ゲーム、ライブ、アニメなど幅広いジャンルで人気IPを多数展開するバンダイナムコエンターテインメント。今後の注力タイトルを始め、グループの取り組みなど、同社の戦略について話をうかがう。
聞き手:林克彦(ファミ通グループ代表)
宇田川南欧(うだがわなお)
1994年にバンダイ(当時)に入社し、ネットワークコンテンツ系の事業に注力。2018年にバンダイナムコエンターテインメントの常務取締役、2021年にBANDAI SPIRITS代表取締役社長を経て、2023年4月にバンダイナムコエンターテインメントの代表取締役社長に就任。
今後の注力ポイントは? 期待の大型タイトルが続々と
――4月から社長に就任されて、現在の率直なお気持ちをお聞かせください。
宇田川BANDAI SPIRITSから2年ぶりにバンダイナムコエンターテインメントに戻ってきました。古巣ではありますが、また新たな気持ちで取り組もうと思いますし、楽しみです。新卒採用やキャリア採用で新しい社員が増えていますので、丁寧な仕事を心がけたいと考えています。
――社内の雰囲気はいかがですか?
宇田川フロアに人がたくさんいますし、和気あいあいとした雰囲気を感じています。
――あらためて、これまでの宇田川さんの経歴に関してお聞かせください。
宇田川1994年にバンダイ(当時)に入社しまして、3年目からネットワークコンテンツ系の事業担当となり、PC・携帯電話向けのコンテンツのプロジェクトに携わりました。その後、バンダイネットワークスの立ち上げとともに9年ほど所属していました。
そして、2009年にバンダイナムコゲームス(現バンダイナムコエンターテインメント)に統合され、アプリを中心にゲーム事業にも携わることになりました。それ以前から、会社の基幹であるゲーム事業に携わりたいと感じていたので、いい機会でした。
(編注:その後、2018年にバンダイナムコエンターテインメント常務取締役に就任、2021年にBANDAI SPIRITS代表取締役社長に就任)
――社長に就任されて、いちばんのやりがいを感じている部分はどこでしょうか?
宇田川ご存知の通りゲーム事業はグローバル化が加速していて、世界中のお客様と向き合いながらビジネスできることがいちばんでしょうか。
――就任時のメッセージでも「世界中のファンの皆様と、より深く、より広く、より複雑に交錯し、つながっていきたい」とおっしゃられていましたよね。
宇田川はい。大きな規模の市場で仕事ができるところに、やりがいを感じています。
――ちなみに、宇田川さんのお好きなゲームは?
宇田川最初のゲーム体験はファミコンでした。自分の家にはなくて、友だちのお家で『けっきょく南極大冒険』や『ディグダグ』を遊んでいたのを覚えていますね。みんなでわいわいプレイして。
それからしばらくして、すごくプレイしたのはプレイステーションの『バイオハザード』です。とても怖くて、画面を直視しないようにしながら操作して(笑)。ほかには『LITTLE NIGHTMARES-リトルナイトメア-』が好きですね。最近ですと、『ELDENRING(エルデンリング)』はクリアできていません(笑)。ゆっくり進めていこうと思います。
――ではまず、中核事業のひとつである家庭用ゲームについて、展望をお聞かせください。
宇田川今後の注力タイトルとして、ここでは3つ挙げさせていただきます。ひとつ目は『エルデンリング』の大型ダウンロードコンテンツ(※)です。世界中のファンの皆さんが楽しみにしていると思いますので、しっかり行き届くようにサポートしたいと思います。
――『エルデンリング』はすでに実績を残されていますが、御社にとって想定以上の広がりかただったのでしょうか?
宇田川はい、非常にありがたく思っています。『エルデンリング』は完成前から宮崎さん(フロム・ソフトウェアの宮崎英高氏)の壮大なコンセプトと緻密なゲームデザインを目の当たりにして、本当に素敵なゲームだと感じていました。それをしっかりとお客様に届けられたこと、そしていまなお売れ続けていることをうれしく思います。
また、ふたつ目の注力タイトルは、『ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON(アーマード・コアVI ファイアーズオブルビコン)』(※)です。『アーマード・コア』シリーズの久しぶりの新作で、新たにコンセプトを見つめ直しており、シリーズのいい部分を残しつつもグラフィックや表現がリッチになっていますし、お客様によりいいプレイ体験をしていただけるタイトルになっていると感じています。『エルデンリング』と同じく、多くのファンの皆様に手に取っていただきたい作品です。
※『ELDEN RING(エルデンリング)』および『ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON(アーマード・コアVI ファイアーズオブルビコン)』はバンダイナムコエンターテインメントとフロム・ソフトウェアの共同開発タイトルとなる。(海外販売元:バンダイナムコエンターテインメント/国内販売元:フロム・ソフトウェア)
――世界中にファンがいるのは強みですね。3つ目のタイトルは何でしょうか?
宇田川まだ発売時期は公表していないので、お約束はできないのですが、心意気としては『鉄拳8』です。先日開催された(大規模な対戦格闘ゲーム大会の)“EVO Japan2023”でクローズドαテストを実施しまして、非常に好評いただき、フィードバックをゲームに落とし込んでいるところです。遠くないうちに、さらなる情報をお届けしたいと思っています。
――順調に開発が進んでいるということですね。発売までそれほど長く待たなくていいと、期待してもいいでしょうか?
宇田川そうしたいです(笑)。eスポーツに関しても、コロナ禍が明けてファンが集まれる機会が多くなるでしょうし、オンライン配信で楽しむ文化も進化していますので、いま以上に盛り上がると個人的にも期待しています。
――ほかに現在開発中のタイトルで言いますと、『SYNDUALITY( シンデュアリティ)』も、御社にとって新規IPとしての大きなチャレンジだと感じています。
宇田川私がBANDAI SPIRITSに移る前から開発が続いており、「やっとここまで」という気持ちではありますが(笑)、時間をかけている分だけ、こだわり続けていたことが実現できていると思います。まずは7月からテレビアニメの放映がありますし、ゲームのほうにもぜひご期待ください。
――とても楽しみです。ところで、ここ数年でデジタル版(ダウンロード版)の販売比率が大きくなっていますが、それに伴ってセールという販売手法も重要になっていると思います。そういった販売戦略の変化についてどうお考えですか?
宇田川デジタルのセールに関する専門のチームを持っていて、セールのタイミングやタイトルの選定について、綿密な計画のもとに決定しています。各IPの盛り上がりや波、いろいろな要素を組み合わせて、という感じですね。
――セールの手法は、会社の売上に対していい結果をもたらすものとして捉えていますか?
宇田川売上はもちろんですが、お客様が手に取る機会が増えるという部分が大きいです。それを機にプレイしていただいたお客様がおもしろさに気がついて、続編やDLCを遊んでいただけるような。そういう部分で、セールが今後の売上にもつながっていくと考えています。
――デジタル版の販売比率が増えている要因のひとつとして、日本でもゲーミングPCが普及し始めていることもあるのではないかと感じています。そのあたりの実感や、マルチプラットフォーム戦略については、いかがでしょうか?
宇田川やはりPC(Steam)は外せないですね。プラットフォームごとにお客様が異なりますし、さまざまな機種に対応すればするほど手に取っていただけるのは事実です。ただ、タイトルのターゲットに応じたプラットフォーム選択は、引き続き重要視したいと思います。多くのお客様がいらっしゃるプラットフォームを見極めて、適切な場所に提供していくということですね。
IPに応じてファンが楽しめる適切な場所を提供
――中核事業のふたつ目、ライフエンターテインメント事業についてもお伺いします。2月には『アイドルマスター』シリーズの合同ライブが開催されました。今後のイベントへの取り組みをお聞かせいただけますでしょうか。
宇田川5ブランド合同のライブは感慨深いものがありました。お客様にも喜んでいただいてとてもうれしかったです。ようやく規制も緩和されてきましたので、しっかり注力して盛り上げていきたいです。IP自体が成長を続けることも大事ですが、お客様がライブを通してその世界観をもっと楽しんでいただけるようなイベントにしたいですね。
『アイマス』に関してはその一環として、“PROJECT IM@S 3.0VISION”というものを発表させていただきました。これまでとはまた違った形の楽しみを提供します。
――具体的にはどのようなプロジェクトになるのでしょうか?
宇田川今後、ゲームだけでなくいろいろなアウトプット先を用意して、お客様とコミュニケーションを取ったり、アイドルへの愛を深めたりできるさまざまな場所を提供していきたいと思っているんです。その中のひとつとして、リアルとデジタルが融合する複合現実の取り組み“MRプロジェクト”を用意しています。
ゲーム領域に閉じないアイドル活動を目的として、これまでも各種イベントを実施してきましたが、つぎのステップとして2023 年7 月に“765MILLIONSTARS LIVE 2023 Dreamin'Groove”というイベントの開催を予定しています。
また、こちらも“MRプロジェクト”の新たな取り組みとして、“PROJECT IM@S vα-liv(ヴイアライヴ)”というものをスタートします。これは、ライバー活動を行うアイドル候補生を、配信を通じてお客様にプロデュースしていただいてデビューに導くという新たなライブストリーミングコンテンツになります。
――これまでの『アイマス』とは違った広げかたで、新しいチャレンジですね。
宇田川ゲーム発の『アイマス』はIPとして今後どんな可能性があるかを考えて、いろいろな形でお客様がつながれるようなコンテンツをご用意したいと考えています。一方で、やはりリアルのライブでお客様と出会って、さまざまな声を聞いて、その場をみんなで楽しむという体験は代えがたいものですので、そういうリアルのイベントは引き続き大事にしていきたいですね。
――現在進行中のグループ中期計画では、IP軸戦略を明確に打ち出されています。10月に“ガンダムメタバース”がオープンすることが発表され、IP軸戦略の輪郭がわかるような内容でした。このようなIPメタバース構想への期待や、進捗をお聞かせください。
宇田川ファンどうしがつながるための新しい仕組みとしてメタバースの活用を考えています。また3D空間だけでなく、たとえば『アイマス』ではアイマスポータルを拠点に、お客様とのつながりを強化しています。IPに応じたファンとのつながりかたを、それぞれ考えていきたいと思います。
ただ場所を用意するだけでは意味がありませんので、IPごとに何をお客様に提供できるかを重要視しなければいけません。“ガンダムメタバース”を例にすると、ガンプラを購入するとリアルに商品が届き、メタバース内でも楽しめる。それもこうした取り組みの一環です。
――昔はできなかったことですよね。
宇田川想像の世界だったことが実現する時代になってきています。世界中のお客様が訪れて会話もできるし、“ガンダムメタバース”ではそれぞれのお客様に合った情報を提供するAIキャラクター(“メロウ”というキャラクター)を用意したり、言語の自動翻訳機能を搭載したりと、コミュニケーションの活性化を図って世界展開したいと思います。それにともなって、各種コンテンツも増やしていきたいですね。
――たとえば、将来的にメタバースの中でゲーム体験ができるようなるといった広がりも見据えていらっしゃるのでしょうか?
宇田川そうですね。検討している段階です。ネクストステップとして、“ガンダムメタバース”内に“esportsコロニー”と呼ばれるスペースを作って、そこで『ガンダム』ゲームの対戦が可能になるようなゲームコミュニティーの形成を構想しています。
――“ガンダムメタバース”が先陣を切る形で、ほかのIPに関してもIPごとのファンに合った、それもいまの時代に則した方法で提供していくと。
宇田川そうですね。ただ、すべてのIPで横並びに同じシステムを使うということは考えていません。お客様にとっていちばんいい形で提供していきたいですね。
――新たなIPの創造も課題としてありますか?
宇田川はい。既存IPを大事にしつつも新規の自社IPへのチャレンジもし続けなければいけないと考えています。いま進行しているプロジェクトで、バンダイナムコフィルムワークスとバンダイナムコスタジオのスタッフがバーチャルでユニットを組んで、それぞれのクオリティーの向上と業務の効率化について検討を始めています。
これまでアニメはアニメ、ゲームはゲームと別々に制作していたのですが、アセット(ゲームやアニメに使用する素材)からいっしょに制作するといったように、作りかた自体を変えようとしているものです。
アニメもゲームも3Dで制作しているものも多く、作業として共通する箇所もあるので、アニメ制作とゲーム制作を融合させることで、クオリティーの高いものを効率よく作れるようになると考えています。これは、うちのグループらしい、強みを生かした取り組みだと思います。
グループ間で連携できる“らしさ”と“強み”
――今後もグローバル展開が続くと思いますが、その中で日本市場をどのように位置付けていますか? 日本市場への注力度合いやユーザーへのアプローチについてお聞かせください。
宇田川基本的に、世界展開できるゲームを作ることは重要ですが、各地域に合ったゲーム開発も引き続き行っていきます。現在では日本とそれ以外という考えではなく、エリアやリージョン単位にちゃんと拠点があって、それぞれで地域に向き合ったマーケティング活動ができているのが特徴であり強みです。それを日本やアジア、北米、ヨーロッパでも同じように行うのは、今後も変わらないですね。
――ということは、日本では日本市場だけに向けたアプローチができるような体制になっていて、それは各国でも同じということですね。
宇田川はい、その通りです。それに加えて、先ほども申し上げたメタバースなどのデジタル空間を利用した世界展開も考えています。たとえば、いままでだったら日本のライブを配信で見てもらうような感じでしたが、新たに用意した場所で、同じ空間の中でいっしょにライブを楽しめたりといったことも可能になるでしょう。
――アプローチの方法が増えていくわけですね。
宇田川ただゲームを売るということだけでなく、IPを知っていただき、好きになってもらう手段はもっと増やしていきたいですね。
――そのほかの最近のトピックとしては、バンダイナムコスタジオと連携をしながら、“GYAARStudio インディーゲームコンテスト”も展開していらっしゃいます。グループ内開発力の強化や人材育成については、今後も両社で連携して推進していくことになるのでしょうか?
宇田川バンダイナムコスタジオとバンダイナムコエンターテインメントは別会社ですが、考えかたとしては“ひとつ”の会社と捉えていまして、どんなゲームを作るか、どういったお客様に届けるかといった部分は密に連携して進めています。
一方で、ゲームが大規模化してきて“個”の力やアイデアを具現化できる場所が少なくなっているのも事実です。そういった才能が世に出てほしい気持ちもありますので、インディーのコンテストのような取り組みも引き続き行っていきたいです。
――お話を伺っていると、グループ間の連携がより深まっていると感じますね。
宇田川私がいろいろな会社や部署を行ったり来たりした成果が出ているといいですね(笑)。2年ほど前から、IPを軸にきちんと商品展開ができるように連携が強化されてきましたし、これがやはりグループであることの価値なので、強くしない理由はないですよね。
――新規IPの創生も大事にする一方で、2月には過去の人気作『バテン・カイトス』のリマスター(『バテン・カイトス I&II HD Remaster』)が発表されました。
宇田川『バテン・カイトス』については、お客様からリマスターしてほしいというご要望やご意見があり、その声にこたえる形で今回、リマスター版として開発を行うことになりました。
本作を開発するにあたり、任天堂様やモノリスソフト様を始めとする、当時の開発に携わった関係者の皆様に多大なご協力をいただいています。当時プレイしてくださったお客様には、思い出を蘇らせながら楽しんでいただきたいです。
――このような過去タイトルの掘り起こしは今後も検討・計画されているのでしょうか?
宇田川「このタイトルが出ないかな」と皆様が期待しておられる作品もあると思います。すべてのIPで掘り起こしをやっていくというわけではありませんが、お客様の声が大きい作品に関して、今後も検討していきたいです。
企画自体は特定のチームからあがってくるものもあれば、スタジオの案件だったりと、数多くあります。それをさまざまな角度から……時期やジャンル、IPの選定、コンセプトやデザインの確認など、多くの要素を検証しながら進めていきます。現在は開発が大規模になるタイトルも多いので、おのずといろいろなチームからの知見が必要となってきますね。
――タイトルによっては開発に非常に時間がかかりますよね。会社のビジョンとして、どれくらい先の目標まで計画されているのでしょうか?
宇田川30年先……まではいきませんが、それに近いスパンのマイルストーンを設定しています。ゲームの開発はやはり3年以上、大型タイトルでは5、6年以上かかりますので、そのくらい先まで見据えていないといけません。
また、現在ではゲームを売って終わりというわけでなく、発売後もサービスを継続していく運営型のタイトルが増えていますし、より長期的な計画を持って提供する必要があると考えています。
――そういった中で、ゲームとしての根幹のおもしろさを守りつつ、グループで連携して重ねがけできるというのは、御社らしいとてもいい形ですよね。では、宇田川さんが社長になられて、今後課題に感じている部分はありますか?
宇田川ゲーム開発が長くなっていく一方で、適切な時期に適切なものを出すというバランスの取りかたも大事だと思っています。それと、より長く、より深く楽しめる良質なコンテンツを提供すること。
そして、より多くの人が多様な楽しみかたができる多彩なコンテンツを提供することを大前提に、よりファンの皆様に響くよう、ひとつひとつのコンテンツを研ぎ澄ましていきたいですね。