現在、世界中の研究機関によって、うつ病、不安障害、依存症、また終末期疾患の診断による恐怖など、さまざまな精神的な問題に対する幻覚剤の有望さが明らかにされつつある。
こうした結果に触発されて、米ワシントン大学医学部の医師アンソニー・バック氏は2020年、カリフォルニア統合学研究所の研修を受けることを決めた。60歳のバック氏は、1980年代という反薬物が盛んに叫ばれていた時代に育ったため、若いころは幻覚剤を治療に使おうとは考えなかった。しかし、科学的な研究結果を見て、「ここには非常に重要なものがある」と確信したのだという。
緩和ケア医であるバック氏にとって、第一の目的はがん患者の痛みの軽減だ。しかしこれまでのところ、人生が終わりに近づくという「恐怖に対処する良い方法を、われわれは見つけることができずにいるのです」と氏は言う。
実際にはどのように投与するのか
研修プログラムはさまざまな機関によって提供されている。期間は半年から1年、費用は数千ドル程度のものが多い。大半のプログラムにおいて強調されるのは、薬剤を投与する前にセッションを複数回行い、患者が幻覚剤による治療経験から何を得ることを望んでいるのか、また実際にはどんな効果が予想されるのかを話し合う大切さだ。
研修生はまた、幻覚剤を投与するセッションを監督する方法も学ぶ。「幻覚剤の体験は非常に内面的なものです」とフェルプス氏は言う。そのため、セラピストは、安心感を回復するために必要な場合を除き、自ら介入しないよう教えられる。
幻覚剤支援療法を行うことは、従来のメンタルヘルスの治療法に慣れている専門家にとって、それまでとは大きく異なる体験だと、米ジョンズ・ホプキンス大学の精神科医で、同大学や米エール大学、米ニューヨーク大学の精神科の学生を対象とした試験的カリキュラムに取り組んでいるビット・ヤーデン氏は言う。「従来の手順は、医師が抗うつ剤を処方したら、患者は処方箋を受け取り、医師が1カ月後に経過を尋ねるといったものです」
一方、幻覚剤の場合は、直接の投薬とその後のトークセラピーが必須となる。幻覚剤を使うセッションの長さは1回何時間にも及び、その間はセラピストが付き添わなければならない。
研修生はまた、「統合」と呼ばれるプロセスに対する支援の方法も教わる。このプロセスを通して、患者は幻覚剤の体験から得られた洞察や感情を日常生活に取り入れてゆく。ここでもまた、従来の方法に慣れているセラピストは新たな領域に踏み込むことになる。「シロシビンの臨床実験においては、神秘的な体験をしたという報告が参加者から上がっています。そうした体験について話をすることも、従来の心理療法的な枠組みに当てはまりません」とヤーデン氏は言う。
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