
前のギスギスした雰囲気に比べればマシである
そして、一番肝心な課題である、スラグホーンの記憶を回収することは、お世辞にもうまくいっているとはいえなかった
ハリーは、ここ一週間間違いなく努力していた
魔法薬の授業のたびに、残ってスラグホーンを追い詰めようとした
しかし、スラグホーンはいつもすばやく地下牢教室からいなくなり、捕まえることができなくなった
ハリーは二度も先生の部屋に行ってドアを叩いたが、返事はなかった
しかし、二度目の時は、たしかに、古い蓄音機の音を慌てて消す気配がした
また、以前にハーマイオニーに『透明マント』貸した時の、用事の内容は「まだ確証がないからあやふやなことは言えないわ」とだけ言われ、何も教えてくれなかった
ハリーはそのことにも、もどかしさを感じていた
ハーマイオニーが、自分の知らないところで何かしようとしてるのはわかる
おそらくそれが自分のためだということも
ハーマイオニーは自分とは違い、知識もあるし、賢いし冷静だ
何より女性であることも重要だった
ハリーには理解できない女性の機微が理解できるのだ
それが重要な理由は、彼女も女性だからだ
いくら記憶を見ても、ハリーやダンブルドアには理解できない部分やわからないところはある
それは差別的な思考とかではなく、単に、彼女の思考により近づくには同じ女性の視点が必要だからだ
これは、ダンブルドアも同じ意見だった
彼女がもし、手がかりを残した、または残すとすれば、それを見つけられる可能性が高いのはハーマイオニーしかいない、と
それを聞いた時、ハリーは最初「そんな馬鹿な…ダンブルドアや騎士団のメンバーなどの大人の方が安全だ…それに自分たちはそこまで彼女と親交があったわけじゃない」と思った
だが、ダンブルドアの意見は違った
ダンブルドアは、彼女はヴォルデモートが警戒している人間や目につく人間をよく理解しているから、安易に手がかりを残すことはしないだろう…と
ハリーは悔しかったと同時に、彼女が、ダンブルドアの信頼が厚いことに少し嫉妬した
わかってる…頭では理解しているのだ
ヴォルデモートを知り尽くしているのは彼女だけ
ダンブルドアが知らないことも知っているのも彼女
また、それだけの代償を払ってきたからこそ、今、役に立っている
だが、彼女の助けなしには自分は何もできていない気がして、悔しさが込み上げてきた
いっそ、スラグホーンに彼女は生きていて、今、行方不明になっている生徒張本人だ。と脅そうかとも思った
ダンブルドアは、彼女が生まれ変わっているのには理由があると言っていた
そして、その決定的な手がかりをスラグホーンが持っている
あの記憶の続き
答えは『ホークラックス』にあると、ハリーは確信していた
その正体さえわかれば…
「ーー『閉心術』の授業をすれば、私が気づくと分かっていて許可されましたね」
「何に気づくのかね?」
「惚けないでいただきたい。あの場面はなんですか?何故闇の帝王がオフィーを狙うんです?あれはなんなのですかっ?ーーー校長に、私などには及びもつかないほどの深いお考えがあるのは理解しております。だからこそ今まで従ってきました。ですが、それももう限界です。あなたは、妹を見殺しにしようとしているのではありませんか?」
「不吉なことを言うものではないレギュラス先生。わしとてあの子の命を大事に考えておる。何もできぬ今、よう気持ちはわかる」
「大事?ならば、精神が大人とはいえ、まだ子どもの妹に危険なことをさせないはずです。いくらハリーが『選ばれし者』だとしてもっ。それを理由に他を犠牲していいわけではないっ」
「そうは言っておらぬ。よいかレギュラス先生、あの子とヴォルデモート卿のことは今は話せぬ。これはあの子の願いでもある。あの子はわしを信じ、そしてハリーに望みを託した。ーーー今、先生がわしを信じぬのは愚かな選択じゃ。それこそヴォルデモート卿の思う壺なのがわからぬか?」
「妹が信じた貴方を無条件で信じろと?ハリーに妹の命を預けろと?ダンブルドア、私はいち教員、いち人間としてハリーのことは良い子だとは思っておりますが、信用しているわけでない。正直、オフィーがあなたを信じて欲しいと私に言っていなければ、ここまで我慢はしていなかった」
「その選択は間違っておらぬ」
「ならば真実を」
「それに関しては、わしは応えてはやれぬ」
「っあなたはっ!「真実は、それを見る者、関わる者によって姿形が変わる。ーーもし、先生の質問に応えてやれる者がいるとすれば、それはあの子しかおらぬ。ーーーのうレギュラス先生。先生ほどの者が知らぬわけではあるまい?」!」
「そう遠くないうち、ハリーは先生の助けを必要とする。この先、ホグワーツにはレギュラス先生が必要じゃ。ハリーだけでなく、生徒達のためにも」
「どういう意味でしょうか?」
「その時になればわかろうというものじゃ」
「………もし…もしーーーあなたを信じることで、オフィーを喪うようなことになれば…ーー私はあなたを決して赦しはしません。ーー’’スラグホーン先生共々’’です」
あの時…去った薄緑のローブが揺らめく背中を瞼の裏に思い出したながら、ダンブルドアは思った
「(…思っていたよりも溝は深かったようじゃのう……のうアルウェン、これもまたお主の性質ゆえか…)」
「検討がついたぞアルバス」
「まことか?して、どこじゃと思う?」
長い髭を皺だらけの指で撫でながら、目配せしながら問う
「ここ最近ずっと考えていたが、ーーー候補は二つ。どちらも葬いに相応しい場所だ」
かの卿と同じ思考を持つという男は、指を二つ立てながら、もったいぶったように言った
「君しか知らぬところかの?」
「いや、少なくとも孤立した場所ではないだろう。’’人は訪れる’’。そして、’’誰も訪れない場所’’だ」
明確なことは言わず、意味深な言葉で答えた男に、ダンブルドアは半月型の眼鏡をゆっくり外し、机に置いた
そして、ゆっくり口を開いた
「時間を割く価値はあるかの?」
‘’迫る刻’’が近くなるにつれ、ダンブルドアにとって、ひとつひとつに時間をかけている暇はない
よって、鋭く聞くように確認した
「ああ。君が認めた私の名にかけて保証しよう。実に賢い選択だ。……なあ、アルバス。もし…ーーートムが’’善のために才能を使っていれば’’、魔法界始まって以来、最も偉大な魔法使いとなっただろう。天才的な頭脳を、無駄にしたな」
その男は、鼻でひとつ失笑し、史上最悪の闇の魔法使いを認め、嘲笑った
「…今更後悔しても遅い…わしが…わしの油断が招いた悲劇じゃっ」
ゆっくり…きつく目を瞑り、絞り出すような声色でつぶやいたダンブルドアらしからぬ様子に、男は軽い口調で言った
「どうだろうか?ーーそれを決めるのは、まだ早いかもしれんな」
どこまで先を見通しているのか、何に気づいているのか…それを聞いて易々と教えてくれるほど、この男は面白みにかける人間ではない
だが、今はそれがもどかしい
刻一刻と、刻が迫っているのだ
だからこそ、ダンブルドアは聞いた
「’’救われぬ命’’じゃと。そう言うたのは君じゃろう」
厳しい口調で言ったダンブルドアに、またも軽い口調で言った
「ああ。そうだ。’’彼女が死ねば、全て解放される’’。生き残った男の子と違ってな」
まるで感情のこもっていない口調で、最後の一言を口にした男
「随分とハリーを嫌うようじゃのう」
この男の性質を理解しているダンブルドアは、静かに呟いた
責めるでもなく、怒るでもない口調で…
「…あの類の人間は好かん」
数秒してから呟かれた言葉からは、忌々しい…とばかりにも取れる様子だった
ダンブルドアは、ひとつため息を吐いて憂げに眉を下げて、眩いものを見るように虚空を見つめて目を細めた
「…ハリーは眩しすぎるーー心優しく、美しい魂を持っておる。純粋な魂じゃ。ーーわしらから見れば、純粋過ぎるのかもしれぬ」
「彼女だ。彼女こそトムや私が貪欲に求める性質がある…言葉では表現できんだろう。ーー酷い渇きが満たされる感覚…猛毒だ…’’だから死んでほしい’’」
その言葉には、闇の帝王と近しい性質を感じられるが、男が言うこととなれば、違う意味に聞こえた
‘’死んでほしい’’…
それは、男の願望か…
はたまた避けられぬ運命なのか…
ダンブルドアには判断しかねた……
その日の昼食の後、三人は中庭の陽だまりに座っていた
ハーマイオニーもロンも、魔法省のパンフレット、「『姿現し』ーーーよくある間違いと対処法」を握りしめていた
二人とも、その日の午後に試験を受けることになっていたからだ
ハーマイオニーは、あの日決意してからマルフォイ達にいつ、どう打ち明けようかと考えていたが、やることが多すぎて、タイミングが合わず、先延ばしになっていた
もどかしい気持ちはあれど、このことは慎重に行わなければならないので静かに待っていた
パンフレットを眺めていると、女の子が一人、曲がり角から現れたのを見て、ロンはギクリとしてハーマイオニーの陰に隠れた
「ラベンダーじゃないわよ」
うんざりしたように言った
「あ、よかった」
ロンがホッとしたように言った
「ハリー・ポッター?」
女の子が聞いた
「これを渡すように言われたの」
「ありがとう…」
小さな羊皮紙の巻紙を受け取りながら、ハリーは気持ちが落ち込んだ
女の子が声の届かないところまで行くのを待って、ハリーが言った
「僕が記憶を手に入れるまではもう授業はしないって、ダンブルドアがそう言ったんだっ!」
「あなたがどうしているか、様子を見たいんじゃないかしら?」
ハリーが羊皮紙を広げる間、ハーマイオニーが意見を述べた
しかし、羊皮紙には細長い斜めの文字ではなく、ぐちゃぐちゃした文字がのたくっていた
何箇所も、インクが滲んで大きな染みになっているので、とても読みにくい
そこには…
『ハリー、ロン、ハーマイオニー、アラゴグが昨晩死んだ。ハリー、ロン、おまえさんたちはアラゴグに会ったな。だからあいつがどんなに特別なやつだったかわかるだろう。ハーマイオニー、おまえさんもきっと、あいつが好きになっただろうに。今日、あとで、おまえさんたちが埋葬にちょっくら来てくれたら、俺はうんとうれしい。夕闇が迫る頃に埋めてやろうと思う。あいつの好きな時間だったしな。そんなに遅くに出てこれねぇってことは知っちょる。だが、おまえさんたちは「マント」が使える。無理は言わねえが、俺ひとりじゃ耐えきれねえ。ーーハグリッド』
「これ、読んでよ」
ハリーはハーマイオニーに手紙を渡した
「まあ、どうしましょう」
ハーマイオニーは急いで読んで、ロンに渡した
ロンは読みながら、だんだん「マジかよ」という顔になった
「まともじゃない!」
ロンが憤慨した
「仲間の連中に、僕とハリーを食えって言ったやつだぜ!勝手に食えって、そう言ったんだぜ!それなのにハグリッドは、こんどは僕たちが出かけていって、おっそろしい毛むくじゃら死体に涙流せって言うのか!」
「それだけじゃないわ」
ハーマイオニーが言った
「夜に城を抜け出せって頼んでるのよ。安全対策が百万倍も強化されているし、私たちが捕まったら大問題になるのを知ってるはずなのに」
「前にも夜に訪ねていったことがあるよ」
ハリーが言った
「私たち、ハグリッドを助けるために危険を冒してきたわ。でもどうせーーアラゴグは死んでるのよ。これがアラゴグを助けるためだったらーー」
「ますます行きたくないね」
ロンが続けてキッパリと言った
「ハーマイオニー、君はあいつに会ってない。いいかい、死んだことで、やつはずっとマシになったはずだ」
ハリーは手紙を取り戻して、羊皮紙一杯に飛び散っているインクの染みを見つめた
羊皮紙に大粒のポタポタ溢れたに違いない…
「ハリー、まさか、行くつもりじゃないでしょうね」
ハーマイオニーが言った
「そのために罰則を受けるのはまったく意味がないわ」
ハリーはため息をついた
「うん、わかってる」
ハリーが言った
「ハグリッドは、僕たち抜きで埋葬しなければならないだろうな」
「ええ、そうよ」
ハーマイオニーがホッとしたように言った
そして、ハーマイオニーにとっても優先してハリーにしてもらいことを切り出した
「ねえ、魔法薬の授業は今日、ほとんどがらがらよ。私たちが全部試験に出てしまうから……その時に、スラグホーンを少し懐柔してごらんなさい!」
「五十七回目にやっと幸運ありっていうわけ?」
ハリーが苦々しげに言った
ロンは数数えてたんだ…とか少し違うことを心の中で思った
そして、その時ロンはピンときた
「幸運ーー」
ロンはぱぁ!と輝いたように口走った
「ハリー、それだっ。ーー幸運になれ!」
「何のことだい?」
「『幸運の液体』を使え!」
「ロン、それってーーそれよ!」
ハーマイオニーがハッとしたように言った
「もちろんそうだわ!どうして思いつかなかったのかしら?」
ハリーは目を見張って二人を見た
「フェリックス・フェリシス?どうかな……僕、取っておいたんだけど…」
「何のために?」
ロンが信じられないという顔で問い詰めた
「ハリー、スラグホーンの記憶ほど大切なものが他にある?」
ハーマイオニーが問い質した
ハリーは答えなかった
金色の小瓶が、ハリーの空想の片隅に浮かぶようになっていた
漠然とした形のない計画だったが、ジニーがディーンと別れ、ロンはジニーの新しいボーイフレンドを見てなぜか喜ぶ、というような筋書きが、頭の奥のほうで沸々と醸成されていた
夢の中や、眠りと目覚めとの間の、ぼんやりとした時間だけにしか意識していなかったのだが……
「ハリー、ちゃんと聞いてるの?」
ハーマイオニーが聞いた
「えっーーー?ああ、もちろん」
ハリーは我に返った
「うん…オッケー。今日の午後にスラグホーンを捕まえられなかったら、フェリックスを少し飲んで、もう一度夕方にやってみる」
「じゃ、決まったわね」
ハーマイオニーはキビキビ言いながら、立ち上がって爪先で優雅にくるりと回った
「………どこへ…………どうしても…どういう意図で……」
ハーマイオニーがぶつぶつ言った
「おい、やめてくれ」
ロンが哀願した
「僕、それでなくても、もう気分が悪いんだから……あ、隠して!」
「ラベンダーじゃないわよ!」
ハーマイオニーがイライラしながら言った
中庭に女の子が二人現れた途端、ロンはたちまちハーマイオニーの陰に飛び込んでいた
「よーし」
ロンはハーマイオニーの肩越しに覗いて確かめた
「おかしいな。あいつら、なんだか沈んでるぜ、なあ?」
「モンゴメリー姉妹よ。沈んでるはずだわ。弟に何が起こったか、聞いてないの?」
ハーマイオニーが言った
「正直言って、誰の親戚に何があったなんて、僕もうわかんなくなってるんだ」
ロンが言った
「あのね、弟が狼人間に襲われたの。噂では、母親が死喰い人に手を貸すことを拒んだそうよ。とにかく、その子はまだ五歳で、聖マンゴで死んだの。助けられなかったのね」
「死んだ?」
ハリーがショックを受けて聞き返した
「だけど、狼人間はまさか、殺しはしないだろう?狼人間にしてしまうだけじゃないのか?」
「ときには殺す」
ロンがいつになく暗い表情で言った
「狼人間が興奮すると、そういうことが起こるって聞いた」
「その狼人間、何ていう名前だった?」
ハリーが急き込んで聞いた
「どうやら、フェンリール・グレイバックだという噂よ」
ハーマイオニーが言った
「そうだと思ったーー子どもを襲うのが好きな狂ったやつだ。ルーピンがそいつのことを話してくれた!」
ハリーが怒った
その様子を見て、ハーマイオニーは暗い顔でハリーを見た
「ハリー、あの記憶を引き出さないといけないわ」
ハーマイオニーが言った
「すべてはヴォルデモートを阻止することにかかっているのよ。恐ろしいことがいろいろ起こっているのは、結局みんなヴォルデモートに帰結するんだわ…」
頭上で城の鐘が鳴り、ハーマイオニーとロンが、引き攣った顔で弾かれたように立ち上がった
「きっと大丈夫よ」
「姿現し」試験を受ける生徒たちと合流するために、玄関ホールに向かう二人に、ハリーは声をかけた
「がんばれよ」
「あなたもね!」
ハーマイオニーは意味あり気な目でハリーを見ながら、地下牢に向かうハリーに声をかけた
午後の魔法薬の授業には、三人の生徒しかいなかった
ハリー、ゴイル、アーニーだった
「みんな『姿現し』をするにはまだ若すぎるのかね?」
スラグホーンが愛想の良く言った
「まだ十七歳にならないのか?」
三人とも頷いた
「そうか、そうか」
スラグホーンが愉快そうに言った
「これだけしかいないのだから、何か楽しいことをしよう。なんでもいいから、面白いものを煎じてみてくれ」
「いいですね、先生」
アーニーが両手をこすり合わせながら、へつらうように言った
一方、ゴイルはにこりともしなかった
いつもならクラッブと共に常に行動しているのに、そういえば、今学期に入ってから一緒にいる姿を見かけない
「『面白いもの』ってどういう意味ですか?」
ゴイルが不機嫌さを募らせながら言った
「ああ、私を驚かせてくれ」
スラグホーンが気軽に言った
ゴイルはむっつりと嫌そうな顔をして、「上級魔法薬」の教科書を開いた
この授業が無駄だと思っていることは明らかだ
いつもなら馬鹿なゴイルのことなど気にもならないが、この時は何故か目が離せなかった
思い返せば、今学期からゴイルは妙に静かだった
いつも一緒にいるクラッブといない上に、大広間でも騒いで馬鹿食いしていない
それに、思い過ごしこもしれないが前学期見た時より、やつれたようだった
この前、ダンブルドアに会いに学校に来ていたトンクスと同じように、顔色が悪く、青黒い隈がある
そこまで考えて、ハリーは考え直した
どう頑張って考えてもゴイルに何か企むだけの頭はないし、年中食べることしか頭にないと思った
ゴイルはたしかににスリザリンの生徒だが、マルフォイほどそこそこ優秀なわけではない
だが、父親は死喰い人だ
仲間になったとしても、お世辞にもゴイルに何かできるとは思えない
ハリーは頭の中でそう結論づけて思考を振った
今はスラグホーンの記憶回収のことだけに集中しなければならないのだ
それから「上級魔法薬」の教科書を拾い読みしたハリーは、教科書をさんざん書き換えた、プリンス版の「陶酔感を誘う霊薬」が目に止まった
スラグホーンの課題にぴったりなばかりか、もしかすると…
ハリーはそう考えた途端、心が躍った
その薬をひと口飲むようにハリーがうまく説得できればの話だが、スラグホーンがご機嫌な状態になり、あの記憶をハリーに渡してもよいと思うかもしれない…
「さーて、これは何とも素晴らしい」
一時間半後に、スラグホーンがハリーの大鍋を覗き、太陽のように輝かしい黄金色の薬を見下ろして、手を叩いた
「陶酔薬、そうだね?それに、この香りはなんだ?ウムムム……ハッカの葉を入れたね?正統派ではないが、ハリー、何たる閃きだ。もちろん、ハッカは、たまに起こる副作用を相殺する働きがある。唄を歌いまくったり、やたらと人の鼻を摘んだりする副作用だね……いったいどこからそんなことを思いつくのやら…さっぱりわからんね…もしやーー」
ハリーはプリンスの教科書を、足でカバンの奥に押し込んだ
「ーー母親の遺伝子が君に現れたのだろう!」
「あ……ええ、多分」
ハリーはホッとした
アーニーはかなり不機嫌だった
今度こそハリーより上手くやろうとして、無謀にも独自の魔法薬を創作しようとしたのだが、薬はチーズのように固まり、鍋底で紫のダンゴ状になっていた
ゴイルはふて腐れた顔で、もう荷物を片付けはじめていた
終業ベルが鳴り、アーニーもゴイルもすぐ出て行った
「先生」
ハリーが切り出したが、スラグホーンはすぐに振り返って教室をざっと眺めた
自分とハリー以外誰もいないと見て取ると、スラグホーンは大急ぎで立ち去ろうとした
「先生ーー先生、試してみませんか?僕のーー」
ハリーは必死になって呼びかけた
しかし、スラグホーンは行ってしまった
がっかりして、ハリーは鍋を空けて荷物をまとめ、足取りも重く地下牢教室を出て、談話室まで戻った
ロンとハーマイオニーは、午後の遅い時間に帰ってきた
「ハリー!」
ハーマイオニーが肖像画の穴を抜けながら呼びかけた
「ハリー!合格したわ!」
「よかったね!」
ハリーが言った
「ロンは?」
「ロンはーーロンはおしいとこで落ちたわ」
ハーマイオニーが小声で言った
陰気くさい顔のロンが、がっくり肩を落として穴から出てきたところだった
「ほんとに運が悪かったわ。些細なことなのに、試験官が、ロンの片眉が半分だけ置き去りになっていることに気づいちゃったの……スラグホーンはどうだった?」
「アウトさ」
ハリーがそう答えた時、ロンがやって来た
「運が悪かったな。おい、だけど、次は合格だよーーー一緒に受験できる」
「ああ、そうだな」
ロンが不機嫌に言った
「だけど、眉半分だぜ!目くじら立てるほどのことか?」
「そうよね」
ハーマイオニーが慰めるように言った
「ほんとに厳しすぎるわ……」
夕食の時間のほとんどを三人は「姿現し」の試験官を、こてんぱんにこき下ろすことに費やした
談話室に戻りはじめるころまでには、ロンはわずかに元気を取り戻し、こんどは三人で、まだ解決していないスラグホーンの記憶の問題について話しはじめた
「それじゃ、ハリー、フェリックス・フェリシスを使うのか、使わないのか?」
ロンが迫った
「うん、使った方が良さそうだ」
ハリーが言った
「全部使う必要はないと思う。十二時間分はいらない。一晩中はかからない……ひと口だけ飲むよ。二、三時間で大丈夫だろう」
「飲むと最高の気分だぞ」
ロンが思い出すように言った
「失敗なんてあり得ないみたいな」
「何を言ってるの?」
ハーマイオニーが笑いながら言った
「あなたは飲んだことがないのよ!」
「ああ、だけど、飲んだと思ったんだ。そうだろ?」
ロンは、言わなくともわかるだろうと言わんばかりだった
「効果はおんなじさ…」
スラグホーンが今しがた大広間に入ったのを見届けた三人は、スラグホーンが食事に十分時間をかけることを知っていたので、しばらく談話室で時間を潰した
スラグホーンが自分の部屋に戻るまで待って、ハリーが出かけていくという計画だった
禁じられた森の梢まで太陽が沈んだ時、三人はいよいよ判断した
ネビル、ディーン、シェーマスが、全員談話室にいることを慎重に確かめてから、三人はこっそり男子寮に上がった
ハリーはトランクの底から丸めたソックスを取り出し、微かに輝く小瓶を引っ張り出した
「じゃ、いくよ」
ハリーは小瓶を傾け、慎重に量の検討をつけてひと口飲んだ
「どんな気分?」
ハーマイオニーが小声で聞いた
ハリーはしばらく答えなかった
やがて、無限大の可能性が広がるようなうきうきした気分が、ゆっくりと、しかし確実に体中に染み渡った
何でもできそうな気がした
どんなことだって……そして突然、スラグホーンから記憶を取り出すとが可能に思えた
そればかりか、容易いことだと
ハリーはにっこり立ち上がった
自信満々だった
「最高だ」
ハリーが言った
「本当に最高だ。よーし……これからハグリッドのところに行く」
「「えーっ?」」
ロンとハーマイオニーが、とんでもないというか顔で同時に言った
「違うわ、ハリー。ーーーあなたはスラグホーンのところに行かなきゃならないのよ。憶えてる?」
ハーマイオニーが言った
「いや」
ハリーが自信たっぷりに言った
「ハグリッドのところに行く。ハグリッドのところに行くといいことが起こるって気がする」
「巨大蜘蛛を埋めに行くのがいいことだって気がするのか?」
ロンが唖然として言った
「そうさ」
ハリーは「透明マント」をカバンから取り出した
「今晩、そこに行くべきという予感だ。わかるだろう?」
「「全然」」
ロンもハーマイオニーも仰天した
「これ、フェリックス・フェリシスよね?」
ハーマイオニーは心配そうに、小瓶を灯りにかざして見た
「他に小瓶は持ってないでしょうね。例えばーーえーとー…」
「『的外れ薬』?」
ハリーが「マント」を肩に引っ掛けるのを見ながら、ロンが口元をひくつくかせながら意見を述べた
ハリーが声をあげて笑い、ロンもハーマイオニーもますます仰天した
「心配ないよ」
ハリーが言った
「自分が何をやってるのか、僕はちゃんとわかってる……少なくとも」
ハリーは自信たっぷりドアに向かって歩き出した
「フェリックスには、ちゃんとわかっているんだ」
そう言って、ハリーは「透明マント」を被り、階段を下りていった
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次回…
スラグホーンの記憶回収から
一方ハーマイオニーは新たな手がかりを見つける…だがそれはあまりにも危険過ぎて…困惑し、動揺する…
其々が想いを抱え、思惑や葛藤が絡み合う中、其々が求める真実を掴もうともがく…
※今回で「謎のプリンス」終了の予定でしたが、次回も続きますっ