食料問題の将来的な解決策のひとつとして世界的に広がりを見せている昆虫食をめぐり、「コオロギ事業に6兆円」の予算が税金から投じられているとする情報が拡散している。
これは誤った情報だ。
元になっているのは「SDGs関連予算」とされ、「SDGsアクションプラン2021」(予算総額6.5兆円)の数字が一人歩きしているとみられるが、そもそもこのプランに「コオロギ事業」「昆虫食」と明示されているものはない。
また、農林水産省で実際に昆虫食などに関わっている事業の予算規模も6兆円からはほど遠く、同省の担当者は拡散している情報を否定した。
BuzzFeed Newsはファクトチェックを実施した。
「コオロギ食に6兆円」という情報は、2月15日ごろからSNS上に広がっているもの。数十万インプレッションを集めているツイートも少なくない。
「コオロギ事業に補助金が出ていた。予算に6兆円以上の血税が使われていました」という2月23日のツイートは数千いいねを集めるなど広く拡散したが、その後アカウントごと削除されている。
また、「コオロギに関わるSDGs関連予算6.3兆円」と記された画像もあわせて広がっている(下記)。
「コオロギやめて防衛費にまわせよ」「アホかよこの国」などと広がりを見せているが、前述の通り、これは誤った情報だ。
そもそも農林水産関係予算は2兆2千億円ほど(2022年度)であり、拡散している金額は荒唐無稽なものと言える。
また、「SDGs予算6.3兆円」という数字は、SNS上で「減らせるものがかなりありそう」「ムダを精査してみた」などという文脈で昨年12月末から広がっているもの。
しかし、元となる数値のソースは示されていない。
存在しない「コオロギ事業」
では、この数字はどこから来たものなのか。
国がまとめている「SDGsアクションプラン2021」にある予算総額は6.5兆円。広がっている額面に近い数字であることがわかる。
「SDGs」は、持続可能な開発目標の略語。気候変動のみならず、貧困、健康・福祉、ジェンダー平等、エネルギーなど17の目標と169のターゲットがある。
国の「アクションプラン」は、このSDGsの重点事項とした項目に関わる各省庁のさまざまな事業を取りまとめ、「日本政府としてこれくらいの規模感で取り組んでいる」と提示したものであり、単一の予算として計上されているものではない。
プラン内のもので500億円以上、計上されているものをまとめると以下の通り(掲載順)で、総額の83%を占める。
教育費関連だけでも2兆5千億円近くを占めており、エネルギー資源や農業、災害対策、治山や森林整備などに充てられていることがわかる。農業農村整備事業のように、国際的にSDGsが注目されるようになる前から政府が支出してきた費目も珍しくない。
なお、「アクションプラン2021」の予算一覧のなかに、「昆虫食」「コオロギ事業」を明示した項目は見当たらない。これは、「アクションプラン2020」(総額1.7兆円)「アクションプラン2022」(総額7.2兆円)でも同様だ。
- 低所得者向けの大学無償化など(4804億円、文部科学省)
- 高校無償化など(4355.4億円、文部科学省)
- 義務教育費国庫負担金(1兆5163.8億円、文部科学省)
- GIGAスクール構想(2500.7億円、文部科学省)
- 新型コロナウイルスに関する国際資金協力など(941億円、外務省)
- 水田をフル活用した戦略作物の生産(3050億円、農林水産省)
- 農業農村整備事業の推進(R3当初4445.3億円、R2補正1855.2億円、農林水産省)
- 経営所得安定対策(作物の直接支払交付金の支給など、2640.8億円、農林水産省)
- 治山対策の推進(R3当初619.5億円、R2補正461億円、農林水産省)
- 災害等に強いエネルギー供給網(1733 億円、経済産業省)
- 再エネ主力電源化・省エネの推進(2310 億円、経済産業省)
- 水素社会実現の加速(848 億円、経済産業省)
- 安全最優先の再稼働と原子力イノベーションの推進(1371 億円、経済産業省)
- 自立可能な電力系統網の実装支援など(1316億円、経済産業省)
- 一般廃棄物処理施設の整備、脱炭素化・先導的廃棄物処理システム実証事業(R3当初581.3億円、R2補正489.3億円、環境省)
- ポストコロナの資源確保(1256億円、経済産業省)
- CCUS/カーボンリサイクルの推進(530億円、経済産業省)
- 森林整備事業(R3当初1248億円、R2補正496 億円、農林水産省)
- 児童入所施設措置費等(1,356億円、厚生労働省)
実際の予算規模は…?
一方、「アクションプラン2022」にも記載されている農水省の「新事業創出・食品産業課題解決調査・実証等事業」(2億300万円)の予算関連の資料では、昆虫活用について触れている部分がある。
担当課によると、技術による新事業創出を支援する「フードテックビジネス実証事業」に関わる部分で、予算は22、23年度ともに3千万円。
「アクションプラン」には含まれていないが、21年度補正予算では昆虫食ビジネスの実証が支援対象になったケースが1社あるという。ただし、これも「コオロギ事業」ではない。
また、こちらも「アクションプラン」には含まれていないが、農水省の「ムーンショット型農林水産研究開発事業」では、「食品残渣等を利用した昆虫の食料化と飼料化」についてのプロジェクトに取り組んでいる。
この開発事業ではそのほかにも作物デザインや土壌微生物、細胞培養、牛からのメタン製造などさまざまなプロジェクトに取り組んでおり、事業の予算は22、23年度ともに1億6千万円。ただし、研究費総額は2019年から5年で80億円となってている。
農水省の担当者によると、昆虫食や昆虫ビジネスは主に農水省が管轄となっており、そのなかでも上記の2つの事業が中心になっている。いずれも、「6兆円」という金額からは程遠い規模で、担当者も拡散している情報を「事実ではない」と否定した。
こうしたことから「コオロギ事業に6兆円」「コオロギに関わるSDGs関連予算6.3兆円」という言説はいずれも誤りであると言えるだろう。
昆虫食をめぐっては最近、さまざまな陰謀論や誤情報が拡散している。注意が必要だ。
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