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第一部
【防衛軍Side】ウルリックの溜息
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 いくら伯爵位以上の貴族は出席必須と言われていたとはいえ、王宮の許可が下りる様な事情がある場合は、その限りではない。

 私も上司ベルセリウスも、当然ハルヴァラ伯爵家は、隣国王子の歓迎式典や夜会には、出席をしないと思っていた。

 まさかミカ・ハルヴァラ伯爵令息が、母親も家令も伴わず、たった一人で出席する事を決断するなどと、一体誰が思うだろうか。

 レイナ嬢も大概に規格外だとは思うが、この子も別方向に突き抜けている気がして仕方がない。

 礼儀作法に関しての吞み込みも早いし、ガーデンパーティーにしろ「ロッピア」にしろ、6歳だからこそ許される怖いモノ知らずを武器に、イデオン公爵領内の領主達や、他領の令嬢令息たちを次々と味方につけている。

「あの子がの連座にならなくて良かった。一ヶ月分の給与くらいは安いものだな」

 この時ばかりは、ウチの上司の言葉に大きく賛成したものだ。

 お館様は補填すると仰って下さってはいたが、ウチの上司の気質からすれば、十中八九受け取らない。
 受け取ったところで、ハーグルンド領の土砂災害の支援に回すだろう事は目に見えていた。

 あれほど弟君から、何処いずこかの家のご令嬢と、少しは交流するよう言い聞かせられていたにも関わらず、ウチの上司は予想通りに、ファルコとの手合わせか、ミカ殿を王都観光に連れ回すかのどちらかでしか、自由時間を過ごす事をしなかった。

 ミカ殿を見て、少しは自分でも子供が欲しくなるかと思いきや、逆に自分の子供への要求が高くなりそうだと、苦笑いぎみに言われて、そこは私も返す言葉がなかった。

 そう言う意味では、レイナ嬢を見ている分にも、いずれ自分の相手となるご令嬢に求める基準が、高騰してしまいそうだと言えなくもない。

 王都からそれぞれの領地に帰るための挨拶に訪れた公爵邸で、我々はそのレイナ嬢から、とんでもない話を聞かされた。

「……お館様が、ギーレン国内で軟禁状態にある、と?」

 聞き捨てならない話に、余所行きの仮面を外した上司の顔が、険しくなっている。
 イデオン公爵領防衛軍のトップとしての、表情ソレだ。

 そもそもレイナ嬢は陛下から、お館様がギーレンに聖女の付き添いで行った後は、強烈な引き抜きにあうだろうとほのめかされていたらしい。

 そんなものを彼女に仄めかせてどうするのかと、一瞬憤りかけたが、よくよく話を聞いていれば、一国の主としては、外交問題、下手をすれば戦争になりかねない行動に、おいそれと出る訳にもいかないのだと理解させられてしまった。

「実際の私は、聖女の姉とは言え、どこをどうしたって平民の小娘ですから」

 だからこそレイナ嬢を動かそうとしていて、彼女自身も陛下のその思惑を分かっているのだと。

 ウチの上司が、彼女の話を聞きながらも時折口惜しそうな表情を浮かべているのは、他国の王家に内輪揉めを仕掛けようと言う彼女の発想に圧倒されたのか、話を聞いておきながらも自分が乗り込めない事への口惜しさなのかと思っていたら、帰途に着く日を先延ばしにしてしばらく滞在する事になった『南の館』で、ミカ殿が眠った後、意外な彼の本心をそこで知った。

「…ケネト。私は今日初めて、結婚をしておくべきだったのかと真剣に後悔した」
「は⁉︎」

 私は一瞬空耳かと疑ってしまったが、上司は特にそれを責める事もせず、不機嫌そうに脚を組んで、腕組みをしていた。

「平民の小娘――あれほどお館様に相応しい〝貴婦人〟はいないと言うのに、イデオン公爵領の外から見ると、どうしてもそう見えてしまうのかと。まして本人から、それを突き付けられようとはな」

「将軍……」

「私に妻がいれば、一も二もなく養女に迎え入れ、侯爵家の姫として立たせる事が出来た。こんな風に、確たる身分がない事を理由に、僅かな手勢で他国に向かわされるような事もなかった」

 人一倍、高位貴族としての誇りを持つ上司だ。
 後継者に関しては、弟の子がいれば大丈夫と思っていたところが、思わぬ弊害を突き付けられた恰好になったのだろう。

 36歳と19歳。確かに養子縁組をしても、不自然に見える縁組ではないのだから、尚更に。

 例えレイナ嬢の、王家で内輪揉めをさせると言うあの案が、正面から戦争する訳にはいかない以上、恐らくは最良案だと分かってはいても、納得がいかないのだ。

 ベルセリウス侯爵オルヴォとは、そう言う男だ。
 憎めない。
 誇るべき我らが将軍。

「お館様であれば、その辺りも既にお考えだとは思いますが。そもそも折り返しのギーレン訪問は、急なものだったとか。今回は仕方がなかったんでしょう」

「そうかも知れんが……」

「将軍。でしたら、お館様がお戻りになられて、お考えだった事と合致したならと言う条件付きで、案は一つありますよ」

「何⁉︎」

 ガバッと顔を上げた上司に、思わず溜息が溢れる。

「条件があると言いましたよ?先走って勝手な事はさせませんよ?お分かりです?」
「うむ、とにかくまずは説明だ!」

「はぁ…まぁ、説明と言う程の事でもないですが…お館様が養子縁組先にお考えの『家』があるようなら、それを聞いて、先触れの使者として、先に言質を取って差し上げれば良いんですよ。ベルセリウス『侯爵』の後押しも付くのかと、それほどの女性なのかと、領の内外に知らしめる事が出来るでしょうからね」

 ――ハッタリをきかせたい時に、ウチの上司ほどうってつけなモノはない。

「普通に考えればアンディション侯爵様ご夫妻かとも思いますけど、今回の件と引き換えに、陛下がどこか紹介される可能性もあるでしょうから、ですから、お館様がお戻りになってからと言ってるんです。お分かりですね?」

「う、うむ、そうか」

「思うところがあったのでしたら、そろそろ縁談から逃げ回るのはお止めになられたら如何です。ルーカスサマが感動のあまり号泣なさるでしょうよ」

「…おまえも独身ではないか、ケネト。何故そこまで悪様あしざまに言われねばならんのだ」

「私はまだ、将軍より若いからですよ。それ以前に、毎回毎回ルーカス様の雷のとばっちりが、こちらにも落ちてくるからですよ! 」

 掛け値なしの本音を叫べば、上司がグッと言葉に詰まっていたが、それ以上の言い合いに発展する前に、話をしていた団欒の間の扉が予告なく開いた。

「よぉ。ミカ坊っちゃん寝たんなら、ちょうど良いわ。悪ぃが、手ぇ貸してくれるか?」

 本来なら、侯爵に対して許される話し方ではないのだが、当の本人が、自分と互角の腕を持つ同い年の公爵家護衛を「親友」扱いで、口調も礼儀作法も崩してしまっているため、最近では私含め誰もコレを咎めなくなっていた。

「この暗闇だ。家名は忘れて、タダの『オルヴォ』と『ケネト』で思いっきり暴れ回ってくれて構わねぇぜ」

「「‼︎」」

 どうやら、公爵邸を探ろうとしていて、ウチの上司が誰より早く気付いて捕獲していたさっきの少年、もとい少女から、仲間つまりはギーレンの間者の居場所を聞き出してきたらしい。

「ほう、捕り物か」

 ニヤリと笑ったファルコに、ウチの上司も同じような笑みを返す。

 暗闘なら、立場を気にしなくても良いだろうと、ファルコは言っているのだ。

「良かろう。ミカの護衛に一人二人残すが、それ以外で付き合うとしよう」

「ギーレンからの間者なら、普段から国境付近でも事はままありますから、奴らの遣り口なら慣れたものですしね」

「だと思ったんだよ。ヨロシク頼むわ」

 正直なところ、ファルコとウチの上司が共闘すれば、他は要るか?と思わなくもないが、証拠隠滅、もとい後始末の必要もあるため、少なくとも私と〝鷹の眼〟のナンバー2、イザクはこう言う時には付いておく必要がある。

 薬を調合したり、ファルコに付き合ったり、日頃無口なために分かりづらいが、イザクもなかなかに苦労性なのではないかと、私は勝手に親近感を抱いている。

 間者、密偵の類であれば、そのままだと何をしに来たのか話す筈もないが、そこはイザクの薬があれば、何とでもなるのだろう。

 何度か軍にも欲しいと声をかけた事はあるが、公爵家で秘匿されていると言われれば引き下がるしかない。
 効果が確実に保証されるので、惜しいとは思うのだが。

「……ファルコがレイナ嬢に付いて行くのか」

 あらかた間者を捕らえた頃、ウチの上司がファルコにそう聞けば、あっけらかんとファルコは「ああ」と笑った。

「実際のところ、付いて行きたい奴だらけでケンカになりそうなんだがな。ただ、あのシーグとやらにしろ、元特殊部隊所属のいけ好かねぇ騎士にしろ、一筋縄じゃいかねぇ。いざと言う時に押さえこめるヤツが付いて行かないと、話にならねぇよ」

「うむ。動けぬこの身が少し口惜しいが、行くのがおまえならば致し方あるまい。早々にお館様とレイナ嬢を連れて戻って来い」

「悪ぃな。留守中の公爵邸とミカ坊っちゃん、頼むわ。アンタはともかく、本当ならあんな小さい子を巻き込むつもりはなかったからな」

「いやいや、あの子は将来大物になるだろうよ。まあ軍人向きではないが、いずれお館様のような成長をしていくに違いない」

 シーグが潜伏先としていた洋菓子店に怪しまれない為の店番を買って出た少年を思い起こして、全員が苦笑する。

「ハルヴァラ伯爵夫人と家令が、領地でやきもきしていそうだな」

 上司の言葉に異を唱える者も、また誰もいなかった。
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