文春オンライン

2023/04/16

genre : ライフ, 社会

 美咲がいなくなった日は、5時半に日が暮れた。深夜3時過ぎまで皆で捜索し、朝六時から再開するためにいったん休もうという話になった。でも眠れない。とも子は娘と同じジーンズとヒートテックという軽装で森の中に座って、ランタンを燃やし続けていた。目の前に広がる闇は深く、重量を感じた。でも闇の中の灯りはよく光るはずだ。

 次の日に会えた時に、「ごめんね。昨日はママも同じ格好でいたよ」と抱きしめることを想像してその夜を過ごした。だが次の日も見つからなくて、日暮れがどんどん近づいてきた。雨が降り出し、気温は前日よりもぐっと下がって十度になっている。今日もまたこの雨の中一晩外にいさせてしまうかもしれないと思うと、恐怖が膨らんでいく。

 山での生死を分けるのは72時間だと聞いていた。その恐れていた72時間がやってくる。夕暮れの中、とも子は膝を崩して泣いた。山にいてほしいと願っていたけど、山にいたら生きていけないかもしれない。雨が降って寒かったし、あの服装では凍えてしまう。

 どれほどの絶望の中にいても、それでも朝5時半には夜はあけた。ボランティアの人たちに食事をとってもらえるように、火を起こして味噌汁やおにぎりの準備をした。寒い雨にもうだめかもしれないと泣き崩れても、朝になると「待てよ。この雨で水を口にふくんだかな」と前向きに考えられた。前向きな性格だからではない。諦めることはどうしてもできないからだ。

「せめて暖を取れる場所にいてほしいなと思いました。すぐに戻ってきてほしいのはもちろんですが、母親って子どもがどういう状態で、どういう状況でいるのかが一番気がかりじゃないですか」

 もしも誰かに連れ去られていても、暖がとれてお腹がすかなくてしっかりそこで生きていられれば戻ってこられる。そう願っていた。

やまない誹謗中傷

「今から殺しに行くぞ」

 当初からやむことのなかった誹謗中傷は、とも子が犯人だと責め立てるものから脅迫にまで発展した。とも子の家に何時に電気がついていた、消えていたなどと監視するような投稿もあった。

 小学生の長女に見知らぬ人が家の前で、「ママはどうしてるの?」と声をかけた様子もネットに投稿される。長女は意味もわからず、「ママの友達に家の前で会ったよ」と無邪気に話していた。「そうなんだ、教えてくれてありがとう」ととも子は言った。長女に外は怖いという恐怖心を与えたくなかったからだ。