「(離婚して娘に会えなくなってからは、)藁をもつかむような思いでした。市役所に行って相談に乗ってもらったり、娘の居場所も分からないので探偵社に片っ端から電話したり……。娘に会いたいという気持ちしか、当時ありませんでした」
元妻に娘を殺害された、愛実(めぐみ)ちゃんの実の父・Aさん(45)はゆっくりと、しかし力のこもった声でこう言った。
(事件の背景に迫った記事前編はこちら)
幸せなはずだったのに…
Aさんはなぜ愛実ちゃんに会えなくなったのか。その経緯を語ってもらう前に、まずは二人の出会いについて語ってもらった。
「元妻とは20代後半のとき、友達を集めた飲み会で知り合いました。第一印象は、明るくて気の合う美人。話をしたところ、同じ県南の出身ということや、お互い精神疾患をもっている同士ということで意気投合しました。実は私も軽い精神疾患をもっていて、そのことを打ち明けたところ、『実は私もそうなんです』って彼女は答えたんです」
波長が合い、共感し合うようになった二人は、まもなく交際を開始する。信頼を深め合い、知り合って6年後に結婚、秋田県D市に家を借り
そこで彼はこれまでは気づかなかった、彼女の性格を思い知ることになった。
「『知らない番号から電話がかかってくる』と実在しない人物のことを怖がったり、隣の家の人がこっちをじっと見ていると言い張ったり。そんな被害妄想を抱くようになりました。自分の都合にあわせて、事実を曲げて解釈して、その考えに固執するところがあったんです」
3年後に長女の愛実ちゃんが誕生すると、3人は近隣にあるAさんの実家で過ごすようになる。
「出産のダメージで元妻はずっと床に伏せるようになりました。娘はまだ産まれたばかり。日中、酒造店で働いている私の代わりに、母や祖母に実家で愛実の面倒を見てもらいました。
実家にやってきた愛実は『A家の宝物』として親族一同から大切に扱われました。
元妻は気まぐれに起きてきては『○時にミルク飲ませた?』などと母や祖母に聞いていました。その通りに飲ませていなかったり、愛実が泣き止まなかったりすると、母や祖母を強い調子で罵倒するんです。そういったことが続いたため、母や祖母は元妻に対し腫れ物にさわるように接するようになりました」
愛実ちゃんの首が据わるようになったころ、一家は結婚後住んでいたD市の借家に戻った。Aさんの母や祖母を元妻が毛嫌いし、不仲となってしまったためだ。
Aさんは、仕事に子育てにと、一人きりで頑張った。
「朝に愛実を保育園に送り、仕事に出ました。両立は大変でしたが、子供の成長を見つめる喜びもひとしおでした。遊びながらうたた寝してしまったり、ねんねしながら布団を蹴って布団から出たり。愛実のかわいい姿に心癒やされたんです。1歳ちょっとのとき、はじめてつかまり立ちしたときは、町中を走り回りたくなるぐらいに嬉しかった」
もともと理系の大学で研究をしていたAさん。お酒の営業という仕事は不慣れで、日々強いストレスを感じていた。しかも家に帰ると、ヘトヘトなAさんに元妻の罵倒が追い打ちをかけた。
「なんで時間通り、ミルクを飲ませてないの?」
「おむつの替え方、そんなんじゃダメでしょ」
Aさんが心も体も健康ならば、そんなストレスフルな生活でも乗り切れていたかも知れない。しかし彼には20代の後半に鬱病が原因で会社を辞めたという過去があった。そしてある日、Aさんの我慢は限界を迎え、爆発してしまった。
「鬱病が再発してしまって、仕事にならなくなり、会社からクビを宣告されました。
その日の夜のことです。途方に暮れた私は、まっすぐ家に帰らず、車で寄り道をして、不法侵入及び窃盗という罪を犯してしまったんです」
Aさんは逮捕され、執行猶予付きの実刑判決を受ける。その間、彼は診察を受けており、「統合失調症」と診断された。彼は治療も含め、3ヵ月ほど拘留されてしまった。この症状のひとつに「盗癖」があるが、日々強いストレスを感じる中で、この症状が出てしまったのかもしれない。
釈放された後、Aさんは実家に身を寄せる。元妻と愛実ちゃんが住む家へと通い、食料を届けるという日々を過ごした。
「元妻はずいぶん怒っていました。『玄関にお米を置いて、そのまま帰って』とドア越しに言うだけで、娘には会わせてくれません。そうしたことが続き『もう離婚するしかない』と腹をくくるようになりました」
ほとんど寝たきりなのに、元妻は一人きりで愛実ちゃんを育てていた。家に入れようとしなかったのは『こんな状況に追い込んだのは夫のせいだ』と夫を恨んでいたからなのかもしれない。