ミライセカイのニルヴァーナ

雅彩ラヰカ

第1話

     1


 たとえばゲームや小説なんかで舞台になる東欧の紛争という事象を見たとき、そこにあるのは大抵がクリスチャンやモスレム、資源をめぐる小国と大国、貧富の差という、明確な違いを持つ二つの対立が原因となっている。泥沼化してわけのわからない混乱を招いていてもそう。突き詰めれば明確にわけ隔てることのできる対立がある。

 どちらが悪でどちらが正義かなんて僕には興味ないが、とにかく根元を見るとそうやって幾つかにはっきりと分かれている。物事の全ては、分けられるのだ。

 人間はもっと明確に、そう、二つに分けることが可能だ。自分より優れた存在であるコンピューターを生み出すためだけに自然発生した人間マシンは、そのコンピューターと同じようにゼロイチかにわけ隔てることができるのだ。少なくとも僕はそう思っているし、僕が見てきた人間は全てそうだった。

 自国民か外国人か。悪人か、善人か。無害な奴か有害な奴か。意思が有るか無いか。搾取する側かされる側か。


 そして、男か、女か。


 僕は祖母だか祖父だかが外国人の日本人クォーターで、悪人染みた破壊衝動を抱える無害な奴で、頑固だけど意思がなく周りに流されがちで、周りの馬鹿さ加減を搾取するために搾取される側の弱者になっていることに甘んじている、いまどきの日本にならどこにでもいそうな、ごくごくありふれた身体は女、精神は男な性同一性障害GIDを抱えるサードセックスだ。

 家庭環境だってありふれてる。母親は出張ばかりの夫のカネにしか興味を持たない男漁りに熱心な女だし、父親も父親で海外のジャンクフード漬けの肉塊としか思えない生物に腰を振る男だ。いわゆる昼顔妻、ダメ夫、ってやつ。カネと学歴と仕事能力だけを突き詰めた洗脳教育を施した人間のなれの果て、みたいなのが僕の親なのだ。

 いいのは外面だけ。

 高級マンション、ブランド物、容姿。

 うんざりだ。クソッたれだ。親も、環境も。容姿に釣られてやってくる股間を膨らませた大人も、近所のうるさい犬も、聖書だか神だか万能細胞で生き返りますだのいう三流シナリオライターの考えたようなカルトの勧誘も、啓発本も批評家気取りの無能もクソみたいなリアリティショーもワンパターン化したティーンノベルもなにもかも。

 だから僕は近いからという理由だけで有名私立校を謳う学校に入学した。面倒くさかったのだ――歩くという事も含め全てが。

 そういうわけで、僕は早速授業をさぼった。

 誰も使わない忘れ去られた旧校舎の物置部屋に侵入し、扉を締め切って、黒い制服の内ポケットからスマートフォンを取り出す。

 所々破れたソファに身を沈めながら僕が見るのは、なんてことない、有名な掲示板の書き込みをまとめたサイトだ。親を小馬鹿にして退廃的な風を装って世間に背を向け行うのは、駄目人間定番のお決まりのネット徘徊だった。

 僕が好きなのは作り話っぽい心霊体験談や異世界旅行記。『蓋』や『ゲラゲラ』、そういうやつ。前者は複雑な経路をたどって最後は釣り宣言に終息し、後者はたしか第二弾で途中降板という有様だけど。最も僕が知らないだけで、実は意外な続きがあるのかもしれないが。

 アンパン――クスリじゃない――をかじりながら、僕は画面をスクロールしていく。

 面白い話がない。イライラする。ここが自宅なら僕は今頃安い酎ハイを飲んでいるだろう。

 どんなに画面を送っても端に現れるデブが消えないことに、さらに怒りを募らせる。お前のダイエットサプリメントなんか知るか。

 僕はスマートフォンをしまうと、そのまま目元を腕で覆って眠る。面白い記事がないこととこんな埃っぽいところで暇を持て余すのは苛立つが、教室に戻ってもろくなことがない。あそこには僕を精液便器かなにかと勘違いしている馬鹿な男と、性処理人形セクサロイド扱いに気付かないズレた女しかいないからだ。

 ファッションコーディネートみたく彼氏彼女を週一で変えまくるお軽い群衆に飲み込まれたくない。ましてや僕は男だ。彼氏になんか興味はないし、諭吉のために股を開く女もまた同じだ。その場凌ぎの姑息な口説き文句など聞きたくはない。

「またここに来ていたんですか、八坂ヤサカさん」

 声がして、僕は腕をどける。

「せめてロングホームルームには出でください」

 担任の女教師だった。大学卒業からまだ間もない、という不安げな顔立ちの、二十代半ばくらいのセクサロイド。妻子持ちの運動部顧問とヤりまくりらしく、たまに人気のない便所からこの女の声がするらしい。

 僕は特に返事をせずに立ち上がると、黙って旧校舎を出る。ネクタイを締め直し、ズボンについた埃を払い落として、外に出る。

 もう昼過ぎだ。随分長いこと旧校舎にいたんだなと僕はため息をつく。ロングホームルーム云々と言われたから、もうすぐ六限だろうか。これが終われば実質帰宅部のオカルト研究会に所属している僕はすぐに帰路につくことができる。

 新校舎二階。一年四組のドアを引くと、整髪料と制汗スプレーと香水が混然一体となった思わずエチケット袋を広げたくなるような凄まじい臭いに出迎えられる……というか若干胃が中身を戻そうとキュッとすぼまった気がする。

 夏はもう過ぎた。猛烈な寒波にさらされる十二月に、なぜ体臭を誤魔化すための物を過剰に用いるのだろうか。

 まったく、これだから嫌なのだ。教室という密室空間は。

「ほらみんな、始業の鐘は鳴ったのよ。早く席に戻りなさい」

 僕に遅れて入ってきた担任が、クラスの有象無象と変わらないほど濃い香水臭をまき散らしながら教卓につく。運動部顧問の趣味を反映した結果があの吐き気を催すような香水なのだろうか。たまらないな。

 一番後ろの窓際にある自分の席には、雑誌や漫画本がうずたかく積もっていた。邪魔だな、と思って周りを見渡すが誰もどけようとしないので、僕は机を傾けてそれらを床に落とすと、黙って椅子に座る。何人かが睨んできたが無視した。こうなるとわかった上で本を置いていたのだろうに。

 そんな頭の悪い逆恨みに内心ほくそ笑んでいると、担任は何事もなかったかのように話を始めた。

 あの教師は性欲には素直だが、まだ理性を失うほど狂っているわけではないらしい。少なくとも面倒事を避ける程度のインテリジェンスは働くようだ。男用の制服を着る僕になにも言わないのも、明らかな殺人未遂いじめ現場を黙認しているのも、理性を重んじる社会性生物『人間』らしい判断である。

 リーダー格らしいゴキブリ色の髪をした少女が僕を見て「殺すぞ、お前」と口を動かしているのが見えて、心底うんざりした。黙ってろよ、男根崇拝ファリシズムのアバズレが。

 でも僕は、威勢よく悪罵を生成しながらも、震えていた。面白いからではなく怖いから。僕はあの程度の暴力を覆せないほどケンカに弱い。あくびが出るほど遅い僕のテレフォンパンチでやられる高校生など、いまどき女子にもいない。

 耳を傾けると、一週間後の学年旅行えんそくのバス座席決め、という話題が飛び込んできた。僕はどうせ余るだろうから話し合いには参加しない。出席日数が危険水域に達しているから旅行自体には参加するが、楽しむつもりなど毛頭ない。

 自然に座席が決まっていく。

 最後尾の窓側に『八坂静奈ヤサカシズナ』という僕の名前が書きこまれる。面白くもなんともない字面。光る宇宙とか、皇帝とか、意味のない部首のついた漢字に置き換えられた奇妙な名前の方がまだ面白い。

 窓から校庭を見下ろすと、長距離走が終わってへたっている生徒が見えた。ガラスに映る白い肌に白髪青目という幽霊みたいな自分自身の顔に思わず笑う。生きてるんだか死んでるんだかよくわからない表情をしていたからだ。自分ではてっきりストレスにさらされて悪魔みたいな顔になっていると思っていたのだ。それが蓋を開けてみればこのありさま。失笑とはまさに今の僕の、不意打ちのような笑いを指すのだろう。

 声自体はほとんど出なかったので特に視線を集めることなく、静かに授業が終わる。クソつまらない一日の約半分が、ようやく終わる。

 帰りのホームルームが終了すると、生徒たちはそうあれかしと定められたお寒い青春に見せかけた酒池肉林のため、担任はセクサロイドとしての使命を全うするため教室を出ていく。

 僕もそうだ。当たり前の飲酒とネットサーフィンの準備のため、自宅に帰る。母親が日替わりの浮気相手と腰を振っているあの家に、一旦帰る。着替えてカネを持ってネットカフェへ行くために、僕はほとんどなにも入っていないお飾りのブランド物のカバンを手に取ると、教室を出た。

 昇降口で上履きから革靴に履き替えていると、突然肩を叩かれる。

「来なよ」

 ゴキブリ色の髪をした男根崇拝者ヤリマンが、バタフライナイフをチラつかせながら昏く嗤っていた。



 学校の近所に公園がある。

 僕の家とは逆方向で、あまり馴染みのない公園だったため来たのは初めてだったが、確かに意外なほど近くに公園があった。ただ遊具という遊具が撤去されていて、誰がなんの為に使うのかいまいちよくわからない。あるのはホームレスの就寝対策に狭い間隔で肘掛けが設置されたベンチと、あとは――ああ、やっとわかった。ここがなんのための場所なのか。

「歩け変態」

 ゴキブリを含めた三人の女生徒に歩かされながら僕はそこへ向かう。

 一歩一歩進むごとに、鼻を衝くアンモニア臭が酷くなる。誰も掃除をしていないらしい。

「入れ」

 連れてこられたのは、汚らしい公衆便所だった。障害者用の大きめの個室に連れ込まれると、そのまま三人は扉を閉めて僕を殴りつける。

 連続して三人がかりでぶん殴られて、どうにもできなくなったところで膝蹴りが腹部に飛んできた。げぷぁ、と変な悲鳴が口の端っこから漏れて、熱い塊が口内を満たす。

 飛び出したのは胃の中身だった。酸っぱい臭いの、アンパンの液体。戻してしまう僕にお構いなく、ゴキブリ女が足払いをかけてきた。躱せるはずもない。僕は無様に倒れ伏すしかなかった。

「うわっ、顔から行ったし……」

「どうすんの。もう顔殴れないじゃん」

「きったな」

 三者三様の罵声が吐瀉としゃ物まみれの僕に浴びせかけられる。

 痛い、苦しい。

 うずくまって蹴られた腹をさすって少しでも痛みを紛らわせたかったが、この状況でそれはできなかった。男根崇拝者はその名の通り生ゴミ臭い肉棒を上下の口でしゃぶり回すことを最上の喜びとしているが、同時に弱者が痛みに屈する瞬間も喜びの一部としているのだ。

 だから僕は、どんなに辛くても屈してはならなかった。負けたくない、だなんて感情ではない。ただ、思い通りになりたくない。

 睨み返すことしかできない僕の髪を掴んで、ゴキブリ女が無理矢理起こす。唾液混じり、反吐ヘド混じりの血が糸を引いてタイルに落ちた。

「脱げ、変態」

 下卑た笑みを化粧べたべたな顔に刻み、そんなことをのたまうゴキブリ女に、僕は更なる吐き気を催して盛大に吐いた。

 どこに詰まっていたのか、大量の吐瀉物がゴキブリ女を濡らす。

「このっ……!」

 これが引き金になってしまった。

 ゴキブリ女は残る二人の取り巻きに協力させ、僕の制服を剥ぎ取っていく。

 僕は極力無表情を装った。

 服を剥かれ、全裸にされても。

 股間にポケットサイズの制汗スプレーを突っ込まれても。

 写真を取られても耐えた。

 インターネットに投稿されることになる僕の顔――映っていた下半分――は、女のかおだった。恥辱に耐えながら快楽を貪る、セクサロイドの表情かおをしていた。



 汚い制服は捨てた。変えは家にあるので、捨てることに躊躇いはなかった。

 代わりに体育用のジャージを着て家に帰る。

 高級マンションの十二階に到着して鍵穴を回す頃にはもう八時を過ぎていて、辺りは暗くなっていた。

 玄関で革靴を脱いでいると、母親の部屋から嬌声が聞こえてくる。いつものことだと思いながら、僕はさっさと着替えを持ってシャワールームに向かった。ちなみにだが臭くなったカバンは制服と同じように川に投げ捨ててきた。それにもやはり躊躇はなかったといえる。あんなものの代わりはいくらでもある。

 四十三度の熱いシャワーを全身に浴び、汚いものを全て洗い流す。自然と吐息が漏れた――他人には聞かせられない女の声で。最悪だ。

 膨らみのない平坦Bカップな体の表面を、透明なしずくが連続して流れ落ちていく。この体が、母親の下品な胸が整形の賜物であることを物語っている。いつかはこの小さい膨らみを完全に切り取るつもりだ。流石にあの生臭いのを生やすのは嫌だが、胸は明確にいらないといえる。

 鏡の中に立つ像の死者のような白い肌は、数分間も浴びせられた湯のおかげで少し赤らんでいた。僕はシャワーを戻すと、鏡に映る少女・・の胸に触れた。薄桃色の頭頂部に触れて、力を込めて捩じる。痛い。けれど、苦しいという感覚とイコールにならない。

 柔肉を神経を集中させるように寄せながら、何度も何度も弄ぶ。

 だんだん下が濡れてきているのを感じて、急に怖くなってやめた。

 知らず知らず跳ね上がっていた心拍数と荒れた呼吸を整えるように、もう一度シャワーを浴びる。現実そのものを物語るような冷たい水を頭からかぶる。

 クソ、なにを考えているんだ、自分は。

 これ以上余計なことをしないためにも、僕はすぐにシャワールームを出て着替えた。シャツを着てブリーフを履き、男物のズボンをベルトで固定する。くすんで使い込まれたような加工のジャケットに袖を通すと、ろくに髪の毛を乾かさずに廊下に出た。

 そこで僕は母親の部屋が少し騒がしいことに気付く。いつもの痴話喧嘩だろうか、と思ったが、違う。男の声が二人分聞こえてくるのだ。

 面倒くさい女だ。

 財布を回収して外に出ようとした瞬間、その面倒は僕にも降りかかってきた。

「うるせえ!」

 男の怒鳴り声と木製のなにかが砕ける破砕音。

 しばらく肉で肉を打ち付けるような音が繰り返され、突然トランクス一丁の誰かが部屋から飛び出してきた。見慣れない顔の男だ。なんとなく読者モデルから先の人生展開に失敗したヒモ、という印象を抱いてしまう。

 ヒモの顔は大きくゆがんでいた。鼻が折れていて、口からは血液がどろどろ溢れ出している。腕は片方あらぬ方向に曲がって、痛々しさを物語っていた。

 意味の分からない呪詛を喚きながら外へ飛び出していく情けない後ろ姿を眺めていると、僕の鼓膜に耳障りな振動が届く。

「警察呼んでやるっ!」

 母親だ。

 股から白い液体を垂らしながら喚き、電話のあるリビングにズンズン進んでいく。

 その次に出てきたのはゴルフクラブを持ったワイシャツ姿の父親だった。肩を怒らせ、油で固めた髪を掻き毟っている。

 僕はなにも言わず家を出た。

 エレベーターがどれもなかったので、待っているのも馬鹿らしいと思って階段で下へ移動する。

 いつかこうなることはわかっていた。自分はどちらに引き取られていくのだろうか。カネのある父親の方がいいな、とは思ったが、どうなのだろう。あいつは警察に捕まるだろうから、自分は子育てを常にお手伝いに任せていた馬鹿女に引き取られるのだろうか。

 最もどちらも僕を引き取りたいだなんて思ってはいないだろうが。

 マンションから出ると、僕はなんとなく駅の方向に向かって歩き出した。

 きさらぎ駅に取り残されて、異世界を流離さすらって死んでしまうのも悪くないな、と思いながら。


     ◆


 それでぇ、ぎゃはは、ぎゃはは、ぐひっ、ぐひっ、ぎゃはは。

 うるさい。黙れ。

 僕はバスの最後尾列の座席で音楽プレーヤーの音量を上げて聴覚を塞ぐ。『METAL GEAR』シリーズのスピンオフ作品の大好きなBGMが頭をかき回す。巨大な無人機を、サイボーグ化されたニンジャがSF御用達の振動剣で両断するシーンが脳裏に甦る。結局トロフィーは諦めてしまったが、ゲームそのものは暗記できてしまうくらいやりこんだ。

 昨日夜更けまでずっとやっていたのはベセスダソフトワークスのFPSだが。

 これがまた自分の中の破壊衝動ストレスを満たしてくれる面白い作品だった。家電量販店で二千円を切っていたから期待はしていなかったが、こと細やかに描かれる荒廃した世界観と退廃的な雰囲気は、僕を束の間嫌な現実から解き放ってくれた。

 親のこと。家のこと。警察。マスコミ。そんなクソッたれな現実、巨大隕石によってその大半を消し飛ばされたウェイストランドのように、消えてなくなってしまえばいいのに。

 子供染みた妄想をしている。車窓に映る僕はくすりとも笑っていないが、内心は笑い転げていた。小学生みたいなヒーロー願望。中学生みたいな聖剣願望。三流ニート作家が抱く異世界転生俺TUEEEチートハーレム願望。笑えない誇大妄想に滅茶苦茶笑いたくなる。

 余談だが僕の一番好きな妄想シチュエーションは、プレデターのように姿を消して、ムカつく馬鹿をエネルギー武器で吹っ飛ばすというものだ。このとき一番大事なのは、鮮明かつ繊細に死体を思い描くこと。蒼い光の塊がゴキブリ女の上顎もろとも脳味噌を消し去る光景。どしゃっ、という音もできるだけリアルに再生する。

 まじでぇ、ぐふっ、ぐひゅふふ、ぐひっ、ぐふっ、げゃはははははははは。

 うるさいな……。

 窓の向こうの風景が変わった。

 等間隔に並ぶ橙の明かりが高速で過ぎ去っていくせいで、一本の電灯のように見える。

 トンネルだ。全部で五台に並んでいるバスを飲み込んでもまだ余裕があるほど長大なトンネル。

 ペットボトルのミルクティーを飲みながら、事故でも起きないかな、となんとなくだが思ってしまった。

 家に帰っても待っているのは地獄。目的地についてもイジメあるのみ。死にたくはないが、なにか、がらっと流れが変わるような劇的なことは起こらないだろうか。

 捻くれたガキのような、世間知らずのクソみたいな、結局自分のことしか考えられない甘ったれた願望。

 僕がこの願望を聞かされる側だったら、あるいは第三者として覗き見る側だったら、ふざけるなと怒鳴ったかもしれない。

「なぁ、いつまでトンネル走ってんだ」

「確かに。長くねぇか」

 音楽の狭間に差し込まれた、前の席に座る男子の会話が、やけに耳に残った。

 カナル式イヤホンはそのままに、音量だけを落として周囲に耳を傾ける。

「おかしくない?」「てか向こうの車、動いてない……」「動いてるよ、動いてるけど、なんかおかしい」「どうなってんだ?」「なんで目の前が真っ暗なんだよ!」

 車内の空気はだんだんおかしくなっていく。自然災害の恐怖を描いたパニック映画や、ウィルスのパンデミックの恐怖を描くゲームの序盤のような雰囲気。オゾン層が破れてマイナス七十度を超える外気が侵入してくる前の奇妙な予兆。プレデリアンが下水から街に上がった瞬間の空気感。T‐ウィルスが拡散していくあの感じ。霧の向こうから、異世界の怪物が現れる得も言われぬ臨場感。武器もないのにヤバい怪物がうごめくく場所を移動させられる、あの恐怖。

 フラウンフォーファ線の曇り。宇宙論的尺度での異変の先触れ。

 せめてショットガンがいるな。そんな冗談でも言っていないと発狂しそうなくらいの空気だった。

 僕は矛盾している。

 こうなることを念じておきながら、真っ先に逃げ出したいと思い始めているのだ。

 どうしたらいい。どうしたらいい。

 その瞬間、突然車体が浮いた。

「……ぁぐ…………っ!」

 喘ぐことしかできない僕にとてつもない衝撃が襲い掛かってきたのは、その直後だった。


     2


 自分が生まれるよりもずっと前から、この世界は緑色・・だった。

 狐牙輝夜コガカグヤは拳銃を構えて警戒心を保ったまま、外界に広がるフォレストを進んでいく。ファースト・フロンティアのエリアから外側は全く開発が進んでおらず、当然ながら人が歩くには向かない環境なので車は使えない。憲兵が使っているような戦車や大きな装甲車なら話は別だが、装甲を張り付けてミニガンを搭載しただけのピックアップトラックでは、途中で足を取られてしまう。なので、せっかくの愛車でも途中のキャンプに置いて来るしかなかった。

 おかげでこのクソ寒い中、空調のない外を歩く破目はめになった。ここが樹冠の高いフォレストで太陽光は柔らかなものでしかないということと、なにより今が真冬だということが最悪だ。衣服の下で体をピッチリと覆っている傭兵マークスの標準装備『S.B.S.』――スマート・バトル・スーツは、汗を還元して体の水分を保護してくれるが、懐炉のような機能はない。

「ああっ、もう……最悪」

 前方から切り払われた枝が飛んでくる。

 文句が聞こえたのか、ククリタイプのバスタード・ソードを振るっている男が振り返りながら「すまん」と言ってきた。

 彼は別の部隊の人間だ。東区でも最大の私立傭兵部隊で、手の足りない他の私立傭兵部隊に傭兵を貸し出してくれる手合い。報酬は減ってしまうが、背に腹は代えられないので、輝夜は彼を含めマークスレベルⅣの人間を二人ほど雇った。ソルジャーとガンナー。なぜか最前衛ウォリアーの自分が真ん中になってしまっているが、今のところ問題なく移動できている。

「それにしても……随分な遠出だな」

 三連装のヘビーバレル・ガトリングガンを持った後方のガンナーが、不満げにそう言った。

「仕方ないでしょ、依頼しごとなんだから」

「しっかし、なんたってこんなことになったんだ」

 事の始まりは、二日ほど前のことだ。

 断続的に空が波打つという超常現象が確認され、都市国家メガロポリス・クレイドルの全五区が騒然とした。

 首長の葦詠妃呂子アシナガヒロコは、混乱する住民に自然現象だという公式見解を発表したが、その裏で各区の傭兵マークスギルドに調査依頼を出していたのだ。距離が遠く離れていることもあって、第一外界拠点とメガロポリスを守るための国防の要、憲兵を無闇に放り出すこともできない首長は、報酬を吊り上げて傭兵を頼ったのである。

 現に政府が提示した報酬金は雇った二人への報酬と、移動のコストを引いても十分に儲けられるほどの金額だった。裏を返せば金で釣らなければ誰も動こうとしないほど危険な依頼であるという事だが。

 然り。

 メガロポリスの壁の外――外界に広がる緑豊かなフォレストには、社会から乖離した危険な武装集団『乖賊かいぞく』が息を潜めていたりするためだ。当然それだけが危険というわけではないが。

「もうすぐ開けた場所に出れそうだ」

 前方の男が言った。

 開けた場所に出るといっても、一休みできるぞというニュアンスではない。どちらかというと待ち伏せや襲撃に備えろという意味合いだ。フォレスト進軍の鉄則は、あえて苦難に満ちた道を行け、である。人間が使いやすい道は、それを見越した奴が人間狩りのために支配している可能性があるのだ。

 傭兵になりたてのルーキーは大抵楽な道を選んで、そういう連中の餌食になって死ぬ。輝夜も何度かその現場を見たことがある。自分と同じような歳の少女がネットに囚われて、その結果乖賊の慰み者にされ、最後は廃屋で焼かれて喰われたという話だって聞く。

 油断をすれば自分がそうなる。あんな目に合うのは一度・・でいい。

 輝夜は最悪のビジョンを想像しながら自分にそう言い聞かせ、武器を拳銃からジェットスピアに切り替えた。銃を腰のホルスターに収め、背中のフックに固定していた槍を取り出す。この環境で柄を伸ばすと取り回しが悪いだけなので、柄の展開はしないでおいた。

「よし、出るぞ」

 ソルジャーの男と位置を変え、最前衛の自分が前に出る。

 密集した木々の先に広がっていたのは、崖だった。

 周囲に敵がいないことを確認してから背後の二人を呼ぶ。

「すげぇな、おい」

 ソルジャーの男が思わず、といった風にうなった。さっきから士気を低下させるようなことしか言ってなかったガンナーですら、感嘆としている。

「まさか……こんな風になってたなんてね」

 崖下に、世界崩壊前・・・・・の、世界が緑化する前の風景が広がっていた。

 ビル群。クレイドルの街並みそのものといえる高度に機械化された鋼の街並みが、緑に犯され、そのまま残っていたのだ。

 蔓が絡んでいる、というよりは、大木に飲み込まれて癒着してしまったような感じだ。通常、廃墟は人間の管理を外れれば他ならないしぜんの猛威によって簡単に崩壊するはずなのだが、そういった様子がまるでない。亀裂に生えた草花や、溜まった雨水がそのままヒビを押し広げるという事もなく、ごくごく当たり前のように人工物と自然とが共存しあっている。

 それなのに、人間だけがいない。骨すら残っていない。この街が――この世界が滅んだのは、一体いつ頃なのだろうか。

 そのとき、眼下の廃墟から鳥が一斉に飛び立って行くのが見えた。真っ白な一団が空に消えていく……はずだった。

「『エニグマ』か」

 隣のガンナーがある一点を見つめながら、外界を支配する生物の総称を口にした。

 輝夜もその一点を見つける。廃墟の屋上、ほとんど宙に浮く草原といった塩梅になっていた所に奇妙な影が見える。全長は大体七、八メートルのカテゴリーM。羽虫型。あんな巨体がどうすれば飛べるのかわからないが、あたりまえのように羽ばたいて鳥の一団に突っ込んでいく。恐らく食事だろう。

「まさかあの街まで探索しろってのか、政府はよう」

 さすがにそれは嫌だ。というか無理だ。

「そんなわけないじゃない。探索エリアから外れてるし」

 輝夜は手元のタブレット型の携帯情報端末――PDAを操作して3Dマップをホログラム投影すると、ソルジャーとガンナーの二人に見せる。

 水色っぽく映し出されている3Dマップの一部が赤く変色しており、その赤から少し外れた位置に、青い光点が三つ。赤が探索区域で、青が傭兵。件の廃墟は探索区域から外れた位置にあった。

「なんだ、驚かせやがって」

「勝手に驚いたのはあんたたちでしょ。とにかく一旦キャンプに戻って、今度は別の方を調べに――」

 ――行こう。

 そう言いかけた輝夜が不意に黙ったのは、耳をろうする轟音が辺りに響き渡ったからである。

「なんの、音だ……?」

「キャンプの近くからよ」

 是非もない。

 輝夜を含め、三人は大きく頷く。

「行きましょう」


     ◆


 喉が痛む。

 息を吸い込む度に、喉と肺に激痛が走る。けれど痛みがあって息ができるという事は、少なくともまだ僕は死んでいないという事だ。肌を刺すような冷気――外気だろう――が、意識を少しずつ回復させていく。

 奇妙な匂い。鉄のような、糞尿のような、生ごみのような異様な香り。

 なにが起きたんだと思いながら瞼を開けると、ここがまだバス車内だということに気付く。僕が目を向けていた側の窓が地面になっていた。体にかかる負荷から言ってこのバスは間違いなく横転しているのだろう。

 大声。悲鳴。怒号。獣のような鳴き声。獣のような息遣い。

 車内をのんびり見回している余裕などなかった。

 僕は最後尾列という場所から外に出るため、前方の乗車口ではなく頭上の割れた窓ガラスを目指す。やけに綺麗な青空だ。トンネルを抜けたのだろうか。

 座席に足をかけ、手を伸ばす。誰かが出入り口として使ったのか、窓の周りに制服が敷かれており、肌が傷つかないようになっていた。

 無いなりの腕力を総動員してどうにかバスの外に這い出ると、僕は一瞬、自分の視神経がイカれたのではないかと思った。

「なんだ……」

 目を疑いながらも外へ出る。バスから降り、土を踏む。舗装された道路ではない、草に覆われた土をだ。

 近くには川が流れていて、その周りにはスケール感が狂っているとしか形容できない木々が生い茂っている。巨人の世界に迷い込んだか、さもなくば小人になったかのような感覚にさせられた。

「なんだよ、ここ」

 首を絞められている気がしてネクタイを緩め、辺りを見回す。

 ない、なにもない。

 自然ばかりで、あるはずのものが何もない。

 道路は、ガードレールは、トンネルの出口は、他のバスは車は人は。日本の街並みはどこだ。

「なんだよぉ、ここはぁっ!」

 まさか、そんな。本当に異世界なのか。

 馬鹿な、馬鹿な。ありえない。日本語が崩壊した街も、見知らぬ駅も、そんなものは全て作り話のはず。ありえない。

 呼吸が荒くなる。視界がぼやけて滲む。

 クソっ、クソっ……なんだここは。なんなんだ、これは。

 わけがわからない。

 だから背後で発生した金属音に、危機感をまるで抱けなかった。

 がごんっ、という音に恐る恐る振り返る。バスの壁――いや、天井が内側からの衝撃に負けたのか大きく膨れ上がっていた。普段なら逃げてるかもしれない。

 もう一度、金属音。目の前の天井がさらに膨れ、歪んで、裂ける。

 その裂け目の向こうで炯々と光る赤い目に睨まれ、僕はだらしなく腰を抜かす。

「……ばけ、もの…………?」

 オシャレ不良や、腐った大人を前にしたときに感じる恐怖の比ではないプレッシャー。

 三度目の音。ついに天井が破れて、赤い目のバケモノがのっそりと現れる。

「あ、ぁ……っ、ぅあ」

 犬。狼。――多分後者。大きな体。通った鼻梁に僕と同じ白い毛。その毛が、所々赤い。特に赤いのは口の周り。

「…………ぁあ」

 股間が濡れていく。ズボンに無様なシミが刻まれていく。

 喰われる。

 喰われて死ぬ。

 後退ることもできない僕を、多分目の前のあいつは嬉々として喰い荒らす。

 戦うことなど始めから放棄していた。アクション映画やゲームの主人公ならうまく切り抜けられるであろうに、僕はもう諦めていた。武器もなにもないのだ。仕方ない。そう言い訳して。

 グル、と狼が唸る。

 嫌だ、許して。僕じゃなくてほかの奴にして。やめて。やめてやめて。ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。僕だけはやめて。こないで。

 目の前で真っ赤な液体が飛んだ。

 ピンク色の中身が混じった液体。血肉。

 張り手を受けたように飛散する生臭い塊が、スプレーで噴霧されるように地面に叩きつけられた。

「なにしてるの! 早く逃げて!」

 毅然とした声。日本語だ。

 はっとしてそちらに向くと、三人の人間が立っていた。先頭に立つのは声を出したであろう少女で、こちらから見て右に結ったポニーテールのせいで、頭が音符のように見える。それも綺麗な金色をしたものだ。

「おいなにしてる! 早く離れろ!」

 隣の男が叫ぶ。白煙を登らせる馬鹿でかいガトリング式の銃を持っている。

 冷静に考えればあの連中が助けてくれたのだろうが、僕は撃たれるかもしれないと思って死に物狂いで走った。だが二歩、三歩と進んだところで脚がもつれた。

「あの娘、脚に傷がある!」

 言われて初めて気づく。右足の太腿に、ガラスの破片が刺さっていて、止め処なく血が溢れている。見るんじゃなかった。見て、意識し出した瞬間、全身から力が抜けていってしまう。

「ええいクソ、俺が援護するから、嬢ちゃん拾って来い!」

「MLv《マークスレベル》下のくせに命令しないで! そうするけど!」

 軽機関銃を構えた男が叫ぶと、少女がこちらに向かってくる。

 殺される、と。心の底が、これまでの人生経験からそう割り出す。

「来るな! っ、ぐぅ……来るなぁっ!」

「ちょ、ちょっ、と……暴れないで……っ」

 レスリング選手のような人間とゴリラのハイブリッドのみたいな体でもない、少女そのものの体で簡単に持ち上げられ、僕は激しく狼狽する。

「落とすわよ! 大人しくして!」

 彼女は僕を助けるつもりだと分かり、僕はようやく抵抗をやめる。

「君はなんだ? ……日本語分かるのか? 僕になにするつもりなんだ」

「馬鹿にしないで。別に乖族かいぞくじゃないから安心しなさい、ただの傭兵マークスだから」

「かい、ぞく……マークス?」

 この少女はなにを言ってる。

 問い質す暇もない。少女は僕を担いだまま二人の男を伴い、木々の中、大森林の中に飛び込む。先頭を走る男が、全長一・五メートルはある剣を片手で振るって枝を切り飛ばしていく。そして背後を守る男がときおり立ち止まりながら銃弾をばら撒いていた。

「なぁ嬢ちゃん、車どこ止めたっけか」

「直進ルート。このまま走ればいい」

「そいつはどうする?」

「私がどうにかする。いい、あんたたちはなにも見なかったし、聞かなかったし、助けなかった。エニグマに襲われて戦っただけ」

「へっへ、そらそうだわな。お偉方に知られたらなにされるかわかんねぇ」

 景色がもの凄い勢いで後方へ流れていく。

「けどよう嬢ちゃん、俺らも聖人君子じゃないんだぜ。貰うもんもらわにゃあ、口だって滑らぁな」

「これでどう」

 少女が指を何本か立てる。

 なにかヤバい取引に巻き込まれているんじゃないかと不安になる光景だ。

「よーし乗った!」

 ぼったくりやがって、という少女の愚痴が聞こえてきたが、聞こえないふりをする。

「見えた!」

 少女が怒鳴る。首を捻ると、行く先に二台の車が止まっていた。戦争ゲームでよく見るオリーブドラブ色のオフロードカーに、スティールブルーの金属板を張り合わせたミニガン付きのピックアップトラックだ。

「向こうについたら連絡するから。見なかった、聞かなかった、助けなかったで話を合わせなさいよ!」

「わーってる! そっちもカネ忘れんな!」

 僕を含めた四人がそれぞれ車に乗り込む。男二人はオフロードカー、僕と金髪の少女はピックアップ。

「揺れるからシートベルトして」

 運転席は右側。僕は左側の助手席に座って、指示された通りにシートベルトを締める。

「君は誰?」

「話は後。舌噛むから黙ってなさい」

 車が発進する。大木の根が張り出し激しく絡み合う悪路――それでもさっき通ってきた道なき道に比べればずっとまし――を、大きなタイヤのピックアップがどんどん進んでいく。思い出したように車体が跳ね、太腿に激痛を走らせるが、皮肉なことにこの痛みがときどき薄れる僕の意識を明確なものにしていた。

「返事はしなくていいから聞いて」

 話すなと言った少女が口を開く。

「多分金品漁りだと思うけどさ、あんたがなんであんな場所にいたかは誰に聞かれても黙ってなさい」

「なんで」

「黙って」

 理不尽だ。

「いい、とにかく。あんたは……」

 道の起伏が少なくなり、だんだん振動が静かになってくる。そこで何故か、少女は車を止める。

「あんたは外界を放浪していた。落ちてた服やなんかで見繕って生きてたってことにするの。それで、たまたまこの辺りで私に拾われた」

「なんでそんな嘘に付き合わされなきゃならない」

「嫌ならここで放り出してあげる。あんたみたいな女の子の末路なんて目に見えてるけどね。どうせ乖族どもの変態プレイの果てに人格崩壊してエニグマの餌にされるだけ」

 聞き捨てならない言葉があって、僕は思わず前を向いたままの少女の横顔を睨む。

 変態プレイも餌も、日本にいた頃から変わらない、日常の一コマだ。弱者は搾取され喰われる。

 だけど僕が気にしたのはそこじゃない。

「僕は女じゃない。男だ」

「はぁ?」

 少女が素っ頓狂な声を出す。

「なんだよ」

「どっからどう見ても女じゃない。男物で見繕ってるけどさ」

「見繕ってるんじゃない。これは僕の服で、僕の物だ。他人から奪ったわけじゃない」

 少女の金色の瞳が、一瞬ばかり僕の恰好を捉える。

「そんな仕立てのいいもの、外界で作れるわけないでしょ。乖賊どもにそんな洒落たものを作る技術はないし、サテライトポリスで買ったのならここまで来る間にもっと汚れてるはず」

「だから……その、外界とかカイゾクっていったいなんなんだ? 君はなんの話をしてる」

「あんたまさか記憶喪失なの? だから自分の性別まで……」

 駄目だ。思考基盤が違いすぎる。話にならない。

 ただ、これだけははっきり言っておく。

「僕は、男だ」

「……ふうん。じゃあまぁ、それだけは認めてあげる。どう見ても女だけどね」

 いちいち癪に障る言い方をしてくれる。

「いい、とにかく私に口裏合わせなさいよ。政府の探索区域でトラブったなんてばれたら報酬は取り上げられて、最悪MLv降格まであるんだから」

「政府?」

 不穏な響きだ。政府にトラブル。事故の原因そのものといっていい組み合わせじゃないか。

「復唱して。『私はこの辺りで助けられました』」

「………………」

 馬鹿だ。この少女は。全然、なにも理解できていない。

 僕が黙っていると、少女は十秒ほどしてから沈黙の理由に気付いたらしい。頭を掻き毟りながら天に向かって唾を吐くように喚く。

「あーもうっ、ほんっと面倒くさい奴。――『僕はこの辺りで助けられました』」

「『僕はこの辺りで助けられました』」

「『衣服はできるだけ綺麗なものを見繕ったものです』。さ、繰り返して」

「『衣服はできるだけ綺麗なものを見繕ったものです』」

「最後よ。復唱しなくていいわ。あんたは放浪していたけど、記憶がないことにして。断片的に放浪していたことと衣類のことを覚えている風を装って」

「わかった。けど、」

 少女が改めて車を発進させる。突然の振動に、忘れかけていた太腿の痛みが再来する。

「けど、なに?」

「落ち着いたら全部教えてくれ。わけがわからない。自分に起きたことも、あのバケモノも……なにがなんだか」

 ごとん、とまた車が跳ねた。窓から見える風景はずっと森。隅から隅まで開発の手が及んだ日本じゃありえない光景だ。

「いいわ。落ち着いたら全部教えてあげる。あんたになにが起きたのかは全然わかんないけど」

 その言葉に幾分か安心感を得る。

「どうなってるんだ……」

 吐き捨てながら、僕は助手席に深く沈み込んで、目を閉じる。

 少し深呼吸するつもりだったのだが、気がつくと僕は意識を手放していた。

「……おやすみなさい」

 隣から聞こえた声が、やけに心地よかった。


     3


 場所にはそれぞれにおいがある。良い匂い悪い臭い、いろいろと。

 例えば僕にとっては薄らと香る芳香剤を置いた自室が良い匂いで、香水や制汗スプレーが入り混じった教室の空気が悪い臭いだったりする。

 良いか悪いかの定義は人それぞれなので僕がどうこういえた義理ではないのだが、はっきりいって今僕の鼻を衝く臭気は、お世辞にも良い方とはいえなかった。

 埃っぽい粒子を纏ったガソリンスタンドの臭いとでも説明すればいいのか、とにかくオイルと鋼とちょっぴりの火薬が渾然一体となった、学生にはほとんど縁のない空気が僕の鼻の粘膜を刺激しているのだ。

 目を開けるまでもなくわかる。ここは多分ガレージかなんかだろう。

「あ……やっと起きた」

 光でうっすらと桃色がかっていた瞼をどけると、音符頭の少女が西部劇に出てくるバーの天井で回っているプロペラみたいなものをバックに、僕のことを覗き込んでいた。

 全身がジンジン痛む。難儀しながら首を動かして周りの様子を探ると、ここが室内であるという事がすぐにわかる。街灯やネオンを映し出す窓ガラスの手前に、書類が散乱した木製の机が幾つか置いてある。その上にはデスクトップ型のパソコンがあり、ハードディスクががりがり音を立てている。壁を背に設置されているのは社長椅子であろうが、尊大な雰囲気のわりに、その肘掛け付きの大きな椅子は所々革が破れて悲惨なことになっていた。

 だけどそうした物の中でも僕が一番驚いたのは、机の上に無造作に置かれている拳銃だった。本物だろうか、という陳腐な疑いは生まれなかった。さっき森で、あんな拳銃なんかよりももっと大きな銃が火を噴く瞬間を見せつけられたのだから。

 いや、待て。僕は馬鹿でかい銃に助けられる前、一生の恥になるような事態に見舞われたはずだ。

「なっ、なに、どうしたの」

 急に上半身を起こしたことに激痛という形で抗議してくる体をなだめながら、僕は掛けられていた毛布を撥ね飛ばして自分の恰好を検める。そして、頭にかーっと血が上る感覚を、初めてを身をもって理解した。

「なんて恰好させてんだ!」

「なんてって、普通でしょ? どこもおかしくなんてないじゃない」

「おかしいところだらけだろ!」

 僕は余計なトラブルを回避するため、普段荒げないようにしている声を限界まで張り上げる。

「この恰好……最悪じゃないか」

 愕然とするとはまさにこのことだ。

「どこがよ。パンツ濡らしたあんたが悪いんでしょ。それに似合ってるじゃない、裸に黒のレース付きパン――」

「それ以上言ったら本気で殴る」

 脚の激痛も忘れて、僕は出来もしないことを口走りながら金髪音符頭の少女の胸ぐらを掴み上げ、耳を引っ張る。ジャケットの下の薄手のタンクトップに包まれているだけの大きな乳房が、ぼろん、と零れそうになった。

「いだっ、いだだだだやめてわかったから! 痛い痛い耳引っ張らないで!」

 いったぁ、と耳を揉みながら奥の階段へと消えていく少女の後ろ姿を見て、僕はわけのわからない唐突な自己嫌悪に襲われた。

 文句を言う前に、助けてもらったことに対する感謝を述べるべきだったのだ。

「最悪だ……」

 自分のことしか考えられない僕の、最も直さなくてはならない部分。

 自分が寝かされていたソファに腰を落として肺の中身を空っぽにできそうなくらいのため息をいていると、階段の方から軋りがした。そこから現れた少女は手に何枚かの着替えを持っている。

「はい。男物。大きいかもしれないけど」

 投げ渡されたのは青と白のストライブのトランクスに、黒いシャツと白いラインが走っているだけの、同じ色のパンツ。野暮ったいというか部屋着そのものというか、そんな印象だ。

 僕はレースのパンツを脱いでトランクスに足を通す。そこでまたも少女が余計なことを言った。

「へぇ、そっちの毛も白いんだ」

 もうなにも言い返さない。黙って着替える。

「ごめん……髪の毛染めてんのかなーって思っちゃってさ。目なんて碧眼ってレベルじゃなくて完璧な蒼色だしさ」

「いいよもう。気にしてない」

 毛が白いのも目が蒼いのも元々だ、と答えてから、僕はガラスが刺さっていた脚をいたわりながらズボンを履ききる。これだけの動作で息が上がりそうだった。馬鹿みたいに痛む。

「あんたさ、名前は?」

「静奈。八坂静奈」

 ジェームズ・ボンドの名乗り方をすると、少女もそれを真似した。

「輝夜。狐牙輝夜」

 こがかぐや。すごい名前だ。DQNネームとかキラキラネームとか、そういう趣味の悪さを感じてしまう。天使でミカエルとかよりはまだましな気もするが、無難な名前――だと自分では思っているが実際はどうなんだろう――を与えられた身分からすると同情を禁じ得ない。

 が、意外なのは名前が日本語だったこと。顔立ちはどう見てもハーフで、快活そうな顔立ちからアメリカ人女性的な明るい魅力が醸し出されている。

「やさかしずな、ね……どういう字?」

「数字の八に坂、静か、奈良の奈」

「なら? ならって?」

 え、と僕は言葉に詰まる。

「奈良県のことだって。奈良の大仏とか、奈良漬とかさ」

「なにそれ」

 助けられた際、車の中で僕が発した言葉と同じような内容のことを言う輝夜に、ある意味『トドメ』となる疑問をぶつけた。

「日本……って、知ってるか」

 答えはあっけなく返された。


「私が生まれるよりもずっと前に存在したって聞いたことがあるけど」


 そんな。

 じゃあ、ここは。

 この、時代は。

「今日は何日だ? 何年だ……?」

 機械と人のハイブリッドを演じるサム・ワーシントンのような口ぶりになってしまったが、特に意識したわけではない。

クロガネ帝二七三年。人馬の月の、十四日目」

「くろがね……」

「この帝国にある七つの領地と、領都として機能してる都市国家メガロポリスを統べてる家よ」

「メガロポリスってのはなんなんだ? ときどき出てくるワードだけど」

「都市国家のこと。ちなみにここは帝国北部の東西に伸びる半島にある『メガロポリス・クレイドル』の東区」

 話について行けない。

「ねえ、正直な話……あんたってさ、記憶喪失なんだよね? こんなことも知らない人ってさすがにいないからさ」

 説明を求められている。それはわかるのだが、どう説明するべきか。

「かなり突飛な話になるけど……。僕は多分、この時代の人間じゃない」

「未来から来たタイムトラベラー、とか?」

 良い線行ってる。逆だけど。

「違う。過去だと思う」

「過去?」

「そう。少なくとも、君が生まれる前よりもずっと昔に存在したっていう日本で暮らしてた」

 輝夜は腕を組んで唸る。半信半疑どころか、明らかに僕を、僕の頭の状態を疑ってる。

「ね、ねぇ……なんかヤバいハッパとか吸ってたりしたの?」

 ほらみろ。

「そんなわけないだろ。ラリってる人間が怯えて、その、し……失禁したりすると思うか」

「吸い過ぎで大きい方まで垂れ流しな奴とかいるけどね」

 駄目だ、話が変な方向に進んだ。

「でもま、さすがにヤク中ではないのは本当みたいね。あれから二日経ってるのにあんた落ち着いてるし」

 二日も経っていたのか。ということは僕は、二日間も寝ていたということになるのではないか。

「とにかく、僕は過去から来た人間なんだ。事故にあって、バスごと」

「ふぅん……過去から来た人間ねぇ。全然ピンと来ないけど……あ、ってことはこれは過去のもの?」

 彼女が手を打ってズボンのポケットから取り出したのは、スティック状の藍色をした僕の音楽プレーヤーだった。イヤホンはなかったが、本体は無事だったようだ。

「音楽プレーヤーだよ。イヤホンかヘッドホンがないと聞けないけど」

「私が生まれる前の過去だって割に、普通な感じだけど」

 確かにそうだ。この部屋にあるデスクトップ型のパソコンも、僕の時代のものとあまり変わらないように見える。モニター裏のロゴは全然知らないが、作動音のうるさいハードディスクといい、未来だ、という感じはしない。

「ちょっと聴いてみてもいい?」

「お好きに」

 ワイヤレスヘッドホンだろうか。端子を音楽プレーヤーに差し、コードのないヘッドホンをつけて機器を操作する。

 しばらくして、ヘッドホンから聴きなれた音楽が漏れてきた。洋ロック、J‐POP、アニメソング。好きなBGMや曲を無造作に突っ込んでいるので、統一性もクソもない音楽性を彩る。

「んー……これが過去の曲かぁ」

 ドンドン、ドガガガガ、ドンドンドンドドドドド。

 そんな感じの轟音が連続して響いてくる。

「確かに聞いたことない音楽ばっか」

 これでもまだ信じられないのか、ようやく半信半疑、という目つきになる。

 当然か。もしも僕が彼女の立場なら同じような反応をしていたに違いない。それどころか助けずに見捨ててる可能性すらある。

「嘘にしては出来すぎてるし……でも過去人だとしたら目的はなに?」

 ヘッドホンを外しながらそう問うてくる輝夜に、僕は、それこそ僕が訊きたいくらいだと切り返す。

「わからないよ。さっき言った通り、事故に巻き込まれて、気がついたらここにいたんだから」

 と、ここで僕は輝夜が車の中で発したある言葉を思い出す。

「車で喚いてた『政府の探索区域でトラブった』ってのはどういう意味なんだ?」

「ああ、それは。何日か前にあんたがいた場所で空が波打つっていう変な現象が起きてね、政府が異様な現象の調査を傭兵マークスに依頼したの。『竜』でも現れたらなにが起きるかわからないし。とにかく、その調査エリアっていうのが『政府の探索区域』」

 じゃあトラブルは、と訊くと、輝夜は僕を指さした。

「あんたのこと。あんたとあんたを乗せてたバスが、二日前――今からだと四日前に異変が起きた探索区域に現れた。これが『トラブった』ってこと」

「そういうことか」

 真相は闇の中。

 だけど正直落胆はしなかった。

「残念そうじゃないけど、元の時代に戻りたい、とかってのはないの?」

 あんまり、と呟く。

 元の時代に戻ったって、社畜化マインドコントロールの日常と、マスコミに追われるプライベートだけだ。母親がなまじ有名人だったことと、父親が有名企業のいいポストに収まっていたせいで、浮気騒動暴力騒動が取り沙汰されているのだ。おかげで僕まで面白おかしく取り上げられて、やれ男装少女だのと騒がれる。インターネットに例のトイレで撮られた画像まであるので、余計なことに発展しているのが現状だ。僕は今や、インターネット上で慰み者にされているのだ。豚みたいな男の肉にうずまっている、ろくに女を悦ばすこともできないようなポークビッツが一時的な歓喜を得るために用いられる。

 帰りたいとは思わない。……帰りたくない。

 日本に帰ってなにがある。コンピューターよりも冷え切った人間関係と、猛毒のように染み出す腐った大人の腐った欲望だけだ。あそこにあるのは、矛盾だらけの生活様式が、存在価値を失った伝統芸能のように連綿と受け継がれていくだけの世界だ。いずれ機械が取って代わってくれるまで繰り返される、無意味な時間が連続するだけ。

「もうこんな時間じゃん……」

 輝夜が見上げる先にはアナログ時計があり、後五分ほどで午前〇時を示そうとしていた。

 異世界――じゃなくて、近……遠未来か。わからないけど、とにかく、元の時代からトリップして三日になろうとしている。

 と、輝夜がまたもどこかに消える。階段ではなくその向こうの闇に。

 やがて光が灯り、キッチンか何かだということが分かった。

 そういえば、この二日なにも食べていない。空腹感がないので全く気がつかなかった。

 しばらくして輝夜が戻って来る。

「これ」

 手にしていた盆にのせられていたものを、目の前の背が低いガラステーブルに並べていく。

 重湯に粥だ。病人食。

「吐きそうになったらこれね」

 近くにあった空っぽのゴミ箱を指さす彼女は、『ANGEL!!』ともの凄く自己主張の激しいエプロンをしていた。どんな趣味をしているのだろうか。

「なぁ、輝夜」

「ん?」

 自己主張激しいエプロンを脱ぎながら、輝夜が振り返った。

 僕は素直に礼を言おうとして、

「なんで僕にここまでする?」

 盛大に失敗した。

 ありがとうと言うべきなのに、たった一言の感謝を押しのけて、警戒の方が前に出てしまう。

「さあ。なんとなく?」

 うまくはぐらかされた。

 猛烈に自己の存在を知らしめようとしていたエプロンを畳むと、輝夜はそれを無造作に机に投げ出して「掃除は明日でいっか」と鼻歌を歌いながら立ち去ろうとする。

「輝夜」

 階段を登りかけていた彼女を呼び止めて、僕はようやくその言葉を口にした。

「ありがとう」


     4


 金属や廃材で作られた、大きなガレージ付きの二階建の建築物。

 僕が眠っていて、輝夜が家だと答えるものは、ちょっとした自動車専門店のような佇まいだった。

 一階と二階の半分がガレージになっており、一階の半分が僕が使わせてもらっていた『事務所』とキッチン、シャワールーム。二階の半分に物置や生活スペースがあるのだという。

「うわ……」

 午前九時過ぎ、慣れない松葉杖をついて外に出ると、僕は思わずそう漏らしてしまった。

「なによ『うわ……』って」

「すごいなって思ったんだよ。一人で住むには大きすぎるくらいじゃないか」

 隣で半眼になっている輝夜は、これを皮肉かなにかかと思っているのか、ますます目を細める。吊り目がちで快活そうな目が細められると、なんとなく狐っぽく見えた。

「なーんか馬鹿にされてる気がするなぁ……」

「そんなんじゃないって」

「……ま、いっか。たしかに一般市民としてなら大きい家だし」

 一般市民、という響きに引っ掛かりを覚える。

「まるで市民じゃないみたいな口ぶりだ」

「ええ。だって私立傭兵部隊だから」

 そういえばそんなことを言っていた。

 僕は目の前の建物を顎で示しながら問う。

「じゃあ、この『家』が基地ってことか」

「そうね。基地っていうか、事務所っていうか」

 ガレージのシャッターを下ろしてロックしながら、輝夜はコンクリの塀で隔てられた隣の建物に親指を向ける。

「こっちの方がよっぽど『基地』って佇まいだけど」

 僕は事務所の横にある建物を見て、確かに、と頷く。

 剥き出しの配管に変色した分厚そうな壁。重く堅そうな雰囲気。

「なんの建物?」

「工房。私の装備とかを任せてある、お抱えのね」

 へぇ、と相槌を打つ。銃やなんかの整備をする人が勤めている兵器工場かなにかなのだろうか。

 それにしても、人馬の月、というこの時期はどうも冬に相当するようだ。空調の利いた室内ならまだよかったが、外はだいぶ寒い。

 僕は今黒いシャツの上に、校章のない(僕がとっただけだが)制服、さらにその上から輝夜の物だという少し小さいダッフルコートという出で立ちなのだが、まだ肌寒い。

「服真っ黒で頭が白いとほんと目立つね。おまけに松葉杖」

「杖なしじゃ歩けないんだよ。それにコート着てるから真っ黒じゃないだろ」

 施錠を終えた輝夜の恰好は、女子の部屋着兼近所に散歩に行くときの服装、といった感じだった。もともとファッションに興味のない僕にはよくわからないが、とにかく普通だな、という印象。

 ベージュの肩出しニットにプリーツスカート。そのくせ太腿にはホルスターを巻いていて、銃を差している。おまけに靴はガーターベルトで吊っている黒のロングブーツ。ラバーっぽい光沢があって、靴底はごつごつしていた。寒さに曝されてでも可愛くいたい女子。まさにそんな佇まい。

 どういう組み合わせなのか全くわからない。この時代では普通なのだろうか。けれど、素直に可愛いと思う。抱きすくめて耳を貪ってやりたい。

「さ、行きましょ」

「ああ」

 石畳の道を二人で歩く。

 メガロポリス・クレイドル、東区。

 歩道も車道もは石でできているのに、建物はコンクリートや金属――この辺りは特に赤茶けている廃材が目立つ――で作られているミスマッチさが、妙に面白い。

 輝夜が中央区があるという方角に目を向ければ、天を衝くほどに高い超高層ビルが並んでいた。複雑な電子回路のように走っているのはモノレールやハイウェイだろう。鋼の森林。さながら東京のような街並みだ。この辺りにもビル自体はあるが、精々四、五階建ての雑居ビルというレベルでしかない。

「外とは大違いだ」

「外界のフォレストのこと?」

「あぁそう、その外界っていうのはなんなんだ」

「メガロポリスの外のこと。緑化して滅んだ世界。廃墟群よ」

 ぞっとしない単語……廃墟群、か。もしかしたら、本当にもしかしたらだが、僕があのまま事故に遭遇せず二十一世紀を生きていたら、緑化とやらに巻き込まれて滅んでしまっていたかもしれない。

「なんでかはわからないけど……何百年も前にこの世界は滅んじゃったんだって」

「緑化、ってやつで?」

「そう」

 その緑化というやつは、自分勝手に自然を奪いすぎた人間への罰なのだろうか。だとしたら、誰が、なにが、その罰を執行したのだろうか。

「みんな武装してるんだな」

 輝夜もそうだが、過ぎ去る人間は誰も彼もどこかしらに銃を所持していた。流石に外界のフォレストで見た巨大なガトリングガンをぶら下げている市民はいないが、中には全長一・五メートル近い剣を持っていたりする者や、アサルトライフルを引っ提げている奴までいる。

 歩道を歩いているだけで、銃や剣の所持は当たり前ということを理解できる。まるでアクセサリーの一部のように所持しているのだ。

「傭兵じゃなくても銃は持てるし。規格品程度の杖やツーハンデッド・ソード、大型銃にカテゴライズされる武器じゃなきゃ市民にも販売できるわけだから、メーカーは顧客を確保しようと日々競争して色々と作ってるの」

 杖にツーハンデッド・ソードに大型銃。またぞろ聞きなれない単語が飛び出してきたが、僕は質問攻めするのも迷惑だろうと口を噤んだ。

 その噤んだはずの口があっという間に開いた。

「あ……あれなんだ」

 道行く人々をなんの気なしに見ていると、おかしなことに気付いた。というのも、人々の中には耳が鋭くとがっているもの、獣のような耳や尾を生やしている人間、爬虫類染みた鱗っぽいもので皮膚を覆ている者がいるのだ。

「……? あれって、どれ」

「あの、ほら、獣っぽい奴とか、爬虫類っぽい」

 などというが、顔や肉体の骨格そのものは人間だ。ケンタウロスやラミアのように下半身が異形化していたりはしない。

「ああ……あんたの時代にはあいつらいないんだ」

「いない。いたら大騒ぎだ」

「あいつらは人間よ。獣人とか爬虫人とか言われてる。人間に近い、ほら、あの耳の長いのはエルフ」

 どういう経緯をたどってそう呼ばれるようになったかは知らないが、俗っぽい名前だなと思った。

 慣れない松葉杖歩行で三十分は歩いたか。本来なら二十分程度の距離なのだろう。目の前に、辺りの建物とは一線を画す巨大な建築物が現れた。

 ギリシャ神殿……パルテノン神殿、どちらが名称として正しいのかはわからないが、とにかく柱に周りを覆われた、オープンな施設が見える。

 等間隔に並べられた大量の石柱の中に、一回り小さい壁に覆われた礼拝堂があった。

「あのさ、僕は宗教とかには興味ないんだけど……」

「私も」

 じゃあなんのために、と言いかけた僕だったが、すぐに目の前の神殿が神を祀るためのものではないことに気付いた。

 神殿に出入りしている者たちは、みんな一様に武装しているのだ。それもこれまで見かけなかった大きな武器を持っている者ばかり。間違っても拳銃だけという輩はいない。老若男女入り乱れているが、物々しいとでも言えばいいのか、ただならぬ空気をあたりに散らしているのだ。

「あそこは『傭兵組合マークス・ギルド』みんなギルドって呼んでる」

「ギルド……」

「そ。治療しようにもあんたは身元不明だったから、私の私立傭兵部隊『アルテミス』で引き取って身元を保証したの。つまり静奈、あんたはもう傭兵」

「こんな脚で傭兵だって?」

「うん。でも安心して。いきなり戦わせるつもりなんてないし……ていうかあくまで一時的な措置だから。最低一か月の登録期間はあるけど、嫌なら辞めることだってできる」

「じゃあ今日はなんのために」

 僕がこの時代に来て三日。まだ一か月には程遠い。

「あんたの名前がわからなかったから、今日はそのことで来たの」

 だんだん神殿兼ギルドが近づく。蛮声、歓声。煙草の臭い、酒の匂い、食べ物の香り。朝食をまだ食べていないこともあって、少し空腹感を覚えてしまう。

「言っとくけど、あのとき復唱させた内容であんたの仮登録をしたから……余計なこと言わないでね」

「わかってるよ。余計な混乱を避けたいのは僕もだから」

「ならオッケーね」

 と、神殿の屋根部分に入ったところで、肩が誰かにぶつかる。立ち並ぶ屋台に目を奪われていたら、注意がおろそかになってしまった。

「あ……、ごめん。よそ見してて……」

 感謝はできないのに謝罪は反射的に出せる僕に、ぼそっと「気にしていません」と答えるのは、先端に向け黒くなっている赤い髪をボブカットにした少女だった。頭頂部に白い獣の耳、腰のあたりから尾が生えている。男子の平均的な身長に達している僕より頭一個半も低い背丈なのに、二メートル近い機械仕掛けの剣を背負っている。

「気をつけなよ。中にはケンカ吹っかけてくる馬鹿がいるんだから」

「ああ、うん。わかった。ごめん」

「なんで謝るのよ」

 神殿内部に入ると、右手側に掲示板の群れ、左手側に受付窓口があった。銀行のようだが、規模がまるで違う。神殿そのものが広いおかげで、人に揉まれ二進も三進もいかなくなるということはない。

「ジョエル! いるんでしょ、ジョエル!」

 輝夜が叫ぶと、賑々しい声の濁流の中から銅鑼声が返ってきた。

「ここだぁ!」

 意外と近い。

 人混みから現れたのは、短く切りそろえられた髪がM字に後退している男性だった。四十代半ばかそれくらいだろう。白と黒の、なんとなくウェイターを想像してしまう制服を着ている。胸元にネームプレートがあるのでよく見ると、日本語で『ギルドマスター ジョエル・スタンズ』とある。

「ほぉ、姫様の目が覚めたみたいだな」

だよ、ジョエル」

「ん……?」

 どういうことだ、という風に首を傾げるジョエル。

 こういう反応には慣れてる。姫様呼ばわりには多少腹が立ったが。

「まぁいいか。改めてよろしくな、俺はジョエル・スタンズだ。新人登録できたんだろう、嬢ちゃん」

「僕は男だ。勘違いするなよ、おっさん」

 握手のために差し出された手を弾くと、ジョエルはますます訳が分からないという顔になる。彼は輝夜に説明を求めるが、彼女は肩をすくめるだけだった。諦めて男扱いしろ、というように。

「わかった、わかったよ。よろしくな、坊主」

「ああ。よろしく」

 二度目の握手には応じる。差し出された手を硬く握り返すと、僕と輝夜は手近な席に案内された。

「さて、名前がわからんもんだからお前は仮登録しかできていない状態だ。早速で悪いが、書類作りをしてもらうぞ」

 書類作りとは言うが、テーブルの上に出されたのはペラい紙一枚に、ボールペンだけ。

 必要事項に記入してくれと言われたので、僕はペンを走らせていく。

 名前、生年月日――どうしよう。

「飛ばして」

 輝夜がさらっと指示を出してくれる。ジョエルは聞こえていないのか、話しかけてきた傭兵の男と話し込んでいた。

 とりあえず年齢だけは書く。出身地は飛ばす。血液型は記す。輝夜の指示に従って書き進み、僕は一度上の項目に戻る。

 性別の欄だ。

 男か女の二者択一。

 ふざけるな。

「…………」

 輝夜はなにも言わない。

 僕は男、女の字を消して、無理矢理『X』と書き込んで丸で囲む。

「終わったか?」

「完了だ」

 書類を手に取ったジョエルの顔がみるみる曇っていく。

「おいなんだこりゃ。穴だらけじゃないか」

 言っても効果がないとわかったのか、性別についてはなにも言及してこない。

 代わりに、輝夜が飛ばせと指示してきたポイントを追及してくる。

「仕方ないでしょ、こいつ記憶喪失なんだし」

「そういやそう言ってたな。じゃあ仕方ねえ」

 流すのかよ。

 杜撰な管理だなと思いながらも、しかし僕にとっても輝夜にとっても都合がいいのでなにも言わないでおく。思い出したように追求されてはたまったもんじゃない。二度も三度も過去人ですと説得するのは骨が折れるし、そもそも過去に帰るつもりなんて僕にはないから、過去人だと言いふらすだけメリットがない。最悪、輝夜の言う政府とやらに目をつけられかねない。

 最後に親指で印を押すと、ジョエルは一旦受付に戻る。

「あんないい加減なプロフィールでも通るんだな」

「傭兵の中には元受刑者とかがいるくらいだしね」

「大丈夫なのか、そんなのに武器を持たせて」

「前科者が傭兵として逸脱した行動をとった場合はね、その前科違反者の生死を問わず捕らえろって依頼が出されるの。それで前科違反者は大抵腕一本になって帰ってくることになる」

 なるほどね、と僕は頷く。厳罰化、というか、ほとんど公開処刑といっていい極刑によって逸脱した行動を取り締まっているわけだ。

 日本ではありえない暴力的・・・な話に、僕はぞくぞくする。

 腕っぷしでは女子にすら勝てない僕は、この手の話が大好きだ。弱いからこそ、暴力に憧れる。搾取されてしまう側の人間だからこそ、快楽ある私的な破壊を求めてしまう。できそうでできないから、やってみたくなるのだ。

 人殺しか。

 テレビで取り上げられる話題性・・・ある少年犯罪の犯人たちは、異口同音に『人を殺してみたかった』と供述する。させられているのか自分で言ったのかはその本人にしかわからないが、少なくとも僕らは供述したと認識させられる。

 が、問題はそこじゃない。警察の取り調べなどどうだっていい。

 重要なのは、殺人衝動と破壊衝動は、世間を席巻している強者いっぱんじんに虐げられるマイノリティたちの精神に宿ってしまうということ。

 弱者ぶってる一般人が、数の暴力に物言わせて、僕らのような少数派を狂気に走らせるのだ。

 わかるか、被害者ぶるお前らこそが、一番の加害者だ。殺人犯だ。マインドコントロールを行う狂った教主で、悪魔だ。

「どうしたの?」

「……なんでもないよ」

 ギルドを歩く傭兵たちを眺めながら、あの中のなんパーセントくらいが僕と同じような人種なのだろうと思っていると、急に髪を掴まれ引っ張り上げられた。

「ぁぐ……っ」

「静奈!」

 頭皮が剥がされる。本気でそう思った。

「おいなんだこいつは? この前外から運び込まれてきた余所よそモンじゃねえのか、あぁ?」

 酒臭い顔を近づけられる。なんだこのチンパンジーみたいなクソジジイは。

「てめぇみてえな余所モンがよお、俺らのシマの治安を乱すんだ」

「うる……せぇっ!」

 僕はテーブルの上のボールペンを掴み男の頬に思い切り突き立てた。

 極限状態での足掻きは一定の効果を発揮し、チンパンジージジイが悲鳴を上げながら蹲る。

 テーブルの上に投げ出された僕は乱れた髪の向こうにいる男を、怒りに任せて睨み――一瞬で竦んだ。

「このクソガキが!」

 頬にボールペンが刺さったままの猿男が、趣味の悪い迷彩柄に塗装されたコンパクトな銃をこちらに向けていた。たぶん、スコーピオンとかいわれる、短機関銃サブマシンガン的な、そんな感じのやつ。詳しくはわからない。分析する暇などない。

 もちろん、命乞いをする暇も。

 乾いた銃声が連続。

 ゲームみたいに一発一発途切れて聞こえない。ノイズの酷いラジオみたいな音。

 死んだ。痛みなんて感じないが、僕は死んだ。

「あんたさ、場所わきまえなよ」

 銃声が途切れ、蛮声や歓声すらも止みシンとした中に、輝夜の毅然とした声が波を打って広がる。

 ぎゅっと閉ざしていた目を開けると、僕の目の前には、輝夜の手で銃口を真上に向けさせられている男の姿があった。

「っ、てめ……邪魔しやがって、S.B.S.なしで俺に挑もうってのか!」

「挑む? なに馬鹿なこと言ってんの。あんたみたいな奴に挑むほど暇な奴なんていやしないじゃない」

「クソ、なめんなよ。嬢ちゃんみてえな一般人・・・にやられるほど傭兵はヤワじゃねえ!」

 あの男は勘違いしている。エスビーエスとやらがなんなのかはわからないが、輝夜は傭兵だ。

 周りに人だかりができた。いい見物だと思っているのか、誰も止めようとはしない。

「あーなんだ、またケンカか」

 戻ってきたジョエルが、僕の傍でそんなことを言った。

「ケンカ?」

「ああ。珍しくはないがな。ケンカは傭兵のあいさつみたいなもんだから」

 僕はとりあえずテーブルから降り、ジョエルの隣に立つ。

「おい嬢ちゃん? 俺はな、MLvⅢの傭兵様だぞ? 射撃大会でバンザイしてもらってるようなお前ぇたあ根っこが違うのよ。わかるか?」

 猿男はだいぶ酔っぱらっている。声が上擦っていた。

「あの酔っ払い、まさか輝夜を知らんのか」

「え……?」

 気になる口ぶりだった。僕はジョエルにどういうことだと説明を求める。

「ま、見てな。傭兵のケンカはまず名乗り上げからだ」

 ヤジが飛ぶ中、猿が大音声を上げた。

「MLvⅢィ! ドナルド・ハルツマン! 二月前に出所したばかりだぜぇ!」

 マークスレベルスリーって、と僕が訊くと、ジョエルは記憶喪失ということになっている僕に懇切丁寧、しっかり教えてくれる。

「MLvってのは、傭兵のランク分けみたいなもんだ。ⅠからⅩまであって、Ⅳで一人前。Ⅵで一流。Ⅷでベテランだ。Ⅸ以降はもう、戦鬼とか闘神とか、そんな呼ばれ方をする」

 と、そこで巨大な歓声が上がった。

 何事かとそちらを向くと、猿男が何故かぽかんとしていた。

「もう一度だけ言ってあげる。MLvⅥ、狐牙輝夜」

 Ⅵ。一流の傭兵。

 ぱっと見、ミリタリー趣味のロングブーツをしているだけの、ゆるふわニットの少女だ。そのギャップも相俟あいまってか、歓声は冗談抜きに爆発する。

「くっ……Ⅵだからなんだってんだ、あぁ? S.B.S.もなしに、生身で勝てるわけねえだろうが!」

 猿男が、輝夜との間に横たわる五メートルの距離を詰め、拳を振るった。とんでもなく速い。僕の時代ならば、ボクシングのチャンピオンとタメを張れるかもしれないレベル。

 だが動きが単調だった。僕が言えた義理ではないが、力任せに振るっただけの一撃。

「S.B.S.におんぶにだっこじゃない」

 輝夜は腰を落として攻撃をかわすと、あざ笑うかのように男の猿頭を撫でてから背後に回る。周囲から漏れる失笑に、猿は顔を真っ赤にしていた。

「ちなみに……S.B.S.の説明はした方がいいか?」

「頼む」

「S.B.S.――スマート・バトル・スーツってのは、傭兵や憲兵どもが標準装備している特殊なカーボン素材のスーツのことだ。周り見てみろ」

 確かに、周りに群がる観衆も、猿男も、思い思いの服の下に、体をピッチリと覆うスーツをインナーとして身に着けていた。自由に染めることができるのか、色は様々だ。

「あのスーツは体から出る汗を水分として体に還元でき、多少の損傷ならナノペーストで自己修復までするし、被弾した際には傷口を塞いで血を止めてくれる。だが最大の特徴はそこじゃない」

 猿男がぶんぶん拳を振るっているが、あの速度は異常だった。

「S.B.S.の最大の特徴は、電気的刺激によってツボを活性化させ、着用者の身体能力を強化するところにある」

 なるほど、それでだ。それであの猿男は異常な速度、僕を片手で持ち上げる怪力を得ているのだ。だけど。

「ならなんで輝夜はS.B.S.なしであんな攻撃についていけるんだ」

 そう。最大の疑問はそこだった。輝夜はS.B.S.を装備していない。

「理由は二つ。まずはあのドナルドの動きが単調だということ。攻撃が読めやすいから、鍛えてさえいればS.B.S.なしでも回避できる」

「もう一つは?」

「輝夜はS.B.S.を身に着けてる」

 そのとき、輝夜の動きが変わる。

 痺れを切らした猿男が、それまで使おうとしていなかった背中の得物に手を伸ばしたのだ。刀身が半ばほどから前に倒れている。

「ちなみにあれはバスタード・ソードっつう武器だ。ククリタイプだな」

 バスタード・ソードというのは、確か中世後期の、鎧が発達してきた戦場に出てきた剣だった気がする。ハンド・アンド・ア・ハーフとも言われ、片手でも両手でも使える剣だ。僕はファンタジーゲームではもっぱら複合ジョブを選んで、弓や片手剣で遊んでいたので、あの手の大きな武器には興味がわかない。

 というか、あんな幅の広い――二十センチはある――剣は立派な両手剣ではないだろうか、と疑問を抱いたが、S.B.S.の力を借りれば片手でも難なく扱えるのだろう。

「ケンカに武器を持ちだしたら終わりだ。あの男もこれで見納めだ」

 どういうことだろうか、だなんて間抜けな質問は出てこなかった。

 輝夜が肩をすくめてため息をつく。やれやれ、というように。

「目を離すな小僧、MLvⅥ以上の奴にのみ許されるS.B.S.の『仕様』が見れる」

 パチッと、輝夜のロングブーツから蒼い雷光が迸る。決して激しくはないが、視覚化されるほどには電磁が弾けている。

 輝夜はS.B.S.を身に着けてる――そうか、あのロングブーツの下に。

 ジョエルがS.B.S.を部分装備で運用する奴はいないと耳打ちしてきた。だとしたら輝夜は、こうなることを予期して自衛のために、あくまでも今日はオフだと知らしめながらも、部分的に装備してきたのだろう。

「がぁ、っ!」

 雷光を纏う輝夜の脚が思い切り振り上げられ、猿男の鼻をそぎ落とす。

「メガロポリス内では同業者が相手でも武器を向けた時点で処罰の対象になる。それに加えあんたは自分で前科者だって言いふらした」

「ひ……ぃ」

 輝夜は高々と掲げられた蹴り足を引き、消えた鼻を押さえる猿男に詰め寄る。

「身内に手を出した罰、受けてもらうわ」

 ドムッ、と鈍い音。輝夜が蹴りを猿男の腹に叩き込んだのだ。

 猿男の体は面白いようにノーバウンドで飛んでいき、天井を支えている石柱に叩きつけられて止まった。

 遠くてよく見えないが、猿男の体は、腰がありえない方向に曲がっているように見える。

「MLvⅥ以上の傭兵には、S.B.S.の電気刺激出力を限界まで引き上げられるようになる許可が出てな。一時的にしか使えないが威力はあの通り」

 あの男は、と訊くと、

「即死だな」

 隣で、ジョエルが煙草を咥えながらさらりとそう言った。


     5


「じゃあ、本格的に傭兵マークスを始めるってことでいいの?」

 猿男騒動から二時間後、僕は私立傭兵部隊アルテミスの事務所で輝夜と昼食を摂りながら、他ならない僕自身の処遇について話し合っていた。

 空調が静かな音を立てる中、僕は水で喉を潤しながらついでのように話す。

「うん。せっかく未来に来たわけだしさ」

「いっそのこと楽しんじゃおうって?」

「楽しむ、ってわけじゃないけど。帰れる見込みなんてないし、帰る気もないし……なにより、暴力に怯えて生きるのはもう御免だ」

「……そ。なら止めないけど」

 思わず本音を漏らしてしまうが、輝夜は止めようとしなかった。

 だけどまだ僕は、傭兵になりたい本当の理由を言ってない。

 暴力に怯えたくないのは確かにそうだが、動機としては薄い。

 僕は暴力に怯えたくない以上に、暴力を飼い慣らしたい。胸を引っ掻くこの破壊衝動を、殺人衝動を、どうにもならないこれまでの怒りや憎しみを捨てたいのだ。そして誰にも犯されない強さを手に入れ、僕はただ一人の僕としてその生涯を終えたい。

 頭のおかしい同級生、腐った大人の狂った社会――イカれた世界と決別する。


 ――僕を犯す暴力を打ち砕くための、圧倒的な、僕だけの暴力が欲しい。


「じゃあ、これ食べ終わったら工房に行こうか」

 これ、というのは、輝夜がギルドの屋台で大量購入したファストフードだ。主にハンバーガー。栄養士が見たら卒倒するようなカロリーを誇る、肉とパンとチーズと少し濃いめのソースの塊。

「工房って隣の?」

「そうそう。『ガンメタル・キュクロプス』っていう鍛冶屋。私たちよりもよほど傭兵やってそうな名前だけど」

 ガンメタルとは砲金を意味する言葉だ。僕の時代ではほとんど暗い灰色を指す英単語として使われている。それに加えキュクロプスというギリシャ神話上の優れた鍛冶技術を持つものの名前が合わさっているとなると、なるほど確かに鍛冶屋に相応しい名前かも知れない。若干アレなのは置いておくとして。

「まずはあんたのS.B.S.の採寸をしなきゃいけないし、装備も見繕わなきゃ」

「装備って?」

「詳しくは向こうで教えてあげるけど、まあ銃とか剣とかね」

 文字通り山積みになっていたハンバーガーの大半が、輝夜の胃袋に収まっていく。

 太るぞ、と言いかけて止める。女子にこの言葉を放ったら最後だ。それに彼女はもう太っている。アンバランスに、胸元が。

「なに? おっぱいばっか見て」

「いや……風船みたいだなって思っただけ」

 空気の代わりに脂肪が詰まったな、と心で続ける。僕はどちらかというと巨乳なだけの体にはあまりドキドキしない。まな板が好きだというわけではない。肋骨が浮き出ている胸よりも、谷間を形作る胸の方がいい。けど一番大切なのはバランスだ。単品の大小ではなく、全体を見たとき均整がとれているかどうか。

 その観点から行くと、輝夜はアンバランスだ。胸が大きく、そのくせ全体の肉が少ない。骨に皮を張り付けてゴムまりを胸に突っ込んだだけの、四十キロ以下の美容整形をしたゴボウに興奮する日本人には多少うけそうだが。

「嫉妬? 揉んでみる?」

「なんで男の僕が胸の有無で嫉妬しなきゃならないんだ。揉む気もない」

「男だからこそ揉ませてあげようってのに」

 肩出しニットの上から自分で自分の胸を揉みだす輝夜に、僕は苦笑する。男扱いしてくれた嬉しさと、自分で揉みしだく彼女への可笑しさが混ざった。

「興味ない。大きいだけじゃ」

「えー……私を口説く馬鹿ってみんなこれ目当てなのに」

「ちなみに落とされたことは」

「あるわけないじゃん。みんな病院送りにしちゃったし」

 私に勝てないような奴に興味はない、と言い切る輝夜に、苦笑を浮かべていた僕の口角が痙攣する。

「よく捕まらないな……」

「あくまでケンカ。あるいは正当防衛ね」

 物は言いようである。

「そろそろ行く?」

 食事を済ませて輝夜が立ち上がる。

 僕は紙ナプキンで口元を拭い、頷いた。



 ガンメタル・キュクロプスは、武器を大量生産して多くの顧客に売り捌く、僕の中にある『一般的』な武器会社のイメージを裏切るものだった。というのも、造られる武器は全て手作りで、それを大量生産コピーするラインはない。たった二人だけの従業員で、鍛冶師スミスはそのうちの片方のみ。捌ける顧客の数も当然限られる。

 ハイテク企業を支える技術者というより、ローテク世界に生きる職人の家。

 それがこの鍛冶工房だった。

「へぇー、君が輝夜のお眼鏡にかなった子かぁ……」

 入ってすぐのカウンター――店部分から、奥の工房に通された僕は、この鍛冶屋のオーナーである女性と対面していた。

「私は平賀瑠佳ヒラガルカ。輝夜の一個上よ。よろしくね、静奈くん」

 輝夜とは反対側――対面している僕からして左。本人からすれば右――に橙色の髪を結っており、約一七〇センチある僕と同じくらいの身長。ダークオリーブの作業服に袖を通しており、腰には工具類を収めたホルスターが大量にぶら下がっていた。

「よろしく。僕の名前知ってるんだな」

 僕は瑠佳の手を握り返す。職人らしい、力強い手だ。

 ちなみに輝夜は僕の二歳上で十八歳。ということは瑠佳は十九歳だ。三歳も上の人間にタメ口なのはどうだろうと普段の僕なら考えるところだが、ここに来る前輝夜から、『よっぽど歳が離れていない限り同業や鍛冶師には敬語を使わないこと。他人行儀に距離を置くのは失礼』――というレクチャーを受けていた。なのでごくごく自然に、敬語を排除した話し方になっている。

「輝夜から聞いたの。看病してる子がいるってね。こんなに可愛い娘だったなんてね」

「悪いけど僕は男だよ。体は違うけど」

 馬鹿にされることを覚悟でそう言うと、以外にも瑠佳は茶化したり笑ったりはしなかった。

「そ。ごめんね、気付かなくて」

 初めてそんな反応をされ、僕はたじろいだ。

 どう返答すべきかと悩んでいると、瑠佳は「おいで」と言って、さらに奥に続いているであろう扉の方へ歩き出す。

 様々な加工機や溶接機が並ぶ手狭な作業場を抜け、ここで待ってるいという輝夜を置いて、僕はここの生活スペースと思しき場所に入った。キッチン、トイレ、シャワールームが窮屈に押し込められた場所に、窮屈な脱衣所がある。

「そこで裸になって。採寸するから」

 言われたとおり裸になった。少し気になって体の臭いを嗅いでみるが、特に変な臭いはしない。ここに来る直前シャワーを浴びていてよかったと胸をなでおろす。

「こっちこっち」

 瑠佳が手招きして呼び込んでいる部屋は、一見すると物置のような有様だ。しかしよく見ると測定器やらが見える。

「あらかじめ謝っとくけどさ、君は……、君の本当の性別は? S.B.S.を作る上で必要だから聞いておきたいんだけど……」

「……女だよ」

 体重を量り、身長を測定し、――……、……バストサイズを確認。ウエスト、腰回り、足の大きさまでチェック。

「体は女で心は男、か。私にはわからないな」

「僕にもわからない。説明のしようがないんだけど……とにかく、女でいられなくなったんだ」

「女でいられなくなった……ねえ」

 確認した僕の身体データをPCに打ち込んでいく瑠佳の動きはてきぱきしていて迷いがない。

「S.B.S.ってどうしても体のラインが出ちゃうからさ、覚悟はしてね、静奈くん」

「……どうにか誤魔化す方法は?」

「ない。せいぜい、上から服を着ることくらい」

 断言されてしまう。仕方がない、と僕は自分に言い聞かせた。今だって似たようなもんじゃないか、と。僕は今、皮という酷く薄いもので覆われたボディラインを、校章のない男物の制服で隠しているのだ。それとなんら変わらない。薄皮の上から、もう一枚ばかり薄皮を纏うだけ。

 身体測定で必要な情報を揃えると、僕は服を着て一旦作業場に戻る。

「どうだった?」

 手持ち無沙汰も手伝ってか、輝夜がそんなことを口にした。

 ダッフルコートの留め具に使われている牙のようなものをいじりながら、どうもしてない、と答える。

「おっぱい揉まれた?」

 だから女じゃない。

「あの溶接機のバーナーで人間の顔面を焙ったらどうなんのかな」

「ごめんマジごめん」

 馬鹿なやり取りをしていると、今度は店側に戻ることになった。

「試射場に行こうか」

 瑠佳の指示で、僕と輝夜は作業場を出る。今気にするべきことではないが、何故輝夜と瑠佳は鏡写しのように同じ髪形をしているのだろうか。それに談笑の様子から見るに、お得意先同士という説明では足りないくらい仲がいい。

 談笑を背に戻った店では、小さな少女が番をしていた。

「あ……終わったんですね、静奈さん」

「身体測定はね」

 ベージュの髪をサイドではなく普通にポニーにしたその少女は、白羽川瑠美シラハガワルミという。瑠佳に会う前に挨拶を済ませていたので、彼女とはもう僅かながらに面識があるのだ。

「あーんもう、いつ見ても可愛いー」

 ふんわりした笑みを浮かべている瑠美に、輝夜が奇声を発しながら抱き着く。後ろから抱き付いて頬ずりして胸を揉みだす。少し……というかだいぶ引く。いや、ドン引きだ。

「ブラジャーまで外さないで下さいよ輝夜さん!」

 いつものことなのか瑠佳は助け舟を出さない。幸い僕はロリコンではないから、十一歳の少女の艶めかしい声に興奮したりはしなかったが、その筋の人間からしたら垂れる涎を押さえずにはいられないだろう。

「行こう、静奈くん。ああなると輝夜は長いから」

「……そうだな」

 カウンターの隣、一般客でも普通に入れる位置にある両開きの扉は開けっ放しにされており、奥のエリアに続いている。それが試射場だろう。

「傭兵には四種類の兵種があるんだけど、それは知ってる?」

「いや……」

 防弾ガラス張りの壁から、シューティングレンジが見える。

 すぐにレンジには入らなかった。レンジ手前の、在庫置き場となっているこの部屋で、僕は瑠佳から講義を受ける。

「ツーハンデッド・ソードを主武装プライマリにする前衛ウォリアー

 大型銃をプライマリにする後衛ガンナー

 それからバスタード・ソードか小型銃、中型銃をプライマリにする万能型ソルジャー

 最後に魔術媒体である杖をプライマリにして魔術を行使する魔術師ソーサラー

 この四つが傭兵の兵種。っていっても、初陣は強制的に皆ソルジャーなんだけどね。初陣後、MLvⅡに認定されたらあとは自由だけど」

「初陣後にMLvⅡ?」

「ええそう。初陣を終えたら自動的にMLvⅡ。だから昔は傭兵になったその日にMLvⅡとか当たり前……っと」

 金属部品が積まれた台車を引き、瑠佳は奥の壁に固定されていた武器棚に引っかけられていた剣を持ってくる。

「昔は、っていうのは?」

 剣は全部で三振り。床に並べられる。

「昔は訓練期間がなかったから。今は初陣時の死亡率を減らす為にね、MLvⅣ以上の傭兵の下で四か月の訓練が義務付けられてるの。普通はギルドにいるMLvⅣ相当の職員が担当するんだけどね……傭兵の中には授業料とか言って長期にわたってタダ働きさせる奴がいるから」

 そういう意味じゃ静奈くんは相当運がいいんじゃないかな、と続けながら、好きなのを選んでと足元の剣を示す。

「君はまだ訓練期間のMLvⅠだから兵種はソルジャー固定。だから銃をプライマリにするなり副武装セカンダリにするなり、バスタード・ソードを選ばなきゃならない」

「ん……どういう意味?」

「ああごめん、説明不足だったね。各兵種はプライマリとセカンダリの二種類の武器を装備できてね、たとえばウォリアーだとプライマリがツーハンデッド・ソードで、セカンダリは小型銃。ガンナーはプライマリが大型銃で、セカンダリはウォリアーと同じ小型銃。ソーサラーはプライマリが杖、セカンダリが中型銃か小型銃」

 そして――、

 瑠佳は真っ直ぐな刀身のバスタード・ソードを手に取り。

「――そして、ソルジャーは万能型の名の通り小型銃か中型銃、バスタード・ソードをプライマリにできて、プライマリにしなかった方をセカンダリにできる。あ、でも三種類装備可能って意味じゃないからね。使えるのは三つの内から二つだけ」

 実質メインとなる武器とサブとなる武器が差別化されていないのがソルジャーの特徴なようだ。ウォリアーになりたいのならバスタード・ソードをプライマリに訓練し、ガンナーになりたいのなら銃をプライマリにする。そういうことだろうか。

「さ、剣を選んで。それとも銃だけに絞る?」

 僕はいや、と言って、剣を選ぶ。

 さて、どいつにするか。

 腕力と重量で相手を叩き斬る、初心者向けの直剣タイプ。

 若干の癖を持つ、ククリタイプ。

 熟練には高い技術を求められる、曲刀タイプ。

 共通点はどれも全長一・五メートルほどであるということと、曲刀はその限りではないが、直剣とククリは幅二十センチの段平だ。どう見たって重量級。S.B.S.の能力があれば片手でも振るえるのかもしれないが、しかし大きすぎる。

 なんでこんな大きさになるのだろうか。

 初歩的なことだが、僕は思い切って訪ねる。

「気になったんだけど、人間が相手ならこんなに大きくなくていいんじゃないか? サバイバルナイフで事足りそうだけど」

「んー……、なんて言うか……」

「――『エニグマ』」

 会話に割って入ってきたのは、輝夜だった。

 涎の痕をどうにかしろ。

「あんたを襲った馬鹿でかい狼覚えてる? 赤い目の怪物」

「……忘れるほうが難しい」

「でしょうね。とにかく……外界のフォレストにはね、赤い目をしたああいう怪物がたくさんいるの。人間に強い敵意を持っていて、隙あらば街の防壁を壊そうとする。安月給で命を散らす憲兵は年々志願者が減って、結局対処が難しくなって、それで世界中の各ポリスは傭兵システムを導入した」

 仕事の難易度、依頼者、スポンサー、なによりそれらの質を決定するMLv.によって報酬が増減する傭兵システムは、あっという間に減退していく憲兵組織に取って代わった。強くなれば名声も大金も思いのまま――そんな単純明快なシステムが、正義だの秩序だの安寧だのをほざく複雑怪奇な奇妙な集団を打ち砕いた。

 暴力が、正義を消し飛ばしてしまった。

 輝夜はそう語る。

「で、使われる武器もどんどん変化していったわけ。剣が大型化されたのも、S.B.S.が生まれたのもそのため」

「そういうわけか。武器が大型化されたからS.B.S.が作られたと」

「うーん、逆。大きな体を持つエニグマの攻撃を避けるためにS.B.S.ができて、その次にだんだん武器が大きくなったの」

「兵器開発はここ数十年頭打ちだけどね。既存のジャンルの武器を強化していくのが主流だし」

 それまで黙っていた瑠佳がそう言うと、手を打って武器選びの続きを促してきた。

「さあどうする? どれがいい?」

「……直剣にするかな。曲刀もククリも使いこなせる自信がない」

 輝夜と瑠佳は、無難ね、と二人して答える。

「じゃ、次は銃。今すぐ小型か中型かを選んで欲しいんだけど……実物は明日用意することになるからそこは勘弁ね」

「そうだな、じゃあ……」

 僕はあくまでも冷静に、二人の意見を聞きながら武器を選ぶのだった。


     6


 白状しよう。

 未来世界ミライセカイでの生活は、尋常なく楽しく、充実したものだった。

 生まれてこの方クソみたいだった人生が、やっと充実したものになったと言える。肉体的な疲労は過去時代これまでに輪をかけて酷いものだったが、そんなものは対価だと割り切れる程度でしかない。狂った人間の腐った社会で壊れるまで犯され続けるだけの人生に比べれば、基礎体力向上のための筋トレも、銃器取り扱いのための座学も、ガンメタル・キュクロプスでのアルバイトも苦労ではない。

 そう。僕は今、鍛冶工房のガンメタル・キュクロプスで世話になっている。

 搬入、品出し、並べ作業、武器磨き、掃除――食事当番。

 今まで生活の全てを親代わりのお手伝いさんに任せていたおかげで、なにからなにまでレクチャーを受けることになってしまったが、それでもある程度はこなすことができた。教える側が上手いだけで、僕はほとんど耳を傾けるだけなわけだけど。

 バイト中、作業が落ち着くと、僕はシューティング・レンジを借りて射撃訓練に明け暮れる。

 どの銃器を決めるかを考えあぐねる僕に、瑠佳は「訓練を見るとギルドが補償金を出してくれるから」と言って、様々な武器を貸し与えてくれた。

「今日は中型銃のアサルトライフルね。MLvが上がるまではこの――」

 今日渡されたのは、使い古されている突撃銃。細かな傷が走るこの銃は、見た目こそ僕の時代でも有名だったAKそのものだが、この時代の人間はあっさりとアサルトライフルを略し、ARと呼ぶだけだった。ちゃんとした商品名で呼ばれる銃は一部であり、そしてその一部の中に旧時代のものは含まれていない。

 対エニグマ用に設計されているわけではない旧時代のコピー品は一様にポンコツ呼ばわりされるのがこの時代の事情だ。

「聞いてる? 続けるよ。MLvが上がるまではギルド支給のポンコツARしか使えないわけだけど――他の武器にしてもそうだけど――、どれも多少乱暴に扱ってもちゃんと動くからそこは安心して」

 僕は説明を受けながら、空っぽの弾倉に弾を詰めていく。スプリングがおかしく歪んでしまわないよう順繰りに七・六二ミリ弾を込める。

「三十発は入るけど、二十九発で止めておいてね。満タンに入れるとバネが完全に潰れてうまく給弾できなくなるときがあるから」

「わかった」

 耳栓をして、二十九発の弾が詰まった弾倉をARに挿入し、レバーを手前に引く。初弾が薬室に送り込まれ、発射可能になった。

 ゲームと同じ動き。だが、意味を理解したうえで、かつ自分自身の手で行う動作は重みが違う。ただ、難しいという意味ではない。銃の扱いはとても簡単だ。なんせ十歳以下の子供でも使えるものだからだ。

 肩の付け根に銃床ストックを当て、銃身下部のハンドガードと呼ばれる部位を左手で支える。

「射撃モードをフルオートにセット」

 瑠佳の大声が耳栓越しに響く。僕はセレクターをフルオートにセットし直し、照準器アイアンサイト越しに人型の的を睨む。コントローラー越しに操るアメリカ特殊部隊の兵士が使う銃に取り付けられているような、便利なダットサイトやスコープなんてものはない。あるのは先端のフロントサイトに、後部のリアサイト。それだけ。充分だ。

 撃つ。

 引き金を絞って、超音速で飛翔する弾丸を放ち続ける。

 炎のストロボ。爆音の波。鋭く蹴飛ばし続けてくるストックを押さえ、激しく瞬く光と空気の振動の中で、鋼の暴力を制御する。

 ほんの数秒で、その十倍近くの時間をかけて満タン一歩手前にした弾倉が空っぽになった。

 エジェクションポートから吐き出された黄金色の空薬莢が、からからと乾いた足音を高らかに散らしながら、鉄床の上でダンスを披露する。

「当たってない……」

 歯噛みする。

 二十九も撃っておきながら、人型の的の頭は綺麗に残っていた。ほかの部位は粉々に散っていて、あれが本物の人間なら間違いなく再起不能だろうが、僕が狙ったのは頭だった。あの的を、僕を苦しめ続けてきた有象無象だと思って、醜い顔を想像し、それをズタズタに叩き潰す為に頭を狙った。

 手足を吹き飛ばすくらいじゃ足りない。吹き飛ばすなら頭だ。潰すなら顔だ。僕そっくりの女を映す・・・・・・・・・・血走った目玉を、肺腑を腐食させる獣臭混じりの息を吐き出す鼻を、壊し蹂躙し狂わせた肉塊の鳴き声を拾う耳を、体を舐め回すおぞましい触手したを内包した口を、グチャグチャにかき回し遥か彼方へと消し去る。

 そうしたかったのに、蓋を開ければこのざまだ。

 鈍る、と思って僕は耳栓を外す。

「いきなりヘッドショットは難しいよ。おまけに、現実に相手取る相手は的じゃないから動き回るからね」

 瑠佳が詰めてくれた弾倉を受け取って、リロードを済ました。

「まずは当てること。しっかり当てられるようになること。的の小さい頭を吹き飛ばす技術はそれをマスターしてから」

 優しく諭され、頭に上っていた血がすっと下りていくのを感じた。

 二度目、三度目。

 日を改め、筋トレの合間に僕は射撃訓練を重ねる。

 拳銃、短機関銃、アサルトライフル、スナイパーライフル、ショットガン。

 MLvⅠで触れられる武器には全て接触した。個人的には拳銃かショットガンだと当たりをつけている。

 拳銃はどのゲームでもサイドアーム的な扱いだが、使いやすさでこれに勝るものはないと僕は思う。それにこの時代の拳銃は全てエニグマとの戦闘を想定した設計であり、プライマリ用の拳銃は、撃ちだされる弾丸が超音速であることも多い。つまり、暴力の化身ともいえる『一撃必殺』なのだ。

 ショットガンは言わずもがなだろう。シカ撃ち用のバックショットをエニグマ用にカスタムしてあるという変更点はあるが、僕が持っていた印象はそのままだった。これもやはり暴力の具現と言える武器で、プライマリにするかどうかで悩む。

 逆に、苦手なスナイパーライフルは言うに及ばず、サブマシンガンやアサルトライフルはいまいちピンと来なかった。

 弾幕を張れる武器というのは対人戦でも対エニグマ戦でも極めて有効に機能するのだろうが、なんとなく……本当になんとなく、ピンと来なかった。

 銃と言えば、暴力。暴力とは強く、絶対的なもの。

 暴力に曝され蹂躙されてきたからこそ、僕は暴力の怖さ、魅力を理解している。

 偉人たちが残した格言、名言という言葉の暴力。知識ある賢人が振るう権力。莫大な富を持つ金持ちが行使する財力。

 世界は暴力で回転し、暴力を育む。

 僕の時代の矛盾星人たちは決してその事実を認めようとはしないだろう。だからこそ僕はいいように使われてしまっていたのだ。

 みんな本当は暴力が大好きなのに。誰かを力で犯したいと思っているくせに。誰かに力で犯されたいと思っているくせに。暴力で誰かを破壊したいはずなのに。暴力を行使しなきゃ狂うとわかっているくせに。

 そう。みんな、みんな、暴力に恋い焦がれている。だから、未来世界では暴力が公然と容認され、一般的な職としてシェアを得ているのだ。

 絶対的な暴力としての銃が欲しい。誰にも犯されない絶対的な暴力を具現化したような、そんな銃が。



 時間はどんどん過ぎていく。

「余計な力は抜いて。集中しすぎず、警戒心を網状にして周囲に張るように」

 MLvⅠの傭兵が活動を許される外界の――防壁のすぐ近くの広場で、一般人でも散歩目的でやってくることができる――フォレストで、僕はウォリアーの輝夜から指導を受ける。

 瑠佳が用意してくれたS.B.S.のおかげで、どう軽く見積もっても十キロはくだらない直剣タイプのバスタード・ソードも余裕をもって持ち上げられた。

 ブーストソード、インパルスハンマー、ジェットスピア。ウォリアーが使用できるプライマリのツーハンデッド・ソードはその三つに大別できるわけだが、輝夜が使うのは空気を圧縮し、それを吐き出し攻撃速度・威力を増すジェットスピアという得物だった。余談だが、訓練中の今、彼女が所持しているのは槍ではなくただの棍棒だ。

 とはいえ彼女も最初はソルジャーを選んだ傭兵で、バスタードを扱っていた時期がある。

「目を閉じて片足を上げて。姿勢を維持」

 言われたとおり片足を上げる。左足一本で、正眼の構えを維持する。

 初めてこれをやったときは、やる意味も分からず転びまくりだった。筋力を鍛えることが目的なのか、暴力の正当化をオブラートにくるんだ薄ら寒い精神論を説くことが目的なのかわからなかった。

 言外に「こんなトレーニングになんの意味がある」と問う僕に、輝夜は言った。「感覚を鍛えることが目的だ」と。

 S.B.S.があれば筋力は反則的なほど強化される。体のツボに電気的刺激を与え、肉体を強化、身体能力を向上させるのだ。なので正直な話、僕がいま行っているあらゆる筋トレは、それほど意味がない。あくまでもS.B.S.の限りなく抑えられた負荷に耐えるための基礎的な体力を養い、体感覚を確かなものとすることが大切なのだ。

 自分の体を満足に動かせなければ、どんなに優秀な強化を施されても生身と変わらない。輝夜は、僕にそう言い聞かせた。

 暴力への折り合いや、精神的な折り合いは個人でつければいい。――そうとも告げられた。

「次、反対側の足を上げる」

 右足で草に覆われた地面を踏みしめる。フォレストと呼ばれるだけあって自然が多く、空気が美味い。

「いい、S.B.S.のおかげで身体能力は強化されるけど、感覚だけはその限りじゃない。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚――直感。第六感まで鍛えろとは言わないけど、五感くらいは研ぎ澄ませて」

 薄ピンクの瞼越しの光。周囲の音。土や草のにおい。空気の味。流れる風の触感。――背後にいるであろう輝夜の気配。

「私たち傭兵のトレーニングは感覚面を養うほうが効果的だから、地味だけど、続ける」

 足が少しでもぐらつけば、意外なほどスパルタな輝夜の、容赦ない棍棒が飛んでくる。

 殴られるのが嫌ならそう言ってね、と告げられた際、僕は「甘やかさないでくれ」とその優しさを一蹴した。

 マゾヒストではない……と思っているが、なぜか輝夜に殴られると変な感じがする。

 ただの暴力ではないからだろう。僕はそんな風に自己解釈している。

 愛の鞭。陳腐だがまさにそんな感じ。

 殺意と悪意、怒りと憎しみによって放たれるはずの暴力に、愛が宿る。

 構えを変える。正眼の構えから、八相の構えを取る。相手の肩から脇下までを斜めに切り下ろす袈裟懸け斬りに移行しやすいものの、スポーツとしての側面が強い『剣道』では、ほとんど見受けられない構えだ。

 僕がこれからするのはスポーツではなく実戦。エニグマというバケモノや、外界で生きる危険な武装集団、場合によっては同業者と戦うのだ。

 本の受け売りだけれど、例えば僕の時代の近代化した戦争では、兵士を殺してしまうより手足を吹き飛ばし生かしておいた方が、戦線の離脱に手数を割かせることができるので、殺さない方が効率がいいと言われている。だが現代――この緑化した時代では、一気に殺してしまうほうが手っ取り早いのだ。

 というのも、外界の武装集団は当たり前のようにガンパウダーと俗称されるクスリを吸っているせいで、胸が吹き飛んでも平気な顔で銃撃を繰り返してくるのだ。おまけに大人のような冷静さがない子供を教化して兵士化しているという。

 一度心を腐らされた子供の社会復帰は、クスリ漬けの大人よりも難しい。コストだってかかる。だからこの『殺人優先』という仕組みは、社会のため、その子のためいっそのこと殺してあげようという傭兵の優しさから生まれたのだ。

 足が揺れる。棍棒が飛ぶ。胸が昂る。

 構えを変える。支えの足を変える。神経を研ぎ澄ます。

 怒り。憎しみ。殺意。破壊衝動。それら全てを手中に収め、かき混ぜ、まとめて、飲み下す。

 腹に落ちた黒い感情を薬室に込め、撃鉄を起こし、引き金を絞る。

 それを、繰り返す。

 銃のように、繰り返す。



 この時代に飛んで三ヶ月が過ぎた頃、僕はついに運命の出会いを果たす。

「終わった……」

 運送業者が下ろしていったインゴット《業界用語というやつで、素材となる精製金属をこう呼ぶらしい》を運び込み、弾薬ボックスから紙箱に詰まった弾を瑠美と二人で棚に並べ終えたとき、瑠佳が「ああ、これって」と言いながらなにかを手にしていた。

「それって?」

 僕は彼女が手にしている物がなんなのかを問う。聞くまでもなくそれが銃だとは分かるのだが、感慨深そうに見ているので気になったのだ。

「これ? これは私が対エニグマ用に一から開発した最初で最後の銃」

「最初で最後……」

「銃は大量生産品で間に合わせる人の方が圧倒的に多いから、私たちみたいな鍛冶師じゃ一から作ってもお金にならないの。鍛冶師の仕事は近接武器の開発、整備、銃器のメンテにアタッチメント、特殊な銃弾の開発が普通でね、一から銃を作ってる鍛冶工房ってもうほとんどないの」

 世知辛い業界話だ。

「この銃も結局製作費との釣り合いが取れるように価格を設定したら売れなかったし……そりゃそうよね、拳銃をプライマリにする人なんてまずいないし、セカンダリの拳銃にカネをかける人もいないし」

 ウォリアーとガンナーはセカンダリとして拳銃を持つが、その感覚はあくまで予備。最低限のカネで用意し、コストが掛からないようにする。ソルジャーに至っては拳銃を予備にすることすらほとんどないという。

 彼女が手にする『拳銃』は、全長三八〇ミリを超すバケモノ染みた大きさのリボルバーだった。セカンダリ用と売り出すには少々オーバーな代物だ。となると当然全くと言っていいほど開拓されていないプライマリ用拳銃になるわけだ。

「『ホワイトロッド・ライザー』。まさかこんな風に再会するなんてね」

「こんな風……どんな風ですか?」

 作業を終えた瑠美が疑問をぶつける。

「作業場の金庫の中にあったの。てっきり在庫品を積んでるレンジにあるとばっかり」

 三ヶ月のバイト生活の中で見えてきたのは、瑠佳が存外がさつだということと、彼女が散らかした作業場を瑠美が整えているということだ。流石に掃除中は機械を止めているので、瑠佳の作業は停滞するわけだが、その間は僕の射撃訓練の様子を見つつ店番をしている。

「その銃、撃ってみてもいいか?」

 グリップは黒いが、全体としては真っ白な銃。なんとなく惹かれる。

「え、別にいいけど。あ、でも弾がない。それ既存の弾を使わないから、専用の弾がないと」

「本体があるのに弾だけ作らなかったってことはさすがにないだろ?」

「瑠佳さん、以前使い道がない弾丸をどこかに保管しませんでしたっけ?」

 使い道がないものを保管するだなんて、彼女は捨てられないさがなのだろうか。

「あ、あぁー、確かに。どこだったかなぁ……ごめん瑠美、手伝って」

「わかりました」

「静奈くんはレンジに向かってて」

 僕は頷くだけで意思表示し、言われたとおりレンジに向かう。重労働作業があることがわかっていたので、僕は瑠佳から貸し出されたコンビニ店員のような制服の下にS.B.S.を着こんでいた。

 制服を脱いでS.B.S.一枚になる。筋トレのおかげで多少は筋肉がつき、ピッチリとしたカーボン素材の薄っぺらいスーツ越しに、引き締まった体が浮かび上がる。

 こんなボディスーツが、女子にすら勝てない腕っぷしの僕の身体能力をありえないほど高める。

 そのおかげで、全長三八〇ミリ超えのずっしりとした、片手サイズの対戦車ライフルのようなリボルバー拳銃を軽く扱えるのだ。

 試しに撃鉄を起こしてみる。

 がちり、と大きな音。重い。

 まるでイーストウッドの銃。彼が有名にさせたと言ってもいいマグナムリボルバーの現代版。僕は刑事ではなく傭兵だけど。

 引き金を引くと、起こしていた撃鉄が倒れた。弾が入っていないのでなにも起こらない。

 シングルアクションなのか、撃ったら自分でまた撃鉄を起こす必要があるようだ。

 戦闘中いちいち撃鉄を起こすのは恰好の隙になる。軍人ばりに腰だめ撃ちで連射でもできればいいが、今の僕にはまだそんな技量はない。

「あったあった。WLのマグナム弾」

 レンジのドアを開けながら、瑠佳が訊きなれない単語を発する。

「WL?」

「whiterod lyzer、の略」

 この銃でしか使えない専用弾ということか、と納得する僕に、彼女はプラスチックケースを手渡してきた。

 箱をスライドさせると、大きな鋼の実が詰まっている。

 レンコン状のシリンダーを振り出して、五つ空いた穴に弾を入れていく。

 弾込め後、撃鉄を起こし、構えた。

「反動強いから気をつけて」

 言われるまでもない。

 僕はポップアップされた人型の的に狙いをつけ、引き金を絞った。

 尋常ではない爆音のような銃声に、S.B.S.で向上された身体能力をして「強い」と感じさせる反動。生身で撃ったなら手首がひしゃげて悲惨なことになっていたかもしれない。だが制御不能と断ずるほどではない。今のこの腕力なら充分抑え込める暴力だ。

「うわーお……すごいね」

 硝煙のきつい香りの向こうを見ながら、耳を塞いでいた瑠佳がそう言った。

 僕は絶句する。

 的が、木端微塵になっていた。胸から上が消滅して、おまけに向こう側の特殊合金の壁が大きく窪んでいたのだ。

「なあ、あの凹み、どうすんだ」

 撃った本人の僕が言うのもなんだが、おずおずと切り出すと、瑠佳は肩をすくめて笑った。

「出世払いで弁償とか」


     7


 僕は輝夜が運転するおんぼろピックアップに乗って、昼下がりのフォレストを移動する。

 舗装というにはお粗末な踏み均されただけの道を走るので、なかなか振動があった。サスペンションが悪いのか、それとももともとこういうとんでもない悪路なのか。

 僕は生い茂る草木を眺めながら、本来こうした自然で生きているはずの動物はいまいかと探す。一般人でも出られる範囲には田畑や牛や豚、鶏がいる牧場が存在したのだが、自然の中に生きる完全野生の生物は存在しないのだろうか。

「この辺りにエニグマはいないんだな」

 言いながら、僕はこの四ヶ月で学んだことを脳裏で反芻はんすうする。

 エニグマの弱点は三つ。

 心臓と、脳と、それからある特殊な周波数パターンの超音波。

 世界中に点在する都市ポリスは、防壁に超音波装置を埋め込み、エニグマを近づけまいとしている。だが超音波の有効範囲には限界がある。というのも、外界に生い茂るフォレストが対エニグマ超音波を吸い取り減衰させてしまうのだ。他の地域ではどうしているのか気になる。

「クレイドルは都市の拡張計画をずっと前から行っててね。その先駆けの『ファースト・フロンティア』で第一外界拠点が作られたおかげで、この辺りにはもうほとんどエニグマがいない」

 都市の拡張には当然エニグマが邪魔になる。そこでクレイドル政府は安全な拡張工事を円滑に行うため、エニグマを排除できる超音波装置の効力を強化することにしたのだ。即ち、外界に超音波装置を持ち出し効果範囲を広げるというもの。

 中継地点にも超音波装置を設置し、エニグマを締め出す。

 それがフロンティア計画なのだと、輝夜は僕に語った。

 第一外界拠点と防壁との直線距離は十キロ程度。徒歩でも二、三時間程度もあればたどり着ける。だが複雑に絡み合う木の根や起伏ある地面、入り組んだ道路のせいで、車と言えど満足に速度は出せない。

「これから向かうのはあんたを拾った場所だから、ちょっと時間がかかるけど……。なんか聞きたい事とかある?」

「依頼に参加するのは僕ら二人だけ?」

「ううん。全部で八人。三つの私立傭兵七人とソロが一人参加してる」

 と、第一外界拠点に差し掛かる。クレイドル外周を覆っているような背の高い鋼鉄の壁こそないが、有刺鉄線と電気柵が張り巡らされている。第一外界拠点と第一外界拠点とをこれらの柵が覆い、同心円状にクレイドルを包んでいるのだ。

 検問にギルドから発行される依頼書を見せ、エニグマが跋扈するフォレストに出る。

「八人で哨戒か。多いんだか少ないんだか……」

 僕らがこれから向かう哨戒エリアは、数日前に大規模な傭兵部隊からなる軍団が討伐作戦を行った場所である。なんでも大型――カテゴリーLに分類されるエニグマがいたというのだ。

 結果は快勝とは言い難いものの、なんとか敵を仕留めたらしい。

 僕らに与えられた仕事は、その後の調査だ。

 敵が再集結していないか、残党がうろついてはいまいか、――回収しきれていない仲間の遺体や遺品はあるまいか。

 調査、哨戒。そう言えば聞こえはいいが、要は後片付けだ。 

「とりあえずキャンプ地に向かうから。そこで車を置いて、探索と警戒を行う」

 ファースト・フロンティアで開拓されたフォレストと違い、人の手があまり伸びていない外界の道はとにかく酷い。

「にしても……拳銃をプライマリにするなんてね」

 呆れたような口調の輝夜を尻目に、僕は何気ない調子で答える。

「しっくり来たのがこいつだけだったからな」

「ホワイトロッド・ライザーでしょ。試射に付き合わされて一度だけ使ったことがある」

「どうだった」

「ゲテモノ。そうとしか言えない使い心地ね。私には合わない」

 そう言う輝夜がセカンダリとして用いているのは四五口径拳銃だ。ゲテモノとは縁のない、僕の時代でも普通に存在した口径。

「ていうか、二挺拳銃なのね」

「予備の予備ってだけだろ」

 僕はWLではない方の黒塗りのリボルバー拳銃を左胸の脇――ショルダーホルスターから抜く。装弾数六発のダブルアクションリボルバー『DR』。WLと比べると平凡そのものだ。WLのような破滅的な攻撃力は望めないものの、パワフルなマグナム弾を装填できるため、この時代でも護身用としては文句なしの性能を秘める。

 余談だがこのリボルバーはギルドが新人に支給するものではなく、僕がバイト代で購入したものである。

 ソルジャーの中にはこうして、僕のように予備の予備として拳銃を用いるものも少なくはないらしい。ジョエルも瑠佳も、そして現場を誰よりも見てきたであろう輝夜もそう言っている。

「っと……着いたわ」

 三十メートルほど向こうに、廃車や廃材を寄せ集めただけのみすぼらしいベースキャンプが見えた。あの場まで車で行かないのは、いざというときに味方同士の車で身動きが取れなくなってしまうという間抜けな事態を避けるためなのだろうが、本当はそれだけが理由でないことを僕は知っている。

 同業者同士で殺し合うこともある。

 僕はその事実を知っている。教えられ、実際そういう話をよく聞いた。

 車を近くまでもっていかないのは、つまりはそういうことだ。

 ピックアップから降りて、僕は荷台からバスタードを、輝夜は柄を格納してあるジェットスピア『ブリューナク』を取り出す。

 それぞれ得物を背中の固定鉤フックに引っかけると、枝や草、葉っぱでピックアップを偽装した。

「今にも部品単位でバラバラになって壊れそうだよな、この車」

「気にしてるんだから言わないでよ……」

 買い替えたいがカネがかかる。……僕の治療費や傭兵になるための資金として買い替え用の貯金を浪費してしまった輝夜は、新たな車両を用意することができない。僕としても耳が痛い話だ。

 輝夜といい瑠佳といい、彼女たちはなぜ見ず知らずの、どこの馬の骨かわからない僕を拾って、気にかけてくれるのだろうか。

「最後に確認したいんだけど、……人を撃つ覚悟はあるよね」

 道なき道を踏みしめながら、僕はその問いかけにはっきりと答える。

「もちろん」

 実際に人を撃って殺したら、とてつもない罪悪感に苛まれるのだろうな、と思う。真っ黒な怒りと憎しみで心をマスキングしても、正当防衛だとかと覚悟を決めていても、人間の脳は簡単に良心の呵責かしゃくという猛毒に耐え兼ね悲鳴を上げる。人間は有機素材を用いただけのコンピューターだが、不良品だ。サーベルタイガーの牙と同じように、感情という機能が自分たちの中で大きく発達したおかげで、滅びに向かいつつあるのだ。生きるために人を殺す。だけど感情は絶対に殺人を許さない。そうしてそういった優しさが、自己矛盾を湧き立てる精神構造を構築する命の値段が高い社会を形作る。

 鐵帝二七三年から年を越え、二七四年現在。この時代の社会は、命の値段が安い。科学水準こそ高いものの、人間の価値観、倫理観、モラル意識は中世然としている。生きるためとあれば平気で他人を蹂躙できるし、そう簡単に罪悪感にも縛られない。

「そ、ならいいんだけど」

 人を殺したい。銃でバラバラに吹き飛ばしたい。剣で切り裂きたい。

 本音をぐっと飲み込んだ僕に、輝夜はまるで気づいていなかった。昔から自分の中の怪物を飼い慣らしてきたのだ。人の目を欺き本音を隠すのには慣れてる。

「にしてもさ、その黒い制服好きなの?」

「好きっていうか……アルテミスの部隊章をつけられたり改造されたのがこれくらいしかないから」

 僕が身に着けている衣類は、S.B.S.とその上に着ているワイシャツ、旧学校制服のみ。この真っ黒な制服はクリーニングのつもりで出したはずが、瑠佳の手によって魔改造されてしまっている。

 裾は足を保護するため伸ばされてロングコート化しているし、ポケットは鉄板でも仕込んでいるかのように頑丈になっている。まるでポケットの位置にポーチを縫い付けたようなふくらみ方だ。胸には三日月を弓に見立て、剣を矢代わりにつがえているようなアルテミスの部隊章エンブレムが、かつてそこにあった校章の代わりに存在感を放っている。

「ま、うちの部隊カラーにぴったりだから文句はないんだけど」

 各私立傭兵部隊は所属を示すため制服を用意していたり、メインカラーを用いていたりする。アルテミスは制服こそ思い思いだがメインカラーとして黒を用いるようにしている。細部は違えど輝夜も黒いロングコート――トレンチコートを身に着けている。

「黒がメインカラーって痛すぎないか」

 などとそんなくだらない会話をし、たった三十メートルの道のりに悪戦苦闘しながらベースキャンプに出ると、既に僕ら以外の六人の傭兵がそろっていた。男四人に女性が一人、少女一人。内訳としては私立傭兵Aが二人、私立傭兵Bが三人、ソロ一人、アルテミス二人だ。

「遅かったな。もう五分前だ」

「まだ五分前でしょ。せっかちなのはベッドの上だけにしてれば」

「……言ってくれるじゃねえか」

 さっそく傭兵の一人の髭だるまの男とケンカのような空気になる。

 剣呑な空気だが、ギルド通いをこの四ヶ月でそれなりに繰り返していたので、僕は無様に足を震わせたりはしない。

「おまけに処女臭えガキの子守かよ。たまんねぇな」

 反射的に右手がショルダーホルスターに伸びる。

「言わせておいてあげれば。格下相手じゃなきゃ粋がれない無能なんだから」

 髭だるまの男を睨めつけながら、僕は伸ばしかけた腕をズボンのポケットに突っ込む。輝夜が制してくれなければ、僕は問答無用でリボルバーを抜いていた。

「で、誰がどこを巡回するわけ」

「俺らはE2,この三人がE1、お前らはポイントE3だ」

「E3ね、了解。E4は?」

 輝夜がタブレット型PDA――僕にも支給された――を操作しながら、残ったエリアの探索は誰がやるのだと問う。分かり切ってはいるのだろうが、まさか、という思いがあったに違いない。

「……私が一人でやります」

 ソロの少女が、ぼそりと答えた。

 小柄な体躯を赤いコートですっぽり包み、被っている赤頭巾フードからは赤い髪が覗いている。先端に向け黒くグラデーションを描くその髪をボブカットにしており、幼そうな外見に不釣り合いな物憂げな顔を覆っている。ゆらりと踊る獣の白い尾。初めてギルドに訪れた際ぶつかってしまった、あの獣人――多分狼――少女だ。

「舐めてるわけじゃないけど……大丈夫?」

「……今までもずっと一人でやってきましたから」

 端的に口にする少女に、輝夜はそれ以上追及しようとはしなかった。

 役割分担が決まると後は早かった。

 八人それぞれが、ベースキャンプを離れて割り当てられたポイントに移動を開始する。

 僕は輝夜と組む。

 彼女の先頭に立ち、腰の左側の鞘からマチェットを抜いて、邪魔な藪を切り払っていく。刃渡り三十センチの黒い鉈は、日本ならまず間違いなく危険な凶器として認識されそうだが、しかしこの時代ではそれほど深刻な受け取られ方はしない。フォレスト探索のための必要最小限の装備。その程度の認識だ。

 一応満足にバスタード・ソードやツーハンデッド・ソードを振るえない環境での対人戦、対エニグマ戦を想定して丈夫に作られている。

 大型リボルバーのWLに、通常サイズのリボルバーDR、一・五メートルのバスタードに、日本人感覚では大ぶりと言えるサイズのマチェット。ショルダーホルスターの右脇側にはDR用の弾薬ケースだ。腰にはWL用ホルスター、WL用弾薬ポーチを含めたその他アイテムポーチ類、水筒、鞘などを引っ提げている。極め付きは救急キット類が詰まったレッグホルスターだ。

 これだけの装備を身に着けても苦になるほどの重さをまるで感じないのは、ひとえにS.B.S.のおかげと言ってよかった。

 人間が歩くかもしれないという都合をまるで考えていない不親切設計の森林を歩くとき、重さでストレスを感じてしまうという事態を避けられるのは本当に嬉しかった。

 ただでさえ汚らしい虫やら、自然特有の土臭さやらを嗅がされるのだ。脳にかかる負荷は肉体的なものであれ精神的なものであれ少ない方がいい。

「輝夜、異変は?」

「今のところなし。エニグマの気配も、乖賊かいぞくの臭いもない」

 真面目な声音で言い切る輝夜は、プライマリのブリューナクではなくセカンダリの四五口径拳銃フォーティファイブを抜いている。この状況では槍を満足に振るえないから銃の方を抜いているのだろう。

 僕もそうだ。バスタードを満足に振るえる環境なら、マチェットではなく始めからバスタードで枝を切り払っている。

 臭い、鳴き声、息遣い。

 虫、鳥、小動物。

 目が合う彼らのみんな瞳は赤くない。

 エニグマは最低の大きさであるカテゴリーSでも人間大の大きさになるという。そりゃ武器が大型化するわけだ。

 よって僕が今見ている生物は、自然界に存在する自然な、普通の動物たちだ。

 高い樹冠――スケール感が狂ってる大きさだ。

 まるでプレデターやナヴィでも潜んでいそうな雰囲気だが、今のところエネルギー弾が飛んでくるという事態にはなっていないし、生皮を綺麗に剥がされた死体が吊るされているという現場にも遭遇していない。空に浮かぶ山もなければ、魂の木があるようにも見えない。プレデターは御免だが、後者二つの方には出くわしたい。

 荒廃した未来世界と言えば、ウェイストランドのような赤茶けた大地に灰一色の廃墟群という印象だった。そのおかげ、……おかげというと変だが、そういった先入観があったおかげで、大森林による荒廃はなんだか新鮮だった。

「おっと、止まって静奈。止まって」

「うん?」

「この先開けたエリアになってる」

 外界のフォレストや、フォレストに飲み込まれた廃墟に住まう武装集団『乖賊』は、S.B.S.を所持していることもあるが、小規模の乖賊となるとそうはいかない。あって一、二着のS.B.S.だ。そんな奴らがどうやって傭兵やエニグマを倒すか。

 答えは簡単。トラップを用いるのだ。

 対人地雷。手榴弾をワイヤーで吊った、引っかかったらレバーが吹き飛んで爆発する簡易爆弾。そういった類。

 では殺人トラップはどこに仕掛けられているのか。

 それが、こういう少し開けた広場だ。

 流石につい数日前に大規模討伐作戦が行われた場所にわざわざトラップを仕掛けに来る乖賊がいるとは思えないが、敵はこちらの裏をかいて攻撃を仕掛けてくるものである。あえて後処理担当を嵌めるために罠を仕掛けた、と考え警戒するに越したことはない。

 が、今回に限っては杞憂だったようだ。

 僕と輝夜はこの先安全であることを確認した上で広場に出た。

 僕はプライマリのWLを、輝夜はセカンダリの拳銃を構え、隙なく周囲を警戒する。

「なあ、あれ」

 広場の隅に、なにかがあった。陽光を反射してきらりと輝くなにかが。

 ふくらはぎ辺りまで茂る草のせいで、近づかなくてはなんなのかわからない。ズボンの裾をコンバットブーツに押し込んでいるおかげで、草が足元に滑り込んでくるということはなかったが、鬱陶しいことこの上ない。

「なんだこれ」

 落ちていたのは、金属塊だった。

 金属と思しき破片。赤いものがこびりつく、白濁したなにかの欠片。多分武器。それから、人の残骸。

 頑丈なブーツのつま先でそれらを押しのけると、下から楕円形の金属が出てきた。

認識票ドッグタグね」

 ネックレスのようにチェーンで通されたそれは、僕も所持している物だった。というか傭兵なら誰もが身に着けている。体が木端微塵になってもそれが誰のものだったかを判別するため用いられるアナクロな判断材料。

「大規模討伐の犠牲者ね」

「じゃあこの白いのは……」

「骨。綺麗に喰われちゃってる」

 これが。

 こんなものが。

 二〇六本あるうちの精々十分の一程度しか残されていない、酷く軽いこの白い物質が、かつては意思を持ち動いていたというのだろうか。

「静奈、こっち来て」

 少し離れた場所で、輝夜が別のなにかを発見していた。

 ズボンだ。引き裂かれ破られた血塗れのズボン。近くには虫がたかるブーツがある。

 遺品だ。

 そんな死者の品を輝夜はどうするのかと言えば、手を合わせて供養するでもなく、黙って回収するというわけでもなかった。彼女は、都合のいい現実を都合のいいように見て盲目的に痛みを語る日本人が見ればトチ狂ったように喚き散らすであろう冒涜的な行為に出たのだ。

 なに食わぬ顔でポケットやポーチ類を漁り、使えそうなもの、カネになりそうな貴重品を取り出していく。希少金属が用いられているPDA《携帯情報端末》はもちろん、救急キットの抗生物質や痛み止めなど、同じ規格の四五口径弾も抜き取る。惚れ惚れするような手際だった。

 最後に死者の財布を取り出し、札を抜く。描かれているものこそ見知らぬなにかだが、それはこの世界の通貨だった。新円という呼称がされていて、金銭感覚も同じなおかげで混乱することなく馴染めたが、電子マネー化が進んでいた僕の時代から進歩したものだとは思えない。

 普通に紙で、普通に硬貨なのだ。

 紙幣が一枚に、硬貨が一枚。

 1100新円。

 生前のMLvにもよるがはした金だ。でも一食分くらいは浮くほどの額。

「今、私が死肉を食い漁る悪魔に見えたでしょ」

 輝夜の作業を見ていたら、突然そんなことを言われた。

 当の本人はしゃがんだままで僕を見向きもしていない。

「別に。輝夜がやらなきゃ僕がやってる」

 嘘ではなかった。カネを有効活用してやろうという『優しさ』くらい、僕にもある。

「……あんたってさ、ほんとに戦争とか争い事とかと無縁の時代から来たの?」

「嘘ついてなんになる。証拠なら腐るほど……でもないけど見せたろ」

「まあね。でも肝が据わってるからさ」

「僕は昔からはみ出し者、鼻摘み者だった。性同一性障害、ってのもあるんだろうけどさ、それ以前に仲良くしましょうとか、暴力はだめですとか、そういう口先だけの……薄ら寒い文句が嫌いで、人となじめなかった。この時代の方が居心地がいいんだよな。世界を回すロジックが単純だから」

 死体を検め終わると、再び周囲の探索に戻る。

「僕がいた時代は複雑だった。矛盾だらけでみんな目に見えないルールに雁字搦がんじがらめにされてた。極悪人を殴って歯を吹っ飛ばしただけで善人が刑務所送りになる……この時代じゃ考えられないだろ? だけどそうだったんだよ。僕の時代は、なにかが狂ってて、壊れてた。人も社会も」

「……だからこうなっちゃったのかもね」

 怒りも悲しみも、憎悪も虚無すらも飲み込む大自然を仰ぎ、輝夜が言った。

 世界は耐えられなかったのかもしれない。僕らの感情の波に。

「否定はできないよ。僕が、僕らの時代が世界みらいを狂わせたんだ……」

 僕はそこで、とんでもない仮説を思いつき、自嘲的に笑った。

「……過去人の僕を殺せば、案外こんな悲惨な世界は終わりを迎えるかもしれないね」

 何気なく発した言葉に、輝夜は振り返りざま、きつい視線を寄越した。

「なに馬鹿言ってんの。いいから依頼に集中してよね」

 ごめん、と小声で返し、与えられた仕事に集中する。


     8


 結局、十分以上広場を探索して手に入れられたのは、1700新円と、四五口径弾が十六発、緊急キットの抗生物質、ドッグタグ、PDAが三つだけだった。

 輝夜はまずまずの結果だと納得しているが、僕としてはこういう遺品の相場がわからないので素直に喜べない。

 幸いだったのは、死体が全て原型を留めていなかったことだ。血肉もなく、白く乾いた骨の破片は、吐き気を込み上げさせるほど強烈なものではなかった。

「そろそろ移動した方がいいかな」

 依頼の終了時間は午後五時。今は三時なので、まだ二時間はある。

 サボって時間を潰すだけなら誰でもできるが、ギルドはそういう事が起こらないよう、発見した死者のドッグタグやエニグマの遺体の一部耳や爪などを回収しろと言ってきている。これらの遺品や戦利品の数によって、報酬額が変動するのだ。

 よって時間ぎりぎりまで粘ったほうが稼げる。

 僕はドッグタグを回収すると、遺体をPDAのカメラ機能で無音撮影し、証拠を押さえた。

「作業完了。行こう」

 PDAをズボンのポケットに突っ込んだ瞬間、遠くから風に乗って爆発音が運ばれてくる。梢が震え、下草が波打つ。

 この爆発音がなんであれ、僕は戦いの気配が濃密になったのを感じ取っていた。

 WLの重い撃鉄を起こし、輝夜とアイコンタクトを取る。

 互いの背中を守るように広場で周囲に睨みを利かせた。

「来た! カテゴリーS、『ランダイナス』!」

 木々の合間から飛び出してきたのは、走るワニのような怪物。二体だ。

 見るからに堅そうな深緑色の皮。強靭に発達した後脚に比して萎びたように退化している前脚には、不釣り合いなほど立派な爪が生えている。顔は鋭く前に伸びており、鋸のような歯がびっしりと覗いていた。加えてしなやかな尾の先端は丸くなっており、スパイク付きの鉄球見たくなっている。

 目は、赤い。

 全体として鰐と恐竜を合成したような印象のそいつは人間より少し大きい上背に、三メートルほどの全長を誇っていた。

 狩ゲー序盤によくいるタイプの骨格。しかしゲーム画面越しなら案外小さいんじゃないかと感じられる体躯は、現実で目にすると笑えないほどの巨体っぷり。

「撃って!」

 既に輝夜は四五口径拳銃の弾丸を放っていた。頑強な肉体を誇るエニグマにダメージを与えるべく、弾の火薬量は多い。突き刺さるような銃声が連続していた。

 僕もその後に続く。輝夜によって死にかけている方ではない、ピンピンしているランダイナスに照準し、引き金を絞る。

 ボゴンッ、という銃声と同時に大きな反動。繰り返すが間違っても生身では撃たないようにと自分に言い聞かせる――腕がグロテスクなことになるぞ、と。 

 放たれたWL用大口径マグナム弾はランダイナスの頭部を巻き込みながら背中を貫通、一撃で体の半分を彼方に吹き飛ばした。残った下半分の体は数歩進んで地面に沈む。

 馬鹿みたいな暴力。生物に撃ち込んで改めてWLの破壊力を思い知る。

 体の半分をWL弾に食い荒らされたランダイナスの隣に、四発ほど集弾を集めて頭部を破裂させられたランダイナスが崩れ落ちる。普通はヘッドショットでも数発必要らしいと理解し、僕は胸が躍るのを抑えられなかった。

 この暴力こそ、僕が求めていたものだ。

「静奈、後ろ!」

 輝夜の警告は、必要なかった。

 他ならない彼女の指導のおかげで――なにより同族として――僕は自分の背後に殺意と食欲をぜにした蹂躙欲が膨れ上がるのを敏感に察していた。

 撃鉄を起こしながら即座に振り返り、片手で発砲。

 ランダイナスの鼻っ面に、僕の破壊衝動を凝縮した暴力の塊が炸裂する。

 ――蹂躙するのはお前じゃない。僕だ。

 体の芯を捉えた弾丸は、ランダイナスを木端微塵に吹き散らした。退化した前脚が一本綺麗に残るが、後は骨片となり肉片となり草原に飛散する。

「どんどん来る、武器変えて!」

 どこからともなく表れるエニグマに、三発目のWLをぶち込んだところで指示が飛んだ。

 撃鉄を起こさぬままWLを腰のホルスターに収め、僕は指示通り得物をチェンジする。

 直剣タイプのバスタード。刀身は黒く、高い樹冠の合間から零れる僅かな光でさえ吸い込もうとする。

 ガァァ、と涎を滴らせながら目の前で威嚇するランダイナスに、僕は容赦なく切りかかる。

 八相の構えからの袈裟懸け切り。斜めに振り下ろされる斬撃が、間抜けに唸り続けるランダイナスの頭部を断ち割り、血を噴き出させる。

「よし……」

 バスタードなら頭部に一撃与えるだけで殺せる。

 僕は力を失って倒れるランダイナスの屍の向こうから跳びかかってきた個体を半身になってやり過ごし、着地ざまに脚を狙ってバスタードを薙ぐ。

 抵抗なく切り裂ける、と思っていただけに、僕はバスタードを思うように振り抜けなくて舌を打っていた。

 脚は堅い。分厚いゴム板を刃を潰した剣で叩いているような感触だ。S.B.S.で強化された身体能力を持ってそう感じるのだから、相当な硬さだろう。

 だがしかしよくよく考えれば鎧のような皮に覆われた巨体を支え、あまつさえ高速で跳躍させる筋力があるのだから、頑丈に決まっているのだ。

 ゴァアッ、と鬱陶しげに振り向くランダイナスが、勢いに乗せて尾を振るう。

 僕はゲームの中の戦士がそうするように、大剣と表現しても差し支えないバスタードの腹を盾にして鞭のようにしなる尾の、その先の棘鉄球モーニングスターの一撃を防いだ。

 WLの射撃とは比べ物にならない反動が両手で弾け、掌がびりびり痺れた。

 たまらない。

 これが暴力。

 命を懸けて行う本当の戦い。勝てば得る。負ければ失う。シンプルなサバイバル。

「――ッ」

 尾を振り抜き隙を見せるランダイナスに、僕はバスタードを突き込む。無意識に漏れた吐息は切っ先の如く鋭く研ぎ澄まされた。

 開け放たれた口の中に両刃のバスタードが刺し込まれ、喉を抉る。そのまま真下に振り下ろして下顎を両断。

 ランダイナスは忌々しげに喉を鳴らすが、生憎と喉はさばかれている。音を立てるのは溢れる血のみ。ごぼごぼと耳障りな悲鳴が振り撒かれる。

 とどめだ。

 僕は振り下ろしたバスタードを構え直し、脳天を斬り上げる。後方へ吹っ飛んだランダイナスは二、三度痙攣した後完全に命を失った。

 次はどいつだ。

 バスタードを正眼に構えて、僕は周囲に耳を向け、視線を走らせ、それから臭いを嗅ぎ取る。

「終わったみたいね」

 僕から少し距離を置いた場所で槍を振るっていた輝夜が戦闘終了を告げた。最大で三メートルになるブリューナクは一・五メートル程度の振り回すのに適切な大きさを維持している。

 汗一つ見せない彼女のもとには、六体のランダイナスが折り重なっていた。僕が二体を斬り伏せる間に、彼女はその三倍の数を仕留めていたらしい。

「さ、爪を回収して証拠写真撮ったら移動しましょ」

「わかった……けどなんで爪なんだ。牙の方がかさばらないだろ」

「牙だと一体の遺体から何体分もちょろまかせちゃうでしょ。だからこういうエニグマから回収する部位は、個体の特徴となっている限られたものなの」

 ランダイナスの場合は、前脚の爪らしい。左右でそれぞれわかりやすい特徴があるので、一体から二本回収して「二体分です」という嘘が通じない。

「依頼によっては牙を集めろとか皮剥いでこいとかあるし、そうでなくても回収していけば売って換金できる……けど荷物がかさばるなんていやでしょ」

「まあね」

 解体用の小型ナイフをマチェットの隣に括り付けられている鞘から抜き、ランダイナスの爪を回収する。湾曲はしているが大体の目算で十五センチはある。

 バスタードで倒した個体、WLで倒した個体、計五体分の爪五本を腰に吊った大型ポーチに収納した。当然証拠の撮影も怠らない。

「終わった。行こう」

 広場を出て行軍を再開すると、フォレストが騒がしいことに気付く。

「うん……? まだいるの?」

 マチェットを振るって枝を切り落としていると、輝夜が気になることを口にした。

「ランダイナスが?」

「多分ね……でも多すぎる」

 耳をすませば、確かについさっき聞いたランダイナスの咆哮、銃声のような破裂音が散発的に聞こえてくる。

「元々どこかにいたランダイナスが流れてきたとか、からじゃないか」

「どうだろ……住処を捨ててここまでの大移動をするとは思えないけど」

「住処を捨てざるを得なかったとしたら?」

「最悪ね、それ」

 だんだん腕が疲れてくるが、悲鳴を上げるほどではないので黙って続ける。

「なんで最悪なんだ」

「住処を捨てざるを得ないってことは、大きな群れを追い出させるほどのエニグマが現れたかもってことじゃない」

「カテゴリーLとか?」

「そ、だから最悪なの。こんな短いスパンでカテゴリーLに来られるとね……っと、通信ね」

 誰からだろ、と言いながら輝夜はPDAを取り出して通話ボタンを押す。

『おいアルテミス! 聞こえるか?』

「怒鳴らなくても聞こえるわよ。なに」

 もの凄い大音声だ。僕の耳にまで聞こえてくる。輝夜はあまりのうるささに顔をしかめていた。

『エニグマの群れを追い詰めて一網打尽にすんだよ! バスがある広場わかるだろ。あそこで殲滅すんだ。手を貸せ!』

「ま、いいけど」

 PDAを切り、輝夜はため息を一つだけ漏らす。

「どう考えても罠臭い」

「同感」

 僕は頷きつつ、WLのシリンダーを振り出して再装填を行っておく。

「あーあ。あの馬鹿がいれば狙撃できたのに」

「馬鹿?」

「言ってなかったっけ。もう一人のアルテミスよ。今別のメガロポリスに行ってるんだけど」

「全然。聞かされてない」

 さり気ないカミングアウトだったが、これと言って驚きはしない。なんせ彼女は僕が傭兵になる前から自分のことをソロだとは言わず、『私立傭兵部隊』と呼称していたからだ。となれば当然誰かしらのメンバーがまだいるだろうと想像できる。

 輝夜は特に悪びれる様子もなく「そうだっけ」と首を傾げる。

 とりあえず、僕は対処法を考える。

 エニグマを一網打尽にすると言っておきながら、その実広場では駆けつけた傭兵を暗殺しようと画策しているかもしれないのだ。

「手前まで行って様子見が無難じゃないか」

「ま、そうね。連中の中にスナイパーはいないし……警戒はするに越したことはないけど、トラップに気をつけて進軍かな」

 怪しさが漂う誘いにあえて乗るという判断を下し、僕らはバスの広場――四ヶ月前、僕が日本から飛ばされてきた場所――に向かう。



 木々の合間が広い。バスタードを振り回せる程度には間隔があり、おまけに地面の起伏もそれほどでもない。車でも通れるんじゃないかという、これまでに比べれば圧倒的に優しい道だ。

「ここを直進すれば合流地点の広場だけど……」

 輝夜が言い淀む。まっすぐ進むのは危険だという意味だ。

 僕は周りを観察し、都合よく低木が群れている場所を見つける。

 植物学者が悲鳴を上げそうなくらいに無茶苦茶でまとまりなく様々な植物が生い茂っている。針葉樹のような大木の幹から、ミカンの生る木が顔を出していたりする、それがこのフォレストの特徴だった。こんなものを見せられれば確かに『世界を破滅させた』とすら思ってしまう。その内食肉植物が現れても不思議ではない気がする。

「あそこに隠れよう」

 僕が藪を指さすと、輝夜は黙って頷いた。

 極力足音を殺して移動し、身を伏せて隠れる。

「あのバスを巣に使ってるわけね」

 隣で囁く輝夜の発言を裏付けるように、狼のエニグマに大穴を穿たれたバスからランダイナスが現れる。

 巣とは言うが、しかしあの様子ではランダイナスが一体しか入れない。

「巣にしちゃ小さすぎるだろ」

「ほら、これ」

 僕は輝夜から電子でんし単眼鏡たんがんきょうを受け取って、より詳しく様子を見る。

 そうしてようやく、僕はああ、と思った。

 大穴の向こう、バスの中には干し草か藁かと見紛うものが敷き詰められており、その上に白い楕円形の塊が幾つか並んでいる。灰色の粘液が、バスの中と言わず外と言わずを侵食している。

 卵だ。ランダイナスの卵が、気色の悪い粘液に包まれた状態で、あそこにある。

「たった数日であんなにやんのか」

「すごい繁殖力でしょ」

「ギルドに依頼が尽きないわけだ」

 電子単眼鏡を返し、僕は笑いながら言った。

 さて、あのエイリアンに犯されたような巣をどう壊すか。

 一応、破砕手榴弾フラグを二つほど持っているので、バスの中にひとつでも投げ込めば一件落着だ。だが厄介なことに別の傭兵がなにかを企んでいる。

 色々と作戦を考えていると、森の一角から地響きと共にランダイナスの群れが現れる。

 結構な数だ。二十は下らない。三、四十ほどはいるだろう。

 その周りから、計五人の傭兵が現れた。短機関銃サブマシンガンを二挺持ちしたソルジャー、全長二メートル近いヘビーバレル・ガトリングガンを持ったガンナー、ブーストソード使いのウォリアーが二人。さらに多連装ロケットランチャーを持った奴までいる。残念ながら魔術とやらを使うソーサラーはいなかった。

「軍隊並みの体裁だな」

「最低でもMLvⅢ。最高でMLvⅤだって。すっごいじゃん」

「MLvⅦが言うなよ……」

 輝夜は僕が訓練を行っている四ヶ月の間に、MLvⅥからベテランと呼ばれるⅦに昇格していた。MLvⅣやⅥあたりで頭打ちを迎えるものが傭兵の大半を占める中、輝夜は周りが陥る限界など意に介さず躍進を続けていたのだ。

「いくらⅦって言ったって多勢に無勢じゃあねぇ……上手い事エニグマと同士討ちになってくれないかな」

「ならないな。減って一人」

「一人も減らないんじゃない?」

 戦闘の趨勢すうせいを眺めながら、この後どうするかを思案する。もうあの五人を殺すという方向性で話がまとまっていた。

「……動かないでください」

 誰を殺る、どうする、プランは。

 そんな小さな会話に割り込んできたのは、降伏を促す可愛らしい声音の勧告と、ガンメタルの筒先。

 ゆっくり首だけ動かして背後を見ると、赤と黒のグラデ髪をボブカットにしたあの狼少女がいた。歳の頃は瑠美の少し上くらいか、十三、四ほど。異様なのは得物だった。

 機械仕掛けの大剣だいけん。水平に二連装になったバレルを持つ軽機関銃に、縦に分割した片刃の直剣型バスタードを組み合わせたような武器だ。複合武器とでもいうべきか、一種異様で複雑なものだった。

「それはこっちのセリフよ、おチビちゃん」

 輝夜が一切振り向かずに、小声で脅しつけた。そっと押し出された拳銃が、少女の喉を睨んでいる。

 言うまでもないが、僕のWLは少女の腹部を圧迫していた。

「……二対一」

「わかったら下ろしなさい。あんたに勝ち目はない」

 冷たい最後通告に、少女は大人しく従った。

 僕は油断なく少女を狙ったまま口を開く。

「このまま引き下がれば見逃してやる」

「……それは無理な相談です。あの無法者の財布に興味があるのは私もですから」

 静かに撃鉄を起こす。

「……私は心音が消えたら自動的に爆発するプラスチック爆弾を抱えてます。あなたも吹き飛びますよ」

「爆弾ごとすっ飛ばす」

「……………………」

 僕の語気に本気の意思が宿っていることを理解したのか、少女は舌打ちせんばかりにお手上げというような顔になる。

「待って、おチビちゃん」

 去ろうとする少女を輝夜が呼び止める。

「協力してくれるなら、あんたにも分け前をあげるわよ」

「……なにをさせるつもりですか」

 少女を伏せさせ、輝夜は『なに』をするのかを顎でしゃくって示す。

「……五対三。ウォリアー二人にソルジャー一人でやるつもりですか」

 口ぶりから察するにこの狼少女はウォリアーらしい。

「あんたは一人でやるつもりだったでしょ。それよりはマシじゃない?」

 会話の最中、突然広場から悲鳴が上がる。

「輝夜、あれはなんだ」

 僕は眼前で繰り広げられていた光景に息を飲んだ。

 虫が、

「あれは、……っ、あれはなんの冗談だ」


 巨大な虫が、ランダイナスを、――人間を食っている。


 どこから現れたのかはわからないが、マラカイトグリーンの体色を持つ甲虫が一匹、暴れ回っていた。全長七、八メートルほど。恐らくカテゴリーM。

 甲虫が触角を伸ばしてランダイナスを巻き取り口腔へ運ぶと、耳を塞ぎたくなるような音を立てて咀嚼。気持ちよさげに嚥下する甲虫に、傭兵の一人が奇声を上げながら射撃を繰り出す。短機関銃を二挺持ちした奴だ。

 あの錯乱ぶりからMLvⅢの傭兵だろうと僕は判断した。訓練をまともに受けていないような手合いだろう。

 MLvⅠ、Ⅱが相手をするのは基本的に賞金首の掛かっていない小物乖族か、カテゴリーSのエニグマ。MLvⅢの中堅クラスからMLvⅣあたりでカテゴリーMを相手にするようになる。人によって戦う相手に個人差はあるものの、平均するとこんな感じだ。

 だから、あの男はカテゴリーMと初めて戦うMLvⅢだ。輝夜や瑠佳から質のいい授業を受けたので、冷静に分析できる。

 マラカイトグリーンの甲虫には――案の定というか――サブマシンガン程度の攻撃が通じないようだ。火花がいくつか散るだけで、どれも致命傷には程遠い。

「クソ、クソぉおおおおお!」

 甲虫が一瞬で距離を詰める。邪魔だとばかりに振るった触角の一撃で、男の体は真っ二つに分かたれた。吹き飛んだ上半身が草原を擦って血の道を引っ張る。取り残された下半身はしばらく直立不動だったが、甲虫が跳躍するとその振動で倒れた。

「カテゴリーMの『ウィッピングビートル』までいるなんてね……どうなってるんだか」

 折り畳んでいた翅まで使った跳躍は、一度で多連装ロケットランチャーを持っていた女性の目の前までの肉薄を可能にしていた。三対の肢で草地を踏みしめるビートルは、目の前の女性をどう思っているのか。炯々と輝く赤い瞳を向けてはいるが、大きな脅威としては認識していないようだ。

 なのでその倒し方、というよりあしらい方は、あっさりとしたものだった。

 女がロケットランチャーの引き金を引く寸前、さらりと振るった触角で腕を千切り飛ばし、たたらを踏んだところを頭からばっくり捕食。悲鳴を上げさせない慣れた食べ方だと思った。

 残ったのはロケットランチャーを持ったままの腕と、くるぶしから下の足のみ。

 ギィギィ、と錆びた金属を擦り合わせたような奇怪な声を出すビートルは口から真っ赤な血を滴らせながら、残る三人に向かって飛び掛かっていく。

 ブーストソード二人にヘビーバレル・ガトリングガン一人。応戦し始めているが、完全に浮足立っていた。戦線を立て直すことも維持することもできまい。

「どうすんだあれ」

 戦慄を禁じ得ない。

 是非とも撤退命令をと思う僕だったが、輝夜も少女も逃げようという事は言わなかった。

 なぜなら。

「多分もう見つかってるんじゃないかな」

 例の怪物は、三人まで減った傭兵と戦いながら、僕らを見つめていた。


     9


 ブーストソードが最高速・最高威力に導かれる寸前に弾き飛ばされ、剣を構えていたウォリアーの男が無防備を曝した。

 どうなるかはわかったが、僕は目を離さずに最後を見届ける。

「がぁ、っ」

 ビートルの触角が男の左胸を貫いた。ぶぷぅ、と口から血が吹き出し、力なく崩れ落ちた。

 残るはヘビーバレルの誤射で足を吹き飛ばされたブーストソード使いと、仲間への誤射が原因で腰を抜かすガンナー。

「頃合いね」

 輝夜が行動開始の命令を出す。

 立てられたプランを思い出しながら、僕は広場には出ずその周囲を移動。

 これから行う機動はとても簡単なものだ。生き残った傭兵を餌に僕はロケットランチャーを回収しに行き、輝夜と少女とでビートルを攻撃、引きつける最良のポイントに回る。

 間違っても死にかけの傭兵どもを助けようとはしない。こちらが無駄に傷を負うからだというのもあるが、助けたところでメリットがない。

 歩行困難な悪路を踏みしめるうちにも、戦局は増水した川の如き勢いで推移していく。

 歩けないブーストソード使いも、腰を抜かすガンナーも、驚くくらい使えなかった。

 フラグくらい持っているだろうから、せめて自爆でもして一矢報いてくれればいいのだが、なんの抵抗も見せずあっさり死んでいく。

「使えないクズばっかだな」

 ポイントに到着し、僕は手持ち無沙汰も手伝って制服ロングコートの左の胸ポケットからスキットルを取り出して一口呷る。穀物から作られた蒸留酒、ウイスキーだ。領都メガロポリス外の街の酒造所で作られるこれは、安値で手に入りやすく傭兵に好まれることから、戦場の呼び声ウォークライという愛称がついている。数十年ほど前にこのウォークライが正式名称になったらしい。

 この時代では未成年という基準点が酷く低いせいか、普通に酒を飲んでもなんとも言われない。

 作戦開始の合図は輝夜と赤ずきんの攻撃。僕はそれを待つ。

 銃声。

 ガンナーの遺体を食い漁るビートルの頭が、いきなり大きく揺れた。

 赤ずきんによる攻撃だ。複合武器の銃の部分を用いた射撃だろう。それがビートルの食事を強制的に終わらせる。

 作戦開始の合図だったが、まず僕が思ったのは銃弾では歯が立たないのかよ、という文句だった。

 WL弾でも貫徹できるかどうかという外骨格の堅さに、少し笑いがこみあげてくる。

 最も恐ろしいのは、あれでまだカテゴリーM、中型だということ。

 あの上にまだカテゴリーLがいるのだと思うと、ぞっとすると同時に、ぞくぞくと興奮してしまう。

 いずれはそんな怪物をも殺すのだという夢物語染みた妄想をするだけで、殺人衝動、破壊衝動が胸の内側を激しく擦る。

 ビートルに対する決定打になりうる武器、ロケットランチャーを求めて広場に足を踏み出す僕を、バスの中からランダイナスの生き残りが観察していた。

 お前は、私の子供まで殺すのか。主人や、友だけでなく、子供まで。

 そんな風に問われている気がした。

 僕はバスタードを構え、答える。わざわざ声に出して。

「殺す。だが安心しろ、一思いに決める」

 ランダイナスが吠える。させるか。そんなこと、させるか。

 僕からロケットランチャーまでの距離は十メートル弱。バスからロケットランチャーまでは三十メートル。だがランダイナスの方が速いに決まっている。つまり、途中で確実にぶつかる。

 バスタードを八相に構えたまま走る。ランダイナスがそんな僕を止めようと必死の突撃を開始。

 彼我の距離があっという間に五メートルを切る。

 捨て身で飛び掛かってくるランダイナスの腹の下を、僕は姿勢を低くして潜り抜けた。切っ先がわずかに腹の皮を割いた。

 ダメージには程遠い一閃だ。僕は踵を返して背を見せるランダイナスに向き直り、とどめの一太刀を浴びせる。

 逆袈裟懸け斬り。それが、運悪くこちらに振り向いたランダイナスの頭を叩き割った。どう、と崩れ落ちるワニと恐竜のハイブリッドのような怪物から視線を外すと、僕は本来の目的であったロケットランチャーを回収する。

 グリップを握ったままの女の手を取り外し、構えた。

 黒色と金色で塗装されたブリューナクでとてつもない手数の突きを放つ輝夜が、ビートルの足回りを崩しにかかる。触角が鞭のように振るわれ周囲の人間を切り裂こうとすれば、絶妙のタイミングで赤ずきんの援護射撃がそれを牽制。互角の立ち回りだ。問題点を上げるとすれば誰も彼も動きが速すぎて、ロケット弾を撃ち込むタイミングがないという事か。

 何度かもう撃っちまうぞ、となる場面があったが、その都度ぐっと堪えた。このロケット弾は一歩間違えれば味方の体をも吹き飛ばしかねないのだ。敵に当たればいいが、装弾数は四。全て外してしまったらもう後がない。

「撃って! 静奈!」

 チャンスが来た。輝夜が放った超高速の突きがビートルの前肢を一本吹き飛ばしたのだ。その瞬間ビートルは姿勢を制御できなくなり、その場に傾くようにして動きを止める。

 輝夜も少女も距離を置いている。問題ない。撃てる。

 僕は多連装ロケットランチャーの引き金を押し込んだ。

 そして次の瞬間、僕は自分の考えがおかしかったことに気付く。

 ロケット弾が、四つの砲身全てから発射された。

 え、と僕は間抜けな声を漏らす。

 てっきり引き金を引くごとに一発ずつ放たれるものだとばかり思っていた。

 一瞬後、予想だにしない事態の結末が訪れる。

 ロケット弾四発分の炸裂音と衝撃波が、爆心のビートルから全方位に向かって広がった。

 なんとかその場に踏ん張って耐えるが、あまりの熱波と光量に目を開けられない。

「なんだよこの謎仕様は……」

 この時代ではごくごく一般的な仕様なのかもしれないが、僕は文句を言わずにはいられなかった。

「静奈、私を殺す気なの?」

 爆炎が風に吹き散らされると、その向こうから聞きなれた声で、聞きなれた調子の軽口が飛んでくる。

「……いい迷惑です」

 それに追従するかのように幼い声。赤ずきんのそれだ。

 僕は用済みになったランチャー本体を投げ捨てると、ロケット弾が直撃したビートルに近づく。

 完全に死んでいた。

 胴体の半分が吹き飛び露出した中身を焼き尽くされ、それでもまだ生きていますと断言するような頭のおかしい人間基準で言えば、立派に生きているという状態なのだろうが、生憎この場にそういう変人はいないので、満場一致でビートルは死亡だと認識できた。

 あとは証拠写真を収め、戦利品と遺品を回収するだけだ。


     ◆


 依頼を完了してクレイドル東区のギルドに戻る頃には、太陽は完全に沈み切り、夜を迎えていた。

「初陣でカテゴリーMと遭遇か。災難だったな」

 パルテノン神殿風の建造物であるギルドは、質素な外観とは不釣り合いなほど豪奢なシャンデリアを天井から吊り下げている。よって、僕がいる受付を含む全ての空間から闇が切り払われ、煌々とした光に包まれていた。

 一夜にどれほどの電気代を食うのか、少々気になるところである。

「こんなハプニングがあったわけだから、報酬金に多少の色は付けてもらえるんでしょうね」

「まあな。遺品、戦利品買い取り額プラス少々ってとこだが」

 受付の向こうで馴染みの男、M字に前髪が後退しているジョエルが、頬を掻きながら「おい」と別の職員に声をかけている。

「こいつが基本報酬」

 ジョエルが15000新円ずつ、合計30000新円を差し出してくる。

 あれだけやって一人15000新円か、と思ってしまったがもともとはエニグマとの戦闘が目的ではなかったし、数時間ばかり辺りを探索していればよかったのだ。そう考えると、破格――とまではいかなくても高収入の内に入るのだろうか。

「んで、これが遺品、戦利品の買い取り価格」

 戦利品とは言うが、実際は討伐報酬だ。

 死者のドッグタグとランダイナス十数体討伐に対する報酬はといえば、一人7000新円。多いんだか少ないんだか。

「最後にカテゴリーM乱入の報酬がこいつ」

 ビートルの首の値段。一人5000新円。

 合計、一人27000新円の報酬。

 エニグマの討伐報酬はそのときそのときで変動すると言うので、これくらいが妥当なところなのだろうか。

 気になって輝夜の方を見ると、特にこれと言って文句はないようで、素直に報酬を受け取っていた。

 僕も彼女に倣って報酬金を自分の財布にしまう。どうでもいいがこの財布は時代トリップ前から愛用していた、ファスナー式の長財布である。中学時代の、仲の良かった同級生が誕生日プレゼントに送ってくれたものだ。高校に入ってからは僕が一方的にぐれてしまったのもあり、ほとんど交流がない。

 しかし27000新円全額を財布に入れることはできない。というのも僕は彼女に莫大な借金がある。治療費、傭兵登録費、教育費、S.B.S.製作費など。一部はギルドから補償金が下りるが、それでも数十万新円の借金がある。

 よって事前の約束通り報酬の二十パーセント、5400新円が輝夜に天引きされた。

 手元に残ったのは21600新円。

 僕としては充分だった。カネ稼ぎが本命ではないので、天引きも痒いくらいにしか感じない。

「はっはは、その歳で尻に敷かれたのか、お前」

 天引きの現場を見ていたジョエルが笑い出す。

「うるさいな。受けた恩を返すってだけだろ」

「怒るな怒るな。これでお前もMLvⅡになるんだから」

 言いながら、後がつかえそうだったので受付を後にする。輝夜は僕らの後ろにいた赤ずきんに小さく手を振ってから列を離れた。

 ギルド内部の長机では、外の屋台で買ってきた食べ物や依頼での出来事を肴に、非常に多くの傭兵が酒盛りをしている。

 依頼受注、結果報告に訪れるだけの僕にしてみれば、なにもしないで席を占拠し、大声を上げ酒を飲むだけのあいつらはいい迷惑でしかない。

 喧しいギルドから外に出ると、涼しげな夜風が出迎えてくれた。

 夜道というには少々明るい、ネオンや街灯だらけの中を、輝夜と二人で横に並んで歩く。一度事務所に戻ってピックアップと装備を置いてきているので、僕と彼女は拳銃しか所持していない。身軽なものだ。

「はぁ、やっと寝れる」

 輝夜が大きく伸びをする。たわわに実った乳房がトレンチコートを張り裂けんばかりに突っ張らせた。相変わらずもの凄い乳だ。ここまで来ると同性の女性自身もライバル心を燃やせやしない。形といい大きさといい圧倒的すぎる。男目線から言わせてもらうと胸だけが大きくても微妙なところだが。

「なに。また胸見てる」

「ああいや、この報酬額ってさ、初陣にしては多い方なのかなって」

「んー……Dランクの依頼にしてはまずまずじゃないかな」

 Dランクなら、という事はやはり別ランクではこの程度の報酬ははした金という感覚なのかもしれない。

 僕ら傭兵にレベルがあるように、依頼にもランクがある。

 Dランク、Cランク、Bランク、Aランク、Sランク。

   MLvⅠ~ⅣがDランク

   MLvⅢ~ⅤがCランク

   MLvⅣ~ⅦがBランク

   MLvⅧ以上がAランク

   MLvⅩ認定でSランク

 五つのランクにはそれぞれ推奨MLvが設けられてはいるが、中にはMLvⅥでAランク依頼に出る者もいるし、成功させてしまうことだってある。もっとも推奨MLvとの差がありすぎたり、実績も実力もなければそんな無茶は許されない。

 先ほどジョエルが口走った基本報酬額というのは、ランクごとに割り当てられた報酬金のことだ。当然同ランクであっても多少ばらつきはあるが、ひとつランクが上がればこの基本報酬額は大きく動く。

 Dランクでは、よくて30000新円程度が基本報酬額の限界点だと、輝夜はそう言った。

 Aランクともなれば基本報酬額は数百万新円が当たり前だと言うが、依頼そのものの難度はどれほどなのだろうか。

「輝夜、帰りにコンビニに寄ってかないか」

 ついこの前までは生徒手帳が入っていた胸ポケットから空っぽの金属容器スキットルを取り出して指で小突く。響くのは寂しい空洞音。

「なんか買ってくれんの?」

「節度があればな」

 二人で近場のコンビニに入ると、僕は勝手知ったる過去時代の大手コンビニチェーン店のようにカゴを取ってすいすい進んでいく。

 ウォークライ・ウイスキー、サングリア・コーラを手に取る。サングリアと言えば赤ワインにシナモン、果物を混ぜてソーダで割ったカクテルの名称なのだが、この世界ではコーラの名称ブランドになっている。

 コークハイ用のドリンクとアーモンドを揃えると、輝夜が小脇に酎ハイを挟み、スイーツ系を両手に戻ってくる。お酒にスイーツの組み合わせはどうなんだ。

 カゴはいらなかったなと思いながらレジを通し、ビニール袋をぶら下げながら帰路につく。

 事務所に到着すると、輝夜が早速シャワールームに直行。

 夕食をギルド支給のクソ不味いレーションで済ませてしまったので、変な時間というのもあって晩御飯は作らない。

 僕は輝夜の分の酎ハイとスイーツを冷蔵庫に入れると、二階の居住区に移動。

 階段を上がり切ると、目の前にトイレ、右手に物置と化した空き部屋にもう一人のアルテミスの私室。左手に輝夜の部屋と僕の部屋がある。

 私室に入ると、地味な内装に出迎えられる。

 リサイクルショップで購入したソファベッド、その目の前に置かれた背の低いガラステーブル、中古の液晶テレビ、クローゼットに本棚、スチールの作業机。

 全部が全部貰い物や中古だが、意外と問題なく使えている。

 袋からウォークライの瓶とサングリアのペットボトルを取り出してガラステーブルに置くと、テレビを点けた。

 小惑星激突後の荒廃したウェイストランドを描く『RAGE』というゲームでは、作中の世界の中で挑戦者が命を懸けてミュータントを狩るミュータント・バッシュ・TVが人気を博しているのだが、ウェイストランドのように人の命が安いこの世界では、やはりというか似たようなテレビ番組が存在している。

 ハードディスクに録画したそのテレビ番組を再生した。

 アメリカの番組のようなオープニングを挟み、画面は早速フォレストに変わる。

 装甲車のカメラ、傭兵の頭に取り付けられた目線カメラ、それらを編集したものだろう。

 この『マークス・FPS』という番組は、傭兵が依頼を遂行する様を放映するだけの――本当にそれだけの番組だ。

 とはいえ放送局も工夫はしている。傭兵が分相応の依頼を受けてそれをこなすだけではなにも面白くない。なので、MLvの低い傭兵が一攫千金を目指すという構成でVTRが作られる。

 MLvⅡ、Ⅲの傭兵が、Bランク相当の困難な依頼をこなす。

 それがこの番組だった。大抵は死んで終わり。たまに番組スタッフも死んで、残された撮影データの回収が依頼掲示板に乗ることもある。なまじ遠い場所にまで行くせいで、回収依頼はランクC、Bだったりする。

 女性ウォリアー二人、男性ソルジャー一人、男性ガンナー一人。

 四人の自己紹介が終わると、まさにFPSといった具合の目線カメラ映像が画面を埋め尽くす。

 そこで、下の階から輝夜の「シャワー空いたー」という声が響いてきた。

 僕はテレビを一旦切り、下に降りる。

「あれ、私のお酒とかどこ」

「冷蔵庫」

 バスタオル一枚でうろつく無防備な輝夜に、僕はそっけなく答える。

 狐のように目を細めながら欠伸をしている彼女を見ていると、その魅力に引っ張られてしまう。

 香水を振りかけているわけでもなければ、安っぽいフレグランスで偽りのフェロモンを纏っているわけでもない。でも、だからこそ鼻腔をくすぐる女そのものの甘い香りに、危うい感情を抱いてしまう。洗い流された汗の残り香と、柑橘系のシャンプーの香りとが生み出す匂いは、一種のドラッグで、強烈な媚薬だ。

「まーたおっぱい見てる」

「見ちゃいない。そんなスイカみたいなもん」

「ふうん……」

 自分で自分の乳をゆさゆさ震わせながら挑発してくる輝夜を無視して、僕は脱衣所に入った。

 まずは初陣を終えた。その安心感が妙な脱力感を誘う。無気力な、嫌なものではない。達成感からくる一時的な安らぎだ。

 過去の時代ではついぞ叶わなかった生の充足が、僕の胸を満たす。

 シャワーを浴びながら考えるのは、そんなことだった。滅ぶことが確定している過去世界に対する未練など、まるでなかった。

「静奈」

 輝夜が勝手に入ってくる。

 鍵をかけなかった僕も僕なのだが、ノックくらいしろよと思う。

「なんだ」

 平静を装うが気が気ではなかった。僕はで、異性・・には興奮してしまう年頃なのだ。はっきり言えばまさにその興奮した状態だった。いくら彼女が僕のタイプではない釣り合いが取れないほど胸だけが大きい少女だとしても、その要素が興奮を呼び起こすのは事実だ。

「うん……別に、背中を流してあげようかなって」

「湯船もないのに」

「うるっさいなあ。やってあげるって言ってるでしょ」

 シャワーを無理矢理奪われた。

「余計なところまで触るな」

「いいじゃんべつに」

 まったく、と僕はぼやく。

「酒でも入ってるのか?」

 鏡越しに見る輝夜の眼はとろんとしていて、犯ることしか考えていない人間が見たら真っ先に股間を膨らませそうな表情だった。

 だが、その肢体は人の興奮をあっという間に冷ましかねない有様をしている。

 大小さまざまな傷が走り、火傷痕がその上から覆いかぶさっているのだ。治療の術がなくて焼いて塞いだ。そんな体だ。

 一番酷いのは下腹部だ。下の毛と子宮が収まっている辺りが焼かれている。拷問か、さもなくば変態の遊び道具かにされなくてはああはならない。

「あぁ……これね」

 輝夜が僕の視線に気がついたらしい。鏡越しに目が合い、僕はどう反応したらいいのかわからなくなる。

「アルコールを浸した布を詰め込まれてさ、火踊りさせられたんだよね」

 あまりにも軽々と放り出されたのは、人間の脳の許容量を遥かに超える超弩級の爆弾だ。

「乖賊に捕まって、遊ばれて」

 輝夜の顎が僕の肩に乗せられた。柔らかい脂肪の塊が僕の背中で潰される。解かれた金の髪が、首にまとわりついてきたことに僕は気づかなかった。

「過去人の僕を殺せばどうにかなる、ってあんたは言ってたけど」

 金の髪は、神経だ。僕に心を伝えるための、あるいは心に流れる激情を理解させるための触手だ。

「もう手遅れ」

 氷柱のように冷たく鋭く突き刺さるその言葉は、過去ぶつけられてきたどんな罵詈雑言よりも重く、つらいものだった。

 過去、浅はかに生きていた僕への罰なのだろうか。

 輝夜の体が重くのしかかる。彼女の手からシャワーが落下し、がつん、と大きな音が響き渡る。

「……輝夜?」

 反応がない。静かな息が続くだけだ。

 体を支えて頬を軽くはたいてみるが、無反応。どうやら眠ってしまったようだ。

 言うだけ言って寝やがって、と文句の一つもぶつけてやりたくなったが、ぶつけるべき当人に眠られてしまってはどうにもならなかった。

 もう手遅れ、か。

 僕はその言葉を素直に呑み込めなかった。

 何度も何度も咀嚼して、理解に努めようとしたが、無理だった。

「…………おやすみなさい」

 いつかの彼女のように口にしたその台詞は、酷く頼りなく揺らいでいた。

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ミライセカイのニルヴァーナ 雅彩ラヰカ @RaikaRRRR89

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