第三章 殺人装置(萌)(その4)

 今までにない情報量の多さにまず混乱する。


 


 僕は全裸の女性として装置に座らされている。

 大きな肘掛けがあるので椅子かと思ったが、尻の下にあるU字型の縁とさらにその下の空間を考えれば、やはりこれは洋式便器だ。


 視界に映る自分の肉付きから、叔母では――あるいは僕の思い当たる誰かではなさそうだった。別の犠牲者か。安堵してはいけないが安堵し、その思考がホワイトアウトの狭間を彷徨さまよう。視界が明滅している。完全に固定された身体に力は入らない、大事な何かが足りない。虚脱感。


 その原因は、血だ。

 肘掛け部分に固定されている腕に、機械のアームで保持された注射器のようなものが刺さって、チューブを通して赤黒い血を吸い上げていた。それはぐるぐると回って何かの装置を経由し、少し離れた場所にある水槽に血を吐き出している。水槽の中にはバラバラになった美少女フィギュアが転がっていて、溜まった血の中に今やぷかぷかと浮かんでいる状態だった。


 死因はこれか? 血を抜かれすぎた?

 そうかもしれないが、わからない。確証はない。他にも装置は働いている。


 血が抜かれているのとは逆の腕にも注射器の針のようなものが刺さっていて、こちらは逆に何かが点滴として送り込まれているようだ。毒物であれば終わっている。

 腹部には非常にゆっくりとした速度で、白い包帯が自動的に巻かれている……ニーソックスのときと同じような回転機構だ。

 座った太股ふとももには湿った布のようなものがぐいぐいと押しつけられて前後に動いていた。少しすうっとした感じがあるから、アルコールが染み出す布かもしれない。


 喉は苦しい。頭部も固定されていて、上方から伸びてきているチューブが口の奥まで届いていた。そこから少しずつ味のないゼリーのようなものが零れてきており、強制的な嚥下えんげを求められる。こちらも毒なのか?


 正面に見える位置にはプレートがあり、赤十字マークと、『ナースさん萌えの本質を示せ』という文字が書かれていた。しらんだ頭でテーマは理解。そのプレートの横あたりには吊り下げられた鏡があり、この僕の顔付近を反射しているようだったが、自分の顔はよく見えなかった。口に入っているチューブが邪魔なせいもあるし、そもそも、どういう仕組みか鏡の上に絵文字で使われるようなスマイルマークが電光表示されているからだ。


 そしておそらく最重要の要素として、右手側の肘掛け、ちょうど手の下に位置する部分に、リクライニングチェアの操作ボタンじみたものが並んで埋め込まれていた。ご丁寧にもピクトグラムのようなアイコンと文字表記がセットになっている。

 数は七つ。

『採血』『点滴』『食事補助』『包帯』『排泄』『清拭』『笑顔』……完全に拘束されている状況だが、右手のその部分だけは動くようになっていて、押すことは可能だ。


 いや――既に押されている。ボタンの部分が光っているから、それは起動しているということだろう。


 一つは『笑顔』。鏡のスマイルマークに何か関係があるのか。押したせいであれが表示された可能性を考える。


 もう一つは『採血』だ。ああ、おそらくこのボタンを押したために、現在進行形でドバドバと血が抜かれて致命傷の美少女フィギュアさんに輸血されている。

 つまりこの身体の持ち主は致死量の血液を失ったことで精神の死に至った。一つの謎が解けた気がしたがどうでもいいし答え合わせもできない。


 血液不足で朦朧もうろうとした頭の中、すべきことを、何かを、思い出し、そう、情報だ。場所、手がかり。見えない。目が霞む。あとは、そうだ、一つ、言葉だ。相手を揺さぶるため。でも口にチューブがあって。畜生。痛くはないけど苦しくて息苦しくてどうして僕だけが。


 僕だけではない。


 苦しんだのは、僕なんかではない。


 てまりの痛みを思い出した。鍵姫の死に顔を思い出した。それが唐突に僕の胸中に熱を加えた。ふざけるな、と――怒りがわき上がってきた。


 


 指先はまだ辛うじて動きそうだ。なら、やるしかない。このままでは無駄死にだ。てまりと鍵姫のようになるだけだ。申し訳ないが賭けの種銭としてあなたの肉体を使わせてもらう。


 きっと何かのボタンが正解で、正解なら装置が止まり、違えば何か被虐的なことが起こるのだろう。ナース萌えの本質。考えて答えを出せと。


 だから、僕は。

 全部のボタンを押した。


 考えてもわかるわけがない。どれかが当たりなら止まるはずだ。

 それどころか、全部のボタンを押すことが唯一の条件である可能性すらあると思った。


 僕は今まで二つの装置を体験した。そこから肌で感じたことがある。

 この装置を考えた人間は、性格の歪んだ異常者だ。他者の苦痛にいかほどの興味もなく、生命を他人事として弄び、その上に自らの嗜好を神のような傲慢さでデコレートすることで楽しんでいる。その傲慢さに無自覚でありそうなところがより異常で、幼稚だ。


 つまるところ、今までに僕が見たもの、殺子が予想していた模範解答からすると、これらの装置の答えがまともに設定されているはずがない。

 だからだ。二重の意味で正解を期待できる行動。

 無論、外れのボタンを押したことにより装置がさらに死に向けて動き始める可能性はあった。決して低くはない可能性だ。


 だが、僕は、この身体の持ち主ではない僕は――

 どうせ死ぬのだ、という最低の論理で、彼女の生命を盤上に投げ捨てることができる。


 ごめんなさい。本当にごめんなさい。

 その代わり、ここからの痛みは、苦しみは、この僕が受け止めますから。


『採血』『笑顔』は既に起動している。したからこそ多量の血が抜かれて鏡に笑顔が浮かんでいる。

 僕の操作でさらに『点滴』が起動した。どういう仕組みか、今まで無色の液体を送り込んでいたパックが機械的に切り替わり、妙に毒々しい色の液体を左腕に流し始める。急な発作のように心臓が痛いほどに跳ね、脂汗が流れ出る。


『包帯』が起動した。腹部を横に巻いていた包帯の速度が増し、さらに強く締めつけられるようになった。速すぎて強すぎる。内臓の異常圧迫。手加減を知らない機械はおそらく腹を破裂させるまでその動作を止めない。


『排泄』が起動した。便座の中で何かが動く音があり、硬い何かが肛門を割り開いて侵入してきた。深く深く、直腸の奥にまで挿入される異物。それは横に回転もしているようで、さらに液体を放出しているようでもあった。見えないのでそれが何かはわからない。ペニスの形をした射精機能つきのバイブレーターかもしれなかったし、刃のついた金属のドリルかもしれなかった。少なくとも僕が感じていたのは快楽ではなく、自らの中身が溶けて液状化されるような感覚。とろとろの何かが肛門を通り抜けて便器に落ちていっているような気がした。それが異物から出た洗浄液なのか僕の腸液なのかズタズタにされた直腸からの血液なのかを知るすべはない。


『清拭』が起動した。太股ふとももこする布に滲んでいたのがアルコールから別のものに変わったようで、異臭と煙が皮膚から出るようになった。火傷のような引き攣れた痛み、おそらく酸。それが遠慮なく僕の肌を浸食して削り取っていく。アームの一往復ごとに酸の布が神経と脳髄を焼き切ろうとする。


『食事補助』が起動した。これも頭上のチューブに繋がっていた大元が切り替わり、別のものがチューブを通って喉の中に落ちてくる。透明のチューブ越しに見えるのは、無数の、小さく硬く鋭い金属の破片。

 魚じみた形状のそれは……医療用メスの先端部、のように見えた。

 それらはざくざくと強制的に患者の喉の奥に飛び込み嚥下を強制してそこかしこを切り裂いて生臭い血の味で僕の中をいっぱいにする。あれだけ抜かれてもまだ血が出るという不思議。


 以上。


 でも――ああ。おい。なんだ。どうして。

 全部のボタンが点灯しているのに、間違いなく起動しているのに、装置全体が止まる様子はない。それぞれがそれぞれの悪意を、働き者の看護師さんのように勤勉に果たし続けている。


 違ったのか。この中には当たりはないのか。全部でもないのか。もっと複雑な条件が? わからない。


 ただでさえ死んでいたこの身体。追加で与えられた死因の数々に耐えられはしない。禁止薬物、強制圧迫、体内陵辱、酸性恵撫、刃物食餌。それらを受けて、血の最後の一滴、心臓の最後の一鼓動がここではないどこかに放たれようとする。


 終わりか、また。

 何も得られないまま。

 誰かが死ぬ。


 ――ふざけるな。


 誰かに申し訳ない。だが本当に無駄にしないために。

 僕はニューロンの最後の一稼働を愚行に注ぎ込んだ。


 口に入っていた食事補助のチューブを、途中に流れ込み続けているメスの先端部ごと、渾身の力を込めて噛む。切れろ。切れた。中に鋭利な刃物が入っているその状況だからこそ、何度も噛めばなんとかなった。

 言うまでもなく口の中も喉も今まで以上に滅茶苦茶になったがどうでもいい。口の中に残ったチューブを吐き出そうとしたが上手くいかず、時間がないのはわかっていたので、逆に飲み込んだ。さらに食道部分が死ぬ。ごめんなさい。でもその代わり、声は、息を出す部分だけは。


 他人の死の尊厳を犠牲に手に入れたその口腔の自由を使い、僕は大きく息を吸って、そして干涸らびた声で叫んだ。殺子に教えられたあの一言を。その激痛を伴う活動がいよいよ僕にとどめを刺すことになると知りながら。


「――山田、殺介ェェ……ッ!」


 意味合い的には、それは、出来たての死体が最後の生体反応の残滓として見せた痙攣にすぎない。最後の身じろぎと肺の空気がたまたま声帯の筋肉を震わせたにすぎない。僕がそこに僅かな指向性を与えただけにすぎない。

 だが、声を発するという当たり前の行為は、この地獄めいた現状においては特別すぎた。

 それが呼び水となって、末期の一瞬、麻痺していた五感の人間らしさを引き寄せたのかもしれなかった。あるいは逆に普段よりも鋭敏になっていたのかも。

 背後から、誰かが動揺して身じろぎしたような気配を感じたのだ。


 ――誰かが、いる?


 視覚。前の鏡に頼る。駄目だ見えない。背後までは映らない。

 ただチューブを噛み切ったことで自分の顔は辛うじてわかった。

 変わり果ててはいるが、見覚えが、ああ、そうだ。


 病院で会った、あの気弱そうなお団子頭の看護師が、今の僕だった。


 千載一遇の好機なのに、背後を確かめられない。誰がそこにいるか見えない。

 だがその代わりに、意識を失う間際、僕は脳に一つの感覚を刻むことに成功した。


 きっと今までも感じていたが、あまりにも濃い死に飲み込まれる最中、それを五感で受け取り保存する余裕はなかったのだ。今だからこそ、辛うじてそこにあるものとして受け入れられ、今までにもそう言えばあったかもしれないと認識することができた。


 ――匂いだ。


         †


 目的地に向かって歩きながら、僕は殺子と話している。薬の影響か身体が重いが、泣き言は言っていられない。


「結局、正解は何だったんだろう。装置を止める方法はあったのかな」

「それは絶対にあるわ。お兄ちゃんはそんなところで嘘はつかない」

「『笑顔』のボタンが気にはなってる。あれだけ痛みとか関係なかったし」

「ボタンを押す前にも、装置自体は動いていたのよね?」


 確認するように殺子が言った。僕はもう一度説明する。

 生理食塩水か何かが注入され、便器は便器であり、ゼリーが流し込まれ、包帯が巻かれ、アルコールで拭かれていた――ボタンで一気に殺人装置へと生まれ変わる、その前段階。

 なるほどね、と納得したように殺子は頷いた。


「で、鏡もあった。本来はその当事者の看護師の顔が映っていたはず。ボタンを押す前のそもそもの『笑顔』がそこにあったと考えて……ええ、『笑顔』のボタンはいかにも正解だと思わせるダミーね」

「どういうこと?」

「お兄ちゃんは前に言っていたもの。『ナースさんはただ病気のときにそこにいてくれるだけでありがたい』みたいなこと。無表情系のナースでもそこにいてくれるだけでもう萌える、みたいなことも言っていたかしら? つまり――何もしない、がきっと正解よ。少しずつ血を抜かれようが何をしようが、それだけで死ぬような箇所は一つもなかったはず。じっと待っていれば時間経過で解除されていたと思うわ」

「ふざけてる」

「ユーモアのセンスに溢れていると言いなさい」


 棘を生やした視線から逃れるように、歩調を早めた。

 無言の間を埋めるための会話が止まると、感じないようにしていた緊張感が膨れ上がってくる。それは結局のところ逃れることのできないものだった。


 その場所に辿り着いてしまえば、どうあれ口をつぐみ、動悸を感じるしかない。

 たとえそれが自宅前でも、今は夜中で、他人の身体なのだから。


 家には鍵がかかっていて、叔母の車は駐車スペースになかった。

 僕は様々なことを考えながら、いつもの窓に向かい、この身体で三度目の不法侵入帰宅を果たす。


 相変わらず人気ひとけはない。僕の部屋に誰かが帰ってきていたりもしない。前回と変わっている部分があるとすれば、居間などの荒れっぷりだった。

 ものが転げ、椅子が倒れ、グラスは砕け、汚れた食器が異臭を放っている。


「あら。誰かに襲われて一悶着あったみたいに見えるわね」

「……」


 僕は何も言わず、その場を片付けることもなく、ただきびすを返した。一番の目的地はここではない。


 階段を下りて、叔母が仕事に使っている地下のアトリエに入った。

 深呼吸する。意識する。独特の、絵の具や油、彫刻素材が発する非日常の臭気。

 そこに叔母の吸う煙草の香りが蓄積した匂い。


 


「そうね。独特の匂いがするって、私、初めてこの家に入ったときも言った気がするわ」

「僕は……慣れてた。慣れすぎてた」

「この匂いがしたのね」

「そうだ」


 僕は、嘔吐するように、身体の奥の深いところからその言葉を絞り出した。


 地下室のアトリエを見渡す。

 イーゼル。描きかけの絵。石膏像。僕の身体が最初に消えたとき、探し回ったときに見たもの。それらの全てが、居間と同じように、意味と形を暴れさせていた。割れ、砕け、転げ、散っている。皮肉な前衛芸術のように。

 その光景には感動も興味も示さずに辺りを見回していた殺子が言った。


「でも、いないじゃない、お兄ちゃん」

「……確かめたかっただけだ。いくらなんでも僕たちがこないだここを見た後、今日までの限られた時間に、あんな大がかりな装置を運び込んだり作り上げたりできたとは思えないけど、万が一ってことがあった。ここじゃないのがわかったら、あとの可能性はもう一つしかない」

「それは?」

「最初にこの家に忍び込んだとき言っただろ。叔母さんはここ以外にも作業場を借りて仕事してる。他の場所に第二アトリエがあるんだ」


 僕は場所を知っているだけで、中に入ったことはなかったが。

 そこはきっと、このアトリエと同じ匂いがしているのだろう。


         †


 第二アトリエがあるのは、叔母の自宅から徒歩で数十分歩いた先の郊外だ。


 幅20メートルほどの川に沿った地域で、周辺には住宅よりも工場系の敷地のほうが多い印象。その一角に、光の消えたトタン塀の工場に挟まれた、小学生のチームなら野球ができそうなほど広大な空き地がある。

 その敷地の一番奥に存在する、大型トラックがすっぽり入れる程度の大きさをした、倉庫のような建物。それが第二アトリエだった。敷地内に資材を積むような仕事をしていた業者が潰れ、そのあとを継いで借りた形らしい。だから無駄に空間が広いんだよと叔母は笑っていた。今は建物の横に木の塊やらマネキンやらボードやらが雑然と置かれている場所があり、混沌とした道楽の気配、すなわち芸術の香りをかもし出している。


 僕たちは足音を殺して建物に近付いた。

 防犯カメラや警報装置のようなものはないように思える。不用心だが好都合だ。正面の大きなシャッターの横にある、メインの入り口と思われるドアのノブをそっと回してみた。さすがに鍵がかかっていて開かない。場所を変える。


 建物の裏は完全に川に面していて、この深夜の暗さでは足を滑らせる可能性もあった。ならば狙うは横手だ。雑然とした素材たちをすり抜けて近付くと、道路側からは見えない位置に曇りガラスの窓があるのがわかった。そっと様子を窺う――中から何か物音がしている気がした。カーテンが引かれていないため、ぼんやりとした明かりがあるのもわかる。


 誰かが、いる。


 喉が渇き、自分の鼓動と呼吸音が気になり始めた。落ち着け。この窓も鍵がかかっている。さてどうするか――


 眼前を棍棒のようなものが通り過ぎる。

 同時に、ぱきん、と夜闇を刺激する高い音がした。


 首を回した僕の視線の先には、素材置き場にあった木材を握り、何の躊躇ちゅうちょもなくそれを窓に向けてフルスイングしたセーラー服少女の姿。

 僕の視線を首を傾げて受け止めながら、彼女は言った。


「なに?」

「……いや」


 遅かれ早かれそうしていたかもしれない。中に誰かいるのならば確かめざるをえないのだし、ここで引き返すという選択肢はない。頭のイカれた殺人鬼の行動力が背中を押してくれたのだと思おう。


 割れたガラスの隙間から手を入れて内鍵を外し、窓を開けて中に侵入した。

 はずみでそこらにあった飲みかけのペットボトルを床に転がしてしまったが、もはや音を気にする必要はない。他にその場で見えたのは汚れたコーヒーカップ、吸い殻の溢れた灰皿、カップ麺の空き容器。そこは給湯室のような流しのある狭い場所で、暖簾のれんじみたものがその先の空間への視界を隔てていた。


 その曖昧な仕切りの向こうから、三つのものが届いている。ぼんやりとした淡い光と、依然として聞こえる物音と――


 あの匂い。


 しかも今は、赤黒い色を幻視させるような、より生臭い臭気も混じっていた。


「行くわよ」


 ここでも殺子は物怖じしない。まるで自宅の台所から居間に向かうような気負いのなさで、あっさりと暖簾をくぐって先へ向かった。追う。


 天井の高い、広い部屋であった。

 その面積に比べて照明は力不足で、全体的に薄暗い――僕が感じていたとおりに。


 ああ。力が抜ける。


 部屋の大部分を占めているのは、装置だった。

 見覚えのある、新鮮な液体による汚れが残る、装置の数々。


 殺子のマンションのあの部屋と、雰囲気的にはさほど変わりない。ゲームセンターの雑然としたバックヤードのような、一塊の機械の群れ。筐体のように見える何か。磔刑台のように見える何か。遊具のように見える何か。


 本来この空間の主たるべき絵や像や彫刻たちは部屋の隅の暗がりに押し込められていて、その近く、壁際には大きな業務用冷蔵庫らしきものがある。装置を汚した張本人たちはその中にでも入っているのだろう。


 人影は二つあった。


 この場にいる可能性があると僕が想像していた二人ともが、そこにいた。

 ただしその状態は、二人とも予想とは大きく違っていたが。


「あれ。あんたは……?」


 こちらに背中を向けて何かをしていた人影が振り返り、声を発する。

 叔母だった。声も顔も間違いない。

 そして、彼女の向こう。

 寝台のようになったそこに、もう一人が寝ている。


「少し待ってて。これで終わるから。……よっ、と」


 再び前に向き直った叔母が、両手をそこに伸ばし、身体全体を使って体重をかけるような動作。


 ごとん、と。


 まな板に包丁が落ちるような、裁断機が紙束を断つような、小気味いい音。今まで聞こえていた物音は、それを作り出すための過程だったのだと理解した。

 その台の上、ごろりと転がったものと、目が合う。


 出来たてほやほやの。

 たった今、胴体から切り離されたばかりの――


 僕の生首だった。

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