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※大いに捏造
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……私は…
私は…何を間違えたの……
もう見たくない…もう何も知りたくない…
もう…放っておいて…
……嘘つき………
ーーーなぜ、彼がお前を’’殺した’’のか、殺そうと’’しない’’のかーー
こんな優しい嘘なんて……あなたはつかなかった……
殺されたんじゃない……
自分から……
どうして……どうして私の……
‘’隠した’’の……
ーーー’’僕’’はお前がいたから’’僕’’でいられた…お前が僕に’’愛’’を教えた…誰かを愛することをーーー
あなたは……誰なの…
才能溢れる、魅力的な生徒がおった…
世にこれ程の…天才が産まれてくるのか、と思うほど…
じゃが…わしの目から見れば…その生徒が決して側を離さんかった生徒の方が興味深い…平凡な魅力を持っておった…
「どうじゃ?学校には慣れたかの?」
珍しくひとりでおる、その子…天才と共に育った平凡な生徒に声をかければ、その子は、ゆっくり振り向き、僅かに眉を下げ、黒い睫毛に縁取られた目を、わしの目に向けた
多くの者は、好んでわしと目を合わせようとはせん…
じゃが、この子は、稀代の天才と共におるからか…他と違うのか…それとも産まれもったものなのか…
わしの目を…多くの者が向けるような畏怖や尊敬の色を宿さず…ただ’’みて’’おる…
「先生でしたか…はい…’’学校には’’多少慣れたと思います…」
実に興味深い…
この子が口にする言葉は、言葉を操るのに長けたわしの耳にも柔らかく響く……
このわしが…誰かの声をこれほどまでに心地よいと思ったことはない…
「…そうか、ならば良いことじゃ。困っておることなどはないかの?」
覗き込むように目を向ければ、この子は、しばし、わしの目を見つめ、ゆっくり首を横に振った
ひとつひとつの仕草に、張っていた気が緩むのは…なんとも不思議じゃ……
「いいえ…ただ…」
「ただ?」
人の本音を聞き出すわしが、自然に問い詰めたくなる様子とは不思議じゃ…
「ただ、このまま…刻が…進まなければ…と」
わしから目を離し、外に目を移しながら呟いたこの子
「ほう…何故そう思うのかの?」
わしがそう問えば、この子は外から目を離さず、僅かに安心したように聞き返してきた
「どうして…とは聞かれないんですね…」
静かじゃ…
驚きすら湧かんほど…穏やかじゃ…
これほどまで穏やかな雰囲気を纏った子はおらんじゃろう…
「その方がよかったかの?」
「いえ……その方が、先生’’らしい’’ですから…」
「’’らしい’’とな?」
「…踏み込むのがお上手です……不思議な…方です…」
また、眉を下げてそう言ったこの子に、わしは、軽く目を見開き、片眉を吊り上げてしもうた
この子は……
「先生……私は…「ナギニ」」
この子が、再びわしに目を向けて何かを言おうとした時、後ろから、稀代の天才の艶のある高い声が、まるで咎めるように響いた
わしは思わず、この子から目を離してトムを見れば、トムは流麗な眉を僅かに寄せてわしを見ておった
「次の授業に遅れる。おいで」
トムが、再びこの子に声をかけると、この子は、わしに会釈してトムの方へ歩いた
早足じゃが、重い足取りにも見える
この子が近づくと、トムは流れるように腰に手を添えて、わしに形式ばかりの挨拶をした
「ダンブルドア先生。僕とナギニは授業がありますので、失礼します」
「ふむ。励んでおるようで何よりじゃ。Msメメント、何か言いたいことがあれば、いつでも言うてこればよいのじゃぞ。わしは力になろう」
わしは、孤児院で育ったとは思えぬほど、平凡で…普通で…大人しいお前さんに、若い時分を楽しむことを知ってほしいと思い……その言葉を選んだ……
じゃが…
わしがこの時、トムがいる前で、あぁ言わなければ…お前さんは…
「…はい…ありがとうございます。ダンブルドア…先生…」
少しだけ振り返り、わしにそう告げたお前さんは…トムはわしからお前さんを隠すように連れて行った…
金曜の夜、魔法省大臣、コーネリウス・ファッジは短い声明を出した
『名前を呼んではいけないあの人』が、この国に戻り、再び活動を始めたことを確認した
そして、アズカバンの吸魂鬼は、引き続き、魔法省に雇用されることを忌避し、一斉蜂起した
魔法省は、吸魂鬼が現在直接命令を受けているのは『例のなんとか卿』であると見ており、魔法族に対して、警戒を怠らないように、現在、各家庭および、個人の防衛に関する初歩的心得を作成中で、一ヶ月のうちには、全魔法世帯には無料配布する予定である
なお、アルバス・ダンブルドアはホグワーツ魔法魔術学校校長として復職、国際魔法使い連盟会員資格復活、ウィゼンガモット最高主席魔法戦士として復帰
ドローレス・アンブリッジは、ホグワーツ校長として在席中、生徒への『許されざる呪文』の使用をしたとして、逮捕連行。今後、これまでに犯してきた罪も含めて念入りに調査され、裁判にかけられるだろう
『日刊預言者新聞』の全ての面は、一夜にして魔法省が言を翻すに至った経緯を予想する憶測で飛び交い、そのうちのひとつとして、『例のあの人』と、その主だった一味の者、死喰い人が、木曜の夜、魔法省そのものに侵入したのではないか
と、予想されるものも含まれていた
同時に、ファッジが駆けつけた時にいた『生き残った男の子』のことも引っ張り出して、掌を返したような内容が書かれてあった
「『孤独な真実の声…精神異常者扱いされながら自分の説を曲げず…嘲りと中傷の耐え難きを耐え…』ふぅーん」
ハーマイオニーが顔を顰めた
現在、ロン、ハーマイオニー、ハリーは医務室にいる
ハリーは、ロンのベットの端の方に腰掛け、二人ともハーマイオニーが読み上げる『日刊預言者新聞日曜版』の内容を聞いていた
マダム・ポンフリーにあっという間に踵を治してもらったジニーは、ハーマイオニーのベットの足元に膝小僧を抱えて座り、同じように鼻の大きさも形も元通りに治してもらったネビルは、二つのベットの間の椅子に腰掛けていた
「ザ ・クィブラー」の最新号を抱えたルーナは、雑誌を逆さまにして読んでいた
ハーマイオニーの言葉は全く耳に入らない様子だ
「『預言者新聞』で嘲ったり中傷したりしたのは自分たちだっていう事実を、書いていないじゃないーー」
ハリーは、あれからシリウスに会っていない…
あんなことを知った後だから、当然と言えば当然だが、手紙を送っても返事は来ない
ダンブルドアに託された名付け親のことを、ハリーは心配していた
自分のことで手一杯なのも、当然あるが…
シリウスはそれ以上なのだ…
それに、あれから魔法史のレギュラス・ブラックの様子がピリピリしている
普段の穏やかさがまるで消え失せたように、顔色が悪く、厳しい表情ばかりしているのだ
「それはそうと、学校では何が起こってるの?」
ハーマイオニーが、新聞を置きながら尋ねた
「そうね、フリットウィックがフレッドとジョージの沼を片付けたわ」
ジニーが言った
「ものの三秒でやっつけちゃった。でも窓の下に小さな水溜りを残して、周りをロープで囲ったのーー」
「どうして?」
ハーマイオニーが驚いたような顔をした
「さぁ、これはとってもいい魔法だって言っただけよ」
ジニーが肩を竦めた
「フレッドとジョージの記念に残したんだと思うよ」
チョコレートを口一杯に頬張ったまま、ロンが言った
「それじゃ、ダンブルドアが帰ってきたから、もう問題は全て解決したの?」
違う…
ハリーは叫びたかった
「うん」
ネビルが言った
「ぜんぶ元通り、普通になったよ」
ネビルの言葉に、ロンもハーマイオニーも、ジニーもホッとして、逮捕されたアンブリッジのことや、占い学の話で盛り上がる中…
ハリーはついに、胸が締め付けられた
自分たちがこうして、安全な場所で治療を受けて話している間にも、彼女はヴォルデモートに拷問を受けている
「…リー」
彼女の耳を塞ぎたくなる絶叫とヴォルデモートの言葉が蘇る
「ハリー!」
ハリーは、思い出して苦い顔をしていたのを、ハーマイオニーに強く呼ばれて顔を上げた
「ハリー…あの日から変よ…何かあるならシリウスに相談すべきよ」
そのシリウスは、連絡が取れないし、何よりそんな状態ではない
「いや、シリウスに迷惑はかけられない…今はシリウスが一番辛いんだ…」
「でも…」
ハーマイオニーが、ハリーを咎めるようにつぶやいた、が
「そうだぜ。妹が裏切ってたんだぜ?僕らを助けてくれたけど、あの後、学校にもいないし、助けるふりして『例のあの人』に予言を渡そうとしてたに違いないよ」
ロンが言った
ハリーは耐えきれず叫んだ
「違う!!」
いきなりハリーが立ち上がって叫んだので、ロンやハーマイオニー、ジニーやネビルは驚いた
「彼女はっ…ユラはっ…あいつにっ…」
拳を血が通わなくなるほど握りしめて、いつになく苦しげに言うハリーに五人は驚いた
「…ハリー…ねぇ…何があったの?…あなた変よ。シリウスのことも全く話さないし…会いたいとも言わなくなった…」
ハーマイオニーがハリーのこの頃の異変を思い出し、聞きにくそうに尋ねた
全員が自分を言葉を待っている
「…なぁハリー…僕たち仲間だろ」
ロンがぽつりとそう言い、ハリーは、彼女の言葉を思い出した
ーーー頼りなさい。あなたは一人じゃないのよーーー
そうだ
彼女は言ったんだ…
彼女を信じると決めたんだ…
同じ間違いを犯したくない…
ハリーは、もう一度、心配そうに自分を見るみんなを見回した
そして、重い口を開こうとした時…
「ユラは…「もう一度言ってみろ!!」」
廊下の方から怒鳴り声が響いた
ハリーは心臓が飛び上がり、全員も驚いたのか廊下の方に顔を向けた
そして、急いで廊下の方へ向かい、恐る恐る覗くと…
「……私の…私のせいだ……妹を信じなかった…」
「シリウっ「シッ!ハリーっ」」
思わず、シリウス!と叫びそうになったハリーに、ハーマイオニーが止めた
そこにいたのは、怒りの形相でシリウスを殴ったと思われるレギュラスの姿
何故、ホグワーツの医務室前の廊下でこんなことになっているか
それは、シリウスがレギュラスに言おうと連絡をとったが、まったく取り合わず、あの家にも二度と帰ってくるな、と拒絶されたからだ
会うこともしてくれない弟に、シリウスはとうとう、ここなら逃げられないだろうと押しかけた
言いたい…
謝りたい…
そんな資格はないとわかっているが、妹を最後まで信じていた、誰よりも愛していた弟に、自分のせいで妹が捕まったと…
言わなければならないと…
ロンやハーマイオニーは、見たこともない先生の様子と形相に、固まってしまった
普段、穏やかで、優しい人望のある先生の姿しか知らないだけに驚愕どころではない
軽く恐怖するほどだ
「私があの時…杖を向けなければっ…」
殴られて、尻餅をつき、とても酷い顔色で口の端から垂れる血を拭いもせずに目をキツく瞑り、告白するシリウスにレギュラスは拳を強く握りしめた
「っ!!!〜〜〜〜!!!よくもっ!!!よくもそんなことをっ!!」
レギュラスが、シリウスの胸ぐらを掴み上げてぎりぎりと力を込める
「散々っ…散々あの子に酷いことをしておいてっ!!!お前は!!兄として慕われないというだけでムキになって何度もオフィーに手を上げた!!それを今更!!のうのうと謝罪か!!後悔か!!!ふざけるな!!!お前など一生をアズカバンで過ごして死ねばよかったんだ!!あの子が助ける価値もなかった!!」
レギュラスの、悲痛な叫びに五人は息を呑んで唖然と立ち尽くすことしかできなかった
とてもじゃないが、口出しなどできる雰囲気ではない
「何が親だ!!兄だ!!戯けたことを言うのも大概にしろ!!昔からそうだ!!自分は正しいと信じきり!くだらない正義を振りかざして!自分は力があると!賢いと!証明するために馬鹿で低俗な友人とやらといつも吹聴しまわった!!!心底反吐が出る!!オフィーはお前に何もしなかったのにだ!!!なのにお前は一方的に自分が慕われないことに子どものように腹を立ててっ!嫉妬してっ!手をあげた!!何度も見たぞ!!無抵抗のオフィーを打っていたのを!!」
「っ…私が愚かだったんだっ…」
シリウスは、苦く顔を歪めて、拳をきつく握りしめた
ハリー達は、信じられなかった…
「っあぁそうだとも!!今頃気付いたのか!あの子が今頃どんな目に遭っているかっ!!全てお前のせいだ!!お前など兄を名乗る資格すらない!!家族でもない!!出ていけ!!二度と帰ってくるな!!オフィーがお前を信じて待っていたあの家に足を踏み入れる権利も!ブラック家の当主としての資格もお前にはない!!僕の前に二度と顔を見せるな!!二度と妹と呼ぶな!!お前にはその権利も資格もない!!」
そう叫んで、シリウスをもう一度殴り、壁にぶつかったシリウスを無視して、ローブを翻して去ったレギュラス
その目には、耐え難いほどの苦しみや悲しみ、憎しみの感情が滲んでいた
シリウスは何も言葉もかけれないまま、冷たい石床に座ったままだ…
「…シリウス…」
ハリーは、ブラック家の兄妹の間にも何があったかはわからない
だが、今のレギュラスの言葉が真実だとするなら…シリウスは妹に手をあげていた…
それは、否定したいが、嫌なくらい納得があった…
何故なら、ハリーはスネイプの記憶の中で見たからだ…
「…レギュラス先生があんなに感情的になるなんて…」
ハーマイオニーが、ショックと言わんばかりの表情をしていた
「…ただの兄弟喧嘩って感じじゃ…ないよな…今のって…」
ロンが気まずそうに呟いた
兄妹が何人もいるロンだからこそわかる、ただの喧嘩ではない様子
「……あの先生…怒るんだ…怖かった…」
ネビルがブルリと震えて呟いた
「……あの人、妹さんに手あげてたんだね。見るからに自尊心高そうだもんね」
ルーナが、涼やかな声で空気を破るようにそう言い、もっと空気が重くなった
「…シリウス…」
項垂れるシリウスは、血が出るのも気にせず拳で石の床を殴った
「くそっ!!」
絞り出すような、痛ましくも聞こえる呟きにハリー達は、その場から動けなかった
そこに…ハリーが苦手な人物が通りがかった
「おやおや、これはこれは。ブラック家の’’勇敢’’な当主がホグワーツになんの用事で参られましたかな?息子とやらの授業参観ですかな?泣かせますなぁ?」
スネイプだ
「っ!貴様には関係ないっ」
「ふん、威張り散らしていた高慢知己な貴様が打ちのめされる姿は実に愉快」
「黙れスニベルス!!」
「全く、貴様はいつまでも変わらん。愚かで、高慢で、卑劣な、己を信じて疑わん。今すぐ、出て行け。後先も考えず衝動的に行動するとは……余程、妹を’’助けたい’’ようですな?」
スネイプの辛辣すぎる、傷痕をを抉るような嫌味にシリウスは鬼のような形相になった
「っ!!!貴様っ」
「精々、貴様の妹とやらが’’壊れぬ’’ことを祈ることですな」
スネイプは、不遜にそう言い放ち、ローブを翻して、凍ったように固まるシリウスを置いて去った
「っっ…オヒューカスっ……くそっ!!」
シリウスは苦しげに、切望するように彼女の名前を呼び、来た道を引き返して行った
ハリーは追いかけたかった
シリウスのせいじゃない
元はと言えば、自分がダンブルドアとの約束を破って余計なことを言わなければ、こうはならなかった
家族に…兄妹に入った深い…深すぎる亀裂に、ハリーは重い責任を感じた
「あ゛ぁぁぁ!!!」
「さて、今日のお前への躾けと罰はこれくらいにしておいてやろう…」
暗い…暗いどこかの地下で……壁に打ち付けられた鎖から伸びる枷をガチャガチャと鳴らして、悲鳴と涙を流しながら耐える彼女
それを歪な嗤い声をあげて、見下ろしながら黒く長いローブを揺らして杖を向けるヴォルデモート
意識を失ってから、ここに連れてこられてどれくらい経ったかわからないまま、『磔の呪文』で目が醒め、それから何日経ったのかわからぬまま、時折ここに自ら足を運ぶヴォルデモートによって拷問される彼女
首、足、手首につけられた重く黒い枷で、肌を傷つけ、擦り切れて血が滲んで、固まる暇もなく、また開いて…
「…う゛ぅ…あ゛…」
「お前は悉くこの俺様の邪魔をした…何を隠している。言え」
「っ……あなたはっ………気付いてるはずよっ………」
途切れ途切れに.ヴォルデモートを見上げて言った彼女に、心底忌々しげに顔を歪めた
彼女は、捕まることはわかっていた
だからこそ、ダンブルドアとある’’誓約’’を交わした
彼女が計画を’’意思なくして’’口にしようとすれば、全てを’’忘れる’’ようにしたのだ
彼女の覚悟に、ダンブルドアは、苦い顔をして固唾を飲み、涙ぐみ了承した
心の中を覗き見ることは’’彼’’の存在によって、阻まれる
それに薄々気付いていた彼女は、’’彼’’に賭けた
ヴォルデモートではなく、’’彼’’に
「あ゛あ゛ぁぁぁ!!!いやぁ!!!」
鎖がガチャガチャと壁にぶつかり、体を丸めようとも固定されて動けず悲鳴をあげる彼女
正気を失わないギリギリの所で、『磔の呪い』を何度もかけられ、精神も体力も、もう擦り減っている
「お前は俺様を不愉快にさせた。よりにもよって、あの老ぼれよ手を取るとはな。はっ!」
『磔の呪い』を止め、項垂れる彼女の髪を掴み、上向かせたヴォルデモートは、涙を流し、目を真っ赤にして、眉を下げて自分を見上げる彼女に、嗤った
「ト……ム…」
「はっ。惨めな姿だなぁ?ナギニ」
蛇のような紅い…瞳孔の目がギラギラと彼女を、憎しみに満ちた様子で見下ろす
否定も肯定もせず、唇を引き結んでいる彼女に、ヴォルデモートは手を振り上げて打った
彼女の体が揺れるのに合わせて、鎖が音を立てる
「…う゛ぁ゛…」
「俺様を見ろ。ナギニ」
乱暴に顎を掴まれ、掠れる視界の中、目を開けて目に入るのは、傷ついたようにも見える…恐ろしげな容貌
かつての自信に満ち溢れた不敵に笑う姿はない
「一度は、俺様を求めた。ナギニ、なぜ裏切った?」
ちがう…求めてなんていない…
従わされた…自分の意思ではない…
だけど……彼の中ではそうではない…
「ちが…ぅ……あなたを裏切ったわけじゃ…」
裏切ったわけではない…
最初から…ずっと…
弱かった…私は…
目の前にいる変わってしまった彼は’’彼’’ではない…
また、’’彼’’でもある…
「俺様に嘘は通じんと、よくよく理解しておるだろう」
知ってる…あなたには何もかもお見通しだった…
人の心を…弱さを…憎しみを…誰よりも知っていた…
だからこそ…あなたは強かった…
「…嘘じゃ…ないわ…」
もう、時間の感覚もない……意識が落ちそうになる
瞼が鉛のように重く、彼の質問に応えることもままならない…
だけど…
「お前を殺してやるものか…どんなに懇願しようとな。殺してくれと願おうと、叶えてなどやらん」
「………それで…あなたの…気が済むなら…」
もう…わかってる…
あなたを…こうしてしまったのは…私だ…
傲慢なわけじゃない……でも…傲慢になるべきだった…
もう…認めなければ…ならない…
だけど…私が認めようと…あなたは…きっと…満足することはない……
私は…あなたに伝えるべきだった…
私は…あなたと同じだ…愛を知らなかった…示し方がわからなかった……
そうしていたなら……少しでも…変わっていたかもしれない…
なのに…私は何もしなかった…
言い訳ばかりして…自分には関係はないと…
吐き気がする…
「………あなたが…もう誰も…傷つけないなら…私は…あなたの側にいるわ……ひとりになんて…しない…」
もう…もう十分だ…
私は…意思はなかったとはいえ…罪もない命を…殺した…
あなたは…支配したかっただけかもしれない…
だけど……ならなぜ……
それでもいい…あなたの野望がどんなものだったのか…私には想像もつかない…
「……お前は何か勘違いをしているな?」
ええ…それでもいい…
「お前を孕ませたのは、俺様の肉体の終わりが来た時の保険だ。それをお前は、愛というくだらぬものだと思っているとはな」
…ええ…いいの…それでも…
「俺様’’自身’’であるお前は死ぬことはできん。俺様の完璧な計画は、お前が’’死’’を’’選んだ’’ことで潰えた!忌々しい!」
……あなたは…永遠に生きることを…望んだ…
そのために…私に自分の肉体の代わりになる子を産ませようとした…
あなたが何を思っていたかなんて知るよしもない…
「お前が邪魔をしなければ、今、俺様の肉体にあの憎らしい小僧の血が流れる必要もなかった!」
私が…あの時…死を選んだことで…彼の完璧な計画は…全て覆った…
私が…ずっと彼に逆らわなかった……
それが…裏目に出た…
あなたは…私があの日…手を取らなかったから…冷静さを失った…
いつものあなただったなら…無理矢理従わせても…意味がないとわかっていたはず…
だけど…あなたの中には…たとえ夢から覚めても…私が死を選ぶなんて…思ってもみなかったんだろう…
私だって…死にたくなかった…
だけど…耐えきれなかった…
私は…壊れることを…選んだ…
逃げた…
ごめんなさい…
私はあなたから逃げ続けた…
向き合うことすら…しなかった…
私が一番…あなたに酷いことをした…
「泣き叫ぼうが、どれだけ壊れようが知ったことか…俺様を三度も裏切り、極め付けに、ダンブルドアなどの手を取ったお前を苦しめてやろう、’’死’’すらわからぬほど精神を破壊し尽くしてやる」
……怖い…なんてものじゃない…
自分が自分でなくなることの恐ろしさは…身に染みてわかってる…
彼の黒いローブが翻り…去った背中を落ちていく視界に映しながら…思った…
あなたも私も……哀れだ……
ーーー…ナギニ…ーーーーー
‘’彼’’の声が遠くに…近くに…聞こえる……
いつからだろう…あなたに名前を呼ばれると…赦されるような…そんな心地になったのは……
その日から…私を壊そうとする彼の行き場のない想いを…受け止め続けた…
ホグワーツ五年生も終わり、ハリーは休みの期間、はじめは、レギュラスのいる、騎士団本部である、ブラック家で過ごした
レギュラスは、ハリーに対して何言わなかった
時折、睨まれ、口も利かないが…ハリーを責めはしなかった
そもそも家の中で会うこと自体が少ない
ハリーはとても居心地が悪かった
ダーズリーの家よりもマシだが、ここに一秒も居たくないという思いは日に日に強くなっていく程のものだった
ダンブルドアに、休み期間は、ブラック家に滞在するように言われたので、ハリーは何も言えない
それに、休み期間後半にはウィーズリーの家に滞在できる
それまでの辛抱だ、とハリーは自分に言い聞かせた
レギュラスは、騎士団としてダンブルドアの下にいて、色々動いているようだが、彼の一番大事な存在は彼女だった
ハリーは、レギュラスが時折、自分の部屋ではなく、違う部屋に入っていくのを見かけた
多分、彼女の部屋だったのだろう…ということは想像ができた
そして、ハリーは、邸の中で見かけた
ある女性の肖像画を
クリーチャーがせっせっと磨き上げ、ずっと帰りを待っている、尊敬する主の一人…
オフューカス・ブラック
椅子に上品に腰掛け、こちらを向く姿は、美醜の評価に厳しいハリーでも認めるほど、美しい女性だった
長い黒髪を綺麗にゆったりとまとめ上げ、ブラック家の者の特徴である灰色の目が、穏やかにこちらを見つめている
肖像画なのに、聡明で、物静かな賢さを漂わせる雰囲気
そこにいた彼女は、ハリーが全く知らない彼女だった
不思議と安らぎを与えてくれる…その肖像画から目が離せず、ハリーは見入った…
心のしこりや鎧が…力が抜けていく…そんな不思議な心地…
「…僕の双子の妹だ……」
いきなり、疲れたようや萎えたレギュラスの声が後ろから響き、ハリーは振り返った
「…オフューカス・ブラック……あまり僕とは似ていないだろう……どちらかといえば…ハンサムな兄の方に似ていた……」
ゆっくりとハリーの隣に並んだレギュラス…
床板がキシリと鳴り、止まった
あの日から、いつもの穏やかで優しげな表情が、やつれた顔になり…隈が薄ら浮かんでいた…
「………君に辛く当たるつもりはなかったんだ…すまないね…ただ…オフィーは、僕にとって全てだったんだ…」
「いいえ…僕のせいだったんです…」
ハリーの謝罪にレギュラスは何も言わない
否定はしないのだ
嫌な沈黙が流れる…
「……僕は…一度過ちを犯し…愚かにもある闇の魔法使いに心酔した…」
ゆっくりと話し出したレギュラスに、ハリーは黙って耳を傾けた
自分が知りたかったことかもしれない…
だが、こんな形で、こんな気分で知ることになるとは…思ってもみなかった…
こんな形でなければ…自分はきっと信じもしなかっただろうというという皮肉も…
「…兄以外、ブラック家は代々スリザリンだった…オフィーもそうだ…オフィーは寡黙だったが…当時から純血至上主義に関して…否定も肯定もしていなかった…クリーチャーがオフィーを今でも主人として尊敬しているのを見ればわかるだろう…」
ハリーは、確かにそう言われればそうだ…と思った
ハーマイオニーは、唯一彼女が屋敷しもべのクリーチャーに優しくしていたのを評価していた
「オフィーは…ブラック家の者として、というより…クリーチャーの主人として威厳を持って接していたし……友人としても扱った……君がどう思うかは別だけれどね、屋敷しもべにとって主人に仕えることはこの上ない喜びなんだよ…クリーチャーは特にそれが強かった…この家に、オフィーに忠誠を誓っていた…もちろん、僕にも…だが、兄さんはクリーチャーに対して昔から冷たくてね…」
ハリーは思わず拳を握った
「君が兄をどういう風に思っているかは知らないが…兄は、気に食わなければ妹に手をあげるような最低の男だったよ」
レギュラスの冷たい氷雪のような言葉に、ハリーはショックだった
ハッキリと突きつけられたくなかった
「…妹を愛していただけに…オフィーがスネイプやルシウスとよく仲良くしていることが気に食わなかったんだ…家を嫌悪して遠ざけたのは兄自身だというのに……勝手だよ」
「ルシウスが歳上だったことも…兄をムキにさせた一因だろうね………ルシウスとの縁談が上がった時も、兄は反対した…」
「…ルシウス・マルフォイと…彼女は…その」
「いいや、君が勘繰っているようなことは二人の間にはないと言えるよ。…二人は理解ある、良き友人の枠を出なかった…」
「じゃあ…結婚はしなかった…?」
「ああ。オフィーも、彼とはよき友人だ、としか言わなかった…」
ハリーは、少し疑問に思った…
本当にそうなのか…
「実際、そのおかげで…奴が寝返った…それも…二年前からだ…君が三年になる少し前くらいだろう…ルシウスはオフィーにヴォルデモートの情報を渡し、それをオフィーがダンブルドアに伝えていた……オフィーでなければできなかったことだ…」
「ノットを説得させたのもオフィーの仕業だろう…彼の息子のセオドール・ノットは、オフィーと一年生からずっと仲が良かった…情だよ…彼らの息子は、まだ間に合うと思ったんだ…」
ハリーは、歯を食いしばった
自分がのうのうと過ごしていた五年間…彼女はずっと動いていた
少しずつ…少しずつ変えていたのだ…
「とてつもない忍耐力だよ……君も知っての通り…死喰い人に『闇の帝王』を裏切らせるなど容易なことではない…それにマルフォイ家は代々死喰い人だ…『闇の帝王』の信頼も厚かった…死喰い人のリーダー格でもあったからね…」
ハリーはまた、胸の中に、熱く渦巻く激しい後悔を感じた
「……だからこそ、オフィーは彼らの息子を優先した。彼らの方が遥かに危険だったからだよ…君ならよくわかるだろう」
「ダンブルドアは言った…ヴォルデモートはオフィーを’’殺せない’’と…僕はそれを信じているわけではない…だが、っ…オフィーが僕に…ダンブルドアを信じろと言った…だから、僕は信じようと思う…オフィーを二度も失いたくないっ…以前は信じなかったために僕は愛する妹を失った.…二度もなど、もうごめんだ」
とてつもない葛藤と苦しみがあるだろうに…レギュラスは涙を堪えながら彼女の肖像画に触れながら拳を握って呟いた
ハリーは、レギュラスのその大きな背中に、シリウスとは違う、強さを見た
元死喰い人の兄を、きっと戻ってくると信じて、ここで待ち続けた彼女が、今のレギュラスを作ったのだろう…と、ハリーは思った
「先生。僕に『閉心術』を教えてくださいっ」
ハリーは、ここに来る前に、ダンブルドアからアドバイスのように言われていた
ーーー「君がレギュラス先生と過ごす上で言うとかねばならぬことがある。レギュラス先生は、穏やかで、優しく、人望ある先生じゃ。彼は、誰よりも’’信じること’’の大切さを理解しておる。これはシリウスとはまた違うものじゃ。それを聞き、お前さんがどうするかは、お前さん自身が決めればよいじゃろう」ーーーー
ハリーはあの言葉が、今分かった気がした
レギュラス・ブラックという人間は、信じることの強さのなんたるかを知っている
ハリーはレギュラスの背中に向かってそう言った
レギュラスの肩がピクリと動いた
「僕は、スネイプ先生のように『閉心術』を得意としているわけではない。頼むならスネイプ先生にしなさい」
落ち着いた口調で、ハリーの方を向かずに断ったレギュラスに、ハリーは、ここで諦めてはダメだ、と食い下がった
「先生がいいんです。先生でなければならないんです」
「断る」
「お願いです!彼女を知ってる先生だからこそ!僕はあいつが見せるかもしれない悪夢に抗わないといけない!そのためには彼女を知らないといけないんです!」
「ならば尚更知らない方がいい。余計につけ入る隙を作るだけだ。辛くなるだけだ」
即答したレギュラスに、ハリーはなんとか頷いてもらわなければ、と思った
「先生、お願いです…」
「君は、僕に、オフィーが拷問されている様子を見ろと言いたいのか?どれだけ残酷なことを言っているか自覚しているのか?」
冷たいレギュラスの、怒りを含む声が響いた
ハリーは、底冷えするように震えた
「そうか…なら…尚更、兄にしろ。兄の目に焼き付けさせてやれ。己の過ちでオフィーがどんな目に遭っているか、見せてやるといい。兄はそれくらい苦しむべきだ。それでもオフィーが受けている仕打ちに比べれば足りないくらいだ」
ハリーは、怖気付いた
先程までの雰囲気で忘れていたが、もしかしたら、自分が思っていた以上に、この兄弟の溝は深いのかもしれない…と
それを、今までは、彼女がいたからこそ表面化しなかったが、いない今、ハリーは言い知れない危機感を感じた
頭の中で警戒音が鳴っている
ハリーは、表面的には穏やかそうに見えるレギュラスが、これほど怖いと思ったことはなかった
そうだ…彼は元死喰い人だった
ある意味、心の内を隠すのに、これほど長けた人を見たのは、ハリーにとってダンブルドアと彼女の次くらいだった
ダンブルドアと彼女は別格だというのはわかる
だが、レギュラスは彼女以外においては、無意識にそれを発揮する
どこまでも残酷になれるところがある
愛を知っているし、持っているが…
事実、今の言葉のように、シリウスに対して憎しみでは足りない感情を持っている
ハリーは自分の役目が何かわかった
ダンブルドアはこのことを危惧していたんだ
シリウスとレギュラス…彼女の兄弟だった二人を
彼女は…きっとこの二人の間に自分がいるからこそ、何もできなかったんだ…
当事者だからこそ、下手なことを言えなかったんだ…
ーーーヴォルデモート卿は、内側に不和と疑心暗鬼を齎すことに非常に長けておる…あの子はそれを誰よりも理解しておるーーー
ダンブルドアの言葉が思い出される…
今、まさにそんな状態になろうとしている.
彼女がいない今、いつ戻ってくるかわからない今…
ハリーは確かにやらなければならないことがある
彼女の代わりに
敵さえも仲間に引き込み、縁を結んだ彼女の代わりが務まるとも思えないが…仲間同士憎み合いかけている今の状態は…あいつの思う壺だとわかった
なら、自分のすべきことはひとつだ
「先生。僕に力を貸してくださいっ。オフューカスさんのためにも。お願いします」
かつて、彼女が、マルフォイの代わりに自分達に頭を下げたように、言葉と、礼を尽くしてレギュラスに再度お願いした
何かをお願いするのに、頭を下げることがこれほど大変なことだと知らなかった
重い沈黙が流れる
ハリーは待った
だが、レギュラスは、何も答えず部屋に戻ってしまった
わかっていた
そう簡単にいかないことくらい
だが、落ち込むものは落ち込む
人の心を動かすことが、これほど難しいと実感したことは今までになかった
今までがうまく行き過ぎていただけだ
単に運が良かっただけだ
自分がどれだけ恵まれていたか、よくわかった
どれだけ良い人達に囲まれていたか…
ハリーは断られても、頷いてくれるまでお願いしようと意気込んだ
そして、その日の夜、クリーチャーが作った食事を取っているときに、レギュラスが現れた
「先生っ!僕っ「やろう…」…え…」
ハリーが再度お願いしようと、言おうとしたら、レギュラスは目を瞑り、ハリーを手で制して言った
「君の訓練をしよう。だが、最初に言っておくが、君が一度でも泣き言を言えば、止める。それでも僕の訓練を受けるか」
ハリーは、一瞬スネイプの時のような訓練を想像した
だが、今回は’’自分から’’レギュラスに頼んだ
答えは決まっている
「はい。覚悟は決まっています」
レギュラスの目を見て、はっきりと返したハリーに、レギュラスは、ハリーの覚悟を受け取った
「よろしい。食事を終えたら、4階の奥にあるオフューカスの部屋に来なさい」
何故か自分の部屋ではなく、彼女の部屋を指定したレギュラスに、疑問に思いながらも、ハリーはしっかり頷いた
その後、クリーチャーにお茶を頼み、ローブを翻して部屋に戻ったレギュラスに、ハリーはドキドキした
やっと、自分のやるべきことができた、と
そして、ハリーは食事を終えて4階に向かった
初めて入る部屋
少し迷った結果、蛇の頭の取手をゆっくり回し、ハリーはその部屋に足を踏み入れた
そこそこの広さのグレー基調の部屋は、レギュラス以外誰も足を踏み入れてないとは思えないほど、綺麗に維持されていた
クリーチャーだ
すぐわかった
セミダブルほどのベットと、ミルク色の肘掛け椅子、細長い机、並んでいる本、そして、この家で一番と言って良いほど、多くのオヒューカスと思われる人物の写真が飾られている
その中には若い頃のシリウスの顔や、レギュラスの顔もあった
そして、自分の母親、リリーと彼女の写真も
母が彼女の肩に手を置いて微笑んでおり、その手に軽く手を添えて微笑んではいないが、穏やかな表情でいるオフューカス
「君の母親は、オフィーのことが大好きだったんだ。父親はオフィーのことを嫌っていたがね」
レギュラスの声が響き、振り返ると入り口の扉に体を預けて立っていた
「私が言えた義理ではないが、スネイプが闇の魔術に傾倒し始めた時も、オフィーはスネイプからは離れなかった。だが、君の母親は違ってね。スネイプと距離を置き、疎遠になった。君の母親は…リリーは、オフィーに何度も注意していた。だけど、オフィーは聞き入れなかった。当時、スネイプやルシウスにばかりつくオフィーが気に入らなかった兄は、オフィーが庇うたびに手を上げた。それをリリーは注意したが、兄は「兄妹の問題だ。口を出すな」と言って突っぱねた。だが、君の父親のジェームズはシリウスの味方だった。リリーは止めるに止められず、兄を軽蔑していたが、ジェームズが信じるならと、信じた」
ハリーは、両親の学生時代の頃の話を黙って聞いた
これがもし、スネイプに言われたことなら聞き入れなかっただろう
「…リリーもね、最初はジェームズのことを嫌悪していたんだよ。問題ばかり起こし、傲慢で高飛車、才能があると吹聴し回り、悪巧みばかりして、スネイプにちょっかいをかけて、自分を虐める彼を、嫌っていた。彼はリリーが好きでちょっかいをかけていただけのようだがね…」
ハリーは、少し呆れた
「その後、ジェームズは素行を改め、二人は付き合いはじめた…ハリー、君が両親を誇りに思っていることは間違っていない。寧ろごく自然なことだ。だが、君の両親も人間だ。間違っていることもしてきた。どちらかといえばそればかりだった。思い込みたい部分だけを見て、人を判断すれば、いつか必ず後悔する」
ハリーは、レギュラスの後悔するような、その言葉を噛み締めた
「僕も…もし若い頃にそんなことを言われていたとしても、理解できなかっただろう。だが、君は違う。後悔も、罪悪も、痛みも…そして愛を知っている。その歳で十分すぎるほどの経験をしてきた…だからといって、僕は君に同情したりはしない」
厳しく、優しいレギュラスの言葉に、ハリーは、納得した
「座りなさいハリー」
レギュラスの指示に、ハリーは示されたミルク色の肘掛け椅子にゆっくり座った
そして、目の前に立ち、机に少し体を預けるレギュラスに、ハリーは言葉を待った
「『閉心術』は、単なる『開心術』に対する対抗手段ではない。’’心を閉じる’’ということは、’’心を見せる’’ことでもある」
レギュラスの言葉を一言一句聞き逃さないように、ハリーは聞きいった
「’’心を見せる?’’」
「あぁ、そもそも、大前提として、何故君は『閉心術』を会得しようと思うのかな?」
「それは…あいつに…心に侵入されないように…弱味を見せないために……」
「それだ。まず、心に侵入されるのが前提なら、常に気を張っておくのは不可能なことはわかるね?」
「はい」
「なら、どうすればいいと思う?」
レギュラスの問いに、ハリーは考えた
確かに、常に心を閉じておくなど不可能に近い
何故なら、気が緩んで、耐え難い感情が渦巻いた時に、侵入してくるのだから
「’’あえて見せる’’ということですか?」
先程のレギュラスの言葉を思い出し、ハリーは答えた
すると、レギュラスは少し満足そうな顔で頷いた
「その通りだ。君は、ヴォルデモートになく、君にないものはなんだと思う?」
ハリーは、心当たりのあるその質問に、ダンブルドアの言葉を思い出した
ーーー「ハリー、どれだけあやつと’’似ている’’かではない、どれだけ’’違う’’かじゃ」ーーー
自分は体を乗っ取ろうとしたあいつに言った
愛を知らない、と
「気づいたようだね。人を支配しようとする者が尤も嫌うのは、哀れまれることだ。そんな感情で満たされた心に入るのは気分が悪いものだ」
レギュラスの言葉で、ハリーはハッ!と気づいた
「ハリー、『閉心術』は、言葉にしてアドバイスできることに限りがある。だから訓練するしかないんだ。自分で心を守る術を見つけなければならない。わかるね?」
「はい」
「よろしい。では、はじめるよ」
深刻に頷いたハリーに、レギュラスは、予告して杖を向けた
ハリーは目を閉じた
「『レジリメンス』」
レギュラスの声が響き、ハリーは記憶が駆け巡った
今、ハリーの中には、レギュラスが見るのも辛いであろう彼女に関する記憶だ
ーーー「あ゛ぁぁぁぁぁーーーっ!」ーーー
ヴォルデモートに痛ぶられる彼女の悲鳴が響き、細い首を絞められている姿が過ぎ去る
ーーー「『クルーシオ!』」ーーー
ーーー「ハリーっ…兄様っ…彼の言葉に耳を貸してはだめよっ…」ーー
声と声が過ぎ去り、ハリーの、ここ最近の記憶が移り変わる
立ち上がろうとする彼女を容赦なく打つヴォルデモート
必死に止めさせようとするシリウス
そこで、一旦終わった
荒い息を吐きながら、ハリーはあの時の感情と心に侵入される苦しみを、なんとか希望に変えようとした
だが、そううまくはいかない
目の前を見ると、レギュラスが涙を流して肩を振るわせていた
「ああっ…オフィーっ…そんなっ…そんなっ……」
顔面蒼白で、今にも倒れそうなほどふらついてショックを受けるレギュラスに、ハリーは胸が締め付けられた
「先生っ……」
「やめてくれっ…今は何も聞きたくないっ…」
顔を覆って、机に手をつくレギュラスに、ハリーは言わなければならないと思った
「彼女は抗いましたっ…ヴォルデモートに抗ったんですっ…どうか…どうかそれだけはわかってくださいっ…僕は何もできなかった!もう嫌なんです!」
「っっ!!」
呼び戻すように叫んだハリーに、悲痛に顔を歪めたレギュラス
「ユラはっ…オフューカスさんはっ!今も闘っています!僕たちのために!先生っ…お願いしますっ…続けてくださいっ」
自分の想いを堪えて、必死にお願し、言葉を紡ぐハリーに、レギュラスは、ハッとしたような表情になり、キツく目を瞑った
暫くの沈黙の後…
ゆっくり目を開けて、ハリーに向き直った
ハリーは、その目に決意の色が見えた気がした
それから、六年生までの休みの期間は、ダンブルドアがハリーを迎えに来た日まで、レギュラスとの訓練に励んだのだった
シリウスは、結局、現れなかった
もう日にちがいつ変わったかもわからない中…地下牢に繋がれていた私の前に、黒く長いローブをを揺らめかせ、蛇のような蒼白な顔を愉悦に歪ませて現れた
壁に繋がれていた鎖が砕ける音がして、私の体は冷たい石に落ちた
「ついてこい」
無理だ…
歩ける体力なんてない…
今こうして正気を保っていられるのも……いつも…拷問の後に現れる’’彼’’がいるからだ……
でも…
彼がついてこいというなら…ついていかなければならない…
腕を立てようとすれば、ジャラジャラと鳴る無機質な手枷の音…
上体を上げれば、首に重くのしかかる首枷…
なんとか二本足で立ち上がり、痩せてしまった自分の枝のような体…
足を一方踏み出せば、ジャラ…と足枷が鳴った…
そしたら、いきなり首に圧迫感を感じて、彼に首枷から伸びる途中で切れた鎖を引っ張られたのだとわかった
「う゛ぐっ…」
「家畜のように引っ張ってやらねば歩けぬか?」
「……歩き…ます…」
紅く邪悪な目をせせら嗤うように向けられて、足を動かす
痛い…重い…体なんて本当は1ミリも動かない…
動けないのに…
足が止まってくれないっ…
少し前で揺れる黒いローブを掠れる視界で見ながら、後をついていく…
ここは…どこかの邸だ…
マルフォイ邸かと思ったけど…違う…
もっと汚れている…
埃を被ったカーペットの上を歩く…
今にも膝から崩れ落ちそうだ…
暫く後をついていくと…彼はある部屋の扉の前で止まった
「入れ」
手を振って扉を開けた彼に、体が震えながら恐る恐る足を踏み入れる
部屋の中は…全体的に暗く、グレーと黒の彩りで、僅かな緑の灯りが支配する広めの部屋だった…
おそらく…この邸の女性か誰かが使っていた部屋かもしれない…
瓏々と揺れる緑の灯りが照らすのは…静かすぎる部屋…
「そこに膝をつけ。俺様に背中を向けろ」
すぐ後ろで声がして、徐々に体から温度がなくなっていった
ゆっくり、キングサイズのベッドの脚の方の前に、膝をつく
ジャラジャラと金属の音がいやに響いてくる
「脱げ」
泣きそうになるのを堪えて、彼の指示通り、長い袖から腕を抜き、上体を覆う衣が肩から滑り落ちる
冷たい…無機質な部屋の中で、肌が直接空気に触れて鳥肌が立つ
骨が浮き出てるだろう背中を彼に向けて、胸だけを前で覆い隠す
「頭を前へつけ」
言われた通り、埃の被ったシーツに顔を横に向けて頭をつける
まるで後ろから銃殺されるような気分だ…
「良い子だ。良い子だナギニ。ここ最近、お前は従順にも俺様の罰を受けた。衰弱されては困るからなぁ。食事は取らせてやろう。だが、お前が’’また’’愚かな真似をせぬように刻み付けてやらねばな」
いきなり饒舌になった彼に、肩が震えて、何をされるのか…怖くて怖くて仕方がなくなった
「喜べナギニ。俺様が直接’’印’’を刻んでやろう。お前だけは特別だ」
いらないっ…やめてっ…そんなのっそんなの特別でもなんでもないっ
「存分に泣き叫べ。許す」
やめてっ…お願いっ
嫌だっ…
心の中で’咄嗟に’彼’’の名を呼ぶ
だけど、次の瞬間背中の肉が抉られる激痛など生易しい衝撃が襲った
「あぁぁぁぁぁぁーーーー!!!いやぁーー!!!」
体が金縛りにあったみたいに動かないっ
彼の嗤い声が響いてくるっ
あまりの痛みに涙が止まらず、気を失いそうになるっ
失いたいっ!!
今すぐ気を失いたいっ!!
背中から温かい血が流れてるっ…
模様のような何かを刻まれてるっ
ゆっくり殊更っ…ゆっくりっ…
切り刻まれてるっ…
「ぁ……ぁ………」
あれから何時間経ったんだろう……
もう…涙も……背中から流れる温かい血も……
わからない……
背中全体に…きっと大きい……
‘’印’’が刻まれた……
叫びすぎて…喉が痛い…
声が出ない…
薄い皮膚が……肉を抉り…骨まで到達するような痛みが…
拘束が解けて、ベッドに項垂れたまま動けない……
背中が痙攣している…
「おぉナギニ…美しいぞ…お前の悲鳴は昔から耳に心地いい」
うっとりするような彼の声が響いて、衣摺れの音と静かな足音が背後まできた
「う゛ぐっ!!!あ゛ぁぁ!」
裂けて血がながれる傷痕を辿るように指を這わせてきて、もう動かない体が逃げを打つ
「こら、動くな」
満足そうに、不気味なほど優しくそう言ってるのに、首枷の鎖を引っ張って背中を逸らされる体勢にされる
僅かに動くだけでも激痛が走るのにっ…涙が止まらないっ
もういやだっ
いやっ!!
「ふっ…う゛っ…い゛や゛ぁっ…も゛ぅ…や゛め…っ…ごろ゛し…てっ…」
言いたくないのに思わず口から出る
殺されたくなんてないっ
死ぬのは怖いっ…
耐えられないっ
だけどっこの苦痛から逃れられるならっ…
「おぉ…可哀想なナギニ。やっとその言葉を口にしたな。だがならん。始まったばかりだというのに、この程度で根を上げているようでは…また、壊れるのも時間の問題だなぁ」
……もういやっ…こんなのっ…こんなの耐えられないっ
耐えられる気がしないっ…
「俺様の側にいるのだろう?…どうすればいいか、わかるな?」
そんなのっ…そんなのっ…あなたは今でも人を傷つけているっ…
あなたが約束を守るわけがないっ…
「ほら、飲め。お前の悲鳴が聞けんのは惜しいからな」
そう言うと、彼は、私の’’背中に’’わざわざ手を当てて、血だらけになる手も気にせず、震える唇にゴブレットを出して当てた
何が入っているか…気にする余裕もなかった…
「ぅ…」
喉を通る冷たい水が…叫びすぎて痛む喉を通っていく…
今も背中に当てられる手が痛くてたまらない…
体が…唇が震えてうまく飲めない
口の端からポタポタと溢れる…
「良い子だナギニ。そうして従順にしておれば可愛がってやる」
いや…こんなの…こんなのただの人形だ…
「…ト…ム……くっしゅ…」
寒いっ…
体が冷えてっ…震えがとまらないっ…
私…まだ…人間なんだ…よかった…
「おぉ…失念していたな。お前はここで過ごすのだ…全てが終わるまで。整えてやろう」
私の背中の血がつくことなどお構いなしに、激痛で悲鳴が出る中、彼が私を抱き上げて、杖を一振りした
部屋が綺麗になろうが…
もう…どうだっていい…
「みすぼらしい、惨めな姿だな」
………
自分の体が綺麗になろうが…もうそんなこと…気にする余裕も気力も無かった…
意識が落ちる…
暗闇に…
「ナギニ…」
これは…
この声は…
「…ト…ム…」
ジンジンと痛む背中…
上半身だけ服が被せられた状態で…眠っていた…
枷は…ベッドに繋がっている…
奴隷だ…
「大丈夫だ。彼はいない。暫くここには来ないだろう」
さらさらの黒髪に…紅い目が…ベットに横たわる私の側に腰掛けて殆ど…もう骨だと思うほどの…指に…指を絡めて握っていた…
どうして…
あなたは彼なのに…彼じゃない…
「……ナギニ…」
そんな…そんな…声で…私を呼ばないで…
「………酷い人……トム…」
「あぁ……どうにもお前には…うまくいかない…」
あなたは酷い人…
私の頭を…撫でるあなた…骨みたいな指に…愛おしそうに唇を寄せてくるあなた…
私は…夢を見ている……
都合のいいあなたの姿を…
もうすでに…壊れているのかもしれない…
何度…何度思ったか…
気が触れている…
こんなに優しいあなたを見るなんて…
「ナギニ…僕はお前から離れたりしない。側にいる。だから投げ出すな」
なにを…
命を…?
「……あなたが…わからない…どうして嘘をついたの…」
私が殺されたって…
どうして嘘をついたの…
「……あんな形で…彼の子を孕ったことを…知ってほしくなかった…いずれ知るだろうことをわかっていてもだ」
……
そんな言葉…あなたは言わないはず…
「…お前には僕だけでいい…僕を見ろ…僕だけを」
痩せこけた頬を撫でて、私を見つめる紅が…憐れみと…乞い願うように細められている…
そんな目…あなたには似合わない…
「…トム……あなたは…何を隠してるの…もう…もう私は…終わるのよ…彼と…」
「ああ…お前は約束した…’’僕’’が終わる時、共に終わると」
……わかってる…
もう…
だから私はダンブルドアにあれを渡した…
私は…彼の魂の一部…いいえ…半分と言っていい…
だからパーセルマウスだった…
だけど…彼の思考が共有されていないのは…おそらく…
あなたの存在があったから…
「あなたが…彼から…私を隠した…どうしてなの……」
「…ナギニ…僕を信じないのか?」
「……信じてほしいの…?」
「……お前が望むままに」
ほら…あなたはいつだって高みで見下ろしながら選ばせる
選んでいるようで…選んでいない…
なのに…どうしてこんなにも…私を尊重しようという態度をとるのか…わからない…
あなたが…わからない
「…今は…いつなの…」
「ホグワーツは、もうまもなく始まるだろう」
そう…セオ…ドラコ…あの二人は大丈夫なのか…
私は…あの二人を信じる…
家に置いた手紙を…読んでくれただろうか…
それにあの二人には、父親がいる…
大丈夫…きっと大丈夫…
レギュラス…シリウス……はきっと…
セブルスには…大丈夫だ…あの薬が…こんなにも懐かしい
それに…思いつく限り…やれることはやった…
あとは…みんなの絆を信じるしかない…
クリーチャー…あなたにもお礼を言わなければ…
うまく…うまくいけばいいけれど…
大丈夫…きっと大丈夫よ…
センリに会いたい…センリの声が聞きたい…こんなにも…
今センリは……
「……バジリスクは怒り狂っている」
彼の言葉に、現実に戻ってきた
「…そう…なの…」
「…お前に使ってもらえないことをな」
……
そうそう出せるわけがない…
普通に問題しかない…
「…その言い方は気分が良くないわ……」
「お前に呼ばれないことに拗ねている、と言えば満足か?」
……本当に’’彼’’なの…
こんな言い直しをする人ではなかった…
「どうして、自分が彼の’’もの’’になったのか、聞かないのか」
…聞いたところで…もうどっちでもいい…
「……私は彼を理解していない……聞いたところで…結果は変わらないわ…」
……彼が何を思って…そんなことをしたかなんて…知るよしもない…もう…
「…諦めか」
「………そうかも…しれない…」
「お前にはお似合いだな」
好きに言えばいい…
それ以外どうしろというの…
「’’印’’は永遠に残るだろう…決して消えない…彼がお前に執着している証だ」
…………
「……そう…」
「受け入れるのか」
「…彼の手を払ったのは…事実よ……」
今でもわからない…
何が正しかったのかなんて…決められるわけない…
「だからお前は’’僕’’に’’愛される’’」
上から目線…ほんとうに傲慢な人…
どうして…今更そんなことを…
あなたのいう’’愛’’は愛ではない…
ただの歪な……
なのにどうして…
「トム…」
彼の名前を呼んでしまう…
「なんだ」
あなたの紅い目が…誰よりも恐ろしかった…
艶やかな黒髪…美麗な顔が…
怖かった…
なのに…
そんな優しい声で…
返事をするものだから…
「いかないで……」
こう言ってしまう…
今だけでいい…’’彼’’がいなければ…私はきっと、また…壊れていた…
「もう……遠くへいかないで…」
口から勝手に出てしまう…
‘’彼’’は…彼ではないのに…
私は…何がしたいんだろう…
紅い目が細められて、私を見つめてくる
目に写る私の姿は…酷く惨めだった…
だけどあなたは…
「…お前の望むままに……」
そんな言葉を吐いて…私の額に薄い唇を寄せた…
私は…そのまま…温度のないはずの…冷たい彼の手に握られながら…目を閉じた…
グシャ!!
「ドラコ…」
「僕はっ…僕はずっとっ…父上は何故黙っていたのですか!」
ドラコが、彼女の家の机を勢いよく叩きながら、置き手紙を握りつぶして涙が溢れそうになりながら叫ぶ
相手が尊敬している父親であっても
「父上…私はあなたと違います」
横では、セオドール・ノットが、自分の父親、ノット・シニアに向かい、軽蔑するような眼差しで淡々と言った
成長して、一人称が「私」に変わり、ますます父親に見た目が似てきたセオドール
線が細いのは、似ていないが
ルシウス・マルフォイと、ノット・シニアは、ダンブルドアの命令通り、息子たちに、言える範囲の真実を伝えた
己達が犯した過ちも全て
ここは、彼女の家
ドラコ達が、安全に過ごせるために、容易に検知できない魔法が何重にも張られた、許可された人間しか見つけることができない場所
彼女が戻るまでの間、ドラコ達はここで過ごす
「友との約束だ」
「その’’友’’に全てを押し付けたわけですね」
辛辣に告げたセオドールに、シニアはバツの悪い表情になる
「父上、僕は父上を尊敬しています…ですが…ですが、これはあまりにも…母上はご存知だったのですか?」
「いや、シシーにも、国外へ逃す時に私が話した。ドラコ。彼女との約束だったのだ。時が来た時、お前は私以上に危険だった。彼女はそれを危惧した。だから、私は彼女にお前を託したのだ」
「それは聞きました!でも何故ユラだったんですか!?」
「それは彼女が『あの方』からお前を隠すのに一番適任だったからだ」
「息子よ。お前を守るためだったんだ…」
「そうですね父上。自分だけは安全なところで守られていながら、彼女が日に日に痩せ細り、やつれていく姿を見せられたんですから。お優しい親心だことです」
嫌味と棘がありすぎる息子の言葉に、ノット・シニアは、苦い顔をした
「…お前たちは…『あの方』の恐ろしさを目にしておらんからそんなことが言えるのだ…」
苦々しく言い訳がましく呟いた父親に、セオドールは眉を寄せた
「…ユラは…ユラは今どこにいるんですか父上っ」
ドラコが思い出したように焦ってルシウスに聞く
二人とも、苦い顔をしてフルフルと首を横に振った
「…今、ダンブルドアや事実を知るごく一部の者が必死に捜索しているが……見つかっていない」
「そんな…まさか…」
ドラコがショックを受けたように項垂れる
「だが、彼女は’’生きている’’。彼女が信じると言ったダンブルドアがそう言ったのだ。『あの方』は…彼女を’’殺せん’’と…」
シニアが続けるように言った
「……どういう意味ですか?」
セオドールが訝しげに父親に問い詰める
「彼女は……」
「ノット」
言おうとしたノットに、ルシウスが咎めるように名前を呼ぶ
「…いや、今のお前たちは知るべきではない…」
「ふざけるのも大概にしてください。私には知る権利がある。何故『例のあの人』が彼女を狙っていたんですか?父上達を裏切らせたことが原因だと言われた方がまだ納得がいきますよ」
いつの間にか、聡く、賢く成長した息子の姿に、シニアは内心で彼女に感謝した
セオドールは、話せ、と言わんばかり視線を送ってくる
「……ルシウス…」
「……ドラコ、お前には想像もつかんほどの、高度な、次元の違う魔法が、この世には存在する…無論、私などでも及びもつかんだろう…今は、それで納得してくれ」
「父上…彼女は…ユラは生きているんですよね?必ず助けてくれるんですよね?」
ドラコは、不安そうにしたが、今でも、尊敬する父がそう言うなら…と、納得することにして確認した
ルシウスも、息子の気持ちを汲み、しっかりと肯いた
実際、彼女が戻ってくることは不可能に近い…
ヴォルデモート卿のあそこまでの執着を見た後だと、特に
だが、友を失うかもしれない、息子の不安そうな顔をみて、それを言うことはできなかった
「多くの者が動いている。きっと大丈夫だ。彼女は私の認めた友人でもあった。そして、今はドラコ、お前の友人だ。信じてやりなさい」
父親らしく、かつての友として、そして今は、息子の友として彼女を信じ、やるべきことをやりなさい、と諭したルシウスに、ドラコは、不安そうにしながらもひとつ頷いた
一方…
「セオドール、彼女を心配する気持ちはみな同じだ。だから…「父上に彼女を語る資格はありません。ユラは、道を踏み外したあんたなんかを救おうとしたために捕まった」」
息子に諭そうとしたシニアは、表情の抜けたセオドールに、辛辣に切って捨てられた
「セオドール…「なのに、あんたはのうのうとしてる。腹が立ちますよ。あんたにも…何も知らず彼女に守られていた自分にもっ…」」
セオドールは、ドラコよりもずっと彼女と多くの時間を過ごした
一年生の頃から、共に学び、共に行動し…仲の良い、理解ある友人だった
彼女のおかげで多くのことが変わった
己自身が成長し、それを自分で実感した
だからこそ、父親よりも近く、自分を導いてくれた姉のような、母親のようだった彼女が、父の代わりに連れ去られたことも、影でずっと守ってくれていたことも…
全てに腹が立つし、強い憤りを感じている
「…セオドール…」
「彼女は…私に『防衛術』を教えてくれた…私はあんたとは違うっ」
「セオドール、私のことはいくらでも恨めばいい。だが、頼むから助けに行こうなどとしてくれるな…お前が行けば、彼女は余計に動けなくなる…それだけは約束してくれ」
今にも、衝動的に行動しそうな危うい息子の様子に、シニアは注意した
真実を告げて、息子に軽蔑されることは予想していた
だが、息子が危険に飛び込もうとするのは…許せなかった
何のために自分が戻ってきたのか、単に、息子を守るためだ
その息子が、自ら命を危険に晒すようなことをするのは、父親としては許せない
「……一人にしてください」
セオドールは、結局答えずにユラの家の滞在している部屋に戻った
その後ろ姿を、苦い顔をして心配そうに見るシニアに、ルシウスは複雑な気分だった
「…すまん、ドラコ…息子を頼む……」
シニアは、息子の親友であるルシウスの息子に、息子を頼んだ
自分は側にいてやれない
気をつけないと息子が何かしでかしそうで…
ドラコは、親友が戻って行った跡とシニアを交互に見て、頷いた
ハリーは今、迎えにきたダンブルドアと二人で、どこやら寂れた村の小さな広場に立っていた
広場の真ん中には、古ぼけた戦争記念碑が立ち、ベンチがいくつか置かれている
遅ればせながら、理解が感覚に追いついてきた
ハリーはたった今、生まれて初めて「姿現し」をしたのだ
「大丈夫かな?」
ダンブルドアが気遣わしげに、ハリーを見下ろした
「この感覚には慣れが必要でのう」
「大丈夫です」
ハリーは耳をこすった
「でも、僕は箒のほうがいいような気がします」
ダンブルドアは微笑んで、旅行用のマントの襟元をしっかり合わせ直し、「こっちじゃ」と言った
ダンブルドアはきびきびした歩調で、空っぽの旅籠や何軒かの家を通り過ぎた
近くの教会の時計を見ると、ほとんど真夜中だった
「ところでハリー、君の傷痕じゃが……近頃痛むかの?」
ハリーは思わず額に手をあげて、稲妻型の傷痕をさすった
「いいえ」
ハリーが答えた
「でも、それがおかしいと思っていたんです。ヴォルデモートがまたとても強力になったのだから、しょっちゅう焼けるように痛むだろうと思っていました。それに…僕に悪夢を見せるだろうと…」
ハリーがチラリと見ると、ダンブルドアは難しい表情をしていた
「わしも、確かに最初はそう思っておった…じゃが、むしろその逆を考えた」
ハリーは、ダンブルドアのその言葉に「逆?」と不思議になった
「君はこれまでヴォルデモート卿の考えや感情に接近するという経験をしてきたのじゃが、ヴォルデモート卿は’’今’’それをする’’必要’’がないのじゃよ。どうやら君に『閉心術』を使っておるようじゃな…」
ダンブルドアの言葉に、ハリーは引っ掛かりを覚えた
「’’必要’’がない?僕を利用しようとする意味がないということですか?」
「意味がないわけではないのじゃ。ヴォルデモート卿は心の内を覗き見られたくないのじゃよ。’’今’’は特にの」
「今?…それってどういう…」
ハリーは、気になって聞こうとしたが
「ここは、バドリー・ババートンというすてきな村じゃ。何故ここに連れてこられたのかと疑問に思うとるじゃろう。違うかね?」
「先生に今更疑問など抱きません」
ハリーは、わかりきったように言い切った
ダンブルドアはそれに、軽く微笑むと、続けた
「さて、近年何度これと同じことを言うたか、数えきれぬほどじゃが、またしても先生が一人足りない。ここにきたのはわしの古い同僚を、引退生活から引き摺り出し、ホグワーツに戻るように説得するためじゃ」
「先生、僕はどんな役に立つんですか?」
「君が役に立つかは、今にわかるじゃろう」
ダンブルドアは曖昧な言い方をした
「ここを左じゃよ、ハリー」
二人は、両側に家の立ち並んだ狭い坂を登った
村に流れる奇妙な冷気、ハリーはディメンターのことを考え、振り返りながらポケットの中の杖を確認するように握りしめた
「先生、どうしてその古い同僚の方の家に、直接『姿現し』なさらならかったんですか?」
「それはの、玄関の戸を蹴破るのと同じくらい失礼なことだからじゃ」
ダンブルドアは続けた
「入室を拒む機会を与えるのが、我々魔法使いの間では礼儀というものでな。いずれにせよ、魔法界の建物はだいたいにおいて、好ましからざる『姿現わし』に対して魔法で護られておる。たとえば、ホグワーツではーー」
「建物の中でも校庭でも『姿現わし』ができない」
ハリーが素早く言った
「ハーマイオニー・グレンジャーが教えてくれました」
「まさにそのとおり。また左折じゃ」
二人の背後で、教会の時計が十二時を打った
昔の同僚を、こんな遅い時間に訪問するのは失礼にならないのだろうかと、ハリーはダンブルドアの考えを訝しく思ったが、せっかく会話がうまく成り立つようになったので、ハリーは差し迫って質問したいことがあった
「先生、『日刊預言者新聞』で、ファッジがクビになったっていう記事を見ましたが…」
ダンブルドアは、こんどは急な脇道を登っていた
「後任者は、君も呼んだこととも思うが、闇払い局の局長だった人物で、ルーファス・スクリムジョールじゃ」
「その人……適任だと思われますか?」
ハリーが聞いた
「おもしろい質問じゃ…たしかに能力はある。コーネリウスよりは意思のはっきりした強い個性を持っておる」
「ええ、でも僕が言いたいのはーー」
「君が言いたかったことはわかっておる。ルーファスは行動派の人間で、人生の大半を闇の魔法使いと戦ってきたのじゃから、ヴォルデモート卿を過小評価してはおらぬ」
ハリーは続きを待ったが、ダンブルドアは、「日刊預言者新聞」に書かれていたスクリムジョールとの意見の相違について、何も言わなかった
ハリーも、その話題を追求する勇気がなかったので、話題を変えた
「それから……先生…マダム・ボーンズのことを読みました」
「そうじゃ…手痛い損失じゃ。偉大な魔女じゃった。この奥じゃ。たぶんーー」
「先生ーーーふくろうが魔法省のパンフレットを届けてきました。死喰い人に対して我々がどういう安全措置を取るべきかについての…」
「そうじゃ…わしも一通受け取った」
ダンブルドアは微笑んだまま言った
「役に立つと思ったかの?」
「あんまり」
「そうじゃろうと思うた。たとえばじゃが、君はまだ、わしのジャムの好みを聞いておらんのう。わしが本当にダンブルドア先生で、騙り者ではないことを確かめるために」
「それは、でも……」
ハリーは叱られているのかどうかよくわからなかった
「君の後学のために言うておくが、ハリー、ラズベリーじゃよ…もっとも、わしが死喰い人なら、わしに扮する前に、必ずジャムの好みを調べておくがのう」
「あ…はい…」
ハリーが言った
「あの、パンフレットに、『亡者』とか書いてありました。いったい、どういうものですか?パンフレットではハッキリしませんでした」
「屍じゃ」
ダンブルドアが冷静に言った
「闇の魔法使いの命令通りのことをするように魔法がかけられた死人のことじゃ。しかし、ここしばらくは亡者が目撃されておらぬ。前回ヴォルデモートが強力だったとき以来……あやつは、言うまでもなく、死人で軍団ができるほどの多くの人を殺した」
ハリーは心臓がドクドクと鳴り、血液が沸騰したような気分になった
だが、レギュラスとの訓練の成果も少しはあるのか、落ち着け…落ち着け…と言い聞かせて冷静になるように努めた
そして、ずっと気になっていることを聞いた
「…先生、あの…彼女は…」
「まだ見つかっておらんよ…ヴォルデモートは、何もよりも特別なものを、おいそれと見つけられるところには隠さん…恐らく本人しか知らぬところに監禁されておるじゃろう」
ハリーは、唇を一文字にきゅっと引き結んだ
自分は何もできない…
それに、ダンブルドアの言い方は、少し…ほんの少し…彼女がまるで、物のような言い方だったことにも引っかかりを覚えた…
「…ハリー、心配する気持ちは痛いほどわかる…わしが一番、己を責めた…あの子を追い詰めたのは、わしでもあるのじゃから」
ダンブルドアの哀しげな、悲哀に満ちた声にハリーは「え…」と質問しそうになった
だが
ダンブルドアはすぐに表情を変えた
「ハリー、ここじゃよ、ここーー杖を出すのじゃ」
二人は小綺麗な石造りの、庭付きの家に近づいていた
門に向かっていたダンブルドアが、ハリーに杖を出すように指示した
ハリーは、指示通りに杖を出し、ダンブルドアの後に続いた
玄関のドアの蝶番が外れてぶら下がっている家に足を踏み入れると…
乱暴狼藉の跡が目に飛び込んだ
バラバラになった床置時計が足下に散らばり、文字盤は割れ、振り子は打ち捨てられた剣のように、少し離れたところに横たわっている
ピアノが横倒しになって、鍵盤が床の上にばら撒かれ、その側には落下したシャンデリアの残骸が光っている
クッションは潰れて脇の裂け目から羽毛が飛び出しているし、グラスや陶器の欠けらが、そこいら中に粉を撒いたように飛び散っていた
ダンブルドアは、杖をさらに高く掲げ、光が壁を照らすようにした
壁紙にドス黒いベットリした何かが飛び散っている
ハリーは小さく息を呑んだ
「気持ちのよいものではないのう」
ダンブルドアが重い声で言った
「そう、何か恐ろしいことが起こったのじゃ」
ダンブルドアは、注意深く部屋の真ん中まで進み、足下の残骸をつぶさに調べた
「先生、争いがあったのではーーー…その人が連れ去られたのではありませんか?」
壁の中にこれほどまで飛び散る血痕を残すようなら、どんなにひどく傷ついていることかと、つい想像してしまうのを打ち消しながら、ハリーが言った
「いや、そうではあるまい」
ダンブルドアは、横倒しになっている分厚すぎる肘掛け椅子の裏側をじっと見ながら静かに言った
「では、その人はーー?」
「まだこのあたりにいるとな?そのとおりじゃ」
ダンブルドアは、咄嗟に身を翻し、膨れすぎた肘掛け椅子のクッションに杖の先を突っ込んだ
すると、椅子が叫んだ
「痛い!」
「こんばんは、ホラス」
ダンブルドアは体を起こしながら挨拶した
ハリーは口をあんぐり開けた
今の今まで、肘掛け椅子があったところに、堂々と太った禿の老人がうずくまり、下っ腹をさすりながら、涙目で恨みがましくダンブルドアを見上げていた
「そんなに強く突くことはなかろう、アルバス」
「また見事に肘掛け椅子に化けていたの、ホラス」
飛び出した目と、堂々たる銀色のセイウチ髭、ライラック色の絹のパジャマ
その上に羽織った栗色のビロードの上着についているピカピカのボタンと、つるつる頭のてっぺんに、杖灯りが反射した
「なんでバレた?」
ホラスと呼ばれた老人が聞くと、ダンブルドアは言った
「ドラゴンの血じゃ」
「ほー…ほぉう〜…」
「それに、本当に死喰い人が訪ねてきていたのなら、家の上に闇の印が出ていたはずじゃ」
「闇の印か、何か足りないと思っていた…まぁ、よいわ。いずれにせよ、そんな暇はなかっただろう。君が部屋に入ってきたときには、服のクッションの膨らみを仕上げたばかりだっし」
ホラスは、ため息をつき、その息で口の端の髭がひらひらはためいた
「片付けの手助けをしましょうかの?」
「頼む」
ダンブルドアが杖をスイーッと掃くように振ると、家具が飛んで元の位置に戻り、飾り物は空中で元の形になり、羽根はクッションに吸い込まれ、破れた本はひとりでに元通りになりながら本棚に収まった
石油ランプは、脇机まで飛んで戻り、また火が灯った
おびただしい数の銀の写真立ては、破片が部屋中をキラキラと飛んで、そっくり元に戻り、曇りひとつなく机の上に降り立った
裂け目も割れ目も穴も、そこら中で閉じられ、壁もひとりでに綺麗に拭き取られた
ハリーは少し感動したようにそれを見ていた
そして、ダンブルドアは、「これでよいかの」と言った
「そうそう、紹介しよう。ハリー、こちらわしの古い友人で、同僚の、ホラス・スラグホーンじゃ」
スラグホーンは、抜け目のない表情でダンブルドアに食ってかかった
「それじゃあその手で私を説得しようと考えたわけだな?いや、答えはノーだよ。アルバス、絶対的に、かつ、無条件に、ノーだ」
スラグホーンは決然と顔を背けたまま、誘惑に抵抗する雰囲気を漂わせて、ハリーの側を通り過ぎた
「一緒に一杯飲むくらいのことはしてもよかろう?」
ダンブルドアが問いかけた
「昔のよしみで?」
スラグホーンはためらった
「よかろう、一杯だけだ」
スラグホーンは無愛想に言った
「さて、元気だったかね、ホラス?」
「あまりパッとしない」
スラグホーンが即座に答えた
「胸が弱い、ゼイゼイする。リュウマチもある。昔のように動けん。まぁ、そんなもんだろう。歳だ。疲労だ」
「それでも、即座にあれだけの歓迎の準備をするには、相当素早く動いたに相違なかろう。警告はせいぜい三分前だったじゃろう」
「二分だ。『侵入者避け』が鳴るのが聞こえなんだ。風呂に入っていたのでね。しかし」
我に返ったように、スラグホーンは厳しい口調で言った
「アルバス、私が老人である事実は変わらん。静かな生活と多少の人生の快楽を勝ち得た、疲れた年寄りだ」
ハリーは、部屋を見回しながら、確かにそういうものを勝ち得ていると思った
ごちゃごちゃ息が詰まるような部屋ではあったが、快適でないとは誰も言わないだろう
「ホラス、君はまだわしほどの歳ではない」
ダンブルドアが言った
「まあ、君もそろそろ引退を考えるべきだろう」
スラグホーンがぶっきらぼうに言った
ダンブルドアは、スラグホーンのその言葉に対して、厳しい、まるで戒めるような顔つきで言った
「わしには、それはなるまいて…」
スラグホーンは、らしくない、そんな言葉が当てはまるダンブルドアの様子に軽く眉を吊り上げた
「ところで、ホラス、『侵入者避け』のこれだけの予防線は…死喰い人のためかね?それともわしのためかね?」
ダンブルドアは、またいつもの表情に戻り、聞いた
「私みたいな哀れなよれよれ老ぼれに、死喰い人が何の用がある?」
スラグホーンが問い質した
「連中は、君の多大なる才能を、恐喝、拷問、殺人に振り向けたいと欲するのではないかのう」
ダンブルドアが答えた
「連中がまだ勧誘しにきておらんというのは、本当かね?」
スラグホーンは一瞬、ダンブルドアを邪悪な目つきで見ながら、呟いた
「やつらにそういう機会を与えなかった。一年間、居場所を変え続けていたんだ。同じ場所に、一週間以上とどまったためしがない。マグルの家を転々とした。ーーーこの家の主は休暇でカナリア諸島でね。とても居心地がよかったから去るのは残念だ。やり方を一度飲み込めば至極簡単だよ。マグルが『かくれん防止器』代わりに使っているちっちゃな防犯ブザーに、単純な『凍結呪文』をかけること、ピアノを持ち込むとき近所のものに絶対見つからないようにすること、これだけでいい」
「巧みなものじゃ」
ダンブルドアが言った
「しかし、静かな生活を求めるよれよれの老ぼれにしては、たいそう疲れる生き方に聞こえるがのう。さて、ホグワーツに戻ればーーー」
「あの厄介な学校にいれば、私の生活はもっと平和になるとでも言い聞かせるつもりなら、アルバス、言うだけむだだ!」
スラグホーンがイライラしたように怒りながら言うと、ダンブルドアが突然立ち上がった
すると、スラグホーンは拍子抜けしたように、期待顔で聞いた
「帰るのか?」
「いや、手水場を拝借したいが」
ダンブルドアが言った
「ああ。廊下の左手二番目」
スラグホーンは明らかに失望した声で言った
ダンブルドアは部屋を横切って出て行った
その背後で扉が閉まると、沈黙が流れた
「君は父親にそっくりだ。目だけ違う…目はーー「ええ、母の目です」」
「フン、うん、いや、教師として、もちろん依怙贔屓すべきではないが、彼女は私のお気に入り一人だった。君の母親のことだよ」
ハリーの物問いたげな顔に応えて、スラグホーンが説明を付け加えた
「リリー・エバンズ。教え子の中でも、頭抜けた一人だった。そう、生き生きとしていた。魅力的な子だった。私の寮に来るべきだったと、彼女によくそう言ったものだが、いつも悪戯っぽく言い返されたものだ」
「どの寮だったのですか?」
「私はスリザリンの寮監だった」
スラグホーンが答えた
「君は彼女と同じグリフィンドールなのだろうな?そう、普通は家系で決まる。必ずしもそうではないが…シリウス・ブラックの名は聞いたことがあるか?聞いたはずだーー数年前、新聞に出ていたーーー」
ハリーは、一瞬胸が締め付けられた
シリウスとは、学校でレギュラスと言い争っていた時以来見ていない
夏の休み期間も顔を見せなかった
手紙を送っても、素っ気無い返事しか来なかった
今頃、シリウスは何をしているんだろう、どこにいるんだろう…
レギュラスとの関係は、悪くはないものになったが、シリウスとは距離があるままだった
「まぁ、とにかく、シリウスは学校で君の父親の大の親友だった。ブラック家は全員私の寮だったが、シリウスはグリフィンドールに決まった。残念だーーー…能力のある子だったのに。弟のレギュラスが入学して来たときは獲得したが、できれば一揃いほしかった」
まるで、オークションで競り負けた熱狂的な蒐集家のような言い方
思い出に耽っているらしいスラグホーンに、ハリーはふと、今の台詞に疑問を抱いた
レギュラスとシリウスの名が出ているのに、何故、妹であったオフューカスの名前が出ないのだろう
彼女はとても賢く優秀だった、とハリーは聞いていた
「あの…ブラック家にはもう一人女の人がいましたよね。シリウスの妹だっていう。レギュラス先生の双子の妹が…」
ハリーは、なんとなく名前を出さずに、青い目をスラグホーンに向けて、そう聞くと
スラグホーンは目を丸くした
「ん?妹?妹…妹ね…あぁ!あぁ、あぁ〜、思い出したよ。オフューカス・ブラックのことだね。いやはや、君が彼女を知っているとは驚いた」
本当に忘れていたかのような驚きで、「そんな子もいたね」というような様子に、ハリーは思わず唇を一文字に引き結んだ
「レギュラスやシリウスは能力のある、一角の人物になる生徒だったが、妹はね…確かに優秀だったが、平凡で目立たない子だった。とにかく平凡で凡庸だった…確かに、思い出してみれば、シリウスに似て美しい聡明そうな子だったが…いかんせん目に留まるようなオーラを持っているような子ではなかった。レギュラスは可愛がっていたようだが……わからんねぇ」
スラグホーンの言葉に、ハリーはブラック家で見た肖像画のオフューカス・ブラックを思い出した
あれは…確かに平凡だ
どう頑張ってみても特別な何かがあるような女性には見えない
ただ美しく、聡明で、穏やかそうな人
だが、だが彼女は……ただ…安らぎがある
ハリーは彼女のことは何も知らない
ただの感覚だ
まるで、自分ではない何かがそう思わせているような感覚
彼女を見ると、心が静かに沈黙し、穏やかな…静かな時間が永遠に流れているかのように思うのだ
こう思うようになったのは、あの日からだった
スラグホーンにはそれがわからなかったのか…と、ハリーはムッとした
まるで、馬鹿にされたような、蔑ろにされた気分だった
だが、ハリーは妙に納得もしていた
彼女はそうだろうな…と
なぜ、こんなにも自分が彼女のことでムキになるのかもわからないし、こんな納得するような感情があるのかもわからない
「それはそうと、言うまでもなく、君の母親はマグル生まれだった。そうと知ったときには信じられなかったね。絶対に純血だと思った。それほど優秀だった」
「僕の友人もマグル生まれですが、学年で一番の女性です」
「ときどきそういうことが起こるのは不思議だ。そうだろう?」
スラグホーンが言った
「別に」
ハリーは冷たく言った
スラグホーンが驚いて、ハリーを見下ろした
「私が偏見を持っているなどと、思ってはいかんぞ!」
スラグホーンが言った
「いや、いや、いーや!君の母親は、今までで一番気に入った生徒の一人だったと、たった今言ったはずだが?それにダーク・クレスウェルもいるな。彼女の下の学年だったーーー今では小鬼(ゴブリン)連絡室の室長だーーーこれもマグル生まれで、非常に才能のある学生だった。今でも、グリンゴッツの出来事に関して、素晴らしい内部情報をよこす!」
スラグホーンは弾むように体を上下に揺すりながら、満足げな笑みを浮かべてドレッサーの上にズラリと並んだ輝く写真立てを指差した
それぞれの額の中で小さな写真の主が輝いている
「全部昔の生徒だ。サイン入り。バーナバス・カッフに気づいただろうが『日刊預言者新聞』の編集者で、毎日のニュースに関する私の解釈に常に関心を持っている。それにアンブロシウス・フルーム。ハニーデュークスのーー誕生日のたびに一箱よこす。それも全て、私がシセロン・ハーキスに紹介してやったおかげで、彼が最初の仕事につけたからだ!後ろの列、首を伸ばせば見えるはずだがーーあれがグウェノグ・ジョーンズ。言うまでもなく女性だけのチームのホリヘッド・ハーピーズのキャプテンだ……私とハーピーズの選手達とは、姓名の名のほうで気軽に呼び合う仲だと聞くと、みんな必ず驚く。それに欲しければいつでも、ただの切符が手に入る!」
スラグホーンは、この話をしている内に、大いに愉快になった様子だった
「それじゃ、この人たちはみんなあなたの居場所を知っていて、いろいろな物を送ってくるのですか?」
ハリーは、菓子の箱やクィディッチの切符が届き、助言や意見を熱心に求める訪問者たちが、スラグホーンの居場所を突き止められるのなら、死喰い人だけがまだ探し当てていないのはおかしいと思った
すると、壁から血糊が消えるのと同じくらい、あっという間に、スラグホーンの顔から笑いが拭い取られた
「無論違う」
スラグホーンはハリーを見下ろしながら言った
「一年間誰とも連絡を取っていない」
その言葉に、ハリーには、スラグホーンが自分自身の言ったことにショックを受けているように思えた
スラグホーンは一瞬、相当動揺した様子だった
それから肩を竦めた
「しかし…賢明な魔法使いは、こういう時にはおとなしくしているものだ。ダンブルドアが何を話そうと勝手だが、今、この時にホグワーツの職を得るのは、公に『不死鳥の騎士団』への忠誠を表明するに等しい。騎士団はみな、間違いなくあっぱれ勇敢で、立派な者たちだろうが、私個人としては、あの死亡率はいただけないーーー」
「ホグワーツで教えても『不死鳥の騎士団』に入る必要はありません」
ハリーは嘲るような口調を隠しきることができなかった
彼女が、いくら記憶があるとはいえ、まだ自分が子どもだった三年生の頃から、危険という言葉では生温いことをしていたことを想像すると、スラグホーンの甘やかされた生き方に道場する気にはなれなかった
「大多数の先生は団員ではありませんし、それに誰も殺されていませんーーーでもクィレルは別です。あんなふうにヴォルデモートと組んで仕事をしていたのですから、当然の報いを受けたんです」
スラグホーンも、ヴォルデモートの名前を聞くのが耐えられない魔法使いの一人だろうという確信があった
ハリーの期待は裏切られなかった
スラグホーンは身震いして、ガーガーと抗議の声を上げた
ハリーは無視した
「ダンブルドアが校長でいる限り、教職員は他の大多数人より安全だと思います。ダンブルドアは…ヴォルデモートの恐れたただ一人の魔法使いのはずです。そうでしょう?」
ハリーは、一瞬、そのダンブルドアがヴォルデモートのことを誰よりも知り尽くしていると言った彼女のことを思い出した
その彼女は、今、ヴォルデモートの手にある
ハリーは奥歯を噛み締めた
スラグホーンは一呼吸、二呼吸、空を見つめた
ハリーの言ったことを噛み締めているようだった
「まあ、そうだ、たしかに…『名前を呼んではいけないあの人』はダンブルドアとは決して戦おうとはしなかった」
スラグホーンは、渋々呟いた
「それに、私が死喰い人に加わらなかった以上、『名前を呼んではいけないあの人』が私を友とみなすとは、とうてい思えない、とも言える……その場合は、私はアルバスと少し近いほうが安全かもしれん……アメリア・ボーンズの死が、私を動揺させなかったとは言えない……あれだけ魔法省に人脈があって、保護されていたのに、その彼女が……」
その時、ダンブルドアが部屋に戻って来た
スラグホーンはまるで、ダンブルドアが家にいることを忘れていたかのように飛び上がった
「ああ、いたのかアルバス。ずいぶん長かったな。腹でも壊したか?」
「いや、マグルの雑誌を読んでいただけじゃ」
ダンブルドアが言った
「編み物のパターンが大好きでな。さて、ハリー、ホラスのご好意にだいぶ長々と甘えさせてもろうた。暇する時間じゃ」
ハリーはまったく躊躇せず従い、すぐダンブルドアの側に行った
スラグホーンは狼狽した様子だった
「行くのか?」
「いかにも。勝算のないものは、見ればそうとわかるものじゃ」
「勝算がない…?」
スラグホーンは気持ちが揺れているようだった
ダンブルドアが旅行用のマントの紐を結び、ハリーが上着のジッパーを閉めるのを見つめながら、ずんぐりした親指同士をくるくる回してそわそわしていた
「さて、ホラス、君が教職を望まんのは残念じゃ」
ダンブルドアは別れの挨拶をした
「ホグワーツは、君が再び戻れば喜んだであろうがの。我々の安全対策は大いに増強されておるが、君の訪問ならいつでも歓迎しましょうぞ。君が望むなら、じゃが」
「ああ…まあ……ご親切に……どうも…」
「では、さらばじゃ」
「さようなら」
ハリーが言った
そして、二人が玄関まで行った時、後ろから叫ぶような声がした
「わかった、わかった!引き受ける!」
ダンブルドアが振り返ると、スラグホーンは居間の出口に息を切らせて立っていた
「引退生活から出てくるのかね?」
「そうだ、そうだ」
スラグホーンは急き込んで言った
「バカなことに違いない。しかしそうだ」
「素晴らしいことじゃ」
ダンブルドアがにっこりした
「では、ホラス、九月一日にお会いしましょうぞ」
「ああ、そういうことになる」
スラグホーンが唸った
そして、二人が庭の小道に出た時、スラグホーンの声が追いかけてきた
「ダンブルドア、給料はあげてくれるんだろうな!」
ダンブルドアはクスクス笑った
門の扉が二人の背後で、バタンと閉まり、暗闇と渦巻く霧の中、二人は元来た坂道を下った
「よくやった、ハリー」
ダンブルドアが言った
「僕、何もしてません」
ハリーは驚いて言った
「いいや、したとも。ホグワーツに戻ればどんなに得るものが大きいかを、君はまさに自分の身をもってホラスに示したのじゃ。ホラスのことは気に入ったかね?」
「あ…」
ハリーはスラグホーンが好きかどうかわからなかった
あの人はあの人なりにいい人なのだろうと思ったが、同時に虚栄心が強いように思えた
それに、言葉とは裏腹に、マグル生まれの者が、優秀な魔女であることに、異常な程驚いていた
「ホラスはーーー」
ダンブルドアが話を切り、ハリーは何か答えなければならないという重圧から解放された
「快適さが好きなのじゃ。それに、有名で、成功した力ある者と一緒いることも好きでのう。そういう者達に自分が影響を与えていると感じることが楽しいのじゃ。決して自分が王座に着きたいとは望まず、むしろ後方の席が好みじゃーーーそれ、ゆったり体を伸ばせる場所がのう。ホグワーツでもお気に入りを自ら選んだ。時には野心や頭脳により、時には魅力や才能によって、さまざまな分野で、やがては抜きん出るであろう者を選び出すという、不思議な才能を持っておった。ホラスはお気に入りを集めて、自分を取り巻くクラブのようなものを作った。そのメンバー間で人を紹介したり、有用な人脈を固めたりして、その見返りに常に何かを得ていた。鉱物の砂糖漬けパイナップルの箱詰めだとか、小鬼(ゴブリン)連絡室の次の室長補佐を推薦する機会だとか」
突然、ハリーの頭の中に、膨れ上がった大蜘蛛が周囲に糸を紡ぎ出し、あちらこちらに糸をひっかけ、大きくて美味しそうな蝿を手元に手繰り寄せる姿が、生々しく浮かんだ
「こういうことを君に聞かせるのは」
ダンブルドアが言葉を続けた
「ホラスに対してーーこれからはスラグホーン先生とお呼びしなければならんのうーーー悪感情を持たせるためではなく、君に用心させるためじゃ。間違いなくあの男は、君を蒐集しようとする。君は蒐集物の中の宝石になるじゃろう。『生き残った男の子』……またはこの頃では、『選ばれし者』と呼ばれておるのじゃからのう」
その言葉で、周りの霧とはなんの関係もない冷気がハリーを襲った
「このあたりでいいじゃろう。ハリー。わしの腕に掴まるがよい」
ハリーは今度は覚悟ができて、『姿現わし』をした
だが、快適ではなかった
締め付ける力が消えて、再び息ができるようになったとき、ハリーは田舎道でダンブルドアの脇に立っていた
目の前に、世界で二番目に好きな建物のくねくねした影が見えた
「隠れ穴」だった
たった今、体中に走った恐怖にも関わらず、その建物を見ると自然に気持ちが昂った
あそこにロンがいる…
ハリーが知っている誰よりも料理が上手なウィーズリーおばさんも…
「ハリー、ちょいとよいかな」
門を通り過ぎながら、ダンブルドアが言った
「別れる前に、少し君と話がしたい。二人きりで。ここではどうかな?」
ダンブルドアはウィーズリー家の箒がしまってある、崩れかかった石の小屋を指差した
何だろう…と思いながら、ハリーはダンブルドアに続いて、キーキー鳴る戸をくぐり、普通の戸棚より少し小さいくらいの小屋の中に入った
ダンブルドアは杖先に明かりを灯し、松明のように光らせて、ハリーに微笑みかけた
「君は、休み前にわしが言うたことを正しく受け取ったようじゃ…わしは君を誇らしく思う」
ダンブルドアが感心したようにそう言い、ハリーはここ最近のレギュラスとの関係を思い出した
良好とまではいかないが、以前よりも近くなった
彼の愛する妹の、彼女の存在がレギュラスに決意と絆を齎した
「…いいえ…僕のおかげではありません…彼女がいなければ…」
「謙遜することはないのじゃよ…ブラック兄弟に関しては、第三者がいなければどうにもならんかったことじゃ…君も薄々気づいたと思うが、彼女には何もできんかったのじゃ…愛するが故じゃ…」
残念そうに…そう言ったダンブルドアに、ハリーはあの兄妹の深い溝に少し身震いした
ハリーには兄妹がいない
そんなハリーでもわかるほど深い溝
仲良くすればいいのに、どうしてあそこまで憎み合うのか…と
レギュラスの目の奥に見えたシリウスへの憎悪にも似た憎しみは、ちょっとやそっとのことではできない
あれは、積み重なったものだ
そして、その一因がシリウスにもあると、今更見えないフリをするハリーでもない
ショックだった
自分の知る名付け親のシリウスは、温かく、勇敢で、情に厚い、誰よりも頼りになる存在だったからだ
そのシリウスが、妹にどんな仕打ちをしていたのかは、スネイプの記憶を見てわかった
「のうハリー…兄妹とは複雑なものじゃ。シリウスもレギュラス先生も、妹を心底愛して大切にしておった…それ故に、若い故にどうにもできぬ感情がある。わしはの…シリウスの気持ちがよぉわかるのじゃ…」
ハリーは一瞬意味がわからなかった
だが、ダンブルドアは理由は言わず続けた
「君が感づいておることは、おそらく間違っておらんよ。君は、ホラスにオフューカスのことを聞いたかね?」
ダンブルドアの問いかけに、ハリーは先程の、スラグホーンの彼女の存在を忘れていたかのような、にべにもかけない様子を思い出した
はっとした顔でハリーはダンブルドアを見た
「そうじゃ…ホラスの’’ような’’人間には、彼女は目にも留まらぬ、ただ優秀なだけの平凡な生徒じゃ。じゃが、ヴォルデモートやわし、’’今の’’君ならあの子の持ち得た、’’不憫’’なものに気づく……空恐ろしい…そして、不憫という言葉では足りんものじゃよ…じゃがそれを止める術はないのじゃ…あの子は運が悪かった…それ以外にわしらには何も言えん…」
意味深なダンブルドアの、妙に感慨深く、想い出に浸るような言葉にハリーは、俯いた
「恐らく、わしのかつての友も…あの子に会っておれば…何か変わったのやもしれん…」
今のはダンブルドアの本心やら、後悔やらの言葉だろう…とハリーは思った
かつての友が誰かはわからない、だが、ハリーにはそれがヴォルデモートと似たような者なのだろうという確信はあった
「あの子は、ヴォルデモートを…トムを深く…深く愛しておるのじゃ」
その言葉にハリーは頭に血が昇った
何故あんな奴を…と
「ヴォルデモートもまた、彼女を’’歪に’’愛しておったじゃろう…じゃが…あの子は…トムの手を最後の最後で振り払った…苦しかったじゃろう…じゃがそれが事実なのじゃ…あの子はヴォルデモートを否定した」
「その時、ヴォルデモートの中で全てが変わったのは言うまでもないじゃろう。…いくら想像しようとも、当人達にしかわからぬところじゃ…わしは…傲慢にもそれを知りたいと思ったのじゃ」
ハリーは、少しキョトンとした
何故、知りたいと思うことが傲慢なのだろうか、ごく自然なことではないのか
特にこのことに関しては
「そこなのじゃよ……不粋だとわかっておることでも、あの子が何故あそこまでトムを、ヴォルデモートを見捨てようとせんのか…わしは不思議でならんのじゃ。それを知りたいと思うのは君は当然と思うじゃろう…じゃが、それこそがあの子があの子たるところなのじゃ…」
ハリーは、要領を得ないダンブルドアの言葉に益々意味がわからなかった
「…深く…深く結びついておる…あの二人は…じゃが、わしは確信しておるのじゃ。今回、ホラスを呼び戻したのもそれを知るためじゃ」
相変わらず、意味がわからないダンブルドアの言葉に、ハリーはますます訝し気になる
なぜ、ここにきてヴォルデモートのことを知らなければならないのか
当時のヴォルデモートと、彼女の間柄はすでに知っているではないか
それ以上のものがあるのか?
ハリーは普通に嫌だった
今更、あいつに愛があったなど知ったところで何になるのか?
あいつは自分の両親を…多くの罪もない命を理不尽に奪ってきた
「ハリー、何故今更あやつのことを知らねばならぬのかと不思議に思うとるじゃろう。わしも最初はそう思うとった。じゃが、それを改めねばならぬと、あの時のあやつの言葉を聞いて思ったのじゃ」
ダンブルドアの、神妙な言葉に、ハリーは、思い出したくともないが、ヴォルデモートが彼女に言った言葉をひとつひとつ思い出した
あいつは、ーー何故、あの日、自分の手を取らなかったのかーーと言っていた
まるで、ダンブルドアに奪われまいとするように彼女を引き寄せた様子
ーー彼女は自ら望んであいつの腕の中にいたーーと言っていた
ダンブルドアがーー受け入れてほしかっただけだろうーーと言った時、ヴォルデモートは「黙れ」とだけ言った
否定しなかった
言葉が見つからなかったのか、言い返せなかったのか…ハリーにはわからない
だが、あいつは確かに否定はしなかった
あいつはーー裏切られたーーと、さも傷ついたような言葉を使い、高慢な様子で言った
ーーダンブルドアのものではないーーと
執拗にダンブルドアを敵視していた
「わしは…大きな間違いを犯したのかもしれぬ…あの子に重荷を背負わせた責任の一端が…わしにもあるかもしれぬのじゃ」
考え込んでいたハリーは、続いたダンブルドアの言葉に、瞠目した
まただ
ダンブルドアは彼女とヴォルデモートのことになると、よくこんな表情をする
まるで、手から取りこぼしてしまった水を眺めるような…後悔と悲哀に満ちた表情
「さて、ハリー。最後に君に確認しておきたいことがひとつあるのじゃ」
「え、あ、はい…なんですか?」
突然、切り替えたように変わったダンブルドアの柔らかいハキハキとした声に、ハリーは思考の渦から戻ってきて反応した
「あの子が壊した予言じゃが、今ならわかるの?予言に係る者の中に、あの子の名があったことを」
ハリーは、思い出した
『S.P.TからA.P.W.B.Dへーー闇の帝王、N.M、そして(?)ハリー・ポッター』
ラベルには確かにそうあった
そして、その時は気にもしなかった『N.M』というイニシャル
あれは、彼女の当時の名前だ
つまり、彼女も予言に関わる
「はい。あれは、彼女のことだったんですね。でも、予言の中身を知ることはできませんでした…」
「それなのじゃがな…それでよかったのじゃよ。ハリー」
思いもよらないダンブルドアの発言に、ハリーは目を開いた
「あの予言の全容を知っておるのは、この世界でたった一人だけじゃ」
ハリーは、ダンブルドアのことなのだろうと、なんとなくわかった
「そう、わしじゃよ」
ダンブルドアは続けた
「わしが、ホラスを呼び戻したのも、ヴォルデモートのあの言葉を聞いてから、あの子とヴォルデモートの間にあったことを知らねばならぬ確信したのも、全ては予言の全容の真の意味を探るためじゃ…」
ダンブルドアの言葉に、ハリーは小さく息を呑んだ
妙に緊張した空気が流れ、ハリーはダンブルドアの言葉を待った
「予言には、『一方が生きる限り、他方は生きられぬーー望むべくして終わりを告げるであろう…』とな」
ハリーは、頭が混乱した
「先生…それって…」
ハリーは、自分とヴォルデモートのどちらかが生きる限り、片方は生きられないと思った
「ハリー、これについては新学期に明らかにできるじゃろう。そのためには君の協力が不可欠じゃ。これから忙しくなろうて…」
ハリーは、気が重くなった
ダンブルドアは続けた
「君は学生じゃ。今のうちに楽しむがよい。…難しいじゃろうが、あの子のためにも」
ダンブルドアのその言葉に、ハリーはもっと気が重くなった
楽しむなど、余計に無理だ
彼女のことを考えるたびに、自分は楽しんでなんていられない
「それと、ハリー」
続けようとするダンブルドアの言葉に、ハリーはもう何も聞くきたくないな…という気分になった
「君は、見聞きしたことを、君の友人に話しておらんじゃろうな?」
ダンブルドアの言葉に、ハリーはさっきまでの気分を忘れて、ハッとした
「はい…あんなこと…きっと言っても信じてもらえない…ロン達は…まだ彼女が敵だと思ってる…」
「そうじゃろうとも…わしでさえあの子が真実を語るまで何も知らんかった…」
ハリーは納得した
ダンブルドアにここまで言わしめるなら、自分たちがまんまと彼女の策略に嵌っていて当然だと
少し心が軽くなったハリー
そして、ダンブルドアは続けた
「じゃが、君の友人に関しては、それを緩めるべきじゃろう。そう、Mrロナルド・ウィーズリーと、Msハーマイオニー・グレンジャーのことじゃ」
ハリーは驚いた顔をすると、ダンブルドアは続けた
「あの子は知られたくないじゃろうが…予言のことも含め、この二人は知っておくべきじゃと思う。まだ…若いあの二人には…多くの残虐なことを見聞きしてきた大人でも耳を塞ぎたくなるほどの事実じゃろうが…これほど大切なことを二人に打ち明けぬというのは、二人には却って仇になる」
ハリーは、予言のこもあるが、特にハーマイオニーが彼女に関する真実を知った時、どんな反応をするのか想像に容易かった
「僕が打ち明けないのはーーー」
「ーー二人を心配させたり、恐がらせたりしたくないと?」
ダンブルドアは、半月メガネの上から、ハリーをじっと見ながら言った
「もしくは、君自身が心配したり、恐がったりしていると打ち明けたくないということかな?ハリー、君にはあの二人の友人が必要じゃ。あの子もそれらしいことを言わなかったかね?」
ハリーは、ハッとした
ーーーあなたは一人じゃない…あなたの気持ちをちゃんと伝えてあげて。彼らはあなたの味方よーーー
彼女は…頼りなさい…とそう言った
「それが答えじゃよハリー。おおよそ、君が抱えるもので、あの子以上に的確なアドバイスができる者はおらぬじゃろう…わしは、君のためにも、二人は真実を知らぬ方がよいと思うておったが…今は違うとわかる」
はっきりとした口調で、ハリーを見据えて、そう言ったダンブルドアに、ハリーは、迷いと戸惑い…困惑…僅かな恥があったが、肯いた
「ハリー、’’信じる’’心を忘れてはならぬ。君は嫌がるじゃろうが、あの子がヴォルデモートを…トムを信じておったように、何があろうと、最後まで’’信じる’’のじゃ」
ハリーはその例えに一瞬眉を顰めた
今でも、全く理解できない
彼女が、ヴォルデモートが…お互いにあそこまで拘るのか
だが、ダンブルドアの言うことが、とても重要なことだけはわかった
あやふやで、一寸先も見えない中、信じることがどれだけ困難なことか、今回のことでよく身に染みて理解したからだ
それこそが、今回、ルシウスやノットに、ヴォルデモートを裏切らせたのだ
ハリーは、顔を上げて、ダンブルドアを見つめて、今度こそ肯いた
ダンブルドアはそれを見届けると、言葉を続けた
「話は変わるが、関連のあることじゃ。先も言うたように、君には今学年から、わしの個人授業を受けて、協力してほしいのじゃ」
「個人?ーー先生と?」
ハリーは驚いた
「そうじゃ、君の教育に、わしが大きく関わるときが来たと思う」
「先生、何を教えくださるのですか?」
「ああ、あっちをちょこちょこ、こっちをちょこちょこじゃ」
ダンブルドアは気楽そうに言った
ハリーは期待して待ったが、ダンブルドアが詳しく説明しなかったので、ずっと気になっていた別のことを尋ねた
「あのーー先生の授業を受けるのでしたら…僕は今、レギュラス先生と『閉心術』の授業を受けているので、スネイプとの『閉心術』の授業は受けなくてよいですね?」
「スネイプ’’先生’’じゃよ。ハリー。ーーーにしても…ふむ…そうか…レギュラス先生が承諾したのか…やはり期待以上じゃよ。ハリー」
「それって…」
ハリーは、やっぱりこうなることがわかっていたのか…と思った
やはり、自分の選択は間違っていなかったと
ダンブルドアは話を続けた
「ハリー、レギュラス先生に授業をしてもらっておるなら、そのまま続けておくのじゃ。そうなれば、スネイプ先生とは、授業をしなくてもよいことになる」
ハリーは心底ホッとした
「それじゃ、これからはスネイプ先生とあまりお会いしないことになりますね」
ハリーが言った
「だって、ふくろうテストで『優』を取らないと、あの先生は『魔法薬』を続けさせてくれないですし、僕はそんな成績は取れていないことがわかってます」
「取らぬふくろうの羽根算用はせぬことじゃ」
ダンブルドアは重々しく言った
「そう言えば、成績は今日中に、もう少しあとで配達されるはずじゃ。さて、ハリー、別れる前にあと二件ある」
ダンブルドアは続けた
「まず最初に、これからはずっと、常に『透明マント』を携帯するように。ホグワーツの中でもじゃ。万一のためじゃよ。よいかな?」
ハリーは頷いた
「そして最後に、君がここに滞在する間、『隠れ穴』には魔法省による最大級の安全策が施されている。これらの措置のせいで、アーサーとモリーにはすでにある程度のご不便をおかけてしておるーーたとえばじゃが、郵便は届けられる前に全部、魔法省に検査をされておる。二人はまったく気にしておられぬ。君の安全をいちばん心配しておるからじゃ。しかし、君自身が危険に晒さらすような真似をすれば、二人の恩を仇で返すことになるじゃろう」
「わかりました」
ハリーはすぐさま答えた
「それならよろしい」
そう言うと、ダンブルドアは箒小屋の戸を押し上げて庭に歩み出ようとした
そこで、ハリーは咄嗟に声をかけた
「あのっ…先生…」
「なんじゃ?」
「シリウスは…あの日からシリウスと会えていなくて……」
ハリーの言葉に、振り返ったダンブルドアは、重い、厳しい表情になった
「…危ういかもしれぬの…ハリー、シリウスは、単独であの子を捜索しておるかもしれぬ…」
ハリーは青くなった
もう、それが何を意味するか、わからないわけではない
「先生っ…」
「…そうじゃ…ヴォルデモートの思う壺じゃ。わしからも騎士団に呼びかけてシリウスを探させておるが…あの子は身を隠すことに長けておる…ハリー、シリウスから何か君に接触はなかったかの?」
「心配するなって…手紙だけ届きました…」
何度も手紙を送った中で、一通だけ届いた手紙のことを思い出し、ダンブルドアに言ったハリーは、とてつもない不安が渦巻いた
すると、ダンブルドアは落胆するような、重い口調で言った
「…ハリー、シリウスのことは一旦わしに預からせてくれぬかの?」
「え…」
ハリーは少し躊躇った
シリウスは、今、自分の知らないところにいるような気がしていた
どこか遠くに…
あんなに近くにいたのに…心だけが離れていっているような…
ハリーは苦しかった…
「ハリー」
ダンブルドアの優しい問いかけと眼差しに、ハリーは、自分がシリウスを探しに行きたい想いをぐっと堪えて、重く頷いて言った
「はい…シリウスを…お願いします先生…」
「ああ。お前さんの気持ちはしかと受け取った。またホグワーツで会おうぞ」
そう言って、今度こそ『姿現わし』で消えた
ハリーは、ダンブルドアに言われたことを胸に、多くの感情が渦巻き、どうしようもない不安と新学期からの僅かな期待が膨らむ中、明るく、温かい…「隠れ穴」に足を進めた
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新学期が始まるまでの間でした
彼は…果たして’’彼’’は…彼女は…何を思うのか…
其々が手探りの中、何を選択するのか