第2話 ザ・クリーナー
平成二十七年六月二十七日、土曜日。
愛知県東三河・豊富市
午前二時二八分、あるコンビニ。
コンビニ前の喫煙所でたむろする若者が、身なりの汚いホームレスと思しき男から酒が入った袋を受け取った。
「ほらよ、約束の金だ」
「あ、ありがとう」
彼らは未成年であり、ホームレスに金を握らせ代わりに買わせたのである。なんとも悪知恵が働くが、リーダー格の狐目の男はまさに妖狐で、若いながらも既に二尾という者だ。
今でこそ尻尾を隠しているが、ねぐらでは尻尾を出すし、寝る時は狐の姿になる。
周りの金髪、茶髪の男女はうるさく騒ぎ、それを車の中でじっと見ていた二人の男は、頷き合って外に出た。
男たちはモスグリーンの作業着を着て、見るからに清掃員という出立ちである。
委託された業者だろうか。若者も、清掃員如きには目も向けない。
「君たち、未成年だよね」
正義感があるのか、清掃員二人は若者らにそう問いかけた。
一人、ガタイのいいスキンヘッドの若者がガンを飛ばし、顔を近づける。顔が赤く酒臭い。
「んだよ、おっさん」
「清掃員です。街の美化が我らの仕事です」
「るせえ、なら便所掃除でもしてろや」
ふーっ、と清掃員は息を吐いて、そして自然な動作でベルトに挟んでいた自動拳銃を抜いて、安全装置を解除。ごく当たり前の動作でスライドを引き、撃った。
弾丸が左胸に一発、右の眼窩に一発。スキンヘッドは昏倒し、致死量の血をぶちまける。
「きゃぁあああああああああああああっ!」
二人の清掃員はその後も淡々と、若者を殺して回った。五人が倒れたところで弾切れとなり、散り散りに逃げたのはわずかに二人。しかし、彼らが横断歩道に入ったのは赤信号の瞬間であり、運送トラックと激突して血の絨毯を敷いて、物言わぬ骸となった。
「天罰も降った。我らに間違いはなかった」
間をおかずパトカーのサイレン。清掃員二人は逃げずに、拳銃を投げ捨ててその場に伏せ、頭の後ろで手を組んだ。
その後の逮捕はスムーズで、彼らは取り調べの際に「我々はザ・クリーナーだ」と、さらにメンバーがいるような旨の発言をする。
そしてその日、一時間後に別の区でも似たような、冷静にヒトを殺す事件が起きたのである。
×
豊富市は豊川市と豊橋市、それから新城市に隣接する人口十四万の街である。
海と山に囲まれ、それぞれの自然の恵みを糧に発展したこの街は、古くから妖怪が多く住まう土地であった。一時期はそれゆえにナメラスジなどとも言われてしまったが、江戸後期から進んだ妖怪との融和思想の伝播とともに、彼らへの迫害はおさまっていったとされる。
ちょっと野山に行けば普通に化け狸が喋りかけてくるし、電線の上から挨拶をしてくるモフモフの化け雀などもおり、妖怪が恐ろしい存在であるというイメージを払拭するのに一躍買った都市としても有名だった。
しかし、
「うわぁぁあああああああああ!」
「あの……うるさいです」
朝。
事務所の一室——自分の部屋で目を覚ました頼人は朝から心臓が止まりそうな勢いで驚き、ベッドから転げ落ちて間抜け面のまま壁を見ていた。
壁——だと思っていたのはなんとぬりかべで、目と鼻の穴と口があった。
ぬるーっと剥がれるように出てきて——元の場所はしっかりコンクリートだが——ぬるぬると粘土のように肉体を再形成し、かなり色白で濁った白髪の女の姿になった。
衣類は簡素な着流しで、ボンキュッボンの美女だが——纏う気配、変化の瞬間を見たことも含め、彼女も妖怪だ。
「ラックさんといいなんでわざわざ脅かすんだ」
「妖怪の本能です。あと、普通に面白いので」
妖怪ってみんなサディストなのだろうか。
「それにしても……男の子なので、朝イチでシコるのかと思って待ってたんですが」
「猿じゃねえんだよこっちは! 大体っ、なんで俺の部屋にいるんだ! 叔父貴の教えはどうなってんだよ!」
「随分うるさいガキですね。所長のように静かないい子を想像していましたが」
「これでもラックさんには気に入られたんだよ!」
「おや、じゃあ悪い子ではないんですね」
ぬりかべが近づいてきて、手を差し出す。それを掴むと、意外なパワーで引き上げてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。名乗り遅れました。私は
「ああ、ごっ、ご丁寧に……伊織頼人です、よろしくお願いします壁谷さん」
「おっとこれは可愛い反応」
握手をして、そこに足音がしてドアがノックされた。
「頼人、起きてるか」
「うん。今起きた。入っていいよ」
部屋に入ってきた和彦はパリッとしたスーツ姿。しかし、ブランドに興味がない叔父のことだから、多分デパートの安物だろう。それでもスーツは一色揃えるとなると、家電並みの値段がかかるのだが。
「典子、見当たらないと思ったらここにいたのか」
「はい、所長。甥っ子さんが来ると聞いていましたから、護衛を、と。荒事からの守りに関してはラック以上ですし」
なんだ、真面目な理由じゃないか。
頼人が安心すると、
「ショタコンのお前がそんな殊勝な真似をするとは思えんが」
……前言撤回。真面目ではない。
「まあいい。飯食いに行く。着替えろ」
「手伝いますよ、頼人さん」
「いらん!」
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