徐正雨氏が「私が入れられたのは、ここです。この室番B102とあるこの部屋です。今見ると戦後、炭坑の診療所の病室になったんでしょうねぇ」と証言していますが、端島病院は昭和32年4月1日に火災で全焼して建て替えられています。室番まで覚えているかのように証言していますが、病棟は戦後の建物です。
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会話
発言一つ一つに根拠があるかチェックし、全て残しておくべき。
それは世界中の興味のある人も興味のない人にも全貌を知る手がかりになる。
脳内変換で記憶に刷り込むと、その後はそれが基本となるので、徐正雨氏としては、そうなのでしょう。
どこかの時点へフラッシュバックさせないと、云いはり続けるでしょう。
>室番B102
戦時中は敵性語で英語は使用禁止だった、という事実を知らない「徴用工」もどき。
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