[5-12] 査定
「ここからは第二街区です」
まるで別の世界に繋がってしまったかのように、門を隔てた向こう側には、全く別の景色があった。
煉瓦造りの大通りを模した、巨大な建物の一階廊下、とでも言うべき場所だ。
真昼の野外のように自然な明るさがあるが、見上げれば天井がある。そして、
道は、まるでついさっき大掃除が済んだばかりのように綺麗で、人影も無い。
寂れたゴーストタウンなら、もっと荒んで汚れているだろうが、ここはまだ手垢が付いていない新品の、卸したての街、と表現するのが相応しいだろう。
住む者が居ないのに街という枠から作るというのも、おかしな話に思えるが。
「第二街区は、主に人間の居住区として整備が進められていますが…………ええ、まあ、発展途上ですね。数少ない住人はほとんど中心付近に住んでいます。
よろしければいかがです?
シエル=テイラ亡国は居住移転の自由を保証します。今なら家も探しやすいでしょう」
案内人のエルフは、本気とも冗談とも付かぬ調子で、誘い文句を口にした。
道の左右には大小様々な店舗も見受けられるが、ほとんどは空っぽだった。『貸店舗』と書かれた札が掛かっている。
一部の札は『契約済』……実はサクラなのだが、もちろん訪問者たちは知るよしも無し。
人っ子一人見当たらない不気味な市街を一行は進んだ。
真新しい無人の市街は、世界が自分たちを残して滅んでしまったかのように、恐ろしく不気味に思えてくる景色だったが、やがてまばらに住人らしき者の姿が通りに見えるようになって、マークはほっとした。
この第二街区の住人は、確かに今のところ、狭い領域に集まって身を寄せ合い、暮らしているらしい。
街区の中心部付近では営業している店が並び、人が行き交っていた。
……いや、人だけではない。僅かながら、人ではないものが混じっていた。
先ほども見たダークエルフ。全身毛むくじゃらの雪男。頭が天井につっかえそうなオーガ。街頭でパトロールに当たっているのは、衛兵姿の
だが魔物たちは人を襲わず、気さくに挨拶など交わし、店で行儀良く買い物をしている。
四辻広場の噴水の前で、鋼の冠を被った巨大な犬(そうとしか表現しようがないものだ)が昼寝をしていてマークはぎょっとしたが、道行く市民は誰も気にしていない。炎の寝息を借りて煙草に火を付ける老人や、背中によじ登る子どもすら居た。
マークは熱に浮かされて歪んだ夢でも見ているような気分だった。
「お帰りの船は1時間後です。
それまで皆様、お買い物などいかがですか?」
そして一行は突然、広場で放り出された。
ほとんどの者はおっかなびっくりで、所在なく立ち尽くしていたが、マークはすぐに周囲を探索し始めた。ギルド職員の使命感と、冒険者的な好奇心によるものだ。危険を恐れてばかりでは冒険者業はできなかった。
まず、生活雑貨は品揃えが悪く高価であるとマークは感じた。
新品のペン一本の値段が、ウックサールの街の店の倍近かった。
エルフの作る木製家具と言えば高級品の代名詞で、それが市価より遙かに安く売られていたのだが、数は少なく既に全て『売約済』の札が貼られていた。第一街区では材木用の木を育てるスペースが無いのだ。おそらく城が飛び立つ前に作って持ってきた分の在庫しか、ここには無い。
そのくせ
雑貨が乏しい一方で、衣食の充実は目を見張るものがあった。
先ほど通った農区での生産によるものだろう。新鮮な青果や肉、未知の植物繊維による衣類が店先には豊富に並んでいた。
しかもそれが安価である。街の中で作られて輸送の要が無く、また、生産が効率化されているために、この浮遊城塞都市の住人を養って余り在るほどには物が溢れているのだ。
儲かるから作られていると言うよりも、ここまで来ると為政者の作為を感じさせる。
露天の飯屋も安く、美味そうだった。鳥の魔物が回転しながら丸焼きにされ、肉を削がれていた。
とは言え、経済の全てが何かの計画で回っているとも思えぬ。
ドワーフの経営する酒屋に入ってみたところ、ボトルの色だけで虹が十本作れそうなくらい品揃えが充実していて、マークは呆れ混じりの苦笑が浮かんだほどだった。
やはり農区でエルフたちが拵えているものなのか、エルフが好むような、甘ったるくて
「オススメを一本くれ」
「あいよ」
ドワーフの店主は一切の迷い無く、一番強い酒を持ってきた。
ギルドに持ち帰って錬金分析に掛けようとマークは考えていた。安全そうなら残りは役得とする。
「帝国風の肉饅頭、いらんかね!」
「この耳飾り、毒が効かなくなる。こっちの指輪、腰を呪いから守る。安いヨ。
買わない、バカのすること」
「
怪我に効く、病気に効く、何にでも効く! さらには鎖や歯車に一滴垂らせば、これが音無く滑らかに動く!」
マークが土産を買って戻ってくると、一行のほとんどはまだ広場で立ち往生していて、そこに物売りが何人か集っていた。
商人の押しに負けて、軍票を差し出す者もあった。インチキくさい商品を持ち帰る方が、外で通用するか分からぬ紙幣よりマシだと思ったのかも知れない。
「お花はいかがですか!」
そんな商人たちの中で、際だって目を惹いたのは、ワゴンを牽いてやってきたエルフの少女だ。
「これは、さっきの……」
「綺麗ですよ! それに、近くに居れば冬でも暖かいんです!」
彼女がワゴンに積んでいたのは、熱を放つ赤い花。
蔓草を編んだ吊るし鉢から、花がだいたい四輪ずつ顔を出している。
間近で手をかざしてみると、焚火や暖炉石とまではいかないが、確かに温かい。
皆が食いついた。これを目当てにしていた者も居るのだ。
「
「はい、もちろん!」
「あ、そんなら俺も……」
赤い花は飛ぶように売れ、少女のワゴンに山と積まれていた吊り鉢はみるみる減っていく。
「ありがとうございまーす!」
「世話はどうすりゃいいんだ?」
「
それで毎日一番暖かい時間に水と、生き物の骸を与えてください。
虫の死骸や魚肉のクズで大丈夫です」
マークも残りの軍票で、それを買った。
二鉢買ったはずなのに、エルフの少女は三鉢手渡し、太陽のようにまぶしく微笑んだ。
「お兄さんカッコイイから、ひとつサービス」
「え、あ、ああ……」
「おいマークてめえ!
奥さんに言いつけんぞ!」
「待て、頼む後生だそれは勘弁してくれ!」
一緒に来た知人に、やっかみ半分で脅されて、マークは今日一番慌てた。
ちなみにマークはそれから三日間ぐらい、自分がどうしてサービスされたのか歓びと疑いの狭間で悶々とすることになるのだが、それは比較的どうでもいい話である。
* * *
客人が去って第二街区は、また少し静かになる。
花売りは昼寝中の魔獣に背を持たせ、一休みしていた。ワゴンは空っぽになっていた。
「……お疲れ様です、お頭」
「いいのいいの。ボクが自分で見たくて来てるんだから」
客人の案内をしていたガトルシャードがやってきて、トレイシーを労った。
花売り役は一番重要な仕事であるが、別に隠密頭自ら出張らなくても、任せられる人員は居る。実際ほとんどのシフトは別の者が担当しているのだ。
そんな中でトレイシーがここに居るのは、トレイシー自身の希望によるものだった。
「違和感なかった?
エルフの変装は初めてだから……」
「なさ過ぎて恐ろしいです」
ガトルシャードの溜息は、感服と呆れの色をしていた。
思い出せメモ
マーク:元冒険者。現役の頃のクラスはファイター。かつて王都テイラ=ルアーレで活動していたパーティー“いななきの夜”のリーダー。学があり事務仕事も得意。書籍版2巻で登場し、トレイシーに情報料としてナッツケーキを奢った。
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