国際的批判をものともせず、ロシアがウクライナに侵攻した。ロシアはウクライナ領内に2つの「親ロシア派地域」を作りだし、一方的に独立を宣言させて「住民保護」を名目にロシア軍を派遣。大規模な軍事作戦に着手した。
14年前に、これとよく似た紛争を経験した国がある。ジョージアだ。2008年に複雑な民族問題に乗じるかたちでロシアが軍事介入。「親ロシア派」が実効支配する2つの地域に、ロシア軍を送った。いまも政府の支配が及ばない「親ロシア派地域」を2カ所抱える。
その経験から、何が見えるのか。駐日ジョージア大使館のティムラズ・レジャバ大使と、同館の専門家ダヴィド・ゴギナシュヴィリ分析員(慶応大SFC研究所上席所員)は「14年前よりも今回の方が、国際社会が団結して立ち向かおうという意識がある。2008年とは違う結末になることを期待したい」とBuzzFeed Newsに語った。
「民主主義と法の支配の揺らぎに危機感」
ーー今回の事態で、ジョージアはいち早くウクライナとの連帯を表明しました。
(レジャバ大使=以下、大使)ジョージアは2008年に、今回のウクライナと同じようなことを経験しています。それだけでなく、ロシアとは非常に長い付き合いがある分、危険性も知っています。
ましていまの世の中は、自由民主主義、法の支配、そういう価値観のもと平和な秩序が保たれようとしていた。それに揺らぎが見え始めたことに対して、我々は強く危機感を感じています。
ジョージアは、旧ソ連の一部だったが1991年に独立。シュワルナゼ元ソ連外相が大統領となったが、2003年に「バラ革命」と呼ばれる政変が起き失脚。その後はロシアを距離を置く親欧米路線を採り、EUとNATO加盟を目標としている。
もともと複雑な民族問題があり、分離独立を求める南オセチアとアブハジアの両地域を抱えていた。それぞれ様々な主張の対立があったが、2008年にジョージア軍と南オセチア軍の衝突にロシアが軍事介入。ロシアはさらに、南オセチア及びアブハジアの独立を一方的に承認した。日本を含む国際社会の大勢は、両地域の独立を認めていない。
この経緯は、91年に独立し、その後親欧米路線となりロシアと対立を深めたウクライナと似ている。
これは、我々だけではなく、世界の秩序を保とうとしている我々のパートナーにとっても、ロシアと国境を接する様々な国にとっても、非常に重大な局面となっている。そういう意味で、みんなに危機感を持っていただきたい。
そして、政治的な意思決定をするステークホルダーは、速やかにこの火を消していただきたい。そうでなければ火がどんどん他の地域に移っていく危険性があります。決して他人事ではありません。
「ロシアは欧米の価値観に挑戦している」
ーーこれは民主主義と権威主義の価値観の争い、という理解でしょうか。
(ゴギナシュヴィリ分析員=以下、分析員)ジョージアへの侵攻のあと、冷戦と言える状況になったのですが、その著しい兆しは何かというと、価値観の違い、体制の違いです。
よく「ロシアは北大西洋条約機構(NATO)の拡大を懸念している」と言われていますが、ロシア自身もNATOが攻め込んでくるとは思っていないはずです。実際に何を懸念しているかというと、欧米の価値観がいずれロシアにも浸透するのではないか、という点なんです。
プーチン氏が権力を握って以降、(ロシアの野党指導者)ナワリヌイ氏を投獄するといった権威主義的な国家体制を築き、欧米の価値観を崩そうとする動きを見せていることは明確だと思います。
ーー大使から見て今回の事態は
(大使)まずロシアは国際法を破った。領土の一体性と主権に対する疑問符を残そうとしている。これはあってはならないことです。そして武力を行使した。この重大な2つの過ちを、1日で行った。
これはたまたまできることではなく、緻密な計画のもとで行われたことです。ロシアは日頃からこうしたことをどうでもいいと思っているという証拠です。
私たちは2008年、それ以前からロシアの脅威について国際社会にしつこく発信してきています。それがいまの世の中の、特に西欧の認識に少しでも貢献していれば、私は嬉しいです。ロシアの人々を含め、ポジティブな結果が出て平和が訪れたら良いと思っています。だからこそ、私たちの経験を、これからも多くの人に伝えたいと思っています。
皇居での捧呈式に民族衣装で臨む、レジャバ大使とウチャ・ガベチャヴァ公使参事官(左)、分析員のゴギナシュヴィリさん
「親ロシア派地域」はアクセス難しいまま
ーーいま、南オセチアとアブハジアはどうなっているのでしょうか。紛争から14年経って、今もロシアの管理下にあるのでしょうか。
(大使)世界で最もアクセスしづらい地域の一つになっています。それがすべてを物語っていると思います。その中で何が起きているか、想像するだけで非常に苦しいことです。
ーー14年前にジョージアで起きたことが、これからウクライナでも起きるということでしょうか。
(大使)そこはなんとも言えないところであるのと同時に、まさに今後の焦点になってくるところです。
世界の状況は変わっています。そこにジョージアの貢献もあると思います、私たちは14年間、不当なことに我慢して、平和な姿勢を貫いてきましたから。少しでもいまの世の中にインパクトが与えられていたらいいなと思います。
プーチン氏が署名した文書は「コピペ」
ーーロシアを見ているとジョージアとの紛争が彼らにとっての「成功体験」であり、ウクライナでも同じことを繰り返してるように見えます。
(大使)プーチン大統領は今回、(ウクライナの親ロシア派支配地域)「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」を国家として承認し、ロシア軍を送る文書に署名しました。その内容は、14年前のものと同じだったんです。
(分析員)面白いことに、今回発行された文書はジョージアの南オセチアとアブハジアの独立を承認してロシア軍を送った2008年の時と言葉遣いも同じで、コピペされてたんですよ。
文書は2カ国の独立を認め、平和を維持するためにロシア軍を派遣するという、4項目の内容です。変わっていたのは日付と、地名と、署名した大統領の名前だけなんです(当時ロシアの大統領はメドベージェフ氏。しかし実権は首相だったプーチン氏が握っていた)。
BuzzFeed Newsは両文書を比較した。
①地元住民の意思に基づいて主権国家として承認する
②現地政府と外交関係樹立を協議する
③相互の友好、援助条約を結ぶ
④現地の要請に基づきロシア軍を平和維持のため派遣する
という同じ構成で、個々の表現も酷似していた。
(大使)サッカーのワールドカップでゴールを決めたとしましょう。上手くいったから次のワールドカップでも同じ作戦でゴールを決めますよと世界に公開しているようなものです。
(分析員)ただし今は何が違うかというと、国際社会は2008年よりは遥かに団結・連帯していることです。だから結末は、当時とは違う可能性もあるんじゃないかと思います。
今回プーチン氏が言ったのは、独立を承認したのは分離派(親ロシア派)がすでに支配している地域だけでなく、分離派が求めている領域全てだと。だから、その時点で戦争をすることは明確でした。
専門家の中で意見が分かれたのは、全面的な戦争になるか、それとも2つの地域だけの限定的な戦争なのかという点でした。「戦争が始まる」という点は、もはやみんな分かっていたと思います。
ーー日本もロシアの隣国で、北方領土問題を抱えています。
(大使)「希望」を大事にするのか、自由と民主主義という概念を大事にするのかを選ばなければならないと思います。
「領土が戻ってくるかもしれない」という希望や臆測のうえで、ロシアと良いパートナーシップを作ろうとすれば、ロシアの力に加担することになってしまいます。
それを優先させるか、日本が各パートナー国と推進している自由、民主主義、法の支配という基本的な概念、価値観を優先させるのか、どちらかを選んでいただきたいです。
ーーこれまで北方領土は様々な交渉や友好的政策を経ても返還されませんでした。それは「返ってくるかもしれない」という希望のもとに行われてきたのですが、それが効くとは限らないということでしょうか。
(大使)そうだと思います。そうである証拠は、いくらでもお見せできます。
(この取材は2月25日、日本語で行った。内容はその時点の状況に基づいている)
ロシアのガルージン駐日大使は2月25日、東京の外国特派員協会で会見した。
「8年にわたりウクライナ政府による屈辱とジェノサイドにさらされていたドネツク・ルガンスク両共和国住民を保護するため、ロシアは特別な軍事作戦を開始した」と自国の立場を説明。
「我々はウクライナの非軍事化、非ナチ化を目指す」と語ってウクライナ政府をナチスに例えた。日本政府のロシアに対する制裁措置については「我々も重大な対抗措置をとる。平和条約の締結を含む両国の友好関係の構築には、無益で非生産的だ」と批判した。
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