小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか 現代の災い「インフォデミック」を考える (集英社新書)
- 集英社 (2023年2月17日発売)
今日のメディア環境下で促進される誤情報や偽情報の大規模な拡散ーインフォデミックーは何故起きて、我々はどう対処すればいいのか。本書はそのために書かれた。よって、私のように小山田圭吾やコーネリアスの音楽を聴いたこともないような者にとっても重要なことだと思い、紐解いた。
何故起きたのか?
幾つかの要因のうち、重要だと私が思ったのは世の中が単純化を求めているから、ということだ。
学校時代の回想の一部が無惨に切り取られ、匿名掲示板に集う人々による悪意に満ちた拡散の果て、際立って恣意的なあるブログ記事が不当に信頼を得たことで、小山田圭吾の歪曲的な人物像が広範囲に共有されることになった。本書を一通り読んで、私も片岡さんと同じく「(小山田は)不当に過ぎる重荷を担わされている」と判断する。でもそれは曲がりなりにも250ページを辛抱して読んだからだ。
最初、もしどんな歪曲があったとしても、「(障害者へのいじめ関わりがありそうだから)パラリンピックの担当者には相応しくないだろう」と通り一遍のヤフーニュースを読んだ人間は思ってしまうような、揺るぎないかに見えた単純な「事実」が提示された(だから、小山田辞任を「傍観」した私を含む市民を免じるわけではないが、ここでは扱わない)。
1番衝撃的なインタビュー記事を、SNSで140字以内に載せる事ができたことが「拡散」に拍車をかけた。
でも、誰もが納得できるように物事を説明すれば、この本のように10万字以上の解説が必要である。此処に一つの問題がある。
もちろん、物事を単純化することは必要だ。
その一方で、
これは私の30年以上にわたる持論なのだけど、
議論が二分するような問題は、
間違いなく重要な問題である。
その時、問題は間違いなく複雑系である。
そして、その幾つかは大きな括りで言えば、
インフォデミックが起きている。
例えば
従軍慰安婦像は「反日の象徴」である。よってその展示を予定していた「表現の不自由展」も反日展覧会になる。そんな暴動が起きそうな展覧会は危険だから、中止するのも「仕方ない」。
例えば
マイナンバーカードが健康保険証化されるのは「仕方ない」。よって、カードを作るかどうかは本人の選択だけど、「大きな」制限とお金がかかるから、カード化が進むのは「仕方ない」。
例えば
台湾海峡で戦争の「危険性」が増している。そのために備えが「必要」なので軍事力倍増も「仕方ない」。
こういうのは、単純化して反論できない。不才不肖の私ならばせめて少なくて5万字と1ヶ月以上の完全自由な時間が必要だ。
片岡さんは本書で「何が起きたのか」については語っていたが、この複雑系に向き合うために「ではどう対処すればいいのか」という事まで触れてはいなかった。ただ、他の宣伝インタビューでは、
「私たち人間にとって、心地よさを通して複雑さに向き合うための道筋を提供してくれるものは、一つは広い意味での「芸術」だと言えます。」(「世界の複雑さと向き合うための、シンプルな方法。」https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/1876864/1/)とは言っている。
白でもなく黒でもなく、複雑さを一目で見渡す手段を「芸術」は確かに持っているのかもしれない。(だからこそ、従軍慰安婦像が、日本人の多くに直に見られなかったのは残念だった。)
ちなみに、現在、2021年7月16日に炎上騒動を無批判に伝えた毎日新聞と、その後追随報道した各新聞、辞任表明直後の「報道ステーション」アナウンサーが「いじめというよりは、もう犯罪に近い」と発言したこと、またさまざまなSNSの中でその震源地となったブログ主は、未だ一切事実経過の正確な説明と謝罪をしていない(ブログ主はいまだに片岡さんを罵倒に近く非難をしていた)。拡散に重要な役割を持った個人並びに組織が安全地帯にいるという、この世界的な構造も、またインフォデミックの大切な要点なのかもしれない。
たけさんのレビューで、本書を知りました。ありがとうございました。
- 感想投稿日 : 2023年4月30日
- 読了日 : 2023年4月30日
- 本棚登録日 : 2023年4月30日
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