晴れ渡った空の下、彼女は1人で雄英の大きな校門を見上げていた。
この門を潜るために死に物狂いで修行をしてきた日々は無駄ではなかったことに涙が浮かんできた。
今日から彼女、糸守昴はここの生徒なのだ。しかも、あのヒーロー科の生徒だ。
真新しいローファーでその敷地を踏み締める。緊張しながら彼女は教室のドアに手をかけた。始業は8時半からだが、緊張したせいで早起きしてしまい、8時に着いてしまったのだ。まだ生徒もいないだろうと思い、ドアを開けた。
教室に入ると、チラホラと人が座っていた。自分の席は何処かとキョロキョロと見渡していると聡明そうな女子生徒が近寄ってきた。
「あの、座席表でしたら黒板に貼られていますわ」
「え?あ、ありがとう!」
「私、八百万百と申します。これからよろしくお願いいたします」
ニコリと上品な笑みを浮かべながら笑う八百万はまさに優等生という言葉がぴったりな礼儀正しい女子生徒だった。
「私は糸守昴。よろしくね。百ちゃん」
にっこりと笑いながら昴もここに来て初めて笑いながら八百万に自己紹介をした。
中学の時からのくせで同性のクラスメイトを下の名前で呼んでしまったが、八百万は驚いたが不快に思わなかったのか「はい」と嬉しそうに笑ってくれた。不安だった学校生活も幸先がよく感じられた。
しかし、その淡い期待は始業のベルと共に打ち砕かれた。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここは、ヒーロー科だぞ」
突然聞こえてきた声の方向を見るとそこには寝袋に入った不審者、いや、男がいた。寝袋から出てきた謎の男に教室にいる全員の視線が集中した。さっき会った失礼な男子も驚いているほどの衝撃だった。
(((なんかいるぅぅぅ!!!)))
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君達は合理性に欠くね」
不審者だと思っていたが、よくよく考えたらセキュリティの高い雄英にいるということはここの関係者なのだろうかと昴は予想した。
「担任の相澤消太だ、よろしくね」
(((担任!?)))
これまたクラスの大半が思ったであろうことを昴も思う。
ヒーローとは思えない格好と仕草をしている。
この人が本当に担任なのかと思わず疑ってしまう。
クラスのほとんどがあまりの衝撃に呆然としていると相澤は寝袋の中から何かを取り出した。
「早速だが、コレ着てグラウンドに出ろ」
コレと言って取り出したのは雄英のトレードマークのUとAのロゴが入った体操着だった。
言われるがままにそれに着替え、何をするんだろうと首を傾げながらグランドに向かう。
この時、これから目まぐるしい授業が始まるとは誰も予想出来なかった。
グラウンドにて。
全員が揃うと相澤は「個性把握テスト」を今から行うと言った。
入学式は!?ガイダンスは!?と矢継ぎ早に問いかけるクラスメイトたちと昴も同じ意見だった。入学早々それはないだろと心の中でツッコミを入れた。
「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間ないよ」
「……!?」
「雄英は"自由"な校風が売り文句。そしてそれは"先生側"もまた然り」
「……?」
未だに個性把握テストの概要が理解出来ていないクラスメイトたちを余所に相澤は淡々とテスト内容を説明し始めた。
内容は至って簡単。中学でやった体力テストと同じ種目を個性ありで行うそうだ。
デモンストレーションとして薄い金髪の少年こと爆豪がボール投げをするように相澤は指名した。
爆豪は「死ねぇ!」と叫びながら手のひらで爆発を起こしてボールを飛ばした。何故「死ね」なんだと疑問に思いながらボールの行方を見守った。爆風と衝撃でボールはぐんぐんスピードを増して視認できない距離まで飛んで行った。相澤の手にあった測定機械に705.2mと普通の個性禁止の体力テストではありえない数字が表示された。
クラスメイト達の感想はなんだこれ、面白そうだった。
そうだろうか、面白いかと思っている昴と、少し冷静に見ている八百万。最初にあった時の印象通り、彼女は本当に優等生だった。
「ヒーローになるための3年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?」
相澤の言葉に先程まで騒いでいたクラス全員が静かになった。
「よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
その言葉に全員が驚愕した。
「最下位除籍って……!入学初日ですよ!?いや初日じゃなくても、理不尽すぎる!!」
理不尽さに抗議する声が上がるも、相澤は全く聞き耳を立てなかった。辺りを見回すとクラスメイトのほとんどが真剣そうな面持ちになったり、逆にさっきデモンストレーションをした爆豪は勝気そうな表情を浮かべている者もいた。
しかし、この個性把握テストに違和感があった。このテストはあまりにも不公平過ぎる。人によって個性を発揮できないクラスメイトもいる。具体的な例で行けば、透明化の個性の生徒が正にそれだ。
「ねぇ、百ちゃん。このテストって、ちょっとおかしいよね」
「やっぱり糸守さんもそう思いますか。このテストは恐らく全力でやれば問題ないと思いますわ」
「百ちゃんに聞いてよかったぁ。私一人の勘違いだったらどうしようって考えちゃったよ」
八百万の意見を聞いて少し安心した。すっと、隣に耳たぶがイヤホン状の女子生徒が隣に並び立った。
「えっと、八百万、と糸守だよね?うち、耳郎。今の話、有難いよ。うちも個性がそんな有利じゃないから」
自己紹介を簡単に済ませて、とりあえず昴達は目の前のテストに集中した。
1番最初の種目は50メートル走。
昴は麗日お茶子という女子生徒と共に走ることになった。
麗日の個性がなんなのか気になったが、今は目の前のことに集中しようと頭を切り替えた。
スタートする前に昴は履いていた運動靴と靴下を脱いで八百万に預けた。
「い、糸守さん。何で靴を脱ぐんですか?」
「裸足はきついんじゃ……」
「個性を使うから裸足の方がいいんだ」
昴の突拍子な行動に八百万と耳郎は驚いた。
昴は足裏に意識を集中させた。すると昴の足裏から白い糸が生えてきた。糸は自分の意志を持っているかのように動き、昴の足にピッタリなスニーカー状に形を変えた。
昴がその場で軽く跳ねると大きく跳躍した。
昴は自分の思ったとおりに出来たことに満足そうによし、と言った。
八百万と耳郎は昴の個性の発動に驚いた。
「え?え?何これ!?」
「糸をスニーカーにすることができるんですか?」
「私の個性は蜘蛛の糸みたいな糸を出せて、糸の弾力性とかの調節ができるの。その応用で弾力性が高い糸で靴を作ればこんな風になるの」
「面白い個性だね」
「汎用性が高いですわね」
自分の個性については幼い頃からよく知っており、雄英に入学する前からいくつか応用する方法を考えてあった。我ながらに天才だと過去の自分を褒め称えたくなった。
そして、昴の番がやってきた。麗日は自分の体操着と靴に触れるような動作をしていた。どんな個性なんだろうと気になりつつも意識を切り替えて目の前のことに集中した。
ピッと音が鳴ると共に昴は駆け出し、結果として中学の頃より大幅にタイムを縮めた。
滑り出しとしては順調な結果にこのままやればそこそこいい結果になるだろうと予想がつき、ほっとした。
そんな昴をある人物が不満げに見ていたことを昴は知らなかった。
立ち幅跳び、反復横跳び、ボール投げ。順調にいい記録を出しながら昴はこなしていった。ボール投げでは50メートル走で共に走った麗日が「♾」という記録を出して驚いた。重力に逆らって空に飛んでいくボールから考えて麗日の個性は恐らく重力操作系の個性なのだろうかと予測した。
今まで自分の周りにはいなかったタイプの個性に好奇心が擽られ、次のクラスメイトはどんな個性を持っているんだろうかと昴は投げ終わった後にクラスメイト達の様子を見ていた。
「糸守、すごいじゃん!どんどんいい記録出してくね。ていうかさ、昴って呼んでいい?」
「え!うん、もちろん!」
「わ、私も!昴さん、と呼んでいいでしょうか?」
「うん。響香ちゃん!百ちゃん!」
些細なことだが、中学の時、名前で呼べるほどの友人がいなかった昴にとってそれはとても嬉しかった。
だが、それと同時に2人に少しだけ後ろめたい気持ちが湧いてきた。自分は必死に自分の個性を使っているクラスメイト達とは違い、できる範囲での本気しか出していない。
本当にここにいていいのかとすら思ってしまうほどだった。
あれさえ克服できれば、と何度も思った。
『バケモノ!!』
そう思った瞬間、脳裏にその声が蘇ってきた。
昴はグッと唇を噛み締めた。
やっぱり自分には無理なのだろうかと上がっていた気分が更に下がっていく。
「…ばるさん?昴さん」
「…な、何?百ちゃん」
八百万の声で我に返った昴は慌てて応えた。
「どうかしましたか?思い詰めているように見えましたが…」
「大丈夫?」
2人は心配そうに昴を見た。
ああ、優しいなとその優しさに少しだけ落ち込んでいた気分が戻った。
「…ううん、大丈夫だよ。もし、相澤先生の言葉が本当だったらどうなるんだろうって考えちゃってたんだ」
「ちょ、昴。恐ろしいこと言わないでよ!」
「ごめん、ごめん」
耳郎は昴の冗談を真に受けたのか顔を青くした。その様子に昴は思わず笑ってしまいそうになった。
落ち込んでいた気分が上向きになったところで、次にボール投げを行うボリュームのある緑髪の男子が思い詰めた表情を浮かべながら円の中に入っていくのが見えた。
「緑谷くんはこのままだとマズイぞ…!」
「ったりめーだ、無個性の雑魚だぞ!」
弾けるような怒号にビクリと身体が反応した。視線の先には爆豪がいた。相変わらず口が悪いなと思いながらも、「無個性」という言葉が気になった。
世界の総人口の2割はいると言われているが、実際に無個性の人間に会ったことが昴にはなかった。
仮にもヒーロー科に入学したのなら個性を持っているはずなのに爆豪は緑谷は無個性だと言った。
どうゆうことなんだと彼の方に耳を傾けた。
「無個性!?彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」
眼鏡をかけたいかにも堅物という言葉が似合う飯田という男子は爆豪の発言に驚いていた。彼の言ったことから緑谷が入試時に何かを成したことが分かったが、生憎昴は試験会場で緑谷を見かけなかった覚えがない。同じ会場にいたのかどうかすら分からないほど試験では集中していてクラスメイトがいたのかすら覚えていないほどだったのだ。
思い詰めた緑谷は個性を使ってボール投げをしようとしたが、相澤もといイレイザーヘッドに個性を消された。しかし、2回目で指一本の犠牲で700メートル越えの記録に出した。
ざわつき、大騒ぎをするクラスメイト達を横目に、昴は緑谷に違和感を感じた。
個性は身体機能の1つだ。そういう個性因子を持っているならその個性因子にあった体質になったり、成長と共に扱いにも長けていくはずだ。
だが、緑谷の個性は身体とチグハグで完全に個性に身体が追いついていない。個性が発現したばかりの子供のように思えた。
さらに指が内側で暴発したような怪我にも違和感があった。まるで力を身体の中に無理矢理押し込んでいるように見えた。
「昴、昴?どうした、大丈夫?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「次は持久走ですわ。頑張りましょう」
うん、と頷きながら緑谷から視線を外した。
昔から叔父から人の個性を注意深く見ろという言葉で人の個性を注意深く見る癖が着いてしまっていた。
とりあえず今は目の前のことに集中しようと気持ちを切り替えた。
なんだかんだと進んだ個性把握テストの結果は5位にくい込んでいた。最下位は除籍だと言っていた相澤は「合理的な虚偽だ」と言った。
嘘を言うことで全員の本気を引き出すためだったと言い、その言葉で本当に終わったんだと安心した。
「よ、よかった〜」
1番不安だった耳郎はほっと息をついた。
「よかったね、響香ちゃん」
「うん、ありがとう、昴」
入学式もガイダンスもすっ飛ばして、入学初日は終わった。高校に入って初めてできた友達とまた明日と言い合って、昴は帰路に着いた。
これから、どんな学校生活が待っているんだろうと思いながら帰路を歩いて行った。