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※捏造だらけ
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「神秘部ですーー」
落ち着き払った女性の声がエレベーターに乗る、ハリー達の耳に響いた
鉄格子が開き、廊下に出ると、何の気配もなかった…
動くものはエレベーターからの一陣の風で揺らめく手近な松明しかない
ハリーは取手のない黒い扉に向かった
何度も…何度も夢で見た扉…
「行こう…」
ハリーはそう囁くと、先頭に立って廊下を歩いた
ルーナがすぐ後ろで、口を開け、周りを見回しながらついてきた
「オッケー、いいか」
ハリーは扉の二メートル程手前で立ち止まった
「どうだろう…何人かはここに残ってーー見張りとして、それでーーー」
「それで、何かが来たら、どうやって知らせるの?」
ジニーが眉を吊り上げた
「あなたはずーーっと遠くかもしれないのに」
「みんな君と一緒に行くよ、ハリー」
ネビルが言った
「よし、そうしよう」
ロンがキッパリと言った
ハリーはみんなを連れて行きたくなかった
しかし、それしか方法はなさそうだった
扉の方へ歩き出した
夢と同じように、扉がパッと開き、ハリーは前進した
みんながあとに続いて扉を抜けた
そこは大きな円型の部屋だった
床も天井も、何もかもが黒かった
何の印もない
全く同一の、取手のない黒い扉が、黒い壁一面に間隔を置いて並んでいる
壁の所々に蝋燭が立てがあり、青い炎が燃えていた
光る大理石の床に、冷たい炎がちらちらと映るさまは、まるで足元に暗い水があるようだった
「誰か扉をしめてくれ」
ハリーが低い声で言った
ネビルが命令に従った途端、ハリーは後悔した
背後の廊下から、細長く射し込んでいた松明の灯りがなくなると、この部屋は本当に暗く、しばらくの間、壁に揺らめく青い炎と、それが床に映る幽霊のような姿しか見えなかった
どこから来たのかわからなくするための多くの扉を、試し、ハリーは最後にひとつの扉を抜けた
そこは、教会ように高く、びっしりと聳え立つ棚以外には何もない
棚には小さな埃っぽいガラスの球…水晶のようなものがびっしりと置かれている
棚の間に、間隔を置いて取り付けられた燭台の灯りで、ガラス球は鈍い光を放っていた
さっき通ってきた円形の部屋と同じように、蝋燭は青く燃えている
部屋はとても寒かった
ハリーはじわじわと前へ進み、棚の間の薄暗い通路の一つを覗いた
何も聞こえず、何ひとつ動く気配もない
「九十七列目の棚だって言っていたわ」
ハーマイオニーが囁いた
「ああ」
ハリーは一番近くの棚を見上げながら、息を殺して言った
青く燃える蝋燭を載せた腕木がそこから突き出し、そのドアに、ぼんやりと銀色の数字が見えた
53
「右に行くんだと思うわ」
ハーマイオニーが目を細めて次の列を見ながら囁いた
「そうーーこっちが54よ」
「杖を構えたままにして」
ハリーが低い声で言った
延々と伸びる棚の通路を、ときどき振り返りながら全員が忍び足で前進した
通路の先の先はほとんど真っ暗だ
ガラス球の下に一つひとつ、小さな黄色く褪色したラベルが棚に貼り付けてある
君の悪い液体が光っている球もあれば、切れた電球のように暗く鈍い色をしている球もある
84番の列を過ぎた…85…わずかの音でも聞き逃すまいと、ハリーは耳をそばだてた
シリウスは今、さるぐわをかまされているか、気を失っているか……それともーー
ハリーの頭の中で勝手に声がした
もう死んでしまったかも…
それなら感じたはずだ、と、ハリーは自分に言い聞かせた
その場合は、僕にもわかるはずだ、と
「97よ!」
ハーマイオニーが囁いて、全員が、その列の端に塊まって立ち、棚の脇の通路を見つめた
そこには誰もいなかった
「シリウスは一番奥にいるんだ」
ハリーは口の中が少し乾いた
「ここからじゃ、ちゃんと見えない」
そしてハリーは、両側に聳り立つようなガラスの球の列の間を、みんなを連れて進んだ
通り過ぎる時、ガラスの球のいくつかが、和らかい光を放った
「このすぐ近くに違いない」
一歩進むごとに、ズタズタになったシリウスの姿が、いまにも暗い床の上に見えてくるに違いないと信じきって、ハリーが囁いた
「もうこのへんだーーとっても近い…」
「ハリー?」
ハーマイオニーがおずおずと声をかけたが、ハリーは答えなかった
口がカラカラだった
「どこか……このあたり…」
ハリーが言った
全員がその列の反対側の端につき、そこを出ると、またしても薄暗い蝋燭の灯りだった
誰もいない
埃っぽい静寂が木霊するするばかりだった
「シリウスはもしかしたら…」
ハリーは嗄れ声でそう言うと、隣の列の通路を覗いた
「いや、もしかしたらーー」
ハリーは急いでそのまた一つ先の列を見た
「ハリー?」
ハーマイオニーがまた声をかけた
「なんだ?」
ハリーが唸るように言った
「ここには……シリウスはいないと思うけど」
誰も何も言わなかった
ハリーは誰の顔も見たくなかった
吐き気がした
何故ここにシリウスがいないのか、ハリーには理解できなかった
ここにいるはずだ
ここで僕はシリウスを見たんだ…と
ハリーは棚の端を覗きながら、列から列へと走った
空っぽの通路が、次々と目に入った
次には逆方向に、じっと見つめる仲間の前を通り過ぎて走った
どこにもシリウスの姿はない
争った跡さえない
「ハリー?」
ロンが呼びかけた
「なんだ?」
ハリーはロンが言おうとしていることを聞きたくなかった
自分がバカだったと、ロンに聞かされたくなかったし、ホグワーツに帰るべきだとも言われたくなかった
しかし、顔が火照ってきた
しばらくの間、この暗がりにじっと身を潜めていたいと思った
上の階のアトリウムの明るみに出る前に、そして、仲間の咎めるような視線に晒される前に…
「これを見た?」
ロンが言った
「なんだ?」
ハリーは今度は飛びつくように答えた
シリウスがここにいたと言う徴、手がかりに違いない
ハリーはみんなが立っているところへ大股で寄った
九十七列目を少し入った場所だった
ロンは棚の埃っぽいガラス球を見つめているだけだった
「なんだ?」
ハリーはぶすっとして繰り返した
「これー…これ、君の名前が書いてある」
ロンが言った
ハリーはもう少し近づいた
ロンが指す先に、長年誰も触れなかったらしく、ずいぶん埃をかぶっていたが、内側から鈍い灯りで光る小さなガラス球があった
「僕の名前?」
ハリーは前に進み出た
ロンほど背が高くないので、埃っぽいガラス球のすぐ下の棚に貼りつけられている黄色味を帯びたラベルを読むのに、首を伸ばさなければならなかった
およそ、十六年前の日付けが、細長く蜘蛛のような字で書いてあり、その下にはこうある
『S.P.TからA.P.W.B.Dへーー闇の帝王、N.M、そして(?)ハリー・ポッター』
ハリーは目を見張った
「これ、なんだろう?こんなところに、いったいなんで君の名前が?」
ロンは同じ棚にある他のラベルをざっと横に見た
「僕のはここにないよ。僕たちの誰もここにはない」
ロンは当惑したように言った
「ハリー、触らない方がいいと思うわ」
ハリーが手を伸ばすと、ハーマイオニーが鋭く言った
「どうして?」
ハリーが聞いた
「これ、僕に関係のあるものだろう?」
「触らないで、ハリー」
突然、ネビルが言った
ハリーはネビルを見た
丸い顔が汗で少し光っている
もう、これ以上のハラハラには耐えられないという表現だ
「僕の名前が書いてあるんだ」
ハリーが言った
少し無謀な気持になり、ハリーは埃っぽい球の表面を指で包み込んだ
冷たいだろうと思っていたのに、そうではなかった
反対に、何時間も太陽の下に置かれていたような感じだった
まるで中の光が球を暖めていたかのように…
劇的なことが起こってほしい
この長く危険な旅がやはり価値のあるものだったと思えるような…
わくわくする何かが起こってほしい
そう期待し、願いながら、ハリーはガラス球を棚から下ろし、じっと見つめた
全く何事も起こらなかった
みんながハリーの周りに集まり、ハリーが球にこびりついた埃を払い落とすのをじっと見つめた
その時、すぐ背後で、気取った声がした
「よくやったポッター。さぁ。こっちを向きたまえ。そうら、ゆっくりとね。そしてそれを私に渡すのだ」
どこからともなく周り中に黒い人影が現れ、右手も左手もハリー達の進路を断った
フードの裂け目から目をぎらつかせ、十数本の光る杖先が、まっすぐハリー達の心臓を狙っている
ジニーが恐怖で息を呑んだ
「私に渡すのだ、ポッター」
片手を突き出し、手のひらを見せて、ルシウス・マルフォイの気取った声が繰り返した
腸ががくんと落ち込み、ハリーは吐き気を感じた
二倍もの敵に囲まれている
「私に」
マルフォイがもう一度言った
「シリウスはどこにいるんだ?」
ハリーが聞くと、死喰い人が数人、声をあげて嗤った
「さぁ、予言を私に渡すのだ。ポッター」
再度マルフォイがそう言った
「シリウスがどこにいるのか知りたいんだ!!お前達が捕まえているんだろう」
死喰い人との包囲網を狭め、ハリーたちからほんの数十センチのところに迫った
その杖先の光でハリーは目が眩んだ
胸に突き上げてくる恐怖を無視して、ハリーが言った
九十七列目に入った時から、ハリーはこの恐怖と闘ってきた
「シリウスはここにいる。僕にはわかってる。お前達が捕らえたことを知っているんだ!」
さらに何人かの死喰い人が笑った
「現実と夢との違いがわかっても良い頃だな、ポッター」
マルフォイが言った
すると、どこからともなくハリー達の後ろから落ち着いた、柔らかい声が聞こえた
「ではルシウス、あなたは…’’夢’’と’’現実’’…どちらを選ぶかしら」
全員が振り返りそうになった
衣擦れの音と共に、ハリー達の後ろから、死喰い人の横をすり抜けて、近づいた
彼女が横を通った死喰い人は、ただ立っている
脚元から覗く白い衣と体をすっぽり包む黒いローブの女性が現れた
「…オフューカス」
ルシウスの静かな声が響き、驚きすぎて、動けないハリー達の間を通った聞き覚えのある声の主は…
深く被ったローブをそっと下ろして見えてきたのは、波打つ黒髪と黒い目を湛えたユラ、その人だった
「おまえっ…やっぱりこいつらの仲間だったのか!」
ハリーは腹の底から嫌悪感が湧いてきて、たまらず叫んだ
続けて、ロンとハーマイオニーも叫ぶ
「お前!!」
「あなた最初からグルだったのね!!」
その叫びにルシウス・マルフォイが眉を寄せる
「ねぇルシウス…’’約束’’したでしょう」
ハリーの叫びを無視して、彼女はルシウスに白く、去年よりも痩せ細ってしまった手を出した
痛ましくも見える、その手と、彼女の顔をしばらく見つめたルシウス・マルフォイは、目の奥で何かを決意して彼女の手を取った
「…よかろう」
その言葉の瞬間、ルシウス・マルフォイは、彼女の肩を掴み、同時に背後に向かって、杖を構えた
息も吐かせぬ間に、互いの背中越しの死喰い人に向かって、杖から赤い閃光が走り、死喰い人に直撃した
ハリー達は咄嗟に頭を屈めて、赤い閃光が飛び交い、二人の死喰い人が物凄い威力で奥まで飛ばされるのを目に写した
「ハリー!扉まで走って!早く!!」
彼女の声が響き、周りにいた死喰い人達が黒い煙を出して動き出した
「ノット!」
ルシウスがぐずぐずしているハリー達を連れて行くように指示して
「ああ!」
ノット、と呼ばれた死喰い人の一人が、ルシウスに催促され、動き出した
「裏切り者!!!」と叫ぶ死喰い達からの攻撃を防ぎながら、フードを勢いよく取り、プラチナ・ブロンドの髪が現れた
どこかで見たことのある面影…
「ルシウス!頼んだぞ!」
ハリー達は何が何だかわからない
何故死喰い人が自分達を守るのか
何故ここに彼女がいるのか
何故ルシウス・マルフォイが仲間に攻撃しているのか
「来いポッター!!ここは二人に任せておけ!お前達は扉へ走れ!!」
ノット・シニアが、しゃがみ込むハリーの腕を乱暴に掴み、立たせて背を押した
「!?お前は誰だ!?どうして僕たちを助けるんだ!?」
意味も、訳もわからず、混乱したハリーは叫んだ
だが、彼は厳しい顔つきで、後ろにいるルシウスと彼女の様子を見ながら、ハリーを狙ってくる死喰い人の攻撃を防いだ
「いいから行け!!!早く!!!死喰い人はお前たちが敵う相手ではない!」
切羽詰まったように、四方から来る死喰い人の攻撃を防ぎながら怒鳴ったノットと呼ばれる男に促されて、ハリー達は聞きたいことが山ほどあるが走った
「〜〜〜!!!みんな!早く扉に!」
ハリーは頭の上や、横で飛び交う光線を避けながら杖を振るう仲間達に叫んだ
「ハリー!」
ハリーに続いて扉に向かって走る跡をついていきながら、ロン達は後ろで死喰い人と、見たことも聞いたこともない呪文を唱え、または無詠唱で攻防しているルシウスと彼女を見た
二人は背中を預けて闘っていた
そこかしこで、「裏切り者!!!」「あの方を裏切るとは愚かな!」「殺してやる!!!」「ルシウス!!!」「貴様!!!」と、身震いするほどの激情で叫んでいるのが聞こえる
凄まじい攻防の音が聞こえ、ガラス球が次々と割れる音と、単独飛行の音が聞こえる中
無我夢中で、扉に向かって走るハリー達の後ろから走り、死喰い人の攻撃を防ぐ男に、自分達も攻撃を防ぐハリー達
「『ステューピファイ!!!』ロン!ハーマイオニー!」
ハリーがロンやハーマイオニーを気にかけながら、走る
「『ステューピーファイ!』ハリー!」
「ハリー!」
そして、ハリー達が扉に近づいた時、凄まじい閃光と轟音が響いた
一瞬、ハリー達が振り返ると、この部屋を覆い尽くすほどの青い光が包み、次々とガラス球が割れる音が響き、落ちて、棚がドミノ倒しに倒れていった
その中心から自分達のいる方へルシウスと走ってくる彼女が見える
「行くのよ!」
叫んでくる彼女に、沸騰しそうな感情が湧き出たが、ハリーはグッと堪えて、扉を出た
全員が扉から出た途端、全員真っ逆さまに落ちた
落下する叫び声が響き、同時に、扉が閉まる直前に、死喰い人達も雪崩れ込んできた
勢いよく落ち続けて、地面に激突する瞬間、急に体が何かの膜に阻まれたように静止した
視界の端に、白い煙と黒い煙が二つ現れて、三人分の足が見えたハリー
奇跡的に割れなかったガラス球と杖をしっかり持ったまま立つと、白と黒の煙から現れた、ユラ、ルシウス・マルフォイ、ノットと呼ばれた男がいた
ユラに詰め寄ろうとしたが、ハリーは気づいた
妙に静かだ
暗闇に慣れない目が、馴染んでくると、死喰い人の笑い声が響いてくる
ハリー達が落ちた先は、窪みに台座が置かれ、中心に膜のような揺らめくものが張られた石のアーチが鎮座していた
だが、ハリーは立つ足が震えそうになった
円場の端々に、死喰い人達が、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ルーナ、ジニーが杖を突きつけられて人質に取られていたのだ
「マルフォイ!ノット!貴様らは何を考えている!!」
「あの方を裏切るか!!!恥知らずが!」
「あれだけ目をかけられていながら!!!」
「裏切り者め!!!」
口々に呪詛を吐き出すように、怒りを露わに空気が震えるほどの怒気で叫ぶ
苦い顔をするルシウスに、ノット・シニア
そんな彼らを庇うように前に立つ彼女は、ハリーにボソリと言った
「ハリー、予言を壊して。それが彼の手に渡たるのだけは阻止しないといけない」
「っ!」
ハリーは横で死喰い人に話しかける彼女に、瞠目した
キッ!!となり、怒鳴りそうになった
予言を持つ手が怒りに震える
「彼らを離しなさい」
静かに死喰い人を見据えて言った彼女に、さらに杖を突きつけられるロンやハーマイオニー達
「状況がわかっていないようだ小娘?こいつらがどうなってもいいのか?」
「お前は何者だ!」
死喰い人の何人かが、今にも呪い殺しそうなくらいに叫ぶ
「ポッター!予言を渡せ!こいつらがどうなってもいいのか!」
ある死喰いの一人が、そう叫んだ瞬間、白い煙が頭上から現れた
それを合図に次々と白い煙が現れ、ロン達を拘束していた死喰い人達に襲い掛かる
「ルシウス!ノット!」
次々と闘いが始まる、間で、彼女も動き出し、ルシウスとノットに叫んだ彼女に、ルシウスは死喰い人に攻撃を加えながら、振り向くのもそこそこに叫んだ
「オフューカス!あの方が狙っているのはお前もだ!先に行け!」
「いいえ!シリウスがいる限り、私が先に行くわけにはいかない!ルシウス!後ろ!」
ルシウスの背後で杖を向けていた死喰い人に、彼女が攻撃する
「オフューカス!息子は!」
「ホグワーツよ!!’’約束’’を守っているわ!ノット!」
「恩にきる!」
「ルシウスぅ!!!!貴様ぁ!!!!あの方に楯突きおってぇ!!!」
「避けて!」
死喰い人の一人が、ルシウスを執拗に狙い、攻撃を仕掛けようとするのを、ルシウスは杖を振り、吹き飛ばした
死喰い人のリーダーとなるほどの実力があるルシウスにはそうそう敵わない
実力差は十分だった
一方、死喰い人であるルシウス・マルフォイ、ノット・シニアが彼女と庇い合いながら、ハリーを、生徒達を守り、死喰い人と攻防をしているのを、騎士団のメンバーは驚愕どころではなかった
だからといって今ここで問い詰めることはできない
生きるか死ぬかの闘いだ
一瞬でも気を許せば死ぬ
特にハリーを守りながら、闘うシリウスは、台座の上で、死喰い人から執拗に攻撃を受けながら、髪を振り乱して闘うルシウスと、ノット、彼女の姿を隠れて見ながらハリーに切羽詰まったように聞いた
「ハリー!何故ルシウスが死喰い人と闘っている!?」
「わからないっ!わからないんだ!予言を奪おうとするマルフォイの前に彼女が突然現れてっ!それからこんなことに!」
岩の影に隠れながら、死喰い人に攻撃を仕掛け、防ぐシリウスに必死に答えるハリーに、シリウスは目をキッ!!とギラつかせた
「シリウス!ハリーと生徒達を連れて行け!道はわしらが作る!」
ムーディがハリーを守りながら隠れるシリウスに指示して、扉を指し示す
杖を地面に叩いて、吹き飛ばすムーディは今度は彼女に叫んだ
「ポンティ!!お前も早く行け!!」
「先に生徒達よ!!」
ルシウスと隣り合って死喰い人の相手をしながら、答えた彼女に、ムーディは苦い顔をして、岩場に隠れているロンやハーマイオニー、ネビル、ジニー達を「行け!!お前達は足手纏いだ!!」と叫んだ
きつい言葉だが、ムーディの言うことは正しい
下手に加勢すれば、人質に取られるか、彼らの邪魔をするだけだ
頭の切り傷から血を流すムーディの指示に、トンクスやルーピンが動き、生徒達を扉に誘導した
生徒達と、ハリーがシリウスに引っ張られて、扉に向かったのを見て、彼女は扉の前で腕を大きく上げて
「『レダクト!!!』」
叫んだ途端、部屋の中央にあるアーチが粉々砕けて、勢いよく部屋に四散した、轟音を立てて崩れて、その砕けた岩を引き寄せて、扉を閉めて岩で塞いだ彼女は、荒い息を吐いてよろめいた
それを受け止めたルシウス
「オフューカスっ!」
扉の先で魔法省の地下8階、エントランスホールに向かう騎士団とチラチラ振り返って見てくるハリーを視界に映しながら、自分を支えるルシウスの腕に手を置いて、真剣な眼差しで言った
「よく聞いてルシウス。彼が私も狙っているなら尚更、ノットとあなたは先に魔法省から出たほうがいい。計画通りにして。ドラコに父親を失わせるつもり?」
主人であったヴォルデモートを恐るような目で、捕まったらどんな目に遭うか、と、誰よりも理解しているルシウスは彼女を心配する目を向ける
だが、たったひとりの息子を失うことになることを言われては…
「っ〜!どうなるか分かっているのか!」
堪らず叫んだルシウス
「優先順位を考えてルシウス。仮に私が捕らえられても、この計画を彼が知ることはできない。決してね。これはダンブルドアと決めたことよっ。最後まで信じてっ。私もあなたも、もう後戻りできないわ」
今にも、倒れてもおかしくない、最後に見た時より、痩せ細ってやつれた彼女の姿は、ルシウスの心に怒りと悔しさを溢れさせた
ルシウスを助けようとしたのも、己の息子を、家族を、最初から守ろうとしてくれたのは他でもない彼女だ
ダンブルドアを信用しているわけでも、ハリーに希望を持っているわけでもない
自分達家族を見捨てなかった彼女がいたからこそ、ルシウスは裏切った
到底、到底受け入れられない想いを飲み込んで、ルシウスは走り出した
「っ!!わかったっ!行くぞ!」
「ええっ…ダンブルドアはきっと来るっ…」
フラつきながら気力で走り出した彼女にルシウスは歯を食いしばった
計画通りにしなければ、全てが無に帰す
ヴォルデモートの力と恐ろしさをわかっているからこそ、ルシウスは納得せざるを得なかった
それが、たとえ、友人を失うかもしれない現実だとしても
一方、先に魔法省のエントランスホールに来た面々は、次々と、生徒達を騎士団ひとりひとりがついて、暖炉から逃していた
ノット・シニアは、後でルシウスと落ち合うために、先に『姿現し』で約束の場所へ逃げた
最後にハリーとシリウスと残った時、自分達が出てきた通路からルシウスと彼女が出てきた
暖炉まで近づいてきた二人に
シリウスは怒りと戸惑いを露わに叫んだ
「ルシウス!!!貴様!!オフューカス!!お前もだ!!何故ここにいる!お前達が手引きしたんじゃないのか!私の息子を『闇の帝王』に殺させるために!」
「待ってシリウス!」
ハリーを庇いながら、杖を構えて二人に近づくシリウスを止めようとするハリー
「ブラック!今は貴様とそんなことをしている場合ではなっ「やめて兄様!!ルシウスは味方よ!」オフューっ!」
何人も騎士団が、ルシウスの行いによって命を落としたか
なのに、今更、のうのうとこちら側に寝返るような行動をしたルシウスに、怒りが頂点に達したシリウスが、ルシウスに向かって麻痺の呪文を放った
だが、咄嗟にルシウスを庇おうと前に出た彼女
ルシウスの目の前で、その呪文が当たり、彼女がルシウスの目の前で飛ばされて、エントランスホールの床を転がり、倒れた
「ユラ!!シリウス!!どうして!」
ハリーが叫ぶ
いつもの彼女なら防げていた
何故ならシリウスより魔法の腕が高い
だが、今は、消耗している
ずっと隠密活動を続けて、ハリー達を守り続けたことと、『闇の帝王』の弱みを探るために危険を承知で動いていたことで
それを全て知っているルシウスは、軽く狼狽するシリウスを睨みつけた
「ブラック!!貴様正気か!!状況がわかっているのか!」
急いで、倒れて動かない彼女の元に駆けつけようとしたが、その瞬間、空気が震えた
頭の中に直接、侵入してくるような恐ろしい声
ーーー「やればよいシリウス…その女は俺様の忠実な手下として動いていた」ーー
途端に、ハリーは傷痕が痛み、シリウスは固まった
悪魔の囁き
ーーー「さぁ、憎いのだろう……やれ…お前を裏切り、お前の友も殺した元凶の女を…」ーーー
人の弱味と、怒り、猜疑心、恨み、悲しみに漬け込む声
蛇のような、体を支配する唆す声にシリウスは顔を歪めた
ーーー「呪文は知っているだろう……今なら簡単だ…」ーーー
ハリーは堪らず膝をつき、ルシウスは裏切ったことも知られているだろうどうしようもない恐怖ですぐに逃げられるように暖炉ににじり寄った
だが、シリウスは倒れる彼女を心底憎らしげに睨みながら、自分に打ち勝つように叫んだ
「っっ!!ハリーの両親を殺した貴様の言葉に誰が惑わされるか!!そこの女は正当な罰を受けさせる!」
その瞬間…
空気を支配していた不気味なものが集結した
闇より黒く長いローブを纏い、背の高い、恐ろしい蛇のような蒼白な顔が現れ、縦に裂けたような瞳孔の紅い両眼が、歪に、愉快に口の端を上げながら、ホールの真ん中に現して、シリウスとハリーに杖を向けている
ヴォルデモート卿だ
「哀れな男よ…この女こそ裏切り者だというに」
「ヴォルデモートっ!!!」
シリウスが、その姿を認めた途端、ホールに響くほど叫んだ
「くっくっ……貴様は己の妹であった女のことを何ひとつ知らん…」
「黙れ!お前の言葉には惑わされん!!お前に妹の何がわかる!」
苦しげに、ヴォルデモートに殺されるかもしれない状況で、裏切り者でも、確かに家族であった彼女を妹と呼んで叫んだシリウス
それを鼻で笑ったヴォルデモート
長いローブを揺らめかせて、倒れる彼女の側に寄ったのを見て、シリウスは表現できない恐ろしさを感じた
裏切り者だとわかって、愛していただけに、心底憎んだ妹を、殺されるのは間違っていることだけはちゃんとわかっているシリウスは杖を向けた
「……哀れだなぁ。この俺様を拒絶した結果がこれだ。お前にはお似合いだ。なぁ’’ナギニ’’」
ヴォルデモートが、倒れている彼女の髪を一房掬い上げて、愉悦に満ちた表情で囁いたのを見て、三人が固まった
ピクリと僅かに彼女が瞼が動いた
「……お前が俺様の邪魔をしなければ、これ程手間はかからなかったというに、実に忌々しい…当の本人は守られていたことにも気づかずお前を心底恨んでおる…哀れなだな」
ヴォルデモートのその言葉に、ハリーとシリウスは訳がわからなかった
「愚かな奴らなど捨てろ…俺様はお前の全てを認めてやろう…ナギニ」
悪魔のような囁きにも聞こえる…
彼女に語りかけるその声色は、不気味なほど優しい
シリウスはますます混乱した
これがヴォルデモートの手口だと思った
思いたかった
『ナギニ』と呼ばれた妹
まるで、妹を知っているかのような口ぶり
「今ならば、俺様を拒絶したことを許してやろう」
「……ぅ…」
小さな唇が何かを呟き、ピクリと動いた
その瞬間、項垂れていた彼女の杖腕が上がり、ハリーの持っていた予言を破壊した
「っ!予言が!!」
いきなり破壊された予言にハリーは、目を見張った
砕け落ちたガラスの破片の音が響く
そして次に光線が飛んできた方を見ると
彼女はヴォルデモートの足元で、上体を起こし、ハリーに杖を向けていた
「ハリーっ…兄様っ…彼の言葉に耳を貸してはだめよっ…」
真っ白な表情で、苦しげに言った彼女に、ハリーは初めて、ちゃんと彼女の顔を見た気がした
「俺様の温情を無碍にするとは、二度ならず三度までも拒絶するか。躾が足りなかったか」
ハリーはヴォルデモートが次に何をするか予想できて、すぐさま叫んだ
「やめろ!!!」
「『クルーシオ!』」
「あ゛ぁぁぁぁぁーーーっ!」
絶叫を上げて、体を丸めて叫ぶ彼女の声に被せるように、ヴォルデモートは言った
「お前にはこの程度慣れたものだろう?思い出すのだ。俺様に逆らうことが何を意味するか…わからぬお前ではあるまい」
耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響き、シリウスは体が動いてヴォルデモートに攻撃した
だが、簡単に防がれる
「やめろ!!やめろッ!!」
シリウスが悲痛に叫んで、何度もやめさせようとするが全く通じない
「よくよく思い出すのだ。その身でッ!俺様の手を煩わせるな」
杖を上から指して、解いては掛けて、解いては掛けを繰り返す
息を荒げて、逃げようとする彼女が立ち上がろうとすると打った
頬にくる衝撃で、脳と視界が揺れて地面に打ち付けられる
「『服従』させてやりたいところだがーー皮肉なことにもう効かぬからな」
細い、折れそうな首を掴むヴォルデモートに縋るような体勢で、膝をつく
首を掴む腕に、小枝のような細い手でかけながら気道を塞がれて声も出せない彼女
目に涙が浮かび、今にも気を失いそうになっている
ハリーとシリウスが悲痛に叫ぶ中、続く彼女への拷問
「お前は俺様を三度も拒絶した。ナギニ…忘れたとは言わせん。一度は俺様の子を与えてやったにも関わらず、お前は宿した子諸共’’自死’’しおった。なぜだ?いいやーーもう言い訳など聞かぬ」
その言葉に、三人は言葉を失った
「二度目はおめおめと殺されおった。…ならば三度目はどうする?…あの日、傲慢にもお前は俺様の手を取らなかった!俺様の温情で子を授けてやったにも関わらず、お前は身籠った途端自ら逃げたのだ。逃げ出した!自死したのだ!なぜ逃げ出したッ?」
見たこともないほど、感情的になって忌々しげに叫ぶヴォルデモートに、シリウスもハリーも体が急激に冷えていった
ルシウスは絶句して、震えている
涙を流して、今にも意識を失いそうな彼女の表情は、絶句していた
忘れていたのだ
今、全て流れ込んでくる記憶
あの日、卒業した日…初めて彼の手を払った日からの記憶が…
何かに記憶を封じられていたかのような、靄がかかった記憶が流れ込んできた
毎晩うなされていた記憶…
全て鮮明に思い出した
殺されたのではない
’’自ら’’死を選んだ
あの時、自分自身そのものに、ひびがはいった
自ら’’死’’を選んだ
涙がとめどなく溢れてくる中…彼女はついに意識を闇に落とした
力が抜けてヴォルデモートの腕からするりと手が落ちた
彼女が冷たい床に倒れる音がする
その瞬間、ハリーがよく知った声が響いた
「そこまでじゃ。ここに来たのは愚かじゃったなトム。…ルシウス、彼女との約束を果たすのじゃ」
ハリーが見たこともないほど、厳しい顔つきをしたダンブルドアが、ハリー達の前に立ち、ヴォルデモートに対峙して告げた
ルシウスはダンブルドアを一瞥すると、すぐさま、逃げるようにして暖炉へ行き、姿を消した
一瞬、立ち止まったが、すぐに暖炉に飛び込んだ
「闇払いたちがもうすぐやって来ようーー」
「その前に俺様とナギニはいなくなる。そして貴様は、死んでおるわ」
ヴォルデモートが吐き捨てるように言い、ナギニと呼んだ倒れる彼女を己の服から出した帯のようなもので、引き寄せ、まるで奪われまいとするように引き寄せた
そして、すぐさま『死の呪文』がダンブルドアめがけて飛んだが、外れて守衛のデスクにあたり、たちまち机が炎上した
ダンブルドアが素早く杖を動かした
その杖から発せられる呪文の強さたるや、呪文が通り過ぎる時、ハリーとシリウスの髪が逆立つのを感じるほど
ヴォルデモートもその呪文を逸らすためには、空中から輝く銀色の盾を取り出さざるを得ないほどだった
ハリーにはその呪文が、何であるかは分からなかったが、盾に目に見える損傷は与えなかった
しかし、ゴングのような低い音が反響したーー不思議に背筋が寒くなる音だったーー
「俺様を殺そうとしないのか?ダンブルドア?そんな野蛮な行為は似合わぬとでも?」
「お前も知っての通り、トム、人を滅亡させる方法は他にもある」
ダンブルドアは落ち着き払ってそう言いながら、真っ直ぐにヴォルデモートに向かって歩き続けた
この世に恐れるものは何もないかのように
ホールのそぞろ歩きを邪魔する出来事など何も起こらなかったかのように
「確かに、お前の命を奪うことだけでは、わしは満足せんじゃろうーー」
「死よりも過酷なことは何もないぞ、ダンブルドアーー」
「おまえは大いに間違っておる」
ダンブルドアがさらにヴォルデモートに迫りながら、まるで酒でも飲み交わしながら会話しているような気軽な口調で言った
ハリーはそれが空恐ろしかった
警戒するように叫びたかった
だが、体が動かない
「こちらには人質がいるのだぞダンブルドア。貴様の愚かな行動のせいで死んでもいいのか?」
「お前にナギニは’’殺せん’’。殺そうと思えばあの時に殺しておったはずじゃ」
「知ったような口を。ナギニのことを何も理解していないな貴様は」
「その通りじゃ。わしはお前に虐げられ苦しむ彼女に、気づくことさえできんかった。わしの責任じゃ」
「ナギニは自ら望んで俺様の腕の中にいた。矢張り貴様は何も分かっておらん」
「そうさの。ナギニはお前を決して見捨てんかった。だが、しかし、苦しめたのはお前じゃ。お前の執着は異常じゃトム。お前の手をとらんかった時、お前はナギニに赦されぬことをしたのじゃ」
「それがどうした?ナギニには俺様しかいない。哀れにも’’臆病’’で、’’卑怯’’なこやつは、俺様に恐れを抱き、怖がり畏怖した。自ら望んだ結果だ。そしてそうあることがナギニの望みだった。俺様は優しくも、それを叶えてやったにすぎん」
「ほんに臆病者だったならば、トム、お前はとうの昔に見放されておったはずじゃ。ナギニはお前の善なる心を信じて’’深い愛’’を示した。これ以上苦しめるでない。もう十分じゃ」
「はっ!’’愛’’?お偉い老ぼれはそんな意味も、価値もないものを信じているのか?ナギニが俺様を’’愛していた’’と本気で思っているとは笑わせる。ナギニは俺様の’’役に立つ’’ことを望んでいた。ゆえに偉大な魔法使いの子を産む栄誉を与えてやったというのに」
「自ら死を選ばせる程、狂わせ、壊すような行為を強いて満足かのトム?ナギニが死を選んだ時、何を思った?’’魂’’を縛り付けてまで、やり直そうと思った理由は何故じゃ?お前はナギニに受け入れてほしかっただけじゃろう」
「黙れ」
「ナギニはお前と共に育った時から、お前を一人にはせんかったはずじゃ。お前を孤独にすまいと側におったはずじゃ。それだけの’’愛’’を与えられておいて、お前は愚かにもそれに気づかんかった。自分の’’物’’だと思い違いをし、自らの手で壊したのじゃ。苦痛を味わわせ、痛ぶることでしか’’愛’’を示せんお前を決して見捨てずにいた。そんな姿になっても尚、ナギニはお前のことを見捨てておらん。全ての責任を取ろうとしておる。満足かの?」
まるで全て見透かすように明かされる事実に、ハリーは頭が真っ白になった
「お優しい説教はそれで終わりか?此奴は貴様が思うほどできた人間ではない。弱く、卑怯な愚か者だ。俺様に従うことで自分だけ助かろうと思うような卑しい女だった。俺様のすることに気付いていながら何もせず指を咥えて怯えて見ていただけのやつだ」
「お前は何も分かっておらんトム。確かに彼女はお前に逆らえんのかったかもしれん。じゃが、彼女は罪を認め、お前と対峙する道を選んだ。他の選択肢も選ぼうと思えばあったはずじゃ。だが、そうせんかった。どれだけ孤独でも、お前の犯した、決して赦されぬ罪の責任を取ろうとしておる。並大抵の覚悟でできることではない。体と精神を壊すほど己を責め、お前の罪によって死んでいった者達の子孫を救おうと足掻いた。それだけの強い想いを向けられて尚、お前は気付いておらん」
ハリーは激しく自分を責めた
今、全てが繋がった
彼女の言動の全て…
…自分を守るためのものだった…
思えば、彼女が痩せ細っていったのは去年からだった
自分は辛いことが続き、周りに理解されず、意固地になり、ムキになっても、彼女は友といるように、諭していた
決して一人ではないと言われた
だが、彼女は?
自分は彼女にどんな態度をとった?
どんな言いがかりをつけた?
否定も肯定もしない彼女に、勝手に決めつけて責めて、恨んだ
彼女は何も言い訳しなかった
何一つ、ただのひと言も
ハリーは咄嗟にシリウスを見ると、見たこともないほど色がなくなっていた
「ナギニは俺様のものだ。貴様のものではない。俺様の’’物’’をどう扱おうと、貴様にとやかく言われる筋合いはないわ。俺様は裏切られた。もう一度、分からせねばならん」
恐ろしげな言葉なのに、今のハリーには、ヴォルデモートのその言葉が、大切なものを取られたくないような、そんな子どもの独占欲の現れだと思わずにはいられなかった
「トム、お前は、決して赦されぬーー」
そう呟いたダンブルドア
次の瞬間、ヴォルデモートの放った『死の呪文』とダンブルドアの凄まじい力がぶつかり合った
ハリーが見たものより遥かに桁違いの、緑と赤の閃光が火花を散らしてぶつかり合った
ハリーとシリウスが衝撃が強すぎて吹き飛ばされそうなほどの威力で、暖炉の側の壁に避難した
そして、突然ヴォルデモートの口から大きな炎の蛇が現れわれ、ダンブルドアを丸呑みにしようとした
だが、ダンブルドアが杖を降り、大蛇が空中高く吹き飛び、一筋の黒い煙となって消えた
そして泉の水が立ち上がり、溶けたガラスの繭のようにヴォルデモートを包み込んだ
その衝撃で、彼女の体は床に落ちた
わずかの間、ヴォルデモートは、さざなみのように揺れるぼんやりとした顔のない影となり、台座の上でちらちら揺らめいていた
息を詰まらせる水を払い退けようと、明らかにもがいている
やがて、その姿が消えた
水が凄まじい音を立てて再び泉に落ち、水盆の縁から激しく溢れて磨かれた床をびしょ濡れにした
ハリーは思った
間違いなく終わった…
ヴォルデモートは逃げを決めたに違いない
ハリーは倒れている彼女のもとに走ろうとした
だが
「ハリー、動くでない!」
ダンブルドアの声が、初めて恐怖を帯びていた
ハリーには何故かわからなかった
ホールはがらんとしている
ハリーとシリウス…ダンブルドアしかいない
すると、突然、傷痕がパックリ割れた
ハリーは自分が死んだと思った
想像を絶する痛み、耐え難い激痛ーー
ハリーはホールに’’いなかった’’
紅い目をした生き物のとぐろに巻き込まれていた
あまりにキツく締め付けられ、どこまでが自分の体で、どこからが生き物の体のものかわからなかった
二つの体はくっつき、痛みによって縛り付けられていた
逃れようがない…
そして、その生き物が口をきいた
ハリーの口を通して喋った
苦痛の中で、ハリーは自分の顎が動くのを感じた
「老ぼれめっ…貴様の負けだっ」
目も見えず、瀕死の状態で、体のあらゆる部分が解放を求めて叫びながら、ハリーは、またしてもその生き物がハリーを使っているのを感じたーー
頭の中で、幸せだった記憶にヴォルデモートが入ってくる
弱いやつだと、自分を見ろと…
膝をついてハリーに歩み寄る、ダンブルドアの声が響く
「ハリー…どれだけ彼奴と’’似ている’’かではない、どれだけ’’違う’’かだ」
その言葉を遠くで聞いたハリーは、心の中に入り込んでくるヴォルデモートに抵抗するように自分の意識を取り戻そうと’’言った’’
「弱いのはお前だっ…はぁっ…お前は愛を知らないっ…友情もっ!…あ゛あ゛!っ…お前は可哀想なやつだっ…」
その時、ハリーは心に入り込むヴォルデモートを完全に否定した
そして、ハリーの体から何かが出ていった
「愚かな奴め、ハリー・ポッター…貴様は全て失うぞ…全てな」
そう言って、全ての暖炉からエメラルド色の炎が燃え上がり、次々と魔法使い、魔女が現れるのを見たヴォルデモートは、彼女を連れて消えた
ダンブルドアに助け起こされたハリーは、眼鏡をつけて周りを見ると、ホールに人が溢れているのがわかった
すると…
「『あの人』はここにいた!」
紅のローブにポニーテールの男が、アトリウム(エントランスホール)の、噴水の側を指差して叫んだ
さっきまで、彼女が倒れていた場所だ
「ファッジ大臣、私は『あの人』を見ました。間違いなく、『例のあの人』でした。女を担いで『姿くらまし』をしました!」
「わかっておる、ウィリアムソン、わかっておる。私も『例のあの人』を見た!」
ファッジはしどろもどろだった
細縞のマントの下はパジャマで、何キロも駆けてきたかのように息を切らしている
「なんとまあーーここでーーここで!ーーー魔法省で!ーーあろうことか!ーーーありえないーーまったくーーどうしてこんなーー?」
「コーネリウス、下の神秘部に行けばーー」
ダンブルドアは厳しい顔つきのままで、前に進み出た
新しく到着した魔法使い達は、ダンブルドアがいることに初めて気づいた
何人かは杖を向け、あとはただ呆然と見つめるばかりだった
ファッジは飛び上がり、スリッパ履きの両足が床から離れた
シリウスは茫然自失と言った様子で、暖炉の側の壁に体を預けている
ハリーは声をかけられなかった
「脱獄した死喰い人が、何人か、『死の間』に閉じ込められ、拘束されておるのがわかるじゃろう。『姿くらまし防止呪文』で縛ってある。大臣がどうなさるか、処分を待っておる」
「ダンブルドア!」
ファッジが興奮で我を忘れ、息を呑んだ
「おまえーーここにーー私はーー私はーー」
ファッジは一緒に連れてきた闇払い達をキョロキョロと見回した
誰が見ても、ファッジが「捕まえろ!」と叫ぶかどうか迷っていたのは明らかだった
「コーネリウス、わしはおまえの部下と戦う準備はできておる。ーーそして、また勝つ!」
ダンブルドアの声が轟いた
「しかし、つい今しがた、君はその目で、わしが一年間君に言い続けてきたことが真実じゃったという証拠を見たであろう。ヴォルデモート卿は戻ってきた。この十二ヶ月、君は見当違いの男を追っていた。そろそろ目覚めるときじゃ!」
「私はーー別にーーまあーー」
ファッジは虚勢を張り、どうするべきか誰が教えてくれというように周りを見回した
誰も何も言わないので、ファッジが言った
「よろしいーードーリッシュ!ウィリアムソン!神秘部に行って見てこい!…ダンブルドア、おまえーー君は、正確に私に話して聞かせる必要がーー『魔法界の同胞の泉』はどうしたんだ?」
最後は半ベソになり、泉を見た
ヴォルデモートとの闘いで、像の残骸が散らばっている床を見つめた
「その話は、わしがハリーをホグワーツに戻してからにすればよい」
ダンブルドアが言った
「ハリー、ーー…ハリー・ポッターか?」
ファッジがくるりと振り返り、ハリーを見つめた
ハリーは床に座りこんだままだった
「ハリーがーーーここに?」
ファッジが言った
「どうしてーー、一体どういうことだ?」
「わしが全て説明しようぞ」
ダンブルドアが繰り返した
「ハリーが学校に戻ってからじゃ」
ダンブルドアは、噴水の側を離れ、黄金の魔法使いの像の頭部が転がっているところに行った
杖を頭部に向け『ポータス』と唱えると、頭部が青く光り、一瞬、床の上でやかましい音を立てて震えたが、また動かなくなった
「ちょっと待ってくれ、ダンブルドア!」
ダンブルドアが頭部を拾い上げ、それを抱えてハリーのところに戻るとファッジに言った
「君にはその移動キーを作る権限はない!魔法大臣の真ん前で、まさかそんなことはできないのに、君はーー君はーー」
ダンブルドアは半月メガネの上から毅然とした目でファッジをじっと見ると、ファッジの声がだんだん尻すぼまりになった
「君はドローレス・アンブリッジをホグワーツから除籍する命令を出すがよい。部下の闇払い達に、わしの『魔法生物飼育学』の教師を追跡するのをやめさせ、職に復帰できるようにするのじゃ。君にはーー」
ダンブルドアがポケットから十二本の針がある時計を引っ張り出して、ちらりと眺めた
「……今夜、わしの時間を三十分やろう。それだけあれば、ここで何が起こったのか、重要な点を話すには十分じゃろう。そのあと、わしは学校に戻らねばならぬ。もし、わしの助けが必要なら、もちろん、ホグワーツにおるわしに連絡をくだされば、喜んで応じよう。校長宛の手紙を出せばわしに届く」
ファッジはますます目を白黒させた
口をポカンと開け、くしゃくしゃの白髪頭の下で、丸顔がだんだんピンクになった
「私はーー私はーー」
ダンブルドアはファッジに背を向けた
「立つのじゃハリー、この移動キーに乗るがよい」
ダンブルドアが黄金の頭部を差し出し、ハリーはその上に手を載せた
次は何をしようが、どこに行こうが、どうでもよかった
「三十分後に会おうぞ」
そして、ハリーは色彩と音の渦の中を前へ、前へと飛んで行った
ハリーの足が固い地面を感じた
膝ががくりと砕け、黄金の魔法使いの頭部がゴーンと音を響かせて床に落ちた
見回すと、そこはダンブルドアの校長室だった
校長が留守の間に、すべてがひとりでに元通りに修復されたようだった
繊細な銀の道具類は、華奢な脚のテーブルの上で、のどかに回りながら、ぽっぽっと煙を吐いている
歴代校長の肖像画は、肘掛け椅子や額縁に頭をもたせかけて、こっくりこっくりしながら寝息を立てている
ハリーは窓の外を見た
地平線が爽やかな薄緑色に縁取られている、夜明けが近い
動くのもとてつもない静寂
肖像画が時折立てる寝息や寝言しか破るもののない静寂は、ハリーにとって耐え難かった
ハリーの心の中が周りのものに投影するなら、肖像画は苦痛に泣き叫び、自分を呪っているだろう
静かな美しい部屋を、荒い息をしながら歩き回った
考えまいとした
しかし…考えてしまう…
逃れようがない…
ヴォルデモートの策略に嵌るようなバカな真似をしなかったなら
もし夢で見たことをあれほど強く現実だと思い込まなかったなら
もし、僕の「英雄気取り」をヴォルデモートが利用している可能性があると、ハーマイオニーの言ったことを、素直に受け入れていたなら…
もし、僕があそこに行かなければ…
彼女がルシウス・マルフォイを味方につけていなければ…
感情に支配された先入観で決めつけていなければ…
自分の中で言いようのない怒りをぶつける対象を探さなければ…
自分達だけで、死喰い人に敵うなんて…驕らなければ…
ーーー当の本人は守られていたことにも気づかずお前を心底恨んでおる…哀れなだなーー
全てが鮮明思い出される
ヴォルデモートが彼女に言った言葉…
自分はなんて馬鹿なんだ…
ーーー思い詰めて独りよがりになるのはよくないわ。あなたは一人じゃないんだから。貴方の周りにいる大人はそんなに頼りない人たちかしら?…違うでしょうーーー
思い返せば、彼女の言葉は全て自分を守るためのものだった
大切なことに気づかせるための
自分を一人にさせないように
ーーー怒るのは愛情があるからよ。怒る、という行為はとても疲れるものなの。それは相手に分かって欲しいから、自分のことを理解して欲しいからくる感情よ。今のあなたがロンやハーマイオニーに思っている感情と同じーーー
ーーなら、あなたの気持ちをちゃんと伝えてあげて。そして同じ分だけ相手の気持ちもちゃんと聞いて、受け止めてあげるの。彼らはあなたの味方よーー
どうして僕は彼女を信じなかったんだ
彼女の言葉で助けられたのは事実じゃないか
彼女がマルフォイと仲が良いからという理由だけで
思えば…ホグワーツに入った頃から、自分にちょっかいをかけてくるマルフォイを止めていたのは彼女だった
三年生くらいからパッタリとマルフォイ達は自分達に絡まなくなった
今回のことだってそうだ…
彼女が来たということは、ダンブルドア軍団のことも知っていた
なのに、アンブリッジに黙っていた
自分が罰を受けても…
よく考えれば、ダンブルドアがいなくなった学校で、アンブリッジに反抗する自分達があれだけうまく動き回れたことのほうがおかしい
今まであったことを全て思い出し、自分がいかに彼女に守られていたか、身に染みて分かったハリーは何かに当たらずにはきられないほど憤った
何故話してくれなかったのか
今になってわかる
ヴォルデモートとまともに対峙した今だからこそ
目の当たりにした
彼の強さを
はっきり言って、驕っていた自分を殴ってやりたいほどだ
自分では到底及ばないほどの力と邪悪な心を持っている
彼女はそれを誰よりも知っていたんだ
だから…だから…何も告げずに…一方的に恨まれても…僕を守ろうとした
フレッドとジョージが時折教えてくれたアンブリッジの動向の情報も、きっと彼女からもたらされたものだ
頑なにいい奴だと言っていた、あの双子はわかっていたんだ…
彼女は何も悪くないと……
ーーどこかの口の軽い愚か者が、ダンブルドアの言葉を無視して告げ口しようとも我輩は何も言いますまいーー
スネイプの言ったことも結局、事実だった…
僕は愚かにも、ダンブルドアとの約束を破り、シリウスに言った…
まんまと僕もシリウスも…彼女を敵だと思った…
僕が一人にならないようにしていた…弱った心にヴォルデモートが付け込まないように…
なら…なら…それをたった一人で…耐えた彼女の精神は…どれだけのものだったろう…
想像もつかない…
ーーお前如きが彼女を語るな。全く…ほとほと呆れてものも言えん。碌でもない名付け親と同じで、子どものように癇癪を起こすことしかできんとは…はっ…校長と彼女の頼みでなければ、我輩はお前なぞに時間を割かないというのにーー
その通りだった
スネイプは…彼女の頼みだと言った…
つい口から出た言葉だというのは、あの時の様子を見れば、今ならばわかった…
スネイプの記憶を見た後だからなのもある…
父さんは…スネイプを虐めていた…
シリウスは…スネイプといる彼女に手をあげていた…
シリウスなりの葛藤があったのもわかる…
だけど…だけど…
ーー言っておくがな、ポッター。お前のちっぽけな覚悟など、お前が手下と呼んでいる者の足元にも及ばん。この程度で、ムキになり泣き言を言っているようではな。『闇の帝王』はさぞかし両手を挙げて喜んでいるだろうな。お前がどんなに直情的で操りやすい愚かな子どもかとーー
全部その通りだ
彼女がどれだけのものを背負っていたのか…
足元どころか彼女に近づくことすらできていない…
僕は直情的で操りやすい子どもだった
子どもなんだ…
今日、ちゃんと彼女を見た
痩せ細って、やつれて…今にも倒れてしまいそうなほどだった…
限界などとうに越していたに違いない…
なのに、彼女は立っていた…
ヴォルデモートの言葉に惑わされず、予言を壊し、抗った…
ーーーハリーっ…兄様っ…彼の言葉に耳を貸してはだめよっ…ーーー
僕は動けもしなかった恐怖の中…彼女は守ろうと言った…
そんな彼女を責めて、勝手に憎み、ヴォルデモートの手下だと思い込んでいた…
ダンブルドアが気付いていないのだと…
マルフォイと関わっているという理由だけで、勝手に思い込んで……
彼女はどんな思いだっただろう…
どんな気持ちだったんだろう……
どんな孤独を…
ヴォルデモートに痛ぶられていた時の彼女の絶叫が頭の中でこだまする
目の前で、何度何度もかけていた…
一度自分もかけられたことがある…
あれを…
何度も…
ーーーお前にはこの程度慣れたものだろう。思い出せ。俺様に逆らうことが何を意味するか、わからぬお前ではあるまいーー
あの言葉は、思い違いでなければ、過去にもされていたことを仄めかしていた
それも何度も…慣れるほど
ーーー『服従』させてやりたいところだが、皮肉なことに、お前にはもう効かんーー
あの言葉もそうだ…
ムーディになりすましたクラウチJrに、服従の呪文をかけられた時のことを彼女に聞いたことがあった
何故耐えられたのか
僕と同じだと答えた彼女
あれを見て、聞いて、嫌と言うほどわかった
自分のような、そんな生易しい理由ではない
ヴォルデモートに何度もかけらていたのだ
それをっ…それをっ…
よりによってっあんな耳を塞ぎたくなるようなっ
真実っ
ーーーお前はナギニに赦されぬことをしたのじゃーー
ダンブルドアのあの言葉
ダンブルドアがあそこまで怒りに満ち溢れたような厳しい声で言うなんて、相当だ
自分は、最低だ
ハリーは底の見えない自己嫌悪に陥った
校長席の間にある、階段に座り込んで胸が締め付けられるほどの痛み、後悔、罪悪感、嫌悪、吐き気…多くの負の感情が自分を支配する中、穏やかな声が降ってきた
「己を責めるでないぞ。ハリー」
優しく諭すような言葉に、ハリーは顔を上げた
「先生…」
「お前さんは今回、ようやった」
違う
全部僕のせいだ
結局彼女はヴォルデモートに捕まった
身勝手で無謀な行動と思い込みのせいで
それを思い出し、ハリーはさらに顔から血の気が失せた
「ユラはっ…ユラを助けないとっ」
崩れ落ちそうな膝を叱咤して立ち上がって言ったハリーに、ダンブルドアは軽く手で制した
「落ち着くのじゃハリー。あの子は、いずれこうなることを予期しておった…」
ハリーは目を見開いた
「こうなった以上、お前さんには話しておこうかの…あの子の望むところではないじゃろうが…わしはお前さんには知っておいて欲しいのじゃ……あの…哀れな子を…」
半月型の眼鏡の奥の薄いブルーの目が、深い闇を湛えていた
ゆっくりとベンチに座ったダンブルドアは思い出すように…顔をすこし横に向けた…
そして、重い…重い口を開いた…
「…ヴォルデモート卿…かつての名はトム・リドルと、そう呼ばれておった…」
ハリーは心臓がドクンと鼓動を打った気がした
通っていなかった全身の血液が急激に流れ出した
「ホグワーツはじまって以来の天才じゃった…実に賢く…秀才で…才能に満ち溢れておった…皆の手本となるほどの模範生で、先生方からの信頼厚く…常に周りの尊敬を集めておった」
ハリーは一瞬、ダンブルドアが誰の話をしているのかわからなかった…
信じられなかった…
「闇の魔術に手を染めて…姿を何度も変えるまでは…とてもハンサムで美しい生徒じゃった…今のヴォルデモート卿がかつてのトム・リドルだと知る者はわしとあの子以外はおらんじゃろう…それほど、トムは変わってしまった…」
想像もつかなかった…
あの蛇のように恐ろしい姿をしたヴォルデモートが…
「…トムがホグワーツにおる時、片時も側を離さんかった生徒がおった…」
彼女だ
ハリーにはすぐわかった
「トムとは正反対の…とても平凡で、大人しく…静かな子じゃった…その名は、『ナギニ・メメント』…そうじゃ…今ではユラ・メルリィ・ポンティと呼ばれておる子じゃ…」
ハリーは膝に置いた拳を握りしめた
「その子は…ホグワーツに入る前から、わしがトムを迎えに行った孤児院で、トムと共に育った孤児じゃった」
ハリーは驚いた
彼女がヴォルデモートと共に育ったなんて
それも孤児院で…
「何も話さず、滅多に口を開かんあの子に…わしは初め、トム以外に心を開いておらんのだと思っておった…実際、二人は、あの孤児院で唯一の同じ秘密を共有する仲じゃった」
ハリーはそれがなんなのかわからなかった
「魔法じゃよ…トムとあの子は魔法使いじゃった…だから、わしは二人を迎えに行ったのじゃ…」
「ホグワーツに入ってからも、あの子がトム以外とおるところをわしは見かけんかった……わしは…傍目に見て、同じ境遇で育った、仲睦まじい二人じゃと思うておった」
「実際、トムがあの子と接する時の様子は、他の誰にも見せんだろう顔をしておった…」
「あの子の世話を焼き…共に学ぶ……好きな子にちょっかいをかけたがる…普通の男の子じゃった…そう思って疑わんかった…」
想像もつかない
ヴォルデモートがそんなだったんて…
「じゃがそれは大きな間違いじゃった……あの子は、トムの本性に気付いておった」
ハリーは目を見開いて思わず俯いていた顔を上げた
「人心掌握に並外れた才能と、魅力を持っておったトムに、唯一惑わされんかったのはあの子じゃ…あの子は怯えていたのじゃ……トムを恐れ、怖がっていた…」
「じゃが…あの子は…トムの手を振り払えんかった…もちろん、トムがそれを、そう易々と許すようなことはせんかったじゃろう…故にあの子は苦しんだ……」
「あの歳で…耐え続けたのは…並の精神力でできることではない…当時、トムがあの子に何をしたのかは、わしは知ることはできん……あの子は決して言わんじゃろう」
「実際、あの子は多くを語らず、ただわしに、自分はトムと同じだ、と、決して赦してくれるな、と言ったのじゃ。この言葉を聞いて、ハリー、お前さんはどう思うかの?」
ハリーは口がカラカラで、一瞬答えられなかった
喉から何も出てこない…何の言葉も出てこない
頭の中が、これほど真っ白になったのは…今までにない
「…わしはの…’’深い愛’’じゃと思ったのじゃ……」
ハリーは意味がわからなかった
なぜ、自分を散々虐げてきた相手に対して、愛などわくのか
絶対に違うと頭で否定した
「…あの子はの、トムのように、特別でも、目立った才能があったわけでもない…ただの、平凡で大人しい子じゃ…じゃが、トムにとってはそうではなかったのじゃ…お前さんも見聞きしたように…トムはあの子に並々ならぬ歪な執着を寄せておる」
それは、ハリーにも分かった
あれは異常なんて言葉では足りない
狂っている…
「…わしも、何故トムが、あそこまであの子に拘るのか、つい最近までわからんかった…じゃが、ようやくわかった」
ハリーは気になった
ヴォルデモートが特別な何かもないのに、あそこまで執着する理由がわからないからだ
「のう、ハリー…お前さんは人を好きになる時、どんなところを見るかの?」
ハリーは拍子抜けした
いきなり、脈絡もない質問をされて
だが、ハリーは考えた
初恋のことや、自分が好ましいと思っている女の子のことを…
「えっと…仕草とか…雰囲気とか…一緒にいて安らげる……」
「そうじゃ…愛の形はそれぞれじゃが…多くの者はお前さんが今言うたような基準で人を好きになる…それはトムも例外ではなかったのじゃ…」
見えてこない話にハリーは少し眉を寄せた
「つまり…?」
「つまりの、あの子はトムの全てを受け入れる’’心’’を持っておったのじゃ…それは言葉で説明できる類のものではない…’’心’’なのじゃ…」
ハリーにはピンと来なかった
たが、ダンブルドアの言わんとしていることはわかった
「あの子の口にする言葉、仕草、表情、態度…全てがトムを肯定し、包み込み、満たすものじゃったのじゃよ……わしは、それを身に染みて理解したのじゃ」
ダンブルドアは重く目を瞑り、苦々しい表情でいった
感慨深げにも見えるその表情は、自分の知っている偉大な魔法使いの姿とは少し違っていた
「…あの子が決して自分自身を見失わんかったのは、トムへの’’深い愛’’故じゃ……どんな目に遭おうと、どんな仕打ちを受けようと…あの子は心のどこかで納得しておった……歪じゃよ…」
歪だ…
ハリーには理解できなかった
だが、ダンブルドアはそうではないようだった…
「じゃが…愚かにもトムは…それを間違った方向に受け取った…」
深い悲しみと失望を滲ませるような声に、ハリーは唇を引き結んだ
「トムはあの子を’’憎んでおる’’…」
「どうしてっ…」
「’’愛’’と’’憎しみ’’は表裏一体なのじゃよ………憎んではおるが、トムは自らあの子を手にかけることはせんかった…あれは事実じゃろう…トムが冷静さを欠き、感情的になるのは、唯一あの子以外おらん…」
ハリーはダンブルドアの言葉に、ヴォルデモートが彼女を懐に隠した時の様子と、怒りをぶつけるように叫んだ言葉を思い出した
あれは…恐れられる闇の帝王の姿ではなく…
トム・リドルという…ひとりの人間の叫びのように見えたのだ
「己の子を産ませようとしたのも…子を宿せば己をみると思ったのじゃろう………じゃが、それは大きな間違いじゃ」
ハリーは両親に愛されていた
ヴォルデモートに殺されたが、両親は最後までハリーを守った
それもまた愛ゆえだ
だが、ヴォルデモートは愛を知らない
可哀想なやつだ…
あんな生きていてはいけないやつが…両親を…多くの人を理不尽に殺したやつが…
愛されていいわけがない…
ダンブルドアはヴォルデモートは…トム・リドルは彼女に愛されていたと言っている
許せないと思う一方、わからなかった
それに、それは愛というのか…
なら、何故、仮にも自分の子どもなのに…死を選んだのか…
彼女が愛したという男の子どもを…身籠ったのに…
既に罪のない命が宿っていたのに…
ハリーは理解できなかった
ダンブルドアの言う通り、想像もつかない…
彼女が正気に戻り…壊れるまでの間に…どんな葛藤があったのか…
軽く身震いしたハリー
だが、次にでてきた言葉に、ハリーは頭に一気に血が上った
「ハリー、あの子を助けに行かんと約束しておくれ」
一瞬、何を言われたかわからなかった
「え…そんな!」
思わず立ち上がり、信じられない様子でダンブルドアを見下ろし、憤慨したハリーに、ダンブルドアは薄いブルーの目を穏やかに細めてじっと諭すように言った
「あの子の願いじゃ。あの子はこうなることは予期しておった」
「それは聞きました!でも!でもっ早く助けに行かないと!またっ!」
殺されないとは思いたいが、あんな拷問と真実を聞かされた後で、どうしてそんな非情なことが言えるのか
ハリーは吐き気がした
「ハリー、あの子が今回、長き沈黙を破り、わしに全て打ち明けた理由がわかるかの?」
「知らない!そんなこと知るわけない!」
ハリーは、ないまぜになった感情で、目頭が熱くなるのを感じながら、叫んだ
「…ハリー。君なのじゃ」
穏やかに、やはり諭すように言ったダンブルドアに、ハリーは声が詰まった
「あの子がヴォルデモートに逆らってでも、決別した理由は君なのじゃ。君がおるからこそじゃ」
「考えてもみるのじゃ…あの子が誰よりもヴォルデモートに逆らうことが何を意味するか知っておる。それを覚悟してあの子は君を守るのじゃ」
「そんなの僕は頼んでない!!望んでもない!」
わかってる
そんなことは嫌と言うほどわかっている
ヴォルデモートの言った通りだ
「ハリー…」
「どうしてっ…どうして僕なんだ!もう全てどうでもいい!みんな勝手に!僕の気持ちなんてわかるわけない!」
もう限界だった
何もかも
さっきまでは彼女を助けに行かないと、と思っていたが
ダンブルドアの言葉に、自分は何もすべきでないと、無力なのだと、言われているようで、それに、また自分の勝手な行動で人が傷つくのを見たくない、と思った
「勝手に僕を祭り上げて!実際あいつと闘ったのは先生だ!彼女じゃないか!僕は何もしてない!何もできなかったんだ!彼女が連れ去られたのだって僕のせいだ!」
「それは違う、ハリー」
「何が違うんだ!」
「ヴォルデモート卿の手にあの子がおるうちは、ヴォルデモートは君に手出ししてこんからじゃ」
「…は?…」
声が枯れそうだった
今、なんと言った?
「あの子がヴォルデモートに連れ去られるのは時間の問題じゃった。ハリー、あの子自身がわかっていたことじゃ。あの子は、もし、君がこのことを知ったとき、わしに伝えてくれと言っておった。『これは私と彼の問題』じゃと」
「……っ〜〜!」
そんな突き放すような言い方をされても今ならわかるっ
それが自分に罪悪感を持たせないためのものだとっ
だが、そんな言い方をされれば、もう何も言えない
「ハリー、あの子が捕まったのは、わしのせいなのじゃ」
ハリーは目を見開いた
聞き返す間もなく、ダンブルドアは続けた
「すべて、わしが、当時、気づいておれば、君の両親が殺されることも…あの子がこれ程苦しむこともなかったのじゃ…そして、ハリー、お前さんを苦しめることもなかった。全責任がわしにあるなどというのは傲慢というものじゃ…無論、あの子も同じことを思っておるじゃろう」
「先生のせいじゃない!!それは絶対に違う!」
思わず叫んだハリーに、ダンブルドアは静かな、静か過ぎる声で続けた
「聞くのじゃ、ハリー。あの子は何も君を守るためだけに捕まったわけではない。君には、君にしかできぬことがあるのじゃ」
「僕にしか…?」
「ああ…じゃが、君はまずは休まねばならん。でなければ、できることもできぬのじゃ。わかっておるな?」
穏やかな声で、ダンブルドアがハリーを優しげに見据えてそう言った
ハリーは、ダンブルドアの言葉に似合わぬ柔らかな眼差しに、荒ぶっていた気持ちが少し、ほんの少し収まった
だが、矢張り、憤りや後悔は消えたりはしない
「辛いかもしれんが、’’待つ’’のじゃ。ハリー。今、我々にできるのはそれより他ないのじゃ…」
ダンブルドアはそう言うと、ハリーの肩に手置いた
「先生…」
ダンブルドアを信じる、彼女を助けにいきたい、信じたい、今度こそ間違えない、色々な言葉が浮かんだが、ハリーは全て呑み込んで一言だけ「先生」と、言い、不安を滲ませる青い目を向けた
すると、ダンブルドアは、憐れむような顔つきで、言った
さっきのハリーに向けた柔らかな心配の表情ではない
「シリウスを頼むぞ」
ハリーは、はっとした
今まで、激情と混乱と、困惑で、頭がいっぱいで忘れてしまっていた
自分よりも、一番ショックを受けている人がいる…
彼女の兄、シリウスだ
あの光景を目の当たりにして、一番、一番、自分よりも憤りや後悔…言葉にできない想いを抱えているだろう名付け親だ
そして、騎士団のメンバーでもあり、魔法史の先生、彼女の双子の兄だったレギュラス…彼は誰よりも彼女を大切に愛していた…はずだ…
ハリーは途端に「自分だけが…」と考えていた、独りよがりな葛藤が吹き飛んだかのように思えた
今すぐシリウスに会わなければ…
そんな焦りが表情に出て、ダンブルドアを混乱の眼差しで見つめたハリー
「真実を言うかどうかは、君に任せよう。わしは約束がある…故にわしの口からは言えんのじゃ…ハリー、シリウスは勇敢で賢い。誰よりも妹想いじゃった。じゃが、今は支えが必要じゃろうて。君はシリウスの家族じゃ」
ひとつひとつ、重みのある…ダンブルドアの言葉に、ハリーは何もできないという無力感が消えた
確かに、シリウスは無茶や危険が好きなところがある
それは、ハリーがこれまで垣間見た部分だ
賢く、勇敢で行動的だ
熱い心を持っており、一度守ると決めたものは必ず守る
だが、今回はそれが裏目に出た
自分以上に辛いことなど、ハリーには容易に想像がついた
自分だけが辛いわけじゃない
皆、皆が辛いんだ…
もっと深い、複雑な、葛藤や想いを抱えている
ハリーは、不安が残る想いを抱えながらも、一度目を閉じて、再び顔を上げてダンブルドアをしっかりと見上げた
それを目に写し、ダンブルドアはひとつ頷き、ハリーの肩を軽く叩き、「行きなさい。あぁ、ちゃんと休むのじゃぞ」と、いつもの先生の顔つきでそう言って、ハリーを送り出した
その夜、校長室には、’’元’’死喰い人、ルシウス・マルフォイ、ノット・シニアが、並んで不遜に立っていた
二人を見下ろすように、校長机に軽く手を置き、佇むダンブルドア
階段の下には、二人を囲むように厳しい形相で立つ、騎士団のメンバー、セブルス・スネイプ、アラスター・ムーディ、キングスリー・シャックルボルト、ミネルバ・マクゴナガル、レギュラス・ブラック、そして、ひとりだけ、蒼白な顔をしたシリウス・ブラック
シリウスは、囲むように厳しい顔つきで立っているメンバーから少し離れて、校長室の扉の近くに背を預けるように愕然と、辛うじて立っている
「さて、ルシウス、ノット、お主らは、あの子に一生をかけても返しきれぬ恩があるはずじゃ。そうじゃな?」
生徒達に見せる穏やかな顔ではなく、厳しく、威厳と威圧感のある偉大な様子で静かに問うたダンブルドアに、沈黙が流れた
「左様」
「その通りだ、ダンブルドア」
不遜に、不服とばかり答えた二人に、騎士団のメンバーの顔つきがより一層厳しくなり、レギュラスは顔を顰めるどころか、顔を逸らしたいと言わんばかりに、苦虫を噛み潰したような表情をした
ダンブルドアの言葉は止めたりはしないが、皆、想いは同じだ
「よろしい。…お主らは本来ならばアズカバン行きも免れぬ大罪を犯してきた。このことに間違いはあるまいな?」
次の問いにも、正直に肯定した二人
「ドラコ・マルフォイ、セオドール・ノット、お主らの息子達はあの子によって、道を踏み外したお主らと違い、光ある正しき道に導かれ、己を守る術を教えられ、ずっと守られておった。そのことを、よくよく理解しておるな」
普段では、決して責めるような言葉を使わないダンブルドアが、確認させるように厳しく問うた
その言葉に、先程よりも苦く、眉を寄せて、厳しい顔つきを露わにして、肯定した二人
「よろしい。では、問おうぞ。ルシウス、お主はわしに忠誠を誓うか」
まずは、ルシウスが問われる
薄いブルー目を向けられ、ルシウスは軽く恐れた
元主人が、唯一恐れた偉大な魔法使い
アルバス・ダンブルドア
その威厳と業績たるや、元主人とは違う恐ろしさがある
視線を向けられるだけで伝わる…
この方は次元を越えた別格の魔法使いであると
そして、ルシウスは言った
「あなたに忠誠は誓いません」
「ルシウス!!よくおめおめと!」
すぐさま、アラスターの咎めるような声が響き、ダンブルドアが軽く手で制して再び問うた
「では、お主は誰に忠誠を誓う」
「私は、あの方を裏切ったきっかけは、我が友であるオフューカスただ一人のためだ。決してあなたのためではない。ましてやポッターのためでもない」
ルシウスが静かに、断言し、ダンブルドアは目を逸らさず暫くルシウスを見据えた
ルシウスも、ダンブルドアからの視線に目を逸らしたくとも逸らせず、言葉を待った
長い沈黙が支配した
そして、ダンブルドアは口を開いた
「…ノット、お主は誰に忠誠を誓う」
横にいるノットに、聞いた
ノットは、冷や汗を流しながらダンブルドアを見据えて言った
「私も、息子を守ってくれたオフューカスに忠誠を誓う。あなたにではない」
ハッキリとそう言い、ダンブルドアは、ルシウスと同じようにノットを見据えた
「あの子は、かつて、ここで共に過ごしたお主らを’’友’’と認め、罪もない命を奪ってきたお主らを救いたいと願い、お主らの家族をも守った。そのあの子は、今、お主らを正しき道に引き戻したことと引き換えに、お主らの元主人に死ぬことも許されん、耐え難い拷問を受けておるじゃろう」
厳しい…
厳しすぎる…怒りを含んだダンブルドアの言葉に、二人は冷や汗と体が震えてしまうほどの恐怖が止まらなかった
その言葉に、レギュラスとシリウス、マクゴナガルの顔が酷く歪む
ヴォルデモートの残酷さと残虐さを間近で見てきたからこそ、彼の行う拷問がどんなものなのかは、この場にいる誰よりも理解している
「何か間違いはあるかね」
答えろ、と言わんばかりのダンブルドアの凄まじい圧に、二人は「いいえ」としか答えられなかった
「ルシウス、ノット、お主らに選べる選択肢はないとだけは言うておく。あの子が受けておる拷問が、どれ程、苛烈を極めるものか、お主らなら、よぉ身に染みてわかっておるはずじゃ」
ダンブルドアの言葉に耐えきれず、マクゴナガルは口に手を当てて目をキツく瞑った
レギュラスはルシウスとノットを今にも襲いそうな形相で、涙を滲ませて睨んでいる
「’’友’’に大きすぎる犠牲を払わせたのだ。お主らも同じ業を背負うのは当然じゃ。わしの言うとることに、間違いはあるかの」
その問いに、二人は「いいえ、ございません」とだけ答えた
そして、長きにわたる沈黙の後
落ち着き払った、ダンブルドアの冷ややかな声が響いた
「よかろう。あの子に免じて、’’今は’’お主らを不問としよう。…じゃがこれだけは’’しかと’’覚えておくのじゃ」
いつになく、語気を強めて言ったダンブルドアに、全員が息を呑む
そして、一瞬だけダンブルドアの薄いブルーの目が細められた
「今、こうして、お主らが’’身’’も’’心’’も安全な状態でおる時にも、あの子は闘っておる。お主らでは’’到底’’耐えられぬ程の、恐怖と苦痛に抗っての。…そのことを、よくよく’’胸にしかと刻み’’行動することじゃ」
戒めさせるように、厳しく、断じたダンブルドア
「っ!」
「っ…」
二人が思わず声を詰まらせて、目をキツく瞑り、俯き、拳を握りしめて震えた
「息子達の元へ顔を見せに行ってやるのじゃ。そして、己の過ちを全て告白するのじゃ。それをお主らの’’忠誠’’の第一歩として、わしは認めよう。行くのじゃ」
ダンブルドアは最後にそう言い、二人を閉め出した
二人は、地面に縫い付けられたように動かない足を必死に動かし、ダンブルドアに背を向けて出て行こうとした
だが
「もう耐えきれないっ……よくもっ!よくものうのうと顔を出せたものだ!!オフィーがどれだけのものを背負っていたか!!どれだけ辛い想いをしていたか!!日に日に痩せて!いつ倒れてもおかしくなかった!!お前たちなど助けなくともよかった!!見捨てればよかったんだ!!ふざけるな!!オフィーやダンブルドアがお前達を赦してもっ!僕は絶対に許さんぞ!!」
涙を溢して悲痛に叫ぶレギュラス
今にもマルフォイ達に殴りかかろうとするレギュラスに、ムーディに目配せされたキングスリー・シャックルボルトが後ろに周り込み、羽交い締めにする
「レギュラス、お主の怒りは尤もじゃ。じゃが今は堪えてくれんかの…あの子も、きっと望まん」
ダンブルドアが、レギュラスに寄り添うような声をかけて制する
「っっ〜〜〜〜っ!許さないっ…絶対に許さんっ…お前達を仲間だなんて認めんぞっ…」
キングスリーに強めに抑えられて、膝をつき項垂れるレギュラスに、周りは何も言わない
「この一年!!食事もまともに取れなかったんだっ!…スネイプの薬で辛うじて持ち堪えていたのも知っていたっ!だがっ…だがっオフィーが何も言わなかった!!何もだ!!何ひとつだ!!だから僕は信じたんだっ!!その結果がこれだ!!お前達などを庇ったばかりに!!今オフィーがどれだけ耐え難い拷問を受けているかっ!!いっそ死んだ方がマシな目に遭っているんだぞ!!なのにお前達も!お前達の息子も!!!危険もない安全なところで守られているんだ!!!!ふざけるな!!!」
レギュラスの悲痛な叫びが静かな校長室を支配し、背中を向けていたルシウスとノットの肩が震える
どちらも、拳を握りしめてレギュラスの叫びを黙って聞いている
「レギュラス殿、落ち着かれよ」
キングスリーが膝をついて、涙を流し、叫ぶレギュラスを慰めるように抑えたまま、声をかける
「っ……何故だっ…何故オフィーなんだっ…っ…何故あの子ばかりっ…こんな目にっ…」
徐々に、言葉が萎むように小さくなり、声を詰まらせるレギュラスに、マクゴナガルはついに耐えきれず、顔を逸らして涙を流した
ポタポタと、冷たい石の床に吸い込まれていく
「アルバス…あの子を救う手立てはないのですか?」
マクゴナガルが、レギュラスに寄り添いながら、懇願するように、頼むからあると言ってくれとばかりに聞いた
ダンブルドアは、目を瞑り、静かに首を振り
「ヴォルデモートは、そう易々と逃すようなことはせんじゃろう…特にあの子はの」
と、残酷にも告げた
その言葉に、部屋の全員が顔を暗くした
レギュラスは手が傷つくことも構わず、石の床を殴りつけた
重い…重すぎる沈黙の中…ダンブルドアは静かに口を開いた
「皆、それぞれ想い、抱えるものは同じじゃろう……じゃが、嘆いてばかりもおられん…今こそ’’試されておる’’時じゃ。あの子が結んだ縁を、無駄にしてはならん。決しての。…慎重に機会を伺わねばならぬ時じゃ。この場にいる、誰一人として’’のまれる’’でない。耐え難い痛みを感じておろう。…わしもそうじゃ。じゃがその痛みを強さに変えるのじゃ」
その言葉に、顔をあげる者、ただ真剣な顔をする者、苦々しい顔をする者…各々が抱えるものが表情に現れる
その後、ぞろぞろと、己のすべきことのため、其々校長室を出て行った
ただ一人…蒼白な顔で立ち尽くしたシリウス・ブラックだけが残った…
ダンブルドアは何も言わない
ただ、シリウスの言葉を待っている
「……何故…何も言わなかった…ダンブルドア…」
いつもはハキハキとした快活な艶のあるテノールの声が、掠れたように響いた
「あの子の望みじゃ」
穏やかな声で、ひと言だけ返したダンブルドアにシリウスは戦慄いた
記憶の中で、走馬灯のように流れる
ヴォルデモートに痛ぶられていた妹の姿が焼き付いている
目の前で、自分は何もできずに
「私はっ…私は妹を愛していたっ…ただそれだけだった…闇の道に進んでほしくなかっただけだっ!なのにこんなことがあるか!!」
掠れた声で悲痛に叫んだシリウスにダンブルドアは静かに見据えた
「妹はオフューカスだ!!!オフューカス・ブラックだ!!私のたった一人の妹だ!!!昔からずっと!!肝心なことは何も言わない!!兄である私を差し置いてスネイプやルシウスにばかり!!挙句こんな酷い裏切りがあるか!」
処理しきれない感情を露わにして怒鳴るシリウスに、ダンブルドアは落ち着き払った様子でひとつ目を閉じ、つぶやいた
「シリウス…」
「ヴォルデモートのものではない!!あの子は私の!!妹だ!!」
「シリウス、真実から目を背けるでない」
いつもなら慰めの言葉のひとつでもあるが、ダンブルドアはただ、諭すように言った
「っ!!」
「兄であるお前さんに言わなんだのも、お主を思ってのことじゃ。情に厚いお前さんが真実を知れば、どうなるか…あの子にはわかっておった。だからこそ、今、お前さんが成すべきことはハリーを守り抜くことじゃ」
「妹は!!!妹はどうなる!!見殺しにする気か!!!」
「そうは言うておらん。ヴォルデモート卿は、あの子を’’殺せん’’のじゃ」
「…っ…」
「お前さんに理解してほしいとは言わぬ。それは間違いじゃ…じゃが、これだけは言うておく。ヴォルデモート卿のことを、わしよりも知り尽くしておるのは、ただ一人、あの子だけじゃ」
「っ!どういう意味だ!まさか本当に妹がヴォルデモートを愛していると!!そんな戯言を言うつもりか!?そんなこと!!そんなこと信じんぞ!!逆もそうだ!!あれは愛ではない!!ただの歪な執着だ!!!」
シリウスが、あの時のヴォルデモートの言葉や、ダンブルドアとヴォルデモートのやりとりを思い出すように 首を振って叫んだ
「そうじゃ。じゃが、それはお前さんが決めるべきではないのじゃ…あの子とヴォルデモート卿の問題じゃ。あの子がされたことは、確かに赦されるべきでことではない…じゃが、それをお前さんが断じることも、また違うのじゃ」
「っ!!納得などできるか!!!そんなことで!!!」
「シリウス、お前さんに今できることは、ハリーを守ることじゃ」
多くを言わず、決してシリウスを責めず、ただそう言ったダンブルドア
シリウスは拳を握り締めて、行き場のない感情をどうにかしたくて、側にあった机にある物を落とした
ガシャンガシャンと金属の小物が高い音を立てて地面に落ちる
扉が壊れそうな程の音を立てて、勢いよく出て行ったシリウス
それを見送り、杖を一振りしてシリウスが落とした小物を元に戻したダンブルドアは、静かに目を瞑った
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次回、謎のプリンス
靄のかかった記憶は誰かに目隠しされていたかのような…
彼女自身も知らない、知らないことは…彼の胸の中に…