「300万円以下」は社長決裁に

 本社による管理を徹底した具体例のひとつに、決裁金額の変更がある。

 鴻海で私が担当していた事業部門は「決裁金額一覧表」で決裁を厳格に管理していたが、シャープでは規定自体が甘いようだった。従来、社長による審査・決裁が必要な出費・投資の金額は1億円だったが、私は就任初日にその金額を300万円まで引き下げた。

 これにより、ほとんどの取引が私の許可を得ないと実行できないことになり、当初は多忙を極めた。しかし、私は鴻海時代に身につけた「今日できることは今日中に終わらせる」という長年の習慣に従ってこの業務をやり切った。

 この手法には当然、無駄な出費を抑える効果があったが、より大きな狙いは、私自身がシャープ内部のオペレーションを理解することにあった。カネの流れを押さえておけば、社員がどう考え、社内で実際にどんな動き方をしているのかを把握できる。ひいては経営の全体像を把握でき、正確な判断を下すことにつながる。

 私は決裁を求めてきた担当者に対し、電子ホワイトボードを使って直接説明することを求めた。説明に論理性がなく納得できない場合は、決裁書を容赦なく突き返した。7、8回突き返した後に、ようやくOKを出したこともある。

社長決裁の金額を300万円まで引き下げ、コスト削減などの効果があった(写真/Shutterstock)
社長決裁の金額を300万円まで引き下げ、コスト削減などの効果があった(写真/Shutterstock)
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 こうして担当者は社長への説明を上司任せにできなくなり、決裁書を真剣に作るようになった。担当者レベルの責任感がとても強くなり、そして半年もすると、私も社員もお互いにペースがつかめるようになった。私が担当者の顔と名前を覚えたという副次効果もあった。

 日本企業の稟議(りんぎ)書にはハンコが多いと言われるが、実際にシャープの稟議書には10個以上のハンコがあることもわかった。だが、本当に意味があるハンコは担当者、直属の上司、決裁権者の3つだけだ。

 私は無駄なハンコをなくすとともに、決裁権限の与え方などを明確に規定する改革を進めた。最後は社長である私が決裁するわけだから、形式的なハンコはいらない。ハンコが減れば決裁にかかる時間が短縮されて経営のスピードが上がるだけでなく、これも担当者の責任感を強くすることにつながる。

 その一方で、より大きな狙いは、私自身がどう決裁するかを社員に身をもって示すことにあった。

 シャープは経営が苦しかった時期に他社と不用意な契約を結び、経営の手足をさらに縛ってしまうミスを犯していた。重要なのは決裁金額の大小ではなく、決裁書の欠陥を見抜き、会社に損失をもたらす経営判断を避ける能力を幹部社員が身につけることだった。

 東証1部復帰後はこの改革が軌道に乗ったと判断し、社長決裁の金額を2018年に2000万円、2019年には1億円に引き上げた。これは、創業から100年以上の歴史を持つシャープの経営が正常に戻った象徴的な出来事の1つだと思う。

日経BOOKプラス 2023年3月30日付の記事を転載]

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