うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

45 / 46
たまたま出逢ったタマねえタンマタンマんんママ

 

 ふと、気がつけば公園の砂場で寝そべっていた。

 焦って顔を上げると、時刻は正午を回った頃だ。

 そこそこ広い敷地で住宅街の中だと思わしき公園だが、意外にも他の利用者は一人もおらず、砂場でゾンビみたいに起き上がる恐怖の起床を目撃されることは終ぞなかった。ウ゛ぅ゛。

 

「……?」

 

 はて。

 どうしてこんなところにいるんだろうか。

 たしか俺はさっきまで──

 

「……なにしてたんだっけ」

 

 自分の身体についた砂を手で払い、とりあえず付近のベンチまで移動する。

 座ろうとしてみて分かったが、何だかベンチが大きい。エッフェル塔。

 ……?

 ちがうな、俺が小さいわコレ。

 かなり記憶が混濁していて直前の出来事を思い出せないが、そういえば何かしらあって肉体が子供になってしまったんだった。

 さっき喋ってみて声も随分高くなっていた。かなり本格的にショタ化している。ぽてぽて。

 

「なんだ……このかっこ」

 

 下を見てみると、俺は長袖のシャツ一枚の状態だった。

 身体が大きい頃の自分のシャツであるためか、これだけで首から膝あたりまで隠されている──が、逆に言えばそれ以外は何も身に着けていない。

 ダボダボで袖が余りまくりの長袖シャツ一枚の小さい男の子だ。

 おそらく小さくなりすぎてズボンや下着、上着まで脱げてしまって辛うじてシャツ一枚だけが残っている状態なのだろう。ノーパン!? 猥褻物陳列罪にあたる可能性がある。

 財布やスマホはきっと脱げたその服たちのポケット等の中にある。とにかく今は手元にアイテムが何一つない。

 

「まいったな……」

 

 はたから見れば奇妙に映ること請け合い。

 このままほっつき歩いてたら恐らくお巡りさんに保護されて終了だろう。

 隠れるべきか? 奇跡的に優しい人に保護されるのを待つか? いや隠れるべきだ。謙虚に堅実に生きよ。決してあきらめるな。自分の感覚を信じろ。

 

「アクメ……ハ短調で……スタッカート」

 

 頭の中で次々と浮かんでくる単語を適当に呟きながらベンチを離れる。いつかどこかで読んだ、河川敷に打ち捨てられていた漫画のセリフだっただろうか。

 たぶん今現在の俺は果てしなく追い詰められているのだ。

 ちょっと冷静になっただけで泣いてしまうかもしれない。だから適当なことを言い続けて精神の安寧を保たねばならないのだ。うわああぁぁん! ママ! 状況判断が大切だ。

 

「せいりしよう……ボクチンは何をしてたのだ……♡」

 

 公園内のドーム型の遊具の中へ身を隠し、膝を抱えて思考に耽る事となった。

 

 まず明確に覚えている事から羅列していこう。

 

 俺は目覚める前、なにか悪い奴らとバトってた。

 そんでボコボコにして、戦った代償に身体が小さくなった。

 で、疲弊して意識を失ったら──ここにいた。世界ふしぎ発見!

 

 そうだ、大体の流れはこんな感じだったはずだ。

 体が縮むほどのダメージを負ったせいか記憶も曖昧になっているが、肝心なことは忘れていなかったらしい。ちょっと安心してイク。

 きっと記憶喪失も一時的なものだろうし、思い出すまでは大人しくジッ……とこらえておこう。余情残心。

 

「……せいかくに何を忘れているのかがわかんねえな」

 

 呟くたびに声の高さに違和感を感じる。

 本当に子どもになってしまったんだなという実感と共に、現状の詰み具合も浮き彫りになってきている気がした。

 ちょっとばかり記憶喪失の範囲がデカい。

 大まかに『自分が何者で何をしていたのか』という事は覚えているのだが、その中の正確な情報が欠けすぎているのだ。

 

「名前……あー……マジか。名前まで忘れかけてるってやばいかも」

 

 そしてその情報とは自分自身の細かい基礎情報も含まれている。

 困った事に自分の名前が思い出せないのだ。

 高校生だったのは覚えてる。

 とにかく誰かを守りたくて戦ったのも確かだ。

 しかし誰のためにこんなショタ化するほどの無茶な行為に及んだのかが分からない。

 

「は……ハズキ……だっけ? そうだな、ハズキだ。名前は思いだせた」

 

 暗いドーム型遊具の中で脳内を整理していく。ボクチン自分で考えられる。

 意外にもゆっくり順を追って記憶を辿っていけば思い出せる情報はそこそこあるみたいだ。

 自分の名前に関してはコレで間違っていないと心のどこかで確信できる。それぐらいしっくりくる。

 

「苗字は──」

 

 ポコンと脳内に二つ浮かんだ。

 どっちだろう。二者択一。

 

「……山田、かな?」

 

 なんか違う気がするしそうだった気もする。

 どちらにせよ今は確認できない事だし、とりあえずは仮称山田ハズキにしておこう。あっ、山田って単語を思い浮かべるとなんかちょっと安心する♡ ふぅ~~心あったけぇ~~。

 

「……はらへった」

 

 お腹がグゥと小さな訴えを起こした。俺の身体のくせに生意気である。

 

「つってもお金がないしな……」

 

 そうなのだ。

 マジで手持ちが一円もない。

 連絡手段もなければパンツも記憶も尊厳もない。

 

「やっぱ動くか」

 

 かぶりを振って、一旦の目標として俺が縮んだ瞬間の場所へ赴くことに決めた。

 財布の中の身分証明書なんかで自分のことを把握し、スマホを駆使すればたぶんどうにかなるだろう。

 どうして俺がその地点から移動しているのかは不明だが、とにかく行動しなければ何にもならない。ヌポォ~……っと動き出そう。

 

「出歩きたいけど……これふつうの服に見えるのかな。そでを手首までまくれば、それっぽくは見えるか」

 

 ベルトとかあれば誤魔化せそうなもんだが無いものねだりは時間の無駄だ。こういうダボダボファッションってことで通すしかない。

 ドーム型の遊具を出てさぁ移動開始──

 

「さ、さむすぎる……っ」

 

 全身が一瞬で震え上がり、ドームに戻ろうとする足をなんとか気合いで堪えた。

 たぶん季節は十二月の後半とかだった。

 そんな真冬に緩い長袖のシャツ一枚とか、凍死しても不思議ではない極寒地獄だ。ぐッ、お下劣な寒風め……厚顔無恥とはこの事だな。

 

 早いとこ移動して公共施設などを見つけよう。公民館とか場所によってはネットに繋がってる機械が使える所もある。

 まずは正確な現在地の把握からだ。

 周囲を確認しつつ公園を出て、迷ったら右の法則で道を選びながら先へ進んでいく。寒い冷たい奇々怪々。

 

「あっ、通行人だ……」

 

 ひょこひょこと歩を進めていると、数分程度で通行人を見つけた。

 ちょっと派手な服装をした二十代前後くらいの男性二人だ。こわい。

 

「いや有すごかったなぁ。生で見たかったわアレ」

「な。流石に遠すぎて……はぁ、現地行けた人ら羨ましいわ……」

 

 すぐ電柱の後ろに隠れたおかげか姿が見られることはなかった。

 二人とも会話に夢中でそのまま歩き去っていく。

 ……ちょっと言葉の発音が関西弁っぽかったが、ここ都内だよな? 

 あれ、意識を失う前にいた場所って東京だったっけか。

 

「有……有は中山競バ場だ。船橋だしすぐとなり……」

 

 幼い頃に叩き込まれた知識の中に該当するものがあった。

 有記念の開催場所だ。

 先ほどのお兄ちゃんたちは距離があり過ぎて行けなかったと言っていたが、仮にここが都内だとしたら決して()()()()()()ではない。

 もし彼らの言葉を信じるとしたらマジで現在地が一ミリも予想できない。

 

 ふとボビュルルン♡ と思い出したのだ。

 俺は有記念を観戦しに行った。

 なんかそうしないといけない気がして、がんばってスケジュール調整してそこへ行った。

 だから気を失う前はそこにいたはず。

 会場にいないという事は移動したという事だが、こんな体と格好でそんな遠くへ行けるとは思えない。

 いまの場所は少なくとも千葉か東京だろう。

 

 ……しかし、先ほど公園の時計で見た時刻は正午に差し掛かったくらいだった。

 そして、気を失う前は午後に活動していた気がする。

 という事は時計の針が少なくとも一周はしていて、明らかに今が日中ということを含めると二周目だろうから、丸一日以上が経過している?

 でもこんな格好でかつ昏睡状態なのに遠くへ行けるはずがない。

 誰かに連れていかれて捨てられたとか、そんな感じなのだろうか。ヤリ逃げすんな! 責任を取れ。

 

「──わっ、雨か……?」

 

 首筋に不快な感触を感じると同時に、雨音が聞こえてきた。

 せめて小雨であってくれという祈りも虚しく、次第に雨脚が強まっていく。

 

「うげっ、なんかどっかの屋内に……!」

 

 はじかれたようにその場から駆け出した。うぅ、走れっ……走れっ……もはや野となれ山となれだ……! 

 とにかくコンビニでも何でもいいから目指すは雨が凌げる場所だ。最悪入店するだけなら金は必要ない。

 危惧するとしたら明らかに不審なこの服装と、場合によっては保護者の所在を聞かれる可能性が高いこの容姿だが、何も持っていない状況でずぶ濡れになって風邪でも引いたらいよいよ世界の終わりだ。

 人目につく場所へ行くしかないが背に腹は代えられない。

 そのまま宛もなく走っていると、住宅街を抜けてビルが立ち並ぶ街中へ出た。うおスッゲ都会。

 

「やっぱ都心部なのか……? かなりさかえてるな……」

 

 おそらくは駅の付近なのか、そこは建物同士が密集していて人も多い通りだった。

 少なくとも勝手に入れる店や建物には困らない印象だ。

 こんだけ人が多いなら一人一人に対する意識も希薄になるだろう。俺を見ても関心を示さない可能性が高いし、雨風をしのぐにはもってこいだ。

 こんな姿とはいえ下手に住宅街をうろつくよりはマシかもしれない。

 

「コンビニはっけん……っ」

 

 そして流石は街中、軽く進むだけでビル一階のコンビニを発見できた。

 上の看板を見るに階層ごとにいろんな店がある複合施設っぽいし、長時間居座っても問題なさそうな休憩スペースも期待できる。あたりきシャカリキあそこで決まり。

 

『──いやぁ、今年のトゥインクル・シリーズは大盛り上がりでしたねっ!』

 

 かなりの大降りになってきて既に半分くらいは濡れてしまっている。

 だから一刻も早く建物内へ──そう急いていた脚がピタッと止まった。

 

『えぇ。特に先日の有におけるサイレンススズカのライブ中のパフォーマンスには驚かされましたよ。あれアドリブらしいじゃないですか』

 

 立ち止まり、ふと声が聞こえたほうへ目を向けた。

 俺が向かおうとしていたビルの向かい側にある建物の上部に、大型ビジョンが設置されている。

 そこでは珍しく何かの特番が生中継で放送されていた。

 その番組の右上には、スペシャルゲストが登場、と強調されたテロップが表示されている。

 

『さて、ここまで今年一年のトゥインクル・シリーズにおけるライブシーンを振り返ってきましたが、改めて先日の有記念でのウイニングライブの様子をご覧いただきましょう』

 

 司会の男性が言うと、間もなく映像が移り変わって、特番用に編集されたライブ映像が流れ始めた。

 期待感に満ちた観客席の様子が映し出された後、大きな声援と共に三人のウマ娘が登場する。

 彼女たちのすぐ下にテロップが表示されるため誰がどんな名前なのかはすぐに分かった。

 

 サイレンススズカ。

 メジロドーベル。

 マンハッタンカフェ。

 今回のレースにおける上位三名であろうウマ娘たちが、完璧な踊りと美しい声音で最高のライブを披露している。

 

「…………おぉ」

 

 それを俺はヌボーっと眺める。

 

「すげえ……」

 

 降りしきる冷たい雨の中、ずぶ濡れになりながら見入ってしまう。

 もう今更建物に入ったところであまり意味はないという諦めが半分。

 そして“アレ”がどうしても気になってしまって、何故だか目を離させないという引力が半分。

 それら二つに目と足をその場に固定されてしまい、大雨にさらされながらただただ大型ビジョンの前で立ち尽くす。

 

『みんな、本当にありがとう』

 

 ライブの歌を終えた後、一着のウマ娘はテーマ曲の後奏をバックに、何か一言その場でスピーチしてウイニングライブを締めることになっている。

 そうして最後にマイクを握ったのは、ライブ中に一番彼女たちを映す回数が多い中央のカメラに向かってアドリブで投げキスをして、会場にいるファンたちの心を射抜いたサイレンススズカというウマ娘だった。

 

『こうしてステージに立てること。そして応援してもらえる自分であり続けることができたこと。全てを誇らしく思います』

 

 雨脚が強まる。

 蛇行した水たまりに空から止むことのない雨粒が跳ね返り続ける。

 ばしゃばしゃと、拍手にも似た大きな音が響いている。

 

『そして……いつも見ていてくれた()()()に、心からの感謝を』

 

 カメラを真っすぐに捉えてそう告げるサイレンススズカ。

 彼女の言葉はきっと、直接会場に来ることができなかったあの通りすがりのお兄さんたちのような、全国のファンに向けた感謝の証なのだろう。

 

『大好きです──ありがとう』

 

 サイレンススズカは“みんな”ではなく“あなた”という言葉を使うことで、あくまで大多数のファンへ向けてではなく自分を応援してくれた人たち一人一人へ真摯に向き合って最上の感謝を伝えた。

 まさに一番を飾るに相応しいウマ娘のパフォーマンスだ。

 その場にいた観客は勿論、中継やライブビューイングで鑑賞したファンももれなく心を鷲掴みにされたことだろう。語彙のセンスが巧みすぎ。うひょー! サイコーだ。心臓の不動数がとんでもないことになってるぜ。60hzくらいかな。

 

「……現地で見たかったな」

 

 その呟きも悲鳴のような雨音に消える。

 いま自分が抱えている心境の正体はとっくに察しがついている。

 俺はあのレースを観戦しに行った。

 そして今、あの三人が披露するウイニングライブに心を焼かれ、サイレンススズカの一言で強い後悔が押し寄せてきた。

 そうだ、きっと俺は彼女たちのファンだったのだ。

 だから現地まで赴いた。なんかいろいろあって見れなかったらしいけど。

 

「なあ、おまえも間近で見たかっただろ?」

 

 ふと横を向いてそう言葉に出した。

 そこには誰もいない。

 

「……?」

 

 返事などある筈がない。

 どうして虚空に向かってくだらない質問をしたのだろうか。 

 いよいよ追い詰められ過ぎて限界化しちゃったのかしら。

 それとも、自分の隣にはそんなことが聞けるような相手がいつもいたのか。いた気がする。許嫁とか婚約者とか。

 まぁ、細かい事を覚えていない今の状態では調べようもないことだ。謎は深まるばかり。真実はいつも一つ。

 

『ここでスペシャルゲストにお越しいただきましょう。サイレンススズカさんです!』

 

 特番の生中継にはなんと先ほど日本一のファンサービスを披露したスーパーウマ娘が登場した。めっちゃかわいい。アクメしてほしいよぉ♡ 液晶が邪魔だな……。

 そこから司会者が上手く話題を回していって、当時のレース中の心境やライブ後の感想などを掘り下げていく中、俺はひとつ気がついたことがあった。

 

『ふふっ……そうですね』

 

 なんというかあのサイレンススズカ──元気がない。

 いや、別に見間違いかもしれないし、ぱっと見では全然普通に見えるのだが、やはりどこか目に生気が感じられないのだ。寝不足かな。夜更かしすると肌荒れしちゃうよ。

 レースに勝った後はどこもかしこも引っ張りだこで寝る時間が取れてないのだろうか。ファンとしてはちょっと心配だ。やはり俺が夫としてついてやらねば。

 

「……ックシ!」

 

 くしゃみした。

 冬場の大雨でもぅマジ寒すぎ。指先とかとっくに感覚ない。

 まず普通の子供ならぶっ倒れているところだ。俺でなければだがな。

 

「…………すんっ」

 

 鼻を鳴らしてとぼとぼ歩き始めた。

 真冬の大雨の中ずぶ濡れのシャツ一枚なので防寒のぼの字もない。そろそろシャーベットになっちゃうかも。イグッ♡ イクのは自由だ。何者にも縛られない。

 

「しにそう~……」

 

 あの特番の映像を見てたら何か思い出せそうだったから、ちょっとシリアスな顔でもして逡巡しようかな~と考えたが寒すぎて無理だ。それどころじゃないぜ。兵は神速を貴ぶ。

 とはいえ、こんな状態でどこへ向かったものか。

 濡れすぎてるとお店の中へ入るのは憚られるし、街をほっつき歩いててもどうにもならない。

 せめて人気のない路地裏で雨風が凌げる場所とかがあればベストなんだが。

 

「…………ぅぉ」

 

 ちょっとフラついた。

 次第に頭の中が茫漠としてきた。

 心なしか視界も滲んできている気がする。えーんえん。さむいさみしいこころぼそい。来たれ寵愛。燃え滾る性欲がボクチンを突き動かすんだ。

 

「……どうしよ」

 

 このまま倒れたら死ぬか病院行きのどちらかだが、死んだら起きれないし病院に行っても身分証も保険証もないからめちゃくちゃ面倒なことになる。

 誰か一人でも知り合いがいれば事情を話して頼れるのだが、困った事にこの街並みには一ミリも見覚えがない。

 ワンチャン普通に知らない土地という可能性もある。わんわん!

 いまさらだが住宅街で電柱とか見ておけばよかった。そういえばあれって住所とか書いてあるんだよな確か。もうちょっと早く思い出したかった。

 街中にもある筈だが、そろそろ足が動かなくなる頃だ。寒さのせいで足の硬直が今年イチですよ♡

 どうしようか。

 ほんと、マジでどうしよう。

 

 

「──うぇっ!? ちょっ、きみ!」

 

 

 いよいよあの世が見えてきそうな辺りで後ろから声をかけられた。声音的に女性なのは間違いない。

 しまった。

 流石に悪目立ちし過ぎていたか。通報されたらマズい。

 しかし逃げる気力あらず。もう好きにしてくれ煮るなり焼くなりしゃぶるなり。

 

「待ってや!」

 

 後ろから肩を掴まれた。

 そして振り向く間もなく、すぐさまその女性──少女は正面に回って傘の中へ入れてくれた。やさしい♡

 

「こんな雨の中で傘もささずに何しとんねんっ!? あぁもう、こんなずぶ濡れで……!」

「……?」

 

 ウマ娘だ。

 芦毛の小柄なウマ娘が助けてくれた。

 なによりその少女の着ている服が中央トレセン学園の制服だということに驚いた。

 

 トレセンは──そうだ。

 俺の記憶には中央トレセンに関しての関心が何故か強く残っている。

 ファンとして憧れているだとかそんな次元の話ではなく、内部の情報のいくつかを正確に覚えているのだ。

 ということは、間違いなくトレセンは記憶を取り戻すための鍵に違いない。

 つまりは──その制服を着ているこの少女こそがヒントだ。

 まさに運命。

 よく現れてくれた。いや、この不審すぎる格好で俺が引き寄せたのか。ナースコールだ! 出ませい出ませい! 

 

「ママかパパは!?」

「……」

「あ、あれ……しゃーない、一旦そこのデパートの中に──」

「……おねえさん、中央トレセンのウマ娘なんですか?」

「えっ」

 

 それまで黙っていた俺が、手を引かれた瞬間に発言したことで彼女が一瞬止まってくれた。思わぬ逸材だったな。BMI23ってとこか。

 とりあえず今は喋り方は敬語にしておこう。とうの昔に忘れた純真無垢なガキを演じるよりは、その方がまだ自然に振る舞えるはずだ。ボクチンごときにやってのけることができるのかな? 不安だお。

 

「よ、よう分かったな、今日帰省したばっかりで──ってウチのこと気にしとる場合か!」

 

 そのまま有無を言わさずデパートの中へ入ると、入り口付近の端っこへ移動した後、ショルダーバッグからタオルを取り出して俺の髪を問答無用で拭き始めた。未使用なのかモフモフ。

 

「ほら、拭いたるからジッとしとき」

「ごめんなさい。ありがとうございます」

「……きみ、ママかパパは? 一人なんか?」

 

 いろいろ考えて言葉を選ぶべきなのだろうがもう頭が疲れて思考が働かない。

 縮んでこの身体になったことやその他諸々の秘密はぼかして、あとはもう反射で喋ってしまおう。考えるのやめた。

 

「あの、さいしょに一つだけいいですか」

「……? うん、言うてみ」

「ケイサツは呼ばないでほしいです」

「──っ!?」

 

 めっちゃくちゃ驚かれた。というかぱっと見かなり小柄な体型ではあるが、今の俺からすれば十分デカいな。あなたが僕の新たなるママ!?

 

「ほんと家出とかじゃなくて、わるいことしてるワケでもなくて……いろいろ事情があって今は一人なんです」

 

 たまたま出逢った芦毛のお姉ちゃんは神妙な面持ちで話を聞いてくれてる。あ、なんかイケそう。

 

「だから、あの……だれにも言わないでください……」

 

 そう自信なさげにお願いすると、彼女は困ったように後頭部をかいた。

 向こうも下手に刺激して騒がれたら面倒だとは思ってくれているはずだ。

 

「……ちょっと待ってや」

 

 一旦落ち着かせてから話を聞こう、と考えてくれればそれが一番いいのだが──甘いだろうか。

 世界はそんな面倒見のいい人ばかりではない。

 ここで合理的に考えるなら、良くて警察か迷子センターへの引き渡しで、最悪このまま見限られて放置だ。

 会っていきなり意味深なことを言う少年などマジクソ面倒の塊だろう。

 雨の中で彷徨っているところを助けるまでの素晴らしい優しさがあっても、それ以上は関わりたくないと考えるのが普通だ。

 

「……ウマ娘じゃない大阪の子がトレセンの制服を知っとる……服装は長袖一枚。手荷物なしの割にはかなり落ち着いとるし、自暴自棄にも見えん……けど……」

 

 俺に懇願された彼女は顎に手を添えてブツブツ呟きながら逡巡している。

 ここで通報されたら面倒だ。

 なにがどう具体的に面倒なことになるかは分からないがとにかく面倒──というか。

 さっき“大阪”って言ったか?

 マジで。ここ東京か千葉じゃないの。レース開催地の中山競バ場クッソ遠いじゃん。

 この格好で新幹線とか飛行機とか無理だしどう考えても完全にワープしてるだろ。

 一体俺は何があってこうなってしまっているのだろうか。

 

「……きみ、名前は?」

 

 僕ちゃんと呼称せよ。

 一通り悩み終えたのか、芦毛のウマ娘は膝を折って目線を合わせてから質問してきた。

 

「あ、えと……ハズキです。山田ハズキ……」

「そか、ハズキ君か。……ウチの名前、タマモクロスいうねん」

 

 タマモクロス。

 その音の響きは現状残っている記憶のどこにも掠ることはなかった。

 聞いたことがあるような気さえしない。

 トレセンに関係があるらしい俺だが、少なくとも彼女とは顔見知りではないのだろう。

 なんだろう、こう……デカい乳のウマ娘の名前なら、聞いた瞬間に思い出せると思うのだが。

 俺は乳がデカいウマ娘が好きだった気がする。

 いま目の前にいる彼女はそれには該当しないが──

 

『あぁもう、こんなずぶ濡れで……!』

 

 なんというか、確かにどちらかと言えば慎ましい体型なのだが。

 

『ほら、拭いたるからジッとしとき』

 

 ──現状残っている記憶の誰よりも母性を感じた。

 彼女からすれば一般的な優しさに過ぎないのかもしれないが、俺からすればそうではなかった。

 ちゃんと母親という存在はいる。

 予想ではなく確信だ。薄っすら覚えている父親のように特別何かしてもらったという覚えはほとんど無いものの、自身に肉親としての母親が今もいること自体は間違いないと脳が告げている。

 

 そのはずなのだが、少なくとも普通に考えてこれまで母親から何度か感じた事がある()()の母性を感じる行動は一ミリも思い出せず、現状の俺にとってのこれまでの人生で母性を感じる相手ランキング上位にいきなりこのタマモクロスという少女が食い込んできた。

 

 言うなればこれは──感動ってやつだ。ママ! ノーブラなの!? ちゅーちゅーしたい! いいって言え!!

 

「タマモクロス……さん」

「いや堅いて。お姉ちゃんとかタマねえでええから……あと敬語もな」

 

 なに……!? けしからん! 拾う神あれば絶頂する神あり。

 

「とりあえずその濡れた服のままなんはアカンな。二階の服屋で適当に見繕うから、それに着替えて、それから──」

「あ、あの」

「うん?」

 

 続けざまに話されて流しそうになったが咄嗟に引き留めた。肝心なことを何も聞いていないよママ。うおっ……。

 

「……助けてくれるの? オレのこと……」

「なっ、当たり前やろっ! あんな感じで街ほっつき歩いとったら誰でも見逃せんわ!」

 

 甲斐甲斐しくタオルで俺の顔を拭きながらのたまう母性の塊。ママ……世界が怖くて寝れないよ……。

 

「……警察はイヤいうとったな」

「あ、はい」

「それなら今はウチを頼って。話聞いたるし、きみのことはまだ誰にも言わん。せやから、もう一人であんな雨の中を彷徨するんはアカンで、ハズキ君」

 

 俺の両肩を掴み、目線を合わせたままそう言ってくれたタマモクロスの瞳はかなりマジだった。ドキドキ……♡ 恋煩い。

 

「ウチのこと……信じてくれる?」

「う、うん……ありがとう、タマモクロス……お姉ちゃん」

「っ!」

 

 意を決してそう呼ぶと、一瞬驚いた彼女はすぐさま晴れ渡るような笑顔に変わった。あまりにも美少女すぎて……もう何も言うまい。

 

「よっしゃ。じゃあまずは着替えんとな。とりあえず店員さんに何か聞かれたらウチの弟として振る舞っとき。ウチが全部うま~く誤魔化したるから」

 

 果てしない慈愛女。どこまで俺を感激させるおつもりか? SNSのアカウントのアイコン画像にしたい。

 

「大丈夫やで、ハズキ君。……ウチがついとる!」

 

 何回も念押しして安心させようとしてくれている辺り、彼女の眼には俺が相当危うい子供に見えていたのかもしれない。マジ無意識な安堵の涙も指で拭ってくれた。

 これはまたとないチャンスだ。

 警察や迷子センターに連絡する、という行動を今は取らないで、俺を落ち着かせることから始めてくれたのがめちゃくちゃデカい。器がデカすぎて違法建築。

 このまま彼女を通して中央トレセンにアクセスできれば、見失った自分も取り戻せるかもしれない。

 もし黙って他の大人へ引き渡そうとしたら……まぁその時は全力で逃げればいい。たぶんなんとかなるだろう。俺ならばな。

 

「うぅ、お姉ちゃん好き……」

「……ホンマ変な大人に引っかからんでよかったわ」

 

 は? 俺が悪意に騙される可能性など皆無。あんまりバカにしないで……っ! 猛き神よ静まりたまえ……!

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。