震災前、淡路島を走ると、「日仏友好のモニュメントを」と書いた柱があちこちにあり、

それはサンヨー電機が立てたもので、

松下幸之助の義弟に当たるサンヨーの社長が、淡路島を拠点としていて(生誕地かな?)
自らの成功の記念碑として、淡路の東浦にある公園にフランスから運んだ自由の女神像を建設する予定だった。

その記事を読んだとき、私は、むっとして、建てさせるものか!と、思ったよ。

淡路島は、日本発祥の島。伊弉諾伊弉冉神が生んだ、最初の島なのに。そして、伊弉諾神の大神宮があり、没した土地なのに、そこに

ユダヤの象徴、フランス革命の象徴「自由の女神」を、おいて、日本をユダヤ金融が征服したシンボルにするのか?

許せん!!

明石海峡大橋が開通し、兵庫県が淡路島北部に公園を整備したら・・・おしまいだ。

ところが、平成7年1月の大震災。

明石海峡の距離が1m広がった。明石海峡大橋の工事が大幅に遅れた。
あと少しだったけど、つながっていなかった。

最後のピースをはめればいいところまでいっていたのだけど。

大震災で、関西圏はずたずたになり、経済のいいところは、全部関東圏に持っていかれた。

すでに傾いていたサンヨー電機が、倒れた!!!


もう、自由の女神は建設できなくなった。
今でも、まだ、さびた看板に「日仏友好のシンボルを淡路島に」と書かれたものが、一個ぐらい残っているかもね。

ボンカレーの看板が、まだ田舎には残っているのだから。

でも、淡路島に立つはずだったユダヤのシンボルは、サンヨー電機とともに消えた。

こんなこと、たぶん、誰も知らないよ。

私は、監視していたからね。建てさせるものかという念を飛ばしながら。

淡路の公園が整備されても自由の女神は立たなかった。
そのうち、サンヨー電機が吸収合併されて名前が消えたことを知った。

やがて、お台場に自由の女神が建った。あれのことだと思う。

首都に立てられるのも、なんだかな~だけど、

淡路島は、日本発祥のシンボルだから、ここは、譲れない。

だから、あの大震災は日本の神様の怒りの一撃だと思っていたのよ。

まさか、橋げたに仕掛けた爆弾とは!

がっかりね。

でも、あのころ、日常茶飯のごとく、爆弾は仕込まれたんだけど・・・富士山の4隅とか・・・ほんものの大震災になったのは、数えるぐらいだった。

つまり、トリガーにはなっても、大自然の時期に会わなければ大震災にはならない。

ということは、やっぱり、淡路島は、あれを、叩き落したのよね。

て、思っていたのに、最近、もっと広大に、ややこしい連中が入り込んで悪さをしているのよね。過疎になっちゃったからねえ。


おれんちの神々の怒りを見たか!!と、言ってやりたかったんだけど。
もちろん、パソナが崩れる日は来るかも・・・まだ、あきらめないよ。


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