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第一部
【宰相Side】エドヴァルドの機巧(からくり)(前)
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「もしもしー、いますかー?」

 お茶は不要と、偽の侍女イルヴァスティを中に入れる事なく下がらせた直後、今度は軽薄な声と共に、ギーレン王宮内で滞在の為与えられた一室の扉がノックされた。

「あれー?鍵かかってますけど、お留守ですかー?」

 扉の取っ手を引っ張っているのか、ガタガタとうるさい。

 と言うかあの話し方、全くもって頭痛しか覚えないのだが。

 どうしますか?と物問いたげな周囲を片手で制して、私は扉近くまで歩み寄った。

 無論、扉は開けない。

「何の用だ、聖女マナ。それと私は、貴女に名前を呼ぶ事を許可した覚えはないと、当初から言っている筈だが」

「相変わらずエドさんってばカタイですねー。って言うか開けて下さいよー?」

「少なくともこちらには用がないのに、誤解を招く様な事をするつもりはない。幸いにもここの扉は厚くないようだし、このままでも話は出来る筈だ」

「ええっ?レナちゃんとだったら、宰相室の中でイチャイチャとキスまでしちゃうのに、私はダメなんですかー?同じ顔ですよー?顔を見たら寂しさが紛れるかも知れませんよー?」

「……っ!」

 うわっ、お館様ストップ!とか、扉も壁も蹴飛ばしたらダメです!とか、小声で叫ぶフィトと護衛騎士の一人が、二人がかりで私を羽交い絞めにしてきたので、何とか私も「ふざけるな!」と声をあげるのを踏みとどまる事が出来た。

「――お館様、扉の外には、聖女マナの他にも、先程の令嬢がいます。どうやら、何とか部屋の中に入れないかと、聖女を連れて来たのではないかと思われます」

 更にどうやってか、廊下の訪問者を確認してきたらしいナシオの囁き声で、ようやく私も我に返る。

 すまん、と小声で呟き、羽交い絞めを解かせた。

 どうも私は、レイナが関わると冷静ではいられなくなる。

 今ので一気に凍り付いていたらしい部屋のカーテンから、ひび割れた氷片がパラパラと零れ落ちた。

「同じ顔?笑わせるな。多少は似ているのかも知れんが、何もかもが違い過ぎる。仮に同じ恰好をして並んで立ったとしても、その区別は容易だ。まがい物で気をまぎらわせる程落ちぶれたつもりはない」

「エドさんってば、ヒドイですー」

 気のせいでなければ、聞こえてくる声は一瞬揺らいだ。

 自分がレイナを下に見る事は良くても、その逆は耐えられないのか。

「ほら、ギーレン国の皆さんとー、交流とかしなくて良いんですかー?私もう、困っちゃうくらい色々と誘われちゃってるんですよー?」

「先刻、ベルトルド国王陛下と謁見した時点で、最低限の外交は済んでいる。ギーレン側の扉が修繕されるまで見学も許されないのであれば、それまではどう過ごそうと個人の自由だろう。誘いを受けるのは勝手だが、茶会や晩餐のマナーも知らず、ダンスも出来ないその身で、恥をかいても気にしないと言うなら好きにするが良い。こちらの事も気にするな」

「えー、食事くらいは出来ますよー?それにみんな、作法とか気にしないって言ってくれましたよー?」

「だから好きにすれば良いと言っているだろう。扉が見学出来るようになるまで、こちらには構うな」

「エドさんって人見知りサンですかー?ダメですよ、国のエライ人がそんなんじゃー?皆さんと交流しましょうよー」

 ……カーテンが再び凍り付いたかも知れない。

 お館様落ち着いてー、などとフィトが両手を振っている。
 おまえこそふざけるな。私は手負いの獣か。

「……したければ一人でしてくるが良い。私がこちらギーレンでどう振る舞うかなどと、フィルバート陛下の方が余程ご存知だ。最初からそんなモノには期待しておられないから、心配されるいわれもない。私は公爵である前に宰相だ。この王宮においても、第一王位継承者に匹敵する地位がある。国王陛下とエドベリ殿下以外に、こちらから交流を持ちかける必要性などないと理解した方が良い。政治を友人感覚で語るな」

 フィルバートの事を敢えてへりくだって言ったのは、外にいる、他の連中にも聞かせたいが為だ。

「エドさん、ホントにレナちゃん以外興味ないんですかー?美人サンがよりどりみどりでもー?」

 そして妹の方は恐らく、今私が言った事は、全て右から左にすり抜けた筈だ。

 小難しい事を言って交流を拒んでいる=レイナ以外の女性と親しくなるつもりはないと遠回しに厭味で言ったと、脳内変換されたのだろう。

 真面目に相手をする事さえ馬鹿馬鹿しくなってくる。

「中身のない、見た目だけの有象無象に囲まれて喜ぶ趣味はない。話がそれだけならさっさと立ち去れ。こちらに構わずとも、褒めそやしてくれる取り巻きは大勢いるだろう」

「ええー、ホントに好きにしちゃいますよー?誰かと恋に落ちて、アンジェス国に戻らないかも知れませんよー?」

「そうか。相手が出来たらぜひ紹介してくれ。その時は陛下の代わりにきちんと祝福しよう。貴女の言う交流とやらも、仕事の一環として疎かにはすまいよ」

「むぅー。もしかして、そんな相手なんて見つからないと思ってますー?分かりましたー。後で慌てても知りませんからねー?」

 ごめんなさい、私では無理みたいですー、と誰かに話しかけている声が聞こえるが、相手が何を答えたのかまでは、聞こえない。

 ややあって、ようやく足音が遠ざかって行ったが、私は仕事以上に疲れさせられた気がして、室内の椅子に座り込んだ。

「世間一般では、アレが『かわいい』ともてはやされるのか……?」

 いつぞやレイナが「世の男性陣は、ゆるふわ髪に自称ナチュラルメイクで、こてんと首を傾げて、うるで『お願い』をする妹に、もれなく釣り上げられている」と言っていたが、だとしたら、彼女の国の男共の目は節穴じゃないのか。

 誰に言うでもなく、ほぼ愚痴のように呟いていたが、部屋にいる護衛たちは、何とも言えない表情でお互いに顔を見合わせていた。

「まぁ…家を継ぐ必要のない身軽な連中なら、アレでも充分じゃないですかね?そうですね…若さと言う絶対的優位性アドバンテージがあるうちなら」

 意外にも、護衛騎士の内の一人がそんな風に口を開いた。

「あ、自分なんかはノーイェル子爵家の次男なんで、兄の予備スペア的立場であり、自活の道も探らないといけない立場でもありますから、何となく分かるんですけど……連れて歩くには良いんでしょうけど、家を継ぐ立場としての配偶者として見るなら、選んじゃいけない代表みたいな子になると言うか……すみません、出過ぎた事を」

「……いや」

「何となくですが、閣下が辟易された気持ちは理解出来る気がしました」

 私も驚いたが、周囲の同僚たちも驚いているようだった。

 兄の器量次第では、次代は安泰じゃないのかノーイェル子爵家。
 イデオン公爵領に属する子爵家でないのが惜しまれるくらいだ。

「確かに、聖女の補佐としての『姉』が必要とされる筈だよな」
「人伝いに聞いているだけでは、理解しきれていませんでした」

 フィトとナシオは〝鷹の眼〟越しにレイナを知るだけに、納得したように頷きあっている。

「今回は引き下がったが、隙あらば私に近付いて、ギーレンの有力貴族との縁組を推し進めようと動いてくる連中がいる筈だ。そうしてフィルバート陛下を孤立させて、国を乗っ取る事を最終的な狙いとして」

「それは……」

 思わぬ可能性を聞かせられて、彼らもそれぞれ言葉に詰まっている。

「つまりは、馬鹿どもが湧いて出て、王家に苦情を言ったところで封殺される可能性があると言う事だ。むしろ〝転移扉〟の修繕が出来ていなくても、強引にでもアンジェスに帰る方法を探す方が良いのかも知れん。いずれ指示するかも知れんから、その時は頼む」

 …フィトとナシオの表情が妙に輝いているのは、気の所為せいと思いたいが。
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