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第一部
157 乙女二人の秘密会議
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

『レイナ……最高学府にいても、恋愛は初心者ポンコツなのね……』
『ポンコツはやめて。その通りでも、地味にへこむから』

 視線を逸らす私に向けられるシャルリーヌの視線は、明らかに残念なイキモノを見るそれだ。

『まあ、妹さんの補佐なんてまっぴらごめん!って言う大前提があったなら、宰相閣下の手を取りづらかったのは分かるけどね……それにしたって、恋人の立場くらいは受け入れたって――』

『…っ、初恋すら未経験な人間に、いきなりなんて登れると思う⁉無茶ぶり以外のナニモノでもないでしょうよ――‼』

 シャルリーヌの視線に反発するように、今度は私の方がうっかり叫んでしまった。

 しまった、と口を閉ざすも手遅れで、シャルリーヌは目を丸くしていた。

『……うっそ』
『こんなところでウブを装って誰得なのよ。シャーリーは、彼氏いたのかも知れないけど』

 答えた私の表情は、自虐の極みだ。
 対するシャルリーヌは、やっぱり当時彼氏はいたのだろう。決まり悪そうに人差し指で頬を搔いた。

『まぁ、高校生の時に短期間だったけど…ね。受験もあったし「オトナの階段」は、確かにまだだった…いやでも、好きな人から求められたら、それはそれで嬉しかっただろうと思うし……ただレイナが「初心者」どころか「入門」もしてなかったって言うなら、いきなりはハードル高い……?だけど宰相閣下は10歳も年齢としが上なワケだから、どうしたってなる――』

『ちょっと何言ってるの、戻って来てシャーリー⁉今はそんな話がしたいんじゃないのよっ』

 想定外の方向に脱線しかかっている話を、私は慌てて引き戻した。

『あ…ゴメンゴメン、そうよね。そもそも戻って来てくれないと、階段なんて登りようもないものね』
『お願い、そろそろ階段から離れて?』

 最後は懇願状態の私に、シャルリーヌの方も真面目に話をしようと思い直してくれたようだった。
 二人して、一度紅茶に口を付けて話をリセットする。

『自分でぶっちゃけておいて――何でもない、真面目な話ね。ええっと、ギーレンへの〝転移扉〟が使えない状況なのよね、今?このまま向こうからの「結果」待ちってコト?何か考えてる?』

『私が考えていると言うよりは、陛下が私にを通らせる気満々なのよ』
『陛下が?抜け道?』

『陛下とエドベリ王子との〝賭け〟の中に、私が襲撃の対象あるいは、人質となる事は含まれていない。だけど、宰相閣下がギーレンでの引き抜きに、いっこうに首を縦に振らなければ、そう遠くないうちに「邪魔なのは〝聖女の姉わたし〟」って言う結論に突き抜けるんじゃないかって言うのが、陛下の考えであり、私の考えでもあるかな』

『それは……そうかも』

 宰相閣下エドヴァルドは絶対に、聖女にも王女にも興味を示さないし、ましてギーレン王家の権力など欲してもいない。

 それはシャルリーヌでさえも、分かる事だった。

『ギーレン国内で、あの手この手で引き抜きかけるのは想定の範囲内だとしても、他国アンジェスにいる私にまで手を伸ばすのはルール違反。だったらその時点で、私が「迎え」に行くのも、同じイレギュラーの範疇として黙認しろよ?って言うのが、ルール違反に対する陛下の言い分』

『そこは、レイナの考えとは違うの?』

『そこはだって、エドベリ王子が先にやらかす事に対する、陛下の対応の仕方の話になるでしょう?陛下がそのつもりなら、状況的に私は従うしかないじゃない』

『相手が動いてから動くってコトなのね、そこは』

『そう言う事。公式の〝転移扉〟がでも、王宮には1往復分だけ使用可能な簡易型の転移装置があるらしいから。その使用許可は出すって言われているのよ』

『ああ、ギーレンに行って、こっちに戻って来る…一往復ね』

 私にはピンとこない装置の話でも、表面上はこの世界で生まれ育っているシャルリーヌには、どう言う物なのかの想像はつくらしい。

 だからこそ、ここは私もシャルリーヌに頼らざるを得ない。

『…あのね、シャーリー。それでちょっとお願いがあって』
『何?もちろん、今回の件に関してでしょう?出来る事なら何だってやるわよ?』

 さすが行動派アクティブ令嬢には、迷いがない。
 そんなシャルリーヌの気質は、羨ましくもあり――この世界で初めて出来た友人が差し伸べてくれるそんな手に、嬉しさもく。

『ありがとう。もし、その簡易型転移装置を使う事になったらね?仮の行先として、ベクレル伯爵家に滞在させて欲しいのよ』

『⁉』

 突然、実家の名前を出されたシャルリーヌは、さすがにすぐに言葉が続かなかったらしい。

 ほら、紹介状書いて貰ったでしょう?と私が言ったところで、ようやくその時の自分の行動を思い出したようだった。

『えっ、待って待って⁉まさかレイナ、亡命考えてるの?そんなに陛下の下で胃に穴をあけるのが嫌なの?』

『待って、ナナメ上の発想しないで?いったん腰を落ち着ける拠点にさせて貰いたいだけだから』

 違う違う、と私は慌てて片手を振った。

『どうやら簡易型転移装置って、魔力を注ぐ人間が思い描く行先に行っちゃうものらしいのね?私は王都の外を知らないし、そもそも魔力もないから、例えば陛下に行先を指定してくれってお願いしたら、まかり間違ったら、ギーレン王宮玉座ど真ん中とかになりかねないじゃない』

『た…確かにそれじゃ、宰相閣下を連れて帰る以前に自分が不敬罪で捕まるわよね……』

『でしょう?だからまず、シャーリーが紹介状を書いてくれたベクレル伯爵家に少しの間滞在させて貰って、その時点での宰相閣下の居場所を探るとか、どうやってそこまで迎えに行くかとか、考える拠点にさせて貰いたいのよ』

『なるほど、そういう事……』

『素性も定かじゃない女をいきなり滞在させろって言うのが、相当に無茶ぶりな事は分かっているんだけど……他にギーレンに潜入する方法も思い浮かばないから……』

 五公爵には、領地でのトラブルがあった場合に限り(エドヴァルドは、定例報告と宰相公務が被る場合も含め)、申請式で少し規模の小さい〝転移扉〟の使用許可が与えられているらしいが、普通に馬車なんか使えば、国境を超えるだけで1ヶ月以上かかってしまうのだ。

 ちなみに今回の簡易型転移装置の使用許可に関しては、イデオン「公爵家」からの使用申請として、国王陛下フィルバートが既定をする形で許可を出したらしい。

『ねぇ、それ……私も付いて行ったりとかは……』

『お願いしている側の立場としては断りづらいんだけど……でももし居場所がバレて、これ幸いとばかりにシャーリーがギーレン王宮に拉致されちゃっても阻止が出来ないし……ご実家に直接王宮から圧力がかかるのも、本意じゃなくない……?』

 婚約が破棄されて実家を出て以降、しばらく会っていないだろうから、実両親の事が気になる気持ちは分からなくもないのだけれど。

『今回の話が決着して、シャーリーにもご夫妻にも危険がなくなったと分かってから、改めて陛下にでも場を設けて貰う方が良いかも……?』

 そう、私が言うと、苦しげに表情かおを歪めていたシャルリーヌが、顔を上げた。

『陛下に?』

『勝手に〝賭け〟に巻き込んだ迷惑料代わりに、そのくらいは請求出来ると――って言うか、すれば良いと思う』

『……そっか』
『うん』

 他の令嬢ならば、フィルバートに面と向かってそんな事を言えと勧める事もないけれど、多分シャルリーヌなら、やるだろう。

『分かったわ。じゃあ全部が上手くいったら、改めて考えるわ。ベクレル伯爵家での滞在に関しては、もともと亡命前提で「匿ってあげてくれ」って言う書き方の紹介状になっているから、問題ないと思うわ。その時に私のボードリエ伯爵家での近況とか、この前の舞踏会の話とか、両親に話して、安心させてくれれば嬉しいかな』

『そのくらいなら、お安い御用だわ』

『ありがと。だけどレイナ、さっきからもうギーレンに行くのが既定路線みたいになってるけど、一応「ギーレンからの手の者に襲われたら」って言う大前提があるのよね?大丈夫なの?』

『まあ…怖くないって言ったら嘘になるけど、公爵邸の護衛って皆恐ろしく優秀だし、予め「襲撃される」って周知もしておいたから、もうそこから先は、素人は引っ込んでようかと』

 剣も使えない、体術が得意な訳でもなければ、魔力すら持たない。
 出来るとしたら、プロである彼らが動きやすいように、余計な動きをしない事だけだ。

 …腹を括ったとも言う。

『一応、ギーレンに行く事が本決まりになったら、連絡は入れる。簡易型転移装置の行先設定を、その時はお願いするわ』

『分かったわ。ごめんね、私も当事者なのに、付いて行けなくて』
『ベクレル伯爵家への紹介状だけでも充分よ』

 私はそう言って、微笑わらった。
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