うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
あの距離感ぶっ壊れコミュニケーション事件から少し経って、遂に迎えた十二月の二十四日。
今年一年を締め括るに相応しい大レースが開催される会場は、溢れかえった人混みで凄まじい熱気に包まれていた。静かに! 雑魚め。
外に立ち並ぶ出店の数もかなりのもので、グッズ販売ブースに関しては列まで形成されていてまさにお祭り騒ぎだ。
バイクを押しながら専用駐車場を目指す俺も彼らを見ながら、心の中では強い高揚感を覚えていた。
サイレンスと公園で会話をして以降、実は新たに判明した情報があった。
あの後に発表された記者会見の映像の中には、彼女だけではなくマンハッタンカフェとメジロドーベルの姿もあったのだ。
つまり今回の有馬は、今年のトゥインクル・シリーズをアホみたいに盛り上げたあの三人が一堂に会するレースという事で、ウチのクラス内だけではなく世間全体がその話題で持ち切り状態になっている。
無論、俺もそんなミーハーの一人だ。
「山田には感謝だな……」
ポケットの中の財布に入ったチケットをすぐにでも取り出して眺めたい気持ちを抑えつつ、案内に従ってバイクを押していく。
実は俺がライブ鑑賞の有料席を取ろうと考えた時には既に前列側の席は完売しており、残った後ろもほとんど最後尾に近い場所ばかりで、とてもステージ側から俺の顔が見えるような席は残っていなかったのだ。
──が、そこで手を差し伸べてくれたのが我らが山田くん。
チケット販売開始の時点でデジタルと共に最前列を確保しており、なんと俺の分まで取っておいてくれたのだ。
そして彼に泣いて感謝を伝えてチケットを受け取り──今日に至るというわけである。親友♡
「ん……?」
ようやっとバイクを置いて会場へ向かっていくと、露骨な人だかりが目に入った。
あからさまに浮足立ってる彼ら彼女らの視線の先では、まだ勝負服には着替えていないジャージ姿の栗毛の少女が、トレーナーと思わしき男性と話しながら歩いている姿があった。
あれはサイレンススズカだ。俺の見立て通り美人だな。
レース当日という事もあってか雰囲気が少々ピリついており、トレーナーとの歩きながらの会話も永遠に真剣な表情のままになっている。
それを見ていると、目の前に彼女がいるのに握手やサインすらねだれないファンたちの気持ちが俺にも理解できた気がした。文字通り世界が違う。
「──こんにちは、スズカ。宣戦布告ってやつにきたよ」
「そう……でも負けないわ。今日は絶対に……あなたにも、誰にも」
「ふうん。ま、先頭の景色ってやつ──今日はあたしが見させてもらうから」
今回のレースに出走するであろう他のウマ娘がサイレンスの前で啖呵を切っている。もうバッチバチだ。互いに全然周囲の状況が見えていない。
もはや観衆など彼女らにとっては風景も同然なのだろう。
あそこには俺の知らない数多くの因縁が存在している。
そして、きっとそれはあの二人だけに限った話ではない。
ここに選ばれ集ったのは、紛れもなく今年最強のウマ娘たちだ。
度重なるレースの中で切磋琢磨し合い、それぞれ頂点へ至るための強い信念と、ライバルへのデカい感情を胸に抱えてこのレース会場へ赴いている。
今日、全力を以って鎬を削り合い
「おーい待っておくれよカフェ~」
周囲がまたざわついた。
人だかりのすぐ後ろをマンハッタンカフェとサポーターであるアグネスタキオンが通ったからだろう。そばにはトレーナーの男性も控えている。
「はは、スズカ君は大変だねぇ。往来で宣戦布告をされるなんて」
「……今の私には関係のない事です」
「いやいやカフェ、少しは自分の戦績を思い出したらどうだい? きみだって今回は狙われる側だろうに。いつも通りにはいかないだろうし、もう少し警戒をだね……」
「今回の錚々たるメンバー……彼女らに気を取られて、いつもの走りが出来なければ……意味がありません。誰にも揺さぶられない……私は私の走りを貫くだけです……」
アグネスタキオンと会話しながら、本当にすぐ近くを通過したが──やはりというか、ミーハー集団の中にいる俺に気づく様子はない。どうやら完全に意識が向こう側にあるようだ。
思い返してみれば、レース直前のあんな彼女を見た事はほとんどなかった。まるで別人だ。
なんかみんな全体的に殺伐としている。
まぁ、勝負の世界なのだからこれくらいヒリついていたほうが逆に健全ってものかもしれない。
……ていうか、サイレンスに宣戦布告するためにわざわざ裏から出てきたあのウマ娘はともかく、何でマンハッタンとサイレンスはこっちの通りにいるんだ。裏口を使えばいいのに。誰か探してるの? ベルちゃん?
「ど、ドーベル、もう控室に戻ろう。ほら、表に出ても余計に注目されるだけだ」
「……見当たらない。……うん、ごめんねトレーナー。一応見ておきたくて」
「っ……?」
あ、メジロドーベル発見かわいい。トレーナーさんも一緒みたい。ベルちゃんあそこにいるよ二人とも。
やはり先ほど見かけた彼女らと同様にドーベルも顔つきが随分とマジだ。俺が過去あの少女に壁ドンした事があるなんて嘘だろ。絶対幻覚だわ。
それから少し経って──レース開始の三十分前。
観客席は今か今かと主役たちの登場を待ちわびる人々でごった返しており、お世辞にも居心地がいいと言えない。
ここへ来た時間が中途半端だったせいかお腹も減ってきた。外のコンビニへ何か買いにいきたい。
このまま待機してベストな場所を取っておくのも悪くはないが、こっちと違って有料席があるライブのほうではいい場所を確保させてもらっているのだ。もう他の人に前列を譲ってしまってもいいかな、くらいの気持ちで離れてしまおう。
「あっ……」
「ダーヤマさん? どうかなさいましたか」
「……いや、何でもないよ、デジたんさん。それより楽しみだね」
少し離れた場所でデジタルと二人並んでレース会場を眺めていた山田が、ふと横を見たときに俺の姿に気がついたものの、すぐデジタルの方を向いて気づかないフリをした。
ほう、なるほど。
(……? ハヅキ、なんで嬉しそうなの)
ふふ、愚問。
この会場で唯一俺の存在を察知してくれた事と、また『俺のことは気にせずデジタルさんと二人きりの時間を大切にしろ』という意味を込めたアイコンタクトを一瞬で理解して、すぐさま彼女へ意識を移したことが嬉しかったのだ。
きみは良い男察せる男。俺がウマ娘なら一万分の一くらいの確率で惚れてたかも。
「おっ。サイレンスたちが映ってる」
外に出る前に入り口付近の大型モニターが目に入った。
どうやら今回の出走者たちの戦歴を振り返りながら紹介する番組が映されているらしく、ループ再生になっているようで放送が終わったと思ったらまた冒頭から改めて始まってしまった。
「……おぉー」
そんな彼女たちの華々しい戦いを流していく映像を前に、つい見入って足が止まる。
まずは鮮烈なデビュー戦を披露したサイレンススズカのレースが分かりやすく前面にピックアップされており、次に二着と驚異の五バ身差を見せつけたマンハッタンカフェ──続いてそれまでパッとしない戦績ばかりだったにもかかわらず突如として覚醒したようにブッ壊れたようなヤバい走りで世間を騒がせたメジロドーベルが紹介された。二着と七バ身差ってお前。……あ、ライブ映像でおっぱいが揺れてしまっていますよ。最高の女♡ 反省しろ。
「やっぱすげぇな……」
それを観ながらふと思う。
──生きる世界が違うな、と。
こんな日本中が注目するような大イベントの主役を飾ってる相手なのに今さら何を、と自分でも思うが、改めてそう感じてしまった。
曲がりなりにも同じバイト先で、まるで普通の同級生のように接する機会が多いせいで毎回錯覚してしまいそうになるが、本来彼女たちのようなトップクラスのウマ娘たちは、一般人にしてみれば映画の主役を務め日本中の誰もが名前を知っているような超有名俳優などと肩を並べられるほどの、まさしく雲の上の存在と言って差し支えない人物なのだ。
これだけ多くの人々が観戦に訪れている時点で当たり前の話なのだが、どこか心の中で場違いな考えをしていたのかもしれない。身近な友人の部活の試合を観にきた、的な感覚だった。
しかしその認識は今ここで改めておくべきだ。
彼女たちは誰もが名前を知っている存在で、日本中の人々が注目するトップアスリートであり、ライブでも数多くのファンを魅了する最強アイドルとしての側面も持ち合わせている最強のウマ娘なのだから。
あまり自分の立場を勘違いしない方がいい。あくまで俺はたまたま会話が可能な機会に恵まれてるだけの一般人に過ぎないのだから。
「──ん、秋川葉月? どしたお前」
モニターから視線を外してアリーナの外へ出ると、なにやらテントの部品のような物を片付けているゴールドシップにバッタリ出くわした。
なんか祭りのはっぴみたいの着てる。しかし全面にはデカい乳。予想以上の女体だ……ルール違反目前のもの。
「……そういうそっちは何してるんだ、ゴールドシップ?」
「アタシはさっきまで出店やってたんだよ。スイカ屋」
こんな真冬にスイカ売ってたのかよ。今日クリスマスイヴだぞ。
「クソ寒かったし今度は焼きそばかタコ焼きあたりにすっかな~。……あ、てかオメー今から会場出んのか? あと三十分弱でレース始まるだろ」
「ちょっとそこのコンビニへ行くだけだよ」
「ほえ~」
言いながらせっせと鉄製の部品を外しては段ボールにしまってを繰り返す芦毛の少女。
パッと見た限りではまだ片付けに時間がかかりそうだ。ていうか何でこんな大事なレースの日に屋台を出してたんだコイツ。俺の予想を上回っていく……面白い女だ。めっちゃ可愛いな。
「……その片付け、手伝おうか?」
「えっ」
ゴールドシップが固まった。そんなに変な事は言ってないはずだが。
「いやほら、レース開始までに終わらなかったらアレだろ」
「……礼とかは言わねーぞ?」
「別にいいって。えーと……とりあえずそこのパイプをバラして段ボールに入れればいいか」
「サンキュな」
「言ってんじゃねえか、礼」
そんなこんなで彼女と屋台の片づけを始めて少し経った──その時だった。
「おっ? あ、おい秋川葉月」
「どした」
「見ろよあそこ。会場の駐車場あたりの空」
「なんだよ空って。飛行機雲でも──」
言われるがままゴールドシップが指差した方向へ首を向けた。
そして視界に映り込んだ。
彼女が示したその空には黒い人型の影が目測で二十五体ほど浮かんでいた。
「あれって、オメーが言うところの怪異ってやつじゃねえの?」
「…………たぶん。…………うん」
◆
──バカ共が現れた。
この一年を締め括る最も大切なイベントの日に、いま一番会いたくない連中が雁首揃えてケンカを売りにきやがった。
やばい、ちょっとマジでイライラしてきた。ユニーッ!
会場の付近に出現した怪異たちは以前と同じく一般人にも見える黒い人型の形態になっており、その数なんと二十五体。
たしか前回交戦した時の最大出現数が五体だったので、数週間で進化した結果奴らの数は二倍ではなく二乗の数に膨れ上がってしまったらしい。加減を知らねえのか? も、もういっそ滅びてほしい……♡
怪異たちの狙いは恐らくレースの妨害もしくは会場内での破壊行為だ。他の通行人には目もくれず、準備が出来たやつから順に地上へ降りてこちらに向かって来ていることからそれは予想できる。
つまり今回は防衛戦になるというわけだ。
いつものように怪異たちを追い回すのではなく、圧倒的なパワーを見せつけて『会場には近づけない』と奴らに
加えて、相手が諦めるまで粘るという戦い方は、基本的に短期決戦を想定したユナイトとは致命的に相性が悪いため、そういう面でも俺たちにとっては不利な戦いだ。
なにより──
「お、おい秋川葉月。変身しなくていいのか?」
「……いや、無理だ」
「えっ」
ウサギと亀。
いまはユナイトできない理由がある。
「ゴールドシップ、俺たち少し前にデュアルしただろ」
「あぁ、それで負担は八等分だって」
「──レースまであと二十分弱も時間がある。それに走り終わったら次はそこからウイニングライブだ。しかも有馬はライブ時間がいつもより少し長い」
そう、俺は仲間たちとデュアルをして、戦う際に生じる負担を分割できるようにしてある。
「あの三人はこれからレースとライブをやらなきゃダメなんだ。今ユナイトしてあの怪異たちと闘ったら、マジでそれどころじゃなくなる」
「いや、でも緊急時だろ? あいつらだって負荷は承知の上でお前とデュアルしたんじゃねーか。それにデメリットを抱えた状態での走りも練習してたし──」
「二、三体程度ならそうしたさ。みんなの覚悟は承知してる。……けど見ろよアレ」
指差した先には大量の怪異。
未だ上空でパワーを蓄えているやつと、準備が完了してゆっくりとこちらへ歩を進めている怪異たち──計二十五体。
もちろん敵の数が増えるであろう事態は予測していた。
前回が五体だったから、最悪を想定して二倍の数の十体を相手してもギリギリ他人との受け答えが出来る程度には、皆に俺の夢の世界でトレーニングしてもらった。
しかし、今回は事情が違いすぎる。
二十五だぞ。
あれ二倍じゃなくて二乗だぞ。指数関数的に増大してる。流石にあれだけの数の敵と戦った場合の負荷のトレーニングはしていないし、俺自身も未知数の領域だ。もっとゆっくり増えろ! 風情がない。
「少なくともライブが終わってステージから降りるまではユナイトできないんだよ。もしいつも通りあの怪異たちと闘ったらデュアルしてる仲間全員を社会的に殺すことになる」
それどころか肉体的にも──いや、今はとにかく目の前の事態の対処法を考えよう。
「だから最低でも四十分だ。これから四十分間、あいつらを会場へ近づけないよう立ち回る必要がある」
ゴールドシップに一通り説明を終えて一旦黙ると、身体の内側でドクドクと強く脈打つ鼓動を感じた。
これはもうスリル満点なんてレベルではない。
ガチの危機的状況すぎて逆にワクワクしてきたくらいだ。お客さんどうしましょう。
「……そういう事ならしゃーねえな。ほれ、これ使いな」
「うおっ。……わ、ワカメ?」
まだユナイトできない事情を聞いたゴールドシップは暫し逡巡した後、キリッとした表情に変わって俺に乾燥ワカメの袋を投げ渡した。なにこれ。
「オメーがトレセンに不法侵入したとき、アタシと帰り道で話したこと覚えてっか?」
何だっけ♡
「ピンときてねえな……ほら、ワカメぶん回して怪異を追い払ったって話だよ。アタシは怪異は見えねーけど、明らかに超常現象が起きてたからそれで何とかした」
ワカメで怪異を退けられる原理は全くもって意味不明だが、事実として彼女はワカメを使ってあいつらから身を守っている。ワカメはこの場において他にない最良の選択肢だ。
これしかないなら──やるしかない。
ユナイトをし続けた影響で素の身体能力も多少は向上しているが、それでもあくまで俺は一般人だ。バケモノに対抗するには武器を取るしか方法はない。
「長ネギとかところてんでもイケるっぽいんだが、生憎それしか持ち合わせがなくてな」
スイカの屋台をやってたのに何でワカメ持ってるんだとか長ネギやところてんでも怪異を撃退できんのかよという疑問や質問は全部心の中へしまっておく。今は眼前の敵に集中だ。
「──ゴールドシップ」
「ゴルシちゃんでいいぜ?」
「……ゴルシちゃん、ありがとな。おかげで希望が見えてきた」
おっぱい希望峰。やりすぎデカすぎ見せつけすぎ。
今までは俺がメジロマックイーンというウマ娘に関わることを目の敵にしているよく分からんヤツという印象だったが、今回の事でそれが変わった。
この少女はきっと面倒見がいいタイプなのだろう。
だから普段接しているマックイーンさんが、どこの誰とも分からない俺みたいな男と接することを危惧していた。それほど仲間想いな少女なのだ。
思い返してみれば彼女のために俺とのデュアルに協力してくれている時点で善性の塊みたいな女の子だったのだ。もっと早く気がついておくべきだったな。度量も乳もデカすぎるという事でここはひとつ。
「これオメーの相棒の分のワカメな」
「サンキュ」
あ、そうだ。サンデー。
(山田くんとデジタルちゃんを呼んでくるんだよね)
その通り。思考の先読み相思相愛。
ついでに控え室のマンハッタンさんの荷物の中から白ペンダントを持ってきてくれ。
(……? 何に使うの)
──。
(……わかった。一応持ってくる)
助かるぜ相棒。あとで美味しいご飯を食べようね。
ではワカメを携えたゴーストバスターの始まりだ。この勝負乗った! べらぼうめ! 負けないお~~♡
◆
ほほほ♡ フッフッ。
あ~生意気な態度たまんねぇ……! そんな大量の数でレース当日に襲撃して……正気の沙汰ではないぜ。
甘えたがりの怪異ちゃんたちとの戯れが始まってからどれほど経過したのだろうか。
ワカメを渡した山田とデジタルに一番広い正面の出入り口を任せ、俺とゴールドシップで会場の周囲を駆けずり回りながら海藻をばら撒いていたのだが──そろそろ限界だ。
カラスの影響で強化された怪異たちにもワカメは通用したがとても撃退には至らず、ぶん投げて多少ノックバックさせることは出来ても追い払うことは難しく、まさに背水の陣を延々と続けており、協力してくれている三人はもう気力も体力も底を尽きている。そんなボロボロになるまで闘ってくれて……愛さねば……♡
「ぎゃふん」
「ッ! ゴルシちゃんっ!」
そして今、正面の出入り口へ戻ったところ、目がグルグルでぶっ倒れている山田とデジタルを怪異の攻撃から守るためにゴールドシップが自ら盾となり、クロスカウンターでワカメを喰らわせると同時に彼女も同じくグルグルお目目でダウンしてしまった。
そのまま気絶おっぱいを揉みしだきたい気持ちを押し殺しながら彼女を建物の中へと運んで避難させる。山田とデジたんも同様に移動させて──気がついた。
この会場の警備員さんたちがもれなく倒れている。
俺と違って外傷が見当たらないあたり、なにかしら怪異の特殊な力の余波にあてられて気を失ってしまったのだろう。遠目でも呼吸の動きだけは確認できている。
とりあえず死傷者は出ていないが──このままだと時間の問題だな。無力な俺。忸怩たる思いだよ。
「ハヅキ、みんなは」
「もう限界だ。あとは俺たち二人だけだな」
再び外へ出ると、反対側でワカメを投球していたサンデーが戻ってきた。一旦ハグしておく。ムインギューーーーー♡
ゴールドシップ、俺、サンデーの三人で怪異たちを吹っ飛ばして誘導し、対処しやすいように全員を正面に集めたことまでは良かったが、どう考えても残りの敵を対処するには人数も力も足りてない。
「……潮時か」
怪異たちはなお侵攻してくる。何度アクメしたらそのようになるのか!? 猛省せよ。
ついに観念して、俺は手に持っていたワカメの袋を付近のゴミ箱へ投げ捨てた。ポイ捨て厳禁。
ワカメは捨てたがもちろん戦うこと自体を諦めたワケではない。
「サンデー、白ペンダントを」
俺がそう言って彼女の方へ手を差し出すと、相棒はポケットから乳白色の石がはめ込まれたペンダントを取り出して手渡した。あ、スベスベな指が触れて……♡ 触り心地抜群。
これは呪いを緩和させる解呪の儀式で用いていたアイテムだが、本来の用途とは別の使い方があるのだ。以前サンデーから直々に教えてもらったやり方である。
「本当にやるの」
「こうしないと物理的に間に合わないだろ」
「……そうかもしれないけど」
隣にいる白髪の少女の表情は芳しくない。
これから俺がやろうとしている事は、彼女としても推奨したくはない対処法なのだろう。巧妙なマゾ雌ガール♡ 頭脳明晰でタイプだよ。
だが背に腹は代えられない。
日本どころか世界にだって通用する最強ウマ娘たちを守るためにはこの方法しかないのだ。俺には彼女たちを命に代えても守るという責務がある。王として、男として。ハピネス。
──今からこのペンダントを装着する。
これを付ければ他人とのデュアル状態を解除できる。
デュアルの大元である俺がこいつを付けることで
そうすれば後はいつも通りだ。
ユナイトの負担は俺とサンデーだけの物になる。
『さあ、始まりました有馬記念──』
会場内にある大型モニターの映像が切り替わり、一斉にスタートしたウマ娘たちが映し出されている。うひょ~美しやダビデ像。
あそこに映っているのは他でもない今日の──いや、今年の主役たちだ。
そして熱く激しく華々しくぶつかり合うその主人公たちの決戦を台無しにしようとしている悪意が今目の前に存在している。
であれば、やる事は一つだろう。
ダービーで数多の人々に夢と希望と感動を与える彼女たちとは生きる世界が違う俺の、本物の舞台に立つ主人公たちと壁を一つ隔てた
相手は二十五体いる。
これまで戦ったことのない数の敵をやっつけた後に自分がどうなるのかなど想像もできない。
ましてや誰ともパスを繋いでいないこの状況では、その負担を一身に背負うことになる。
冷静に考えれば物理的に耐えられない。
もしかしたら──というか普通に死ぬ可能性の方が高い。
だが、そんな覚悟はとうの昔に決めている。
主題は俺ではないのだ。
「……すまん、サンデー。選択肢なんて見るからに無いが一応言わせてくれ」
うるち米。
なぁなぁにしてはいけない。
しっかりと言葉にして伝えることがせめてもの誠意だ。
「強くなった大量の怪異と闘ったらお互い無事じゃあ済まないだろう。……それでも一緒に闘ってくれるか」
「……やだ」
えっ、マジ。終わった。
「……って言ったらどうするつもりだったの」
「そりゃお前……説得するしかないな。折れるまでお願いし続けるよ」
「……そう。一人で戦ったりとか、しないんだ」
するわけがない。サンデーが察しているように理由は明確だ。
「俺一人が闘っても目の前のアイツらには勝てないからな。だからお前に手を貸してもらえるように全力で頼み込む」
「……」
もう最初から分かっていたことだ。
恥も外聞もありはしない。
俺は弱い。
秋川葉月という人間はどうしようもなく脆弱な存在だ。
ほかの誰かに手を貸してもらわなければ、従妹の女の子一人すら満足に守れないクソ雑魚だ。
だが、一年前まではそんな当たり前の事すら自覚できていなかった。
それが分かったのは──つい最近のことだ。
だから、それを改めて認識した今、俺は他の誰かに助けを求めることにしたのだ。
「カッコつけたいんじゃないんだ。無謀を勇気に置き換えて一人吶喊かまして散って自己満足したいわけじゃない。俺は今、会場内にいる主人公たちを絶対に守りたい。命でもなんでも払えるモンは全部対価にして確実に守り切りたい──そう考えてます」
もう自分がダサいだとかそんな事はどうでもいいのだ。兵は神速を貴ぶ。
この世界の誰よりも心優しい少女を巻き込んででも、後ろにいる大勢の人々の前でウマ娘としての青春を走る彼女たちを守る。
そう決めた。
だから口にする。
一緒に闘ってくれ、と。
「サンデー」
前を向き、迫りくる脅威からは目を逸らさないまま、隣にいる彼女の手を握る。
「自分を犠牲にするために俺と一緒にいてくれたわけじゃないよな。ただ大切な友だちを守りたいから、そのための手段として
この少女の優先順位は分かっている。
彼女にとってあの漆黒のウマ娘が誰よりも大切な存在であることは知っている。
最も大切なものが、その少女と共に過ごす時間なのだと理解している。
危険な目になんて遭いたくないし、なるべく彼女と一緒に過ごして、ただ走って競い合いたいだけなのだろう。
知っている。
わかっている。
何故なら彼女もまた一人のウマ娘であり、他人からは見えない性質を持っているだけの、ただの一人の少女だから。
「こんなの嫌だよな」
分かっている。
「けど、力を貸してくれ」
それを知ったうえで、俺は『それでも』と彼女に向けて言葉にする。
「もしかしたら消えるかもしれない。もうあの子には会えないかもしれない。全部上手くいく保証なんてはたから見れば一つも無い。──それでも力を貸してくれ」
強く手を握る。
一緒にいてくれ、だなんて生易しい意味じゃない。
もうお前のことは逃がさないぞ、と。
二度と俺のそばから離れるなと、そんな黒ずんで歪んだ意思に突き動かされて彼女の手を握っている。
言うなれば──ワガママ、というやつだ。
「大人がよく言う責任って言葉の意味を、たぶん俺はまだ理解できてないと思う。なんせ高校生のガキだからな。もしかしたらこの状況に酔ってるだけかもしれないが──でも一つだけ分かることがあるんだ」
敵はほんの十数メートル先まで迫ってる。
それでも俺は焦らない。
たとえ本心ではビビりまくっていようが顔にも言葉にも出さない。
きっと大人ならそうするはずだ。
「今後ろにいる、自分と縁を繋いでくれた大切な友達は何があっても守らなきゃいけない。頼って、巻き込んで、それでも一緒にいてくれた友達なら、命に代えても守らなきゃダメなんだって──そういう責務がある筈なんだ。……たぶん、それが今の俺が果たさなきゃいけない責任ってやつなんだと思う」
責任の所在を明らかにせよ。
まず最初は家から逃げた。
その次は恩人からも逃げた。
三回目は最も大切な家族からさえ逃げた。
俺は責任というものから逃げ続ける人生を送っていたのだ。
けれど今向こう側にいる少女たちは、その責任と向き合うチャンスをくれた。
彼女たちは自分の運命から逃げることなく、迷いながらも前を向いて走ることで、俺に道を示してくれた。
その恩に報いたい。
背負った責任から目を逸らさず、今度こそ逃げずに立ち向かいたい。
「サンデー」
だから俺はこの手を掴む。
例え迷惑だろうがそれでも掴む。
だって彼女は、俺がそうすることのできる唯一の相手だから。
自分勝手な願いだとしても、それでも俺の味方でいてくれと、お前だからこそ手を伸ばすことができるのだ、と。
──きっとそれこそが“相棒”ってやつなんだ。ついてきてくれ! 心からの願い。
「今こそ責務を果たしたい。……俺と一緒に闘ってくれ」
そう言って、カッコつけた割にはほんのちょっと心配になって、それとなく視線を横にずらすと──
「……はぁ。……まったく」
彼女は仕方なさそうに小さく笑っていた。イイ子供を生みそう。素敵な家庭作れそう。しかしマゾメスだ。
「一緒に闘う。……一応、私にもハヅキの相棒になった責任があるし」
そう呟いた後、サンデーはその時になってようやく、ぎゅっと俺の手を握り返してくれたのであった。さすが美人ウマ娘は情熱的だね。レシプロエンジン。
◆
♡♡♡♡♡♡ ……♡♡♡?
「あっ」
ハッとした。わずかながらイク──。
場所は会場を出て広い階段を降りた先にある噴水広場のベンチの上だ。
──敵は全員やっつけた。
ポコポコにして追い払ったので会場の中は無事だ。ムッ!? 決壊の予感……無し。よし。
「からだ痛すぎてうごけん」
「わたしも……」
ベンチで仰向けに寝そべった俺の上に、サンデーがうつ伏せで乗っかっている。くっつきすぎて心臓の鼓動が丸わかりだよ。ドエロいホスピタリティに関心。
「ハヅキ♡」
どうしたのかな。君かわいいね。しかし下品な性根! 神様にどう言い訳するおつもりだ?
「わたし、もう身体を保てない。消えないために、自分の意思とは無関係に、また夢の境界へ落ちて概念を再構築することになる」
そういえば前回もそんな事があったな。
「消滅寸前だから、前よりもずっともっと深層に落ちてしまう。光も届かないような、暗い闇の底に。案内人の先生がいても、深淵に辿り着けるかはわからない。もしかしたら、もう二度と会えないかも」
そんな薄情なことを言うな! 生意気である。
でも心配いらないよ。なにせボクチンが旦那だからね。
「……サンデー、そんな不安そうな顔すんな」
腕の一本も動かないから、キスはおろか頬を撫でることすら叶わない。実は喋るだけでも全身に爆発するような激痛が走り続けている♡
それでも会えなくなる時間が生まれてしまうので、その間さみしくないように、せめて何か伝えておかなければならないのだ。無理を通せば道理が引っ込むというもの。エキセントリック!
「おまえがどこにいても、絶対に俺が見つけ出す。海の底だろうが銀河の果てだろうが異世界だろうが関係ない」
これもまた一つの責任──いや。
俺たち二人の誓いだ。
「約束する。必ずお前を迎えにいく。……だから安心して待ってろ」
「……わかった。ハヅキのこと、信じてる」
サンデーの身体が透け始めた。下着は透けず。透けろよ! 記念だぞ。
残念なことに、もう夢の境界への落下が始まってしまったようだ。さみしい。いかないで。結婚して。
「あ……ハヅキ」
「うん?」
「ハヅキ、たぶんこれから子供の身体になる」
ショタになるの? なんで?
まぁ、そういう事もあるだろうけど。
「魂が半壊してるから、夏のイベントの時に流した私の魂で補うことで修復してる。自然回復を待って、完全に治るまではエネルギー消費の少ない身体になっておかないと、肉体と魂が乖離して死んじゃう。だから──」
もうめっちゃ透けてる。声も小さくなってきた。質感は囁きASMR。
「治るまでは……むちゃ、しないで。……それ、から……」
「サンデー」
「……?」
本気の死ぬ気で腕を動かした。
そんでもって彼女の髪を撫でた。うおっスッゲさらさら♡
「マンハッタンさんのことは俺に任せて、安心して待っててくれ」
言うと、彼女はにへらとだらしない笑みを浮かべた。ほ~ほっほ♡ それが見たかったんだよ可愛すぎ。
今生の別れじゃないんだから、夢の境界でダラダラしながら待っててね。鼻息荒いぞスケベ女。結婚しようね。
「……うん。まってるね、あいぼう」
その言葉と共に、身体の上に乗っていた少女はロウソクの火が消えるかのようにフッと姿が見えなくなり、間もなく俺もいつの間にか小学校低学年くらいのショタに変化し、青すぎる空を眺めながら意識が遠のいていく。
「あ……ウイニングライブ、みたかったな……──」
一体だれがセンターを飾ったのか。誰が夢を掴んで誰が泣いたのか、クソ外野だったのでマジで一ミリも知らんままめちゃ瀕死壮絶・アクメ状態の俺は真っ暗な世界へと落ちていくのであった。おっぱい。