第5話 客人と、先輩と

 平成二七年 十月一日 木曜日

 愛知県豊富市 霜港区しもみなとく ぽんぽこ喫茶


 諸々の手続きを終えて刑事二人と別れたのは、午後八時を過ぎてからだった。

 喫茶店が閉まる時間は午後十時で、老いているが本来的には夜行性である狸の妖怪が営む場所なので、老狸にとってはこれからが本領といったところである。


「頼人、客なら来とるよ」

「ありがとう、おばさん」


 老狸は朗らかな笑みでそういって、頼人たちを迎え入れた。


 頼人は指定席——元々は叔父の和彦の指定席だった——の窓際の角へ向かう。

 そこには一名の妖怪がいた。


 群青色のセミロングヘアに、青色の角が側頭部から一対。腰からは髪と同じ色の鱗に覆われた尻尾が生えており、一目で龍とわかった。


「龍族なんて初めてみた……」

「私もよ」


 典子とラックが囁き合う。

 頼人は咳払いして注意を向けさせると、一礼してから名乗った。


「伊織頼人です」

潤巳蘭月うるみらんげつです。蛟龍です。まだ、若輩者ですが」

「蛟龍……ひょっとして、蛟ヶ池に住まう守り神ですか?」

「ええ。先代からその座を受け継ぎ、今年で二五〇年ほどになりますか。不在の間は妹が池を守っておりますので、ご安心を」


 蘭月はそう言って老狸が持ってきた麦茶を一口飲む。頼人たちも席につき、各々飲み物をオーダーした。

 若い従業員もここでは雇われていたが、先日の騒動で辞めてしまったらしい。残っているのは店主と、その娘と娘婿だけである。


 頼人は初老の人間——娘婿のウエイターからカフェラテを受け取り、熱いそれを少し飲んでから、


「和彦さんの腕を見つけた際、こちらに顔を出すべきだと母上から言われたんです。なんでも昔、母上は和彦さんに助けられたことがあったみたいで。その恩返しを自分ができればと言っていましたが、流石に歳ですから、代わりに私が」


 やはり、叔父の腕を見つけた本妖ほんにんらしい。


「恩返しって言われても、俺は別に何かをしたわけじゃ……」

「和彦さんの仇討ちをしようとしていると、あちらのおばさまから聞きました。母上の恩人を亡き者にした不届者を討つのでしょう?」

「……ああ、そうだ」


 頼人は首を縦に振った。隣では典子とラックもその意志を見せている。


「でしたら、微力ながら力を貸します。水を扱わせれば私以上の妖怪はいないでしょう。どうか、臨時で構いませんので事務所で雇っていただけませんか?」


 蛟龍とは水辺に住まう龍で、水神である。清き水を守る神なのだ。

 若いとはいえ、その力は絶大なものだろう。その力を貸してもらえるというのは、願ってもない幸運だ。


「いいんですか? その、かなり安月給ですよ」

「構いません。食事に困ったら、適当に海に潜って魚でも食べますし」


 なんとたくましいことか。だがそれならば、こちらとしても無碍にはできない。

 典子とラックは賛成のようで、「願ってもない申し出じゃない」と口々に言っている。

 頼人は頷いて、右手を差し出した。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 互いに握手を交わした。蘭月の手は女性らしくも力強く、柔らかな質感の内側に確かな覚悟があった。


「頼人、晩御飯食べていきん。賄いだけどね」

「ありがとう」


 この三ヶ月、頼人はぽんぽこ喫茶を愛用していた。普段はしっかりお金を払っているが、ときどき都合がいい時は賄い飯をもらって食べている。

 今日の賄いはエビピラフと卵スープという組み合わせで、頼人たちはそれを美味しく食べることにした。


 と、そこに。


「よう若旦那。おばさんも元気そうでなにより」


 伝法な声で入って来たのは一人の女性。赤い髪に狼の耳、四本の尻尾。背が高く、半袖のシャツからのぞく腕にはしなやかな筋肉がまとわりついている。

 人狼族——その力量は確かなものだろう。重心が低く、どこから打ちかかられても即座に反撃し、制圧できるよう構えている。一見すると、ただ歩いているだけのようにしか見えないが。


「ミロさん!」


 頼人は思わず口の中身を慌てて飲み込み、勢いよく立ち上がった。


「いいっていいって。仮にも所長だろ。私より偉いんだからかしこまるな」


 ミロ——彼女はつい最近まで出張していた伊織怪異探偵事務所の所員であり、退魔師である。

 その等級は一等級で、現在、見習い等級の五等級を経て四等、妖力適性などの先天的な素質を込みで三等級に繰り上げられた頼人と違い、実力だけでそこまで成り上がった術師である。


 彼女は一つのジュラルミンケースを携えていた。


「昇級祝いだ。ちっと遅れたが、いいもんが入ってる。開けてみろ」


 頼人は周りの空気を読むことも忘れ、テーブルの上のジュラルミンケースを開いた。

 すると中には緩衝材に包まれて、一挺の大型拳銃が納められていた。


「これって?」

「妖巧銃。物理弾じゃなくて妖力を弾丸に変換して撃ち出す銃だ。退魔師が持つ銃の中じゃ上等なもんで、殺傷・非殺傷の威力レベルは術師の妖力次第で決まるから利便性も高い」


 重さは大体二キロほどか。デザインはデザートイーグルという拳銃に近く、色はガンメタルブラックで統一されている。


「ほら、ケースに戻しな。飯食って、んで……まずは和坊を弔ってやろう」

「うん。……叔父貴をちゃんと墓に入れてやらなきゃな」

「そのためにも、栄養をつけるわよ」


 ラックが力強くそう言った。頼人は首肯して、


「おばさん、おかわりください」

「はいはい、たくさん食べな」

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