王の見舞い
いろいろ思い詰めている王様。
アルベルティーナが完治してから、ようやくラウゼスも面会の許可が下りた。
ラウゼスは過去、メギル風邪に罹患したことがあった。二度罹ることはないと聞くが、万が一にも王である彼に感染したら一大事である。念には念をと慎重な対応になったのだ。
久々に入ったヴァユの離宮は記憶よりも改修が進み、庭も隅々まで整えられている。
ラウゼスの目に警備に当たっている数人の騎士が目に入り、王宮との違いに気づいた。
(男性の騎士が少ない……いや、女性の騎士が多いのだな)
理由は分かっていた。
時折、ガンダルフやクリフトフが異様に苛立っている時があり、その後は大抵、ヴァユの離宮で人事異動が行われる。
アルベルティーナの美貌に魅せられ、職務を忘れて欲に走る愚か者が出たのだ。
同格の美貌を持つシスティーナやクリスティーナを家族に持っていたのでフォルトゥナ公爵家は対応が早い。
あれだけ激しく目を光らせていても、懲りずに現れるのだから大変だろう。
(しかし、皮肉なことだ。アルベルティーナの警備のために、女性騎士は重用されている。今までは華を添える存在としか見られず軽視されることが多かったが、ここでは警備の要になっている)
騎士は男性の職業だという考えは根深い。
騎士の多くを占める男性騎士が護衛対象に目がくらみ、道を踏み外すので女性騎士の登用が増えているのは皮肉な話だ。
ガンダルフの奮闘もあり、アルベルティーナに実質の被害はない。被害があってからでは遅い。
ただでさえ人を、特に男性を怖がるアルベルティーナの心に更なる深手を負わせかねない。
応接間に行くと、アルベルティーナが立って待っていた。
ラウゼスの姿を認めると、流れるような所作で一礼をする。白い指に摘ままれて優雅に広がるドレスの裾も、首を垂れる角度や速さまでもが美しい。
そんな主人に、周囲に控えている使用人や護衛も誇らしげだ。ラウゼスも目を和ませる。
「体調は良くなったか?」
「はい、その御心に感謝いたします。我が国の太陽にご挨拶申し上げます」
「楽にしなさい。まだ病み上がりであろう」
ラウゼスの許可に、アルベルティーナは顔を上げた。
少し痩せた気がする。でも体調は悪くなさそうで、その笑みは自然だ。
「ふふ、お久し振りな気がいたしますわ。陛下がご壮健でなによりです」
その声や表情に嘘はない。本当にラウゼスの健在を嬉しく思っているのだ。
アルベルティーナの本心に、ラウゼスは心が安らぐのを感じた。
無邪気に笑うアルベルティーナの姿は、二つ年下のエルメディアより幼く見える。
エルメディアは相変わらず教師たちを処刑にしてやると騒いでは大暴れしていると報告があった。メザーリンは教育し直すと言っているが、本心ではルーカスを王配候補に押し上げる画策で夢中である。
「すまぬな。見舞いにはいきたかったが、宰相に止められていたのだ」
「まぁそんなこと仰って。ダレン宰相は陛下を慮っていらっしゃるのですわ。いくら薬があるとはいえ、罹らないのが一番ですもの」
「……そうだな」
アルベルティーナにつられて笑みをこぼすラウゼス。
本当にそうならどんなに良かっただろう。最近、宰相はラウゼスを気に掛けているというより、監視している気がする。
時折心ここにあらずで、酷く思い悩んでいる。
恐らく、息子のグレアムのことだろう。ここ数か月――ダレン家に頻繁に薬師や錬金術師、魔法使いなどが集められているそうだ。
そして入った数より出て行った数はずっと少ない。
ずっと屋敷に監禁されているならまだいいが、口封じされている可能性が高かった。
はっきりとした証拠もなく、貴族の――しかも現役宰相の屋敷を調べられない。
ラウゼスはどんどん味方が減っているのは感じていた。
だが、止まる時期はとっくに過ぎている。
(そうだ、私は……この国のため、この子のためにもやらねばならぬ)
ラウゼスにとって、アルベルティーナは希望だった。
若さだけではない。次代という、無辜で無知で――無限大の可能性だ。
アルベルティーナへの見舞いは口実だ。本当は、自分を奮い立たせるために会いに来た。
本当はアルベルティーナには玉座を譲りたくない。王どころか、王族としてすら育てられていない少女だ。だが、彼女しか託せる人間がいない。
ラウゼスは王だ。個人ではなく国にとって最善の選択をしなくてはならない。
アルベルティーナは玉座を望んでいないが、だからこそ良き女王になる。
権力を恐れ、暴力を嫌い、家族を愛し、慎ましく穏やかな平和を好む少女だ。
アルベルティーナはまだ何も知らない。だが、国を蝕む膿を排除するきっかけをくれたのは彼女だ。
「……陛下、何かありましたの?」
そっと尋ねる声は、酷く心配そうだ。
ほんの僅かだったが、思考に耽りすぎてぼんやりしていた。
ラウゼスが顔を上げれば、アルベルティーナが心配そうに少し眉を下げてこちらを見つめている。
「いや、なに。相変わらず元老会が王配候補について、枠を増やせと文句が多くてな」
「三人もおりましてよ?」
「あれらの望む候補者が選ばれなかったのだ。不満しかないのだろう」
その一つに尽きる。キシュタリアもミカエリスもジュリアスも、彼らの擁した候補者ではない。
アルベルティーナは曖昧な顔で微笑むが、その目は虚無である。ラウゼスの手前泣き喚いて拒絶はしないが、本心は嫌なのだろう。
「お前はまだ休んでいなさい。また王宮が騒がしくなるだろうからな」
そういって、ラウゼスが黒髪の頭をポンポンと撫でる。
ちょっと驚いたようにサンディスグリーンの目を見張るアルベルティーナだが、すぐにほにゃりと表情を蕩けさせた。嬉しそうで、安心した表情だ。
ラウゼスにはアルベルティーナと同い年の息子が二人いる。今は大きく成長したこともあり頭を撫でたのは何年も前の話だが、ここまで素直に無防備な表情は見せなかった。エルメディアでも、こんな反応は返さないだろう。
ラウゼスもグレイルの気持ちが分かってしまう。こんなに可愛い娘なら溺愛もするに決まっている。
名残惜しさを覚えながらもヴァユの離宮を出た後、ラウゼスは王妃たちの部屋に向かう。
あの二人は往生際悪く、息子を玉座につけることを諦めていない。
王太女はアルベルティーナだが、王子であるルーカスかレオルドが王配になれば王位継承権を持つのはアルベルティーナとの間に設けた子に限定すれば、彼らが玉座に座れる可能性がある。
だが、ラウゼスはどんな条件を付けても許さないつもりだ。
そこまで二人の信用はなくなっていたのだ。
読んでいただきありがとうございました。
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