第3話 変化
「いつものを」
「私はこっちの小倉トーストセットを」
「麦茶とハムサンドセットを」
「俺は……えっと」
和彦、人の姿に化けた典子、そして同じく人に化けたラックが喫茶店の老店員に注文し、頼人はちょっと迷って和彦を見る。
「好きなものを食え。これから行きつけになるんだ。覚えてもらえ」
「じゃ、じゃあこのカツサンドセットとカフェラテをください」
「はい、ご注文ありがとね」
老いた女性の耳と尻尾は狸のそれで、人型を保っているがそれら獣の特徴で化け狸だと分かった。尻尾は五本あり、妖力的にも上位に食い込む妖怪であることが窺える。
落ち着いた、木目の内装が特徴的なこの喫茶店はぽんぽこ喫茶と言い、事務所から徒歩十分の距離にある。
和彦の行きつけらしく、彼が言ういつもの、というのは店員には十分わかっているらしかった。
(そういや叔父貴ってレタスサンド好きだったよな。昔っからコンビニでそればっか食ってたし)
「本日深夜二時頃、コンビニで傷ましい事件が起こりました。被害に遭ったのは七名の若者で、いずれも未成年であるとのことです」
備え付けのテレビからそんな声と共に、詳細が説明される。
コンビニの前で騒いでいた少年少女に声をかけた二人の清掃員が、違法所持していた拳銃で五名を射殺。逃げていた少年二人に運送トラックと乗用車が激突し、即死だったらしい。
なにが憎くてそんなことをするのだろうか。
痛ましいと言う表現では足りなさすぎる酷い事件に、頼人は閉口する。
「また三時頃、市内の公園で妖怪男性がリンチされる事件がありました。男性は公園に寝泊まりをしていたホームレスと見られ、寝込みを襲われ現在意識不明の重体です。二件の事件で、合計四名の実行犯を逮捕したとの発表を、五時十二分頃豊富署がしました」
和彦の指が跳ねる。ただそれだけだが、ラックと典子にはそれがやってられない、と言っているのだと分かった。
過去の経験から人間に幻滅している和彦は、どちらかといえば妖怪的な考えを持つところがある。彼の中では何事も甥である頼人と、妖怪に比重が傾くのだ。
「実行犯は『ザ・クリーナー』と名乗り、まだメンバーが見られるものと思われます」
ザ・クリーナー。清掃者。どういうことだろうか。
和彦は何か深く考えるようにして、先に運ばれてきたエスプレッソを啜る。
頼人はしばらくしてやってきたカツサンドや、他のメニューに目を向けた。ワゴンに乗せられて運ばれてきたそれを、老い化け狸が並べる。
「ありがとう」と和彦はそう言って、タマゴサンドを受け取って、頼人はふと叔父貴って卵嫌いじゃなかったっけ? と疑問を思い、
「ごめんな、頼人」
唐突にそう言って、叔父が悲しげに微笑む。
「どうしたの?」
ラックも典子も瞠目し、そしてバッと立ち上がった。
「典子さんっ!」
「頼人、隠れて!」
すぐに隣の典子が変化を解いて壁になり、ラックが和彦を殴りつける。
その瞬間、パパパッと乾いた炸裂音。
「あんた、誰だ!」
典子が怒鳴り、頼人は壁から出て叔父を見た。しかしそこにいたのはスーツこそ同じだが、まるで見知らぬ糸目の男。
歳は三十半ばか。年齢だけなら叔父と変わらないが、男前だった顔は風采の上がらぬものとなっている。手には長いマガジンが挿さったフルオートのマシンピストル。ラックが変化を解いているが、額に札を押し付けて動きを封じられていた。
「伊織和彦は知りすぎた。関係者には全員死んでもらう」
「なっ、叔父貴をどうしやがった!」
「さあな。今頃腐ってるんじゃないのか」
ひゅっ、と息が凍った。そしてすぐに頭の中の血が沸騰し、怒りに任せつつもすぐに機転を利かせ、頼人はテーブルを蹴り上げて押し倒す。
「!」
テーブルから離れた偽物に組み付き、銃を指ごと捻じ曲げてパキッと骨をへし折った。「ぐがぁっ」と悲鳴が上がり、頼人はそのまま右の拳を固めて顔面を殴りつけた。
二度、三度。四回目に拳を振り上げた時、脇腹に偽物の膝を叩き込まれた。
「図に乗るなよガキ」
落ちていた拳銃を左手で拾うが、すぐに典子が壁の姿のまま倒れ込み圧殺せんばかりの勢いで覆い被さる。そしてすんでのところで拘束を逃れていたラックが、あの槍のような足でズボンを引っ掛けて頼人を引き抜いた。
しかし直後、典子が吹っ飛んだ。
いや、爆発が起きたのだ。
火薬ではない。なんらかの別の要因の。
いうなれば、純粋な力の発露。
ラックが盾となって頼人を守るが、前足の一本が半ばから千切れとんで、短く悲鳴を上げる。
頑丈な典子にもヒビが入って、うめきながら倒れ伏していた。
守られた頼人だけは無事だが、頭がキンキン鳴る。
「躾のなってない妖怪だ。貴様ら如き、いつでも捻り潰せるが——まずは仕事だ。念を入れ術で仕留めようか」
糸目男が札を抜いた。それになにか力を込めると、紙が一瞬で水の玉になり、うねり、圧縮される。
「
ゴボッ、と水がさらに圧縮される。
「あそこには
死——、死ぬ。
急に冷えていく頭が、家に来た叔父の様子を鮮明に示し出す。
ラップトップをもってこい、というようなことを言っていた。
そうか、そういう——。
「あのオンボロパソコンが欲しいのか?」
「そうだ。だがあれと引き換えに見逃す気はない」
「どうしてもか? 死にたくないんだ」
「却下だ。美化のためにも、お前は清掃す——」
男の背後から、ワインの瓶を持ったあの化け狸の老婆が近寄り、思い切り殴りつけた。
頭部に強烈な打撃を喰らい、次の瞬間圧縮されていた水が一気に溢れた。ドバッと溢れたそれは窓ガラスを割り、頼人はそれに押し流されて路上まで滑り出されそうになったが、ラックがなんとか押さえてくれる。
「大丈夫!?」
「だいっ、ごぼっ、ふ!」
「このババア——!」
男が札を抜くが、なんと老婆は凄まじい勢いで左手を締め上げてぐるりと巻き上げ、そのまま肩関節を外した。
さらに首筋に強烈な肘鉄を叩き加え、床にねじ伏せる。
「このバカたれ! いつもより背が〇・〇二センチも高いから怪しいと思ってタマゴサンドを出してみりゃあこのざまかい! 言いん!
「今言っただろうが! 蛟ヶ池だ! とっくに沈んでるよ!」
化け狸は顎を思い切り蹴飛ばし、一撃で意識を奪った。
五尾は伊達ではない。
そして頼人は騒ぎが落ち着き、ぐるぐると頭の中で怒涛の出来事がリピートされていく。
和彦が腐っている。沈んでいる。
「ぅぷ、おええええええっ!」
理解の追いつかないことが、この短期間で連続したストレスが胃液と共に溢れる。
変化した典子とラックが声をかけてたが、ほとんど何を言っているのかわからない。
次第にパトカーと救急車のサイレンが接近し、頼人は胃液で喉が焼けそうになるまで何度も嘔吐した。
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