「アルプス一万尺」の舞台は北アルプス 「子ヤギ」ではなく「小槍」は実在の山 なんと29番まで歌詞が存在

小槍(左)と槍ケ岳

 「アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りを さあ踊りましょ ランラララララララ…」

 言わずと知れた「アルプス一万尺」だ。子ども時代、歌いながら手遊びをした人も多いのではないか。先日、自宅で長女(6)と長男(3)が童謡や遊び歌が収録されたDVDを見ていたので、久しぶりにこの曲を聴いた。

 「お花畑で昼寝をすれば 蝶々が飛んできてキスをする」「一万尺にテントを張れば 星のランプに手が届く」…。

 「意外と長いな」と思いながら聞いていると、初めて耳にした歌詞に「えっ」と声が出た。

 「槍や穂高はかくれて見えぬ 見えぬあたりが槍穂高」

 槍、穂高と言えば間違いなく北アルプス・槍ケ岳、穂高連峰ではないか。てっきり欧州のアルプスが舞台の歌だと思っていたが、まさか日本アルプスだったとは。

 その後も歌は続く。「ザイルかついで穂高の山へ」「名残つきない大正池」など、歌い手は明らかに北アに登っている。

 地元・長野県の北アが舞台になっていた驚きと、この曲はいったい何番まであるんだという疑問が浮かび、もう少し調べてみることにした。

■小やり?子ヤギ?

 「アルプス一万尺」は、米・独立戦争(1775~83年)時代に流行したフォークソング「ヤンキー・ドゥードゥル」が原曲。大正末期から昭和初期ごろ、日本語の歌詞が付いて「アルプス一万尺」となったとみられる。作詞者は不明だ。

 登山愛好家が外国の民謡などに山にまつわる歌詞を当てはめた「雪山賛歌」といった「山の歌」があるので、「アルプス一万尺」も同じように作られたようだ。

 1番の歌詞に登場する「小槍」は、北アルプス・槍ケ岳(3180メートル)の山頂から100メートルほど下った所にある岩峰。一万尺は約3030メートルなので、小槍の標高と近い。

 子どもの頃、小さなやりの上で踊らされる姿を想像して実は怖い歌なんじゃないかと思った記憶がある。小槍を「子ヤギ」と勘違いしていたという人も。山の名称と知らないまま歌っている人は多いのだろう。

■山と歌のロマン

 信濃毎日新聞デジタルの連載「山と人と信州と」を担当する藤森秀彦編集委員に聞いてみると、「アルプス一万尺」は昔からの登山愛好家たちの間では定番の「山の歌」だという。

 思えば歌詞もロマンチックな内容が散見される。「蝶々でさえも二匹でいるのに なぜに僕だけ一人ぽち」「山のこだまは帰ってくるけど 僕のラブレター返ってこない」「山は荒れても心の中は いつも天国夢がある」「命ささげて恋する者に なぜに冷たい岩の肌」など、切ない恋心や自然の厳しさが歌詞に詰め込まれている。

 ただ、一見しただけでは意味が分からない歌詞もあった。「槍と穂高を番兵に立てて お花畑で花を摘む」「槍の頭で小キジを撃てば 高瀬と梓と泣き別れ」…とは?

 調べてみると、「花を摘む」「キジを撃つ」とは排せつの隠語と分かった。「槍の頭で…」の歌詞は「槍ケ岳の山頂で小便をしたら、高瀬川と梓川に分かれて流れていった」との意味だ。内容が分かると「こんなにも文学的に表現できるものか」と感心してしまった。藤森編集委員は「昔ながらの山男の『本音』が詰まった歌です」と笑う。

■29番の歌詞に込められた…

 それにしても歌詞が多い。実は29番まであるという。29番もの歌詞を誰がなぜ、どのようにして作ったのだろうか。日本唱歌童謡教育学会(松本市)の発起人で理事の山田真治・松本短大教授(61)=音楽教育学=に話を聞いた。

 明治初期、学校教育には新たに「唱歌」が科目として取り入れられた。しかし当初は音符を読んだり作曲したりできる人がおらず、外国の曲を持ち込んで日本の歌詞を付けていた。その後、音楽学校ができ始め、明治の終わり頃からどんどん作曲されていくようになった。「アルプス一万尺」もこうした流れの中で日本に原曲が入ってきたとみられる。山田教授は「歌は、時代や作り手とともにどんどん変わっていく。歌詞が多いということは、メロディーが生活環境にマッチしているなど、何かしらの意味がある」とする。

 では、「アルプス一万尺」の歌詞は誰がなぜ29番まで作ったのか。山田教授は「調べたが分からなかった」と話す。ただ、山田教授はこの謎を解き明かすことよりも「信州の山、アルプスのいいところが、歌に乗せて登山者や地元の人たちから愛され続けてきた。そこに目を向けた方が、歌が生きるのではないか」と楽しそうに話した。

 「アルプス一万尺」のリズミカルで軽快な歌は、子どもの遊び歌としても長く親しまれている。山田教授は「日本ほど子どものための歌がたくさんある国は他にない」と話す。「音楽は歌い継いでいく人がいなければ、いつか消えてしまう。子どもたちが童謡や唱歌に触れる機会を大切にしていきたい」としている。

 山シーズンが到来し、北アルプスへの登山者も増えるだろう。山の楽しみ方も多様化しているが、北アルプスで「アルプス一万尺」を歌うのも楽しそうだ。歌を楽しむためにも、どうかご安全に、信州の山の魅力を味わってほしい。(松沢佳苗)

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■「アルプス一万尺」29番までの歌詞はこちら

https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2023050100431

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