元信州大医学部長の池田修一氏がHPVワクチン接種後の健康影響を調べる研究について、雑誌「Wedge」に研究内容を「捏造」とする記事を書かれたのは名誉毀損に当たるとして、医師でジャーナリストの村中璃子氏らを訴えていた訴訟の判決が3月26日、東京地裁であった。
男澤聡子裁判長は、「『薬害研究班』による『捏造』という、重大な意味をもつ表題を付して掲載されたこと、その上、記事の内容についても、医師の肩書を付した被告が、十分な裏付け取材もせずに、繰り返し原告の行為を『捏造』と記載したこと、当時、本件各記事が信州大学の副学長、医学部長及び医学部教授の任にあった原告に与えた影響は甚大」として、原告の訴えを全面的に認めた。
その上で、村中氏と編集担当だった当時「Wedge」編集長の大江紀洋氏、出版元の株式会社ウェッジに対し、330万円の支払いと、謝罪広告の掲載、ウェブ記事の問題部分について削除を命じる判決を言い渡した。
池田氏は村中氏の報道後に、信州大学の医学部長、副学長、同大教授を辞任しているが、現在は同大学病院難病診療センターの特任教授として診療している。
自説に都合の良い画像を選び出した事実は認められないと認定
問題とされたのは、2016年6月に雑誌「Wedge」7月号に掲載された「研究者たちはいったい何に駆られたのか 子宮頸がんワクチン薬害研究班 崩れる根拠、暴かれた捏造」と題する記事と、同誌のウェブ版「WEDGE Infinity」に掲載された「子宮頸がんワクチン研究班が捏造 厚労省、信州大は調査委設置を」とする記事。
池田氏を班長とする厚労省研究班「池田班」が行っていたのは、HPVワクチンの成分が脳に障害をもたらすという「薬害」を仮定した研究だ。
2016年3月にこの研究の成果発表会で紹介された、その基礎的なメカニズムを明らかにするマウス実験の脳の画像について、村中氏らは、マウス実験を担当したA氏の証言をもとに、自説に都合の良い画像データだけを恣意的に選ぶ不正が行われたと指摘し、「重大な捏造である」と書いた。
最大の争点となったのは、複数のマウスの脳の画像データから、池田教授が都合のいい画像データを選び出した事実があったかどうかだ。
これについて、裁判所は、証言者のA氏だけでなく、A氏から画像データを受け取り加工して池田氏に渡した信州大医学部教授の塩沢丹里氏、そして池田氏本人への確認取材が不十分だったことを認定。
「本件マウス実験に関して、原告が(研究分担者の)塩沢教授から入手したスライドは、A氏作成スライドに塩沢教授が手を加えた塩沢教授作成スライド1枚のみであったから、原告の手元に、子宮頸がんワクチン以外のワクチンでも強く緑色に染まった画像が何枚もあったという事実も認めることはできない」
「原告が、その中から自分に都合の良いように、子宮頸がんワクチンでよく光っている写真と他のワクチンで光っていない写真が組み合わさったスライドだけを選び出したという事実も認めることができない」
「画像が何枚もある中から、自分の仮説に都合の良い本件スライドだけを公表して、チャンピオンデータで議論をしているという事実を認めることはできない」
と判断した。
男澤裁判長は、「ねつ造であるという、研究者にとって致命的とも言える研究不正の存在を告発する趣旨の記事を公表するのであれば、その記事が原告に与える影響の重大さに鑑みて、(証言者である)A氏の発言を鵜呑みにするのではなく、より慎重に裏付け取材を行う必要があった」などとして取材の不十分さを指摘した。
池田氏「研究者にとって、捏造という言葉は致命的」
判決後の記者会見で、池田氏は表情を変えないまま、「私が従来から言い、裁判で述べたことを的確に裁判長は捉えてくれて、判決に反映させてくれている」と評価した。
そして、「研究者にとって、捏造という言葉は致命的。捏造とつけられちゃうと私自身が学会でも何か言える立場ではなくなる」と報道の影響を述べた。
また、池田氏が研究成果の報告会で、HPVワクチンがマウスの脳に影響を与える結果が出たかのように誤解を招く発表をしていた件については、こう弁解した。
「私はマウスにどうのこうのということを言った覚えはない。患者をあの時点まで120人ぐらい見ている中で、患者の一部に脳の高次機能障害が出ているということがあるので、患者さんたちは学校に行けないのだと述べたかった」
「そういうことを解明する一つの手段としてマウスモデルという研究が開始されたと言ったつもりだった。このマウスでそのことが全て説明できるという状況ではありませんでした」
村中氏は、池田氏が出演したTBSの番組で報告会と同じ日に、このマウス実験でHPVワクチンが脳に障害を起こすことが明らかになったかのように報道されたことを記事の根拠の一つにしているが、この番組に対しては、「名誉毀損ではない」として抗議や内容の訂正の申し入れもしていないと答えた。
この研究については、厚労省が「池田氏の不適切な発表により、国民に対して誤解を招く事態となった」と異例の見解を公表する事態となったが、当初の予定通り、2018年度末までこの池田班の研究は続行された。
さらに今年度から3年間、池田氏が主任研究者として行う「HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療体制の整備のための研究」が、厚労省に新たに認められたことも明らかにした。
「判決の内容とHPVワクチンの安全性は関係ない」
一方、村中氏側の代理人弁護士や裁判を支援していた「守れる命を守る会」も判決後に記者会見を開いた。
同会代表の産婦人科医、石渡勇氏は、「科学の問題を名誉毀損の問題にすり替えた裁判であり、当会の科学者・医師たちはこのような行為を容認できない」などと判決を強く批判した。
その上で、「判決の内容と子宮頸がんワクチンの安全性はまったく関係ない。子宮頸がんワクチンの安全性は確立しており、WHOも接種を強く推奨している」とHPVワクチンの評価とは関係ないことを強調した。
村中氏は会見に出席しなかったが、「公共性と科学を無視した判決が下されたことを非常に残念に思います」「今日の判決はワクチンの安全性とは一切関係がありません。池田氏の研究者としての質を証明するものでも、他の論文の信頼性を保証するものでもありません」とメッセージを寄せた。
村中氏の代理人弁護士、藤本英二氏によると、控訴は判決の内容を精査して検討するという。
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