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第二部 宰相閣下の謹慎事情
406 王女様のお茶会(1)
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 ラヴォリ商会商会長への手紙は宿の受付に預けて、すぐさま王宮へととって帰した後の午後のお茶会は、ガーデンパーティー形式と言う事だった。

 着替えないと…と言う事で戻った部屋にやって来た侍女数名に、これでもかとコルセットの紐を引き絞られた時点で、真面目に視界に星が飛びそうになった。

 如何にイデオン公爵邸の皆様が、普段は気を遣ってくれていたのかが嫌でも分かってしまった。
 多分、こっちがデフォルトなんだろう。

 ただ、私の身体のあちこちに、1日2日で消える筈のないが散っているのやら、裾や袖口、胸元の金刺繍以外は青しか色味のないドレスを衣装箱から取り出すに至ったところで、ナニカを察したんだろう、最終的には侍女全員の視線がとっても生温かいモノに変貌を遂げていた。

 珍しくチャイナドレスの襟元を思わせるAラインのドレスだとは言え、袖も七~八分の長さがあるとは言え、耳元から顎の下にかけては、ドレスを着用して、ショールを羽織ったとしても、素肌が晒される。

 大公サマにしろマトヴェイ部長にしろ、大人の余裕でツッコまないでいてくれているけど、実際、毎日とてもいたたまれない。

「……これでしたら、フランカ様のご心配も杞憂ですね」

 誰かがポツリと洩らした、そんな声まで耳に入ってきたけれど、さすがにその先は、ベテランっぽい侍女の女性が「お客様の前で何です!」と、ピシャリと遮っていた。

 申し訳ございません、と言い訳なく、すぐさまこちらに頭を下げているあたり、いかにも教育の行き届いた王宮侍女と言った感じだ。

 って言うか、アレか、テオドル大公に付いて来た「書記官」がまさかの女性で、孫同然と言っている上に、お茶会への急な出席をミラン王太子が許可したものだから、書記官は建前で実際は縁組が目的――とでも思われていたんだろうか。

 侍女一同の表情を見る限り、そんな気がヒシヒシとしている。

 ところが支度を手伝いに来てみれば、王太子殿下へのアピールどころか、むしろ真逆の「触れてくれるな」アピール全開状態。

 …遠くアンジェスの空の下で「当たり前だろう」と口元を歪めるエドヴァルドの姿が見えた気がした。

「そろそろ出発出来そうかね?」

 コンコン、と扉が叩かれた音と、侍女の一人が「失礼致します。大公殿下が――」と扉を開けるのと、大公サマの声が聞こえるのとが、全部同時の出来事だったのは、ある意味凄いかも知れない。

 …いきなり中に入って来た事のあるエドヴァルドよりは、全然スマートな応対だとは思うけど。

 と言うか、気が付けば何か比較ばっかりしてるような――私、意外にホームシックな感じ?
 あれ?

 口では「大丈夫です」と答えて、廊下でテオドル大公のエスコートを受けたものの、私が困惑した表情を消せずにいたからか、エスコートが崩れない範囲でこちらに視線を向けてきた。

「独占欲全開のドレス云々は冗談のつもりだったんだが、まさかそこまで徹底されていたとは儂も思わんかったな。まあ、其方が戸惑うのも分からなくはないな」

「戸惑い……」

「ん?違ったか?そんな表情かおに見えたんだが」

「ああ、いえ、すみません。その……は、いつぞやノックなしに部屋に入って来た事あったなぁ…とか、気が付いたら色々と自分の中で引き合いに出してた事に、ちょっとビックリしてしまって」

「ふむ。存外一方通行ではなかったか。それとも根負けしたか?」

 根負け、のあたりで茶目っ気たっぷりに笑うテオドル大公に、私も釣られてちょっと笑った。

「まあ、招かれて異国から来たと言う特殊な事情を聞けば、不安に思う所もあるかも知れんがな。少なくともの本気は、流さず受け止めてやるべきだと思うぞ?余計なお世話かも知れんが」

「そう…ですね」

 今、実は敢えて引き出しに入れて鍵かけちゃってるがあるのを、どうしたら良いのかさっぱり分からない状態デス、大公サマ。

 本当は、商会案件で気を紛らわせてる場合じゃないのは、よく分かってるんだけど。

「迷った時は、先の事を想像すると良いらしいぞ」

 私が、何――誰の事を悩んでいるのか、察したらしいテオドル大公が、そんな言い方をした。

「昔、妻と娘が、娘の好きな男…まあ、今の夫だが、どんなヤツかと話をしておった事があってな」

 何でも、かつて顔合わせ前のユリア夫人が、どんな男性かと聞いたところの答えが「10年後くらいには頭頂部の心配をした方が良さそうな人」だったらしい。

 …面白いな、テオドル大公の娘さん。
 直系ではないにしろ、元々は王女様の筈なのに。

 ただ、それを聞いたユリア夫人もかなり個性的で、政略的な縁談話だって色々あった筈なのに「そんな姿とか、ちょっとお腹周りが残念になった姿とかを想像して、そんな人の隣にはいられない!なんて思ったりしないのであれば、それが貴女の伴侶となるべき人で間違っていないわ。その人との縁は大事にしなさい」だったらしい。

 それを聞いて、目から鱗が落ちたとばかりに思い切り良く嫁いだとか。

 つい、テオドル大公の上から下までをチラッと見てしまったけど――大公サマは、どっちも無縁の人だった。

「わざわざ、妻がどう思うかを己の身で試すような事はせんわ。むしろ、そんな姿を晒せるものかと意地になるだろう、普通」

 私のチラ見に気付いたテオドル大公は、素で顔を顰めていた。
 まあ、頭髪は不可抗力だろうが…と、ボソッと呟いている。

 ユリア夫人の言いたい事は、例が極端にしろ、分からなくはない。
 見た目だけを決め手とするなら、そう遠くない内に破綻をすると言いたかったに違いない。

 そして娘さんも、頭頂部が薄くなろうと、額が広くなろうと、メタボ体型になろうと、それだけを理由として相手を嫌う自分は想像出来なかった。だからその縁を切らない事を選んだんだろう。

「まあ、も頭髪の心配はせんで良い気はするがな」

「………そうですね」

 どうにも想像出来ずに、むしろ可笑しくなって、ちょっと吹き出してしまった。

「うむ、いい感じに肩の力が抜けたのではないか?別に狙っておった訳ではないが」

「あ、ありがとうございます。やっぱり、10年後20年後に隣にいる自分が想像出来るか、なんですかね…」

「まぁ儂らの年代は尚更政略的理由が優先されてはおったな。だがユリアとならやっていけると思ったのも間違いではないしな。儂は幸運な方だったんだろうよ」

「ごちそうさまです」

「うん?」

「あ、私のいた国では、仲の良いご夫婦の惚気話を聞いた時に話す定例句みたいなものです」

 一瞬不思議そうな表情かおをしたテオドル大公に、そう説明すると「そうか」と微笑わらった。

「儂が以前まえにここへ来た時はまだ、ミラン殿下にもお相手はおらんかったしな。婚約者の令嬢に会うのは今日初めてだ。ミルテ王女がどのように成長されたかも含めて、この茶会は楽しみにしておったよ」

「ああ、それなんですけど、どうやら私がドレスを着るついさっきまで、私は大公様の推薦でミラン王太子の正妃なり側妃なりの地位を奪いに来た女狐みたいに思われていたみたいですよ?」

 私が、着替えの間の侍女一同の反応を伝えてみたところ「なんと、そんな捉え方もあったか、これは迂闊!」と、目を丸くしていた。

「殿下やジーノ達の動き次第では、その誤解を利用して出方を探ってみても良かったんだろうが……ドレスがでは、どうしようもあるまいな」

「……そうですね」

「どちらにしても今更だな。もうすぐガーデンパーティーの用意がされている中庭だ。他の連中は周囲に適当に散らせるから、多少の揉め事は心配いらんだろう」

 声色の変わったテオドル大公に、私も身を引き締めながら、頷いた。
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