ローソン
おにぎりを仙台へ

 震災発生から7日間が経過した3月18日、仙台地域にあるコンビニエンスストア「ローソン」各店頭におにぎりおよそ100個が並んだ。

 「1店舗当たり100個では焼け石に水だ」と、ローソン幹部の表情は硬い。確かに、100個は数分間で売り切れてしまった。しかしそのたった100個のおにぎりを被災地に行き渡らせるまでに、いくつもの難関を乗り越えなければならなかった。

 初動は早かった。烈震が東日本を襲った11日、地震発生からわずか5分後の午後2時50分過ぎには緊急対策本部が立ち上げられた。

 対策本部がまず急いだのは、社員や加盟店オーナー、店長などの安否確認だった。急ぎ仙台の東北支社に連絡を取ろうと試みたが、固定電話や専用線は不通、携帯電話はほぼ使えない。衛星電話も備えていたが、なぜか機能しなかった。現地の情報が入らない。

 被害が東北から関東まで広域に及び、物流網も寸断されていたため近隣地域から支援物資を運び込むこともできなかった。「これまで、どんな災害でも、翌朝には朝食用の救援物資を被災地に届けてきた。だが、今回は身動きが取れなかった」。ローソン幹部は悔しそうに振り返る。

 12日朝。焦燥と不安に駆られた眠れない夜が明けた。依然として現地の状況は見えない。オンラインで結ばれている各店舗のコンピューターへの通信を試みたが、午前6時30分時点で、東北6県806店舗中、720店舗から反応がなかった。大半の店舗に何らかの被害が生じている可能性がある。

 ようやく社員の携帯電話が通じ始めたが、店舗の状況は支店でも把握できていなかった。悲痛な声が届く。

 「早く店舗を見に行きたいんですが、道路事情が悪く、車では無理です」

 「じゃあ、バイクならどうだ」

 対策本部はすぐに単車を被災地に持ち込むことに決めた。

 4台のトラックと1台の乗用車を調達し、現地で「足」となる原動機付き自転車12台や緊急用の物資を載せた。7人の支援隊は、トラックや乗用車に分乗して午後5時に東京・大崎を出発。東北道を北進し、悪化する路面状況に苦労しながら翌日13日、午前3時50分に仙台の支社に到着した。

燃油さえあれば蘇る

 こうして被災地に持ち込まれたミニバイクと復旧した通信網が、現地の状況を少しずつ明らかにしていく。まず社員全員の無事が確認された。震災から2日目、13日時点で、東北6県と茨城県に立地する913店舗のうち、少なくとも389店舗が休業を余儀なくされていることも分かった。逆に言えば、半数以上は営業できる状態にあった(3月21日現在の店舗状況は下記地図参照)。

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