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第一部
【宰相Side】エドヴァルドの孤闘(後)
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「……そこにいるのは、どう見てもフィトとナシオだな。何故にいる」

 アンジェス国から共に来た護衛騎士を、私の側と聖女の側とに人数を割り振って、その後私と聖女とは、王宮からそれぞれ隔てた場所での滞在を余儀なくされる事になった。

 少なくとも今日明日の晩餐は、王宮で共にとの話には頷いておいたが、夜会は不要、開かれても参加はしないと、聞かれる前に釘を刺しておいた。

 私自身踊るつもりもないし、尚且つここで聖女いもうとに参加をさせてしまっては、アンジェスでの夜会でレイナが代役を務めた意味がまるでなくなってしまう。

 謁見の間では一度も振り返らなかったので、イルヴァスティ子爵令嬢が、どんな表情かおをしていたのかは知らない。

 少し焦った様子のベルトルド国王の表情から、もしかしたら涙目だったのかも知れないと察しはするが、そこに気を遣う謂れはない。

 今から旧オーグレーン城、現在は地名を取ってのナリスヴァーラ城に向かうと、夜の晩餐には戻って来られないとの事で、私は時間まで、王宮内の来客用応接室に留まる事になった。

 そうしてようやく腰を落ち着けたところに、髪の色こそ違えど、私がよく見る青年が二人、王宮派遣の筈の護衛騎士の中に紛れている事に気が付いたのだ。

「いやぁ…まあ…の指示でとりあえず、と言ったところでしょうか」
「ですが、陛下からはいただいております」

 フィトはともかく、しれっとナシオが「黙認」と言ったところには、思うところもあるのだが、他のアンジェスから共に来た騎士たちが苦笑しているところを見ると、本当にフィルバートが見て見ぬふりをしたのだろうと、思わざるを得なかった。

「レイナの指示……?」

 どう言う事かと口を開きかけたところで、応接室の扉が軽くノックされた。

「お館――ゴホン、宰相閣下、侍女にしてはやや身なりの整った女性が『お茶をお持ちしました』との事なのですが、いかがなさいますか」

 僅かに扉を開けて、訪問者を確認したナシオが、そんな言い方で私に聞いてくる。

 公爵邸の〝鷹の眼〟連中にしろ、アンジェス王宮内の騎士達にしろ、私のところに侍女を装った令嬢が「突撃」してくるケースを幾度となく目にしているため、実際のところ、本物の侍女や使用人と、そうではない貴族令嬢を見極める目が、勝手に肥えていたのだ。

 私もそれで、彼らが謁見の場に居合わせなかったとしても、そこに立っているのが侍女などではなく、イルヴァスティ子爵令嬢なのだろうと言う事は、直感で理解した。

「ティートロリーをその場に置いて、戻らせろ。ナシオ、だろう?」

 睡眠薬やら痺れ薬やら、ナシオが得意なお茶などと、実はまともなモノが混じるお茶ではないのだが、ここで重要なのは、そんなお茶の中身の話ではない。

 察したナシオも、心得ていると言わんばかりの笑みを閃かせた。

「――それはもう、お任せを」

「不平不満を口にするようなら、ティートロリーごと下がらせてしまっても構わん。特段、喉が渇いている訳でもないし、こちらから要求した訳でもないからな。引き下がるより中に入ろうとする方が無礼と心得るよう伝えろ」

「はっ」

 一礼したナシオが、サッと扉の向こうに姿を消し、一言二言何か言葉のやりとりはあったようだったが、すぐにナシオだけが中へと戻って来た。

「陛下や殿下から、もてなすように言われているのだと、やや不満げでしたが、中に入る方が無礼――のくだりを伝えたところで、ティートロリーごと渋々引き下がりました」

「そうか。助かった」

「いや、久しぶりですね。お嬢さんが公爵邸に来てから、しばらくこの手の『突撃』はなかったですから」

 中にいたフィトが、苦笑ぎみに私を見やった。

「おしとやかそうな美人サンでも、地位と名誉には目が眩むんですかねぇ?」
「気を付けろよ、おまえそれは騙されて貢がされるヤツの典型だぞ」

 他も恐らくは、宰相室周辺の警護をした事がある騎士達なのだろう。
 彼らも「確かに…」と呟く傍ら、そんな軽口すら聞こえてくる。

 聖女側はともかく、どうやらこちらに残ってくれた騎士達の中での寝返りは、心配しなくても良さそうだった。

 フィトとナシオもそれが分かったのか、頷きあうと、ナシオがポケットの中から小さな小瓶を一つ取り出した。

 たださすがに、彼らには聞こえない程度の小声で、私に囁いてきた。

「…お館様。後ほどの晩餐ですが、お召し上がりの前に、この液体を全ての料理に振りかけて下さいますか。栄養剤でも常時飲んでいる薬でも、何でも良いので取り繕い方法かたはお任せします」

「……見慣れない液体だな」

「お嬢さんとイザクとが話し合って、突貫工事で開発された、全ての効能を無効化する霊薬エリクサーです。毒性の解除にとりあえず特化されていて、出発前に出来上がったばかりの物なので、名前すらまだありませんが」

「何?」

 飄々とものすごい爆弾を落としてきたナシオに、私は思わず目を瞠りながら、渡された小瓶に視線を投げる。

がまださほど進んでいないので、効果が薄かった時のために、個々の症状別の既存薬も持ってきていますが――今はまず、これを」

「たかが視察の筈が、何を持ちこんでいるんだ、何を」

「あ、万一食事も飲み物も狙われすぎてどうしようもなくなった時の事も考えて、お嬢さん考案、料理長渾身の力作である非常食も、薬と一緒に持ってきました。ですので、いよいよとなれば、無理に召し上がられなくても一週間ほどは大丈夫です」

「………っ」

 更に追い打ちをかけるフィトの言葉に、私はここがギーレン王宮の応接室と言う事も忘れて、頭を抱えた。

 私の知らないところで、レイナと〝鷹の眼〟連中との「癒着」が更に進んでいる気がする。

 これ以上は、私よりも発想が物騒になる気がして、そろそろ止めて欲しいと切実に思う。

「あと、それとですね」
「まだあるのか⁉︎」

 うっかり声の音量を上げてしまった私に、王宮護衛騎士達も少し驚いたようだったが、ここから先は聞かせても良いと判断したらしいフィトが、ヒラヒラと片手を振った。

「ここからが、お嬢さんの真骨頂、害獣用の罠を、何と肉食令嬢方からの突撃、それも『夜這い防止用』の罠として活用しようと言う、画期的使用法の提案と実践です!もしも今晩王宮ココに宿泊する事になったら、早速寝所の周りに配置しますので、効果に乞うご期待!」

「……フィト」

 この中で、フィトの説明を始めから理解しているのは、ナシオだけである。

 問いかける私の声は、温度が下がっていたかも知れない。

「そ、そもそも害獣用の罠って言うのが、決められた範囲内ながら、野生動物がそこを踏み抜くと、小規模の竜巻が起きてソイツら吹っ飛ばすって言う、主に農家で使われる代物でですねっ、だったら、夜這いで既成事実狙ってくる連中も、それで吹っ飛ばしたって、誰も表立って文句は言えないだろうと、そう言う話でですね…っ」

 慌てて答えたフィトはしどろもどろだったが、ナシオの補足によると、元は、予め定めた境界線の中は、人にしろ魔力にしろ、一切の干渉を拒む事が出来ると言う、レイナの居た国での「結界」と言う概念に近い術や、魔道具はないのかとの疑問を彼らにぶつけてきたところから、話は始まっているらしい。

 侃々諤々かんかんがくがく、議論した末に、誰かが捨て鉢ぎみに害獣用の罠の話をしたところ、レイナが食い付いたらしい。

「フィトではありませんが、アンジェスで待つ他の連中も、実際に応用が可能か、大いに関心を持っているんです。詳しくは、本日こちらにお泊まりとなられるようでしたら、改めてお話しをとは思ってますが」

「……むしろ泊まって欲しそうだな」

 誰も答えないが、王宮騎士達ですら、好奇心に負けている表情を浮かべている。

 それは新商品が開発された訳ではなく、今ある技術の応用で、彼らにも想像の付く代物であるからに他ならない。

「あんなポッと出の、苦労知らずみたいなご令嬢が閣下をしようなどと、どれほど身の程知らずかを思い知って貰いませんと。ベルセリウス将軍ではありませんが、我々も、閣下の隣に立てるのは、ただ一人だと思っておりますので」

「詳しい事は良く分かりませんが、先日王宮にいらしていた、青いドレスのご令嬢の所へ一刻も早く戻られたいと言うのは我々にも分かりますので、可能な限り助力します!」

 グッと拳を握りしめる護衛騎士と、親指を立てて答えるフィト。
 …彼らは一様に、ヤル気に満ち溢れていた。

「……ああ。多少の無礼は陛下も目を瞑って下さるようだから、本国に抗議すると言いだす輩がいても、無視して良いだろう。何を提示されようと、私はギーレンには留まらない。私には、アンジェスに戻る理由がある。その事を理解して、周囲を警戒してくれ。何を言われても惑わされないと」

「「はっ、お任せ下さい!!」」

 ただ、一度や二度では引かないだろうと、レイナも言っていた。
 今のうちから、見切り時も考えておく必要がありそうだった。
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