【動画】異変は漁村のネコから。漁師たちと同じように魚を食べていたネコの足はもつれ、狂ったように走り、海へ飛び込んで死ぬようになり、「猫踊り病」と言われた。水俣病という言葉がまだなかった時代。人間への警告だった。
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「猫てんかんで全滅」水俣で最初に現れた異変、人間への警告だった

奥正光

 「猫てんかんで全滅」。熊本県水俣市南部の茂道(もどう)地区で起きたネコの異変を地元紙が伝えたのは、水俣病の公式確認より2年前の1954(昭和29)年だった。ネコがほとんど死んでしまい、ネズミの急増に困った漁業関係者が市の衛生課にネズミ駆除を申し込んだという記事だった。

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 水俣市立水俣病資料館は、この記事に「ネコの死亡がメチル水銀の影響によるものであったことがわかっておらず、市がネズミ駆除剤を配るにとどまり、また、その原因を究明する動きには至りませんでした」との説明を添えている。

 人間への警告だった。

 メチル水銀を含む廃水が流され続けた海にはすでに異変が起きていた。水俣湾不知火(しらぬい)海ではタチウオやタイ、ボラなどが弱って浮き上がり、海辺の岩についたカキは異臭を放った。

 水俣病研究の第一人者だった故・原田正純医師は著書「水俣病」(岩波新書)で、50(昭和25)年ごろから魚が海面に浮いて手で拾えるようになり、カラスが空から落ちるという異変の様子を伝えている。それは次第にネコやブタ、イタチなどに広がった。

 地引き網やボラかご、タコつぼに一本釣り……。多様な漁法を駆使し、不知火海の幸を得てきた漁師たちの暮らしのそばにいたのが、漁網をかじるネズミを追うネコだった。漁師たちと同じように魚を食べてきたネコの足はもつれ、狂ったように走り、海へ飛び込んで死ぬようになり、「猫踊り病」と言われた。

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 同書は熊本大医学部の水俣病研究班の調査データとして、飼いネコ121匹のうち、半数以上の74匹の発病が確認されたことも示し、「きわめて異常な事態がすでに水俣地区ではすすんでいた。いや実は、このころすでに人間も、それと気づかれずに発病していた」としている。さらに異常は水俣湾やその周辺だけでなく、不知火海一帯へ広がっていった。

 人間に警告しただけではなかった。ネコはチッソ水俣工場付属病院長による工場廃水を与える実験でも犠牲になったが、発症した結果は公表されず、排水は止まらなかった。

 かつて「全滅」が伝えられた茂道地区から北東へ約4キロ。小高い丘に立つ水俣病センター相思(そうし)社には、水俣病の犠牲になった「猫の墓」がある。(奥正光)

【MINAMATA ユージン・スミスの伝言】ユージンが見つめた人々の勇気と不屈の魂

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映画「MINAMATA―ミナマタ―」〉 米国の写真家ユージン・スミスと元妻のアイリーン・美緒子・スミスさん(71)が1975年に発表した写真集「MINAMATA」に基づく物語。ジョニー・デップが演じるユージンは心に傷を抱えながら、アイリーンさん(美波)との出会いをきっかけに工場排水によって住民に健康被害が出ている水俣に向かう。患者の両親(浅野忠信、岩瀬晶子)や、被害者救済に尽力する運動のリーダー(真田広之)らが直面する現実に心打たれ、被害の実態を写真で捉えることに没頭していく。

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 登場人物は実在の患者らがモデルになっている。アンドリュー・レビタス監督らは2018年9月、水俣を訪れ、胎児性患者の坂本しのぶさん(65)らに会って制作の意向を伝えた。映画はモンテネグロやセルビアで撮影された。

声なき声に向き合ったユージン・スミス

水俣病と水俣に生きる人々を写真に撮り、世界に伝えた米国の写真家ユージン・スミス。プレミアムA「MINAMATA ユージン・スミスの伝言」では、ユージンの作品や言葉などから振り返ります。

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〈水俣病〉チッソ水俣工場(熊本県水俣市)が不知火(しらぬい)海に流した廃水中のメチル水銀を原因とする公害病中枢神経が侵され、熱さなどの感覚が鈍くなる、見える範囲が狭くなるなどの症状がある。1956(昭和31)年5月1日、水俣保健所に原因不明の病気の多発が届けられ、公式確認された。

 これまで2283人が患者と認定されたほか、約7万人は典型症状があるとして水俣病被害者救済法などで被害を認められた。いまも約1400人が熊本、鹿児島両県に患者認定を求めており、損害賠償などを求めて訴訟を起こしている人も約1700人いる。

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水俣病と水俣に生きる人々を撮り、世界に伝えた米国の写真家ユージン・スミス。彼の写真とまなざしは、現代もなお終わらない受難を照らしている。[もっと見る]

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