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謎のプリンス 〜4〜

謎のプリンス 〜4〜 - chocoの小説 - pixiv
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38,450文字
転生3度目の魔法界で生き抜く
謎のプリンス 〜4〜
記憶の旅は、底も…終わりも見えないような暗闇
光が差したと思えば…すぐまた覆われる…

一向に見えてこない真実…するべきことだけが増えてゆく…

彼女ができることはもうなく…すべての望みはひとりの青年に託された…
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2021年7月2日 10:45

※捏造過多


————————————



「…………ろ…」

だれ…
もう少し…夢の中に居させて…

もう…疲れた…

「……ニ…」

やめて…

もう聞きたくない……


「ナギニ…」


優しげな…もう何回も…何万回も聞いた’’彼’’の声に重い瞼をうっすら開けると…

‘’彼’’の紅い目が目の前にあった…

あなたは…いつからそんな目で私を見るようになったの…

「…トム…」

「いい夢は見れたか?」

……あなたの夢しか見ていない…
ずっと…
たくさん…たくさん大切な人がいるのに…夢に出てくるのは…いつだってあなた…


「……あなたが…いる…」

「ああ、僕はお前の前にいるな」

そうじゃない…
ええ…わかってる…意地悪な人…

「……意地が悪いわ……」

泣きそうになる…
いつから…あなたを見ると涙が止まらなくなったんだろう…

「くっくっ…知ってるさ。僕の夢’’しか’’見ないんだろう?」

そんな愉快に笑う人じゃなかった…
そう…だったはず…

「……嬉しいよ。お前には’’僕’’しかいない」

そんな穏やかな表情をする人じゃなかった…

「……どうして…優しくするの…残酷よ…」

「僕らにはお似合いだろう?」

そうね…
お似合いかもしれない…

「お前は泣き虫だな。それにどうしようもなく弱虫だ」

そうだよ…

彼の滑らかで長い指の腹が流れた涙を拭う
温度のない手なのに…
どうして…
こんなにも胸に抱えたものが霧になってゆく…

手が伸びる…
私より大きくて…綺麗な彼の手に…

そんな優しそうな目で見ないで…

「側にいて……幻でもいい…夢でもいいから…」

彼の紅い目がまるで驚いたように見開かれて煌めいているようにも見える…
瞳が…紅々と揺れている…
綺麗…
こんなに綺麗な目をしてた……

「夢だけで、満足なのか…」

「…トムがいれば…いい…」

苦しいのも…痛いのも…辛いのも…もうたくさん…
でも…’’あなた’’がいるなら…

「…お前はいつもそうだ……」

そんな苦しそうな表情で言わないで…
あなたは何も求めていない…
力だけ…
いつだってそうだった…
私は横で見ているだけでよかった…
卑怯だ…わかってる……

「…ごめんなさい…私は…赦されないから…」

「ああ、そうだろう。お前は赦されない」

彼の手が私の頬から離れてゆく…
こんなにも…寂しいと思ってしまう…
いや…
私は赦されない…

「……ト「僕のだ…お前は僕だけのものだ」

「…そう…だね…」

「僕はお前のか?」

一瞬…あなたの言葉が理解できなかった…
今なんて…?

「…夢も…現実も…昔から…ずっとあなたしか見なかった…それ以上言わせないでよ…満足でしょう」

私も…言葉が足りないと思う…
わかってるそんなこと…
でも口からついて出る言葉が…これしかない…
悪いとは思わなかった…
最低だと思う…本当に…

私がそう言ったら…彼が横に滑り込んできた
まるで…孤児院にいた時のように…何度か幼い彼と隣り合って横になった時みたいに…

私の胸元に…縋るように…逃がさないように抱きついてくる…
幼かった…彼は…
顔も知らない親の愛情を求めていたのは口に出さずともわかっていた…
私はそれに対して見て見ぬふりを決めて彼の好きにさせていた…
何も…言わなかった…何も…しなかった……
それが…悪かったのかもしれない……


黒くさらさらとした髪に指を通して頭を撫でると腕が少し緩むのも…
顔を見られないように頑なに顔を上げようとしないのも…
何度もため息を吐き出すのも…

あなたの小さな癖がわかるほど…見てきた…
だけど私は所詮他人だ…
彼とは何の関係もない…そうたかを括っていた

「トム…」

何も言えない…名前を呼ぶことしか…
離してほしかったのもあった…逃げたかったのも事実だ…
本当に関わりたくなかった…
どれだけ恐ろしかったか…怖かったか…

だけど、あなたの弱さを見た時…私は離れられなかった…
エゴだってわかっていても…
だから、私は口を出さなかった…

「呼べ…」

命令口調になるのも…許せた
仕方がないと…
あなたらしいと…

だけど…いつからか…そう…あなたは変わってしまった…
何ひとつ変わっていない……はずだった…
あなたを確かに傷つけた…

ごめんなさいトム…
あなたに謝りたい…けど、もうできない…

「お前は本当に卑怯だ…お前の方がよっぽど」

うん…
そうだね…
皆んな、あなたが邪悪で生きていてはいけない人だと思っている…
…だけど違う…

「トム……トム…」

いつからか…あなたがなによりも大事だった…
どんな命よりも…大切だった…
これは愛じゃないってわかっていた……
私は…あなたに依存してた…
あなたが怖かった…恐ろしかった…でも…私の命より大事だと思えた…

「…ナギニ……僕の…僕だけのナギニ…僕をみてくれ」

「みてるよ…ずっと前から…」

「…お前は…ひと言も僕を求めなかった…僕を認めなかった」

弱々しい…そんな言葉あなたに似合わない…
認めていた…ずっと…だけど…あなたの言う通り…求めたりは…しなかったと思う…そうじゃない…

「…認めていたわ…」

誰よりもあなたを認めていた…あなたはすごい人…
天才だった…
だから…とても不器用だと…支配的で…身勝手だった…
人と比べられることを嫌悪していたあなた…
凡庸さをなによりも嫌った…

「…あなたの全てを…受け入れたつもりだった…」

そう…つもりだっただけ…

「ああ、お前は’’ただ’’受け入れた…僕も…彼もだ…だが僕も彼も満足なんてできなかった」

「……お前にはわからない」

胸が苦しい…
その言葉を言われたくなかった…
聞きたくない…

「…だが、それでも僕はお前を見捨てなかった」

……ええ…あなたは私を見捨てなかった…
側いてくれた…こんな私の…

「…どれだけ見捨てたかったか…こんな凡庸なお前を…この僕がだ」

「トム……ありがとう…でも…もういいの…もう十分なの」

「っ…そんな言葉を簡単に吐くなっ。僕を憐れむなっ」

「簡単じゃない…憐れまれるべきは私よ……私は卑怯だから…あなたのことを知っているのは私だけでいいと思ってしまうの」

痛みも…恐ろしさも……怖い…怖いのに…
結局…あなたから離れられなかった…

「そんなこと知ってる。僕もそう望んだ」

‘’彼’’の頭を撫でるのは…いったい、いつぶりだろう…
最後に覚えているのは…幼い小さな手だった…
孤独な…孤独すぎる’’彼’’を抱き寄せたのは…いつぶりだろう…
‘’彼’’が腕を回してきたのは…

「……トム……」

「…もう何も言うな…黙れ。’’疲れたんだ’’」

あなたが’’そう’’言うなら…私はいつだってそうする…
…あなたがそう望むなら…
























「来い、ナギニ」

「私は部外者であり、裏切り者のはずよ」

「口が減らんな。普通ならば俺様の決定に口答えなどする奴などおらん」

「……あなたの立場を考えた結果よ…」

「そうやって俺様を心配するフリをするとは、いよいよ切羽詰まってきたようだな?俺様の不況を買い、手に掛けさせるつもりか?ならば、計算違いだ」

「………私は…役に立たないわ…お願っあ゛ぐっ!」

「また罰を受けたいのか?ん?」

「ぁ゛……」

晒されている細首を片手で易々と掴み、絞めながら、蛇のような様相を近づけて聞く彼に、彼女はその腕に手をかけながら苦しそうに声を絞りだした
喉が潰されそうな圧迫を感じながら、薄れそうになる視界に彼を写す

そして、意識を失いそうになった直前で離され、足元に膝をついて崩れ落ちた

「ぁ゛っゲホッ!ゴホッゴホッ!…ゲホッ…」

「我が子を殺した罪を償え」

冷たく…凍るような声が上から降ってきて、彼女は固まった
わざと…彼女を責めるために言った
彼は子どもなど産まれれば’’存在さえしていれば’’それでよかったのだ…
あえてそれを言ったのも、重荷を…さらならる罪悪感を背負わせるため…
枷…

床の上で、震えて拳を握りしめた彼女
ポタポタと目の前にある黒い布に染み込んでいく…


「…っ…ふっぅ゛っ……ごめっ…んっ…なさぃっ……」


悲痛な、彼女の震えた呟きだけが部屋に響いた…

それを見てヴォルデモートは口角を歪に上げた




















ダンブルドアに二回目の記憶を見せてもらってからの最初の授業は薬草学だった
朝食の席では盗み聞きされる恐れがあるので、ロンとハーマイオニーにダンブルドアの授業のことを話せなかった
温室に向かって野菜畑を歩いているときに、ハリーは二人に詳しく話して聞かせた
週末の過酷な風はやっと治っていたが、また不気味な霧が立ち込めていたので、いくつかある温室の中から目的の温室を探すのに、普段より少し余計に時間がかかった

「うわー、ゾッとするな。少年の『例のあの人』か」

ロンが小声で言った

「私にはなぜ彼女がダンブルドアに最後まで話さなかったのかが理解できないわ」

ハーマイオニーが心底理解できないとばかりに、嫌そうな顔で言った

「だよな。ハリーの話じゃ、その時から気づいてたんだろ?しかも自分も酷い目に遭ってた癖に……そういう趣味としか思えないよ」

ロンが続けて、おえ〜という風に言った
ハリーは、否定できなかった
ここまで人の心を理解できないと思ったことは今までなかったからだ

「ずっと『服従の呪文』かけられてたんじゃないか?」

ロンが、これなら納得ができるとばかりに言った
だが、ハーマイオニーは反論した

「そんなの不可能よ。いくら天才だったとしてもダンブルドアの目もあるのに、かけ続けるなんて…」

表情を歪めて言ったハーマイオニー

「じゃあハーマイオニーはずっと自分の意思で従ってたって言うのか?それこそ異常どころじゃないだろ」

ロンは、目をひん剥いて「正気か?」とでもいうように言った
一方ハリーは、ハーマイオニーの先程の言葉を思い返していた

自分もダンブルドアに聞いた

ーー彼女は…その、なぜあいつから離れなかったんでしょう?機会がなかったわけじゃないでしょう?ーー


機会はいくらでもあったはずだ
ずっと一緒に、側を離さなかったと言っても、男女で部屋は違うし、授業だって全て一緒なわけではない…
だが、ダンブルドアは言っていた



ーーーあの時点であの子はたしかにあやつに怯えておった。これは、わしの憶測であり、事実に基づかぬ想像じゃーーもしかしたら、あの子は、あやつが顔も知らぬ母親の愛情を求めていると思っておったのかもしれぬーーそれ故に、あやつを見放せなかった…ーーー



わからなくはない…ハリーはそう思った
自分も…ヴォルデモートに殺された両親との記憶はない……
だが、愛されていたと確信はあった
あの最悪なダーズリーの家でも、あの夫妻はハリーは愛されていなかったなどの類の言葉は、ひと言も言わなかった
言うとすれば碌でもない両親だと、罵るくらいだ

だけど、ヴォルデモートは違う
何も知らない…
むしろ、ヴォルデモートは実の父親に、母親が妊娠していた時に捨てられたのだ
その上、あの性質だ

もしーー…もし、彼女が意思表示がハッキリした女性だったなら、未来はまた違っただろう
だが、彼女は運が悪く、ヴォルデモートの母親に似たところがあった
決定的に違うところはあったが、それでも似ていた
気弱で、意思薄弱、寡黙で、平凡…凡庸だった
才能があるわけでもなんでもない
間違いなくヴォルデモートが一番嫌悪し、嫌っていた類の人間だ

だが、彼女だけは、ヴォルデモートの中では違った
あの二人が、ダンブルドアに出会うまでにどのように過ごしてきたかわからない
ミセス・コールの押しつけのせいも大いにあっただろう
だが、彼女は明確に拒否も拒絶もしなかったのではないか?

むしろ、自分の目から見れば、彼女はヴォルデモートの’’拠り所’’であることを受け入れていた
‘’依存’’されていることに気づいていなかったとは、どう見ても思えない

ダンブルドアの言っていたことは的を射ていた
‘’見放せなかった’’
そりゃあ、ほとんど産まれた時からずっと一緒にいたなら、誰だって情は移るだろう…
むしろ、移らない方が不自然だ

彼女は、’’当たり前’’の反応を示していただけだ
なのに、なのに残る違和感…
間違いなくそうであるはずの確信に近い推測なのに、…どうにも不気味な違和感だけが残る…


本当に知りもしない母親を重ねるだけ…だったのか…




「ーーからっ、彼女は今でも『例のあの人』を愛しているかもしれないってことよっ」


突然、耳に入ってきたハーマイオニーの声にハリーはビクッとした
ハーマイオニーはロンに言っていたらしい
自分が思考に耽っている間に、二人は軽く口論になっていた


「おいおい、本気で言ってるのか?それが本当ならただの異常者だろ?イカれてる。そんなのもはや愛でもなんでもないだろ?ただの常軌を逸した執着だろ?」


ハリーは思った
執着なんてものじゃない……スラグホーンが以前、授業で言っていた愛の妄執でもないだろう…

そう…
当てはまる言葉を唯一選ぶとすれば…




‘’狂気’’…





ハーマイオニーは、ロンの言葉に何も否定できないのか、する気がないのか、「そうね。そうかもしれないわ」とだけ言った






ーーーートム…ーーーー





ーーーナギニ…ーーーー







ハリーの頭の中で、夢で見た、お互いの名を呼び合う姿がこだまする
表現する言葉が見つからない…あの姿は…まるで’’二人でひとつ’’かのような……

求めているわけでもない…

そうあるのが当たり前かのような…

だが、ハリーが予想していた…続くだろう言葉は何もなかった……

あれほどの声色でお互いを呼んでいながら…
もどかしい…
そんな気持ちにも似た、忌々しい感情を覚えていた
夢を見た日、記憶を見た日からずっと抱えている…







そして、そんな気分を抱えたまま、ハリーは温室に着いた
ロンとハーマイオニーは、もうあの話題を話すのはやめたようだ


今学期の課題である「スナーガラフ」の節くれだった株の周りに陣取り、保護手袋を着けるところだった

「だけど、ダンブルドアがどうしてそんなものを見せるのか、僕にはまだわかんないな。そりゃあ胸くそ悪いし面白いけどさ、でも、何のためだい?」

「さあね」

ハリーはマウスピースをはめながら言った
確かに胸くそ悪くならないか、と聞かれれば、なるだろう
だが、ハリーにはそれ以上に、胸が苦しかった

「だけど、ダンブルドアは、それが全部重要で、僕が生き残るのに役に立つって言うんだ」

「それほんとか?だってさ、話だけ聞いてるとまんまあの二人の恋話じゃないか…かなり…その、イカれてるけど…」

「いいえ、すばらしいと思うわ」

ロンの言葉を否定するようにハーマイオニーが、ハリーの方だけ向いて言った

「できるだけヴォルデモートのことを知るのは、とても意味のあることよ。そうでなければ、あの人の弱点を見つけられないでしょう?」

「ならどう考えても弱点はあいつだろ」

ロンがハーマイオニーの言葉に即答するように言った
ハーマイオニーは顔を顰めた

「だってそうだろ?どんなヤバい魔法か知らないけど、生まれ変わってまで手に入れようとするとか相当だろ?」

ロンの指摘に、奇しくも二人は「よく考えればそうだ…」と、難しいことを考えていただけに初歩的な疑問に考え直した

その時、ロンの発言を受けてハーマイオニーが何か疑問に思ったように再びハリーに向き直り聞いた

「ねぇ、ハリー、あなたが見たって言う夢、もしかしたら何か意味があるのかもしれないわ。ダンブルドアには夢のこと言ったの?」

ハリーは、無意識に唇をすこし、引き結んだ

「ダンブルドアはただでさえ忙しいんだ。僕が見た夢は授業で見た記憶とほとんど変わらない。それにあいつが意図的に僕に見せてる可能性だってあるんだ。僕はもう騙されない」

あんな穏やかすぎる夢など…きっとまやかしに決まっている
ハリーの中では、そう結論づけられている’’はず’’であった

「ハリー…」

責めれるようなハーマイオニーの視線に、ハリーは顔を逸らした
そこで、ロンが気軽に声をかけた

「それよりシリウスがどこにいるかわかったのか?そっちの方が重要だろ?」

ロンの言葉に、ハリーは前回の個人授業の後に確認した手紙を思い出した
何もなかった
何もかけられていなかった
仕掛けもなく、ただの素っ気無い挨拶
ハリーは何度も読み返したが、隠された意図もなにも見つからなかったのだ
その時の落胆と苛立ちを思い出して、ハリーはため息をつきそうになった
シリウスに怒りすら持った

「わからない。手紙にも何の仕掛けもなかった…やたら『守護霊』のことばっかり書いてあっただけさ。あとレギュラス先生のこと」

途中からの素っ気無い手紙の返事の中には、ハリーの守護霊の話がそれ以降毎回あったのだ
だが、それは「リリーと同じだ」「懐かしい」「弟は元気だろうか…」とかそんなことばかり
ハリーには意味がわからなかった


「………ねぇ、ハリー。その手紙。一度レギュラス先生に見せてみたらどうかしら?あの先生は粗方の事情は知っているし、シリウスのことを尤もよく知る人のひとりよ?」

ハーマイオニーの提案に、ハリーはムッとしたが、一理あると思った
シリウスは学校に押しかけてまで、レギュラスに謝ろうとした
だけど、それは謝ろうとしただけなのか…
ハリーは、ハッとした

「わかった。レギュラス先生に見せてみるよ」

「ええ、何かわかるといいんだけど」

この時、ハーマイオニーの言葉を素直に聞いて良かったと、ハリーは後から身に染みて理解した

















  


数日後、忙しい合間を縫って金曜日の夜に行われる、レギュラスとの『閉心術』の訓練の前に、ハリーは今日まで送られてきたシリウスからの手紙を見せた

ダンブルドアに言われたことは伏せて、レギュラスのまだ知らないことを言うわけにもいかないので、うまく誤魔化しながら聞いたハリー

魔法史の教授室のカウチに腰掛けながら、レギュラスは嫌そうな顔で手紙を見聞した

そして、全て目を通すのをハリーは向かいの肘掛け椅子で黙って待った
これほど一分一秒が遅く感じたことはない
妙な緊張感が漂う

そして、幾分かした後、最後の手紙を手前のテーブルに適当に放り置いたレギュラスに、ハリーは「やはりなにもわからなかったか…」と思いかけた時

「これは僕たち兄弟で使っていた’’プレイフェア暗号’’だ」

ハリーは思わず目を見開いた
レギュラスは忌々しそうな…苦々しい顔で机に積み重なった手紙を睨みつけた

「‘’プレ?…暗号?’’」

「’’プレイフェア暗号’’。こんなものを今更使うとは…心底反吐が出る」

忌々しげに呟いたレギュラスに、ハリーは気まずくなった
矢張り、根深い溝がある…

「これはね、ハリー、元はマグルが発明した暗号だ。ゆきさつは置いておくが、この暗号は対字換字式暗号で、通常の、個々の文字を置き換えてメッセージを暗号化するのではなく、対で置き換えるものだ。そして、このプレイフェア暗号解読のためには、キーワードとなる言葉が必要なんだ」

ハリーには、ちんぷんかんぷんだった
こういうのはハーマイオニーの方が得意だろう
連れてくればよかったと心底後悔した

「わからないという顔だね。まぁ無理もない。これは、暗黒時代にオフィーと僕たちが安全に連絡を取り合う手段として使用していたものだからね。わからないのも無理はない。読書が好きだったオフィーはそれこそマグルの本でもなんでも読んでいた。こっそりね。僕たちはそれを知っていたから、いつしか三人で頻繁に使うようになった。さながら幼い頃の秘密の遊びさ。ブラック家という柵の多い家系に生まれたからこそ、明け透けな兄と違って僕とオフィーは本音をなかなか言えなかった。だからよく暗号や隠語を作り、話したものさ」

懐かしむように、机を見つめて言うレギュラスに、ハリーは胸が締め付けられた
よく考えれば、自分はシリウスの家族になったが、ブラック家のことを何も知らない
シリウスしか見ていなかったからだ

「さて、それは置いておいてだ。この暗号を解くにはキーワードとなる言葉が必要だと言ったね」

「はい…でも僕、キーワードと言われても心当たりがなくて…」

「君にわからないなら僕にわかるわけもない。これは君に宛てた手紙だ。まぁわかった時のために教えておこう。いいかい?プレイフェア暗号は、キーワードとなる言葉を使用して、5×5の表を作成し、四つのルールを適用しながら、その表に対字を暗号化する」

「四つのルール?」

「ああ、口頭で言ってもいいが、覚えられる自信は?」

レギュラスの悪戯っぽい表情に、ハリーは少し熱くなった
同時に、少し穏やかになってよかったとも思った
こういう時、レギュラスはとても賢く、間違いなく優秀だったと実感するのだ

「……すみません。紙か何かに書いてもらえると…」

恥を忍んで言ったハリーに、レギュラスはクスリと笑って杖を振って羊皮紙に羽ペンを動かさせて書き込んだ

書き込ませる途中にレギュラスは口を開いた

「いいかいハリー。届いた手紙は全部で五通。つまり、表は全部で五つ。それが何にせよ、内容は君にとって危険なものかもしれない。兄が、今現在、救いようがない、愚かなことをしているのは耳に入っている。僕はオフィーが一番大事だから、あえて言わせてもらうがね」

ハリーは、ごくりと息を呑んだ
レギュラスがこういう雰囲気なる時は、大抵怖い
そして、現実味がある

「もし、君が、兄が、オフィーを餌にヴォルデモートに誘き出されたとしよう。それで捕まった時、どうなると思う?ヴォルデモートの手段を選ばない残酷さは君も目の当たりにしただろう?オフィーは’’君’’や’’愚かな兄’’を助けるために、あえて捕まったと言ってもいい。そこまでして遠ざけた君が、兄がまんまと捕まって目の前に出されてみろ。どんなことになるかわかるだろう」

悔しいが、レギュラスの言葉にはどうしようもない説得力があった
膝の上で拳を握りしめて、レギュラスの言葉をきちんと聞くハリー

「そういうことだよ。確かに君はとても勇敢だ。だがそれは裏を返せば無謀とも言える。だから君には支えてくれる友人が必要なんだ。耳に痛いことや聞きたくないことを言われることもあるだろう。だがそれは君を嫌ってのことではない。君の視野を広げるためのものだと思いなさい。その場の気分で跳ね除けるのは賢い選択とは言えない。呉々もオフィーの想いを無駄にしないでくれ」

レギュラスの最後の言葉は自分に向けたものであるだろう、とハリーは思った
彼の中では、愛する双子の妹…唯一の片割れだったに違いない
だからこそ、明らかにされていく真実を知っても、過去の過ちと、妹への愛ゆえに自身を見失わない
それは一種のいきすぎた感情…
だが、彼は過去に過ちを犯し、それをなによりも重いものとして受け止めている
心の中で位置付けている
だからこそ、ハリーを守ろうとしてくれるし、成長するために多くのことを教えてくれる
それがわかっているだけに、耳に痛い言葉や、心の中で反論したい気持ちはあれど、ハリーは黙って耳を傾けた

そんなレギュラスが、もしーー…もしーー…ヴォルデモートがかつて彼女にした仕打ちなどを知ってしまったら…ハリーは鳥肌が立つどころではなかった
あの時の肖像画の前でのレギュラスの姿を思い出して、恐怖が駆け巡る

今度こそ何をしでかすかわからない…

「はい、先生」

「構わない。ハリー。兄の愚かさを決して見倣ってはいけないよ。あれはただの’’無謀’’だ。今日の訓練は無しにしよう。遅い時間になってしまった。今度は再来週の同じ時間だ。次回で最後だ」

ハリーは思わず「え」と言った
何か気に触ることを言ってしまったか…
必死に探そうとしたが、その前にレギュラスが口を開いた

「校長からのご指示だ。それに、今日までの成果を見てきた限り、文句はない。’’今の’’君の心にはヴォルデモート卿がつけ入る隙はないだろう。僕が保証すると校長に進言しておいた」

レギュラスの言葉に、ハリーは少し嬉しくなった
認めてくれていた
必死に、黙々と、文句も弱音も吐かずに頑張った甲斐があったと
そうか、こうして耐え忍んだ後に、認められるというのはここまで嬉しいものなのか…と実感したハリー

「君と校長が何をしているかは聞かない。だが、スラグホーン先生が戻ってきたのは理由があるだろうとは検討がついている。それと、これは忠告だが、間違ってもあの先生の前でオフューカスのことを聞くことがないようーー」

ハリーは背中に冷や汗がタラリと流れた
もう聞いてしまっていた
だが、スラグホーンは覚えてもいない様子で平然と、平凡な生徒だ、一角にはならないと軽い口調で、落胆したように言っていた
なぜ、こんな怖い顔でレギュラスが忠告してきたのかは、ハリーには想像がつかなかった

「それでは、気をつけて寮まで帰りなさい」

「はい。ありがとうございました。レギュラス先生」

「ああ」


キィと音を立てて重い扉が閉まり、鍵が掛けられる音が響いてから、ハリーは何となく早足で寮へと戻った

とりあえず、今すべきことはこの手紙を解読することだ
そうとなればハーマイオニーに聞いた方が早い、頼った方がいいとすぐさまわかったハリー
キーワードの言葉を一緒に考えて方が早く答えが出そうな気がしたからだ






















「時が近づいておる。セブルス。すべきことはわかっておるな?」

「そう簡単にいくとは思えませんな」

「そのためにあの子が結んだ縁じゃ。ハリーならきっとわかるじゃろう」

「…いささか甘やかしすぎでは?」

「あの子にはあの子の考えがあるのじゃ」

「どこまで苦しめれば気がお済みですか?もう十分なほど苦しみましたぞ」

「わしにも君にも、それを決める権利も、語る資格もないのじゃ。あの子はあやつを愛しておる。それが答えじゃ」

「随分と、ご立派な’’愛’’だことで」

「君にも理解できる部分があるのではないかね?」

「…’’あれ’’が狂気的な関係なのは、校長が一番理解しておられるのではないですかな?」

「その通りじゃ。じゃが、そこに我々が求める’’希望’’があるのも事実」

「…犠牲にするおつもりですか」

「避けては通れぬ。あの子もそれを望んでおる」

「っ…」

「困らせるでないぞ」

「……無論」

「ならばよい」

















レギュラスからヒントを貰ったハリーは、ロンとハーマイオニーにそれを相談し、まず、ハリーがキーワードとなる言葉を探すことになった
何度も手紙を読み返して、三人で頭が真っ白になるまで考えた
だが、その日も翌日も結局、キーワードがなんなのか、検討もつかなかった

焦る気持ちはあれど、こればかりは時間をかければいいという問題でもない
ふとした時思いつくタイミングを待つしかない
だからといって考えていない訳ではないが…
ハリーは焦る気持ちが日に日に強くなった


そして、ハリーにはもうひとつ、気になることがあった
ドラコ・マルフォイとセオドール・ノットのことだ
彼女が一番仲良くしていた二人…
パンジー・パーキンソンは、何にも知らないだろうことは見ていてわかった
恐らく、彼女はパンジーには普通の友人でいて欲しかったのだろう
だが、父親が死喰い人であるマルフォイとノットには、いずれ知られることは避けられなかったのだろう
守られていたと知った時、彼らはきっとハリーよりもショックが大きかったはずだ
そして、マルフォイとノットは今学年に入ってから大人し過ぎるのだ

あの言い合いを盗み見た日から、マルフォイとノットは一緒に行動はしているが、どちらかと言えばマルフォイの方がノットから目を離さないようにしている印象があった

そして、この頃、スネイプによる『闇の魔術に対する防衛術』の授業の罰則で、ノット、マルフォイとハリーは何度かペナルティを与えられていた

授業中、上の空だったノットや、マルフォイは兎も角、スネイプの授業なので、いまいち身が入らないハリーに、ことごとく罰則を課すスネイプ
だが、驚くことに、スネイプはマルフォイ達だからと甘くすることはなかった

そして、今日も、ハリーは何度目かの理不尽な罰則で、ノットとマルフォイと三人で今、教えられているところの教科書の書き写しをやらされていた

空気が重い…
重過ぎる…

お互い、彼女のことに関しては、同じような複雑な想いを抱えているだろうが、口には出せないし、話さない


だが、ノットがふと口を開いた

「何が『選ばれし者』だ…守られていただけの癖にっ」

心底、憎らしげに、忌々しそうに、絞り出すように口にしたノットに、マルフォイとハリーは顔を上げた
すると、今までの大人しさが嘘のように、ノットが憎らしげにハリーを睨め付けていた
それは、傷ついたようにも見える表情だった

「セオドールっ」

マルフォイが、ノットまではいかずとも「今はやめておけっ」とばかりに名前を呼んで止めようとする
だが、ノットはもう我慢ならないとばかりに続けた

「お前のせいでユラはっ…何が『選ばれし者』だっ!ずっと守っていたのにっ!」

「やめろセオドールっ。こんなとこで言うことじゃないだろっ」

マルフォイが、誰かに聞かれていないか…とばかりに小声で止めようとするが、その言葉はセオドールとそう大差ない
ハリーにはそう思えてならなかった
この二人が、何をどこまで知っているのかはわからない
自分が知っていることの半分も知らないだろうことはわかる…

だが、明らかに自分を、自分たちを恨んでいる
それだけは如実にわかった
彼女がいない学校で、のうのうと過ごして、友人に囲まれて、多くの頼もしい大人に守られていると

「お前のせいだ!お前や父上を守ろうとしたばっかりに!見捨てればよかったんだ!ユラには僕たちだけでよかったんだっ!」

セオドールの叫びに、マルフォイはいよいよ焦りだし、青くなっていった
恐らく、ルシウス・マルフォイから何か口止めされていたのだろう
だが、ハリーにもプライドがあった
自分だって散々苦しんだ
毎夜毎夜悪夢に苛まれ、ヴォルデモートに乗っ取られかけたし、ずっと命を狙われている
しかも、こいつらの父親はたくさんの人を殺めることを幇助してきた元死喰い人だ
彼女の情があったからこそ、寝返り、協力することで情状酌量になっただけで…
ハリーは、それを思い出した途端、頭に血が昇った
拳を握りしめて、噛み付いてくるセオドールに言い返した

「君に何がわかるって言うんだ。君が一番守られていたじゃないか?本当に見捨てられるべきだったのは、碌でもない父親を持ったそっちじゃないか。違うか?」

「っ!お前に何がわかる!産まれた時からチヤホヤされて!恵まれてきたお前に!」

とうとう冷静さを失くしたノットの叫びに、ハリーは眉をピクリと動かした
そして、もう我慢ならないとばかり言った

「僕が恵まれてるだって!?そんなこと一度だって思ったことない!君にはわからないだろう!どこにいっても僕は知らないのに、みんな僕のことを知ってる!僕は普通で良かったんだ!家族が欲しかった!君にはまだ家族がいるじゃないか!」

ロンやハーマイオニーにも言いにくいことはある
むしろそれが多い
唯一の親友達と仲違いしたくはないし、わざわざ鬱憤を言って嫌な雰囲気にはなりたくない
だから溜めていく一方になる
それが、ノットの発言で爆発したハリー

だが、それはノットも似たようなものであった

「っ!!あんなの父親でも何でもない!僕に父親なんかいない!」

「っ!君の父親だろう!生きてるのに!僕と違って生きてるんだ!君は彼女の想いを無駄にするのか!」

「僕は一度だってそんなこと頼んでない!父上の友人だったからってなんなんだ!ユラの友人は僕たちだ!あんな奴見捨てればよかったんだ!」

「っっ!!!」

セオドールの叫びに、怒りで満ち溢れるハリーが言い返そうとした時…

両者の間で、叫び声が響いた

「やめろ!!」

マルフォイだ
泣きそうな、苦しそうな顔で机の上で拳を握りしめて唇を震わせていた

一瞬にして、教室内はシーーンとなった
沈黙に包まれた中、ハリーはマルフォイなんかに止められるなんて…と少し恥じて冷静になった



「…もうやめてくれ。こんなことして何になるんだ…ユラはもう戻ってこないんだ…きっと」


諦めたように、悲壮な表情で、そう言うマルフォイに、ハリーは強く否定できなかった
だが、ダンブルドアと、捜索しているシリウスがいる限り希望はある


「そんなことない」


気づけば、ハリーは口からついて出ていた



「君たちが父親から何を聞いたかは知らないけど、彼女はきっと無事だ」

自分に言い聞かせるように、言うハリーに、セオドールは嘲るように、諦めた顔で言った

「はっ、何を根拠にそんなことが言えるんだ。お前が助けに行くとでも言うのか?どう考えても子ども如きが敵う相手じゃない。なのになんで皆がお前を『選ばれし者』なんて言うのか理解できない」

いきなり饒舌になり、冷静に、辛辣に言い始めたセオドールに、ハリーはムッとした

「父上でもその力に恐れをなしたと言っていたんだ。お前に何ができるんだっ」

続けて、ドラコが青い顔になりながら呟いた

「僕だって馬鹿じゃないんだ。お前よりも頭はいいと自負してる。その僕でも全く手立てがないとすぐ理解したんだ。『闇の帝王』に楯突くなんて愚か者のすることだ」

セオドールの辛辣な言葉に、ハリーはゾッとしたと同時に、血液が沸騰するくらい怒りを覚えた
だが、出てきた言葉は、自分でも驚くくらい冷ややかだった
もう今までに、何度も、自分に対しても覚えていた感情…

「じゃあ君は、彼女が愚か者だったっていうかい?そういうことだろ」

「なんだと?」

「だってそうじゃないか。君は父親を軽蔑してるみたいだけど、今のセリフは、あいつに怯えて従っていた父親と変わらないじゃないか。君は父親と同じだ。弱い」

「っ!僕はあいつとは違う!」

「同じじゃないか。あいつに歯向かうのが’’愚か者’’だって?なら今、僕たちのために必死に口を割るまいと拷問に耐えてるだろう彼女は君には’’愚か’’に見えるんだろうね」

冷たい、冷た過ぎる…氷のような言葉がどんどん自分の口から吐き出ていくのを自覚しながらも、ハリーは止まらなかった
目の前で、悲痛に、先ほどよりも顔を歪めているセオドールに、ハリーは続けた

「君には彼女の努力も想いも語る権利なんかない。君だって何ひとつ知らなかったじゃないか。少なくとも僕の方がユラのことを理解してる」

「ふざけるなっ…何が理解していただ。周りの声に惑わされて、鵜呑みにして、僕達を恨んで、ドラコのことだって目の敵にしていたくせにっ。惑わされていたのはどっちだ!」

「ああそうさ。君の言う通りだよ。僕はマルフォイが気に食わなかった。だけど今は君の方が気に食わないよ。彼女がなんで君たちを守ったのか!わからない君がね!」

「!この僕が惑わされてるだってっ?」

「ああ惑わされてるさ!ハッキリ言うぞ!今の君はただ父親に八つ当たりしてるだけだ!」

ふつふつも込み上げる怒りのまま、ハリーは普段なら言わないようなことを言った
それは、ノット相手だから言いやすかったのもあるだろう

「八つ当たりだってっ?」

ノットが眉を吊り上げた

「ああそうさ!君の父親が裏切り者だと知ったら、どうなるか考えたことがあるのか?頭がいいんだろう?そんなことを想像もしなかったのか?もしユラが何もしなかったら、父親が彼女に君を託さなかったら、どうなっていたか考えたことがあるのか!あいつは楽になんて死なせてくれない!君の父親は確かに最低で卑劣だ!だけど君を守ろうとする親心はあったんだ!しかも生きてるんだ!なのにそんなことも判ろうとせずにっ、父親を恨んでっ…君は自分の無力さから目を逸らしたいだけだろう!」

ハリーの言葉に、セオドールは目を見開いて今度こそ打ちのめされた
ハリーも、自分で思った
どうして自分がノットにこんなことを教えてやらなければならないのか
いつもなら放っておくのに
答えは簡単だった
腹が立ったからだ
どんな形であれ、それだけ父親に想われておいて、死ねばよかったなんて言ったことに…

「っ!!」

拳を握りしめて、机にダン!と叩きつけるノットの姿に、マルフォイも気まずそうな顔をした
決して他人事ではない
むしろ、今のハリーの言葉はマルフォイにこそ当てはまる


「僕は君とは違う。絶対に諦めない」


ハリーは言いようのない二人への怒りと苛立ち、そして自分への怒りも含めて教室を出て行った

それから、校内でノットとすれ違ったりしても、ノットは心底軽蔑しているような、嫌悪する表情でちらっと見ると、すぐ逸らすようになった
マルフォイは相変わらず、ノットと一緒に行動しており、あの日から、ハリー達を見かけても何も言ってこない


だが、何か言いたそうにはしていた








一方、ハーマイオニーは、ハリーから、罰則の時に口論になったことを少しだけ聞いた
そして、少しだけ呆れた顔をして、ため息をひとつ吐いたあと、ハーマイオニーが言った


「どうしてノット相手にそんなにムキになったの?いつものあなたらしくないわ…」

「どうしてって…そんなの僕にもわからないっ。ただあいつの父親は生きてるんだ。あいつのやってきたことを考えるなら本当なら死んでほしいけど、でも彼女が生かしたんだ…なのに、なのに、父親が死ねば良かったなんて…そんなの勝手だ…まるで自分には関係ないみたいな」

ボソボソと不満気に言うハリーに、ハーマイオニーはまた、ため息をついた

「そりゃあそうだけど…でも実際、ノットやドラコは何もしていなかったし、知らなかったのよ?」

「わかってるよそんなこと!」

自分でもわかってることを言われて、思わず声を上げたハリーにハーマイオニーは眉を顰めた
 
「ハリー…あなたは彼女じゃないのよ?ここ最近ずっとそうよ。あなたは彼女のことで罪悪感を抱えすぎてるように見えるわ。それ、よくないわ」

注意するようにハーマイオニーは言った

「別に僕は罪悪感なんか持ってないよ。ただやるべきことが突然増えただけだ」

ハリーは、彼女の小さな背中を思い出した
混乱、困惑、憤慨…あそこまで理解できない…いや、したくもない人間を見たことがない

記憶の中は混乱を齎すばかりで、真実を見ているはずなのに、何ひとつ真実が見えてこない
靄がかかったように、何かが違う気がする…何か違和感がある
ずっとそんなモヤモヤした違和感が渦巻いているハリーは、シリウスの手紙や、スラグホーン、マルフォイ、クィディッチのこともありやることが多すぎてパンクしそうなのだ

それに、ダンブルドアからのいちばんの頼みである、スラグホーンとの接触もうまくいかない
ハリーにはダンブルドアが、スラグホーンの記憶のどの部分を求めているのか、全くわからない

難しい、落ち込んだような、苛ついたような様子で思考に耽っているハリーに、ハーマイオニーは静かに言った

「スラグホーンはクリスマス・パーティをやるつもりよ。ハリー。ダンブルドアの頼みが何にせよ、これはチャンスよ。スラグホーンはあなたが来られる夜にパーティを開こうとして、あなたがいつなら空いているかを調べるように、私に頼んだんですもの」

「でも、具体的に何をすればいいのかわからないんだ。僕に、本当にできるのかわからない…」

「できるわ。ハリー。ダンブルドアは「あなたにしかできない」と言ったんでしょう?ならそれが事実よ」

ハーマイオニーの強く、確信めいた言葉にハリーは目をパチクリさせた

「そうだけど…」

やはり、まだ自信がないのか、ハリーが俯いた途端

「なんかあんたらしくないね。その顔」

涼やかな、空気を読まない発言が響き、誰かはわかっているが顔を上げると、ルーナ・ラブグットがいた

ルーナは、ゴソゴソとやりながら言った

「私はあの子、相当狂ってると思うな」

何でもないことのようにサラッと言ったルーナに、ハリーとハーマイオニーは心臓が鷲掴みにされた心地になった
ルーナは何も知らないはず
なのに、的を射たような、ドキリとする指摘

「あの子って?」

ハーマイオニーが惚けたように聞くと

「わかんない?ほら、あの子だよ。寂しそうな目してた子。私見たんだ。なんか不思議で」

一番の不思議ちゃんに不思議と言われるほど、彼女は不思議ではないだろう…と流石に二人共思ったが、口には出さなかった

「不思議って?」

なんとなく気になったハリーが聞いてみた

ルーナはカバンの中を、まだゴソゴソやりながら、エシャロットみたいな物一本と、斑入りの大きな毒キノコ一本などを出した
だが、取りたいものはそれではなかったらしい

そして、涼やかな声で続けた

「あの子さ、たまに’’なんか’’と話してたよ。不思議だよね。私は信じるよ。だってそん時のあの子、すっごく’’人間みたい’’だったもん。私はあっちの方が好きだな」

軽やかに言ったルーナに、ハリーとハーマイオニーは意味がわからなかった
本当に意味がわからない
彼女は人間だろうとしか突っ込めない

「泣いてたよ。私、今まで泣いてる人が綺麗だなんて思ったことないけど、あの子、’’涙がよく似合うよ’’」

続けて、しれっと言ったルーナに、ハリーは怒る気もせず、「そっか…」とだけ言い、ハーマイオニーと一緒に微妙な、反応に困る表情しかできなかった

そしてルーナはカバンに突っ込んだ手を止めた
何か見つけたようだ
カバンから出した手にあったのは、かなり汚れた羊皮紙の巻紙だった
それをハリーの手に渡した

「これをあんたに渡すように言われてたんだ」

小さな羊皮紙の巻紙を見たハリーは、すぐにダンブルドアからの授業の知らせだとわかった

「今夜だ」

ハリーは羊皮紙を広げるやいなや、ハーマイオニーに告げた

「じゃあね。ちゃんと渡したから」

ルーナは軽やかにそう言った

「ああ、ありがとうルーナ」

「うん」

ハリーがお礼を言うと、嬉しそうな顔をしてスキップしながら去って行った






















そして、その日の夜、ハリーは校長室に向かった


「さて、ハリー。これから見せる記憶は’’わしが’’所有しておる記憶としては、君に見せる最後のものじゃ。少なくともスラグホーン先生の記憶を君が首尾よく回収するまではじゃが。最初に見せる記憶は、ヴォルデモート卿がこの学校を卒業してから数十年経っておる。故に、その数十年の間、ヴォルデモート卿が何をしておったのかは想像するしかない…」

ダンブルドアはそう言って、’’自分の’’最後の記憶を『憂いの篩』に小瓶から銀色の物質を入れた
ハリーは、ダンブルドアのあとから、ゆらゆら揺れる銀色の物質をくぐって、今出発したばかりの同じ校長室に降り立った

フォークスが止まり木で幸せそうにまどろみ、そして机の向こう側に、なんとダンブルドアがいた
ハリーの横に立っている、今のダンブルドアとほとんど変わらなかったが、顔の皺がややすくないくらいだ

現在の校長室との違いは、過去のその日に雪が降っていたことだ
外は暗く、青みがかった雪片が窓を過ぎって舞い、外の窓枠に積もっていた

今より少し若いダンブルドアは、何かを待っている様子だった
予想通り、二人がこの場面に到着して間もなく、ドアを叩く音がした
「お入り」とダンブルドアが言った
ハリーは「あっ」と声を上げそうになり、慌てて押し殺した



ヴォルデモートが部屋に入ってきた
二年ほど前にハリーが目撃した石の大鍋から蘇ったヴォルデモートの顔ではなかった
それほど蛇には似てはいなかったし、両眼の瞳孔も縦に裂けていない
まだ仮面を被ったような顔になっていない
しかし、あのハンサムで美しいと認めたトム・リドルではなくなっていた
火傷を負って顔立ちがはっきりしなくなったような顔で、奇妙に変形した蝋細工のようだった
白目はすでに永久に血走っているようだったが、その表情は蒼白く悲壮にも見えるような、隠しきれない苛立ちを滲ませたような表情だった
黒く長いマントを纏い、両肩に光る雪と同じくらいの肌色…

机の向こうのダンブルドアは、まったく驚いた様子がない
訪問は前もって約束してあったに違いない

「こんばんは、トム」

ダンブルドアがくつろいだ様子で言った

「掛けるがよい」

「ありがとうございます」

ヴォルデモートはダンブルドアが示した椅子に腰掛けた
椅子の形からして、現在のハリーが、たった今そこから立ち上がったばかりの椅子だった

「あなたが校長になったと聞きました」

ヴォルデモートの声は以前よりも少し高く、冷たかった

「素晴らしい人選です」

「君が賛成してくれるのは嬉しい」

ダンブルドアは微笑んだ

「何か飲み物はどうかね?」

「いただきます」

ヴォルデモートが言った

「遠くから参りましたので」

ダンブルドアは立ち上がって、現在は『憂いの篩』が入れてある棚のところへ行った
そこには瓶がたくさん並んでおり、ダンブルドアは、ヴォルデモートにワインの入ったゴブレットを渡し、自分にも一杯注いでから、机の向こうに戻った

「それで、トム…どんな用件でお訪ねくださったのかな?」

ヴォルデモートはすぐには答えず、ただワインを一口飲んだ

「わたくしはもう『トム』と呼ばれていません」

ヴォルデモートが言った

「このごろのわたくしの名はーー」

「君が何と呼ばれているかは知っておる」

ダンブルドアが愛想よく微笑みながら言った

「しかし、わしにとっては、君はずっとトム・リドルなのじゃ。気分を害するかもしれぬが、これは年寄りの教師にありがちな癖でのう。生徒達の若い頃のことを完全に忘れることができんのじゃ」

ダンブルドアはヴォルデモートに乾杯するかのようにグラスを掲げた
ヴォルデモートは相変わらず無表情だ
しかし、ハリーにはその部屋の空気が微妙に変わるのを感じた
ヴォルデモート自身が選んだ名前を使うのを拒んだということは、ヴォルデモートがこの会合の主導権を握るのを許さないということであり、ヴォルデモートもそう受け取ったのだ

「あなたがこれほど長くここにとどまっていることに、驚いています」

短い沈黙の後、ヴォルデモートが言った

「あなたほどの魔法使いが、なぜ学校を去りたいと思われなかったのか、いつも不思議に思っていました」

「さよう。わしのような魔法使いにとって一番大切なことは、昔からの技を伝え、若い才能を磨く手助けをすることなのじゃ。わしの記憶が正しければ、君もかつては教えることに惹かれたことがあったのう」

「今もそうです」

ヴォルデモートが言った

「ただ、なぜあなたほどの方が、と疑問に思っただけですーー魔法省からしばしば助言を求められ、魔法大臣になるようにと、たしか二度も請われたあなたがーー」

「実は最終的に三度じゃ」

ダンブルドアが言った

「しかし、わしは一生の仕事として、魔法省には一度も惹かれたことはない。またしても、君とわしの共通点じゃのう」

ヴォルデモートは微笑みもせず首を傾げて、またワインをひと口飲んだ
いまや二人の間に張り詰めている沈黙を、ダンブルドアは自分からは破らず、楽しげに、期待するかの表情で、ヴォルデモートが口を開くのを待ち続けていた









「わたくしは戻ってきました」

しばらくしてヴォルデモートが言った

「ディペット校長が期待していたよりも遅れたかもしれませんが………しかし、戻ってきたことには変わりありません。ディペット校長がかつて、わたくしが若すぎるからとお断りになったことを再び要請するために戻りました。この城に戻って教えさせていただきたいと、あなたにお願いするためにやってまいりました。そして、亡きナギニの願いを叶えるために」

当たり前のように言った、ヴォルデモートの言葉に、ハリーは目を見開いた
彼女はこの時すでに亡くなっていたのだ

ダンブルドアは動揺があっただろうに、微笑んでいた顔がなくなり、あくまで穏やかに薄いブルーの目を細めて、しばらくヴォルデモートを観察していたが、やがて口を開いた

「アルウェンが亡くなったのかね?わしの記憶が正しければーー「ええ、ここでの教職を断ったナギニは、わたくしについてきました。それから間もなくして、元から体が弱かったこともあり、徐々に衰弱していきました。手は尽くしましたが……間に合わず。最後の時までわたくしがそばにいました。それがナギニの望みでしたから」


ダンブルドアの言葉に続けて、ヴォルデモートが飄々と、無表情で言った言葉に、ハリーは思わず横にいるダンブルドアを見た 

一瞬、「手は尽くした」という言葉の後、表情が僅かに変化した だが、それは悲哀に満ちた表情ではなく、怒りに近い表情だった

現在のダンブルドアは何も言わず、ただ、記憶の二人のやり取りをじっと見ている

一方、記憶のダンブルドアは、彼女が死んだと聞き、顔を悲しみに歪めたが、すぐにヴォルデモートをじっと観察した

ハリーには、ダンブルドアが彼女を『アルウェン』と呼び、ヴォルデモートが彼女を『ナギニ』と呼ぶことに’’互いが信じるものの決別’’があるように思えた
ヴォルデモートが彼女につけた名を、ダンブルドアはまたもや許さなかったのだ



「ナギニは自分が逝った後、わたくしが教え導くことを望みました。ここを去って以来、わたくしが多くのことを見聞し、成し遂げたことを、あなたはご存知だと思います。わたくしは、生徒達に、他の魔法使いからは得られないことを示し、教えることができるでしょう」

ゆっくりと、飄々と出ててくる言葉に、ハリーは思わず眉間に皺が寄った
お前が殺したも同然だ、と
それを都合の良いように解釈して、こんな平然と嘘をつけるなんて…

だが、憤慨するハリーと違い、ヴォルデモートの前にいるダンブルドアは、ゆっくり口を開き、言葉を続けた

「アルウェンのことはほんに残念じゃった。優しく、忍耐強く、聡く、そして、とても賢い子であった…トム、君が一番辛かろう」

まず、彼女の弔いの言葉をかけたダンブルドア
だが、ヴォルデモートは僅かに眉を寄せただけで何も答えなかった
ハリーは少し困惑した
ダンブルドアが弔いの言葉だけで終わったことに
彼女の死を悼むより、彼女を語ることで、ヴォルデモートの様子に注視しているようにも見えたからだ

重く、緊張感のある少しの沈黙の後、ヴォルデモートは口を開いた

「ナギニは、望んでいた。わたくしが’’導く’’ことを。彼女の心残りを叶えてやりたい」

側からみれば、その言葉は、『大切な人を亡くした、せめてもの償いに、叶わなかった願いを代わりに聞き届けてやりたい』という風に聞こえる

だが、ハリーにはわかった
彼女の’’死’’をも利用している
この後に及んで、悲しむ素振りすら見せず、ただ僅かな怒りと、利用しようとする邪悪な心のあり様を見せられる
反吐が出そうだ
これが目的のために彼女を殺したのではないか、と勘繰ってしまうほど
それほど太々しい態度だった


ヴォルデモートの’’それらしい’’言葉の後、僅かな間の後、ダンブルドアが静かに言った

「君がここを去って以来、多くのことを見聞し、成し遂げてきたことを知っておる」

ひとつ間を置き、ダンブルドアは続けた

「君の所行は、トム、風の便りで君の母校にまで届いておる。わしはその半分も信じたくない気持じゃ」

ヴォルデモートは、相変わらず窺い知れない表情で言った

「偉大さは妬みを招き、妬みは恨みを、恨みは嘘を招く。ダンブルドア、このことはご存知でしょう」

「自分がやってきたことを、きみは『偉大さ』と呼ぶ。そうかね?」

ダンブルドアは微妙な言い方をした

「もちろんです。事実、ナギニは、わたくしを偉大だと認めていた。わたくしは実験した。魔法の境界線を広げてきた。おそらく、これまでになかったほどにーー」

「’’ある種の魔法’’というべきじゃろう」

彼女のことには触れずに、ダンブルドアが落ち着いて訂正した

「’’ある種の’’ということじゃ。他のことに関して、君は……失礼ながら……嘆かわしいまで無知じゃ。そして、君は、それを伝えてきた’’かけがえのない’’子を’’喪った’’」

ダンブルドアの、心から噛み締めるような、失望するような言葉に、ヴォルデモートがはじめて笑みを浮かべた
引き攣ったような薄ら笑いは、心の奥底から煮えたぎるような怒りと深い喪失感を滲ませたような、漂白な勝ち誇った笑みだった

「どうやら、あなたは’’何も見えていなかった’’ようですね……実に古くさい議論だ」

ヴォルデモートが低い声で言った

「わたくしが見てきた世の中では、わたくしが頼みとする魔法より愛の方がはるかに強力だとするあなたの有名な見解を裏づけるものは、何もありませんでした」

「ほんに、そう思っておるのかね?」

ダンブルドアが半月型の眼鏡の奥で、目を細めて聞いた

「どういう意味でしょうか?」

ヴォルデモートが表情を崩さず、不愉快そうな声色で聞き返した

「トム、君の言葉に嘘偽りがないのであれば、アルウェンは最後まで君のそばにおったのであろう」

ダンブルドアの踏み込んだ、怪しむようような言葉に、ヴォルデモートは珍しく、一間、言葉を返せなかった


僅かに表情が動いたヴォルデモートに、ダンブルドアは続けた


「君とアルウェンは、世間一般で謂う、’’特別な’’関係だったのじゃと思うとったが、違うたかの?」

ダンブルドアの、反応を見るような、今まで目にしてきた学校生活を元にした憶測の質問にヴォルデモートは、ハリーが思わずゾッと鳥肌が立つほどの笑みを浮かべた

「勿論。ナギニとわたくしは、あなたの勘繰っている’’陳腐な’’関係などでは’’決して’’ありませんよ」

含みのあるような言い方をするヴォルデモートに、記憶のダンブルドアはじっと見据えた
その意味を探ろうとしているようにも見える

「ならば、アルウェンが前向きに考えておった我が校での教職を断ったのは、誰のためでもないと?」

この発言で、ハリーには分かったことがあった
何故ダンブルドアがあれほどまでに自分を責めるのか、責められるべきは自分だと断言できるのか…
その答えはこれだった

おそらく当時、ダンブルドアは卒業を迎える彼女に、ホグワーツで先生にならないか誘ったか、話したのだろう
だが、ヴォルデモートには何も言わなかった

そして、話の流れからして、恐らくは卒業の日、ヴォルデモートの手を振り払った彼女は、それをヴォルデモートに言ってしまった
当然、ヴォルデモートは嫉妬し、怒りを覚えただろう
凡庸で平凡だと思い、自分が虐げていた彼女が、自分が望んだホグワーツでの教職を得たのだから


そしてその時、二人の間に『何かがあった』のだ…


ハリーは、ひとつ真実に近づいた気がした
晴れない靄がずっとかかり、真実が見えてこない目の前で、何か重要な手がかりを掴んだ気がした


記憶のヴォルデモートは、先程のダンブルドアの質問に、悠々とした様子で答えた

「ナギニ自身で決めたことです。彼女は自分の残された時間が長くはないことを分かっていた。だからこそ、残りの人生をわたくしの’’役に立つ’’ことで捧げたいと’’自ら’’願ったのです」

ハリーは自分でも顔が歪むのを感じた
『役に立つ』『自ら願った』『残りの時間』…ダンブルドアの言うとおり、思い違いと嘘ばかりだ
拳を握りしめる力が強くなり、反吐が出そうだった

だがダンブルドアは続けた

「それは、アルウェンが己のために断ったと、認めておる。ということかね?」

「彼女は、わたくしの為に’’ある’’のです。わたくしから離れないのは分かっていたことです」

「成る程のう。そこまでわかっていても…なお、アルウェンは君を’’愛して’’いなかったと?」

敢えて、当てはまるであろう言葉で、ヴォルデモートが頑なに嫌悪する言葉を使ったダンブルドアに、彼は眉を顰めた

「だから’’古くさい’’というのです。理解しておられなかったあなたには、わからないでしょう」

咄嗟に口から出た…そんな内容の発言に、ダンブルドアは少し顔を下げて覗き込むようにヴォルデモートを見据えた
まるで、もっとボロを出すのを見るつもりかのように

「ほう。わしは、何を理解していなかったのじゃ?」

薄いブルーの目を軽く開いて尋ねたダンブルドアに、ヴォルデモートは、一呼吸分、間を置いて答えた


「生憎と、’’死人に口は利けません’’」


ヴォルデモートは、ダンブルドアに誘導されていることに気づいたのか、元から言葉遊びをするつもりだったのか…あからさまに話を切った
皮肉にも聞こえる…嘲笑ったような発言


「聞こう。トム。アルウェンは誠に’’亡くなった’’のかね?」


ダンブルドアの、真意の見えない質問に、ヴォルデモートは一瞬歪に口角を上げて答えた


「あの女は死んだ」


ここにきて、初めて彼女への嫌悪と怒りを見せた言い様だった
ダンブルドアの表情に深い悲しみが広がった

「どちらに埋葬してあるのかね?せめて、花を手向けたい」

痛ましい…そんな我が子を思うような慈愛と悲しみに満ちた表情でダンブルドアが言った

だが…

「そんなことよりも、答えを聞かせていただきたい。わたくしが新たに研究を始める場として、ここ、ホグワーツほど適切な場所があるでしょうか?ナギニの最後の望みを叶えたい」

まただ
今さっき、彼女への嫌悪と怒りを見せたというのに、ダンブルドアからの質問には答えず、うんざりしたようにもとれる様子で言ったヴォルデモート
ハリーは、ダンブルドアは彼を問い詰めるかと思った

だが
何も言わなかった
何故埋葬したか否かを答えないのかを疑っているようにも見えた

「戻ることをお許し願えませんか?わたくしの知識を、あなたの生徒たちに与えさせてくださいませんか?わたくし自身とわたくしの才能を、あなたの手に委ねます。あなたの指揮にも従います」

下手に出るような言葉に、ダンブルドアは眉を吊り上げた

「すると、’’君が’’指揮する者たちはどうなるのかね?自ら名乗ってーーという噂ではあるがーー『死喰い人』と称する者たちはどうなるのかね?」

ヴォルデモートにはダンブルドアがこの呼称を知っていることが予想外だったのだと、ハリーにはわかった
ヴォルデモートの目が細められ、細く切り込んだような鼻の穴が広がるのを、ハリーは見た

「わたくしの友達はーー」

しばらくの沈黙のあと、ヴォルデモートが言った

「わたくしがいなくとも、きっとやっていけます」

「その者たちを、友達と考えておるのは喜ばしい。むしろ召使いの地位ではないかという印象を持っておったのじゃが…アルウェンと違い、の」

付け加えるように、まるで試すように言ったダンブルドアに、僅かな沈黙の後

「…間違っています」

ヴォルデモートが言った

「さすれば、今夜、ホッグズ・ヘッドを訪れても、そういう集団はおらんのじゃろうなーーノット、ロジエール、マルシベール、ドロホフーー君の帰りを待っていたりはせぬのじゃろうな?まさに献身的な友達じゃ。雪の夜を、君と共にこれほどの長旅をするとは。君が教職を得ようとする試みに成功するようにと願うためだけにのう」

一緒に旅してきた者たちのことをダンブルドアが詳しく把握しているのが、ヴォルデモートにとって、尚更ありがたくないということは、目に見えて明らかだった
しかし、ヴォルデモートは、たちまち気を取り直した

「相変わらず’’一部以外’’何でもご存知ですね、ダンブルドア」

「’’一部’’とは、アルウェンのことかね?トム、君は、随分とあの子のことに関してだけは’’深く’’理解しておる’’つもり’’のようじゃの」

「事実そうです」

「ならば、何故あの子の代わりなどと言い、教職を得ようとするのかね?失礼じゃがーーあの子は君に何かを’’願う’’ということはせんはずじゃ。なればこそ、君はアルウェンを側に’’おきつづけた’’。ーー違うかね?」

ハリーは、混乱してきた
ダンブルドアの言っていることの半分も理解できなかった
だが、ヴォルデモートを見ると、そうではないようだった
苛立ちの滲む…そんな表情だった

「あなたがーーーあなたが何故ーーわたくしではなく、ナギニが教職に相応しいと思われたのか、理解できません。彼女はわたくしが教えました。わたくしが自ら目を掛けてやった。申し分ないのは当たり前です」

「目を掛けてやった…とは随分と傲慢な言いようじゃの。じゃが、君の疑問を解消するために、敢えて言うならば、君にあって、あの子にないものがあり、あの子にあり、君にないものがあった。若い魔法使いとって大いにーー君の言葉を借りればそうじゃの…真に’’役に立ち’’、必要じゃったのは、あの子にあるものだっただけじゃ」

曖昧な、遠回しでありながら鮮烈なダンブルドアの言い方に、ヴォルデモートは今度こそ顔を歪めた

「若い魔法使い、ではなく、『あなた自身』にとって。では?あなたがわたくしたちの前に現れた時から、ナギニはあなたに魅せられていた」

不愉快なことを思い出したように、苛立たしげに言う
果たしてそれを、本人が自覚しているのか…
それとも自覚していないのか…

「それを本気で思うておるならば、トム、君はアルウェンのことを’’理解’’しておらんかったようじゃの」

落胆するように指摘したダンブルドア
それに対して、ヴォルデモートは益々不機嫌な様子になった

「いいえ、理解していないのはあなたの方だ。あいつの本質を何ひとつわかっていない」

僅かながら、語気が強くなり言い返したヴォルデモート
彼は続けた

「餞の言葉も、花を手向けることも、死を悼む価値もない。あいつには’’孤独’’以外似合わない。あなたは永遠にナギニを’’手に入れる’’ことはできない」

突き放すように、まるでようやく手の届かない安全なところに置けて満足するような、嘲って鼻で嗤うようなそんな雰囲気があった
そして、ハリーには何故、ヴォルデモートがここまでダンブルドアを敵視しているのか
彼女が絡んだ途端、冷静さが欠け、感情的になるのは表情やちょっとした仕草に表れているのでよくわかる
だが、どうしても判らないのが、彼女をダンブルドアに取られると思っている理由だった

ハリーはおおよそ、ヴォルデモートからは聞くことがないだろう、あり得ない発言よりも、そちらの方が気になった

そして、記憶のダンブルドアもこの発言で、この時、ある程度予測がついていたのか、彼女はヴォルデモートによって殺されたことに気づいた
見たわけではないから、真実、彼女が亡くなるまでに何があったのかはわからないし、知りようがない
おそらく、ここでヴォルデモートが何と言おうと、信じられないだろう
信憑性があまりにも無さすぎる



「トム…アルウェンに、どんな葛藤があったにせよ、一筋に君を想っておったはずじゃ…それを何ゆえ…」


ダンブルドアが憐れむように眉尻を下げて、ヴォルデモートに言った


「わたくしがそんなことに気づいていなかったとでも?わたくしは懇切、親切に、丁寧に…それはそれは、真綿に包み込むように大切にしてきました。それを先に裏切ったのはあいつだ。故に、’’永劫に’’解き放たれることはない」

意味深な言葉の裏に隠されたヴォルデモートの感情を読み取ることは、ハリーにはできなかった
勿論、この時のダンブルドアにも

だが、これだけははっきりしていた
彼の言う、『真綿に包み込むように大切』は、明らかに’’歪んでいた’’と…


そして、ダンブルドアは、すっかり空になったグラスを置き、椅子に座り直して、両手の指先を組み合わせる独特の仕草をした


「…さて、トム。もうよいじゃろう。そろそろ、率直に話そうぞ。互いにわかっておることじゃが、望んでもおらぬ職を求めるために、腹心の部下を引き連れて、君が今夜ここを訪れたのは、何故なのじゃ?」


ヴォルデモートは、先程までの感情的な様子は完全に身を顰め、冷ややかに驚いた顔をした


「わたくしが望まない仕事?とんでもない、ダンブルドア。わたくしは強く望んでいます」

「ああ、君はホグワーツに戻りたいと思っておるのじゃ。しかし、十八歳のときも今も、君は教えたいなどとは思っておらぬ。トム、何が狙いじゃ?一度くらい、正直に願い出てはどうじゃ?もうアルウェンを持ち出す必要はなかろう」

最後の一言だけ、厳しく、ハッキリとした口調で言ったダンブルドア
それに対して、ヴォルデモートが鼻先で嗤った

「あなたがわたくしに仕事をくださるつもりがないならーー」

「もちろん、そのつもりはない」

ダンブルドアが言った

「他ならぬわたくしに導かれたナギニはここで教えるのに’’相応しい’’と判断なされたのに、でしょうか?」

僅かに目を細めてダンブルドアを凝視しながら言ったヴォルデモート

それに対して、ダンブルドアはひとつ、目を閉じてゆっくり開けた
薄いブルーの目が、哀しみと憐れみに似た色を湛えている

「アルウェンは愛を知っておる。実に…実に忍耐強く、優しさに溢れておる。君には’’持ち得なかった’’ものじゃ」

かつてないほど、語気を強めて言ったダンブルドア

「はて、わたくしには弱虫の卑怯者の顔しか思い浮かびませんが…随分と過大評価しておられたようですね。あなたほどの方に評価されていたと知れば、ナギニも喜んだでしょう」

淡々と、いやに無表情で指摘したヴォルデモートに、ダンブルドアは、憐れみの色を消し、真面目な顔をして言った

「君にはそう見えておったとしても、アルウェンの本質は変わらぬ。君には、決して越えることはできぬじゃろう。それほどに’’しなやかな強さ’’を持っておる。トム、君の思うておる’’力’’とは、また別のものじゃ。遙かに偉大なものじゃ」

その発言に、口許がひくっと動いて、僅かに動揺を露わにヴォルデモートから目を逸らさずに、ダンブルドアは続けた

「のう、トム…君にはあの子が必要じゃった」

まるで、そのひと言で全て終わりとばかりに、決別の…誓いの意味を込めて発せられた、静かな重い言葉にハリーは思わず鳥肌が立った
これは…ダンブルドアは確信していたのかもしれない


彼女が亡くなったのは……


そして、ダンブルドアは言った



「わざわざアルウェンの望みなどと’’嘘’’をついてまで、ここに来て頼んだのはーー…何か目的があるのであろう」



その言葉に、ヴォルデモートは立ち上がった
トム・リドルの面影は消え失せ、顔の隅々まで冷淡…冷酷な怒りで膨れ上がっていた




「それが最後の言葉なのか?」




「そうじゃ」




ダンブルドアも立ち上がった




「では、互いに言うことはない」




「いかにも。じゃが、最後にひとつ答えなさい。トム、君はあの子を愛しておったかね?」


ダンブルドアとヴォルデモートが、先生と生徒であった頃…度々、そのような聞き方をしていたかのように、言った…

ダンブルドアの最後の温情なのか、確認なのか…僅かでも哀れむ余地があるところを探そうとしているのか…己が見つけ、教えた教え子が完全な悪ではなかったと思いたかったのか…

ダンブルドアは聞いた



それに…ヴォルデモートは意外にも答えた



「わたくしは、’’アルウェン’’に愛などという陳腐な、価値もない感情を持ったことなど’’ない’’」


冷ややかに見据えて言ったひと言…
ダンブルドアの顔に大きな悲しみが広がった

「そうか…ならばもう何もない。君の洋箪笥を燃やして怖がらせたり、君が犯した罪を償わせたりできた時代も…君を支え続けたあの子はもうおらず…すべて…とうの昔になってしもうた。しかし、トム、わしはできることならそうしてやりたい…できることなら………君があの子だけに向けておった’’顔’’を…取り戻してやりたかった…」

一瞬、ハリーは、叫んでも意味がないのに、危ないと叫びそうになった
ヴォルデモートの手が、ポケットの杖に向かってたしかにぴくりと動いたと思ったのだ
しかし、一瞬が過ぎ、ヴォルデモートは黒く長いマントを翻し、背を向けた
ドアが閉まり、ヴォルデモートは行ってしまった




ハリーは、ダンブルドアの手が再び自分の腕を掴むのを感じ、次の瞬間、二人はほとんど同じ位置に立っていた
しかし、窓枠に積もっていた雪はなかった


「……先生は…どうして彼女を…その…」


おそらく、ダンブルドアが自分を責めている理由だろうと思ったから、言い淀むハリー
だが意外にも、ダンブルドアは穏やかな声で続けた

「ここで働くように勧めたかと?希望観測的な…実に私的で愚かな理由じゃ…わしは、あの子がどうしようもなく弱いとわかっておった」

ハリーは思わず「は?」と口から出かかった

「ハリー、弱さとはの。決して悪いものではないのじゃ。’’好ましき弱さ’’……そうーー…あの子の弱さは歓迎されるものじゃった。特に’’限られた一部’’の者にとってーーだがそれは一歩間違えればどちらも不幸に落とすものじゃ」

まるで、手に届かない光に手を伸ばすような…そんな様子で言ったダンブルドアに、ハリーは首を傾げた


「わしのかつての友ならばーー…きっと君の満足ゆく答えを与えられたかもしれぬ…」


これは…ダンブルドアという一人の人の言葉だろう…ハリーは何となくそう思った
言葉を返すのは、無粋に思えた


「さて、ハリー。もうひとつ。続けて見てほしい記憶がある。疑問を解消するのはそのあとじゃ」


切り替えたように、振り向いて言ったダンブルドアに、ハリーは少し戸惑った


先程まで覗き込んでいた『憂いの篩』に、ポケットから取り出した瓶の蓋を開けて、銀色の物質をたらした
篩の前に佇み、覗き込むように促すダンブルドアに、ハリーはゆっくり一歩踏み出して、入った

遅れてダンブルドアが横に降り立った

そこは、地下室のような彫刻がそこかしこに蛇が彫られた岩壁がある、エメラルドの光が灯る談話室のような広さの部屋だった
全体的に暗く、高級そうな調度品が配置されている

「ここはかつてのスリザリンの談話室じゃ。といっても、今とそう変わらぬ」

ハリーの疑問に応えるように、横で現在のダンブルドアが言った
ハリーは納得した
そして、なぜ談話室なのに、誰もいないのだろうと…


すると、銀色の物質から人の形が現れた
そうだ、これは記憶だ
なら、誰かいるに違いない
だが、誰の記憶か…


談話室の隅のソファに現れたのは、当時の彼女だった
今度は三年生くらいの頃だろうか?

相変わらず、前髪で目元が隠れており、鼻と口許しか見えない
だが、様子が変だ
先程からローブのポケットのところを上から押さえたり、離したりを繰り返している

そんな、おどおどしているような様子でソファで膝を抱える彼女のところに


「折角のクリスマスにまたひとりか。相変わらず暗いやつだ」


少し幼さから脱した、高く艶のある声が響いた
ソファの近くに現れたのは、トム・リドルだ
ハンサムで美しい様相は変わらず、皮肉めいた笑みを浮かべて立っていた

あからさまに肩を震わせて驚き、前髪越しにリドルが立っているところを見た彼女


「…トムもじゃない。また徹夜してる…」

ボソリと心配と、少しの怯えの色を滲ませる声でそう言った彼女

「お前と一緒にするな。今は少し忙しくてね。まったく…お前は本当に手がかかる」

「私は何もしてないじゃない…」


何故そんなことを言われないとならないのか、話の脈絡がわからず、彼女は「何もしていない」と、ひと言文句を言った
ハリーも、リドルが今、言ったことが理解できなかった


「それはそうと、毎年毎年、お前はスムーズに渡せないのか?」


彼女が黙っていると、リドルが三歩ほど足を進めてソファで膝を抱える彼女の横の、肘掛けに軽く腰掛けた

軽く頭を横にして、彼女の方を見下ろして呆れたように言ったリドルに、彼女はあからさまにローブのポケットを上から握りしめた


「…でも…」

「お前からは受け取ってやると言ってるだろう。何回言わせる気だ」

「……ごめんなさい…あの…これ…使わなくてもいい…から…」

そう言って、ポケットから恐る恐るといった様子で、何か小さな箱を取り出した 
指輪などを入れる箱と同じくらいのサイズ
赤色の包み紙でラッピングされている
シンプルなプレゼント箱

小さな手に持たれた箱をじっと見つめたリドルは、肘掛けから腰を上げて立った
それに彼女は、気に食わなかったのか…というように俯いて仕舞おうとした

だが、その手を止めて今度は、彼女の隣に座り、箱を持った手を自分の膝に誘導した

「……トム…?」

「僕にくれるんだろう?もらってやる」

「……ありがとう…その…持っててくれるだけでいいから…無理して使わなくても「さっさっと渡せ」…はい…」

ピシャリと言われて、おずおずと箱を差し出した彼女
その箱を受け取ったリドルは、丁寧に包みを開けた

ハリーは気になって少し前のめりになった
どんな重要な物が入っているのだろう


だが


中身はハリーの期待とは全く違うものだった
ハリーは咄嗟にリドルの反応を見た

その表情は…


「…なるほど。教えてほしいということか」


不機嫌になるでも、不愉快そうにするでもなく、そっと箱の蓋を閉めて、脚を組み、軽く体を横に向けてソファの背に深く腰掛け、彼女を見た


「……あなたは他と同じものが好きじゃないから…でも…この世には同じものはたくさんあるから…創ればいいかなって…でもトムみたいに上手に加工できないから…私は…」

続けようとした彼女の前で手を上げて制したリドル

「僕が首を縦に振ると思ったのか?」

冷ややかな…そんな冷たい言葉で言ったリドルに、ハリーは息を呑んだ

「………」

沈黙する彼女
ハリーは、軽く目を見開いた
頬からひと筋涙を流していた
無理もない
中身は中身だが、折角プレゼントを用意したのに、こんな言い方をされたら誰だって傷つく


だが、ハリーは次の瞬間もっと驚いた



「完璧だ」



リドルがいきなり、満足気な顔で涙の跡を拭った


「トム……」

明らかに戸惑っているだろう彼女が、涙を拭った指にやんわりと指先を触れさせて、リドルを見上げた

すると、リドルは触れていた彼女の指を離して、手を取って言った

「ナギニ。教えてやりたいところだが、僕は今忙しい。わかるな?」

「でも…」

「ナギニ、僕のナギニ」

まるで確かめるような…乞うような言葉にハリーは驚いた
ハリーが知っているヴォルデモートは……トム・リドルは、いつだって命令していた

膝に項垂れるように置かれた互いの手のひとつがピクリと動いた
彼女の手だった

ゆっくりと…指先がリドルの頬に触れた
特に払うこともせずに、静かに目を閉じるリドル

まるで、指先の感触から…触れられる指の柔らかさや暖かさを確かめるような…そんな様子

「…トム…何を焦っているの?あなたらしくない…」

柔らかな声色が、尋ねるでもなく、責めるでもなく、ただ響いた
その言葉に、リドルは目を細めて、頬に当てられている手に擦り寄るような動作をした

「ナギニ…僕は、お「何も言わないで…聞かなかったことにする…」……」

リドルの言葉を遮り、口を手でそっと覆った彼女が寂しそうな表情で言った

それに対し、リドルは眉を寄せ、彼女を胸に抱き寄せた
強く抱きしめて目を瞑った

「赦してくれとは言わないぞ」

「…知ってる…トム…見捨てていいのよ…いつでも」

「そんな選択肢は存在しない」

「…どうして…」

「…’’僕たちは永劫’’なんだ」

微笑んで言ったリドル
ハリーははじめて、ヴォルデモートのあんな邪悪でない微笑みを見た
まるで…まるで幼い子どもが大切な約束をするように…

「…そう………」

彼女は、それに対して何も応えず、ただ受け止めた
だが、彼女の手がリドルの背中に回ることはなかった…























「ただひとつ、ただひとつだけ、お前から贈られた物で護りきれなかったものがある」

「…どういう意味…」

カウチに怠い体を横たえながら、’’彼’’の言葉に訝し気に返す彼女

「お前から錬成を請われた物だ。あれは…穢れてしまった…お前の想いと共に」

昔話をするかのように軽いが、その表情は僅かな苛立ちの色があった

「…穢されたって……私は…あの石の行方を調べたけれどなかったわ…どこにも…「不自然なくらい?」……ええ」

当然、分霊箱を探していた期間に探したが、見つからなかったのだ
そもそも、分霊箱が二つと言ったのは’’彼’’だった
その可能性が濃厚になってきた今、なぜそんな話をするのか…

「私が最後に見たのは…彼…か、あなたに贈った時。その時はただの石だったもの…少し綺麗なだけの…」

そう…
ハリーが落胆した贈り物とは、ただの石だった
綺麗な紅と白色が混じった独特の色だが、魔法が施されているわけでもなんでもない…
ただの石…
だが、あの時、「完璧だ」と言っていた…

「確かに錬成’’は’’した。だが、それを’’僕’’がお前に贈る前に…彼の手に渡った」

深くは考えなかったが、本人のはずなのに、’’彼’’は彼のことを別人のように語る

「……何を創ったの…」

魂にまつわるものかもしれない…闇の魔術がかけられたのかも…
そう思った彼女

だが

「お前を驚かせたかった。それこそ、当時の僕にとっては最高傑作の錬成だった。これは’’僕’’の確信に近い推測だが、あれはお前と共に眠る」

間違いなく確信しているだろうに、彼の、何故か不機嫌な、自信に満ちた表情があった

「…私の遺体が…あるというの?」

「彼と君の場合、肉体と魂は一緒に考えるべきではないと助言しておこう。当時のお前の遺体は’’危険’’過ぎるんだ」

本当に真実を知っているのか…同一人物だからこその考察か…
それを判断する術は…なかった

「私の体を…どうしたというの…何かしたの?」

「’’僕’’ではない。彼だ。そうだなーー…あえて言うならば、お前への愛憎だ」

「憎しみ……当然かもしれないわ…私は…約束したのにっ…’’わかった上で’’…あの子を殺した…」

「その選択は’’正しい’’と、この世で僕だけがわかっている。それで十分じゃないか」

「…………辛いことばかり…あなたは残酷で…苦しいわ…」

「お前がよく言う通り、不器用なんだ。僕も彼も」

「そうね…………でも…私は…そんなあなたが…」

「言ってくれ…もういいだろう」





「私ができることは…「ない。あとはあの小僧がやるだろう。そのためにお前の記憶を渡させたんだ」……」





「待つよ。お前が言う気になるまで。お前に関しては、’’僕’’は気が長い」

「トム…」

「今は、英気を養え。これから保たないだろう。あれに関してはお前が考えたことだ」

「…分かっているわ…分かっている……っ…ふっ…ぅ゛ぅ゛…」

「ナギ…「おぉ、これは、これは」……忘れるな。’’僕’’は側にいる」


溢れてきた涙を流した時、ヴォルデモート卿が現れた
泣いている彼女の手を名残惜しそうに離し、消えた’’彼’’


カウチに横たわり俯き涙を流す彼女は、近づいてきたヴォルデモートの方を見ようとしない

声を押し殺して、ただ止まらない涙を抑えようとしている彼女に黒く長い袖を翻し、手を伸ばした

だが彼女は



「放っておいて……」



突き放した



「…お願いよ…」



その瞬間、勢いよく腕が折れるほどの力で掴まれた
マシになったとはいえ、骨だけのような細さの腕…痛みで顔を歪めた彼女は、初めて僅かに抵抗した


「っ…もうっ……私はっ…あなたといると約束した…それで赦してっ…」

「己が赦されると思っているのか?笑わせるな。あの日のことを、俺様は一度たりとも忘れぬっ」

「……あの子は…産まれるべきではなかったの…う゛っあ゛」

「黙れ!!お前はあの時も同じことを言った!だが嘘だった!俺様を裏切った。そう、そうだ…自覚があるだろうっ」

「っ……私は……」

「なんだ。言ってみろ」

「…あなたを裏切ったわけじゃあ゛あ゛ぁーー!!」

再び、背中に焼けつくような激痛、激情を刻み込まれ、悲鳴だけが響く




















「何か、気になったことがあったようじゃの」

記憶のスリザリンの談話室から、校長室に着地し、ダンブルドアは静かに校長席に座り、ハリーも少し疲れたので椅子に座り込んだ

こんなに一気に情報が頭に入ってくると、何から聞いていいかわからない

「…先生…あの、あいつは…ヴォルデモートは、彼女から贈られたものはどうなったんですか?」

「わからぬ。じゃが、存在はする。あやつが何かしら、あの石を使い、錬成したのは確かじゃ。じゃが…ハリー、君も知っての通り、あの歳でそうそうできることではない」

ダンブルドアの感心したような言葉に、ハリーは複雑な気持ちになった

「じゃが、問題はそこではない。わしは、今学期に入る前に言うたの。あの二人の間に何があったのか知らねばならぬと」

「はい…でも、今のがどんな手がかりに…」

「知らねばならぬ。というのは確認の意味もあるのじゃ。ハリー、あの子はわしに’’すべて’’を打ち明けた」

「えっと…はい。彼女がナギニだったと…」

「そうじゃ。じゃが、打ち明けたのは、それだけではない。わしがあの子を止めんかったのは、あの子しか知り得ぬことがあったからじゃ。そしてそれは、わしにはどうにもできぬものじゃった」

ハリーは、いよいよ混乱してきた

「今日見た記憶の中に、共通することがあった。何かわかったかね?」

ダンブルドアの問いに、ハリーは取り敢えず混乱する頭は隅に置いておいて、考えた






ーーー’’永劫に’’解き放たれることはないーーー




ーーーー’’僕たちは永劫’’なんだーーー





永劫…


ハリーは、これなのか…と思いながら、当たっているかわからない不安そうな表情でダンブルドアを見た

すると、ダンブルドアは軽く肯いた
ハリーは、自分の気づいたことが間違いでないことを確信した



「’’永劫’’……ハリー、最初に見た記憶の方で、あやつの違和感に気づかんかったかね?」

またもや、質問してきたダンブルドアに、ハリーは目をパチクリさせて素直に考えた

違和感はずっとある
だが、あからさまな部分があった
やつにしては珍しい…ダンブルドアの前であからさまに話を逸らした時が…

ハリーは思い至ってハッとした

「いかにも。君が推測しておることと、わしが推測しておることは同じじゃろう。あやつはアルウェンを’’埋葬したか’’どうかを言わなんだ」

「はい……でも、先生はあの時にはすでに彼女は亡くなっていたとお思いなのですか?あいつは…ヴォルデモートは…死んだことをあまり気にしていないような様子で…」

「順番に疑問を解消してゆこうぞ。まず、わしはあの時、アルウェンはすでに亡くなっておったと、確信しておった」

「…なぜですか?」

「アルウェンが亡くなっていなければ、あやつはホグワーツに戻ってはこなかっただろう。目的が何だったにせよ、ホグワーツで何かを企んでおったなら、アルウェンを『服従』させて、寄越した方が上手くいくじゃろう。そのことがわかっておらんかったとは思えぬ」

ダンブルドアの冷静な指摘に、ハリーは何も言えなかった

「…先生、彼女をーー…彼女はなぜあいつに贈りものなんてしていたんでしょう?」

一瞬、何故彼女を雇おうとしたのか、ここでの教職に誘ったのか、聞きそうになったハリー
だが、この話題はしない方がいいだろうと、ダンブルドアに気を遣い、別の疑問を口にした
ダンブルドアも、ハリーの優しい気遣いがわかったのか、一瞬微笑んで応えた

「ハリー、それは本人にしかわからぬじゃろう。じゃが、少なくとも、わしの目から見て、あの子が贈った物をあやつは’’歓迎’’しておった」

「はい……でも『完璧』って…あれはどういう意味なんでしょうか……」

「あやつがなぜ’’歓迎’’していたのか…それは、わしらには知り得ぬことじゃ。それにハリー、わしは先に見た記憶と、次に見た記憶のあやつが、別人に思えて仕方がないのじゃ」

「それは僕も思っていました。それに、思ったんですけど…あいつが何か言おうとした時、彼女は聞こうとしなかった。どうしてでしょう?僕にはあいつが何を言おうとしてるのか、彼女には分かっていたように見えたのですが…」

「どうじゃろうな…アルウェンの機微は読み取りにくい。おそらく、あやつの言うように、アルウェンのことを理解しておったのはあやつだけなのかもしれん。逆もまた然り……」


感慨深げに呟くように言ったダンブルドア
ハリーは思わず俯いた

あれで……愛していなかったなんて…
ハリーには、そんな疑問しか出てこなかった
当てはまる言葉が見つからない



「さて、感慨に浸りがちになってしもうた。ハリー、あやつは僅かながら’’ぼろ’’を見せた。それがあの子の’’死’’じゃ。いや、正確にはあの子が’’埋葬’’されたかどうかについてじゃ」


「はい」


「ハリー、ここで考えるべきは、アルウェンの亡骸がまことに埋葬されたか否か、もし、亡骸が残っているならば、いったいどこに埋葬されたか、じゃ」

「…あの…それじゃまるで、彼女の遺体を探すつもりのように…」

「いかにも。どんな事実が隠されているにせよ、あやつはアルウェンの遺体を見つけ出されることを’’恐れて’’おる。あの時見せた動揺は、アルウェンが亡くなってから、まだそれほど時が経っておらんかったからじゃろう。あやつには、何か、アルウェンの墓を決して知られてはならぬ理由があるじゃ」

「恐れてる?あいつは、彼女の遺体になにかしたしたんですか?」

ハリーは気になった
ダンブルドアもその答えを探しているだろうに、質問せずにはいられなかった

「何か’’した’’だけではなく、何かを’’隠して’’おるのかもしれぬ。そしてそれは、わしにすべてを打ち明けたあの子ですら予期せぬことじゃったかもしれぬ。ーーー何を’’した’’かの答えは、わしには予想がついておる。じゃが、何を’’隠して’’おるのかは予想もつけられぬ。それを確かめるために、スラグホーン先生の記憶が必要なのじゃ」

今、ダンブルドアは非常に重要なことを言った気がした
ハリーは、息を呑んで聞き入った
そして、尋ねた

「あの、スラグホーン先生の記憶の…その、どの部分が必要なのですか?僕、わからなくて…」

「それは次回の授業でわかるじゃろう。ハリー、これまでの授業で見てきた記憶は、アルウェン自身と、あやつに関わる記憶じゃ。あやつ本人ではない」

「はい」

「いかに双方の記憶が乖離していようとも、別人に思えようとも、二つを別のものとして見てはならぬ。これは、わしの長年の経験に基づいた忠告じゃ」

ハリーは、その言葉で少しひやりとした
別のものとして見かけていたからだ
ほとんど無意識に
ダンブルドアの言葉に、危ない…と本能的に気づいた

「時にハリー、アルウェンの友人は元気かの?スネイプ先生から、よく一緒に勉強しておると聞いておるが?」

いきなりの脈絡のない質問に、ハリーは「え?」とまの抜けた声が出た

「ほっほっ。すまんの。君とあの子らのことは知っておるが、わしにはあの子らとアルウェンがどのような信頼があったのか知らぬでな」

「え、あ、はい…落ち込んではいますが…元気だと…」 

ハリーは意味がわからなかった
なぜ、アルウェンの友人、ドラコ・マルフォイとセオドール・ノットのことを持ち出したのか

「そうか。突然友を喪うのは、誰とて苦しく辛いことじゃ…行方不明ならば尚更じゃ。ハリー、君には、これから’’多くの視野’’が必要かもしれぬ。視野というのは、己で気付きを得られるものより、他人から得られるものの方が、ずっと多いものじゃ」

「…はい…?」

ハリーは、頷きながらもいまいち、ダンブルドアの言いたいことがよくわからなかった

「若いことは、間違いも犯すが、良いこともある。わしのような老人は、友と一度決別してしもうては、もう戻ることはできぬ。じゃが若さがあれば、’’共に’’乗り越えることもできよう。思っておもらんかった者が…君にとって、何か役に立つことを知っておるかもしれぬ」

そう言って、ダンブルドアは微笑みながら、穏やかな表情で軽くウインクした
ハリーは、ちんぷんかんぷんだった
だが、ダンブルドアが言うなら、何か意味があるものに思えた

「おお、今日も遅くまで残してしもうたな。おやすみ、ハリー」

ダンブルドアが窓の外をチラッと見て、すっかり真っ暗になっているのを見て、微笑んだ

「…一つ。いいですか?」

ハリーは、兼ねてからの質問をしてみた
ただ、記憶に関することは、もう今日は答えてくれないとなぜか思ったハリー

「なんじゃね?」

半月眼鏡の奥から、優しい薄いブルーの目を向けて柔らかに返事をしたダンブルドア

「ユラの両親は、このこと…」

「非常に酷なことじゃが、知らぬ。あの子は何も言わずに両親を逃した。それが答えじゃよ」

「っ…そんなの…残酷過ぎる……」

「君は、ほんに優しい子じゃ。ハリー、ーーーMsポンティの両親は今は訝しんでおるじゃろう。それは、魔法省の出した警告からではなく、あの子からの手紙が途絶えておることにじゃ」

ハリーは、胸が締め付けられた
同時に、ユラはそれに関して何も手を打っていないとは思えなかった
いずれ捕まるのを予期していたのなら、なおさら

「左様。あの子が手を打っていないとは思えぬ。じゃが、ほんに手が回らんかったのかもしれぬし、一縷の未練の中に、愛する両親に、ちらとでも自分を心配して欲しいと…思ってしまったのかもしれぬ。ーーーあの子は、おおよそ初めて真に親の愛を受けた故、例え危険に晒そうとも、自分を忘れてほしくないと思ったのかもしれんの…」

彼女は…一度は孤児…
二度目は…純血主義の家格が全ての家…冗談でもあの家で、ハリーの知る親の愛があったとは思えない

そして、長く辛い記憶と生まれ変わりの果てに…やっと手に入れた家族
自分を愛してくれている両親…
生きているのに、それを手放し、ハリーを助けるために、あいつと向かい合うために捨てた

でも捨てきれなかった
彼女が最後に両親と会った時…どんな想いだったのだろう…
どんな葛藤を抱え、苦渋の決断で…

選べたはずだ…
両親と共に逃げることも、幸せに暮らすことも…
わざわざ危険に足を踏み入らずとも…

その時、ハリーの頭の中に、ある言葉が思い出された



ーーーーお前だけが辛いと思うなよ!ユラの両親はどうなる!?もう二度と会えないかもしれないんだぞ!?ーーーー


マルフォイだった
嫌いだ
あいつも、あいつの父親も

だが、マルフォイはオフューカスでも、ナギニでもなく、ユラを見ていた
ユラの友人だった




ーーー被害者ぶるな!ーーーー



マルフォイがノットに向かって言っていた言葉
そうだ…
ヴォルデモートに関わる起きた事は、ダンブルドアも言っていたように、誰もが被害者であり、加害者なのだ
一人だけが悪いわけではない…

だが、ヴォルデモートは赦されてはいけないし、生きているべきでもない
死ぬべき邪悪な存在だ


それだけはハッキリしている
彼女がいくらあいつを捨てきれなかったとしても……



またもや、すっきりしない…重くのしかかるような罪悪感ともどかしさに満ちた気分で校長室を出たハリーは、その夜、どう頑張っても眠れなかった



———————————


記憶に翻弄されてーーー何を掴むのか…

謎のプリンス 〜4〜
記憶の旅は、底も…終わりも見えないような暗闇
光が差したと思えば…すぐまた覆われる…

一向に見えてこない真実…するべきことだけが増えてゆく…

彼女ができることはもうなく…すべての望みはひとりの青年に託された…
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80258512318
2021年7月2日 10:45
choco

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