大塚明夫「プロ声優と素人を分かつ決定的な差」 「いい声」に囚われる限り人の心は動かせない

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これらはもちろん、長く芝居を続けてきたからこそ理解できるようになったことです。例えば、『機甲猟兵メロウリンク』のキーク・キャラダインを演じていた20代の頃はとてもそんなことまで考えられませんでした。もっともあの作品の場合は、先のストーリーを知らない状態で演じなければいけなかったので、「役割」をつかむのがそもそも困難だったのですが。

アフレコごとに渡されるその話数の台本に書かれた情報がすべてで、物語がどう帰結するかわからない。非常に難しい仕事でした。

キーク・キャラダインを演じるにあたり、注文は「キザにやってください」のみ。「はあ、キザにですか、わかりました」と一生懸命自分なりに演じていましたが、まだ声の仕事に慣れきっていなかったうえ、何をしに出てきたキャラクターかさっぱりわからないという状況もあり、それこそ「いい声」で押していくしかありませんでした。今だったらもっと深く演じることができるのにな、と思う役の1つです。

そういう意味で、原作の存在しない、オリジナルのアニメ作品などは演じるのが難しいとは言えます。台本がなくても、ある程度話の構成が固まっていればそれを聞いて解釈することはできるのですが、先がまったくわからないまま作る『メロウリンク』のような作品もあります。そういう場合は、渡された台本の中で全力を尽くすしかありません。

アニメーターを喜ばす役者でありたい

ところで私は、アニメ作品の打ち上げなどではなるべくアニメーターの人たちと話すようにしています。

声の仕事をする中で、彼らの気持ちをよく考えるのです。もし自分がアニメーターだったらどんなことを思って働いているか。

アニメのオンエアを目標に、1枚1枚の絵を一生懸命描く。それがいざオンエアされているのを観たとき、キャラクターの声をあてているのが自分の声のよさばっかり意識している声優だったら、多分ひどく悲しい気持ちになると思うのです。

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反対に、自分の描いた絵に本当に魂が宿ったと感じられたら絶対嬉しい。絵の中に息づかいが、感情が入っている――そのキャラが本当に魂を持ちしゃべっていると感じられたときがいちばん嬉しいのではないでしょうか。

ですから私は、アニメーターの方に「大塚さん大好きなんです」と言ってもらえるととても嬉しいのです。以前、制作会社の方から「作画の人たちが、声優の候補に大塚さんがいると聞いてわーっと大喜びしたんですよ」という話を聞いたことがあるのですが、こんなに光栄なことはないなと思いました。

声優業もシビアですが、アニメ制作も本当に過酷な仕事です。それでも皆さん、アニメが好きだから1枚1枚描いてくれているのです。その彼らに「俺、アニメーターやっててよかったな」と思ってもらえるような仕事のできる役者でありたい。私は常々そう思っています。

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