文春オンライン

2023/04/16

genre : ライフ, 社会

 長女は妹がいなくなった当初から、学校で「美咲ちゃんのお姉ちゃんでしょう」「美咲ちゃん大丈夫?」と何度も聞かれることに苦しんでいた。

「自分が自分じゃなくなっちゃった。大丈夫じゃないのに大丈夫って何百回と言うのが嫌だ」

 とも子が山梨で捜索している間、長女は祖父母の家の押し入れで毎日泣いていたという。それでも祖父母を心配させないために、学校に行きたくないとは言い出せなかった。

 母が台風のために一時的に自宅に戻ってきた時に、長女は「もう学校に行きたくない」と泣いた。それでも3ヶ月の不登校の末、ようやく12月末から少しずつ学校に行けるようになったが、車で送っていっても泣いて降りようとしない時間が続いた。車は自分を守ってくれる安全地帯で、一歩外に出ると恐ろしいと思っていたようだった。

 それなら家から友達と歩いて登校した方がきっかけがつかみやすいかもしれないと、とも子は片道40分ほどの学校までの距離を毎日付き添った。そんな矢先に、見知らぬ人が長女に平気で話しかけてくることにとも子は怯えた。

荒んでいく長女の気持ち

 長女の気持ちは、妹がいなくなってから荒れていた。身長は150センチもあるのに1歳児のように泣く。いつもいらだっていて、大きな手足でとも子を殴ったり蹴ったりしたこともあった。とも子は「抱きしめてほしいんだろう」と思って抱きしめようとしても、長女からは強い拒絶と反抗の言葉をなげつけられた。

 以前だったら「そんな言葉使わないの」と注意していたが、妹がいなくなって長女もつらいのだからと何も言わずに受け止めていた。だがある時に、とも子は長女を怒った。

 長女は「美咲」の名前も「山梨」も聞きたくない様子だった。だから、それまでは美咲のことは触れないようにしていたが、その時初めて美咲に思いを馳せる言葉を使った。長女はわあっと大声で泣いて、とも子も一緒に泣いた。腫れ物に触るかのようにそれまで長女を怒る人は誰もいなかった。でも、それは長女のためにならないと思った。一人の人間として向き合う必要があった。