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※捏造過多
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「トム…」
「なんだ、ーーー…」
「…私ね、こんな綺麗な響きの名前……変だなって…」
「僕よりマシだろ」
「……なんか変よね…トムの方が綺麗なのに…ちぐはぐ…私もそうだったなら、目立たなくてよかったのに……」
貧相な、独房のようなパイプベットの上で小さく膝を抱えて蹲りながら言う女の子に、トムはじっと紅い幼い目を細めて沈黙した
「………」
しばらくの重たい沈黙が流れた後
「…『ナギニ』」
トムがボソリと呟いた
幼さを含む甘い声は、不機嫌な顔をしていた
女の子は、前髪に隠れた顔を上げて、少しだけ…ほんの少しだけ…嬉しそうにした
ずっと一緒にいる彼にしかわからない
その僅かな変化…
普通に見れば無表情だ…
「……いいの?」
「別に…思いついただけだ」
椅子に座って、ぶっきらぼうに言ったトムに、彼女は再び顔を膝に埋めた
「そう…じゃあそれでいい…」
「ふん…」
「戻るね…」
しばらく時間が経ち、小さな女の子がベットから降りようとした
「………行くな」
思わず、といった様子で呼び止めた彼に、びくりと肩を震わせて扉の前で背中を向けて止まった
「…も…戻る…「ここにいろ」」
「ミ、ミセス・コールに怒られる…」
「お前は僕の監視役だろう。なら監視すればいいだろ」
「…どうしてそんな言い方するの………したくてしてるわけじゃ「ないって?そんなの知ってる」」
何を知っているのか、彼女が彼から逃げようと、距離をおこうと、離れようとしているのを知っているのか、怖がっていることを、怯えていることを…
彼が明確に示さないかぎり何もわからない
憶測でしか、彼が「知っている」という意味はわからない
「…………」
「ナギニ。僕といてくれ」
将来の片鱗が垣間見える、命令口調だが、まだ、幼い…言葉に彼女は、ゆっくり、恐る恐る振り向いた
前髪に隠れた目は、椅子にポツンと背中を向けて座ってる彼を見ている
ゆっくり、恐る恐る歩み寄って孤独な、偉大な…小さな背中…をじっと見て、横を向いていた彼の前に立った
少し距離をとって
無言で小さな…孤児院の仕事などで少し荒れている手を出した
彼は暫く、その小さな手を睨んで見つめた後…
「…ナギニ、どこにいもいくな」
その手を引き寄せて、自分が知るはずもない…母親を求めるように彼女の腹に抱きついた
「……うん…」
柔らかく肯定した彼女の返事は、脅されているものなのか、自分に誓うものなのか、将来の彼に怯えているものなのか…
本人にもよくわからなかった
静かに、自分の胴体に顔を埋める幼い彼に、彼女は’’大人’’として接した
さらさらの黒髪に手を置き、ゆっくり…ゆっくり撫でた
「僕のだ…僕だけの………」
縛りつけるように呟かれる呪詛に…幼い叫びに…彼女は聞かぬふりをした
ハーマイオニーが予測したように、六年生の自由時間は、ロンが期待したような至福の休息時間ではなく、山のように出される宿題を必死にこなすための時間だった
毎日試験を受けるような勉強をしなければならないだけでなく、授業の内容もずっと厳しいものになっていた
この頃ハリーは、マクゴナガル先生の言うことが半分もわからないほどだった
ハーマイオニーでさえ、一度か二度、マクゴナガル先生に説明の繰り返しを求めることがあった
ハーマイオニーにとって、憤懣の種だったが、「半純血のプリンスと親愛なる友」のおかげで、信じがたいことに、「魔法薬学」が突然ハリーの得意科目になった
今や、無言呪文は「闇の魔術に対する防衛術」ばかりでなく、「呪文学」や「変身術」でも要求されていた
談話室や食事の場で周りを見回すと、クラスメートが顔を紫色にして、まるで「ウンのない人」を飲みすぎたかのように息張っているのを、ハリーはよく見かけた
声を出さずに呪文を唱えようともがいているのだと、ハリーにも分かっていた
膨大な量の宿題と、がむしゃらに無言呪文を練習するためとに時間を取られ、結果的にハリー、ロン、ハーマイオニーは、ハグリッドを尋ねる時間がなかった
三人は、ハグリッドの「魔法生物飼育学」の授業を取らなかった
それが理由か、ハグリッドは教職員テーブルに姿を見せなくなった
不吉な兆候だった
それに、廊下や校庭で、ときどきすれ違っても、ハグリッドは不思議にも三人に気づかず、挨拶しても聞こえないようだった
「訪ねていって説明すべきよ」
二週目の土曜日の朝食で、教職員テーブルのハグリッド用の巨大な椅子が空っぽなのを見ながら、ハーマイオニーが言った
「午前中はクィディッチの選抜だ!」
ロンが言った
「なんとその上、フリットウィックの『アグアメンティ(水増し)』呪文を練習しなくちゃ!どっちにしろ、何を説明するって言うんだ?ハグリッドに、あんなばかくさい学科は大嫌いだったなんて言えるか?」
「大嫌いだったんじゃないわ!」
ハーマイオニーが言った
「君と一緒にするなよ。僕は『尻尾爆発スクリュート』を忘れちゃいないからな」
ロンが暗い顔で言った
「君は、ハグリッドがあの間抜けな弟のことをぐだぐだ自慢するのを聞いてないからなあ。はっきり言うけど、僕たち、実は危ういところを逃れたんだぞーーーあのままハグリッドの授業を取り続けてたら、僕たちきっと、グロウプに靴紐の結び方を教えていたぜ」
「ハグリッドと口もきかないなんて、私、嫌だわ」
ハーマイオニーは落ち着かないようだった
「クィディッチのあとで行こう」
ハリーがハーマイオニーを安心させた
ハリーもハグリッドと離れているのは寂しかった
もっとも、ロンの言うとおり、グロウプがいない方が、自分たちの人生は安らかだろうと思った
「だけど、選抜は午前中一杯かかるかもしれない。応募者が多いから」
キャンプテンになってからの最初の試練を迎えるので、ハリーは少し神経質になっていた
だが、最近になって頭の中には、いつも、彼女が拷問を受けている様子があったのが、少し変わった
ダンブルドアと彼女の記憶を見てからだ
無論、彼女が耐えがたい拷問を受けているのは変わらないだろう
だが、彼女はヴォルデモートを受け入れていた…
怯えて逃げたそうにしていたが、たしかに彼女は、彼の頭を膝に乗せてることを良しとしていた…受け入れていた…
前髪に隠れた目元は見えなかったが、表情が変化していたのは嘘ではないだろう…
そして夢で見た光景…
ハリーはまた、思考の渦に入っていたことに気づき、ハッとした
「どうして急に、こんな人気のあるチームになったのか、わかんないよ」
「ハリーったら、しょーがないわね」
ハーマイオニーが呆れた顔で言った
「クィディッチが人気なんじゃないわ。あなたよ!あなたがこんなに興味をそそったことはないし、率直に言って、こんなにセクシーだったはないわ」
ロンは燻製鰊の大きな一切れで咽せた
ハリーも咽せそうになった
ハーマイオニーはロンに軽蔑したような一瞥を投げ、それからハリーに向き直った
「あなたの言っていたことが真実だったって、今では誰もが知っているでしょう?ヴォルデモートが戻ってきたと言ったことも正しかったし、この二年間にあなたが二度もあの人と戦って、二度も逃げれたことも本当だとーー「それはっ」ええ、わかってる。わかってるけど、それを知らない人からすれば、今のが事実なのよ。魔法界全体が認めざるをえなかった事実なのよ。そして今はみんなが、あなたのことを『選ばれし者』と呼んでいる。彼女じゃないわ」
ハリーは、彼女をわかったかのように言うハーマイオニーの言い草にイライラした
それは、自分の感情なのかどうかもわからない
だが、何も知らなかったくせに今更彼女を知ったように語るのは許せなかった
「君に彼女の何がわかるって言うんだ」
思わず出てしまった言葉に、ハリーは我に返ったようにハッとした
「ハリー…」
「ごめん…今のは…違うんだ…」
「ハリー…」
「なぁハリー、君振り回されてないか?その、見たっていうあいつの記憶に」
ロンが、唐突に、気まずそうに指摘した
「ロンの言う通りよ。正直、ダンブルドアが何故あなたに授業をしているのかも、わからないわ。だって…今のあなたを見てると…混乱させるだけだもの…それがわからない人じゃないと思うわ…」
ハーマイオニーが付け足すようにそう言った
「僕はダンブルドアを信じてる。ダンブルドアが必要だっていうならきっと意味があるんだ」
はっきりとした口調で言い切ったハリーに、ハーマイオニーは眉を少し下げた
その時、フクロウが飛んできてハーマイオニーの前に「日刊預言者新聞」を置いた
ハーマイオニーはそれを広げて、一面に目を通した
「誰が知ってる人が死んでるか?」
ロンはわざと気軽な声で聞いた
ハーマイオニーが新聞を広げるたびに同じ質問をしている
「いいえ、でも吸魂鬼の襲撃が増えてるわ。それに逮捕が一件」
「よかった。誰?」
「スタン・シャンパイク」
ハーマイオニーが答えた
「え?」
ハリーはびっくりした
「『魔法使いに人気の、夜の騎士(ナイト)バスの車掌、スタンリー・シャンパイクは、死喰い人の活動をした疑いで逮捕された。シャンパイク容疑者(21)は、昨夜遅く、クラッパムの自宅強制捜査で身柄を拘束された…』」
「スタン・シャンパイクが死喰い人?」
三年前にはじめて会った、ニキビ面の青年を思い出しながらハリーが言った
「ばかな!」
「『服従の呪文』をかけられていたかもしれないぞ」
ロンがもっともなことを言った
「何でもありだもんな」
「そうじゃないみたい」
ハーマイオニーが読みながら言った
「この記事では、容疑者がパブで死喰い人の秘密の計画を話しているのを、誰かが漏れ聞いて、そのあとで逮捕されたって」
ハーマイオニーは困惑した顔で新聞から目を上げた
「もし『服従の呪文』にかかっていたのなら、死喰い人の計画をそのあたりで吹聴したりしないんじゃない?」
「あいつ、知らないことまで知ってるように見せかけようとしたんだろうな」
ロンが言った
「ヴィーラをナンパしようとして、自分は魔法大臣になるって息巻いてたやつじゃなかったか?」
「うん、そうだよ」
ハリーが言った
「あいつら、いったい何考えてるんだか。スタンの言うことを真に受けるなんて」
「たぶん、何かしら手を打っているように見せたいんじゃないからし」
ハーマイオニーが顔を顰めた
「みんなが戦々恐々だしーーパチル姉妹のご両親が、二人を家に戻したがっているのを知ってる?それに、エイローズ・ミジョンはもう引き取られたわ。お父さんが、昨晩連れて帰ったの」
「ええっ?」
ロンが目をぐりぐりさせてハーマイオニーを見た
「だけどホグワーツはあいつらの家より安全だぜ。そうじゃないか。闇祓いはいるし、安全対策の呪文がいろいろ追加されたし、何しろ、ダンブルドアがいる!」
「ダンブルドアがいつもいらっしゃるとは思えないわ」
「日刊預言者新聞」の上から教職員テーブルをちらと覗いてハーマイオニーが小声で言った
「気がつかない?ここ一週間、校長席はハグリッドのと同じぐらい、ずっと空だったわ」
ハリーとロンは教職員テーブルを見た
校長席はなるほど、空だった
ハリーは一週間前の個人授業以来、ダンブルドアを見ていなかった
「騎士団に関する何かで、学校を離れていらっしゃるのだと思う。それともしかしたら彼女のことも…」
ハーマイオニーが低い声で言った
「つまり……かなり深刻だってことじゃない?」
ハリーもロンも答えなかった
三人とも同じことを考えているのがわかっていた
昨日の恐ろしい事件のことだ
ハンナ・アボットが「薬草学」の時間に呼び出され、母親が死んでいるのが見つかったと知らされたのだ
ハンナの姿はそれ以来見ていない
五分後、グリフィンドールのテーブルを離れてクィディッチ競技場に向かうときに、ラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルのそばを通った
二人の仲良しは気落ちした様子で話していた
しかし、ロンが二人のそばを通った時、突然パーバティに小突かれたラベンダーが、振り向いてロンににっこりと笑いかけた
ハリーとハーマイオニーは驚いた
ロンは目をパチクリさせて、曖昧に笑い返した
途端にロンの歩き方が、肩をそびやかした感じになった
ハリーは笑い出したいのをこらえた
しかし、ハーマイオニーは、競技場に歩いていく間ずっと冷たくてよそよそしかったし、二人と別れてスタンドに席を探しに行くときも、ロンに激励の言葉ひとつかけなかった
ハリーの予想通り、選抜はほとんど午前中一杯かかった
グリフィンドール生の半数が、選抜を受けたのではないかと思うほどだった
恐ろしく古い学校の箒を神経質に握りしめた一年生から、他に抜きん出た背の高さで冷静沈着に睥睨する七年生までが揃った
七年生の一人は、毛髪バリバリの大柄な青年で、ハリーはホグワーツ特級で出会った青年だとすぐにわかった
「汽車で会ったな。スラッギーじいさんのコンパートメントで」
青年は自信たっぷりにそう言うと、みんなから一歩進み出てハリーと握手した
「コーマック・マクラーゲン。キーパー」
「君、去年は選抜を受けなかっただろう?」
ハリーはマクラーゲンの横幅の広さに気づき、このキーパーならまったく動かなくとも、ゴールポスト三本全部をできるだろうと思った
「選抜のときは病棟にいたんだ」
マクラーゲンは少しふんぞり返るような雰囲気で言った
「賭けでドクシーの卵を五百グラム食った」
「そうか…じゃ、あっちで待っててくれ」
ハリーは、ちょうどハーマイオニーが座っているあたりの競技場の端を指した
マクラーゲンの顔にちらりと苛立ちが過ぎ去った
「スラッギーじいさん」のお気に入り同士だからと、マクラーゲンは特別扱いを期待したのかもしれない
ハリーはそう思った
ハリーは基本的なテストから始めることに決め、候補者を十人一組に分け、競技場を一周して飛ぶように指示した
これはいいやり方だった
最初の十人は一年生で、それまで、ろくに飛んだこともないのが明白だった
たった一人だけ、なんとか二、三秒以上空中に浮いていられた少年がいたが、そのことに自分でも驚いて、たちまちゴールポストに衝突した
二番目のグループの女子生徒は、これまでハリーが出会った中でも、いちばん愚かしい連中で、ハリーがホイッスルを吹くと、互いにしがみついてキャーキャー笑い転げるばかりだった
ロミルダ・ベインもその一人だった
ハリーが競技場から退出するように言うと、みんな嬉々としてそれに従い、スタンドに座って他の候補者を野次った
第三のグループは、半周したところで玉突き事故を起こした
四組目はほとんど箒さえ持ってこなかった
五組目はハッフルパフ生だった
「ほかにグリフィンドール以外の生徒がいるんだったらーーー今すぐ出ていってくれ!」
ハリーはうんざりしながら吠えた
するとまもなく、小さなレイブンクロー生が二、三人、プッと吹き出し、競技場から駆け出して行った
二時間後、苦情たらたら、癇癪数件、コメット260の衝突で歯を数本折る事故が一件のあと、ハリーは三人のチェイサーを見つけた
すばらしい結果でチームに返り咲いたケイティ・ベル
ブラッチャーを避けるのが特に上手かった新人のデメルザ・ロビンズ
それに、ジニー・ウィーズリーだ
ジニーは競争相手全員を飛び負かし、おまけに十七回もゴールを奪った
自分の選択に満足だったが、一方ハリーは、苦情たらたら組に叫び返して声がかれた上、次にビーター選択に落ちた連中との同じような戦い耐えなければならなかった
「これが最終決定だ。さあ、キーパーの選抜をするのにそこをどこかないと、呪いをかけるぞ」
ハリーが大声を出した
意図的に最後に回したキーパーの選抜
ハリーがそうしたのは、競技場の人が少なくなって、志願者へのプレッシャーが軽くなるようにしたかったのだ
しかし、不幸なことに、落ちた候補者やら、ゆっくり朝食を済ませてから見物に加わった大勢の生徒やらで、見物人はかえって増えていた
キーパー候補が順番にゴールポストに飛んでいくたびに、観衆は応援半分、野次り半分で叫んだ
ハリーはロンをチラリと見た
ロンはこれまで、上がってしまうのが問題だった
前学期最後の試合に勝ったことで、その癖が直っていればと願っていたのだが、どうやら望みなしだった
ロンの顔は微妙に蒼くなっていた
最初の五人の中で、ゴールを三回守った者は一人としていなかった
コーマック・マクラーゲンは、五回のペナルティ・スロー中四回までゴールを守ったので、ハリーはがっかりした
しかし、最後の一回は、とんでもない方向に飛びついた
観衆に笑ったり、野次ったりされ、マクラーゲンは歯軋りして地上に戻った
ロンは今にも失神しそうだった
「がんばって!」
スタンドから叫ぶ声が響いた
ハリーはハーマイオニーだろうと振り返ったが、それはラベンダー・ブラウンだった
ラベンダーは次の瞬間、両手で顔を覆ったが、ハリーも正直そうしたい気分だった
しかし、キャプテンとして、少しは骨のあるところを見せなければならないと、ロンのトライアルを直視した
ところが心配無用だった
ロンは、五回続けてゴールを守り切った
観衆は歓声をあげて喜んだ
そして、選抜は無事終わり、ロンはキーパーに決まった
ハリーは、次からの本格的な練習日を次の木曜日と決めてから、ハリー達は、ハグリッドの小屋に向かった
「ハグリッド!開けてくれ!話がしたいんだ!」
中から何も物音がしない
「開けないなら戸を吹っ飛ばすぞ!」
ハリーが杖を取り出した
「ハリー!」
ハーマイオニーがショックを受けたように言った
「そんなことは絶対ーー」
「ああ、やってやる!」
ハリーが言った
「下がってーー」
しかし、あとの言葉を言わないうちに、ハリーが思ったとおり、またパッと戸が開いた
そこに、ハグリッドが仁王立ちでハリー達を睨みつけていた
花模様のエプロン姿なのに、実に恐ろしげだった
「俺は先生だ!」
ハグリッドがハリーを怒鳴りつけた
「先生だぞ、ポッター!俺の家の戸を壊すなんて脅すたぁ、よくも!」
「ごめんなさい。先生」
杖をローブにしまいながら、ハリーは最後の言葉をことさら強く言った
ハグリッドは雷に撃たれたような顔をした
「おまえが俺を、『先生』って呼ぶようになったのはいつからだ?」
「ハグリッドが僕を『ポッター』って呼ぶようになったのはいつからだい?」
「ほー、利口なこった」
ハグリッドが唸った
「おもしれぇ。俺が一本取られたっちゅうわけか?よーし、入れ。この恩知らずの小童の…」
険悪な声でボソボソ言いながら、ハグリッドは脇に避けて三人を通した
ハーマイオニーはびくびくしながら、ハリーの後ろについて急いで入った
「そんで?」
三人が巨大な木のテーブルに着くと、ハグリッドがムスッとして言った
「何のつもりだ?俺を可哀そうだと思ったのか?俺が寂しいだろうと思ったのか?」
「違う」
ハリーは即座に言った
「僕たち、会いたかったんだ」
「ハグリッドがいなくて寂しかったわ!」
ハーマイオニーがオドオドと言った
「寂しかったって?」
ハグリッドが、フンと鼻を鳴らした
「ああ、そうだろうよ」
ハグリッドはドスドスと歩き回り、ひっきりなしにぶつぶつ言いながら、巨大な銅のヤカンで紅茶を沸かした
やがて、ハグリッドは、マホガニー色に煮詰まった紅茶が入ったバケツ大のマグと、手製のロックケーキを一皿、三人の前に叩きつけた
ハグリッドの手製だろうが、何だろうが、空きっ腹のハリーは、すぐ一つ摘んだ
「ハグリッド」
ハーマイオニーがおずおずと言った
ハグリッドはテーブルにつき、ジャガイモの皮を剥き始めた
「私たち、ほんとに『魔法生物飼育学』を続けたかったのよ」
ハグリッドは、またしても大きく、フンと言った
「ほんとよ!」
ハーマイオニーが言った
「でも三人とも、どうしても時間割にはまらなかったの!」
「ああ、そうだろうよ」
ハグリッドはしばらくこの調子で、埒が開かないので、ハリーが小屋の中にある「樽の中いっぱいにある蛆虫は何?」と聞き、ハグリッドがおずおずと、アラゴグに食わせる食べさせるためのものだと言った
それから、ハグリッドは泣きながら、アラゴグが最近病気がちで死にかけていること、そしてその眷属達が少しおかしくなっていること、あの大蜘蛛のコロニーに近づくのは今は危険だということを打ち明けた
ハリー達は内心、ホッとした
あの大蜘蛛には苦い思い出がある
食われかけた
だが、ハーマイオニーなどはハグリッドに「できることはないか」と声をかけたところで、少し雰囲気が軽くなった
そして、いつものハグリッドに戻ったところで
「ウン、お前さんたちの時間割に俺の授業を突っ込むのは難しころうと始めっからわかっちょった」
三人に、紅茶を注ぎ足しながら、ハグリッドがぶっきらぼうに言った
「たとえ『逆転時計』を申し込んでもだーー」
「それはできなかったはずだわ。この夏、私たちが魔法省に行った時、『逆転時計』の在庫を全部壊してしまったの。『日刊預言者新聞』に書いてあったわ」
「ンム、そんなら、どうやったって、できるはずがなかった…悪かったな。俺は…ほれーー俺はただ、アラゴグのことが心配で…そんで、もしグラブリー-プランク先生が教えとったらどうだったか、なんて考えちまってーー」
三人は、ハグリッドの代わりに数回教えたことのあるその先生がどんなにひどい先生だったかを口を揃えてきっぱり嘘をついた
そして、ハリーはハグリッドが行方不明の生徒、彼女について何も知らないのだろうと思っていた
ダンブルドアが発表したとき、ハグリッドは本当に驚いたような顔をしていたのだ
「どうしたのハグリッド?」
ハリーは、窓の外のバックビークを見つめながら深いため息をつくハグリッドが気になり、声をかけた
「いや、何でもねぇんだ…何でも」
「ハグリッド、ねぇ、どうしたの?」
ハーマイオニーが再度聞くと、ハグリッドはもう一度溜息を吐いて口を開いた
「バックビークが最近イライラしとってなぁ……お前さんらがさっき近づいとった時、ほんとに危なかったんだ。ハリーがおらんかったら噛みつかれとっただろう」
「バックビークが?何かあったの?」
「俺にもわかんねぇんだ。ただ…おまえさんらは知らんだろうが、行方不明の生徒がおるだろ…」
ハグリッドが三人には言い辛そうに口をモゴモゴさせた
「ユラのこと?」
ハリーはつい、食い気味に聞いた
「何か…関係があるの?」
ハーマイオニーは、おずおずと聞いた
「実はなぁ…お前さんらはあの子を嫌っとるから言わんかったが、バックビークは懐いとったんだ。時折ふらぁっと来てバックビークに餌付けしとった。なんかバックビークに向かって独り言をぶつぶつ言っとったが…」
ハグリッドの言葉に三人は顔を見合わせた
「それって餌付けしたから懐いてたんじゃなくて?」
「ヒッポグリフは誇り高い。誰でも懐くなわけじゃねぇ。それはおめぇさんらがよぉ知っとるだろ。敬意を示さん相手には攻撃生が高いんだ。バックビークはそん中でも特に警戒心が強いんだ。そのバックビークが餌くれぇで懐いたりはしねぇ」
ハグリッドが少しムッとしたように言った
「じゃあ、そのなんで?」
「俺にもわからん。バックビークがあんなにイライラしとるなんざ見たことがねぇ。きっとあの子の身に何かあったとわかっとるんかもしれん」
ヒッポグリフの生態に基づいたハグリッドの言葉に、三人は再び顔を見合わせた
ハリーは言うべきかどうか迷った
だが、ハリーはハグリッドが口が軽いのを知っていた
だから、ハリーは聞いてみた
「ハグリッドは彼女のこと、何か聞いてないの?」
「いんや。ダンブルドアにも今のところ何の手掛かりはないとしか聞いとらん…おめぇさんらがどう思うとるかしらねぇが、俺はあの子が悪い子とは思えねぇんだ。でなきゃバックビークが敬意を示すわけがねぇ…動物は嘘はつかねぇ」
確信したように、信じ込むように言ったハグリッドに、ハリーは苦い気持ちになった
彼女はきっと、ここで過ごす孤独な間、バックビークやダンブルドアだけが味方だったのかもしれない
唯一、息をつける時間だったのかもしれない…と
ハグリッドの「動物は嘘はつかねぇ」という言葉は言い得て妙だと、思ってしまったのだった
そして、三人は帰る途中、スラグホーン先生に出会い、ハリーとハーマイオニーだけは熱烈に口説かれるようにパーティに誘われて、ロンはほぼいないものとして扱われた
その夜、ハリーは複雑な想いを抱えながら、レギュラスとの『閉心術』の訓練に向かった
「…口を開けろ」
男にして高い、轟くような恐ろしげな声で、優しく語りかける
命令された彼女は、大人しく、震えそうになる唇を…開けた
乾いた口の中に…瑞々しい果汁が広がり、爽やかな甘さが喉を通る
ゆっくりと咀嚼して、嚥下する喉を紅い邪悪な目が見届ける
「…甘いわ…」
「はっ…そうか」
「…こんなことしていていいの…私に食事をさせて…服を着せて………あなたの’’物’’でしょう…私は…」
緩やかに、少しマシになった顔色で横を向く彼女に、彼は鼻で嗤った
「己で認めるとは、ようやっとわかってきたか。まぁいい…お前への罰と躾けは幾分か済んだ。…次は、’’開花’’させることだ」
「…’’開花’’?」
「わからぬか?お前は俺様’’自身’’だというのが答えだ。足りん頭でよく考えろ…俺様自ら教えてきてやっただろう」
彼女とのやりとり、ひとつ、ひとつを愉しむように、ゆったりとソファに腰掛け、不気味に嗤う彼
その手には、彼女のためにある葡萄が一粒あり、ゆっくりと彼女の唇に触れる
開けろというサインなのだろう、よく’’身体’’で理解している彼女は口を開けて粒を含んだ
「…ナギニ、お前は蛇語を話せる。俺様がそうしてやった」
「…そう…」
「ならばわかるはずだ。お前の中にある’’力’’が」
「……だとしても…これはあなたのものでしょう…」
哀しげに眉を寄せて、自分の胸に手を添えて言う彼女
その表情は…悲哀に満ちている
「…ふん、健気なことを言うものだ。お前は昔から’’卑怯’’で’’卑劣’’だが、力は求めなかった。ただの一度もな」
「…あなたがいたからよ…私には…不要のものだった…」
「だが、今度はそうも言っておられんぞ、その力を俺様のために役立てる時が来たのだ」
「……そう……あなたのことだから…私に選択肢なんて最初からないのでしょう…」
「お前の察しのいいところは忌々しくもある反面、実に気分が良い」
「……最初のだけでよかったわ……」
そのひと言に、数秒の沈黙が支配した
「ナギニ、お前は、つくつぐ俺様の機嫌を損ねたいようだな」
低くなった声に、びくりと震えて肩を丸めた彼女は自分の手をギュと胸元で握り込み丸めた
「っ…そんなつもりっ…じゃ…」
また、あの…死んだ方がいい痛みを与えられるのか…
震える声で言い訳しようとした彼女
それを見ながら、冷ややかな声で
「跪け」
そう言った彼
椅子から降りて、長く黒いローブが床につく足元に跪いた
手は胸元でキツく握りしめて、大人しく’’背’’を向けた
長い波打つ髪は、拷問の生活で栄養がいかず、軋んでいる
その髪を肩から前に流した
肩は不憫なほど震えている
きっと、今から苛まれる痛みに耐えるために心準備をしているのは見て取れる
「俺様の機嫌を損ねるのも、取るのも実に上手い。だが、罰は罰だ。今日は話だけに留めておいてやろうと思ったが…気が変わった」
背後で、彼が動く気配がして、彼女はガタガタと震えた
今にも啜り泣きが聞こえそうな姿
「っ……はいっ…」
「ナギニ、俺様を失望させるな。期待に応えてみせよ」
「っ…お断りよっ…」
‘’今’’は、‘’こう’’答えるしかない彼女の震えた声は、次の瞬間、絶叫に変わった
「……ぃ゛ぃ゛…ぅ゛…トッ……ムッ…」
もう、何度同じ’’印’’を抉られたかもわからない…
血の滴る背中にピタりと当たる布の感触…
それが’’印’’に当たり、布を血に染めていく
漆黒の服がより黒く…
染まってゆくことなど気にせず後ろから抱き寄せる彼…
彼女が…果たしてどの’’彼’’を呼んだのか…
それは…誰も知る由はない…
「…そんな声で穢らわしい名を呼ぶな」
「っ…痛いっ…死にたいっ…もっ…殺してっ…」
「お前の願いならば叶えてやるとも。だが、それはならん」
まるで踊り出すように、後ろから彼女の右腕を取り上げて、左手を腹部に重ねるように添える彼…
そんなことにも気にしてられないほど激痛と心が痛い…どうにかなってしまったほうがマシな気持ちを抱えて涙を溢しながら訴える彼女
「言えばいい…ただひと言な。お前の中には俺様しかいない。今も昔もな」
「っ…違うっ…違うっ…」
「何も違わんとも。俺様に嘘をつくのはいい。通用せんからなぁ。だがお前自身に嘘をつくのはやめろ」
「ふっう゛っ……ぅ゛…っ…あ゛ぁ゛ぁぁ!」
腹部に回された手を、少し密着する背中側へ押されただけで激痛が走り、天井を向いて涙を流して悲鳴をあげる彼女に、心地良いとばかりにうっとり耳を澄まして聴き入る彼
「痛いか?苦しいか?辛いか?…だがナギニ、お前が俺様を憎むことはない。否定することもな。頷けば良い。心の赴くままにな」
「っ…ぅ゛っ…ふっ…うぅ……も…や……こんなことっ……私に何を求めているのっ…私はっ…私はっあなたが知っているように何もできないのよっ…何もっ…」
「愚かな女だな、ナギニ。お前は俺様の’’役に立ち続ける’’のだ」
「っ…もう誰も傷つけたくないっ…もういやよっ…」
「それだ。そう、その言葉を待っていた。やっとここまできたかナギニ。…良い子だ。お前は実に俺様の期待通りだ…さぁ来い。お前は体力をつけねばならん」
感心したようにそう言った彼に、彼女は顔から血の気が失せて、頭が一気に冷えていくのを感じた
彼女を抱き上げてカウチに腰掛けせた彼に、唇が震え、体が恐怖を叫んでいる
「さあ先程の続きだ。口を開けろ」
「っ…ぁ…ぁ…」
「そう怯えるな。食事を取れば、昔のように髪を梳いてやろう。俺様の隣に相応しい身なりにせねばな」
「……」
上機嫌で、邪悪な瞳と表情で果物をひとつまみして近づけてくる彼に…
彼女は、心の中で涙を流して呼んだ
‘’彼’’を…
「夢を見ているのか」
背中を痛めないように横を向いて手を投げ出して眠っていた彼女の額にかかる前髪をするりと指で払いながら、煌めく紅い瞳を細めて問いかける’’彼’’
「……トム……」
幾分か、肉が戻ってきた手でやんわりと髪を触る手を押し返して名前を呼ぶ彼女
「……歌って…聴かせて…」
投げやりにそう言った彼女に、’’彼’’はクスリと笑った
「お前がそんなにあれを気に入っているとは思わなかったな。あれは気まぐれだと言ったのを忘れたか?」
「……覚えているわ……ちゃんと…でも…夢にいたいの…夢の中に…」
「…それは幸せな夢か?」
「……今に比べれば…そうね。断然幸せと言えるんじゃないかしら…」
「素直じゃないな。まぁいい……少なくとも’’僕’’に安らぎを感じているのは確信できたからな…良い兆候だ」
意味深にそう言った’’彼’’の言葉など、もう耳に入らないとばかりに、気怠げに顔を横に向けて、目を閉じると同時に聞こえてくる、高く艶のある静かな歌声に包まれた彼女
あの、幼い頃よりも成長した青年の…高い蠱惑的な艶のある声に懐かしさを感じながら彼女は聴き入った…
月曜日の夜、ハリーは気分が軽かった
ダンブルドアの個人授業だからだ
だが、校長室に向かう途中、前回の記憶を見たあとのことを思い出し、少し気分が重くなった
今度は何を見るのだろう…と
そして、ハリーの予想はある意味外れてくれなかった
ダンブルドアは以前の話を続きから始めた
「メローピー・リドルは、自分を必要とする息子がいるのに、死を選んだ。しかし、ハリー、メローピーをあまり厳しく裁くでない。長い苦しみの果てに、弱りきっていた。そして、元来君の母上ほど勇気を持ち合わせてはいなかった」
以前見た記憶の続きで、妊娠したメローピーが、そのあとどうなったのかの話だった
ハリーは、それをじっと聞きながら、ダンブルドアに思わず聞いた
「…じゃあユラは…ナギニはどうして妊娠中に’’死’’を選んだのだとお思いですか?」
ハリーには、どうしてもわからない疑問だった
まだお腹の中にある命があるまま死ぬなど、ハッキリ言って正気の沙汰ではない
酷いが、産んでから捨てるなどの選択肢もあっただろうに
「ふむ、難しい質問じゃ。あの子はメローピーに似ておるようで似ていない。しかしまた、君の母上のような勇気を持ち合わせておるわけでもない」
「そうですね」
ハリーは否定しなかった
説明はできないが、明らかに’’そう’’だとはわかるからだ
「強いて推測するならば、これもまたあやつのためであろうな」
ダンブルドアの言葉に、ハリーは眉間に眉が寄るのを感じた
「よいかハリー、あの子はこれまで、あやつを優先することが当たり前じゃった。無意識のうちに刷り込まれた部分もあろう。じゃが、あの時、あの子が取った選択は…あやつにとって予想外だったはずじゃ。あやつは自分を優先するならば当然受け入れると思っておっただろう。だが、あの子の中では違った。あやつの子を産むことで、何がしかの悲劇になることを予想しておったのかもしれん。たとえ罪のない命を宿していても、あの子はあやつとは違う意味で、あやつを優先した。それが事実じゃ。それがあの子にとって、あやつを受け入れるということだったのかもしれぬ」
ダンブルドアの推量に、ハリーは拳を握りしめた
「さて、ハリー。今回はーー」
机の前に並んで立ちながら、ダンブルドアは、『憂いの篩』の前で説明した
「わしの記憶に入るのじゃ。細部にわたって緻密であり、しかも正確さにおいては満足できるものであることがわかるはずじゃ。ハリー、先に行くがよい」
ハリーは少し心が軽くなった
ダンブルドアの記憶は、彼女ほど悲惨ではないと、なんとなく予想がついた
ハリーは『憂いの篩』に屈み込んだ
記憶のひやりとする表面に顔を突っ込み、再び暗闇の中を落ちていった…何秒か経ち、足が固い地面を打った
目を開けると、ダンブルドアと二人、賑やかな古めかしいロンドンの街角に立っていた
「わしじゃ」
ダンブルドアが朗らかに前方を指差した
背の高い姿が、牛乳を運ぶ馬車の前を横切ってやって来る
若いアルバス・ダンブルドアの長い髪と顎髭は鳶色だった
道を横切ってハリー達の側に来ると、ダンブルドアは悠々と歩道を歩き出した
濃紫のビロードの、派手なカットの背広を着た姿が、大勢の物珍しげな人の目を集めていた
「先生、すてきな背広だ」
ハリーが思わず口走った
しかし、ダンブルドアは若き日の自分のあとについて歩きながら、クスクス笑っただけだった
三人は距離を歩いた後、鉄の門を通り、殺風景な中庭に入った
その奥に、高い鉄柵に囲まれたかなり陰気な四角い建物がある。若きダンブルドアは石段を数段上がり、正面ドアを一回ノックした
しばらくして、エプロン姿のだらしない身なりの若い女性がドアを開けた
「こんにちは。ミセス・コールとお約束があります。こちらの院長でいらっしゃいますな?」
「ああ」
ダンブルドアの異様な格好をじろじろ観察しながら、当惑顔の女性が言った
「あ…ちょっくら……ミセス・コール!」
女性が振り向いて大声で呼んだ
遠くの方で、何か大声で答える声が聞こえた
女性はダンブルドアに向き直った
「入(ヘェ)んな。すぐ来るで」
ダンブルドアは白黒のタイルが貼ってある玄関ホールに入った
全体にみすぼらしいところだったが、染み一つなく、清潔だった
ハリーと老ダンブルドアは、そのあとからついて行った
背後の玄関ドアがまだ閉まりきらないうちに、痩せた女性が、煩わしいことが多すぎるという表情でせかせかと近づいてきた
とげとげしい顔つきは、不親切というより心配事の多い顔だった
ダンブルドアの方に近づきながら、振り返って、エプロンをかけた別のヘルパーに何か話してる
「……それから上にいるマーサにヨードチンキを持っていっておあげ。ビリー・フタッブズは瘡蓋をいじってるし、エリック・ホエイリーはシーツが膿だらけでーーーもう手一杯なのに、こんどは水疱瘡だわ」
女性は誰に言うともなくしゃべりながら、ダンブルドアに目を留めた
とたんに、たったいまキリンが玄関から入ってきたのを見たかのように、唖然として、女性はその場に釘付けになった
「こんにちは」
ダンブルドアが手を差し出した
ミセス・コールはポカンと口を開けただけだった
「アルバス・ダンブルドアと申します。お手紙で面会をお願いしたところ、今日ここにお招きをいただきました」
ミセス・コールは目を瞬いた
どうやら、ダンブルドアが幻覚ではないと結論を出したらしく、弱々しい声で言った
「ああ、そうでした。ええーーええーーでは、私の事務室にお越しいただきましょう。そうしましょう」
ミセス・コールはダンブルドアを小さな部屋に案内した
事務所兼居間のようなところだ
玄関ホールと同じくみすぼらしく、古ぼけた家具はてんでんバラバラだった
客にぐらぐらした椅子に座るよう促し、自分は雑然とした机の向こう側に座って、落ち着かない様子でダンブルドアをじろじろ見た
「ここにお伺いしましたのは、お手紙にも書きましたように、トム・リドルとアルウェン・メメントについて、将来のことをご相談するためです」
ダンブルドアが言った
ハリーは、アルウェン・メメント?と聞き覚えのない名前に混乱した
「先生、メメントって…ナギニって名前のはずじゃ」
「じきわかろう」
思わず瞠目して質問したハリーに、ダンブルドアは静かに前を見据えながら答えた
ハリーはそれに従った
「ご家族の方で?」
ミセス・コールが聞いた
「いいえ、私は教師です」
ダンブルドアが言った
「私の学校にトムとアルウェンを入学させるお話で参りました」
「では、どんな学校ですの?」
「ホグワーツという名です」
「それで、なぜトムとアルウェンにご関心を?」
「その二人は、我々の求める能力を備えていると思います」
「奨学金を獲得した、ということですか?どうしてそんなことが?あの子たちは一度も試験を受けたことがありません」
「いや、二人の名前は、生まれたときから我々の学校に入るように記されていましてねーー」
「誰が登録を?ご両親が?」
ミセス・コールは都合の悪いことに、間違いなく鋭い女性だった
ダンブルドアが明らかにそう思ったらしい
というのも、ダンブルドアがビロードの背広のポケットから杖をするりと取り出し、同時にミセス・コールの机から、まっさらな紙を一枚取り上げたのが、ハリーに見えたからだ
「どうぞ」
ダンブルドアはその紙をミセス・コールに渡しながら杖を一回振った
「これで全て明らかになると思いますよ」
ミセス・コールは一瞬目がぼんやりして、それから元に戻り、白紙をしばらくじっと見つめた
「すべて完璧に整っているようです」
紙を返しながら、ミセス・コールが落ち着いて言った
そしてふと、ついさっきまでなかったはずのジンの瓶が一本、グラスが二個置いてあるのに目を留めた
「あー…ジンを一杯、いかがですか?」
ことさら上品な声だった
「いただきます」
ダンブルドアがにっこりした
ジンにかけては、ミセス・コールが初でないことが、たちまち明らかになった
二つのグラスにたっぷりとジンを注ぎ、自分の分を一気に飲み干した
あけすけに唇を舐めながら、ミセス・コールは、はじめてダンブルドアに笑顔を見せた
その機会を逃すダンブルドアではなかった
「トム・リドルの生い立ちについて、何かお話しいただけませんでしょうか?この孤児院で生まれたのだと思いますが?」
「そうですよ」
ミセス・コールは自分のグラスにまたジンを注いだ
「あのことは、何よりハッキリ憶えていますとも。何しろ私がここで仕事を始めたばかりでしたからね。大晦日の夜、そりゃ、あなた、身を切るような冷たい雪でしたよ。ひどい夜で。その女性は、当時の私とあまり変わらない年頃で、玄関の石段をよろめきながら上がってきました。まあ、何も珍しいことじゃありませんけどね。中に入れてやり、一時間後に赤ん坊が産まれました。それで、それから一時間後に、その人は亡くなりました」
ミセス・コールは大仰に頷くと、再びたっぷりのジンをぐい飲みした
「亡くなる前に、その方は何か言いましたか?」
ダンブルドアが聞いた
「たとえば、父親のことを何か?」
「まさにそれなんですよ。言いましたとも」
ジンを片手に、熱心な聞き手を得て、ミセス・コールは、今やかなり興が乗った様子だった
「私にこう言いましたよ。『この子がパパに似ますように』。正直な話、その願いは正解でしたね。なにせ女性は美人とは言えませんでしてねーーそれから、その子の名前は、父親のトムと、自分の父親のマールヴォロを取ってつけてくれと言いましたーーーええ、わかってますとも、おかしな名前ですよね?私たちは、その女性がサーカス出身ではないかと思ったくらいでしたよーーそれから、その男の子の姓はリドルだと言いました。そして、それ以上は一言も言わずに、まもなく亡くなりました」
「さて、私たちは言われたとおりの名前をつけました。あのかわいそうな女性にとっては、それがとても大切なことのようでしたからね。しかし、トムだろうが、マールヴォロだろうが、リドルの一族だろうが、誰もあの子を探しに来ませんでしたし、親戚も来やしませんでした。それで、あの子は孤児院に残り、それからずっと、ここにいるんですよ」
ミセス・コールはほとんど無意識に、もう一杯たっぷりのジンを注いだ
頬骨の高い位置に、ピンクの丸い点がふたつ現れた
「アルウェンの生い立ちについても、教えていただけますかな?」
ダンブルドアが、気分の乗ってきたと思われるミセス・コールにそう言うと、ミセス・コールは先程までのトムの生い立ちを語る様子とは打って変わって、穏やかに眉を下げて、不憫そうな表情になった
「アルウェン、ええ、アルウェンですね。トムがここに来てから数日後に孤児院の前に捨てられていた子ですよ。ここではよくあることです。捨てられていたおくるみには名前を記したメモだけありましたーーそしてあの子も、誰も迎えにこず、孤児院に残りました」
ミセス・コールは続けた
「アルウェンはアジア人の特徴がありましたから、おそらく旅行に来た女性か男性が、こちらで産ませたか、産んだんでしょう。よくあることです」
「あの子は大人しくて、物静かな子ですよーほんと…気味が悪いくらい物分かりがいい子でしてねーートムとあの子は…」
言い淀んだミセス・コールに、ダンブルドアはじっと聴き入った
「おかしな子達ですよーー私たちが、トムと同じ年頃な上に、同じ時期に来たものなので一緒に育てたからか、二人はよく一緒にいます。ーーーいいえ、大抵、いえ、寧ろ二人でしかいません。他の子達がアルウェンに話しかけようとしても、トムが邪魔をするんですよ。アルウェンは何も言いませんので、アルウェンもトム以外と話す気がないのだとーー。まあ、正直なところ、トムのことを考えれば、アルウェンといてくれた方が私たちとしてもこれ程助かることはないんですよーー」
「’’助かる’’ですかな?」
「ええ、はい、まあーートムもアルウェンと同じで、赤ん坊のときからおかしかったんですよ。そりゃ、あなた、どちらもほとんど泣かないんですから。そして、少し大きくなると、あの子は……特にトムは変でね」
「変というと、どんな風に?」
ダンブルドアが穏やかに聞いた
「そう、あの子はーー」
ミセス・コールは言葉を切った
ジンのグラスの上からダンブルドアを詮索するようにチラリと見た眼差しには、曖昧にぼやけたところがまるでなかった
「あの子達は間違いなく、あなたの学校に入学できると、そうおっしゃいました?」
「間違いありません」
ダンブルドアが言った
「私が何を言おうと、それは変わりませんね?」
「何をおっしゃろうとも」
「あの子達を連れて行きますね?どんなことがあっても?」
「どんなことがあろうと」
ダンブルドアが重々しく言った
信用すべきかどうか考えているように、ミセス・コールは目を細めてダンブルドアを見た
どうやら信用すべきだと判断したらしく、一気にこう言った
「あの子…そう、特にトムは、ほかの子供たちを’怯えさせます’’」
「いじめっ子だと?アルウェンはそうではないのですかな?」
「そうに違いないでしょうね。アルウェンは、’’ただ’’おかしな子ですよ。ええ、そう、’’気味が悪い’’ほど大人びていますが、物分かりのいい、大人の顔色を伺うのが上手い子ですよ。まあ、手間のかからない利口な子なので、こちらも手を焼かずに助かっています…ええ、とてもね」
ミセス・コールは顔を顰めながら言った
どう見ても、本当に助かっている、と思っている顔ではない
苦虫を噛み潰したような…そんな複雑な表情だ
どうでもよさそうな表情とも、とれる
「ですがトムに関しては、現場をとらえるのが非常に難しい。事件がいろいろあって……気味の悪いことがいろいろーーー」
ダンブルドアは深追いしなかった
しかし、ハリーには、ダンブルドアが興味を持っていることがわかった
ミセス・コールはまたしてもぐいとジンを飲み、バラ色の頬がますます赤くなった
「ビリー・スタッブズの兎…まあ、トムはやっていないと、’’口では’’そう言いましたし、私も、あの子がどうやってあんなことができたのかがわかりません。でも、兎が自分で天井の垂木から首を吊りますか?」
「そうは思いませんね。ええ」
ダンブルドアが静かに言った
「でも、あの子がどうやってあそこに上ってそれをやったのかが、判じ物でしてね。私が知っているのは、その前の日に、あの子がビリーと口論したことだけですよ。見ていた子たちによると、アルウェンがトムを止めたらしいですがね…それからーー」
ミセス・コールはまたジンをぐいっとやった
「夏の遠足のときーーええ、一年に一回、子供たちを連れて行くんですよ。田舎とか海辺にーーそれで、エイミー・ベンソンとデニス・ビショップは、それからずっと、どこかおかしくなりましてね。ところがあの子たちから聞き出せたことといえば、トム・リドル、アルウェン・メメントと一緒に洞窟に入ったということだけでした。トムは探検に行っただけと言い張り、アルウェンは何も話しませんでしたが、’’何か’’がそこで起こったんですよ。間違いありません。それに、まあ、いろいろありました。おかしなことが…」
「アルウェンは気味が悪いほど大人びていた上に、トムを唯一’’怯えなかった’’子なんですよ。ええ、そりゃあ、私たちが付かず離さず育てたからなのもあるでしょうが、あの子の性格が’’元から’’ああだったので、トムからしたら母親か姉のような存在だったのかもしれませんね。ええ、そのおかげで、あの子がトムの側にいる時は、他の子供たちと問題が起こることは’’あまり’’ありませんでした」
ハリーには、ミセス・コールがまるで言い訳しているように聞こえた
怯えていたのをわかっていて、あえて放置したのではないかと
「’’あまり’’?」
「ええーー他の子共たちがアルウェンに関わろうとしない限りはね」
「トムはアルウェンを亡き母親だと?」
「ええ、もしかしたら、そうなんでしょうね。私にはどっちでもよいことです。問題さえ起こしてくれなければ」
うんざりしたような表情で、頬を紅潮させて言ったミセス・コールにダンブルドアは興味深そうにした
ミセス・コールはもう一度ダンブルドアをじっと見た
その視線はしっかりしていた
「あの子達がいなくなっても、残念がる人は多くないでしょう」
「当然おわかりいただけると思いますが、二人を永久に学校に置いておくというわけではありませんが?」
ダンブルドアが言った
「ここに帰ってくることになります。少なくとも毎年夏休みに」
「ああ、ええ、それだけでも、錆びた火搔き棒で鼻をぶん殴られるよりはまし、というやつですよ」
ミセス・コールは小さくしゃっくりをして立ち上がった
ジンの瓶は三分のニが空になっていたのに、立ち上がった時かなりシャンとしているので、ハリーは感心した
「あの子達にお会いになりたいのでしょうね?」
「ぜひ」
ダンブルドアも立ち上がり、ミセス・コールの後を続いた
ミセス・コールは事務所を出て、石の階段へとダンブルドアを案内した
通りすがりにヘルパーや子供たちに指示を出したり、叱ったりした
孤児たちが、みんな灰色のチュニックを着ているのを、ハリーは見た
まあまあ世話が行き届いているように見えるが、子供たちが育つ場所としては、ここが暗いところであるのは否定できなかった
「おそらく、また二人で部屋にいるでしょう。ここです」
ミセス・コールがうんざりしたように、二番目の踊り場を曲がり、長い廊下の最初のドアの前で止まった
「二人一緒にお会いになれますよ。アルウェンは就寝時以外は大抵トムの部屋にいますので」
「失礼ですが、幼いと言っても流石に一緒の部屋というのは…」
ダンブルドアが訝しげに問うと、ミセス・コールは眉を顰めて怒ったような顔をした
「もちろん部屋は別にしてありますよ。ええ、でも聞かないんですよ。何度言ってもね。ですから私たちは、アルウェンに多少の自由を許す代わりにトムの目付役にしたんですよ。あの子がいた方がまだマシになる」
ブツブツと嫌そうな顔で言うミセス・コールに、ダンブルドアはふむ…と思案げな表情になった
ハリーには、聞かないというのは嘘だろうということが分かった
厄介者の面倒を厄介者よりマシな者に押し付けただけだというのが、見え見えだった
そして、彼女はドアを二度ノックして、彼女は部屋に入った
「トム?お客様ですよ。こちらはダンバートンさんーー失礼、ダンダーボアさん、この方はあなた達にーーまあ、ご本人からお話ししていただきましょう」
ハリーと二人のダンブルドアが部屋に入ると、ミセス・コールがその背後でドアを閉めた
殺風景な小さな部屋で、古い洋箪笥、木製の椅子一脚、鉄製の簡易ベットしかない
灰色の毛布の上はキッチリと整っており、木製の椅子には少年が本を手に、両足を伸ばして座っていた
そして、その少年が座っている背側には、本を手にして軽くもたれている少女がいた
トム・リドルの顔には、ゴーント家の片鱗さえない
メローピーの末期の願いは叶った
ハンサムな父親のミニチュア版だった
見るからにさらさらとした黒髪に、珍しい紅い目
十一歳にしては背が高く、蒼白い
一方、アルウェン・メメントの顔はトムと同じくらい蒼白く、アジア人を思わせる黄色さが少しあり、全体的に小さい造りだった
背はそれほど高くはなく、リドルの首あたりに頭があるくらいの身長だった
目は前髪に隠れてよく見えないが、不安そうに座っている少年とダンブルドアを交互に見ている
気弱そうな、平凡な子だった
リドルの方は僅かに目を細めて、ダンブルドアの異常な格好をじっと見つめた
一瞬の沈黙が流れた
その時
少女の方が動いて、部屋を出ようとドアの方に向かった
「…と、トムに用事みたいだから…っ」
ミセス・コールがリドルを呼んだためか、彼女は邪魔だと思い、出ようとしたのか、一歩踏み出したところで彼女は止まった
ハリーは何なのかと思ったが、彼女はそのまま突っ立ったまま動かなくなった
「構わんよ。君にも是非聞いていてほしい話じゃ。はじめまして、トム」
ダンブルドアが少女に朗らかに微笑みかけてそう言い、まず、リドルに近づいて手を差し出した
少年は躊躇したが、その手を取って握手した
そして、少し後ろにいる少女にも手を差し出した
「君がアルウェンだね?はじめまして」
不安そうに胸元で小さな手を握りしめていたのを、ゆっくり解いて手を差し出した
「は、はじめまして…」
静かに握手した少女とダンブルドアに、リドルが眉を寄せて訝しげに見ていた
ダンブルドアは、すぐに手を引っ込めた少女を柔らかい眼差しで見た後、すぐ横にあるべっトの端に腰掛けた
「私はダンブルドア教授だ」
「『教授』?」
リドルが繰り返した
警戒の色が走った
「『ドクター』と同じようなものですか?何しに来たんですか?’’あの女(ヒト)’’が僕たちを看るように言ったんですか?」
リドルは、今しがたミセス・コールがいなくなったドアを指差していった
「いや、いや」
ダンブルドアが微笑んだ
「信じないぞ」
「トム…」
リドルが言ったのを、彼女が落ち着くように名前を呼んだ
「ナギニは黙ってろ。あいつは僕たちを診察させたいんだろう?真実を言え!」
「トム…きっと違うよ…」
少女に言った言葉と、最後の言葉には込められた強さは衝撃的でさえあった
命令だった
これまでに何度もそうやって命令してきたような響きがあった
リドルは目を見開き、ダンブルドアを睨めつけていた
一方、少女は心配そうにリドルを見つめて、ダンブルドアに申し訳なさそうな表情を向けていた
「トム……この人はきっと違うよ…今までのお医者さんとは雰囲気が違う…気がする…」
鋭いのか、よく観察しているのか、少女はリドルの服を少し引っ張って呟いた
ダンブルドアは少女の発言に微笑むばかりで、感心したように観察した
何も答えず、微笑み続けるだけのダンブルドアに、リドルはナギニと呼んだ少女を少し責めるようにチラッと目をやった後、先程より警戒心を強めて聞いた
「あなたは誰ですか?」
「君の言ったとおりだよ。私はダンブルドア教授で、ホグワーツという学校に勤めている。私の学校への入学を勧めにきたのだがーー君が来たいのなら、そこが君の、君たちの新しい学校になる」
この言葉に対するリドルの反応は、まったく驚くべきものだった
椅子から飛び降り、憤激した顔でダンブルドアから、側にいる少女の手を引っ張って背中に隠して遠ざかった
「騙されないぞ!精神病院だろう。そこから来たんだろう?『教授』、ああ、そうだろうさーーふん、僕たちは行かないぞ。わかったか?あの老いぼれ猫の方が精神病院に入るべきなんだ。僕はエイミー・ベンソンとかデニス・ビショップなんかのチビたちに何にもしてない。聞いてみろよ。あいつらもそう言うから!」
「トム…決めつけちゃだめだよ…ちゃんとお話聞こうよ…」
「僕に口答えするのかナギニ!」
ダンブルドアの話を聞こうと、おずおずと怯えながら言う少女、だがその言葉に、リドルは憤激したように振り向いて怒鳴った
ハリーは驚くどころじゃなかった
これがリドルの本性だったのか…と一瞬思ってしまった
この頃から少女を、彼女に逆らうことを許さなかったのか、と
「っ…そういうわけじゃないよ…ねぇトム。取り敢えずお話を聞こう…それからでも遅くないよ」
「〜〜…お前は今までに来た『医者』とか名乗る奴らに何をされかけたか忘れたのか!」
「…忘れたわけじゃないよ…でもトムがいるじゃない。この人はきっと大丈夫だよ。私たちに強要してるわけじゃないもの…トム、ねぇお願いよ」
懇願するように、リドルの袖を掴んで声をかける少女に、リドルはぎゅっと強く少女の手を握って、ダンブルドアを睨めつけた
背中にはまだ、少女を隠したままだ
「僕たちに何の用だ」
「私は先生だよ。そちらのお嬢さんの言うように、大人しく座ってくれれば、ホグワーツのことを話して聞かせよう。もちろん、君が学校に来たくないというなら、誰も無理強いはしないーー」
「やれるもんならやってみろ」
リドルが鼻先で笑った
だが、後ろの少女はリドルの手を柔らかく握り返して、名前を呼んだ
「トム…ね?座ろう」
「ふんっ」
「…離れないから、お願い…」
誰から、何から、とは明言せずに小さな手でリドルをくいくいと引っ張って促した少女に、リドルは渋々座った
ダンブルドアは、リドルが見かけだけは大人しくなったのを見て、感心した
リドルは、手を離さず、繋いだままダンブルドアに続きを促した
「ホグワーツは、特別な能力を持った者のための学校でーー「僕たちは狂っちゃいない!」」
説明しようとしたダンブルドアに、被せるように反論したリドル
少女は思わず強く握られた手に少し震えていた
ダンブルドアはそれを目に写しながら、努めて穏やかに続けた
「君たちが狂っていないことは知っておる。ホグワーツは狂った者の学校ではない。魔法学校なのだ」
沈黙が訪れた
リドルは凍りついていた
無表情だったが、その目は素早くダンブルドアの両目を交互にちらちらと見て、どちらかの目が嘘をついていないかを見極めようとしているかのようだった
「魔法?」
リドルが囁くように繰り返した
「そのとおり」
ダンブルドアが言った
「じゃ…じゃ、僕ができるのは魔法?」
「君は、どういうことができるのかね?」
「いろんなことさ」
リドルが囁くように言った
首から痩せこけた頬へと、たちまち興奮の色が上がってきた
熱でもあるかのように見えた
そこでふと、ハリーは少女の方を見た
前髪で目元が隠れてよくわからないが、何かに怯えているようだった
「物を触らずに動かせる。訓練しなくとも、動物に思い通りのことをさせられる。僕を困らせるやつには、いやなことが起こるようにできる。そうしたければ、傷つけることだってできるんだ」
リドルがそう言った時、手を繋がれていた少女が僅かに震えた
若いダンブルドアには目に入っていないようだった
「君は、どうかね?アルウェン、ナギニはミドルネームかね?」
やっと、少女に目を移して、怖がらせないように問うたダンブルドアに、震えながら口を開こうとした少女
「…わ…私…「こいつの名前はアルウェンじゃない。ナギニだ」」
答えようとした少女に、リドルが口を挟みムッとした様子で訂正した
「…そうなのかね?私が聞いたのはアルウェン・メメントという名前だが…」
確認するようにダンブルドアが、はて?思い違いか…というように聞いた
「…わ、私の名前は…ナギニです…ナギニ・メメント…です。教授…」
「ふむ。そうか。ナギニか…では、君はどんなことができるのかね?」
腑に落ちないながらも、特に追及することはなく、再度問うたダンブルドアに、ナギニは一度トムを見てから口を開いた
「…トムと同じようなこと…です。でも…トムほどじゃなくて…私は、あまり…その、これが好きじゃなくて…」
「なにか、怖い思いをしたことでもあるのかね?」
訝しげなダンブルドアの問いかけに、彼女は俯いた
「…いえ、その…私は、普通でよかったから…」
ボソリと呟いた少女の言葉は、本当にそう願っていたかのような悲哀に満ちた弱々しい声だった
だが、その瞬間
「ナギニ!」
咎めるように少女の名前を呼んだリドルの声が響いた
「お前は僕と同じだ!特別なんだ!どうしていつもそうなんだ!」
ダンブルドアを無視して、少女に悔しそうに、失望したように怒るリドルに、少女は気まずそうに顔を逸らした
「…………トム…私は特別とは思ってなかったんだよ…ただ’’違う’’だけだと……ちょっとできることが多いなって…」
少女の発言に、ダンブルドアは目を細めて、あえて止めずに聞き入った
「…ナギニっ…お前ってやつはっ。どうしてわからないんだっ?」
「……わからないわけじゃ…っ!」
強く、先程よりも強く握り締められた手に、体を強張らせた少女に、ダンブルドアは頃合いか、と止めた
「落ち着きなさい。トム、仲が良くとも、女性に手をあげるのはよくないことだ。痛がっているから離してあげなさい」
「それは僕が決めることだ。ナギニは’’僕のだ’’」
途端に、命令口調のような高慢な言い方になったリドルに、ダンブルドアは眉を顰めた
「…つ、続けてください。教授…いつもはこうじゃないですから…大丈夫です…」
戸惑っているだけだと言わんばかりに、リドルを庇う言葉を言い、ダンブルドアに促した少女に、訝しげになったダンブルドア
だが、それ以上は、二人のことをまだ深くは知らないので追求しなかった
「…僕は特別だって、わかっていた。何かあるって、ずっと知っていたんだ」
「ああ、君の言うとおり」
ダンブルドアは微笑んでいなかった
リドルから目を離さず、観察していた
「君は、君たちは魔法使いだ」
リドルは顔を上げた
だが、少女はリドルの方を心配そうに見ていた
リドルは表情がまるで変わっていた
激しい喜びが溢れている
しかし、なぜかその顔は、よりハンサムに見えるどころか、むしろ端正な顔立ちが粗野に見え、ほとんど獣性を剥き出した表情だった
ダンブルドアはそれをじっと見た後、チラリと横にいる少女に視線を流すと、少女はリドルをじっと見ていた
心配だ…怖い…というのが見てとれるほど不安そうだった
「君は喜ばないのかね?ナギニ?」
先程の発言にといい、部屋に入った時から、ミセス・コールの言っていたように大人しい…どちらかというと今のリドルよりは聡い印象を受ける少女が気になり、ダンブルドアは聞いた
「…いえ…まだ、その、よくわからないだけで……」
柔らかい少女特有の声で、落ち着き払った諦めたような声色で答えた少女に、ダンブルドアは不安なのかと思った
「大丈夫だよ。誰しもいきなり魔法使いだと言われると戸惑うものだ。君の反応はごくごく普通だよ」
ダンブルドアが少女を落ち着かせようと、柔らかい視線を送り励ましの言葉をかけると、少し肩の力を抜いたようだった
「あなたも魔法使いなのか?」
リドルが横から聞いた
「いかにも」
「証明しろ」
「トム…」
即座に言ったリドル
「真実を言え」と言った時と同じ命令口調だった
リドルのダンブルドアをまだ疑うような言葉に少女はダンブルドアとリドルを見て心配そうにした
「異存はないだろうと思うが、もし、ホグワーツへの入学を受けるつもりならーー」
「もちろんだ!」
リドルがすぐ答えた
だが、少女の声は聞こえなかった
ダンブルドアは思案げにしたが、続けた
「それなら、私を『教授』または『先生』と呼びなさい」
ほんの一瞬、リドルの表情が硬くなった
それから、がらりと人が変わったように丁寧な口調な声で言った
「すみません、先生、あのーー教授、どうぞ、僕に見せていただけませんかーー?」
ダンブルドアは背広の内ポケットから杖を取り出し、隅にあるみすぼらしい洋箪笥に向けて、気軽にひょいと一振りした
洋箪笥が炎上した
リドルは飛び上がった
ハリーはリドルがショックで吠えるのも無理はないと思った
リドルの全財産がそこに入っていたに違いない
しかし、リドルがダンブルドアに食ってかかったときには、もう、炎は消え、洋箪笥はまったく無傷だった
リドルは、洋箪笥とダンブルドアを交互に見つめ、それから貪欲な表情で杖を指差した
「そういう物はどこで手に入れられますか?」
「すべて時が来ればーー」
ダンブルドアが言った
「何か、君の洋箪笥から出たがっているようだが」
なるほど、中から微かにカタカタという音が聞こえた
リドルははじめて怯えた顔をした
「扉を開けなさい」
ダンブルドアが言った
リドルは躊躇したが、少女の手を離し、部屋の隅まで歩いて行って洋箪笥の扉をパッと開けた
すり切れた洋服の掛かったレールの上にある、いちばん上の棚に、小さな段ボールの箱があり、まるでネズミが数匹捕われて中で暴れているかのように、カタカタ音を立てて揺れていた
「それを出しなさい」
ダンブルドアが言った
リドルは震えている箱を下ろした
気が挫けた様子だった
一方少女は、僅かに肩を震わせて、じっと様子を見ている
「その中に、君が持ってはいけない物が何か入っているかね?」
リドルは抜け目のない目で、ダンブルドアを長い間じっと見つめた
「はい、そうだと思います、先生」
リドルはやっと、感情のない声で答えた
「開けなさい」
ダンブルドアが言った
リドルは蓋を取り、中身を見もせずにベットの上に空けた
ハリーはものすごい物を期待していたが、あたりまえの小さなガラクタがごちゃごちゃ入っているだけだった
ヨーヨー、銀の指抜き、色の褪せたハーモニカなどだ
箱から出されると、カタカタ震えるのをやめ、薄い毛布の上でじっとしていた
「それぞれの持ち主に謝って、返しなさい」
ダンブルドアは杖を上着に戻しながら静かに言った
「きちんとそうしたか、私にはわかるのだよ。注意しておくが、ホグワーツでは盗みは許されない」
リドルは恥じ入る様子をさらさら見せなかった
冷たい目で値踏みするようにダンブルドアを見つめ続けていたが、やがて感情のない声で言った
「はい、先生」
「ホグワーツではーー」
ダンブルドアは言葉を続けた
「魔法を使うことを教えるだけでなく、それを制御することも教える。君たちはーーきっと意図せずしてだと思うがーー我々の学校では教えることも許すこともないやり方で、自分の力を使ってきた。魔法力に溺れてしまう者は君がはじめてでも最後でもない。しかし、覚えておきなさい。ホグワーツでは生徒を退学にさせることができるし、魔法省はーーそう、魔法省というものがあるのだがーー法を破る者をもっとも厳しく罰する。新たに魔法使いとなる者は、魔法界に入るにあたって、我らの法律に従うことを受け入れねばならない」
「はい、先生」
リドルが言った
リドルが何を考えているのかを知るのは不可能だった
盗品の宝物を段ボール箱に戻すリドルの顔は、まったく無表情だった
そこで、ダンブルドアはリドルが仕舞う間にポツンとリドルを心配そうに見て立っているアルウェンに向き直った
リドルの時と違い、柔らかく、穏やかな目つきだ
アルウェンの方を向き、優しく聞いた
「君は、ホグワーツに来たいかね?」
その質問に、リドルの動きが一瞬止まったのをハリーは見た
「…ぇ…」
「見たところ、君はトムほど入学の意思がないように思えてね。君にも素質は十分にあるが、別に入学を無理強いしたりはしない。君の意思で決めればよいのだよ」
ダンブルドアの質問に、少女は…アルウェンは俯いた
それから、何か決めたのか顔を上げてダンブルドアを見ると、一瞬唇を震わせた
ハリーは見た
ダンブルドアの斜め後ろでリドルが少女をまるで、「頷け」とばかりに射抜いているのを
「…ぃ…行きたい…です…」
ハリーにはハッキリわかった
彼女はこの時、断ろうとしていた
なぜかは、憶測の域を出ないが、彼女はこの人生の分岐点でリドルから離れようとしていた
だが、できなかった
意思の弱さ故か…はたまた情か…
若いダンブルドアは、控えめに言った少女に微笑んで「そうか、ならば歓迎しよう。君はきっと素晴らしい魔女になろう」と言った
今まで多くの魔法使い、魔女たちを見てきたダンブルドアだからこそ、魔法に怯えていると思っていた彼女はきっと良識と優しさを持ち合わせた素晴らしい魔女になると思って励ました’’つもり’’だった
だが、ハリーには言い知れない恐怖がぶわっと肌を駆け抜けた
彼女は…彼女はこの時、頷いたばかりにあんなことに…
そして、彼女が頷いた時、リドルが僅かに口角を上げていたのも見た
鳥肌が立つどころではなかった
ハリーは、ハッキリと’’異常’’を見た
「僕たちはお金を持っていません」
アルウェンが頷いて、ダンブルドアにポンポンと頭を撫でられた後、リドルが素っ気なく言った
「それはたやすく解決できる」
ダンブルドアは、頭から手を離し、ポケットから革の巾着を取り出した
「ホグワーツには、教科書や制服を買うのに援助の必要な者のための資金がある。君たちは呪文の本などいくつかを、古本で買わなければならないかもしれん。それでもーー」
「呪文の本はどこで買えますか?」
ダンブルドアに礼も言わずに、ずっしりとした巾着を受け取り、分厚いガリオン金貨を調べながら、リドルが口を挟んだ
「ダイアゴン横丁で」
ダンブルドアが言った
「ここに君たちの教科書や教材のリストがある。どこに何があるか探すのを、私が手伝おうーー」
「一緒に来るんですか?」
リドルが顔を上げて聞いた
「いかにも、君がもしーー」
「あなたは必要ない」
リドルが言った
「僕たちは二人で行く。いつでもロンドンを歩いてるんだ。そのダイアゴン横丁とかいう所にはどうやって行くんだ?ーー先生?」
ダンブルドアの目を見た途端、リドルは最後の言葉を付け加えた
アルウェンは、胸元で手を握って少し後退りしていた
ハリーには分かった
二人で行きたくないのだろうと
しかし、ハリーは驚かされた
ダンブルドアは教材リストの入った封筒をリドルに渡し、孤児院から「漏れ鍋」への行き方をはっきり教えた後、こう言った
「周りのマグルーー魔法族でない者のことだがーーその者たちには見えなくとも、君には見えるはずだ。バーテンのトムを訪ねなさいーー君と同じ名前だから覚えやすいだろうーー」
リドルは一瞬苛立たしげな顔をしたが、ちらっとアルウェンの方を見て、溜息をついた後
「ーーそれで、僕たちの物を揃えたらーーそのホグワーツとかに、いつ行くんですか?」
「細かいことは、封筒の中の羊皮紙の二枚目にある。君たちは九月一日にキングズ・クロス駅から出発する。その中に汽車の切符も入っている」
リドルが頷いた
ダンブルドアは立ち上がって、また手を差し出した
その手を握りながらリドルが言った
「僕は蛇と話ができる。遠足で田舎に行ったときにわかったんだーー向こうから僕を見つけて、僕に囁きかけたんだ。魔法使いにとっては当たり前なの?ナギニは違った」
いちばん不思議なこの力をこのときまで伏せておき、圧倒してやろうと考えていたことが、ハリーには読めた
「稀ではある」
一瞬迷った後、ダンブルドアが答えた
「しかし、例がないわけではない」
気軽な口調ではあったが、ダンブルドアの目が興味深そうにリドルの顔を眺め回した
おとなと子ども、その二人が、一瞬見つめ合って立っていた
やがて、握手が解かれ、ダンブルドアがドアのそばに立った
「さようなら、トム、ナギニ、ホグワーツで会おう」
「もうよいじゃろう」
ハリーの脇にいる白髪のダンブルドアが言った
たちまち二人は、再び無重力の暗闇を昇り、現在の校長室に正確に着地した
ハリーの傍らに着地したダンブルドアが言った
「お座り」
ハリーは言われた通りにした
今見たばかりのことで、頭が一杯だった
「あいつは、僕の場合よりずっと早く受け入れたーーあの、先生があいつに魔法使いだって知らせたときのことですけど…僕は最初信じなかった」
「そうじゃ。リドルは完全に受け入れる準備ができておった。つまり、自分がーーあの者の言葉を借りるならばーー『特別』だということを…じゃが、問題はあの子のほうじゃ…君も見たと思うがーー」
「あいつに怯えてた…」
「そうじゃ。この時からじゃ。だが、怯えておっただけではない。この記憶を’’見直した’’時、わしは確信した。あの子はあやつを心配しておった」
「心配?怖がっていたのに?」
「おう、そうじゃ」
ハリーはふと、思い出した
「そうだ…彼女の名前はナギニじゃなかったんですか?」
「いいや、わしが聞いたのはアルウェン・メメントという名前じゃ。ナギニという名前は…おそらくあやつが付けた名前じゃろう。実際あの子が名乗った名もアルウェンという名ではなく、ナギニ・メメントじゃ」
ハリーは迷った結果聞いた
「先生は…その、もうおわかりだったのですかーーあのときに?」
「わしがあのとき、開闢以来の危険な闇の魔法使いに出会ったということを、わかっていたか、とな?」
ダンブルドアが言った
「いや、今現在あるような者に成長しようとは、思わなんだ。しかし、リドルに非常に興味を持ったことは確かじゃ。わしはあの者を’’気をつけてみてやらねば’’と意を固めてホグワーツにもどった。わしは、あの時点であの子がリドルの唯一の友じゃと思っておったのだ。気が弱く、人見知りするが、リドルにだけは気を許し、心を開いておると。リドルもまた、あの子をわしから守っておった姿をみてわかったじゃろうが、心を開いておったのはあの子だけだったのじゃろう。当時から多少支配的でも、あの時点ではまだ、あの子を守ろうとする姿があった」
ダンブルドアの言葉に、ハリーはダンブルドアを医者だと決めつけて、彼女を自分の背に隠して、ずっと手を繋いでいた姿を思い出した
「あの子がリドルにとって、どんな存在だったか、言うまでもあるまいーー今思い返せば、あの時の態度で如実に現れておったというのに…」
ダンブルドアは続けた
「じゃがここで、わしは間違った選択をした。重要なのはあの子ではなく、リドルの方じゃと思っておった。気をつけねばならぬのはリドルの方じゃと。それは本人のためではなく、他の者のためにそうすべきであると思ったからじゃ」
ハリーは首を傾げた
何が間違った選択なのだろうか?と
ダンブルドアは続けた
「あの者の力は、君も聞いたように、あの年端もゆかぬ魔法使いにしては、驚くほど高度に発達しておった。そしてーーもっとも興味深いことに、さらに不吉なことにーーリドルはすでに、その力を何らかの方法で操ることができると分かっており、意識的にその力を行使しはじめておった。君も見たように、若い魔法使いにありがちな行き当たりばったりの試みではなく、あの者はすでに、魔法を使って他の者を怖がらせ、罰し、制御していた。首を括った兎や、洞窟に誘い込まれた少年、少女のちょっとした逸話が、それを如実に示しておる…『そうしたければ、傷つけることだってできるんだ』…」
「それにあいつは蛇語使いだった」
「いかにも、稀有な能力であり、闇の魔術につながるものと考えてられている能力じゃ。しかし、知っての通り、偉大にして善良な魔法使いの中にも蛇語使いはおる。事実、蛇と話せるというあの者の能力を、わしはそれほど懸念してはおらなかった。むしろ残酷さ、秘密主義、支配欲という、あの者の明白な本能の方がずっと心配じゃった。だがーーー」
ハリーは、なんとなくだが、ダンブルドアが続けようとしている言葉がわかった気がした
「わしはーー愚かにもあの子に是非入学して欲しいと思ったのじゃ」
どうしてーー?とハリーは思った
「リドルのためじゃ。奇しくも、ミセス・コールがリドルにあの子を付けたのは間違いではなかったと言えよう。君も見たように、あの子はリドルを止め、リドルが’’守ろうとする’’…そう、人間らしい思い遣りの感情を向ける唯一の対象だったからじゃ。先に言うたようにリドルの明白な本能が心配じゃったわしは、それを留められるかもかもしれぬあの子には、本人がホグワーツに来ることを断っても、なんとか説得するつもりじゃった」
ハリーは、返す言葉がなかった
尤もだったからだ
自分がダンブルドアの立場ならそうしたかもしれないと思ったからだ
「じゃがーー…その選択があの子をあれほどまでに苦しめる結果となった…」
重い…これほどまでに重く呟くダンブルドアの声ははじめで聞いたハリー
「リドルは確かに、あの子を’’特別’’に想っておったじゃろう…じゃが、それはわしが予想しておった’’特別’’とは、異なっておった…」
「彼女は…その、なぜあいつから離れなかったんでしょう?機会がなかったわけじゃないでしょう?」
ハリーは、ふと思った
たとえ、ここで逃げられなかったとしても、ホグワーツに入ればダンブルドアに言う機会は何度もあったはずだ、と
「そこじゃ。あの時点であの子はたしかにあやつに怯えておった。これは、わしの憶測であり、事実に基づかぬ想像じゃーーもしかしたら、あの子は、あやつが顔も知らぬ母親の愛情を求めていると思っておったのかもしれぬーーそれ故に、あやつを見放せなかった…のう、ハリー、あやつがわしに名を呼ばれた時、あやつがちらとあの子を見たのには気づいたかの?」
ダンブルドアの言葉に、ハリーは胸が締めつけられた
そして、続く質問に、ハリーはゆっくり思い出した
ダンブルドアに名を呼ばれた時、あいつは確かに苛立たしげに顔を顰めた
だが、一瞬だけ彼女をみて、まるで胸の中にあるものを呑み込むように、消化させるように溜息をついていた
あれは、まるで…自分には彼女がいる…と安心するような表情ともとれるものだった
と、ハリーは思った
「重ねている……」
ハリーは思いついた可能性をぼそりと呟いた
「敢えて言うならばそうじゃろうな。じゃが、あやつは両親を知らぬ。そばにおったあの子に自分の想像する母親を求めたのかもしれぬ…無論、本人に自覚はないだろうし、認めぬじゃろう」
「でも、彼女は…メローピーではありません…」
「そうじゃ。メローピーではない。じゃが、思うたのではないかな?」
ダンブルドアの曖昧な質問に、ハリーは最初の個人授業の時に見たメローピーの姿を思い出した
傲慢で怒りっぽい父親と碌でなしの兄に虐げられ、自分の本当の魔力もわからず、愛する男を魔法で誑かしてまで振り向かせようとした
そこまでしてまで愛されることを願った
だが、ハリーはふと思った
決定的に違うところがある
メローピーは愛されることを求めたが、彼女は愛する側だった
教え、示し、与える側だった
求められる側だった
果たしてそれを愛と呼んでもよいのか…
ハリーには、ハッキリ言って愛という高尚なものには思えなかった
だが、彼女はメローピーのように、愛することを、愛されることも強要しなかったし、ただ事実だけを受け入れていた
ダンブルドアが言ったことがもし、事実だとするなら、本当に母親か、家族のようにあいつを心配していたことになる
どんな感情があったのかなんてわからない
だが、ハリーが見た限り、彼女は怯えの中に、あいつが心配だ、不安だ…という色を滲ませていた
慈愛を…’’慈しむ愛’’を持っていた
情愛でも、同情でもない…
孤児であるかどうかなど関係ない
意思薄弱だから、自分が酷い目に遭うのが嫌だから、あいつを止めなかったのか、止めれなかったのかにせよ…
だが、彼女は結果的にあいつを野放しにした
止めようとせずに…
「ハリー、気持ちはわかるが、君が先に言うたように、あの子はあやつの母ではない」
ハリーはふと、そう思い至ったところで、ダンブルドアの言葉にハッとした
まるで、ハリーが考えついたのが分かっていたかのように、言った
「あの子は、一人の人間なのじゃ…あの子を責める権利は、誰にもないのじゃ…責められるとすれば、トムがあの子に依存し、執着しているだろうと気づいていながら、母親代わりをさせたわしの責任なのじゃ。希望的観測じゃった…あの子ならば…あの子がいれば、トムは変わるのではないかと…あの時、まるで母親を取られまいと、守ろうとした姿に惑わされなければ、あの子があのような仕打ちを受けることもなかったのじゃ」
ダンブルドアの言葉にハリーは否定した
「違います!先生のせいじゃない!」
理由は出てこなかったが、ハリーにはとにかく、ダンブルドアに責任があるとは思えなかった
教職として、ダンブルドアは、まだ何もしていない生徒を罰するなどできなかったはずだ
「ハリー、わしはの、あの時のあやつの発言に少し視点を変えて推測してみた。…あやつがあの子に己の子を産ませようとした理由ひとつは、’’母親’’にしたかったからではないかとな」
ハリーは声が出なかった
「あやつは…たぶん、おおよそはじめてあの子に明確に拒絶された時、まことに勝手じゃが…怒りと喪失感、焦燥感を覚えたのではないか、とな。何をしても、知っても、自分をけっして否定しなかった唯一の存在が、己を否定した時、あやつは絶望したはずじゃ。あの子だけは己を否定しないとたかを括っておった。無論、あの子の記憶を見たわしらからすれば、あり得ぬことじゃ。逆に何故いままで見放さなかったのか、と思う方が自然じゃろう」
ダンブルドアの言葉に、ハリーは最後だけ心の底から同意できた
「だが、あやつの中では違った。あやつは家族や親という概念がない。愛というのもわからぬ。だからこそ、最後まで己の味方だった者が己を拒絶したとわかったとき、どうしようもない哀しみを覚えたはずじゃ。その反動で……メローピーと同じ過ちを犯したのではないかとな」
言葉も出ず、黙り込むハリーに、ダンブルドアは続けた
「嘘でも、幻でもよいから、あの子に求められたかったのじゃ。受け入れてほしかったのじゃ…愛されたいと願った…たとえ、それがまやかしだったとしても。だが、あやつはその感情に当てはまる言葉を知らなんだ。支配することでしか表現できんかったのじゃ。あの子を支配すれば全て手に入るとなーー君にとっては、聞きたくもない…あやつに同情するような推測じゃろうが、あの時あやつが『裏切られた』と言ったことを考えれば、これがいちばん妥当と言えよう」
ハリーには、間違っても理解も共感もできなかった
でも、反論できなかった
あの時の…まるで傷ついたような…ハッキリ言って、子どもが…いちばん心を許していた相手に裏切られた時のような…捨てられたような姿は…今、ダンブルドアが言った推測に当てはまり’’すぎる’’からだ
「ハリー、わしは今学期が始まる前に言ったの…あの子とあやつとの間にあったことを知らねばならぬと。覚えておるかね?」
突然のダンブルドアの質問に、ハリーは顔を上げて無言で頷いた
「それには君の協力が不可欠じゃとも言ったの」
「はい…でも、僕はあの二人に関して何も知りません…記憶を見ても、驚くばかりで…」
「それでよいのじゃ。むしろ何も知らぬからこそ、わしのような先入観を持たずにあの二人を客観的にみることができる。わしは、自分で言うのもなんじゃが…あやつはともかく、あの子に対しては情がありすぎる…客観的に見ようと思うても、どうしても流されるものじゃ」
「そんな!先生に限ってそんなことはありません!先生はいつも公平だ!」
ハリーは思わず反論した
ダンブルドアはそんな先入観で人を見たりしないからこそ、ここまで偉大な、尊敬を集める魔法使いなのだ、と
「無論、わしはそうあるべきように心掛けておる。じゃが、ことあの子に関しては、わしは深入りしすぎた。そこで君なのじゃ」
「…僕に…何ができるのでしょうか?」
「ハリー、わしの記憶が正しければ、あの子を’’ただ優秀なだけの平凡な生徒’’だと思っておった者がおると言うたのを覚えておるかな?」
ハリーは、やや数秒後、ハッとして目を見開いた
ダンブルドアは、それを見て誇らしげな顔をした
「スラグホーン先生を復帰させたのにはわけがあったんですね」
「いかにも。あの者はわしが長年求める、そして、おそらくは君も求める答えを持っているやもしれん。…のう、ハリー、不思議に思うたことはないかの?何故あの子が記憶を持って生まれ変わるのか、姿形が変わっても、ヴォルデモートがあの子を見つけ出せるのか」
ハリーは、冷や汗が流れた
「もしやすると、あの子が打ち明けてくれた真実以上に、恐ろしいことが隠されているやもしれん。あの子がそれに気づいておるかはわからぬ」
ダンブルドアが、厳かに恐々とそう言い、ハリーは震えそうになった
ヴォルデモートが唯一恐れた、偉大な魔法使いであるダンブルドアがここまで言うなんて、いったい何が隠されているのか…と
「……僕のすべきことは…スラグホーン先生に取り入ることだったんですね」
「そうじゃ。夏に君に言うたことは事実じゃ。彼は君をお気に入りのコレクションに加えたがっておるーーだが、無理強いはしたくないのじゃ…君が無理だと言うのならば…「やります」」
ダンブルドアが、眉を下げながらそう言うのを遮って、ハリーは断言した
「僕、真実を知りたい」
真っ直ぐと強い意志の宿った目で、ハリーがダンブルドアの目を見た
ダンブルドアも、じっと、数秒、目を合わせた
そして、満足そうに、誇らしげに微笑んだ
「君は、実に、実に勇敢じゃ。わしの誇りじゃよ」
「先生…」
ダンブルドアが深く感謝するような表情で穏やかにハリーを見た後、真面目な顔つきに戻り、口を開いた
ハリーは、自然と背筋を伸ばした
「さて、ハリー、別れる前に、我々が見た場面のいくつかの特徴について、注意を促しておきたい」
ハリーは、息をひとつ呑んで言葉を待った
「第一に、リドルは、…’’この場合あの子は除くが’’ーー自分と他の者を結びつけるものに対して、軽蔑を示した。自分を凡庸にするものに対してじゃ。あのときでさえあの者は違うもの、別なもの、悪名高きものになりたがっていた。あの会話からほんの数年のうちに、あの者は名前を棄て、『ヴォルデモート卿』の仮面を創り出し、今に至るまでの長い年月、その影に隠れてきた」
ダンブルドアは続けた
「君は間違いなく気づいたと思うが、トム・リドルはすでに、非常に自己充足的で、秘密主義で、また友人を持っていないことが明らかじゃったの?あの者は自分ひとりでやることを好んだ。成人したヴォルデモートも同じじゃ。死喰い人の多くが、自分はヴォルデモート卿の信用を得ているとか、自分だけが近しいとか、理解しているとまで主張する。その者たちは欺かれておる。ヴォルデモート卿は友人を持ったことがないし、また持ちたいと思ったこともないと、わしは思う」
ハリーはダンブルドアの言葉を聞きながら、疑問が尽きなかった
「先生、先に彼女を除くと言ったのは…」
「いかにも、今述べた、わしが思うヴォルデモートの考察の’’唯一の例外’’はあの子だけじゃ…若き日のトム・リドルはーー戦利品を集めるのが好きじゃった。部屋に隠していた盗品の箱を見たじゃろう。いじめの犠牲者から取り上げた物じゃ。ことさら不快な魔法を行使した。いわば記念品と言える」
ダンブルドアの言葉に確かにそうだ…と納得する一方、ハリーは違う意味にも聞こえた
そして、違ってくれと思いながら、その想像を口にした
「先生、僕には彼女が記念品だと聞こえるように思えてならないのですが…」
「間違ってはおらぬと思う。じゃが、リドルの関心は’’反応’’じゃった。さながらーーそうじゃの、この表現が適切かはわからぬが、強いていうならば、子が親に褒めてほしいがために見せびらかしたくなるものと似たようなものかもしれぬ」
「でも、彼女は喜んでも、ましてや褒めてなんてもいませんでした…むしろ」
「そうじゃ。むしろ’’心配’’しておった。怒るでもなく、叱りつけるでもなく、注意すらせんかった」
「なぜ、怒らなかったのでしょう?普通は止めるはずです。あの時から注意していればっ、彼女にならできたはずですっ」
もしかしたら、未来が変わったかもしれないのに…と、ハリーはダーズリー家で過ごした時の、奴隷のような惨めな自分の姿を思い出した
あいつには、心配してくれる存在がいたじゃないか、なのに何故…と…
「言うたじゃろうハリー、あの子はあやつの母ではない。それに、それはあの子にしかわからぬ…なにゆえ、なにゆえあの子がヴォルデモートを見捨てようとせんのか。その答えを知らねばならぬ」
「え、でも、それは愛してるからだって…」
「確かにそう言うた。じゃがそれだけではないかもしれんのじゃ…何かもっと、深い理由があるかもしれぬ」
ダンブルドアが、憶測でここまで強い口調で言いきるのは珍しい
非常に珍しいことだ
ハリーは若干驚きながら、なんとか納得しようと自分に言い聞かせた
ハリーにとって、これ以上に苦い心地はない
なぜ、今更あいつの感情などを理解しなければならないのか
あいつには感情なんてない
人間らしいものなんて、何ひとつないと、取り憑かれかけたあの時、嫌というほど、身に染みて理解した
「ハリー、君の抱える想いを考えれば、酷なことを言うとるのは重々承知しておる…すまんの…」
「そんな、そんな…先生のせいじゃありませんっ…僕の方こそ先生に気づかせていただいてばかりで、何もお役に立てなくて…」
申し訳なさそうに、謝ってきたダンブルドアに、ハリーは焦ったように返した
ダンブルドアのせいだなんて全く思っていない
確かに、戸惑ったし、困惑したのは事実だ
去年などは、自分のためを想ってとはいえ、いちばんの心の拠り所だったダンブルドアに遠ざけられた
だが、ダンブルドアが知らねばならないと言ったなら、そうする他ないと思ってはいる
実際、最初に言われた時、憤りの方が強かった
だが、記憶を見てから多少考えが変わった
両親を、多くの罪のない命を奪った邪悪なヴォルデモートは許せないし、殺してやりたいが…彼女に対しては違った
確かに、彼女に言ってやりたいことや、聞きたいことは山ほどある
だが、きっと、自分が望む答えが返ってくるとは思わない…
だから’’見たい’’
彼女の記憶を…
それで彼女が当時、ヴォルデモートにどんな影響を与えたのか…
どんな感情を芽生えさせたのか…
ハリーには、まだわからない
だが、これだけはハッキリ言える
どんな感情や葛藤があったにせよ
’’歪’’だったに違いない…と
「君は決して役立たずではない。ハリー、わしは君を信頼しておる。誇りに思っておる。そのことを決して忘れぬように」
俯いて思考に耽っていたハリーに、ダンブルドアが重々しく言葉をかけて、顔を上げた
ハリーは、ダンブルドアの薄いブルーの目が、自分を優しく、誇らしげに見ているのを感じて、口許が少し緩んだ
「さて、今日も遅くまで引き留めてしもうた。こんどこそ就寝の時間じゃ。ゆっくり休むのじゃぞ」
「いえ、はい…」
微笑んでそう言ったダンブルドアに、咄嗟に返事ができずに、少したじろぎながら、ハリーは部屋から出るために背中を向けた
そこで、ハリーはずっと心配していることを質問した
「先生…あの、シリウスは…」
ハリーが、心配そうな顔で振り向き質問すると、ダンブルドアはゆっくり目を瞑って溜息をついた
ハリーは、心臓が不気味なくらい跳ねた気がした
嫌な予感がする
そして、ゆっくり口を開いたダンブルドアは言った
「あの子を捜索しておる…」
「っ」
ハリーは拳を握りしめた
シリウスがどんどん離れていく…このままでは取り返しのつかないことになるのではないかと
「シリウスは、実に賢く、勇敢じゃ。実際、在学中に未登録のアニメーガスだったことをわしは知らんかったくらいじゃ。それほど抜きん出て賢かった」
ハリーは、少しホッとした
ダンブルドアがここまで言うのならば…と思いかけた時
「じゃが、あの子が関わったヴォルデモート卿に関しては、わしの予測の範疇にない」
ハリーは、その言葉を聞いて一気に不安が押し寄せた
唯一の家族を喪うかもしれない
「じゃが、望みはある。ハリー、君の言葉ならばシリウスにきっと届く」
ハリーには分かった
ダンブルドアはシリウスを止めようとしていたが、とめられなかったのだ
彼女が絶大な信頼を寄せているダンブルドアの言うことだからこそ、シリウスは意固地になったのもあるかもしれない
レギュラスで慣れてしまうと、シリウスがとても頑固だということがよくわかる
それに、レギュラスから昔話で聞いた話の中のシリウスの印象は、危険なことを好む傾向にあった
それに、以前に騎士団のメンバーに言われていたのも聞いたことがある
全てを話すべきだと言ったシリウスに、モリーが「あの子はジェームズじゃないのよ」と
シリウスは自分に父を重ねているところがあった
だが、ハリーは父ほど無謀なわけでも傲慢なわけでもない
寧ろ、優しく、争いを好まず、気遣いのできるところはリリーによく似ている
だから、シリウスは少し落胆したのだろう
シリウスは、性格から言っても、彼女を助け出すことに躊躇いがないのだろう
だが、ハリーの中で、それは、これだけはシリウスが間違いを犯している気がしてならなかった
ヴォルデモートは、どんなに邪悪でも、偉大な魔法使いであるダンブルドアに天才と言わしめた人間だ
そして、そのヴォルデモートを最もよく知る彼女でさえも慎重に動き続けた相手であると
「先生っ…シリウスがっ」
ハリーは、顔から血の気が失せて焦ってダンブルドアに聞いた
「今はシリウスを信じるほかあるまい。ハリー、心配する気持ちは痛いほどわかる。じゃが、考えてみるとよい。シリウスは情に厚い男じゃが、冷静でないわけではない。自分に何かあった時、それが’’信用できる家族’’に伝わるようにしておるはずじゃ」
意味深に言ったダンブルドアに、ハリーは目をパチクリさせて考えてみた
確かに、ホグワーツが始まってから、シリウスからポツリポツリと手紙の返事は届いていた
だが、どれも挨拶程度のもので、素っ気無いものであった
ハリーは…それに落胆していた
だが、ダンブルドアの言い方にもう一度、今まで届いた手紙を読み直してみようと思った
何かが仕掛けてあるかもしれない…
「さあ、もうお行きなさい」
柔らかく微笑んだダンブルドアに、ハリーは「おやすみなさい…」と挨拶をして、今度こそ校長室を出た
「私に言わせればな、アルバス。彼女も相当トムに惚れ込んでいたと思うぞ。もちろん自覚はないだろうがね」
「だからなんだと言うのじゃ。もし君がトムの立場ならば幸せにしてやれたとでも言うつもりかね?」
「いいや、苦しめてやりたいと思うだろうね。永遠に拭い去れないほどの記憶を焼き付けて、己を刻み込みたいと。そう。愛の究極の形さ」
「それは愛ではない」
「私はトムが彼女に拒絶された時の感情が手にとるようにわかるぞ?あいつは私と同じだからな。まあ、それももう遅い。哀れな’’あいつ’’は最後まで彼女に’’求められない’’だろうな」
「何か、知っておるのか?」
「いずれわかる」
——————————————
記憶は続く…
『一方が生きる限り、他方は生きられぬ
最後には望むべくして、終わりを告げるであろう』
予言が指し示すものをもとめて、手探りと憶測で真実を探る道…