どうすれば事件を防げたのか
児童相談所の判断次第では、事件は起こらなかったのではないか。
例えば、愛実ちゃんの一時保護や入所を決定する前に、父親に連絡し意見を求めたのか。
施設に入所した後であっても、裁判所で決定した1月に1回程度の面接(面会交流)という取り決めに沿って面会を行えていれば、ある程度の抑止力になっていたのではないか。
父親との接触が難しくても、迎えに来た母親の様子を施設の職員が注意深く見ることで、異変を察知し一時帰宅を断ったり、一時帰宅時のお宅訪問という形で職員が見回りを実施したり、といったことはできなかったのか。
このうちひとつでも行えていれば、救えた命だったのではないか――。
この事件の背景にある児童相談所の対応について、広報を担う秋田県県庁健康福祉部地域・家庭福祉課の佐藤寧さんに話を聞いた。
――この事件を防ぐ手立てはなかったんですか? 母親の様子に異変があれば一時帰宅を中止することだってできたのではないでしょうか?
「親が施設から子供を連れて、自宅で一時外泊するというケースは珍しくありません。愛実ちゃんの場合、母親の愛情が非常に強かった印象があったので、お迎えの際、職員が数人でチェックをしても、危険かどうかの判断は困難でした」
――両親の離婚がどのようになされたのかとか、そこに面会交流の取り決めがあったことについては把握していたんでしょうか? そうした情報について、児童相談所が独自調査を行うことはあったのですか?
「父親と月1回という面会交流の取り決めについては、D市が母親から相談を受けた時点で把握していました。DV等支援措置によって住所が非開示になっていることや警察への被害届も同様です。
児童相談所には捜査権はありませんし、役割分担ということで警察や役所の判断を尊重しました。ですから調停の経緯を閲覧するといった独自の調査はしていません」
――とすると、施設への入所を決定する前に、父親に事情を聞くことはなかったんですか?
「父親に話を聞くことはありませんでした。児童福祉法の27条4項で『(措置入所させるときには)親権を行う者又は未成年後見人の意に反して、これを採ることができない』となっています。法律上、保護者や親権者の権限が大変に強いので、今回のケースでも親権者である母親の意向に添いました。
そういった事情がありますので、親権のない人に事情を聞くことは今後も考えにくいです。
あと保安上の問題もあります。父親に連絡した場合、子供の居所が特定されかねません。当県の相談所や施設の数は限られていますから」
二度と同じような悲劇が起きないために
児童相談所の回答をどう考えれば良いのだろうか。離婚などで会えなくなった親の代理人を務めることがしばしばあり、親権問題にも詳しい今瞭美弁護士。彼女に事件が起こるに至った原因についてうかがった。
「児童相談所は、調停条項に基づいて父親との面会交流をさせるべきでしたし、子供が児童相談所に入所していることを父親に知らせるべきでした。
被害届は誰でも警察に出せるものです。ストーカーで処罰されていれば別ですが、実際に被害にあったかどうかは被害届だけでは判断が出来ません。DV等支援措置にしてもそうです。申請があれば事実関係を調べないまま、住所や戸籍をブロックしてしまうというのが実情です。
Aさん自身、『元妻にDVや虐待、ストーカー行為をしたことはない』と話しています。少なくとも、単に、母親の主張だけで、児童相談所が決めることではないことは明らかでした。子供が両親に愛されて、両親に自分の存在を認識してもらって、そして成長していけるという子供の権利について、児童相談所は無神経すぎます」
Aさんの発言すべてが正確かどうかといえば、多少、自分にとって有利なように物事を理解している可能性もあるだろう。ただ、面会の権利は認められていたのだから、今弁護士の言うとおり、児童相談所がもっと柔軟な態度で対処していれば、悲劇は防げたのかもしれない。
親権者の権利しか考えられていない現在の児童福祉法のあり方からすると、おいそれと親権者の考えを飛び越して行動に移すことができない。一方で、Aさんのような非親権者の権利についてはほとんど考えられていない。
子煩悩だったAさんの娘に会いたいという気持ちも、DV等支援措置の「抜け穴」によって、住所を伏せられ、面会は行われず、最後はこうした悲劇へと至ってしまった。
児童福祉法を改正したり、児童相談所や施設が独自で動いたりすることができない限り、今後もこうした悲劇は起こりうるのではないだろうか。