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第二部 宰相閣下の謹慎事情
390 北方遊牧民の事情
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「あ、ねえバルトリ」

 テオドル大公にマトヴェイ外交部長、ベルセリウス将軍までいた日には、セーラー服着て機関銃持って、どこの事務所に乗り込むんだって言う錯覚を覚えてしまう。

 多分商業ギルドだってラヴォリ商会の人たちだって、どこの組織からケンカを売りに来たんだ…としか思わない気がする。

 半瞬悩んで、私はふと思いついた事をバルトリに聞いてみた。

「バルトリの着ているその服、ここにいる人数分、手に入らないかな」

「………え?」

「だって、将軍とかマトヴェイ外交部長とかは体格も良いし、テオドル大公も大貴族の威厳に満ち溢れておいでだし、とてもそのまま王都散策出来る出で立ちじゃないもの」

 この三人のバリバリの貴族臭を完全に消す事はなかなか難しいとは思うものの、バルトリが着ている民族衣装があれば、その背景を知るであろうこの国の人たちは、恐らくは彼ら自身ではなく、衣装の方に目を向ける。

 特にテオドル大公が身バレする危険が減るように思うのだ。

「あと出来れば、この民族衣装をユングベリ商会で取り扱いたい。今、バルトリが着ているその本来の生地の衣装ふくを見て思ったんだけど、ダメかな?例えば縫える職人が減っているって言うなら、支援出来ないか考えるし、食べていけないから廃業するって言うお店や工場があるなら、提携も考えるよ?あ、エドヴァルド様の名前でゴリ押しとかする訳じゃないから心配しないで!あくまで商会の売り上げの中から回す事を考えてるから!貴族層に流行らせるのは難しいかも知れないけど、そのすぐ下の富裕層が貴族家にお呼ばれされた時に着ていける程度には、格式はあると思うんだよね……」

 実際、テオドル大公、マトヴェイ外交部長、ベルセリウス将軍とそれぞれの年代で着こなせるなら、多分街中をねり歩いただけで、抜群の広告塔だ。

「まあでも、民族衣装って背景が色々と繊細だから、そもそも自分たち以外が着る事を潔しとしない――とかなら、今の話は諦めるしかないんだけどね。でも、せめて剣帯とか装飾系の品物くらいは売りに出してみたいんだけど……難しいかな」

 最初は軽く目をみはっていたバルトリも、話の途中からは完全に声を出す事も忘れていたみたいだった。

「……恐らく衣装の方は、仰る通り北方民族の血を引く者からすれば、他民族の者がそれを着用する事に抵抗を覚える可能性があります。ただ俺みたいに、住み慣れた土地を離れて散り散りになってしまった者も一定数いるでしょうから、そちらの側に立てば、衣装を仕立てられる店があると言うのは、この上ない喜びかも知れない」

 ややあって、自分の中でも話が吞み込めたのか、ようやく「恐らくは、購買層が限られてしまいそうで、それでは今と同じ先細りのままな気がします」とも、バルトリは言った。

「男性は剣帯、女性はショール、あと共通でブーツなんかであれば……きっと皆、自分たちの技術が買われた、自分たちの原点を知って貰えると、取引を受け入れるような気がします。衣装を借りて来るついでに、話をしてみた方が良いですか?」

 1回限りの着用なら、も今回は貸すなり譲るなりしてくれるだろうとの事だった。

 北方民族特有の刺繍入り剣帯とショール、カラハティの皮で出来ていると言うブーツの提携販売に関しては、明日、時間が取れそうならアポを取っておくとバルトリは言った。

「ああ、あと、一応俺と同じ宿にいて、今は別口の調査中。途中経過は明日にでもタイミングを見計らって、一度伝えると言ってましたよ」

「ありがと、分かった」

 あの二人シーグリックは元々、ギーレンのエヴェリーナ妃の命を受けて、エドベリ王子の結婚相手になりそうな、適齢期のご令嬢をリサーチする旅に出ている。

 多分今頃は、ミルテ王女を筆頭に、バリエンダールの高位貴族令嬢の縁組事情に複数探りを入れている事だろう。

 双子の現状だけを簡潔に述べたバルトリは、その後はこちらの返事を待たずに姿を消した。

 そう言えば、よく堂々と王宮に侵入出来たなと後から気が付いたけれど、その時には〝鷹の眼〟だから何でもアリかと、深く考えずじまいになってしまった。

「じゃあそう言う事なので、出かけるのは明日の朝にします。多分今晩か明日の朝早くに、街歩き用の衣装が届くでしょうから、出かける時にはそちらの着用をお願いします。それがないと、ちょっとご一緒しづらいです」

 バルトリを見送った私が、くるっとそこで振り返ると、何故だか皆一様に、唖然とした表情かおをこちらに向けていた。

「…どうかしました、皆さん?」

「……ヤンネ・キヴェカスの所に持ち込まれる案件が、やってもやっても減らん理由の一端を垣間見たわ」

 そう言えば、ヤンネの父ヨーン・キヴェカス先代伯爵とは飲み仲間でしたね、大公サマ。
 当初からある程度の話は知っていても不思議じゃなかったかも知れない。

「まだ取引させて貰えるとは限りませんよ?」

「いや、わしがネーミ族の代表、あるいは工芸品を扱う商会の人間であれば、間違いなく其方そなたの提案には頷くであろうよ」

 首を傾げる私にテオドル大公は「さっきの青年も『衣装でなければ、あるいは』と言っておっただろう」と、補足を入れてくれた。

「相手の伝統に敬意を払いつつ、迫害への同情だけでもなく、その技術への正当な対価を払う形での取引――よほど頑なに時代の変化を拒んでおるのであれば話は別だが、恐らくは相手方も、カラハティの牧畜だけでは先細りになる事を分かっておる筈、其方そなたの提案には少なくとも一度は耳を貸す筈と、あの青年はそう内心で算段をつけながら出向いて行った様に思うがな」

「確かに、彼、無理だとは言わずに行きましたな」

 マトヴェイ外交部長も、言われて見れば…とばかりに頷いている。

「それにしても大公殿下、あの特徴的な紋様はネーミ族のものでしたか」

「いや、あの辺りはサレステーデとの国境にまたがって、代表的な部族だけでも四つはあるし、各部族ごとに紋様にも差がある。間違ってはおらん筈だが、確実とは言えんよ」

 さすが外交経験豊富な王族と、外交部長である。
 私の知らない話がそこには存在していた。

 カラハティ製品と言えばサレステーデと、教科書的な知識で認識していた私には「なるほど」と思わせる話だった。

 遊牧の過程で、サレステーデとバリエンダールの間を行き来するような生活であれば、確かにバリエンダールにだってカラハティ製品は入ってくるだろう。

 それでもなぜ、サレステーデ=カラハティと言う形で有名になったのかと言えば、どうやらバリエンダール側の遊牧民への差別と当時の政策が、そこには起因していると言う事だった。

「その、北方民族の迫害の話と言うのは有名なんですか?」

 私は多分、バルトリがいなければ、詳細を知る事はなかっただろう。

 イデオン公爵邸書庫で見たバリエンダールの資料に関しても「北部地域に独自文化を持つ民族がある」と言った程度でしかなかった。

 だけど公務としての外交がある王族や、その下地を支える外交部がそれ以上を知っていると言う事は、その一文だけでは失礼にあたる程の事はあると言う事だ。

 テオドル大公とマトヴェイ外交部長は一瞬だけ顔を見合わせ、軽く頷いたマトヴェイ外交部長の方がその先を説明してくれた。

「そうか、さっきの彼がイデオン公爵邸にいる分、ある程度は承知しているだろうと思ってはいたが、確か異国の民だったな……まあ確かに、一般的な貴族令嬢が知る話ではないかも知れん。だが王宮官吏やバリエンダールと取引のある商会なんかは、知る必要のある話だ。つまり、ある程度は知られた話、と言う事だな」

 なるほど。
 なら、うっかり口にしてしまって素性を怪しまれると言った事にはならないのだろう。

 私は納得した、と言う風に軽く頷いた。

「まあ、ここだから口に出来る話でもあるが、己の権威を隅々まで行き渡らせたかった先代陛下による、強引な言葉や文化の同化教育の成れの果てが、民族迫害に繋がったと見るべきだろうな」

 同化教育を拒否した勢力に対しては、今度は徹底的な分離政策をとって「人種的に劣った民族」のレッテルと共に、一般社会からの完全な切り離しを図ったらしい。

 その結果、他国へと流れたり、北方民族をルーツとする事を隠して生活をする者達も出てきたんだそうだ。

「今のメダルド国王陛下は、バリエンダールから流れた人々が、サレステーデでカラハティ製品を広めた結果、かなりの外貨を稼ぎ出している点を問題視されて、先代陛下の方針を否定された。だから恐らくだが……バリエンダールでも、北方民族の工芸品を中央で広めたいとなれば、陛下とて興味を持たれるのではないかな」

「……え」

 思いもよらないマトヴェイ外交部長の言葉に、私はカチッと固まってしまった。

 ははは…!と笑ったのは、テオドル大公だ。

「うむ、儂もそう思うぞ。さすがに明日はついて来んだろうが、後で話は聞きたがるのではないかな」

「………」

 えーっと。
 何故か背中越しにウルリック副長の溜息が聞こえた。

 そろそろキヴェカス卿が倒れそうだとか言っているのも同時に聞こえて来る。

「あ、そこは大丈夫ですよ、副長!宰相閣下が高等法院からフォルシアン公爵令息を休職代わりに助手につけるって言ってたんで!フォルシアン公爵夫人のお墨付き案件です」

 一応フォローを入れたつもりが、大公サマには更に爆笑され、将軍と副長は「お館様……」って、片手で額を覆っていた。

と思っていたんですね……」

「まあまあ、おぬしらはおぬしらの責務を果たしていると、帰国後の口添えはやぶさかではないぞ。そのまま儂の身の安全にも直結するのでな」

「――何とぞ是非」

 どうやら大公サマと副長の間でだけ、何かを分かり合っているみたいだった。
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