うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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ちょっと長くなったので分割しました♡ 


心底握手を楽しみたいんだね

 

 

 バニーデュアル騒動が落ち着いてから少し経って金曜日。

 とりあえず協力してくれた少女たちとのデュアルは一旦完了し、まずは一週間そのままで様子見ということになったため、俺は普段通り怪異を警戒しつつ学校へ通っている。

 

 三大欲求に関しては、パーセンテージで表すと五十くらいだ。

 あの五連戦で負ったデメリットは、昨晩の夢でなんとか半分だけ解消できた。

 ムラムラしないわけではないものの、帰ってからいつも通りドカ食いして気絶するように眠れば無くなる程度の渇きなので、大して重要視はしていない。

 

(……むらむら)

 

 ちなみにサンデーは机の上で正座をしてジーっと俺を見つめている。別に耐えられるだけでムラムラしないわけではないため、正直俺も頭の中はスケベなことでいっぱいだ。精神がだらしなくなりすぎ……天誅!

 

(消しゴムで遊んでいい?)

 

 ダメです。おい! 嫁になるか! オイラの嫁になるか?

 

(机の下で、ばれないようにする)

 

 そういう問題じゃないんだなこれが。僕を興奮させるその態度が悪いんだ! 責任を取れ! 確実なアクメで。

 まあ落ち着こう。

 むしろ一周回っていつも通りだ。

 五連戦で負った分はデュアルをする前にくらったダメージなため、あの少女たちには伝播してない。

 もし今から怪異と闘えばその分は八等分されて渡されるが、事前に持っている()()に関しては俺とサンデーだけのものだ。彼女たちに爆弾を渡すことはないので安心していい。

 ……あっ、机の下から顔を覗かせるのやめて。かなり雰囲気がいかがわしい。

 

 と、そんなこんなで中途半端な渇きを耐えながらボーっとしていたら、いつの間にか放課後になっていた。

 下校する前に山田のもとへ向かい、デジタルと共同でコスチューム制作することを伝えて『手伝ってくれないか?』と言ったところ『あたりきシャカリキ』と返され、日曜日に彼が家に来ることが決定してから俺は下校していった。

 ちなみに今日は喫茶店でのバイトがある日だ。

 来られるのは俺とサイレンスの二人だけなので実質デートである。ベロチューでエンディングにしましょうね♡

 

 

 ……

 

 …………

 

 

「──片付け終わったし帰るか、サイレンス」

「あ、うん」

 

 店内の清掃を終えて道具をしまい、荷物をまとめて裏にいる店長のところまで赴く。

 この二人だけでの作業もすっかり慣れたものだ。お店のエプロン付けたサイレンスも可憐でバイトが楽しすぎ。

 ささっと店長に挨拶をして店を出ると、やはり冬という事もあって夕方だが既に空は暗闇が支配し始めていた。

 首筋を撫でる冷たい風に思わず身震いし、二人して道中の自販機で温かい飲み物を買って、冷たい手を温めながら並んで歩いていく。

 

「……なんだか久しぶりね。こうやって二人で帰るの」

 

 ふと、サイレンスが小さく呟いた。彼女の手の中にはコーンポタージュの缶がチラリと見える。俺はおしるこ。

 

「そうだな。ここのところ忙しかったし……」

「ふふ、いつも三人以上で行動してた気がするわ。改めて振り返ってみると葉月くんって女の子の知り合いがたくさんいるわよね……あら、随分とモテモテ」

「やめろって……」

 

 別に侍らせてるわけでも全員が俺を好いてるわけでもないのだ。彼女たちはあくまで善意や利害の一致で手を貸してくれている協力者であって、そんなモテモテだなんて違いますよ。えへへ。和をもってよしとなす。

 

「…………ね、ちょっとそこの公園に寄っていかない?」

「寮の門限は大丈夫なのか」

「まだ余裕あるから平気。ほら、いきましょ」

 

 そうしてフラっと立ち寄ったのは、自宅のすぐ近所にある小さな公園だった。

 めぼしい遊具はブランコ程度であとはベンチが設置されてるだけの寂しい遊び場だ。

 

「あは。ブランコに乗ったのなんていつぶりかしら」

 

 サイレンスは一人遊具に腰かけ、小さな力でゆらゆらと遊び始める。

 対して俺はベンチに座ってお汁粉を嗜みながら、あえて彼女のほうは向かず適当に景色を眺めるだけだ。

 なんというかスカートが捲れそうで危ういのだ。

 彼女も分かっていて遊んでいるはずなので、よっぽど見えることは無いはずなのだが、それをジッと見つめて幻滅されるのも怖いから目を逸らしている。

 お汁粉を間髪入れず飲みまくってるのもスカートに視線がチラチラ吸われてることを悟られないためだ。

 ……まぁ、いま飲み干してしまったが。どうやって誤魔化そうね。マジでムラムラしすぎ。

 

「ブランコ乗ってたら寒くなっちゃった……」

 

 いまさっきまでの問題は速攻で解決したらしい。ぶるぶる震えたサイレンスが隣に座ってきた。何やってんだか。美人だね♡

 この時間帯の公園付近の人通りはほとんどない。

 交通量が少ない住宅街の中という事もあってか、公園のベンチに腰かけている俺たち二人以外は、付近を通る人影すら皆無だった。

 車も人も通らない、静かで暗い街灯一つの小さな公園だ。

 まるで世界に俺とサイレンスの二人しかいないような──そんな錯覚を覚えるほどの、冷たい静謐な空気が流れていた。

 

「……ねえ、葉月くん」

 

 そのまま何となく黙ったままでいると、沈黙に耐えかねたサイレンスのほうが先に口を開いた。

 寒くなってしまったという先ほどの言葉は確かなようで、彼女は自分の手を小さく擦っている。ぽかぽか。

 

「有記念って……わかる?」

「まぁ、流石に。年末のビッグイベントだし、クラスの連中もライブ鑑賞の有料席のチケットとか予約してたな」

「……葉月くんは観に行く予定、あるの?」

「それは──」

 

 マジで正直な事を言ってしまうと現地へわざわざ赴く予定はない。

 年末年始──というか今年の有の開催日と重なってるクリスマスの時期は、秋川家の集まりやら外部との行事やらで、やよいの母親であり俺から見た場合のラスボスでもあるあの叔母が帰ってきてしまうのだ。

 

 そこで叔母からの要請で俺も行事には出席することになっている。

 去年と一昨年はやよいとのいざこざがあった影響で顔を出さずに済んでいたものの、今年の夏に彼女と無事に仲直りを果たしたおかげで、俺も再び公の場に顔を出す秋川家の一員として叔母にカウントされてしまったらしいのだ。

 そこの部分に関しては一応もう既に飲み込んでいる。

 これからやよいを支えていくうえで必要な事なのだから当然だ。流石にもう無駄にゴネたりはしない。

 

 問題があるとすれば、それで年末年始の予定が組みづらくなってしまっている点だろう。

 いまのところ行事が執り行われる日自体は決まっているが、叔母が帰国するタイミングによっては、本来空いてるスケジュールが潰れる可能性もなくはない。

 つまり年末年始に関してだけは、安易に誰かと約束を取り付けることができず、予定は未定ということである。

 

「……行けるかはまだ分からない」

「っ」

「いろんな都合が重なっててな……」

「そ、そう……それなら仕方ないわね」

「──」

 

 サイレンスが俯いた。

 わかりやすく落ち込んだ……ように見える。

 気づいたのなら見逃してはいけない。

 

「もしかして……出走、決まってるのか?」

 

 そう問うと、サイレンスは地面を見つめたまま小さく俯いた。

 

「まぁ……めちゃくちゃスゲぇ結果、たくさん残してるもんな」

 

 まさに今のトゥインクル・シリーズを代表するウマ娘の一人だ。

 ファンそれぞれの好みはもちろんあるだろうが、世間一般で最も顔が広まっているのは間違いなくサイレンススズカだろう。

 彼女と同じくらい活躍したウマ娘は他にもいるが、彼女は結果を出したのが特に早かったため、その分メディアに取り上げられ始めた時期もかなり前だ。

 話題になっていた期間の長さから考えると、一般への顔と名前の浸透率はやはりサイレンスが頭一つ抜けている。

 

 そんな彼女だからこそ、ファンの投票で出走者が決まる有に出られるという話を聞いても意外だとは思わない。

 いまさらだがサイレンススズカは普通にめちゃくちゃ激強ウマ娘なのだ。

 改めて考えるとよくそんな少女と同じバイト先で働いたり一緒に帰れたりしてるなと、自分の事ながら感心する。前世どころか前前前世でも宇宙を救ってるだろ。

 

「……私ってそんなに特別なのかしら」

「えっ?」

 

 また沈黙が続きそうになる前に、サイレンスは白い吐息と共に小さく呟いた。

 

「走るのは好きなの。これまでずっとその為だけに生きてたって言っても過言じゃないくらい、ただただ走ることに夢中だった。……今でもそれは変わらないと思ってる」

 

 サイレンスはぽつりぽつりと言葉を紡ぎ、いつの間にか語り始めている。

 ──なんだろうか、この雰囲気は。

 街灯がたった一つの暗い小さな公園のベンチで、バイト帰りの同学年の少女が隣でシリアスに感情の吐露を始めてしまった。

 いや、まさかこういう展開になるとは微塵も考えていなかった。

 ふらっと立ち寄っただけの公園で、少しだけ最近のことを話したら適当に解散する流れなんだろうなと高を括っていた。

 一体どうしたのだろうか。

 ウマ娘なら誰もが憧れるような名誉あるレースに出走が決まった、まさに幸せの絶頂に近い状況にあるはずなのに、彼女はどこか翳りのある表情のままだ。

 

「出走が決まった時も嬉しかったわ。ファンの皆にも、とても感謝してる。でも……」

「……不安なのか?」

「ううん。走ること自体に憂いは無いの。怪我だってしてないし、今でもきっと好きなまま」

 

 まるで奥歯に物が挟まったような物言いだ。

 今のサイレンスが何を言いたいのかが分からない。こういう時に限って鈍感というか、相手の感情の機微は読み取れても、発言を察することはできない自分が恨めしい。

 もし、彼女が口に出そうとしているそれが、本来言わせてはならない言葉だったとしたら大変なことだ。

 しかし俺には分からない。

 きっと遮ったところで時間稼ぎにもならないだろう。目の前のサイレンスはどこか諦めたような表情をしているのだ。アレはおそらく『もう話してしまおう』と腹を括っている顔だ。

 ……であれば、もうこちらも諦めて聞くしかない。

 

「こんなに楽しく走れて、先頭を見続けることができて、トレセンのウマ娘や全国のファンの皆からも応援してもらえて……今の私はとても幸せで、とても恵まれているんだと思う」

 

 サイレンスは自分の状況を俯瞰できていないワケではないようだ。

 しっかりと理解して、周囲に対しての感謝も表している。

 俺としても全くその通りだと思うし、そんな環境を掴むことができたのは、ひとえに彼女が強いウマ娘だったからだという事実も理解している。

 

「でも最近たまに……考えてしまうことがあって」

 

 衝撃の悩みの真相はCMの後で、といきたいところだがそうは問屋が卸さない。彼女の口は止まりそうにない。

 サイレンススズカ程のウマ娘が抱える悩みとは一体。

 

「もし──トレセンに通っていなければ、って」

「……っ!」

 

 その少女の発言があまりにも予想外なものだったせいで、つい言葉を失った。

 それを言われる瞬間まで、様々な考えを頭の中で張り巡らせていたが、困った事に全てがひっくり返ってしまった。

 いまなんて言ったんだ。

 

「さ、サイレンス……?」

「……ふふっ。ごめんなさい、ビックリさせちゃったわよね」

 

 マジ仰天しすぎて目玉が飛び出すところでしたよホント♡ あまり心臓に悪い発言をされると心停止してしまうので手加減するように。

 ……いや、しかしどういう事なのだろう。

 本当に思いもしない返答だった。

 トレセンに通っていなければ──だなんて。

 今まさに日本のトゥインクル・シリーズの顔と言っても過言ではない最強ウマ娘が、何故そんな事を考えているのかなんて、俺程度では想像することすら叶わない。

 

「……カフェさんは私が知り得ないたくさんの事情に精通してる。怪異のことにも詳しいし、儀式の道具も持ってて……何よりサンデーさんを視認することが出来ているのよね」

「……?」

 

 一瞬サイレンスが何を言っているのか分からなかった。

 どうして今の会話の流れからここでマンハッタンの話題が出てくるのか。

 つい先ほどサイレンスは『不安はない』と言った。

 確かにマンハッタンカフェは友であり強力なライバルでもあるはずだが、サイレンスの言葉の中にマンハッタンの走りを評する内容は含まれていない。

 

「ドーベルは誰よりも早く最初にデュアルしたし……いつも真っ先に相談されてる。それってたぶん、それくらい接しやすい関係を前々から築けてるってことでもあって……」

 

 ちょっと待ってほしい。

 本当に何が起きているのか理解できない。

 マンハッタンカフェの次はメジロドーベルに対しての感想を口に出し、しかしやはりというかその中にはウマ娘で最も重要なはずの走りに対しての言及は無い。

 怪異に詳しいだの最初に相談を受けているだの、どれもこれもレースとは無関係の話だ。

 トレセンに通っていなければ──その言葉を発した理由について述べているはずなのだが、一向に彼女の意志を汲み取れない。

 つまりどういう事なんだ。

 

「でも、私は何も。……葉月くんに何もしてあげられてない」

 

 唐突に俺の名前が出てきた。俺のこと好きなのかな。

 ──いや、唐突ではないか。

 サンデーやデュアルの話題が出た時点で、この話の中に俺自身も関わっていたことは察していたはずだ。鈍感というよりただ見えていないフリをしていた。

 なぜ、彼女の懊悩の中に俺がいるのかが分からなかったから、ここまで目を背けていたのだ。

 

「あの二人に比べたら……特別なところなんて一つもないわ。繋がりを持ち続けることを周囲の状況が運よく許してくれてるだけで……まだ何も貴方に返せていない」

 

 サイレンスは目を伏せたまま、極めて真剣にシリアスな雰囲気を纏いながらそう語る。

 だが、彼女の主張はなんというか──ちょっと義理堅すぎやしないだろうか。

 ()()という言葉を恩返しという意味で解釈した場合、思い当たる過去はたった一つしかない。

 

 俺とサイレンスが初めて出逢った日のことだ。

 デカ乳ウマ娘を観察しようと河川敷まで赴いたところ、トレーニング中だったサイレンスが足を挫いて土手から転げ落ち、そこに偶然居合わせて応急用の道具を常備していた俺が彼女を手当てした。

 サイレンスに対しての俺がおこなった明確に益になる行動は本当にそれくらいしかない。夏のイベントの時の救出劇に関してはあんなのほとんど事故みたいなものだ。

 基本的には俺が彼女に助けられてばかりで、それこそ普通の友人としてしかこれまで関われてこなかった。

 

 ──にもかかわらず、この少女は半年以上も前の出来事を今でも覚えていて、それを返せない事に対して自責の念を感じている、と。

 ありえない。友達想いにも限度あり。

 そもそも今日までの日々でサイレンスの恩返しはとっくに清算されているのだ。返せていない、だなんてとんでもない。

 というかアレに関しても思い返してみれば、レースの上位入賞ウマ娘との握手会の抽選に落ちた俺に対して『握手会の代わりに』と明言した上で、ハンドソープ握手洗いというお金を払ってもやって貰えないようなイカレた特殊プレイでお返しをしてくれた。

 サイレンスが悩んでいる『お返し』など、それこそ数ヵ月前にお釣りが出るレベルで済ませてあるのだ。そんなに心配する必要はない。

 

「マジで十分すぎるほどお返しは貰ってるぞ、俺。そもそも数日前にデュアルしてくれたじゃないか」

「……それはみんなも同じでしょう。私にしかできない事なんかじゃない……」

 

 フォローしようとなるべく言葉を選んだつもりだったが、選択肢としては外れだったらしい。好感度マイナス30くらいかな。

 

「カフェさんとドーベルが羨ましいの。葉月くんにとっての()()を持ってるあの二人が……心の底から羨ましい」

 

 そう俯いたまま語るサイレンスの手の中にある缶飲料は、もうとっくに冷めてしまっている事だろう。握ったまま手の中で転がす様子は見受けられない。

 俺も同じだ。

 吹きつける寒風にあてられて、ようやく頭の中が冷えて思考回路が働き始めてきた。

 

 ──まずサイレンスは何が言いたいのか。

 彼女はマンハッタンカフェとメジロドーベルに対して『羨ましい』という感情を抱いているらしい。

 その羨ましいの中にはレース云々は含まれておらず、俺と彼女たちの間にのみ存在する関係性こそが羨望の対象だとサイレンスは言った。

 かなり親密でなおかつ最も相談がしやすいドーベル。

 サンデーを始めとして視界で俺が見ている情報を直接共有できるマンハッタン。

 そんな少女二人と違い、彼女は自分を『平凡だ』と語る。特別なものなど何も持っていないと。

 

 はて、一体彼女は何を言っているのだろうか。

 この俺に対して握手洗いなどというドエロい手法を──バグった距離感で接してきた最初のウマ娘はサイレンスだ。初めてを奪った女。

 ドーベルともバイト先で話をするだけだったあの時期に、俺と物理的に触れ合った女子は通っている高校まで含めても、目の前にいるこの少女たった一人だけだ。

 ましてや素面のまま現実で恋人繋ぎした相手なんて未だにこの少女としか経験がない。恋人繋ぎしたことがある唯一の相手ってそれ恋人じゃないの? 子作りの準備は万全というわけかよ。

 

「……だから考えてしまったの。もしトレセンに通っていなかったら……葉月くんと同じ学校へ通っていたら、少しは特別になれたんじゃないかって」

「お、俺と同じ学校に……?」

 

 ちょっと冷静に考えてほしいのだが、他校の女子の『同じ学校に通いたかったな』という発言は普通に告白と同等じゃない?

 

「……待ってくれ、サイレンス。なんでそんな──」

「それ」

「えっ……?」

 

 ようやく顔を上げてこっちを向いてくれたかと思いきや、謎の指摘。それってどれ。

 

「私のこと()()()()()って呼んでくれるの……葉月くんだけなのよ?」

 

 そうだったの。衝撃の新事実。

 もしかしてかなりヤバい地雷を踏み続けてたのかしら。

 いや、なんと言うかこれは言い訳になるが、最初の頃の呼び方から変えるタイミングが無かったのだ。

 どう呼んでほしいのかも言われてはいないが、そもそも友達間で『こう呼んで』とわざわざ言うこと自体が稀有なパターンだろう。少なくともクラスメイト達の中にそんなやり取りをした相手はいない。

 というか、相手の呼び方なんて雰囲気で掴んでいくものではないだろうか。君付けするか呼び捨てにするか、苗字にするか名前にするか、とか。

 ……なんとなく『スズカ』では馴れ馴れしすぎると思ったが故の呼び方だったのだが、割とマズかったのかもしれない。

 

「えぇと……その、悪かった……」

「っ! ま、待って、ぜんぜん怒ってるわけじゃないの。そういう事じゃなくて……」

 

 胃の痛みを感じながら頭を下げると、意外にも焦った態度で否定された。よく分からんが怒りを持たれているわけではないらしい。ちょっと安心。

 

「……好きになってるってこと。……その呼ばれ方が」

 

 一瞬告白されたかと思った。あまり俺の高潔な魂を弄ぶと天誅ですよ。

 

「ウマ娘のみんなはもちろん、トレーナーさんも大人のヒトだから……遠慮なくスズカって呼んでくれるわ。それはもちろん嬉しい」

 

 言われてハッとした。

 確かに思い返してみれば、イベントの時なども彼女は同期や先輩後輩からもスズカとしか呼ばれていなかった。

 トレーナーの男性も然りだ。慣れ親しんだ様子で同じように呼んでいた。

 

「でも、だからこそ……葉月くんの()()が、いいなって思ったの。距離を持ったサイレンスって呼ばれ方が……なんだか男の子の同級生がいるみたいで。楽しくなっちゃったっていうか……」

 

 俺からの呼び方なんかで一喜一憂してくれるなんてピュアすぎますよ。うほっ♡ オールライツ。とりあえず服脱ごっか。

 

「……もちろん同学年の男の人は数えきれないくらいいるわ。でも、たとえファンじゃない人でも、顔と名前が広まった影響で多少は特別な目で見られることになる──だから」

 

 目を伏せ一拍置いて、もう一度顔を上げると、改めて俺と視線を合わせてから、彼女は続ける。

 季節は師走。

 空は当の昔に真っ暗で、肌を刺すような風も吹いているはずなのに、これがどうして俺の身体は暑さを感じてしまっているらしかった。

 それは恐らく、目の前にいるこの少女に、吸い込まれるような強い熱を宿した瞳で見つめられているからだ。

 

「私にとって、男の子の友達って葉月くんだけなの。……初めて出逢ったあの日、私の名前を知らないと言ったあの日から……知った後でも変わらず私を『サイレンス』と呼んで、ただの友達として対等に接してくれる……そんな異性は後にも先にも貴方だけ……──ぁっ」

 

 そう言いながら、ベンチに置いている俺の右手に彼女は自分の手を伸ばそうとして──ハッとしたようにそれを止め、慌てて手を引っ込めた。思わせぶりなエロ女。激アクメさせてやりたい。

 

「……けれど、私は葉月くんにとっての唯一じゃないし……カフェさんやドーベルと違って特別なところなんて何もない……」

 

 ──んなワケねえだろ。

 さっきから何を言っているのだこのマゾ女は。三つある堪忍袋の尾がとうとう切れたぜ。

 

「それは違うぞ、サイレンス」

「えっ……?」

 

 相手からどう思われているのか、自分は相手に相応しいのか……といった感情を抱くこと自体は理解できる。

 それは俺もこれまでの人生で何度も感じてきた事だからだ。

 やよい、樫本先輩、山田、あとウマ娘の少女たちと目の前にいるお前。

 その人にとっての“特別”な存在かどうかなんて俺の方がずっと悩んでいる。

 よく考えなくても分かるスーパー有名人と運よく縁を繋いでいても、そんなものはただの偶然としてどこかへ吹っ飛んだとしても全く不思議ではない。

 

 それでも、今は自分だからこそ巡り合うことができた運命だと信じてる。

 事実として正しいかどうかではなくそう思うことにしたのだ。

 だってその方が楽しいから。

 俺を信じてくれたみんなの判断は決して間違いなんかじゃないと、俺自身がそう肯定したいから。

 それにサイレンスは流石に心配しすぎなのだ。

 何をどう受け取ったら自分は特別じゃないなどと思うのか。

 

「まず、少なくとも往来で手を繋ごうとしてくる相手なんてサイレンス以外にはいないな」

「そ……それは、えぇと……ごめんなさい……?」

 

 謝ることではないけどね。まどろっこしくて手に負えねえや。それにしても可愛いな……。

 

「というか……わざわざ俺と手を繋ごうとしてくれるのが、サイレンスだけなんだぞ」

「──っ!」

 

 こんなにも真っすぐに物理的な繋がりを、温もりを求めてくれるのは彼女くらいのものだ。一周回って恋人でもやらないレベルだという事に彼女は気づいているだろうか。もう猶予はあらず。

 

「それって特別なことなんじゃないのか? 少なくともサイレンスが()()してくれるからこそ、信頼されてるんだなって思えて……俺としてはそれが何より嬉しいよ」

「……葉月、くん」

 

 今度は俺の方が意識して熱っぽい視線で彼女を見つめながら話していく。

 まあ普通に緊張しまくってるしクソ恥ずかしいが、今の俺以上に羞恥を覚悟して本音を吐露してくれたサイレンスに比べれば屁でもない。

 

「あっ──」

 

 先ほど彼女が出来なかったことをするべく、俺の方からベンチに置かれた彼女の手を握った。

 もうこんなの付き合っていないと無理な距離感だと個人的には思うのだが、サイレンスとの向き合い方に関してはきっとこれが最適解なのだ。秋川葉月のみが編み出せたスズカちゃん流奥義。

 

「こう言うと変に聞こえるだろうけど……悩んでくれてありがとうな」

「ぁ、あの葉月くん、手が……」

 

 どうやら責められるのは弱いらしい。いい機会だしいつも俺の心を乱してたお返しでもしておこう。

 

「もし、また不安になったら……その時はこうして俺が手を繋ぐよ。こんな事はサイレンスにしか出来ないし……サイレンスだからこそしたいと思うんだ」

「……特別扱い、ね」

「そりゃそうだろ」

 

 何を今さら。俺のヴィーナス。

 

「この際だから言っとくが、ずっと前からサイレンスは俺にとって特別な存在なんだぞ」

「……っ!」

 

 意識して言葉を選んでいたのは確かだが流石にちょっと今の発言は告白を掠りすぎてないか? 

 もし相手がサイレンス以外だったら完全に恋人契約が成立しているところだ。やりすぎ都市伝説。

 だが、まあこれでいいのだ。

 この少女に対してはきっとこれくらいが丁度いい。

 知り合って間もない頃に泡ハンドソープ・プレイを仕掛けてくるような素敵な女の子なのだから。猥褻であり絶世の美女でもあるんだね。

 

「葉月、くん……♡」

 

 サイレンスが少々興奮した様子で俺の手を握り返してきた。うおっめっちゃ恋人繋ぎ……せっかくご褒美あげようとしていたのに♡ なんだこの手つきはしゃぎすぎだろ。覚悟しろよおい。

 俺はあくまで自信を失くしているように見えた彼女を励ましただけだ。

 ここで勘違いを発生させてがっつこうものなら即座に縁を失ってしまうだろう。ロマンチックもしくはえっちな雰囲気を感じているのが俺だけで、サイレンスはあくまで凄い友情パワーに感動しているだけだとしたら目も当てられない。世界はエロ漫画のように単純明快ではないのだ。野外におけるエロCG回収はまたの機会で。

 

「……寮の門限、大丈夫なのか?」

「えっ? ──あっ。そっ、そうね! 早く帰らないと……!」

 

 ハッとしたサイレンスは焦って手を放し、わたわたしながらカバンからスマホを取り出した。

 

「た、大変……あと十分しかない……」

 

 ここからトレセンまではそこそこ距離がある。マジめっちゃあり得んレベルでクソ急げば間に合わない事もないが……この際もう仕方がない。

 

「そ、それじゃ葉月くんまた明日! 走ればきっと間に合うから──」

「いやちょっと待て」

 

 焦燥スズカちゃんの手を掴んで引き留めた。細いスベスベな指が犯罪的。

 

「月末にレースがあるのに正式なトレーニング以外での全力疾走はマズいだろ。怪我の原因になるかもしれない」

「で、でも……」

「俺ん家すぐ近くだから、寮までバイクで送る。それじゃダメか?」

 

 つい本能的に引き留めた。本当なら家に泊めてそのまま個別ルートに邁進したい気持ちだがそうはいかないし、足に負担をかけさせるわけにもいかない。

 サイレンスが語った有は激ヤバ超ビッグイベントであり、レース本番に向けての微調整に繊細で膨大な時間が要求される大変な時期なのだ。

 リスクの伴う行為はなるべく回避して、レースのことだけに専念して貰わなければいけない。ここで邪魔をしてしまったら、サイレンスは許してくれても全国のファンや彼女のトレーナーさん手ずから殺されてしまう事だろう。俺に可能なケアはなるべくやっていかなければ。結婚もその一環。

 

「……乗っていいの? 葉月くんのバイク……」

 

 今さら何を──って、あぁ。

 そういえばサイレンスを後ろに乗せた事はなかったんだっけか。

 

「もちろん乗ってくれて構わない。他に足が必要な時とかでも、気軽に呼んでくれていいんだぜ」

 

 秋川タクシー。お代は子作り一回でいいよ。

 

「……ふふっ。分かったわ。今度からたくさん呼ばせてもらうわね」

「お、おう。……お手柔らかに」

「とりあえず今週の土曜日にスポーツショップへ行きたいんだけど、お願いできる?」

「構わないが……そういうのはトレーナーさんと行ったほうがいいんじゃないのか」

「その日は全体の会議があるらしくて。だから……ね? いきましょ。二人きりで」

 

 どうしよっかな~あまりにもお下劣すぎますからな。だがその行動力誉れ高い。二人きりでとかこんだけ好意剥き出しにしてたら俺のもんでしょ。

 

「──いい? 葉月くん」

 

 ひゃ、ひゃい……♡ 耳元で囁きおって生意気な。いや、大生意気といったところか? 早くバイクに乗れ! 催眠ッ!

 

「……落ちないようしっかり掴まってろよ」

「ええ。こうかしら」

「コ°ッ」

 

 ふぐぅぅッ! スズカちゃんの温もり……ッ! アスリート体型なのでピッタリ密着しており隙間なし。もう我慢ならねぇ……のっぴきならねぇ……。

 とにかく急いでトレセンまで送り届けないと。

 バイク発進! たっぷり味わってね♡ 夜の帳を。この風を。

 

「……ねぇ、葉月くん」

 

 門限に間に合わせるため法定速度の範疇で爆走バイクしていると、信号で止まったところで背中から声をかけられた。急に良い声。

 

「私も何かお返しがしたいのだけど……要望はない?」

 

 いい機会だ。お前俺の女になれ。ラブラブ洗いっこしようね♡

 

「……じゃあ有で勝ったらライブするときに観客席にいる俺に向かって投げキスしてくれ」

「えっ……!」

 

 ふぅっふぅっ、お返しを求められたら溺愛の甘やかしをするのが摂理だろ! ママ……。

 

「しろ」

「……う、うん……っ」

 

 素敵な返事。淫乱の素養があるのかも……。

 そんなこんなで変な約束を取り付けつつ、彼女を乗せたバイクは美少女たちが待つ花園へとかっ飛んでいくのであった。サイレンススズカお届けにあがりました! このまま持ち帰ってもいいですか?

 

 


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