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謎のプリンス 〜2〜

謎のプリンス 〜2〜 - chocoの小説 - pixiv
謎のプリンス 〜2〜 - chocoの小説 - pixiv
38,916文字
転生3度目の魔法界で生き抜く
謎のプリンス 〜2〜
彼女自身すら知らない何か…

彼が知る真実…
‘’彼’’が知る真実…

それを探る者による記憶の旅…
あやふやな可能性と目隠しされた暗闇の中……真実を求めて進む彼ら
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2021年6月21日 01:31

※捏造過多



———————————-


雪がしんしんと降り積る中…

静寂で…ひんやりとする…空気が…漂う…

ここは…よく見た景色だ…

自分の知ってる場所…

ホグワーツの……暴れ柳があった近く……

靴の底が少し埋まるほど降り積もった雪…

真っ白な……



遠くに…ローブを羽織った生徒がいる…
女の子だ…

後ろから見える長めの黒髪…

一年生くらいだろうか……



ーーー「そんなところで何をしてるんだ。馬鹿は死んでも治らないが、馬鹿でも風邪は引くぞ」ーーー


高く、少し幼く、艶のある…はっきりとした辛辣な口調から知性が窺い知れる声がハリーの耳に響いた

そのまま前を向いていると、向かいからその女の子に不機嫌そうな表情で近付く、恐ろしく整った、美しい…と表現できる少年がいた…

ここからははっきりとした表情は見えない



ーーー「じゃあ、あんたの口の減らなさは、風邪をひいても治らないのね」ーーー



同じく幼い…柔らかい幼さ特有の甘さを含む声が響いた
その女の子も…声をかけた男の子と同じような…口調から知性を感じさせた

嫌味なことを言っているが、女の子の方は呆れを滲ませた…不思議と温かさのある嫌味だった



ーーー「生意気を言うようになったな。僕がいなければ何もできないくせに」ーーー


男の子の方は、高慢に、女の子にそう言い、女の子はやっとこさ、男の子の方を振り向いた



ーーー「……そうね………そうかもしれない……」ーーー


否定なのか、肯定なのかもわからない曖昧な返しに、女の子は顔を顔を伏せていた
その表情は窺い知れない…だが、諦めに似た…哀しそうな表情をしているのだろうと思った



ーーー「名を呼べ」ーーー



女の子の言葉に、特に何か言うでもなく、男の子の方は、蛇のように、にじり寄り、近づくと少し高い視線から、女の子を見下げて命令するような…
まるでわかりきったことを聞くような…そんな様子で言った

まるで、それが二人にとって、当たり前の会話なように…
いつものやり取りかのように…


しばらく黙り込む女の子に、ローブに隠れた小さな手を取り、軽く手元に持ち上げた

抵抗もせずに、ただ持ち上げられた女の子…

まるで叱りつけるような様子で…見下ろす男の子の責めるような視線に顔をあげて見つめたあと…


ーーー「…ナギニ」ーーー

諭すような…その落ち着き払った艶のある声に、ハリーは目を剥いた

そして、見上げて男の子を見つめる女の子は…言った


ーーー「…トム…」ーーー


と、そう呟いたところで、ハリーは目が醒めた














今のは…
まさか…彼女の…夢?夢なのか?

「トム」…と…あいつのかつての名を…
はっきりとそう呼んでいた…
自分が知る限り、「トム」という名前は一人しかいない…


ハリーは、俄には信じられなかった
先程、夢の中で呼ばれた…トムという男の子が…あのヴォルデモート卿だとは…

あまりにも違いすぎる…

ハリーが同性をこれほどまでに美しいと思ったのは初めてだった
それほどに整っていた
自分が知っているヴォルデモート卿と、ダンブルドアに言われて想像した男とは別人だ…


それに…彼女と思われし女の子を…確かに「ナギニ」とそう呼んでいた


今まで見た夢の中で…一番穏やかな…静かな夢…
冷や汗をかいている…
それほど…穏やかすぎて不気味な夢だった…
こんなにも非現実的過ぎると思った夢はない…
今までも多くの悪夢を見てきたが…こんな夢ならば、悪夢の方がある意味マシかもしれない…

穏やかすぎて気持ちが悪い…




あんな…あんな…哀しげに…あいつの名を呼ぶなんて…
哀しさの中に…僅かな…温かさがあった…
安らぎが…


ハリーは、自分が呼ばれたわけでもないのに…気味の悪いような……暖かいような…縋りつきたくなるような…そんな安らぎを感じた…どうしようもない…’’渇望’’のような…


もし…もし…彼女に見つめられて呼ばれていたなら…


ハリーは、そう思ったところで、思考を止めた
本能的に危険なことだと気づいた







ダンブルドアに、ここに、「隠れ穴」に送ってもらった日から、ハリーは、ロンとハーマイオニーに、何度も事実を言おうとした

何度も…

だが、心のどこかで躊躇った
何故かはハリーにもはっきりとはわからない…
むしろ、わからないことだらけだった

自分の過ちを認める恥ずかしさや、後悔、罪悪感とは、また違う

彼女の頼りなげな…背中が…全てを背負っていた背中が…ずっと焼き付いて離れない…

おまけに今見た夢…

夢だと思いたい…でないと、自分の知らない…憎むべき、赦せるはずのないヴォルデモートの…余計な部分を知ることになる予感がしたのだ…

復讐に…余計な感情を入れ込んでしまうような…
それこそやつの狙いだと、頭では理解していても…





ハリーは、二人に真実を話せずにいた
何度も話そうと思った
だが、話そうとすると喉から出かかって、いうことを聞いてくれない

まるで、何かに阻まれているような…
そんな心地さえした

今度こそ、ダンブルドアとの約束を守るために…ハリーは言おうとした


だが、結局、ハリーは何も真実を言えないまま、新学期を迎えることになった




















「う゛っ…ふっ…ぅぅ…も………耐えられないっ…」

監禁された、どこかもわからない邸の部屋の中、背中から血を流し、ベット上で泣き濡れる彼女

辛うじて傷は化膿せず、痛々しい、見るも無惨な傷痕だけを残している…
‘’歪な美’’にこだわる彼の仕業だ

一日が、いつ過ぎたのかもわからない…
ふらっと現れる…彼の拷問を受け、背中の’’印’’を何度も上から’’正確に’’辿るように切り裂かれ、絶望と、死んでしまいたくなる激痛に塗れ、精神も、身体も…もう限界だった

なのに、衰弱しないように…生かすように与えられる食事…気まぐれに、彼の手から口に入れられる果物でも…喉を通らない…

だが、食事を取らなければ…本当に保たない…
生存本能は嘘をつかず、彼の手から生きるために必要なものを嚥下する

たとえ、吐きそうになっても…
彼の前で吐き出すことは許されない…

そんな生活が続き、彼女は…壊れる一歩手前まできていた…




「ナギニ…僕がいる…側にいる…お前は一人じゃない」

「やめてよっ……っ…優しくしないでっ…」

胸を、命令で’’脱いだ’’自分の服で押さえつけて隠しながら、虚な顔で泣き濡れる、彼女

その横に腰掛けながら、彼女の震える骨のような手を包み込もうとすると、やんわりと拒否される


「お前に壊れられては困るんだ。それはできない」

拒否されても、なお、’’彼’’は、手を伸ばし、彼女の手を強めに包み込んだ


「私はっ…強くないのよっ…いやっ…弱いのっ…怖いのっ…痛いのもっ…苦しいのもっ…もう耐えられないっ」

白く…肩の骨まで浮き出た…痛々しい姿で震えながら小さく叫ぶ彼女に、’’彼’’は、背中を向ける彼女の肩口に小さく口付けた

「っ…やめてっ…やめてよっ…」

動かない体で身動ぎしようとする彼女

その頭を優しく撫でる’’彼’’


「耐えてくれ…ナギニ…お前が選んだ道だ」


毎回、耐え難い拷問の後に必ず現れて、優しく労り、慰める’’彼’’
さらりと残酷なことを言う’’彼’’に、彼女はもう…まともな思考すら薄くなってきていた


「…トムっ……」

 
涙をとめどなく溢れさせて、震えて’’彼’’の名を呼ぶ彼女…

「ここにいる、ナギニ」

甘く…優しい声で自分を呼ぶ’’彼’’に…彼女は…壊れかけた様子で…彼に振り返り、自ら、’’彼’’の手を握り返した

その手は骨のようで…力もなく…ただ触れる程度…
もう…握る力も残っていない…

返事はなく…
彼女が暗闇に落ちたのだと、わかった彼は…ただ彼女の側寄り添った


「……もう少し…もう少しだナギニ…」



彼の胸に仕舞い込むような、艶やかな声は…彼女の耳に入ることはなかった…


















ホグワーツが始まり、ハリーは大広間にいる

長テーブルが四卓と、いちばん奥に教職員テーブルが置かれた大広間はいつものように飾り付けられていた

蝋燭が宙に浮かび、その下の食器類をキラキラ輝かせている

ハリーは、グリフィンドールの席に座りながら、マルフォイ達の横にいつもいる彼女の姿がないことに、分かってはいたが、肩を落とした

マルフォイやノット達の表情は、とても暗い…自分以上に…
少しやつれている

当たり前だ…
自分が彼らから彼女を奪うようなことをした…
信頼していた友人同士を…
自分からロンとハーマイオニーが奪われるようなものだ…
ハリーはちくりと胸が痛んだ


「ハリー、どうしたの?」

ハーマイオニーが、ずっとスリザリンの寮のテーブルを見るハリーに声をかける

「いや、なんでもない…」

「あの女いないぜ。学校にまでこないってどういうことだ?」

辛辣に言うロンに、ハリーは胸が痛み、眉を寄せた

「彼女の話はしないでくれないか。ロン」

自分でも少し冷たかったか…と思うくらい、ロンにそう言ったハリー

ロンは、少し不服そうに唇を引き結んだ




ウィーズリーの双子は、アンブリッジに退学処分にさせられてから、店を開いた
商才があった二人は、ダンブルドアが退学を取り消して、戻ってこれると言ったが、自分達はここでやっていく、と言って蹴った
ダンブルドアはそれを尊重し、それ以上何も言わなかった





「ハリー、あなた変よ…そりゃあ…彼女が闇の陣営の仲間だったのがショックなのはわかるけど…」

ハーマイオニーがハリーを慰めるようにそう言い、ハリーは思わず「やめてくれ」と冷たく言い放った

わかってる
言わなければならない
だが、うまく言葉が出てこないのだ

言わなければ、二人はいつまでも勘違いしたままだ

「…シリウスは、連絡はついたの?」

話題を変えるように、ハーマイオニーが言った

「いや、シリウスから連絡はないよ。ダンブルドアが、シリウスに関しては任せてくれてって…僕は何もできない」

「そう…ダンブルドアが…」

「逆にさ、レギュラス先生は大丈夫なのか?なんか厳しい顔してるけどさ。君、夏の間レギュラス先生のところいたんだろ?その…気まずくならなかったのか?見るからに溺愛してただろ?」

ロンが、言葉を濁しながらそう言い、ハリーは眉間に皺が寄った

「レギュラス先生はよくしてくれてた。僕のために『閉心術』の訓練だってしてくれた」

「そう。それはとってもいいことよハリー。レギュラス先生はちゃんとわかってるのよ。あなたのことを」

励ますように言うハーマイオニーに、ハリーは反吐が出そうだった
事実を知らないから…レギュラスの痛みや苦しみ、彼女が心配で堪らない気持ちと、拷問された様子を傷つきながら見て、それでも訓練を続けてくれた

事実を言わないのも、未だに言えないのも、だから二人は勘違いして励まそうとしてくるのもわかってる
全て自分のせいだと

それでもイラつきを抑えるのは難しかった
ハリーは、落ち着け…落ち着け…と自分に言い聞かせた

「そうだね。あの人は…本当に凄い人だよ…」

ハリーは何とか答えた
心の中では、そして怖い人だよ…と

「それで、スラグホーン先生は何がお望みだったの?」

ハーマイオニーが、気を取り直して聞いた

「魔法省で、ほんとは何が起こったかを知ること」

ハリーが言った

「先生も、ここにいるみんなも同じだわ」

ハーマイオニーが、ふんと鼻を鳴らした

「列車の中でも、みんなにそのことを問い詰められたわよね?ロン?」

「ああ」

「君が本当に『選ばれし者』なのかどうか、みんな知りたがってーー「まさにそのことにつきましては、ゴーストの間でさえ、さんざん話題になっております」」

「ほとんど首無しニック」

ほとんど繋がっていない首を、ハリーの方に傾けたので、首がひだ襟の上で危なっかしげにぐらぐらした

「私はポッターの権威者のように思われております。私たちの親しさは知れ渡っていますからね。ただし、私は霊界の者たちに、君を煩わせてまで情報を聞き出すような真似はしないと、はっきり宣言しております。『ハリー・ポッターは、私になら、全幅の信頼を置いて、秘密を打ち明けることができると知っている』そう言ってやりましたよ。『彼の信頼を裏切るくらいなら、むしろ死を選ぶ』とね」

「それじゃあ大したこと言ってないじゃないか。もう死んでるんだから」

ロンが意見を述べた

「またしてもあなたは、なまくら斧のごとき感受性を示される」

ほとんど首無しニックは、公然たる侮辱を受けたかのようにそう言うと、宙に舞い上がり、するするとグリフィンドールのテーブルのいちばん端に戻った

ちょうどその時、教職員テーブルのダンブルドアが立ち上がった

大広間に響いていた話し声や笑い声が、あっという間に消えた

「みなさん、すばらしい夜じゃ!」

ダンブルドアがにっこりと笑い、大広間の全員を抱きしめるかのように両腕を広げた

「さて…新入生よ。歓迎いたしますぞ。上級生にはお帰りなさいじゃ!今年もまた、魔法教育がびっしりと待ち受けておる。そして管理人のフィルチさんから皆さんに伝えるようにと言われたのじゃが、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズとかいう店で購入した悪戯道具は、すべて完全禁止じゃ」

ダンブルドアは続けた

「各寮のクィディッチ・チームに入団したい者は、例によって名前を提出すること。試合の解説者も新人を募集しておるので、同じく応募すること。そして、今学年は、新しい先生をお迎えしておる。スラグホーン先生じゃ」

ダンブルドアの紹介で、スラグホーンが立ち上がった
禿げ頭が蝋燭に輝き、ベストを着た大きな腹が下のテーブルに影を落とした

「先生は、かつてわしの同輩だった方じゃが、昔教えておられた『魔法薬学』の教師として復帰なさることにご同意された」

「魔法薬?」

「魔法薬?」

聞き間違えたのでは、という声が広間中のあちこちで響いた

「魔法薬?」

ロンとハーマイオニーが、ハリーを振り向いて同時に言った

「だってハリーが言ってたのはーー」

「ところでスネイプ先生は」

ダンブルドアは、不審そうなガヤガヤ声に掻き消されないよう、声を上げて言った

「『闇の魔術に対する防衛術』の後任の教師となられる」

ハリーは、それに「なぜ?」と思った

どうして今になってスネイプが『闇の魔術に対する防衛術』に着任するんだ?
ダンブルドアが信用していないからスネイプはその職に就けないというのは、周知のことじゃなかったのか?

「ハリー、あなたは、スラグホーンが『闇の魔術に対する防衛術』を教えるって言ってなかった?」

ハーマイオニーが言った

「僕もそうだと思ったんだ…」

ハリーは、ダンブルドアがいつそう言ったのかを必死で思い出そうとした
しかし、考えてみると、スラグホーンが何を教えるかを、ダンブルドアが話してくれたという記憶がない

ダンブルドアの右側に座っているスネイプは、名前を言われて立ち上がりもせず、スリザリン・テーブルからの拍手に大儀そうに応えて、片手を挙げていた

ハリーは、夏の間、レギュラスにポツリポツリと聞いた、彼女がスネイプを親友として信頼していた話を聞いた
誰よりも近かったと聞いた
レギュラスと同じくらい
ダンブルドアの次に、彼女が信用していた…と
その時のレギュラスの表情は、ハリーは忘れられない

彼女が、去年から痩せ細り、体を壊していたのを支えて薬を飲ませていたのは他ならぬスネイプだと、ハリーは衝撃どころではなかった

スネイプに対する印象が、ハリーの中で、彼女という存在で少し変わったのだ
彼女が信じているならば…と
ダンブルドアにも’’信じること’’を強く言い聞かされたばかりなのもあったからこそだ…


「まあ、今学年が終わったら、スネイプは元の『魔法薬学』に戻るだけの話かもしれない」

ロンが妥当なことを言った

「あのスラグホーンってやつ、長く教えたがらないかもしれない。ムーディもそうだった」


そこで、ダンブルドアが咳払いした

私語をしていたのは、ハリー、ロン、ハーマイオニーだけではなかった
スネイプが念願を成就したというニュースに、大広間中がてんでんに会話を始めていた

たった今、どんなに衝撃的なニュースを発表したかなど気づいていないかのように、ダンブルドアは教職員の任命についてはそれ以上何も言わなかった

しかし、ちょっと間を置き、完全に静かになるのを待って、話を続けた


「さて、この広間におる者は誰もが知っての通り、ヴォルデモート卿とその従者達が、再び跋扈し、力を強めておる」


ダンブルドアが話すにつれ、沈黙が張り詰め、研ぎ澄まされていくようだった


ハリーはマルフォイをチラリと見た
その表情は、暗く、机の上で拳を握りしめて沈んでおり、横にいるノットは、悲痛に顔を歪めていた

「現在の状況がどんなに危険であるか、また、我々が安全に過ごすことができるよう、ホグワーツの一人ひとりが十分注意すべきであるということは、どれほど強調してもしすぎることはないーーー…ここでみなに、悲しい知らせがある。我が校の生徒が一人。行方不明になっておる。その生徒が誰なのか、諸君らの中には、知っておる者もいよう」


ダンブルドアの唐突なその言葉に、研ぎ澄まされていた空気が破られ、ざわざわと生徒が騒いだ


「絶対あいつだろ…」

ロンがひそひそとハリーに言った

「行方不明って…どうしてそんな言い方をしたのかしら…」

ハーマイオニーは、ダンブルドアの言い方に引っ掛かりを覚えたのか、疑問を口にした

ハリーは胸が締め付けられるようだった
思わずレギュラスを見ると、明らかに何かに耐えているような苦い顔をしている

マクゴナガル先生は、悲痛に顔を歪めて唇を一文字に引き結んでいる

スネイプを見ると、厳しい顔つきをしている

ハグリッドは、絶望した顔をしている…

ダンブルドアは、再び手を軽く挙げた
大広間が、また沈黙に支配されたところで、言葉を続けた


「そのこともあり、この夏、城の魔法の防衛が強化された。いっそう強力な新しい方法で、我々は保護されておる」

ダンブルドアは続けた

「しかし、やはり、生徒や教職員の皆が、軽率なことをせぬように慎重を期さねばならぬ。それじゃから皆に言うておく。どんなにうんざりするようなことであろうと、先生方が生徒の皆に課す安全上の制約事項を遵守するようーーー特に、決められた時間以降は、夜間、ベットを抜け出してはならぬという規則じゃ。わしからたっての願いじゃが、城の内外で何か不審なもの、怪しげなものに気づいたら、すぐに教職員に報告するよう。生徒諸君が、常に自分自身と互いの安全とに最大の注意を払って行動するものと信じておる」

ダンブルドアのブルーの目が、生徒全体を見渡し、それからもう一度微笑んだ

「しかし今は、ベットが待っておる。皆が望みうるかぎり最高にふかふかで暖かいベットじゃ。皆にとっていちばん大切なのは、ゆっくり休んで明日からの授業に備えることじゃろう。それではおやすみの挨拶じゃ。そーれ行け、ピッピッ!」

ダンブルドアが、いつもの調子でそう言うと、いつもの騒音が始まった
だが、いつもより聞こえてくる内容は違う
怯える声、恐怖する声、面白がる声、興味半分ほどで噂する
声…色々なものだった

くしくも、ダンブルドアが最初に生徒が一人行方不明になったことを言ったことで、生徒達はある程度身が引き締まっていた

それをわかった上で最初に言ったのか…
だが、ハリーは叫びたくもあった

彼女は行方不明なんかじゃない…ヴォルデモートに連れ去られたのだ
今、死ぬことも許されない拷問を受けているのだ…と
同時に、その原因が自分にもある故に、言いたくもない気持ちもあった

ベンチを後ろに押しやって立ち上がった何百人もの生徒が列をなして大広間からそれぞれ寮に向かった

スリザリンの列から、ノットやドラコが一瞬ハリー達を睨んできたが、ハリーは前のようにマルフォイに何の怒りも湧かなかった

彼らの怒りや恨みは当然だと思ったからだ
彼女も、ここにいる頃、ずっとこんな視線に、憎しみの目に…晒されてきた
自分達に…


ハリーは、もう我慢できなかった
耐えきれなかった…



















そして、ホグワーツでの学校生活が始まり、六年生になって、自由時間が増えた間を縫って、ハリーは、とうとう、ロンとハーマイオニーに、自分が見聞きした真実を打ち明けた

二人は、途切れ途切れになり、途中、震えるハリーの言葉を…遮らず、最後まで聞いた

全て、’’自分が知る’’真実を打ち明けた時、ハーマイオニーはもう耐えきれない様子で大粒の涙を溢して顔を覆っていた

ロンも、絶句した様子で苦い顔をしていた



「…彼女は…今もっ…拷問をっ…受けてる…僕がこうして…呑気に過ごしてる間にも…….…ダンブルドアはっ…彼女を’’殺せない’’理由があるってっ…だ…だからっ…死ぬより辛い…辛いなんて言葉では生易しい目にっ…僕は見たっ…目の前でっ…あいつはっ…何度もっ…『磔の呪い』をっ…シリウスは…叫んでたっ…やめてくれてって…それなのにっ…あいつは…彼女の首を絞めてっ…連れ去ったんだっ…」


ハーマイオニーは、途中からずっと嗚咽をあげて泣いている


「…彼女は…痩せててっ…今にもっ…倒れそうでっ……もう限界だったはずなんだっ…それなのにっ…僕はっ…僕たちはっ…ずっと守られてたっ…」


震える声で、泣きそうな声で言うハリーに、二人は耐えきれない…これ程の苦痛があるかと思うほどの表情で、目をきつく瞑り、顔を横に逸らした


「彼女の悲鳴が…頭から離れないんだっ……焼きついてっ…ずっと一人でっ…耐えてきたんだっ…」


「もういいっ…もうやめてっ…ハリー…わかったっ…わかったからっ…」


ハーマイオニーが、声を絞り出して、喉に何かがつっかえたように言い、泣きそうなハリーを抱きしめた


「…僕…彼女に謝りたいっ…謝りたかったんだっ!ずっとっ、ずっと見守ってくれていたのにっ!…あいつから守ろうとしてくれたのにっ!僕のせいで!」

今まで溜め込んだものが、爆発して、耐えきれずに、悲痛に叫んだハリーに、ハーマイオニーは強く抱きしめて、首を振った

「違うわ!ハリーっ!それは違う!あなただけのせいじゃないわ!私たち、みんなの責任よっ…」


「ハリー…僕…僕何も知らなくて…」

ロンが絞り出すように、蒼白な顔で言った

「いいんだっ…ロンは悪くないっ…僕が…僕が言わなかったからっ…それに…こうなるまでっ…僕も気づかなかった…」

涙組ながら、苦い顔でロンに言うハリー

「…ハリー…」

ハーマイオニーは迷った
ハリーは、先程、話の中で、ダンブルドアでさえ、気づかなかったのだと
あんな偉大な魔法使いでさえ、気づかなかったのだから、自分達が知らなくて当然だ
そう、ハリーに言おうと思ったが、ハーマイオニーはやめておいた

ハリーの様子がおかしかった時から、多分、ハリー自身も嫌と言うほどわかっているだろうからだ







心臓がどくどくと脈打ち、衝撃の事実と、ショックが和らぐのを待ち、三人は、落ち着いて、涙を拭ったところで、努めて冷静に話を再開した












「ハリー、ダンブルドアは彼女に関して、何て言っていたの?」

ハーマイオニーが、涙で真っ赤になった目を拭いながら、自分を落ち着けるようにも、冷静に聞いてくる

「ダンブルドアは…助けに行くなって…」

歯を食いしばって、暗い顔で答えたハリーに、二人とも苦い顔をした
ロンは信じられないという顔をしている

「どういうことだ?それってダンブルドアか騎士団のメンバーが捜索してるってことか?」

ロンが自分達が動くのを許されないなら、騎士団が動いているのか?と思い、ハリーに聞いた

「わからない…彼女については、僕もよくわかっていないのが正直なところなんだ。ダンブルドアの方がよく知ってると思う…」

俯きがちになりながら、ハリーは答えた
まるで、自分は言っていて、そういえば、自分はダンブルドアから聞いたこと以外、彼女のことについて何も知らない…知らないことばかりだと改めて思った

「でも、そのダンブルドアは言ったんでしょう?彼女が誰よりもヴォルデモートのことを知り尽くしているって」

ハーマイオニーの発言に、ハリーは控えめに頷いた

「ダンブルドアがそう言ったなら、恐らく事実よ。彼女が…当時ダンブルドアでさえ気づかなかったヴォルデモートの本性を一番近くで見てきたって言うなら、私たちは下手に動かない方がいいわ」

「正気かハーマイオニー?」

目を丸くして、自分が父親から聞いたヴォルデモートの行う残虐で非道な拷問や恐喝を思い出し、ロンは身震いしながら、突っ込んだ

「っ…でも…でも、ダンブルドアが私たちにできることはないって言ったなら、今は何もしないのが正解だわ。それに、私たちが助けようと動くことこそ、ハリーを誘き出そうとするヴォルデモートの思う壺よ。きっとそうだわ」

「君がそんなこと言うなんて…」

ロンがショックとばかりにつぶやいた
だが、ハリーは妙に冷静だった
体は沸騰しそうなくらい熱い感覚があるが、頭は冷静だった


「いや、ハーマイオニーの言ってることは正しいと思う。前もそうだった。シリウスが拷問されてる姿を見て、僕が必ず助けにいくとわかっていて見せたんだ…それでまんまんとあいつの策略にハマって僕は助けに行った…また同じ間違いをするわけにはいかないよ…」

ハリーの言葉に、二人は納得せざるを得なかった
事実そうだからだ

「ダンブルドアは言ってた…「ヴォルデモートは、なによりも特別なものを、簡単に見つけられるようなところに隠さない。本人しか知らないところに監禁されてるだろう」って」

「なによりも特別?…」

ハーマイオニーが訝しげに考え込んだ

「ああ、僕にはよくわからないし、わかりたくもない…だけど、
ダンブルドアは言ったんだ。当時、彼女はあいつを深く愛していたって…そして、あいつも…彼女に’’歪な愛’’を向けていたって…だから…それがもしかしたら、あいつが彼女を殺せない理由なのかと思ったんだ」

「嘘だろ?あんな奴を?狂ってるとしか言えないだろ…」

ロンが、絶句と失望、とばかりに言った

「ロンっ!」

ハーマイオニーが咎めるように小さく叫んだ

「だってそうだろ?ハリーの話からすると、当時から慣れるくらい『許されざる呪文』を使われて、挙句に服従させられて無理矢理…その…妊娠させられたんだぜ?それで狂って死んだんだろ?そんなことした相手を愛してた?冗談にも程があるだろ…」

ロンの言葉に、ハーマイオニーはまた泣きそうになった

「…ロンの言う通りだよ…僕も理解できない……ダンブルドアは違うみたいだけど…」

ダンブルドアは、新学年前に言った
彼女とあいつの間に、当時、何があったのか知らなければならない、と

知る必要があると

今になって、だ

なぜ、そんなことを知らなければならないのか、ハリーは納得したわけではなかった
正直なところ、ダンブルドアが何を考えているのかわからないのだ
スラグホーン先生を呼び戻したことも、それに関係があると言っていた

「ダンブルドアは、何をしようとしているの?」

「さぁ……検討もつかないや…」

ハリーは疲れたと言わんばかりの様子で、静かに答えた
学校が始まる前に見た…あの夢…雪の降り積もる中…不気味なほど穏やかな夢が…思考を鈍らせるように…時折思い出される

ハリーは、それに首を振って振り払った

「ハリー、あの、これを言うべきかどうかはわからないんだけど…シリウスのことで聞いた話なんだけど…」

ハーマイオニーが、言いづらそうに口を開いた

「シリウスの?」

「ええ…数週間前、あなたがロンの家に滞在してる間に、シリウスが本部に現れたらしいの…」

ハリーは、目を剥いた

「何が目的だったのかは…わからないわ…でも、そこにいたメンバーによると、凄い剣幕だったらしいわ」

「パパ達がルーピン先生と話してるのを聞いたんだ。当然パパ達は、彼女について、今君が話してくれたことは何も知らないよ。だから余計にシリウスがマッド・アイに詰め寄っていたのが意味がわからなかったらしい…」

「マッド・アイに?シリウスがマッド・アイに詰め寄っていたの?どうして?」

ハリーは意味がわからなかった
なぜ、マッド・アイなのか…

「ハリー、マッド・アイはああ見えて、騎士団の中でもダンブルドアの信頼も厚いわ。これは私の予想だけれど、もしマッド・アイが彼女について真実を知っていたなら、マッド・アイが彼女の居場所を捜索してる可能性が高いわ。それに、あなたの話を聞いて確信したわ。あの時の、神秘部でのマッド・アイの彼女への態度も納得がいくもの。あれだけ警戒心が高い人が、疑う様子が全くなかったもの…」

ハーマイオニーは、全てが繋がった、とばかりにハリーに言った
もし、ハリーが彼女について真実を打ち明けなかったなら、こんな情報も知り得なかっただろう

ハリーは少し、打ち明けてよかったと思う一方、どうして自分だけいつも肝心なことを教えられないんだ、と憤慨した

そして、ハリーはふと思い出した

「ハーマイオニーの予想は多分合ってると思う…トーナメントが終わって、彼女が校長室に現れた時、ダンブルドアとスネイプとムーディ以外部屋から出すように言ったんだ…多分、ムーディはその時から知ってた、と思う」

ハリーは、ボロボロで帰ってきた彼女が、厳しい口調で校長室に現れてダンブルドアに、人払いするように言っていたのを思い出した

あれは…彼女が真実を知るべき者を選んだということなのだろう…
なら、なぜそこにシリウスやレギュラスではなく、ムーディだったのか、ハリーは不思議に思った

「待てよ、え?スネイプも?」

ロンが、聞き間違えか?とばかりに突っ込んだ

「ああ」

「もしかして…彼女は…ダンブルドアが騎士団の中でも信用を置いている人を選んだのかもしれないわ…」

ハーマイオニーの言葉に、二人とも訝しげになった

「は?スネイプやムーディが?」

ロンが、あり得ないだろ、とばかりに言った
これにはハリーも同感だった

「いや、それは違うよ。僕は夏にレギュラス先生に聞いたんだ。彼女はスネイプの親友だったって。多分個人的なものだよ。スネイプは彼女がやつれ始めた時から、薬を渡していたんだってさ」

つい、嫌味っぽくなって、言ってしまったハリーだが、別にその言葉に後悔があるわけじゃない
スネイプのことは未だに嫌いだし、苦手なのだ
実際悪意のある嫌がらせかと思うことは入学してからずっとされてきた
だから、彼女が信用していると聞いても、どうしても消化できないものもある

「そうだったの…でも、ダンブルドアが言ったのよね?’’信じる’’ことこそが今必要とされているって…」

ハーマイオニーが、ハリーの言葉を繰り返すように、確かめた

「ああ」

「なら、彼女が信じたものを信じなきゃいけないってことよね」

ハーマイオニーが控えめに言って、ロンは声を上げた

「冗談だろ?君スネイプのことも信じるのか?」

「ロン、冷静に考えてみて。誰よりもヴォルデモートのことを知っている彼女も、ダンブルドアも言ったのよ?最後まで’’信じる’’ことが必要だって…ハリーには悪いけど…実際…シリウスのこともあって、騎士団の中でも疑心暗鬼が広がってるわ…よくないわ…」

ハーマイオニーの冷静な指摘に、ロンは黙り込むが

「君はシリウスのせいだって言うのか!?」

ハリーは、思わず怒った

「そういうわけじゃないわハリーっ。ただ、騎士団のメンバーが日々姿を消してるのは事実よっ…誰が信頼できるのか、…不安が広がっているのよ…」

ハーマイオニーが、ハリーを宥めるように言った

「ハリー…あなたがシリウスのことを大切に思っているのはわかるけど、シリウスは今、ダンブルドアの忠告を聞いていないわ…レギュラス先生とのこともあるし……」

休み前に見た、レギュラスとシリウスのやりとりのことを言っているのだろう
ハリーは否定したかったが、実際、全く改善されておらず、亀裂が入ったままなのは事実だった
ハリーは、少し前向きになり始めていた
レギュラスが、苦渋を呑んで、ハリーの訓練を引き受けてから、少し距離が近づいた気がしていたのだ
根拠など何もないが、これならシリウスとの関係も少しはマシになるかもしれないと

だが、それは希望的観測だった

「いい、ハリー、シリウスは今、冷静じゃないわ。もし、ハリーが打ち明けてくれたことをシリウスも知っているなら、なおさら彼女を助けに行こうとするわ。シリウスのそういう人だもの。助けに行くなって言う方が難しい話よ。だから、彼女はシリウスとレギュラス先生には何も話さなかったのかもしれないわ。それに、考えてもみて?ダンブルドアでさえわからない場所に、彼女は監禁されているのに、何も知らない私たちが見つけられると思う?」

ハリーはぐうの音も出なかった
まさにその通りだったからだ

「仮に、仮によ?運良く見つけられたとしても、どうやって助け出すの?ヴォルデモートはそんな簡単に逃げられるようにはしていないはずよ。仮に誰かが助けに来ようと、逃げられないように策を巡らせて、罠を張っているはずよ。私たちには想像もつかない闇の魔法を使っているかもしれない。彼女はそれを誰よりもわかっていたから絶対助けに来きてはいけないと、ダンブルドアに伝えたんじゃないかしら?」

ハーマイオニーの言葉に、二人とも沈黙しか出てこなかった
正しい
ハーマイオニーの言っていることは、正しいと分かっている
だからこそ、納得できないのだ
何もできないことに
それではまるで、彼女のことを捨て駒にしてもいい、みたいな言い方ではないか…と

そして、自分の方が先に事実を知っていたのに、先程聞いたばかりのハーマイオニーの方が、冷静に考えられていることに、少し、ほんの少し腹が立ったハリー

「何か、私たちにできることがあるはずよ。きっと。彼女は、拐われるまで、あなたを狙おうとするヴォルデモートの邪魔をしてきたのよ。当然、こうなった時の対策もしてあるはずよ。’’信じましょう’’今度こそ」

締めくくったハーマイオニーに、ロンは頷いた
ハリーも、やや数秒経って、ようやっと肯いた
















あの日の話し合いの後も、其々が抱えるものがありながら、無情にも、ホグワーツでの学校生活は始まっている

その日は、マクゴナガル先生が時間割を配る作業があった
今年はこれまでより複雑で、マクゴナガル先生はまず最初に、それぞれが希望するN.E.W.Tの授業に必要とされる、O.W.Lの合格点が取れているかどうかを、確認する必要があった

ハーマイオニーは、すぐにすべての授業の継続を許された
『呪文学』『闇の魔術に対する防衛術』『変身術』『薬草学』『数占い』『古代ルーン文字』『魔法薬学』

そして、一時間目の古代ルーン文字のクラスにさっさっと飛んでいった

ネビルは処理に少し時間がかかった
マクゴナガル先生がネビルの申込書を読み、O.W.Lの成績を照らし合わせている間、ネビルの丸顔は心配そうだった

「薬草学。結構」

マクゴナガル先生が言った

「スプラウト先生は、あなたがO.W.Lで『優・O』を取って授業に戻ることをお喜びになるでしょう。それから、『闇の魔術に対する防衛術』は、期待以上の『良・E』の資格があります。ただ、問題は『変身術』です。気の毒ですが、ロングボトム、『可・A』ではN.E.W.Tレベルを続けるには十分ではありません。授業についていけないだろうと思います」

ネビルは項垂れた
マクゴナガル先生は、四角い眼鏡の奥からネビルをじっと見た

「そもそもどうして『変身術』を続けたいのですか?わたくしは、あなたが特に授業を楽しんでいるという印象を受けたことがありませんが」

ネビルは惨めな様子で「おばあちゃんが望んでいます」のようなことを呟いた

「ふんっ」

マクゴナガル先生は鼻を鳴らした

「あなたのおばあさまは、どういう孫を持つべきかという考えではなく、あるがままの孫を誇るべきだと気づいてもいいころですーーー特に、魔法省の一件あとは」

ネビルは顔中をピンクに染め、まごついて目をパチクリさせた
マクゴナガル先生は、これまで一度もネビルを褒めたことがなかった

「残念ですが、ロングボトム、わたくしはあなたをN.E.W.Tのクラスに入れることはできません。ただ、『呪文学』では『良・E』を取っていますねーーー『呪文学』のN.E.W.Tを取ったらどうですか?」

「おばあちゃんが『呪文学』は軟弱な選択だと思っています」

ネビルが呟いた

「『呪文学』をお取りなさい」

マクゴナガル先生が言った

「わたくしかはオーガスタスに一筆入れて、思い出してもらいましょう。自分が『呪文学』のO.W.Lに落ちたからっといって、学科そのものが、必ずしも価値がないとは言えません」

信じられない、という嬉しそうな表情を浮かべたネビルに、マクゴナガル先生はちょっと微笑みかけ、真っ白な時間割を杖先で叩いて、新しい授業の詳細が書き込まれた時間割を渡した

マクゴナガル先生は、次はパーバティ・パチルに取り掛かった

パーバティの最初の質問は、ハンサムなケンタウルスのフィレンツェがまだ『占い学』を教えるかどうかだった

「今年はトレローニー先生と二人でクラスを分担します」

マクゴナガル先生は不憫そうな声で言った
先生が、『占い学』という学科を蔑視しているのは周知のことだ

「六年生はトレローニー先生が担当なさいます」

パーバティは五分後に、ちょっと打ち萎れて『占い学』の授業に出かけた

「さあ、ポッター、ポッターっと……」

ハリーの方を向きながら、マクゴナガル先生は自分のノートを調べていた

「『呪文学』『闇の魔術に対する防衛術』『薬草学』『変身術』全て結構です。あなたの『変身術』の成績には、ポッター、私自身満足しています。大変満足です。さて、なぜ『魔法薬学』を続ける申し込みをしなかったのですか?闇払いなるのは諦めたのですか?」

「そうでした。でも、先生は僕に、O.W.Lで『優・O』を取らないとダメだとおっしゃいました」

「確かに、スネイプ先生が、この学科を教えていらっしゃる間はそうでした。しかし、スラグホーン先生はO.W.Lで『良・E』の学生でも、喜んでN.E.W.Tに受け入れます。『魔法薬』に進みたいですか?」

「はい」

ハリーは答えた

「でも、教科書も材料も、何も買っていませんーー」

「スラグホーン先生が何か貸してくださると思います」

マクゴナガル先生が言った

「よろしい。ポッター、あなたの時間割です。ああ、ところでーーグリフィンドールのクィディッチ・チームに、すでに二十人の候補者が名前を連ねています。追って、あなたにリストを渡しますから、時間がある時に選抜の日を決めればよいでしょう」

しばらくして、ロンもハリーと同じ学科を許可され、二人は一緒にテーブルを離れた




一時間後、二人は四階下の『闇の魔術に対する防衛術』の教室に向かった
ハーマイオニーは、重い本を腕いっぱいに抱え、「理不尽だわ」という顔で、すでに教室の外に並んでいた

「ルーン文字で宿題をいっぱい出されたの」

ハリーとロンが側に行くと、ハーマイオニーが不安げに言った

「エッセイを四十センチ、翻訳が二つ、それにこれだけの本を水曜日までに読まなくちゃならないのよ!」

「ご愁傷様」

ロンが欠伸をした

「見てらっしゃい」

ハーマイオニーが恨めしげに言った

「スネイプもきっと山ほど出すわよ」

その言葉が終わらないうちに教室のドアが開き、スネイプがいつも通り、両開きのカーテンのような黒い髪で、縁取られた土気色の顔で、廊下に出てきた

行列がたちまち、しーんとなった

「中へ」

スネイプが言った

ハリーは当たりを見回しながら入った
スネイプはすでに、教室にスネイプらしい個性を持ち込んでいた
窓にはカーテンが引かれ、いつもより陰気くさく、蝋燭で灯を取っている
壁にかけられた新しい絵の多くは、身の毛もよだつ怪我や奇妙にねじ曲がった体の部分をさらして、痛みに苦しむ人の姿だった

薄暗い中で凄惨な絵を見回しながら、生徒たちは無言で席についた

「我輩はまだ教科書を出せとは頼んでおらん」

ドアを閉め、生徒と向き合うため教壇の机に向かって歩きながら、スネイプが言った

ハーマイオニーは慌てて「顔のない顔に対面する」の教科書をカバンに戻し、椅子の下に置いた

「我輩が話をする。十分に傾聴するのだ」

暗い目が、顔を上げている生徒たちの上を漂った
ハリーの顔に、ほかの顔よりわずかに長く視線が止まった

「我輩が思うに、これまで諸君はこの学科で五人の教師を持った」

スネイプは続けた

「当然、こうした教師たちは、それぞれ自分なりの方法と好みを持っていた。そうした混乱にも関わらず、かくも多くの諸君が辛くもこの学科のO.W.L合格点を取ったことに、我輩は驚いておる。N.E.W.Tはそれよりずっと高度であるからして、諸君が全員それについてくるようなことがあれば、我輩はさらに驚くであろう」

スネイプは、こんどは低い声で話しながら教室の端を歩き始め、クラス中が首を伸ばしてスネイプの姿を見失わないようにした

「闇の魔術はーーー」

スネイプが言った

「多種多様、千変万化、流動的にして永遠なるものだ。それと戦うということは、多くの頭を持つ怪物と戦うに等しい。首をひとつ切り落としても別の首が、しかも前より獰猛で賢い首が生えてくる。諸君の戦いの相手は、固定できず、変化し、破壊不可能なものだ」

スネイプは、優しく愛撫するような口調で続けた

「諸君の防衛術はーーーそれ故、諸君が破ろうとする相手の術と同じく、柔軟にして創意的でなければならぬ。これらの絵はーー」

絵の前を早足で通り過ぎながら、スネイプは何枚かを指さした

「術にかかった者たちがどうなるかを正しく表現している。例えば『磔の呪文』の苦しみーー」

スネイプの手は、明らかに悲鳴をあげている魔女の絵を指していた
ハリーは胸が締め付けられるように苦しくなった

「『吸魂鬼のキス』の感覚ーー」

壁にぐったりと寄りかかり、虚な目をしてうずくまる魔法使いの絵

「『亡者』の攻撃を挑発した者ーーー」

地上に血だらけの塊の絵

「それじゃ、『亡者』が目撃されたんですか?」

パーバティ・パチルが甲高い声で聞いた

「間違いないんですか?『あの人』がそれを使っているんですか?」

「『闇の帝王』は過去に『亡者』を使った」

スネイプが言った

「となれば、再びそれを使うかも知れぬと想定するのが賢明というものだ。さてーー」

「先生、行方不明になっている生徒は、その、どうなったんですか?なぜ生徒が?」

レイブンクローのある生徒がスネイプに質問した
その瞬間、クラス内に緊張が走った

誰もが気になっていることだった
そう、真実を知るごく一部の者以外

ハリーは、当然知っている一人であるスネイプがどう答えるのか、息を呑んだ

スネイプは、淡々とした表情で、口を開いた

「諸君らはーー、目立った能力もなく、ましてや特別でもない、羽虫にもならぬ程度の力しか持たんいち生徒などは、狙われるべくもないと思っていようーー」

急に罵倒する言葉を使ったスネイプに、生徒達が気分の悪そうな顔になった

スネイプは続けた

「だが、闇の者にとっては、諸君らは実にーー実に弱く、脆く、操りやすい駒のひとつと言えようーー…諸君らの友人を、今隣にいる者をーーその手で始末させることも簡単にできる」

その言葉に全員が震えた

「もし、その生徒の無残な死体がここに送られたとしようーー…無きにしも非ずな話だーー諸君らはそれを見て恐怖し、怯えるだろうーーこの世にこれ程までに、無残で、残酷で、残虐な死に方があるのかとーー…甘やかされて育った諸君らには、到底想像もできまいーー」

続けられるスネイプの言葉に、クラス内に恐怖と戦慄が走った

「諸君らがどこの誰で、たとえ、何かしらの価値のある生徒だとしても関係などないーー…死体は諸君らの恐怖を煽るための手段であろうーーたかが子どもの諸君らなどやつらにとって、簡単に、恐怖だけで服従させ得る羽虫のような存在でしかないーー諸君の言う、行方不明の生徒が、死体で送られてくるか、はたまた、死よりも無残な状態で送られてくる日もーーそう遠くないかもしれんな」

嘲るように、そう告げたスネイプに、教室全体がお通夜のような恐怖に支配された空気に陥った

ハリーも、ハーマイオニーも、ロンも、そしてドラコやセオドールも、絶望の顔を隠せない


それから始まった、その日の授業は、最後まで戦慄と思い沈黙、緊張感が支配し、珍しく、誰もスネイプに注意されなかった

スネイプは満足気な様子だった



















「セオドール、…ユラは…きっと無事だよな…」

ドラコ・マルフォイは、授業が終わった後、暗い顔のセオドールに不安そうに聞いた

「………」

何も答えないセオドールに、ドラコはますます暗い顔になった

「……手紙にあっただろ。私たちにできることは、何もないんだよ」

諦めたように、そう言ったセオドールに、ドラコが「違うだろ」と言った

「セオドール、ユラが僕たちに教えてくれたことが必要になる時がくるって言ってたじゃないか」

「っ!だからなんなんだ!実際ユラは何も言ってくれなかったじゃないか!こうなるとわかっていて!なのに助けも求めなかった!親友だったのに!」

一番、近くにいたセオドールが、やりきれない、どうして、なんで、どうして相談のひとつもしてくれなかったんだとばかり、そんなに自分は信用がなかったのか、守られるほど弱かったのか、と憤慨した

「目を覚ませセオドール!僕だって悔しいさ!何も気づかずにあいつがただ本の読み過ぎでやつれてたなんて思ってたことが!お前が父親を軽蔑してるのはわかってる!ああ!僕だってその気持ちがないと言えば嘘になるさ!」

俯くセオドールの胸ぐらを弱々しく、強くぎりぎりと掴んで叫ぶドラコに、セオドールは苦い顔をした

「だけどっ!だけど言ってたじゃないか…僕たちに『守護霊の呪文』を教えてくれた時だって…恨むのは後でもできるだろ!いくらでも恨めばいいさ!だけど今はそんなことしてる暇なんてないだろ!僕らができることなんてないんだぞ!何のために僕らがあそこに預けられたかわからないお前じゃないだろ!お前は僕より賢いんだろ!?」

「っ!ドラコに何がわかるんだ!」

胸ぐらを掴むドラコの腕を掴み、苦し気にセオドールが言い返す

「わかるわけないだろ!お前は何も言わない!ユラと同じじゃないか!あぁそっくりだ!だけどユラの方がまだマシさ!あいつはお前みたいにムキになったりして諦めたりしてなかった!」

「っ!」

セオドールほど賢いわけではない、才能はある、だが、どうしようもなく臆病なドラコには、セオドールにはないものがある
臆病だからこそ、苦悩して苦しみながらも、正しいことは見失わない、辛く感じてしまう素直な心が

「僕はムキになってなんてないっ!」

ムキになり、一人称が「僕」に戻ってしまい叫ぶセオドールに、ドラコは返した

「なってるだろ!お前だけが辛いと思うなよ!ユラの両親はどうなる!?もう二度と会えないかもしれないんだぞ!?僕たちがあの家に行った日から気づかなかったのか!?ユラがどんな思いで両親を遠ざけたと思ってる!なのに僕らを優先したんだ!被害者ぶるな!僕はお前ほど愚かじゃない!」

「!」

考えもしなかった…いや、考えないようにしていたことをドラコが言ったことで、セオドールはハッとしたように目を見開いて、俯いた

怒って行ってしまったドラコの方を向くこともできず、ただ立ち尽くした



















それを偶然見ていた生徒がいた
ハリー、ロン、ハーマイオニーだった

授業が終わってから、誰もいない廊下から聞こえてくる話し声に、隠れて聞いていたのだ

ドラコの言葉に、ハリーたちも忘れていた
今でこそ、彼女は自分たちの認識で、記憶を持つ別人だが、ユラはユラなのだ
彼女には両親がいる
家族がいる

それを振り払って、彼女はドラコ達を、ハリー達を、ヴォルデモートを、優先したのだ

「……マルフォイがあんなこと思ってたなんて…」

ロンが気まずそうに口を開いた

「……三人って…私たちみたいな関係だったもの…」

ハーマイオニーが、わかりきったことを言う

「………ユラはきっと…両親に何も話してない…」

ハリーは、ただ恥じた
ただ恥じた
ここ最近、ずっと色々な感情に揺さぶられる
振り回されっぱなしだ
一度決意しても、自分の知らなかったことを、ひとつ、またひとつと知っていくうちに、揺らぐ

『覚悟』という言葉がこれほど、体中に、生々しく、苦しく感じたことはない
レギュラスの言っていた通りだ

『とてつもない忍耐力』だ

そう、’’耐え忍ぶ力’’の格が違う 
ダンブルドアが言っていたことはこれなのか…とハリーは思った
彼女が耐えてきたことをひとつひとつ思い出す
ハリーは思った
自分なら、どれひとつとして耐えられないだろう
そんな確信があった
良くも悪くも、ハリーには反骨精神と勇敢さがある
だが、それが裏目に出ることの方が多かった

「あいつ…化け物みたいだな…」

ロンがぽつりと言った言葉に、ハーマイオニーはキッ!と睨んだ

「いや、違うって、そういう意味じゃなくて…なんていうかさ…色んな人生だったにしろ…普通の精神状態じゃないだろ…絶対」

付け足したロンの言葉に、ハリーもハーマイオニーもはっきり否定できなかった

確かに…
よく考えればそうだ…
長く記憶を持っていたとしても…絶対に普通の精神状態じゃないことはわかる…
狂っている…
もしくは狂わされている…
すでに壊れていてもおかしくないことばかりだ…


「…僕…もう迷わないよ」

ハリーは複雑な気持ちを無理矢理、振り払うように呟いた

「彼女がマルフォイ達を救うと決めたなら、信じる」

「ハリー…」

「マジかよ…」

何が正しいのかなんて、もうここまで来ればわからない
ただ、ハリーには、なんとなくだが確信があった

あるのは事実だけ
彼女はそれを残した
はっきりと今、目にしたような事実を

ハリーの呟きに、ロンは「嘘だろ…」というように、嫌そうな顔で呟いた
ハーマイオニーは、ハリーに賛同しているのか、ただ名前を呼んだ


「彼女は、闘ってるんだ…それは変わらないはずだ。きっと」


重く、しっかりと言いきったハリーに、二人ともただ耳を傾けた


ハリーの中で、疑問は尽きない
一番は、ダンブルドアが言ったように、何故彼女が、ここまで狂ってしまっても、あいつを見捨てないのか、だ

その答えを知るためにも、納得できないものでも、ハリーは構わなかった
きっと、それがどんなものでも…

そんな、新たな、緩やかな決意を改めて胸に誓ったハリーと、ハリーがそう言うなら、と信じることにした二人だった




















「…………おかえり…」

暗い部屋でひとり…一人きりで、ここに来る客人など一人しかいない中、彼女は、水を浴びて濡れた髪をそのままに呟いた

首と手首、足首には、相変わらず重く冷たい…無機質な枷がついている…
奴隷のような姿…

何故、そんな言葉を使ったのか…自分でももうわかっていない

「はっ、とうとう気が触れたか?」

嘲笑うように、言った彼に…ヴォルデモートに彼女は閉ざされた窓際のクッションに腰掛けながら、顔を逸らした

「……俺様を待っていたとでも言うつもりか?」

「………言わせないで…」

曖昧に答えて、まだ顔を合わせない彼女にヴォルデモートは黒いローブを揺らして側まで寄り、蛇のような冷たい蒼顔で見下ろした

「お前はつくづくままならん。そこがまた愉快でもある」

「……あなたは…怖いわ…ずっと…」

「正直なところは好ましい。だが、それで俺様の機嫌を取れると思うならば大間違いだぞ」

「……なら…教えてよ…あなたは何を言っても満足しないのでしょう……私を飼い殺しにして…満足するなんて…あなた’’らしく’’ないわ…」

痩せてしまって、もはや、骨のような不気味な彼女は、彼が用意した、背中が縦の円状に、大きく開いた服を着させられている

いつでも、罰を与えられるように
‘’印’’が、見えるように

それでも、少しは食事がとれるようになったのか、’’彼’’のおかげか…
地下牢にいた頃より、気持ち程度マシになった
虚な目は変わらない…

ヴォルデモートは、この会話を、確かに愉しんでいる
でなければ、わざわざ口を開くことを許可もしない

「自虐か」

「…いいえ…事実よ…」

「己を哀れだと思い込む癖は変わらんようだなぁ。卑しい女だ」

罵倒して嘲ったヴォルデモートに、彼女は否定も肯定もしなかった

「…お前には時が来れば、今度こそ、役に立ってもらう。無論、裏切り者のお前を苦しめるには十分なものだ」

「……’’また’’殺させるつもりね…」

「…察しがいいのは嫌いではない。だが、’’今度は’’お前’’自らの意思’’で殺す。お前のことは俺様が一番よく知っているからなぁ…澄ました顔をしていても俺様には通用せん。お前が一番苦しむ選択をくれてやろう」

ヴォルデモートの意味深な言葉に、彼女の目は、体は、恐怖に染まった
体が震えて、全身で拒絶する

紅い双眼が、彼女を残酷に見下ろし嗤う

「……さぁこっちに来い。俺様に背中を向けろ。お前の’’望んだ’’時間だ」

黒く長いローブの衣摺れの音が嫌に響き、白い死人のような手を出すヴォルデモートに、引っ込めてしまいそうな…震える手をそっと…そっと…乗せた彼女

死よりも辛い時間が始まる…
何度殺して欲しいと懇願したかわからない時間が…

だが、拒否する選択肢は…今も…昔も…


なかった…

















  



「まだ…彼女には会えんのか?」

「そう遠くあるまい…随分と気に入ったようじゃの」

「…そういうわけではないさアルバス。だが…残酷さがここまで心地良いのは、実に良い…実にな」

「本当によいのじゃな?」

「でなければここにはいない。あの目に見つめられて、心に傷をつけ、永遠に焼き付けられるならば……最高ではないか…最後にこんな機会を与えられるとはな……人生とは思わぬことがあるものだ…」

「嬉しそうじゃの…」

「アルバス、君にはわかるまいよ…あれを’’手に入れた’’トムが憎らしい」

「戯言を。あの子は物ではないのじゃ」

「くっくっ…だからお前は取りこぼす。相違あるまい?」

「…ああ…その通りじゃよ…ーー…よーー」






















地下牢の教室
去年までは、スネイプが魔法薬学の授業で使っていた教室

地下牢は常日頃と違って、すでに蒸気や風変わりな臭気に満ちていた

そこでは、新任の教師、ホラス・スラグホーンが、巨大なせいうち髭を撫でながら、生徒達が列をなして教室に入るのを笑顔で迎えていた

ハリー、ロン、ハーマイオニーは、グツグツ煮え立ついくつもの大鍋のそばを通りながら、何だろうと鼻をひくひくさせた

スリザリンの生三人、ドラコとセオドール、パンジーがひとつのテーブルを取り、レイブンクローの生も同様にした
ハリー達は大鍋に一番近いテーブルを選んだ
この鍋は、ハリーが今までに嗅いだ中でももっと蠱惑的な香りの一つを発散していた

なぜかその香りは、糖蜜パイや箒の柄のウッディな匂い、そして、「隠れ穴」で嗅いだのではないかと思われる、花のような芳香を同時に思い起こさせた
ハリーは知らぬ間にその香りをゆっくり深く吸い込み、香りを呑んだかのように、自分が薬の香気に満たされているのを感じた

いつの間にかハリーは大きな満足感に包まれ、ロンに向かって笑いかけた
ロンものんびりと笑いを返した

「さて、さて、さーてと」

スラグホーンが言った
巨大な塊のような姿が、いく筋も立ち昇る湯気の向こうでゆらゆらと揺れて見える

「みんな、秤を出して。魔法薬キットもだよ。それに、『上級魔法薬』の…」

「先生?」

ハリーが手を挙げた

「ハリー、どうしたのかね?」

「僕は本も秤も持っていませんーーーロンもですーー僕たちN.E.W.Tが取れるとは思わなかったものですから、あのーー」

「ああ、そうそう。マクゴナガル先生がたしかにそうおっしゃっていたーー心配には及ばんよ。ハリー、まったく心配ない。今日は貯蔵棚にある材料を使うといい。秤も問題なく貸してあげられるし、教科書も古いのが何冊か残っている。フローリッシュ・アンド・ブロッツに手紙で注文するまでは、それで間に合うだろう………」

スラグホーンは隅の戸棚にずんずん歩いて行き、中をガサガサやっていたが、やがて、だいぶくたびれた感じのリバチウス・ボラーチ著「上級魔法薬」の本一冊と、かなり古い、文庫サイズの「上級魔法薬」の本を一冊引っ張り出した

スラグホーンは、黒ずんだ秤と一緒にその教科書を、ハリーとロンに渡した

そして、スラグホーンは、教室の前に戻り、もともと膨れている胸をさらに膨らませた
ベストのボタンが弾け飛びそうだ

「みんなに見せようと思って、いくつかの魔法薬を煎じておいた。ちょっと面白いと思ったのでね。N.E.W.Tを終えた時には、こういうものを煎じることができるようになっているはずだ。まだ調合したことがなくとも、名前ぐらい聞いたことがあるはずだ。これが何だか、わかる者はおるかね?」

スラグホーンがスリザリンのテーブルに近い大鍋を指して聞いた
ハーマイオニーの手が真っ先に上がった
スラグホーンはハーマイオニーを指した

「『真実薬(ベリタセラム)』です。無色無臭で、飲んだ者に無理矢理真実を話させます」

ハーマイオニーが言った

「大変よろしい、大変よろしい!」

スラグホーンが嬉しそうに言った
そして、こんどはレイブンクローのテーブルに近い大鍋にを指した

「ここにあるこれは、かなりよく知られている……最近、魔法省のパンフレットにも特記されていた……誰かーー?」

またしてもハーマイオニーの手が一番早かった

「はい先生、ポリジュース薬です」

ハリー達にとっては、たいへん、馴染み深い代物だ

「よろしい、よろしい!さて、こっちだが…おやおや?」

ハーマイオニーの手がまた天を突いたので、スラグホーンはちょっと面食らった顔をした

「アモルテンシア、魅惑万能薬!」

「その通り、聞くのはむしろ野暮だと言えるだろうがーー」

スラグホーンは大いに感心した顔で言った

「どういう効能があるかは知っているだろうね?」

「世界一強力な愛の妙薬です」

ハーマイオニーが答えた

「察するに、真珠貝のような独特の光沢でわかったのだろうね?」

「それに湯気が螺旋を描いています」

ハーマイオニーが熱っぽく言った

「そして、何に惹かれるかによって、一人ひとり違った匂いがします。私には刈ったばかりの芝生や新しい羊皮紙やーー」

ハーマイオニーは頬を染めて、最後までは言わなかった

「君の名前を聞いてもいいかね?」

ハーマイオニーがドギマギしているのは無視して、スラグホーンが尋ねた

「ハーマイオニー・グレンジャーです。先生」

「グレンジャー?グレンジャー?ひょっとして、ヘクター・ダグワース-グレンジャーと関係はないかな?超一流魔法薬師協会の設立者だが?」

「いいえ、ないと思います。私はマグル生まれですから」

「ほっほう!『僕の友人もマグル生まれです。しかも学年で一番です!』察するところ、この人が、ハリー、まさに君の言っていた友達だね?」

「そうです、先生」

ハリーが言った

「さぁ、さぁ、Msグレンジャー、あなたがしっかり獲得した二十点を、グリフィンドールに差し上げよう」

スラグホーンが愛想良く言った
ハーマイオニーは顔を輝かせてハリーに振り向き、小声で言った

「本当にそう言ったの?私が学年で一番だって?まぁ、ハリー!」

ハーマイオニーは、とても嬉しそうに言った
だが、ハーマイオニーはすぐに笑顔が消えた

おそらく、ハーマイオニーがずっと追い越すことができなかった、今はいない彼女のことだろう
ずっと主席だった彼女
彼女なら、当然と言えば当然だろうが、矢張り、平等な心を持つハーマイオニーは、落胆があった

いつか自分の実力で追い越したいとずっと意気込んでいたのだ
一年生から…だが、皮肉にも彼女はいない


「『魅惑万能薬』はもちろん、実際に愛を創り出すわけではない。愛を創ったり模倣したりすることは不可能だ。それはできない。この薬は単に強烈な執着心、または強迫観念を引き起こす。この教室にある魔法薬の中では、おそらく一番危険で協力な薬だろうーーーああ、そうだとも」

スラグホーンは、重々しく続けた

「わしぐらい長く人生を見てくれば、妄執的な愛の恐ろしさを侮らないものだ……さて、それでは実習を始めよう」

「先生、これが何か、まだ教えてくださっていません」

アーニー・マクミランが、スラグホーンの机に置いてある小さな黒い鍋を指しながら言った
中の魔法薬が、楽しげにピチャピチャ跳ねている
金を溶かしたような色で、表面から金魚が飛び上がるように飛沫が撥ねているのに、一滴も溢れていなかった

「ほっほう、そう、これはね、紳士淑女諸君、もっとも興味深い、ひと癖ある魔法薬で、フェリックス・フェリシスと言う。きっとーーー」

スラグホーンは微笑みながら、アッと声を上げて息を呑んだハーマイオニーを見た

「君は、フェリックス・フェリシスが何かを知っているね?Msグレンジャー?」

「幸運の液体です」

ハーマイオニーが興奮気味に言った

「そう、その通り。幸運の液体だ。調合を間違えると、実に危険極まりない。ひと口飲めば、全ての企てが成功に傾く…薬の効き目が切れるまではな。さて、今日はこれを諸君に差し上げよう。フェリックス・フェリシスの小瓶一本。今日の授業で『生ける屍の水薬』を上手く調合した者に、褒美として与える。作り方は教科書十ページに載っている。言っておくが、今までこの褒美に値する成果をあげた生徒は一人しかいない。ともあれ、幸運を祈る。では始め」

スラグホーンの言葉に、皆が調合を始めた











そして








「さぁさぁ、これをーー約束のフェリックス・フェリシスの小瓶一本、上手に使いなさい」


文庫サイズの、書き込みが多かった教科書通りに作ったハリーが、手にした

ハーマイオニーはがっかりした顔で、ロンは驚いて口も聞けない様子だ






その夜、ハリーは寝室のトランクの中に、ソックスに包んで安全に隠した
その本の裏表紙には『半純血のプリンス、プリンスの親愛なる友、蔵書』










それから一週間、魔法薬学のクラスで、その本の指示通り、ハリーは従い続けた
その結果、四度目のクラスでは、スラグホーンが、こんなに才能ある生徒はめったに教えたことがないとハリーを誉めそやした

しかし、ロンとハーマイオニーも喜ばなかった
ハリーは一緒に使おうと二人に申し出たが、ロンはハリー以上に手書き文字の判読に苦労したし、それに、怪しまれても困るので、そうそうハリーに読み上げてくれとも言えなかった

一方、ハーマイオニーは頑として「公式」指示なるものに従ってあくせく苦労していたが、いつものプリンスと親愛なる友の指示に劣る結果になるので、だんだん機嫌が悪くなっていった


ハリーは、「半純血のプリンスとプリンスの親愛なる友」とは誰なのだろうと、何となく考えることがあった
宿題の量が量なので、「上級魔法薬」の本を全部読むことはできなかったが、ざっと目を通しただけでも、プリンスが書き込みをしていないページはほとんどなかった

全部が全部、魔法薬のことに限らず、プリンスと友自身で創作したらしい呪文の使い方もあちこちに書いてあった

「彼女自身かもね」

ハーマイオニーがいらいらしながら言った

土曜日の夜、談話室でハリーが、その種の書き込みをロンに見せていた時のことだ

「女性だったかもしれない。その筆跡は男子より、女子のものみたいだと思うわ」

「『プリンス』って呼ばれてたんだ。女の子プリンスなんて、何人いた?」

ハーマイオニーはこの質問に答えられないようだった
ハリーは腕時計を見て、急いで「上級魔法薬」の古本をカバンにしまった

「八時五分前だ。もう行かないと。ダンブルドアとの約束に遅れる」

「わぁー!」

ハーマイオニーが、ハッとしたように顔を上げた

「がんばって!私たち待ってるわ!ダンブルドアが何を教えるのか、聞きたいもの!」

「うまくいくといいな」

ロンが言った















「では、ハリー」

ダンブルドアは事務的な声で言った

「君はきっと、わしがこのーー他に適切な呼び方がないのでそう呼ぶがーー授業で、何を計画しておるのかと、いろいろ考えたじゃろうの?」

「はい、先生」

「さて、わしは、その時がきたと判断したのじゃ。ヴォルデモート卿が十五年前、何故君を殺そうとしたのかを、君が知ってしまった以上、何らかの情報を君に与え、わしと共に、ヴォルデモート卿と、あの子の…ナギニの真実を探る時がのーーー…わしは…大方のことはあの子から聞いておるーー…じゃが、引っ掛かることがあるのもまた事実ーーそれを君と共に知らねばならぬ、と思ったのじゃーーこれは前に話したからわかっておると思うが…」

「はい…でも、彼女は先生に全て打ち明けたんですよね?なら、何故今更…」


「ああ、たしかに’’あの子が’’知り得るものは全て聞いた。じゃが、わしはどうにも腑に落ちんことがあるのじゃーーそこで、これから先は、事実という確固とした土地を離れ、我々は共に、記憶という濁った沼地を通り、推測というもうれた茂みへの当てどない旅に出るのじゃ。ここからは、ハリー、わしは…嘆かわしい…救いようのない間違いを犯しておるかもしれぬ…」

「でも、先生は自分が間違っていないとお考えなのですね?」

「当然じゃ。しかし、すでに君に証したとおり、わしとて他の者と同じように過ちを犯すことがある。すでに心当たりがないと言えば嘘になろう…事実、わしは大多数の者よりーーー不遜な言い方じゃがーーーかなり賢いので、過ちもまた、より大きなものになりがちじゃ…」

「先生…」

ハリーは遠慮がちに口を開いた

「これからお話くださるのは、予言と何か関係があるのですか?その話は僕の役に立つのでしょうか……生き残るのに?」

「大いに予言に関係しよう…そして、君が生き残るのに役に立つものであることを、わしはもちろん望んでおる」

ダンブルドアは立ち上がって机を離れ、ハリーのそばを通り過ぎた
ハリーは座ったまま、逸る気持ちで、ダンブルドアが扉の脇をキャビネット棚に屈み込むのを見ていた
実を起こした時、ダンブルドアの手には例の平たい水盆があった
縁に不思議な彫り物が施してある『憂いの篩』だ
ダンブルドアは、それをハリーの目の前の机に置いた

「心配そうじゃな」

確かにハリーは、『憂いの篩』を不安そうに見つめていた
この奇妙な道具は、さまざまな想いや記憶を蓄え、現す
この道具にはこれまで教えられることも多かったが、同時に当惑させられる経験もした
前回、水盆の中身をかき回した時、ハリーは見たくないものまでたくさん見てしまった

しかし、ダンブルドアは微笑していた

「今度は、わしと一緒にこれと入る……さらに、いつもと違って、許可を得て入るのじゃ」

「先生、どこに行くのですか?」

「ボブ・オグデンの記憶の小道を辿る旅じゃ」

ダンブルドアはポケットからクリスタルの瓶を取り出した
銀白色の物質が中で渦を巻いている

「ボブ・オグデンって誰ですか?」

「魔法執行部に勤めていた者じゃ。先ごろ亡くなったが、その前にわしはオグデンを探し出し、記憶をわしに打ち明けるよう説得するだけの間があった。これから、オグデンが仕事上訪問した場所について行くーーハリー、さぁ立ちなさい」


それから二人は、オグデンの記憶の旅に出た






















「ハリー、もうよいじゃろう」

ダンブルドアは、ハリーの肘を掴んで、ぐいと引いた
その瞬間、二人は無重力の暗闇の中を舞い上がり、やがて、ダンブルドアの部屋に、正確に着地した


「あの小屋の娘はどうなったんですか?メローピーとか、そんな名前でしたけど?」

「おう、あの娘は生き延びた」

ダンブルドアはそのまま続けた

「オグデンは『姿現わし』で魔法省に戻り、十五分後には援軍を連れて再びやってきた。モーフィンと父親は抵抗したが、二人とも取り押さえられてあの小屋から連れ出され、その後、ヴィゼンガモット法廷で有罪の判決を受けた。モーフィンはすでにマグル襲撃の前科を持っていたため、三年間アズカバン送りとなった。マールヴォロはオグデンのほか数人の魔法省の役人を傷つけたため、六ヶ月収監になったのじゃ」

「マールヴォロ?」

ハリーは怪訝そうに聞き返した

「そうじゃ、トム・マールヴォロ・リドル…ヴォルデモートの祖父じゃ」

ハリーは心臓が止まった気がした

「マールヴォロ、息子のモーフィン、そして娘のメローピーは、ゴーント家の最後の三人じゃ。非常に古くから続く魔法界の家柄じゃが、いとこ同士が結婚をする習慣から、何世紀にも渡って情緒不安定と暴力の血筋で知られていた。常識の欠如に壮大なことを好む傾向が加わり、マールヴォロが生まれる数世代前には、先祖の財産をすでに浪費し尽くしていた。君も見たように、マールヴォロは惨めさと貧困の中に暮らし、非常に怒りっぽい上、異常な傲慢さと誇りを持ち、また先祖代々の家宝を二つ、息子と同じくらい、そして娘よりずっと大切にして持っていたのじゃ」

「それじゃ、メローピーは…先生、ということは、あの人は……ヴォルデモートの母親?」

「そういうことじゃ。それに、偶然にも我々は、ヴォルデモートの父親の姿も垣間見た。果たして気づいたかの?」

「モーフィンが襲ったマグルですか?あの馬に乗っていた?」

「そうじゃ。ゴーントの小屋を、よく馬で通り過ぎていたハンサムなマグル、あれがトム・リドル・シニアじゃ。メローピー・ゴーントが密かに胸を焦がしていた相手じゃよ」

「それで、二人は結婚したんですか?」

ハリーは信じられない思いで言った
あれほど恋に落ちそうにない組み合わせは、他に想像がつかなかった

「忘れているようじゃの。メローピーは魔女じゃ。父親に怯えているときには、その魔力が十分生かされていたとは思えぬ。マールヴォロとモーフィンがアズカバンに入って安心し、生まれてはじめて一人となり自由となった時、メローピーは、きっと自分の能力を完全に解き放ち、十八年間の絶望的な生活から逃れる手はずを整えることができたのじゃ」

「トム・リドルにマグルの女性を忘れさせ、代わりに自分と恋に落ちるようにするため、メローピーがどんな手段を講じたか、考えられるかの?」

ハリーは、咄嗟に、ヴォルデモートが彼女にしたことを思い出した

「『服従の呪文』?いえ…まさか…『愛の妙薬』?」

ダンブルドアの表情を見ながら、ハリーは答えを変えた

「よろしい。わし自身は『愛の妙薬』を使用したと考えたいところじゃ。その方がメローピーにとってはロマンチックに感じられたことじゃろうし、そして、暑い日にリドルが一人で乗馬をしている時に、水を一杯飲むように勧めるのは、さほど難しいことではなかったじゃろう。いずれにせよ、我々が今、目撃した場面から数ヶ月のうちにリトル・ハングルトンの村はとんでもない醜聞で沸き返ったのじゃ。大地主の息子が碌でなしの娘のメローピーと駆け落ちしたとなれば、どんなゴシップになるかは想像がつくじゃろう」

「しかし、村人の驚きは、マールヴォロの受けた衝撃に比べれば取るに足らんもんじゃった。アズカバンから出所したマールヴォロは、娘が暖かい食事をテーブルに用意して、父親の帰りを忠実に待っているものと期待しておった。ところが、マールヴォロを待ち受けていたのは、分厚い埃と、娘が何をしたかを説明した別れの手紙じゃった」

「わしが探り得たことからすると、マールヴォロはそれから一度も娘の名前はおろか、その存在さえも口にしなかった。娘の出奔の衝撃が、マールヴォロの命を縮めたのかもしれぬーーそれとも、自分では食事を準備するすらできなかったのかもしれぬ。アズカバンがあの者を相当衰弱させていた。マールヴォロは、モーフィンが小屋に戻る姿を見ることはなかった」

「それで、メローピーは?あの女は…死んだのですね?ヴォルデモートは孤児院で育ったのではなかったのですか?」

「その通りじゃ。ここからは随分と推量を余儀なくされるが、何が起こったのかを論理的に推理するのは難しいことではあるまい。よいか、駆け落ち結婚から数ヶ月後に、トム・リドルは、リトル・ハングルトンの屋敷に妻を伴わずに戻ってきた。リドルが『たぶらかされた』とか『騙された』とか話していると、近所で噂が飛び交った。リドルが言おうとしたのは、魔法にかけられていたがそれが解けたということだったのじゃろうと、わしはそう確信しておる。ただし、あえて言うならば、リドルは頭がおかしいと思われるのを恐れ、到底そういう言葉を使うことができなかったのであろう。しかし、リドルの言うことを聞いた村人たちは、メローピーが妊娠していると嘘をついたためにリドルが結婚したのであろうと推量したのじゃ」

「でもあの人は本当に赤ちゃんを産みました」

「そうじゃ。しかしそれは、結婚してから一年後のことじゃ。トム・リドルは、まだ妊娠中のメローピーを捨てたのじゃ」

「何がおかしくなったのですか?どうして『愛の妙薬』が効かなくなったのですか?」

ハリーが聞いた

「またしても推量に過ぎんが、しかし、わしはこうであったろうと思うのじゃが、メローピーは夫を深く愛しておったので、魔法で夫を隷従させ続けることに耐えられなかったのであろう。思うに、メローピーは薬を飲ませるのをやめる、という選択をした。自分が夢中だったものじゃから、夫の方もその頃までには、自分の愛に応えてくれるようになっていると、おそらく、そう確信したのじゃろう。赤ん坊のために一緒にいてくれるだろうと、あるいはそう考えたのかもしれぬ。そうだとしたら、メローピーの考えはどちらも誤りであった。リドルは妻を捨て、二度と再び会うことはなかった。そして、自分の息子がどうなっているかを、一度たりとも調べようとせなんだ」


ハリーは、ダンブルドアの説明に、心の中に大いに心当たりのある…似たようなことを思い出した
それに、複雑な表情で見上げると、ダンブルドアは苦い顔をした


「今、君が思うとることは、わしもこれを見て、想像した。決定的じゃったのはヴォルデモートの言葉じゃったーーおそらく、あの子自身も相当ショックを受ける経験だったゆえ、忘れておったーーいや、この言い方は良くないの。忘れたかったのかもしれぬ。そうじゃ。ヴォルデモートは、トムはーーあの子を深く愛した故に、母親と同じーーいや、それよりも酷いことをあの子に強いたのじゃ…」

ダンブルドアの、推量…いや、ほぼ事実だろうことに、ハリーは絶句した


「あの子は…トムが孤児院にきたすぐ後に孤児院の前に捨てられておった。当時、わしが聞いた孤児院の院長の話では、トムは周りの子と悪い噂が絶えんかったらしい。じゃから、トムが唯一仲良くーーという言い方は語弊があるかもしれんの、トムの一番近くにおったあの子を、トムの監視役として側から離さんようにしておったらしい」

ハリーはダンブルドアのその説明に、「は?…」となった

「なぜ、同い年の子を監視役にするのか、疑問に思うとるじゃろう。それはの、あの子が唯一、トムが近くにおることを許しておった子だったのじゃ。聞いた話では、トムはあの子のおる前では穏やかだったらしいのじゃ。じゃから孤児院の院長はトムの側からあの子を離さんようにした…」

「……先生は…最初…彼女は…ヴォルデモートを愛していたと…」

ハリーが震える声を抑えながら恐る恐る聞いた

「そこなのじゃ。わしがどうしてもわからんのがーーあの子のこれまでの様子を見る限り、トムを恨んでいる様子が見受けられんのじゃ。全くじゃ」

ハリーは、彼女のことが本格的にわからなくなった

「あの子は、トムの自分への仕打ちを甘んじて受け入れておる…そこが、メローピーとリドルとの違いじゃ。あの子は決してトムを見捨てようとせん。ーーハリー、わしは、あの子が真実を打ち明けた時から、あの子を説得し続けた」

唐突に言われたので、考え込んでいたハリーは、答え損ねた
だが、ダンブルドアは続けた

「あの子は頑なに首を縦には振ってくれんかったのじゃ。じゃが、一年にも及ぶ説得の甲斐あってか、あの子は記憶を見ることは許してくれたのじゃ。あの子が知る、トム・リドルを見ることを」

「記憶?」

「そうじゃ。あの子自身も、わしが説得する内に何か考えが変わったのかもしれぬ」

感慨深けに言ったダンブルドアに、ハリーは、ダンブルドアが一年もかけて説得しなければ頷かなかったなんて、相当だと思った

それほど、見られたくなかったのだろう…

「今から、あの子の記憶も見てほしいのじゃ。わしは、これほどまでに不可解な記憶を目にしたことがないのじゃ。君も困惑するじゃろう」

ダンブルドアが、校長室の奥にある小瓶が多く並んだガラス棚の中から、小瓶をひとつ取ると、『憂いの篩』に近づいた
先程の記憶を見る前のような微笑みはなく、厳しい顔だった

小瓶の中には、銀白色の物質がゆらゆらと揺らめいている

「…これを渡す前、あの子は言っておった「私を赦してくれるな」と…ハリー、君にとっては少しショックかもしれぬが、よいかの?」

ダンブルドアの問いかけに、ハリーは重く頷いた
心臓が忙しなく動いている

それを見届けると、ダンブルドアは小瓶の蓋を開けて、傾け、液体でも気体でもない、先程と同じものが微かに光りながら渦巻いた

そして、二人は記憶に降り立った





そこは、ホグワーツだった
丁度ハグリッドの小屋があった辺りだろうか…
今、ハリーの目の前にはハグリッドの小屋らしきものはない


「先生…」

「ホグワーツじゃ。当時はハグリッドは学生じゃったからの…ここからじゃ」

側らに立っているダンブルドアを見上げたハリーは、促されて、ダンブルドアが見つめる先を見た



そこには、四、五年生くらいの…ハリーがよく見た、あの夢によく見た…今度はもっとはっきりした顔が見えた

夢で見た時のものより青年少女に近い

さらさらの短めの黒髪に、紅い…紅い目を持った美麗と呼ぶに相応しい美しい、肌の白い男子生徒と、その男子生徒の頭を膝に乗せている…前髪で目元が隠れた細めの女子生徒がいた
お世辞にも、男子生徒と比べるまでもなく、陰気そうな…平凡を地でいくような容姿の女子生徒だった
肌は不健康なほど白かった


頭を預けて寝そべっている男子生徒の頭を撫でている…
ハリーは、ダンブルドアにつられて近づいた

今度は、はっきりとわかる
この二人は、ヴォルデモートと彼女の当時の姿だ




「ナギニ…お前は…」

膝枕されて…というより、させているような雰囲気の中、高い…艶のある声が響き、頭を撫でていた彼女の小さな手を取っていた

「…’’物’’でしょ………」

諦めが含まれるような…我儘な子どもにかけるような…淡々とした穏やかな耳に心地の良い声が響いた
手を掴まれたまま、彼女は抵抗もせずに彼を見下ろしていた

「…そうだが、そうじゃない…」

「…’’物’’ に名前をつけたのは…あんたじゃない……」

「ああ…お前は僕が名付けた……僕を見ろ」

「…見てる……」

「…疲れたんだ…」

「…そう……」

「聞かないのか」

「聞いてほしくないくせに………トム…嘘を重ねるのはいいけど…そんな言葉を吐くくらいなら…何も言わないで…」

「ふふ…そうか、眠ろう。ナギニ。おいで」

ヴォルデモートが、なにが面白いのか、楽しそうに微笑み、彼女を優しく呼んだ
まるで、彼女が従うのがわかっていたかのように、横に並んだ彼女と手を繋いだ

「………」

見るからに、彼女が逃げたそうにしているのが見てとれた
だが…

「…お前は…僕を’’信じ続ける’’…’’最後’’までな」

優しげな声色で、横に並ぶ彼女の頬に手を滑らせるヴォルデモート
彼女の隠れた目はきっと怯えてヴォルデモートを見ている

「何を…企んでいるの…」

「その質問には、’’今は’’答えない……だが…僕はお前を一人にはしない…」

まるで、何かを予期しているような意味深な言い方に聞こえるのはハリーだけだろうか…

「一人にしてよっ……あんたのせいで…友達も…」

「僕がいればいい。お前に僕以外のものは必要ない」

高慢で傲慢、上から目線…彼女を物のように扱う言葉の中には、はっきりとした独占欲や執着心が聞き取れた
いや、それだけならまだマシだったかもしれない…

「っ……」

「泣くな…僕がいるだろう?」

「………トム………」

「弱虫の泣き虫なお前を世話してやれるのは…僕くらいだからな…今だけは…お前に安らぎがあらんことを…」

ヴォルデモートは、そう言うと、静かに泣いている彼女を抱き寄せていた


ハリーは、彼女に初めて表情に色がついているのが見えた
よく思い出せば、彼女が感情を表に出したのを見たのは…ヴォルデモートに関わることだけだった

そうか…
この時から…彼女は…

と、ハリーは妙に納得してしまった



彼女は、いつの間に寝息を立てていた
横には、彼女の小さい頭を抱き寄せているヴォルデモート







「もうひとつあるのじゃ、困惑するかもしれんが、続けてみてほしい」


急にダンブルドアがそう言うと、ハリーは目の前の景色が黒く液体のような気体のようなものになり、消えて違う景色に変化するのが見えた

自分たちが立っているところも、変わった
あの二人もいない


今度は…ここはどこだろうか
ハリーは見覚えがあった
ホグワーツの黒い湖のそばだ


「いっ…いやっ…やっ…ごめっなさっ…」


女性の怯えるような、恐怖に震えるような声がして、その方を向けば、ハリーの目に飛び込んできたのは

六、七年生くらいだろうか…
さっき見たあの二人が成長した姿があった

だが、先程のような穏やかな雰囲気はなく、怯えて、怖がっている彼女を美しい青年のヴォルデモートが、背後に立って、彼女の前髪を掴んで、震えている杖腕を上げさせている
彼女の目は恐怖に染まっていた…

「おねがっ…やめてっ…こんなのっ…」

「お前は僕の’’物’’だ。さっさっとやれ。失望させるな。それとも…また躾けられたいのか?」

「っ!…ぁ…ぁ…ぅっ…ごめっ…なさっぃ…」

温度も、愛情の欠片もない…彼女を所有物扱いして、恐怖して泣いている彼女に対して、目の前にいる…擦り寄ってくる猫に杖を向けさせているヴォルデモートに、ハリーは鳥肌が止まらなかった

「ほら、俺が気が長くないのは知っているだろう。やれ」

さっきより語気が強く、はっきりとなった艶やかな声に、彼女はびくりと震えた

やや数秒経って…


「ぅっ……ごめっ…っ…『アバタッ・ケダブラッ(息絶えよ)』」


彼女の杖から緑の光線が出て、猫に直撃してそのまま、息絶えた



ハリーは言葉が出なかった



彼女は膝をついて、泣き崩れていた
嗚咽を堪えた声が耳に聞こえて来る



すると、バシン!! 
肌を打つような音が響いて、ハリーは目を見開いた


「う゛あ゛っ…」

「誰が座り込んでいいと言った。立て。この程度では俺の計画は完成しない。お前には、まだまだやるべきことがある」

ヴォルデモートが泣き崩れる彼女を打っていた
頬を抑えてポロポロと涙をこぼす彼女に、ハリーは今にも止めに入りたかった

だが、これは記憶…
どれだけ拳を握りしめても、胸が苦しくとも、怒りに震えようとできない


「もっ…させないでっ…お願いっ…トムっ…こんなのっ…耐えられないっ…」

「泣き言を吐くな。こんな家畜、お前がこれからすることに比べるまでもない」

ヴォルデモートが冷酷な様子でそう言い、彼女は涙で濡れる目を見開いて彼を見上げていた

「…な…なにを…させる…のっ…も…いやよっ…う゛あ゛っ…はっ」

彼女が、言い知れぬ恐怖で拒否の言葉を口にした瞬間、細い首が絞められた
しゃがみこんで、彼女の目の前で首を絞めるヴォルデモート
彼女は目の前の制服に縋るように手を伸ばしてギュと握り込んでいる

あまりに弱々しい姿

「お前は俺の物だ。いつからそこまで愚かになった?俺に逆らうのか?」

「あ゛…」

「お前を想えばこそ、お前の望みである俺と一生を共にさせてやるというのに、それを嫌だと?何様だ。くっくっ…無様だな。これだけのことをされてもなお、お前は俺の手を振り払えない。そうだ。お前は心の中で俺に依存し、溺れている。口で、体で拒否しようと、お前の心は俺の全てを肯定する…健気で可愛いらしいじゃないかナギニ…お前のそんなどうしようもないところを受け入れてやれるのも、俺だけだろう…さぁ、言うことはわかるな?」

「あ゛っ…ゲホッ!ゲホッ!う゛ゴホッ!」

やっと彼女の首を離したヴォルデモートは、咳き込む彼女を、冷ややかに見下ろしていた

「…ふぅ゛っ……わ…わ…」

「わ?」

震える声で、涙を流しながら地面を見つめて声を洩らす彼女に、ハリーは顔を背けたかった

「わ……私は…あなたの…トムの’’物’’…よ…は…は…離れたり…しない…わ…」

顔を上げて言った彼女
涙で真っ赤になっているであろう、前髪に隠れた彼女の目を見るために、ヴォルデモートは滑らかな手で前髪をかき上げて彼女の表情を見た

「好い顔だ。俺はお前の苦痛と葛藤に歪んだ顔が好みだ。特にな」

そう言って、彼女額に口付けたヴォルデモートに、彼女はガタガタと震えた
一筋…また一筋と涙を流して側らに転がる猫の体に手を添えていた
ヴォルデモートに抱きしめられながら、時折、耐えきれないように肩を震わせて涙を延々と流す彼女

震える手で彼の背中に手を回していた









「もうよいじゃろう」


ダンブルドアの、厳しい、重い声が聞こえてハリーは、肘を掴まれて、次の瞬間には校長室に着地していた

ハリーは、混乱した
ショックだった
逆らえないとはいえ、彼女は『死の呪文』を使った…
そして…最初に見た記憶と、さっき見た記憶が…そう…
一瞬、夢で見たことを言おうかと思ったが、それよりも先程見たことが強烈過ぎて、口から出たのは…

「誰…ですか…あれは…」

まるで別人だった
ハリーの呟いた言葉に、ダンブルドアは難しい顔で目を瞑った
校長席に座り、深く懺悔するような様子で

「わしも同じことを思うたのじゃ。君はーーどちらの方が、君の知る’’ヴォルデモート’’じゃと思うたかね?」


ダンブルドアの質問に、ハリーの中で即答できるほど答えは決まっていた

「それはーーさっきの…湖での…」

どう考えても、自分の知るヴォルデモートの姿はあれだ

「そうじゃ。あの子に赦されぬことを強いたあやつこそ、今の君が知る、そして多くの者が知るヴォルデモートの姿じゃ。ーーじゃが、ならば、最初に見たトムは誰なのか、本当にトムなのかーー」

「…先生…でも…先生が知るあいつの学生の頃の方が…最初のあいつに近いのではないですか?」

あいつは本性を隠していた
以前、ダンブルドアが言っていたヴォルデモートの、トム・リドルの印象が間違いないのならば、最初に見たトムこそ、ダンブルドアの知っているトムではないかと

「いや、わしは少なくともトムのあのような姿は見たことがない。想像すらせんかった。今にして思えば、トムはわしを特に警戒しておった…その一因はーーそうじゃの、あの子を取られたくなかったからじゃ。あの子が、トムのことで頼るとすれば唯一、わしじゃと分かっておったのじゃ」


ダンブルドアの言葉に、ハリーは思い出した
あいつが唯一恐れた人はダンブルドアだ
だが、その理由が力だけだと思っていた
だが、今のダンブルドアの言い方だと、少なくとも本人は違うと思っているようだ
そして、今、ダンブルドアが言ったことが、仮にそうなら…何故ヴォルデモートは、ダンブルドアが彼女を取るなどと思ったのだろうか…

ダンブルドアは、続けた

「わしはの、この記憶を見た時、あらゆる可能性を考えた上で、あの子の打ち明けた真実と照らし合わせ、ある仮説を立てることにした。君からすれば、到底’’赦せぬ’’、’’認められぬ’’ことじゃろうが…」

ハリーは、ダンブルドアが続けようとしている言葉だけは聞きたくなかった

「もしかしたら、トムは…’’愛’’が芽生えたのではないか…とな」

ハリーは全身の血液が沸騰したのを感じて咄嗟に叫んだ

「違う!あいつはっ!あいつに愛なんてわからない!先生も見たでしょう!あれはあいつの本性です!彼女だって怯えてた!」

「そうじゃ」

怒りに叫んだハリーに、ダンブルドアは否定せずに、ただ肯いた

「彼女にっ!嫌がる彼女にっ!あんなことをさせたやつが!あいつの本性は邪悪だ!痛ぶることしかない!」

「そうじゃ」

ダンブルドアは、また肯いた

「なのに愛があったなんて言うんですかっ?」

肯定するダンブルドアに、ハリーは歯を食いしばった

「あったのではない。あの子が、他ならぬその身をもって、トムに芽生えさせた。のかもしれぬ。のうハリー、何か、気になることはなかったの?」

ダンブルドアが薄青いブルーの目で、じっと穏やかにハリーを見つめた
ハリーは、荒ぶっていた気持ちを、レギュラスとの訓練を思い出し、落ち着け、落ち着けと言い聞かせて、ひとつ息を吐いて、思い出そうとした


最初の記憶…

ーー何を…企んでいるの…ーー

ーーその質問には、’’今は’’答えない……だが…僕はお前を一人にはしない…ーー

ーーー…今だけは…お前に安らぎがあらんことを…ーー


妙に引っかかった
ハリーは、もう一度思い出そうとした


ーーーこの程度では俺の計画は完成しない。お前には、まだまだやるべきことがあるーー


計画…


ハリーは今度こそ、ハッとしてダンブルドアを見上げた


「そうじゃ……わしの見当違いならそれよりよいものはないじゃろうーーじゃが、確かめねばならぬことがある」

はっきりとした口調で言ったダンブルドア

「確かめなければならないこと…?」

ハリーは訝しげに尋ねた
ハリーには、ダンブルドアが何かを知っている上で、それを確かめようとしているような様子に見えた

「ああ、じゃが、それを話すにはもう遅い時間じゃ。続きは今度じゃ」

ダンブルドアの言葉に、ハリーは窓の方を見ると明け方近くになっていた

「遅くまで引き留めてしまったの」

そう言われると、ハリーは若干の疲労を感じた
短かく感じられたが、たしかに時間は過ぎていた

「いえ…あの、先生」

ハリーは、ここに来る前のことを思い出し最後に聞いた
聞きたいことはたくさんあるが、ハリーは今、聞いてもダンブルドアは何も答えないだろうと思ったからだ

「なんじゃ?」

「ロンとハーマイオニーに、先生からお聞きしたことを全部話してもいいでしょうか?」

ダンブルドアは一瞬、ハリーを観察するようにじっと見つめ、それから口を開いた

「よろしい。MrウィーズリーとMsグレンジャーは、信頼できる者達であることを証明してきた。しかし、ハリー、君には頼んでおこう。この二人には、ほかの者にいっさい口外せぬようにと、伝えておくれ。わしがヴォルデモート卿の秘密をどれだけ知っておるか、または推量しておるかという話が広まるのは、よいことではない。それに、あの子の首を縦に振らせた責任がある。言わずともわかるね?」

ハリーは、彼女が今、ヴォルデモートに監禁されているのを思い出した
もし、もしーーーヴォルデモートが知ったら…
彼女が、ダンブルドアに記憶を渡したなんてことを知るようなことになったら…

ハリーはゾッとした
これ程の恐怖はない

ハリーは、重く頷いた

「はい、先生」

「よろしい。さぁもう休みなさい。おやすみ」

ハリーがしっかり肯いたのを見届けて、ダンブルドアは朗らかに微笑んだ

ハリーは、いつものその笑顔に少し気が楽になり、背中を向けてドアに向かって歩いた
気はマシになったが…重い…足が重い…心も重い…
そして、ハリーは出る前に振り向いて言った

「おやすみなさい…先生」

「ああ」








————————————


謎のプリンス長くなります

謎のプリンス 〜2〜
彼女自身すら知らない何か…

彼が知る真実…
‘’彼’’が知る真実…

それを探る者による記憶の旅…
あやふやな可能性と目隠しされた暗闇の中……真実を求めて進む彼ら
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2021年6月21日 01:31
choco

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